IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ コーニンクレッカ フィリップス エヌ ヴェの特許一覧

特表2024-543617生理学的測定装置、システム及び方法
<>
  • 特表-生理学的測定装置、システム及び方法 図1
  • 特表-生理学的測定装置、システム及び方法 図2
  • 特表-生理学的測定装置、システム及び方法 図3
  • 特表-生理学的測定装置、システム及び方法 図4
  • 特表-生理学的測定装置、システム及び方法 図5
  • 特表-生理学的測定装置、システム及び方法 図6
  • 特表-生理学的測定装置、システム及び方法 図7
  • 特表-生理学的測定装置、システム及び方法 図8
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公表特許公報(A)
(11)【公表番号】
(43)【公表日】2024-11-21
(54)【発明の名称】生理学的測定装置、システム及び方法
(51)【国際特許分類】
   A61B 5/308 20210101AFI20241114BHJP
   A61B 5/33 20210101ALI20241114BHJP
   A61B 5/31 20210101ALI20241114BHJP
   A61N 1/08 20060101ALI20241114BHJP
【FI】
A61B5/308
A61B5/33 100
A61B5/31
A61N1/08
【審査請求】未請求
【予備審査請求】未請求
(21)【出願番号】P 2024534025
(86)(22)【出願日】2022-11-29
(85)【翻訳文提出日】2024-07-16
(86)【国際出願番号】 EP2022083556
(87)【国際公開番号】W WO2023104576
(87)【国際公開日】2023-06-15
(31)【優先権主張番号】21213378.9
(32)【優先日】2021-12-09
(33)【優先権主張国・地域又は機関】EP
(81)【指定国・地域】
(71)【出願人】
【識別番号】590000248
【氏名又は名称】コーニンクレッカ フィリップス エヌ ヴェ
【氏名又は名称原語表記】Koninklijke Philips N.V.
【住所又は居所原語表記】High Tech Campus 52, 5656 AG Eindhoven,Netherlands
(74)【代理人】
【識別番号】110001690
【氏名又は名称】弁理士法人M&Sパートナーズ
(72)【発明者】
【氏名】フランク クリストフ フロリアン
【テーマコード(参考)】
4C127
【Fターム(参考)】
4C127AA02
4C127AA03
4C127BB05
4C127CC01
4C127FF01
4C127FF02
(57)【要約】
本発明は、生理学的測定装置、システム及び方法に関するものである。装置11は、被験者から収集された複数の測定信号sを取得するように構成された複数の入力チャンネル15;及び複数の測定信号sをデジタルフィルタを使用してフィルタリングすると共に該フィルタリングされた複数の測定信号から複数のベクトル信号yを計算するように構成された記録ユニット10;を有する。装置11は、更に、被験者の組織を電気的に刺激するための1以上の刺激信号wを生成するように構成された刺激ユニット20;複数のベクトル信号y及び1以上の刺激信号wを出力するように構成された複数の出力チャンネル22、32;及び、1以上の刺激信号wの生成及び出力の間又は後に、現在のフィルタ係数、1以上の刺激信号w及び1以上の刺激信号wが刺激のために出力される間に収集された複数の測定信号sに基づいて、デジタルフィルタの調整されたフィルタ係数を決定するように構成された処理ユニット27;を有する。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
被験者から収集された複数の測定信号を取得する複数の入力チャンネルと、
デジタルフィルタの使用により前記複数の測定信号をフィルタリングすると共に該フィルタリングされた複数の測定信号から複数のベクトル信号を計算する記録ユニットであって、該ベクトル信号が差動信号を表すものであって少なくとも2つのフィルタリングされた測定信号の線形結合を形成することにより計算される、記録ユニットと、
前記被験者の組織を電気的に刺激するための1以上の刺激信号を生成する刺激ユニットと、
前記複数のベクトル信号及び前記1以上の刺激信号を出力する複数の出力チャンネルと、
前記デジタルフィルタの調整されたフィルタ係数を、前記1以上の刺激信号の生成及び出力の間又は後に、現在のフィルタ係数、前記1以上の刺激信号及び該1以上の刺激信号が刺激のために出力されている間に収集された前記複数の測定信号に基づいて決定する処理ユニットと
を有する生理学的測定装置であって、
前記デジタルフィルタが、前記調整されたフィルタ係数が決定された後に、前記複数の測定信号を該調整されたフィルタ係数を使用してフィルタリングする、
生理学的測定装置。
【請求項2】
前記処理ユニットが、前記調整されたフィルタ係数を、特に最小二乗法若しくは再帰最小二乗法アルゴリズムを使用してサンプル毎に、又は特に最適化アルゴリズムを使用してブロック毎に計算する、
請求項1に記載の生理学的測定装置。
【請求項3】
前記処理ユニットが、前記調整されたフィルタ係数を、コモンモード干渉の大きさを反映するコスト関数を最小化することにより計算する、
請求項1に記載の生理学的測定装置。
【請求項4】
前記記録ユニットが、前記複数の測定信号をアナログフィルタリングするためのアナログフィルタと、前記フィルタリングされた測定信号を特にシングルエンドモードでデジタル信号に変換するためのアナログデジタル変換器と、前記デジタル信号をデジタルフィルタリングして前記複数のベクトル信号を生成するためのデジタルフィルタとを有する、
請求項1から3の何れか一項に記載の生理学的測定装置。
【請求項5】
前記処理ユニットが、調整されたフィルタ係数を、各刺激イベントの後又は所定の数若しくは任意の数の刺激イベントの後に決定する、
請求項1から4の何れか一項に記載の生理学的測定装置。
【請求項6】
1つの入力チャンネルに関する複数の異なる組のフィルタ係数を記憶するメモリ装置を更に有し、
前記処理ユニットが、前記調整されたフィルタ係数を決定するために、前記複数の異なる組のフィルタ係数のうちの1つの組を選択する、
請求項1から5の何れか一項に記載の生理学的測定装置。
【請求項7】
前記処理ユニットは複数のベクトル信号を計算し、ここで、該複数のベクトル信号のうちの1つは定義ベクトルに基づいて複数のフィルタリングされた測定信号から計算され、
前記メモリ装置は1つの入力チャンネルに関する異なる組のフィルタ係数を記憶し、
前記処理ユニットが、特定のベクトル信号を計算するために前記異なる組のフィルタ係数のうちの1つの組を選択する、
請求項1から6の何れか一項に記載の生理学的測定装置。
【請求項8】
前記処理ユニットが、
前記複数の入力チャンネルに印加される1以上の刺激信号のサンプルを生成し、
少なくとも2つの入力チャンネルのサンプルの線形結合を記述する少なくとも1つの定義ベクトルを入力し、
少なくとも1つのベクトル信号から計算された尺度を最適化し、ここで、該ベクトル信号は前記1以上の刺激信号のサンプル及び前記定義ベクトルに基づくものであり、
前記最適化に基づいて、特定の入力チャンネルに関連付けられた少なくとも1つのデジタルフィルタのための少なくとも1つの組のフィルタ係数を得る、
請求項1から7の何れか一項に記載の生理学的測定装置。
【請求項9】
前記処理ユニットが、複数の定義ベクトルを入力すると共に、特定の入力ベクトルに対して少なくとも1つの組のフィルタ係数を得る、
請求項8に記載の生理学的測定装置。
【請求項10】
前記処理ユニットが、
或る最適化ステップにより得られたフィルタ係数の組が後続の最適化ステップに対して一定に維持される複数の最適化ステップにより、
及び/又は、
フィルタ係数に対して少なくとも1つの線形等式制約を使用することにより、
及び/又は、
所与の周波数における特定のデジタルフィルタの利得を制限するために少なくとも1つの非線形不等式制約を使用することにより、
前記尺度を最適化する、
請求項8又は9に記載の生理学的測定装置。
【請求項11】
前記処理ユニットが、
当該生理学的測定装置により生理学的測定を実行するために適用される動作サンプリングレートと比較して増加されたサンプリングレートで、
及び/又は、
前記生理学的測定を実行するために受信されるサンプルの測定分解能とは異なる分解能で、
前記1以上の刺激信号をサンプリングする、
請求項8から10の何れか一項に記載の生理学的測定装置。
【請求項12】
前記処理ユニットが、前記フィルタ係数に従ってフィルタリングされた刺激信号から及び前記定義ベクトルから計算された少なくとも1つのベクトル信号に対応する出力サンプルのペナルティ関数を最小化することにより、特に前記出力サンプルの複数の異なるペナルティ関数を同時に最小化するか又は異なるペナルティ関数のスカラターゲット関数を最小化することにより、前記尺度を最適化する、
請求項8から11の何れか一項に記載の生理学的測定装置。
【請求項13】
被験者から複数の測定信号を収集する複数の測定電極と、
請求項1から12の何れか一項に記載の生理学的測定装置と、
前記被験者の組織を電気的に刺激するために、前記生理学的測定装置により生成された1以上の刺激信号を前記被験者に印加する複数の刺激電極と、
前記生理学的測定装置により計算された複数のベクトル信号を出力する出力部と
を有する、生理学的測定システム。
【請求項14】
被験者から収集された複数の測定信号を取得するステップと、
デジタルフィルタの使用により前記複数の測定信号をフィルタリングすると共に該フィルタリングされた複数の測定信号から複数のベクトル信号を計算するステップであって、該ベクトル信号が差動信号を表すものであって少なくとも2つのフィルタリングされた測定信号の線形結合を形成することにより計算される、ステップと、
前記被験者の組織を電気的に刺激するための1以上の刺激信号を生成するステップと、
前記複数のベクトル信号及び前記1以上の刺激信号を出力するステップと、
前記デジタルフィルタの調整されたフィルタ係数を、前記1以上の刺激信号の生成及び出力の間又は後に、現在のフィルタ係数、前記1以上の刺激信号及び該1以上の刺激信号が刺激のために出力されている間に収集された前記複数の測定信号に基づいて決定するステップと、
前記調整されたフィルタ係数が決定された後に、前記複数の測定信号を該調整されたフィルタ係数を使用してフィルタリングするステップと
を有する、生理学的測定方法。
【請求項15】
コンピュータ上で実行された際に、該コンピュータに請求項14に記載の生理学的測定方法のステップを実行させるプログラムコード手段を有する、コンピュータプログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、特に、心電図(ECG)又は脳波(EEG)のような電気生理学的測定等の生理学的測定を行い及び/又は処理するための、生理学的測定装置、システム及び方法に関する。
【背景技術】
【0002】
生理学的測定装置は、通常、例えば医療要員等のユーザに測定結果を差分値(しばしば、「ベクトル」と又は特にECG若しくはEEGの状況では「リード」と称される)の形態で提供する。差分値は、患者の身体上の異なる位置で測定された物理量の差から導出される。測定装置は、異なる位置で測定された信号のコモンモード成分を可能な限り良好に抑圧するように設計される。コモンモード干渉は、電気生理学的記録におけるアーティファクトの主な原因である。このようなアーティファクトは、診断、治療及び非医療的分析等の目的のための記録の有用性を低下させる。
【0003】
国際特許出願公開第WO2018/162365号公報には、測定装置の異なるチャンネルに関連付けられた異なるアナログデジタル変換器(ADC)の出力に配置されたデジタルフィルタを含む生理学的測定装置が記載されている。これらフィルタは、コモンモード干渉を低減するように較正される。各較正方法は、基準入力チャンネルを決定するステップ、及び基準入力チャンネルと該基準入力チャンネル以外の各入力チャンネルとの間の時間ドメインの差を最小化するステップを含む。
【0004】
Samiei Aria他による文献:“A Bidirectional Neural Interface SOC With Adaptive IIR Stimulation Artifact Cancelers”,IEEE JOURNAL OF SOLlD-STATE CIRCUITS,IEEE,USA,vol.56,no.7,2021年2月9日(2021-02-09),頁2142~2157,XP011863307は、オンチップ刺激アーティファクトキャンセラによる同時的な記録及び刺激を可能にする180nmCMOS双方向ニューラルインターフェースシステムオンチップを開示している。当該フロントエンド(FE)キャンセル方式は、2タップ無限インパルス応答フィルタの係数を刺激アーティファクト波形を複製し、該波形をFEにおいて減算するように調整する最小平均二乗(LMS)エンジンを組み込んでいる。各記録チャンネルは一対の適応型無限インパルス応答フィルタを収容しており、該フィルタは2つのオンチップ刺激器の同時動作により生成されるアーティファクトの相殺を可能にする。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明の目的は、コモンモード干渉を更に低減し、及び/又はコモンモード除去能力を損なうことなくデジタルフィルタの特性を改善することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明の第1の態様においては、生理学的測定装置が提供され、該生理学的測定装置は:
- 被験者から収集された複数の測定信号を取得するように構成された複数の入力チャンネル;
- デジタルフィルタの使用により複数の測定信号をフィルタリングすると共に該フィルタリングされた複数の測定信号から複数のベクトル信号を計算するように構成された記録ユニットであって、ベクトル信号が差動信号を表すものであって少なくとも2つのフィルタリングされた測定信号の線形結合を形成することにより計算される記録ユニット;
- 被験者の組織を電気的に刺激するための1以上の刺激信号を生成するように構成された刺激ユニット;
- 複数のベクトル信号及び1以上の刺激信号を出力するように構成された複数の出力チャンネル;及び
- デジタルフィルタの調整されたフィルタ係数を、1以上の刺激信号の生成及び出力の間又は後に、現在のフィルタ係数、1以上の刺激信号及び該1以上の刺激信号が刺激のために出力されている間に収集された複数の測定信号に基づいて決定するように構成された処理ユニット;
を有し、
- デジタルフィルタは、調整されたフィルタ係数が決定された後に、複数の測定信号を該調整されたフィルタ係数を使用してフィルタリングするように構成される。
【0007】
本発明の他の態様においては、生理学的測定システムが提供され、該生理学的測定システムは:
- 被験者から複数の測定信号を収集するように構成された複数の測定電極;
- 請求項の何れか一項に記載の生理学的測定装置;
- 被験者の組織を電気的に刺激するために、該生理学的測定装置により生成された1以上の刺激信号を被験者に印加するように構成された複数の刺激電極;及び
- 上記生理学的測定装置により計算された複数のベクトル信号を出力するように構成された出力部;
を有する。
【0008】
本発明の更なる態様においては、対応する方法、コンピュータ上で実行された場合に該コンピュータに本明細書に開示された方法のステップを実行させるプログラムコード手段を有するコンピュータプログラム、及びプロセッサにより実行された場合に本明細書に開示された方法が実行されるようにするコンピュータプログラム製品を記憶した非一時的コンピュータ読み取り可能な記録媒体が提供される。
【0009】
本発明の好ましい実施形態は、従属請求項に定義されている。請求項に記載された方法、システム、コンピュータプログラム及び媒体は、請求項に記載されたシステムと、特に従属請求項に定義されると共に本明細書に開示されたものと同様の及び/又は同一の好ましい実施形態を有すると理解されるべきである。
【0010】
本発明の思想の1つは、生理学的測定装置において被験者の組織を電気的に刺激するための1以上の刺激信号を生成する刺激器要素(刺激ユニットとも呼ばれる)の使用に関するものである。刺激ユニットにより生成されるコモンモード干渉は、記録器要素(レコーダ要素;記録ユニットとも呼ばれる)の入力チャンネル伝達関数を修正して、当該装置自体により生成される干渉及び外部ソースからの干渉の両方に対し一層良好なコモンモード信号相殺を実現する可能性を提供することが分かった。
【0011】
コモンモード干渉は、刺激器/レコーダにおいて特別な問題となり得る。刺激器要素の動作自体が、レコーダ要素の入力に大きなコモンモード信号を生成し得るからである。この側面は、当該装置が刺激に対する即時的反応を観察する必要がある場合に、一層重大になる。この問題は、本発明によれば、刺激器の動作により生じる干渉を使用して、デジタルフィルタの係数をレコーダ要素のコモンモード除去が改善されるように更新することによって克服することができる。このように、本発明による生理学的測定装置、システム及び方法は、何時刺激活動が生じるか、したがって何時入力チャンネルが(通常は大きな)刺激信号を拾うかが分かるという事実を活用する。
【0012】
一実施形態において、前記処理ユニットは、調整されたフィルタ係数をサンプル毎に(例えば、特に最小二乗法若しくは再帰最小二乗法アルゴリズムを使用して)又はブロック毎に(例えば、最適化アルゴリズムを使用して)計算するように構成される。ブロック毎のアルゴリズムは、使用するのが容易であり、確立された数学的枠組みを有している。これらは、種々の制約及び異なるコスト関数で容易に機能できる。これらの欠点は、当該アルゴリズムが処理されている全てのデータをメモリに保持する必要があり、フィルタ係数の更新の結果としてフィルタの挙動が突然変化し得ることである。後者は、現在のフィルタ係数と新しいフィルタ係数との間の差を制限する制約によりある程度改善することができる。オンライン/サンプル毎のアルゴリズムは、メモリに保持されるデータが少ないため、メモリ/RAMのフ占有度が小さくなる傾向がある。それらの収束及び安定性等の数学的特性は、特に一層複雑なコスト関数の場合、確立するのが一層困難である。また、制約をサンプル毎のアルゴリズムに統合することも一層困難である。サンプル毎のアルゴリズムは、より優雅で経済的な解決策となる傾向があるが、コスト関数と制約が非常に単純であるか、より優れた数学理論が出現しない限り、アプリケーションは、ブロック単位のアルゴリズムを使用しそうである。
【0013】
他の実施形態において、前記処理ユニットは、調整されたフィルタ係数を、コモンモード干渉の大きさを反映するコスト関数を最小化することにより計算するよう構成される。ベクトル信号に含まれるエネルギ等の簡単な尺度を、上記大きさとして使用できる。
【0014】
実用的な実装において、前記記録ユニットは、複数の(好ましくはアナログの)測定信号をアナログフィルタリングするためのアナログフィルタ、フィルタリングされた測定信号を特にシングルエンドモードでデジタル信号に変換するためのアナログデジタル変換器、及びデジタル信号をデジタルフィルタリングして複数のベクトル信号を生成するためのデジタルフィルタを有する。
【0015】
前記処理ユニットは、調整されたフィルタ係数を、各刺激イベントの後又は所定の数若しくは任意の数の刺激イベントの後に決定するよう構成され得る。このように、どの程度頻繁にフィルタ係数が更新されるべきかを予め決定し又は個別に管理することができる。
【0016】
当該生理学的測定装置は、1つの入力チャンネルに関する複数の異なる組のフィルタ係数を記憶するように構成されたメモリ装置を更に有することができ、その場合において、前記処理ユニットは、調整されたフィルタ係数を決定するために、上記複数の異なる組のフィルタ係数セットのうちの1つの組を選択するように構成される。一構成例においては、複数のベクトル信号を定義することができ、前記メモリ装置は1つの入力チャンネルに対して異なる組のフィルタ係数を記憶するように構成することができ、その場合において、記憶された組のフィルタ係数のうちの少なくとも幾つかの組、好ましくは各組は、複数のベクトル信号の異なるものに関連付けられる。
【0017】
他の実施形態において、前記処理ユニットは複数のベクトル信号を計算するように構成され、ここで、該複数のベクトル信号のうちの1つは複数のフィルタリングされた測定信号から定義ベクトルに基づいて計算され、前記メモリ装置は1つの入力チャンネルに関する異なる組のフィルタ係数を記憶するように構成され、前記処理ユニットは、特定のベクトル信号を計算するために上記異なる組のフィルタ係数のうちの1つの組を選択するように構成される。
【0018】
更に他の実施形態において、前記処理ユニットは、複数の入力チャンネルに印加される1以上の刺激信号のサンプルを生成し、少なくとも2つの入力チャンネルのサンプルの線形結合を記述する少なくとも1つの定義ベクトルを入力し、少なくとも1つのベクトル信号から計算された尺度を最適化し(ここで、該ベクトル信号は1以上の刺激信号のサンプル及び定義ベクトルに基づくものである)、及び上記最適化に基づいて特定の入力チャンネルに関連付けられた少なくとも1つのデジタルフィルタのための少なくとも1つの組のフィルタ係数を得るように構成される。これによれば、前記処理ユニットは、好ましくは、複数の定義ベクトルを入力すると共に、特定の入力ベクトルに対して少なくとも1つの組のフィルタ係数を得るように構成され得る。上記尺度を、測定信号のサンプルだけでなく定義ベクトルにも基づいて最適化することにより、基準信号の選択を省略することができ、これにより、良好なコモンモード干渉緩和を可能にすると共に、ベクトル信号の所望の(例えば、差動の)成分の品質への悪影響が特に低い、個々のデジタル入力フィルタにとり良く適した組のフィルタ係数が得られる。
【0019】
当該処理ユニットは、更に、上記尺度を、或る最適化ステップにより得られたフィルタ係数の組が後続の最適化ステップに対して一定に維持される複数の最適化ステップにより、フィルタ係数に対して少なくとも1つの線形等式制約を使用することにより、及び/又は所与の周波数における特定のデジタルフィルタの利得を制限するために少なくとも1つの非線形不等式制約を使用することにより最適化するように構成され得る。当該最適化を測定信号のサンプル及び定義ベクトルの両方に基づかせることにより、コモンモード干渉の低減に関係しないか又は直接関係しないかも知れない少なくとも1つの入力フィルタの特性を制御するための制約を定義することができる。例えば、当該最適化は、フィルタ係数に関して少なくとも1つの線形等式制約に従い得る。このような線形等式制約は、特定のDC利得又はナイキスト周波数における特定の利得を得るために適用できる。
【0020】
当該方法は、少なくとも1つの入力チャンネルのDC利得値を入力するステップ、及び該DC利得値に基づいて対応する線形等式制約を決定するステップを有し得る。入力されたDC利得値に基づいて1つ、複数又は全てのデジタル入力フィルタのDC利得を設定する場合、チャンネル間の差異を補正することができる。一実施形態では、1つの入力チャンネルのDC利得値が入力され、該単一のDC利得値に基づいて対応する線形等式制約を決定できる。DC利得値は、本方法の前に実行される又は本方法と並行して実行される別個の測定プロセスにより決定できる。例えばDC利得値に基づいた少なくとも1つの線形等式制約を適用することにより、当該最適化処理が、全てのフィルタ係数を単にゼロに設定することによりターゲット関数を最小化するという無意味な解に到達することを防止できる。
【0021】
更に、当該最適化は、所与の周波数における特定の入力フィルタの利得を制限するために少なくとも1つの非線形不等式制約に従い得る。このような制約により、デジタル入力フィルタの周波数応答を少なくともある程度制御できる。これらの制約は、例えばアナログフロントエンドの一部の望ましくない周波数応答を少なくとも部分的に補正できるように定義できる。
【0022】
当該最適化は、フィルタ係数に関して少なくとも1つの境界制約にも従い得る。フィルタ係数の範囲を制限する斯様な制約により、フィルタ係数を特定のデジタルフォーマット(例えば、特定の浮動小数点フォーマット又は特定の固定小数点フォーマット)に従って記憶する場合に数値的オーバーフローを回避できる。このような制約により、更に、例えば重要でない周波数範囲の増幅を回避するために、特定の周波数における特定の入力フィルタの利得を制限できる。
【0023】
他の実施形態において、前記処理ユニットは、1以上の刺激信号を、当該生理学的測定装置により生理学的測定を実行するために適用される動作サンプリングレートと比較して増加されたサンプリングレートで、及び/又は当該生理学的測定を実行するために受信されるサンプルの測定分解能とは異なる分解能で、サンプリングするように構成され得る。そのように調整されたサンプリングレート及び/又は分解能は、較正に良く適したものとなる。より高い周波数は一層正確に考慮され得る一方、より低い分解能は、テスト信号の振幅は当該測定装置の通常の動作の間にキャプチャされる測定信号の振幅よりも良好に制御できる故に、較正の間においては許容可能であり得るからである。
【0024】
前記処理ユニットは、更に、前記尺度を、フィルタ係数に従ってフィルタリングされた刺激信号から及び定義ベクトルから計算された少なくとも1つのベクトル信号に対応する出力サンプルのペナルティ関数を最小化することにより、特に出力サンプルの複数の異なるペナルティ関数を同時に最小化するか又は異なるペナルティ関数のスカラターゲット関数を最小化することにより最適化するように構成され得る。
【0025】
差動測定値に対応するベクトル信号は、しばしば、「ベクトル」とも呼ばれる。更に、印加される刺激信号は、全ての入力チャンネルにおいて同一であり得る。したがって、純粋なコモンモード信号が、当該測定装置のチャンネルに印加される。この場合、少なくとも1つのベクトル信号のノルムを最小化することは、コモンモードの低減を最大化することに対応する。出力サンプルは、当該測定装置によりサポートされる単一の、複数の又は全てのベクトル信号に対応する。専用の組のフィルタ係数を、個々のベクトル信号に対して又は予め定義されたグループの複数のベクトル信号に対して使用する場合、出力サンプルは、各々のベクトル信号又は各グループのベクトル信号に対応し得る。
【0026】
最適化は、出力サンプルの複数のペナルティ関数を同時に最小化すること、又は異なるペナルティ関数のスカラターゲット関数を最小化することを有し得る。言い換えると、当該最適化は多目的最適化であり得る。
【0027】
少なくとも1つのペナルティ関数は、凸又は準凸ペナルティ関数、好ましくはノルムである。例えば、l無限大(最大値)ノルム及び他のノルム、好ましくはl2(ユークリッド)ノルムを、同時に、又はスカラターゲット関数に基づいて最小化することができる。少なくとも1つのペナルティ関数は、Huber損失関数を有することができる。
【0028】
最適化が、当該最適化の計算的複雑さを低減するために、異なるノルムのスカラターゲット関数又は他のペナルティ関数を最小化すること含むことも可能性である。幾つかの異なるノルム又はペナルティ関数からターゲット関数を構成すると、複数の目的を達成すること、又は異なる目的を互いに取り引きすることが可能になる。例えば、l無限大ノルム及びl2ノルムの加重和を使用すると、重みにより与えられる妥協のバランスで、最大偏差(l無限大ノルムにより定量化される)のみならず、エラー信号のエネルギ量(l2ノルムにより定量化される)も最小化される。
【0029】
他の実施形態において、前記処理ユニットは、複数の測定信号を使用して、刺激の効果を変更及び/又は監視し、特に、1以上の刺激信号の振幅、タイミング、及び形状のうちの1以上を含む1以上の刺激パラメータを決定するように構成される。これにより、閉ループ神経調節アプリケーションが可能になる。
【0030】
先に引用したSamiei他の文献は、刺激パルスにより生成されるアーティファクトの形状を「学習」するための適応型デジタルフィルタの使用、第2のステップにおいて、トレーニングされたフィルタを、印加された刺激パルスの現在値の推定値を生成するための予測器として使用すること、この予測を使用することによりデジタルアナログ変換器を介して信号を出力し、この合成信号をアナログドメインにおいて入力信号から減算することを記載している。これにより、アナログドメインにおいて、アナログデジタル変換が行われる前に、刺激アーティファクトの振幅が低減される。この結果、アナログフロントエンド(AFE)の必要とされるダイナミックレンジ(入力範囲)が低減され得る。
【0031】
Samiei他により開示された方法は、刺激信号に応答して動作する。すなわち、該システムは刺激パルスが何時印加されそうかを知り、信号合成及び減算を開始できる。したがって、この方法は、刺激パルスが印加されない期間においては利益をもたらさない。また、この方法で使用される適応型デジタルフィルタは、合成パルスのアーティファクト推定値を生成するためだけに使用される。これは、出力値、すなわち、ユーザに提示され、又は生理学的処理アルゴリズムの入力として使用される信号には適用されない。
【0032】
本発明はシングルエンドの増幅及びサンプリングを使用し、差動の増幅及びサンプリングには使用できないが、Samiei他により開示された方法は、差動増幅及びサンプリングを使用し、簡略化のためにシングルエンド増幅及びサンプリングが示されている。
【0033】
Samiei他により開示された方法は、アーティファクトがシステム自体により刺激パルスの形で生成されるので、これらが何時発生するかが分かる場合に特定のタイプのアーティファクトを相殺することを目的とするものである。対照的に、本発明は、アーティファクトがコモンモード信号成分を有する限りにおいて、刺激パルスのアーティファクトの影響を軽減するものである。このように、前記調整されたフィルタ係数は、印加された刺激パルスに応答してのみではなく、継続的に適用される。すなわち、フィルタ係数の更新のみが、刺激パルスに応答して生じる。入力チャンネルの該改善された対称性は、当該システムが干渉が何時発生するかが分からないものも含め、全ての形態のコモンモード干渉を相殺するのに役立つ。
【0034】
Samiei他により開示された方法は、刺激アーティファクトを打ち消すために該アーティファクトの推定された逆数をアナログ信号経路に能動的に注入することにより機能する。しかしながら、入力経路に信号を注入することは、それ自体は簡単に検出できるが、漏れ電流が患者に向かって流れ得る等の問題をもたらし得る。本発明は、このような問題を回避することを目的としており、アナログ信号経路に如何なる補償信号も注入することはなく、干渉する信号成分の低減は、全体的な(アナログ+デジタル)入力チャンネルの挙動の対称性を高めることにより生じ得る。
【0035】
Samiei他により開示された方法は、アナログフロントエンド(増幅器及びアナログデジタル変換器)の必要とされるダイナミックレンジを低減することを目的としている。更に、該方法は、刺激パルスアーティファクトのコモンモード成分及び差動モード成分の両方を低減することを目的としている。本発明は、代わりに、大きなダイナミックレンジの入力経路を有することができ、このことは、上記を一層効果的にさせる。更に、本発明は、コモンモード干渉のみを相殺するが、刺激パルスのように発生することが分かるアーティファクトに限定されるものではない。本発明は、刺激パルスが印加されない期間においてさえも、コモンモード除去を改善するであろう。
【0036】
Samiei他による文献によれば、デジタルフィルタは、刺激パルスアーティファクトの推定値を生成するための予測器として使用される。該適応型デジタルフィルタは、本発明とは異なり、測定出力には適用されず、デジタルアナログ変換器を介して出力され、アナログ信号経路に注入される信号に対してのみ適用される。更に、Samiei他により開示された方法は、1つの特定の形状のアーティファクトを抑圧するための能動的アプローチを採用し、シングルエンド入力チャンネルの対称性を改善することによりコモンモード除去を改善することはない。
【0037】
最後に、Samiei他によれば、差動信号を形成する好ましい方法は、差動増幅器を使用することにより回路のアナログ部分におけるものである。シングルエンド信号の線形結合、例えばシングルエンド信号間の差を計算することにより差動信号を回復する。本発明は、対照的に、シングルエンドの増幅及びサンプリングを利用するので、調整されたフィルタ係数を使用する適応されたデジタルフィルタを、シングルエンド信号の線形結合(例えば、差)がデジタル的に計算される前に、各シングルエンド信号に適用することができる。
【0038】
本発明の上記及び他の態様は、後述される実施形態から明らかとなり、これら実施形態を参照して説明されるであろう。
【図面の簡単な説明】
【0039】
図1図1は、本発明による生理学的測定システムの一実施形態の概略図を示す。
図2図2は、本発明による生理学的測定システムの例示的実施形態の概略図を示す。
図3図3は、本発明による生理学的測定装置の一実施形態の概略図を示す。
図4図4は、本発明による生理学的測定装置の他の実施形態の概略図を示す。
図5図5は、本発明による記録ユニットの一実施形態の概略図を示す。
図6図6は、本発明による方法の一実施形態の概略図を示す。
図7図7は、本発明による方法の他の実施形態の概略図を示す。
図8図8は、刺激波形の例を示す。
【発明を実施するための形態】
【0040】
閉ループニューロモジュレーションは、パーキンソン病、てんかん及び脊髄損傷等の神経性症状の治療及び管理のために提案されている新たな技術である。該技術は、刺激信号を神経組織に供給すると同時に組織の電気活動を記録して、治療的刺激及びその効果を開始、変更及び監視できる装置(「刺激器/レコーダ(記録器)」とも呼ばれる)に基づくものである。電気生理学的記録能力及び刺激能力の両方を必要とする他の応用例は、双方向の脳マシンインターフェースである。測定された電気生理学的信号は、情報を脳からマシンに伝達するために使用され、目標を絞られた電気刺激は情報をマシンから脳に伝達するために使用される。
【0041】
電気生理学的レコーダは、神経細胞及び筋細胞等の電気的に興奮し得る細胞の生理学的活動により患者の身体上又は内部の位置の間で生じる小さな電位差を記録する。該電位差は、小さく(マイクロボルトからミリボルトの範囲)、通常は比較的大きなコモンモード信号成分(ミリボルトからボルト)に重畳される。コモンモード信号は、外部ソース(最も一般的には、電源線干渉の形態である)により発生し、生理学的記録におけるアーティファクトを回避するために抑圧されることを要する。差動モード測定は、理論的には、コモンモード信号成分の良好は抑圧を提供する。しかしながら、入力チャンネルの不整合により、実際の装置ではコモンモードから差動モードへの変換が生じる。このような理由で、実際の装置は、被駆動基準電極フィードバックループ(心電図では「右足駆動」)等のコモンモード干渉を抑圧するために追加の対策を採用する。
【0042】
本発明は、電気生理学的刺激及び(電気)生理学的測定信号の測定のための装置、システム及び方法を提供する。本発明は、刺激により生成されるコモンモードアーティファクトを較正信号として使用して、レコーダ構成要素のデジタルフィルタ係数を更新する。この調整は、レコーダ構成要素のコモンモード除去を改善する。これにより、刺激により生成されるアーティファクト及び外部ソースからの干渉の両方の除去が改善される。
【0043】
図1は、本発明による生理学的測定システム100の一実施形態の概略図を示す。該システムは、被験者から複数の測定信号(ここでは入力信号とも呼ばれ、好ましくはアナログ入力信号である)を収集するように構成された複数の測定電極101を備える。該システムは生理学的測定装置11を更に有し、該装置は例えばプロセッサ若しくはコンピュータとして又はプロセッサ若しくはコンピュータ内に、ソフトウェア及び/又はハードウェアで実装され得る。生理学的測定装置11の詳細は、後述されるであろう。更に、複数の刺激電極102が設けられ、これら電極は生理学的測定装置11により生成された1以上の刺激信号を被験者に供給して、該被験者の組織を電気的に刺激するように構成される。生理学的測定装置11により計算された複数のベクトル信号を出力するための出力部103が設けられている。出力部103は、一般的に、生理学的測定装置により計算された決定された複数のベクトル信号を、好ましくは視覚的形態で出力する如何なる手段とすることもできる。例えば、出力部103は、ディスプレイ、タッチスクリーン、コンピュータモニタ、スマートフォン又はタブレットの画面、プリンタ等であり得る。
【0044】
生理学的測定装置11は、ECG又はEEG等の電気生理学的測定装置であり得る。特にチャンネルの数N及び出力信号の数Mに関しては、様々な構成が可能である。
【0045】
比較的単純な例は、単一の出力信号(単一のベクトル)及び2つの入力(2つのチャンネル)に接続された2つの電極を持つECG又はEEG装置である。このような測定装置11に必要とされる唯一の定義ベクトルは、v1=[1,-1]であり得る。
【0046】
図2に示された生理学的測定システム110の他の例によれば、該測定装置11のN=9個の入力に接続された9個の測定電極を備えた12リードECGが設けられる。このように、このような測定装置は9個のチャンネルを有する。当該電極は、3個の四肢電極(右腕RA、左腕LA、左脚LL)、6個の胸部電極(V1~V6)を含むことができ、これら電極は測定ケーブル35を介して生理学的測定装置11の9個の異なる入力に接続される。
【0047】
出力ベクトル信号y、…、y12は、出力装置103により医療従事者に対して視覚化される12個のリードに従って定義され得る。リード及び各ベクトル信号は、リードl(LA-RA)、リードll(LL-RA)、リードlll(LL-LA)、aVR(RA-0.5*(LA+LL))、aVL(LA-0.5*(RA+LL))、aVF(LL-(RA+LA))、及び(Vn-WCT);n=1、…、6を含む。WCTは、(RA+LA+LL)/3として近似されるウィルソンの中心端子電圧に対応する。
【0048】
2つの例示的な刺激電極S1、S2が設けられており、この例では被験者の身体に取り付けられ、他の実施形態では被験者の身体に埋め込まれる。測定信号の記録及び刺激信号の注入のために別個の電極が好ましくは使用され、これにより回路が簡素化されると共に、フィルタ係数を更新する際に特別な配慮を必要とする二重目的の電極の存在が排除される。
【0049】
刺激電極は、例えば、異なる病状を治療する可能性を実現する神経調節療法(ニューロモデュレーション)に使用される。「ニューロモデュレーション」という用語は、本質的には、特定の機能(運動障害、痛み、てんかん等)を調節又は修正するための神経系の電気刺激であり、皮膚表面上の刺激、末梢神経刺激、皮質刺激、又は深部脳刺激を介する等の、種々の方法で行うことができる。種々の刺激設定を生成及び変更するために、通常、パルス発生器(生理学的測定装置11の一部として又は外部部品として)が使用される。
【0050】
本発明は、図示及び説明される生理学的測定装置に限定されるものではない。例えば、15リード又は18リードのECGを本開示に基づいて提供することもできる。また、本発明に基づいて、32以上のチャンネルを持つ高密度EEGを提供することもできる。更に、所望の用途に応じて、異なるタイプ、数及び配置の刺激電極を使用することもできる。
【0051】
図3は、本発明による生理学的測定装置11の一実施形態の概略図を示す。該装置は、被験者から収集された複数の測定信号sを取得するように構成された複数の入力チャンネル15を備える。好ましくは、これら入力チャンネル15は、測定電極101に直接接続される(好ましくは、例えば1以上の測定ケーブルを介して有線接続される)。
【0052】
記録ユニット10は、デジタルフィルタを使用することにより複数の測定信号sをフィルタリングし、該フィルタリングされた複数の測定信号から複数のベクトル信号yj(差信号とも呼ばれる)を計算する。記録ユニット10は、好ましくは、人又は動物から電気生理学的信号を捕捉し、該信号を共通の安定した基準に対してシングルエンドモードでサンプリングするように構成される。これにより、差/ベクトル/リードが計算される前に、個々の入力チャンネル固有のデジタルフィルタが、記録される信号に適用されることが可能になる。
【0053】
刺激ユニット20は、被験者の組織を電気的に刺激するための1以上の刺激信号wを生成する。該刺激ユニットは、好ましくは、人又は動物の電気的に励起可能な組織(神経又は筋肉組織)に刺激信号を供給するように構成される。
【0054】
複数の出力チャンネル22、32が、複数のベクトル信号y(出力部103、例えばディスプレイに対する)及び1以上の刺激信号w(好ましくは1以上の信号ケーブル等を介して有線接続された刺激電極102に対する)を出力するために設けられている。
【0055】
処理ユニット27は、1以上の刺激信号wの生成及び出力の間又は後のデジタルフィルタの調整されたフィルタ係数x’を、現在のフィルタ係数x、1以上の刺激信号w及び1以上の刺激信号wが刺激のために出力される間に収集された複数の測定信号sに基づいて決定する。処理ユニット27は、コンピュータ又はプロセッサにより、ハードウェア及び/又はソフトウェアで、例えば1以上のプログラムされたマイクロプロセッサとして実装することができる。処理ユニット27は、更に好ましくは、記録ユニット10及び刺激ユニット20、並びにそれらの機能を制御するように構成される。
【0056】
当該処理ユニットは、このように、刺激ユニットが刺激信号を生成している間又は生成後に、個々のチャンネル固有のデジタルフィルタの係数を更新できる。これにより、差(ベクトル)信号におけるコモンモード刺激アーティファクトの出現が最小限に抑えられる。フィルタ係数の更新には、例えばオンラインのサンプル毎の最適化(最小平均二乗法(LMS)又は再帰最小二乗法(RLS))、又はブロック単位の最適化等の異なるアルゴリズムも使用できる。
【0057】
本発明は、刺激機能が統合された装置は、刺激信号を生成する際に、相当なコモンモード信号を発生し得るという洞察に基づいている。刺激信号を提供することを目的とした装置は余り制限的限定を受けることがなく、このことは、刺激信号が入力チャンネルの較正/不整合の補償に使用できるほど大きくなり得ることを意味する。このように、本発明は、組織を刺激するという主目的のために生成される信号を、チャンネル固有のデジタルフィルタ係数を更新するという二次的な目的に活用する。
【0058】
図4は、本発明による生理学的測定装置11の他の一層詳細な実施形態の概略図を示す。生理学的測定装置11の記録ユニット10は複数のチャンネルを有する。簡略化のために、図4には3つのチャンネルのみが示されているが、一般にN個のチャンネルが存在する。各チャンネルは、アナログ入力信号(測定信号)s(i=1、…、N)を入力するためのアナログ入力端15を有する。個々のチャンネルの入力端15は、アナログフロントエンド17に接続されている。アナログフロントエンド17は、個々のチャンネルに関連付けられたアナログ入力回路19を含む。アナログ入力回路19は、1以上の増幅器、インピーダンス変換器、アナログフィルタ等を含み得る。個々のチャンネルの入力回路は、マルチチャンネルアナログデジタル変換器21に接続されている。マルチチャンネルアナログデジタル変換器21は、個々のアナログ入力回路19により前処理された個々の入力信号sを、個々のチャンネルの入力信号sを表すサンプルc=1,…,Nに変換するように構成されている。
【0059】
図示された実施形態において、マルチチャンネルアナログデジタル変換器21は複数のアナログデジタル変換器(ADC23)を有し、これらADCの各々は特定のチャンネルに関連付けられている。他の実施形態では、単一のADC23を複数のチャンネルに関連付けることができ、マルチチャンネルアナログデジタル変換器21は、1つのチャンネルを各々のADCに選択的に接続するためのマルチプレクサを有し得る。マルチプレクサを使用する場合、1つのADC33を使用して、各チャンネルの入力信号を次々に変換することができる。マルチプレクサを使用して、1つのADCで幾つかの入力チャンネルを順次にサンプリングすることができる。例えばECG装置の可能性のある実装においては、合計で10個の入力チャンネルに対してADC毎に5つのECG入力チャンネルを順次にサンプリングするよう動作する、2つのADCが存在し得る。
【0060】
マルチチャンネルアナログデジタル変換器21のデジタルインターフェースは測定装置11の処理ユニット25に接続され、個々の入力信号sのサンプルcが処理ユニット25に転送されるようにする。
【0061】
処理ユニット25は第1のプロセッサ27及び第1のメモリ装置29を備えることができ、これらは生理学的測定装置11による測定を実行するために必要とされる種々の処理ステップを実行するように動作可能なコンピュータ装置を構成する。処理ユニット25は複数のデジタル入力フィルタ31を有する。これら入力フィルタの数はチャンネルの数Nに対応し得、1つのデジタル入力フィルタ31が1つの特定のチャンネルに割り当てられる。個々の入力フィルタ31は、列ベクトルx(i=1,…,N)により表されるフィルタ係数を持つ有限インパルス応答(FIR)フィルタとして実装できる。個々のベクトルxの長さKは、各デジタルフィルタ31のフィルタ係数の数に対応する。デジタルフィルタ31は入力チャンネル固有デジタルフィルタ(ICSF)とも呼ばれる。これらフィルタは、入力信号sのサンプルcに対して、これらサンプルから差分出力信号が導出される前に適用されるからである。
【0062】
本開示は、特定のフィルタトポロジに限定されるものではない。FIRフィルタの代わりに、無限インパルス応答(IIR)フィルタ等の他のフィルタを適用してもよい。フィルタ31はソフトウェアで実装されてもよい。すなわち、メモリ装置29に記憶されるコンピュータプログラムを、第1のプロセッサ27がフィルタ係数xに基づいてフィルタルゴリズムを実行するようにプログラムすることもできる。フィルタ係数xは、第1のメモリ装置29のプログラム可能で不揮発性の部分に記憶され得る。処理ユニット25は、プロセッサ(処理ユニット)27(処理ユニット25とは別個に又は共通の処理ユニットとして実装できる)によりアクセス可能であり、処理ユニット27がサンプルcを読み取り、フィルタ係数xをプログラム及び調整できるようにする。
【0063】
処理ユニット25は、個々のデジタル入力フィルタ31によりフィルタリングされた個々の入力信号のサンプルcから1以上の出力信号y(j=1、…、M)を計算するよう動作する。ベクトル信号又は単に「ベクトル」とも呼ばれる出力信号yは、複数のチャンネルのフィルタリングされたサンプルc の線形結合を形成することにより算出でき、これにより少なくとも2つの入力信号sに関して差分測定を実行する。この線形結合は特定の出力信号yの定義ベクトルvにより指定することができ、ここで、1*v=0であり、1は1の列ベクトル、すなわち1=[1,…,1]を表し、「*」はスカラ積を表す。出力信号は、y=c *vである。定義ベクトルにより記述される線形結合は、差分測定を指定する。差分測定は、2以上のチャンネルに基づくものであり得る。ECG又はEEG等の幾つかのアプリケーションにおいて、ベクトル信号は、しばしば、「リード」とも呼ばれる。
【0064】
生理学において、電圧測定は殆ど常に差分的なものである。圧力又は温度等の他の物理量は、通常、絶対値(例えば、37°Cの温度又は100mmHgの動脈内圧)として測定されるが、幾つかのケースでは差分測定値が重要であり得る(心拍出量は熱希釈により測定され得るが、これには血管内の2点における温度差を測定する必要がある)。このように、ここで説明する技術は、電圧測定ではない差分測定にも適用できる。
【0065】
簡略化のために、図4は入力チャンネル当たり1つのデジタルフィルタ31しか示していない。しかしながら、1つの入力チャンネルiに対し、各々がサンプルcを処理する複数のデジタルフィルタ31を設けることもできる。異なるデジタルフィルタ31は、異なる出力信号に関連付けられ得る。したがって、フィルタリングされた信号c ~jの特定の変形を使用して、特定の出力信号yを計算することができる。
【0066】
図5は記録ユニット10の例示的な実施形態を示す。この例において、出力信号yは、フィルタリングされた入力信号sを他のフィルタリングされた入力信号sから減算することにより生成される(定義ベクトル[1,-1])。したがって、出力信号yは、2つの入力信号s及びsに基づいた差動測定により取得された信号に対応する。生理学的測定を実行する場合、入力信号s、sはコモンモード干渉の影響を受ける。理想的な状況において、2つの信号s、sを互いから減算することはコモンモード部分を完全に除去するであろう。しかしながら、測定装置11の実際の実装において、信号yは、個々のチャンネルに関連する信号経路の構成要素19、21、23等の電気的特性の違いによりある程度コモンモード部分を含む。
【0067】
電気生理学では、筋肉細胞又は神経細胞の活動により患者の表面上の点間に発生する電圧が測定される。対象となる信号は、通常、マイクロボルト(EEG)からミリボルト(ECG)の範囲内であるが、該信号のコモンモード成分は数十又は数百ミリボルトであり得る。医療環境では、他の医療機器、電子通信又はネットワーク装置及び電源線ノイズ等にまたがる多くの可能性のある干渉源(コモンモード干渉源を含む)が存在する。出力信号yjが診断及び治療のために有効であるためには、電気生理学的測定装置11が高いコモンモード除去比(CMRR)を有することが必要である。50Hz又は60Hzの電源線周波数の範囲においてCMRRを決定するための標準化された試験手順は存在するが、コモンモード干渉は他の周波数においても軽減されるべきである。コモンモード干渉が軽減されるべき周波数は、特に記録装置が何らかの種類の帯域外処理(例えば、電極インピーダンス測定又はECGペースメーカのパルス検出のための)を実行する場合、ECG/EEG帯域外の周波数を含み得る。
【0068】
前述したように、記録ユニット10は、幾つかの電極からの電位を記録する。これら電極は、通常、埋め込まれた電極アレイにより患者の組織と接触する(外部電極、例えば接着剤又は針も使用できる)。各電極は、当該装置内のアナログ入力回路に接続される。アナログ入力回路は、通常、ローパスフィルタを含むが、ハイパスフィルタ又はバンドストップフィルタ等の他のフィルタ特性も含み得る。実際の構成部品の使用により、アナログ入力回路は、インピーダンスの不整合につながるような部品の許容誤差の影響を受ける。これが、コモンモードから差動モードへの変換の1つの原因である。コモンモードから差動モードへの変換の他の原因は、組織/電極境界のインピーダンスである。このインピーダンスも、電極/組織境界が劣化すると、時間の経過に伴いゆっくりと変化し得る。
【0069】
アナログ入力回路を通過した後、各電極信号(測定信号又は入力信号とも呼ばれる)は、アナログデジタル変換器を使用してデジタル形態に変換される。この変換はシングルエンドモードで行われ、このことは、当該電極信号が内部の安定化された電位に対して参照されることを意味する。アナログデジタル変換後、各電極信号は調整可能な係数を持つデジタルフィルタを通過する。このフィルタの後、個々の電極信号からベクトル(「差異」/「リード」)が形成され、これらベクトルは治療の進展を評価するために使用される情報を含む。
【0070】
刺激ユニット20は出力チャンネル22を介して刺激信号w(k=1,…,K)を刺激電極に送出し、このことは、電気的に励起可能な組織(通常は神経組織)を活性化させる。刺激波形は、通常、組織の励起を確実に生じさせるために相対的に大きな振幅を有する。刺激信号は、記録ユニット10の入力部、具体的には刺激パルスの出力部として使用されない何れかの入力電極に大きなコモンモード信号も生じさせる。
【0071】
コモンモード干渉を軽減するために、デジタルフィルタ31は、各出力信号yのコモンモード部分が最小化されるように設計され得る。この目的のために、図4に示される処理ユニット27を適用してフィルタ係数xを決定/調整し、個々の出力信号yのコモンモード成分が最小化されるようにすることができる。
【0072】
生理学的測定装置11、特に刺激ユニット20が当該刺激のタイミング及び波形を制御するのにつれ、刺激が発生する際のシングルエンド電極データが測定信号として記録され得る。この場合、更新されたフィルタ係数x’を、当該処理ユニットにより、該シングルエンドデータサンプル、予想される信号及びノイズの波形の事前知識、及び現在のフィルタ係数xを使用して計算できる。このことは、最小二乗法(LMS)若しくは再帰最小二乗法(RLS)等のアルゴリズムを使用してサンプル毎に、又は最適化アルゴリズムを使用してブロック毎に実行することができる。
【0073】
上記事前知識は、生理学的波形の既知の特性、例えば周波数ドメイン特性又は統計的特性であり得る。周波数ドメイン特性とは、対象信号のエネルギが既知の周波数範囲内に殆ど含まれているという知識であろう。統計的特性は、異なる測定タイプ間で変化する。例えば、ECG信号はまばらであり、このことは、ECG波形の多くのサンプルはゼロに等しいか又はゼロに近いことを意味する。時間に対するECG信号の導関数もまばらである。すなわち、ECG信号の傾き及び曲率は、しばしば、ゼロに近い。導関数のまばらさは、信号が時間的に構造を有することを意味する。統計用語では、まばらさ(スパース性)は確率密度関数が急尖/超ガウス分布であることを意味する。ECG信号の確率密度関数も通常は非対称であり、その結果、ゼロに近くない歪度値を生じる。更に、ECG信号の幾つかの時間ドメイン特性は既知であり、例えば、傾きの絶対値は、通常、350mV/s未満である。
【0074】
他の測定値は異なる特性を有し得る。例えば、筋電図信号も、通常はまばらであり(活動及び非活動の認識可能な部分)、したがって急尖的である。EEG信号は、通常、よりランダムである。すなわち、EEG信号は、まばらではなく密である。単一の活動電位を拾うことができる測定値はまばらである。励起可能な細胞は、各活動電位の間に活動を伴わない不応期を有するからである。
【0075】
このような特性をコスト関数又は制約に統合して、既知の特性と一致する出力ベクトル信号を生じさせるフィルタ係数を見つけることができる。同様に、干渉信号(すなわち、刺激信号等)の既知の特性を使用して、出力ベクトル信号の干渉との類似性を最小化するフィルタ係数を探すことができる。例えば、ラインノイズ干渉は、通常、密(時間の大半でゼロから離れた値)であり、緩尖的/サブガウス状である。
【0076】
図4に示す実施形態では、処理ユニット27及びメモリ装置29が設けられる。処理ユニット27は、メモリ装置29、特にその不揮発性部分にアクセスするように構成された入力/出力(IO)回路を含むことができ、現在のフィルタ係数xを読み取ると共に該フィルタ係数xを適応化できるようにする。該IO回路は、測定装置11内に存在するデータにアクセスし、及び/又は該測定装置を制御して本明細書に記載される方法を実行するためのIO処理を実行するように構成される。
【0077】
最小化される上記コスト関数は、コモンモード干渉の大きさを反映するように選択できる。一実施形態において、これはベクトル信号に含まれるエネルギのような単純な尺度を意味し得る。当該最適化は、例えば、差動モード利得(対象信号の正確な再生を担う)が低下されないことを保証するため、又はオーバーフローを回避すべく算出されたフィルタ係数の値を制限する等の制約も受け得る。一般的に、フィルタ係数の計算は、当該装置が患者に対して使用されている間に行われる。
【0078】
一実施形態では、図4及び図5に示されるように、各チャンネルが正確に1個のデジタルフィルタ31を有する。これらのフィルタ31により生成されたフィルタサンプルC は、特定のベクトル又はリードに対応する各出力信号yを計算するために使用される。異なる実施形態では、少なくとも1つのチャンネルが、異なるデジタルフィルタに対応する少なくとも2組のフィルタ係数を有する。これらのフィルタは、1以上の特定の出力値を計算するために使用される。例えば、第1のデジタルフィルタは第1の出力信号を計算するために使用され、第2のデジタルフィルタは第2の出力信号を計算するために使用される。両デジタルフィルタは、1つのチャンネルの入力信号をフィルタリングするように構成される。一実施形態において、各出力信号yは、専用の組のデジタルフィルタ31を有する。言い換えると、個々のデジタルフィルタ31に対応するフィルタ係数の組は、出力信号yに対応する特定のベクトルに対して取得される。
【0079】
図6は、例えば生理学的測定装置11により実行される本発明による生理学的測定方法200の一実施形態のフローチャートを示す。第1のステップ201では、被験者から収集された複数の測定信号が取得される(受信又は取り出される)。第2のステップ202においては、該複数の測定信号がデジタルフィルタを使用してフィルタリングされ、該フィルタリングされた複数の測定信号から複数のベクトル信号が計算される。第3のステップ203では、被験者の組織を電気的に刺激するための1以上の刺激信号が生成される。第4のステップ204では、上記複数のベクトル信号及び1以上の刺激信号が出力される。第5のステップ205では、上記1以上の刺激信号の生成及び出力の間又は後に、現在のフィルタ係数、1以上の刺激信号、及び該1以上の刺激信号が刺激のために出力される間に収集された複数の測定信号に基づいて、デジタルフィルタの調整されたフィルタ係数が決定される。その後、当該方法はステップ201に進み、ステップ202では、該調整されたフィルタ係数がフィルタリングに使用される。
【0080】
フィルタ係数の調整は、刺激信号が生成及び出力された場合にのみ実行されることに留意されたい。更に、フィルタ係数の調整は刺激信号が生成及び出力された場合に常に実行され得るものではなく、規則的間隔若しくは不規則な間隔で又はランダムに、又は特定のトリガ若しくは指令に応答してのみ実行され得る。
【0081】
図7は、本発明による生理学的測定方法300の他の実施形態のフローチャートを示す。第1のステップ301において、当該装置は、刺激信号を送出する準備ができているかチェックされ又はそうなるように準備される。準備が整っている場合、第2のステップ302において刺激信号が生成される。これと並行して、第3のステップ303において、刺激の間に(及びオプションとして刺激の後に)シングルエンド電極信号が記録され、第4のステップ304において、更新されたチャンネル固有のデジタルフィルタ係数が計算され、第5のステップ305において、更新されたチャンネル固有のデジタルフィルタ係数が適用される。最後に、第6のステップ306において、当該方法は終了され、次の刺激イベントを待機する。この待機時間において、測定電極からの電極信号は記録でき、更新されたフィルタ係数で処理できる。
【0082】
図8は、刺激信号の種々の例を示している。刺激信号は、一般的に、電気刺激のためにしばしば使用される矩形の二相又は単相パルスであり得る。減衰指数関数状、台形、又は正弦波等の他の波形も同様に使用できる。本発明は、如何なる特定の刺激波形を意味又は前提とするものではない。当該刺激器の設計は、較正に関して如何なる譲歩又は妥協もすることなく、所望の刺激を実現する殆ど如何なる波形も使用できる。通常、このことは、反転極性を持つより長い、より短い区間が後続する(時間にわたる平均電流をゼロにするため)矩形パルスを意味する。また、反転極性を持つ同様の矩形パルスが後続する矩形パルス(「二相性刺激」)も意味し得る。2つのパルスは、短い等電位区間により分離することもできる。より複雑な刺激パターンは、このようなパルスのシーケンスにより形成できる。
【0083】
通常、全ての入力チャンネルには1つの刺激信号が供給される。単一の刺激信号のみが、刺激出力電極を通じて患者に印加される。入力電極の各々における該信号の出現は入力伝達関数の違いにより僅かに異なるが、各入力チャンネル信号は依然として同じ刺激信号のレンダリングである。したがって、少なくとも2つのシングルエンド入力チャンネル信号が存在する。
【0084】
刺激信号は、通常、記録ユニットが拾う生体電気信号よりも振幅が遙かに大きい。アプリケーションに応じて、刺激信号は、この目的のためだけに使用される電極を介して、又は刺激が発生する期間外にレコーダ入力としても使用される電極を介して供給される。
【0085】
本発明は、刺激信号が、しばしば、入力電極において大きなコモンモード成分として現れるという事実を利用する。しかしながら、入力チャンネルのアナログ部分(図5におけるG1、G2)がわずかに異なるため、元々のコモンモード成分はADCにおいては最早等しくならない。これは、コモンモード/差動モード変換とも呼ばれる。差分/ベクトルが生のADC信号を使用して形成される場合、コモンモード成分の一部が差分信号に現れる。
【0086】
本発明による装置は、ADCの生のサンプルはもちろん、等化フィルタにより処理された後のADC信号の差分である計算された差分信号yにもアクセスする。刺激信号の影響を受けるサンプルに対して、当該装置は、一連の制約の下で、yの大きさの何らかの尺度(例えば、l2ノルム、上限ノルム)を最小化するフィルタ係数を探すことができる。その結果が、更新されたフィルタ係数である。
【0087】
本発明によれば、デジタルフィルタの調整されたフィルタ係数は、1以上の刺激信号の生成及び出力の間又は後に、現在のフィルタ係数、1以上の刺激信号、及び1以上の刺激信号が刺激のために出力される間に収集された複数の測定信号に基づいて決定される。一実施形態において、この情報は、最適化問題に関するコスト関数及び制約を確定するために使用される。この場合、該最適化問題は更新された係数に関し解かれ得る。例えば、更新された係数の現在の係数からの逸脱(偏差)は、コスト関数においてペナルティを課され得るか、制約により制限され得る。これにより、最適化器が係数値に大きなジャンプを生じさせることが防止される。
【0088】
他の例において、コスト関数は、測定信号の振幅の何らかの尺度、例えばl2/ユークリッドノルムにペナルティを課す。刺激パルスの間の測定信号は相当量のコモンモード干渉を含むので、その振幅をフィルタ係数に対して最小化することは、刺激信号が印加されない場合にも一層良好なコモンモード除去をもたらす更新された係数を生じさせるであろう。
【0089】
他の例では、更新された係数の初期値又は公称値からの偏差が、ペナルティを課され得るか又は制限され得る。これにより、許容可能であることが分かっているものから過度に離れた解が除外される。
【0090】
他の例では、刺激信号及び測定信号の共分散の最大値にペナルティを課すことができる。これは、刺激の間の測定信号の振幅にペナルティを課すだけの場合と比べて、進んだ実装となるであろう。
【0091】
他の例において、刺激イベントの開始及び持続時間は分かる。これを使用して、刺激パルスから大きなコモンモード成分を含む可能性のある測定データの記録をトリガする。
【0092】
以下では、最適化問題、コスト関数及び制約の例示的な実装について説明する。以下の表記法が使用されるであろう:
a、b、c:スカラ
b、x、y:列ベクトル
A、B、X:行列
0,1:各々、全てゼロ及び全て1のベクトル
、x:転置ベクトル
||…||:l2ノルム、ユークリッドノルム
||…||:l1ノルム
||…||:上限ノルム、チェビシェフノルム、一様ノルム
一般的なFIRフィルタは:
b=[b…b(フィルタ係数ベクトル、長さm+1);
x(n)=[x(n)x(n-1)…x(n-m)](入力データベクトル);
y(n)=bx(n)+bx(n-1)+…+bx(n-m)=bx(フィルタ出力);
のように定義される。
【0093】
2つのフィルタリングされた信号の差分は:
【数1】
となる。
最後の形式は、ベクトルbが未知又は最適化変数である場合に有用である。幾つかの時点のサンプルを含む出力ベクトルydiffは:
【数2】
と表すことができ、ここで、ydiffはyに対応する。反対角行列X及びXは同じ値を含む。すなわち、これら行列はハンケル行列である。ベクトルbにおける係数の順序を逆にすることにより、X及びXは、各対角上に同じ値を含む、より馴染みのある形式のテプリッツ行列に変換できる。これにより、方程式又は解が変わることはない。
【0094】
フィルタ係数を更新するための最適化問題は、次のように実施できる。刺激イベントの間にx及びxを記録する。このデータから、x及びxの内容を行列内に配置することにより行列Xを形成する。各xはコモンモード成分(例えば、x1,cm)と差動モード成分(x1,dm)との和であると考えることができるので、行列Xも同様にX=Xdm+Xcmと表すことができ、ここで、Xcmは刺激イベントの間において或る行列ノルムの点でXdmよりも大幅に大きい。
【0095】
一般的な最適化の目標は、bに関する||X・b||を最小化することであり得る。刺激イベントの間においては、差動モード信号は小さい一方、コモンモード信号は大きく、bに関するノルムの変化(勾配)はコモンモード信号成分により主に決まるからである。制約及び正規化を使用して、有用でない解を回避する(例えば、b=0)と共に、フィルタ係数に対して、関心信号の最小限の減衰等の、必要とされる特性を付与する。
【0096】
コスト関数の一例は:
【数3】
と定めることができる。これは、ユークリッドノルムの2乗を使用する。これにより、数値的に解くのがより容易で、閉形式の解さえ持ち得る最適化問題が得られるからである。出力ベクトルydiffの大きさにペナルティを課す他に、コスト関数は、フィルタ係数のベクトルの初期状態からの偏差にもペナルティを課する。この正規化は、行列Xが悪条件下である又は不十分な決定である場合に数値挙動を改善すると共に、初期係数値binitialからの逸脱を制限するように作用する。binitialは、当該装置の設計時に決定される公称値の組であり得るか、又は現在の組のフィルタ係数に対応し得、したがって、現在の係数から離れる大きな段差にペナルティを課す。係数γは、コモンモード/差動変換を最小化することと、解がbinitialに近いままとなることとの間の妥協点を調整するために使用される。
【0097】
制約は、解に所要の特性を付与するために使用できる。例えば、1-c=0なる形の等式制約を使用して、等化フィルタbkの利得をf=0Hzにおいてcに制限することができる。関心信号は、通常、0Hz付近に位置する(全周波数範囲に対して)ので、各等化フィルタに対する1つの斯様な制約は、当該等化フィルタが関心信号を大幅に減衰させないことを保証する。
【0098】
f=0Hzにおける所要の利得が正確に分からない場合、
-c≦0
-1+d≦0
なる不等式制約の対を用いて、f=0Hzにおける利得が閉区間[d;c]内に位置するように制限することができる。これにより、0Hzにおける利得に関する限り、最適化アルゴリズムに或る程度の自由度が与えられる。
【0099】
0Hz以外の周波数fにおける利得は、
||Wf・bk||-c≦0
なる形の不等式制約で制限することができ、ここで、
【数4】
である。これにより、最適化問題の凸性を維持しながら、利得を或る値以下に制約することのみが可能になる。等しい制約又は等しいかそれ以上の制約は、非凸最適化問題となるであろう。
【0100】
bi<=c及びbi>=d(通常、d=-cでcは正)の形のフィルタ係数に対する境界制約を、係数の値を該係数値を記憶するために使用されるデータタイプの範囲に制限し、又はフィルタ出力値の計算中における数値的オーバーフローを回避するために一層小さな絶対値に制限するために使用できる。多くの市販及び無料で入手可能な最適化パッケージは境界制約を入力として許容し、その結果、一般的な制約入力の間で境界制約を記載することと比べて、より効率的な計算が可能になる。何らかの公称又は初期フィルタ係数ベクトルからの最適化結果の逸脱を制限するために、より入念な境界制約設定を用いることができる。
【0101】
当該最適化問題は、可能であれば凸最適化問題として定式化されるべきであり、このことは、最小化されるべきコスト関数は凸であるべきであり、不等式制約は凸であるべきであり、等式制約はアフィンである必要があるべきである(「線形」は完全に正しくはないが、口語では「アフィン」と同義でよく使用される)ことを意味する。
【0102】
要約すると、本発明は、電気生理学的刺激装置の一部である、電気生理学的刺激装置と組み合わされる、又は電気生理学的刺激装置と共に使用される電気生理学的レコーダの入力チャンネル対称性を改善する。このような装置の刺激動作は、かなりの望ましくないコモンモード信号成分を生じさせる。刺激のタイミング及び波形は既知であるので、存在する入力チャンネルの非対称性を補正する個々の入力チャンネルのデジタルフィルタ係数を計算することができる。これにより、当該装置、特にレコーダが、如何なるソースからのコモンモード干渉(刺激器の機能により引き起こされる干渉だけでなく、未知の外部ソースからの干渉等)に対しても、敏感でなくなる。干渉に対する低い感度は、閉ループ神経調節装置等の治療装置の治療効果、及び脳マシンインターフェース等の非治療装置の信頼性を向上させる。
【0103】
本発明は、電気生理学的記録機能も含むと共に、刺激の影響によりレコーダ要素の入力端に相当のコモンモード信号を生じさせるような電気生理学的刺激装置に特に適用可能である。
【0104】
一つのグループの装置は、閉ループ神経調節装置である。これらの装置は、必要なときに必要な程度にのみ治療刺激を供給し、治療の必要性、程度及び好結果を判断するために神経信号を監視する必要がある。改善されたアーティファクト除去及び干渉除去は、治療効果及び病気の進行の監視を改善し、最終的に治療効果の可能性を向上させる。この前後関係において、被験者から収集される測定信号は、刺激の効果を変更及び/又は監視するために使用され得る。例えば、刺激パラメータ、刺激信号の振幅、タイミング及び/又は形状を、刺激の効果を示し得る測定信号から取得された情報に基づいて調整又は制御できる。
【0105】
第2のグループの装置は、双方向の脳マシンインターフェースである。改善されたアーティファクト除去及び干渉除去は、脳から収集されてマシンに送信される情報の精度及び信頼性を向上させる。
【0106】
本発明は図面及び上記記載において詳細に図示及び説明されたが、このような図示及び説明は解説的又は例示的なもので、限定するものではないと見なされるべきである。すなわち、本発明は開示された実施形態に限定されるものではない。開示された実施形態に対する他の変形例は、当業者によれば、請求項に記載された発明を実施する際に、図面、本開示及び添付請求項の精査から理解され、実施され得るものである。
【0107】
請求項において、「有する(含む)」という文言は他の要素又はステップを排除するものではなく、単数形は複数を排除するものではない。単一の要素又は他のユニットは、請求項に記載された複数の項目の機能を果たすことができる。特定の手段が相互に異なる従属請求項に記載されているという単なる事実は、これらの手段の組み合わせが有利に使用できないということを示すものではない。
【0108】
コンピュータプログラムは、他のハードウェアと一緒に、又は他のハードウェアの一部として供給される光学記憶媒体又はソリッドステート媒体等の適切な非一時的媒体により記憶/配布できるのみならず、インターネット又は他の有線若しくは無線通信システムを介して等のように、他の形態で配布することもできる。
【0109】
請求項における如何なる参照符号も、当該範囲を制限するものと解釈されるべきではない。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
【国際調査報告】