(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公表特許公報(A)
(11)【公表番号】
(43)【公表日】2024-11-08
(54)【発明の名称】疼痛制御のための閉ループ神経インタフェース
(51)【国際特許分類】
A61N 1/36 20060101AFI20241031BHJP
A61N 1/05 20060101ALI20241031BHJP
A61B 5/24 20210101ALI20241031BHJP
【FI】
A61N1/36
A61N1/05
A61B5/24
【審査請求】未請求
【予備審査請求】未請求
(21)【出願番号】P 2024526938
(86)(22)【出願日】2022-11-02
(85)【翻訳文提出日】2024-07-05
(86)【国際出願番号】 US2022048714
(87)【国際公開番号】W WO2023081218
(87)【国際公開日】2023-05-11
(32)【優先日】2021-11-08
(33)【優先権主張国・地域又は機関】US
(81)【指定国・地域】
(71)【出願人】
【識別番号】511060836
【氏名又は名称】ニューヨーク・ユニバーシティ
(74)【代理人】
【識別番号】100118784
【氏名又は名称】桂川 直己
(72)【発明者】
【氏名】ワン ジン
(72)【発明者】
【氏名】チェン ジ セージ
【テーマコード(参考)】
4C053
4C127
【Fターム(参考)】
4C053CC10
4C053JJ27
4C127AA10
4C127CC06
4C127DD01
4C127DD03
4C127GG11
4C127KK03
4C127KK05
(57)【要約】
システム及び方法は、痛みを治療するためのものである。このシステムには、患者の複数の脳領域に埋め込むことができ、複数の脳領域の局所場電位を含む神経信号を検出する複数のプローブと、患者の脳の複数の脳領域から神経信号を受信して神経信号を処理し、処理された神経信号を、痛みを示すように構成された機械学習による痛みデコーダーモデルに入力する処理装置と、患者の脳のターゲット領域に埋め込むことができ、痛みが示されていることに基づいてターゲット領域に刺激を与える刺激装置とが含まれる。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
慢性疼痛を検出及び治療するためのコンピュータ実装方法において、
患者の脳の複数の脳領域に埋め込まれたプローブを介して、複数の脳領域から神経信号を受信し、神経信号には、複数の脳領域の局所場電位(LFP)が含まれ、
神経信号を処理し、処理された神経信号を、機械学習による痛みデコーダーモデルに入力し、
処理された神経信号に基づいて、痛みが示されているかどうかを判定し、
痛みデコーダーモデルを介して痛みが示されている場合に、痛みの示しに基づいて、患者の脳のターゲット領域に対して刺激を生じさせることをコンピュータに実行させることを特徴とするコンピュータ実装方法。
【請求項2】
請求項1に記載のコンピュータ実装方法であって、
神経信号の処理には、複数の脳領域の局所場電位の周波数に依存する電力特性を計算することが含まれることを特徴とするコンピュータ実装方法。
【請求項3】
請求項2に記載のコンピュータ実装方法であって、
痛みが示されているかどうかを判定することは、複数の脳領域における神経活動の相対的な変化を識別することを含むことを特徴とするコンピュータ実装方法。
【請求項4】
請求項1に記載のコンピュータ実装方法であって、
複数の脳領域には前帯状皮質と一次体性感覚皮質が含まれることを特徴とするコンピュータ実装方法。
【請求項5】
請求項1に記載のコンピュータ実装方法であって、
患者の脳のターゲット領域の刺激には、光刺激及び電気刺激が含まれることを特徴とするコンピュータ実装方法。
【請求項6】
請求項1に記載のコンピュータ実装方法であって、
患者の脳のターゲット領域には前頭前野が含まれることを特徴とするコンピュータ実装方法。
【請求項7】
請求項1に記載のコンピュータ実装方法であって、
患者の脳のターゲット領域には、一次運動野、前帯状皮質、及び/又は中脳水道周囲灰白質、及び視床のうちの1つが含まれることを特徴とするコンピュータ実装方法。
【請求項8】
請求項1に記載のコンピュータ実装方法であって、
この方法は、低ガンマ(30~50Hz)、高ガンマ(50~100Hz)、及び超高周波(300~500Hz)の帯域からのスペクトル特性に基づく状態空間モデルを使用して、痛みデコーダーモデルを訓練することを更に含むことを特徴とするコンピュータ実装方法。
【請求項9】
疼痛を治療するためのシステムであって、
複数の脳領域の局所場電位を含む神経信号を検出するために患者の脳の複数の脳領域に埋め込むことが可能な複数のプローブと、
患者の脳の複数の脳領域から神経信号を受信して神経信号を処理し、機械学習によるモデルであって痛みを示すように構成されたモデルである痛みデコーダーモデルに対して、処理した神経信号を入力する処理装置と、
患者の脳のターゲット領域に埋め込むことができ、痛みが示されていることに基づいてターゲット領域に刺激を与える刺激装置と、を備えることを特徴とするシステム。
【請求項10】
請求項9に記載のシステムであって、
前記処理装置は、複数の脳領域の局所場電位の周波数に依存する電力特性を計算することによって神経信号を処理するように構成されることを特徴とするシステム。
【請求項11】
請求項10に記載のシステムであって、
痛みデコーダーモデルは、複数の脳領域における神経活動の相対的な変化を識別するように訓練されていることを特徴とするシステム。
【請求項12】
請求項10に記載のシステムであって、
痛みデコーダーモデルは、低ガンマ(30~50Hz)、高ガンマ(50~100Hz)、及び超高周波(300~500Hz)帯域からのスペクトル特性に基づく状態空間モデルを使用して訓練されることを特徴とするシステム。
【請求項13】
請求項9に記載のシステムであって、
前記処理装置は、痛みが示されたことに応じて前記刺激装置の起動を開始するように構成されることを特徴とするシステム。
【請求項14】
請求項9に記載のシステムであって、
前記刺激装置は、ターゲット領域に光刺激及び電気刺激の何れかを提供するように構成されることを特徴とするシステム。
【請求項15】
請求項9に記載のシステムであって、
前記刺激装置は、前頭前野、一次運動野、前帯状皮質、中脳水道周囲灰白質、及び視床のうちの1つに埋め込まれるように構成されることを特徴とするシステム。
【請求項16】
請求項9に記載のシステムであって、
前記複数のプローブは、前帯状皮質及び一次体性感覚皮質を含む複数の脳領域に埋め込まれるように構成されることを特徴とするシステム。
【請求項17】
請求項9に記載のシステムであって、
前記複数のプローブのそれぞれはシリコンプローブアレイを含むことを特徴とするシステム。
【請求項18】
請求項9に記載のシステムであって、
LFP信号をリアルタイムで表示し、閾値基準を変更するためのオプションを提供するグラフィカルユーザインタフェースを更に備えることを特徴とするシステム。
【請求項19】
コンピュータで読み取り可能な非一時的な記憶媒体であって、
プロセッサによって実行可能な一連の指令を記憶しており、前記一連の指令が前記プロセッサによって実行されることにより、
患者の脳の複数の脳領域から神経信号を受信し、神経信号には、複数の脳領域の局所場電位(LFP)が含まれ、
複数の脳領域の局所場電位の周波数に依存する電力特性を計算し、
複数の脳領域における神経活動の相対的な変化を識別するように訓練された、機械学習の痛みデコーダーモデルに電力特性を入力して、痛みを示させ、
痛みの示しに基づいて脳のターゲット領域の刺激を起こすことを当該プロセッサに実行させることを特徴とする記憶媒体。
【発明の詳細な説明】
【背景技術】
【0001】
[政府資金]
この発明は、アメリカ国立衛生研究所から受けた助成金番号 NIH-R01GM115384 に基づく政府支援を受けて行れた。アメリカ政府はこの発明に関して一定の権利を有する。
【0002】
[優先権主張]
本出願は、2021年11月8日に出願された「疼痛制御のための閉ループ神経インタフェース」と題された米国仮出願番号63/263,738による優先権を主張し、その開示は参照により本明細書に組み込まれる。
【0003】
慢性疼痛は最も一般的な感覚障害の一つであり、非オピオイドかつ非依存性の鎮痛剤が極めて必要とされている。慢性疼痛は、有害な刺激によって引き起こされるか、又は自然に発生する、個別の痛みと定義される。慢性疼痛に対する現在の治療法は、計画的な薬物介入か、継続的な脊髄又は末梢神経の神経調節のいずれかに限られている。これらの治療法では、個々の痛みの発症の正確なタイミングが考慮されていないため、治療が頻繁に遅れたり、治療不足や過剰治療が生じたりする。概念的には、適切なタイミングでの痛みの検出と治療を結び付ける閉ループ神経調節アプローチは、個別の侵害受容の発生を選択的にターゲットとすることで痛みの管理に最適である。しかし、痛み信号をデコードすることは依然として非常に困難な作業である。痛みには感覚的側面と情緒的側面の両方があるため、痛みをデコードするには、理想的には脳内で感覚的信号と情緒的信号の両方を組み合わせる必要がある。しかし、痛み信号は複数の脳回路にエンコードされている。2つ目の課題は、殆どの神経画像技術はサイズが大きく費用がかかることから、閉ループでの使用には実用的ではない(MRI等)。侵襲的な神経記録はモバイル及び閉ループアプリケーションに対応できるが、通常は、感覚のデコードを容易にする一貫したスパイク信号は生成されない。これらの課題を解決することは、痛みの正確なデコード(解読)を成功させる上で非常に重要である。
【0004】
一方、治療の面では、深部脳刺激法(DBS)が多くの神経精神疾患の治療に使用されてきた。しかし、持続的な刺激には、時間の経過とともに効力が低下する脱感作、電池の消費、副作用等、様々な欠点がある。更に、痛みを治療するための閉ループDBSシステムはまだ実現されていない。
【発明の概要】
【0005】
本開示は、慢性疼痛を検出及び治療するためのコンピュータ実装方法に関する。この方法は、患者の脳の複数の脳領域に埋め込まれたプローブを介して、複数の脳領域から神経信号を受信すること、神経信号には複数の脳領域の局所場電位(LFP)が含まれること、神経信号を処理し、処理された神経信号を機械学習による痛みデコーダーモデルに入力すること、処理された神経信号に基づいて、痛みが示されているかどうかを判定すること、痛みデコーダーモデルにより痛みが示されている場合に、痛みが示されていることに基づいて患者の脳のターゲット領域に対して刺激を引き起こすことを含む。
【0006】
一実施形態では、神経信号の処理には、複数の脳領域の局所場電位の周波数に依存する電力特性を計算することが含まれる。
【0007】
一実施形態では、痛みが示されているかどうかを判断することは、複数の脳領域における神経活動の相対的な変化を識別することを含む。
【0008】
一実施形態では、複数の脳領域には前帯状皮質と一次体性感覚皮質が含まれる。
【0009】
一実施形態では、患者の脳のターゲット領域の刺激には、光刺激及び電気刺激が含まれる。
【0010】
一実施形態では、患者の脳のターゲット領域には前頭前野が含まれる。
【0011】
一実施形態では、患者の脳のターゲット領域には、一次運動野、前帯状皮質、及び/又は中脳水道周囲灰白質、及び視床のうちの1つが含まれる。
【0012】
一実施形態では、この方法は、低ガンマ(30~50Hz)、高ガンマ(50~100Hz)、及び超高周波(300~500Hz)帯域からのスペクトル特性に基づく状態空間モデルを使用して、痛みデコーダーモデルを訓練することを更に含む。
【0013】
更に、本開示は、疼痛を治療するためのシステムに関する。このシステムには、患者の複数の脳領域に埋め込むことができ、複数の脳領域の局所場電位を含む神経信号を検出する複数のプローブと、患者の脳の複数の脳領域から神経信号を受信して神経信号を処理し、処理された神経信号を、痛みを示すように構成された機械学習による痛みデコーダーモデルに入力する処理装置と、患者の脳のターゲット領域に埋め込むことができ、痛みが示されていることに基づいてターゲット領域に刺激を与える刺激装置とが含まれる。
【0014】
一実施形態では、処理装置は、複数の脳領域の局所場電位の周波数に依存する電力特性を計算することによって神経信号を処理するように構成される。
【0015】
一実施形態では、痛みデコーダーモデルは、複数の脳領域における神経活動の相対的な変化を識別するように訓練される。
【0016】
一実施形態では、痛みデコーダーモデルは、低ガンマ(30~50Hz)、高ガンマ(50~100Hz)、及び超高周波(300~500Hz)帯域からのスペクトル特性に基づく状態空間モデルを使用して訓練される。
【0017】
一実施形態では、処理装置は、痛みが示されたことに応じて刺激装置の起動を開始するように構成される。
【0018】
一実施形態では、刺激装置は、ターゲット領域に光刺激及び電気刺激の何れかを提供するように構成される。
【0019】
一実施形態では、刺激装置は、前頭前野、一次運動野、前帯状皮質、中脳水道周囲灰白質、及び視床のうちの1つに埋め込まれるように構成される。
【0020】
一実施形態では、複数のプローブは、前帯状皮質及び一次体性感覚皮質を含む複数の脳領域に埋め込まれるように構成される。
【0021】
一実施形態では、複数のプローブのそれぞれはシリコンプローブアレイを含む。
【0022】
一実施形態では、システムは、LFP 信号をリアルタイムで表示し、閾値基準を変更するためのオプションを提供するグラフィカル ユーザインタフェースをさらに備える。
【0023】
更に、本開示は、プロセッサによって実行可能な命令セットを含む非一時的なコンピュータ読み取り可能な記憶媒体に関するものであり、命令セットは、プロセッサによって実行されると、プロセッサに、患者の複数の脳領域から神経信号を受信すること、神経信号には複数の脳領域の局所場電位(LFP)が含まれること、複数の脳領域の局所場電位の周波数に依存する電力特性を計算すること、電力特性を機械学習による痛みデコーダーモデルに入力して、複数の脳領域における神経活動の相対的変化を識別して疼痛を示すこと、及び疼痛が示されることに基づいて脳のターゲット領域の刺激を開始することを含む操作を実行させる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【
図1】
図1は、本開示の例示的な実施形態による、マルチ領域LFPベースのブレインマシンインタフェース(BMI)システムの概略図を示す。
【0025】
【
図2】
図2は、
図1のシステムによる閉ループBMIシステムに基づく実験の概略図を示す。
【0026】
【
図3】
図3は、
図1のシステムに従ってPL-PFCに光ファイバー又は刺激電極を配置し、ACCとS1に記録電極を配置する概略図を示す。
【0027】
【
図4】
図4は、ACCとS1における同時LFP信号の図であり、痛みを誘発する事象関連電位(ERP)が黒い三角形で示されている。
【0028】
【
図5】
図5は、ACCとS1間のERP遅延を比較したグラフを示す。
【0029】
【
図6】
図6は、
図1の例示的なシステムにより、マルチ領域LFP信号から痛みをデコードするように設計されたモデルベースの教師なし学習アプローチの概略図を示す。
【0030】
【
図7】
図7は、閉ループ型マルチ領域LFPベースBMIの例示的な実施形態の概略図を示す。
【0031】
【
図8】
図8は、例示的なBMIのグラフィカル・ユーザ・インタフェース(GUI)の例示的な実施形態を示す。
【0032】
【
図9】
図9は、LFPデコード方策に基づく誤検出率の比較を示すグラフである。
【0033】
【
図10】
図10は、5日間隔で設定されたモデルパラメータに基づく誤検出率の比較を示すグラフである。
【0034】
【
図11】
図11は、本開示の例示的な実施形態による、閉ループ型マルチ領域LFPベースBMIシステムを使用して痛みを検出し、治療する方法のフローチャートを示す。
【発明を実施するための形態】
【0035】
本開示は、以下の説明及び添付の図面を参照することにより、更に詳しく理解できる。例示的な実施形態では、疼痛の治療のための少なくとも2つの重要な領域から同時に得た神経信号に疼痛デコーダーを使用し、例えば前頭前野の治療のための刺激を開始する(トリガする)、疼痛受容制御用のマルチ領域閉ループ型神経インタフェースについて説明する。一実施形態では、2つの脳領域には前帯状皮質(ACC)と一次体性感覚皮質(S1)が含まれる。ACCは痛みに対する感情信号を提供することが知られており、S1には感覚的な痛み信号が含まれている。PFC刺激は、下流の複数の疼痛調節回路を活性化することにより、疼痛の緩和をもたらすことが示されている。痛みの発生をデコードするために例示的な実施形態では局所場電位(LFP)を記録しており、局所場電位は、閾値下の局所神経活動を表し、慢性的な電気生理学的な記録において安定しており、臨床への応用を容易にする。教師なし機械学習による痛みデコーダーはモデルベースであり、マルチ領域のLFP信号から痛みをデコードするように訓練されている。
【0036】
例示的な実施形態では、痛みデコーダーは、低ガンマ(30~50Hz)、高ガンマ(50~100Hz)、及び超高周波(300~500Hz)帯域からのスペクトル特性に特に焦点を当てる。周波数依存のLFPの電力特性が計算され、たとえば状態空間モデル(SSM)に基づいてリアルタイムにニューラル痛みデコーダーに入力される。有害な刺激がある場合、SSMはACC又はS1で観測された神経活動(Zスコア)のベースラインからの相対的な変化を識別し、この神経活動の変化を急性の痛み信号の代わりとして使用する。痛み検出の特異性を最適化するために、ある実施形態では、相互相関関数(CCF)がS1及びACCにおける痛みをエンコードするための局所場電位(LFP)特徴の同期した変化を時間的に追跡することがある。皮質領域からの同時信号の使用により、痛みの感覚的及び嫌悪的な成分の両方を捉えて痛みのデコードの精度を向上させる。このCCFは、SCCとS1のLFP特徴から個別に導出された2つのSSM推定Zスコアを組み合わせ、各領域の寄与の相対的な重みを調整することで検出パフォーマンスを最適化する。オンライン閉ループアプリケーションの場合、CCFベースのデコーダーは、疼痛を治療するためにPFCの電気刺激を開始させるための疼痛受容信号の開始を自動的に検出する場合がある。
【0037】
例示的な実施形態では、痛みを制御するための閉ループ神経インタフェースを説明する。これは、無視できるほどの遅延で痛みを自動的に検出して治療するものである。人間の介入は必要ない。痛みの検出は、感度と特異度を高めるために、複数の脳領域からの同時記録によって行われる。LFPは痛みをデコードするために使用され、安定した信号と一貫して高いデコード精度を提供する。例示的なシステムは、非侵襲的なEEG記録にも適用できる。深部脳刺激は、痛みデコーダーによる痛みの検出によって自動的に開始され、副作用を最小限に抑え、治療効果を高めるために短時間のみ継続される。このシステムは、誘発性疼痛と安静時に発生する自発的疼痛の両方を効果的に治療できる。この閉ループシステムは、超高速薬物投与や、脳、脊髄、末梢神経系の電気的、光学的、超音波による神経調節などの他の治療法にも適応できる。当業者であれば、例示的な実施形態は、僅かに異なる脳領域をターゲットにすることによって痛みの予測をデコードするように適合され得ることが理解されるであろう。
【0038】
閉ループ型ブレインマシンインタフェース(BMI)は、感覚的又は運動的な事柄に関する神経信号を神経調節とリンクして、脳機能を回復又は強化し、神経精神疾患を治療する可能性がある。BMIは、てんかん、及び、上位又は下位運動ニューロン疾患の治療に有望な結果をもたらす。しかし、正確な感覚信号を検出し、迅速かつ効果的な行動フィードバックを提供することが困難なため、感覚障害への応用は限られている。
【0039】
痛みは、BMI設計にとっての特有の課題であると同時に機会でもある。慢性疼痛は最も一般的な感覚障害の1つであり、有害な刺激によって引き起こされるか、又は自然に発生する、個別の痛みと定義される。上述したように、慢性疼痛に対する現在の治療法は、計画的な薬物投与か持続的な脊髄神経調節の何れかに限られており、これらは個々の疼痛発作の正確なタイミングを考慮に入れておらず、治療が頻繁に遅れたり、治療不足や過剰治療が生じたりする。概念的には、BMIを用いたアプローチは、個別の侵害受容の事柄を選択的にターゲットとすることで疼痛管理に最適だが、痛み信号のデコードは依然として困難である。他の感覚の様相とは異なり、痛みの表示には単一のターゲットはありません。
【0040】
痛みを処理する脳領域の分散ネットワークの中で、一次体性感覚皮質(S1)は、痛みの場所、タイミング、質等、痛みの感覚的な識別面をコード化することが知られている。一方、前帯状皮質(ACC)は、様々な種類の研究により痛みに対する嫌悪反応に重要な役割を果たすことが知られてる。痛みは複数の脳領域で処理されるため、痛みをデコードするための魅力的な方策は、S1とACCを最も関連性の高いターゲットとして、複数の領域からの神経信号を統合することである。しかし、当業者には理解されるように、この例示的なシステムは、例えば、島皮質、視床、及び二次体性感覚皮質(S2)等の他の脳領域も対象とすることができる。
【0041】
現在のBMIアプリケーションは、主にニューロンのスパイクを利用して、正確なデコード信号を生成する。しかし、慢性疼痛の臨床管理に必要であるほど長期間にわたって個々のスパイクを忠実に記録することは困難な場合がある。それとは対照的に、局所的なニューロンの集まりからの閾値以下のシナプス活動を表す局所場電位(LFP)は、慢性的な電気生理学的な記録としては比較的安定している。LFPは、信号の安定性により臨床応用が容易であるが、BMIアプリケーションのデコードとして、スパイクの代替手段として使用されるようになったのはごく最近のことである。
【0042】
治療のターゲットに関して言えば、前頭前野(PFC)は、感覚体験におけるトップダウンの制御の重要な中枢であり、ヒトと動物の研究から得られた複数の証拠により、PFCの活動低下が慢性疼痛の症状に寄与することが示されている。重要なのは、PFCの興奮性ニューロンを刺激すると、重大な副作用なしに、疼痛に対する痛覚避退反射と嫌悪反応が急速に抑制されることが実証されており、閉ループ疼痛制御のためのBMI設計における潜在的な治療手段としてPFCが支持されていることである。
【0043】
本開示の例示的な実施形態によれば、S1及びACCからの記録を使用してLFPベースのデコードをする方策が開発され、それをPFCの光遺伝学又は電気刺激と組み合わせて、マルチ領域神経インタフェースを形成する。以下で更に詳しく説明するように、本開示の例示的なマルチ領域LFPベースのブレインマシンインタフェース(BMI)の研究では、例示的な実施形態のマルチ領域神経インタフェースが、長期間にわたって高い感度と特異度で急性及び慢性の痛みの両方の状態に対して鎮痛効果をもたらすことができることが示されている。
【0044】
図1に示すように、例示的な実施形態によるマルチ領域のLFPベースのBMIシステム100は、痛みをリアルタイムで検出して治療するように設計されるとともにテストされている。以下、それらについて更に詳細に説明する。例示的なシステム100は、局所場電位(LFP)を検出するための複数のプローブ102、LFPに基づいて痛みの発生を検出するように構成された痛みデコーダーモデル106を含むプロセッサ104、及び検出された痛みの発生に応じて痛みの調節を行う刺激装置108から構成される。
図8に示され、以下で更に詳しく説明するグラフィカルユーザインタフェース(GUI)は、脳領域で検出されたLFP、痛みの検出、及び/又は痛みの調整の伝達を示し、ディスプレイを介してユーザに表示される場合がある。GUIには、LFPの検出と痛みの調節の提供に関してユーザが選択可能な項目が含まれる場合もある。
【0045】
例示的な実施形態では、プローブ102は、LFPを記録するために、例えばACCやS1等の所望の脳領域に埋め込まれる場合がある。例示的な実施形態では、ACC及びS1内のLFPが同時に検出される。しかしながら、当業者であれば、必要に応じて、検出に関する方策(例えば、ACC、S1、又はその両方の組み合わせに基づくもの)をユーザが選択するための項目を有してもよいことを理解するであろう。例示的な実施形態では、プローブ102がACC領域及びS1領域に具体的に埋め込まれるものとして示されているが、痛みの信号を生成する可能性のある脳の任意の所望の脳領域にプローブ102を挿入できることを当業者は理解するであろう。プローブ102には、例えばシリコンプローブアレイが含まれるが、LFPを検出するための様々なプローブデバイスの何れかが含まれることもある。
【0046】
プローブ102によって検出されたLFPは、プロセッサ104を介して処理され、痛みの発症を検出するために痛みデコーダーモデル106に送信される。例示的な実施形態では、痛みデコーダーモデルは、以下に説明するように、状態空間モデルに基づいて訓練可能な機械学習によるモデルであってもよい。例示的な実施形態によれば、痛みデコーダーモデル106によって疼痛が検出されることで、刺激装置108の神経フィードバックが活性化される。刺激装置108は、疼痛調節を行うための刺激を与えるために、所望の脳領域に配置され得るものである。例示的な実施形態では、治療される脳領域には、前縁前頭前野(PL-PFC)が含まれる場合がある。刺激装置108には、脳領域の光遺伝学的な活性化を提供するための光ファイバー、及び/又は脳領域の電気刺激を提供するように構成された電極が含まれ得る。以下に説明するように、システム100のテストにより、LFPに基づいてシステム100が痛みをリアルタイムで検出して治療をすることができることが確認された。
【0047】
プロセッサ104は、システム100に機能を提供するアプリケーションの操作のためのコンピュータ実行可能な命令を実行するように構成される場合がある。例えば、プロセッサ104には、検出されたLFPを処理して痛みデコーダーモデル106に送信するための命令が含まれる場合がある。痛みデコーダーモデル106には、検出されたLFPに基づいて痛みの発生を検出するための命令が含まれており、痛みの発生が検出されると、プロセッサ104が刺激装置108を起動させる。ただし、プロセッサ104及び/又は痛みデコーダーモデル106に関して説明されている機能は、システム100に個別に組み込まれた部品、プロセッサ104に接続されたモジュール、又は、複数のプロセッサ104により実現可能な機能として表される場合もあることに留意する。例えば、システム100は、ネットワーク上のコンピューティングシステムとして構成されたり、各コンピューティングシステムが1つ以上の機器を含んだり、及び/又は、上記の機能の1つ以上を提供したりする。
【0048】
疼痛処理と調節におけるS1,ACC,PFCの既知の役割に基づき、
図2~3に示すように、自由に行動しているラットの辺縁前部PFC(PL-PFC)の治療のための刺激を起こすために、ACCとS1からの同時の神経信号に基づく痛みデコーダーを使用することにより、痛覚制御用のマルチ領域閉ループ神経インタフェースが開発された。図に示すように、シリコンプローブアレイ(プローブ102)をラットの前帯状皮質(ACC)と一次体性感覚皮質(S1)に埋め込み、閾値以下の局所神経活動を同時に表す局所場電位(LFP)を記録した。LFPは慢性的な電気生理学的な記録において比較的安定しており、臨床応用が容易であるため、集団のデコードにおけるスパイク活動の代替として使用されるようになっている。
【0049】
検出されたLFP信号は処理され、状態空間モデル(SSM)に基づく自動デコーダー(痛みデコーダーモデル106)に送信され、痛みの信号の発生が検出される。検出された痛みの発生により、前縁前頭前野(PL-PFC)の光遺伝学的又は電気的活性化を介して神経フィードバックがトリガーされ、例えば、PL-PFCに配置された光ファイバー及び/又は電極(刺激装置108)を介して痛みの調節が行われる。これらの信号から、
図4に示すように、ACCとS1からの疼痛を誘発する事象関連電位(ERP)を読み取ることができ、これら2つの領域に疼痛受容信号が含まれていることが示された。以下で更に詳しく説明するように、ERPは潜時ごとに抽出され、ACCのERPのピークの潜時は平均してS1の潜時よりも僅かに長いことが分かった。これは、
図5に示すように、痛み情報がACCよりも先にS1に到達したことを示唆している。これらの結果は、痛みをデコードするためにS1とACCからのLFP信号を使用することを裏付けている。
【0050】
教師なしの機械学習による痛みデコーダーはモデルベースであり、マルチ領域のLFP信号から痛みをデコードするように訓練されている。これまでの研究では、低ガンマ(30-50Hz)、高ガンマ(50-100Hz)、及び超高周波(300-500Hz)帯域のスペクトル特性が皮質の痛みの処理に特に関連していることが示されている。超高周波の電力は、マルチユニット活動の代理として考えることができる。周波数依存のLFPの電力特性が計算され、例えば状態空間モデル(SSM)に基づいてリアルタイムに神経の痛みデコーダーに入力される。
図6に示すように、生データとしてのLFP信号が処理され、ACCチャネル{y
ACC
1,k,y
ACC
2,k,y
ACC
3,k}とS1チャネル{y
S1
1,k,y
S1
2,k,y
S1
3,k}の両方について3つの帯域制限での電力特性が計算される。ここで、インデックスkはk番目の時間ウィンドウ(ビン(bin)サイズ100ms)を示す。また、MUAはマルチユニット活動(300~500Hz)を示す。2つの状態空間モデル(SSM)を使用して、ACCのLFP特性{Y
ACC
k}とS1のLFP特性{Y
S1
k}から、それぞれの潜在変数{z
ACC
k、z
S1
k}を独立して推測する。SSMは、マルコフ構造を持つグラフィカルモデルによって示される。このモデルでは、各ノードがランダム変数を表し、矢印が2つのランダム変数間の統計的依存関係を示している。また、痛みの信号の発生を連続的に検出する方策が用いられる。初めに、潜在変数{z
ACC
k、z
S1
k}からZスコアが導出される(水平の破線は統計的な有意性が95%である信頼区間を示す)。次に、移動平均相互相関関数(CCF)を使用して、2つのZスコアシリーズ間の相関を計算する。統計的に有意な範囲を超える領域(水平の破線)を計算して変化点を決定する。痛みの発生が検出されると、デコーダーは自動的に光遺伝学又はDBS刺激を開始してPL-PFCを活性化する。
【0051】
有害な刺激がある場合、SSMはACC又はS1で観測された神経活動(Zスコア)のベースラインからの相対的な変化を識別し、この神経活動の変化を急性の痛み信号の代わりとして使用する。痛みの検出の特異度を最適化するために、S1とACCの痛みをエンコードしたLFP特徴の時間的に一貫した変化を追跡する相互相関関数(CCF)が設計された。これらの皮質領域からの同時の信号を使用することで、痛みの感覚的要素と嫌悪的要素の両方を捕捉できる。このCCFは、ACCとS1のLFPの特徴から個別に導出された2つのSSM推定Zスコアを組み合わせ、各領域の寄与の相対的な重みを調整することで検出パフォーマンスを最適化する。オンラインBMIの実験では、CCFベースのデコーダーを使用して、痛み信号の発生を自動的に検出し、PL-PFCの光遺伝学的又は電気刺激を開始により疼痛を制御する。
【0052】
図7は、上記の例示的なシステム100に基づくBMIの設計の概略図を示す。
図8は、BMIのGUIの例を示す。このGUIは、ユーザにLFPチャネルを選択するための選択肢を提供し、LFP信号をリアルタイムで視覚化できるようにする。例示されたGUIに示されているように、ユーザは検出方策(ACC、S1、又はその両方の組合せ(CCF方式)に基づくもの)を選択したり、有意性閾値基準を変更する選択を行ったりすることができる。
【0053】
デコード方策は、一連の急性疼痛アッセイでテストされた。初めに、ラットの後脚に、有害な機械的刺激(ピン刺し、PP)又は非有害な機械的刺激(6G強度のvon Frey フィラメント、vF)を与え、ACCとS1の反対側の領域からLFPを記録した。予想通り、ラットはvF刺激よりもPP刺激に対して高い足引っ込め率を示した。オンライン実験では、マルチサイト記録に基づく本SSMデコーダーは、非有害性のvF刺激ではなく、有害性のPP刺激の発現を正常に検出した。オフライン実験では、ACC、S1、又はその両方の組み合わせから記録されたLFPを使用した検出精度も比較される。後者の場合、CCF法を使用して、ACC又はS1から推定されたZスコアの重みを調整する。S1、ACC、又はS1とACCの組合せ(CCF法)からのLFPに基づくと、有害刺激(PP)の検出率は非有害刺激(6g vF)の検出率よりも有意に高いことが分かった。
【0054】
疼痛エピソードの識別において、S1又はCCFのみに基づくデコード精度は、ACCのみに基づくデコード精度よりも高かった。更に重要なことは、CCFベースのデコード方策は、誤検出(有害な刺激がない場合の検出)を回避する点で、S1のみ又はACCのみに基づく方策よりも大幅に優れていることである。このような高い真検出率と低い偽検出率(誤検出率)は、BMIシステムの実際の実装にとって非常に重要であり、痛みのデコードにおける感度と特異度を最適化するために複数の領域を使用することの重要性を示している。
【0055】
オンラインBMI動作実験では、デコーダーはいくつかのキャリブレーションの試行により訓練され、その後デコーダーを継続的に実行して痛みの信号の発生を自動的に検出する。CCFベースのデコード方策によって得られた誤検出率を、単一領域のデコード方策によって得られた誤検出率と比較した。マルチ領域デコード方策により、2つの領域の何れかのみからの検出と比較して、誤検出が大幅に減少することが判明し、模範的なマルチ領域デコードアプローチの重要性が更に実証された。
【0056】
治療用BMIアプリケーションでは、信号の安定性が重要となる。LFP信号を使用する理由は、時間の経過に伴う相対的な安定性にある。これを検証するために、実施例の痛みデコーダーで使用されるLFP信号の信頼性がテストされた。
図9に示すように、例示的な実施形態のLFPベースの方策は、実際に3か月間にわたって高いレベルのデコード精度を維持することが分かった。
図9は、2回のセッション(最初のセッションの3か月後に2回目のセッションを実施)におけるACC、S1、及び複合(ACC+S1)信号を使用したLFPデコード方策に基づく誤検出率の比較を示す。ここではt検定を用いる。これにより、n=5、P=0.6183(ACC)、P=0.7292(S1)、及びP=0.8133(ACC+S1)である。更に、
図10に示すように、1日目に訓練された教師なし学習アルゴリズムから導出されたモデルパラメータを使用した場合、同じモデルが5日目に急性疼痛を高い精度で検出できることがわかり、モデルパラメータには頻繁な訓練やキャリブレーションが必要ない可能性があることが示唆された。最初の3回の試行は、1日目にSSMのパラメータを訓練するために使用された。その後、同じパラメータを使用して、その後の5日間の痛みを検出した。反復測定による一元配置分散分析を行い、テューキーの多重比較検定を使用した場合、n=5、p=0.6888であった。痛みのデコードにおけるこのような信号とモデルの忠実度は、慢性的な神経記録を伴う現実世界のアプリケーションにとって魅力的である。
【0057】
実施例のCCFベースの痛みデコーダーの精度、特異度、信頼性を確立した後、実施例のデコーダーをPL-PFCの錐体ニューロンの光遺伝学的刺激(チャネルロドプシン(ChR2)を発現するCaMKIIプロモーターを使用)と組み合わせて鎮痛BMIを形成した。このBMによって、機械的に誘発される急性疼痛をどのように抑制できるかを評価するため、条件付け場所嗜好(CPP)アッセイが使用された。事前準備段階では、動物は2つの部屋の間を自由に移動しながら10分間過ごした。条件付け中、各部屋は、BMI又は様々な光遺伝学的神経刺激制御プロトコルと組み合わせて、末梢刺激(有害又は非有害)とペア付けされた。試験段階では、末梢刺激と神経刺激が除去されており、ラットはチャンバー間を自由に移動できる。BMIが痛みを治療する場合、ラットはBMIに関連付けられたチャンバーを好むはずである。CPPスコアは、BMIが疼痛回避行動の軽減に及ぼす影響を定量的に測定するために、ラットが事前準備段階中にBMIに関連付けられたチャンバー内で過ごした時間を試験段階で過ごした時間から差し引くことによって計算された。
【0058】
まず、BMI誘発性とPL-PFCによる光遺伝学的刺激とを組み合わせた有害なPP刺激(BMI+PP)を、持続時間と強度が一致するPL-PFCのランダムの光遺伝学的刺激と組み合わせたPP(ランダム神経刺激+PP)と比較した。ラットはBMIに関連付けられた部屋を好み、これは、急性の機械的痛みが軽減されたことを示唆する。この実験はその後、ChR2ではなく黄色蛍光タンパク質(YFP)を発現したラットで繰り返され、YFPを投与されたラットは痛みの緩和を経験しなかったことが判明した。CPPスコアの比較により、鎮痛効果をもたらすBMIの有効性が強調された。陽性対照実験として、脚へのPPの送達直後のPL^PFCの手動活性化(手動PL-PFC刺激+PP)を、PPと組み合わせたランダムPLーPFC刺激(ランダム神経刺激+PP)と比較した。ここでは、ChR2ラットでは手動のPLーPFC活性化が優先されることが観察されたが、YFPラットではそのような優先はなかった。
【0059】
この結果により、BMIがPL-PFCの正確な手動制御と同様に機能することが更に示された。この発見内容を確認するために、PP存在下でのPL-PFCのBMI制御とPP存在下でのPL-PFCの手動制御を比較したところ、ラットはこれら2つの処理を区別できないことが分かった。最後に、BMIによるPL-PFC活性化の効果が痛みに特異的であることを示すために、非有害性のvF刺激の存在下でラットのBMIに対する好みを(BMI+6g vFと、ランダムなPL-PFC活性化+6g vFとの比較により)調べたところ、ラットはどちらの部屋に対しても好みを示さないことが分かった。これらの結果は、重大な副作用なしに行動による疼痛コントロールを実現するBMIの特異度を裏付けている。
【0060】
ハーグリーブステストを使用した急性熱痛に関する例示的なマルチ領域BMI。赤外線(IR)刺激は、2つの異なる強度(有害のIR70、非有害のIR10)でラットの後脚に照射された。ラットは、IR70の刺激では100%の確率で脚を引っ込めたのに対し、IR10の刺激では10%未満の確率で足を引っ込めたことが分かった。例示的な実施形態のマルチ領域LFPベースの痛みデコーダーは、非有害性の熱刺激とは対照的に、有害刺激による脚の引っ込み前の急性熱痛の発現を正常に検出した。機械的な痛みのデコードと同様、マルチ領域CCFベースの痛みデコーダーは、単一領域のデコードよりも非有害刺激に対する誤検出率が大幅に低い(10%以下)、一方で、有害刺激に対しては検出率が高い (~80%)。次に、このマルチ領域神経インタフェースの熱痛緩和に対する有効性がテストされた。例示的マルチ領域BMIによって駆動される神経刺激の存在下では、痛覚防御による脚の引っ込めまでの潜時が大幅に増加した。例示的BMIは、手動で制御される恒常的なPL-PFC活性化と同様の痛覚防御による脚の引っ込めの軽減効果を達成することが判明した。予想通り、YFPを発現した対照群のラットは痛みの緩和を示さず、急性熱痛に対するBMI制御の特異度を裏付けている。
【0061】
次に、この閉ループマルチ領域神経インタフェースをテストし、よく知られている炎症性疼痛モデルである完全フロイントアジュバント(CFA)モデルを使用して、例示的なBMIが慢性疼痛も治療できるかどうかを判断した。CFAはラットの脚に注入されており、その脚は、記録電極が埋め込まれた方とは反対側である。CFAを投与されたラットは、14日間持続する持続的な機械的異痛症を示しており、0.4g vF(非異痛性)刺激よりも6g vF(異痛性)刺激に対する脚の引っ込め率が高かった。例示的なLFPベースのデコード方策により、異痛発作の発現を確実に検出した。ここでも、マルチ領域デコード方策(CCF方式を使用)により、比較的高いデコード感度を維持しながら、誤検出率が著しく低下した。
【0062】
次に、CPPアッセイを使用して、CFAモデルにおけるBMIの抗嫌悪効果をテストした。異痛性6g vF刺激は、一方の部屋ではBMIとペア付けされており、反対側の部屋では、持続時間と強度が一致するランダムPL-PFC活性化とペア付けされた。ChR2を発現したラットは、BMIに関連する部屋に対する好みを示し、それとは対照的に、YFPラットは部屋に対する好みを示さなかった。このBMIの抗嫌悪効果が痛みに特異度を示すことを確認するために、非異痛性の0.4gvF刺激を使用して同じ実験を繰り返した。この場合、ChR2ラットもYFPラットもBMI治療に対して何らの好みも示さなかった。
【0063】
誘発刺激に対する過敏症に加えて、慢性疼痛の主な病理学的特徴は、強直性疼痛、つまり自発的に発生する疼痛事象(疼痛エピソード)である。現在、これらの発作の発症を確実に特定できる検査法がないため、治療計画の決定が非常に困難になり、治療の遅れ、治療不足、又は過剰治療につながる。この模範的な方策をテストするために、CFAを投与されたラットの持続的な疼痛を明らかにするために、古典的なCPP設計が使用された。このアッセイでは、部屋の1つを本マルチ領域BMIとペア付けし、もう1つの部屋をランダムPL-PFCの光遺伝学的刺激とペア付けした。末梢刺激は与えられなかったが、ラットは長期間にわたって緊張性疼痛発作を顕在化させるように条件付けされた。例示的なマルチ領域デコーダーは、有害刺激(PP)を使用してトレーニングされた。訓練されたデコーダーは、末梢刺激がない場合でも持続性疼痛事象を自動的に検出できるようになった。
【0064】
条件付け中、1つの部屋には、自動化された持続性の疼痛検出を使用して光遺伝学的PL-PFC活性化を開始する(トリガーする)例示的な実施形態のBMIが設けられ、もう1つの部屋には、期間と強度が一致するランダムPL-PFC刺激が設けられる。この条件付け後、CFAを投与されたラットはBMIに関連付けられた部屋を好むことが分かり、この治療はランダムPL-PFC刺激とは対照的に、持続性の疼痛の発症をターゲットとする可能性が高いことが示された。YFPを投与された対照群のラットではこの好みは示されなかった。CPPスコアは、慢性の緊張性疼痛に対する嫌悪反応を軽減するBMIの有効性を更に定量化した。これらの結果は、この例示的なマルチ領域神経インタフェースが自発的な痛みをタイムリーに効果的に治療できることを強く示唆している。最後に、BMIの抗異痛効果がテストされた。例示的なBMIを適用すると、CFAを投与されたラットの機械的異痛が大幅に軽減され、例示的な神経インタフェースの鎮痛効果が更に検証された。
【0065】
光遺伝学の使用は細胞タイプにおいて特異的な刺激を提供するが、現在のところ臨床応用には利用できない。模範的なBMIの変換価値を高めるために、PL-PFCの光遺伝学的な刺激は、人間が安全に使用できる電気的な深部脳刺激(DBS)に置き換えられた。PL-PFCの電気刺激を、例示的なマルチ領域LFPベースのデコーダーと組み合わせて、閉ループBMIトリガーDBSを生成した。まず、急性の機械的疼痛の治療におけるこのBMIトリガーDBSの有効性を評価するためにCPPアッセイを実施した。繰り返しの有害刺激(PP)が与えられた場合、ラットはランダムにタイミングを設定したDBSとペア付けされた部屋よりもBMIに関連付けられた部屋を好むことが分かり、これは、典型的なBMIトリガーDBSが機械的な痛みの緩和をもたらしたことを示す。
【0066】
さらに、このBMIはハーグリーブステストにおける急性熱痛を軽減した。次に、BMIトリガーDBSの慢性疼痛治療における有効性を評価した。例示的なシステムにより、CFAを投与されたラットの機械的異痛が大幅に軽減されることが分かった。CPPは、異痛誘発刺激(6g vF)が与えられる状況下で実施された。この異痛刺激が与えられた場合、CFAを投与されたラットは、ランダムにタイミングを設定したDBSとペア付けされた部屋よりもBMIとペア付けされた部屋を好むことが分かり、神経インタフェースによって疼痛嫌悪が軽減されたことが示された。最後に、自発的な痛みに対するCPPアッセイを実施した。例示的なマルチ領域デコーダーは、異痛の6g vF刺激を使用して訓練され、その後、デコーダーは、条件調整段階中において、持続性の疼痛の発現を自動的に検出し、治療用のDBSを開始できるようになった。条件付け後に、CFAを投与されたラットは、ランダムに投与されたDBSよりも、BMIトリガDBSとペアになった部屋を好むことが分かった。同様に、BMIによって誘発されるDBSによる条件付けをDBSなしの場合と比較すると、CFAを投与されたラットはBMIに関連付けられた部屋を好むことが分かった。これらの結果は、BMIトリガDBSが持続性の疼痛を抑制できることを示す。このBMIトリガDBSが重大な副作用を生じないことを確認するために、運動に対する刺激効果を調べたところ、副作用はないことが分かった。
【0067】
上述のように、システム100のマルチ領域LFPベースの神経インタフェースの研究は、鎮痛剤送達の新しい方法として設計された。例示的なシステム100は、複数の脳領域からの記録を利用して、痛みのデコードの特異度を高める。このシステム100は、時間が経過しても安定しており、現在の人間の脳波(EEG)又は皮質電気記録(ECoG)デバイスと互換性がある。このインタフェースは、ほぼ瞬時に痛みを和らげることができることが実証されている。PLーPFC錐体ニューロンの光遺伝学的な刺激を伴う例示的な神経インタフェースの使用は、細胞タイプの特異度をサポートし、さまざまなメカニズムの調査に使用できるようにするが、DBSでの成功により、閉ループ疼痛制御の臨床応用の可能性が更に広がる。
【0068】
脳には痛みの情報を特別に処理する単一の領域はない。代わりに、異なる脳領域が痛みの異なる側面を処理する。正確な痛みの検出という課題を解決するために、この研究では、痛みの経験のこの独特な多次元的な性質に適応する方策が利用された。特に、例示的な神経インタフェース設計は、複数の脳領域から同時に記録された神経信号に基づいて痛みをデコードする。末梢からの上行性痛覚信号ACCとS1で終結することが知られている。ACCは様々な種類にわたって痛みの感情的要素を処理することでよく知られており、この領域の神経活動はこれまで痛みの強さとタイミングをデコードするために使用されてきた。一方、S1は体性感覚的に痛みに関する重要な感覚情報を提供する。これまでの研究では、これら2つの脳領域間の情報の流れによって感覚情報と感情情報が統合され、全体的な痛みの経験が生じることがさらに実証されている。例示的なシステム100のテストでは、急性及び慢性疼痛の治療におけるマルチ領域神経インタフェースの成功は、S1及びACCからの同時信号に基づくデコードの特異度を実証している。同時に、メカニズムレベルでは、上記のテストの結果は、これら2つの領域が一緒になって痛みの体現に重要な役割を果たすことも証明している。
【0069】
説明した研究のもう一つの重要な進歩は、LFPを使用して痛みをリアルタイムでデコードしたことである。スパイクは個々の神経レベルで特定の信号を提供するが、自由に動く動物や人間では長期間にわたる安定性が低くなる。対照的に、LFPは神経の読み出しの代替となる解決手段を提供する。現在説明されている研究では、LFPは3か月間にわたって確実に記録された。この信号安定性により、慢性的な記録条件下でのBMIアプリケーションにLFPを使用できるようになり、これは、慢性疼痛や同様の神経精神疾患の管理に非常に重要である。驚くべきことに、例示的なデコードモデル(痛みデコーダーモデル106)は、訓練の後に5日間は安定した状態を維持する。現在のモデルの堅牢性は、信号の安定性とマルチ領域デコードの使用の組み合わせから生じる可能性が高く、将来の臨床応用に期待が持てる。
【0070】
多くの研究により、前縁PFCはトップダウン投射と他の皮質領域への投射を通じて痛みの抑制をもたらすことが示されている。例示的な実施形態では、この領域を神経インタフェースの治療部として使用する。これは、特に侵害受容入力のコンテキストにおいて、痛みの感覚的要素と感情的要素の両方を制御できる数少ない神経構造の1つだからである。感覚逃避と痛み嫌悪の両方を抑制するという模範的なBMIの確立は、この選択が正しいことを示している。げっ歯類の縁前部のPFCと霊長類の背外側部のPFCの間には機能的な相同性があるため、例示的な神経インタフェースを背外側部のPFCに適応させることで、慢性疼痛患者の要望に基づいた治療を提供できる可能性がある。
【0071】
当業者であれば、上記の研究において誤検出が依然として発生するが、それはS1及びACCにおける非特異的なニューロン発火の可能性、及び/又は、自由に行動するラットにおける神経信号の非定常性によって引き起こされる可能性が高いことを当業者は理解するでろう。しかし、痛みの処理において補完的な役割を果たす2つの異なる脳領域の神経活動を統合することで、誤検出を最小限に抑え、特異度を向上させることができることが示されている。複数の脳領域からの信号を使用して痛みをデコードするこのアプローチは、痛みの経験が多次元的な性質を有することを裏付けている。S1やACC等の各皮質領域は、他の行動機能に加えて、痛みの独自の側面を処理する可能性がある。しかし、痛みの発症中は、複数の脳領域が同時に活性化/非活性化される必要があるため、痛みのネットワークの複数のノードにわたる活動に基づくデコーダーの方が特異度が向上する可能性が高くなる。このデコード手法は、島皮質などの追加の脳構造を組み込むように簡単に拡張でき、デコードの特異度を更に向上させることができる。将来の研究では、神経信号をリアルタイムの行動分析と組み合わせて、更に感度が高く、より特異的な痛みの検出を実現することもできる。
【0072】
PFCには複数の機能がある。従って、PFC刺激によって展開される神経調節の治療では非特異的な効果が期待できる。非特異的な副作用は神経調節の一般的な問題であり、実際にDBSの既存の臨床応用においても観察されている。非特異的な影響を軽減するための方策は2つある。痛みに非常に特異的な神経構造又はニューロン群をターゲットにすること、又は、治療を一定期間に制限することである。現在、中枢神経系において、副作用なく確実に痛みを治療できるターゲットは一つも知られていない。この研究では、2番目の方策が利用された。つまり、模範的な閉ループの需要ベースのアプローチにより、検出された疼痛の発症の持続時間に直接神経調節を制限することで副作用が軽減される。その結果、重大な行動上の欠陥は観察されなかった。将来、特定の疼痛の調節機能を持つ神経細胞集団が発見されれば、治療インタフェースに適応して、治療の特異性を更に向上させ、副作用を最小限に抑えることができる可能性がある。同時に、模範的なBMIは、そのような発見を促進するためにも使用できる。
【0073】
結論として、システム100のマルチ領域神経インタフェースは、信頼性の高い痛みの検出と治療を実現することを示すために設計及びテストされた。安定したLFP信号を使用することで、慢性的な使用が可能になり、本疼痛デコーダーはECoGやEEG記録とも互換性を持つようになる。EEG又はECoG記録とDBSの臨床的な実現可能性を考慮すると、本技術を採用することで、慢性的な衰弱性疼痛に苦しむ患者の治療に新たな道が開かれる可能性がある。
【0074】
例示的な閉ループ痛み検出及び治療システムに対する追加の改良としては、例えば、ACCやS1等の疼痛処理領域からの神経信号を使用して例示的な痛みデコーダー106をを訓練すること等が挙げられる。痛みの信号を処理することが知られていない領域から記録された信号は、ネガティブコントロールとして使用できる。このようなネガティブコントロールを使用すると、痛みのデコードの特異性が更に高まる。更なる例示的な実施形態では、例示的なアルゴリズムにおける痛みのデコードの閾値を調整できる。従って、高感度、中感度、又は低感度の痛みのデコード用に、各被験者ごとに異なるモデルが作成される可能性がある。これらの場合、例示的なデコーダー106及びその後の処理によって、異なるレベルの感度及び特異性が可能になる。このようなモデル調整は、疼痛患者だけでなく前臨床モデルでも容易に行うことができる。臨床現場では、参加する被験者が、その人の臨床ニーズに最も適した感度レベルを判断できる。
【0075】
PFCに加えて、システム100の例示的な刺激装置108を発展させて、痛みを治療するために追加の脳領域をターゲットにすることもできる。これらの領域には、一次運動野、前頭前野、又は、中脳水道周囲灰白質、又は、視床等が含まれるが、これらに限定されない。例示的なデコード方策は、島皮質、又は、島皮質とACCの組合せ等、他の痛みを処理する脳領域に適用できる。別の例示的な実施形態では、デコード分析は、LFP測定に基づくものから頭蓋内EEG信号(深部電極インプラントを持つてんかん患者がアクセス可能)に拡張できる。
【0076】
上述の研究の結果によって確認されたように、システム100に基づく方法200(
図11に示す)は、痛みを検出し、治療するために使用できる。ステップ210では、プローブ102を介して患者の複数の脳領域からの神経信号が検出される。上述したように、これらの神経信号には、痛みを示す脳領域からのLFPが含まれる。例示的な実施形態では、これらの脳領域にはACC及びS1が含まれる。しかしながら、当業者であれば、他の脳領域からの神経信号が追加的に、又は代替的に検出され、受信される可能性があることを理解するであろう。
【0077】
ステップ220では、プロセッサ104は検出されたLFPを処理し、処理されたLFPデータをステップ230で痛みデコーダーモデル106に送信する。例示的な実施形態では、プロセッサは、上述のように、LFPの周波数依存の電力特性を計算し(ステップ220)、これらの電力特性を痛みデコーダーモデル106に入力する(ステップ230)。ステップ240では、痛みデコーダーモデル106は痛みを示す相対的な変化を識別できる。痛みが検出されると、ステップ250で脳領域の刺激がトリガーされ、痛みが治療される。特に、プロセッサ104は、脳領域に光刺激及び/又は電気刺激を与えるために、例えば光ファイバー及び/又は電極を含む刺激装置108の起動をトリガーすることができる。上述のように、脳領域には、例えば前頭前野が含まれる。
【0078】
痛みが検出されない場合、方法200では、上記のように脳の監視を継続する。更に、痛みと脳領域の刺激が特定されると、方法200では、痛みをリアルタイムで監視及び治療し続ける。
【0079】
開示された例示的な実施形態、方法、及び代替案に対して、本開示の精神又は範囲から逸脱することなく、さまざまな変更を加えることができることは、当業者には明らかであろう。従って、本開示は、添付の特許請求の範囲及びその同等物の範囲内にある限り、修正及び変更を網羅することを意図している。
【国際調査報告】