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特表2024-544512嗜癖およびその再発に対する抵抗におけるポリペプチドの使用ならびに複合体およびポリペプチド
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公表特許公報(A)
(11)【公表番号】
(43)【公表日】2024-12-03
(54)【発明の名称】嗜癖およびその再発に対する抵抗におけるポリペプチドの使用ならびに複合体およびポリペプチド
(51)【国際特許分類】
   A61K 38/10 20060101AFI20241126BHJP
   C07K 4/00 20060101ALI20241126BHJP
   C12N 15/63 20060101ALI20241126BHJP
   C12N 15/12 20060101ALI20241126BHJP
   C12N 1/15 20060101ALI20241126BHJP
   C12N 1/19 20060101ALI20241126BHJP
   C12N 1/21 20060101ALI20241126BHJP
   C12N 5/10 20060101ALI20241126BHJP
   A61P 25/30 20060101ALI20241126BHJP
   A61P 25/32 20060101ALI20241126BHJP
   A61P 25/34 20060101ALI20241126BHJP
   A61P 25/36 20060101ALI20241126BHJP
   A61K 38/08 20190101ALI20241126BHJP
   A61K 47/68 20170101ALI20241126BHJP
   A61K 47/64 20170101ALI20241126BHJP
   A61K 39/395 20060101ALI20241126BHJP
   A61K 31/7088 20060101ALI20241126BHJP
【FI】
A61K38/10
C07K4/00 ZNA
C12N15/63 Z
C12N15/12
C12N1/15
C12N1/19
C12N1/21
C12N5/10
A61P25/30
A61P25/32
A61P25/34
A61P25/36
A61K38/08
A61K47/68
A61K47/64
A61K39/395 D
A61K39/395 N
A61K31/7088
【審査請求】有
【予備審査請求】未請求
(21)【出願番号】P 2024527302
(86)(22)【出願日】2022-09-06
(85)【翻訳文提出日】2024-07-08
(86)【国際出願番号】 CN2022117272
(87)【国際公開番号】W WO2023082805
(87)【国際公開日】2023-05-19
(31)【優先権主張番号】202111321033.2
(32)【優先日】2021-11-09
(33)【優先権主張国・地域又は機関】CN
(81)【指定国・地域】
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.TRITON
(71)【出願人】
【識別番号】524114641
【氏名又は名称】シェンヅェン チェンヤン バイオロジカル テクノロジー カンパニー リミテッド
【氏名又は名称原語表記】SHENZHEN CHENYANG BIOLOGICAL TECHNOLOGY CO., LTD
【住所又は居所原語表記】The Second West Gate, 1098 Xueyuan Avenue, Nanshan District, Shenzhen, Guangdong 518000 China
(74)【代理人】
【識別番号】100077012
【弁理士】
【氏名又は名称】岩谷 龍
(72)【発明者】
【氏名】タン,ヅェン
(72)【発明者】
【氏名】リ,タオ
(72)【発明者】
【氏名】リ,シュポン
【テーマコード(参考)】
4B065
4C076
4C084
4C085
4C086
4H045
【Fターム(参考)】
4B065AA01X
4B065AA57X
4B065AA72X
4B065AA88X
4B065AA90X
4B065AA90Y
4B065AB01
4B065AC14
4B065BA02
4B065CA24
4B065CA44
4C076AA95
4C076CC41
4C076EE59
4C084AA02
4C084BA08
4C084BA18
4C084BA23
4C084NA14
4C084ZC391
4C085AA13
4C085BB11
4C085EE01
4C086AA01
4C086EA16
4C086MA01
4C086MA04
4C086NA14
4C086ZC39
4H045AA10
4H045AA30
4H045BA16
4H045BA17
4H045EA20
4H045FA74
(57)【要約】
本発明は、嗜癖およびその再発に対する抵抗におけるポリペプチドの使用に関する。物質嗜癖またはその再発の治療用および/または予防用の薬剤の調製におけるポリペプチドの使用を提供する。このポリペプチドは、配列番号1に示される配列の少なくとも11個の連続したアミノ酸残基からなり、かつ配列番号2に示される配列を含む。さらに、本発明は、前記ポリペプチドの使用、核酸分子の使用、発現ベクターの使用および宿主細胞の使用、ならびに前記ポリペプチドを含む複合体に関する。
【選択図】図3
【特許請求の範囲】
【請求項1】
物質嗜癖の治療用および/または予防用の医薬品の調製におけるポリペプチドの使用であって、前記ポリペプチドが、配列番号1に示される配列の少なくとも11個の連続したアミノ酸残基からなり、かつ配列番号2に示される配列を含む、使用。
【請求項2】
物質嗜癖の再発の治療用および/または予防用の医薬品の調製におけるポリペプチドの使用であって、前記ポリペプチドが、配列番号1に示される配列の少なくとも11個の連続したアミノ酸残基からなり、かつ配列番号2に示される配列を含む、使用。
【請求項3】
前記再発が、環境要因、嗜癖性物質要因またはストレス要因によって引き起こされたものである、請求項2に記載の使用。
【請求項4】
前記ポリペプチドのアミノ酸配列が、配列番号1に示される配列、配列番号3に示される配列および配列番号4に示される配列から選択される、請求項1~3のいずれか1項に記載の使用。
【請求項5】
前記嗜癖が、モルヒネ、ニコチン、アルコール、コカイン、コデイン、ジヒドロコデイン、ヒドロモルフォン、オキシコドン、メサドン、モルヒネ、フェンタニルおよびペチジンからなる群のうちの1種以上から選択された物質により誘発されたものである、請求項1~4のいずれか1項に記載の使用。
【請求項6】
物質嗜癖またはその再発の治療用および/または予防用の医薬品の調製における、請求項1~5のいずれか1項に記載のポリペプチドをコードする核酸分子の使用。
【請求項7】
物質嗜癖またはその再発の治療用および/または予防用の医薬品の調製における、請求項6に記載の核酸分子を含む発現ベクターの使用。
【請求項8】
物質嗜癖またはその再発の治療用および/または予防用の医薬品の調製における、請求項6に記載の核酸分子または請求項7に記載の発現ベクターを含む宿主細胞の使用。
【請求項9】
請求項1~5のいずれか1項に記載のポリペプチドと、血液脳関門を透過させるために前記ポリペプチドに結合された担体とを含む複合体であって、血液脳関門を透過させるための前記担体が、HIV-1 Tatタンパク質、インスリン、カチオン化アルブミン、ラットトランスフェリン受容体に対するモノクローナル抗体、ヒトインスリン受容体に対するマウス由来モノクローナル抗体、Penetratin、Tatタンパク質の形質導入ドメイン、Pep-1ペプチド、S413-PV、マガイニン2およびブフォリン2からなる群から選択されてもよい、複合体。
【請求項10】
配列番号1に示される配列の11~14個の連続したアミノ酸残基からなり、かつ配列番号2に示される配列を含む、ポリペプチド。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、物質嗜癖の分野に関し、具体的には、嗜癖またはその再発の予防または治療におけるポリペプチドの使用に関する。
【背景技術】
【0002】
物質嗜癖とは、世界保健機関(WHO)の定義によれば、ある物質の有害な作用を認識しており、既にそれを経験しているにもかかわらず、その物質を繰り返し使用してしまうこととされている。物質嗜癖は、制御不能な物質の使用、物質に対する強迫的な探索と渇望、有害な影響を顧みない継続的な使用、ならびに身体的および/または心理的な物質への依存を特徴とする慢性再発性疾患である。一般に、物質嗜癖は、耐性、離脱、強迫的な薬物使用行動、薬物探索行動、嗜癖行動、再発という経過をたどる。
【0003】
物質嗜癖は、世界的な医療問題および社会問題となっており、嗜癖者と社会の双方にとって社会的・経済的なインパクトが大きい。例えば、物質嗜癖は、暴力犯罪や感染症の蔓延と密接に関連していることが多い。別の一例として、物質嗜癖は、嗜癖者の労働力全体またはその一部が失われることもあり、これによって個人、家族および社会に負のインパクトをもたらしている。特に、世界で最も一般的に乱用されている物質の1つとして、アルコール依存症は、重篤な肝疾患や心血管疾患を引き起こし、重症精神障害や社会問題だけでなく、家庭崩壊、悲惨な事故、作業効率の低下といった悪影響を招きやすい。
【0004】
嗜癖者の薬物解毒または離脱治療において数種類の離脱治療用医薬品が使用されることが多いが、これらの医薬品には依然として限界がある。
【0005】
例えば、オピオイドによる嗜癖の場合に使用される一般的な方法として、(i)代替療法(現在、メサドンによる置換が薬物解毒に最も一般的に使用されている);(ii)離脱を促すためのオピオイド受容体拮抗薬であるナルトレキソンまたはナロキソン;ならびに(c)クロニジンおよびロフェキシジンを使用した離脱症状を抑制するための非オピオイド治療が挙げられる。これらの方法は、嗜癖者が嗜癖性物質の使用を中止した後の身体的不快感(悪寒、嘔吐、震えなど)の発生を抑えることができるが、研究によれば、これらの医薬品は、嗜癖者の心理的依存(または精神的依存)を軽減できないことが示されている。
【0006】
別の例として、アルコール嗜癖に対して様々な種類の医薬品(ナルトレキソン、アカンプロサート、オンダンセトロン、ジスルフィラム、γ-ヒドロキシ酪酸(GHB)、トピラマートなど)の潜在的な治療効果が試験されている。これらの治療用医薬品のうち、ナルトレキソン、アカンプロサート、ジスルフィラムなどは、一定の効果があることが確認されており、アルコール依存症の治療用に承認されている。また、これらの医薬品のうち、ナルトレキソンは、薬理学的に良好な選択肢であると現在考えられている。しかし、これらの医薬品(ナルトレキソンを含む)は、ある程度の有望な結果が得られているものの、アルコール依存症に対して十分な有効性はなく、予後は依然として不良である。
【0007】
したがって、物質嗜癖治療の分野において、物質嗜癖およびその再発に対してより良好な治療戦略または予防戦略をより豊富に提供するための安全かつ効果的な医薬品の開発が強く求められている。
【発明の概要】
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記目的を達成するため、嗜癖の分子機構に関して数多くの研究を実施し、新たなポリペプチドが、D2受容体とNMDA受容体の間の相互作用を破壊できることを見出した。
【0009】
具体的には、ドーパミン(DA)受容体は、生物体内に存在する受容体の1種であり、対応する細胞膜受容体を介してその作用を発揮する。DA受容体は、D1、D2、D3、D4、D5の5種のタイプに分類することができる。D2受容体(D2R)は、脳に広く発現されている。
【0010】
NMDA受容体(NMDAR)は、神経細胞の生存の制御、神経細胞の樹状突起と軸索の発達の制御、シナプス可塑性の形成への関与といった神経系の発達において生理学的に重要な役割を担っているだけでなく、神経回路の形成や、様々な神経精神疾患の発症機序にも重要な役割を果たしている。NMDA受容体は、学習過程と記憶過程において極めて重要な受容体の1種であることがデータから示されている。NMDARは、NR1、NR2、NR3という主に3種のサブユニットで構成されており、NR2サブユニットは、NR2A、NR2B、NR2C、NR2Dの4種のサブユニットを有する。
【0011】
本発明者らは、本発明のポリペプチドが、嗜癖性物質の嗜癖の治療とその再発の抑制または治療に有効であることを確認し、本発明を完成させた。
【0012】
したがって、第1の態様において、本発明は、配列番号1に示される配列の少なくとも11個の連続したアミノ酸残基からなり、かつ配列番号2に示される配列を含む、ポリペプチドを提供する。また、本発明は、物質嗜癖の予防用および/または治療用の医薬品の調製における本発明のポリペプチドの使用を提供する。
【0013】
本明細書において、「治療」は、患者に所望の効果または有益な効果をもたらすことを指し、疾患の1つ以上の症状の頻度もしくは重症度の低下、または疾患、病態もしくは障害のさらなる発症の抑制もしくは阻止を含んでいてもよい。
【0014】
本明細書において、「予防」は、疾患の発症の阻止もしくは遅延、またはその臨床症状もしくは亜臨床症状の発症の阻止を意味する。
【0015】
本明細書において、「物質嗜癖」は、制御不能な物質の使用、物質に対する強迫的な探索と渇望、有害な影響を顧みない永続的な使用、ならびに身体的および/または心理的な物質への依存を特徴とする慢性再発性疾患を意味する。物質嗜癖は、例えば、その物質を初めて使用した際に生じた嗜癖であってもよく、物質嗜癖の形成および/または物質嗜癖の発現を指してもよい。
【0016】
例示的な一実施形態において、本発明のポリペプチドは、配列番号1に示される配列の少なくとも11個の連続したアミノ酸残基、少なくとも12個の連続したアミノ酸残基、少なくとも13個の連続したアミノ酸残基、少なくとも14個の連続したアミノ酸残基、または少なくとも15個の連続したアミノ酸残基からなる。
【0017】
例示的な一実施形態において、本発明のポリペプチドの配列は、配列番号1(KIYIVLRRRRKRVNT)の1~15番目、1~14番目、1~13番目、2~15番目、2~14番目、2~13番目、3~15番目、3~14番目または3~13番目からなる。
【0018】
具体的な一実施形態において、本発明のポリペプチドの配列は、配列番号1、配列番号3または配列番号4に示される。
【0019】
いくつかの実施形態において、嗜癖性物質は、例えば、モルヒネ、ニコチン、アルコール、コカイン、コデイン、ジヒドロコデイン、ヒドロモルフォン、オキシコドン、メサドン、モルヒネ、フェンタニルおよびペチジンからなる群から選択してもよい。
【0020】
第2の態様において、本発明は、物質嗜癖の再発の予防用および/または治療用の医薬品の調製における本発明のポリペプチドの使用を提供する。
【0021】
本明細書において、「再発」は、状況に応じては「薬物再発」としても知られており、嗜癖者が離脱後に以前に使用していた嗜癖性物質の使用を再開することを指す。再発は、環境要因(出来事)、嗜癖性物質要因および/またはストレス要因(負荷)によって引き起こされることがある。
【0022】
例示的な一実施形態において、本発明における再発は、環境要因によって引き起こされたものである。
【0023】
例示的な一実施形態において、本発明における再発は、嗜癖性物質要因によって引き起こされたものである。
【0024】
例示的な一実施形態において、本発明における再発は、ストレス要因によって引き起こされたものである。
【0025】
本発明者らは、予想外にも、本発明のポリペプチドが、D2R/NR2B複合体が形成される結合を阻害して、嗜癖性物質の形成を排除できることを発見した。
【0026】
さらに、本発明のポリペプチドは、環境要因、嗜癖性物質要因およびストレス要因によって引き起こされた嗜癖の再発を排除することができ、高用量/低用量の嗜癖性物質により誘発される条件下でも、統計学的に有意な効果を発揮することから、臨床開発の価値が高い。
【0027】
第3の態様において、本発明は、本発明のポリペプチドをコードする核酸分子を提供する。さらに、本発明は、物質嗜癖の治療用および/もしくは予防用の医薬品の調製における本発明の核酸分子の使用、または物質嗜癖の再発の治療用および/もしくは予防用の医薬品の調製における本発明の核酸分子の使用を提供する。
【0028】
本発明の核酸分子を用いて、本発明のポリペプチドが製造され、本発明の核酸分子の配列は、使用する発現系に応じて、当業者により適切に調節することができる。
【0029】
例示的な一実施形態において、前記核酸分子は、配列番号5に示される配列を有する。
【0030】
第4の態様において、本発明は、本発明の核酸分子を含む発現ベクターを提供する。さらに、本発明は、物質嗜癖の治療用および/もしくは予防用の医薬品の調製における本発明の発現ベクターの使用、または物質嗜癖の再発の治療用および/もしくは予防用の医薬品の調製における本発明の発現ベクターの使用を提供する。
【0031】
本発明の核酸配列は、様々な公知の方法を用いて発現ベクターに挿入することができる。例えば、本発明の核酸分子は、適切な制限エンドヌクレアーゼ部位に挿入することができる。また、クローニング、単離、増幅および精製の標準的な技術、DNAリガーゼ、DNAポリメラーゼまたは制限エンドヌクレアーゼを用いた酵素反応、ならびに操作中の様々な分離技術は、当業者に公知の一般に使用されている技術に属する。
【0032】
第5の態様において、本発明は、本発明の核酸分子または発現ベクターを含む宿主細胞を提供する。さらに、本発明は、物質嗜癖の治療用および/もしくは予防用の医薬品の調製における本発明の宿主細胞の使用、または物質嗜癖の再発の治療用および/または予防用の医薬品の調製における本発明の宿主細胞の使用を提供する。
【0033】
本発明のポリペプチドは、原核生物発現系や真核生物発現系などの様々な発現系において、発現ベクターと宿主細胞を用いて製造してもよい。次に、哺乳動物の発現系を一例として以下に述べる。宿主細胞としては、サル腎線維芽細胞のCOS-7細胞株、および適合するベクターを発現することができるその他の細胞株、例えば、C127細胞株、3T3細胞株、CHO細胞株、Hela細胞株、BHK細胞株などを挙げることができる。哺乳動物用発現ベクターは、複製起点、適切なプロモーターおよびエンハンサーを含んでいなければならず、必要に応じて、リボソーム結合部位、ポリアデニル化部位、スプライシングドナー部位およびスプライシングアクセプター部位、転写終結配列ならびに5’隣接非転写配列を含んでいる必要がある。例えば、SV40のスプライシング部位およびポリアデニル化部位にそれぞれ由来するDNA配列を利用して、所望の非転写遺伝子エレメントを提供することができる。発現ベクターは、当業者によく知られている様々な方法により宿主細胞に導入してもよく、このような方法として、例えば、リン酸カルシウムトランスフェクション法、DEAE-グルカンを利用したトランスフェクション法、またはエレクトロポレーション法が挙げられるが、これらに限定されない。
【0034】
第6の態様において、本発明は、本発明のポリペプチドと、血液脳関門を透過させるために前記ポリペプチドに結合された(輸送)担体とを含む複合体を提供する。
【0035】
例示的な一実施形態において、血液脳関門を透過させるために使用される担体は、HIV-1 Tatタンパク質、インスリン、カチオン化アルブミン、ラットトランスフェリン受容体に対するモノクローナル抗体(OX26)、ヒトインスリン受容体に対するマウス由来モノクローナル抗体(HIRMAb)、Penetratin、Tatタンパク質の形質導入ドメイン、Pep-1ペプチド、S413-PV、マガイニン2およびブフォリン2のうちの1種以上であってもよい。例えば、TATの形質導入ドメインは、そのアミノ酸が(配列番号6に示される)YGRKKRRQRRRであるが、細胞膜を通過させて細胞内に形質導入することができる。
【0036】
本発明のポリペプチドは、適切な連結技術によって、血液脳関門を透過させるための担体に連結することができる。例示的な連結技術は、アビジン-ビオチン技術、ポリエチレングリコール(PEG)を利用したスペーサーアーム技術、融合タンパク質技術などであってもよい。例えば、血液脳関門を透過させるための担体として、HIV-1 Tatタンパク質の形質導入ドメインを用いる場合、融合タンパク質技術により、本発明のポリペプチドをTatタンパク質の形質導入ドメインに直接連結することができる。
【0037】
いくつかの実施形態において、融合タンパク質技術を用いる場合、本発明のポリペプチドは、リンカーを用いて、血液脳関門を透過させるための担体に連結することもできる。例示的なリンカーは、グリシンを含む柔軟なリンカーであってもよく、例えば、G、GSG、GSGGSG、GSGGSGG、GSGGSGGG、GGGGSGGG、GGGGS、SGGなどが挙げられる。
【0038】
第7の態様において、本発明は、対象において物質嗜癖を治療または予防する方法であって、
本発明のポリペプチドまたは複合体の有効量を対象に投与する工程を含む方法を提供する。
【0039】
さらに、本発明は、対象において物質嗜癖の再発を予防する方法であって、
本発明のポリペプチドまたは複合体の有効量を対象に投与する工程を含む方法を提供する。
【0040】
本発明のポリペプチドまたは複合体は、D2RとNR2Bの間の相互作用を減少させることによって、前記方法を達成する。
【0041】
「有効量」または「治療有効量」は、所望の生物学的結果の誘導に十分な活性薬剤の量を指す。この所望の生物学的結果は、疾患の徴候、症状もしくは原因の減少、またはその他の所望の生体系の変化であってもよい。本明細書において、「治療有効量」という用語は、病変領域に一定期間繰り返し投与した場合に、疾患の状態を実質的に改善することができる製剤量を意味するために使用される。治療有効量は、治療の対象となる病態、病態の進行度、ならびに使用される製剤の種類および濃度に応じて様々に変動する。当業者であれば、ルーチン実験を行うことによって適切な量を決定することができるであろう。
【0042】
「対象」、「個体」または「患者」という用語は、本明細書において同じ意味で使用され、脊椎動物を指し、哺乳動物を指すことが好ましく、ヒトを指すことがより好ましい。哺乳動物としては、ラット、サル、ヒト、家畜および愛玩動物が挙げられるが、これらに限定されない。インビトロで入手または培養される生物学的組織および生物学的細胞ならびにこれらの子孫も含まれる。
【0043】
第8の態様において、本発明は、医薬品として使用される本発明のポリペプチドまたは複合体を提供する。
【0044】
いくつかの実施形態において、医薬品としての使用とは、物質嗜癖を治療または予防するために使用することを意味する。
【0045】
いくつかの実施形態において、医薬品としての使用とは、物質嗜癖の再発を予防するために使用することを意味する。
【図面の簡単な説明】
【0046】
図1】マウスから得た海馬組織の共免疫沈降法の結果を示す。
図2】実施例3において使用した各断片のD2R上での位置を示す。
図3】実施例3の各断片のGSTプルダウン実験の結果を示す。
図4】KTポリペプチドで処置した場所嗜好性(CPP)マウスおよび行動感作(BS)マウスから得た海馬組織の共免疫沈降法の結果を示す。
図5】実施例5の実験スキームの設計を示す。
図6】実施例5におけるCPPスコアの結果を示す。
図7】実施例6の実験スキームの設計を示す。
図8】実施例6におけるCPPスコアの結果を示す。A:10日目の各群の測定結果;B:TAT-D2R-KT群の10日目と11日目の比較結果。
図9】実施例7の実験スキームの設計を示す。
図10】実施例7の10日目のCPPの測定結果を示す。
図11】実施例7の試験1のCPPの測定結果を示す。
図12】実施例7の試験2のCPPの測定結果を示す。
図13】実施例7の試験3のCPPの測定結果を示す。
図14】実施例7の試験4のCPPの測定結果を示す。
図15】実施例8の実験スキームの設計を示す。
図16】実施例8の試験1のBSの測定結果を示す。A:試験1におけるBSマウスの移動距離の結果;B:試験2におけるBSマウスの移動距離の結果;C:試験3におけるBSマウスの移動距離の結果。
図17】実施例9で調製した様々なポリペプチドが、マウスにおけるモルヒネ誘発性CPPに及ぼす効果を示す(n=12)。##:生理食塩水群に対してP<0.01;**:モルヒネ群に対してP<0.01。
図18】実施例9で調製した様々なポリペプチドが、マウスにおけるコカイン誘発性行動感作に対して負の効果を与えることを示す(n=10)。*:溶媒群に対してP<0.05;**:溶媒群に対してP<0.01。
図19】実施例9で調製した様々なポリペプチドが、マウスにおけるアルコール誘発性行動感作に対して負の効果を与えることを示す(n=10)。##:生理食塩水群に対してP<0.01;**:アルコール群に対してP<0.01。
【発明を実施するための形態】
【0047】
現在、物質嗜癖が個人、家族および社会に対して及ぼす膨大な負担を回避するため、どのようにして物質嗜癖を排除すべきか、あるいはその再発をどのようにして予防すべきかという課題は、医療問題および社会問題として世界的に関心を集めている。興味深いことに、Liuら(Modulation of D2R-NR2B Interactions in Response to Cocaine, Neuron 52, 897-909, Decree 7, 2006)は、インビボの新線条体においてコカインによりドーパミンを刺激すると、D2RとNMDA受容体のNR2Bサブユニットの間でヘテロ受容体複合体の形成が増強されることを報告している。また、LiuらによるD2RとNR2Bの間の相互作用に関する調査によって、D2R-NR2B複合体の形成を担う領域が、D2Rの第3細胞内ループ(IL3)に存在することが判明している。また、Liuらによるさらなる競合実験では、IL3の10個の残基(TKRSSRAFRA、T225-A234)を含むモチーフが、D2RとNR2Bの結合の阻止に重要であることが示された。
【0048】
Liuらは、D2Rに由来する様々なIL3ポリペプチドを試験し、以下のような結果が得られたことを報告していることにも注目されたい(上記文献の図3Mおよび図3Nを参照されたい)。すなわち、D2Rに由来するIL3ポリペプチドは、T225-A234を含む上記モチーフを含む場合にのみ(P1、P2、P3およびP5)、D2RとNR2Bの結合を阻止し、ポリペプチドが、このモチーフを持たない場合(P4、I210-K226)は、D2RとNR2Bの結合を阻止することはできなかった。また、このモチーフを含むペプチドP5の配列をスクランブルすることにより得られた対照ペプチドP6も、D2RとNR2Bの結合を阻止することはできなかった。したがって、Liuらは、D2RとNR2Bの結合が配列特異的であり、TKRSSRAFRAが結合モチーフである可能性があると考えた。
【0049】
しかし、本発明者らは研究を行った結果、Liuらによる報告とは異なって、D2RのIL3領域のポリぺプチドであるK211-T225(D2RとNR2Bの結合を阻止できないと考えられているポリぺプチドP4と比べて、N末端の1個の残基とC末端の1個の残基が欠失しており、重要なモチーフであるTKRSSRAFRAを含んでいない)が、D2RとNR2Bの間の相互作用を減少させることができたという予想外の知見を得た。
【0050】
本発明者らは、さらに研究を進め、D2RのIL3領域のポリペプチドK211-T225と、N末端およびC末端に欠失を有するそのバリアントが、嗜癖モデルにおいて嗜癖行動の変化を回復させることができるという結論を示した。
【0051】
本明細書を通して、別段の記載がない限り、本明細書で使用される用語は、当技術分野で一般に使用される意味を有すると理解される。したがって、別段の定義がない限り、本明細書で使用されるすべての技術用語および科学用語は、本発明が属する技術分野の当業者によって一般に理解される意味を有する。何らかの矛盾が生じた場合、本願の記載が優先されるものとする。
【0052】
以下、実施例を参照しながら本発明の実施形態をさらに詳細に説明するが、本発明の利点および様々な効果は、以下の実施例にさらに明確に記載されている。当業者であれば、これらの具体的な実施形態および実施例が、本発明を説明することを目的としたものであり、本発明を限定するものではないことを理解できるであろう。
【実施例
【0053】
実施例において具体的な条件が記載されていない場合、従来の条件または製造業者により推奨されている条件に従うものとする。また、使用した試薬や装置の製造業者が記載されていない場合、使用した試薬または装置は、従来の市販品である。
【0054】
別段の記載がない限り、実施例で使用した実験動物は、Guangzhou Medical Laboratory Animal Center(中国)から購入した成体C57/BL6J雄性マウス(8週齢、体重25~30g)であった。マウスは、12時間の明期/12時間の暗期のサイクルのもとで飼育し、実験工程全体を通して、食物と水を自由に摂取させた。実験操作を行う前に、すべてのマウスを動物飼育室で1週間順応させた。
【0055】
実施例では、ImageJとImage Labソフトウェア(ImageJ 1.30)を用いてバンドと形態学的データの分析を行い、GraphPad Prism 8ソフトウェアを用いて統計分析を行った。試料の量は過去の報告に従って選択した(ArifinおよびZahiruddin、2017;Meadら、2012)。すべての実験は、独立して3回繰り返し行った。無作為化法/盲検法は使用しなかった。データは平均値±SEMとして示す。様々な群に対して、一元配置分散分析または二元配置分散分析を実施し、Tukeyの多重比較検定により事後検定を行った。p<0.05の場合に統計学的に有意であると見なす。別段の記載がない限り、*:p<0.05、**:p<0.001、***:p<0.0001および****:p<0.000001とする。
【0056】
実施例1.インビボにおけるD2R/NR2B複合体の形成の確認
免疫沈降操作:
海馬組織から得たタンパク質試料(100~500μgのタンパク質)を用いて共免疫沈降法を行った。抗NR2B抗体および抗D2R抗体と、D2RまたはNR2Bと、25μlのProtein A/G PLUS-Agaroseビーズスラリー(サンタクルーズバイオテクノロジー社、sc-2001)をそれぞれ用いて、NR2BとD1RまたはD2Rを沈降させた。
【0057】
次に、8%SDS-PAGEゲル上でタンパク質を分離し、マウス抗NR2B抗体とマウス抗D2R抗体で検出した。HRP標識二次抗体と増強化学発光法を用いてタンパク質を検出した。バンドの密度分析は、Image Labソフトウェアを用いて行った。
【0058】
D2RとNR2Bがタンパク質複合体を形成できるかどうかを評価するため、まず、上記の共免疫沈降法を実施し、正常マウスの海馬においてD2RとNR2Bの間で相互作用が起こっている可能性を調べた。この結果を図1に示す。
【0059】
図1から分かるように、D2R抗体によって海馬タンパク質混合物からNR2Bを沈降させることができたが、D1R抗体ではNR2Bを沈降させることはできなかったことから、D2Rタンパク質とNR2Bタンパク質が結合することが示された。
【0060】
実施例2.D2R/NR2B複合体の病理学的意義の検証
次に、D2RとNR2Bの相互作用状態が物質嗜癖と関連しているのかどうかを調べるため、実施例1に記載の方法に従って、モルヒネ誘発性の場所嗜好性(CPP)または行動感作(BS)を誘導したマウスから得た海馬組織試料の免疫沈降実験を行った。この結果を図1に示した。
【0061】
図1から分かるように、CPPマウスから得た海馬組織とBSマウスから得た海馬組織のいずれでも、D2RとNR2Bの結合が有意に増加したことから、D2R/NR2B複合体の形成が、物質嗜癖の病因において一定の役割を果たしている可能性が確認された。
【0062】
実施例3.D2R/NR2B複合体の相互結合部位の探索
D2RとNR2Bの間での物理的相互作用部位を探索するため、まず、D2R全長cDNAクローン(Genbankアクセッション番号:M29066.1)から、D2RのCT領域(T428-C443)のcDNA断片と、D2Rの第3細胞内ループ(IL3)領域(K211-Q373)のcDNA断片を得た。これらの断片を、pGEX-4T-3プラスミド(YouBio社、カタログNo:VT1255)のBamH1/EcoR1部位またはBamH1/Xho1部位にサブクローニングした。開始コドンとしてのメチオニン残基と終止コドンを適宜付加した。すべてのコンストラクトを再シーケンスして、スプライシングによる融合が適切に行われたことを確認した。各コンストラクトを大腸菌BL21生菌体(AlpalifeBio社、カタログNo.:KTSM104L)から発現させ、発現されたタンパク質を細菌溶解物から精製することによって、D2RのIL3領域を含むGST融合タンパク質(GST-D2R-IL3)と、D2RのCT領域を含むGST融合タンパク質(GST-D2R-CT)を得た。D2R上でのIL3領域のコード配列とCT領域のコード配列の具体的な位置を図2に示す。
【0063】
溶解した海馬抽出物500μgを1×PBS/0.1%Triton X-100で希釈し、GSTタンパク質のみで飽和したタンパク質精製用GST樹脂20μl(TransGen Biotech社、カタログNo:N21220、中国北京)、または調製したGST融合タンパク質15μgで飽和したタンパク質精製用GST樹脂20μlと4℃で一晩インキュベートした。1×PBS/0.1%Triton X-100でビーズを1~8回洗浄した。結合したタンパク質を2×ローディングバッファーで溶出し、SDS-PAGEで分離し、各抗体を用いたウエスタンブロットを行った。この結果を図3Aに示した。
【0064】
図3Aから分かるように、D2RのIL3領域によってNR2Bが親和性沈降したことから、D2RのIL3領域が相互作用に関与していることが示された。
【0065】
次に、D2RとNR2Bの間での相互作用配列/部位をさらに調査するため、IL3領域を、D2RのKVC領域(K211-V270)、D2RのES領域(E271-S321)およびD2RのPQ領域(P322-Q373)に分割した。これらの領域のD2R上での具体的な位置を図2に示す。
【0066】
本実施例に記載の方法に従って、D2RのKVC領域を含むGST融合タンパク質(GST-D2R-KVC)、D2RのES領域を含むGST融合タンパク質(GST-D2R-ES)、またはD2RのPQ領域を含むGST融合タンパク質(GST-D2R-PQ)を用いて、プルダウン分析を実施し、ウエスタンブロットの結果を図3Bに示した。
【0067】
図3Bから分かるように、D2RのKVC領域によってNR2Bが親和性沈降したことから、D2RのKVC領域が相互作用に関与していることが示された。
【0068】
さらに、KVC領域を、D2RのKT領域(K211-T225)、D2RのKL領域(K226-L240)、D2RのKV領域(K241-V255)およびD2RのIV領域(I256-V270)に分割した。これらの領域のD2R上での具体的な位置を図2に示す。
【0069】
本実施例に記載の方法に従って、D2RのKT領域を含むGST融合タンパク質(GST-D2R-KT)、D2RのKL領域を含むGST融合タンパク質(GST-D2R-KL)、D2RのKV領域を含むGST融合タンパク質(GST-D2R-KV)、またはD2RのIV領域を含むGST融合タンパク質(GST-D2R-IV)を用いて、プルダウン分析を実施し、ウエスタンブロットの結果を図3Cに示した。
【0070】
驚くべきことに、図3Cに示したように、D2RのKL領域(K226-L240)ではNR2Bを沈降させることはできなかったが、D2RのKT領域(K211-T225;以下、この領域を「KTポリペプチド」という)によってNR2Bが親和性沈降した。
【0071】
実施例4.インビボでのポリペプチドによる複合体形成の阻害
インビボにおけるD2R/NR2B複合体に対するD2RのKTポリペプチドの効果を検証するため、上記領域(K211-T225)のC末端を、HIV-1型Tatタンパク質の形質導入ドメイン(配列番号6に示される;以下「TAT」という)のN末端に融合して、血液脳関門を透過可能な融合タンパク質を得た。この融合タンパク質を「TAT-D2R-KT」と命名した。
【0072】
CPPマウスとBSマウスをTAT-D2R-KTでそれぞれ処置し、TATのみで処置したマウスを対照として使用した(いずれのマウスも単回の腹腔内投与で処置した;10ml/kg体重;薬剤濃度:3nmol/g)。処置の1時間後に、実施例1と同様にして共免疫沈降法により分析を行った。この結果を図4に示した。
【0073】
図4から分かるように、本発明のKTポリペプチドによって、CPPマウスとBSマウスの海馬組織におけるD2R/NR2Bの相互作用が競合的に破壊された。
【0074】
実施例5.ポリペプチドによるモルヒネ誘発性CPPの形成の妨害
本発明のポリペプチドがモルヒネ嗜癖に影響を及ぼすかどうかを評価するため、モルヒネ誘発性CPPの形成段階においてTAT-D2R-KTまたはTATで処置し、CPPスコアを測定した。
【0075】
CPP装置と試験システムは以下のとおりである。
実験に使用したCPP装置は、同じ容積の2つ箱(15cm×15cm×37cm)を備え、これらの中間に可動式のドアが設置されている。マウスは、試験時には各箱の間を自由に往復することができ、訓練時には一方の箱に閉じ込めた。一方の箱は内部が黒色で、床面がストライプ模様であり、もう一方の箱は内部が白色で、床面が格子模様である。活動距離と活動時間を含むすべての行動試験は、カメラで記録し、SMART Video Trackingシステム(バージョン2.5;Panlab Technology for Bioresearch社、スペイン)を用いて計算した。
【0076】
実験計画を図5に示した。1日目に、処置を行わずに、マウスを2つの箱で15分間自由に行き来させた(試験前)。2日目、4日目、6日目および8日目に、対照群(生理食塩水群)に生理食塩水(10mL/kg)を投与し、モデル群(モルヒネ群)にモルヒネ(10mg/kg)を投与した。TAT群(3nmol/g)とTAT-D2R-KT群(3nmol/g)には、モルヒネ注射の1時間前に注射(腹腔内投与、10ml/kg体重)を行った。注射後に、すべてのマウスを白色の箱で40分間訓練した。3日目、5日目、7日目および9日目に、すべてのマウスに生理食塩水を投与し、直ちに黒色の箱に40分間入れた。10日目に、すべてのマウスを15分間自由に行き来させ、試験を終了し、CPPスコア(マウスの滞在時間)を図6に示した。
【0077】
図6から分かるように、TAT-D2R-KTを用いた処置によって、TATで処置した対象と比べてCPPスコアが有意に低下したことから、TAT-D2R-KTによりモルヒネ誘発性CPPの形成を妨害できることが示された。
【0078】
実施例6.モルヒネ誘発性CPPの発現段階に対するポリペプチドの効果
モルヒネ誘発性CPPの発現段階に対する本発明のポリペプチドの特異的な効果をさらに評価するため、実施例5のCPP装置を用いて、図7に示した実験計画に従って試験を行った。この試験では、モデル群(モルヒネ群)には10日目に生理食塩水を注射し、TAT-D2R-KT群(モルヒネ+TAT-D2R-KT)のCPPマウスは、10日目にTAT-D2R-KT(単回投与)で処置し、1時間後にCPPスコアを測定した。実験結果を図8Aに示した。
【0079】
図8Aに示すように、10日目にTAT-D2R-KTで処置を行っても、CPPスコアは有意に低下しなかった。
【0080】
しかし、11日目にCPP試験を再度行ったところ、TAT-D2R-KT群の11日目のCPPスコアが10日目と比べて有意に低下したことが判明したことから(図8B)、10日目にモルヒネ嗜癖記憶が再発した際に、これに関連する記憶がTAT-D2R-KTによって排除された可能性が示された。
【0081】
実施例7.ポリペプチドによるモルヒネ誘発性薬物再発の排除
嗜癖記憶が再発したときに、これに関連する記憶が本発明のポリペプチドによって排除できることを検証し、かつモルヒネ誘発性CPPの薬物再発に対する本発明のポリペプチドの長期的な効果を試験するため、図9に示すように、CPPマウスにおいて自然な離脱と薬物再発を誘導する実験を設計して多数の試験を実施した。これらの試験では、対照として生理食塩水群を使用した。
【0082】
図9に示した条件に従ってモルヒネを投与することによって、10日目のマウスにおいてCPPを誘発することに成功した。この結果を図10に示した。
【0083】
次に、マウスをケージに戻して3週間飼育した。32日目に、TAT群とTAT-D2R-KT群のマウスを、TATまたはTAT-D2R-KT(3nmol/g)でそれぞれ処置した。1時間後にマウスを自由に15分間行き来させて試験1を行った。この結果を図11に示した。
【0084】
図11から分かるように、TAT-D2R-KT群のマウスのCPPスコアは、TAT群のマウスのCPPスコアよりも有意に低かったことから、本発明のポリペプチドによって、環境誘発による薬物再発を排除できることが示された。
【0085】
嗜癖性薬物により誘発される薬物再発に対する本発明のポリペプチドの潜在的な効果をさらに調べるため、試験1を行った後に、各群をケージに戻して3週間飼育し、54日目にTAT群とTAT-D2R-KT群にモルヒネ(5mg/kg)を注射した。マウスを直ちに実験箱に入れ、自由に15分間行き来させて試験2を行った。この結果を図12に示した。
【0086】
図12から分かるように、この試験においても、TAT-D2R-KT群のマウスのCPPスコアは、TAT群のマウスのCPPスコアよりも有意に低かった。
【0087】
用量効果を除外するため、試験2を行った後に各群をケージに戻して2週間飼育し、69日目にTAT群とTAT-D2R-KT群のマウスにモルヒネを高用量(15mg/kg)で注射した。次に、すべてのマウスを自由に15分間行き来させて試験3を行った。この結果を図13に示した。
【0088】
驚くべきことに、高用量のモルヒネを投与しても、TAT-D2R-KTにより誘導されたCPPスコアの有意な低下を逆転することはできず、このことから、低用量/高用量の嗜癖性物質によって誘発された薬物再発をTAT-D2R-KTによって排除できたことが示された。
【0089】
負荷により誘発された薬物再発に対するTAT-D2R-KTの効果をさらに調査するため、試験3を行った後に各群をケージに戻し1週間飼育し、77日目にTAT群とTAT-D2R-KT群のマウスにヨヒンビン(α2アドレナリン作動性受容体アンタゴニスト、2mg/kg、MCE社から購入、カタログNo:18735)を投与し、投与後に試験4として15分間の試験を行った。この結果を図14に示した。
【0090】
図14から分かるように、TAT-D2R-KT群のマウスと対照群のマウスとでCPPスコアに有意な差は見られなかったことから、ストレスにより誘発された薬物再発を本発明のポリペプチドで阻止できたことが示された。
【0091】
実施例8.行動感作モデルを用いた嗜癖関連行動に対する抵抗性の検証
モルヒネ嗜癖関連行動に対する本発明のポリペプチドの効果をさらに検証するため、モルヒネ誘発性行動感作マウス(BS)モデルを用いて前述の結果を検証した。
【0092】
図15に示すスキームに従って実験を行った。1日目に、すべてのマウスを実験箱に1時間順応させた。次に、マウスに生理食塩水(対照群)または5mg/kgのモルヒネ(TAT群およびTAT-D2R-KT群)を投与し、実験箱(白色の表面と平らな床面で構成され、大きさが50cm×50cm×35cm3の箱)に入れ、直ちに移動活動性の記録を60分間行った。マウスの総歩行距離を指標として薬剤の効果を評価し(以下「試験1」という)、この結果を図16Aに示した。
【0093】
次に、すべてのマウスをケージに戻し、1週間飼育した。9日目に、TATまたはTAT-D2R-KT(3nmol/g)をマウスに投与し、その1時間後にモルヒネ(1mg/kg)を投与し、すべてのマウスを実験箱に入れ、薬剤の効果を評価するための試験を行った(以下「試験2」という)。図16Bに示した結果から、TAT-D2R-KT群におけるマウスの60分間の移動活動性が有意に低下したことが示された。
【0094】
試験2の後、すべてのマウスをケージに戻し、1週間飼育した後(離脱)、実験箱に再び戻し、試験を行った(以下「試験3」という)。図16Cに示した結果から、TAT-D2R-KT群では、1週間の離脱の後でも、依然として移動活動性の有意な低下が検出されたことから、本発明のポリペプチドによってモルヒネ誘発性の薬物再発を排除できたことがさらに示された。
【0095】
実施例9.ポリペプチドバリアントの設計と調製
以下の表1に詳細を示すように、KTポリペプチド(以下「Pep1」という)に基づいて、N末端が欠失したバリアントPep2、C末端が欠失したバリアントPep3、中間セグメントであるRRRをGGGに変異させたバリアントPep4、および中間セグメントであるRKRをGGGに変異させたバリアントPep5をそれぞれ設計し、合成した。
【0096】
【表1】
【0097】
次に、Pep1~Pep5のC末端をTATのN末端にそれぞれ融合させて、血液脳関門を透過可能な融合ペプチドを得た。
【0098】
実施例10.マウスにおけるモルヒネ誘発性CPPに対する様々なポリペプチドの効果の検証
マウスにモルヒネ(1mg/kg)または生理食塩水を8日間投与した後、10日目に、実施例9に記載の様々なポリペプチド(3nmol/g)を腹腔内注射(10ml/kg)によりマウスに投与した。投与後2日目に、実施例5のCPP実験方法に従ってモルヒネ誘発性CPPの発現を記録し、その結果を図17に示した。
【0099】
図17から分かるように、Pep1と切断型のPep2およびPep3は、モルヒネ-CPPマウスの活動距離を有意に低下させたが、中間セグメントが置換されたPep4およびPep5は、活動距離を有意に低下させることはできなかったことから、本発明のポリペプチドの重要なモチーフが、Pep1の中間セグメントに存在することが示唆された。
【0100】
実施例11.マウスにおけるコカイン誘発性BSに対する様々なポリペプチドの効果の検証
本発明のポリペプチドが、コカイン誘発性嗜癖に対しても有効であることを検証するため、以下の試験を行った。
【0101】
コカイン(15mg/kg)または生理食塩水をマウスに投与してから試験を30分間実施し、これを5日間繰り返した後、5日目の投与休止期間を設けた。投与休止の6日目に、コカインを投与する1時間前に、実施例9に記載の様々なポリペプチド(3 nmol/g)を腹腔内注射(10ml/kg)によりマウスに投与して薬物誘導を行い、試験を実施した。この結果を図18に示した。
【0102】
図18から分かるように、予想された通り、Pep1と切断型のPep2およびPep3は、感作行動の発現を有意に抑制したが、中間セグメントが置換されたPep4およびPep5は、感作行動の発現を抑制できなかった。
【0103】
実施例12.マウスにおけるアルコール誘発性BSに対する様々なポリペプチドの効果の検証
本発明のポリペプチドが、アルコール誘発性嗜癖に対しても有効であることを検証するため、以下の試験を行った。
【0104】
訓練期間として、アルコール(2.2g/kg)または生理食塩水を1日おきにマウスに投与した後に直ちに15分間試験を実施し、この訓練を10日間行った。訓練後の3日目に、アルコールを投与する1時間前に、実施例9に記載の様々なポリペプチド(3 nmol/g)を腹腔内注射(10ml/kg)によりマウスに投与して薬物誘導を行い、試験を実施した。この結果を図19に示した。
【0105】
図19から分かるように、予想された通り、Pep1と切断型のPep2およびPep3は、感作行動の発現を有意に抑制したが、中間セグメントが置換されたPep4およびPep5は、感作行動の発現を抑制できなかった。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15
図16
図17
図18
図19
【配列表】
2024544512000001.xml
【手続補正書】
【提出日】2024-07-08
【手続補正1】
【補正対象書類名】明細書
【補正対象項目名】0037
【補正方法】変更
【補正の内容】
【0037】
いくつかの実施形態において、融合タンパク質技術を用いる場合、本発明のポリペプチドは、リンカーを用いて、血液脳関門を透過させるための担体に連結することもできる。例示的なリンカーは、グリシンを含む柔軟なリンカーであってもよく、例えば、G、GSG、GSGGSG(配列番号9)、GSGGSGG(配列番号10)、GSGGSGGG(配列番号11)、GGGGSGGG(配列番号12)、GGGGS(配列番号13)、SGGなどが挙げられる。
【手続補正2】
【補正対象書類名】明細書
【補正対象項目名】0047
【補正方法】変更
【補正の内容】
【0047】
現在、物質嗜癖が個人、家族および社会に対して及ぼす膨大な負担を回避するため、どのようにして物質嗜癖を排除すべきか、あるいはその再発をどのようにして予防すべきかという課題は、医療問題および社会問題として世界的に関心を集めている。興味深いことに、Liuら(Modulation of D2R-NR2B Interactions in Response to Cocaine, Neuron 52, 897-909, Decree 7, 2006)は、インビボの新線条体においてコカインによりドーパミンを刺激すると、D2RとNMDA受容体のNR2Bサブユニットの間でヘテロ受容体複合体の形成が増強されることを報告している。また、LiuらによるD2RとNR2Bの間の相互作用に関する調査によって、D2R-NR2B複合体の形成を担う領域が、D2Rの第3細胞内ループ(IL3)に存在することが判明している。また、Liuらによるさらなる競合実験では、IL3の10個の残基(TKRSSRAFRA、T225-A234、配列番号14)を含むモチーフが、D2RとNR2Bの結合の阻止に重要であることが示された。
【手続補正3】
【補正対象書類名】明細書
【補正対象項目名】配列表
【補正方法】変更
【補正の内容】
【配列表】
2024544512000001.xml
【国際調査報告】