(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公表特許公報(A)
(11)【公表番号】
(43)【公表日】2024-11-21
(54)【発明の名称】中温CVDアルファアルミナコーティング
(51)【国際特許分類】
C23C 16/40 20060101AFI20241114BHJP
B23B 27/14 20060101ALI20241114BHJP
B23P 15/28 20060101ALI20241114BHJP
【FI】
C23C16/40
B23B27/14 A
B23P15/28 A
【審査請求】未請求
【予備審査請求】未請求
(21)【出願番号】P 2024528545
(86)(22)【出願日】2022-11-15
(85)【翻訳文提出日】2024-07-03
(86)【国際出願番号】 EP2022081899
(87)【国際公開番号】W WO2023088866
(87)【国際公開日】2023-05-25
(32)【優先日】2021-11-16
(33)【優先権主張国・地域又は機関】EP
(81)【指定国・地域】
(71)【出願人】
【識別番号】506297474
【氏名又は名称】ヴァルター アーゲー
(71)【出願人】
【識別番号】500341779
【氏名又は名称】フラウンホーファー-ゲゼルシャフト・ツール・フェルデルング・デル・アンゲヴァンテン・フォルシュング・アインゲトラーゲネル・フェライン
(74)【代理人】
【識別番号】110002077
【氏名又は名称】園田・小林弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】ホーン, マンディ
(72)【発明者】
【氏名】シュティーンス, ディルク
(72)【発明者】
【氏名】ガルデッカ, アレクサンドラ
(72)【発明者】
【氏名】ヤンセン, ウィープケ
(72)【発明者】
【氏名】マンス, トルステン
【テーマコード(参考)】
3C046
4K030
【Fターム(参考)】
3C046FF02
3C046FF10
3C046FF13
3C046FF16
3C046FF22
3C046FF24
3C046FF25
4K030AA03
4K030AA17
4K030AA24
4K030BA43
4K030CA03
4K030CA05
4K030DA02
4K030JA05
4K030JA06
4K030JA09
4K030JA10
4K030JA11
4K030LA22
(57)【要約】
本発明は、超硬合金、サーメット、又は立方晶窒化ホウ素ベースのセラミック材料の基材と、単層又は多層の耐摩耗性硬質コーティングとからなる、チップ形成金属加工のためのコーティングされた切削工具の製造方法に関し、硬質コーティングの層は、化学気相堆積(CVD)によって1μm~20μmの範囲の平均厚さで堆積された少なくとも1つのアルファ(α)相Al2O3コーティング層を含み、ここで、アルファ相Al2O3コーティング層の堆積は、600~900℃の温度範囲の温度で、AlCl3、H2O、H2、及び任意選択的にHCl、並びに/又はH2S、SF6、SO2、及びSO3から選択される硫黄源を含むか、又はそれらからなる、CVDリアクタに導入されるときの処理ガス組成物を使用して行われ、CVDリアクタに導入されるときの処理ガス組成物において、H2O/AlCl3の体積比は0.5~2.5の範囲にあり、H2/AlCl3の体積比は200~3000の範囲にある。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
超硬合金、サーメット、又は立方晶窒化ホウ素ベースのセラミック材料の基材と、単層又は多層の耐摩耗性硬質コーティングとからなる、チップ形成金属加工のためのコーティングされた切削工具を製造する方法であって、前記硬質コーティングの前記層が、化学気相堆積(CVD)によって、1μm~20μmの範囲にある平均厚さで堆積させた、少なくとも1つのアルファ(α)相Al
2O
3コーティング層を含み、アルファ相Al
2O
3コーティング層の堆積が、
- 600~900℃の温度範囲の温度で、
- AlCl
3、H
2O、H
2、及び任意選択的にHCl、並びに/又はH
2S、SF
6、SO
2、及びSO
3から選択される硫黄源を含むか、又はそれらからなる、CVDリアクタに導入されるときの処理ガス組成物を使用して
行われ、
CVDリアクタに導入されるときの処理ガス組成物において、
- H
2O/AlCl
3の体積比が0.5~2.5の範囲にあり、かつ
- H
2/AlCl
3の体積比が200~3000の範囲にある、
チップ形成金属加工のためのコーティングされた切削工具を製造する方法。
【請求項2】
アルファ相Al
2O
3コーティング層の堆積が、3~50mbar、又は3~30mbar、又は3~20mbar、又は3~15mbarの範囲の全圧で行われる、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
CVDリアクタに導入されるときの処理ガス組成物中のアルファ相Al
2O
3コーティング層の堆積において、H
2O/AlCl
3の比が、0.7~2.0の範囲にあるか、又は0.8~1.5の範囲にある、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
CVDリアクタに導入されるときの処理ガス組成物中のアルファ相Al
2O
3コーティング層の堆積において、H
2/AlCl
3の比が、>500、又は>800、又は>1200、又は>1400、又は>1600である、請求項1から3のいずれか一項に記載の方法。
【請求項5】
アルファ相Al
2O
3コーティング層の堆積において、CVDリアクタに導入されるときの処理ガス組成物が、AlCl
3、H
2O、及びH
2からなるか、又は前記処理ガス組成物が、追加的に硫黄源、好ましくはH
2Sを、処理ガスの最大で2体積%の量で含む、請求項1から4のいずれか一項に記載の方法。
【請求項6】
アルファ相Al
2O
3コーティング層の堆積において、CVDリアクタに導入されるときの処理ガス組成物が、追加的にHClを、処理ガス中にAlCl
3の体積量の10倍以下の量で含む、請求項1から5のいずれか一項に記載の方法。
【請求項7】
堆積プロセスが、アルファ相Al
2O
3コーティング層の下に1つ又は複数のTi化合物層の堆積を含み、Ti及び/又はTi+Al化合物層が、炭化物、窒化物、酸化物、炭窒化物、及びオキシカーボナイトライドから選択される、請求項1から6のいずれか一項に記載の方法。
【請求項8】
堆積プロセスが、アルファ相Al
2O
3コーティング層の堆積前に酸化工程を含む、請求項1から7のいずれか一項に記載の方法。
【請求項9】
アルファ相Al
2O
3コーティング層の堆積が、600~850℃の温度範囲、又は650~800℃の温度範囲の温度で行われる、請求項1から8のいずれか一項に記載の方法。
【請求項10】
超硬合金、サーメット、又は立方晶窒化ホウ素ベースのセラミック材料の基材と、単層又は多層の耐摩耗性硬質コーティングとからなる、チップ形成金属加工のための表面コーティングされた切削工具であって、硬質コーティングの層が、請求項1から9のいずれか一項に記載の化学気相堆積(CVD)プロセスによって堆積させた少なくとも1つのアルファ(α)相Al
2O
3コーティング層を含む、表面コーティングされた切削工具。
【請求項11】
少なくとも1つのアルファ相Al
2O
3コーティング層が、>2000HV、又は>2300HVのビッカース硬さHV0.01を有する、請求項10に記載の表面コーティングされた切削工具。
【請求項12】
耐摩耗性硬質コーティングが、アルファ相Al
2O
3コーティング層の下に1つ又は複数のTi化合物層をさらに含み、Ti及び/又はTi+Al化合物層が、炭化物、窒化物、酸化物、炭窒化物、及びオキシカーボナイトライドから選択される、請求項10又は11に記載の表面コーティングされた切削工具。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、基材本体と、CVDプロセスによって基材上に堆積された硬質コーティングとからなる、表面コーティングされた切削工具に関するものであり、硬質コーティングは、約600~900℃の範囲内の「中温」CVD(MT-CVD)プロセスによって堆積された、純粋又は主に純粋なアルファ相(α相)の少なくとも1つの緻密な硬質のAl2O3層を含む。本発明はさらに、CVDによって中程度の温度でこのようなα-Al2O3層を堆積する方法に関する。
【0002】
本発明の切削工具のコーティングは、連続的及び断続的な高速金属切削において、優れた耐摩耗性及び耐剥離性を有する。
【背景技術】
【0003】
この数十年間、TiC、TiN、TiCN、TiAlN、及びAl2O3などのさまざまな種類の硬質層でコーティングされた超硬合金、サーメット、立方晶窒化ホウ素などのさまざまな基材本体材料の切削工具が市販されている。このような工具コーティングは、概して、多層構造の幾つかの硬質層によって構築される。個々の層の順序及び厚さは、さまざまな切削用途及びワークピース材料に合わせて慎重に選択される。
【0004】
工具コーティングは、化学気相堆積(CVD)又は物理的気相堆積(PVD)技法によって最も頻繁に堆積される。CVD及びPVDはどちらも互いに長所と短所があり、その結果、微細構造、物理的コーティング、及び機械的コーティングの特性が異なり、したがって、どちらの技法も価値あるコーティングを提供する。これらの技法間の本質的な違いの1つは、堆積温度の違いに基づいている。PVD堆積は、約450~700℃程度の温度で行われ、かつイオン衝撃下で実施されるため、コーティングに高い圧縮応力が生じ、冷却亀裂は発生しない。対照的に、硬質工具コーティングの堆積のためのCVDは、約880~1100℃程度の高温で行われる。この高い堆積温度と、堆積されたコーティング材料と超硬合金などの基材材料との間の熱膨張係数の不一致により、CVDでは冷却亀裂及び引張応力を伴うコーティングが生成される。これらのプロセスの違いにより、CVDコーティングされた工具は、PVDコーティングされた工具に比べて脆くなり、その結果、劣った靭性挙動を有するようになる。
【0005】
しかしながら、CVD技法は、例えば、Al2O3、ZrO2、並びにさまざまなTi及びTiAl化合物(例えば、Ti(C,N)、TiAl(C,N))など、多くの優れた硬度及び耐摩耗性のコーティング材料の堆積に適しており、有利である。これらのコーティングの微細構造、ひいてはその特性は、堆積条件を変えることによって変化させることができる。標準的なCVD堆積温度を大幅に下げることができれば、コーティングの靭性が向上し、他の特性も改善されることが期待されよう。
【0006】
MT-CVD(「中温」CVD)技法を工具業界に適用することで、CVDコーティングされた工具の靭性挙動と性能が著しく向上した。MT-CVD技法は、約700~900℃の範囲の堆積温度で機能し、TiCl4、CH3CN、及びH2を含むガス混合物からTi(C,N)層を堆積するのに十分に確立されている。
【0007】
現代の工具コーティングには、高い耐摩耗性、硬度などを実現するために、少なくとも1つのAl2O3多結晶層が含まれている必要がある。Al2O3は、α、κ、γ、δ、θなどの幾つかの異なる相で結晶化することがよく知られている。Al2O3の最も一般的なCVD堆積温度は、980~1050℃の範囲である。これらの温度では、準安定なκ-Al2O3と安定なα-Al2O3の両方、又はそれらの混合物が生成されうる。場合によっては、θ相も少量存在しうる。
【0008】
しかしながら、Al2O3の堆積に一般的に用いられる高温は、基材の脆化、及び/又はAl2O3堆積の下の層にあるTiAlNなどの熱力学的に準安定な材料の分解につながる可能性がある。したがって、堆積されたAl2O3層自体のみならず、その下の層及び基材にも及ぶ高温CVD堆積に伴う不利益を回避するためには、MT-CVDプロセスと同程度の範囲の低温で、高品質のAl2O3層、とりわけ単相で安定したα-Al2O3層をCVDプロセスによって堆積することができることが望ましいであろう。
【0009】
低温でCVDによりAl2O3を堆積させるさまざまな試みがなされている。しかしながら、現在のところ、切削工具上に単相の安定したα-Al2O3層を低温でCVD堆積するための適切かつ経済的に実現可能なプロセスは知られていない。
【0010】
欧州特許第1947213号明細書には、約625~800℃の範囲の温度でα-Al2O3を堆積させるプロセスが記載されている。Al2O3の堆積には、下地となる酸素が豊富なTiCNO層の事前堆積が必要であり、その後のAl2O3堆積が行われる前に、酸素含有ガス混合物でさらに処理する必要がある。Al2O3堆積プロセスには、高濃度のCO2と、H2Sなどの硫黄ドーパントが必要である。酸素処理工程を省くと、主に非晶質又は準安定相のAl2O3が形成される。
【0011】
下地となるTiCNO層の堆積は、PVD技法を使用して450~600℃で、又はCVD技法を使用して1000~1050℃で堆積することができる。CVDを使用する場合は、Al2O3堆積の開始前にTiCNO層に必要な酸素処理工程も、約1000℃以上の高温で行われる。したがって、PVDとCVDの2つの異なる堆積技法のいずれかを適用する必要があり、それに伴って2つの装置を提供し、完全に異なるコーティングデバイス間で試料を移動させる必要がある。また、欧州特許出願公開第1947213号明細書の幾つかの実施形態に記載されているように、1つ又は複数の追加のCVD層がTiCNO層の下に堆積される場合、CVDからPVDへ、及びCVD装置へと戻す試料の移動が1回だけではなく複数回必要となる。あるいは、TiCNO層を堆積し、酸化工程を行うために、高温CVDを適用する必要があり、基材及び/又は多層コーティングのさらなる下地層に対する高温処理のすべての欠点が伴う。
【0012】
その後のAl2O3堆積プロセスは、40~300mbarのプロセス圧力、及び625~800℃の温度で、AlCl3、CO2、H2、H2S、及び好ましくはHClの反応ガス組成物を使用してCVDによって行われ、これにより、CO2濃度は反応ガス組成物の16~40体積%程度と非常に高くなる。
【0013】
欧州特許出願公開第3505282号明細書には、TiとAlの複合窒化物又は複合炭窒化物である(Ti、Al)(C,N)の下層、接着層、及びα-Al2O3の上層を含む、多層硬質CVDコーティングを備えた切削工具が記載されている。著者らは、約1000℃の一般的なCVD条件下でα-Al2O3層を(Ti,Al)(C,N)下層上に直接堆積した場合に、(Ti,Al)(C,N)層でAlNの相分離が起こり、(Ti,Al)(C,N)層に十分な硬度が得られないことを発見した。一方、700℃~900℃の低い温度範囲で(Ti,Al)(C,N)層の表面にα-Al2O3層を形成する場合、非晶質のAl2O3が(Ti,Al)(C,N)層の最表面に形成され、(Ti,Al)(C,N)層とα-Al2O3層との間の接着強度は十分ではない。
【0014】
著者らは、(Ti,Al)(C,N)層とα-Al2O3層との間の接着強度は、α-Al2O3上層と接触する表面付近に酸素含有量を増加させたTiCN接着層を設けることによって改善することができ、この接着層は、その後、800~900℃の範囲の比較的低い温度条件下、5~15kPaのプロセス圧力で、核形成段階ではAlCl3、CO2、H2、及びHClの反応ガス組成物を使用し、層成長中に追加量のH2Sを使用して形成することができることを発見した。
【0015】
Connelly, R. et al., “Development of moderate temperature CVD Al2O3coating”, International Journal of Refractory Metals & Hard Materials 23 (2005) 317-321には、経済的な理由から、Al2O3のCVD堆積温度を約700~900℃の中温範囲に下げ、同じ温度範囲内で中間Ti(C,N)コーティングとAl2O3とのMT-CVD堆積を可能にする、さらなる試みが記載されている。
【0016】
AlCl3からのAl2O3堆積には、酸素供与体としてH2Oが必要であるが、標準的な先行技術では、CVDプロセスによって、H2+CO2→H2O+COからの水性ガスシフト反応でその場生成される。Connelly,R.らは、この反応におけるNO+H2、NO2+H2、CHOOH、及びH2O2などのさらなる水源と、700~950℃のさまざまな温度でのこれらのシステムの熱力学及び速度論を調査した。熱力学計算により、NO+H2及びHCOOHの系が、700~950℃の中温範囲でアルミナを形成する最も潜在的な酸素供与源であることが特定された。著者らは、AlCl3+CHOOH+H2の系を使用して、870℃でTiC及びTiCNコーティングされた超硬合金切削工具に、緻密で均一かつ接着性のアルミナコーティングを堆積させることができることを説明している。XRD分析は、堆積されたAl2O3コーティングにはアルファ相とカッパ相とが含まれていることを示した。
【0017】
Funk, R. et al., “Coating of Cemented Carbide Cutting Tools with Alumina by Chemical Vapor Deposition”, J, Electrochem. Soc., Vol. 123, No. 2, pp. 285-289では、H2+CO2からの水性ガスシフト反応によって、AlCl3に加えてH2Oを提供する標準的な先行技術プロセス(「H2-CO2プロセス」)と、H2Oが直接導入されるプロセス(「H2Oプロセス」)とを、幅広い温度範囲で、コーティングなし及びTiC、TiN、又はCrでプレコーティングされた超硬合金基材上で比較している。著者らは、5TorrでのH2Oプロセスでは、堆積温度の上昇(600~1000℃)に伴いアルミナの堆積速度が低下したのに対し、50TorrでのH2-CO2プロセスでは、堆積温度の上昇(750~1100℃)に伴い堆積速度が上昇したことを示した。TiC及びTiNで事前コーティングされた基材の接着性は、コーティングされていない超硬合金よりも優れており、Crで事前コーティングされた基材では非接着性の堆積物が形成されたことが判明した。標準的なH2-CO2プロセスでは、850~1100℃の温度範囲でコーティングにα-Al2O3が含まれていたが、H2Oプロセスで生成された堆積物の改質、品質、相純度、又は微細構造、物理的若しくは機械的特性については何も述べられていない。
【0018】
Mantyla et al., Proc. 5th EuroCVD, June 17-20, 1985は、CVD層を使用して多孔質プラズマ噴霧Al2O3の表面を緻密化するために、堆積速度を増加させるためにAlCl3との反応でH2Oガスを直接導入し(「H2Oプロセス」)、250~1000℃の温度範囲でAl2O3の堆積挙動も調査している。しかしながら、250~500℃で堆積したコーティングは主に非晶質であり、非晶質相の量は温度の上昇とともに減少し、750~800℃を超える温度でのみ結晶性Al2O3が得られ、安定したα-Al2O3は1000℃のみで得られた。
【0019】
Schachner et al., Ber. Dt. Keram. Ges. 49/3 (1972), 76-80でも同様の研究が行われており、H2Oを直接導入し、200~500℃の温度範囲で行ったCVD反応においてAlCl3を加水分解した。しかしながら、その後のMantylaらの研究で確認されたように、非晶質のAl2O3のみが得られた。
【発明の概要】
【0020】
本発明の目的は、結晶性が良好で、硬度及び密度が高いアルファ相Al2O3コーティング層を低温CVD堆積するための、改良された経済的プロセスを提供することであった。
【発明を実施するための形態】
【0021】
本発明は、超硬合金、サーメット、若しくは立方晶窒化ホウ素ベース、又は他のセラミック材料の基材と、単層又は多層の耐摩耗性硬質コーティングとからなる、チップ形成金属加工のためのコーティングされた切削工具を製造する新しい方法を提供し、硬質コーティングの層は、化学気相堆積(CVD)によって、1μm~20μmの範囲の平均厚さで堆積された、少なくとも1つのアルファ(α)相Al2O3コーティング層を含み、該アルファ相Al2O3コーティング層の堆積は、
- 600~900℃の温度範囲の温度で、
- AlCl3、H2O、H2、及び任意選択的にHCl、並びに/又はH2S、SF6、SO2、及びSO3から選択される硫黄源を含むか、又はそれらからなる、CVDリアクタに導入されるときの(as introduced into the CVD reactor)処理ガス組成物を使用して、
行われ、ここで、前記CVDリアクタに導入される前記処理ガス組成物において、
- H2O/AlCl3の体積比は0.5~2.5の範囲にあり、かつ
- H2/AlCl3の体積比は200~3000の範囲にある。
【0022】
本発明のプロセスは、先行技術の幾つかの欠陥を克服し、比較的低温で、良好な結晶性、高硬度及び高密度の純粋又はほぼ純粋なアルファ相のAl2O3コーティング層の堆積及び制御された成長を可能にする。
【0023】
α-Al2O3を堆積するための標準的なH2-CO2プロセスでは、1000℃以上程度の高温が必要であり、これにより基材が脆くなり、Al2O3堆積の下の層にある熱力学的に準安定な材料が分解される可能性がある。本発明のプロセスは、この高温堆積の欠点を克服する。また、既知のH2Oプロセスでは、250℃という低い温度でAl2O3を堆積することができるが、先行技術のH2Oプロセスはいずれも、本発明のプロセスで得られる品質の純粋又はほぼ純粋なアルファ相Al2O3の堆積に適していなかった。先行技術のH2Oプロセスでは、アルファ相Al2O3がまったく得られなかったか、あるいはガンマ相又はシータ相、及び/又は非晶質Al2O3などの他の不利な相が大量に混合された、ある一定量のα-Al2O3のみが得られた。本発明のプロセスにより、高すぎる堆積温度が下にある材料に悪影響を及ぼすことなく、純粋又はほぼ純粋な高品質のα-Al2O3の堆積を可能にする。
【0024】
本発明のプロセスでは、アルファ相Al2O3コーティング層の堆積は、600~900℃の温度範囲の温度で行われる。温度が600℃未満の場合、アルファ相Al2O3、又は他の不利な相が大量に混ざったアルファ相は観察されず、結晶性が乏しく接着性が悪い層が得られた。温度が900℃を超えると、その下にある不安定又は準安定材料への劣化の影響が大きくなりすぎる。本発明の一実施形態では、アルファ相Al2O3コーティング層の堆積は、600~850℃の温度範囲の温度で行われる。850℃以下の温度では、下地材料の相変態のリスクと、気相反応による多孔質Al2O3層の堆積のリスクがさらに低減される。
【0025】
驚くべきことに、CVDリアクタに導入されるときの処理ガス組成物において、H2O/AlCl3の比が0.5~2.5の範囲にあり、同時にH2/AlCl3の比が200~3000の範囲にある場合、比較的低い堆積温度でH2Oプロセスにおいてこれが達成されることが判明した。
【0026】
H2O/AlCl3の比が0.5未満と低すぎる場合、純粋又はほぼ純粋なアルファ相は得られず、及び/又は堆積速度が極端に遅くなるため、プロセスが経済的に実行不可能になるであろう。
【0027】
H2O/AlCl3の比が2.5を超えると、H2/AlCl3の比が200~3000の範囲であっても、アルファ相は堆積せず、ガンマ相のAl2O3のみが堆積する。
【0028】
H2/AlCl3の比が200未満と低すぎる場合、アルファ相Al2O3は堆積せず、ガンマ相又はガンマ相とシータ相との混合物のみが堆積し、場合によっては、H2O/AlCl3の比が0.5~2.5の範囲であっても、接着性が悪いか接着性のない粉末層が得られる。
【0029】
H2/AlCl3の比が3000を超えて高すぎると、純粋又はほぼ純粋なアルファ相が得られず、及び/又は堆積速度が極端に遅いため、又は非常に大量のH2流量を技術的に処理する必要があるため、プロセスが経済的に実行不可能になるであろう。
【0030】
したがって、本発明の比較的低い堆積温度で、良好な結晶性、高硬度、及び高密度のα-Al2O3コーティング層の堆積及び制御された成長を可能にするためには、両方の反応ガス条件、すなわち、H2O/AlCl3の比が0.5~2.5であり、H2/AlCl3の比が200~3000であることが同時に満たされる必要がある。
【0031】
本発明のプロセスにより、不安定であるか、又は安定性が低いか、又は高温で脆化若しくは他の不利な変化の影響を受けやすい基材及び/又はその下のさらなる層の上であっても、α-Al2O3コーティング層を堆積することが可能となる。同時に、本発明のプロセスは、数マイクロメートルの厚さの耐摩耗層の製造を経済的に実現可能にするために十分に速い堆積速度を提供する。
【0032】
本発明のプロセスは、一般的に用いられる工業用CVD装置設計に適しており、α-Al2O3コーティング層の堆積は、多層コーティング構造のさらなるコーティング層と同じ堆積ランで行うことができ、コーティングされた切削工具の大量生産においててコストと時間の効率が向上する。中間PVD堆積などの個別の製造工程は必要ない。
【0033】
本発明のプロセスによって製造されるα-Al2O3コーティング層は、高い結晶性、高硬度、及び高密度を示すため、良好な耐摩耗性及び機械的特性をもたらす。
【0034】
高温でα-Al2O3コーティング層を堆積する従来のプロセスと比較して、本発明のプロセスは、大幅に低い温度で動作するため、エネルギー消費が少なくなり、生産コストが潜在的に低くなる。
【0035】
本発明の好ましい実施形態では、アルファ相Al2O3コーティング層の堆積は、3~50mbar、又は3~30mbar、又は3~20mbar、又は3~15mbarの範囲の全圧で行われる。
【0036】
全圧が低すぎると、堆積速度が低下する可能性がある。さらには、腐食性の前駆体及び副生成物を排出しつつプロセス真空を生成するには、非常に高い技術的及び財政的リソースが必要になる場合がある。
【0037】
全圧が高すぎると、純粋又はほぼ純粋なアルファ相は得られない。さらには、反応性ガスの分圧が高くなると、望ましくない気相反応が起こる可能性があり、緻密な層が形成されない可能性がある。
【0038】
本発明の別の好ましい実施形態では、CVDリアクタに導入されるときの処理ガス組成物中のアルファ相Al2O3コーティング層の堆積において、H2O/AlCl3の比は、0.7~2.0の範囲、又は0.8~1.5の範囲にある。この範囲のH2O/AlCl3比率により、リアクタ内のコーティング厚さ分布の均一性を向上させることができることが観察された。
【0039】
本発明の別の好ましい実施形態では、CVDリアクタに導入されるときの処理ガス組成物中のアルファ相Al2O3コーティング層の堆積において、H2/AlCl3の比は、>500、又は>800、又は>1200、又は>1400、又は>1600である。
【0040】
H2/AlCl3の比率が高くなると、アルファ相Al2O3堆積の純度をさらに向上させることができ、リアクタ内のコーティング厚さプロファイルをより均一にすることができることが観察された。
【0041】
本発明の別の好ましい実施形態では、アルファ相Al2O3コーティング層の堆積において、CVDリアクタに導入されるときの処理ガス組成物は、AlCl3、H2O、及びH2からなるか、又は処理ガス組成物は、追加的に、処理ガスの最大で2体積%の量で、硫黄源、好ましくはH2Sを含む。
【0042】
本発明の好ましい実施形態では、CVDリアクタに導入されるときの処理ガス組成物は、追加のHClを含まない。しかしながら、本発明は、アルファ相Al2O3コーティング層の堆積において、CVDリアクタに導入されるときの処理ガス組成物が、追加的に、処理ガス中にHClをAlCl3の体積量の10倍以下の量で含む実施形態を含む。
【0043】
本発明の好ましい実施形態では、堆積プロセスは、アルファ相Al2O3コーティング層の下へのさらなる層の堆積、すなわち多層構造の堆積を含む。さらなる層は、好ましくは、炭化物、窒化物、酸化物、炭窒化物、及びオキシカーボナイトライド(oxicarbonitride)から選択される、1つ又は複数のTi及び/又はTi+Al化合物層を含む。さらなるTi及び/若しくはTi+Al化合物層を含むさらなる層は、コーティングの接着性を改善し、並びに/又はα-Al2O3コーティング層及び/若しくはさらなる層の好ましい結晶配向又はテクスチャを促進し、並びに/又はコーティング構造全体の耐摩耗性に貢献し、その改善に適しうる。
【0044】
1つの好ましい例では、アルファ相Al2O3コーティング層の下に堆積された層には、チタン窒化物(TiN)下層の層シーケンスが含まれ、その後にチタン炭窒化物(TiCN)、チタンアルミニウム炭窒化物(TiAlCN)、及びチタンアルミニウム窒化物(TiAlN)から選択される1つ又は複数の後続層が続き、任意選択的に、本発明によるアルファ相Al2O3コーティング層のすぐ下に結合層が続き、この結合層には好ましくはチタン炭窒化物(TiCN)又はチタンアルミニウム炭窒化物(TiAlCN)が含まれる。本発明の一実施形態では、結合層は、アルファ相Al2O3コーティング層への遷移領域の近く又はそのすぐ下に、ある酸化状態のTiCN又はTiAlCNを含み、これは、アルファ相Al2O3コーティング層の堆積前に、TiCNO又はTiAlCNOサブ層を堆積するか、又は結合層のTiCN又はTiAlCNに対して酸化工程を実施することによって行われる。酸化状態を提供することにより、アルファ相Al2O3コーティング層の接着性をさらに向上させることができる。
【0045】
本発明の一実施形態では、堆積プロセスは、アルファ相Al2O3コーティング層の堆積前に、酸化工程を含む。好ましくは、酸化工程は、Al2O3コーティング層の下に堆積されたTi及び/又はTi+Al化合物層に適用される。酸化工程の適用は、その後に堆積されるアルファ相Al2O3コーティング層の接着性の改善に適しうることが判明した。
【0046】
好ましくは、酸化工程は、酸化剤としてのH2Oの存在下、約2~20分、好ましくは、約3~15分の時間、行われる。一実施形態では、酸化工程の温度は、アルファ相Al2O3コーティング層の堆積に適用される温度とほぼ同じであるか、又は±50℃である。
【0047】
本発明はまた、超硬合金、サーメット、又は立方晶窒化ホウ素ベースのセラミック材料の基材と、単層又は多層の耐摩耗性硬質コーティングとからなる、チップ形成金属加工ための表面コーティングされた切削工具も含み、硬質コーティングの層は、本明細書で定義される化学気相堆積(CVD)プロセスによって堆積される少なくとも1つのアルファ(α)相Al2O3コーティング層を含む。
【0048】
本発明の切削工具は、Al2O3コーティング層の下の基材及び/又はさらなる層が、高温堆積又は処理工程による構造変化及び劣化を受けていないという点で、従来通りに高温で製造された少なくとも1つのアルファ(α)相Al2O3コーティング層を有する切削工具とは異なっている。したがって、本発明の切削工具は、本発明の堆積プロセスによって、改善された機械的特性及び耐摩耗性を示すことができる。さらには、本発明のプロセスはかなり低い温度で行われるため、本発明の切削工具は、従来通り高温で製造された少なくとも1つのα-Al2O3コーティング層を有する同等の切削工具よりも低コストかつ少ない資源消費で製造することができる。
【0049】
本発明の表面コーティングされた切削工具の一実施形態では、本発明のプロセスによって堆積された少なくとも1つのアルファ相Al2O3コーティング層は、>2000HV、又は>2300HVのビッカース硬さHV0.01を有する。
【0050】
本発明の別の実施形態では、表面コーティングされた切削工具の耐摩耗性硬質コーティングは、アルファ相Al2O3コーティング層の下に1つ又は複数のTi及び/又はTi+Al化合物層をさらに含み、Ti及び/又はTi+Al化合物層は、炭化物、窒化物、酸化物、炭窒化物、及びオキシカーボナイトライドから選択される。
【0051】
材料及び方法
X線回折(XRD)測定
X線回折の測定は、CuKα放射線を使用して、GE Sensing and Inspection Technologies社のXRD3003 PTS回折計で実施した。X線管は、40kV及び40mAで、点焦点で動作させた。一次側では、固定サイズの測定アパーチャを備えたポリキャピラリーコリメータレンズを使用した平行ビーム光学系を使用し、試料の照射領域を、試料のコーティングされた面へのX線ビームの漏れが回避されるように規定した。二次側では、発散角0.4°の平行プレートコリメータと25μm厚のNiKβフィルタを使用した。層の厚さに応じて、Al2O3相を識別するための回折測定は、ω=1°の一定入射角での2θスキャン、又は15°≦2θ≦90°の角度範囲内で0.04°刻みの対称θ-2θスキャンによって実施した。
【0052】
微小硬さの測定
ビッカース硬さ試験で微小硬さを測定した。この目的で、ダイヤモンドピラミッド(界面角136°、ビッカースピラミッド)を規定の試験荷重で層に押し付けた。DIN EN ISO 4516に準拠して、試験には滑らかなカロット(calotte)研削を使用した。測定に対する表面の影響を最小限に抑えるには、滑らかな表面が必要である。圧子をコーティングの外側領域に配置し、圧子の深さが層の厚さの1/10未満になることを確実にする。圧子の残留痕の対角線を光学的に測定した。光学顕微鏡に取り付けたMHT-10(Anton Paar社)を使用して、押し込み及び測定を行った。硬さは、次式に従い、2つの対角線の長さの平均を使用してソフトウェアで計算した(Fは試験荷重であり、dは対角線の長さの平均である):
【0053】
カロット研削
カロット研削を使用して、コーティングの厚さと接着性を評価した。インサートを、ボールクレータリング装置の傾斜した磁気ホルダ上に配置した。3μmの水性ダイヤモンド懸濁液(Struers社、DP-Lubricant Green)の液滴で湿らせ、駆動シャフトで>500rpmで駆動させた30mmの回転鋼球によって、コーティング及び基材材料に球状のカロットを研削した。基材材料のカロットの直径が約600~1100μmに達した時点で研削プロセスを停止した。カロットの形状を考慮した厚さの測定は、光学顕微鏡(LOM)を使用した専用ソフトウェアで行った。
【0054】
「A」接着性
「A」接着性とは、α-Al2O3層の下地層に対する接着性を定義する。「A」接着性は、研磨されたカロット研削面のLOM観察によって評価し、1.0(=完全な接着)~3.0(=接着性なし)のスケールで視覚的に分類した。層/サブ層の界面における「A」接着性の基準は次のとおりである:
A=1:界面に剥離が見られないか、又は無視できる程度であり、界面ラインはそのままである。
A=2:界面に小さい剥離を観察することができ、界面ライン全体の約51~80%は劣化していない。
A=3:界面に大きい剥離又は連続的な剥離が見られ、カロットの界面ラインの50~100%が劣化している。
【0055】
切削試験(フライス加工)
本明細書では、コーティングされた切削工具を、次の切削データを使用して、785N/mm2の引張強度を有する42CrMo4鋼のフライス加工動作で試験した:
切削速度vc:180m/分
切削送り量,f:0.2mm/回転
切削深さ,ap:3mm
切削幅,ae:98mm
ラジアルオーバーハング,ue:5mm
歯数:1
インサート形状:SPHW120408
(切削液なし)
【0056】
CVDコーティング
本明細書で以下に示す例のCVDコーティングを、WC-共ベースの超硬合金切削工具基材上に施した。本明細書の例では、実験室規模のCVD装置と工業規模のCVD装置の2つの異なるタイプのCVD装置を使用した。
【0057】
リアクタに供給されるガスの量は、mln/分(標準ミリリットル/分)、ln/分(標準リットル/分)、又はsccm(標準立方センチメートル/分)単位の流量に調整された、質量流量制御ユニットで制御した。製造元(Bronkhorst社)提供の技術データによると、これらはすべて、0℃及び1.013bar(絶対値)の条件を指している。蒸発したH2Oの体積は、以下に記載するように制御し、sccm単位に変換した。AlCl3は、高温でHClガスを使用してAlペレットを塩素化する、技術的及び工業的に一般的な技術を使用して、その場生成し、蒸発させた。酸化アルミニウムの熱CVDに関する文献では通常、塩素化反応Al+3HCl→AlCl3+1.5H2がほぼ瞬時に定量的に進行し、三塩化アルミニウムのモノマー分子のみが生成されると合理的に推定されている。本明細書で与えられる処理ガスの組成及び体積比は、AlCl3及びH2の流量を適宜考慮に入れている。
【0058】
本明細書に記載される装置及び実施例では、処理ガス混合物は、2つの別々のガス入口からリアクに導入される。AlCl3、任意選択的に追加のHCl及び/又は硫黄含有ガス、並びにH2が1つの入口を通じて供給され、H2O及び残りのH2が別の入口を通じて供給される。しかしながら、本発明は、リアクタの設計及びガス供給システムの特定の設定に限定されない。
【0059】
装置「A」は、Inconelでできており、内径79mm、水平長さ800mm、及び内容積約6リットルの実験室規模の水平流ホットウォール型CVDリアクタである。基材温度はK型熱電対によって制御される。反応ガスは、個別のガス入口によって反応ゾーン内に導入される。装置Aを、以下に記載する本発明の実施例及び比較例の幾つかのCVDによるAl
2O
3コーティングの調製に使用した。この装置のH
2Oエバポレータ内で、制御された圧力及び温度でH
2キャリアガスを液体の水に吹き込むことにより、水を蒸発させた。蒸発したH
2Oガス流量(sccm単位)は次のように計算される:
式中、
v(H
2O)=H
2Oのガス流量[ml/分]=H
2Oのガス流量[sccm]
p(H
2O)=H
2Oの蒸気圧[Torr]
p=常圧760[Torr]
p
v=エバポレータ内の圧力[Torr]
R=普遍モル気体定数62.32[l Torr mol
-1 K
-1]
T
0=基準温度273.15[K]
V
m=モル体積22.4[l mol
-1]
V(キャリアガス)=エバポレータに導入されるキャリアガスのガス流[ml/分]
である。
【0060】
装置「B」は、内部リアクタの高さが1580mm、内部リアクタの直径が500mm、及び内容積が約300リットルの工業サイズのラジアルフロー型CVDコーティングチャンバである。反応ガスは、中央のガス入口パイプを通じてリアクタ内に供給し、入口パイプに沿って分布する開口部を通じて反応ゾーン内に導入し、基材本体上に本質的に放射状のガス流を提供した。装置Bは、以下に記載する本発明の実施例及び比較例の幾つかのCVDによるAl2O3コーティングの調製に使用した。この装置のH2Oエバポレータでは、減圧下で100℃のH2キャリアガス流に液体の水を噴霧することにより、水を蒸発させた。蒸発量は、g/時間の単位に調整した液体質量流量コントローラで制御した。そこからH2Oのモル質量と通常条件0℃及び1.013バール(絶対値)での理想気体の体積とを使用してsccm単位のガス体積流量を計算する。
【0061】
リアクタに導入される処理ガス組成の体積比は、前述のsccm単位のガス流量を指す。
【0062】
特に明記しない限り、本明細書の実施例では、リアクタは、ほぼ全容量に至るまでインサートで満たし、調査する試料インサートはリアクタ内のさまざまに異なる位置に分散し、リアクタ内の残りの試料の位置は「スクラップ」インサートで満たし、それぞれのリアクタ内のフルスケールの堆積条件及び容積使用量を可能な限りシミュレートした。
【実施例】
【0063】
堆積
本明細書で調製した本発明の実施例I1~I16、並びに比較例C1~C13及びCWG1では、Al2O3の堆積前に、装置Bを使用して、基材に約0.6μm厚のTiNベース層と約5.4μm厚のTiCN層をプレコートした。この堆積の処理パラメータと反応ガスが表1に示されている。Al2O3の堆積前のTiN及びTiCNの堆積は、すべて同じプロセス条件及び同じ装置で行い、Al2O3堆積条件の変化に関して例を比較できるようにした。
【0064】
本発明の実施例I1~I16、並びに比較例C1~C13及びCWG1におけるAl2O3層の堆積のための処理パラメータ及び反応ガスが表2に示されている。本発明の実施例及び比較例(示されている場合)の幾つかでは、Al2O3の堆積前にTiCN層に酸化工程を適用した。酸化は、装置Aでは12sccmの固定H2O流量、装置Bでは1333sccmの固定H2O流量で、それぞれ、表2の「酸化時間」及び「酸化温度」に示されている時間及び温度で行った。
【0065】
比較例CWG1及びCWG2では、H2+CO2→H2O+COからの水性ガスシフト反応を適用して、Al2O3層を堆積させた。比較例CWG1の層順序、処理パラメータ、及びリアクタに導入される反応ガスは表1及び2に含まれており、比較例CWG2(装置Bで調製)の層順序、処理パラメータ、及び反応ガスは表3に示されている。
【0066】
表4は、本発明の実施例(I1~I16)及び比較例(C1~C13、CWG1及びCWG2)のAl2O3層の測定パラメータを示している。
【0067】
表5は、本発明の実施例及び比較例の切削試験結果を示している。各実施例において、フライス加工試験では4つの切削刃を使用した。フライス加工パスが800mm、1600mm、3200mm、4800mm、及び5600mmになった時点でフライス加工を中断し、摩耗痕跡である、フランク摩耗幅(Vb)、最大フランク摩耗幅(Vb
max)、及び櫛状亀裂の数(櫛状亀裂)を評価した。各切削刃は、最大フランク摩耗幅Vb
maxが0.30mmを超えるまで使用した。表5には、各バリエーションの切削刃の摩耗データが示されており、これらのデータは、耐摩耗性が最も乏しく、Vb
,max>0.30mmに達するまでのフライス加工長さが最も短く、同じ測定間隔で幾つかの切れ刃が0.3mmを超えた場合に摩耗幅が最も大きいことを示していた。
【0068】
TiNベース層の上にTiCN層を堆積する際、TiCl
4及びCH
3CNの各ガス流は、TiNベース層と同じ速度(TiCl
4=1670sccm;CH
3CN=0sccm)で開始し、各々、5000sccm/分で直線的に連続的に増加し、表1に示される値まで増加した。
【国際調査報告】