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特表2024-546146冷間加工され表面硬化された本質的にCoを含まないステンレス鋼合金から製造された物品およびその製造方法
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  • 特表-冷間加工され表面硬化された本質的にCoを含まないステンレス鋼合金から製造された物品およびその製造方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公表特許公報(A)
(11)【公表番号】
(43)【公表日】2024-12-17
(54)【発明の名称】冷間加工され表面硬化された本質的にCoを含まないステンレス鋼合金から製造された物品およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C21D 8/00 20060101AFI20241210BHJP
   C22C 38/00 20060101ALI20241210BHJP
   C22C 38/60 20060101ALI20241210BHJP
   C21D 1/06 20060101ALI20241210BHJP
   B22F 1/00 20220101ALI20241210BHJP
   B22F 3/24 20060101ALI20241210BHJP
   C22C 30/00 20060101ALI20241210BHJP
   C23C 8/06 20060101ALI20241210BHJP
【FI】
C21D8/00 E
C22C38/00 302Z
C22C38/60
C21D1/06 A
C21D1/06 Z
B22F1/00 T
B22F3/24 B
B22F3/24 K
B22F3/24 E
C22C30/00
C23C8/06
【審査請求】未請求
【予備審査請求】未請求
(21)【出願番号】P 2024535865
(86)(22)【出願日】2022-12-16
(85)【翻訳文提出日】2024-08-13
(86)【国際出願番号】 US2022053218
(87)【国際公開番号】W WO2023114498
(87)【国際公開日】2023-06-22
(31)【優先権主張番号】63/291,187
(32)【優先日】2021-12-17
(33)【優先権主張国・地域又は機関】US
(81)【指定国・地域】
(71)【出願人】
【識別番号】519058147
【氏名又は名称】カーペンター テクノロジー コーポレイション
(74)【代理人】
【識別番号】100087642
【弁理士】
【氏名又は名称】古谷 聡
(74)【代理人】
【識別番号】100082946
【弁理士】
【氏名又は名称】大西 昭広
(74)【代理人】
【識別番号】100195693
【弁理士】
【氏名又は名称】細井 玲
(72)【発明者】
【氏名】フォルジーク,ステファン・アレキシス・ジェイクス
(72)【発明者】
【氏名】エプラー,マリオ
(72)【発明者】
【氏名】カジュニク,アロジュ
(72)【発明者】
【氏名】ラルワニ,ゴラヴ
(72)【発明者】
【氏名】スミス,ローガン
【テーマコード(参考)】
4K018
4K032
【Fターム(参考)】
4K018AA33
4K018AD12
4K018BA17
4K018EA11
4K018FA01
4K018FA08
4K018FA11
4K018KA14
4K018KA32
4K018KA58
4K018KA63
4K018KA70
4K032AA04
4K032AA05
4K032AA06
4K032AA07
4K032AA09
4K032AA11
4K032AA12
4K032AA13
4K032AA14
4K032AA17
4K032AA18
4K032AA19
4K032AA20
4K032AA21
4K032AA22
4K032AA23
4K032AA24
4K032AA25
4K032AA26
4K032AA27
4K032AA29
4K032AA31
4K032AA32
4K032CA02
4K032CH04
4K032CH05
4K032CH06
(57)【要約】
マンガン2.00重量%~24.00重量%、クロム19.00重量%~30重量%、モリブデン0.50重量%~4.0重量%、窒素0.25重量%~1.10重量%、炭素≦1重量%、リン≦0.03重量%、硫黄≦1重量%、ニッケル<22重量%、コバルト<0.10重量%、ケイ素≦1重量%、ニオブ≦0.80重量%、酸素≦1重量%。銅≦0.25重量%、残部の鉄のステンレス鋼組成物から本質的になるビレットを成形することを含む、物品の製造方法。このビレットはアニーリングされ冷間加工されて物品が成形される。物品はアニーリングすることなく、次いで単一の表面硬化温度において表面硬化されて上部表面に表面層が形成される。表面硬化された表面層を備えたかかるステンレス鋼組成物で形成された物品もまた提供される。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
物品を製造するための方法であって:
マンガン2.00重量%~24.00重量%
クロム19.00重量%~30重量%
モリブデン0.50重量%~4.0重量%
窒素0.25重量%~1.10重量%
炭素≦1重量%
リン≦0.03重量%
硫黄≦1重量%
ニッケル<22重量%
コバルト<0.10重量%
ケイ素≦1重量%
ニオブ≦0.80重量%
酸素≦1重量%
銅≦0.25重量%
残部の鉄のステンレス鋼組成物から本質的になるビレットを成形する工程;
ビレットをアニーリングする工程;
ビレットを冷間加工して物品を成形する工程;および
物品をアニーリングすることなく、次いで物品を単一の表面硬化温度において表面硬化してその上部表面に表面層を形成する工程を含む方法。
【請求項2】
ステンレス鋼組成物は、
マンガン21.00重量%~24.00重量%
クロム19.00重量%~23.00重量%
モリブデン0.50重量%~1.50重量%
窒素0.85重量%~1.10重量%
炭素≦0.08重量%
リン≦0.03重量%
硫黄≦0.01重量%
ニッケル≦0.05重量%
コバルト<0.1重量%
ケイ素≦0.75重量%
ニオブ0重量%
意図的には添加されていない酸素
銅≦0.25重量%
残部の鉄を含む、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
ステンレス鋼組成物は、
マンガン2.00重量%~4.25重量%
クロム19.5重量%~22.0重量%
モリブデン2.0重量%~3.0重量%
窒素0.25重量%~0.50重量%
炭素≦0.08重量%
リン≦0.025重量%
硫黄≦0.01重量%
ニッケル9.0重量%~11.0重量%
コバルト<0.10重量%
ケイ素≦0.75重量%
ニオブ0.25重量%~0.80重量%
意図的には添加されていない酸素
銅≦0.25重量%
残部の鉄を含む、請求項1に記載の方法。
【請求項4】
ステンレス鋼組成物は、
マンガン5.85重量%~15重量%
クロム27重量%~30重量%
モリブデン1.5重量%~4.0重量%
窒素0.8重量%~0.97重量%
リン<0.02重量%
ニッケル8重量%~22重量%
コバルト<0.01重量%
ケイ素、酸素、炭素、および硫黄は(ケイ素+酸素+炭素+硫黄)≦1重量%
ニオブ0重量%
銅≦0.01重量%
残部の鉄を含む、請求項1に記載の方法。
【請求項5】
ビレットの成形は:
ステンレス鋼組成物を含む粉末を形成し;そして
粉末を圧縮してビレットを成形することを含む、請求項1に記載の方法。
【請求項6】
ビレットの冷間加工は、冷間成形、冷間圧延、冷間引抜、ショットピーニング、またはピルガー加工の少なくとも1つを含む、請求項1に記載の方法。
【請求項7】
表面硬化温度は400℃~1000℃の範囲から選択される、請求項1に記載の方法。
【請求項8】
表面硬化は1から16時間の範囲から選択される長さにわたって行われる、請求項1に記載の方法。
【請求項9】
表面硬化は、ホウ化、浸炭、窒化、炭窒化、またはこれらの組み合わせの少なくとも1つを含む、請求項1に記載の方法。
【請求項10】
表面層は少なくとも350HVの表面硬度を含む、請求項1に記載の方法。
【請求項11】
表面層はビレットステンレス鋼組成物を含み、さらにその中に拡散した炭素、窒素、ホウ素、または組み合わせの少なくとも1つを含む、請求項1に記載の方法。
【請求項12】
物品は整形外科用関節デバイス要素を含む、請求項1に記載の方法。
【請求項13】
物品は時計部品を含む、請求項1に記載の方法。
【請求項14】
物品は電気部品を含む、請求項1に記載の方法。
【請求項15】
物品はドリル部品を含む、請求項1に記載の方法。
【請求項16】
整形外科用関節デバイスであって:
第1の関節表面を含む第1の要素;および
第1の関節表面と関節接合するよう構成された第2の関節表面を含む第2の要素を含み、第1の要素および第2の要素はそれぞれ、
マンガン2.00重量%~24.00重量%
クロム19.00重量%~30重量%
モリブデン0.50重量%~4.0重量%
窒素0.25重量%~1.10重量%
炭素≦1重量%
リン≦0.03重量%
硫黄≦1重量%
ニッケル<22重量%
コバルト<0.10重量%
ケイ素≦1重量%
ニオブ≦0.80重量%
酸素≦1重量%
銅≦0.25重量%
残部の鉄のステンレス鋼組成物から本質的になり;
ここで第1の関節表面および第2の関節表面はそれぞれ、ステンレス鋼組成物を含む表面層を含み、そしてさらにその中に拡散した炭素、窒素、ホウ素の少なくとも1つを含む、デバイス。
【請求項17】
表面層は少なくとも350HVの表面硬度を含む、請求項16に記載のデバイス。
【請求項18】
第1の要素と第2の要素の間に配置された寛骨臼カップをさらに含む、請求項16に記載のデバイス。
【請求項19】
寛骨臼カップは金属、セラミック、またはポリマーの少なくとも1つを含む、請求項18に記載のデバイス。
【請求項20】
ステンレス鋼物品であって:
少なくとも300HVの硬度または少なくとも145ksiの降伏強度のうち少なくとも1つを有するバルク材料を含み、バルク材料は、
マンガン2.00重量%~24.00重量%
クロム19.00重量%~30重量%
モリブデン0.50重量%~4.0重量%
窒素0.25重量%~1.10重量%
炭素≦1重量%
リン≦0.03重量%
硫黄≦1重量%
ニッケル<22重量%
コバルト<0.10重量%
ケイ素≦1重量%
ニオブ≦0.80重量%
酸素≦1重量%
銅≦0.25重量%
残部の鉄のステンレス鋼組成物から本質的になり;そして
表面層がバルク材料上に配置されており、
ここで表面層はステンレス鋼組成物を含み、そしてさらにその中に拡散した炭素、窒素、ホウ素、またはこれらの組み合わせの少なくとも1つを含む、ステンレス鋼物品。
【請求項21】
表面層は、10マイクロメートルから1000マイクロメートルの範囲、または30マイクロメートルから40マイクロメートルの範囲から選択される厚さを有する、請求項20のステンレス鋼物品。
【請求項22】
炭素濃度は、表面層の上部表面における少なくとも0.10重量%からバルク材料内の<0.08重量%の範囲にわたる、請求項20に記載のステンレス鋼物品。
【請求項23】
(1)窒素濃度は、表面層の上部表面における少なくとも1.10重量%から、バルク材料内の窒素0.85重量%から1.10重量%の範囲にわたり、そして(2)表面層における窒素濃度はバルク材料内よりも高い、請求項20に記載のステンレス鋼物品。
【請求項24】
ホウ素濃度は、表面層の上部表面における少なくとも0.10重量%から、バルク材料内の0重量%の範囲にわたる、請求項20に記載のステンレス鋼物品。
【請求項25】
物品は整形外科用関節デバイス要素である、請求項20に記載の鋼物品。
【請求項26】
物品は時計部品である、請求項20に記載の鋼物品。
【請求項27】
物品は電気部品である、請求項20に記載の鋼物品。
【請求項28】
物品はドリル部品である、請求項20に記載の鋼物品。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
関連出願に対するクロスリファレンス
本出願は2021年12月17日に出願され、参照によって全体をすべての目的について本願に取り入れる米国仮出願第63/291,187号の優先権を主張する。
【0002】
本発明の実施形態は、本質的にコバルトを含まない鍛錬ステンレス鋼の処理方法、およびそれから製造された製造物品に関している。より特定的には、本発明の所定の実施形態は、ステンレス鋼を処理してその強度を増大させ、摩耗、腐食、および疲労に対する改善された抵抗をもたらす硬化表面を生成することに関する。本発明の種々の実施形態により処理された所定の物品は、整形外科用関節インプラントのような医療用耐荷重用途に適している。
【背景技術】
【0003】
ステンレス鋼およびコバルトクロムモリブデン合金(CoCrMoまたはCCM)は、それらの強度、耐摩耗性、耐疲労性、耐腐食性、および生体適合性のゆえに、整形外科用途に一般的に使用されている金属材料である。27~30重量%のクロムと5~7重量%のモリブデンを含むCoCrMo合金は、鋳造条件(ASTM F75)または鍛錬条件(ASTM F1237)のいずれかで使用されている。コバルト/クロム/モリブデンの比率が異なる他のCoCrMo合金は、鍛錬条件において使用されている(例えばASTM F90、F562、F799、F1537の仕様を参照)。ステンレス鋼は鉄をベースとしておりクロム、ニッケル、およびモリブデンが添加され(ASTM F138)、またはクロム、ニッケル、マンガン、モリブデン、および窒素が添加され(ASTM F1586)、鍛錬条件において使用されている。これらのASTM標準のそれぞれは全体を、ここでの参照によって本願に取り入れるものとする。
【0004】
本質的にNiおよびCoを含まないステンレス鋼組成物は、ASTM標準F2229-21の外科インプラント用の鍛錬された窒素強化23マンガン-21クロム-1モリブデン低ニッケルステンレス鋼合金バーおよびワイヤについての標準仕様(UNS S29108)に特定されており(本願では「ASTM F2229ステンレス鋼」と称する)、これはすべての目的について、参照によって全体を本願に取り入れる。この合金はまた例えば、米国特許公開20100116377A1、米国特許第9387022B2、および米国特許第10214805B2に記載されている。この標準に従う材料の例は、カーペンターテクノロジー社(米国)から入手可能なBioDur(登録商標)108ステンレス鋼、およびエル・クライン社(スイス国)から入手可能なCHRONIFER(登録商標)108ニッケルフリーステンレス鋼である。
【0005】
類似したCoを含まないステンレス鋼組成物が、ASTM標準F1586-21の外科インプラント用の鍛錬された窒素強化21クロム-10ニッケル-3マンガン-2.5モリブデンステンレス鋼合金バーおよびワイヤについての標準仕様(UNS S31675)に特定されており、本願において「ASTM F1586ステンレス鋼」と称され、これはすべての目的について、参照によって全体を本願に取り入れる。この合金は米国特許第9695505B2および米国特許第9387022B2に記載されている。この標準に従う材料の例は、カーペンターテクノロジー社(米国)から入手可能なBioDur(登録商標)734ステンレス鋼である。
【0006】
別の類似したCoを含まないステンレス鋼組成物は、例えば米国特許第6,168,755に記載された高窒素ステンレス鋼であり、これは本願において「高窒素、高クロムステンレス鋼」(「HNHCステンレス鋼」)と称される。この組成物を含む材料の例は、ASM SS-1231に従う材料であり、例えばカーペンターテクノロジー社(米国)から入手可能なMicro-Melt(登録商標)NCORRTMステンレス鋼である。
【0007】
使用されうる用途の種類を拡大するために、ASTM F2229ステンレス鋼、ASTM F1586ステンレス鋼、およびHNHCステンレス鋼を処理して、それらの強度並びに摩耗、腐食、および疲労に対する抵抗力を増大させるニーズが存在している。
【発明の概要】
【0008】
本発明の実施形態は、整形外科用関節インプラントの製造のような、種々の用途に使用されてよい。整形外科用関節インプラントについて、関節表面に求められる性質はバルク材料に求められる性質と大きく異なるが、その理由は関節表面は好ましくは耐摩耗性であり、また同時に優れた疲労、腐食、およびトライボ腐食特性を有するためである。他方、合金のバルクはヤング弾性率、破壊靱性その他に関して、それ事態の必要条件を有している。こうした理由から、整形外科用関節用途に用いる合金は好ましくは、材料の表面が材料のバルクよりも著しく高い硬度を有するように、特別に処理される。
【0009】
本願に記載するプロセスはまた、他の用途、例えば時計部品、電気部品、またはドリル部品のような、すなわちASTM F2229ステンレス鋼、ASTM F1586ステンレス鋼、または高窒素高クロムステンレス鋼(「HNHCステンレス鋼」)によって規定され、米国特許第6,168,755に記載された材料のようなバルク特性と組み合わせて、硬質で耐摩耗性の表面を必要とする任意の用途に用いられる物品を提供するために使用されてよい。
【0010】
ある態様において、本発明の実施形態は物品を製造するための方法に関する。この方法は:マンガン2.00重量%~24.00重量%、クロム19.00重量%~30重量%、モリブデン0.50重量%~4.0重量%、窒素0.25重量%~1.10重量%、炭素≦1重量%、リン≦0.03重量%、硫黄≦1重量%、ニッケル<22重量%、コバルト<0.10重量%、ケイ素≦1重量%、ニオブ≦0.80重量%、酸素≦1重量%、銅≦0.25重量%、残部の鉄というステンレス鋼組成物を含むかまたはこれから本質的になるビレットを形成する工程;ビレットを焼鈍する工程;ビレットを冷間加工して物品を形成する工程;そして物品を焼鈍することなく、続いて単一の表面硬化温度で物品を表面硬化して、その上部表面上に表面層を形成する工程を含んでいる。
【0011】
1つまたはより多くの以下の特徴が含まれていてよい。ステンレス鋼組成物は:マンガン21.00重量%~24.00重量%、クロム19.00重量%~23.00重量%、モリブデン0.50重量%~1.50重量%、窒素0.85重量%~1.10重量%、炭素≦0.08重量%、リン≦0.03重量%、硫黄≦0.01重量%、ニッケル≦0.05重量%、コバルト<0.1重量%、ケイ素≦0.75重量%、ニオブ0重量%、銅≦0.25重量%、残部の鉄を含んでいてよい。
【0012】
ステンレス鋼組成物は:マンガン2.00重量%~4.25重量%、クロム19.5重量%~22.0重量%、モリブデン2.0重量%~3.0重量%、窒素0.25重量%~0.50重量%、炭素≦0.08重量%、リン≦0.025重量%、硫黄≦0.01重量%、ニッケル9.0重量%~11.0重量%、コバルト<0.10wt%、ケイ素≦0.75重量%、ニオブ0.25重量%~0.80重量%、銅≦0.25重量%、残部の鉄を含んでいてよい。
【0013】
ステンレス鋼組成物は:マンガン5.85重量%~15重量%、クロム27重量%~30重量%、モリブデン1.5重量%~4.0重量%、窒素0.8重量%~0.97重量%、リン<0.02重量%、ニッケル8重量%~22重量%、コバルト<0.01重量%、ケイ素、酸素、炭素、および硫黄を(ケイ素+酸素+炭素+硫黄)≦1重量%となる量、ニオブ0重量%、銅≦0.01重量%、残部の鉄を含んでいてよい。
【0014】
ビレットを形成することは、インゴットを空気、真空またはスラグ下で溶解および再溶解し、インゴットを鍛造してビレットを作成することを含んでいてよい。
【0015】
ビレットを形成することは、ステンレス鋼組成物を含む粉体を形成し;この粉体を圧縮してビレットを形成することを含んでいてよい。
【0016】
ビレットを冷間加工することは、冷間成形、冷間圧延、冷間引抜、ショットピーニング、またはピルガー加工の少なくとも1つを含んでいてよい。
【0017】
表面硬化は、400℃~1000℃(752°F~1832°F)の範囲から選択された単一の温度において行われてよい。表面硬化は、1時間から16時間の範囲から選択された時間にわたって行われてよい。
【0018】
表面硬化は、ホウ化処理、浸炭処理、窒化処理、浸炭窒化処理、および/またはこれらの組み合わせを含んでいてよい。
【0019】
表面層は、少なくとも350HVの表面硬度を含んでいてよい。表面層はビレットステンレス鋼組成物を含んでいてよく、またさらに、その中に拡散した炭素、窒素、ホウ素の少なくとも1つ、またはこれらの組み合わせを含んでいてよい。
【0020】
物品は、整形外科用関節デバイス要素、時計部品、電気部品、またはドリル部品を含んでいてよい。
【0021】
別の態様において、本発明の実施形態は、整形外科用関節デバイスに関する。整形外科用関節デバイスは:第1の関節表面を含む第1の要素;および第1の関節表面と関節接合するよう構成された第2の関節表面を含む第2の要素を含んでいてよく、これらの第1の要素および第2の要素はそれぞれ、マンガン2.00重量%~24.00重量%、クロム19.00重量%~30重量%、モリブデン0.50重量%~4.00重量%、窒素0.25重量%~1.10重量%、炭素≦1重量%、リン≦0.03重量%、硫黄≦1重量%、ニッケル<22.00重量%、コバルト<0.10重量%、ケイ素≦1重量%、ニオブ≦0.80重量%、酸素≦1重量%、銅≦0.25重量%、残部の鉄を含むステンレス鋼組成物から本質的になる。第1の関節表面および第2の関節表面はそれぞれ、ステンレス鋼組成物を含むかまたはステンレス鋼組成物から本質的になる表面層を含み、そしてさらにその中に拡散した炭素、窒素、ホウ素の少なくとも1つを含む。
【0022】
以下の特徴の1つまたはより多くが含まれていてよい。表面層は少なくとも350HVの表面硬度を有していてよい。整形外科用関節デバイスはさらに、第1の要素と第2の要素の間に配置された寛骨臼カップを含んでいてよい。寛骨臼カップは、金属、セラミック、および/またはポリマーを含んでいてよい。
【0023】
さらに別の態様において、本発明の実施形態はステンレス鋼物品に関する。ステンレス鋼物品は、少なくとも300HVの硬度または少なくとも145ksiの降伏強度のうち少なくとも1つを有するバルク材料を含み、そしてマンガン2.00重量%~24.00重量%、クロム19.00重量%~30重量%、モリブデン0.50重量%~4.00重量%、窒素0.25重量%~1.10重量%、炭素≦1重量%、リン≦0.03重量%、硫黄≦1重量%、ニッケル<22.00重量%、コバルト<0.10重量%、ケイ素≦1重量%、ニオブ≦0.80重量%、酸素≦1重量%、銅≦0.25重量%、残部の鉄を含むステンレス鋼組成物から本質的になり;そしてバルク材料上に配置された表面層を含む。この表面層はステンレス鋼組成物を含むか、またはステンレス鋼組成物から本質的になり、そしてさらにその中に拡散した炭素、窒素、ホウ素の少なくとも1つ、またはこれらの組み合わせを含む。
【0024】
以下の特徴の1つまたはより多くが含まれていてよい。表面層は、10マイクロメートルから1000マイクロメートルの範囲、または30マイクロメートルから40マイクロメートルの範囲から選択される厚さを有していてよい。炭素濃度は、表面層の上部表面における少なくとも0.10重量%から、バルク材料内の<0.08重量%の範囲にわたっていてよい。
【0025】
窒素濃度は、表面層の上部表面における少なくとも1.10重量%から、バルク材料内の窒素0.85重量%から1.10重量%の範囲にわたっていてよく、そして表面層における窒素濃度はバルク材料内よりも高くてよい。ホウ素濃度は、表面層の上部表面における少なくとも0.10重量%から、バルク材料内の0重量%の範囲にわたっていてよい。
【0026】
ステンレス鋼物品は、整形外科用関節デバイス要素、時計部品、電気部品、またはドリル部品であってよい。
【図面の簡単な説明】
【0027】
図1は、BioDur(登録商標)108ステンレス鋼のようなASTM F2229ステンレス鋼の、冷間加工の百分率の関数としての降伏強度(YS)および最大引張強度(UTS)のグラフである。
【0028】
図2は、BioDur(登録商標)734ステンレス鋼のようなASTM F1586ステンレス鋼の、冷間加工の百分率の関数としてのYSおよびUTSのグラフである。
【0029】
図3は、ASM SS-1231ステンレス鋼のような高窒素、高クロムステンレス鋼(「HNHCステンレス鋼」)の、冷間加工の百分率の関数としてのYSおよびUTSのグラフである。
【0030】
図4は、表面硬化プロセスの概略的な描写である。
【0031】
図5は、人工股関節の概略的な描写である。
【0032】
図6Aは、本発明の実施形態により処理されたBioDur(登録商標)108ステンレス鋼試料の、表面からの距離に対する硬度を例示したグラフである。
【0033】
図6Bは、本発明の実施形態により処理されたBioDur(登録商標)108ステンレス鋼試料の、表面からの距離に対する炭素濃度を重量%で示したグラフである。
【0034】
図6Cは、図6Aおよび図6Bの試料の一連の顕微鏡写真である。
【0035】
図7Aは、本発明の実施形態により処理されたBioDur(登録商標)734ステンレス鋼試料の、表面からの距離に対する硬度を例示したグラフである。
【0036】
図7Bは、本発明の実施形態により処理されたBioDur(登録商標)734ステンレス鋼試料の、表面からの距離に対する炭素濃度を重量%で示したグラフである。
【0037】
図7Cは、図7Aおよび図7Bの試料の一連の顕微鏡写真である。
【0038】
図8Aは、本発明の実施形態により処理されたNCORRTMステンレス鋼試料の、表面からの距離に対する硬度を例示したグラフである。
【0039】
図8Bは、本発明の実施形態により処理されたNCORRTMステンレス鋼試料の、表面からの距離に対する炭素濃度を重量%で示したグラフである。
【0040】
図8Cは、図8Aおよび図8Bの試料の一連の顕微鏡写真である。
【発明を実施するための形態】
【0041】
合金
本発明の実施形態によるプロセスは、(i)ASTM F2229ステンレス鋼組成物、例えば商業的に入手可能なBioDur(登録商標)108ステンレス鋼、(ii)ASTM F1586ステンレス鋼組成物、例えば商業的に入手可能なBioDur(登録商標)734ステンレス鋼、または(iii)例えば米国特許第6,168,755に記載され、ASMインターナショナル(米国金属学会)により発行された「合金ダイジェスト-世界の金属および合金のデータ」にファイルコードASM SS-1231で記載された、高窒素、高クロムステンレス鋼(「HNHCステンレス鋼」)、例えば商業的に入手可能なMicro-Melt(登録商標)NCORRTMステンレス鋼に適合するステンレス鋼合金を変更する。これらの商業的に入手可能な3つの合金はすべて、カーペンターテクノロジー社によって製造されている。
【0042】
特にASTM F2229ステンレス鋼は、本質的にニッケルおよびコバルトを含まず、窒素強化されたステンレス鋼であって優れた生体適合性を備え、医療用として連邦食品医薬品局によって認可されている。これはエレクトロスラグ再溶解(ESR)プロセスによって生成されて微細構造の完全性および清浄度が確保され、そしてインプラント可能な整形外科用デバイス、高強度の外科用器具、および整形外科用デバイスのような用途に用いられている。コバルトの意図的な添加を行わないことで、それは0.10重量%を超えるコバルト含有量を含むデバイスに発がん性、変異原性、生殖毒性のある物質としてのコバルトの存在を表示することを義務付けている、欧州共同体医療用デバイス規則2017/745に適合するものとなっている。ASTM F2229ステンレス鋼はまた、意図的に添加されたニッケルを含まないが、これは医療用途において皮膚の炎症を引き起こし、アレルギー反応、催奇形性、発がん性を引き起こすことが知られている金属である(ヤンらの「医療用のニッケルを含まないオーステナイトステンレス鋼」、科学技術先端材料誌11(2010)、014105参照)。利点が知られているにもかかわらず、在来の方法によって製造された場合に例えば典型的には約300HVと相対的に軟らかいことから、ASTM F2229ステンレス鋼の使用は限定されている。カーペンターテクノロジー社によって製造されているBioDur(登録商標)108ステンレス鋼およびエル・クライン社(スイス国)により販売されているCHRONIFER(登録商標)108ニッケルフリーステンレス鋼は、ASTM F2229ステンレス鋼の規格に適合する合金の例である。
【0043】
ASTM F1586ステンレス鋼は、本質的にコバルトを含まない窒素強化ステンレス鋼であり、医療用として連邦食品医薬品局によって認可されている。これはまた欧州共同体医療用デバイス規則2017/745に適合し、骨プレート、骨ネジ、および股関節および膝関節部品のような、インプラント可能な整形外科用パーツに用いられている。ASTM F1586ステンレス鋼標準は、9.00から11.00重量%のNiを必要としている。カーペンターテクノロジー社により製造されているBioDur(登録商標)734は、ASTM F1586ステンレス鋼標準に適合する合金の例である。
【0044】
HNHCステンレス鋼は、本質的にコバルトを含まない窒素強化ステンレス鋼であり、金属をアトマイズし焼結してビレットを形成することから本質的に構成される、粉末冶金プロセスを用いて製造される。これもまた欧州共同体医療用デバイス規則2017/745に適合し、8.00重量%までのNiを含有する。その組成は、冷間加工を通じて高レベルの強度を生成することを可能にする。
【0045】
本発明の実施形態に従って処理されてよいステンレス鋼は、以下の表1の5列目に示された範囲から選択される組成を有する。この範囲は、やはり表1に示されているASTM F2229ステンレス鋼組成物、ASTM F1586ステンレス鋼組成物、およびHNHCステンレス鋼組成物の範囲を包含している。それぞれの元素についての好ましい限度については以下に示す。これら3つの合金すべての残部は鉄であり、不純物は通常の製造過程に由来する。
【0046】
【表1】
【0047】
【表2】
【0048】
コバルトは、表1および表2におけるどの合金にも意図的には添加されていない元素である。通常の製造過程に由来する残留コバルトは、欧州共同体医療用デバイス規則2017/745に適合するために0.10重量%未満に維持され、好ましくは0.010重量%未満に維持される。
【0049】
本件の合金におけるマンガンの主要な機能は、窒素に対する溶解性を増大させることである;特定されたレベルのマンガン(表1および表2に列挙された範囲内)は、所望の窒素レベルを提供するように選択される。ASTM F2229ステンレス鋼においては、溶体中に1.10重量%までのNを許容するために、21.00重量%から24.00重量%のNiが必要である。ASTM F1586ステンレス鋼においては、僅かに2.00重量%から4.25重量%のNiしか必要でないが、これは所望のNレベルが0.25重量%から0.50重量%であり、余分のNiはNの溶解性に寄与するからである。HNHCステンレス鋼は、0.80重量%から0.97重量%のNを溶体中に許容するために、15重量%までのMnを必要とする。
【0050】
クロムは耐腐食性および窒素溶解性の両者を増大させる。しかしながら、クロムを増加させるとオーステナイトの安定性も減少する。クロムのレベル(表1および表2に列挙された範囲内での)は、所望の耐腐食性をもたらすように選択される;そして他の元素のレベルはオーステナイトの安定性を維持するように必要に応じて調節される。ASTM F2229およびASTM F1586ステンレス鋼は、所望の耐腐食性に到達するために、同様のレベルのCr(19.00重量%から23.00重量%)を必要とする。HNHCステンレス鋼は、追加的な耐腐食性とより過酷な環境下での使用のために、27重量%から30重量%のCrを必要とする。
【0051】
モリブデンは腐食、特にインプラントの用途において懸念される局所的なタイプの腐食に対する耐性を著しく改善させる。しかしながら、モリブデンはまたオーステナイトの安定性を著しく減少させる。クロムのように、モリブデンのレベル(表1および表2に列挙された範囲内での)は必要な耐腐食性をもたらすように選択され、他の元素によってバランスが取られる;そして他の元素のレベルはオーステナイトの安定性を維持するように必要に応じて調節される。
【0052】
窒素は表1および表2に列挙された合金におけるオーステナイトの安定性を維持するために主要な役割を果たし、また耐腐食性に大きく寄与すると共に強度レベルを決定付ける。高レベルの窒素は冷間加工の間にステンレス鋼のひずみ硬化率を増大させる。すなわち冷間加工変形工程の間に所定レベルの冷間加工に伴って獲得される強度は、窒素のレベルと共に増大する。過剰な窒素レベルは、溶融工程、アトマイズ工程、焼結工程、鍛造工程、およびその他の処理工程に困難をもたらす結果となりうる。窒素レベル(表1および表2に列挙された範囲内の)は、窒素の溶解性に影響する他の元素のレベルを制御することによって制御される。
【0053】
ケイ素の添加は、溶融および精錬プロセスの間に脱酸素をもたらす;使用する具体的なレベルは、採用される溶融プロセスに依存している。ケイ素の増大はオーステナイトの安定性および窒素の溶解性の両者を低減させるから、ケイ素レベルはASTM F2229ステンレス鋼およびASTM F1586ステンレス鋼において0.75重量%に制限されており、また例えば米国特許第6,168,755に記載のように、HNHCステンレス鋼において1重量%を超えない(ケイ素、酸素、炭素および硫黄との合計で)。
【0054】
リンは意図的には添加されないが、表1および表2におけるような溶融合金について一般的に使用される原材料中に不純物として存在している。過剰なレベルのリンは延性のような特定の性質を低下させうるから、溶融および精錬手順が用いられてリンレベルは最大でも0.020重量%または0.025重量%未満となるようにされる。
【0055】
リンと同様に、硫黄も意図的には添加されないが、表1および表2におけるような溶融合金について一般的に使用される原材料中に不純物として存在している。過剰なレベルの硫黄もまた延性のような特定の性質を低下させうるから、溶融および精錬手順が用いられて硫黄レベルはASTM F2229ステンレス鋼およびASTM F1586ステンレス鋼において0.010重量%未満となるようにされ、また例えば米国特許第6,168,755に記載のように、HNHCステンレス鋼において1重量%を超えない(ケイ素、酸素、炭素および硫黄との合計で)ようにされる。
【0056】
銅は特定の種類の腐食に対する耐性を向上させるためにステンレス合金にしばしば添加されるが、典型的にはインプラントの用途を意図している表1および表2の合金には、銅は意図的には添加されない。銅のレベル(原材料中に不純物として存在していてよい)は、ASTM F2229ステンレス鋼およびASTM F1586ステンレス鋼においては0.25重量%未満に制限されており、また例えば米国特許第6,168,755に記載のように、HNHCステンレス鋼においては0.01重量%未満に制限されている。
【0057】
固溶体中の炭素はオーステナイト相の安定化を助ける。炭素はまた種々の元素と組み合わさって、炭化相を形成することができる。結晶粒界上における炭化クロムの形成は耐腐食性の低下を招来しうることから、高耐腐食性を目指して設計されたオーステナイト合金はしばしば、低い炭素レベルを有する。ASTM F2229ステンレス鋼合金およびASTM F1586ステンレス鋼合金における炭素は0.08重量%未満のレベルに限定され、そして例えば米国特許第6,168,755に記載のように、HNHCステンレス鋼においては1重量%を超えない(ケイ素、酸素、炭素および硫黄との合計で)ように限定されている。
【0058】
本願に記載のプロセスは、上述した合金を製造するために当業者に公知の方法を用い、それには表面層を含む物品を成形するために複数の添加工程を行うことが含まれる。これらのプロセスには、原材料の溶融、溶融金属のアトマイズまたは鋳造、鍛造の間のインゴットからビレットへの変換、そして最終的なビレットのアニーリング熱処理が含まれる。その後に続いて冷間加工工程、すなわち物品を成形しそのバルク降伏強度と最大引張強度を増大させるために低い温度で行われる変形工程が行われる。冷間加工の直後に、物品の表面硬化工程が低温で行われて、物品の表面の物性が改善される。従来の方法とは異なり、表面硬化工程にアニーリング工程が先行するものではない。冷間加工は材料をひずませてその強化を行う;対照的に、アニーリングは材料を緩和して軟化させる。従って、冷間加工の後に物品のアニーリングを行うと冷間加工工程の目的が打ち消され、合金は冷間加工の間に獲得した強度を失う結果になる。
【0059】
ビレットの成形およびアニーリング
上述したASTM F2229ステンレス鋼 から作成したインゴットは、アーク溶解または真空誘導溶解(VIM)によって製造されてよく、続いてエレクトロスラグ再溶解(ESR)が行われてよい。固化の後、ASTM F2229ステンレス鋼のインゴットは炉内でホモジナイズされて微細構造が確実に均質化され、カーペンターテクノロジー社のBioDur(登録商標)108技術データシートに従うなどによって圧延機またはラジアル鍛造機上で熱間加工されることによりビレットに変換されるが、このデータシートはここでの参照によってすべての目的について全体を本願に取り入れられる(カーペンターテクノロジー社、CarTech(登録商標)BioDur(登録商標)108合金)。鍛造後、ASTM F2229ステンレス鋼のビレットは1900°F(1038℃)から2100°F(1149℃)の範囲の温度で1時間の長さにわたってアニーリングされてよく、次いで1500°F(816℃)と1800°F(982℃)の間で窒化クロムが形成されるのを防止するために、室温まで急冷される。本開示の文脈内において、このアニーリング工程は、空気中、保護雰囲気中または真空中で行われ、内部歪みを緩和し、回復または再結晶化を通じて材料を軟化させる熱処理として定義される。
【0060】
上述したASTM F1586ステンレス鋼から作成したインゴットは、アーク溶解または真空誘導溶解(VIM)によって製造されてよく、続いてエレクトロスラグ再溶解(ESR)が行われてよい。均質化および鍛造の後、ASTM F1586ステンレス鋼のビレットは1922°F(1050℃)から2102°F(1150℃)の範囲の温度にアニーリングされてよく、カーペンターテクノロジー社のBioDur(登録商標)734技術データシートに従うなどにより窒化クロムの形成を防止するために急冷されるが、このデータシートはここでの参照によってすべての目的について全体を本願に取り入れられる(カーペンターテクノロジー社、CarTech(登録商標)BioDur(登録商標)734合金)。
【0061】
HNHCステンレス鋼は粉末冶金(PM)技術を使用して製造されてよく、生成される粉末は熱間等方圧加工(HIP)によって十分に緻密なインゴットへと焼結される。鍛造の後、ビレットは2000°F(1093℃)で1時間アニーリングされてよく、そして「合金ダイジェスト-世界の金属および合金のデータ」にファイルコードASM SS-1231で記載された推奨事項に従って、窒化クロムの形成を防止するために急冷される。
【0062】
冷間加工
冷間加工は、固相線温度の2/3またはそれ未満で行われる冷間圧延、冷間引抜、ショットピーニング、および/またはピルガー加工の組み合わせからなる成形工程として規定されるが、これに限定されるものではない。殆どのステンレス鋼について、固相線温度(その温度未満では合金が完全に固体である最も高い温度として定義される)は少なくとも2400°F(1316℃)であり、この温度の2/3は約1600°F(871℃)である。本開示の以降の部分において、冷間成形工程は室温と1600°F(871℃)の間で行われる成形工程として理解される。1000°F(538℃)から1600°F(871℃)の温度範囲において行われる冷間加工は場合によっては「温間加工」と称されてよい。従って本願で使用されるところでは、「冷間加工」は冷間加工および温間加工、すなわち室温と1600°F(871℃)の間で行われる成形工程を包含する。
【0063】
1000°F(538℃)から1600°F(871℃)の温度範囲において行われる温間加工(冷間加工)は、その温度範囲で行われる変形が容易であること、すなわち所望とされるレベルの変形に到達するために物品に加えられる必要のある外力がより小さいことから、好ましい処理工程であってよい。1000°F(538℃)から1600°F(871℃)の温度範囲において行われる変形は、物品により少ない欠陥(例えば転位や点欠陥)を導入し、また物品に蓄積されるより小さなエネルギーを生成する。回復または再結晶化のために利用可能なエネルギー貯蔵エネルギーがより少ない物品は、表面硬化工程のようなさらなるプロセスの間、必要とされるバルク強度を保つ可能性が大きい。
【0064】
ASTM F2229ステンレス鋼、ASTM F1586ステンレス鋼、またはHNHCステンレス鋼は、それらの具体的な化学的性質の故に、殆どの他のスチール合金とは異なり、高温においてそれらを硬化させるために使用可能な硬化機構がなく、それらを硬化させて耐荷重用途に適合するものとできる唯一の処理工程は冷間加工である。従って、これらの合金は好ましくは、それらをより強化するために冷間加工される(すなわち、1600°F/871℃未満の低温で変形される)。
【0065】
ASTM F2229ステンレス鋼、ASTM F1586ステンレス鋼、およびHNHCステンレス鋼は異なる組成を有し、また異なる加工硬化性を有する。すなわちそれらは同じ冷間成形工程を受けた場合に異なる仕方で硬化し、同じレベルの機械的性質に到達するために異なるレベルの冷間加工を必要とする。
【0066】
例えば、図1はM.J.ウォルター「医療インプラント用ステンレス鋼」に出典を有する:BioDur(登録商標)108ステンレス鋼における高レベルの窒素は、医療用インプラントに対して向上した機械的および物理的性質をもたらし(「先端材料プロセス」164(2006)84~86)、そしてまたカーペンターテクノロジー社のBIODUR(登録商標)108ステンレスデータシートにも出典を有し、これらはここでの参照によってすべての目的について全体を本願に取り入れられる。図1を参照すると、アニーリング条件下(冷間加工=0%)のASTM F2229ステンレス鋼は、室温において88ksiの降伏強度(YS)/135ksiの最大引張強度(UTS)をもたらし、また80%の冷間加工の後に270ksiのYS/320ksiのUTSをもたらす。この合金で作成された部材が、ここでの参照によってすべての目的について全体を本願に取り入れられるASTM 799の標準的な機械的性質(室温で120ksiのYS/170ksiのUTS)に到達するためには、15%の適切な冷間加工プロセスが好ましい。他の用途については、YSおよびUTSの特定の組み合わせを標的として、異なるレベルの冷間加工が所望とされてよい。
【0067】
別の例において、図2はカーペンターテクノロジー社のBIODUR(登録商標)734ステンレスデータシートに出典を有し、このデータシートはここでの参照によってすべての目的について全体を本願に取り入れられる。図2を参照すると、アニーリング条件下のASTM F1586ステンレス鋼は室温において65ksiのYS/122ksiをもたらし、また35%の冷間加工の後に128ksiのYS/170ksiのUTSをもたらす。この合金で作成された部材がASTM 799の標準的な機械的性質(室温で120ksiのYS/170ksiのUTS)に到達するためには、少なくとも40%の適切な冷間加工プロセスが好ましい。同様に、他の用途については、YSおよびUTSの特定の組み合わせを標的として、異なるレベルの冷間加工が所望とされてよい。
【0068】
最後の例において、図3はカーペンターテクノロジー社のCarTech(登録商標)Micro-Melt(登録商標)NCORRTMステンレス鋼データシートに出典を有し、これはここでの参照によってすべての目的について全体を本願に取り入れられる。HNHCステンレス鋼はアニーリング条件において、室温で100ksiのYS/153ksiのUTSをもたらし、また70%の冷間加工後に264ksiのYS/328ksiのUTSをもたらす。この合金で作成された部材がASTM 799の標準的な機械的性質(室温で120ksiのYS/170ksiのUTS)に到達するためには、少なくとも15%の適切な冷間加工プロセスが好ましい。同様に、他の用途については、YSおよびUTSの特定の組み合わせを標的として、異なるレベルの冷間加工が所望とされてよい。
【0069】
表面硬化
表面硬化(肌焼き)は、ステンレス鋼の表面層を硬化させるために使用される表面改質プロセスである。従って表面硬化工程は、例えばガス、イオン、またはプラズマ媒体中または真空中において、炭素、窒素、ホウ素、またはこれらの組み合わせのような格子間元素の拡散を通じて、ASTM F2229ステンレス鋼、ASTM F1586ステンレス鋼、またはASM SS-1231ステンレス鋼のようなHNHCステンレス鋼の表面の硬度を増大させるために使用されてよい。パック浸炭、パック窒化、またはパックホウ化の場合には、表面硬化工程は炭素、窒素、またはホウ素に富んだ材料中で行われてよい。この工程は、有害な第2の相の形成を防止するための、1000℃未満の表面硬化温度における浸炭、窒化、ホウ化、炭窒化またはこれらの組み合わせを含んでいてよい。このプロセスは結果として、材料のバルクよりもずっと硬く、また摩耗、腐食、および疲労損傷に対して改善された抵抗性を有する表面層の形成をもたらす。
【0070】
表面硬化は、ASTM F2229ステンレス鋼、ASTM F1586ステンレス鋼、またはHNHCステンレス鋼の表面特性を改善するために使用することができ、そしてそれらの合金の耐腐食性、耐疲労性、および耐摩耗性を改善して、関節接合された整形外科用途のような種々の用途における良好な挙動をもたらす。
【0071】
特に表面硬化は、Cリッチ、Nリッチ、Bリッチ、またはこれらの組み合わせ、或いは特性を変化させるための拡散プロセスを通じて合金の表面付近の化学的性質を変化させるのに用いられる他の適切な環境における熱処理プロセスである。これは格子間元素が材料の表面層内に拡散することを許容する。表面硬化プロセスは、ホウ化(ホウ素の拡散)、浸炭(炭素の拡散)、窒化(窒素の拡散)、炭窒化(炭素および窒素の同時的拡散)、またはこれらの組み合わせであることができる。表面硬化プロセスは、ガス、イオン、またはプラズマ媒体を用いて、或いは真空中で行うことができる。表面硬化プロセスの間、格子間元素は表面層内に拡散し、材料の表面において過飽和の固溶体を形成する。このプロセスは、凝結物や、ホウ化物、炭化物、窒化物、または炭窒化物のような有害な第2の相の形成を防止するのに十分に低い温度において行われる。XY・リー、N・ハビビ、T・ベル、H・ドンの「プラズマ浸炭された低炭素コバルトクロム合金の微細構造特徴」、表面技術誌23(2007)45~51を参照のこと。表面硬化温度は350℃から1000℃の範囲、例えば400℃から1000℃であり、時間は最長で60時間、最短で1時間であることができる。例えば鉄鋼熱処理、ASMインターナショナル2014:pp.451~460における、SR・コリンズ、PC・ウィリアムズ、SV・マルクス、A・ホイアー、F・エルンスト、H・カーンの「オーステナイトステンレス鋼の低温浸炭」を参照のこと。
【0072】
本願に記載された幾つかの実施形態において、表面硬化温度は400℃と1000℃の間の範囲、例えば500℃、550℃、750℃、または960℃である。幾つかの実施形態において、表面硬化時間は1時間から16時間の範囲、例えば1時間、4時間、5時間、または16時間である。合金が表面硬化される温度では、炭素、窒素、およびホウ素の拡散性が増大され、すなわち表面硬化温度が高くなると、表面層内により大量の格子間元素を導入することが容易になり、そして表面層は厚くなる。より高温で行われる表面硬化工程は、より低い温度で行われる同じ表面硬化工程よりも効率的、すなわち迅速であるが、CrリッチおよびNリッチなステンレス鋼が、合金の耐腐食性には有害な炭化物や窒化物を形成する可能性を導く。表面硬化の温度および時間はバランスされ合金組成物に適合されて、所望とする厚さの表面硬化層を生成すると共に、有害な炭化物や窒化物の形成を回避しなければならない。
【0073】
部品が機械加工可能であるためには、10μmの最小硬化表面層厚さが望ましく、100μmがより好ましい厚さであり、そして1,000μmがさらにより好ましい厚さである。耐摩耗性を必要とする用途には少なくとも400HV、好ましくは800HV、より好ましくは900HV、そしてさらにより好ましくは1200HVの表面硬度が望ましい。幾つかの用途は浅いが硬度の高い表面層を必要とし、他の用途は厚いがより軟らかい硬化表面層を必要とすることから、表面硬度と硬化層の厚さの組み合わせは最終的な用途によって決定される。
【0074】
プロセスを単純化し、急速な加熱や冷却の間に有害な相が形成されるリスクを最小限にするために、表面硬化は単一の表面硬化温度において行われる。表面硬化プロセスの間、例えばサイクルの加熱工程の間であれば、試料は室温から表面硬化温度、例えば浸炭温度までにわたる他の温度に曝露されてよく、またはサイクルの冷却工程の間であれば、試料は表面硬化温度から室温までにわたる他の温度に曝露されてよい。格子間元素が材料の表面層内に拡散することができるように、表面硬化サイクルは中断されてよく(すなわち、ホウ素、炭素、および/または窒素の導入は一時的に停止される)、その間材料は表面硬化温度に保持される。表面硬化サイクルはまた、格子間元素が材料の表面層内に拡散することができるように、表面硬化温度における短い硬化パルスと拡散時間の連続を含んでいてよい。
【0075】
表面硬化プロセスは、材料のバルクよりもずっと硬く(図4の概略例を参照)、摩耗、腐食、および疲労損傷に対して改善された抵抗性を有する表面層の形成という結果をもたらす。本発明の実施形態によれば、冷間加工(温間加工を含む)されたASTM F2229ステンレス鋼、ASTM F1586ステンレス鋼、またはHNHCステンレス鋼の物品は、表面硬化熱処理を受ける。
【0076】
種々の商業的ベンダーから、種々の表面硬化熱処理サイクルが提供されている:Kolsterising(登録商標)(ボディコート社の独自技術)、ExpaniteHigh-T、ExpaniteLow-T、およびSuperExpanite(エクスパナイト社の独自技術)、またはInfracarb(登録商標)(ECM-USA社の独自技術)。同様に、商業的な窒化、炭窒化、またはホウ化による表面硬化熱処理サイクルが、同じベンダーにより利用可能である。
【0077】
本願に記載されたステンレス鋼に表面硬化工程(パック浸炭と呼ばれる浸炭工程)を行うための例示的なシステムは、高温炉、例えばルシファーファーネス社のRD7-KHE24ボックス炉である。ペレット化された炭素および無水炭酸ナトリウムの混合物が、金属容器内に置かれてよい。適切な組成物は、98%(重量で)のペレット化された炭素と2%(重量で)の無水炭酸ナトリウムであってよい。金属容器はステンレス鋼の矩形の箱体であってよく、ステンレス鋼の蓋が上部にあり、高温耐火セメントでシールされている。混合物を入れたこの金属容器は次いで、表面硬化される物品と一緒に炉内に置かれてよい。混合物と物品は十分な長さの時間にわたって所望の表面硬化温度に加熱され、物品の上部表面上に所望の濃度の格子間元素を有する表面層が得られ、次いで水、油、空気、または任意の他の流体中で急冷することにより、室温まで迅速に冷却される。
【0078】
表面硬化の後、溶体中の格子間元素は圧縮応力を生じ、これが表面層をずっと硬く、そして材料のバルクよりも疲労および摩耗により耐性があるものとする。表面層における格子間元素の濃度が高いと、それは腐食損傷に対してより耐性があるものとなる。
【0079】
本発明の実施形態による拡散した格子間元素の適切なレベルは以下の通りである:
【0080】
●ASTM F2229ステンレス鋼
【0081】
○浸炭:ASTM F2229ステンレス鋼は最大で0.08重量%の炭素を含有する。浸炭の後、表面層内における炭素濃度は少なくとも0.10重量%、そして好ましくは最大5.00重量%である。
【0082】
○窒化:ASTM F2229ステンレス鋼における典型的な窒素レベルは0.85重量%と1.10重量%の間の範囲にある。窒化の後、表面層内における窒素濃度は上部表面における少なくとも1.10重量%からバルク材料内における窒素0.85重量%から1.10重量%の範囲にわたり、表面層内における窒素濃度はバルク材料内よりも高い。
【0083】
○ホウ化:ASTM F2229ステンレス鋼の組成式はホウ素を含んでいない。ホウ化の表面硬化熱処理は少なくとも0.05重量%のホウ素を含有する表面層をもたらす。
【0084】
○これらの組み合わせ。
【0085】
●ASTM F1586ステンレス鋼
【0086】
○浸炭:ASTM F1586ステンレス鋼は最大で0.08重量%の炭素を含有する。浸炭の後、表面層内における炭素濃度は少なくとも0.10重量%、そして好ましくは最大5.00重量%である。
【0087】
○窒化:ASTM F1586ステンレス鋼における典型的な窒素レベルは0.25重量%と0.50重量%の間の範囲にある。窒化の後、表面層内における窒素濃度は上部表面における少なくとも0.50重量%からバルク材料内における窒素0.25重量%から0.50重量%の範囲にわたり、表面層内における窒素濃度はバルク材料内よりも高い。
【0088】
○ホウ化:ASTM F1586ステンレス鋼の組成式はホウ素を含んでいない。ホウ化の表面硬化熱処理は少なくとも0.05重量%のホウ素を含有する表面層をもたらす。
【0089】
○これらの組み合わせ。
【0090】
●HNHCステンレス鋼
【0091】
○浸炭:HNHCステンレス鋼は最大で0.03重量%の炭素を含有する。浸炭の後、表面層内における炭素濃度は少なくとも0.10重量%、そして好ましくは最大5.00重量%である。
【0092】
○窒化:ASTM F1586ステンレス鋼における典型的な窒素レベルは0.25重量%と0.50重量%の間の範囲にある。窒化の後、表面層内における窒素濃度は上部表面における少なくとも0.50重量%からバルク材料内における窒素0.25重量%から0.50重量%の範囲にわたり、表面層内における窒素濃度はバルク材料内よりも高い。
○窒化:HNHCステンレス鋼における典型的な窒素レベルは0.80重量%と0.90重量%の間の範囲にある。窒化の後、表面層内における窒素濃度は上部表面における少なくとも0.90重量%からバルク材料内における窒素0.80重量%から0.80重量%の範囲にわたり、表面層内における窒素濃度はバルク材料内よりも高い。
【0093】
○ホウ化:HNHCステンレス鋼の組成式はホウ素を含んでいない。ホウ化の表面硬化熱処理は少なくとも0.05重量%のホウ素を含有する表面層をもたらす。
【0094】
○これらの組み合わせ。
【0095】
用途
本願に記載の合金で作成されてよく、本発明の実施形態に従って処理されてよい物品の例は以下の通りである。
【0096】
本発明の実施形態は、人工股関節、人工膝関節、または人工肩関節のような整形外科用関節インプラントを含んでいる。図5を参照すると、人工股関節500は寛骨臼ソケット510、インサート520、大腿骨頭530、大腿骨幹540、および大腿骨ステム550を含んでいてよい。インサート520(例えば、超高分子量ポリエチレンすなわちUHMWPEで作成されたポリエチレン製インサート)は、寛骨臼ソケットと大腿骨頭530の間で、寛骨臼ソケット510に接触して配置されていてよい。大腿骨幹540、すなわち人工股関節500の先細部分は、大腿骨頭530と大腿骨ステム550の間に配置されている。図示のように、大腿骨ステム550は患者の大腿骨560に植設されていてよい。従って、人工股関節は典型的には少なくとも3つの構成要素を有する:大腿骨ステム550は金属製のステム部分とネック(大腿骨幹540)、金属またはセラミックで作られた大腿骨頭530、および金属、セラミック、またはポリマー(例えばポリエチレン)で作成可能な寛骨臼ソケット510を含んでいる;これらの3つの構成要素は本発明の実施形態に従うステンレス鋼から作成されてよい。
【0097】
本願に記載された金属処理方法は、例えば:1)金属と金属の接触(MoM)、2)金属とポリエチレンの接触(MoP)、3)金属とセラミックの接触(MoC)、および(4)セラミックと金属の接触(CoM)のような、金属を含む整形外科用関節インプラントを作成するために使用されてよい。従って、本発明の実施形態により作成されてよい人工股関節の構成要素は、大腿骨ステム、大腿骨頭、および寛骨臼ソケットを含んでいる。
【0098】
本願に記載のプロセスによって形成される構成要素は、関節置換物の関節接合部に使用するために必要な機械的性質を有している。必要な機械的性質の例には、物品をASTM 799の条件に適合させるための室温において120ksiのYSおよび170ksiのUTSというバルク強度、および少なくとも350HVの硬度が含まれる。
【0099】
特に、整形外科用関節デバイスは、冷間加工されたASTM F2229ステンレス鋼、ASTM F1586ステンレス鋼、またはHNHCステンレス鋼から本質的になると共に第1の関節表面を有する第1の要素;および冷間加工されたASTM F2229ステンレス鋼、ASTM F1586ステンレス鋼、またはHNHCステンレス鋼から本質的になると共に第1の関節表面と関節接合するよう構成された第2の関節表面を有する第2の要素を含んでいてよい。第1の関節表面および第2の関節表面はそれぞれ、硬化されたASTM F2229ステンレス鋼、ASTM F1586ステンレス鋼、またはHNHCステンレス鋼からなり、炭素、窒素、またはホウ素の少なくとも1つがその中に拡散している表面層を含んでいる。幾つかの実施形態において、第1の要素は寛骨臼ソケットであってよく、第2の要素は大腿骨頭であってよい。他の実施形態においては、第1の要素は大腿骨頭であり、第2の要素は大腿骨ステムであってよい。
【0100】
さらにまた、ASTM F2229ステンレス鋼、ASTM F1586ステンレス鋼、またはHNHCステンレス鋼で作成された平坦なディスクを冷間形成して寛骨臼シェルの素材を生成し、さらに本発明の実施形態により処理することができる。脊柱ロッドもまた、ASTM F2229ステンレス鋼、ASTM F1586ステンレス鋼、またはHNHCステンレス鋼から、本願に記載のプロセスを使用して作成することができる。
【0101】
使用時、股関節置換術においては、損傷を受けた骨および軟骨が取り除かれ、少なくとも幾つかの人工部品と置き換えられてよい。例えば、損傷した大腿骨頭を除去し、大腿骨ステム550に取着された大腿骨頭530に置換してよく、大腿骨ステムは大腿骨560内へと大腿骨ステム550を接着固定または圧入することにより、大腿骨560の中空の中心部に配置することができる。別の例においては、損傷した大腿骨頭を除去し、大腿骨ステムの上部に大腿骨頭530をを配置することによって置換してよい。多くの場合、大腿骨頭530は大腿骨幹540を介して大腿骨ステム550に接続される構造(例えばボール構造)を含んでいる。別の例においては、ソケット(寛骨臼)の損傷した軟骨表面を除去し、寛骨臼ソケット510で置換してよい。幾つかの場合には、ソケットをその場所に保持するためにネジやセメントが使用される。別の例では、インサート520(例えばプラスチック製、セラミック製、または金属製のスペーサー)が大腿骨頭530と寛骨臼ソケット510の間に装入されて、スムーズな滑動表面がもたらされる。
【0102】
本願に記載された材料および方法は、ケース、リング、ギア、ブレスレット、またはその一部、およびブレスレットを保持するピンなどの時計の構造要素を製造するために使用されてよい。
【0103】
さらにまた、本願に記載された材料および方法は、リテーナーリングなど、高い耐摩耗性と耐腐食性が求められる電化、エレクトロニクス市場の用途向けの非磁性部品の製造に使用されてよい。
【0104】
さらにまた、本願に記載された材料および方法は、石油、ガス産業向けの計装機器/非磁性ハウジング、並びにベアリング、ギア、ギア歯、およびポンプシャフトの製造に使用されてよい。
【0105】
実施例
表1の組成例は、ASTM F2229ステンレス鋼、ASTM F1586ステンレス鋼、またはHNHCステンレス鋼から冷間変形および表面硬化工程を経て作成された物品を示している。さらに、重量%で表した例示的な組成が以下の表3に示されている。
【0106】
【表3】
【0107】
BioDur(登録商標)108ステンレス鋼、BioDur(登録商標)734ステンレス鋼、およびNCORRTMステンレス鋼の試料を、本開示の実施形態を表す条件を使用して(図6A図6B図7A図7B図8A、および図8Bに示すような条件Aから条件H)以下のように処理した:
【0108】
●条件A=冷間加工(室温での変形)+低圧浸炭500℃で1時間
【0109】
●条件B=冷間加工(室温での変形)+低圧浸炭550℃で4時間
【0110】
●条件C=冷間加工(温間)(1200°Fでの変形)+低圧浸炭50℃で4時間
【0111】
●条件D=冷間加工(室温での変形)+低圧浸炭550℃で16時間
【0112】
●条件E=冷間加工(温間)(1200°Fでの変形)+低圧浸炭550℃で16時間
【0113】
●条件F=冷間加工(室温での変形)+低圧浸炭750℃で4時間
【0114】
●条件G=冷間加工(温間)(1200°Fでの変形)+低圧浸炭750℃で4時間
【0115】
●条件H=冷間加工(室温での変形)+低圧浸炭960℃で5時間
【0116】
図6Aは、5つの異なる処理条件:条件D、E、F、G、およびHの後における、BioDur(登録商標)108ステンレス鋼の試料の表面層の微小硬度(ヴィッカース硬度(HV))を示すグラフである。図6Aに示すように、バルク硬度は約400HVであり、表面におけるピーク硬度は処理条件に応じて少なくとも510HVから少なくとも850HVの間の範囲にわたる。図6Bは、4つの異なる処理条件:条件A、B、GおよびHの後における、BioDur(登録商標)108ステンレス鋼の試料の表面層における溶体中の炭素量を示している。バルク中の炭素レベルは0.10重量%に近く、そして表面層においては処理条件に応じて0.50重量%から3.65重量%の範囲にわたる。図6Cは、図6Aに示すような幾つかの条件の視認可能な表面層を示す光学顕微鏡写真を含んでいる。図6Cの光学顕微鏡写真は、カーリングの無水エッチング液(合金の微細構造を明らかにするために使用される従来の酸混合物)でエッチングした後に撮影されたものであり、硬化表面層(明るい色調)とバルク(暗い色調)を示している。図6Cに示すように、視認可能な硬化表面層の厚さは約20~25μm(条件Aおよび条件B)、40~50μm(条件D)、70~80μm(条件F)または200~300μm(条件H)である。
【0117】
図7Aは、4つの異なる処理条件:条件D、E、F、およびGに従って処理されたBioDur(登録商標)734ステンレス鋼の試料の表面層の微小硬度(HV)を示すグラフである。バルク硬度は約350HVから400HVである。硬化層の硬度は、処理条件に応じて500HVと900HVの間の範囲にある。図7Bは、2つの処理条件:条件DおよびGに従って処理されたBioDur(登録商標)734ステンレス鋼の試料の表面層の炭素組成を示すグラフである。表面層における炭素組成のピークは、0.90重量%と3.20重量%の間の範囲にある。図7Cは、図7Aおよび図7Bに示されたような条件に従う表面硬化の後に形成された視認可能な硬化表面層を示す光学顕微鏡写真を含んでいる。図7Cに示されているように、硬化表面層の厚さは30から40μm(条件Dおよび条件E)、または50μmから60μm(条件Fおよび条件G)である。
【0118】
図8Aは、2つの条件:条件F(冷間加工(室温での変形)+750℃での浸炭4時間)および条件G(冷間加工(温間加工)(1200°Fでの変形)+750℃での浸炭4時間)に従って処理された、NCORRTMステンレス鋼合金の試料の表面層の微小硬度(HV)を示すグラフである。バルク硬度は約350~400HVであり、表面におけるピーク硬度は850HVから900HVに達していた。図8Bは、2つの処理条件:条件Fおよび条件Gに従って処理されたNCORRTMステンレス鋼の試料の表面層の炭素組成を示すグラフである。表面層における炭素組成のピークは、4.10重量%と4.60重量%の間の範囲にある。図8Cは、図8Aおよび図8Bに示されたそれぞれの条件での視認可能な表面層を示す光学顕微鏡写真を含んでいる。図8Cに示されているように、硬化表面層の厚さは約50μmから70μm(両方の条件について)である。
【0119】
明細書本文において引用されたすべての参考文献、発行された特許および特許出願は、ここでの参照によってすべての目的について全体を本願に取り入れられる。
【0120】
本願において本発明はその1つまたはより多くの好ましい実施形態に関して詳細に説明されてきたが、理解されるように本開示は単に本発明を説明し例示するものであって、本発明の完全で実施可能な開示を提供することのみを目的として行われている。以上の開示は本発明を限定するように解釈されることを意図したものではなく、また任意の他の実施形態、適用例、変形、修正、または等価な構成を排除することを意図したものでもない。本発明は、添付の特許請求の範囲およびその均等物によってのみ限定される。
図1
図2
図3
図4
図5
図6A
図6B
図6C
図7A
図7B
図7C
図8A
図8B
図8C
【国際調査報告】