(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公表特許公報(A)
(11)【公表番号】
(43)【公表日】2024-11-13
(54)【発明の名称】電極ワイヤ及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
B23H 7/08 20060101AFI20241106BHJP
B21C 1/00 20060101ALI20241106BHJP
【FI】
B23H7/08
B21C1/00 L
【審査請求】未請求
【予備審査請求】未請求
(21)【出願番号】P 2024529878
(86)(22)【出願日】2022-09-29
(85)【翻訳文提出日】2024-07-12
(86)【国際出願番号】 EP2022077239
(87)【国際公開番号】W WO2023088601
(87)【国際公開日】2023-05-25
(32)【優先日】2021-11-16
(33)【優先権主張国・地域又は機関】FR
(81)【指定国・地域】
(71)【出願人】
【識別番号】524183304
【氏名又は名称】サーモコムパクト
(74)【代理人】
【識別番号】100103894
【氏名又は名称】家入 健
(72)【発明者】
【氏名】リ ミシェル
(72)【発明者】
【氏名】カディオ ピエロ
(72)【発明者】
【氏名】ランサード ジャン-リュック
【テーマコード(参考)】
3C059
4E096
【Fターム(参考)】
3C059AA02
3C059DA06
4E096EA04
4E096EA12
4E096EA26
4E096KA09
(57)【要約】
本開示は、以下を含む電極ワイヤに関する。電極ワイヤは、長手方向軸に沿って延びる金属コア(10)と、金属コア上のコーティングとを備える。コーティングは、銅亜鉛合金のγ相の1つ以上の領域(30-32)を含む。各領域はそれぞれ銅亜鉛合金のγ相のみで形成される。常温25℃において、各領域における銅亜鉛合金のγ相の亜鉛濃度は65.4原子%より大きい。銅亜鉛合金のγ相の複数の領域(30-32)の50%超が電極ワイヤの外面から1μm未満に位置している。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
電食加工用の電極ワイヤとして使用することができる電極ワイヤであって、
長手方向軸に沿って延びる金属コア(10)と、
金属コア上のコーティングと、を備え、
前記コーティングは、銅亜鉛合金のγ相の1つ以上の領域(30-32)を含み、
各領域はそれぞれ銅亜鉛合金のγ相のみで形成され、
常温25℃において、各領域における銅亜鉛合金のγ相の亜鉛濃度は65.4原子%より大きく、
銅亜鉛合金のγ相の1つ以上の領域(30-32)の50%超が電極ワイヤの外面から1μm未満に位置している、
電極ワイヤ。
【請求項2】
常温において、銅亜鉛合金のγ相の1つ以上の領域(30-32)の50%超が電極ワイヤの外面と直接同一面上にある、
請求項1に記載の電極ワイヤ。
【請求項3】
常温において、銅亜鉛合金のγ相の各領域(30-32)内の亜鉛濃度は68.4原子%以上である、
請求項1又は2に記載の電極ワイヤ。
【請求項4】
常温において、前記コーティングは、外側から前記電極ワイヤの前記金属コアに向かって順に、
亜鉛濃度が72原子%を超える第1の表面層(18)と、
銅亜鉛合金のγ相の各領域(30-32)を含む第2の層(16)と、を含み、
前記第1の表面層の厚さが1μmまたは0.5μm未満であり、
前記第2の層は、前記第1の表面層の直下にある、
請求項1又は3に記載の電極ワイヤ。
【請求項5】
前記第1の表面層(18)は、銅亜鉛合金のε相からなる、
請求項4に記載の電極ワイヤ。
【請求項6】
前記コーティングは、銅亜鉛合金のβ相のみからなる銅亜鉛合金の第3の均質層(14)を備え、
前記第3の均質層(14)は前記第2の層(16)の直下にある、
請求項4又は5に記載の電極ワイヤ。
【請求項7】
前記電極ワイヤは、前記電極ワイヤの断面において銅亜鉛合金のγ相の各領域を機械的に分離する割れ目(22-24)を有する、
請求項1~6のいずれか1項に記載の電極ワイヤ。
【請求項8】
前記銅亜鉛合金のγ相の少なくとも1つの領域(30-32)の長手方向軸に垂直な方向の厚さが、前記電極ワイヤの外径の1%より大きい、
請求項1~7のいずれか1項に記載の電極ワイヤ。
【請求項9】
前記銅亜鉛合金の1つ以上のγ相の領域(30-32)の50%超は、前記長手方向軸に垂直な断面を有し、前記断面の長さが5μmを超え、前記断面の幅が4μmを超え、
前記銅亜鉛合金のγ相の1つの領域の断面の長さ及び幅が、前記断面を完全に包含する最小表面積の長方形の幅及び長さにそれぞれ等しい、
請求項1~8のいずれか1項に記載の電極ワイヤ。
【請求項10】
前記金属コア上に、銅亜鉛合金のγ相の層を製造するステップを含むことを特徴とし、
常温25℃において、
前記銅亜鉛合金のγ相の層は電極ワイヤの外面から1μm未満に位置し、
亜鉛濃度が閾値S
16より大きく、前記閾値S
16は65.4原子%以上である、
請求項1~9のいずれか1項に記載の電極ワイヤの製造方法。
【請求項11】
前記銅亜鉛合金のγ相の層を製造するステップは、以下のステップを含む、請求項10に記載の電極ワイヤの製造方法。
a) 銅濃度が50原子%または60原子%を超える表面層を含む金属粗線上において、150℃を超える温度に加熱されたときに、金属粗線の表面層から前記コーティングに銅を拡散させて前記銅亜鉛合金のγ相の層を形成することができる前記コーティングを製造するステップ(82)と、
b) その後、前記コーティングが製造される金属粗線の各連続部分を、150℃を超える温度T
Cで順次加熱するステップ(84)であって、
これによって、前記加熱された部分のコーティングの一部が、さらに亜鉛が豊富な表面層によって覆われた銅亜鉛合金のγ相の層に変態するであって、この目的のために、前記金属粗線の各部分は、瞬間t
iniにおいて加熱領域に入り、瞬間t
0において前記加熱領域から出て、前記加熱領域内の金属粗線の巻き戻し速度は一定であり、前記瞬間t
0が次の場合の瞬間に対応するように決定され、
前記加熱領域から出る金属粗線の部分における亜鉛の豊富な表面層の厚さが1μm未満である、または、前記表面層は消失し、
前記加熱領域から出る金属粗線の部分の銅亜鉛合金のγ相の層の亜鉛濃度が依然として65.4原子%を超えるステップ(84)と、
c) その後、前記瞬間t
0から、前記瞬間t
0において前記加熱領域から出る金属粗線の部分の銅亜鉛合金のγ相の層の温度を30℃まで10秒未満で降下させるように、前記加熱領域から出る金属粗線の部分を冷却するステップ(90)であって、前記冷却するステップを、前記加熱領域から出る金属粗線の各部分に適用する前記冷却するステップ。
【請求項12】
ステップb)の間において、前記コーティングの各部分は、500℃から700℃の範囲の温度T
Cに加熱される、
請求項11に記載の方法。
【請求項13】
前記コーティングを製造するステップは、銅濃度が50または60原子%を超える金属粗線の表面層上に、98原子%を超える亜鉛濃度の層を直接製造するステップを含む、
請求項10~12のいずれか1項に記載の方法。
【請求項14】
前記銅亜鉛合金のγ相の層を製造するステップは、以下のステップを含む、請求項10に記載の方法。
a) 銅濃度が50原子%または60原子%を超える表面層を有する金属粗線上に、前記金属粗線を150℃を超える温度に加熱することにより、銅を前記金属粗線の表面層から前記コーティングに拡散させて銅亜鉛合金のγ相の層を形成可能な前記コーティングを製造するステップ(82)と、
b) その後、前記コーティングが製造された金属粗線を静止炉中で150℃から300℃の範囲の温度T
Cで加熱することにより、前記コーティングの一部が銅亜鉛合金のγ相の層に変態し、銅亜鉛合金のγ相の層はさらに亜鉛に富む表面層によって覆われ、前記表面層の厚さは加熱が続くにつれて徐々に減少するステップと、
c) その後、瞬間t
0でステップb)を中断し、前記電極ワイヤの温度を30℃未満に低下させ、瞬間t
0は次の瞬間に対応するステップであって、
前記金属粗線上のさらに亜鉛に富む表面層の厚さが1μm未満である、または、前記表面層は消失し、および
前記金属粗線上の銅亜鉛合金のγ相の層の亜鉛濃度が依然として65.4原子%より大きいステップ。
【請求項15】
前記銅亜鉛合金のγ相の層を製造するステップは、前記金属コア上に、前記銅亜鉛合金のγ相の層を電気メッキするステップを含み、前記層の亜鉛濃度が65.4原子%以上である、
ことを特徴とする請求項10に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、電食加工用の電極ワイヤとして使用できる電極ワイヤに関する。また、本開示はこの電極ワイヤの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
電極ワイヤは、電食加工機において、金属また導電性材料を電気浸食により切断するために使用される。
【0003】
電食加工、すなわちスパークエロージョンの周知の方法は、被加工物と導電性電極ワイヤとの間の加工領域においてスパークを発生させることにより、導電性部品から材料を除去することができる。電極ワイヤは、ガイドによって保持されたワイヤの長さに沿って部品の近傍で連続的に巻き戻され、ワイヤガイドの横方向の並進移動または部品の並進移動によって、部品に向かって横方向に徐々に並進移動する。
【0004】
加工領域から離れた電気接点によって電極ワイヤに接続された発電機は、電極ワイヤと加工される導電性部品との間に適切な電位差を確立する。電極ワイヤと部品との間の加工領域は、適切な誘電性流体に浸漬される。電位差は、電極ワイヤと被加工物との間にスパーク(火花)を発生させ、部品と電極ワイヤを徐々に侵食する。電極ワイヤの長手方向の巻き戻しによって、加工領域における切断を防止するために、常に十分なワイヤ径を維持することができる。ワイヤと部品が横方向に相対的に移動することにより、必要に応じて、部品を切断したり、その表面を処理したりすることができる。
【0005】
スパークによって電極ワイヤと部品から分離された粒子は、誘電性流体中に分散され、放電される。
【0006】
精密加工、特に小さな半径のコーナーカットを行うには、加工領域で張力を与え、振動の振幅を制限するために、直径が小さく、大きな機械的引張強度に耐えることができるワイヤを使用する必要がある。
【0007】
最近の電食加工機の多くは、一般に直径0.25mm、引張強度400N/mm2から1,000N/mm2の範囲の金属ワイヤを使用するように設計されている。
【0008】
電極ワイヤと部品の間でスパークが発生すると、電極ワイヤの表面が短時間で非常に高温に突然加熱される。その結果、スパークの位置で、電極ワイヤの表面層の材料が固体状態から液体または気体状態に遷移し、電極ワイヤの表面に移動し、および/または誘電性流体中に放出される。スパークが到達した電極ワイヤの外面が変形し、一般にわずかに凹んだクレーター形状を呈し、材料が溶融して再び固化した領域があることがわかる。
【0009】
電気浸食に対するスパークの効率は、主に電極ワイヤの表面層の性質とトポグラフィー(表面の形状)に依存することが観察された。この目的のために、電気浸食効率のかなりの進歩は、以下を含む電極ワイヤを使用することによって達成された。
-ワイヤの機械的引張強度を保持するために、電流の良好な伝導と良好な機械的強度とを確保する1つ以上の金属又は合金で作られたコア;および
-1つ以上の他の金属または合金及び/又は特定のトポグラフィー(例えば、亀裂)で作られたコーティングであって、電気浸食のより良い効率、例えば、より高い浸食速度を確保するコーティング。
【0010】
例えば、米国特許第5945010号明細書には、銅亜鉛合金のε相の層で任意に被覆された銅亜鉛合金のγ相の層で覆われた黄銅コアを有する電極ワイヤが記載されている。この出願は、このような銅亜鉛合金のγ相の層により、電極ワイヤの性能を向上させることができることを教示している。特に、この出願は、銅亜鉛合金のε相の表面層で被覆された銅亜鉛合金のγ相の層を含む電極ワイヤ試料No.3を記載している。表面層の厚さは3μmである。銅亜鉛合金のγ相の層の亜鉛濃度は68原子%である。この出願は、銅亜鉛合金のγ相の表面層を含む電極ワイヤ試料No.4も記載している。この場合、銅亜鉛合金のγ相の表面層の亜鉛濃度は65原子%である。
【0011】
先行技術は、米国特許出願公開第2017/259361号明細書、米国特許出願公開第2008/179296号明細書及び米国特許出願公開第2009/025959号明細書からも知られている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0012】
【特許文献1】米国特許第5945010号明細書
【特許文献2】米国特許出願公開第2017/259361号明細書
【特許文献3】米国特許出願公開第2008/179296号明細書
【特許文献4】米国特許出願公開第2009/025959号明細書
【特許文献5】米国特許第5762726号明細書
【特許文献6】欧州特許出願公開第1949995号明細書
【非特許文献】
【0013】
【非特許文献1】Liang et al. : “Thermodynamic assessment of the Al-Cu-Zn system, part I: Cu-Zn binary system”. CALPHAD, volume 51, 2015, pages 224 to 232
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
米国特許第5945010号明細書の電極ワイヤは、高い性能を有する。しかしながら、さらに優れた性能を有する電極ワイヤ、特にエロージョン収率(erosive yield)の向上及び加工速度の向上の少なくとも1つが望まれる。
【0015】
本開示は、請求項1に記載の電極ワイヤを提案することにより、この要求を満たすことを目的とする。
【0016】
本開示のさらに別の目的は、請求項1に記載の電極ワイヤの製造方法である。
【図面の簡単な説明】
【0017】
本開示は、図面を参照して、非限定的な実施例としてのみ提供される以下の説明を読むことにより、よりよく理解されるであろう。
【
図2】
図2は、
図1の電極ワイヤの製造方法のフローチャートである。
【
図3】
図3は、絞り加工ステップ前の
図2の方法に従って製造されたワイヤの断面の一部の白黒写真である。
【
図4】
図4は、絞り加工ステップ後の
図2の方法に従って製造された電極ワイヤの断面の一部の画像である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
これらの図を通して、同じ参照符号が同じ要素を示すために使用される。この説明の残りの部分を通して、当業者に周知の特徴および機能は詳細に説明されない。
【0019】
特定の用語の定義は、以下の第I章で提供される。第II章では、実施形態の詳細な例が図を参照して説明される。次に、第III章では、これらの実施形態の他の実施形態が紹介される。最後に、第IV章では、様々な実施形態の利点が紹介される。
【0020】
第I章:定義および用語
表現「材料Aから製造された要素」または「材料Aからなる要素」は、材料Aがこの要素の重量の少なくとも90%、好ましくはこの要素の重量の少なくとも95%または98%を占める要素を示す。
【0021】
表現「銅-亜鉛合金」は、不可避的不純物を除いて、銅と亜鉛とのみで形成された合金を示す。
【0022】
銅亜鉛合金の「相」とは、特定の結晶構造を示す銅亜鉛合金の固相を指す。より具体的には、銅亜鉛系の相は、その組成および特定の結晶構造の点で互いに区別される。この特定の結晶構造により、銅亜鉛合金の相は、全体的な組成が同じである銅と亜鉛の微粒子の単純な混合物と区別される。銅亜鉛合金の代表的な相は、アルファ(α)相、ベータ(β)相、ガンマ(γ)相、デルタ(δ)相、イプシロン(ε)相及びエータ(η)相である。相の特定の結晶構造は、様々な手段を用いて同定することができる。例えば、研磨された試料の光学顕微鏡写真または金属組織顕微鏡写真は、試料が適切に化学的に処理されている限り、各相に対して異なる色の濃淡を示す。そこで、γ相とε相を識別するために、エタノールで希釈した3%硝酸溶液である「ナイタル(Nital)」による攻撃を行う。そして、γ相は亜鉛が少ない場合には灰色に、亜鉛が多い場合には茶色の濃淡で灰色に見える。ε相はより暗い茶色に見える。また、後方散乱電子検出器を用いて走査型電子顕微鏡で試料を観察することにより、γ相とε相を識別することも可能である。また、X線回折によって試料の相を識別することも可能である。この場合、ワイヤ試料を正確な波長のX線ビーム入射下に置く。例えば、平均波長0.1541nmの銅のKα線を用いる。各回折角ごとに回折線の強度を評価する。γ相は既知のX線回折スペクトルを有し、そのX線回折スペクトルは、銅亜鉛系の他の相のそれや、しばしばワイヤ表面に位置する酸化亜鉛ZnOとは異なる。銅亜鉛合金がα、β、γ、δ、ε、η相の少なくとも1つの形態で結晶化していない場合、銅亜鉛合金はアモルファスであり、X線回折スペクトルは突出したピークではなく、平坦なこぶ(flattened bumps)を示す。
【0023】
ある温度において、銅亜鉛合金の様々な相はそれぞれ特定の亜鉛濃度範囲に対応する。これらの特定の亜鉛濃度範囲のそれぞれの大きさは、温度の関数として変化する。試料の各相の亜鉛濃度は、組成微量分析によって得ることができる。組成微量分析は、分光プローブを備えた走査型電子顕微鏡を用いて行われる。例えば、20kVの電場で加速された電子ビームが試料の表面に衝突し、X線を放出する。これらのX線は、電子ビームが衝突した試料表面の組成に特徴的なエネルギースペクトルを有する。試料表面から放出されたX線のスペクトルは、エネルギー分散分光法(EDS)または波長分散分光法(WDS)分析プローブを用いて測定される。アルゴリズムによって、分析する元素を選択し(したがって、不純物の影響を除去する)、測定されたスペクトルに基づいて電子ビームの影響を受けた試料の組成を計算することができる。X線と材料の相互作用のため、EDS(またはWDS)によって分析される体積は、一般に約1立方マイクロメートルであることに注意する必要がある。2つの相の境界では、実際には2つの相のいずれにも存在しない平均濃度を測定することができる。この場合に示される濃度は、分析体積の純粋な相に関するものである。濃度が測定される領域は、マイクロメートルサイズの立方体よりも大きい。
【0024】
「銅亜鉛合金の領域内の亜鉛濃度がX原子%より大きい」という表現は、この領域内の平均亜鉛濃度がX原子%より大きいことを意味する。平均濃度は、例えば、この領域内の異なる場所で亜鉛濃度を測定し、これらの濃度測定値を平均することによって得られる。測定を行う場所は、濃度が最も低くなりそうな場所、濃度が平均に近くなりそうな場所、および濃度が最大になりそうな場所に均等に配置される。このため、一般的に、測定を行う場所は、電極ワイヤの軸を通る軸に沿って配置される。
【0025】
「導電性」とは、20℃で106S/m以上、好ましくは107S/m以上の導電性を有する材料を指す。
【0026】
ワイヤの長手方向軸は、当該ワイヤが主として延びる軸である。
【0027】
表現「断面」は、その長手方向軸に垂直な電極ワイヤの断面を示す。
【0028】
表現「電極ワイヤの層」は、電極ワイヤの各断面において、内側の円形境界線と外側の円形境界線との間に位置する電極ワイヤの環状層を示す。実際には、これらの境界線は必ずしも完全な円ではない。しかし、最初の近似として、本明細書では、これらの境界線を円に例えている。これらの円形境界線は、両方とも電極ワイヤの長手方向軸の中心にある。内側の円形境界線は、電極ワイヤの長手方向軸に最も近い層の境界線である。反対に、外側の円形境界線は、電極ワイヤの長手方向軸から最も遠い層の境界線である。これらの内側と外側の円形境界線の間で、銅亜鉛合金の相は均質であるか、または銅亜鉛合金の異なる相の不均一な網目によって形成される。逆に、内側と外側の円形境界線では、化学組成や結晶形態が突然変化する。
【0029】
均質層とは、銅亜鉛合金の単一の相からなる層をいう。
【0030】
表現「均一な」層とは、ワイヤの断面において、ワイヤの軸を中心として、この層の内側に連続的に又は実質的に連続的に延びる材料によって形成された層をいう。したがって、均一な層は、ワイヤの断面においてこれら多数の放射状割れ目(破面、破壊、破断)によって互いに分けられた多数の領域に分割される多数の割れ目を含まない。「多数の放射状割れ目」とは、ワイヤの断面において、これら放射状割れ目によって、互いに機械的に分離された約10の領域に当該層を分割する約10以上の放射状割れ目をいう。
【0031】
逆に、単語「破断層」とは、ワイヤの断面において、多数の放射状割れ目によって互いに分けられた多数の領域に分割される多数の割れ目を含む層をいう。
【0032】
表現「金属表面層」又は単に「表面層」とは、電極ワイヤの最外層である電極ワイヤの銅亜鉛合金又は亜鉛層をいう。この金属表面層は、その表面に薄い酸化膜を含むことができる。典型的には、この酸化膜は、主に酸化亜鉛、水酸化亜鉛、炭酸亜鉛及び伸線潤滑剤残渣などの可能な残渣から構成される。したがって、この金属表面層の外面は、薄い酸化膜がない場合には電極ワイヤの外面と一致するか、又はこの薄い酸化膜のみによって電極ワイヤの外面から分離される。
【0033】
「放射状破壊」とは、電極ワイヤの断面内で主に半径方向に延びる破壊をいう。
【0034】
表現「常温」とは、15℃~30℃の範囲の温度を意味し、典型的には25℃に等しい。
【0035】
電極ワイヤの「エロージョン収率」は、1分間に切断される表面積と、この表面積を切断する際に電極ワイヤを通過する電流の平均強度との比に等しい。例えば、切断材料におけるワイヤの送り速度が、50mmの高さの鋼部品において2mm/minである場合、加工速度は100mm2/minである。平均加工電流が10Aである場合、この条件におけるワイヤのエロージョン収率は10mm2/min/Aである。
【0036】
第II章:実施形態の例
図1は、本明細書の導入部で説明した電食(electro-erosion)加工用の電極ワイヤ2を示す。
【0037】
この目的のために、電極ワイヤ2は、400N/mm2から1,000N/mm2の範囲の引張強度を有する。電極ワイヤ2は、長手方向軸4に沿って延びる。この場合の長手方向軸4は、シートの平面に対して垂直である。電極ワイヤ2の長さは、1mより長く、典型的には、10mまたは50mより長い。
【0038】
電極ワイヤ2は、このワイヤを用いて電食加工を行う際に直接スパークに曝される外面6を有する。外面6は、長手方向軸4に沿って延びる円筒面である。外面6の準線(二次曲線)は、主に長手方向軸4を中心とする円である。したがって、電極ワイヤ2の断面は円形である。電極ワイヤ2の直径D2(外径D2)は、典型的には、50μmから1mmの範囲であり、最も多くの場合、70μmから400μmの範囲である。この場合、電極ワイヤ2の直径は250μmに等しい。
【0039】
この実施形態では、電極ワイヤ2は、導電性材料からなる中心コア10と、中心コア10上に直接堆積されたコーティング12とを含む。
【0040】
中心コア10の機能は、それ自体が電極ワイヤ2の引張強度の大部分を提供することである。中心コア10のさらなる機能は、電極ワイヤ2の導電性を提供することである。この目的のために、中心コア10は導電性材料からなる。典型的には、中心コア10は金属または金属合金から作られる。例えば、この実施形態では、中心コア10は銅からなる。
【0041】
中心コア10の直径D10は、0.75D2から0.98D2の間、典型的には0.85D2から0.95D2の間の範囲であり、D2は電極ワイヤ2の外径である。例えば、この場合、直径D10は230μmに等しい。
【0042】
コーティング12は、加工速度を向上させる。したがって、電極ワイヤ2のエロージョン収率及び/又は電食加工後に得られる部品の面の品質を向上させるように設計される。電食加工によって切断された面の品質は、それが低い粗さを示すとき、さらに良好である。
【0043】
コーティング12の厚さは、電極ワイヤ2の直径D2に比べて低く、すなわち、直径D2の10%未満、好ましくは、直径D2の8%未満である。コーティング12の厚さは、断面において、外面6と、中心コア10をコーティング12から分離する円形境界線との間の最短距離に対応する。
【0044】
本実施形態では、コーティング12は、中心コア10から外面6に向かって直接積層された2つの層14、16と、層16上に直接堆積された可能な表面層18とからなる。
【0045】
以下、表面層18が存在する場合の電極ワイヤ2の構造について説明する。この特定の場合に提供される全ての説明は、表面層18が存在しない場合にも適用される。この場合、電極ワイヤ2の表面層は直に層16である。
【0046】
層14は、銅亜鉛合金のβ相からなる均質かつ均一な層である。したがって、層14の亜鉛濃度は、典型的には45原子%から50原子%の間であり、残部は銅及び不可避的不純物である。層14の厚さは、例えば5μm未満である。
【0047】
層16は、銅亜鉛合金のγ相からなる均質な層である。層16の亜鉛濃度は高く、この場合、閾値S16以上である。この閾値S16は65.4原子%以上であり、好ましくは66.4原子%以上、68.4原子%以上、さらには70原子%以上であり、残部は銅および不可避的不純物である。層16の亜鉛濃度は、一般に84原子%未満または75原子%未満である。
【0048】
最近更新された銅亜鉛系の平衡状態図によれば、安定状態において、銅亜鉛合金のγ相は、常温において60原子%から62原子%の範囲の亜鉛濃度を有し、残りは銅である。
最近更新された銅亜鉛系の平衡状態図は、例えば、Liang et al. の“Thermodynamic assessment of the Al-Cu-Zn system, part I: Cu-Zn binary system”. CALPHAD, volume 51, 2015, pages 224 to 232.に掲載されている。
【0049】
したがって、閾値S16以上の亜鉛濃度では、層16の銅亜鉛合金のγ相は常温で安定した状態にない。この場合、準安定状態である。準安定状態では、銅亜鉛合金のγ相の安定状態への変態、すなわち亜鉛濃度の減少は、常温では非常に遅い。言い換えれば、この常温でのγ相から安定状態への変態は、人間にはほとんど感知できない。したがって、この準安定状態のγ相の組成は、この電極ワイヤ2を通常の条件下で保管・輸送し、常温に維持した場合、製造時から電食加工機の加工領域に到着するまでほとんど変化しない。
このような銅亜鉛合金の準安定層を製造する方法は、以下に記載される。
【0050】
層16の厚さは、表面層18の厚さよりも大きい。
図1では、例示として、層16の厚さも層14の厚さよりも大きい。有利には、層16の厚さは、コーティング12の総厚さの10%、20%、または30%よりも大きい。この目的のために、層16の厚さは、典型的には、直径D
2の1%または2%よりも大きい。例えば、層16の厚さは、2.5μm、5μm、または10μmよりも大きい。また、層16の厚さは、電極ワイヤを引き抜き加工するときに破壊される可能性があるように、非常に低い。この目的のために、例えば、層16の厚さは、25μmまたは20μmよりも小さい。
【0051】
層16は、外面6から1μm未満、好ましくは0.5μm未満に位置する。この場合、層16は、表面層18のみによって外面6から分離される。したがって、この目的のために、表面層18が存在する場合、表面層18の厚さは、1μm未満、好ましくは、0.5μm未満である。
【0052】
表面層18は、層16よりもさらに亜鉛に富む金属表面層である。例えば、表面層18は銅亜鉛合金からなり、表面層18の亜鉛濃度が層16の亜鉛濃度よりも高い。典型的には、層16と18の亜鉛濃度の差は、2原子%、5原子%、または10原子%より大きい。典型的には、表面層18は、銅亜鉛合金のε相、δ相、またはη相の層であるか、または亜鉛からなる。
【0053】
この実施形態では、層16及び表面層18は破壊される。したがって、層16及び表面層18は、これらの各層を、放射状破壊によって断面で互いに機械的に分離された複数の領域に分割する割れ目(破面、破壊、破断))を含む。後述するように、これらの割れ目は、層16と表面層18とが均一または実質的に均一であるワイヤを延伸(引き抜き加工、伸線加工、絞り加工)することによって得られる。延伸後、同じ材料は、もはや長手方向軸4の周りに完全に連続的に延びるのではなく、放射状破壊によって断面において互いに機械的に分離されるいくつかの領域の材料に分割される。これらの割れ目は、主に放射状に延び、層16と表面層18とを完全に貫通する。
【0054】
例えば、割れ目は、層14と層16との間の円形境界線から始まり、外面6に現れる。
【0055】
図1は、3つの割れ目(破面、破壊、破断)22~24を概略的に示す。これらの3つの割れ目22~24は、表面層18を3つの別個の領域26~28に分割し、層16を3つの別個の領域30~32に分割する。
【0056】
これらの割れ目は、固体または液体材料の空の凹部または中空に相当する。割れ目が延びる半径方向に垂直な方向における割れ目の幅は、一般に2μm未満である。この場合、表面層18の厚さが非常に低い場合、表面層18の銅亜鉛合金は亀裂に浸透せず、また、これらの亀裂を覆わないことを強調すべきである。
【0057】
層16の各領域は、通常、層16の厚さよりも長い。この場合、層16の各領域は、5μmまたは10μmよりも長い。本明細書では、断面における領域の長さおよび幅は、それぞれ、この領域を完全に含む最小表面積を有する長方形の長さおよび幅に等しいものとして定義される。
【0058】
第II章1 急速銅拡散を用いた製造例:
実施例1:トンネル炉内の急速拡散
電極ワイヤ2の製造方法の第1の例について、
図2のフローチャートを参照して説明する。この第1の例では、閾値S
16としては66.4原子%を選択し、表面層18を省略する。
【0059】
ステップ80において、最初に金属粗線(金属荒引線(a metal rough wire))が提供される。この例では、当該金属粗線は、直径1.25mmの銅線である。
【0060】
次に、ステップ82において、当該金属粗線上にコーティングが生成される。このコーティングは、当該金属粗線の外面全体を連続的に覆う。このコーティングは、500℃から700℃の間の温度範囲で、より亜鉛リッチな層によって覆われた層16を形成する能力を有する1つの材料又はいくつかの材料からなる。この例では、この段階では、コーティングは、当該金属粗線の外面に直接堆積された亜鉛層によってのみ形成される。そのために、電解亜鉛めっき法によって当該金属粗線上に亜鉛層を堆積させ、直径1.25mm以上の電気亜鉛めっきワイヤを得る。
【0061】
この場合、ステップ82の最後に、この電気亜鉛めっきワイヤを直径420μmになるまで延伸する。ここで、本実施形態では、亜鉛濃度を測定しやすい厚い層16を得るために、亜鉛コーティングの厚さを25μmとしている。
【0062】
ステップ84では、電気亜鉛めっき延伸線(the electrogalvanized and drawn wire)をTCに等しい温度まで加熱する。温度TCは、500℃から700℃の範囲である。本実施形態では、温度TCは、500℃から600℃の範囲であり、さらに有利には、559℃から600℃の範囲である。600℃以下の温度TCを選択すると、加熱時の溶融亜鉛液滴の生成を抑えることができる。この場合、温度TCは、600℃に等しい。
【0063】
例えば、ステップ84では、電気亜鉛めっき延伸線を、内部温度がTCに等しい加熱領域に導入する。また、この加熱処理は、電極ワイヤの外面を酸化させるために、大気圧下の空気中で行うことが好ましい。
【0064】
この場合、電気亜鉛めっき線は、長手方向軸4に沿って連続して配置された電気亜鉛めっき線の各部分が非常に短い連続した部分であると考えられる。例えば、ここでの説明では、短い部分は、長さ0.1 mmの部分である。電気亜鉛めっき線の連続する部分は、順次加熱領域に入り、これらの連続する部分が順次、温度TCに加熱される。より具体的には、加熱領域は、温度TCと等しい温度を有する入口と出口からなる。入口の前と出口の後の温度は、温度TCより2倍又は3倍低い。この場合、この加熱領域はトンネル炉のトンネルである。
【0065】
電気亜鉛めっきワイヤの各部分は、入口から加熱領域に入り、一定の速度で加熱領域内を移動する。最後に、この部分は、期間d0の間加熱領域内に留まった後、出口から加熱領域から出る。期間d0は、以下を分離する時間間隔に等しい。
-電気亜鉛めっきワイヤの一部分が加熱領域に入る瞬間tini及び、
-電気亜鉛めっきワイヤのこの同じ一部分が加熱領域から出る瞬間t0。
【0066】
期間d0は、加熱領域内の電気亜鉛めっきワイヤの移動速度を設定することによって調整される。ステップ84の完了時に、亜鉛コーティング全体が温度TCに加熱されるように、電気亜鉛めっきワイヤ全体が加熱領域を通過する。
【0067】
米国特許第5762726号明細書に教示されているように、温度TCにおいて、銅は亜鉛コーティング内で徐々に拡散する。このように、最初は亜鉛で形成されていたコーティングのある部位では、銅濃度は時間とともに徐々に増加する。
【0068】
また、銅は、銅粗線(rough copper wire)から外側に向かってコーティング内に拡散するため、コーティングの厚さに銅濃度勾配が存在する。コーティング内の銅濃度は、当該銅粗線から外側に向かって徐々に減少する。逆に、亜鉛濃度は、当該銅粗線の外面に近づくにつれて増加する。この銅濃度勾配により、ステップ84において、異なる相の銅亜鉛合金層のオーバーレイ(an overlay)が現れる。この銅亜鉛合金層のオーバーレイにおいて、各層は、外面に近づくにつれて亜鉛濃度が高くなるように配列される。したがって、銅亜鉛合金の表面層は、常に亜鉛濃度が最も高い層である。
【0069】
この場合、ステップ84の目的は、電極ワイヤ2の外面6から1μm未満に位置し、かつ亜鉛濃度が高い銅亜鉛合金のγ相の層16を形成することである。
【0070】
米国特許第5762726号明細書に記載された方法を実施した場合、銅亜鉛合金のγ相の層の亜鉛濃度は、それを覆う銅亜鉛合金のε相の層が消滅する瞬間topt付近において最大値に近いことが知られている。これは、実際には、このε相が存在する限り、γ相の亜鉛濃度はε相の亜鉛濃度に近づくという事実によって説明される。しかし、ε相が消失すると、γ相の亜鉛濃度は、銅亜鉛合金のγ相の層の下に現れた銅亜鉛合金のβ相の層の亜鉛濃度と釣り合う傾向がある。したがって、銅亜鉛合金のε相の層が消失すると、銅亜鉛合金のγ相の層の亜鉛濃度は急速に低下する。したがって、銅亜鉛合金のγ相の層の亜鉛濃度は、銅亜鉛合金のε相の層が消失する瞬間topt付近が最適である。この教示は、米国特許第5762726号明細書にはないことに注意すべきである。実際、この教示は、瞬間toptまたは瞬間toptに非常に近い瞬間に電気亜鉛めっきワイヤの加熱を中断することが有利であることを教示していない。逆に、米国特許第5762726号明細書は、銅亜鉛合金のε相の表面層を得るためには、瞬間toptのかなり前に加熱を中断することを促がし、逆に、銅亜鉛合金のγ相の表面層を得るためには、瞬間toptのかなり後に加熱を中断することを促がす。
【0071】
したがって、この観察を利用するために、この場合、電気亜鉛めっきワイヤの各部分について、瞬間t0minからt0maxの間の瞬間t0でステップ84を中断する。瞬間t0minは、銅亜鉛合金のγ相の層を覆う銅亜鉛合金のε相の表面層の厚さが1μmに等しい瞬間である。実際、銅亜鉛合金のε相の層の厚さが1μm未満になると、銅亜鉛合金のγ相の層中の亜鉛濃度は最大または非常に最大に近い。また、電食中の外面のトポグラフィー(表面の形状)の変形を抑えるためには、銅亜鉛合金のε相の層の厚さが低いことが重要である。さらに、銅亜鉛合金のε相のエロージョン収率は、銅亜鉛合金のγ相のエロージョン収率よりも低いことが知られている。
【0072】
瞬間t0maxは、銅亜鉛合金のε相の表面層が消滅する瞬間toptの後に発生する。瞬間toptの後、銅亜鉛合金のγ相の層は、この製造段階で電極ワイヤ2の表面層を形成する。瞬間toptの後、銅亜鉛合金のγ相の層の亜鉛濃度は急速に減少し、瞬間t0maxで閾値S16以下に低下する。典型的には、瞬間t0maxは、期間d0maxの間隔[tini; t0max]が1.2*doptまたは1.1*dopt未満であり、ここで、期間doptは、間隔[tini; topt]の持続時間に等しい。
【0073】
したがって、電気亜鉛めっきワイヤの各部分について、間隔[t0min; t0max]内にある瞬間t0を選択することによって、ステップ84は、銅亜鉛合金のγ相の層の亜鉛濃度がS16よりも大きい瞬間に中断され、一方、電極ワイヤの表面層を形成するか、または、より亜鉛に富む非常に薄い表面層、すなわち、この場合は、銅亜鉛合金のε相の非常に薄い層で覆われる。
【0074】
典型的には、期間d0、したがって、瞬間t0は、連続する実験によって決定される。実際、第I章に示されているように、以下を可能にする方法が存在する。
1) 電極ワイヤの断面において測定される銅亜鉛合金のγ相およびε相の層の厚さ、及び、
2) 測定される銅亜鉛合金のγ相の層の亜鉛濃度。
したがって、期間d0は、この期間d0に対するいくつかの可能な値を連続的に試行することによって決定される。
【0075】
次に、瞬間t0が区間[topt;t0max]内にあるため、表面層18は省略される。
【0076】
例として、これらの条件下で、10秒に等しい期間d0により、67原子%の亜鉛濃度を有する銅亜鉛合金のγ相の表面層が得られることが注目される。
【0077】
期間d0の終わりに、銅粗線上に堆積されたコーティングは、銅亜鉛合金のγ相の表面層16によって覆われた銅亜鉛合金のβ相の層14から構成される。
【0078】
この段階で、電気亜鉛めっき線のこのような急速な加熱は、例えば、ターン数が数千である電気亜鉛めっき線のコイルを、温度TCに加熱された従来の静止炉の中に置くことによっては得られないことに注意すべきである。静止炉とは、電気亜鉛めっき線が加熱期間中ずっと移動しない炉である。実際、このような場合、温度TCに加熱された空気から、他のターンがオーバーレイすることによって、機械的に分離された電極ワイヤのターンの加熱速度は、加熱された空気に直接接触しているターンよりもはるかに遅い。したがって、温度TCに加熱された空気の中にコイルを10秒間置くことによって、電気亜鉛めっき線の一部のみが急速に加熱され、他の部分ははるかにゆっくりと加熱される。したがって、電気亜鉛めっき線の一部のみが層16の特徴を示す銅亜鉛合金のγ相の層を含み、より遅い加熱を受けた電気亜鉛めっき線の大部分は、亜鉛濃度の高い銅亜鉛合金のγ相の層を含まない。すなわち、従来の静止炉では、電気亜鉛めっき線の各部の期間d0を正確に制御することはできない。
【0079】
電気亜鉛めっき線の各部について、瞬間t0に達するとすぐに、すなわち、この場合、期間d0の終わりから、急速冷却ステップ90が実行される。急速冷却ステップ90の目的は、瞬間t0で得られた層16の組成を凍結させ、常温で準安定状態にすることである。この目的のために、瞬間t0の直後、ステップ90において、ワイヤの各部分は、期間d1の間、急速冷却され、この部分の層16の温度は、10秒未満で30℃まで急激に低下する。
【0080】
この冷却は、期間d1が10秒未満であるので、急速冷却と呼ばれる。好ましくは、期間d1は、1秒または0.5秒未満である。このような短い期間d1を得るためには、ステップ90における冷却速度が速い。この第1の実施例では、期間d1は、1秒以下である。したがって、期間d1における平均冷却速度は、(Tc-30)°/s以上である。したがって、この第1の実施例では、平均冷却速度は、570℃/s以上である。
【0081】
この場合、ステップ90は、ワイヤの各部分がこの急速冷却を受けるように、加熱領域を出るワイヤ部分のそれぞれに連続的に適用される。したがって、電極ワイヤ2の全長にわたって層16の亜鉛濃度を凍結させることができる。
【0082】
この目的のために、ワイヤの一部は、加熱領域を出るとすぐに、常温の流体に浸漬される。例えば、この場合、加熱領域の出口に25℃の液浴が設置されている。例えば、液は水である。この場合、ワイヤの各部分は、加熱領域の出口と液浴の入口との間で、軌道の第1の部分を通過し、その間、この第1の部分は、最初に常温の空気に浸漬される。次に、ワイヤのこの部分は、常温の液浴に入り、この液浴の第2の部分を通過し、その間、常温の液体と直接接触する。この第2の部分の終わりに、ワイヤの一部は液浴から出る。第1および第2の部分の長さは、瞬間t0から10秒以内にワイヤの各部分の温度が30℃以下に低下するように適合される。この場合、ワイヤの各部分は、第1の部分を1秒未満で通過する。ワイヤの一部の常温における水中での平均冷却速度は、約20,000℃/sである。
この条件下で、この第1の実施例の製造では、期間d1は1秒以下である。
【0083】
この段階では、このような急速な冷却は、例えば、温度TCに加熱された電極ワイヤのターン数が数千のコイルを、常温の浴、たとえ液浴であっても、浴に浸すことによっては得られないことに注意すべきである。実際、このような場合、急速加熱の場合と同様の理由で、他の巻線を重ねて液体から機械的に隔離されている電極ワイヤの巻線の冷却速度は、液体に直接接触している巻線の冷却速度よりもはるかに遅くなる。つまり、巻線のコイルを液浴に浸漬しても、電極ワイヤの各部を冷却する期間d1を正確に制御することはできない。
【0084】
ステップ90の終了時には、層16は準安定状態にあり、常温での亜鉛濃度は、ワイヤが常温に維持されている限り、閾値S16よりも大きい。
【0085】
次に、延伸ステップ94では、ステップ90の終了時に得られたワイヤを延伸(引き抜き加工、伸線加工、絞り加工)することによって電極ワイヤ2を得る。この延伸ステップ94では、電極ワイヤの直径を所望の直径、この場合は直径250μmにする。延伸ステップ94では、層16及び表面層18を破壊する。したがって、層16及び表面層18に位置するほとんどの破壊(割れ目)は、この延伸ステップ94で生じる。
【0086】
図3は、ステップ90の終了時および延伸ステップ94の前に得られた電極ワイヤ2の断面の一部の画像である。この画像は、光学顕微鏡を使用して得られた。層16の組成は、エネルギー分散分光法(EDS)分光分析プローブを使用して測定された。層16の亜鉛濃度は67原子%である。
【0087】
図4は、延伸ステップ94の完了時に得られた電極ワイヤ2の一部の画像である。この画像も光学顕微鏡を用いて得られたものである。層16は破断している。したがって、破断によって互いに分離された多数の領域に分割される。この画像は、銅亜鉛合金のγ相の領域のいくつかが、銅亜鉛合金のγ相の別の領域によって外面6から分離され得ることを示している。この場合、この領域は、外面6から1μmを超えて位置する。しかし、銅亜鉛合金のγ相の領域の大部分、典型的には70%または80%を超える領域は、外面6から1μm未満であり、この場合、0.5μm未満である。この文書では、銅亜鉛合金のγ相の領域の「大部分」は、電極ワイヤに存在する銅亜鉛合金のγ相の領域の50%超に対応する。
【0088】
この画像は、これらの領域のいくつかが表面層18の残部100で覆われ得ることも示す。
【0089】
実施例2:ジュール効果加熱
第2の実施例に係る製造は、以下の点を除いて第1の実施例と同一である。
- 亜鉛の厚さは18μmである。
- 加熱はジュール効果によって行われる。および
- 期間d0は、瞬間t0がt0minとt0optの間にあるように選択されることによって、表面層18は、製造された電極ワイヤに存在するようになる。
【0090】
ジュール効果加熱の場合、加熱領域は、直流発電機によって分極された第1および第2の導電性プーリの間に位置する電気亜鉛めっきワイヤのセグメントである。これら2つの導電性プーリの間の電位差は、これら2つの導電性プーリの間に位置する電気亜鉛めっきワイヤのセグメントに流れる直流電流を生成する。これら2つの導電性プーリの間に位置する電気亜鉛めっきワイヤのセグメントは、ジュール効果によって加熱される。典型的には、直流の強度は10Aより大きい。
【0091】
ジュール効果加熱の様々なパラメータは、電気亜鉛めっきワイヤの各部分がこの加熱領域を出る瞬間t0が、予め定義された間隔[t0min; t0max]内になるように調整される。ジュール効果加熱の調整可能なパラメータは、直流電流の強さ、2つの導電性プーリ間の電位差、電気亜鉛めっきワイヤの巻き戻し速度及び2つの導電性プーリ間の電気亜鉛めっきワイヤの加熱領域の長さである。例えば、この場合、電気亜鉛めっきワイヤが25℃の水浴に直接入る前の加熱領域の長さは、1,530mmであると考えられる。加熱領域における電気亜鉛めっきワイヤの巻き戻し速度は、4.59m/minである。2つの導電性プーリ間の電気亜鉛めっきワイヤに流れる電流の強さは、17.9Aである。この条件下で、期間d0は、20秒に等しい。この実施形態では、電気亜鉛めっきワイヤの各部分は、第2の導電性プーリに達する前に水浴に入ることができ、水浴に浸る前に空気に浸ることはない。
【0092】
ステップ90の後に得られたワイヤを分析した。ワイヤの周囲のある場所では、層16は、さらに亜鉛に富む銅亜鉛合金層で覆われ、他の場所では、逆に、層16は、ワイヤの表面に存在する唯一の金属合金である。両方の場合において、酸化亜鉛もワイヤの表面に存在する。
【0093】
さらに亜鉛に富む層で覆われた領域では、層16は、基本的に65.4から69.4原子%の範囲の亜鉛濃度を有する。さらに亜鉛に富む層で層16が覆われていない領域では、層16の亜鉛濃度は、基本的に65.4から66.3原子%の範囲内にある。
【0094】
さらに亜鉛リッチな層が存在する部位は銅亜鉛合金のδ相であると考えられる。
【0095】
実施例3:拡散温度700℃
以下の実験を行ったところ、温度TCが400℃以上の場合、間隔[t0min;t0maX]が非常に小さいことが示された。このことは、米国特許第5762726号明細書の教示のみを実施しても、高亜鉛濃度の銅亜鉛合金層を製造することはできないことを示している。
【0096】
18μmの亜鉛を被覆した直径420μm、長さ100mmの銅線を700℃の静止炉に一定時間入れた後、1秒以内に急速に取り出し、常温の水に浸漬した。
【0097】
静止炉での滞留する期間d0を6秒とすると、亜鉛濃度68原子%の銅亜鉛合金のγ相の層が得られ、そのγ相の層の上に、厚さ0.5μm以下の銅亜鉛合金のε相の表面層18が重ねられる。静止炉での滞留時間を7秒とした同一条件では、得られた電極ワイヤは銅亜鉛合金のε相の表面層18を含まず、銅亜鉛合金のγ相の層の亜鉛濃度は63原子%のみであった。
【0098】
このことは、実施例1の方法を実施しても確認されたが、
- 金属粗線は、亜鉛濃度37原子%の黄銅線である。
- ステップ82では、金属粗線を線径460μmまで延伸加工し、延伸加工後の亜鉛コーティングの厚さはわずか5μmである。そして、
- 期間d0は9秒に等しい。
この条件では、得られた表面層16の亜鉛濃度は63原子%であり、65.4原子%よりもはるかに小さい。実際、亜鉛コーティングの厚さが薄くなるため、銅亜鉛合金のε相の層が消失する瞬間toptが早くなる。そのため、ステップ84を9秒後に中断すると、急速冷却ステップ90のトリガーが遅すぎ、瞬間t0maxより後になる。
【0099】
第II章2 銅の遅い拡散による製造例
実施例4
製造方法は、実施例1の製造方法と同じであるが、ステップ84において、
- 亜鉛の厚さは18μmである。
- 静止炉を使用する。
- 温度TCは250℃に等しい。
-期間d0は65分に等しい。
-ステップ90の間、冷却は急速ではない。
【0100】
この実施形態では、温度TCが低い、すなわち、典型的には300℃未満であると仮定すると、加熱された電気亜鉛メッキワイヤは、巻線数が数千であるコイルの形態で存在する場合でも、電気亜鉛メッキワイヤに適用される熱処理がこの電気亜鉛メッキワイヤのすべての部分において実質的に同じであるために、期間d0は十分に長い。
【0101】
急速冷却ステップ90の間、加熱領域の出口において、ワイヤは、急速冷却を行う必要なく、25℃の周囲空気にのみ浸漬される。実際、試験は、温度TCが低い場合には、静的炉を出た後のワイヤのこのような急速冷却は必要ないことを示している。言い換えれば、急速冷却がある場合の層16の亜鉛濃度は、このような急速冷却がない場合の層16の亜鉛濃度と同じである。
【0102】
延伸ステップ94の完了時に、得られたワイヤは、厚さ0.5μm未満の表面層18を含む。この表面層18は、銅亜鉛合金のε相である。層16の亜鉛濃度は、65.3から68.3原子%の範囲内にある。この銅亜鉛合金のγ相の層16は、同様の組成を有し、かつ600℃で得られた層よりも延性が低いと思われる。
【0103】
第II章3:電気めっきを用いた製造
実施例5
電気メッキを用いた製造は、水相電気メッキにより、銅拡散ステップを経ることなく、層16を直接堆積させることを含む。
【0104】
この目的のために、金属粗線はカソードを形成し、アノードは銅と亜鉛の混合物からなり、アノードの亜鉛濃度は65.4または77原子%より大きい。例えば、本明細書に記載される試験では、アノードは銅ボールと亜鉛プレートの混合物から形成される。電解浴は、銅亜鉛合金のγ相の層を高亜鉛濃度の金属粗線上に堆積させるために適用される。
【0105】
この例では、浴は、以下を含む200リットル容量の「Oplinger」タイプの浴である。
- 溶媒としての水、
- 12kgの水酸化ナトリウム(ビーズ)NaOH、すなわち60g/l、
- 12kgのシアン化ナトリウムNaCN、すなわち60g/l、
- 3.4kgのシアン化銅CuCN、すなわち17g/l、
- シアン化亜鉛Zn(CN)2 12 kg、すなわち60g/lおよび、
- 亜硫酸ナトリウムNa2SO3 80 g、すなわち0.4g/l。
【0106】
浴の温度は45℃、電流密度は20アンペア/平方デシメートル(20A/dm2)である。ファラデー収率は約56%である。このようにして、直径0.51mmの真鍮粗線を7μmの厚さの層16で被覆した。
【0107】
この層16のEDS分析により、測定された亜鉛濃度は66.4原子%であった。
【0108】
次に、この電気めっきされたγ相で被覆された線を直径0.25mmになるように延伸した。
【0109】
銅亜鉛合金を電気めっきする利点は、組成勾配を有する銅または真鍮基板上に亜鉛を拡散させるのとは異なり、その組成がコーティングの厚さにおいて一定であることである。したがって、この実施例5に従って製造された電極ワイヤは、層14および表面層18を含まず、層16のみを含む。
【0110】
実施例6
実施例6の製造方法は、層16の亜鉛濃度を高めるために浴を変更した以外は実施例5と同様である。このため、実施例5の浴の代わりに次の特徴を有する浴を用いた。
- 溶媒は水である。
- 水酸化ナトリウム(NaOH)の濃度は90g/lである。
- シアン化ナトリウム(NaCN)の濃度は60g/lである。
- シアン化銅(CuCn)の濃度は17g/lである。
- シアン化亜鉛(Zn(CN)2)の濃度は90g/lである。
- 亜硫酸ナトリウム(Na2SO3)の濃度は0.6g/lである。
【0111】
EDS分析により測定した層16中の亜鉛濃度は、同じ電気めっき条件下で82.3原子%である。
【0112】
このワイヤを直径0.25mmになるように引き抜き加工すると、コーティングの破壊が観察されたが、これは銅亜鉛合金のε相ではなく、銅亜鉛合金のγ相の特徴である。
【0113】
ただし、上記浴を用いて得られたコーティングに銅亜鉛合金のε相の残留物が認められる場合には、NaOHとZn(CN)2の濃度を低下させることにより、この残留物を低減または除去することができる。例えば、NaOHとZn(CN)2の濃度は60g/lから90g/lの範囲である。
【0114】
第II章4:性能
種々の直径0.25mmのワイヤのエロージョン収率を比較した。
各試験は以下の条件下で行った.
- 使用した電食装置はGFMS(GF Machining Solutions)社製の装置である(参考文献「CUT 200 MS」)。
- 切断部は高さ50mmの鋼製ブロックである。
- 噴射ノズルは上部と下部で約5mm離れている。
- 加工パラメータは、直径0.25mm,引張強さ900N/mm2の標準的な裸黄銅線、メッキ噴射ノズルの条件である。
【0115】
ワイヤの破断を避けるため(ノズルを効果的に分離するため)、また層16の効果を明確に示すために、エロージョン収率を測定するために、スパーク間隔を25μs(平均強度約6.5Aに相当する)に下げた。スパーク間隔を短くして周波数を上げ、試験ワイヤの破断前の最大切断速度を測定した。
【0116】
比較した電極ワイヤは以下の通りである。
- ワイヤA:Thermocompact(登録商標)から「Thermo SA」の商標で販売され、欧州特許出願公開第1949995号明細書に記載されたワイヤであり、真鍮コア(質量で64%銅および36%亜鉛)を有し、ブロックに分割された銅亜鉛合金のγ相の表面層を含むワイヤである。γ相におけるこれらのブロックの亜鉛濃度は61.3原子%である。
-ワイヤB:上記の実施例5に従って製造された電極ワイヤであり、表面層16の亜鉛濃度は66.4原子%である。
-ワイヤC:上記の実施例6に従って製造された電極ワイヤであり、層16の亜鉛濃度は82.3原子%である。
【表1】
【0117】
ワイヤBはワイヤAよりもエロージョン収率が良い。ワイヤCは、破断する前に、より大きな加工強度に耐える。そのため、最高加工速度が他のワイヤよりも速くなる。
【0118】
なお、ワイヤAの酸化物層の厚さは50nm程度であり、これはエロージョン収率に好都合である。ワイヤB及びワイヤCの酸化物層はこれよりもはるかに薄い。ワイヤBの製造条件を修正して50nm程度の厚さの酸化物層を得ると、エロージョン収率はさらに高くなると推定される。
【0119】
第III章:他の実施形態
電極ワイヤの他の実施形態:
電極ワイヤ2の中心コア10は、必ずしも銅または例えば真鍮などの銅を含む合金で作られる必要はない。例えば、中心コア10は、スチールまたは別の導電性金属で作ることもできる。中心コア10が銅を含まない場合、層16は、電気メッキによって得られる。
【0120】
中心コア10は、必ずしも一種類の金属または一種類の金属合金で作られる必要はない。別の実施形態として、中心コア10は、いくつかの層を含み、いくつかの層は、それぞれ、金属または金属合金で作られる。例えば、中心コア10は、真鍮層で被覆された銅または鋼で作られた中心本体を含む。この真鍮層は、銅亜鉛合金のβ相の層であり得る。
【0121】
層14は省略可能である。これは、層16が電気メッキによって製造される場合に特に当てはまる。他の実施形態として、層16は均一であり、破断しない。
したがって、層16は、中心コア10の全周にわたって連続的に延びる単一領域によって形成される。例えば、この他の実施形態を製造するために、ステップ82中に、所望の最終直径を直接得るために電気亜鉛メッキワイヤが延伸され、延伸ステップ94が省略される。
図2の方法の他のステップは、例えば、変更されないままである。
【0122】
他の実施形態として、表面層18は、銅亜鉛合金のδ相またはη相であるか、または亜鉛で作られる。
【0123】
他の実施形態として、表面層18は存在せず、層16が電極ワイヤの表面層を形成する。
【0124】
製造方法の別の実施形態:
電極ワイヤ2を製造するための多数の他の方法が可能である。例えば、第II章に記載されている急速または遅い銅拡散を含む製造方法は、必ずしも完全に銅で作られていない金属粗線で実施することができる。例えば、別の実施形態として、金属粗線は、表面層のみを含み、その銅濃度は、50または60原子%より大きく、95または90原子%より小さい。同様に、100原子%より小さい亜鉛濃度を有するコーティングで実施することもできる。しかし、好ましくは、コーティングの亜鉛濃度は高く、すなわち、95原子%または98原子%より大きい。
【0125】
遅い銅拡散による製造方法を実施するための温度TCは、150℃から500℃の間で選択することができる。そして、期間d0は、選択された温度TCの関数として適応されなければならない。しかし、好ましくは、温度TCは、静止炉を使用することができ、急速冷却を実行する必要がないように、300℃または250℃または200℃未満になるように選択される。温度TCが300℃または400℃を超える場合は、期間d0及びd1をより良く制御するために、静止炉の代わりにトンネル炉が使用される。この場合、遅い銅拡散による製造方法は、温度TCが150℃から500℃の範囲であり、500℃から700℃の範囲ではないことを除いて、実施例1の方法と同じである。
【0126】
延伸ステップ94は省略することができる。
【0127】
第IV章:説明した実施形態の利点:
高い亜鉛濃度を有しながら、銅亜鉛合金のγ相の領域が電極ワイヤの外面から1μm未満である電極ワイヤは、米国特許第5945010号明細書の電極ワイヤと比較して、以下の少なくとも一つの利点を有する。
- エロージョン収率が向上すること及び/又は、
- 最大エロージョン速度が向上すること。
【0128】
ここで、本開示の電極ワイヤの性能向上について説明する。γ相の層16は亜鉛濃度が高いため融点が高く昇華温度が低い。この2つが電極ワイヤの性能向上として認識されている。また、さらに亜鉛リッチな表面層の厚さが0または1μm未満であることも性能向上に寄与している。実際、表面層18の融点は層16の融点よりも低い。したがって、電食の間、この表面層18は銅亜鉛合金のγ相の前に溶融する。厚さを減少させるか、またはこの表面層18を除去することによって、電食加工方法の間に電極ワイヤの表面に現れる液体の量は著しく減少する。その結果、例えば、電食スパークから生じるクレーターは、再凝固領域がより少なくなる。電極ワイヤはまた、スパークの間に失う材料がより少なくなる。さらに、溶融金属の流れによって隠される破損または細孔がより少なくなる。
したがって、電極ワイヤの表面のトポグラフィーがより良く保存される。したがって、以下のことが可能である。
- 良好な加工速度を維持しながら、電極ワイヤの巻き戻し速度を低減することによって電極ワイヤの消費を低減する。
- 巻き戻し速度を維持したまま、加工速度を向上させる。
【0129】
ここで、米国特許第5945010号明細書において、試料No.4の銅亜鉛合金のγ相の層は、試料No.3の銅亜鉛合金のγ相の層よりも亜鉛濃度が低い。しかしながら、米国特許第5945010号明細書は、試料No.4が最良の性能を有することを教示している。さらに、米国特許第5945010号明細書に係る出願は、試料No.4の表面層の亜鉛濃度をさらに高める方法を教示していない。特に、この出願は、電極ワイヤの加熱を瞬間topt近くで急速に中断すべきことを教示していない。
【0130】
銅亜鉛合金のγ相の各領域が外面と直接同一面上にあることにより、電食時に現れる液体の量がさらに減少する。これにより、電極ワイヤの性能がさらに向上する。
【0131】
銅亜鉛合金のγ相の各領域における亜鉛濃度をさらに増加させ、特に亜鉛濃度が68.4原子%を超えることにより、電極ワイヤの性能がさらに向上する。
【0132】
銅亜鉛合金層が破壊されることにより、電極ワイヤのエロージョン収率が向上する。
【0133】
500℃以上の拡散熱処理により、層16の下に層14をさらに含む電極ワイヤが得られ、有利である。
【0134】
逆に、遅い銅拡散により電極ワイヤを製造すると、層16の下に層14を厚く得ることができない。しかし、遅い拡散により、より均一な厚さの層16を得ることができる。
【0135】
層16を急速に冷却することにより、ステップ90における亜鉛濃度の低下を制限または防止することができる。
【0136】
層16を電気メッキにより堆積させることにより、66または70原子%を超える亜鉛濃度を有する層16を得ることができる。さらに、層16の厚さはより均一である。
【手続補正書】
【提出日】2024-07-17
【手続補正1】
【補正対象書類名】特許請求の範囲
【補正対象項目名】全文
【補正方法】変更
【補正の内容】
【特許請求の範囲】
【請求項1】
電食加工用の電極ワイヤとして使用することができる電極ワイヤであって、
長手方向軸に沿って延びる金属コア(10)と、
金属コア上のコーティングと、を備え、
前記コーティングは、銅亜鉛合金のγ相の1つ以上の領域(30-32)を含み、
各領域はそれぞれ銅亜鉛合金のγ相のみで形成され、
常温25℃において、各領域における銅亜鉛合金のγ相の亜鉛濃度は65.4原子%より大きく、
銅亜鉛合金のγ相の1つ以上の領域(30-32)の50%超が電極ワイヤの外面から1μm未満に位置している、
電極ワイヤ。
【請求項2】
常温において、銅亜鉛合金のγ相の1つ以上の領域(30-32)の50%超が電極ワイヤの外面と直接同一面上にある、
請求項1に記載の電極ワイヤ。
【請求項3】
常温において、銅亜鉛合金のγ相の各領域(30-32)内の亜鉛濃度は68.4原子%以上である、
請求項1に記載の電極ワイヤ。
【請求項4】
常温において、前記コーティングは、外側から前記電極ワイヤの前記金属コアに向かって順に、
亜鉛濃度が72原子%を超える第1の表面層(18)と、
銅亜鉛合金のγ相の各領域(30-32)を含む第2の層(16)と、を含み、
前記第1の表面層の厚さが1μmまたは0.5μm未満であり、
前記第2の層は、前記第1の表面層の直下にある、
請求項1に記載の電極ワイヤ。
【請求項5】
前記第1の表面層(18)は、銅亜鉛合金のε相からなる、
請求項4に記載の電極ワイヤ。
【請求項6】
前記コーティングは、銅亜鉛合金のβ相のみからなる銅亜鉛合金の第3の均質層(14)を備え、
前記第3の均質層(14)は前記第2の層(16)の直下にある、
請求項4に記載の電極ワイヤ。
【請求項7】
前記電極ワイヤは、前記電極ワイヤの断面において銅亜鉛合金のγ相の各領域を機械的に分離する割れ目(22-24)を有する、
請求項1~6のいずれか1項に記載の電極ワイヤ。
【請求項8】
前記銅亜鉛合金のγ相の少なくとも1つの領域(30-32)の長手方向軸に垂直な方向の厚さが、前記電極ワイヤの外径の1%より大きい、
請求項1~6のいずれか1項に記載の電極ワイヤ。
【請求項9】
前記銅亜鉛合金の1つ以上のγ相の領域(30-32)の50%超は、前記長手方向軸に垂直な断面を有し、前記断面の長さが5μmを超え、前記断面の幅が4μmを超え、
前記銅亜鉛合金のγ相の1つの領域の断面の長さ及び幅が、前記断面を完全に包含する最小表面積の長方形の幅及び長さにそれぞれ等しい、
請求項1~6のいずれか1項に記載の電極ワイヤ。
【請求項10】
前記金属コア上に、銅亜鉛合金のγ相の層を製造するステップを含むことを特徴とし、
常温25℃において、
前記銅亜鉛合金のγ相の層は電極ワイヤの外面から1μm未満に位置し、
亜鉛濃度が閾値S
16より大きく、前記閾値S
16は65.4原子%以上である、
請求項1~6のいずれか1項に記載の電極ワイヤの製造方法。
【請求項11】
前記銅亜鉛合金のγ相の層を製造するステップは、以下のステップを含む、請求項10に記載の電極ワイヤの製造方法。
a) 銅濃度が50原子%または60原子%を超える表面層を含む金属粗線上において、150℃を超える温度に加熱されたときに、金属粗線の表面層から前記コーティングに銅を拡散させて前記銅亜鉛合金のγ相の層を形成することができる前記コーティングを製造するステップ(82)と、
b) その後、前記コーティングが製造される金属粗線の各連続部分を、150℃を超える温度T
Cで順次加熱するステップ(84)であって、
これによって、前記加熱された部分のコーティングの一部が、さらに亜鉛が豊富な表面層によって覆われた銅亜鉛合金のγ相の層に変態するであって、この目的のために、前記金属粗線の各部分は、瞬間t
iniにおいて加熱領域に入り、瞬間t
0において前記加熱領域から出て、前記加熱領域内の金属粗線の巻き戻し速度は一定であり、前記瞬間t
0が次の場合の瞬間に対応するように決定され、
前記加熱領域から出る金属粗線の部分における亜鉛の豊富な表面層の厚さが1μm未満である、または、前記表面層は消失し、
前記加熱領域から出る金属粗線の部分の銅亜鉛合金のγ相の層の亜鉛濃度が依然として65.4原子%を超えるステップ(84)と、
c) その後、前記瞬間t
0から、前記瞬間t
0において前記加熱領域から出る金属粗線の部分の銅亜鉛合金のγ相の層の温度を30℃まで10秒未満で降下させるように、前記加熱領域から出る金属粗線の部分を冷却するステップ(90)であって、前記冷却するステップを、前記加熱領域から出る金属粗線の各部分に適用する前記冷却するステップ。
【請求項12】
ステップb)の間において、前記コーティングの各部分は、500℃から700℃の範囲の温度T
Cに加熱される、
請求項11に記載の方法。
【請求項13】
前記コーティングを製造するステップは、銅濃度が50または60原子%を超える金属粗線の表面層上に、98原子%を超える亜鉛濃度の層を直接製造するステップを含む、
請求項10に記載の方法。
【請求項14】
前記銅亜鉛合金のγ相の層を製造するステップは、以下のステップを含む、請求項10に記載の方法。
a) 銅濃度が50原子%または60原子%を超える表面層を有する金属粗線上に、前記金属粗線を150℃を超える温度に加熱することにより、銅を前記金属粗線の表面層から前記コーティングに拡散させて銅亜鉛合金のγ相の層を形成可能な前記コーティングを製造するステップ(82)と、
b) その後、前記コーティングが製造された金属粗線を静止炉中で150℃から300℃の範囲の温度T
Cで加熱することにより、前記コーティングの一部が銅亜鉛合金のγ相の層に変態し、銅亜鉛合金のγ相の層はさらに亜鉛に富む表面層によって覆われ、前記表面層の厚さは加熱が続くにつれて徐々に減少するステップと、
c) その後、瞬間t
0でステップb)を中断し、前記電極ワイヤの温度を30℃未満に低下させ、瞬間t
0は次の瞬間に対応するステップであって、
前記金属粗線上のさらに亜鉛に富む表面層の厚さが1μm未満である、または、前記表面層は消失し、および
前記金属粗線上の銅亜鉛合金のγ相の層の亜鉛濃度が依然として65.4原子%より大きいステップ。
【請求項15】
前記銅亜鉛合金のγ相の層を製造するステップは、前記金属コア上に、前記銅亜鉛合金のγ相の層を電気メッキするステップを含み、前記層の亜鉛濃度が65.4原子%以上である、
ことを特徴とする請求項10に記載の方法。
【国際調査報告】