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特表2024-540895イメージ電荷/電流分析を用いたイオン分析における及びイオン分析に関する改良
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  • 特表-イメージ電荷/電流分析を用いたイオン分析における及びイオン分析に関する改良 図1
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  • 特表-イメージ電荷/電流分析を用いたイオン分析における及びイオン分析に関する改良 図10
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公表特許公報(A)
(11)【公表番号】
(43)【公表日】2024-11-06
(54)【発明の名称】イメージ電荷/電流分析を用いたイオン分析における及びイオン分析に関する改良
(51)【国際特許分類】
   H01J 49/00 20060101AFI20241029BHJP
   H01J 49/02 20060101ALI20241029BHJP
   H01J 49/42 20060101ALI20241029BHJP
【FI】
H01J49/00 360
H01J49/02 700
H01J49/00 310
H01J49/42 500
H01J49/42 450
【審査請求】有
【予備審査請求】未請求
(21)【出願番号】P 2024523201
(86)(22)【出願日】2021-10-25
(85)【翻訳文提出日】2024-06-04
(86)【国際出願番号】 EP2021079567
(87)【国際公開番号】W WO2023072366
(87)【国際公開日】2023-05-04
(81)【指定国・地域】
(71)【出願人】
【識別番号】000001993
【氏名又は名称】株式会社島津製作所
(74)【代理人】
【識別番号】110001069
【氏名又は名称】弁理士法人京都国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】アレクサンドル ルシノフ
(57)【要約】
イオン分析装置内で各々の振動周波数(ω)の振動運動をしている所与の電荷状態(Q)の複数のイオンを表すイメージ電荷/電流信号から確定されたデータを処理する方法。本方法は、あるイオンの実測のイメージ電荷/電流信号の第1の部分に関連付けられた第1の実測の信号周波数(ω)と、前記イオンの前記実測のイメージ電荷/電流信号の後続の第2の部分に関連付けられた第2の実測の信号周波数(ω)とを含むデータセットを取得することを含む。本方法は、前記第1の実測の信号周波数(ω)の振動運動及びその後に前記第2の実測の信号周波数(ω)の振動運動をしている前記イオンの電荷状態(Q)を推定すること、及び、それを用いて質量変化Δmの値を1又は複数のニュートラルロスの質量に対応する基準質量と略一致するように推定することを含む。本方法は、前記イオンの前記推定された電荷状態(Q)、前記第1の実測の信号周波数(ω)、前記定量化された質量変化値Δm、及びプロトン化陽子の質量電荷比(m/e)に基づいて、前記イオンの一部を成す脱プロトン化分子の質量(M)を推定することを含む。
【選択図】 図9
【特許請求の範囲】
【請求項1】
イオン分析装置内で各々の振動周波数(ω)の振動運動をしている所与の電荷状態(Q)の複数のイオンを表すイメージ電荷/電流信号から確定されたデータを処理する方法であって、
あるイオンの実測のイメージ電荷/電流信号の第1の部分に関連付けられた第1の実測の信号周波数(ω)と、前記イオンの前記実測のイメージ電荷/電流信号の後続の第2の部分に関連付けられた第2の実測の信号周波数(ω)とを含むデータセットを取得すること、
予め設定された較正定数をαとして次式
【数33】

で定量化できる質量変化の値が、1又は複数のニュートラルロスの質量に相当する基準質量と略一致するように、前記第1の実測の信号周波数(ω)の振動運動及びその後に前記第2の実測の信号周波数(ω)の振動運動をしている前記イオンの電荷状態(Q)を推定すること、及び、
前記イオンの前記推定された電荷状態(Q)、前記第1の実測の信号周波数(ω)、前記定量化された質量変化値Δm、及びプロトン化陽子の質量電荷比(m/e)に基づいて、
【数34】

なる関係により、前記イオンの一部を成す脱プロトン化分子の質量(M)を推定すること、
を含む方法。
【請求項2】
前記イオンの電荷状態(Q)を推定することが、まず電荷状態の非整数値を推定し、その後、前記推定された電荷状態(Q)が正の整数となるように前記非整数値を最も近い整数値に丸めること、を含む、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記イオンの電荷状態(Q)を推定することが、
電荷状態の整数値を推定すること、
その後、該推定電荷状態(Q)の整数値を整数値のステップで変化させることで複数の異なる整数値の推定電荷状態(Q)を用意すること、
あるニュートラルロス種の前記基準質量と前記複数の異なる整数値の推定電荷状態(Q)の前記推定電荷状態の各々に基づいて決定された各質量変化量(Δm)とを比較すること、及び、
あるニュートラルロス種の基準質量に最も近く一致する質量変化量(Δm)の値が結果として得られるような整数値の推定電荷状態を選択し、該選択された整数値の推定電荷状態に基づいて、前記イオンの一部を成す前記脱プロトン化分子の質量(M)を確定すること、
を含む請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
前記データセットが、イオンの前記実測のイメージ電荷/電流信号の各々の部分にそれぞれ関連付けられた複数の実測の信号周波数(ω;i=整数>2)を含んでおり、
前記イオンの一部を成す脱プロトン化分子の質量(M)を推定することが、脱プロトン化分子の質量の複数の推定値(M)を、それぞれ、前記複数の実測の信号周波数(ω)のなかから選択された各々の前記第1の実測の信号周波数及び各々の前記第2の実測の信号周波数から成る2つの実測の信号周波数の複数対に基づいて、決定することを含んでおり、且つ、
各々の前記脱プロトン化分子の複数の推定値(M)の平均値を脱プロトン化分子の推定質量として生成する、
請求項1~3のいずれかに記載の方法。
【請求項5】
イメージ電荷/電流信号を取得すること、及び、該信号から、
前記第1の実測の信号周波数(ω)に対応する前記イメージ電荷/電流信号の開始時点(LT(1)及び終了時点(LT(1)、並びに、
前記第2の実測の信号周波数(ω)に対応する前記後続の第2のイメージ電荷/電流信号の開始時点(LT(2)及び終了時点(LT(2)
を特定することを含み、
前記第2の実測の信号周波数に対応する前記イメージ電荷/電流信号の前記開始時点(LT(2)の値が、前記第1の実測の信号周波数に対応する前記イメージ電荷/電流信号の前記終了時点(LT(1)の値よりも、相互の時間スケール上で、予め設定された閾値以上だけ大きい、
請求項1~4のいずれかに記載の方法。
【請求項6】
前記第2の周波数が前記第1の周波数よりも予め設定された閾値以下の値だけ大きい、請求項1~5のいずれかに記載の方法。
【請求項7】
コンピュータプログラム又はコンピュータプログラム製品であって、該プログラムがコンピュータにより実行されたとき、請求項1の方法を該コンピュータに実行させるような命令を含む、コンピュータプログラム又はコンピュータプログラム製品。
【請求項8】
請求項1に記載の方法を実行するように構成された1又は複数の処理部を備えるデータ処理装置。
【請求項9】
イオン分析装置内で各々の振動周波数(ω)の振動運動をしている所与の電荷状態(Q)の複数のイオンを表すイメージ電荷/電流信号を生成するように構成されたイオン分析装置であって、
前記1又は複数のイオンを受け取り、前記振動運動に応じて前記イメージ電荷/電流信号を生成するように構成されたイオン分析チャンバと、
前記イメージ電荷/電流信号を時間領域における記録信号として記録するように構成された信号記録ユニットと、
前記記録信号を処理して、
イオンの実測のイメージ電荷/電流信号の第1の部分に関連付けられた第1の実測の信号周波数(ω)と、前記イオンの前記実測のイメージ電荷/電流信号の後続の第2の部分に関連付けられた第2の実測の信号周波数(ω)とを含むデータセットを取得し、
予め設定された較正定数をαとして次式
【数35】

で定量化できる質量変化の値が、1又は複数のニュートラルロスの質量に相当する基準質量と略一致するように、前記第1の実測の信号周波数(ω)の振動運動及びその後に前記第2の実測の信号周波数(ω)の振動運動をしている前記イオンの電荷状態(Q)を推定し、
前記イオンの前記推定された電荷状態(Q)、前記第1の実測の信号周波数(ω)、前記定量化された質量変化値Δm、及びプロトン化陽子の質量電荷比(m/e)に基づいて、
【数36】

なる関係により、前記イオンの一部を成す脱プロトン化分子の質量(M)を推定する、信号処理ユニットと、
を備える装置。
【請求項10】
前記信号処理ユニットが、前記イオンの電荷状態(Q)を推定することを、まず電荷状態の非整数値を推定し、その後、前記推定された電荷状態(Q)が正の整数となるように前記非整数値を最も近い整数値に丸めることにより行うように構成されている、請求項9に記載のイオン分析装置。
【請求項11】
前記信号処理ユニットが、前記イオンの電荷状態(Q)を推定することを、
電荷状態の整数値を推定すること、
その後、該推定された電荷状態(Q)の整数値を整数値のステップで変化させることで複数の異なる整数値の推定電荷状態(Q)を用意すること、
あるニュートラルロス種の前記基準質量と前記複数の異なる整数値の推定電荷状態(Q)の前記推定電荷状態の各々に基づいて決定された各質量変化量(Δm)とを比較すること、並びに、
あるニュートラルロス種の基準質量に最も近く一致する質量変化量(Δm)の値が結果として得られるような整数値の推定電荷状態を選択し、該選択された整数値の推定電荷状態に基づいて、前記イオンの一部を成す脱プロトン化分子の質量(M)を確定すること、
により行うように構成されている、請求項9又は10に記載のイオン分析装置。
【請求項12】
前記データセットが、イオンの前記実測のイメージ電荷/電流信号の各々の部分にそれぞれ関連付けられた複数の実測の信号周波数(ω;i=整数>2)を含んでおり、前記信号処理ユニットが、前記イオンの一部を成すプロトン化分子の質量(M)を、
脱プロトン化分子の質量の複数の推定値(M)を、それぞれ、前記複数の実測の信号周波数(ω)のなかから選択された各々の前記第1の実測の信号周波数及び各々の前記第2の実測の信号周波数から成る2つの実測の信号周波数の複数対に基づいて、決定すること、及び、
各々の前記脱プロトン化分子の複数の推定値(M)の平均値を脱プロトン化分子の推定質量として生成すること、
により推定するように構成されている、請求項9~11のいずれかに記載の方法。
【請求項13】
前記信号処理ユニットが、前記記録信号から、
前記第1の実測の信号周波数(ω)に対応する前記イメージ電荷/電流信号の開始時点(LT(1)及び終了時点(LT(1)、並びに、
前記第2の実測の信号周波数(ω)に対応する前記後続の第2のイメージ電荷/電流信号の開始時点(LT(2)及び終了時点(LT(2)
を特定するように構成されており、
前記第2の実測の信号周波数に対応する前記イメージ電荷/電流信号の前記開始時点(LT(2)の値が、前記第1の実測の信号周波数に対応する前記イメージ電荷/電流信号の前記終了時点(LT(1)の値よりも、相互の時間スケール上で、予め設定された閾値以上だけ大きい、
請求項9~12のいずれかに記載のイオン分析装置。
【請求項14】
前記第2の周波数が前記第1の周波数よりも予め設定された閾値以下の値だけ大きい、請求項9~13のいずれかに記載のイオン分析装置。
【請求項15】
内部で前記振動運動を生じさせるために、イオンサイクロトロン共鳴トラップ、イオンの捕捉に超対数電場を用いるように構成されたOrbitrap(登録商標)、静電型リニアイオントラップ(ELIT)、四重極イオントラップ、イオン移動度分析装置、電荷検出質量分析装置(CDMS)、静電型イオンビームトラップ(EIBT)、平面軌道周波数分析装置(POFA)、又は、平面静電型イオントラップ(PEIT)のうちの1つ又は複数を含む、請求項9~14のいずれかに記載のイオン分析装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はイメージ電荷/電流分析を用いたイオン分析のための方法及び装置並びにそのためのイオン分析装置に関する。特に、本発明はイオンの電荷を特定するためのイメージ電荷/電流信号の分析に関するが、これに限られない。例えば、イメージ電荷/電流信号は、イオン移動度分析装置、電荷検出質量分析装置(CDMS)、又は、イオンサイクロトロン、Orbitrap(登録商標)、静電型リニアイオントラップ(ELIT)、四重極イオントラップ、軌道周波数分析装置(Orbital Frequency Analyser:OFA)、平面静電型イオントラップ(Planar Electrostatic Ion Trap:PEIT)、若しくは、内部で振動運動を発生させるための他のイオン分析装置等のイオントラップ装置、により生成することができる。
【背景技術】
【0002】
イメージ電荷/電流信号は捕捉された何らかのイオン種の振動に対応する周期成分を含む信号の非破壊検出を利用する質量分析装置において得ることができる。しかし、本発明は周期成分を含む信号を分析する必要がある他のいかなる分野のイオン分析にも適用できる。イオン運動の周波数はイオンの質量電荷(m/z)比に依存し、イオン分析器(例えばイオントラップ)内に複数パケットのイオンが存在する場合は、イオン分析器の収束特性により、同じm/z比を持つイオンの各パケットの運動が同期することがある。
【0003】
イメージ電荷を利用したイオンの検出はショックレー(非特許文献1)及びラモ(非特許文献2)により導き出された諸原理に基づいている。ここでは、有限の大きさの電極の傍を通過して移動する電荷のイメージ(鏡像)により該電極内に測定可能な電流が誘導されることが示された。速度ベクトル(v(r))で自由空間内を移動する電荷Qにより検出装置の電極上に誘導されるイメージ電荷qは、該移動する電荷の位置r及び速度、並びに検出装置の電極の構成にのみ依存する。イメージ電荷qは電極に印加されるバイアス電圧にも、存在する空間電荷にも依存せず、次式で与えられる。
【数1】
【0004】
ここでV(r)は、電荷Qが存在しない状態で選択された電極が単位電位にあり、他の電極は全てゼロ電位にある、という状況下で、検出装置内でベクトルrにより与えられる電荷の位置における静電場の電位である。誘導されるイメージ電荷/電流Iはこの量の変化率によって次のように与えられる。
【数2】
【0005】
ここで、E(r)は「重み場」として知られる電場(ベクトル)である。この関係をどのように実装すればよいかの簡単且つ具体的な例として、均一な間隔dを空けた一対の平行平面電極板を備える検出装置において、前記電極板の間を電荷Qのイオンが速さvで該2枚の電極板の面に垂直な平面内で円軌道に沿って運動する場合を考える。「重み場」は均一で電極板に垂直でイオン軌道に平行な方向を向いている(実際的に言えば、板の寸法がそれらの間隔よりはるかに大きく、その結果、端縁場の効果を無視できれば、それは実質的に真となる)。故に、
【数3】

である。その結果、誘導されるイメージ電荷/電流は次の形の正弦波振動信号となる。
【数4】
【0006】
誘導されるイメージ電荷/電流の振幅はイオンの電荷Qに比例する。ひとたび比例定数項v/dが考慮に入れられれば、この振幅を測定することによりイオンの電荷を特定することができる。より一般的には、前記原理は、誘導されるイメージ電荷/電流の振幅がイオンの電荷Qに比例するという点で、より複雑な検出装置の電極構造にも同じく当てはまり、比例定数項が検出装置の電極構造に応じて異なるものとなる。
【0007】
イオンの振動運動の周波数は非常に精密に特定することができるが、イメージ電荷/電流信号の直接的な測定によりイオン電荷Qを推定できる精度はイオン分析装置内の電子ノイズによって非常に大きく低下する。イメージ電荷/電流型質量分析装置内で振動運動をしているイオンの質量電荷比(m/z)とその信号周波数ωiとの間には、
【数5】

という周知の関係がある。ここで項αはイメージ電荷/電流型質量分析装置の構造とイオンのエネルギーに依存する較正定数である。これは、イオン電荷の推定値を用いてイオン質量Mの推定値を次のように求めることができることを意味している。
【数6】

これらの測定を行うように設計された回路内の電子ノイズは高いことが典型的であるため、イオン電荷Qの測定は精度が低く、その結果、それらの電荷測定値を用いて生成した質量Mのスペクトルも質が低い。電子ノイズの改善には問題があり、そのため、これらノイズの問題を所与としてどのように電荷測定の精度を高めるかが、広く認識された解決すべき問題である。
【0008】
ノイズは非常に長い時間にわたって所与のイメージ電荷信号を測定することにより抑制できることがある。それにはイオントラップ系を極めて高い真空状態にまで排気する必要がある。そうしなければ、飛行中のイオンがあまりに短時間でガス分子と衝突し、その結果、イオンの分裂又はイオン軌道の大幅な変化によってイメージ電荷信号があまりに早く途絶えてしまう。必要なより低い圧力までイオントラップのチャンバを排気するには非常に高いコストがかかる。
【0009】
CDMSでは測定質量の精度が質量電荷比(m/z)及びイオン電荷(Q)の量の測定精度により決まる。(m/z)値の精度は利用可能なイオントラップのイオン収束性能に依存する。電荷(Q)測定の正確さはCDMSの必須要素であり、それが装置内の電子ノイズにより大きく制限される。適正な電荷精度には現状ではオーダーメイドの回路設計、極低温の冷却、そして長時間のイメージ電荷信号が必要である。
【0010】
本発明は以上の事柄に鑑みて成されたものである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】WO2012/116765(A1)
【非特許文献】
【0012】
【非特許文献1】W. Shockley: “Currents to Conductors Induced by a Moving Point Charge”, Journal of Applied Physics 9, 635 (1938)
【非特許文献2】S. Ramo: “Currents Induced by Electron Motion”, Proceedings of the IRE, Volume 27, Issue 9, Sept. 1939
【非特許文献3】Murray, Kermit K., Boyd, Robert K., Eberlin, Marcos N., Langley, G. John, Li, Liang and Naito, Yasuhide. "Definitions of terms relating to mass spectrometry (IUPAC Recommendations 2013)" Pure and Applied Chemistry, vol. 85, no. 7, 2013, pp. 1515-1609, [https://doi.org/10.1351/PAC-REC-06-04-06]
【発明の概要】
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者らは、振動運動の間にイオンからニュートラルロス種が失われることによるイオンからの質量損失を測定(推定)するという手続きに基づいて、(例えばイオン電荷が中性分子のプロトン化の結果である場合に)イオンの一部を成す分子の質量をより正確に測定するプロセスを実現した。このような質量損失の結果、イオンからのニュートラルロス種の損失後の当該イオンに関連付けられた誘導イメージ電荷/電流信号の周波数は、イオンからのニュートラルロス種の損失前の当該イオンに関連付けられた誘導イメージ電荷/電流信号の周波数と比べて変化する。本発明者らは、装置内の電子ノイズに起因する信号ノイズが存在していても、この情報があればイオンの一部を成す分子のより正確な質量測定値を生み出すことができることを見出した。
【0014】
イオンの振動運動の周波数は非常に精密に特定することができるが、イメージ電荷/電流信号の直接的な測定によりイオン電荷Qを推定できる精度はイオン分析装置内の電子ノイズによって非常に大きく低下する。イメージ電荷/電流型質量分析装置内で振動運動をしているイオンの質量電荷比(m/z)とその信号周波数ωiとの間には、
【数7】

という周知の関係がある。ここで項αはイメージ電荷/電流型質量分析装置の構造とイオンのエネルギーに依存する較正定数である。本発明はこの関係を用いたイメージ電荷/電流信号の分析に関する。例えば、イメージ電荷/電流分析法においてはイオンの質量電荷比(m/z)とその電荷(Q)を測定することで該イオンの質量を
【数8】

という関係を通じて推定することができる。推定された質量損失値又は質量変化/減少値が既知のニュートラルロス種の既知の質量に十分に近い値であれば、イオンの一部を成す分子の質量値を測定(推定)することができる。変わり易いイオン電荷の推定値に正しい値を割り当てることで、結果として得られる質量推定値が改善され得る。低い測定精度のイメージ電荷/電流システムの出力を用いながらもより高い精度のマススペクトルを得ることができる。従来技術のシステムであれば必要となる、イメージ電荷/電流システムの検出回路系の複雑且つ高価な最適化された構成要素や極低温の冷却が不要になる。本発明は複雑且つ高価な電子機器及び/又は極低温に頼ることなくイオン質量の測定精度を向上させる方法を提供する。
【0015】
第1の態様において、本発明は、イオン分析装置内で各々の振動周波数(ω)の振動運動をしている所与の電荷状態(Q)の複数のイオンを表すイメージ電荷/電流信号から確定されたデータを処理する方法であって、
あるイオンの実測のイメージ電荷/電流信号の第1の部分に関連付けられた第1の実測の信号周波数(ω)と、前記イオンの前記実測のイメージ電荷/電流信号の後続の第2の部分に関連付けられた第2の実測の信号周波数(ω)とを含むデータセットを取得すること、
予め設定された較正定数をαとして次式
【数9】

で定量化できる質量変化の値が、1又は複数のニュートラルロスの質量に相当する基準質量と略一致するように、前記第1の実測の信号周波数(ω)の振動運動及びその後に前記第2の実測の信号周波数(ω)の振動運動をしている前記イオンの電荷状態(Q)を推定すること、及び、
前記イオンの前記推定された電荷状態(Q)、前記第1の実測の信号周波数(ω)、前記定量化された質量変化値Δm、及びプロトン化陽子の質量電荷比(m/e)に基づいて、
【数10】

なる関係により、前記イオンの一部を成す脱プロトン化分子の質量(M)を推定すること、
を含む方法を提供する。
【0016】
「ニュートラルロス」なる用語は、解離中にイオンから帯電していない種(例えば粒子、分子等)が失われることを指すものとみなすことができる。この定義は非特許文献3にある国際純正応用化学連合(IUPAC)勧告の2013年版の定義に準拠している。イオンの一部を成す「脱プロトン化」分子の推定質量(M)は、分子にプロトン化陽子が付加されていないとした場合の該分子の質量を指すものとみなすことができる。観念上でプロトン化陽子を除去する(即ち分子を「脱プロトン化する」)ことにより、該プロトンの存在により生成されるイオンの電荷Q(単位は陽子の電荷e=1.602176634×10-19C)を観念上で除去するとともに、
【数11】

で与えられるプロトン化陽子の質量を観念上で除去する。ここで数値Q/eは分子上に存在するプロトン化陽子(それぞれ1単位の電荷を持つ)の数に相当する。
【0017】
前記1又は複数のニュートラルロスの質量に相当する基準質量は整数値(単位はDa)であることが好ましい。該1又は複数のニュートラルロスの質量に相当する基準質量は、1Da(H)、2Da(H2)、17Da(OH又はNH)若しくは18Da(HO)又は他の質量から選択された1又は複数の質量とすることができる。
【0018】
好ましくは、前記推定された電荷状態(Q)は正の整数である。好ましくは、前記イオンの電荷状態(Q)の推定は、まず電荷状態の非整数値を推定し、その後、前記推定された電荷状態(Q)が正の整数となるように前記非整数値を最も近い整数値に丸めること、を含む。前記電荷状態の推定は、一定の電荷値範囲(例えばQMIN≦Q≦QMAX)内に入る複数の異なる電荷推定値を、それらに対応する
【数12】

として定量化できる質量変化の異なる値の範囲(例えばΔmMIN≦Δm≦ΔmMAX)が2Daを超えない(即ち、該範囲の中心から±1Daを超えない)ように、より好ましくは1Daを超えない(即ち、該範囲の中心から±0.5Daを超えない)ように制約して用意することを含むものとすることができる。好ましくは、
【数13】

なる量が、量Xを予め設定された閾値であるものとし、その値は0<X≦0.5の範囲内、好ましくは0<X≦0.25の範囲内、望ましくは0<X≦0.1の範囲内の値とすることができる。好ましくはX≪1.0である。
【0019】
イオン電荷状態の複数の推定値(例えば[Q]-2、[Q]-1、[Q]、[Q]+1、[Q]+2)に対応する複数の推定質量損失値(Δm)を用意するようにしてもよい。本方法は、ダルトンを単位とする整数値を持つある名目の整数値基準質量に最も近い質量損失推定値(Δm)を選択することを含むものとすることができる。本方法は、前記最も近い質量損失推定値が前記名目の整数値基準質量から予め設定された閾近傍範囲、例えば0.2Daを超えない、より好ましくは0.1Daを超えない近傍範囲内にあるかどうか判定すること、及び、前記最も近い質量損失推定値であって前記予め設定された閾近傍範囲内にもある質量損失推定値を選択すること、を含むものとすることができる。このようにすれば、推定イオン電荷(Q)とそれに対応する推定質量損失値(Δm)の両方を用意することができる。
【0020】
望ましくは、前記イオンの電荷状態(Q)を推定することは、電荷状態の整数値を推定し、その後、該推定電荷状態(Q)の整数値を整数値のステップで変化させることで複数の異なる整数値の推定電荷状態(Q)を用意すること、を含む。本方法は、その後、あるニュートラルロス種の前記基準質量と前記複数の異なる整数値の推定電荷状態(Q)の前記推定電荷状態の各々に基づいて決定された各質量変化量(Δm)とを比較することを含むものとすることができる。本方法は、その後、あるニュートラルロス種の基準質量に最も近く一致する質量変化量(Δm)の値が結果として得られるような整数値の推定電荷状態を選択し、該選択された整数値の推定電荷状態に基づいて、イオンの一部を成す前記脱プロトン化分子の質量(M)を確定すること、を含むものとすることができる。
【0021】
望ましくは、本発明によれば、前記データセットは、イオンの前記実測のイメージ電荷/電流信号の各々の部分にそれぞれ関連付けられた複数の実測の信号周波数(ω;i=整数>2)を含んでいる。本方法によれば、前記イオンの一部を成す脱プロトン化分子の質量(M)の推定は、脱プロトン化分子の質量の複数の推定値(M)を、それぞれ、前記複数の実測の信号周波数(ω)のなかから選択された各々の前記第1の実測の信号周波数及び各々の前記第2の実測の信号周波数から成る2つの実測の信号周波数の複数対に基づいて、決定することを含むものとすることができる。本方法は、各々の前記脱プロトン化分子の複数の推定値(M)の平均値を脱プロトン化分子の推定質量として生成することを含むものとすることができる。
【0022】
本方法は、イメージ電荷/電流信号を取得すること、及び、該信号から、
前記第1の実測の信号周波数(ω)に対応する前記イメージ電荷/電流信号の開始時点(LT(1)及び終了時点(LT(1)、並びに、
前記第2の実測の信号周波数(ω)に対応する前記後続の第2のイメージ電荷/電流信号の開始時点(LT(2)及び終了時点(LT(2)
を特定することを含み、
前記第2の実測の信号周波数に対応する前記イメージ電荷/電流信号の前記開始時点(LT(2)の値が、前記第1の実測の信号周波数に対応する前記イメージ電荷/電流信号の前記終了時点(LT(1)の値よりも、相互の時間スケール上で、予め設定された閾値以上だけ大きい
というものとすることができる。
【0023】
本方法において、前記第2の周波数は前記第1の周波数よりも予め設定された閾値以下の値だけ大きいことが好ましい。
【0024】
第2の態様において、本発明は、コンピュータプログラム又はコンピュータプログラム製品であって、該プログラムがコンピュータにより実行されたとき、前記第1の態様に関連して上述した方法を該コンピュータに実行させるような命令を含むものを提供する。
【0025】
第3の態様において、本発明は、前記第1の態様に関連して上述した方法を実行するように構成された1又は複数の処理部を備えるデータ処理装置を提供する。
【0026】
第4の態様において、本発明は、イオン分析装置内で各々の振動周波数(ω)の振動運動をしている所与の電荷状態(Q)の複数のイオンを表すイメージ電荷/電流信号を生成するように構成されたイオン分析装置であって、
前記1又は複数のイオンを受け取り、前記振動運動に応じて前記イメージ電荷/電流信号を生成するように構成されたイオン分析チャンバと、
前記イメージ電荷/電流信号を時間領域における記録信号として記録するように構成された信号記録ユニットと、
前記記録信号を処理して、
イオンの実測のイメージ電荷/電流信号の第1の部分に関連付けられた第1の実測の信号周波数(ω)と、前記イオンの前記実測のイメージ電荷/電流信号の後続の第2の部分に関連付けられた第2の実測の信号周波数(ω)とを含むデータセットを取得し、
予め設定された較正定数をαとして次式
【数14】

で定量化できる質量変化の値が、1又は複数のニュートラルロスの質量に相当する基準質量と略一致するように、前記第1の実測の信号周波数(ω)の振動運動及びその後に前記第2の実測の信号周波数(ω)の振動運動をしている前記イオンの電荷状態(Q)を推定し、
前記イオンの前記推定された電荷状態(Q)、前記第1の実測の信号周波数(ω)、前記定量化された質量変化値Δm、及びプロトン化陽子の質量電荷比(m/e)に基づいて、
【数15】

なる関係により、前記イオンの一部を成す脱プロトン化分子の質量(M)を推定する、信号処理ユニットと、
を備える装置を提供する。
【0027】
前記信号処理ユニットは、前記イオンの電荷状態(Q)を推定することを、まず電荷状態の非整数値を推定し、その後、前記推定された電荷状態(Q)が正の整数となるように前記非整数値を最も近い整数値に丸めることにより行うように構成することができる。
【0028】
前記信号処理ユニットは、前記イオンの電荷状態(Q)を推定することを、
電荷状態の整数値を推定すること、
その後、該推定された電荷状態(Q)の整数値を整数値のステップで変化させることで複数の異なる整数値の推定電荷状態(Q)を用意すること、
あるニュートラルロス種の前記基準質量と前記複数の異なる整数値の推定電荷状態(Q)の前記推定電荷状態の各々に基づいて決定された各質量変化量(Δm)とを比較すること、並びに、
あるニュートラルロス種の基準質量に最も近く一致する質量変化量(Δm)の値が結果として得られるような整数値の推定電荷状態を選択し、該選択された整数値の推定電荷状態に基づいて、前記イオンの一部を成す脱プロトン化分子の質量(M)を確定すること、
により行うように構成することができる。
【0029】
前記データセットは、イオンの前記実測のイメージ電荷/電流信号の各々の部分にそれぞれ関連付けられた複数の実測の信号周波数(ω;i=整数>2)を含むものとすることができる。前記信号処理ユニットは、前記イオンの一部を成すプロトン化分子の質量(M)を、
脱プロトン化分子の質量の複数の推定値(M)を、それぞれ、前記複数の実測の信号周波数(ω)のなかから選択された各々の前記第1の実測の信号周波数及び各々の前記第2の実測の信号周波数から成る2つの実測の信号周波数の複数対に基づいて、決定すること、及び、
各々の前記脱プロトン化分子の複数の推定値(M)の平均値を脱プロトン化分子の推定質量として生成すること、
により推定するように構成することができる。
【0030】
前記信号処理ユニットは、前記記録信号から、
前記第1の実測の信号周波数(ω)に対応する前記イメージ電荷/電流信号の開始時点(LT(1)及び終了時点(LT(1)、並びに、
前記第2の実測の信号周波数(ω)に対応する前記後続の第2のイメージ電荷/電流信号の開始時点(LT(2)及び終了時点(LT(2)
を特定するように構成されており、
前記第2の実測の信号周波数に対応する前記イメージ電荷/電流信号の前記開始時点(LT(2)の値が、前記第1の実測の信号周波数に対応する前記イメージ電荷/電流信号の前記終了時点(LT(1)の値よりも、相互の時間スケール上で、予め設定された閾値以上だけ大きい
というものとすることができる。
【0031】
好ましくは、前記第2の周波数が前記第1の周波数よりも、前記信号処理ユニットにより適用される予め設定された閾値以下の値だけ大きい。
【0032】
第5の態様において、本発明は、内部で前記振動運動を生じさせるために、イオンサイクロトロン共鳴トラップ、イオンの捕捉に超対数電場を用いるように構成されたOrbitrap(登録商標)、静電型リニアイオントラップ(ELIT)、四重極イオントラップ、イオン移動度分析装置、電荷検出質量分析装置(CDMS)、静電型イオンビームトラップ(Electrostatic Ion Beam Trap: EIBT)、平面軌道周波数分析装置(Planar Orbital Frequency Analyser: POFA)、又は、平面静電型イオントラップ(Planar Electrostatic Ion Trap: PEIT)のうちの1つ又は複数を含むイオン分析装置を提供する。
【0033】
記載された態様及び好ましい特徴の組み合わせは、そのような組み合わせが明らかに容認できないか明示的に回避されている場合を除き、本発明に含まれる。
【図面の簡単な説明】
【0034】
本発明の原理を例示する実施形態及び実験について添付図面を参照しながら以下に議論する。
【0035】
図1】(a)CDMSイオン分析装置の概略的な表現を示す図、(b)図1(a)のCDMSイオン分析装置により生成されるCDMSイメージ電荷/電流信号の概略的な表現を示す図、及び、(c)図1(a)のCDMSイオン分析装置により生成され、図1(b)の複数の同時発生的なCDMSイメージ電荷/電流信号を含む、典型的なCDMSイメージ電荷/電流信号出力を示す図。
図2】(a)1個の中性粒子種と4個のプロトン化陽子を持つイオンの概略的な表現を示す図、(b)中性粒子種が衝突解離した後の、4個のプロトン化陽子を持つ図2(a)のイオンの概略的な表現を示す図、及び、(c)図2(a)に示したイオンにより誘起され、続いて図2(b)に示したイオンにより誘起される、図1のCDMSイオン分析装置により生成されるCDMSイメージ電荷/電流信号の概略的な表現を示す図。
図3】(a)、(b)衝突事象とそれに続く450ms付近の水素損失に対応するイオンの振動周波数の変化を示す2枚の折り畳み信号写真を示す図。
図4】(a)イオン分析装置内での1又は複数のイオンの振動運動を表すイメージ電荷/電流信号の概略的な表現を示す図、及び、(b)イオン分析装置内での1又は複数のイオンの振動運動を表すイメージ電荷/電流信号の分割部分のスタックを含む2次元関数の概略的な表現を示す図。
図5図4(a)に示したようなイメージ電荷/電流信号にセグメント化処理を適用しているところを概略的に表現した図。
図6図4(b)に示したような2次元関数を生成する処理の手順のフローチャートを示す図。
図7】(a)図4(b)に示したようなイメージ電荷/電流信号の2次元関数にセグメント化処理を適用し且つ位置合わせを適用したものの概略的な表現を示す図であって、図4(b)に示した「ビュー(a)」において第2の時間次元のビューを隠し、第1の時間次元のビューを示したものと等価な図、及び、(b)図7(a)に示したようなイメージ電荷/電流信号の2次元関数に閾値処理を適用したものの概略的な表現を示す図であって、図4(b)に示した「ビュー(b)」において第2の時間次元のビューと第1の時間次元のビューの両方を示したものと等価な図。
図8】(b)図4(b)に示したようなイメージ電荷/電流信号の2次元関数にセグメント化処理を適用し且つ位置合わせを適用したものの概略的な表現を示す図であって、図4(b)に示した「ビュー(a)」において第2の時間次元のビューを隠し、第1の時間次元のビューを示したものと等価な図、及び、(b)図8(a)に示したようなイメージ電荷/電流信号の2次元関数に閾値処理を適用したものの概略的な表現を示す図であって、図4(b)に示した「ビュー(b)」において第2の時間次元のビューと第1の時間次元のビューの両方を示したものと等価な図。
図9】ニュートラルロスのプロセスを利用することにより、イオン質量の一部を成す中性分子の質量(M)の推定値を生成する処理の手順のフローチャートを示す図。
図10】(a)、(b)ニュートラルロスにより生じるイメージ電荷/電流信号周波数の変化により定量化される、イオンからのニュートラルロスに起因する質量損失値と該イオンの電荷状態との線形的な関係の概略的な例を示す図。
図11】データセット内で見つかった全事象について計算された質量損失のヒストグラムを示す図。
図12】検出された電荷(Qavg)と、本発明に従ってニュートラル質量損失を通じて推定された電荷(Qcorr)とを用いて得られた電荷ヒストグラムを示す図。単純な電荷検出によるよりも質量ロス分析による電荷精度の方が良好である。
【発明を実施するための形態】
【0036】
本発明の態様及び実施形態について添付図面を参照しながら以下に議論する。更なる態様及び実施形態は当業者には自明であろう。本稿で言及する全ての文書は参照により本明細書に援用される。
【0037】
図面では、一貫性を持たせるため、同じ要素には同じ参照符号が割り当てられている。以下の例では、イメージ電荷/電流信号は本物の又はシミュレーションした電荷検出質量分析装置(CDMS)により生成されたものであり、CDMSイメージ電荷/電流信号と呼ぶ。しかし、代わりにイオン移動度分析装置、又は、イオンサイクロトロン、Orbitrap(登録商標)、静電型リニアイオントラップ(ELIT)、四重極イオントラップ、軌道周波数分析装置(Orbital Frequency Analyser:OFA)、平面静電型イオントラップ(Planar Electrostatic Ion Trap:PEIT)、若しくは、内部で振動運動を発生させるための他のイオン分析装置等のイオントラップ装置、によりイメージ電荷/電流信号を生成してもよいということを理解すべきである。
【0038】
図1(a)は質量分析用の静電型イオントラップ1の形をしたCDMSイオン分析装置を概略的に示している。この静電型イオントラップはイオン分析チャンバ(2、3、4、5)を含んでおり、該チャンバは、1又は複数のイオン6Aを受け取るとともに、イオン分析チャンバ内にあるときの該受け取ったイオン6Bの振動運動7に応じてイメージ電荷/電流信号を発生させるように構成されている。イオン分析チャンバは第1の電極配列2と該第1の電極配列から略一定の分離距離だけ離れた第2の電極配列3を備えている。
【0039】
電圧供給ユニット(図示せず)が使用時に第1及び第2の電極配列の各電極に電圧を供給して電極配列間の空間に静電場を形成するために配置されている。第1配列の電極と第2配列の電極は電圧供給ユニットから略同じパターンの電圧を供給され、これにより、第1及び第2の電極配列(2、3)の間の空間における電位分布は、イオン6Bを飛行方向7に反射して該イオンに空間内で周期的な振動運動をさせるような分布になっている。静電型イオントラップ1は例えば特許文献1(Ding他)に記載されているように構成することができ、該文献の全体が参照によりここに援用される。他のアレンジも可能であり、それは当業者なら容易に分かるであろう。
【0040】
第1及び第2の電極配列間の空間内でのイオン6Bの周期的な振動運動は、第1及び第2の電極配列への適切な電圧の印加により、特許文献1(Ding他)に記載されているように、例えば第1及び第2の電極配列間のほぼ中ほどに収束させることができる。他のアレンジも可能であり、それは当業者なら容易に分かるであろう。
【0041】
第1及び第2の電極配列の各々の1又は複数の電極がイメージ電荷/電流センサ電極8として構成されており、そういうものとして信号記録ユニット10に接続されている。このユニットは、センサ電極からイメージ電荷/電流信号9を受け取り、受け取ったイメージ電荷/電流信号を時間領域において記録するように構成されている。信号記録ユニット10は、第1及び第2の電極配列(2、3)間の空間において前記周期的な振動運動7をしているイオン6Bの質量電荷比に関係する周期成分/周波数成分を持つイメージ電荷/電流の検出のために必要に応じて増幅回路系を備えることができる。
【0042】
第1及び第2の電極配列は、例えば、特許文献1(Ding他)に記載されているように、
(a)平行な帯状電極、及び/又は、
(b)同心円状、円形、又は部分的円形の導電性リング
により形成された平面的な配列を備えるものとすることができる。他のアレンジも可能であり、それは当業者なら容易に分かるであろう。第1及び第2の電極配列の各配列はイオン6Bの周期的な振動運動7の方向に延在している。イオン分析チャンバは第1及び第2の電極配列により画定される主要部と両者間の空間、並びに2つの端部電極(4、5)を備えている。主セグメントと各端部セグメントとの間に印加される電圧差が振動運動の方向7にイオン6Bを反射するための電位障壁を形成し、それによりイオンを第1及び第2の電極配列の間の空間内に捕捉する。静電型イオントラップは、イオン分析チャンバの外側でイオン6Aを一時的に蓄積した後、蓄積したイオン1Aを、2つの端部電極(4、5)の一方4に形成されたイオン注入開口を通じて第1及び第2の電極配列の間の空間内に注入するように構成されたイオン源(図示せず。例えばイオントラップ)を含むものとすることができる。例えば、イオン源は、特許文献1(Ding他)に記載されているように、イオンを第1及び第2の電極配列の間の空間内に注入するためのパルサー(図示せず)を含むものとすることができる。他のアレンジも可能であり、それは当業者なら容易に分かるであろう。
【0043】
イオン分析器1は更に、記録されたイメージ電荷/電流信号11を信号記録ユニット10から受け取り、該記録信号を処理して時間領域信号の振幅又は大きさを決定し、それを用いて、イオン分析装置内で振動運動をしているイオンの電荷を計算するように構成された信号処理ユニット12を含んでいる。信号処理ユニット12はまたイオン分析装置内でのイオンの振動運動の周波数も特定する。
【0044】
目的イオンの電荷を表す時間領域での振幅値は、例えば、該振幅値とそれに対応するイオン電荷Qとの間の事前に較正された比例関係を上述した「重み場」に換算したものを用いて導き出された振幅値とすることができる。これら信号処理ステップは信号処理ユニット12により実行されるものであり、後でより詳しく説明する。信号処理ユニット12は、振動運動をしている捕捉イオンを表すイメージ電荷/電流信号に対して上記信号処理ステップを行うためのコンピュータプログラム命令を実行するようにプログラムされたプロセッサ又はコンピュータを備えている。その結果はイオンの電荷を表す値及び/又はイオンの質量を表す質量値である。イオン分析器1は更に、イオンの質量(及び任意選択で、該イオンの推定電荷)に対応するデータ13を受け取り、測定された電荷値及び/又は質量値をユーザに示す及び/又はその値を記憶ユニットに保存するように構成された記憶ユニット及び/又は表示ユニット14を含んでいる。
【0045】
図1(c)に示すように、イメージ電荷/電流信号9は時間領域において多数の同時発生的な振動信号を含んでいる。このイメージ電荷/電流信号9中の同時発生的な振動信号の各々は図1(b)に概略的に示したような単一の振動信号を含んでおり、この信号は略一定の信号振幅と略一定の信号周波数(ω)で有限の「寿命」(LT)の間だけ存在する。装置1の使用時にはその内部に質量と電荷状態の異なる多数のイオンがあることが典型的であり、それらは全て同時に独自の振動運動をしているから、イメージ電荷/電流信号9は同時発生的な個々の振動信号を多数含んでおり、各信号はそれぞれ図1(b)に示したような形状で、それぞれ異なる信号振幅と信号周波数を有している。
【0046】
信号処理ユニット12は、イメージ電荷/電流信号(図1(c))を処理することで、イオン分析装置内で各々の振動周波数(ω)の振動運動をしている各イオンの電荷状態(Q)の推定値を生成するように構成されている。例えば、誘導されるイメージ電荷/電流信号は、
【数16】

という形の正弦波振動信号とすることができる。この誘導イメージ電荷/電流信号の振幅QA(ここでAは較正定数)はイオンの電荷Qに比例しているから、この振幅QAと、当該イオンと関係がある全体信号(図1(c))の成分(図1(b))の角周波数ωとを用いてイオンの電荷Qを推定することができる。全体信号の前記成分(図1(b))の振幅QAと周波数ωは、当業者にとって容易に知得且つ利用可能な方法で得ることができる。例として、フーリエ変換を全体スペクトルに適用することにより、全体信号のフーリエスペクトルのうち関係するスペクトル成分から振幅QAと周波数ω=2πfを得ることができる。
【0047】
イメージ電荷/電流型質量分析装置内で振動運動をしているイオンの質量電荷比(m/z)は、該質量電荷比(m/z)と次のような関係を持つ信号角周波数ωを生成する。
【数17】

ここで項αはイメージ電荷/電流型質量分析装置の構造とイオンのエネルギーに依存する較正定数である。本発明はこの関係を利用する。
【0048】
信号処理ユニット12は、記録されたイメージ電荷/電流信号11から、複数の実測のCDMSイメージ電荷/電流信号(図1(b))の実測の信号周波数ωと該複数の実測のCDMSイメージ電荷/電流信号の各々の振幅にそれぞれ対応する複数の推定のイオン電荷値Qとを含むデータセット(図2(c))を確定するように構成されている。この確定は、当業者にとって容易に利用可能な既知のCDMSイメージ電荷/電流信号処理技術を全体スペクトルに適用することで、全体信号のうち関係する周波数成分から振幅QAと周波数ωを得ることにより達成することができる。
【0049】
具体的に、図2(a)~(c)を参照すると、信号処理ユニット12は記録信号11を処理することで該信号から第1の実測の信号周波数(ω)と第2の実測の信号周波数(ω)を含むデータセットを取得するように構成されている。第1の実測の信号周波数(ω)は、イオンに正の電荷状態Qを与えている多数のプロトン化陽子33とともに質量Δmの中性粒子32がイオンに付加されているときの該イオン(図2(a)の符号21)の第1の実測のイメージ電荷/電流信号と関連付けられている。第2の実測の信号周波数(ω)は、該イオン(図2(b)の符号21)の後続の第2の実測のイメージ電荷/電流信号と関連付けられている。このときはニュートラルロスのプロセス34が生じて図2(b)に示したようにイオンから中性粒子32(ここでは「ニュートラルロス粒子」と呼ぶ)が解離されているため、もはや質量Δmの中性粒子32はイオンに付加されていないが、該イオンはニュートラルロス粒子の解離の前に持っていた(即ち、図2(a)に示した)数と同数のプロトン化陽子33を持ち続けているため、引き続き正の電荷状態Qを有している。注目すべきは、関与する質量に差があるため第2の周波数ωが第1の周波数ωを上回ることである。これは、第1の周波数ωの第1のイメージ電荷/電流信号を誘起させている元となる粒子振動運動の質量には、イオン21の質量と、イオン(31、33)に付加しているニュートラルロス粒子32の質量と、イオンに付加して該イオンに正の電荷状態Qを与えているプロトン化陽子33の質量とを含むからである。これに対し、第2の周波数ωの第2のイメージ電荷/電流信号を誘起させている元となる粒子振動運動の質量には、イオン(31、33)の質量とイオンに付加して該イオンに正の電荷状態Qを与えているプロトン化陽子33の質量とが含まれている。それは、第2のイメージ電荷/電流信号が誘起されたときに既にイオン(31、33)から解離しているニュートラルロス粒子32の質量をもはや持っていない。
【0050】
より詳しく述べると、ニュートラルロス粒子32がイオン(31、33)から解離すると、イオンの質量が減少するため、イオンはより素早く装置のトラップ場を通って移動することができるようになり、それが最初のイメージ電荷/電流信号の突然の消失とそれに続くより高い周波数の新たなイメージ電荷/電流信号の出現として現れる。図2(c)に示したように、元のイメージ電荷/電流信号(「親」イオン、上付き文字「(1)」)が第1の実測の信号周波数(ω)に対応するイメージ電荷/電流信号の信号開始時点(LT(1)と信号終了時点(LT(1)を持つものとする。ニュートラルロス粒子32の解離に続く第1の(「親」)イメージ電荷/電流信号の終了時点(LT(1)に続く時間εLTの間に、残った「娘」イオン(31、33)がイオン分析装置内で安定した振動運動を再確立し、その後、第2の実測の信号周波数(ω)の開始に対応して新たな第2のイメージ電荷/電流信号が時点(LT(2)に現れる(「娘」イオン、上付き文字「(2)」)。この第2のイメージ電荷/電流信号には終了時点(LT(2)があり、この時点より後は「娘」イオンの振動運動が失われている。
【0051】
信号処理ユニット12は、記録信号11から、第1の実測の信号周波数(ω)に対応するイメージ電荷/電流信号の開始時点(LT(1)及び終了時点(LT(1)を特定するように構成されている。この開始時点と終了時点の組み合わせにより「親」イオン信号を識別できる。信号処理ユニット12はまた、記録信号11から、第2の実測の信号周波数(ω)に対応する後続の第2のイメージ電荷/電流信号の開始時点(LT(2)及び終了時点(LT(2)を特定するように構成されている。こちらも、この開始時点と終了時点の組み合わせにより「娘」イオン信号を識別できる。先行する「親」信号に関連付けるべき後続の「娘」イオン信号候補を選択する際、信号処理部は、指定された「親」イメージ電荷/電流信号の終了時点(LT(1)の値よりも(相互の時間スケール上で)予め設定された閾値[εLT]Th以上だけ大きいという要件を満たすような、第2の実測の信号周波数に対応するイメージ電荷/電流信号の開始時点(LT(2)の値だけを考慮するように構成されている。これは、指定された「親」が実際に終了するより前に開始している後続の「娘」イオン信号候補を意図的に考慮から除外するものである。理想的には、娘イオンのイメージ電荷/電流信号は親イオンのイメージ電荷/電流信号が消失したほぼその瞬間に出現するはずである。従って、親イオンの消滅時間よりずっと後に生まれたイオンは非現実的な候補であるはずである。例えば、前記予め設定された閾値εLTは50msとすることができる。信号処理ユニット12により課される更なる条件は、第2の周波数ωが第1の周波数ωを上回る周波数差Δω=ω-ωが予め設定された閾値ΔωThより小さくなければならないということである。これは、指定された「親」イオンに対して小さ過ぎる「娘」イオンの質量に対応すると考えられる周波数を持つイメージ電荷/電流信号に関連付けられた後続の「娘」イオン信号候補を意図的に考慮から除外するものである。言い換えれば、その質量差には、非現実的なほど大きな質量Δmを持つニュートラルロス粒子32の解離が必要となる。
【0052】
このように、処理ユニット12は、予め設定された閾値ΔωThと前記時間εLTの予め設定された閾値[εLT]Thに従って「親」イメージ電荷/電流信号とそれに対応する「娘」イメージ電荷/電流信号候補を選択するように構成されており、それにより、該選択された「親」/「娘」イメージ電荷/電流信号が全体で図2(a)及び(b)に概略的に示した「カスケード」事象を表すものとなる(図2(c)参照)。
【0053】
処理ユニット12は、予め設定された較正定数をαとして次式
【数18】

で定量化できる質量変化の値が、1又は複数のニュートラルロス粒子種の質量に相当する基準質量と略一致するように、第1の実測の信号周波数(ω)で振動運動をしている「親」イオン(31、32、33の集合体)の(プロトン化陽子33によりもたらされている)イオン(31、33)の電荷状態(Q)と、その後に第2の実測の信号周波数(ω)で振動運動をしている「娘」イオン(31、33の集合体であり、32を含めない)の電荷状態(Q)とを推定するように構成されている。言い換えれば、ニュートラルロス粒子の既知の種に対応するΔmの値が現れるまで、Qの非整数値の候補値を次々に上の式に適用していく。それから信号処理ユニットは、推定された電荷状態値(Q)が正の整数となるように、該推定された電荷状態値(Q)の非整数値を最も近い整数値に丸めることにより、該推定された電荷状態値(Q)を精緻化する(即ち、実数値のQ→整数値の[Q]。角括弧は整数値を示す)。
【0054】
信号処理ユニットは、続いて推定電荷状態の整数値([Q])を整数値のステップで変化させる(例えば[Q]-2、[Q]-1、[Q]、[Q]+1、[Q]+2)ことで複数の異なる整数値の推定電荷状態([Q])を用意すること、及び、ある付加ニュートラルロス粒子種の基準質量を、前記複数の異なる整数値の推定電荷状態のこれらの推定電荷状態([Q])の各々に基づいて決定された各質量変化量(Δm)と比較すること、により電荷状態の推定整数値([Q])を用いてイオンの電荷状態(Q)の推定を更に行うことが好ましい。信号処理部は、あるニュートラルロス粒子種の基準質量に最も近く一致する質量変化量(Δm)の値が結果として得られるような整数値の推定電荷状態([Q])を選択するように設計されている。それから信号処理部12は、選択された整数値の推定電荷状態に基づいて、イオンの一部を成す脱プロトン化分子31の質量(M)を確定する。
【0055】
信号処理ユニット12は、イオンの推定電荷状態([Q])、第1の実測の信号周波数(ω)、定量化された質量変化値Δm(既知のニュートラルロス粒子種32の質量に相当)及び陽子33の質量電荷比(m/e)に基づいて、
【数19】

なる関係により、イオンの一部を成す脱プロトン化分子31の質量(M。即ち、プロトン化陽子が全く付加されていないとした場合の分子31の質量)を推定する。ここでは、イオンの電荷はプロトン化陽子のみに帰されるものと仮定しているため、それら陽子の質量は陽子1個の質量(m)に陽子電荷を単位とするイオンの電荷(Q/e)を単に乗じることにより与えられる。それから信号処理ユニットはその結果を、イオンの質量に当たるデータ13を受け取るように構成された記憶ユニット及び/又は表示ユニット14に出力する。
【0056】
上記の議論は、「親」イオンと「娘」イオンとの間の1つのカスケード事象に関連付けられた2つのイメージ電荷/電流信号周波数値を用いた脱プロトン化分子31 31の質量Mの推定に関するものであるが、信号処理ユニット12は好ましくは、記録信号9から、それぞれイオンの1つの実測のイメージ電荷/電流信号に関連付けられた複数の実測の信号周波数(ω、i=整数>2)を含むデータセットを生成するように構成されているということを理解すべきである。信号処理ユニットは、記録信号中で識別可能な「親」イオンと「娘」イオンの複数の異なる組み合わせの間の複数の「カスケード」事象を特定することにより脱プロトン化分子31の質量(M)を複数回推定し、上述のようなやり方で前記複数の実測の信号周波数(ω)のなかから選択された2つの実測の信号周波数の複数対に基づいて、それらに対応する、イオン31の一部を成す脱プロトン化分子31の質量の複数の推定値(M)を生成するように構成することができる。所与のカスケードにおける「親」イオンのイメージ電荷/電流信号と「娘」イオンのイメージ電荷/電流信号のこのような組み合わせはそれぞれ、上述のように、各々の第1の実測の信号周波数と各々の第2の実測の信号周波数(第1の周波数より値が大きい)とを含んでいる。
【0057】
信号処理ユニットは、イオンの一部を成す脱プロトン化分子31の質量の前記複数の推定値(M)の平均値(即ち、それらの値全ての平均値)を算出し、脱プロトン化分子31の質量の最良の推定値(MAVE)とするように構成することができる。このようにすれば、複数の実測の信号周波数(ω)のなかでの信号周波数値の測定精度の変動を計算に入れることにより、脱プロトン化分子31の質量の、統計的により信頼できる推定値が得られる。
【0058】
複数回のデータ分析の結果、恐らくはバックグラウンドガス分子との衝突により、このような分析装置内で多価のタンパク質に対して周波数変化が観測されることが分かった。これらの変化がニュートラル質量損失によるものであると仮定して、異なるタンパク質(ミオグロビンとアルドラーゼ)についてそのような事象を多数分析した。周波数変化Δω=ω-ωを、
【数20】

によりそれぞれ質量損失に変換したところ、得られた値はそれぞれ一定の質量に相当することが分かった(なお、それらは質量損失値の連続的な分布を形成していなかった)。中性粒子の損失は1Da(H)、2Da(H)、17Da(OH又はNH)若しくは18Da(HO)という質量又は他の質量の解離に起因する可能性がある。このような損失はときに同じイオンで数回生じる(2秒間に最大4回)。即ち、それは「親」「娘」事象のカスケード数回分を含む。本発明により、本発明者らは、イオンが一定の質量Δmを失うはずであると仮定してイオンの推定電荷Qを調整することができることを見出した。こうして、装置内のノイズレベルが高くてもイオンの電荷Qと質量Mを精度良く確定できることが分かった。異なる実験条件に対しては異なる質量損失Δmが観察される(例えばミオグロビンは主にHを失い、アルドラーゼは主にHOを失う)。
【0059】
上述したようにこのような事象を多数集めることにより、イオン毎にこのようにイオン電荷状態を特定し、
【数21】

なる関係を利用してマススペクトルを作成することができる。図3(a)及び(b)は、エレクトロスプレイイオン化(ESI)により生成されたミオグロビンイオンを用いた電荷検出質量分析装置(CDMS)での実験において得られた実験データを示している。冷却領域の内部で価数22H+の(即ち22個の陽子でプロトン化された、m/z=771.25Thの)ミオグロビンイオンのみを通過させるように四重極フィルタを設定した。
【0060】
イオン電荷の実数値の推定値をイメージ電荷/電流信号中の周波数成分毎に決定することができる。各イメージ電荷/電流信号成分の周波数は、後で図3(a)~図8を参照して説明する手法を用いて特定することができる。代わりに、単にイメージ電荷/電流信号のフーリエ変換(FT)を計算し、該信号のFT周波数スペクトル内で所与の周波数に現れる所与のFTピークを識別し、その振幅を事前に計算した較正定数で除することで当該信号成分の元となったイオン電荷の推定値を得てもよい。例えば、誘導されるイメージ電荷/電流は、
【数22】

という形の正弦波振動信号とすることができる。この誘導イメージ電荷/電流信号の振幅QA(ここでAは較正定数)はイオンの電荷Qに比例しているから、この振幅QAと、当該イオンと関係のある全体信号(図1(c))の成分(図1(b))の角周波数ωとを用いてイオンの電荷Qを推定することができる。全体信号の前記成分(図1(b))の振幅QAと周波数ωは、当業者にとって容易に知得且つ利用可能な方法で得ることができる。例として、フーリエ変換を全体スペクトルに適用することにより、全体信号のフーリエスペクトルのうち関係するスペクトル成分から振幅QAと周波数ω=2πfを得ることができる。
【0061】
イオン電荷の推定値を、該イオンについてのN個の推定電荷値の平均値を用いて、
【数23】

と計算することができる。ここでは、この平均に寄与するイオン電荷の寄与の各々において電荷状態が変化しないものと仮定している。これは例えば、一連の連続するイオンの「カスケード」段階(即ち「親」から「娘」へ)に対応する複数の信号から決定された複数の推定電荷値において生じることがある。
【0062】
各イメージ電荷/電流信号成分の周波数を特定する方法は、図3(a)~図8を参照してここに説明する手法を用いて決定することができる。信号処理ユニット12は、記録されたイメージ電荷/電流信号11を信号記録ユニット10から受け取り、該記録信号(例えば図1(c))を以下のように処理するように構成することができる。
(a)記録信号中で、ある周期的信号成分(例えば図1(b))の周期の値を特定する。
(b)記録信号を、前記特定された周期に対応する持続時間を有する多数の別個の連続する時間セグメントに分割する。
(c)前記特定された周期を定める第1の時間次元において前記別個の時間セグメントを位置合わせする。そして、
(d)前記位置合わせした時間セグメントを前記第1の時間次元と交差する第2の時間次元に沿って離間させることで、全体として2次元関数を定義する時間セグメントのスタックを作り出す。前記関数は、前記第1の時間次元において、前記特定された周期の範囲内で時間に従って前記スタックを横断して変化するとともに、前記第2の時間次元において、連続する前記時間セグメントの間で時間に従って前記スタックに沿って変化する。
【0063】
これらの信号処理ステップは信号処理ユニット12により実行されるものであり、後でより詳しく説明する。信号処理ユニット12は、振動運動をしている捕捉されたイオンを表すイメージ電荷/電流信号に前記信号処理ステップを実行するためのコンピュータプログラム命令を実行するようにプログラムされたプロセッサ又はコンピュータを備えている。その結果が前記2次元関数である。表示ユニット14は該2次元関数に相当するデータ13を受け取って該2次元関数をユーザに示すように構成することができる。
【0064】
図4(a)は図1のイオン分析器1により生成された1次元時間領域イメージ電荷/電流信号F(t)の概略的な表現を示している。この信号は信号処理部12が信号記録ユニット11から受け取る記録されたイメージ電荷/電流信号9に相当し、イオン分析装置内での1又は複数のイオンの振動運動を表している。この信号は、イメージ電荷/電流信号中のピークに対応する一連の等間隔で並んだイメージ電荷/電流信号パルス(20a、20b、20c、20d、20e…)から成る。各ピークは認識可能な信号ピークが存在しないノイズだけの中間区間により互いに分離されている。図1(b)に示した理想的な正弦波イメージ電荷/電流信号は、図4(a)においてより本物らしく表現されているバックグラウンド信号ノイズの効果を省略している。このノイズが理想的な正弦波信号の低い値の部分を見えにくくしているため、このノイズの多い信号はノイズのバックグラウンドから立ち上がった一連の信号ピークに似ている。これらの信号ピークはノイズ中に失われていない理想的な正弦波信号の高い値の部分に相当する。
【0065】
各信号ピークは、イオン6B又はイオン群が静電型イオントラップ1内での振動運動の間に該イオントラップの2つの対向するイメージ電荷/電流センサ電極8の間を瞬間的に通過するときの短い時間に対応している。
【0066】
振動の周期は定義により2回の反射(例えばイオンの運動エネルギーが最小でその位置エネルギーが最大の状態)の間の時間距離である。対称な系ではイオンの振動周期が信号の周期であると考えることができる。
【0067】
最初の信号ピーク20aはイオン(群)6Bが静電型トラップ内での振動運動の1サイクルの前半に左から右へ移動しつつセンサ電極8を通過するときに発生し、2番目の信号ピーク20bは該イオン(群)が振動サイクルの後半にセンサ電極8を再び、今度は右から左へ移動しつつ通過するときに発生する。それに続く振動運動の第2のサイクルが後続の信号ピーク20c及び20dを生じさせる。振動運動の第3のサイクルの前半がその後の信号ピーク20eを発生させ、振動運動のサイクルが次々に継続するに従って更なる一時的なパルス(図示せず)が続く。
【0068】
連続する信号ピークが時間領域において(即ち、関数F(t)の時間軸(t)に沿って)それぞれ最も近い隣接ピークから共通の時間周期Tの分だけ離れている。これが、実際には、静電型イオントラップ内でイオン振動運動が持続する限り持続する1つの周期的信号であるものの周期に相当する。このように周期的信号の周期性は、上述した、静電型イオントラップ1内でのイオン(群)の周期的で巡回的な運動の周期と関係がある。従って、この共通の時間周期(T)の存在により一連の信号ピーク(20a、20b、20c、20d、20e、…)がイメージ電荷/電流信号F(t)の「周期成分」として識別される。共通の時間周期Tは必ず1つの周波数(即ち共通の時間周期の逆数)に対応することから、この「周期成分」を「周波数成分」と呼ぶこともできる。信号F(t)はイオン(群)の周期的な振動運動の性質に応じて高調波にも非高調波にもなり得る。
【0069】
図4(b)は、図4(a)に概略的に示したイメージ電荷/電流信号F(t)の分割部分のスタックを含む2次元関数F(t,t)の概略的な表現を示している。これは信号処理部12により生成されて表示ユニット14に出力されるデータ13により定義される2次元関数の例である。信号処理部12はイメージ電荷/電流信号F(t)中の周期成分(20a、20b、20c、20d、20e、…等)の周期の値(T)を特定し、イメージ電荷/電流信号F(t)を、前記特定された周期に対応する持続時間を持つ多数の別個の連続する時間セグメントに分割するように構成されている。信号処理部は、その後、前記特定された周期(T)を定める第1の時間次元tにおいて前記別個の時間セグメントを位置合わせするように構成されている。次に、信号処理部12は、位置合わせされた時間セグメントを、第1の時間次元と交差する(例えば直交する)第2の時間次元tに沿って離間させる。その結果、第2の時間次元に沿って並んだ別個の連続する時間セグメントのスタックが出来上がる。この位置合わせされた時間セグメントの並びは全体として2次元関数F(t,t)を定義する。この関数は、第1の時間次元tにおいて、前記特定された周期Tの範囲内での時間に応じてスタックの幅全体にわたって変化するとともに、第2の時間次元tにおいて、連続する時間セグメントの間で時間に従ってスタックの長さに沿って変化する。
【0070】
図4(b)を参照すると、周期成分の周期TがT=4.5μ秒と特定されており、連続的な1次元イメージ電荷/電流信号が、それぞれ持続時間4.5μ秒の複数の時間セグメント(20A、20B、20C、20D、20E…等)に分割されている。前記複数の時間セグメントの各時間セグメントが前記複数の時間セグメントの他の時間セグメントの各々と位置合わせされている。これは、第1の時間セグメント20Aが「基準」時間セグメントとなるべく選択され、それに対して他の全ての時間セグメントが位置合わせされている、ということを意味している。この位置合わせを達成するため、「基準」時間セグメント以外の所与の時間セグメント内の各信号データ値/点の時間座標(即ち第1の時間次元t)を以下のような1次元時間(t)から2次元時間(t,t)への変換にかけることで、前記記録信号を多数の別個の時間セグメントに分割するステップを実行する。その結果、次の関係によって1次元関数F(t)が2次元関数F(t,t)に変換される。
【数24】

【数25】

ここで変数tは、Tを周期成分の周期とする0からTまでの時間セグメント[0;T]の範囲内に値が限定された連続変数である。変数tは、mを整数(m=1,2,3,…,M)としてt=mTとなるようにその値が制約された離散変数である。mの上限値は、「取得時間(acquisition time)」即ち、全てのデータ点を取得する総所要時間をTacqとして、M=Tacq/Tと定義することができる。
【0071】
その結果は第1の時間次元に沿った負の時間方向への共通の時間ずれ又は平行移動(図4(b)の符号25で概略的に表されている)と等価であり、それは平行移動された時間セグメントが時刻t=0において開始し(21、23、…等)、時刻t=T=4.5μ秒において終了する(22、24、…等)ことを確実にするのに十分なものである。その結果、各時間セグメント(20A、20B、20C、20D、20E…等)がそれ自身の適切な時間平行移動(図4(b)の符号25参照)を受け、それは全ての時間セグメントが第1の時間次元に沿って時間区間[0;T]の範囲内だけで延在することを確実にするのに十分なものである。
【0072】
この位置合わせ工程は時間セグメント全体に適用されるものであり、連続する時間セグメント内に現れる信号ピーク(20a、20b、20c、20d、20e、…等)の位置に適用されるものではないということに注意することが重要である。しかし、周期的信号成分の時間周期Tが正確に特定されていれば、時間セグメントの位置合わせの結果、信号ピークも結果的に位置合わせされることになり、第1の時間次元に沿った連続する信号ピークの位置は、位置合わせされた1つの時間セグメントから次のセグメントに移っても変わらない。図4(b)の概略図ではそうなっており、信号ピークが第2の時間次元の軸に平行な直線路に沿って揃っているのが分かる。
【0073】
逆に、周期的信号成分の時間周期Tが正確に特定されていなければ、時間セグメントの位置合わせの結果、信号ピークも位置合わせされるという結果にはならず、第1の時間次元に沿った連続する信号ピークの位置は、位置合わせされた1つの時間セグメントから次のセグメントに移ると変化/ドリフトすることになる。
【0074】
信号処理部12は続いて、位置合わせされた時間セグメントの各々を第1の時間次元と交差する(例えば直交する)第2の時間次元tに沿ってずらす、即ち平行移動させる。具体的には、前記「基準」時間セグメント以外の所与の時間セグメント内の各信号データ値/点に追加の座標データ値を割り当てることで、各信号データ点が信号の値、第1の時間次元における時間値、及び第2の時間次元における値という3つの数字を持つようにする。第1及び第2の時間次元の値は所与の信号データ点に対して2次元時間平面内の座標を定め、そのデータ点に関連付けられた信号値はその座標における該信号の値を定める。図4(b)に示した例では、信号値が前記2次元時間平面より上のデータ点の「高さ」で表現されている。
【0075】
第2の時間次元に沿って適用される時間のずれ又は平行移動は、平行移動された各時間セグメントがそれに直接隣接する2つの位置合わせされた時間セグメント、即ち直前及び直後の時間セグメントから、同じずれ/間隔だけ離れていることを確実にするのに十分なものである。その結果、第2の時間次元に沿って並んだ別個の連続する時間セグメントのスタックが出来上がり、これが全体として図4(b)に示したように2次元関数F(t,t)を定義する。この関数は、第1の時間次元tにおいてスタックの幅全体にわたって変化することで時間[0;T]内での信号ピークの位置及び形状を示すとともに、第2の時間次元tにおいてスタックの長さに沿って、連続する時間周期の間の時間、又はスタックセグメント番号に従って変化する。n番目とn+1番目のスタックの開始の間、又は第1の時間次元において同じ座標を持つ任意の2点の間の時間間隔は時間周期Tと必ず等しくなるから、連続する時間セグメントは本来的に第2の時間次元に沿ってT秒(例えば図4(b)の例では4.5μ秒)の時間間隔だけ離れている。
【0076】
図5及び図6は2次元関数F(t,t)を生成するための方法においてイメージ電荷/電流信号F(t)中の周期的信号成分の周期の値Tを特定するための手順を概略的に示している。図6は本方法のステップS1~S5を示しており、それらはステップS2~S5において実行される。本方法の最初のステップはイメージ電荷/電流信号を生成すること(ステップS1)であり、それから時間領域においてイメージ電荷/電流信号を記録すること(ステップS2)である。
【0077】
取得された図5の1次元時間領域イメージ電荷/電流信号F(t)の記録は1又は複数の周期的な振動を含んでいる。これらの周期成分は周波数成分f=1/T、f=1/T…等に対応する可能性がある。
【0078】
続いて、本方法のステップS3で、記録信号中の周期的信号成分の周期(T)を特定する。このステップは以下の下位ステップを備えるものとすることができる。
(1)第1の下位ステップは、図5の1次元時間領域信号F(t)をサイズ「δt」のサンプリングステップでサンプリングすることである。
(2)第2の下位ステップは、f=1/T、f=1/T…等の周期成分/周波数成分の各々の時間周期T(i=1,2,…)の値を推定することである。これは、当業者には容易に分かるであろう任意の適当なスペクトル分解法を用いて行ってもよいし、あるいは単に、まずそれらの値を予想し、首尾一貫した結果が見つかるまで本方法を反復的に適用することによってもよい。
(3)第3の下位ステップは、1次元信号F(t)をセグメントに分割し、選択した周期(周波数)値f=1/Tに従って時間セグメントを位置合わせすることで、2次元関数F(t,t)を作ることである。具体的には、変数tはt=0(ゼロ)に始まり、後続のサンプリングステップ毎にt軸に沿ってステップサイズ「δt」ずつ増大する。この工程の間、最初は変数t=0(ゼロ)である。tがT以上になる時間に達したら、変数tはt=0(ゼロ)にリセットされ、変数tはステップサイズであるTだけ増大する、即ちt=Tとなる。こうして、測定信号の各サンプリング点が一対の値(t,t)に帰属される。このようにして2次元メッシュ/平面(t,t)が形成される。これが、第1の時間次元と交差する第2の時間次元tに沿った位置合わせされた時間セグメントの「離間」を構成し、それにより、全体として2次元関数を定義する時間セグメントのスタックを作り出す。得られる関数F(t,t)は一組のレイヤF(t)と考えることができる。ここでtは常に区間[0;T]の範囲内にあり、各レイヤは該レイヤ内で一定の値(Tの整数倍)を持つ何らかのtに対応する。
(4)第1の任意選択による第4の下位ステップは、F(t,t=固定)、即ちt値の変化を無視して「ビュー(a)」に沿って見たF(t,t)に相当し、全てのレイヤが重なり合って見えるような、第1の2次元散布図を作り出すことである。セグメント周期Tの適切な選択のために、図7(a)及び図8(a)に示したようにピークがノイズ領域より上で見える。
(5)第2の任意選択による第4の下位ステップは、所定の閾値(例えば事前に定められた信号レベル)をCとして|F(t,t)|<Cであれば点(t;t)をプロットし、そうでなければその点をプロットから飛ばす/省略する、という条件下でF(t,t)を示す第2の2次元散布図を作り出すことである。セグメント周期Tの適切な選択のために、データ点が実質的に存在しない空のチャネルが、図7(b)及び図8(b)に示したように点により囲まれて/境界を定められて、t軸に平行な経路に沿って延在するように現れる。なお、|F(t,t)|>Cという条件も可能であることを理解すべきであり、この条件の場合、図3(a)(隆起29)及び図3(b)(隆起30)に示したように、空の空間(またはデータ点がまばらに存在する空間)に囲まれた「詰まった」チャネル(即ち、データ点の隆起又は帯)が2次元空間内にできる。
【0079】
選択した周期値が信号F(t)のいずれかの周波数成分に対応するかどうかを判定するため、手続き(4)及び/又は(5)を用いて周期Tの値に繰り返し達することができる。この判定は一定の基準に基づくものとすることができる。例えば、方法(4)に従い、もしF(t,t)の描画がピーク状の密な領域を含んでいたら、これは周波数成分として分類される。例が図7(a)及び図8(a)に示されている。その代わりに、又はそれに加えて、方法(5)に従い、予め定められた信号閾値レベルCに対して、もしF(t,t)の描画がt軸に平行な経路に沿って延在するほぼ真っ直ぐな空のチャネルを含んでいたら、これは周波数成分として分類される。例が図7(b)及び図8(b)に示されている。どちらの方法も、選択したセグメント周期T(即ち各時間セグメントの長さ)が信号F(t)中の周期成分の実際の時間周期と正確に合っているときを識別する手段を提供する。そのときにのみ、連続する時間セグメント内の周期成分の各信号ピークが、スタック化の次元(t)の軸に平行な経路に沿って直線状に「整列」することになる。もし選択したセグメント周期Tが信号F(t)中の周期成分の実際の時間周期と正確に合っていなければ、連続する時間セグメント内の周期成分の各信号ピークはスタック化の次元の軸に平行な経路に沿って直線状に「整列」しない。むしろ、それらのピークはスタック化の次元の軸に向かって又は軸から離れるように逸れる経路に沿ってドリフトすることになる。
【0080】
図3(a)は、本方法がどのように「親」イオン(図3(a))の時間周期T(ひいては信号周波数)を特定するかという例を示している。この時間周期は、連続する時間セグメントがスタック化の次元(t)の軸に平行な経路に沿って直線状に「整列」することで信号ピークが揃った連続29を示したときに現れる。これらピークは、信号ピークの元となる「親」イオンがニュートラルロスのプロセス24により質量を失い、ニュートラルロス粒子の質量の損失により振動周波数が高くなる約450msの時点において消滅するまで、数百ミリ秒の間持続する。高くなった周波数は「娘」イオン(図3(b))の新たな時間周期T(ひいては新たな信号周波数)を特定することにより確定される。この時間周期は、連続する時間セグメントがスタック化の次元の軸に平行な経路に沿って直線状に「整列」することで信号ピークが揃った連続30を示したときに現れる。これらピークは、信号ピークの元となる「娘」イオンが失われる約1600msの時点において消滅するまで、約1200msの間持続する。
【0081】
図9は、信号処理部12により実行される、イオンの質量を推定するプロセスの手順を概略的に示している。本方法は以下のステップを含んでいる。
【0082】
ステップS6:イメージ電荷/電流信号を含むデータセットを取得する。
ステップS7:イオンの第1の実測のイメージ電荷/電流信号と関連付けられた第1の実測の信号周波数(ω)と、該イオンの後続の第2の実測のイメージ電荷/電流信号と関連付けられた第2の実測の信号周波数(ω)とを特定する。
ステップS8:前記第1の実測の信号周波数(ω)の振動運動及びその後に前記第2の実測の信号周波数(ω)の振動運動をしているイオンの電荷状態(Q)を推定する。
【0083】
ステップS9:前記推定電荷を用いてイオンの質量変化の値を推定する。予め設定された較正定数をαとして、
【数26】

が1又は複数のニュートラルロス粒子種の質量に相当する基準質量と略一致する。
【0084】
ステップ9B:1又は複数のニュートラルロス粒子種の質量に相当する基準質量に対して所望の十分な一致を達成するため、必要に応じてステップS8とステップS9を別の推定電荷状態(Q)について繰り返す。それが達成されたらステップS10へ進む。
【0085】
ステップS10:イオンの推定電荷状態(Q)、第1の実測の信号周波数(ω)、定量化された質量変化値Δm、及び陽子の質量電荷比(m/e)に基づいて、
【数27】

なる関係により、イオンの一部を成す脱プロトン化分子31の質量(M)を推定する。
【0086】
ステップS10B:任意選択で、前記イオンの「親」から「娘」へのイメージ電荷/電流信号の組み合わせの複数の他のカスケードに対してステップS7からステップS10を繰り返す。イオンの一部を成す脱プロトン化分子31の質量の複数の推定値の平均値(MAVE)を計算し、該平均値を質量の推定値として用いる。
【0087】
図10(a)及び(b)は、ニュートラルロスにより生じるイメージ電荷/電流信号周波数の変化により定量化される、イオンからのニュートラルロスに起因する質量損失値と該イオンの電荷状態との線形的な関係の概略的な例を示している。
【0088】
具体的には、図10(a)は
【数28】

というニュートラル質量損失方程式の概略的な例を示している。この方程式はQを独立変数(x軸)、Δmを従属変数(y軸)とする直線グラフを定義する。この線の勾配は、
【数29】

なる量で定義される。
【0089】
もしQとΔmの両方が数直線上で任意の値を取り得る実数値の数であってよいならば、上記ニュートラル質量損失方程式のQ及びΔmは比較的制約がないものとなり、現実的なΔmの推定値に帰着するようなQの値を推定することが難しくなる。しかし、本発明者らはQとΔmに対して以下のように3つの制約を適用できることを理解した。
(1)Qは(例えば正の)整数[Q]でなければならない。これは、自然の要求により、イオンの電荷が電子の電荷を単位として量子化されているからである。
(2)Δmは(正の)整数[Δm]に非常に近くなければならない。これは自然がニュートラルロスの質量を陽子の質量の整数倍に実質的/近似的に等しくなるように量子化しているからである(ここでは電子の質量を無視するとともに中性子の質量と陽子の質量の差も無視する)。
(3)[Q]及び[Δm]の整数値は、実際に広く用いられていると知られている条件により決まる一定の理に適った有限の範囲内に限定することができる。例えば、それらは当業者の知識に基づけば明らかに小さ過ぎる又は明らかに大き過ぎるといった値はとり得ない。
【0090】
これらの制約を適用すると、前記質量損失方程式は、
【数30】

なる直線グラフが[Q]と[Δm]の両方が整数(又はΔmの場合は近似的に整数)である座標([Q],[Δm])を通る場合にのみ真となる、ということが分かる。図10(a)及び図10(b)に大きな中空のドットとして示されている整数座標点40の領域がある。これら中空のドットは、[Q]-1から[Q]+1までの厚み(即ち、[Q]の推定値の範囲に課される制約)を持ってΔm軸と並行に延在する垂直帯の内側にある有限個の点の領域を定める。所与の固定された勾配の直線グラフ50に対し、該直線はグラフ内の整数座標の領域内でただ1個の整数座標位置([Q],[Δm])しか通らないことが分かる。整数座標領域内で直線と交差する整数座標点の位置は、直線の勾配、即ち、
【数31】

の値に依存する。([Q],[Δm])の推定値をもたらし、イオン電荷状態の他の推定値、例えばΔm及びΔmという非整数の質量損失値をそれぞれ予測する([Q]-1)又は([Q]+1)を無視できるようにし、且つ、他の推定される整数値のニュートラル質量損失値、例えば[Δm]又は[Δm]を無視できるようにするのは、これらの整数値座標である。
【0091】
例えば、図10(b)は図10(a)の直線グラフの至近図を示しており、そこではグラフのy軸に沿って3個の連続するニュートラル質量損失値に整数値、即ち、[Δm]=17Da、[Δm]=18Da、及び[Δm]=19Daが割り当てられている。直線グラフはグラフ中の整数座標領域内にある1個の整数座標位置([Q],[Δm]=18Da)の十分に近くを通っている。直線グラフはこの整数座標位置に極めて近いから、この位置がイオン電荷状態とニュートラル質量損失の推定値をもたらす。
【0092】
ところが、その同じ直線は、イオン電荷状態の推定値が[Q]-1又は[Q]+1であるときはどの整数座標位置にも十分に近くない。これらの電荷状態を直線グラフに当てはめると、得られるニュートラル質量損失の推定値はそれぞれ[Δm]=17.8Da及び[Δm]=18.2Daとなる。これらのニュートラル質量損失の推定値はどちらも、実用可能な推定値と考えられる名目の整数値に十分に近くはない。図10(b)にはまた、同じ質量値のニュートラル質量損失が起きた(即ち、各事象においてイオンから同じ中性粒子種が解離した)「親」から「娘」への多重的な解離事象(図2(a)及び(b)参照)にそれぞれ対応するデータ点のクラスタ(50、51、52)も示されている。前記ニュートラル質量損失方程式(図10(a)及び(b)に再掲)に従って確定される、質量損失値の平均値は各クラスタにおいて決定され、各クラスタに対する質量損失推定値をもたらすために用いられる(即ち、[Q]-1が電荷推定値である場合は[Δm]=17.8Da、[Q]が電荷推定値である場合は[Δm]=18Da、[Q]+1が電荷推定値である場合は[Δm]=18.2Da)。
【0093】
ニュートラルロス事象と関係のある粒子質量を確定するために以下の各基準を用いることができる。所与の質量損失事象に対して、
・次式の条件が満たされることを確認する。
【数32】

ここで、量X≪1.0は予め設定された閾値であって、0<X≦0.5の範囲内、好ましくは0<X≦0.25の範囲内、望ましくは0<X≦0.1の範囲内とすることができる。この条件が満たされなければ、この事象をそれ以上考慮しない(例えば、考慮の対象とする別のニュートラルロス事象を探す)。
【0094】
・上記条件が満たされていたら、イオン電荷状態の全ての試行値(例えば[Q]-2、[Q]-1、[Q]、[Q]+1、[Q]+2)について推定質量損失(Δm)を生成して複数の異なる整数値の推定電荷状態([Q])を用意し、ダルトンを単位とする整数値(例えば18Da)を持つ名目の整数値基準質量に最も近い質量損失推定値(Δm)を選択する。その最も近い質量損失推定値が前記名目の整数値基準質量から予め設定された閾近傍範囲内、例えば0.2Da以内の近傍、より好ましくは0.1Da以内にあるか判定する。ここで「近傍」という用語は、最も近い質量損失推定値と名目の整数値基準質量値との間の差の値を意味するものとみなしてもよい。これにより推定イオン電荷[Q]ESTと推定質量損失値ΔmESTが得られる。
【0095】
・全ての試行電荷[Q]がそれぞれ名目の整数値基準質量損失値から離れ過ぎている質量損失を与える(例えば、それらが17.8Da、18.2Da、18.4Da、18.5Da等の値を与える)なら、この事象をそれ以上考慮しない(例えば、考慮の対象とする別のニュートラルロス事象を探す)。
【0096】
図11及び図12は、エレクトロスプレイイオン化(ESI)により生成されたミオグロビンイオンを用いた電荷検出質量分析装置(CDMS)での実験において得られた実験データを示している。冷却領域の内部で価数22H+の(即ち22個の陽子でプロトン化された、m/z=771.25Thの)ミオグロビンイオンのみを通過させるように四重極フィルタを設定した。具体的には、図10は、図3(a)及び(b)のグラフの導出元であるデータセット中に見つかった全ての「親」から「娘」へのカスケード事象について計算された質量損失値のヒストグラムを示している。
【0097】
図12は、従来技術の方法を用いて確定された検出電荷値(Qavg)と、本発明に従ってニュートラル質量損失を通じて推定された電荷(Qcorr)とを用いて得られた電荷ヒストグラムを示している。単純な電荷検出によるよりも質量ロス分析による電荷精度の方が良好である。
【0098】
ニュートラルの分裂は「自然な」もの、つまり試料の特別な前処理や試料溶液への特別な付加物の添加が必要ない場合でもよいし、「人為的な」もの、つまり付加物を[化学的に]付着させる(好ましくは、衝突又は他の手段により容易に分裂できるように弱く結合させる)こと、又は、溶液内部で若しくはESI源におけるイオン形成過程の間に弱い結合が生じやすくするために試料溶液に何らかの薬剤を添加することにより、試料を改質した場合でもよい。
【0099】
質量分析装置のイオントラップ内部でのニュートラルロスはガスとの衝突によって自然に(制御不能な形で)発生し得る。このプロセスには確率的な性質があり、バックグラウンドガスの密度(真空度)、速度(即ちイオンのエネルギー)及びイオンとガス分子の系の衝突断面積に依存する。分裂を開始させるために他の手段が考えられる。トラップ内部でのニュートラル質量損失は以下のような手段により制御可能な形で開始させることができる。
【0100】
・パルスガス弁を用いて任意の時点(取得時間の開始と終了の間で、好ましくはその中間時点)にバックグラウンドガス圧を短時間だけ増大させる。
【0101】
・表面誘起分裂を、好ましくはイオンの速度が最小になる反射時点において行う。このプロセスは公知の表面誘起分裂と同様のものとなる。通常の振動条件ではイオンはそのような表面に達しないため分裂は起きない。所望の時点(取得時間の開始と終了の間で、好ましくは信号持続時間の開始時)に電場を短時間だけ変化させることで、ニュートラルの分裂が生じ得るようにイオンを表面に接近させる。例えば反射電極の電位を低くすればよい。好ましくは、タンパク質骨格の表面誘起分裂を避けるため、電位変化を過度に大きくすべきではない(例えばそれはゲート電極の電位が低過ぎるか、該電位の降下(変化)が大き過ぎる場合である)。このような空間的に局限された分裂点においては分裂後のイオンのエネルギー変化により生じる誤差を低減することができる。
【0102】
・所望の時点(取得時間の開始と終了の間で、好ましくは信号持続時間の開始時)及び所望の空間(好ましくは、運動エネルギーが最小となる点、例えばトラップの反射領域)においてレーザー照射を行う。上記の空間内に分裂事象を局限することで、その分裂後の運動エネルギーの変化に関係する誤差を改善できる(イオンのエネルギーの変化は振動周波数に影響する可能性がある)。好ましくは、軽いニュートラルの脱離を支援しつつもタンパク質骨格の分裂を避けるため、レーザーはタンパク質イオンに適度の量のエネルギーを投入すべきである。好ましくは、レーザーは赤外レーザーとすべきである。
【0103】
・ニュートラルの分裂開始を制御できれば分裂の確率が上がる可能性があり、故にその質量の特定の効率が高まることになる。これは、質量推定値の統計分布に寄与するニュートラル分裂事象がより多くなり、それによってイオンの質量(MMODE)の最良推定値がより良くなるからである。
【0104】
・本発明による質量損失CDMS(mlCDMS)のプロセスは検出時間を短くすることができる。なぜなら、電荷の特定が長時間の信号平均処理を伴う電荷計算ではなく(従来のCDMSではそうである)周波数変化の検出に依拠しているからである。
【0105】
・該当する場合は、分析用のイオンを準備することが好ましい。このような準備は脱溶媒処理により行うことができる。脱溶媒は、目的の多価イオンをトラップ入口前の冷却領域において冷却ガス(最もよく用いられるのはHe、N又はArである)と衝突させることにより行ってもよいし、単にイオン源からトラップ内への移送中の衝突によってもよい。このような脱溶媒はイオンを加速する(イオンの移送路に沿う方向を軸とする軸方向におけるイオンのエネルギーを増大させる)ことにより強めることができ、その逆も然りである。例えば、観察される小質量のニュートラル分裂があまりに少なければ、脱溶媒効率を下げることが好ましい。逆に、観察される小質量のニュートラル分裂があまりに多ければ(その結果、本方法の適用が困難になるなら)、より強めに脱溶媒を行うことが好ましいが、ニュートラル分裂が観察される確率がまだ高いように、強め過ぎないようにする。イオンの分裂(例えばタンパク質骨格)を防ぐため、過度に高い脱溶媒エネルギーは避けるべきである。
【0106】
本発明は、内部で前記振動運動を生じさせるために、イオンサイクロトロン共鳴トラップ、イオンの捕捉に超対数電場を用いるように構成されたOrbitrap(登録商標)、静電型リニアイオントラップ(ELIT)、四重極イオントラップ、イオン移動度分析装置、電荷検出質量分析装置(CDMS)、静電型イオンビームトラップ(Electrostatic Ion Beam Trap: EIBT)、平面軌道周波数分析装置(Planar Orbital Frequency Analyser: POFA)、又は、平面静電型イオントラップ(Planar Electrostatic Ion Trap: PEIT)のうちの1つ又は複数を含むイオン分析装置に応用できる。
【0107】
ここまでの記述、後述の請求項、又は添付図面に開示された各特徴は、必要に応じて、その具体的な形態で表現されるか、開示された機能を実行するための手段又は開示された結果を得るための方法若しくはプロセスの観点から表現されているが、それらの特徴は、個別に又はいくつかの特徴を任意に組み合わせて、本発明をその多様な形態で実現するために利用することができる。
【0108】
上記では本発明を模範的な実施形態と結びつけて説明してきたが、多くの同等の修正や変形は本願の開示があれば当業者にとって自明であろう。従って、前述した本発明の模範的な実施形態は例証的なものであって限定的なものではないとみなされるべきである。前記実施形態には本発明の精神及び範囲から逸脱することなく様々な変更を加えることができる。
【0109】
疑義を避けるために述べておくと、本明細書で行われた理論的な説明はいずれも読者の理解を深めることを目的としたものである。本発明者らはこれらの理論的な説明のいずれによっても束縛されることを望まない。
【0110】
本明細書で用いた見出しは整理を目的とするものに過ぎず、記載された主題を限定するものと解釈すべきではない。
【0111】
後続の特許請求の範囲を含め、本明細書を通じて、「備える(comprise)」及び「含む(include)」という語、並びにそれらの変化形(comprises、comprising、including等)は、文脈上異なる解釈が必要な場合を除き、述べられた整数若しくはステップ又は整数若しくはステップのグループを含むことを意味する一方、他の整数若しくはステップ又は整数若しくはステップのグループを排除することを意味してはいないと解釈すべきものである。
【0112】
なお、本明細書及び添付の特許請求の範囲で用いられる単数形は、文脈上明らかにそうでない場合を除き、指示対象が複数ある場合を含む。本明細書で範囲を表すとき、始点となる或る特定の数値及び/又は終点となる別の特定の数値に「約」を付すことがある。そのように範囲が表されているとき、前記或る特定の数値がまさに始点である及び/又は前記別の特定の数値がまさに終点であるような形態は別の実施形態となる。同様に、「約」という先行詞の使用により値が近似値として表されている場合、当該特定の値は別の実施形態を成すということを理解すべきである。「約」という用語と数値との関係は任意であり、例えば±10%を意味する。
【0113】
参考文献
【0114】
ここまで、本発明及び該本発明が関連する技術の水準をより十分に説明及び開示するために多くの公開物を引用している。引用文献の完全なリストは下記の通りである。これらの参考文献のそれぞれの実体は参照により本明細書に援用される。
WO2012/116765 (A1) (Ding et al.)
W. Shockley: “Currents to Conductors Induced by a Moving Point Charge”, Journal of Applied Physics 9, 635 (1938).
S. Ramo: “Currents Induced by Electron Motion”, Proceedings of the IRE, Volume 27, Issue 9, Sept. 1939.
Murray, Kermit K., Boyd, Robert K., Eberlin, Marcos N., Langley, G. John, Li, Liang and Naito, Yasuhide. "Definitions of terms relating to mass spectrometry (IUPAC Recommendations 2013)" Pure and Applied Chemistry, vol. 85, no. 7, 2013, pp. 1515-1609. https://doi.org/10.1351/PAC-REC-06-04-06.
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
【手続補正書】
【提出日】2024-06-04
【手続補正1】
【補正対象書類名】特許請求の範囲
【補正対象項目名】全文
【補正方法】変更
【補正の内容】
【特許請求の範囲】
【請求項1】
イオン分析装置内で各々の振動周波数(ω)の振動運動をしている所与の電荷状態(Q)の複数のイオンを表すイメージ電荷/電流信号から確定されたデータを処理する方法であって、
あるイオンの実測のイメージ電荷/電流信号の第1の部分に関連付けられた第1の実測の信号周波数(ω)と、前記イオンの前記実測のイメージ電荷/電流信号の後続の第2の部分に関連付けられた第2の実測の信号周波数(ω)とを含むデータセットを取得すること、
予め設定された較正定数をαとして次式
【数33】

で定量化できる質量変化の値が、1又は複数のニュートラルロスの質量に相当する基準質量と略一致するように、前記第1の実測の信号周波数(ω)の振動運動及びその後に前記第2の実測の信号周波数(ω)の振動運動をしている前記イオンの電荷状態(Q)を推定すること、及び、
前記イオンの前記推定された電荷状態(Q)、前記第1の実測の信号周波数(ω)、前記定量化された質量変化値Δm、及びプロトン化陽子の質量電荷比(m/e)に基づいて、
【数34】

なる関係により、前記イオンの一部を成す脱プロトン化分子の質量(M)を推定すること、
を含む方法。
【請求項2】
前記イオンの電荷状態(Q)を推定することが、まず電荷状態の非整数値を推定し、その後、前記推定された電荷状態(Q)が正の整数となるように前記非整数値を最も近い整数値に丸めること、を含む、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記イオンの電荷状態(Q)を推定することが、
電荷状態の整数値を推定すること、
その後、該推定電荷状態(Q)の整数値を整数値のステップで変化させることで複数の異なる整数値の推定電荷状態(Q)を用意すること、
あるニュートラルロス種の前記基準質量と前記複数の異なる整数値の推定電荷状態(Q)の前記推定電荷状態の各々に基づいて決定された各質量変化量(Δm)とを比較すること、及び、
あるニュートラルロス種の基準質量に最も近く一致する質量変化量(Δm)の値が結果として得られるような整数値の推定電荷状態を選択し、該選択された整数値の推定電荷状態に基づいて、前記イオンの一部を成す前記脱プロトン化分子の質量(M)を確定すること、
を含む請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
前記データセットが、イオンの前記実測のイメージ電荷/電流信号の各々の部分にそれぞれ関連付けられた複数の実測の信号周波数(ω;i=整数>2)を含んでおり、
前記イオンの一部を成す脱プロトン化分子の質量(M)を推定することが、脱プロトン化分子の質量の複数の推定値(M)を、それぞれ、前記複数の実測の信号周波数(ω)のなかから選択された各々の前記第1の実測の信号周波数及び各々の前記第2の実測の信号周波数から成る2つの実測の信号周波数の複数対に基づいて、決定することを含んでおり、且つ、
各々の前記脱プロトン化分子の複数の推定値(M)の平均値を脱プロトン化分子の推定質量として生成する、
請求項1~3のいずれかに記載の方法。
【請求項5】
イメージ電荷/電流信号を取得すること、及び、該信号から、
前記第1の実測の信号周波数(ω)に対応する前記イメージ電荷/電流信号の開始時点(LT(1)及び終了時点(LT(1)、並びに、
前記第2の実測の信号周波数(ω)に対応する前記後続の第2のイメージ電荷/電流信号の開始時点(LT(2)及び終了時点(LT(2)
を特定することを含み、
前記第2の実測の信号周波数に対応する前記第2のイメージ電荷/電流信号の前記開始時点(LT(2)の値が、前記第1の実測の信号周波数に対応する前記イメージ電荷/電流信号の前記終了時点(LT(1)の値よりも、相互の時間スケール上で、予め設定された閾値以上だけ大きい、
請求項1~4のいずれかに記載の方法。
【請求項6】
前記第2の実測の信号周波数が前記第1の実測の信号周波数よりも予め設定された閾値以下の値だけ大きい、請求項1~5のいずれかに記載の方法。
【請求項7】
コンピュータプログラム又はコンピュータプログラム製品であって、該プログラムがコンピュータにより実行されたとき、請求項1の方法を該コンピュータに実行させるような命令を含む、コンピュータプログラム又はコンピュータプログラム製品。
【請求項8】
請求項1に記載の方法を実行するように構成された1又は複数の処理部を備えるデータ処理装置。
【請求項9】
イオン分析装置内で各々の振動周波数(ω)の振動運動をしている所与の電荷状態(Q)の複数のイオンを表すイメージ電荷/電流信号を生成するように構成されたイオン分析装置であって、
前記1又は複数のイオンを受け取り、前記振動運動に応じて前記イメージ電荷/電流信号を生成するように構成されたイオン分析チャンバと、
前記イメージ電荷/電流信号を時間領域における記録信号として記録するように構成された信号記録ユニットと、
前記記録信号を処理して、
イオンの実測のイメージ電荷/電流信号の第1の部分に関連付けられた第1の実測の信号周波数(ω)と、前記イオンの前記実測のイメージ電荷/電流信号の後続の第2の部分に関連付けられた第2の実測の信号周波数(ω)とを含むデータセットを取得し、
予め設定された較正定数をαとして次式
【数35】

で定量化できる質量変化の値が、1又は複数のニュートラルロスの質量に相当する基準質量と略一致するように、前記第1の実測の信号周波数(ω)の振動運動及びその後に前記第2の実測の信号周波数(ω)の振動運動をしている前記イオンの電荷状態(Q)を推定し、
前記イオンの前記推定された電荷状態(Q)、前記第1の実測の信号周波数(ω)、前記定量化された質量変化値Δm、及びプロトン化陽子の質量電荷比(m/e)に基づいて、
【数36】

なる関係により、前記イオンの一部を成す脱プロトン化分子の質量(M)を推定する、信号処理ユニットと、
を備える装置。
【請求項10】
前記信号処理ユニットが、前記イオンの電荷状態(Q)を推定することを、まず電荷状態の非整数値を推定し、その後、前記推定された電荷状態(Q)が正の整数となるように前記非整数値を最も近い整数値に丸めることにより行うように構成されている、請求項9に記載のイオン分析装置。
【請求項11】
前記信号処理ユニットが、前記イオンの電荷状態(Q)を推定することを、
電荷状態の整数値を推定すること、
その後、該推定された電荷状態(Q)の整数値を整数値のステップで変化させることで複数の異なる整数値の推定電荷状態(Q)を用意すること、
あるニュートラルロス種の前記基準質量と前記複数の異なる整数値の推定電荷状態(Q)の前記推定電荷状態の各々に基づいて決定された各質量変化量(Δm)とを比較すること、並びに、
あるニュートラルロス種の基準質量に最も近く一致する質量変化量(Δm)の値が結果として得られるような整数値の推定電荷状態を選択し、該選択された整数値の推定電荷状態に基づいて、前記イオンの一部を成す脱プロトン化分子の質量(M)を確定すること、
により行うように構成されている、請求項9又は10に記載のイオン分析装置。
【請求項12】
前記データセットが、イオンの前記実測のイメージ電荷/電流信号の各々の部分にそれぞれ関連付けられた複数の実測の信号周波数(ω;i=整数>2)を含んでおり、前記信号処理ユニットが、前記イオンの一部を成すプロトン化分子の質量(M)を、
脱プロトン化分子の質量の複数の推定値(M)を、それぞれ、前記複数の実測の信号周波数(ω)のなかから選択された各々の前記第1の実測の信号周波数及び各々の前記第2の実測の信号周波数から成る2つの実測の信号周波数の複数対に基づいて、決定すること、及び、
各々の前記脱プロトン化分子の複数の推定値(M)の平均値を脱プロトン化分子の推定質量として生成すること、
により推定するように構成されている、請求項9~11のいずれかに記載の方法。
【請求項13】
前記信号処理ユニットが、前記記録信号から、
前記第1の実測の信号周波数(ω)に対応する前記イメージ電荷/電流信号の開始時点(LT(1)及び終了時点(LT(1)、並びに、
前記第2の実測の信号周波数(ω)に対応する前記後続の第2のイメージ電荷/電流信号の開始時点(LT(2)及び終了時点(LT(2)
を特定するように構成されており、
前記第2の実測の信号周波数に対応する前記第2のイメージ電荷/電流信号の前記開始時点(LT(2)の値が、前記第1の実測の信号周波数に対応する前記イメージ電荷/電流信号の前記終了時点(LT(1)の値よりも、相互の時間スケール上で、予め設定された閾値以上だけ大きい、
請求項9~12のいずれかに記載のイオン分析装置。
【請求項14】
前記第2の実測の信号周波数が前記第1の実測の信号周波数よりも予め設定された閾値以下の値だけ大きい、請求項9~13のいずれかに記載のイオン分析装置。
【請求項15】
内部で前記振動運動を生じさせるために、イオンサイクロトロン共鳴トラップ、イオンの捕捉に超対数電場を用いるように構成されたOrbitrap(登録商標)、静電型リニアイオントラップ(ELIT)、四重極イオントラップ、イオン移動度分析装置、電荷検出質量分析装置(CDMS)、静電型イオンビームトラップ(EIBT)、平面軌道周波数分析装置(POFA)、又は、平面静電型イオントラップ(PEIT)のうちの1つ又は複数を含む、請求項9~14のいずれかに記載のイオン分析装置。
【手続補正2】
【補正対象書類名】明細書
【補正対象項目名】0022
【補正方法】変更
【補正の内容】
【0022】
本方法は、イメージ電荷/電流信号を取得すること、及び、該信号から、
前記第1の実測の信号周波数(ω)に対応する前記イメージ電荷/電流信号の開始時点(LT(1)及び終了時点(LT(1)、並びに、
前記第2の実測の信号周波数(ω)に対応する前記後続の第2のイメージ電荷/電流信号の開始時点(LT(2)及び終了時点(LT(2)
を特定することを含み、
前記第2の実測の信号周波数に対応する前記第2のイメージ電荷/電流信号の前記開始時点(LT(2)の値が、前記第1の実測の信号周波数に対応する前記イメージ電荷/電流信号の前記終了時点(LT(1)の値よりも、相互の時間スケール上で、予め設定された閾値以上だけ大きい
というものとすることができる。
【手続補正3】
【補正対象書類名】明細書
【補正対象項目名】0023
【補正方法】変更
【補正の内容】
【0023】
本方法において、前記第2の実測の信号周波数は前記第1の実測の信号周波数よりも予め設定された閾値以下の値だけ大きいことが好ましい。
【手続補正4】
【補正対象書類名】明細書
【補正対象項目名】0030
【補正方法】変更
【補正の内容】
【0030】
前記信号処理ユニットは、前記記録信号から、
前記第1の実測の信号周波数(ω)に対応する前記イメージ電荷/電流信号の開始時点(LT(1)及び終了時点(LT(1)、並びに、
前記第2の実測の信号周波数(ω)に対応する前記後続の第2のイメージ電荷/電流信号の開始時点(LT(2)及び終了時点(LT(2)
を特定するように構成されており、
前記第2の実測の信号周波数に対応する前記第2のイメージ電荷/電流信号の前記開始時点(LT(2)の値が、前記第1の実測の信号周波数に対応する前記イメージ電荷/電流信号の前記終了時点(LT(1)の値よりも、相互の時間スケール上で、予め設定された閾値以上だけ大きい
というものとすることができる。
【手続補正5】
【補正対象書類名】明細書
【補正対象項目名】0031
【補正方法】変更
【補正の内容】
【0031】
好ましくは、前記第2の実測の信号周波数が前記第1の実測の信号周波数よりも、前記信号処理ユニットにより適用される予め設定された閾値以下の値だけ大きい。
【手続補正6】
【補正対象書類名】明細書
【補正対象項目名】0035
【補正方法】変更
【補正の内容】
【0035】
図1】(a)CDMSイオン分析装置の概略的な表現を示す図、(b)図1(a)のCDMSイオン分析装置により生成されるCDMSイメージ電荷/電流信号の概略的な表現を示す図、及び、(c)図1(a)のCDMSイオン分析装置により生成され、図1(b)の複数の同時発生的なCDMSイメージ電荷/電流信号を含む、典型的なCDMSイメージ電荷/電流信号出力を示す図。
図2】(a)1個の中性粒子種と4個のプロトン化陽子を持つイオンの概略的な表現を示す図、(b)中性粒子種が衝突解離した後の、4個のプロトン化陽子を持つ図2(a)のイオンの概略的な表現を示す図、及び、(c)図2(a)に示したイオンにより誘起され、続いて図2(b)に示したイオンにより誘起される、図1のCDMSイオン分析装置により生成されるCDMSイメージ電荷/電流信号の概略的な表現を示す図。
図3】(a)、(b)衝突事象とそれに続く450ms付近の水素損失に対応するイオンの振動周波数の変化を示す2枚の折り畳み信号写真を示す図。
図4】(a)イオン分析装置内での1又は複数のイオンの振動運動を表すイメージ電荷/電流信号の概略的な表現を示す図、及び、(b)イオン分析装置内での1又は複数のイオンの振動運動を表すイメージ電荷/電流信号の分割部分のスタックを含む2次元関数の概略的な表現を示す図。
図5図4(a)に示したようなイメージ電荷/電流信号にセグメント化処理を適用しているところを概略的に表現した図。
図6図4(b)に示したような2次元関数を生成する処理の手順のフローチャートを示す図。
図7】(a)図4(b)に示したようなイメージ電荷/電流信号の2次元関数にセグメント化処理を適用し且つ位置合わせを適用したものの概略的な表現を示す図であって、図4(b)に示した「ビュー(a)」において第2の時間次元のビューを隠し、第1の時間次元のビューを示したものと等価な図、及び、(b)図7(a)に示したようなイメージ電荷/電流信号の2次元関数に閾値処理を適用したものの概略的な表現を示す図であって、図4(b)に示した「ビュー(b)」において第2の時間次元のビューと第1の時間次元のビューの両方を示したものと等価な図。
図8】(図4(b)に示したようなイメージ電荷/電流信号の2次元関数にセグメント化処理を適用し且つ位置合わせを適用したものの概略的な表現を示す図であって、図4(b)に示した「ビュー(a)」において第2の時間次元のビューを隠し、第1の時間次元のビューを示したものと等価な図、及び、(b)図8(a)に示したようなイメージ電荷/電流信号の2次元関数に閾値処理を適用したものの概略的な表現を示す図であって、図4(b)に示した「ビュー(b)」において第2の時間次元のビューと第1の時間次元のビューの両方を示したものと等価な図。
図9】ニュートラルロスのプロセスを利用することにより、イオン質量の一部を成す中性分子の質量(M)の推定値を生成する処理の手順のフローチャートを示す図。
図10】(a)、(b)ニュートラルロスにより生じるイメージ電荷/電流信号周波数の変化により定量化される、イオンからのニュートラルロスに起因する質量損失値と該イオンの電荷状態との線形的な関係の概略的な例を示す図。
図11】データセット内で見つかった全事象について計算された質量損失のヒストグラムを示す図。
図12】検出された電荷(Qavg)と、本発明に従ってニュートラル質量損失を通じて推定された電荷(Qcorr)とを用いて得られた電荷ヒストグラムを示す図。単純な電荷検出によるよりも質量ロス分析による電荷精度の方が良好である。
【手続補正7】
【補正対象書類名】明細書
【補正対象項目名】0049
【補正方法】変更
【補正の内容】
【0049】
具体的に、図2(a)~(c)を参照すると、信号処理ユニット12は記録信号11を処理することで該信号から第1の実測の信号周波数(ω)と第2の実測の信号周波数(ω)を含むデータセットを取得するように構成されている。第1の実測の信号周波数(ω)は、イオンに正の電荷状態Qを与えている多数のプロトン化陽子33とともに質量Δmの中性粒子32がイオンに付加されているときの該イオン(図2(a)の符号31、32、33の集合体)の第1の実測のイメージ電荷/電流信号と関連付けられている。第2の実測の信号周波数(ω)は、該イオン(図2(b)の符号31、33の集合体であり、32を含めない)の後続の第2の実測のイメージ電荷/電流信号と関連付けられている。このときはニュートラルロスのプロセス34が生じて図2(b)に示したようにイオンから中性粒子32(ここでは「ニュートラルロス粒子」と呼ぶ)が解離されているため、もはや質量Δmの中性粒子32はイオンに付加されていないが、該イオンはニュートラルロス粒子の解離の前に持っていた(即ち、図2(a)に示した)数と同数のプロトン化陽子33を持ち続けているため、引き続き正の電荷状態Qを有している。注目すべきは、関与する質量に差があるため第2の実測の信号周波数ωが第1の実測の信号周波数ωを上回ることである。これは、第1の実測の信号周波数ωの第1のイメージ電荷/電流信号を誘起させている元となる粒子振動運動の質量には、イオン31の質量と、イオン(31、33)に付加しているニュートラルロス粒子32の質量と、イオンに付加して該イオンに正の電荷状態Qを与えているプロトン化陽子33の質量とを含むからである。これに対し、第2の実測の信号周波数ωの第2のイメージ電荷/電流信号を誘起させている元となる粒子振動運動の質量には、イオン(31、33)の質量とイオンに付加して該イオンに正の電荷状態Qを与えているプロトン化陽子33の質量とが含まれている。それは、第2のイメージ電荷/電流信号が誘起されたときに既にイオン(31、33)から解離しているニュートラルロス粒子32の質量をもはや持っていない。
【手続補正8】
【補正対象書類名】明細書
【補正対象項目名】0051
【補正方法】変更
【補正の内容】
【0051】
信号処理ユニット12は、記録信号11から、第1の実測の信号周波数(ω)に対応するイメージ電荷/電流信号の開始時点(LT(1)及び終了時点(LT(1)を特定するように構成されている。この開始時点と終了時点の組み合わせにより「親」イオン信号を識別できる。信号処理ユニット12はまた、記録信号11から、第2の実測の信号周波数(ω)に対応する後続の第2のイメージ電荷/電流信号の開始時点(LT(2)及び終了時点(LT(2)を特定するように構成されている。こちらも、この開始時点と終了時点の組み合わせにより「娘」イオン信号を識別できる。先行する「親」信号に関連付けるべき後続の「娘」イオン信号候補を選択する際、信号処理部は、指定された「親」イメージ電荷/電流信号の終了時点(LT(1)の値よりも(相互の時間スケール上で)予め設定された閾値[εLT]Th以上だけ大きいという要件を満たすような、第2の実測の信号周波数に対応するイメージ電荷/電流信号の開始時点(LT(2)の値だけを考慮するように構成されている。これは、指定された「親」が実際に終了するより前に開始している後続の「娘」イオン信号候補を意図的に考慮から除外するものである。理想的には、娘イオンのイメージ電荷/電流信号は親イオンのイメージ電荷/電流信号が消失したほぼその瞬間に出現するはずである。従って、親イオンの消滅時間よりずっと後に生まれたイオンは非現実的な候補であるはずである。例えば、前記予め設定された閾値εLTは50msとすることができる。信号処理ユニット12により課される更なる条件は、第2の実測の信号周波数ωが第1の実測の信号周波数ωを上回る周波数差Δω=ω-ωが予め設定された閾値ΔωThより小さくなければならないということである。これは、指定された「親」イオンに対して小さ過ぎる「娘」イオンの質量に対応すると考えられる周波数を持つイメージ電荷/電流信号に関連付けられた後続の「娘」イオン信号候補を意図的に考慮から除外するものである。言い換えれば、その質量差には、非現実的なほど大きな質量Δmを持つニュートラルロス粒子32の解離が必要となる。
【手続補正9】
【補正対象書類名】明細書
【補正対象項目名】0052
【補正方法】変更
【補正の内容】
【0052】
このように、信号処理ユニット12は、予め設定された閾値ΔωThと前記時間εLTの予め設定された閾値[εLT]Thに従って「親」イメージ電荷/電流信号とそれに対応する「娘」イメージ電荷/電流信号候補を選択するように構成されており、それにより、該選択された「親」/「娘」イメージ電荷/電流信号が全体で図2(a)及び(b)に概略的に示した「カスケード」事象を表すものとなる(図2(c)参照)。
【手続補正10】
【補正対象書類名】明細書
【補正対象項目名】0053
【補正方法】変更
【補正の内容】
【0053】
信号処理ユニット12は、予め設定された較正定数をαとして次式
【数18】

で定量化できる質量変化の値が、1又は複数のニュートラルロス粒子種の質量に相当する基準質量と略一致するように、第1の実測の信号周波数(ω)で振動運動をしている「親」イオン(31、32、33の集合体)の(プロトン化陽子33によりもたらされている)イオン(31、33)の電荷状態(Q)と、その後に第2の実測の信号周波数(ω)で振動運動をしている「娘」イオン(31、33の集合体であり、32を含めない)の電荷状態(Q)とを推定するように構成されている。言い換えれば、ニュートラルロス粒子の既知の種に対応するΔmの値が現れるまで、Qの非整数値の候補値を次々に上の式に適用していく。それから信号処理ユニットは、推定された電荷状態値(Q)が正の整数となるように、該推定された電荷状態値(Q)の非整数値を最も近い整数値に丸めることにより、該推定された電荷状態値(Q)を精緻化する(即ち、実数値のQ→整数値の[Q]。角括弧は整数値を示す)。
【手続補正11】
【補正対象書類名】明細書
【補正対象項目名】0056
【補正方法】変更
【補正の内容】
【0056】
上記の議論は、「親」イオンと「娘」イオンとの間の1つのカスケード事象に関連付けられた2つのイメージ電荷/電流信号周波数値を用いた脱プロトン化分子31 31の質量Mの推定に関するものであるが、信号処理ユニット12は好ましくは、記録信号9から、それぞれイオンの1つの実測のイメージ電荷/電流信号に関連付けられた複数の実測の信号周波数(ω、i=整数>2)を含むデータセットを生成するように構成されているということを理解すべきである。信号処理ユニットは、記録信号中で識別可能な「親」イオンと「娘」イオンの複数の異なる組み合わせの間の複数の「カスケード」事象を特定することにより脱プロトン化分子31の質量(M)を複数回推定し、上述のようなやり方で前記複数の実測の信号周波数(ω)のなかから選択された2つの実測の信号周波数の複数対に基づいて、それらに対応する、イオン31の一部を成す脱プロトン化分子31の質量の複数の推定値(M)を生成するように構成することができる。所与のカスケードにおける「親」イオンのイメージ電荷/電流信号と「娘」イオンのイメージ電荷/電流信号のこのような組み合わせはそれぞれ、上述のように、各々の第1の実測の信号周波数と各々の第2の実測の信号周波数(第1の実測の信号周波数より値が大きい)とを含んでいる。
【手続補正12】
【補正対象書類名】明細書
【補正対象項目名】0064
【補正方法】変更
【補正の内容】
【0064】
図4(a)は図1のイオン分析器1により生成された1次元時間領域イメージ電荷/電流信号F(t)の概略的な表現を示している。この信号は信号処理部12が信号記録ユニット10から受け取る記録されたイメージ電荷/電流信号11に相当し、イオン分析装置内での1又は複数のイオンの振動運動を表している。この信号は、イメージ電荷/電流信号中のピークに対応する一連の等間隔で並んだイメージ電荷/電流信号パルス(20a、20b、20c、20d、20e…)から成る。各ピークは認識可能な信号ピークが存在しないノイズだけの中間区間により互いに分離されている。図1(b)に示した理想的な正弦波イメージ電荷/電流信号は、図4(a)においてより本物らしく表現されているバックグラウンド信号ノイズの効果を省略している。このノイズが理想的な正弦波信号の低い値の部分を見えにくくしているため、このノイズの多い信号はノイズのバックグラウンドから立ち上がった一連の信号ピークに似ている。これらの信号ピークはノイズ中に失われていない理想的な正弦波信号の高い値の部分に相当する。
【手続補正13】
【補正対象書類名】明細書
【補正対象項目名】0096
【補正方法】変更
【補正の内容】
【0096】
図11及び図12は、エレクトロスプレイイオン化(ESI)により生成されたミオグロビンイオンを用いた電荷検出質量分析装置(CDMS)での実験において得られた実験データを示している。冷却領域の内部で価数22H+の(即ち22個の陽子でプロトン化された、m/z=771.25Thの)ミオグロビンイオンのみを通過させるように四重極フィルタを設定した。具体的には、図11は、図3(a)及び(b)のグラフの導出元であるデータセット中に見つかった全ての「親」から「娘」へのカスケード事象について計算された質量損失値のヒストグラムを示している。
【国際調査報告】