(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公表特許公報(A)
(11)【公表番号】
(43)【公表日】2024-11-08
(54)【発明の名称】新しい透析液
(51)【国際特許分類】
A61M 1/28 20060101AFI20241031BHJP
【FI】
A61M1/28 100
【審査請求】未請求
【予備審査請求】未請求
(21)【出願番号】P 2024532927
(86)(22)【出願日】2022-11-29
(85)【翻訳文提出日】2024-07-17
(86)【国際出願番号】 EP2022083588
(87)【国際公開番号】W WO2023099436
(87)【国際公開日】2023-06-08
(32)【優先日】2021-12-01
(33)【優先権主張国・地域又は機関】SE
(81)【指定国・地域】
(71)【出願人】
【識別番号】501473877
【氏名又は名称】ガンブロ・ルンディア・エービー
【氏名又は名称原語表記】GAMBRO LUNDIA AB
(74)【代理人】
【識別番号】110003281
【氏名又は名称】弁理士法人大塚国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】ホブロ, スチュア
(72)【発明者】
【氏名】ニルソン, アンダース
【テーマコード(参考)】
4C077
【Fターム(参考)】
4C077AA06
4C077EE03
4C077JJ02
4C077JJ18
4C077PP21
(57)【要約】
本開示は、アセト酢酸、β-ヒドロキシ酪酸またはその薬学的に許容される誘導体、エステルおよび塩などのケトン体を含み、がんを処置する腹膜透析療法に使用するための透析液を提供する。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
アセト酢酸、β-ヒドロキシ酪酸またはその薬学的に許容される誘導体、エステルおよび塩などのケトン体を含む透析液であって、がんを処置する腹膜透析療法に使用するための透析液。
【請求項2】
請求項1に記載の透析液であって、重炭酸イオンをさらに含む、透析液。
【請求項3】
請求項1または2に記載の透析液であって、前記ケトン体の濃度は、1~15mMである、透析液。
【請求項4】
請求項3に記載の透析液であって、前記ケトン体の濃度は、2~12mMである、透析液。
【請求項5】
請求項1乃至4の何れか1項に記載の透析液であって、前記重炭酸イオンの濃度は、15~50mMである、透析液。
【請求項6】
請求項5に記載の透析液であって、前記重炭酸イオンの濃度は、20~40mMである、透析液。
【請求項7】
請求項1乃至6の何れか1項に記載の透析液であって、グルコースと、ピルビン酸と、セリン、システイン、グリシン、アラニン、グルタミン酸、グルタミン、プロリン、アスパラギン酸、アスパラギン、トレオニン、および、それらの誘導体のグループから選択されるアミノ酸と、の加水分解当量濃度の合計は、最大3.3mMである、透析液。
【請求項8】
請求項7に記載の透析液であって、前記液は、ピルビン酸、セリン、システイン、グルタミン酸、プロリン、アスパラギン酸、アスパラギン、トレオニン、または、それらの誘導体を含まない、透析液。
【請求項9】
請求項8に記載の透析液であって、前記液は、最大0.3mMのグルタミンまたはその誘導体の加水分解当量濃度を含む、透析液。
【請求項10】
請求項1乃至9の何れか1項に記載の透析液であって、前記液はまた、薬学的に許容される量の薬学的に許容される細胞増殖抑制剤を含む、透析液。
【請求項11】
請求項1乃至10の何れか1項に記載の透析液であって、前記液体はまた、ポリエチレングリコールおよびアルブミンの群から選択される浸透圧剤を含む、透析液。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本明細書の開示は、体外血液処置に関する。より具体的には、本開示は、がんの処置における腹膜透析の使用に関する。最も具体的には、本開示は、がんの腹膜透析治療処置法において使用するための透析液に関する。
【背景技術】
【0002】
ほとんどのヒトのがん細胞は、通常の細胞から区別される変化したエネルギの代謝を示す。正常な細胞は、ミトコンドリアの酸化的リン酸化、すなわち、グルコースがまず解糖によって酸化され、続いてトリカルボン酸(TCA)サイクルによってアデノシン三リン酸を生成する好気的プロセスを経て、そのエネルギの大部分を獲得する。逆に、この経路は、がん細胞において二次的なものに過ぎない。これは、Wartburgによって1920年代に初めて観察された。彼は、がん細胞が解糖によってグルコースを代謝した後に、ピルビン酸から乳酸が生成されることを指摘した。通常の細胞では、これは嫌気性条件下でのみ起こるが、がん細胞では、この代替経路が、豊富な酸素の存在下でも増加する。この現象は、「好気的解糖」または「Wartburg効果」と名付けられた(Warburg et al、1927、Gen Physiol 8:519-530)。がん細胞における特徴的な解糖表現型の存在は、ほとんどのがん細胞における解糖に関与する酵素の過剰発現が観察されている、その後の研究でも確認された。
【0003】
上述の代謝的転換は、がん細胞に選択的な増殖優位性を与え、低酸素およびアポトーシスに抵抗する能力に寄与する。腫瘍細胞増殖の速度は、新しい血管形成の速度を上回るため、多くの腫瘍は、低酸素環境で増殖する。がん細胞において様々な代謝変化が存在し、最も一般的で最もよく知られているのは、好気的解糖によってエネルギを生成する傾向である。さらに、例えば、リボース、グリセロールおよびセリンのような解糖の中間体の多くも、がん細胞の成長および増殖の間に不可欠な生合成および同化経路の中間体である。また、解糖は、ADPからATPを産生し、これは、腫瘍における細胞増殖を維持することを可能にする。しかしながら、解糖は、酸化的リン酸化よりもはるかに効率が低く、したがって、十分な量のATPを産生するために多量のグルコースを必要とする。したがって、この代謝経路は、多量のグルコースを必要とする。多くのがん細胞は、その主なエネルギ供給源としてグルコースに依存するようになる。複数の理由によって、解糖系腫瘍細胞は、そのグルコース供給が標的とされた場合に脆弱になる。
【0004】
さらに、多くのがん細胞は、グルタミンに対する依存も示す。グルタミン依存性細胞によって示されるグルタミン取り込みの高いレートは、ヌクレオチドおよびアミノ酸の生合成における窒素源としての役割からの結果であるだけでなく、グルタミンは、がんにおける主要なミトコンドリア基質であり、酸化還元制御および高分子合成のためのNADPHを産生するために必要とされる。
【0005】
がんには、生存において重要な役割を有する他の代謝変化が存在し、重要なことに、多くのがんは、それらの代謝プロファイルを変化させる驚くほど良好な能力を示す。グルコース、グルタミンまたは酸素が低下するなどの環境的課題に耐えるためのこの可塑性は、がん細胞の生存にとって極めて重要である。
【0006】
多くの代謝変化ががんに存在し、グルタミンなどの様々なアミノ酸は酸化還元バランスを制御し、継続的な増殖のための構成要素を生成するためのがん代謝において重要な役割を有し、さらに、多くのがんは新しい代謝制限を採用する必要があるとき、代謝プロファイルを変化させるために、これらの代替経路を利用する驚くほど良好な能力を示す。この質(能力)は、グルコース、グルタミンまたは酸素などの代謝エネルギ資源が不足した場合に、環境的課題に耐えるがんおよびそれらの能力にとって重要な特徴である。
【0007】
したがって、代謝アプローチを通してがんに効果的に影響を及ぼすためには、1つを超える方向からそれらの代謝系に影響を及ぼすことが重要である。グルコースの低減は、ほとんどのがん細胞によって容易に対処できるが、いくつかの代謝の可能性が同時に影響を受ける(グルコースおよびグルタミンの低減のように)場合、これらの変化の合計は、個々の部分よりもはるかに衝撃的になる。
【0008】
多くのがんのためのグローバルなエネルギ源であるグルコースおよびグルタミンの他に、セリンおよびグリシンは、例えば一炭素代謝を通して、がんにおける細胞成長および増殖を維持するための重要な特定のニーズを満たす。大きなエネルギ要件に加えて、がん細胞は、核酸、タンパク質および脂質を含む新しい細胞コンポーネントの構築のための構成要素、ならびに、それらの細胞の酸化還元状態の維持のための同様に重要な補助因子も蓄積しなければならない(Amelio et al.:Trends.Biochem.Sci.(2014),vol.39(4):191-198))。
アルギニンが細胞増殖に必要であり、急速な増殖の状態において制限されうること、および、がん細胞から奪われた場合に生存にも影響しうることを、研究が実証している(Albaugh et al.,J.Surg.Oncol.(2017),vol.115(3),273-280)。
上述を考慮すると、血糖低下は、広範な解糖依存性腫瘍を標的とする戦略として役立ちうることが示唆されている。低血糖状態において、脂肪、特にケトン体は、通常の細胞の主要な代謝燃料としてグルコースに取って代わることができる。しかしながら、多くの腫瘍は、エネルギのために脂質およびケトン体を代謝するのに必要な遺伝子および酵素に異常を有する。したがって、エネルギの糖質からケトンへの移行は、解糖依存性腫瘍細胞におけるエネルギ代謝を特異的に標的とする(Seyfried et al,2010,Nutrition and Metabolism,7:7)。
【0009】
このアプローチによれば、例えば、国際公開第2011/070527号は、血液透析装置が血糖濃度を低下させるために使用される、個々におけるがん性または非がん性の増殖性障害の治療方法を開示する。
【0010】
血糖を低減させるための血液透析装置の使用は、食事によるグルコース欠乏と比較して、血中のグルコース濃度を低減させることができ、それによって、より制御された効果的な方法で低減させることができるという利点を有する。しかしながら、国際公開第2011/070527号に開示されている方法および装置は、血液グルコースセンサおよび血液グルタミンセンサを必要とし、これらのセンサはすべて、血液透析マシーンの中央制御ユニットに接続されている血液インテークフロー、血液リターンフローおよび透析液に接続されている。さらに、国際公開第2011/070527号の中央制御ユニットはまた、グルコースおよびグルタミンレベルの上昇を開始するための自発的な脳電気的活動に関する情報を中央ユニットに提供するために、脳波計(EEG)に接続される。そのような多数のセンサおよび機器は、高レベルの複雑さおよび関連する高コストにつながる。さらに、この処置を受けている患者は、処置を行う前に、グルコース制限食のみを数日間摂取しなければならない。これは、患者にとって僅かな負担ではない。
【0011】
がんの処置の改善された方法が、常に必要とされている。最も具体的には、がんの処置ための腹膜透析治療処置法に使用できる透析液が必要とされている。
【発明の概要】
【0012】
本発明は、アセト酢酸、β-ヒドロキシ酪酸またはその薬学的に許容される誘導体、エステルおよび塩などのケトン体を含む、がんを処置する腹膜透析療法に使用するための透析液を提供する。
【0013】
好ましくは、透析液はまた、重炭酸イオンを含む。
【0014】
好ましくは、ケトン体の濃度は、1~15mMである。
【0015】
より好ましくは、ケトン体の濃度は、2~12mMである。
【0016】
好ましくは、重炭酸イオンの濃度は、15~40mMである。
【0017】
より好ましくは、重炭酸イオンの濃度は、20~35mMである。
【0018】
好ましい実施形態において、透析液中のグルコースと、ピルビン酸と、セリン、システイン、グリシン、アラニン、グルタミン酸、グルタミン、プロリン、アスパラギン酸、アスパラギン、トレオニン、および、それらの誘導体のグループから選択されるアミノ酸と、の加水分解当量濃度の合計は、最大3.3mMである。
【0019】
透析液は、グルコースと、ピルビン酸と、セリン、システイン、グリシン、アラニン、グルタミン酸、グルタミン、プロリン、アスパラギン酸、アスパラギン、トレオニン、または、それらの薬学的に許容される誘導体のグループから選択されるアミノ酸と、のグループから選択される1つ以上の化合物を含みうる。そのような誘導体は、塩またはオリゴペプチドでありうる。透析液が特定の濃度のオリゴペプチドを含む場合、ペプチドの加水分解後の関与するアミノ酸の濃度が与えられる(この濃度は、本明細書では「加水分解当量濃度」と称される)。そのようなオリゴペプチド、典型的にはアミノ酸残基の少なくとも1つがグルタミンであるジペプチドの例は、L-アラニル-L-グルタミン、および、L-グリシル-L-グルタミンである。ジペプチドL-アラニル-L-グルタミンの濃度が1mMである場合、このオリゴペプチドのアラニンおよびグルタミン部分それぞれの加水分解当量濃度は、1mMのアラニンおよび1mMのグルタミンである。オリゴペプチドの一部ではないアミノ酸の加水分解当量濃度は、単にアミノ酸またはアミノ酸誘導体の濃度である。
【0020】
本明細書においてグルタミン含有化合物とも呼ばれるグルタミン含有オリゴペプチドは、安定性および溶解性を促進するために、液体組成物中のグルタミンの代わりに典型的に使用される。
【0021】
好ましくは、透析液は、ピルビン酸、セリン、システイン、グルタミン酸、プロリン、アスパラギン酸、アスパラギン、トレオニン、または、それらの誘導体を含まない。
【0022】
好ましくは、透析液は、最大0.3mMのグルタミンまたはその誘導体の加水分解当量濃度を含む。
【0023】
1つの実施形態では、透析液は、ポリエチレングリコールおよびアルブミンの群から選択される浸透圧剤を含みうる。透析液を腹膜透析に適した状態にするために浸透圧剤が添加される。
【0024】
本開示において、「被検者」という用語は、処置を必要とするヒトまたは動物の患者に関する。
【0025】
「ケトン体」という用語は、脂肪酸から肝臓によって産生されうるケトン基を含む水溶性分子に関する。典型的には、本発明によるケトン体は、β-ヒドロキシ酪酸、または、その薬学的に許容される誘導体、例えば、そのエナンチオマー(R)-β-ヒドロキシ酪酸、(S)-β-ヒドロキシ酪酸、または、エナンチオマー混合物、または、その薬学的に許容される塩、または、その薬学的に許容されるエステル、ならびに、アセト酢酸である。中鎖脂肪酸もまた、本発明によるケトン体の誘導体であると考えられる。「中鎖脂肪酸」または「MCTオイル」という用語は、6~12個の炭素原子の脂肪族末端を有する2つまたは3つの脂肪酸を有する中性脂肪である。そのような中鎖脂肪酸またはMCTオイルは、ヒトの体内でケトン体に変換されうる。ケトン体またはケトン体誘導体を含む注入液の例は、Lipofundin(登録商標)MCT/LCT20%(B.Braun社)またはSMOFlipid(登録商標)20%(Fresenius Kabi社)である。さらなる例は、国際公開第2018/114309号に見出すことができる。
【0026】
好ましくは、がんは、がんをグルコースおよび/またはグルタミンに依存させる代謝変化を有するがんである。典型的には、がんは、ヒト結腸がんおよび神経膠芽腫、ならびに、前立腺がん、乳がんおよび肝臓がんから選択される。
【0027】
1つの実施形態において、透析液は、薬学的に許容される量の薬学的に許容される細胞増殖抑制剤を含む。
【0028】
好ましくは、透析液は、薬学的に許容されるポリエチレングリコールおよびアルブミンの群から選択される追加の浸透圧剤を含む。
【0029】
本開示の上述の発明の概要は、各実施形態またはそのすべての実施を説明することを意図するものではない。利点は、本開示のより完全な理解とともに、添付の図面と併せて以下の詳細な説明および特許請求の範囲を参照することによって明らかになり、認識されるのであろう。
【図面の簡単な説明】
【0030】
【
図1】
図1は、本発明による透析液を用いたがんを処置するために使用されうる例示的な腹膜透析システムの概略ブロック図である。
【
図2C】
図2A、2Bおよび2Cは、本発明による処置目標を示す。
【
図2E】
図2Dおよび2Eは、本出願による透析液を使用する透析に関連する通常の細胞およびがん細胞の近傍における可能なpHシフトを示す。
【
図2F】
図2Fは、本発明による透析液を使用する腹膜透析が、がん細胞を細胞増殖抑制剤に対してよりセンシティブにするという仮説を示す。
【
図3k】
図3a、3b、3c、3d、3e、3f、3g、3h、3i、3jおよび3kは、試験1の結果のチャートを示す。
【
図4d】
図4a、4b、4cおよび4dは、試験2の結果のチャートを示す。
【
図5】
図5は、示されるように、培地A~CにおけるA549およびRCC4細胞の増殖速度を示す。
【
図6】
図6は、酸素21または5%の培地A~Cにおける3日間の培養後の、肺がんA549、腎がんRCC4および初代RCC細胞の量を示す。星印は、Tukeyの多重比較検定を用いた2元配置分散分析によって決定された有意に異なる値を示す。
【
図7】
図7は、8mMのAcac、16mMのBOHB、または、4mMのAcac/8mMのBOHBの組合せを添加した培地A~Cにおける、酸素正常状態および低酸素状態でのヒト神経膠腫細胞株A172の培養の結果を示す。4mMおよび8mMのLiClが、Acacのコントロール(対照)として使用される。Sidakの多重比較検定を用いた1元配置分散分析によって決定された有意に異なる値は、星印でマークされる。
【
図8】
図8は、8mMのAcac、16mMのBOHB、または、4mMのAcac/8mMのBOHBの組合せを添加した培地A~Cにおける、酸素正常状態および低酸素状態での神経膠腫細胞株U118MGの培養の結果を示す。4mMおよび8mMのLiClが、Acacのコントロールとして使用される。Sidakの多重比較検定を用いた1元配置分散分析によって決定された有意に異なる値は、星印でマークされる。
【
図9】
図9は、8mMのAcac、16mMのBOHB、または、4mMのAcacおよび8mMのBOHBの組合せを添加した培地B~Cにおける、酸素正常状態および低酸素状態での神経膠腫細胞株A172の培養の結果を示す。4mMおよび8mMのLiClが、4mMのAcac/8mMのBOHB、または、8mMのAcacのそれぞれのコントロールとして使用される。Sidakの多重比較検定を用いた1元配置分散分析によって決定された有意に異なる値は、星印でマークされる。
【
図10】
図10は、8mMのAcac、16mMのBOHB、または、4mMのAcacおよび8mMのBOHBの組合せを添加した培地B~Cにおける、酸素正常状態および低酸素状態での神経膠腫細胞株U118MGの培養の結果を示す。4mMおよび8mMのLiClが、4mMのAcac/8mMのBOHB、または、8mMのAcacのそれぞれのコントロールとして使用される。Sidakの多重比較検定を用いた1元配置分散分析によって決定された有意に異なる値は、星印でマークされる。
【
図11】
図11は、8mMのAcac、16mMのBOHB、または、4mMのAcacおよび8mMのBOHBの組合せを添加した培地B~Cにおける、酸素正常状態および低酸素状態での腎がん細胞株RCC4の培養の結果を示す。4mMおよび8mMのLiClが、4mMのAcac/8mMのBOHB、または、8mMのAcacのそれぞれのコントロールとして使用される。Sidakの多重比較検定を用いた1元配置分散分析によって決定された有意に異なる値は、星印でマークされる。
【
図12】
図12は、実施例3の実験セットアップの概略図を示す。血液透析は、5ml/分の血流量を用いて、麻酔されたケトーシスのSprague-Dawleyラットにおいて行った。血液サンプルは、透析の前および後、および、60、90、120、180分で得た。透析液のサンプルは、10、20、40、60、90、120、150および180分で採取した。
【
図13D】
図13A、13B、13Cおよび13Dは、透析中のケトン、グルコース、尿素および血漿ベースエクセスの血漿濃度の時間変化を開示する。
【発明を実施するための形態】
【0031】
本発明は、がんを処置する腹膜透析治療法において使用するための新しい透析液に関する。
【0032】
末期腎疾患を処置するための腹膜透析は、典型的に腹膜腔内に埋め込まれたカテーテルを通して患者の腹膜腔に注入される透析溶液または「透析液」を利用する。
図1は、そのようなシステムの簡略化された概略である。透析液1は、腹膜腔2において患者の腹膜に接する。老廃物、毒素、過剰な水分は、患者の血液の流れから腹膜を通り透析液に流れ込む。 血流から透析液中への老廃物、毒素、水分の移動は、拡散および浸透圧に起因して起こり、つまり、浸透圧勾配が膜全体で起こる。使用済みの透析液は、患者の腹腔から排出され、老廃物、毒素、過剰な水分を廃棄容器3に取り除く。
【0033】
このサイクルは、その後繰り返される。
【0034】
本明細書に開示される透析液と共に使用されうる腹膜透析のための例示的なシステムは、欧州特許出願公開第1509261号明細書に記載されている。
【0035】
既に述べたように、本発明は、腹膜透析法に使用するための透析液を提供する。透析処置の基本的な考え方は、半透膜と透析液とを使用することによって、体液の組成を変化させることである。「体液」という用語は、典型的には血液に関するが、処置される対象の細胞内流体であってもよい。体液は、膜によって透析液から分離される。膜は、小さな分子に対しては透過性であるが、より大きな分子に対しては不透過性である。したがって、小さな体液成分は、膜を通過することができ、一方、より大きな成分は、膜が存在する場所に保持される。その結果、体液および透析液の濃度が変更する。これらの変化の駆動力は、拡散および浸透圧である。
【0036】
好気的解糖またはWartburg効果は、多くのがん細胞において共通であるので、以下の処置目標が設定されうる:
a)体液中のグルコースならびにクエン酸サイクルの成分、および、これらの成分に由来するアミノ酸、例えばピルビン酸、セリン、システイン、グリシン、アラニン、グルタミン酸、グルタミン、プロリン、アスパラギン酸、アスパラギン、トレオニンおよびそれらの誘導体の濃度の低減;
b)好気的解糖中に形成される乳酸が局所的にpHを低下させうるため、体液中の生理的pH(7.2~7.6の範囲内のpH)の維持;および、
c)好気的解糖に依存する腫瘍が依存することができないエネルギ源を提供するためのケトン体の添加。
【0037】
図2A、2Bおよび2Cは、本発明の処置目標および原理のいくつかの例を示す。各図は、特定の血液成分の濃度に関する通常の状態の例を開示する。
図8Aは、処置開始時の患者が、典型的に、0.20~0.8mMの範囲内のグルタミンGLN
aの実際の血中濃度を有することを示している。グルタミンを含まない、または、グルタミン含有量が非常に少ない透析液を用いる治療の間、グルタミンの実際の血中濃度は、0.1~0.5mMの範囲内、例えば0.15~0.3mMの範囲内である所望の値GLN
bに低減される。
図2Bは、治療開始時の患者が、典型的に、4~8mmol/lの範囲内のグルコースGLUCOSE
aの実際の血中濃度を有することを示している。処置の間、グルコースを含まない、または、少量のグルコースの透析液で、グルコースの実際の血中濃度は、典型的に2~4mmol/lの範囲内である所望の値GLUCOSE
bに低減される。最後に、
図2Cは、血液が最初はβ-ヒドロキシ酪酸または生理学的に許容されるその塩もしくはエステル、例えば、ナトリウム塩などのケトン体をほとんど含まないことを示す。したがって、患者の血中のケトン体の濃度の実際の値KETONE
aは約0である。典型的に、最初に使用された未使用の透析液は、ケトン体を含まない、または、ケトン体を少量しか含まない。処置の間、そのようなケトンの血中濃度は、ケトン体を含む第2透析液の使用によって、1~15mmol/lの範囲内、例えば2~12mMの範囲内である所望の値KETONE
bまで上昇しうる。透析液は、がん腫瘍の近傍における生理学的pHの維持を容易にするために、重炭酸塩などの緩衝成分を含むべきである。
【0038】
図2Dは、通常の健康な細胞および通常の条件下のがん細胞の近傍におけるpHを示す。通常の健康な細胞は、中性から弱アルカリ性のpHに囲まれるが、がん細胞は、好気的解糖の結果としての乳酸を産生することに起因して、弱酸性のpHに囲まれることに留意すべきである。そのようなpHは、がん細胞を保護する免疫抑制効果を有しうる。そのようながん酸性度は、Huber et al、Seminars in Cancer Biology、vol.43(2017)、pp.7489に記載されている。
【0039】
図2Eは、そのような通常の健康な細胞およびがん細胞に対する、本透析液を使用する透析の可能な効果を示す。どちらの場合も、細胞近傍のpH値は上昇している。この上昇は、2つの異なるメカニズムによって引き起こされる。まず、本透析液は、好気的解糖のための燃料を全く含まないか、または、非常に少ない量を含む。したがって、より少ない乳酸が生成される。次に、本透析液はまた、緩衝作用がある弱アルカリ性の重炭酸イオンを含み、これもpHを上昇させる。重炭酸塩は、末期腎疾患の治療のために透析液中で一般的に使用される緩衝物質である。処置の結果として、
図2Eのがん細胞は、酸性環境に囲まれておらず、したがって、いかなる免疫抑制層によっても保護されていない。
【0040】
好気性解糖のための少量の燃料を含み、非免疫抑制のpHを有する環境における特定のがん細胞は、対応するがん細胞が通常の条件下にあるよりも弱いはずである。したがって、本透析液による透析処置は、そのようながん細胞を弱めるはずであり、それに従って処置されるがん細胞は、細胞増殖抑制剤に対してよりセンシティブであるはずであると仮定される。
図2Fは、この仮定を示す。2つの図は、がん細胞ならびに異なる非がん細胞の死亡率を示す。がん細胞は急速に増殖するため、それらは、典型的な非がん細胞よりも細胞増殖抑制剤に対してよりセンシティブである。左の図は、透析なしの状況を概説し、右の図は、本発明による透析液を使用して透析処置が実行されるときの状況を示すものとする。
【0041】
腹膜透析のための透析液液体はまた、適切な浸透圧が得られることを確実にするために、浸透圧剤を含まなければならない。しかしながら、ケトン体は、適切な浸透圧剤であり、追加のこのような薬剤は、典型的には必要とされない。さらなる浸透圧剤が実際に必要とされる場合、それは、ポリエチレングリコールおよびアルブミンの群から選択することができる。
【0042】
参照実施例1
がん透析で得られた条件を模倣するために、細胞培養培地のグルコース、グルタミンおよびケトンの存在に対する種々のヒトがん細胞株の感受性を、選択された栄養素の枯渇とともに、試験が行われた。
【0043】
試験1は、腎細胞がん、結腸がんおよび神経膠芽腫から確立されたヒトがん細胞株を選択して実施された。最初の試験では、グルコースとグルタミンのレベルの制限を伴い、ケトンおよびβ-ヒドロキシ酪酸の濃度を増加させた存在下における、増殖の細胞生存率に対する効果を調べた。細胞培養培地へのクエン酸塩の添加も試験した。細胞はこれらの条件下で3日間培養された後、細胞生存率が判定された。第1試験において、グルタミンが培養培地から枯渇したときに、細胞生存率に対する主な効果が見出された。
【0044】
材料および方法
細胞培養条件
ヒト結腸がん(HCT15、NCI-H508およびCOLO205)、腎細胞がん(769-P、786-OおよびRCC4)および神経膠芽腫(LN-18、A-172およびU-118MG)から確立された細胞株が、解析のために選択された。すべての細胞株は、Sigma-Aldrich(Merck、Germany)から購入したRCC4およびHCT15を除いて、American Type Culture Collection(ATCC、LGC standards、UK)から入手した。加えて、患者の腎摘出から単離されたヒトの初代腎細胞がん(RCC)細胞が、試験に含まれた。培養条件は、American Type Culture Collection(ATCC)によって推奨された通りであり、すなわち、1mMのピルビン酸ナトリウムを添加したDMEM培地で細胞を増殖させたが、条件をより類似させるためにRPMI-1640培地にもピルビン酸ナトリウムを添加した。
【0045】
769-P、RCC4、LN-18、A-172、U-118MGおよび初代RCC細胞は、DMEM高グルコース培地で培養し、一方、786-O、HCT15、NCI-H508およびCOLO205は、ATCCの推奨に従ってRPMI-1640培地で培養した。両方の培地に、1%のペニシリン-ストレプトマイシンおよび10%の仔ウシ血清を添加した。細胞は拡大し、アリコートは、標準的な手順に従って凍結した。
【0046】
最適播種密度は、「対数フェーズ増殖を確実にするための細胞播種密度最適化プロトコル」に従って、96ウェルプレート中の各細胞株について決定した。このプロトコルは、以下の通りである:
・単細胞懸濁液を調製し、細胞数/生存率を測定する。
・完全培地で細胞を約160,000細胞/mLに希釈する。96ウェルプレートの上段に200μLの細胞を加える。100μLの完全培地をすべての他のウェルに分注する。ブランクの役割を果たすために、各プレート上に少数の培地のみのコントロールウェルが必要である。
・12ウェルチャネルピペットを用いて、細胞調製液を1対2の割合でプレートで繰り返し希釈し、すなわち、100μLの細胞を下の行の100μLの培地に添加する。次いで、50μLの完全培地をすべてのウェルに添加する。プレートにカバーをする。
・37℃、5%のCO2でプレートを一晩培養する。
・プレートウェルに未使用の培地50μLを添加し、最終容量を200μLとし、37℃、5%のCO2で72時間、培養する。
・製造業者のプロトコルに従って、Cell Titer Glo Assayを用いて生存率を測定する。
・対数増殖が達成される細胞の濃度を同定するために、発光強度に対して対数細胞数をプロットする。
CellTiter-Glo Luminescent Cell Viability Assay(Promega)が、生存率の読み出しとして使用された。
【0047】
試験1.
各細胞株について、上記で決定した最適な数の細胞を、0日目に96ウェルプレートに播種した。翌日、細胞はPBS中で洗浄され、培地は、グルコースまたはL-グルタミンを含まないDMEM(Fisher Scientific)またはRPMI-1640培地(Saveen Werner)に変更され、表3およびファイル「プレート概略」に概説されるように栄養素を添加した。各条件で3つのウェルが処置された。テスト条件培地で3日間培養した後、毎日培地を交換し、CellTiter-Glo生存率テストを用いて細胞生存率が判定された。各細胞株について、試験が3回繰り返された。
【0048】
【0049】
【0050】
【0051】
試験1で用いた異なる増殖条件の組み合わせを示すマトリクス。*グルコースの量は、各細胞株についての標準培養培地に存在する濃度のパーセンテージとして示される。示されている場合、1mMのクエン酸塩が、培地に添加された。示された栄養素が、グルコースまたはL-グルタミンを含まないDMEM(Fisher Scientific)またはRPMI-1640培地(Saveen Werner)に添加された。
【0052】
【0053】
試験1の結果が、
図6に示すチャートに示される。存在するグルタミンおよび細胞培養培地の減少と、細胞増殖の減少と、の間の明確な関連が示される。
【0054】
試験2.
上述したように、試験1において、ATCCから推奨される培養条件に従った。しかしながら、ピルビン酸は、結果に影響を及ぼしうる潜在的なエネルギ源である。したがって、試験2において、試験1と同じ培養条件を、ピルビン酸ナトリウムを添加しないDMEM培地の2つの細胞株、A172(神経膠芽腫)およびRCC4(腎細胞がん)で試験した。結果が
図7に示される。試験1と同様に、存在するグルタミンおよび細胞培養培地の減少と、細胞増殖の減少と、の間の明確な関連が示される。しかしながら、細胞培養培地にピルビン酸塩が存在しない場合、結果は、はるかに顕著である。また、BOHBケトンの濃度の増加は、細胞の増殖も抑制するようである。
【0055】
本明細書に引用されるすべての特許、特許文献および参考文献は、それぞれが個別に組み込まれるかのように、その全体が組み込まれる。本開示は例示的な実施形態を参照して提供されており、限定的な意味で解釈されることを意味するものではない。前述のように、当業者は、他の様々な例示的な応用が、本明細書で説明される装置および方法の有益な特徴を利用するために、本明細書で説明される技法を使用しうることを認識するのであろう。例示的な実施形態の様々な修正、ならびに、本開示の追加の実施形態は、この説明を参照することによって明らかになるのであろう。
【0056】
実施例2
試験デザイン
【0057】
増殖培地
栄養制限されたケトン産生環境がin vitroでのがん細胞の増殖に及ぼす効果を調べるため、3つの異なる細胞培養培地が調製された。培地Aは、細胞株が通常培養される完全なRPMI1640培地であった。培地Bは、通常のヒト血清に見られる条件の近似として使用された。グルコース、グルタミン、セリン、グリシンおよびアルギニンのレベルは、ヒト血清中に見られる通常の生理学的レベルに適合するように調整された。これらの栄養素は、エネルギ源としてのそれらの報告された使用、および、がん細胞の代謝状態に対する効果に基づいて選択された。培地Cは、栄養制限されたケトン体を産生するがん透析条件を模倣するために使用された。ここで、選択された栄養素のレベルは、培地Bの生理学的レベルの半分に低減され、ケトン体BOHBが添加された。
各培地の構成は、材料および方法に記載され、表5~6にリストされている。
【0058】
酸素レベル
ヒトがん細胞株は、通常、大気中の酸素レベル(21%のO2)で確立および培養されるが、組織中の生理的酸素レベルはかなり低く、3~13%で変動する[Ward、Biochim Biophys Acta 2008;1777:1-14]。腫瘍微小環境内では、がん細胞の急速な増殖速度が、しばしば奇形で欠陥のある血管系と組み合わさり、0~5%の範囲の酸素レベルを有する低酸素領域をしばしばもたらす。酸素レベルがエネルギ代謝に及ぼす効果[Xie et al、J Biol Chem 2017; 292: 16825-16832]を考慮し、さらにin vivoでの生理学的条件を模倣するために、培地A、BおよびCにおけるがん細胞株の増殖が、環境の21%のO2、および、より生理学的な5%のO2の両方で試験された。
【0059】
ケトン
ケトン体のアセト酢酸(Acac)、BOHBおよびアセトンは、絶食または飢餓の間に肝臓によって産生される。BOHBは哺乳類における主要なケトン体であり、Acacは約20%を占める。がん細胞に対するケトンの効果を研究する公表されたin vitro研究の大半は、主にBOHBに焦点を当てているが、BOHBと比較してAcacの添加による異なる効果を示唆する研究がある[Vallejo et al、J Neurooncol 2020;147:317-326]。両方のケトンが存在するin vivoケトン産生状況をさらに模倣し、BOHBとAcacとの効果の違いの可能性を調査するために、Acacもまた試験に含められた。
【0060】
材料および方法
【0061】
細胞株
すべての細胞株は、Sigma-Aldrich(Merck)からのRCC4を除いて、ATCC(ATCC、LGC standards)から購入した。スウェーデン、イェーテボリにあるSahlgrenska大学病院で実施された腎摘出術から、患者のインフォームドコンセントの後、地域の倫理委員会の許可を得て、ヒトの初代腎細胞がん細胞が単離された。最適播種密度は、標準細胞培養培地で3日間培養した96ウェルプレートにおいて、各細胞株について決定した。
【0062】
培養条件および添加物
37℃および5%のCO2の加湿チャンバ中、10%の血清、200mMのL-グルタミンおよび1%のペニシリン-ストレプトマイシン(PEST)を加えたRPMI-1640培地(31870-025 GIBCO)で、細胞は維持された。低酸素状態(5%のO2)のために、細胞は、Galaxy 14 S CO2 incubator(Eppendorf)中で維持し、O2レベルを5%に調整するためにN2が使用された。
【0063】
培地A、BおよびCは、以下のように調整された。
【0064】
培地A:1%のPEST、200mMのL-グルタミンおよび10%の透析血清を添加したRPMI1640(31870-025、GIBCO)。アミノ酸などの低分子の量を減らすために、透析血清が使用された。
【0065】
培地BおよびCは、L-グルタミン、グルコースおよびアミノ酸を含まないRPMI1640修正培地粉末(R9010-01、US Biological Life Sciences)から調製した。1L培地のために、7.4gの粉末が900mlの滅菌水に加熱せずに溶解され、2gの重炭酸ナトリウムが添加された。表5にリストされたアミノ酸が、完全なRPMI1640培地と同じ濃度で添加された(表5)。すべての添加の後、培地は、0.22um膜を通して濾過することによって滅菌され、2つのボトルに分けられた。
B培地において、生理的状態を模倣するために、Mayo Clinic Laboratories(https://www.mayocliniclabs.com/test-catalog/Clinical+and+Interpretive/9265)からのデータに基づいて、グルタミン、セリン、グリシン、アルギニンおよびグルコースのレベルが、ヒト血清中で測定されたレベルの中央値に設定された。
C培地におけるがん透析条件をモデル化するために、これらの栄養素のレベルは、生理学的レベルの50%まで低下させた。培地Aと同様に、1%のPESTおよび10%の透析血清が、培地BおよびCに添加された。培地A~C中の選択された栄養素の濃度が表6にまとめられる。ピルビン酸ナトリウム、すなわち、細胞培養培地における一般的な添加物は、使用された培地のいずれにも存在しなかった。
【0066】
【0067】
【0068】
アミノ酸および他の添加剤は、Sigma Aldrichから購入した。
すべての栄養素を添加した後、pHが測定された。pH値は、以下の通りであった:10%の非透析FBS、1%のPESTおよび200mMのL-グルタミンを含む完全なRPMI1640 pH 7.78;培地A pH 7.56;培地B pH 7.62および培地C pH 7.57。
【0069】
DL-β-ヒドロキシ酪酸ナトリウム塩(H6501、Sigma Aldrich)およびアセト酢酸リチウム(A8509、Sigma Aldrich)のストック溶液は、水で調製され、滅菌濾過し、分注し、-20℃で保存した。Li-Acac中のリチウムの添加のためのコントロールとして、塩化リチウム(L7026、Sigma Aldrich)が使用された。
【0070】
生存率アッセイ
CellTiter-Glo Luminescent Cell Viability Assay(Promega)が、製造者のインストラクションに従って細胞数の読み出しとして使用された。
図7~8に示される実験において、2つのプレートが播種され、処理された。1セットのプレートが、乳酸測定(下記参照)およびCellTiterGlo-assayのための培地の収集に使用された。プレートの他のセットは、実験終了時に-80℃で凍結した。凍結プレートは、ウェルあたりのDNA量を測定するCyQuant cell proliferation assay(Thermo Fisher)のために意図された。CellTiterGlo assayおよびCyQuant assayの両方による細胞の量の分析は、生存率または増殖速度に対する培養条件の効果が細胞あたりのATPレベルの同時変化によって隠されないことを確実にする。
【0071】
乳酸測定のための培地の収集
図7~8に示される実験において、3日目に細胞培養液を収集し、新しい96ウェルプレートに移し、-80℃で凍結した。この培地は、代謝状態の測定として、排出された乳酸の量を分析するために使用することができる。乳酸測定のためのいくつかのキットが利用可能であり、例えば、Lactate-Glo assay(J5021、Promega)は、血清が存在するアッセイにおいて使用するためにデザインされている。
【0072】
結果
【0073】
試験2は、以下の質問に答えるためにデザインされた:
-選択されたがん細胞株の増殖は、酸素正常状態または低酸素状態での培地Cで模倣されたがん透析条件によって影響を受けているか?
【0074】
培地A、BおよびCでの増殖
第1のステップとして、培地A~Cが材料および方法に記載されるように調製され、これらの培地で増殖するがん細胞株の能力が試験された。選択された細胞株について、各培地における経時的な増殖曲線が確立された。細胞の個数は、酸素正常状態(21%のO
2)において、培地A~C中で1、2および3日間培養した後に分析された。
図5に示されるように、培地Bのように、選択された栄養素をより生理学的なレベルに減少させると、培地Aと比較して、A549肺がんおよびRCC4腎がん細胞株の増殖速度が有意に低下した。
【0075】
正常酸素状態および低酸素状態における培地A~Cでのがん細胞の増殖
図6において、A549肺がんおよびRCC4腎がん細胞株ならびに初代腎がん(RCC)細胞について、酸素正常状態および低酸素状態における培地A~C中での3日間の培養後の細胞の量が示される。また、酸素正常状態における増殖速度は、培地Aと比較して、培地Bおよび培地Cにおいて減少した。同じパターンは、5%のO
2で培養された細胞において見出された。また、RCC4において、培地Cの低栄養素レベルおよびBOHBの添加は、培地Bの条件と比較して有意な追加の効果を有さなかった。
A549について、培地BとCの間で増殖速度のわずかではあるが有意な減少が認められたが、酸素正常状態でのみであった。
【0076】
3人の患者の初代腎がん細胞が、本試験に含められた。確立された細胞株と同様に、これらの細胞は、培地Aと比較して、培地BおよびCにおいて、減少した増殖速度を示した。
【0077】
全体として、酸素圧を21%(正常酸素状態)から5%のO2(低酸素状態)に変化させることは、これらの細胞の増殖速度に非常に限られた効果しか及ぼさなかった。
【0078】
次に、試験にAcacも含めることとし、培地A~CにおいてBOHBおよびAcacの単独または組み合わせた存在下で培養した細胞の生存率を分析した。実験は、21%および5%のO2において行った。実験は、神経膠腫細胞株A172およびU118MGを用いて行われた。
【0079】
キラル分子であるBOHBは、2つの光学異性体、D-およびL-BOHBとして存在する。D-BOHBは、通常、ヒトにおいて産生され、代謝される。この試験で使用されたBOHB塩は、50:50のD-およびL-BOHBの混合物を含有する。活性なD型の高い存在を確実にするために、添加したBOHBの総濃度は16mMに増加させ、8mMのD-BOHBのレベルを得た。活性なケトンの総濃度を一定に保つために、8mMのAcacが使用され、両方のケトンの組合せについて、レベルは、4mMのAcacおよび8mMのBOHB(4mMのD-BOHBを含む)に調整された。
in vitroで利用可能なAcacは、リチウム塩の形態である。リチウム自体ががん細胞の生存率に影響を及ぼしうるため[Cohen-Harazi et al、Anticancer Res 2020;40:3831-3837]、8mMのLiClが8mMのAcacデータポイントのコントロールとして使用され、4mMのLiClが4mMのAcac/8mMのBOHBデータのコントロールとして使用された。
実験の最後に、代謝状態の測定としての乳酸レベルの後の判定を可能するために、各ウェルからの培養培地が収集され凍結された。さらに、2つの実験が行われ、1つのセットのプレートは、CyQuant proliferation assayを用いた細胞数の後の定量化のために凍結され、他のセットの細胞の量は、CellTiterGlo viability assayによって分析された。
【0080】
BOHBおよびAcacを単独または組み合わせて添加した場合の効果
図7~8に示されるように、最初の実験は、A172およびU118MG神経膠腫細胞株の増殖に対する栄養素減少条件における高ケトン濃度の効果に関して有望なデータを与えた。
【0081】
培地Aにおいて、酸素正常状態および低酸素状態の両方において、16mMのBOHB単独の添加は、A172またはU118MGセルにおいて増殖阻害効果を有さず、8mMのAcacは、8mMのLiClコントロールと比較して細胞の数をさらに減少させなかった。
しかしながら、8mMのBOHBと組み合わせた4mMのAcacの添加は、4mMのLiClコントロールと比較して、酸素正常状態における培地AのA172細胞の個数を有意に減少させた。
【0082】
培地Bからの結果の解釈は、正常酸素状態のコントロールサンプルにおける技術的エラーによって妨げられた。しかしながら、低酸素状態のA172細胞において、BOHBは、BOHBを含まない培地Bの量の約70%まで細胞数を有意に減少させた。同様の減少が低酸素U118MG細胞でも見られた。
さらに、培地Bにおいて、8mMのAcacは、両方の細胞株において、8mMのLiClコントロールと比較して細胞数を有意に減少させたが、21%のO2でのみであった。
【0083】
培地Cにおいて、8mMのAcac単独の添加は、8mMのLiClコントロールと比較して細胞の量を有意に減少させなかった。しかしながら、両方の細胞株、および、21%および5%のO2の両方において、16mMのBOHBの添加は、BOHBを含まないC培地と比較して、細胞の数を約30%に有意に減少させた。
また、BOHBとAcacとの組合せは、4mMのLiClコントロールと比較して、両方の細胞株、および、両方の酸素レベルにおいて、培地Cにおいて有意に少ない細胞をもたらした。
【0084】
これらの結果は、高レベルのBOHBまたはAcac単独の添加が、培地Aのような栄養豊富な環境において神経膠腫細胞の増殖を阻害しないことを示唆する。また、より生理的な栄養レベルを有する培地Bにおいて、ケトンを添加した場合にはわずかな差異しか見られなかった。最大の効果は培地Cで見出され、16mMのBOHB単独および8mMのBOHBと4mMのAcacとの組合せの両方が、低酸素状態および酸素正常状態の両方で、それぞれのコントロールと比較して細胞数を有意に減少させた。これは、8mMのAcacを単独で添加した場合には見られなかった。
【0085】
しかしながら、酸素正常状態の条件における培地BおよびCに焦点を当てた、これらの実験の繰り返しは、一貫性のない結果を与えた。
図9~11は、神経膠腫細胞株A172およびU118MG、および、腎がん細胞株RCC4についての実験2~6からの組み合わされた結果を示す。BOHBまたはAcacを別々に添加した場合、特にA172細胞株において、培地Cにおいて増殖低下の傾向が見られた。
【0086】
実施例2の第1および第2パートからの結果は、がん細胞株が栄養制限環境においてより遅く増殖することを示した。試験された細胞株は、増殖速度は低下したが、培地BおよびCにおいて生存可能であるように思われた。3日目の細胞の光学的検査は、死細胞の徴候である可能性がある浮遊細胞を明らかにしなかった。
【0087】
本試験の第3パートのデータは、栄養制限培地Cの高レベルのBOHBまたはBOHBとAcacとの組合せに対する神経膠腫細胞株の感受性の増加を示している。しかしながら、このような感受性は、腎がん細胞株RCC4については見出されなかった。
【0088】
実施例3
この実施例において、ラットは、水およびケトン食を与えられ、その後、透析を受けた。透析が血液中のケトン、乳酸および実際のHCO3に及ぼす影響が判定された。
【0089】
方法
【0090】
動物
実験は、実験の5日前に水分およびケトン食(Kliba-Nafag 2201 Ketogenic diet XL75:XP10)を与えられた316g(305~318)の平均体重を有する6匹の雄のSprague-Dawleyラットにおいて行った。動物は、米国国立衛生研究所の実験動物の飼育と使用に関するガイドラインに従って処置した。ルンド大学の動物研究倫理委員会は実験を承認した(Dnr 5.8.18-08386/2022)。ラットは、空気中に5%のイソフルラン(Isoban、Abbot Stockholm、Sweden)の連続供給が接続されたカバー付きガラス容器に注意深く入れられた。完全に麻酔された後、ラットは、容器から穏やかに持ち上げられた。麻酔は、空気中に1.6~1.8%のイソフルランを用いて、小さなマスクで送達され維持された。気管切開後、ラットは、呼気終末陽圧4cmH
2Oを用いた容量制御型の人工呼吸器(Ugo Basile;Biological Research Apparatus, Comerio,Italy)に接続された。体温は、フィードバック制御されたヒーティングパッドを用いて、37.1℃から37.3℃に維持された。呼気終末期pCO
2は、4.8から5.5kPaの間に維持された(Capstar-100、CWE、Ardmore、Pa)。心拍数および平均動脈圧(MAP)の連続的なモニタのために、および、グルコース、尿素、電解質、ヘモグロビンおよびヘマトクリット(I-STAT、Abbott、Abbott Park、IL)および血中ケトン(FreeStyle Precision Neo、Abbott、Abbott Park、IL)を測定するための血液サンプル(95μL)を得るために、右大腿動脈は、カニューレを挿入された。右大腿静脈は、カニューレを挿入され、プラスチックチューブを用いて透析器に接続された。右大腿動脈もまた、カニューレを挿入され、動脈ライン圧を連続的にモニタするための圧力トランスデューサと、プラスチックチューブを介して透析器に接続された血液ポンプ(Masterflex Ismatec、Cole-Parmer、IL)と、に接続された。接続前に、ヘパリン50 IE(Heparin LEO 5000 IE/ml、Leo Pharma AB、Sweden)が添加された4%のアルブミン(Albunorm、Octapharma Nordic AB、Sweden)で血液回路がプライミングされた。透析回路は、以下の組成を有する未使用の透析液(Hemosol B0、Baxter Healthcare、IL)を含むガラスシリンダからの入口でポンプに接続された:
【0091】
透析器からの出口もまた、使用済み透析液をガラスシリンダに圧送する蠕動ポンプに接続された。両方のガラスシリンダは、動物から液体が取り除かれていないことを確実にするために、秤の上に置かれた(
図12)。
51Cr-EDTAを含む維持液の注入のために、右内頚静脈は、カニューレを挿入された。ヘマトクリットは、細いキャピラリガラス管を遠心分離することによって判定した。実験後、動物は、塩化カリウムの静脈内ボーラス注入によって安楽死させた。
【0092】
実験プロトコル
ハイフラックス膜(Polyflux Revaclear(登録商標)、HF-Revaclear(登録商標))を含むBaxter Healthcare(Hechingen、Germany)から取得したミニキャピラリ透析器デバイスを用いて、3時間の血液透析セッションが行われた。動脈血液サンプルは、透析前および透析後30分、および、HD中の60分、90分、120分および180分に取得した。透析液試料は、透析前および10分、20分、40分、60分、90分、120分、150分および180分に取得し、51Cr-EDTA活性を判定するために、ガンマカウンタ(Wizard 1480, LKP Wallac, Turku, Finland)で分析した。
【0093】
統計方法
データは、特に明記しない限り、中央値(四分位範囲)として示す。有意差は、漸近フリードマンオムニバス検定(コインパッケージ)を用いて評価され、有意である場合、その後にWilcoxon-Nemenyi-McDonald-Thompson事後検定が続いた。2つの血中ケトン値は、測定範囲(8.0mmol/L)を超えていた。統計解析前に、それらは8.0mmol/Lとされた。それらはデータセットの中で最も高い値であるため、8mmol/Lの値は、(i)中央値(IQR)が影響を受けないこと、および、(ii)データポイントが最も高く同じランクを得ることを確実にする。5%未満のP値が、有意とみなされた。計算は、R for mac version 4.1.1を用いて行った。
【0094】
結果
【0095】
ベースラインパラメータ
6匹のSprague-Dawleyラットは、ケトン食を5日間与えられ、体重10から37g(最小-最大)の間で増加させた。透析前、動脈pHの中央値は7.43(7.42から7.44)、実際の重炭酸塩は20.4mmol/L(19.8から21.3)、スタンダード・ベースエクセスは-3.5mmol/L(-4.0から-2.2)、pO
2は12.4kPa(12.2から12.7)、pCO
2は4.0kPa(4.0から4.3)であった。透析は3時間行われ、その後、血液は動物に戻され、その後、実験の終了前に30分間の休憩を行った。処置およびベースラインパラメータは、以下の通りであった:
【0096】
血液透析は血中ケトンレベルを有意に低下させない
180分の透析の前後の血中ケトンレベルは類似しており、それぞれ3.5mmol/l(2.2~5.6)および3.8mmol/l(2.2~5.1)であり(P=0.53)、透析中のケトン濃度に有意差はなかった(
図13A)。データは、以下の表に示される:
【0097】
尿素減少率(URR)は38%(25~42)であり、グルコース減少率は36%(29~43)であり、濃度は処置の経過とともに減少した(
図13C、13B)。データは、以下の表に示される:
【0098】
51Cr-EDTAの血液から透析液へのクリアランスは、透析セッションの全体で1.0ml/分(0.7~1.1)と安定であった。single-pool Kt/V ureaは0.57(0.52~0.63)であり、Kt/V=-log(1-URR-0.024)として計算された。全身の水分を体重の70%と仮定すると、これは、尿素血漿から透析液へのクリアランスが0.67ml/分(0.62~0.80)であることを意味する。
【0099】
透析中の酸-塩基および血液化学への影響
血漿ベースエクセスは、透析中に増加した(
図13D)。これと一致して、180分の透析後に動脈pHは、7.42(7.42~7.44)から7.51(7.49~7.52)に増加した(P=0.005)。動脈pCO2は、180分の血液透析後に有意差はなく、それぞれ、透析前4.0(4.0~4.3)kPa、および、透析後4.0(3.7~4.2)kPaであった(P=0.81)。血中ヘモグロビンレベルは、透析前と透析後とで有意差はなく、それぞれ、113g/L(106~118)、および、116g/L(111~118)であった(P=1.00)。血漿カリウムは、透析前の3.8mmol/l(3.8~3.9)から180分後に4.5mmol/Lに増加したが(P=0.03)、血漿ナトリウムに有意差はなかった(表3)。
【0100】
ディスカッション
【0101】
本例は、低分子量のケトン(β‐ヒドロキシ酪酸、アセト酢酸、アセトン)が透析によって効率的に除去されることを意味するにもかかわらず、ケトン食を与えられたラットの血中ケトンレベルが血液透析によって比較的影響を受けなかったことを示している。実際に、ケト酸とほぼ同じ大きさの分子(例えば、尿素)が効果的に除去され、51Cr-EDTAのようなより大きな分子さえも、血液から効果的に除去された。
【0102】
ここで透析液の血流量(Qb)が1ml/分に設定され、これはラットにおける血液透析の他の実験モデルと同様である(Fukunaga et al、PLoS One。2020;15:e0233925)。フィルタ前動脈圧は、この血流量で安定しポジティブであり、40~50mmHgが典型的な値であった。この血流量が血液透析を受けているヒトにどのように対応するかを解明するために、それは、分布容積に関連して設定されうる。例えば、尿素の場合、分布容積は、体水分量(TBW)にほぼ等しく、ラットでは体重の約70%である。したがって、300gのラットは210mlのTBWを有し、1mlの血流量は尿素から約0.47%のTBWを除去することを意味する。42LのTBWを有する70kgの成人の場合、これは、42×0.47%=200ml/分の血流に対応する。現在、特に血液透析濾過の処置をされる患者において、血流量は、通常250ml/分以上である。一方、我々は、5ml/分の透析液の流量を使用し、これは、Qbよりもはるかに高く、溶質の輸送が透析膜または透析液流ではなく血流によって制限されることを意味する。実際、これと一致して、尿素および51Cr-EDTA(尿素よりもはるかに大きい分子)の透析液に対する推定血漿クリアランスは、尿素については0.67ml/分、51Cr-EDTAについては0.66ml/分であり、ほぼ同一であった。
【0103】
我々はまた、ケトン食がラットにおいて軽度の代謝性アシドーシスをもたらし、また血漿乳酸の増加が非常に軽度であることを見出した。わずかに上昇した乳酸は、ケトン食を与えられたウシにおいて以前に観察されている(Zhang et al、Research in Vetrenary Science、2016、107:246-256)。また、カリウム濃度は透析中に4.5mmol/lにわずかに増加した。これは、カリウム20mmolが未使用の透析液の5Lバッグにマニュアルで添加されたという事実に起因する可能性があり、これはカリウム溶液の体積および組成の公差のために、実際の透析液濃度が4mmol/Lとは異なる可能性がある。最後に、透析前に軽度の高血糖があるが、これはまた、ケトン食後にインスリンレベルが低下することを指摘する、マウスにおける先行研究(Meidenbauer et al、Faseb Journal、2013、27)と一致している。
【国際調査報告】