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特表2024-542796糖尿病患者の皮膚の処置のための組成物
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公表特許公報(A)
(11)【公表番号】
(43)【公表日】2024-11-15
(54)【発明の名称】糖尿病患者の皮膚の処置のための組成物
(51)【国際特許分類】
   A61K 33/06 20060101AFI20241108BHJP
   A61K 31/683 20060101ALI20241108BHJP
   A61K 31/685 20060101ALI20241108BHJP
   A61K 31/661 20060101ALI20241108BHJP
   A61K 9/06 20060101ALI20241108BHJP
   A61K 9/08 20060101ALI20241108BHJP
   A61K 47/24 20060101ALI20241108BHJP
   A61P 17/00 20060101ALI20241108BHJP
   A61P 17/04 20060101ALI20241108BHJP
   A61P 31/04 20060101ALI20241108BHJP
   A61P 31/10 20060101ALI20241108BHJP
   A61K 8/19 20060101ALI20241108BHJP
   A61K 8/55 20060101ALI20241108BHJP
   A61Q 19/00 20060101ALI20241108BHJP
【FI】
A61K33/06
A61K31/683
A61K31/685
A61K31/661
A61K9/06
A61K9/08
A61K47/24
A61P17/00
A61P17/04
A61P31/04
A61P31/10
A61P17/00 101
A61K8/19
A61K8/55
A61Q19/00
【審査請求】未請求
【予備審査請求】未請求
(21)【出願番号】P 2024533090
(86)(22)【出願日】2022-11-22
(85)【翻訳文提出日】2024-07-26
(86)【国際出願番号】 EP2022082692
(87)【国際公開番号】W WO2023099274
(87)【国際公開日】2023-06-08
(31)【優先権主張番号】21211909.3
(32)【優先日】2021-12-02
(33)【優先権主張国・地域又は機関】EP
(81)【指定国・地域】
(71)【出願人】
【識別番号】524207828
【氏名又は名称】ミベール アーゲー
(74)【代理人】
【識別番号】110002354
【氏名又は名称】弁理士法人平和国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】ズリ,フレッド
(72)【発明者】
【氏名】ズーター,フランツ
(72)【発明者】
【氏名】ワンドレー,フランツィスカ
(72)【発明者】
【氏名】シューフ,コルネリア
【テーマコード(参考)】
4C076
4C083
4C086
【Fターム(参考)】
4C076AA06
4C076AA09
4C076AA12
4C076AA19
4C076BB31
4C076CC18
4C076CC32
4C076DD63
4C076EE58
4C076FF09
4C076FF15
4C076FF17
4C076FF39
4C076FF52
4C076FF53
4C076FF57
4C076FF63
4C083AA122
4C083AB032
4C083AB211
4C083AB212
4C083AC072
4C083AC112
4C083AC122
4C083AC172
4C083AC242
4C083AC302
4C083AC312
4C083AC352
4C083AC402
4C083AC422
4C083AC612
4C083AC642
4C083AC842
4C083AD092
4C083AD352
4C083AD392
4C083AD571
4C083AD572
4C083AD662
4C083BB01
4C083BB21
4C083BB41
4C083BB46
4C083BB48
4C083CC02
4C083CC04
4C083CC05
4C083DD22
4C083DD23
4C083DD31
4C083DD41
4C083DD45
4C086AA01
4C086AA02
4C086DA41
4C086HA04
4C086MA02
4C086MA05
4C086MA17
4C086MA24
4C086MA28
4C086MA63
4C086NA05
4C086NA14
4C086ZA89
4C086ZB35
(57)【要約】
バリア機能が損なわれた皮膚、特に好ましくは糖尿病患者の皮膚の局所処置に使用するための、活性量の二価カルシウムを有する医薬用又は美容用の組成物であって、二価カルシウムは組成物中にリン脂質複合体として存在している、組成物。
【選択図】 なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
バリア機能が損なわれた皮膚、特に好ましくは糖尿病患者又は前糖尿病患者の皮膚の局所処置に使用するための、活性量の二価カルシウム(Ca2+)を有する医薬用又は美容用の組成物であって、前記二価カルシウムは前記組成物中にリン脂質複合体として存在している、組成物。
【請求項2】
Ca2+リン脂質複合体が、前記Ca2+と、1つ又は2つのリン脂質、好ましくは負電荷の前記リン脂質との、好ましくは中性の複合構造体としての、複合体の形態であり、前記複合体は、好ましくは、実質的に対向している又は隣接している、好ましくは少なくとも部分的に負に帯電している2つのリン脂質の間に中心Ca2+を有する円錐又は双円錐の、好ましくは中性の構造体の形態であり、又は好ましくはそのような構造体の中性の凝集体の形態であることを特徴とする、請求項1記載の組成物。
【請求項3】
糖尿病患者、特に2型糖尿病患者に関することを特徴とする、請求項1又は2記載の組成物。
【請求項4】
前記リン脂質が、ホスファチジン酸、ホスファチジルコリン、ホスファチジルエタノールアミン、ホスファチジルイノシトール、ホスファチジルセリン、ジホスファチジルグリセロール、若しくはこれらの系の混合物の群から選択される、水素添加の形態、部分的水素添加の形態、若しくは非水素添加の形態のホスホグリセリド、及び/又は水素添加の形態、部分的水素添加の形態、若しくは非水素添加の形態のレシチン部分であることを特徴とする、請求項1~3のいずれか1項記載の組成物。
【請求項5】
カルシウムリン脂質複合体が、リン脂質との、特に少なくとも部分的に、ホスファチジン酸、ホスファチジルイノシトール、若しくはホスファチジルセリン、又はそれらの組み合わせの群から選択される負に帯電したリン脂質とのカルシウム複合体であり、二価カルシウムのリン脂質に対するモル比が、
リン脂質の全含有量を基準にして、0.05:1~20:1の範囲、好ましくは0.1:1~5:1の範囲、より好ましくは0.2:1~1:1若しくは0.3:1~0.8:1の範囲であり、
及び/又は、負に帯電したリン脂質の含有量を基準にして、0.1:1~30:1の範囲、好ましくは0.3:1~10:1の範囲、より好ましくは0.4:1~5:1若しくは0.5:1~1:1の範囲である
ことを特徴とする、請求項4記載の組成物。
【請求項6】
カルシウムリン脂質複合体が、負に帯電したホスファチジン酸、ホスファチジルイノシトール、及び/又はホスファチジルセリンとのカルシウム複合体であり、二価カルシウムの負に帯電したリン脂質に対するモル比が0.2:1~1:1又は0.3:1~0.8:1の範囲であることを特徴とする、請求項4記載の組成物。
【請求項7】
カルシウムリン脂質複合体が、前記組成物中、及び/又は前記組成物のカルシウムリン脂質を含む出発材料中、ゲル構造体であることを特徴とする、請求項1~6のいずれか1項記載の組成物。
【請求項8】
局所適用が意図されるCa2+リン脂質複合体中の前記二価カルシウムの濃度が、0.001~10重量パーセント又は0.005~5.0重量パーセントの範囲、好ましくは0.01~0.5重量パーセントの範囲であり、CaCl・2HOの重量パーセントが全組成物を基準としており、
及び/又は、局所適用が意図されるCa2+リン脂質複合体中の前記リン脂質の濃度が、0.01~30重量パーセントの範囲、好ましくは0.05~5重量パーセントの範囲であり、前記リン脂質の重量パーセントは全組成物を基準としている
ことを特徴とする、請求項1~7のいずれか1項記載の組成物。
【請求項9】
前記組成物が、前記患者の前記皮膚への局部適用のための軟膏、クリーム、ローション、ペースト、又はチンキとして製剤され、前記組成物は、好ましくは追加で、製剤構成成分である増粘剤、滑沢剤、保湿剤及び/若しくは保水剤、界面活性剤、保存料、消泡剤、ワックス、脂肪、油、抗酸化剤及び/若しくは抗酸化特性のある物質、殺菌剤、殺真菌剤、香料、噴霧剤、染料、安定剤、極性及び非極性溶媒、特に水、顔料、UVフィルタ、植物抽出物、更なる活性治療成分若しくは医薬成分、又はそれらの組み合わせのうちの少なくとも1つを含有していることを特徴とする、請求項1~8のいずれか1項記載の組成物。
【請求項10】
前記組成物が、前記組成物中の前記二価カルシウムとの前記リン脂質複合体の濃度が0.1~100重量パーセントの範囲、好ましくは1~10重量パーセントの範囲である、局所適用製剤の調製のための濃縮物の形態であり、Ca2+リン脂質複合体の重量パーセントが、濃縮物としての局所用組成物を基準にしていることを特徴とする、請求項1~9のいずれか1項記載の組成物。
【請求項11】
バリア機能が損なわれた皮膚、特に糖尿病患者又は前糖尿病患者の皮膚の治療及び/又は美容処置のための、特に乾燥肌の安定化、予防、軽減、若しくは解消若しくは乾燥肌の保湿のための、及び/又はバリア機能の回復のための、傷ついたバリア機能による、皮膚変化若しくは皮膚刺激による、特に細菌由来の皮膚感染症の安定化、予防、軽減、若しくは解消のための、あるいは真菌感染症、色素異常(糖尿病性皮膚障害)、水泡形成、痒み(糖尿病性掻痒症)、赤み(糖尿病性リポイド類壊死症、仮性黒色表皮腫、糖尿病性水泡、糖尿病性ルベオーシス、糖尿病性浮腫性硬化症を含む)、若しくは皺、又はこれらの適応の組み合わせの安定化、予防、軽減、若しくは解消のための方法において、
請求項1~10のいずれか1項記載の組成物が前記皮膚に局所適用されることを特徴とする、方法。
【請求項12】
濃縮物としての前記組成物が、前記患者の前記皮膚への局部適用のための軟膏、クリーム、ローション、ペースト、又はチンキとして製剤されることを特徴とする、請求項11記載の方法。
【請求項13】
請求項1~10のいずれか1項記載の組成物を調製する方法において、
リン脂質出発材料を、任意選択的に有機溶媒、特にエタノール、又は有機溶媒と水との混合物に予め溶解又は分散させた後、好ましくは300nm未満、好ましくは200nm未満の平均粒径を有するリポソーム構造体として水性媒体中に供給し、
次いで、分散液をCa2+の水溶液と混合し、前記水溶液は、好ましくは、pH7.5~10の範囲、特に好ましくは8~9の範囲に設定されており、
好ましくは、続いて、均一化を行ってゲルを形成する
ことを特徴とする、方法。
【請求項14】
リポソームの調製及び/又は前記均一化を、高圧ホモジナイザを用いて、好ましくは少なくとも500bar、特に好ましくは少なくとも1000barの圧力で行うことを特徴とする、請求項13記載の方法。
【請求項15】
前記組成物から、少なくとも1つの担体物質及び任意選択的に更なる構成成分を用いて、軟膏、クリーム、ローション、ペースト、又はチンキを製剤することを特徴とする、請求項13又は14記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、糖尿病患者又は前糖尿病患者の皮膚の処置のための、特に、乾燥肌の予防のための、若しくは十分に保水された皮膚の回復のための、及び/又はバリア効果の回復のための、及び/又は皺の予防のための組成物に関する。さらに、組成物は、好ましくは、痒み、赤み、水泡形成、せつ腫症、及び/又は突っ張りの軽減をもたらす。本発明は、さらに、治療又は美容のためのこのような組成物の使用、及びこのような組成物を調製する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
皮膚変化は、糖尿病を有する人の大多数に生じ、皮膚変化はこの疾患の後期のみならず、血糖値の高い前糖尿病段階で早くも生じる。病理学的皮膚変化は、不十分な代謝管理により促進される。皮膚障害、例えば特に乾燥肌、それに伴う痒み、水泡形成、赤み、皺、又はせつは、糖尿病の疾患の管理不十分が原因であり得るが、たとえ管理が良好であっても、特に乾燥肌を予防することは不可能であることが多い。したがって、糖尿病患者は、自身の敏感な皮膚のケアのために特別な製品を使うべきである。たとえ代謝がうまく管理されていても、糖尿病をもつ人々は真菌感染症及び他の皮膚感染症により容易にかかりやすく、また、約3分の1の人が過度に高い血糖値のせいで皮膚機能不全に苦しんでいる。糖尿病患者の皮膚は老化した皮膚と似ている。特に、皮膚のバリア機能が損なわれている。
【0003】
糖尿病患者の乾燥肌のケアのために、良好な皮膚の保水をもたらす化粧品又は医薬品が利用可能である。しかし、これらの製品は、糖尿病患者の皮膚の症状をコントロールするだけであって、その原因をコントロールするものではない。
【0004】
良好な皮膚の保水は、シアバター、ラノリン、鉱物油、及び多数の他の脂肪などの閉塞性の脂質を用いることにより達成される。さらに、これらの製品には、高濃度の尿素などの保湿要素が使用されている。これら全ての構成要素の結果、これらのケア製品を取り扱うのはあまり気持ちのよいものではない。それらはべたつき、すぐに衣類に移る。
【0005】
Devaz及びPalは、非特許文献1において、カルシウム対レシチンのモル比が1:2の範囲であるリン脂質-カルシウム沈殿物としての螺旋体の調製について記載している。治療用途については示されていない。
【0006】
Hirotsuka et al.は、非特許文献2において、どうすればカルシウムイオンをレシチンリポソームの形態で提供できるかを記載しているが、同文献にも治療用途については示されていない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】“Abstracts for 6th Central European Symposium on Pharmaceutical Technology and Biotechnology ED - Zakelj Simon; Mrhar Ales; Gra”, EUROPEAN JOURNAL OF PHARMACEUTICAL SCIENCES, ELSEVIER AMSTERDAM, NL, vol. 25, 1 May 2005 (2005-05-01), P-27, page S83 - page S84
【非特許文献2】“Calcium fortification of soy milk with calcium-lecithin liposome system”, JOURNAL OF FOOD SCIENCE, WILEY-BLACKWELL PUBLISHING, INC, US, vol. 49, no. 4
【0008】
発明の開示
したがって、とりわけ本発明の目的は、バリア機能が損なわれた皮膚を有する人、及び/又は糖尿病患者若しくは前糖尿病患者、特にまさにバリア機能が損なわれた皮膚を有する患者に、皮膚特性の緩和又は改善さえも提供する局所適用のための、つまり、特にクリーム又は軟膏としての医薬用又は美容用の組成物を提案することである。
【0009】
本明細書では、バリア機能が損なわれた皮膚とは、増大した経表皮水分喪失(transepidermal water loss)(TEWL)を示す皮膚を意味すると理解すべきである。この変数は、例えば、ドイツ国Courage+Khazaka社の機器、Tewameter(登録商標)TM300を用いて測定される。したがって、バリア機能が損なわれた皮膚は、典型的には、TEWL値が12g/m/hよりも高い、好ましくは15g/m/hよりも高い、特に好ましくは20g/m/hよりも高い、又はさらに25g/m/hよりも高い皮膚を意味すると理解すべきである。慣例どおり、この値は前腕の内側で測定される。
【0010】
言い換えると、バリア機能が損なわれた皮膚は、典型的には、TEWL値が正常値よりも少なくとも4g/m/h、好ましくは少なくとも7g/m/h、特に好ましくは少なくとも15g/m/h、又はさらに少なくとも20g/m/hだけ高い皮膚を意味すると理解すべきである(正常値の測定もまた、前腕の内側と想定する。健康な成人の被験者は、これも前腕の内側で測定すると、典型的には6.8g/m/hの平均TEWL値を有する(例えばAkdeniz, M., Gabriel, S., Lichterfeld-Kottner, A., Blume-Peytavi, U. and Kottner, J. (2018), TEWL reference values in healthy adults. Br J Dermatol, 179: e204-e204. https://doi.org/10.1111/bjd.17215参照)。
【0011】
したがって、このような局所適用のための医薬用又は美容用の組成物は、特に、乾燥肌の予防のため、若しくは十分に保水された皮膚の回復のため、及び/又はバリア効果の回復のため、及び/又は皺の予防のために提案される。さらに、組成物は、好ましくは、痒み、赤み、水泡形成、せつ腫症、及び/又は突っ張りの軽減をもたらす。特に、とりわけ、乾燥肌の症状だけでなく、その原因もコントロールされることが意図される。さらに、適用の便利さが改善されることも意図される。
【0012】
皮膚バリアの回復ひいては皮膚の保水が、特に好ましくは閉塞性の脂肪及び尿素なしに達成されることが意図される。
【0013】
したがって、半加工製品としての、ただし、特にその剤形が、例えば患者の皮膚への局部適用のための軟膏、クリーム、ローション、ペースト、又はチンキとしての使用が意図される、提案される製剤は、好ましくは尿素を含まず(又は尿素を1重量%未満、若しくは0.5重量%未満、若しくは0.25重量%未満しか含有せず)、及び/又は皮膚上に膜の形態で密封層を形成しない(非閉塞性である)ように製剤される。したがって、提案される製剤は、特に好ましくは、シロキサン、ワセリン、ラノリン、鉱物油、及び/又は他の閉塞性物質のうちの1つ又はそれらの組み合わせも含まず(又はそれ(ら)を1重量%未満、若しくは0.5重量%未満、若しくは0.25重量%未満しか含有せず)、特にそれらはペトロラタム、C18~C30アルキルメチルシロキサン、ジメチコン、ポリメチルシルセスキオキサン、ラノリン又はラノリンアルコール、鉱物油(流動パラフィン)の群から選択され、これらの物質は、組み合わせであれ、個々であれ、存在しないこと、又は1重量%未満、若しくは0.5重量%未満、若しくは0.25重量%未満しか存在しないことが好ましい。
【0014】
したがって、本発明は、請求項1記載の医薬用及び/若しくは美容用の組成物、又は治療及び/若しくは美容処置のためのこのような組成物の使用、並びに治療及び/若しくは美容処置のための方法、また、そのような組成物を調製する方法も提供する。
【0015】
第1の態様によれば、本発明は、糖尿病患者又は前糖尿病患者の皮膚の局所処置に使用するための、活性量の二価カルシウムを有する医薬用又は美容用の組成物であって、二価カルシウムは組成物中にリン脂質複合体として存在している、組成物に関する。
【0016】
好ましくは、リン脂質複合体は、そのような組成物中、及び/又は組成物のカルシウムリン脂質を含む出発材料中、水性ゲルの形態である。ゲルとは、IUPAC Gold Book(https://doi.org/10.1351/goldbook.G02600)に沿って、本分野における一般知識にしたがい、流体により全体積が拡張した非流体コロイド網目又は高分子網目を意味するものと理解すべきである。ゲルは、有限の、通常かなり小さい降伏応力を有する。ゲルは、共有結合の高分子網目、例えば架橋高分子鎖又は非線状重合により形成された網目を含有し得る。ゲルは、また、水素結合、結晶化、螺旋形成、錯形成等による高分子鎖の物理的凝集により、網目の接合点となる局所的秩序領域が生じることで形成される高分子網目を含有し得る。得られた膨潤網目は、局所的秩序領域が熱可逆性であれば、熱可逆性ゲルと呼ぶことができる。ゲルは、また、ガラス状接合点により形成された高分子網目、例えばブロックコポリマーをベースにしたものを含有し得る。接合点が熱可逆性ガラス状ドメインであれば、得られた膨潤網目は同じく熱可逆性ゲルと呼ぶことができる。
【0017】
リン脂質複合体、特に双円錐構造を有する特殊なリン脂質複合体としての二価カルシウムの製剤は、意外なことに、例えば濃縮物として、また、クリーム又は軟膏として、例えばカルシウムが単純な塩化物又は類似の塩としてそのような製剤に添加された場合よりも、局所適用への利用可能性が大幅に高くなることが見出されている。特に、インタクトな角質層により機能提供される皮膚バリアが修復される。
【0018】
提案される複合体中に存在するリン脂質は、以下に説明するように、ここでは、例えばリン脂質混合物として単独で局所適用しても効果を示さない。皮膚バリアを修復するのは、カルシウムとの特定の組み合わせのリン脂質複合体を含む製剤である。
【0019】
以下に説明するように、この形態の二価カルシウム製剤は、糖尿病患者に典型的な皮膚の問題を安定化させること、軽減すること、又は覆すことさえできる。これらは、特に糖尿病又は前糖尿病による皮膚の問題の処置、特に乾燥肌若しくは乾燥肌の保湿、アトピー性皮膚病態、皮膚のバリア機能の回復、バリア機能の不足を原因とする特に細菌由来の皮膚感染症、又は真菌感染症、色素異常(糖尿病性皮膚障害)、水泡形成、痒み(糖尿病性掻痒症)、赤み(糖尿病性リポイド類壊死症、仮性黒色表皮腫、糖尿病性水泡、糖尿病性ルベオーシス、糖尿病性浮腫性硬化症を含む)、皺、皮膚落屑、突っ張り、創傷治癒障害、弾力の安定化、予防、軽減、又は解消を含む。
【0020】
好ましくは、提案される製剤は、糖尿病患者、好ましくは2型の患者の皮膚科学的処置に用いられる。
【0021】
提案される組成物は、好ましくは、リン脂質が、ホスファチジン酸、ホスファチジルコリン、ホスファチジルエタノールアミン、ホスファチジルイノシトール、ホスファチジルセリン、ジホスファチジルグリセロール(カルジオリピン)、又はこれらの系の混合物の群から選択される、ホスホグリセリド(レシチン)であることを特徴とする。これらの系は、全体的若しくは部分的に水素添加されていてもよいし、水素添加されていなくてもよい。
【0022】
組成物中のカルシウムリン脂質複合体が、少なくとも部分的に、負に帯電したリン脂質(特にホスファチジン酸、ホスファチジルイノシトール、ホスファチジルセリン、及びその他)とのカルシウム複合体であることが特に好ましい。
【0023】
その場合、二価カルシウムのリン脂質に対するモル比(リン脂質の全量、つまり、負に帯電したリン脂質及び非帯電リン脂質を基準にして)が、0.05:1~20:1(つまり、0.05~20)、好ましくは0.1:1~5:1の範囲(つまり、0.1~5)、特に0.2:1~1:1の範囲(つまり、0.2~1)、好ましくは0.3:1~0.8:1の範囲(つまり、0.3~0.8)であることが好ましい。
【0024】
特に、系は、カルシウムリン脂質複合体が、双円錐構造体の形態の、好ましくは少なくとも部分的に中性の複合体であり、したがって、容易に生体利用可能であることを特徴とする(図1bによる)。これらの構造体は、リン脂質がCa2+溶液と適切に混合されると形成され、水性環境においてCa2+双円錐体を安定化させる葉巻形構造体が形成される(図1a)。複合体は、特に、Ca2+が、負に帯電したリン脂質と複合体を形成していれば中性である。しかし、リン脂質は、負の電荷を有するものだけでなく、部分的に電荷を有する非帯電リン脂質としてもCa2+との複合体を形成することができるので、組成物中、複合体が、全体的若しくは部分的に非帯電若しくは帯電リン脂質で形成されていること、又は部分的に非帯電リン脂質で形成され、部分的に帯電リン脂質で形成されていることが可能である。
【0025】
したがって、更なる好ましい実施形態によれば、カルシウムリン脂質複合体は、リン脂質、特に少なくとも部分的にホスファチジン酸、ホスファチジルイノシトール、及び/又はホスファチジルセリンとのカルシウム複合体であり、二価カルシウムの、負に帯電したリン脂質、好ましくはホスファチジン酸、ホスファチジルイノシトール、及び/又はホスファチジルセリンに対するモル比は、負に帯電したリン脂質の含有量を基準にして、0.1:1~30:1の範囲(つまり、0.1~30)、好ましくは0.3:1~10:1の範囲(つまり、0.3~10)、より好ましくは0.4:1~5:1の範囲(つまり、0.4~5)又は0.5:1~1:1の範囲(つまり、0.5~1)である。
【0026】
Ca2+リン脂質複合体は、大豆、卵、ヒマワリ、及び他の供給源に由来する慣例的レシチンを用いることで調製することができる。これらのレシチンは、リン脂質の組成が異なっている。異なるヘッドグループがあり、異なる脂肪酸組成がある。さらに、レシチン中のこれらのリン脂質は、新たな特性を獲得させるために、さらに処理することができ、例えば、脂肪酸に水素添加して安定性を増大させること、又はグリセロール構造からのヘッドグループの分離若しくは脂肪酸の分離によってリン脂質をより小さくすることができる。天然の供給源のほかに、合成又は精製による純粋なリン脂質を用いることもできる。さらに、負に帯電した極性ヘッドグループをもち、疎水性のテールを有するリン脂質類似分子を用いることもできる。これらの分子は、乳化剤及び洗浄活性(wash-active)物質の分野に認めることができる。
【0027】
組成物中、提案される用途のために、局所適用が意図されるCa2+リン脂質複合体中の二価カルシウムの濃度は、典型的には、0.001~10重量パーセントの範囲、好ましくは0.005~5.0又は0.01~0.5重量パーセントの範囲(全組成物を基準にしたCaCl・2HOの重量パーセント)である。
【0028】
組成物中、提案される用途のために、局所適用が意図されるCa2+リン脂質複合体中のリン脂質の濃度は、典型的には、0.01~30重量パーセントの範囲、好ましくは0.05~5重量パーセントの範囲(全組成物を基準にしたリン脂質の重量パーセント)である。
【0029】
提案される組成物は、患者の皮膚への局部適用のための軟膏、クリーム、ローション、ペースト、又はチンキとして製剤することができる。
【0030】
次いで、組成物は、好ましくは追加で、製剤構成成分である増粘剤、滑沢剤、保湿剤及び/若しくは保水剤、界面活性剤、保存料、消泡剤、ワックス、脂肪、油、抗酸化剤若しくは抗酸化特性のある物質、殺菌剤、殺真菌剤、香料、噴霧剤、染料、安定剤、極性及び非極性溶媒、特に水、顔料、UVフィルタ、植物抽出物、更なる活性治療成分若しくは医薬成分、又はそれらの組み合わせのうちの少なくとも1つを含有している。
【0031】
組成物は、また、濃縮物の形態、例えば最終用途の製剤の調製のためのバルク材料であってよく、局所適用製剤の調製のために、組成物中、Ca2+リン脂質複合体の濃度が0.1~100重量パーセントの範囲、好ましくは1~10重量パーセントの範囲(局所用組成物を基準にしたCa2+リン脂質複合体の重量パーセント)で設計され得る。
【0032】
本発明は、さらに、糖尿病患者の皮膚の治療及び/若しくは美容処置のためのそのような組成物の使用、又は糖尿病患者の皮膚の治療及び/若しくは美容処置のための方法に関する。特に、本発明は、乾燥肌の安定化、予防、軽減、若しくは解消若しくは乾燥肌の保湿、及び/又は皮膚の損なわれたバリア機能の回復に関する。代わりに又は加えて、本発明は、傷ついたバリア機能による、皮膚変化若しくは皮膚刺激による、特に細菌由来の皮膚感染症の安定化、予防、軽減、又は解消、あるいは真菌感染症、色素異常(例えば、糖尿病性皮膚障害)、水泡形成、痒み(例えば、糖尿病性掻痒症)、赤み(糖尿病性リポイド類壊死症、仮性黒色表皮腫、糖尿病性水泡、糖尿病性ルベオーシス、糖尿病性浮腫性硬化症を含む)、皺、又は他にもせつ腫症及び/若しくは突っ張りの安定化、予防、軽減、又は解消に関し、上記の組成物は皮膚に局所適用される。
【0033】
組成物は、好ましくは、患者の皮膚への局部適用のための軟膏、クリーム、ローション、ペースト、又はチンキとして製剤された形態で使用される。
【0034】
本発明は、さらに、上記の組成物を調製する方法において、リン脂質出発材料を、任意選択的に有機溶媒、特にエタノール、又は有機溶媒と水との混合物に予め溶解又は分散させた後、好ましくは300nm未満、好ましくは200nm未満の平均粒径を有するリポソーム構造体として水性媒体中に供給することを特徴とする、方法に関する。
【0035】
次いで、この分散液をCa2+の水溶液と混合し、この水溶液は、好ましくは、pH7.5~10の範囲、特に好ましくは8~9の範囲に設定されている。
【0036】
リポソーム含有分散液をカルシウム水溶液に加えることができ、又は、リポソーム含有分散液を最初に帯電させてからカルシウム溶液を加えることができる。これは、好ましくは撹拌しながら行われる。このプロセスが終了すると、Ca2+は、濃度及び温度、並びにリン脂質対カルシウム比が適切に設定された双円錐体の形態となっている。
【0037】
好ましくは、これらのステップに続いて、均一化を行ってゲルを形成し、したがって、記載の凝集体が形成される。
【0038】
好ましくは、リポソームの調製及び/又は均一化は、高圧ホモジナイザを用いて、好ましくは少なくとも500bar、特に好ましくは少なくとも1000barの圧力で進められる。
【0039】
次いで、濃縮された組成物から、少なくとも1つの担体物質及び任意選択的に更なる構成成分を用いて、軟膏、クリーム、ローション、ペースト、又はチンキを製剤することができる。
【0040】
言い換えると、Ca2+リン脂質複合体(特に双円錐体又はそれらの凝集体)は以下のようにして調製することができる。
【0041】
リン脂質分子、例えばレシチンを、エタノール、グリセロール、パンテノール、プロピレングリコール、保湿剤などの更なる活性成分及び活性アンチエイジング成分、保存料、染料、匂い物質、安定剤、並びに他の美容/医用成分などの更なる構成要素を追加で含むことができる水相に転移させる。リン脂質は、膨潤により、又はエタノールなどの溶媒に予め溶解させることにより、水相に転移させることができる。リン脂質(レシチン)のリポソーム構造体を水相で調製することが好ましい。高圧均一化、押し出し、透析、超音波、及び更なる方法などのリポソーム調製の既知の方法を用いることができる。
【0042】
次いで、Ca2+溶液(例えば塩化カルシウムCaCl・2HOを溶解させることにより得られる)を、撹拌しながらゆっくりとリン脂質(レシチン)相に加える。異なるCa2+塩を用いることができる。この混合物においては、所望の複合構造体、特に双円錐Ca2+構造体(図1b)を形成できるように、適正の濃度を選ばなければならない。適正な比率は、用いられるリン脂質(レシチン)次第であり、個々の事例で試験することができる。リン脂質の総濃度に応じて、Ca2+リン脂質双円錐複合体の形成物はゼラチン様の粘稠性を帯び、特に凝集体(図1a)に転移する。
【0043】
更なる実施形態は従属請求項に記載されている。
【0044】
本発明の好ましい実施形態を図面に基づき以下に説明する。それらは、単に説明のために用いられるにすぎず、限定と解釈してはならない。
【図面の簡単な説明】
【0045】
図1a】複合リン脂質-Ca2+構造体を示す図であり、双円錐構造体の凝集体を示している。
図1b】複合リン脂質-Ca2+構造体を示す図であり、基本の又は個々に生じる双円錐構造体を示している。
図2a】異なるカルシウム濃度又はCa2+リン脂質複合体で処理をした9日間の分化後のヒト3D表皮のヘマトキシリン-エオシン染色を示す図であり、対照(基底側1.1mM CaCl・2HO)を示している。
図2b】異なるカルシウム濃度又はCa2+リン脂質複合体で処理をした9日間の分化後のヒト3D表皮のヘマトキシリン-エオシン染色を示す図であり、低下カルシウム濃度(基底側0.3mM CaCl・2HO)を示しており、表皮形成の損傷が、低下カルシウム濃度(b)で観察された。
図2c】異なるカルシウム濃度又はCa2+リン脂質複合体で処理をした9日間の分化後のヒト3D表皮のヘマトキシリン-エオシン染色を示す図であり、CaCl・2HOでの処理(基底側0.3mM CaCl・2HO及び頂端側1.1mM CaCl・2HO)を示しており、表皮形成の損傷が、頂端側1.1mM 塩化カルシウム二水和物溶液での処理(c)で観察された。
図2d】異なるカルシウム濃度又はCa2+リン脂質複合体で処理をした9日間の分化後のヒト3D表皮のヘマトキシリン-エオシン染色を示す図であり、Ca2+リン脂質複合体での処理(基底側0.3mM CaCl・2HO及び頂端側0.1%Ca2+リン脂質複合体、表1のサンプル6と類似の調製)を示しており、Ca2+リン脂質複合体での処理(d)は、正常な表皮の形成を支えている。
図3a】異なるカルシウム濃度又はCa2+リン脂質複合体で処理をした9日間の分化後の3D表皮のロリクリン発現染色を示す図であり、対照(基底側1.1mM CaCl・2HO)を示している。
図3b】異なるカルシウム濃度又はCa2+リン脂質複合体で処理をした9日間の分化後の3D表皮のロリクリン発現染色を示す図であり、低下カルシウム濃度(基底側0.3mM CaCl・2HO)を示しており、減少したロリクリン産生が、低下カルシウム濃度(b)で観察された。
図3c】異なるカルシウム濃度又はCa2+リン脂質複合体で処理をした9日間の分化後の3D表皮のロリクリン発現染色を示す図であり、CaCl・2HOでの処理(基底側0.3mM CaCl・2HO及び頂端側1.1mM CaCl・2HO)を示しており、減少したロリクリン産生が、1.1mM 塩化カルシウム二水和物溶液での処理(c)で観察された。
図3d】異なるカルシウム濃度又はCa2+リン脂質複合体で処理をした9日間の分化後の3D表皮のロリクリン発現染色を示す図であり、Ca2+リン脂質複合体での処理(基底側0.3mM CaCl・2HO及び頂端側0.1%Ca2+リン脂質複合体、表1のサンプル6と類似の調製)を示しており、Ca2+リン脂質複合体での処理(d)は、ロリクリン発現レベルを正常化させた。
図4a】異なるカルシウム濃度、リン脂質混合物、又はCa2+リン脂質複合体で処理をした9日間の分化後のヒト3D表皮のヘマトキシリン-エオシン染色を示す図であり、対照(基底側1.1mM CaCl・2HO)を示している。
図4b】異なるカルシウム濃度、リン脂質混合物、又はCa2+リン脂質複合体で処理をした9日間の分化後のヒト3D表皮のヘマトキシリン-エオシン染色を示す図であり、低下カルシウム濃度(基底側0.3mM CaCl・2HO)を示しており、表皮形成の損傷が、低下カルシウム濃度(b)で観察された。
図4c】異なるカルシウム濃度、リン脂質混合物、又はCa2+リン脂質複合体で処理をした9日間の分化後のヒト3D表皮のヘマトキシリン-エオシン染色を示す図であり、0.1%リン脂質混合物での処理(頂端側、Ca2+なし)を示しており、表皮形成の損傷が、頂端側0.1%リン脂質混合物(Ca2+なし)での処理(c)で観察された。
図4d】異なるカルシウム濃度、リン脂質混合物、又はCa2+リン脂質複合体で処理をした9日間の分化後のヒト3D表皮のヘマトキシリン-エオシン染色を示す図であり、Ca2+リン脂質複合体での処理(基底側0.3mM CaCl・2HO及び頂端側0.1%Ca2+リン脂質複合体、表1のサンプル6と類似の調製)を示しており、Ca2+リン脂質複合体での処理(d)は、正常な表皮の形成を支えている。
図4e】異なるカルシウム濃度、リン脂質混合物、又はCa2+リン脂質複合体で処理をした9日間の分化後のヒト3D表皮のヘマトキシリン-エオシン染色を示す図であり、a)~d)の表皮厚さの定量化を示しており、測定した表皮厚さを縦軸にμmで示しており、***p<0.001 対無処理、**p<0.05 対無処理、####p<0.0001 対Ca2+低下、###p<0.001 対リン脂質混合物(Ca2+なし)である。
図5a】プラセボ(上段、頂端側)、0.013%塩化カルシウム二水和物溶液(下段、頂端側0.013%CaCl・2HO)、又は0.013%塩化カルシウム二水和物も含有するCa2+リン脂質複合体(中段、頂端側0.013%CaCl・2HO含有2%Ca2+リン脂質複合体、表1のサンプル6と類似の調製)で処理した皮膚外植片のインボルクリン発現の増加を判定するためのインボルクリン染色を示す図である。
図5b】タンパク質インボルクリンの発現をプラセボ(=100)と比較して縦軸に%で示した、a)のインボルクリン発現の定量化を示す図である。
図6】プラセボゲル(黒棒)又は2%Ca2+リン脂質複合体(斜線)で7日間処置した後、各ケースに2%ラウリル硫酸ナトリウムを24時間適用した(それによって皮膚バリアを損ねた)後の、様々な皮膚パラメータの変化を出発値と比較して示す図であり、皮膚パラメータの変化を無処置対照と比較して縦軸に%で示しており、*P<0.05 対無処置、**p<0.05 対無処置及びプラセボ、***p<0.01 対無処置及びプラセボである。
【発明を実施するための形態】
【0046】
Ca2+リン脂質複合構造体の形成:
大豆レシチン(30~40%の負に帯電したリン脂質を含有)をアルコールに溶解させ、次いで、水相に転移させ、高圧均一化に供し、これによって、約100nmの直径を有するリポソームを製造した。このリポソーム分散液に、濃度の異なるCaCl・2HO溶液を撹拌しながら加え、次いで、この混合物を高圧ホモジナイザを使って再度混合した。得られた産物を、安定なゲル構造体の形成について検証し、以下の表1に記載した。表1に示すモル比の値については、用いた大豆レシチン中、リン脂質は762g/molの平均モル質量を有すると想定した。記載のモル比は、Ca2+の全レシチン(帯電及び不帯電)に対する比である。Ca2+の、負に帯電したレシチンに対する比については、レシチン中、リン脂質の約33%が負に帯電していると想定して、表のモル比に3を乗算するものとする。
【0047】
【表1】
【0048】
この実験では、安定なCa2+リン脂質複合体(サンプル5及び6)が適切な混合比で形成されていて、ここでは、これらのレシチンについて、モル比(全レシチン)が、0.2:1.0~1:1の範囲(つまり、0.2~1.0)、好ましくは0.3:1~0.8:1の範囲(つまり、0.3~0.8)、又はモル比(負に帯電したレシチン)0.6:1~3:1の範囲(つまり、0.6~3)、好ましくは1:1~2:1の範囲(つまり、1~2)であることが判る。
【0049】
実施例1:
1.2kgのグリセリンと、0.6kgのエタノールと、3.56kgの超純水とを60℃で混合する。これに続き、そこにホスファチジルコリン含有率が50%である0.3kgの大豆レシチンを分散させる。2時間後、この分散液を高圧ホモジナイザから1200barで押し出す。この操作を、平均リポソーム粒径(Z平均)が200nmを下回り、pHが3~8となるまで、2~5回繰り返す。
【0050】
第2ステップでは、最初に0.3kgの超純水を帯電させ、そこに0.0378kgのCaCl・2HOを溶解させ、pHを8.5~9.5に設定する。
【0051】
次いで、このCaCl溶液を、撹拌しながらゆっくりとリポソーム分散液に加える。これによって、増大した粘性を有するCa2+レシチン複合体が形成される(双円錐体、図1b)。均一な構造体を得るために、全複合体を再度、高圧ホモジナイザから1200barで押し出す。次いで、ゼラチン様の構造体を有する最終Ca2+複合体を容器に詰めることができ、局所製剤における使用のために提供する(凝集した双円錐体、図1a)。
【0052】
したがって、二価カルシウムのレシチンに対するモル比は、最終的に0.667であり、本実施例は表1のサンプル6に対応している。
【0053】
実施例2:
1.2kgのエタノールを用いて、ホスファチジルコリン含有率が65%である0.3kgの大豆レシチンを60℃で溶解させる。これに続き、この溶液を4.16kgの超純水に撹拌しながら加える。次いで、この混合物を高圧ホモジナイザから1200barで3回押し出し、その結果、50nmの平均粒径を有し、pHは3~8であるリポソーム分散液を得る。
【0054】
第2ステップでは、最初に0.3kgの超純水を帯電させ、そこに0.026kgのCaCl・2HOを溶解させ、pHを8.5に設定する。
【0055】
次いで、このCaCl溶液を、撹拌しながらゆっくりとリポソーム分散液に加える。これによって、増大した粘性を有するCa2+リン脂質複合体が形成される(双円錐体)。次いで、この複合体を再度1200barで均一化して、後にクリーム、ゲル、及び他の局所用製品中に使用することのできる均一なゲル構造体(凝集した双円錐体)を製造する。
【0056】
したがって、二価カルシウムのレシチンに対するモル比は、最終的に0.458である。
【0057】
Ca2+複合体と組み合わせて使用することができる更なるリン脂質複合体の調製:
記載の方法は、他の二価イオンにも使用することができる。したがって、Zn2+、Cu2+、Mg2+、Mn2+、Sn2+、Mn2+、Fe2+、又は他の陽イオンも、同様の方法を用いてリン脂質複合体に組み入れることができる。これによって、それらの生物学的活性を増大させることができ、及び/又は、生物学的利用能を向上させることができる。
【0058】
実施例3(Zn2+
100gのグリセリンと、50gのペンチレングリコールと、270gの超純水とを混合し、50℃に加熱する。これに続き、ホスファチジルコリン含有率が50%である25gのヒマワリ由来レシチンを加える。レシチンが十分に分散したら、分散液を1200barで2回均一化する。得られたリポソームは、150nmの平均粒径を有する。次いで、第2の水相が、12.73gの水中2.92gのZnClを含有し、pHは8.5である。次いで、この第2の水相を、撹拌しながらゆっくりとリポソーム分散液に加える。これによって、Zn2+リン脂質複合体を有するゼラチン様の構造体が得られる。
【0059】
Ca2+リン脂質複合体(双円錐体)の適用:
このようにして調製したCa2+リン脂質複合体(双円錐体の凝集体)を、任意選択的に他の更なる複合体と組み合わせて、ゼラチン様の構造体の形態の濃縮された形態で直接皮膚に適用することができ、又は、美容用若しくは医療用の製剤に組み入れることができる。単離したCa2+双円錐構造体は水中で安定しないので、双円錐Ca2+リン脂質複合体は多重構造をとり、巨視的にはゼラチン様の構造体を有する凝集した双円錐体の形態である(図1a)。次いで、これらの構造体を、水中油エマルジョンなどの水系又は純粋な水系に製剤することができる。
【0060】
様々な化粧品におけるCa2+リン脂質複合体の製剤:
【表2】
【0061】
【表3】
【0062】
【表4】
【0063】
Ca2+リン脂質複合体の活性:
インビトロ皮膚モデルにおける表皮構造の修復、対照:CaCl
Ca2+リン脂質複合体が3D再構築表皮の分化に及ぼす影響を調査した。そのために、ケラチノサイト前駆細胞を低カルシウム増殖培地(TAK-GM、0.03mM 塩化カルシウム二水和物(CaCl・2HO)で培養した後、3D表皮の再構築に用いた。この目的で、培地を1.1mM CaCl・2HO含有3D分化培地(TAK-3D)に換え、細胞をさらに1日間、培地で増殖させた。次いで、分化及び皮膚バリアの形成を誘起するために培養物を空気に接触させ、以下のようにして培地を2日目ごとに交換しながら、さらに9日間増殖させた:
- 条件1:基底側から1.1mM CaCl・2HO(TAK-3D)。これは効率的な表皮形成のための標準的な条件である。
- 条件2:基底側から0.3mM CaCl・2HO(低カルシウム濃度)。ここでは、損なわれた表皮形成をもたらし、したがって、損なわれた皮膚バリアを生成するために、カルシウム濃度を低下させた。これは、表皮の形成を確保するために基底側に存在しなければならない最低限必要なカルシウム濃度である。
- 条件3:基底側から0.3mM CaCl・2HO+頂端側から1.1mM CaCl・2HO。ここでは、塩化カルシウム二水和物の形態のカルシウムを3D表皮の頂端側に追加で加えた。頂端側の投与は、条件4との比較可能性のために行った。
- 条件4:基底側から0.3mM CaCl・2HO+リン脂質複合体の局所適用を模すために頂端側から0.1%Ca2+リン脂質複合体(表1のサンプル6と類似の調製)。基底側の処理は、カルシウムを用いた全身性処置に相当するものとした。
【0064】
3Dモデルを9日目に回収し、組織学的解析用に処理した。その層形成についてヘマトキシリン-エオシン染色を顕微鏡下で検証し、表皮分化マーカーのロリクリンを免疫組織化学的に染色した(Biolegend、カタログ番号905104)。高解像度顕微鏡写真(拡大率10倍)を撮影した(図2参照)。
【0065】
予想通り、標準的な条件である基底側からの1.1mM CaCl・2HO(条件1)では、インタクトな3D表皮の形成が得られた(図2a)。分化過程の間のカルシウム濃度を0.3mMに低下させた(条件2)ことで、高密度の重層表皮の形成は大きく損なわれ、空胞の形成がもたらされた(図2b)。分化中のケラチノサイトの頂端側からの1.1mM CaCl・2HOでの処理(条件3、図2c)は、3D表皮の形成をさらに悪化させた。もはや表皮の完全性は確保されていない大きな空胞が観察された。対照的に、頂端側の0.1%Ca2+リン脂質複合体での処理(条件4)は、ケラチノサイト分化過程を改善し、空胞の形成を防いだ(図2d)。
【0066】
さらに、上述の4条件下で分化させた3D表皮の一部を、分化マーカーであるロリクリンの発現について、免疫組織化学染色により検証した(図3参照)。図2のヘマトキシリン-エオシン染色で観察された正常な分化と類似して、標準的な分化条件(条件1)下では高レベルのロリクリン発現が観察され(図3a、表皮の黒っぽい染色)、低下カルシウム濃度下では低下レベルのロリクリン発現が観察された(条件2、図3b)。頂端側の0.1%Ca2+リン脂質複合体での処理(条件4)は、頂端側の1.1mM CaCl・2HOでの処理(条件3、図3c)と比べて、表皮分化マーカーであるロリクリンの発現を増加させる(図3d)。
【0067】
このことは、ケラチノサイトのCa2+リン脂質複合体での処理は、効率的な分化に寄与し、したがって、3D表皮の適正な形成に寄与することを意味している。
【0068】
インビトロ皮膚モデルにおける表皮構造の修復、対照:リン脂質混合物
更なる実験で、カルシウムリン脂質複合体中に存在するリン脂質が3D表皮の分化に影響を及ぼすかどうかを調査し、チェックした。ここでは、3D表皮の一部を以下の条件下で分化させ、9日間増殖させ、続いて、ヘマトキシリン-エオシン溶液で染色した:
- 条件1:基底側から1.1mM CaCl・2HO(TAK-3D)。上記のように、これは、効率的な表皮形成のための標準的な条件である。
- 条件2:基底側から0.3mM CaCl・2HO(低カルシウム濃度)。上記のように、ここでは、低下カルシウム濃度が、損なわれた表皮形成を、したがって、損なわれた皮膚バリア形成をもたらす。
- 条件3:基底側からCaCl・2HO+頂端側から0.1%リン脂質混合物(Ca2+なし)。ここでは、「Ca2+リン脂質複合構造体の形成」セクションに記載のようにリン脂質混合物を調製したが、分散液を、Ca2+なしの、好ましくはpH7.5~9の範囲の水溶液(表1のサンプル1と類似の調製)と混合した。
頂端側の、特にリン脂質混合物の組成物の投与は、条件4との比較可能性のために行った。
- 条件4:基底側から0.3mM CaCl・2HO+リン脂質複合体の局所適用を模すために頂端側から0.1%Ca2+リン脂質複合体(表1のサンプル6と類似の調製)。
【0069】
3Dモデルを9日目に回収し、組織学的解析用に処理した。その層形成について、ヘマトキシリン-エオシン染色を顕微鏡下で検証し、高解像度顕微鏡写真(拡大率10倍)を撮影した(図4参照)。顕微鏡写真に基づき表皮厚さを解析して決定し、マイクロメートル(μm)で定量化した。
【0070】
先の実験ですでに示されたように、標準的な条件である基底側からの1.1mM CaCl・2HO(条件1)では、インタクトな3D表皮の形成が得られた(図4a)。表皮厚さの定量化で82.5±12.7μmの厚さが示され(図4e、黒棒)、これは、この実験においてインタクトな重層表皮の基準となる。
【0071】
分化過程の間のカルシウム濃度を0.3mMに低下させた(条件2)ことで、ここでも、高密度の重層表皮の形成は大きく損なわれ(図4b)、このことは、さらに、表皮厚さが46.0±2.5μmまで減少したことを特徴とする(図4e、白棒)。
【0072】
分化中のケラチノサイトの頂端側からのカルシウムなしの0.1%リン脂質混合物での処理(条件3、図4c)は、3D表皮の形成をさらに悪化させ、空胞の形成をもたらし、その結果として、表皮の完全性はもはや確保されておらず、62.2±9.8μmという減少した表皮厚さも示されている(図4e、ドット棒)。
【0073】
対照的に、頂端側の0.1%Ca2+リン脂質複合体での処理(条件4)は、ケラチノサイト分化過程を改善し、空胞の形成を防ぎ(図4d)、さらに、処理は、増加した表皮厚さをもたらした(図4e、斜線棒)。
【0074】
Ca2+リン脂質複合体が皮膚外植片中分化マーカーに及ぼす影響
Ca2+リン脂質複合体での局所処理が表皮分化マーカーであるインボルクリンの発現に及ぼす影響を皮膚外植片で調査した。皮膚外植片を、実施例3の局所適用ゲル製剤をベースとして、プラセボゲル(カルシウムなし)、0.013%CaCl・2HOを含有するゲル、又は2%Ca2+リン脂質複合体を含有するゲル(表1のサンプル6と類似の調製、0.013%CaCl・2HOに対応)各20mgの被試験品にて、フランツ型拡散セル内で24時間にわたって局所的に処理した。その後、これらの皮膚外植片を3mlの水で洗い、-80℃で凍結させた。これらの組織をホルムアルデヒドで固定し、パラフィン包埋した。5μmの組織切片を調製し、スライドガラスに載せてから脱パラフィンした。スライドをヘマトキシリン-エオシン染料で染色して、組織構造を解析した。タンパク質インボルクリンの発現を免疫組織化学染色により決定し、画像解析により定量化した。2%Ca2+リン脂質複合体での局所処理の結果、表皮分化マーカーであるインボルクリンの発現は、プラセボ処理の皮膚外植片(図5aの上段及び図5bの黒棒)に比べて22.0%だけ多かった(図5aの中段及び図5bの斜線棒)。対照的に、対応する濃度のCaCl・2HOでの処理の結果、インボルクリンの発現は、プラセボ処理の皮膚外植片(図5a上段及び図5bの黒棒)に比べて91.1%だけ少なかった(図5aの下段及び図5bのドット棒)。
【0075】
ストレス下の皮膚へのCa2+リン脂質複合体の適用
無作為化プラセボ対照臨床試験で、Ca2+リン脂質複合体を皮膚保護及び再生効率について調査した。この目的で、正常な皮膚を有する20人の被験者(年齢:23~65歳)が同試験に登録された。実施例3の2%Ca2+リン脂質複合体含有(表1のサンプル6に類似の、0.64%CaCl・2HO及び5%リン脂質含有)局所適用ゲルを被試験サンプルとして用い、Ca2+リン脂質複合体なしの同じゲル製剤をプラセボとして用いた。測定した皮膚パラメータは、皮膚微小循環(Periflux PF5000、スウェーデン国Perimed社)、経表皮水分喪失(TEWL)(Tewameter(登録商標)TM300、ドイツ国Courage+Khazaka社)、及び皮膚色(aパラメータによる赤み、Chromameter(登録商標)CR-400、日本国Minolta社)であった。
【0076】
皮膚保護試験では、これらの被試験物質を1日2回、7日間、各ケースの一方の前腕に適用した。さらに、その前腕において、どの製品も適用しない無処置皮膚範囲を画定した。次いで、上述の皮膚パラメータを測定し、皮膚に閉塞性パッチの形態の2%ラウリル硫酸ナトリウム(SLS)を24時間適用すると、皮膚バリアの損傷が得られた。2%Ca2+リン脂質複合体での前処置の可能な保護効果を決定するために、2%SLSパッチの除去後に皮膚パラメータを再度測定し、無処置範囲と、プラセボ処置範囲と、Ca2+リン脂質複合体処置範囲とを比較した。無処置範囲及びプラセボ処置範囲に比べて、2%Ca2+リン脂質複合体での処置(図6、斜線棒)により、3つのパラメータ全ての大きな軽減が得られた。このことは、2%Ca2+リン脂質複合体での前処置が皮膚を有害な影響から保護し、したがって、皮膚にかかるストレスの影響を大幅に軽減することを意味する。
【0077】
さらに、Ca2+リン脂質複合体の皮膚再生潜在能について、同じ被験者グループで調査した。この目的で、上記の皮膚パラメータを前腕の無処置皮膚範囲3カ所で測定し、次いで、各ケースに2%SLSパッチを24時間適用した。SLSパッチの除去後、24日目まで2~3日ごとに皮膚パラメータの測定を行った。皮膚赤み、皮膚微小循環、及びTEWLに関連する再生は、プラセボゲルで処置した皮膚領域に比べて、2%Ca2+リン脂質複合体で処置した皮膚領域で大幅に速かった。このことは、Ca2+リン脂質複合体が皮膚に対して再生効果を有すること、及び皮膚バリアが傷ついた後の正常化を加速することを裏付けている。
図1a)】
図1b)】
図2a)】
図2b)】
図2c)】
図2d)】
図3a)】
図3b)】
図3c)】
図3d)】
図4a
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図5a
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図6
【国際調査報告】