(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公表特許公報(A)
(11)【公表番号】
(43)【公表日】2024-11-13
(54)【発明の名称】降伏強度≧750MPaの低降伏比海洋鋼およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20241106BHJP
C22C 38/50 20060101ALI20241106BHJP
C21D 8/02 20060101ALI20241106BHJP
【FI】
C22C38/00 301A
C22C38/50
C21D8/02 B
【審査請求】有
【予備審査請求】未請求
(21)【出願番号】P 2024517557
(86)(22)【出願日】2023-10-10
(85)【翻訳文提出日】2024-03-19
(86)【国際出願番号】 CN2023123725
(87)【国際公開番号】W WO2024082997
(87)【国際公開日】2024-04-25
(31)【優先権主張番号】202211276285.2
(32)【優先日】2022-10-19
(33)【優先権主張国・地域又は機関】CN
(81)【指定国・地域】
(71)【出願人】
【識別番号】524021338
【氏名又は名称】鞍鋼集団北京研究院有限公司
【氏名又は名称原語表記】ANSTEEL BEIJING RESEARCH INSTITUTE CO., LTD.
(74)【代理人】
【識別番号】100125184
【氏名又は名称】二口 治
(74)【代理人】
【識別番号】100188488
【氏名又は名称】原谷 英之
(72)【発明者】
【氏名】リ、ティアンイ
(72)【発明者】
【氏名】リュウ、ウェンユェ
(72)【発明者】
【氏名】ワン、チャオイ
(72)【発明者】
【氏名】ワン、チュアンジュン
(72)【発明者】
【氏名】アン、タオ
(72)【発明者】
【氏名】ザン、ヤン
(72)【発明者】
【氏名】ゲン、ジユ
【テーマコード(参考)】
4K032
【Fターム(参考)】
4K032AA01
4K032AA04
4K032AA11
4K032AA14
4K032AA15
4K032AA16
4K032AA19
4K032AA22
4K032AA23
4K032AA27
4K032AA29
4K032AA31
4K032AA35
4K032AA36
4K032BA01
4K032CA02
4K032CA03
4K032CC04
4K032CD03
(57)【要約】
本発明は、鋼板の化学成分が、C 0.06%~0.10%、Si 0.1%~0.2%、Mn 0.60%~1.0%、P≦0.015%、S≦0.005%、Cu 0.62%~1.20%、Cr 0.20%~0.50%、Ni 0.50%~1.20%、Mo 0.30%~0.70%、Nb≦0.06%、V 0.02%~0.05%、Ti≦0.02%、Al≦0.04%であり、残部がFeおよび不純物である降伏強度≧750MPaの低降伏比海洋鋼およびその製造方法に関する。本発明では、Cu-Mo-Nb-V-Tiによる複合強化および制御圧延・制御冷却パラメータの調整により、製造される鋼板は、ミクロ組織がマルテンサイト-ベイナイト-ナノスケール析出物の混合組織となり、高い歪み強化能と低い降伏比を有し、良好な溶接性を兼ね備える。本発明では、製造コストが低く、效率が高いTMCPプロセスを採用する。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋼板の化学成分が、重量百分率で、C 0.06%~0.10%、Si 0.1%~0.2%、Mn 0.60%~1.0%、P≦0.015%、S≦0.005%、Cu 0.62%~1.20%、Cr 0.20%~0.50%、Ni 0.50%~1.20%、Mo 0.30%~0.70%、Nb≦0.06%、V 0.02%~0.05%、Ti≦0.02%、Al≦0.04%であり、残部がFeおよび不可避的不純物元素であることを特徴とする降伏強度≧750MPaの低降伏比海洋鋼。
【請求項2】
前記鋼板のミクロ組織が、マルテンサイト+ベイナイト+ナノスケール析出物の混合組織であり、そのうち、マルテンサイト組織が35%~45%を占め、ベイナイト組織が55%~65%を占め;マルテンサイト組織がベイナイトマトリックスに均一に分布し、ナノスケール析出物がミクロ組織全体に均一に分散していることを特徴とする請求項1に記載の降伏強度≧750MPaの低降伏比海洋鋼。
【請求項3】
前記鋼板は、降伏強度≧750MPa、引張強度≧1050MPa、降伏比≦0.72、-40℃での横方向における衝撃エネルギー≧100Jであることを特徴とする請求項1に記載の降伏強度≧750MPaの低降伏比海洋鋼。
【請求項4】
製造プロセスが、製錬、連続鋳造、鋳造ビレット徐冷、ビレット再加熱、制御圧延・制御冷却および段積み徐冷を含み、下記のステップを有することを特徴とする請求項1~3のいずれか一項に記載の降伏強度≧750MPaの低降伏比海洋鋼の製造方法。
1)ビレット再加熱とスケール除去:冷却後の連続鋳造ビレットを再加熱し、加熱温度T
Fを1150℃~1250℃とし、炉内での合計時間t
Fを3~6hとし;加熱完了後、高圧水によるスケール除去を行い、スケール除去後の連続鋳造ビレットの温度T
s≧1120℃とする;
2)粗圧延:スケール除去後、第1段階の粗圧延を行い、粗圧延の最終圧延温度T
Rf≧1000℃とする;
3)仕上圧延:粗圧延終了後、第2段階の仕上圧延を行い、仕上圧延の圧延開始温度T
Fs≦900℃、最終圧延温度T
Ff≧850℃とする;
4)層流冷却:鋼板圧延完了後、直接層流冷却を行い;冷却開始温度T
Csを820~850℃とし、冷却速度R
Cを10℃/s~20℃/sに制御し、自己焼戻し温度T
Cfを300~350℃に制御する;
5)段積み徐冷:鋼板空冷終了後、直ちに徐冷ピットに入れて室温まで段積み徐冷し、段積み徐冷の時間tC≧12hとする。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、海洋鋼の技術分野に関し、特に降伏強度≧750MPaの低降伏比海洋鋼およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
鉄鋼は、海洋工事装備の重要な構造材料として、海上石油掘削プラットフォーム、海洋風力発電、海底パイプラインなどの施設に広く利用されている。海洋構造物用鋼は、使用環境が過酷であり、重力荷重に加えて、風荷重、波荷重、氷荷重、地震荷重にも耐えなければならない。また、海洋工事装備は、メンテナンスが難しいため、使用期間が長く、鋼材に対する要求が高い。現在、海洋構造物用鋼板は、高強度化、厚肉化、大型化へ進んでいる。
鋼材は、強度が高くなると、その降伏強度と引張強度との比(降伏比)が上昇する傾向にある。材料の降伏比が上昇すると、塑性変形が発生する時点(降伏点)から破壊が発生する時点までの応力はそれほど変わらない。即ち、海洋施設が変形によってエネルギーを吸収して破壊を防ぐ時間は多くない。海洋施設には地震や津波等の巨大な外力が作用する場合、施設の安全性を確保することが困難になる。よって、海洋工事装備構造用鋼は、高強度と低降伏比の両方の要件を同時に満足する必要がある。本発明は、このような状況に鑑み、降伏強度≧750MPa、引張強度≧1050MPa、降伏比≦0.72、-40℃での横方向における衝撃エネルギー≧100Jの低降伏比海洋鋼を開発した。
【0003】
出願番号202010235198.7の中国特許出願には、「降伏強度690MPa級の低降伏比・高強度鋼板およびその制造方法」が開示されており、この方法では、二次焼入れによって焼戻しソルバイト+ベイナイトの複合組織を得、降伏強度≧690MPa、引張強度≧770MPa、降伏比≦0.88である。係る方法は、鋼板を2回加熱する二次焼入れプロセスを採用するため、製造プロセスで消費エネルギーが大きく、製造効率が低い。また、そのCの含有量が0.1%~0.2%に制御されるため、海洋鋼の溶接に対する要求を満足させることが難しく、鋼板の溶接困難性が高い。その鋼板の降伏比≦0.88であるが、実施例から明らかなように、製造された鋼板の降伏比はいずれも0.86よりも高く、本発明に係る鋼板の降伏比(≦0.72)とは著しく異なり、海洋施設が塑性変形するプロセスで多くのエネルギーを吸収することを確保することは困難となる。
【0004】
出願番号202110035527.8の中国特許出願には、「低温靭性に優れた低降伏比海洋鋼板およびその制造方法」が開示されており、この方法では、制御圧延・制御冷却および鋼板徐冷のプロセスによって降伏比≦0.8の鋼板を得る。そのSiの含有量が0.2%~0.4%に制御され、含有量が高すぎるため、鋼板の熱影響部の塑性や靭性が低下する。そのMnの含有量が1.45%~1.65%に制御され、含有量が高すぎるため、連続鋳造ビレットの偏析が加速され、組織の均一性が低下する。そのCuの含有量が0.15%~0.3%に制御され、含有量が低すぎるため、鋼板にナノサイズのCuに富む析出相が生成できず、Cuによる鋼板の強度および歪み強化能の向上効果が低い。係る方法により製造された鋼板は、降伏強度が420MPa以上であり、本発明に係る方法により製造された降伏強度750MPa以上の鋼板よりも鋼強度が2グレード以上低く、高強度の要求を満足することが困難となる。
【0005】
出願番号201780071626.3の中国特許出願には、「低降伏比・超高強度の鋼材およびその制造方法」が開示されており、この方法では、鋼板を先にAr3温度以下に冷却し、さらにBs温度以下に冷却する2つの冷却速度によって降伏比≦0.85、引張強度≧800MPaの鋼板を得る。係る方法は、制御冷却プロセスが比較的複雑であり、実際の現場生産では一次冷却の終了温度を正確に制御することが困難であり;また、二次冷却の冷却速度を30℃/s超とする必要があり、設備能力への要求が高く、プロセス適用性が悪い。また、その鋼に添加されるMnが多いため、連続鋳造ビレットの偏析が加速され、組織の均一性が低下する。Cuの添加量が少ないため、ナノスケールのCuに富む相を形成して鋼板の強度および歪み強化能を高めることができない。さらに、係る方法により製造された鋼板は、-5℃での衝撃エネルギーのみが検証され、-40℃での衝撃エネルギーが反映されず、その適用範囲が制限されている。
【0006】
出願番号202111254001.5の中国特許出願には、「降伏強度690MPa級の高強靭性・低降伏比中厚鋼板の製造方法」が開示されており、この方法では、熱間圧延後の板材を300~650℃で60min以上予備保温し、さらに二相域で30~120min保温した後に水焼入れし、最後に板材を200~450℃に加熱して中低温焼戻しを行うことにより、降伏強度≧690MPa、降伏比≦0.85の鋼板を得る。その鋼に添加されるMnが多いため、連続鋳造ビレットの偏析が加速され、組織の均一性が低下する。Cuの添加量が低いため、Cuによる鋼板の強度および歪み強化能の向上効果が低い。Vの添加量が高いため、V含有析出物は、サイズが大き過ぎて、転位運動阻害能が弱く、鋼板の歪み強化能を高めることができず、またVが多くなると、鋼板の熱影響部の衝撃靭性が悪化し、合金コストが増加する。また、係る方法は、熱間圧延後の板材を2回加熱するため、鋼板の製造サイクルが長く、製造コストが高い。
【0007】
出願番号201210348440.7の中国特許出願には、「超高強度・高靭性の海洋工事用鋼板およびその製造方法」が開示されており、この方法では、Ac3以上でオーステナイト相域焼入れ処理を行い、焼入れ温度を900~920℃とし、焼入れ後は600~630℃で焼戻すことにより、超高強度・高靭性の海洋工事用鋼板を得る。係る鋼板は、降伏強度が710~800MPであり、引張強度が770~840MPaであり、-40℃での横方向における衝撃エネルギー≧90Jである。係る方法は、調質プロセスを用い、鋼板を2回加熱するため、製造過程において消費エネルギーが大きく、製造効率が低い。また、Cuの添加量が少ないため、ナノスケールのCuに富む相を形成して鋼板の強度および歪み強化能を高めることができない。
【0008】
出願番号202111253774.1の中国特許出願には、「降伏強度960MPa級の低降伏比海洋鋼板およびその製造方法」が開示されており、この方法では、二相域焼鈍+完全オーステナイト化焼入れ+中低温焼戻し処理のプロセスにより、降伏強度≧960MPa、引張強度≧1100MPa、-40℃での衝撃靭性≧69Jの高強靭性・低降伏比中厚鋼板を製造する。係る方法は、鋼板を複数回加熱するため、製造プロセスが複雑であり、製造過程において消費エネルギーが大きく、製造効率が低い。また、Cuの添加量が少ないため、ナノスケールのCuに富む相を形成して鋼板の強度および歪み強化能を高めることができない。
【0009】
出願番号202210648955.2の中国特許出願には、「耐海洋大气腐食の高強度鋼およびその製造方法」が開示されており、この方法では、マイクロマグネシウム処理とチタンマイクロ合金化と制御圧延・制御冷却を組み合わせたプロセスにより、高強度、低降伏比および優れた靭性を有する耐海洋大気腐食鋼を得る。係る鋼は、降伏強度が600~700MPaであり、引張強度が750~850MPaであり、-20℃での衝撃エネルギー≧100Jである。係る方法は、Siの含有量が0.6%~0.8%であり、含有量が高すぎるため、溶接金属の塑性、靭性が低下する。Mnの含有量が1.4%~1.7%に制御され、含有量が高すぎるため、連続鋳造ビレットの偏析が加速され、組織の均一性が低下する。Cuの添加量が低いため、Cuによる鋼板の強度および歪み強化能の向上効果が低い。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、降伏強度≧750MPaの低降伏比海洋鋼およびその製造方法を提供する。本発明では、Cu-Mo-Nb-V-Tiによる複合強化および制御圧延・制御冷却パラメータの調整により、製造される鋼板は、ミクロ組織がマルテンサイト(硬質相)-ベイナイト(軟質相)-ナノスケール析出物の混合組織となり、高い歪み強化能と低い降伏比を有し、良好な溶接性を兼ね備える。本発明では、複雑な調質プロセスを必要とせず、製造コストが低く、效率が高いTMCPプロセスを採用する。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明は、上記の目的を達成するために、以下の手段を採用する。
降伏強度≧750MPaの低降伏比海洋鋼は、鋼板の化学成分が、重量百分率で、C 0.06%~0.10%、Si 0.1%~0.2%、Mn 0.60%~1.0%、P≦0.015%、S≦0.005%、Cu 0.62%~1.20%、Cr 0.20%~0.50%、Ni 0.50%~1.20%、Mo 0.30%~0.70%、Nb≦0.06%、V 0.02%~0.05%、Ti≦0.02%、Al≦0.04%であり、残部がFeおよび不可避的不純物元素である。
【0012】
さらに、前記鋼板のミクロ組織が、マルテンサイト+ベイナイト+ナノスケール析出物の混合組織であり、そのうち、マルテンサイト組織が35%~45%を占め、ベイナイト組織が55%~65%を占め;マルテンサイト組織がベイナイトマトリックスに均一に分布し、ナノスケール析出物がミクロ組織全体に均一に分散している。
さらに、前記鋼板は、降伏強度≧750MPa、引張強度≧1050MPa、降伏比≦0.72、-40℃での横方向における衝撃エネルギー≧100Jである。
【0013】
降伏強度≧750MPaの低降伏比海洋鋼の製造方法は、製造プロセスが、製錬、連続鋳造、鋳造ビレット徐冷、ビレット再加熱、制御圧延・制御冷却および段積み徐冷を含み、下記のステップを有する。
1)ビレット再加熱とスケール除去:冷却後の連続鋳造ビレットを再加熱し、加熱温度TFを1150℃~1250℃とし、炉内での合計時間tFを3~6hとし;加熱完了後、高圧水によるスケール除去を行い、スケール除去後の連続鋳造ビレットの温度Ts≧1120℃とする;
2)粗圧延:スケール除去後、第1段階の粗圧延を行い、粗圧延の最終圧延温度TRf≧1000℃とする;
3)仕上圧延:粗圧延終了後、第2段階の仕上圧延を行い、仕上圧延の圧延開始温度TFs≦900℃、最終圧延温度TFf≧850℃とする;
4)層流冷却:鋼板圧延完了後、直接層流冷却を行い;冷却開始温度TCsを820~850℃とし、冷却速度RCを10℃/s~20℃/sに制御し、自己焼戻し温度TCfを300~350℃に制御する;
5)段積み徐冷:鋼板空冷終了後、直ちに徐冷ピットに入れて室温まで段積み徐冷し、段積み徐冷の時間tC≧12hとする。
【発明の効果】
【0014】
本発明は、従来技術に比べて、下記の有益な効果を奏する。
1)鋼板の降伏比を下げる鍵は、鋼板のミクロ組織における軟質相と硬質相の比率を調整し、且つ組織に高い歪み硬化能を持たせることである。また、鋼板の高降伏強度、高引張強度および高靭性を確保するために、鋼中の軟質相と硬質相のそれぞれの強度および相間のバランスを正確に調整・制御する必要もある。本発明では、Cu-Mo-Nb-V-Tiによる複合強化および制御圧延・制御冷却パラメータの調整により、製造される鋼板は、ミクロ組織がマルテンサイト(硬質相)-ベイナイト(軟質相)-ナノスケール析出物の混合組織となり、そのうち、マルテンサイトが35%~45%を占め、ベイナイトが55%~65%を占め、マルテンサイト組織がベイナイトマトリックスに均一に分布し、ナノスケール析出物がミクロ組織全体に均一に分散しており、高い歪み強化能と低い降伏比を有し、良好な溶接性を兼ね備え、鋼板の降伏強度≧750MPa、引張強度≧1050MPa、降伏比≦0.72、-40℃での横方向における衝撃エネルギー≧100Jである。
2)本発明は、複雑な調質プロセスを必要とせず、製造コストが低く、效率が高いTMCPプロセスを採用する。
3)本発明は、海洋鋼に限らず、他の高強度鋼板、例えば、高層ビル用鋼、橋梁用鋼、建設機械用鋼、圧力容器用鋼等にも適用可能である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明に係る降伏強度≧750MPaの低降伏比海洋鋼は、鋼板の化学成分が、重量百分率で、C 0.06%~0.10%、Si 0.1%~0.2%、Mn 0.60%~1.0%、P≦0.015%、S≦0.005%、Cu 0.62%~1.20%、Cr 0.20%~0.50%、Ni 0.50%~1.20%、Mo 0.30%~0.70%、Nb≦0.06%、V 0.02%~0.05%、Ti≦0.02%、Al≦0.04%であり、残部がFeおよび不可避的不純物元素である。
さらに、前記鋼板のミクロ組織が、マルテンサイト+ベイナイト+ナノスケール析出物の混合組織であり、そのうち、マルテンサイト組織が35%~45%を占め、ベイナイト組織が55%~65%を占め;マルテンサイト組織がベイナイトマトリックスに均一に分布し、ナノスケール析出物がミクロ組織全体に均一に分散している。
さらに、前記鋼板は、降伏強度≧750MPa、引張強度≧1050MPa、降伏比≦0.72、-40℃での横方向における衝撃エネルギー≧100Jである。
【0016】
本発明に係る降伏強度≧750MPaの低降伏比海洋鋼の製造方法は、製造プロセスが、製錬、連続鋳造、鋳造ビレット徐冷、ビレット再加熱、制御圧延・制御冷却および段積み徐冷を含み、下記のステップを有する。
1)ビレット再加熱とスケール除去:冷却後の連続鋳造ビレットを再加熱し、加熱温度TFを1150℃~1250℃とし、炉内での合計時間tFを3~6hとし;加熱完了後、高圧水によるスケール除去を行い、スケール除去後の連続鋳造ビレットの温度Ts≧1120℃とする;
2)粗圧延:スケール除去後、第1段階の粗圧延を行い、粗圧延の最終圧延温度TRf≧1000℃とする;
3)仕上圧延:粗圧延終了後、第2段階の仕上圧延を行い、仕上圧延の圧延開始温度TFs≦900℃、最終圧延温度TFf≧850℃とする;
4)層流冷却:鋼板圧延完了後、直接層流冷却を行い;冷却開始温度TCsを820~850℃とし、冷却速度RCを10℃/s~20℃/sに制御し、自己焼戻し温度TCfを300~350℃に制御する;
5)段積み徐冷:鋼板空冷終了後、直ちに徐冷ピットに入れて室温まで段積み徐冷し、段積み徐冷の時間tC≧12hとする。
【0017】
本発明に係る降伏強度≧750MPaの低降伏比海洋鋼における主な合金元素の機能および範囲を選択する理由は、下記のように説明する。
炭素(C)について、Cは、鋼において鉄に次ぐ主要な元素であり、鋼板の強度、塑性、靭性および溶接性などの性能に直接影響を与えるものである。Cは、鋼板の強度および焼入れ性を効果的に高めることができるが、Cの含有量が高すぎることは、鋼板の塑性、靭性および溶接性に悪影響を与える。このため、本発明では、Cの含有量範囲を0.06%~0.10%とする。
シリコン(Si)について、Siは、製鋼過程における重要な還元剤および脱酸素剤であり、固溶強化により鋼板の硬度および強度を高めることができるが、Siの含有量が高すぎると、溶接金属の塑性、靭性を低下させる。このため、本発明では、Siの含有量範囲を0.1%~0.2%とする。
マンガン(Mn)について、Mnは、Feと無限に固溶でき、鋼板の強度を高めながら、鋼が十分な塑性および靭性を有することを確保できる。よって、Mnは、鋼中の強化元素として広く使用されている。Mnは、鋼中のS元素と反応してMnSを形成でき、Sの有害作用を除去できる。しかし、Mnの含有量が高すぎることは、連続鋳造ビレットの偏析を加速し、鋼板の縞状組織のグレードを増加させ、鋼板組織の均一性を低下させ、鋼板の耐ラメラテア性、塑性、低温靭性および溶接性に不利である。このため、本発明では、Mnの含有量範囲を0.6%~1.0%とする。
【0018】
ニオブ(Nb)について、Nbは、最も主要なミクロ合金化元素の1つであり、Nbの一部がマトリックスに溶解して固溶強化の役割を果たす。制御圧延工程において、固溶したNbは、鋼板の再結晶温度を著しく上げ、鋼板の圧延工程をより高温域で行うことができるので、鋼板の内部応力を軽減する。残りの部分Nbは、微細な炭化物および窒化物を形成し、オーステナイトの再結晶を抑制し、ひずみ効果を保ってフェライト結晶粒を微細化することで、鋼板の強度と衝撃靭性を高め、且つその脆性転移温度を下げることができる。ナノスケールのNb含有析出相は、転位運動を阻害し、鋼板の歪み強化能を高めることができる。本発明では、Nbの含有量を0.06%以下とする。
バナジウム(V)について、Vは、強力な炭窒化物形成元素であり、組織と結晶粒を微細化し、強度と靱性を高め、溶接性を向上させ、過熱感受性を低下させる作用を有する。ナノスケールのV含有析出相は、転位運動を阻害し、鋼板の歪み強化能を高めることができる。しかし、Vの含有量が高すぎると、V含有析出物は、サイズが大きくなり、鋼板の歪み強化能に悪影響を及ぼし、しかも溶接熱影響部の衝撃靭性を悪化させる。よって、本発明では、Vの含有量範囲を0.02%~0.05%とする。
【0019】
チタン(Ti)について、Tiは、強力な炭窒化物形成元素である。Ti含有析出相は、結晶粒界を効果的にピン止め、オーステナイトの成長を妨げ、結晶粒を微細化し、鋼板の強靭性および低温靭性を高めることができる。ナノスケールのTi含有析出相は、転位運動を阻害し、鋼板の歪み強化能を高めることができる。しかし、Tiの含有量が高すぎると、Ti含有析出相は粗大化し、鋼板の性能に悪影響を与える。よって、本発明では、Tiの含有量を0.02%以下とする。
銅(Cu)について、Cuは、鋼板の強度や焼入れ性を高めることができ、鋼板冷却過程でのフェライト変態を抑制でき、且つ溶接性に悪影響を与えない。Cuの含有量が一定量を超えると、鋼板中にナノサイズのCuリッチ相が生成し、鋼板の強度が高められ、且つ変形時に転位運動が阻害され、鋼板の歪み強化能が高められる。しかし、Cuの含有量が高過ぎることは、熱変形加工に不利であり、熱変形加工時に銅脆化現象の原因となる。よって、本発明では、Cuの含有量範囲を0.62%~1.20%とする。
クロム(Cr)について、Crは、鋼板の焼入れ性、強度、硬度および耐摩耗性を高めることができるが、伸びおよび断面収縮率を低下させる。Crの添加量が多すぎると、溶接熱サイクルプロセスにおいて、Cr含有炭化物が旧オーステナイト粒界に析出して凝集・成長し、鋼板の低温靭性や溶接性を著しく損なう。よって、本発明では、Crの含有量範囲を0.20%~0.50%とする。
【0020】
ニッケル(Ni)について、Niは、オーステナイトを安定化させ、焼入れ性を高める作用を有する。鋼に一定量のNiを添加することで、強度、靭性、耐食性を高め、延性脆性転移温度を下げることができる。Ni含有鋼は、通常過熱しにくく、高温での結晶粒の成長を防ぎ、微細な結晶粒組織を維持することができる。しかしながら、コスト要因を考慮して、本発明では、Niの含有量範囲を0.50%~1.20%とする。
モリブデン(Mo)について、Moは、鋼において焼入れ性および熱間強度を高め、鋼板冷却過程でのフェライト変態を抑制し、より広い冷却範囲での結晶粒内の転位密度を上げ、鋼板の歪み強化能を高めることができる。しかしながら、Moの含有量が高すぎると、溶接性が低下し、合金コストが高くなる。本発明では、Moの含有量範囲を0.30%~0.70%とする。
【0021】
アルミニウム(Al)について、Alは、必須な脱酸素元素であり、結晶粒を微細化し、鋼中のNを固定することで、鋼板の衝撃靭性を著しく高め、冷間脆性の傾向および時効の傾向を軽減することができる。また、Alは、鋼の耐食性を高めることができ、特にMo、Cu、Si、Cr等の元素と組み合わせて使用する場合、効果がより良好となる。しかしながら、Alの含有量が高すぎると、鋳造ビレットに熱割れが発生しやすくなる。よって、本発明では、Alの含有量範囲を0.04%以下とする。
リン(P)について、Pは、鉱石から鋼に持ち込まれるものであり、Sと同様に有害な元素の1つである。Pは、鋼板の強度や硬度を高めることができるが、塑性や衝撃靭性の著しい低下を引き起こし、特に低温では鋼材を著しく脆化させる。Pの含有量が多いほど、冷間脆性が大きくなる。しかしながら、Pを低いレベルになるまで除去すると、製鋼のコストが著しく増加する。よって、本発明では、Pの含有量範囲を0.015%以下とする。
硫黄(S)について、Sは、製鋼用の鉱石や燃料コークスに由来するものであり、鋼に最も一般的な有害元素の1つであり、鋼の延性、靭性、溶接性、耐食性に不利である。SがFeSの形態で鋼に存在すると、熱間加工時に熱間脆化を引き起こすおそれがある。本発明では、Sの含有量範囲を0.005%以下とする。
【0022】
本発明に係る降伏強度≧750MPaの低降伏比海洋鋼の主な製造プロセスパラメータの制御範囲は、次の理由による。
本発明では、Cu、Mo、Nb、V、Ti等の元素により鋼の複合強化を達成し、連続鋳造ビレットの加熱温度を1150~1250℃の間、炉内での合計時間を3~6hの間に制御することで、合金元素の析出相がオーステナイトへ十分に再溶解することを確保でき、その後の制御圧延工程において再結晶の抑制、固溶強化、析出強化、結晶粒の微細化、鋼板の歪み強化能の向上などの有力な作用を十分に発揮させ、最終的な組織構造を得るための成分および温度上の準備をしておく。選択した加熱温度と加熱時間の範囲より低いと、固溶が不十分となり、最終的な鋼板強度と鋼板の歪み強化能に影響を及ぼし、選択した加熱時間と加熱温度の範囲より高いと、連続鋳造ビレットの旧オーステナイト結晶粒が粗大化になりやすく、鋼板靭性の制御に不利である。
【0023】
連続鋳造ビレットを炉内から取り出した後、鋼板の圧延表面の品質を確保するために、まず高圧水によるスケール除去を行う。スケール除去後の温度を1120℃より低くすると、圧延段階での圧延負荷が増加し、且つオーステナイトの再結晶効果が低下し、結晶粒の微細化に影響を及ぼす。オーステナイト結晶粒が微細になることは、層流冷却プロセス中およびベイナイト変態完了後、鋼板中の変態していないオーステナイトがマルテンサイト核生成のための十分な粒界を持ち、最終的にマルテンサイトをベイナイトに均一に分布させることを確保できる。
2段階の圧延を行う。粗圧延の段階は、オーステナイト再結晶温度域での圧延であり、1000℃以上で圧延を完了させるのは、部分再結晶温度域に入って結晶粒のサイズが不均一になることを避けるためである。高い温度域で圧延を完了させることで、圧延部材の変形条件が良好となり、パス圧下量が向上する。仕上鋼板の厚さより2倍以上の中間ビレットとするのは、第2段階の圧延の累積圧下量を確保し、再結晶オーステナイト結晶粒を十分に扁平化させるためである。これは、その後の組織変態および結晶粒の微細化に有利である。
仕上圧延の段階は、未再結晶域での圧延であり、圧延温度域を850~900℃とする。温度が900℃より高いと、圧延部材は、部分再結晶域に入って結晶粒が不均一になるおそれがある。一方、温度が850℃より低いと、その後の直接加速冷却に必要な開始温度を確保することが困難となる。
【0024】
鋼板の圧延を完了した後、鋼板がマルテンサイト-ベイナイトの混合組織に変態すること、マルテンサイトが35%~45%を占め、ベイナイトが55%~65%を占め、且つマルテンサイト組織がベイナイトマトリックスに均一に分布することを確保するために、820~850℃の温度で加速冷却を開始し、冷却速度を10℃/s~20℃/sとし、冷却手段として層流冷却を用いる。冷却速度が速すぎると、鋼板中のマルテンサイトの含有量が高くなり過ぎて、最終的な材料は、降伏比が高くなり、低温靭性が低下する。冷却速度が遅すぎると、鋼板の過冷度が不十分でマルテンサイトが生じにくくなり、最終的に鋼板の引張強度が低くなりすぎてしまう。鋼板の自己焼戻し温度を300~350℃に制御し、鋼板が徐冷ピットに室温まで段積み徐冷する過程で急冷組織を低温で焼戻すことで、マルテンサイトやベイナイト中の炭素含有量を低減し、鋼中の残留応力を放出し、またミクロ組織全体に均一に分散したCuに富むナノスケール析出物を生成する。選択した自己焼戻し温度よりも高くなると、変態の完全性を確保することが難しく、最終的な鋼板の強度と靭性のバランスおよび組織制御に影響を与える。選択した自己焼戻し温度および選択した徐冷時間よりも低くなると、低温焼戻し効果が得られず、鋼板に分散したCuに富むナノスケール析出物が不足し、鋼板の加工強化能を確保できず、かつ鋼中の残留応力を放出できず、鋼板の靭性が低下する。
前記製錬のプロセスは、溶銑前処理、転炉製錬、炉外精錬および真空処理を含む。前記連続鋳造では、全工程保護鋳造をし、電磁撹拌、軽圧下および重圧下のうちの1種または複数種を行う。
【実施例】
【0025】
下記の実施例は、本発明の技術的手段に従って実施し、詳細な実施形態および具体的な操作手順を示しているが、本発明の保護範囲を限定するものではない。下記の実施例で用いる方法は、特に断らない限り常法である。
表1は本実施例における鋼板の化学成分を示し、表2は本実施例における鋼板の圧延および熱処理プロセスパラメータを示し、表3は本実施例における鋼板の機械的性能を示す。
【0026】
【0027】
【0028】
【0029】
表1、表2および表3のデータから、本発明に係る製造方法により製造した鋼板は、降伏強度≧750MPa、引張強度≧1050MPa、降伏比≦0.72、-40℃での横方向における衝撃エネルギー≧100Jであり、降伏比が低く且つプロセスウィンドウの全範囲における変動が小さいことが分かる。
以上は、本発明の好ましい実施態様に過ぎず、本発明の保護範囲はこれらに限定されるものではない。当業者が本発明の開示する技術的範囲において本発明の技術的手段及びその発明思想に基づいて行った均等的な置換または変更は、いずれも本発明の保護範囲に含まれる。
【国際調査報告】