(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公表特許公報(A)
(11)【公表番号】
(43)【公表日】2024-12-05
(54)【発明の名称】生体物質の接続および培養用の生体適合性構造体
(51)【国際特許分類】
C12N 5/071 20100101AFI20241128BHJP
C12N 5/10 20060101ALI20241128BHJP
【FI】
C12N5/071
C12N5/10
【審査請求】有
【予備審査請求】未請求
(21)【出願番号】P 2024534151
(86)(22)【出願日】2022-12-07
(85)【翻訳文提出日】2024-08-06
(86)【国際出願番号】 EP2022084841
(87)【国際公開番号】W WO2023104909
(87)【国際公開日】2023-06-15
(31)【優先権主張番号】102021132190.5
(32)【優先日】2021-12-07
(33)【優先権主張国・地域又は機関】DE
(81)【指定国・地域】
(71)【出願人】
【識別番号】518022178
【氏名又は名称】エバーハルト カール ウニヴェルジテート テュービンゲン メディツィニーシェ ファクルテート
【氏名又は名称原語表記】EBERHARD KARLS UNIVERSITAET TUEBINGEN MEDIZINISCHE FAKULTAET
【住所又は居所原語表記】Geschwister-Scholl-Platz,72074 Tuebingen Germany
(74)【代理人】
【識別番号】100077012
【氏名又は名称】岩谷 龍
(72)【発明者】
【氏名】アッハベルガー,ケヴィン
(72)【発明者】
【氏名】リーバウ,ステファン
【テーマコード(参考)】
4B065
【Fターム(参考)】
4B065AA90X
4B065AC20
4B065BC41
4B065CA44
4B065CA60
(57)【要約】
本発明は、生体物質の接続および培養用の生体適合性構造体の製造方法、生体物質の凝集体の培養方法、ならびに生体物質の接続および培養のための、生体適合性構造体の使用に関する。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
生体物質の接続および培養用の生体適合性構造体(「リンカースフェア」)の製造方法であって、
1)非極性かつ非水混和性の生体適合性液体を提供する工程;
2)前記生体適合性液体に、生体適合性マトリックス材料の溶液を導入して、エマルションを得る工程;
3)前記エマルションをインキュベートする工程;および
4)前記エマルションのインキュベーションにより、前記生体適合性マトリックス材料から三次元構造体を形成させて、リンカースフェアを得る工程
を含む、方法。
【請求項2】
前記非極性かつ非水混和性の生体適合性液体が、鉱油である、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記生体適合性マトリックス材料が、基底膜様マトリックスである、請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
工程(2)において、成長因子が低減された基底膜様マトリックスの溶液を導入する、先行する請求項のいずれか1項に記載の方法。
【請求項5】
工程(3)において、前記エマルションを処理して前記生体適合性マトリックス材料を凝固させる、先行する請求項のいずれか1項に記載の方法。
【請求項6】
前記処理が、熱への暴露を含み、好ましくは約37℃の熱への暴露を含み、より好ましくは熱への暴露が約15~30分間行われる、請求項5に記載の方法。
【請求項7】
前記生体適合性マトリックス材料の溶液が、細胞培養培地を含む、先行する請求項のいずれか1項に記載の方法。
【請求項8】
前記生体適合性マトリックス材料の溶液が、生体細胞を含む、先行する請求項のいずれか1項に記載の方法。
【請求項9】
前記生体適合性マトリックス材料の溶液が、色素を含む、先行する請求項のいずれか1項に記載の方法。
【請求項10】
工程(2)において、前記生体適合性マトリックス材料の溶液が、流動性の液滴として前記鉱油に導入される、先行する請求項のいずれか1項に記載の方法。
【請求項11】
前記鉱油への、流動性の液滴としての前記生体適合性マトリックス材料の溶液の導入が、ピペットチップを用いて行われる、請求項10に記載の方法。
【請求項12】
工程(4)の後に、5)前記エマルションから前記リンカースフェアを単離する工程を行う、先行する請求項のいずれか1項に記載の方法。
【請求項13】
工程(5)の後に、6)前記単離したリンカースフェアを洗浄する工程を行い、該洗浄が、好ましくは水溶液を用いて行われ、より好ましくは、細胞培養培地を用いて行われる、請求項12に記載の方法。
【請求項14】
工程(4)の後かつ工程(5)の前に、4’)前記エマルションに水溶液、好ましくは水性緩衝液を導入して水相を形成し、該水相に前記リンカースフェアを移動させる工程を行う、請求項12または13に記載の方法。
【請求項15】
洗浄されていてもよい前記単離したリンカースフェアが、培養容器、好ましくは培養ディッシュに移される、請求項12~14のいずれか1項に記載の方法。
【請求項16】
洗浄されていてもよく、移動されていてもよい前記単離したリンカースフェアが、好ましくは約37℃で、より好ましくは約20vol%O
2下で、より好ましくは約5vol%CO
2下で、より好ましくは少なくとも約12時間培養される、請求項12~15のいずれか1項に記載の方法。
【請求項17】
生体物質の凝集体の培養方法であって、
1)適切な培地中において、生体物質の接続および培養用の生体適合性構造体(「リンカースフェア」)に生体物質の凝集体を接触させて、該生体物質の凝集体と該リンカースフェアの複合体を得る工程、ならびに
2)前記生体物質の凝集体と前記リンカースフェアの複合体を培養する工程
を含み、
前記リンカースフェアが、請求項1~16のいずれか1項に記載の方法で得られるものである、方法。
【請求項18】
前記生体物質の凝集体が、前記リンカースフェアに接触させる前に切断され、好ましくは、マイクロ剪刀を用いて切断される、請求項17に記載の方法。
【請求項19】
前記生体物質の凝集体を、その切断面で前記リンカースフェアと接触させる、請求項18に記載の方法。
【請求項20】
前記培養が約37℃で行われ、好ましくは約20vol%O
2下、より好ましくは約5vol%CO
2下で行われる、請求項17~19のいずれか1項に記載の方法。
【請求項21】
前記生体物質の凝集体が、オルガノイドおよび/またはスフェロイドおよび/またはアセンブロイドである、請求項17~20のいずれか1項に記載の方法。
【請求項22】
前記生体物質の凝集体が、網膜オルガノイド、血管オルガノイド、脳オルガノイドおよびニューロスフェロイドからなる群から選択される、請求項21に記載の方法。
【請求項23】
前記生体物質の凝集体が、アストロサイトを含み、好ましくは人工多能性幹細胞(iPSC)に由来するアストロサイトを含む、請求項17~21のいずれか1項に記載の方法。
【請求項24】
工程(2)の後に、工程(3)として、工程(1)と工程(2)を繰り返し行う工程を行う、請求項15~23のいずれか1項に記載の方法。
【請求項25】
生体物質の接続および培養のための、請求項1~16のいずれか1項に記載の方法によって得られるリンカースフェアの使用。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、生体物質の接続および培養用の生体適合性構造体の製造方法、生体物質の凝集体の培養方法、ならびに生体物質の接続および培養のための、生体適合性構造体の使用に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、生体細胞は、インビトロすなわち培養ディッシュにおいて培養され、このような培養は、主に以下の3つの方法、すなわち、1.通常、ゲル、タンパク質、もしくは細胞外マトリックスペプチドでコーティングされたプラスチック表面もしくはガラス表面上、またはコーティングされていないプラスチック表面もしくはガラス表面上で行う培養法(コーティングされていないプラスチック表面上での培養は「接着細胞培養」と呼ばれる)、2.半透膜(「トランスウェル」)上で行う培養法、3.三次元培養法(例えば浮遊培養法)により行われている。
【0003】
上記の最初の2つの方法では、(初代)組織または幹細胞に由来する細胞または細胞混合物を培養することができ、ある程度の細胞の成熟と機能性を得ることができる。しかし、このような細胞は、生理学的機能はあまりなく、複雑な細胞間相互作用や組織間相互作用を再現することはほぼ不可能である。
【0004】
いわゆるスフェロイドやオルガノイドといった細胞凝集体の浮遊培養には、細胞(通常、自己組織化する細胞)から複雑な構造や相互作用を形成できるという利点がある。例えば、スフェロイドは、自己凝集により作製することができる。細胞凝集体の浮遊培養では、接着培養した単一細胞または混合細胞を容器中で集合させることによって、自律的に球状塊が形成されたり、臓器様の複雑なオルガノイドに分化させることができる。その一例として、網膜オルガノイドがあり、構造化された感光性の網膜が形成される。また、腸管オルガノイドは、腸管輸送機能を示し、インビボの腸絨毛を助けることができる。その他の例として、脳オルガノイドや腎臓オルガノイドなどがある。
【0005】
しかし、このようなオルガノイドやスフェロイドの大部分は、個々の臓器/組織系のまま維持され、互いに連携して複雑な臓器系を形成することはできない。さらに、オルガノイドやスフェロイドは、一般に、通常の発生過程において、形成された臓器から別の体内領域へと伸長または侵入する血管構造や導管構造を形成することはできない。
【0006】
上述のような複雑な臓器系の形成や、血管構造または導管構造の形成は、いわゆるアセンブロイドを利用することによってある程度実現することができる。アセンブロイドは、数個のオルガノイドを融合させて、形態学的な機能性ユニットとして形成させたものである。この一例として、脳領域(皮質)と脊髄スフェロイド(脊髄)と筋細胞からなる皮質-脊髄-筋肉アセンブロイドがある。Anderson et al., Generation of Functional Human 3D Cortico-Motor-Assembloids. Cell, Volume 183, 2020, pages 1913-1929, e1-10を参照されたい。
【0007】
しかし、アセンブロイドは、オルガノイドと同様に、指向性を持たせることが難しく、その大半が互いにランダムに融合する。また、オルガノイドやアセンブロイドは、その大きさが不揃いになることが多く、空間的に正しく整列させることが難しい。1つのオルガノイドやアセンブロイドが別のオルガノイドやアセンブロイドを「吸収」して、他のものよりも大きくなることが多い。また、構造性を保持するオルガノイドやアセンブロイドを得られる可能性は極めて限られている。オルガノイドやアセンブロイドは、「直列に」接続することしかできず、これ以外の方向性では接続できない。さらに、融合したオルガノイドやアセンブロイドに、例えば免疫細胞といった個々の細胞もしくは物質または機能性構造を付与するための簡便な方法も存在しない。
【0008】
このような状況下において、本発明は、先行技術において公知の培養方法の欠点を回避できるか、あるいは少なくとも低減できる方法を提供することを目的とする。
【発明の概要】
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の根底にある目的は、生体物質の接続および培養用の生体適合性構造体(「リンカースフェア」)を製造する方法によって達成され、この方法は、
1)非極性かつ非水混和性の生体適合性液体、好ましくは鉱油を提供する工程;
2)前記生体適合性液体に、生体適合性マトリックス材料の溶液を導入して、エマルションを得る工程;
3)前記エマルションをインキュベートする工程;および
4)前記エマルションのインキュベーションにより、前記生体適合性マトリックス材料から三次元構造体を形成させて、リンカースフェアを得る工程
を含む。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本発明によれば、「生体適合性」は、生体物質に対して無毒であるという特性を意味する。本発明によるリンカースフェアとマトリックス材料に関連して、「生体適合性」は、特にマトリックス材料が、生体物質の培養および増殖用の基質として好適であることを意味する。
【0011】
本発明によれば、「生体物質」には、生体細胞、生体細胞の凝集体、臓器およびこれらの一部が含まれる。
【0012】
本発明によれば、工程(1)において提供される非極性かつ非水混和性の生体適合性液体は、鉱油様に挙動する液体であり、水に100%不混和性であることから、本発明のエマルションを形成し、生体物質に対して毒性を持たない。
【0013】
工程(1)において提供される液体は「鉱油」(CAS番号:8042-47-5;EC番号:232-455-8)であることが好ましく、すなわち、例えば、水溶液の上に重層して密度勾配遠心法などを行うために、分子生物学分野での使用が可能な品質と純度を有する高粘性のバイオ試薬であることが好ましい(品質水準:200)。本発明に好適な鉱油としては、シグマ アルドリッチ社製の鉱油(M5904)、Carl Roth社製の鉱油(#8904)、メルク社の鉱油(#107160;#113898)が挙げられる。本発明による鉱油は、「パラフィン油」または「ワセリン油」とも呼ばれる。鉱油は、容器に入れて提供されることが好ましく、適切な大きさの微量反応容器、例えば、2ml、1.5ml、0.5ml、0.2mlなどの容量の容器(例えば「エッペンドルフ」チューブ)に入れて提供されることがより好ましい。
【0014】
本発明によれば、「マトリックス材料」は、工程2において液体の形態で存在する分子の混合物であり、物理現象または化学現象の作用により組織様の固体形態に変化することができる。固体形態のマトリックス材料は、生体物質の培養が可能な生体適合性構造体、好ましくはネットワーク様の構造体を提供する。本発明に好適なマトリックス材料の例としては、ヒドロゲル、基底膜様マトリックス(例えば、マトリゲル;マトリゲルはラミニンを好適に高含有している)、およびその他の生体適合性ゲル様物質が挙げられる。
【0015】
工程(2)における生体適合性マトリックス材料の溶液の鉱油への導入は、適切な分注装置(例えばピペット)を使用して行われる。この水性マトリックス材料は流動性を有することから、液滴の形態で鉱油に導入して、エマルションを形成させることが好ましい。
【0016】
本発明によるリンカースフェアの大きさは、マトリックス材料の体積を変更することによって容易に制御することができる。マトリックス材料の体積が大きいほど、リンカースフェアが大きくなり、マトリックス材料の体積が小さいほど、リンカースフェアが小さくなる。
【0017】
本発明によれば、工程(3)において、リンカースフェアの形成が可能となる時間にわたってインキュベーションが行われ、好ましくは少なくとも10秒間から最長で60分間にわたってインキュベーションが行われる。
【0018】
正確なインキュベーション時間は当業者によって決定され、ゲル化プロセスの種類に左右される。例えば、マトリゲルは高い温度でインキュベートされる。その他のヒドロゲルは、「架橋剤」または類似の結合性化学物質が必要とされる。したがって、インキュベーションは、数秒間から数分間(最長で1時間)とすることができる。
【0019】
本発明の方法の工程(4)において、水性の生体適合性マトリックス材料と、その周囲の鉱油の間での界面効果により、エマルション中の水性の生体適合性マトリックス材料は球状になると推定され、このことから「リンカースフェア」と命名されている。
【0020】
このようにして、本発明の根底にある目的を完全に達成することができる。
【0021】
本発明者らは、本発明の方法を利用することによって、リンカースフェアの形態の生体適合性構造体を作製することができ、このリンカースフェアは、先行技術の欠点を少なくとも部分的に、または完全に克服することが可能な組織工学用の有益なツールとなることを見出した。
【0022】
本発明によれば、本発明の方法によって得られるリンカースフェアは、その内部での生体物質の培養および/またはその表面上での生体物質の培養に好適であり、このような培養を実施できるように構成されている。さらに、リンカースフェアは、異なる種類の生体物質の間またはその凝集体の間で架橋または連絡路として機能することから、生体物質の接続に好適であり、このような接続を実施できるように構成されている(「リンカー」=接続、「スフェア」=球体)。また、リンカースフェアは生体物質を培養可能であることから、生体物質またはその一部が、リンカースフェアの内部を通って成長することが可能であり、あるいはリンカースフェアの表面上で成長することが可能である。したがって、第1の生体物質またはその凝集体と、第2の生体物質またはその凝集体との間、さらに別の生体物質またはその凝集体との間で、リンカースフェアを介して接続を構築することができる。
【0023】
さらに、リンカースフェアは、生物の発生過程において、ある臓器から別の生体領域へと伸長または侵入する血管経路と導管経路の形成が可能な、生体物質用の生理的環境を提供する。本発明に従って得られるリンカースフェアは、複雑な細胞間相互作用、組織間相互作用および臓器間相互作用の再現が可能である。したがって、リンカースフェアは、複雑な生物学的構造(臓器や臓器系など)の研究に特に適している。
【0024】
本発明の方法の一実施形態において、生体適合性マトリックス材料は、基底膜様マトリックスである。
【0025】
本発明によれば、「基底膜様マトリックス」は、増殖基質として使用される生体分子の複合混合物であり、すなわち、三次元細胞培養および三次元組織工学においてマトリックスまたは細胞基質として使用される生体分子の複合混合物である。基底膜様マトリックスは、マウス肉腫細胞株であるEngelbreth-Holm-Swarm(EHS細胞)から精製された分泌物であり、その組成が、動物細胞の基底膜の細胞外マトリックスに似ている。基底膜様マトリックスは、ラミニン、エンタクチン、コラーゲン、ヘパラン硫酸プロテオグリカンなどを含んでいる。このアプローチでは、本発明による特に好適な生体適合性マトリックス材料を採用しているという利点がある。基底膜様マトリックスは、その組成に含まれるタンパク質が約37℃で重合することによって、ネットワークが形成されたゲル様構造体すなわちヒドロゲルを形成するが、例えば、4℃といった低い温度では液体になる。基底膜様マトリックスは、ポリリシンでコーティングされた細胞培養マトリックスと比べて、複合的かつ生理学的な三次元細胞ネットワーク構造を形成することができる。基底膜様マトリックスの概要については、例えば、Proteomics, Volume 10, Issue 9, 2010, ISSN 1615-9861, pp. 1886-1890のHughes et al: “A complex protein mixture required for optimal growth of cell culture”に記載がある。
【0026】
本発明に好適な基底膜様マトリックスの商品名としては、マトリゲル(Corning Life Sciences社)、BME、EHSマトリックスなどが挙げられる。
【0027】
本発明の一実施形態では、本発明の方法の工程(2)において、成長因子が低減された(GFR)基底膜様マトリックスの溶液を導入する。
【0028】
このアプローチは、凝集体を構成する細胞に影響を与えうる成長因子(例えばEGF)が低減されたマトリックスが使用されるという利点がある。例えば、ニューロンは、このような影響を低減するために、そのようなマトリックス上で培養することが好ましい。本発明による成長因子低減基底膜様マトリックスとしては、Corning(登録商標)マトリゲル(登録商標)成長因子低減(GFR)基底膜マトリックス、LDEVフリー(製品番号:354230、Corning Life Sciences社)の商品名で販売されているものが好適である。
【0029】
本発明の一実施形態では、本発明の方法の工程(3)において、エマルションを処理して生体適合性マトリックス材料を凝固させる操作が行われ、この操作は、エマルションを加熱することによって行うことが好ましく、約37℃で加熱することが好ましく、約15~30分間加熱することがより好ましい。
【0030】
このアプローチは、生体適合性マトリックス材料またはその組成に含まれるタンパク質を架橋させることによって、培養目的に適した扱いやすい固体形態にリンカースフェアを変換することができるという利点がある。凝固または架橋させることによって、固体ヒドロゲルまたはゲル様構造が形成され、このような固体ヒドロゲルまたはゲル様構造によって、生体物質の培養と、その内部での生体物質の成長が可能になる。熱処理は、エマルションを含む反応容器をウォーターバスに入れることにより簡便に行うことができる。
【0031】
本発明の方法のさらなる一実施形態において、生体適合性マトリックス材料の溶液は細胞培養培地を含んでいる。
【0032】
この手段によって、リンカースフェアを作製した直後に生体物質の培養に使用する際にリンカースフェアに必要とされる生理学的条件が形成される。どのような培養培地であっても本発明に好適に使用でき、具体的な培養培地は、培養する生体物質またはリンカースフェアと接続される生体物質に応じて専門家により選択される。例えば、アストロサイトの培養に適した細胞培養培地はN2培地および「B27ベース網膜分化用培地」(BRDM培地)である。
【0033】
本発明のさらなる一実施形態によれば、生体適合性マトリックス材料の溶液は生体物質を含み、生体細胞を含むことが好ましい。
【0034】
この手段によれば、リンカースフェアの製造時に、目的の生体物質または生体細胞がリンカースフェアに既に組み込まれている。生体物質を含むそのようなリンカースフェアは、独立した培養ユニットとして使用することができたり、あるいは生体物質からなるユニットまたは生体物質の凝集体の接続に使用することができる。
【0035】
本発明の一実施形態において、生体適合性マトリックス材料の溶液は色素を含む。
【0036】
この手段は、リンカースフェアの可視性を向上することによって、取扱いを容易にしたり、その後の用途で使用しやすくすることができるという利点がある。好適な色素は、生体適合性色素であり、これは、例えばバッファー中に溶解されている。
【0037】
本発明の一実施形態では、本発明の方法の工程(2)において、生体適合性マトリックス材料の溶液は、流動性の液滴として鉱油に導入され、ピペットチップを用いて導入することが好ましい。
【0038】
この手段によって、本発明のリンカースフェアを特に効率的に製造することができる。リンカースフェアの製造では、まず、生体適合性マトリックス材料の溶液をチップに吸引したピペットを油液面のすぐ上に保持する。マイクロピペットを使用する場合、第1ストップまで押すことが好ましい。この操作によって、ピペットの先端に液滴が形成される。次に、ピペットチップを油液に浸漬することによって、液滴がチップから離れ、油液中に沈み込み、反応容器の底に沈む。
【0039】
本発明の方法をさらに発展させた形態では、工程(4)の後に、5)エマルションからリンカースフェアを単離する工程を行う。
【0040】
この手段は、エマルションからリンカースフェアを分離して、さらなる使用のために調製することができるという利点がある。
【0041】
本発明の方法の一実施形態では、工程(5)の後に、6)単離したリンカースフェアを洗浄する工程を行い、この洗浄は、水溶液を用いて行うことが好ましく、細胞培養培地を用いて行うことがより好ましい。
【0042】
この手段は、残存している鉱油をリンカースフェアから分離できるという利点がある。この洗浄工程は、残留油がその後の培養で悪影響を及ぼさないように、リンカースフェアから過剰な鉱油を完全に除去するために繰り返し行うことができる。
【0043】
本発明の別の一実施形態において、工程(4)の後かつ工程(5)の前に、4’)エマルションに水溶液、好ましくは水性緩衝液を導入して水相を形成し、この水相にリンカースフェアを移動させる追加の工程を行う。
【0044】
この手段では、油相と水相からなる二相系が作製される。形成された水性のリンカースフェアを油相から水相に移動させることによって、リンカースフェアの単離と精製を容易に行うことができる。例えば、PBSバッファーなどの市販の生体適合性バッファーであれば、どのようなものでも概して好適に使用できる。具体的なバッファーは、培養する具体的な生体物質または接続する具体的な生体物質に応じて、専門家により選択される。
【0045】
本発明の別の一実施形態において、洗浄されていてもよい単離したリンカースフェアは、培養容器、好ましくは培養ディッシュに移される。
【0046】
この手段によって、生体物質の培養および接続にリンカースフェアを直接使用可能な環境にリンカースフェアを配置することができる。例えば、ペトリディッシュなどの市販の培養ディッシュが好適であり、培養ディッシュの種類は、リンカースフェアの具体的な用途に応じて選択される。
【0047】
本発明の方法の一実施形態において、洗浄されていてもよく、移動されていてもよい単離したリンカースフェアは、好ましくは約37℃で、より好ましくは約20vol%O2下で、さらに好ましくは約5vol%CO2下で、より好ましくは少なくとも約12時間培養される。
【0048】
この手段は、リンカースフェアの培養に特に適したパラメータを利用できるという利点がある。
【0049】
本発明の別の一態様は、生体物質の凝集体を培養および/または接続する方法であって、
1)適切な培地中において、生体物質の接続および培養用の生体適合性構造体(「リンカースフェア」)に生体物質の凝集体を接触させて、該生体物質の凝集体と該リンカースフェアの複合体を得る工程、ならびに
2)前記生体物質の凝集体と前記リンカースフェアの複合体を培養する工程
を含み、
前記リンカースフェアが、本発明の製造方法で得られたものである、
方法に関する。
【0050】
本発明の製造方法の特徴、特性、発展および利点は、本発明の培養方法にも同様に適用される。
【0051】
本発明によれば、生体物質の凝集体とリンカースフェアの複合体の「培養」は、標準的な細胞培養条件下で行われ、例えば、栄養培地中で約37℃のインキュベーター内で行われ、適用可能な場合は5%CO2下で行われる。
【0052】
本発明のリンカースフェアを使用することによって、生体物質の凝集体同士を、リンカースフェアによって決定される所定の距離で接続または融合することができる。本発明の一実施形態において、2個以上のリンカースフェアを凝集体の間に配置することができ、凝集体の間に配置されるリンカースフェアの個数は、何個であってもよい。リンカースフェアによって一定の距離が確保されることから、融合される凝集体同士を確実に空間的に分離でき、これによって、凝集体同士が互いに入り込んで成長することが難しくなるため、1個の凝集体が別の凝集体よりも成長しすぎることを防ぐことができる。また、リンカースフェアを利用することによって、1個の凝集体に複数個の凝集体を接続することもでき、例えば、四つ葉型の構造体を得ることもできる。
【0053】
複数のリンカースフェアを介して複数の凝集体を接続または融合することによって、ビルディングブロック方式(「レゴシステム」)に類似した様式で、理論上は無限大に大きく複雑な配置を形成することができる。
【0054】
また、リンカースフェアを利用することによって、生体物質の凝集体同士を接続する経路系を作製することができ、例えば、灌流可能な血管、神経経路、または細胞外マトリックス(ECM)構造を作製することができる。これらを組み合わせることもできる。このような経路系は、追加のスフェロイド構造体(例えば血管オルガノイド)として提供することができ、あるいは、リンカースフェアの製造段階でリンカースフェアに包埋することもできる。さらに、異なる種類の細胞を含む複数のリンカースフェアを融合することも容易に実施できる。
【0055】
リンカースフェアは、どのようなECM構造でも含むことができ、したがって、生体構造/経路構造を模倣することができる。
【0056】
異なる大きさの凝集体同士であっても、これらの凝集体をそれぞれ本発明のリンカースフェアに連結するだけで、リンカースフェアを介して凝集体同士を容易に融合することができ、その後、これらの凝集体の間に経路系を配置させることができる。
【0057】
本発明の培養方法の一実施形態において、生体物質の凝集体は、リンカースフェアと接触させる前に切断され、好ましくはマイクロ剪刀で切断され、より好ましくは、生体物質の凝集体を、その切断面でリンカースフェアと接触させる。
【0058】
この手段によって、凝集体の形状と大きさを、リンカースフェアおよび/または所望の接続に適合した形状と大きさにすることができる。切断面は特に良好な接触領域を形成し、生体物質の凝集体と確実かつ良好に接続することができる。
【0059】
本発明の培養方法の一実施形態において、前記培養は約37℃で行われ、約20%O2下で行うことが好ましく、約5%CO2下で行うことがより好ましい。
【0060】
この手段は、専門知識によれば特に効果的であることが証明されている培養条件を当業者に提供できるという利点がある。
【0061】
本発明の培養方法の別の一実施形態において、生体物質の凝集体は、オルガノイドおよび/またはスフェロイドおよび/またはアセンブロイドである。
【0062】
この手段は、オルガノイドおよびアセンブロイドに関する先行技術で既知の欠点を低減でき、さらにはこのような欠点を回避することができるという利点がある。生体物質の凝集体同士の間にリンカースフェアを配置することによって、異なる種類でありうる組織同士が直接融合することがなく、このような間接的な融合は、通常、生物では見られない。また、リンカースフェアを挿入することによって、凝集体の空間的方向を正確かつ随意に決定することができる。一方で、直接的な融合では、特に様々に異なる大きさの凝集体を使用した場合に、通常、方向性のないランダムな融合が起こる。さらに、本発明の方法は、複数の凝集体を「直列に」配向させることに初めて成功を収めた。
【0063】
本発明の培養方法の一実施形態において、生体物質の凝集体は、網膜オルガノイド、血管オルガノイド、脳オルガノイドおよびニューロスフェロイドからなる群から選択される。
【0064】
この手段によって、天然では複雑な環境に存在する生物学的凝集体に本発明の培養方法を適用することができ、本発明では、このような複雑な環境下の生物学的凝集体の再現が初めて可能となった。「網膜オルガノイド」は、多能性幹細胞から分化誘導された網膜細胞の三次元構造であり、層状化、細胞間相互作用、ヒト胎生期の網膜を模倣する細胞種特異的な多様性を有する。さらに、網膜オルガノイドでは、網膜細胞の特殊な構造(内節および外節)を有する感光性の光受容体も形成させることができる。「血管オルガノイド」は、多能性幹細胞から形成することができる三次元構造であり、内皮細胞や周皮細胞などの血管系細胞を含んでいる。血管オルガノイドは、基底膜に囲まれた三次元毛細血管網を自己組織化する。「脳オルガノイド」は、多能性幹細胞から形成されたオルガノイドであり、特定の脳領域の組織化および細胞多様性を反映することができる。例えば、視床のオルガノイドは、視床で見られるニューロンを含む。また、本発明によれば、「ニューロスフェロイド」は、多能性幹細胞から作製可能な神経細胞(ニューロン、グリア細胞およびそれらの前駆細胞)が球状に集合したものである。この集合体には、組織化領域(例えば、神経ロゼットまたは皮質様領域)および非組織化領域が含まれていてもよい。
【0065】
本発明の培養方法の一実施形態において、生体物質の凝集体は、アストロサイトを含み、胚性多能性幹細胞(iPSC)に由来するアストロサイトを含むことが好ましい。
【0066】
この手段は、組織工学に特に重要な細胞を利用することができ、特に神経科学的研究および薬物試験において非常に関心の高い細胞を利用できるという利点がある。前記幹細胞は、ヒトまたは動物に由来するものであることが好ましい。
【0067】
本発明の一実施形態では、本発明の培養方法において、工程(2)の後に、工程(3)として、工程(1)と工程(2)を繰り返し行う工程を行う。
【0068】
この手段によれば、長さの制限のない組織構造を作製することができ、任意の数のリンカースフェアと生体物質の凝集体を接続することができる。したがって、本発明によれば、工程(2)と工程(3)は、少なくとも1回、少なくとも2回、少なくとも3回、少なくとも4回、...少なくとも10回、少なくとも20回、少なくとも100回などの回数で繰り返し行うことができる。
【0069】
本発明の別の一態様は、生体物質の接続および培養のための、本発明の製造方法によって得られるリンカースフェアの使用に関する。
【0070】
本発明の製造方法および培養方法の特徴、特性、発展および利点は、本発明の使用にも同様に適用される。
【0071】
前述の特徴および後述する特徴は、具体的に示した組み合わせでしか使用できないわけではなく、本発明の範囲から逸脱することなくその他の組み合わせや単独でも使用することができる。
【0072】
以下、実施例を参照しながら、本発明をさらに詳細に説明する。実施例で述べる特徴は、以下の具体的な実施例に関連して適用されるだけではなく、個別の形態でも本発明に属するものと見なされる。
【図面の簡単な説明】
【0073】
以下の事項を示す添付の図面を参照する。
【
図1】本発明のリンカースフェアの製造を示す模式図である。
【
図2】(a)はアストロリンカーの模式図を示し、(b)~(e)は顕微鏡画像を示す。
【
図3】オルガノイド全体または半分に切断したオルガノイドとリンカースフェアの接続プロセスを示す模式図(上パネル)と、連結産物の顕微鏡画像(下パネル)を示す。
【
図4】(a)網膜オルガノイドとリンカースフェアの接続プロセス、(b)連結産物の浮遊培養、(c)網膜オルガノイドからリンカースフェアの内部への軸索の伸長、(d)単一接続により得られた連結産物、および(e)二重接続により得られた連結産物の顕微鏡画像を示す。
【
図5-6】ニューロスフェアおよび網膜オルガノイドとリンカースフェアの二重接続の顕微鏡画像を示す。
【
図7】ニューロスフェアおよび網膜オルガノイドとアストロリンカーの二重接続の顕微鏡画像を示す。
【
図8】本発明のリンカースフェアを用いた視神経の複合モデルの模式図を示す。
【
図9】本発明のリンカースフェアによる血管新生の補助を示す模式図である。
【実施例】
【0074】
1.リンカースフェアの製造
概要
図1は、リンカースフェアの製造の概要を示す模式図を示す。最も左側に示す第1の工程において、反応容器に鉱油を入れる。生体細胞および/または培養培地などの生体物質と混合されていてもよい液状の生体適合性マトリックス材料をピペットに吸い上げる。
【0075】
次の工程において、生体適合性マトリックス材料の溶液の液滴を鉱油に導入する。この滴下を行うため、ピペットの先端の生体適合性マトリックス材料を、鉱油の表面と接触させる。次に、この1滴分をピペットから放出して、鉱油で充填された反応容器の底に液滴を沈ませる。
【0076】
次の工程において、形成されたエマルションを含む反応容器を熱処理する。この熱処理は、例えば、ウォーターバスに反応容器を入れ、37℃で30分間インキュベートすることによって行う。生体適合性マトリックス材料に含まれるタンパク質が架橋されて、生体適合性マトリックス材料が凝固し、ゲル様の構造体すなわちヒドロゲルが形成される。これを「リンカースフェア」と呼ぶ。
【0077】
図1の最後の工程に示す操作において、リンカースフェアを洗浄した後、培養培地に移す。
【0078】
詳細
細胞を含むリンカースフェア
「アストロリンカー(Astrolinker)」として公知の、アストロサイトを含むリンカースフェアを一例として、細胞を含むリンカースフェアの製造に関する技術的詳細を以下で述べる。
【0079】
必要な材料は以下の通りである。
・成長因子低減マトリゲル(Corning Life Sciences社)
・鉱油(シグマ アルドリッチ社)
・N2培地(Glutamax、2%ホルモンミックス、1%非必須アミノ酸(NEAA)および1%抗生物質-抗真菌剤(Anti-Anti)を添加したDMEM/F12培地;いずれもサーモフィッシャーサイエンティフィック社)
・BRDM培地(Glutamax、2%ビタミンA不含B27、1%アミノ酸および1%NEAAを添加したDMEM/F12(3:1)培地;いずれもサーモフィッシャーサイエンティフィック社)
・ASC++培地(N2培地+10ng/ml上皮成長因子(EGF)+10ng/ml繊維芽細胞成長因子2(FGF2))
・BRDM FBST(Glutamax、10%FBS、2%B27、1%アミノ酸、1%NEAA(いずれもサーモフィッシャーサイエンティフィック社)および100μMタウリンを添加したDMEM/F12(3:1)培地)
・マグネシウム/カルシウム不含PBS(PBS--、サーモフィッシャーサイエンティフィック社)
・TrypLE(サーモフィッシャーサイエンティフィック社)
・1.5ml反応チューブ
・15mlコニカルチューブ
・チューブ用加熱ブロック
・非接着24ウェルプレートまたは非接着48ウェルプレート
・(ハサミで)先端をカットした1000μlピペットチップ
・37℃のウォーターバス
・氷を入れたバケツ
・マイクロ剪刀(FST社)
・非組織培養処理V型96ウェルプレート(Sarstedt社)
【0080】
アストロサイトを含むリンカースフェアは、以下の方法で作製する。
【0081】
Krencikら(2011)の方法(Directed differentiation of functional astroglial subtypes from human pluripotent stem cells, Nat. Protoc. 6(11): 1710-7, doi:10.1038/nprot.2011.405)に従って、ヒトiPSC由来のアストロサイトを分化させた。各実験において、アストロサイトを解凍し、24ウェルプレートまたは48ウェルプレートにおいてASC++培地中で培養する。この実験を開始する6~7日前に、ASC++培地においてアストロサイトを1ng/ml CNTFで処理し、1日おきに培地を交換する。コンフルエントに達した少なくとも1つのウェルをPBS--で非常に注意深く洗浄し、TrypLEを加えて37℃で2分間インキュベートすることによりアストロサイトをウェルから剥離させる。細胞が単一細胞であることを確認した後、TrypLE含有培地の2倍量のN2培地を加えて反応を停止させる。15mlコニカルチューブに細胞を移し、1500×gで2分間遠心分離する。上清を廃棄し、適切な量のN2培地に細胞を再懸濁し、トリパンブルーで1:1希釈し、ノイバウエル血球計算盤上で(約500μl~1000μl中の)細胞数を計数して、死細胞を同定する。必要な数の細胞を1.5mlエッペンドルフチューブに移す。1個あたりの大きさが2.5μlのアストロリンカーを1個調製するには、10,000個の細胞が必要である。
【0082】
次に、回収した細胞を800×gで2分間遠心分離して再度ペレット化する。上清を可能な限り完全に、注意深く廃棄する。次に、細胞ペレットを冷BRDM培地中に再懸濁して、アストロリンカー1個あたり1.25μlの細胞懸濁液を得る(例えば、100,000個の細胞から10個のアストロリンカーを得るには、10μlの培地を使用する)。次に、得られた細胞懸濁液を氷上で保存する。成長因子低減マトリゲル(冷蔵庫で一晩解凍したもの)を、冷却した細胞懸濁液に1:1の比率で加え、得られた溶液を、気泡が入らないように注意しながら緩やかに十分に混合する。後の工程でアストロリンカーを見やすくするため、マトリゲルをインクやその他の色素で染色することができる。本実験では、PBS--で1:1000希釈した5%インクを使用した。
【0083】
次の操作を開始する前に、1.5ml反応チューブ(アストロリンカー1個あたり1本のチューブを準備)に約50μlの鉱油を入れ、使用まで室温で保存しておく。
【0084】
次に、鉱油を入れた反応チューブに、肉薄タイプの10μlピペットチップ(あらかじめ冷却しておくことが好ましい)を用いてアストロサイトとマトリゲルの混合物2.5μlを移す。アストロリンカーを作製するには、まず、アストロサイトとマトリゲルの混合物2.5μlをチップに吸引したピペットを油液面のすぐ上に保持し、第1ストップまで押す。この操作によって、ピペットの先端に液滴が形成される。次に、ピペットチップとその先端の液滴を油液に浸漬することによって、液滴がチップから離れ、油液中に沈み込む。ピペットの残りの液体は廃棄する。アストロリンカーを含むチューブを可能な限り速やかに加熱ブロック(37℃)に載せて、急速凝固させる。この操作は、細胞が液滴内で不均一に分散するのを防ぐために必要である。次に、チューブを37℃で15~30分間インキュベートする。
【0085】
インキュベーション後、あらかじめ加温した約200μlのPBS--(37℃)を加える。この操作は、形成されたリンカースフェアを油相から水相へと移動させるために行う。リンカースフェアとPBS--(および可能な限り少量の油液)を、あらかじめ37℃に加温したPBS--を入れた(例えば6cmの)ペトリディッシュに移す。このとき、リンカースフェアを傷つけないように、先端をカットした1000μlのピペットチップを使用する。このようにして、リンカースフェアを洗浄し、油液を除去する。油液の残渣を除去するために、この洗浄工程を繰り返し行うことができる。洗浄したアストロリンカーを、あらかじめ37℃に加温したASC++培地250μlを含む非組織培養処理48ウェルプレートに移す。ここでも、先端をカットしたピペットチップを使用する。アストロリンカーは、20%O2および5%CO2下、37℃で少なくとも一晩培養し、使用または固定するまで2~3日ごとに培地交換(培地の半量交換)する。
【0086】
図2aは、アストロリンカーの模式図を示す。
図2bは、1日培養した後のアストロリンカー(アストロサイトを担持したリンカースフェア)を示す。
図2cは、グリア線維性酸性タンパク質(GFAP)プロモーターの制御下で緑色蛍光タンパク質(GFP)を発現するレンチウイルスコンストラクト(Lenti-GFAP-GFP)を事前にトランスフェクトしたアストロサイトを担持したアストロリンカーを示す。
図2dおよび
図2eは、
図2cに示すように、GFAPプロモーターの制御下でGFPを発現するアストロサイトを担持したアストロリンカーの一部の三次元再構成を示す。
図2dは、マゼンタで染色した蛍光画像を示し、
図2eは、高さを疑似カラーで示した画像を示す。
【0087】
細胞を担持していないリンカースフェア
上記のプロトコールと同様にして、無細胞リンカースフェアを作製する。
【0088】
アストロサイトの代わりに、培地(例えばBRDM培地)のみをGFR-マトリゲルに加える。それ以降の工程はすべて同じである。無細胞リンカースフェアは、あらかじめ37℃に加温した培地またはバッファー中において培養することができ、培地またはバッファーの種類は問われない。
【0089】
2.二重接続の作製
過去に公表されているプロトコール(Zhong et al. 2014, Achberger et al. 2019)に従って分化させたヒトiPSC由来網膜オルガノイド(RO)を、分化誘導の40~80日後に選択する。
【0090】
1日目(リンカースフェアの作製の翌日)に、網膜オルガノイドとリンカースフェアの接続を行う前に、網膜オルガノイドをマイクロ剪刀で2つに切断し、非組織培養処理V底96ウェルプレートに移す。各ウェルに、半分に切断した網膜オルガノイドを1個ずつ入れる。次に、網膜オルガノイドを入れた各ウェルに、1000μlのピペットチップを用いてアストロリンカーまたは無細胞リンカースフェアを加える。細い針または小型のピペットチップを用いて、網膜オルガノイドとリンカースフェアを顕微鏡下に置く。網膜オルガノイドは、切断面がアストロリンカー/リンカースフェアに直接接触するように配置する。次に、網膜オルガノイドの配置を崩さないように注意しながら、インキュベーター(37℃、20%O2、5%CO2)にプレートを非常に注意深く設置する。
【0091】
翌日または後日に、三重接続を作製することもできる。
【0092】
3.三重接続の作製
翌日に、過去に公表されているプロトコール(Xiang 2019)に従って分化させた視床オルガノイド(TO)を、分化誘導の40~80日後に選択する。上記の二重接続(アストロリンカー/リンカースフェア+網膜オルガノイド)を含むV底96ウェルプレートに、視床オルガノイドを1個ずつ加える。ここでも、細い針または小型のピペットチップを用いて、アストロリンカー/リンカースフェアの網膜オルガノイドを付着させた側とは反対側に視床オルガノイドを直接配置することによって、三重接続を作製する。細胞同士を直接接続するのではなく、アストロリンカーを介して細胞同士を接続するには、この操作が極めて重要である。オルガノイドを動かさないように注意しながら、20%O2および5%CO2のインキュベーターにおいて、プレートを37℃で一晩静置する。
【0093】
三重接続の培養は後日に行うこともできる。
【0094】
図3に、接続プロセスの模式図を示す。図面の下方の2枚の顕微鏡画像に示したスケールバーは、1000μmの距離に相当する。
【0095】
4.三重接続の培養
翌日に、あらかじめ37℃に加温したBRDM培地250μlを用いて、非組織培養処理48ウェルプレートを準備する。この非組織培養処理48ウェルプレートに、(先端をカットした1000μlのピペットチップを用いて)上記の三重接続したオルガノイドを移し、20%O2、5%CO2下37℃でインキュベートする。網膜オルガノイドと視床オルガノイドの間での軸索投射を観察するため、アストロリンカーを顕微鏡で観察する。この目的のため、(例えば、レンチウイルスベクターを用いて)網膜オルガノイドにGFPを安定に形質導入することができる。二重接続または三重接続したオルガノイドの培地交換は、加温したBRDM培地を用いて2~3日ごとに行う(各ウェルにつき250μl、培地の半量交換)。
【0096】
図4bは、リンカースフェアと網膜オルガノイドの間の接続プロセスの結果を示す顕微鏡画像を示す。
図4bは、浮遊培養におけるリンカースフェアと網膜オルガノイドの複合体を示す。
図4cは、網膜オルガノイドからリンカースフェアへの神経突起の伸長を示す。
図4dは、網膜オルガノイドとリンカースフェアの間の単純な接続の結果を示す。
図4eは、二重接続の結果を示す。アストロサイトはGFPで標識し、これに準じた方法で染色している。
【0097】
図5は、一方の面にニューロスフェアが接続され、もう一方の面に網膜オルガノイドが接続されたリンカースフェアの二重接続を示す。ニューロスフェアは、リンカースフェアを通って伸長した神経経路を経由して網膜オルガノイドに接続されている。
図6は、ニューロスフェアの内部に軸索投射した網膜オルガノイドのGFP標識細胞を示す。このGFP標識細胞は、神経節細胞マーカーであるNEFMが陽性である。
【0098】
図7は、一方の面にニューロスフェアが接続され、もう一方の面に網膜オルガノイドが接続されたアストロリンカーの二重接続を示す。ニューロスフェアは、リンカースフェアを通って伸長した神経経路を経由して網膜オルガノイドに接続されている。
【0099】
図8は、視神経の複合モデルの模式図を示す。この視神経の複合モデルは、例えば、緑内障のモデル化用であり、網膜神経節細胞を含む網膜オルガノイドと、オリゴデンドロサイト(視神経の髄鞘化部)が充填された2つのリンカーと、アストロサイト(視神経の網膜内部分)と、例えば間脳または視床後部などにパターン化された脳オルガノイドから構成されている。
【0100】
図9は、例えば、組織オルガノイドと血管オルガノイドを接続することなどによって、リンカースフェアを用いて血管新生を補助する方法を示した模式図を示す。
【0101】
図10aおよび
図10bは、複数連結の概念を示す。リンカースフェアを用いることによって、複数のオルガノイドと様々な接続概念(例えば、ニューロン接続や血管新生など)を組み合わせることが可能になる。リンカースフェアは、複数のオルガノイドと多細胞組織からなる複合体の成長/組み立て(神経成長や血管新生など)を容易に行える可能性を秘めている。
【国際調査報告】