(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公表特許公報(A)
(11)【公表番号】
(43)【公表日】2024-11-13
(54)【発明の名称】高強度鋼を製造する方法
(51)【国際特許分類】
C21D 9/46 20060101AFI20241106BHJP
C22C 38/00 20060101ALI20241106BHJP
C22C 38/14 20060101ALI20241106BHJP
C22C 38/58 20060101ALN20241106BHJP
【FI】
C21D9/46 T
C22C38/00 301W
C22C38/14
C22C38/58
【審査請求】未請求
【予備審査請求】未請求
(21)【出願番号】P 2024529913
(86)(22)【出願日】2022-11-23
(85)【翻訳文提出日】2024-07-19
(86)【国際出願番号】 US2022080444
(87)【国際公開番号】W WO2023097287
(87)【国際公開日】2023-06-01
(32)【優先日】2021-11-24
(33)【優先権主張国・地域又は機関】US
(81)【指定国・地域】
(71)【出願人】
【識別番号】518399313
【氏名又は名称】ユナイテッド ステイツ スチール コーポレイション
【氏名又は名称原語表記】UNITED STATES STEEL CORPORATION
(74)【代理人】
【識別番号】110001438
【氏名又は名称】弁理士法人 丸山国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】マーウィン,マシュー ジェイ.
【テーマコード(参考)】
4K037
【Fターム(参考)】
4K037EA01
4K037EA02
4K037EA05
4K037EA06
4K037EA11
4K037EA13
4K037EA15
4K037EA17
4K037EA18
4K037EA19
4K037EA20
4K037EA23
4K037EA25
4K037EA27
4K037EA31
4K037EA32
4K037EB06
4K037EB09
4K037FA01
4K037FA02
4K037FA03
4K037FC03
4K037FC04
4K037FD04
4K037FE01
4K037FE06
4K037FF01
4K037FF02
(57)【要約】
800~1100MPaの引張強度及び少なくとも50%の穴拡げ率を有する高強度鋼シートを製造する方法であって、以前に鋳造されたスラブをAr3を越える温度に再加熱するステップ、又は直接鋳造されたスラブの熱をAr3を越える温度に保持するステップと、前記スラブを最終の所望厚さに熱間圧延するステップと、前記鋼シートを毎秒50℃の速度で400℃未満の温度に冷却するステップと、前記鋼シートをコイルに巻き取るステップと、を含む。
【選択図】
図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
800~1100MPaの引張強度及び少なくとも50%の穴拡げ率を有する高強度鋼シートを製造する方法であって、
以前に鋳造されたスラブをAr3を越える温度に再加熱するステップ、又は直接鋳造されたスラブの熱をAr3を越える温度に保持するステップと、
前記スラブを最終の所望厚さに熱間圧延するステップと、
前記鋼シートを毎秒50℃の速度で400℃未満の温度に冷却するステップと、
前記鋼シートをコイルに巻き取るステップと、
を含む、高強度鋼シートの製造方法。
【請求項2】
前記Ar3温度は、オーステナイト-フェライト変態よりも高い温度である、請求項1に記載の高強度鋼シートの製造方法。
【請求項3】
前記鋼シートを針状フェライト組織に冷却することをさらに含む、請求項1に記載の
高強度鋼シートの製造方法。
【請求項4】
前記鋼シートをベイナイト組織に冷却することをさらに含む、請求項1に記載の高強度鋼シートの製造方法。
【請求項5】
強度保持又は強度向上のための析出反応を促進するために、前記鋼シートに二次処理を施すことをさらに含む、請求項1に記載の高強度鋼シートの製造方法。
【請求項6】
前記鋼コイルをAclよりも低い温度に再加熱することをさらに含む、請求項5に記載の高強度鋼シートの製造方法。
【請求項7】
前記Acl温度は、500℃よりも高く、フェライト-オーステナイト相変態温度よりも低い温度である、請求項6に記載の高強度鋼シートの製造方法。
【請求項8】
前記温度は、使用される工程で予想される時間長に依存する、請求項6に記載の高強度鋼シートの製造方法。
【請求項9】
加熱時間の短縮を達成するために、前記鋼シートを連続アニーリングすることをさらに含む、請求項6に記載の高強度鋼シートの製造方法。
【請求項10】
前記連続アニーリング中の前記加熱時間を短縮することにより、前記鋼シートを、Ac1温度に近づけて、前記所望の特性を達成することができる、請求項9に記載の高強度鋼シートの製造方法。
【請求項11】
約800MPaの引張強度を有し、炭素を0.06重量%、Mnを1.0重量%、Siを0.1重量%、Tiを0.03重量%、ホウ素を0.0020重量%の組成を有する高強度鋼シートを製造する方法であって、
以前に鋳造されたスラブをAr3を越える温度に再加熱するステップ、又は直接鋳造されたスラブの熱をAr3を越える温度に保持するステップと、
前記スラブを最終の所望厚さに熱間圧延するステップと、
前記鋼シートを毎秒50℃の速度で400℃未満の温度に冷却するステップと、
前記鋼シートをコイルに巻き取るステップと、
を含む、高強度鋼シートの製造方法。
【請求項12】
前記鋼シートを針状フェライトに冷却することをさらに含む、請求項11に記載の高強度鋼シートの製造方法。
【請求項13】
強度保持又は強度向上のための析出反応を促進するために、前記鋼シートに二次処理を施すことをさらに含む、請求項11に記載の高強度鋼シートの製造方法。
【請求項14】
前記鋼コイルをAclよりも低い温度に再加熱することをさらに含む、請求項13に記載の高強度鋼シートの製造方法。
【請求項15】
前記Acl温度は、500℃よりも高く、フェライト-オーステナイト相変態温度よりも低い温度である、請求項14に記載の高強度鋼シートの製造方法。
【請求項16】
前記温度は、使用される工程で予想される時間長に依存する、請求項11に記載の高強度鋼シートの製造方法。
【請求項17】
加熱時間の短縮を達成するために、前記鋼シートを連続アニーリングすることをさらに含む、請求項11に記載の高強度鋼シートの製造方法。
【請求項18】
前記連続アニーリング中の前記加熱時間を短縮することにより、前記鋼シートを、Ac1温度に近づけて、前記所望の特性を達成することができる、請求項17に記載の高強度鋼シートの製造方法。
【請求項19】
約1000MPaの引張強度を有し、Cを0.06重量%、Mnを1.0重量%、Siを0.1重量%、Tiを0.03重量%、Bを0.0020重量%の組成を有する高強度鋼シートを製造する方法であって、
以前に鋳造されたスラブをAr3を越える温度に再加熱するステップ、又は直接鋳造されたスラブの熱をAr3を越える温度に保持するステップと、
前記スラブを最終の所望厚さに熱間圧延するステップと、
前記鋼シートを毎秒50℃の速度で400℃未満の温度に冷却するステップと、
前記鋼シートをコイルに巻き取るステップと、
を含む、高強度鋼シートの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
<関連出願の相互参照>
本出願は、2021年11月24日に出願された米国仮特許出願第63/283,090号の利益を主張するものであり、参照により本明細書に組み込まれる。
【背景技術】
【0002】
<背景>
プレート製品や熱間ストリップミル製品では、典型的には、直接クエンチング法が採用される。テンパー工程(tempering)はプレートの直接クエンチングにおいて適用され、時効、例えば析出硬化は、析出硬化動力学のモデルを開発する際、実験室での直接クエンチング後に採用されている。熱間ストリップミルで製造される鋼の多くは、500℃を超えるコイリング温度を用いて製造される。この条件は、低合金鋼では達成可能な強度を制限することになるため、所定の高強度レベルを達成するためには合金含有量を増やすか、又はオフライン熱処理による追加の処理と費用が必要となる。
【0003】
例えば、800MPaや1000MPaの引張強度クラスにおける曲げや穴拡げなどの局所的成形性が良好な高強度鋼の製造プロセスでは、冷間圧延を必要とせずに製造されるものもある。
【0004】
本開示は、例えば冷間圧延やアニーリングなどのさらなる熱機械的工程を行うことなく、熱間ストリップミルで高強度鋼を直接製造する方法を含む。幾つかの実施形態において、開示されるプロセスは、高強度鋼を製造するために、低いコイリング温度を利用すること、すなわち熱間ストリップミルにおいて「直接クエンチング(direct quenching)」を利用することを含む。幾つかの実施形態において、本明細書に記載されるプロセスは、微細で強靭なミクロ組織、例えば、高い局所的成形性を必要とする用途に適した針状(acicular)フェライトを有する高強度鋼を達成するために、その後の熱処理を低減又は省略した直接クエンチングを含む。幾つかの実施形態において、高強度鋼は、例えばベイナイト又はマルテンサイトがクエンチング後に直接生成される。幾つかの実施形態では、強度(strength)、展延性(ductility)、又は靭性(toughness)のバランスは、例えばバッチアニーリング、連続アニーリング、又は溶融めっきライン(hot-dip coating lines)を通じて、その後のテンパー工程の実施によって修正されることができる。幾つかの実施形態において、微細組織を有する鋼は、例えば、バッチアニーリング、連続アニーリング、又は溶融めっきラインを通じて、その後のテンパー工程と同様な時効処理のために析出強化元素を溶解状態で保持しながら製造される。幾つかの実施形態において、強度、展延性、又は靭性を所望のバランスで生成するために時効処理が利用される。
【発明の概要】
【0005】
<要旨>
800~1100MPa引張強度及び少なくとも50%の穴拡げ率(hole expansion ratio)を有する高強度鋼シートを製造する方法であって、以前に鋳造されたスラブを再加熱するステップ、又は直接鋳造されたスラブからの熱をAr3を越える温度に保持するステップと、スラブを最終の所望厚さに熱間圧延するステップと、鋼シートを毎秒50℃の速度で400℃未満の温度に冷却するステップと、鋼シートをコイルに巻き取るステップと、を含む。
【0006】
約800MPaの引張強度を有し、炭素0.06重量%、Mn1.0重量%、Si0.1重量%、Ti0.03重量%、及びホウ素0.0020重量%を含有する組成の高強度鋼シートを製造する方法であって、以前に鋳造されたスラブを再加熱するステップ、又は直接鋳造されたスラブからの熱をAr3を越える温度に保持するステップと、スラブを最終の所望厚さに熱間圧延するステップと、鋼シートを毎秒50℃の速度で400℃未満の温度に冷却するステップと、鋼シートをコイルに巻き取るステップと、を含む。
【0007】
約1000MPaの引張強度を有し、C0.06重量%、Mn1.0重量%、Si0.1重量%、Ti0.03重量%、及びB0.0020重量%を含有する組成の高強度鋼シートを製造する方法であって、以前に鋳造されたスラブを再加熱するステップ、又は直接鋳造されたスラブからの熱をAr3を越える温度に保持するステップと、スラブを最終の所望厚さに熱間圧延するステップと、鋼シートを毎秒50℃の速度で400℃未満の温度に冷却するステップと、鋼シートをコイルに巻き取るステップと、を含む。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【
図1】
図1は、コイル内の様々な位置における従来の冷却方法のモデリングを示すグラフである。
【0009】
【
図2】
図2は、その後のアニーリングを行わない実験鋼の引張強度の関数としての穴拡げを示すグラフである。
【0010】
【
図3】
図3は、異なるアニーリングサイクルを適用した後の実験鋼の引張強度の関数としての穴拡げを示すグラフである。
【0011】
【
図4】
図4は、硬さ試験による時効応答を示すグラフであり、P*モデリング、バッチアニーリングパラダイムとの一致があるかどうかを判断するためのグラフである。
【0012】
【
図5-1】
図5-1は、アニーリングに対する感受性(sensitivity)を判定するために実施した時効処理を示すグラフである。
【
図5-2】
図5-2は、アニーリングに対する感受性を判定するために実施した時効処理を示すグラフである。
【0013】
【
図6】
図6は、穴拡げを向上させる目的でミクロ組織をテンパーするために実施した低温時効処理のグラフである。
【0014】
【
図7】
図7は、アニーリング温度に対する感受性を判定するためのバッチアニーリングのシミュレーションを示すグラフである。
【0015】
【
図8-1】
図8-1は、バッチアニーリングに基づく時効反応のグラフである。
【
図8-2】
図8-2は、バッチアニーリングに基づく時効反応のグラフである。
【0016】
【
図9】
図9は、ホットスポット(hot spot)及びコールドスポット(cold spot)でバッチアニーリングシミュレーションを実施した時効研究の結果を示すグラフである。
【0017】
【
図10-1】
図10-1は、バッチアニーリング温度に対する感受性を調べるためのアニーリングスクリーニングのグラフである。
【
図10-2】
図10-2は、バッチアニーリング温度に対する感受性を調べるためのアニーリングスクリーニングのグラフである。
【0018】
【
図11】
図11は、ホットスポット及びコールドスポットサイクルでアニーリングシミュレーションのグラフである。
【0019】
【発明を実施するための形態】
【0020】
<詳細な説明>
幾つかの実施形態において、高強度鋼を製造するプロセスは、析出硬化によって実質的に強化されるフェライト組織を生じさせる必要がある。主な析出硬化は従来のプロセスでは、チタンベース又はバナジウムベースのいずれかである。これらの技術は、一般的な熱間ストリップミル(HSM)プロセスを採用しており、コイリング温度は少なくとも600℃(1112°F)である。高温のコイルを自由冷却することは、従来から行われており、コイル内の異なる位置で時間-温度履歴が異なる結果となる。コイルの端部(特にエッジ、外側ラップ)はコイル内部よりも速く冷却される。従来の方法で推定され得るこのようなばらつきは、
図1に示されている。この例は、初期コイリング温度1325°F、コイル内径30インチ、外径65.6インチ、厚さ0.371インチの場合である。これは、この材料設計が依拠する析出硬化反応と密接な関係があり、望ましくない機械的特性のばらつきを引き起こす。
【0021】
従来の方法の中には、モリブデンを添加することで、炭化チタン析出物のばらつきや、バナジウム系析出物のばらつきを緩和するものがある。針状フェライト組織は、強度と靭性の両方を提供することが知られている。これらのミクロ組織は、ラインパイプ製品の基礎である。局所的成形性は、本明細書で開示するように、靱性及び高強度を有する鋼の尺度(measure)として有効である。
【0022】
針状フェライトは、低炭素鋼をクエンチングすることによって生成されることができ、コイラーに巻き取る前にストリップを低温にクエンチングすることによりコイリング後の冷却のばらつきを緩和することができる。本開示は、熱間ストリップミルプロセス後の鋼の直接クエンチングについて考察する。幾つかの実施形態では、直接クエンチングは、析出硬化種(precipitation hardening species)を溶解状態(未析出)で保存することができる。
【0023】
熱間ストリップミルの主な目的は、厚肉の鋼スラブを様々な厚さの薄肉シートに再加熱することである。厚肉鋼スラブは、強力なモーターで駆動される幾つかの圧延ミルスタンドを通過する。次に、圧延された鋼シートはコイラーを通過し、その後、コイルは工場内の次のプロセスに移される。スタートアップから終了まで、鋼材は熱間ストリップミルの主な特徴である各段階で幾つかの処理を受ける。
【0024】
本開示は、バッチアニーリング、連続アニーリングなどの制御された熱条件下で析出強化反応を誘導する方法、又は均一性の向上で特性を調節する方法を含む。さらに、本開示は、クエンチアンドテンパーが施された製品をアニーリングすることにより強度と靭性の組合せが達成されることを示すデータを含む。
【0025】
本開示は、鋼の熱間圧延プロセスの広範囲にわたって適用可能である。幾つかの実施形態では、鋼は、主にオーステナイト状態にあるときに熱間圧延され、圧延されたストリップは、その後、針状フェライト又はベイナイト組織を達成するのに十分な低温まで、十分な速度で冷却される。幾つかの実施形態では、最終熱間圧延の前駆体(precursor)は、最終圧延シーケンス(最終圧延の前に中間再加熱と共に、又は中間再加熱無しで行われる直接鋳造及び圧延技術)と並行して製造されることができる。或いは、熱間ストリップミルで処理するために再加熱されるスラブ又はトランスファーバー(transfer bar)とは独立した設備で製造されることができる。
【0026】
幾つかの実施形態において、最終圧延工程の温度は、鋼がオーステナイト開始状態になる温度とされるべきである。これにより、最終圧延パスは、Ar3温度としても知られるオーステナイト-フェライト変態温度よりも高い温度で完了する。
【0027】
幾つかの実施形態において、最終圧延工程の完了後、鋼は、所望される針状フェライト及び/又はベイナイトミクロ組織(強度クラスによる)を達成するために急速に冷却される。急速冷却は鋼が400℃よりも低くなるまで続けられる。鋼ストリップは、次いで、コイルに巻き取られる。急速冷却の速度は50℃/秒よりも速くすべきである。
【0028】
幾つかの実施形態において、強度の保持又は増加のための析出反応を促進するために、鋼ストリップに二次処理プロセスが適用される。この実施形態では、熱間圧延されたストリップは、500℃超の温度で、フェライト-オーステナイト相変態温度、例えばAcl温度よりも低い温度に再加熱されるべきである。適切な温度は、行われるプロセスで予想される時間によって異なる。例えば、鋼ストリップの連続アニーリングでは、コイルのバッチアニーリングよりも加熱時間が短くなる。連続アニーリング工程(溶融めっきされたストリップ又はめっきされていないストリップに対する)では、短い加熱時間で、ストリップはAc1温度に達することができ、所望の特性が達成される。
【0029】
幾つかの実施形態では、鋼組成物は炭素を含む。幾つかの実施形態において、鋼組成物は、炭素を約0.03~0.07重量パーセントの範囲で含む。炭素レベルが約0.03重量パーセント未満であると、所望の強度レベルを達成することができない虞れがある。炭素レベルが高くなると、穴拡げ性能が低下する虞れがあり、鋼は、連続鋳造中に有害な包晶反応を生じ易くなる。
【0030】
幾つかの実施形態では、鋼組成物はマンガンを含む。幾つかの実施形態において、鋼組成物は、マンガンを最大約2.0重量%の範囲で含む。マンガンは、より経済的な強化元素の一つであり、硫黄を隔離して(sequester)有害な硫化鉄の生成を防止する。高強度鋼の最小の実用的レベルは約0.5重量パーセントであり、より高価な元素の使用を避けるため、経済性の理由から高いレベルでしばしば使用される。マンガンのレベルがあまり高くなると、化学的偏析パターンが発生し、性能に悪影響を及ぼす可能性がある。
【0031】
幾つかの実施形態では、鋼組成物はモリブデンを含む。幾つかの実施形態において、鋼組成物は、モリブデンを最大約0.5重量%の範囲で含む。モリブデンは強力な(potent)強化元素(strengthening element)であるが、使用するにはしばしば高価である。モリブデンは、使用されるマンガンの最大含有量を制限するために、あるいは析出硬化種に熱安定性を付加するために選択されることができる。技術的に必要がなければ、経済的な理由から残留レベルで用いられるだろう。
【0032】
幾つかの実施形態では、鋼組成物はクロムを含む。幾つかの実施形態において、鋼組成物は、クロムを約2.0重量パーセント未満で含む。クロムは強力な強化元素である。経済的には、マンガンの後、モリブデン前の使用が推奨される。クロムは、マンガンの最大使用量を制限するために使用されることができる。この技術の場合、約2.0重量パーセント未満の添加が適当である。
【0033】
幾つかの実施形態では、鋼組成物はケイ素を含む。幾つかの実施形態において、鋼組成物は、ケイ素を最大で約1重量パーセント又はそれよりも少なく含み、効率的な強化元素である。ケイ素のレベルが高くなると、熱間ストリップに表面特徴を誘発することがあり、用途によっては好ましくない。また、ケイ素レベルが高くなると、亜鉛めっき作業に支障をきたすことがある。
【0034】
幾つかの実施形態では、鋼組成物はホウ素を含む。幾つかの実施形態において、鋼組成物は、ホウ素を約10~30ppm未満の範囲で含む。強化効果は、窒素を隔離する元素、最も典型的にはチタンの使用によって確実に達成される。窒素を隔離すると、粗大な窒化物粒子が生じ、該窒化物粒子は、鋼の靭性を損なうことになり得る。そのため、ホウ素の使用は、靭性が最も重要な用途に適さない場合がある。
【0035】
幾つかの実施形態では、鋼組成物はチタンを含む。幾つかの実施形態において、鋼組成物は、チタンを強力な強化元素として含む。本開示においては、チタンは、主に、ホウ素の使用を容易にするための窒素隔離元素として、又は二次の熱工程のための析出強化剤として利用される。窒素の隔離に使用するための適切なレベルは、鋼の窒素含有量の3.4倍のレベルである。析出強化目的のための実用的な最大添加量は0.2重量%であろう。
【0036】
幾つかの実施形態では、鋼組成物はバナジウムを含む。幾つかの実施形態において、鋼組成物は、約0.2重量%のバナジウムを含む。バナジウムは、強力な強化元素であり得る。本開示においては、バナジウムは、二次の熱工程の析出強化剤として使用される。
【0037】
幾つかの実施形態では、鋼組成物は銅を含む。幾つかの実施形態において、鋼組成物は、大気腐食抵抗性が所望される場合、銅を、約0.3~0.5重量%の範囲で含む。銅は重要な強化元素とは考えられていない。本開示においては、銅は大気耐候性が所望される場合にのみ用いられる。適切な機械的特性は、この高価な合金元素を使わなくても得られる。銅は、熱間圧延の際に展延性が低下する(高温脆性)可能性があるため、その使用は慎重でなければならない。使用される熱間圧延プロセスによっては、熱間展延性の低下を軽減するためにニッケルの同時添加が必須となる場合もある。
【0038】
幾つかの実施形態では、鋼組成物はニッケルを含む。幾つかの実施形態では、鋼組成物は、銅添加量のおよそ2分の1のレベルでニッケルを含む。このレベルは、熱間圧延温度における低展延性を軽減するのに適していることを見い出した。ニッケルの添加は、強化、強靭化、又は熱間圧延中の低展延性を軽減するために採用することができる。本開示においては、ニッケルは、耐候性が所望される場合、銅の添加に伴って使用されるだけである。この高価な合金元素を使用しなくても、適切な機械的特性は得られることができる。
【0039】
幾つかの実施形態では、鋼組成物は、約800MPaの引張強度を有し、非常に経済的な鋼組成は、およそ0.06C-1.0Mn-0.1Si-0.03Ti-0.0020B(全ての値は重量%)であり、追加元素の意図的な添加はない。公称1000MPaの引張強度を得るために同様な合金設計を使用すると、組成はおよそ0.06C-1.0Mn-0.1Si-0.03Ti-0.0020B(全ての値は重量%)であり、追加元素の意図的な添加はない。ホウ素を添加しない代替設計の検討も可能である。例えば、800MPaの引張強度を有する鋼は、およそ0.06C-1.5Mn-0.1Si(全ての値は重量%)であって、追加元素の意図的な添加はない。1000MPaの引張強度に達するには、マンガンレベルを実用的な最大値である2.0重量%まで増やし、クロムは0.5重量%のレベルで添加される。
【0040】
本明細書に記載されるように、直接クエンチングは熱処理工程の第一段階であり、その後のテンパー工程は別の処理工程(バッチアニーリング、連続アニーリング)で行われる。この方法は、析出硬化反応に依存せず、既知のクエンチ-アンド-テンパー概念の代替実施である。
【0041】
図2は、主要な目的である2つの重要な特性、すなわち穴拡げと引張強度の組合せを示す図である。
図2は、引張強度の関数としての穴拡げを示すグラフである。グラフは、本開示のプロセスの実施形態に従って製造された鋼について、直接クエンチされたままの状態と、アニーリング後の特性を示している。本開示は、少なくとも800MPaの引張強度を有し、少なくとも50%の穴拡げを有する鋼を製造するように構成される。
図2に示されるグラフは、アニーリングを行わないときの特性を示し、第2のグラフは、異なるアニーリングサイクルを適用した後の特性を示す。
図2に示されるグラフは、800MPaを超える引張強度で良好な穴拡げが得られた様々なバッチがあることを示している。
【0042】
以下の実施例は、本開示の様々な態様を説明するためのものであり、本開示の範囲を限定するものではない。多くの異なる鋼合金について検討した。直接クエンチされた製品の強度は、組成の関数として変化することが予想される。表1は、組成の関数としての引張強度の回帰モデルを示している。データはP値が昇順でソートされ、回帰に最も有意な要素がリストの一番上に配置されている(P値が高いほど、ランダム寄与(random contribution)の確率が高いことを意味する)。
【0043】
表1は、直接クエンチしたままのプレートについて、引張強度と組成の回帰結果を示している。
【表1】
【0044】
C、B、Mn、Mo、及びCrの含有は、鋼の硬化性(hardenability)を高めるために用いられる。幾つかの実施形態では、特に負係数(negative coefficient)で示されるCbの貢献は、この元素の粒径微細化への寄与と硬化性への負の寄与を反映している。幾つかの実施形態では、CuとNiの添加は、硬化性に寄与することが期待されるが、信頼できる寄与として報告されなかった(P値がかなり高い)。同様に、幾つかの実施形態では、VとTiは高いP値を示した。これらの鋼において、VとTiの寄与は主に析出硬化によるものであるから、VとTiにおけるこの状態は妥当であり、クエンチしたまま(as-quenched)の状態で活性であることは期待できない。V及びTi、さらにCbが強度の維持又は増加に寄与するのは、その後の時効処理を通じてである。
【0045】
表2及び表3は、キャンペーン1のデータを示している。プレートは熱間圧延され、室温まで直接クエンチされた。ヒートの組成はすべて重量%である。
【表2】
【表3】
【0046】
表4及び表5はキャンペーン2のデータを示している。プレートは熱間圧延され、室温まで直接クエンチされた。その後、時効処理を行い、アニーリングに対する感受性を求めた。
【表4】
【表5】
【0047】
図4は、P*モデリングと一致があったかどうかを判定するための硬さ試験による時効反応のグラフである。バッチアニーリングのパラダイム時間は1時間から48時間、3600秒から172800秒である。硬さ試験はHRAスケールで行い、HRCに換算した。
【0048】
表6及び表7は、キャンペーン3のデータを示している。プレートは熱間圧延され、直接クエンチされた。
【表6】
【表7】
【0049】
表8及び表9はキャンペーン4のデータを示している。厚肉(heavy gauge)に熱間圧延して、初期テストを実施した。
【表8】
【表9】
【0050】
表10は、穴拡げ試験を容易にするために厚さ5mmに研削したプレートのデータである。端部から抜き取ったサブサイズの長手方向引張試験片を試験した。
【表10】
【0051】
図5は、アニーリングに対する感受性を調べるために行った時効処理のグラフである。試験はすべてソルトポットの中で行ない、HRAの硬さを測定した。引張強度をより直接に推定できるようにVHNに変換した。
図6及び
図7は、ホットスポットとコールドスポットのバッチアニーリングをシミュレートしたもので、穴拡げを向上させる目的でミクロ組織をテンパーする低温時効処理を施したものである。
【0052】
表11は、低温テンパー処理後の穴拡げを示している。
【表11】
【0053】
表12及び表13は、キャンペーン5のデータを示している。プレートは熱間圧延して、室温まで直接クエンチを行なった。
【表12】
【表13】
【0054】
表14及び表15は、キャンペーン6のデータを示している。プレートは熱間圧延して、室温までクエンチを行なった。
【表14】
【表15】
【0055】
表16及び表17は、780開発ベイナイト法の直接クエンチ部分を示している。実験室のヒートは、2つの異なる仕上げ温度で熱間圧延し、室温まで直接クエンチした。
【表16】
【表17】
【0056】
図8は、バッチアニーリングのパラダイムに基づく時効応答を示すグラフである。この実施形態では、バッチアニーリングは、アニーリング温度に対する感受性を求めるために、例えば、100°F/hrで加熱、24時間保持、炉冷の条件で実施した。
【0057】
図9は、ホットスポット及びコールドスポットでバッチアニーリングシミュレーションを実施した時効研究結果に基づく結果を示している。幾つかの実施形態では、ホットスポット温度は、1100°Fであり、Mo鋼ではピーク時効付近であり、Moを使用しない場合は過時効であった。幾つかの実施形態では、コールドスポットは、1000°Fであり、ピーク時効が1000°Fで24時間だった場合、ピーク時効より下であった。
【0058】
表18は、ホットスポット及びコールドスポットでバッチアニーリングシミュレーションを実施した時効研究結果に基づく結果を示しており、1100°Fのホットスポットは、Mo鋼ではほぼピーク時効で試験し、Moを使用しない場合は過時効で試験した。さらに、1000°Fのコールドスポットを試験した。これは、ピーク時効が1000°Fで24時間であった場合、ピーク時効より下である。
【表18】
【0059】
表19及び表20は、HR780開発である、FM13及びKSL780Rのハイブリッドの直接クエンチ部分の結果を示している。データは、CAL/HDグレードに対する実験室ヒートを含む。プレートは異なる仕上げ温度で熱間圧延し、室温まで直接クエンチした。
【表19】
【表20】
【0060】
図10は、バッチアニーリング温度900、1000、1100、1200°Fに対する24時間での感受性を調べるためのアニーリングスクリーニングのグラフである。
図11は、ホットスポット及びコールドスポットサイクルでのバッチアニーリングのシミュレーションを示す。表21は、ホットスポット及びコールドスポットサイクルでのバッチアニーリングシミュレーションのデータを含む。
【表21】
【0061】
図12は、ヒート30における低いアニール温度に対するデータを示しており、900°F、24時間で、約755MPaである。表22は、HR780開発における直接クエンチ部分を示しており、Tiを含み、Nレベルが異なる。これらのヒートは、FM13/FM44を調整するためのものである。実験室ヒートは、熱間圧延後、室温まで直接クエンチした。
【表22】
【0062】
本発明の広い範囲を示す数値範囲及びパラメータは近似値であるが、具体的実施例で示された数値は、可能な限り正確に報告されている。しかし、どの数値も、それぞれの試験測定で存在する標準偏差から必然的に生じるある程度の誤差を本質的に含んでいる。
【0063】
また、本明細書で記載されたすべての数値範囲は、そこに包含されるすべての下位範囲を含むことが意図されていることを理解されるべきである。例えば、「1~10」の範囲は、記載された最小値である1と、記載された最大値である10を含み、さらに1と10との間にあるすべてのサブ範囲を含むことが意図されており、すなわち、最小値は1に等しいか又は1よりも大きく、最大値は10に等しいか又は10よりも小さい。
【0064】
本明細書において、特に記載のない限り、単数形の使用は複数形を含み、複数形は単数形を包含する。また、本明細書において、「又は」の使用は、特に記載のない限り、「及び/又は」を意味し、特定の例において「及び/又は」が明示的に使用されることがあっても、その限りではない。本明細書及び添付の請求項において、冠詞「a」、「an」、及び「the」は、明示的かつ明白に1つの物に限定されない限り、複数の物を含む。
【0065】
本明細書で使用される「含む(including, comprising)」「含有する(containing)」などの用語は、非限定(open-ended)の語であって、この出願の中では、記載されていない元素、材料、相又は方法の段階の追加の存在を排除しないものと理解される。本明細書で使用される「からなる(consisting of)」の用語は、特定されていないあらゆる元素、材料、相又は方法の段階の存在を排除するものと理解される。本明細書で使用される「本質的に…からなる(consisting essentially of)」の用語は、該当する場合は、特定された元素、材料、相又は方法の段階を含み、また、特定されていないあらゆる元素、材料、相又は方法の段階について、発明の基本的又は新規な特徴に重要な影響を及ぼさないものを含むものと理解される
【0066】
本発明の特定の実施形態を、例示目的で上記で説明したが、当業者であれば、本発明から逸脱することなく、本発明の詳細の多くの変形を成し得ることは明らかであろう。
【国際調査報告】