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特表2024-546226術中寿命イメージングのためのシステム及び方法
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公表特許公報(A)
(11)【公表番号】
(43)【公表日】2024-12-19
(54)【発明の名称】術中寿命イメージングのためのシステム及び方法
(51)【国際特許分類】
   A61B 10/00 20060101AFI20241212BHJP
   G01N 21/64 20060101ALI20241212BHJP
   G16H 10/40 20180101ALI20241212BHJP
   G01N 33/48 20060101ALI20241212BHJP
   A61K 49/00 20060101ALN20241212BHJP
【FI】
A61B10/00 T
A61B10/00 E
G01N21/64 B
G16H10/40
G01N33/48 M
A61K49/00
【審査請求】未請求
【予備審査請求】未請求
(21)【出願番号】P 2024525258
(86)(22)【出願日】2022-10-25
(85)【翻訳文提出日】2024-06-26
(86)【国際出願番号】 US2022078656
(87)【国際公開番号】W WO2023076899
(87)【国際公開日】2023-05-04
(31)【優先権主張番号】63/272,847
(32)【優先日】2021-10-28
(33)【優先権主張国・地域又は機関】US
(31)【優先権主張番号】63/366,483
(32)【優先日】2022-06-16
(33)【優先権主張国・地域又は機関】US
(81)【指定国・地域】
(71)【出願人】
【識別番号】592017633
【氏名又は名称】ザ ジェネラル ホスピタル コーポレイション
(74)【代理人】
【識別番号】100134832
【弁理士】
【氏名又は名称】瀧野 文雄
(74)【代理人】
【識別番号】100165308
【弁理士】
【氏名又は名称】津田 俊明
(74)【代理人】
【識別番号】100115048
【弁理士】
【氏名又は名称】福田 康弘
(72)【発明者】
【氏名】クマール アナンド ティー.エヌ.
(72)【発明者】
【氏名】パル ラーフル
(72)【発明者】
【氏名】クリシュナムールティ ムラリ
【テーマコード(参考)】
2G043
2G045
4C085
5L099
【Fターム(参考)】
2G043AA04
2G043BA16
2G043EA01
2G043FA03
2G043HA05
2G043HA09
2G043KA01
2G043KA09
2G043LA03
2G043NA01
2G045AA26
2G045CB02
2G045FB12
4C085HH11
4C085KA27
4C085KB56
4C085LL18
5L099AA03
(57)【要約】
がん細胞の存在又は不存在を判断するために組織を評価する方法及びシステム。本方法は、組織から蛍光寿命(FLT)データを取得することと、FLTデータを処理することにより、組織の複数の各部位におけるFLT信号を特定することと、を含む。本方法はさらに、複数の部位のうちいずれかの部位において、がん細胞の存在を示唆する閾値を上回るFLTデータを特定することと、複数の部位のうちいずれかの部位ががん細胞の存在を示唆する閾値を上回ることを示すレポートを生成することと、を含む。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
がん細胞の存在又は不存在を判断するために組織を評価する方法であって、
蛍光化合物を受け取った組織から蛍光寿命(FLT)データを取得することと、
前記FLTデータを処理することにより、前記組織の複数の各部位におけるFLT信号を特定することと、
前記複数の部位のうちいずれかの部位において、がん細胞の存在を示唆する閾値を上回るFLTデータを特定することと、
前記複数の部位のうちいずれかの部位ががん細胞の存在を示唆する前記閾値を上回ることを示すレポートを生成することと、
を含むことを特徴とする方法。
【請求項2】
前記FLTデータを取得することは、選択された時間原点から、選択された終了時点までの複数の連続した時点のシーケンスで、前記組織から蛍光データを取得することを含む、
請求項1記載の方法。
【請求項3】
前記FLTデータは、
TD(t)=a-t/τ
によって与えられ、
ここで、
TD(t)は、前記選択された時間原点から前記選択された終了時点までの時間tの関数としての時間領域データであり、
は、フルオロフォア濃度と量子収率と経験的スケーリング定数とに関係する減弱振幅であり、
τは、前記FLTデータを導出するために前記組織に適用されるフルオロフォアの寿命である、
請求項2記載の方法。
【請求項4】
前記FLTデータを対数展開又は級数展開に基づいて線形化し、得られた線形化データを、線形最小二乗法ベースの手法を用いてフィッティング処理して前記寿命を求める、
請求項3記載の方法。
【請求項5】
前記FLTデータを取得することは、選択された時間原点から開始して終了時点まで、又は複数の時点において、前記組織から蛍光データを時間的に累積的に取得することを含む、
請求項1記載の方法。
【請求項6】
前記FLTデータは、
【数1】
によって与えられ、
ここでyQTDは、前記選択された時間原点から前記終了時点まで又は複数の時点における時間tの関数としての準時間領域データである、
請求項5記載の方法。
【請求項7】
前記FLTデータは、
【数2】
によって与えられ、
ここでyQTDは、前記選択された時間原点から前記選択された終了時点まで又は複数の時点における時間tの関数としての準時間領域データであり、
前記FLTデータは関数aτ(1-e-t/τ)にフィッティング処理されており、
τは、前記FLTデータを導出するために前記組織に適用されるフルオロフォアの寿命であり、
は、フルオロフォア濃度と量子収率と経験的スケーリング定数とに関係する減弱振幅である、
請求項5記載の方法。
【請求項8】
前記FLTデータを対数展開又は級数展開に基づいて線形化し、得られた線形化データを、線形最小二乗法ベースの手法を用いてフィッティング処理して前記寿命を求める、
請求項7記載の方法。
【請求項9】
連続波(CW)蛍光強度データと1つのタイムゲートとを用いて、
【数3】
を用いてFLT画像を生成することをさらに含み、
ここで
【数4】
は、ゲート幅Tで取得されたFLTデータである、
請求項7記載の方法。
【請求項10】
前記FLTデータを取得することは、組織から1つ又は複数の変調周波数及び位相で蛍光データを取得することを含む、
請求項1記載の方法。
【請求項11】
前記閾値は、特定のがん種類又は解剖的領域のうち1つについて選択されたカットオフ寿命である、
請求項1記載の方法。
【請求項12】
前記レポートを生成することは、前記組織に空間的にレジストレーションされたFLTデータのオーバレイを生成することを含む、
請求項1記載の方法。
【請求項13】
前記オーバレイは、がんのパーセンテージ確度を画定するマスクを有し、又は、前記FLTデータを寿命マップとして表示するカラー符号化を有する、
請求項12記載の方法。
【請求項14】
前記レポートを生成することは、寿命ヒストグラムを生成することを含む、
請求項1記載の方法。
【請求項15】
前記FLTデータを取得することは、当該FLTデータを取得するために光学プローブと前記組織とを近接して配することを含む、
請求項1記載の方法。
【請求項16】
前記組織は、生体における手術部位に位置するものである、
請求項1記載の方法。
【請求項17】
医用イメージングシステムであって、
組織に光を送るように構成された光源と、
前記組織によって蛍光発光した光を受け取って蛍光寿命(FLT)データを生成するように構成された検出器と、
プロセッサと、
を備えており、
前記プロセッサは、
前記FLTデータを解析することにより、前記組織にがんが存在すること又は存在しないことを判断し、
前記組織に存在すると判断された何らかのがんの空間的部位を示すレポートを生成する
ように構成されており、
前記医用イメージングシステムはさらに、
前記がんを除去するための外科的処置を誘導するために前記レポートを表示するように構成された表示部と、
を備えていることを特徴とする医用イメージングシステム。
【請求項18】
前記プロセッサはさらに、
前記FLTデータを解析することにより、前記組織の複数の各部位におけるFLT信号を特定し、
前記複数の部位のうちいずれかの部位において、がん細胞の存在を示唆する閾値を上回るFLTデータを特定することにより、前記FLTデータを解析する、
ように構成されている、請求項17記載の医用イメージングシステム。
【請求項19】
前記閾値は、特定のがん種類又は解剖的領域のうち1つに係る選択されたカットオフ寿命である、
請求項18記載の医用イメージングシステム。
【請求項20】
前記プロセッサはさらに、前記組織に空間的にレジストレーションされたFLTデータのオーバレイを生成することにより前記レポートを生成するように構成されている、
請求項17記載の医用イメージングシステム。
【請求項21】
前記オーバレイは、がんのパーセンテージ確度を画定するマスクを有し、又は、前記FLTデータを寿命マップとして表示するカラー符号化を有する、
請求項20記載の医用イメージングシステム。
【請求項22】
前記プロセッサはさらに、寿命ヒストグラムを生成することにより前記レポートを生成するように構成されている、
請求項17記載の医用イメージングシステム。
【請求項23】
前記プロセッサは、選択された時間原点から開始して終了時点まで連続して、又は複数の時点において、前記検出器から蛍光データを時間的に累積的に受け取ることにより、前記FLTデータを組み立てるように構成されている、
請求項17記載の医用イメージングシステム。
【請求項24】
前記FLTデータは、
TD(t)=a-t/τ
によって与えられ、
ここで、
TD(t)は、前記選択された時間原点から終了時点までの範囲の値をとり得る時間tの関数としての時間領域データであり、
は、フルオロフォア濃度と量子収率と経験的スケーリング定数とに関係する減弱振幅である、
請求項17記載の医用イメージングシステム。
【請求項25】
前記FLTデータは、
【数5】
によって与えられ、
ここでyQTDは、選択された時間原点から終了時点まで又は複数の時点における時間tの関数としての準時間領域データである、
請求項17記載の医用イメージングシステム。
【請求項26】
前記FLTデータは、
【数6】
によって与えられ、
ここでyQTDは、選択された時間原点から終了時点まで又は複数の時点における時間tの関数としての準時間領域データであり、
前記FLTデータは関数τ(1-e-t/τ)にフィッティング処理されており、
τは、前記FLTデータを導出するために前記組織に適用されるフルオロフォアの寿命である、
請求項17記載の医用イメージングシステム。
【請求項27】
データ取得のために生体外サンプルを受け取るように構成されたサンプルチャンバをさらに備えている、
請求項17記載の医用イメージングシステム。
【請求項28】
前記検出器はさらに、前記組織によって蛍光発光した光を受け取って強度データを生成するように構成されている、
請求項17記載の医用イメージングシステム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本願は、米国仮出願第63/272,847号(出願日:2021年10月28日)及び同第63/366,483号(出願日:2022年6月16日)に基づくものであると共に、その優先権を主張するものであり、両出願の記載内容は全て、参照により本願の記載内容に含まれるものとする。
【0002】
<連邦政府の支援による研究に関する言明>
なし。
【背景技術】
【0003】
本願開示は一般に、組織を術中に評価するためのシステムおよび方法に関するものである。より具体的には本願開示は、手術的処置のさらなる誘導を行うためにインビボでの組織の術中検査及び標的細胞の同定を行うためのシステム及び方法を提供するものである。
【0004】
腫瘍外科学が大きく進歩しているにもかかわらず、がん切除の陽性マージン率は依然として高い状態にある。切除手術において腫瘍陽性マージンが存在すると、アウトカムの低下に繋がる。外科医が手術中に腫瘍と正常の境界を特定するためには、触診、視認又は標準的な尺度を用いる。これらの方法では完全な切除を保証することができず、局所再発や全体的な生存率の低下に繋がる。肉眼で見えるサイズの検体若しくは単純X線写真の視診、又は組織病理診を行うことにより、切除後マージン評価が行われるが、これらは検体の一部のみのマージン状態をとらえるものであり、バイアブルながんを見逃す可能性がある。手術部位(surgical bed)に残った如何なるがんも検出し、検体全体のマージン状態を術後評価することによって、完全な腫瘍除去を保証してがん再発率を低減し、全体的な生存率を向上させて患者のクオリティ・オブ・ライフを向上させるために十分な感度を有するイメージング技術が求められている。
【0005】
このことを念頭に、イメージング技術を使用することによりインビボで切除部位を評価するために種々の努力がなされている。これを踏まえて、蛍光プローブを用いてマージン誘導を行うために蛍光イメージング手法が有望視されており、かかる手法は低コスト、高感度、比較的シンプルな器材、及び非電離放射線を用いることを理由として魅力的な技術となっている。よって、過去数十年においてがん診断、画像誘導手術や医薬開発のために多くの蛍光造影剤や蛍光イメージングシステムが開発されてきた。
【0006】
これらのイメージング用途の大半は染料を使用し、健康な細胞よりもがん細胞の方がアップテイク率(取り込み率、摂取率)が高いとの知識を利用したものである。しかし、正常な組織からのバックグラウンド蛍光や非特異的プローブのアップテイクにより腫瘍のコントラストが低下し、感度不足や特異度不足になってしまう。従来のイメージングシステムは総蛍光強度を検出するものであるが、腫瘍結合プローブから生じた蛍光信号を非特異的な蛍光と容易に区別することができない。さらに、蛍光強度はプローブのアップテイクに依存し、ひいては腫瘍のサイズに依存するので、腫瘍のサイズが小さいほど、非特異的バックグラウンドに対する検出が困難になる。
【0007】
よって、上記の造影剤の中には腫瘍を標的とする造影剤がある。例えば、抗体ががん細胞に保持される可能性が高く、抗体が比較的複雑でなく、製造コストが低ければ、がんに過剰発現した受容体に対する治療用抗体を用いることが、腫瘍を標的としたアプローチとして強力なものとなる。非常に有望視されている上記の造影剤の1つが、パニツムマブ-IRDye800CWである。これは、上皮成長因子受容体(EGFR)に対するFDA承認治療用抗体であるパニツムマブとIRDye800CWとの共役体であり、IRDye800CWは、複数人のヒト臨床試験で試験されたNIR染料である。EGFRは、頭頸部、肺、グリオーマ、及び転移性大腸がん(mCRC)を含む複数のがんで過剰発現するので、蛍光イメージングのための有望視されている標的である。最近の複数の臨床試験により、パニツムマブ-IRDye800CWはヒトに対する使用について安全であり、蛍光誘導切除手術の際に腫瘍のコントラストを向上することができ、頭頸部扁平上皮細胞がん(HNSCC)の患者において良性のリンパ節をリンパ節転移と区別できることが分かった。
【0008】
このように、新規のがん特異的分子標的とイメージングプローブとの識別技術について多くの進歩がなされているにもかかわらず、臨床用に幅広く使用される造影剤はない。その主な理由は、薬物動態が良好でなく、腫瘍アップテイクが比較的低いからである。従来の蛍光イメージングシステムは、サンプルから再放出された総蛍光強度を検出する。蛍光強度はプローブ濃度と蛍光寿命との積に依存するので、腫瘍特異的な蛍光を、健康な組織中へのプローブの非特異的な染料蓄積と容易に区別することができない。さらに、蛍光強度は腫瘍のサイズ及びプローブ・アップテイクの影響を受けるので、手術部位における小さな病変部を十分な信号バックグラウンド比で検出することが困難である。また、蛍光強度は組織減衰とシステム固有の測定パラメータとによる影響を強く受け、このシステム固有の測定パラメータには照明光のパワー、検出器又はカメラの感度及び応答特性、並びに周辺光のスプリアス漏洩が含まれる。その結果、複数の検体、被検者、及びイメージングシステムの間で蛍光強度の測定結果を絶対的スケールで比較することは容易ではなく、これにより標準化と採用容易性とが妨げられてしまう。
【0009】
30年以上にわたって新規のイメージング剤の開発と多くの有望な臨床試験において多大な努力を払ってきたにもかかわらず、ヒトにおいて外部薬剤を使用したがん細胞特異的なラベリングは未だ実証されていない。正常または良性の組織における非特異的プローブの蓄積が主な問題として残っており、これは、バックグラウンドに対する腫瘍の相対的な明るさを大幅に低下させ、信号雑音比の不足と低特異度(偽陽性)と低感度(偽陰性)とを引き起こす原因となる。
【0010】
このような問題を克服する試みの中には、特殊な設計のハードウェアと、(標的又は非標的トレーサを用いた)特定のイメージング剤/染料と、を組み合わせたものがある。また、分子イメージング剤の標的特異性の不足を克服するために特殊なイメージング技術が研究されており、これは、プローブ・アップテイクを改善するための同時負荷投与量の投与、標的プローブと非標的プローブとが組み合わされた薬剤ペアイメージング技術、又は参照スキームを含む。しかし上記の技術は、幅広い臨床用途に十分なロバスト性を示すものではなく、又は、複数の薬剤を投与する必要があるため、臨床応用にこぎつけるまで困難な道のりとなっている。従って、上記の手法の臨床実用化は資金面及び規制面において重大な壁に直面しており、依然として優れた一貫した結果を確立する必要がある。
【0011】
よって、組織病理診の臨床的確かさを提供するために十分な精度で、非常に大量の組織を分析可能なインビボ組織分析のためのシステム及び方法を実現することが望ましい。
【発明の概要】
【0012】
本願開示は、新規の染料や特殊なトレーサを要することなく、また特殊なハードウェアと特殊な染料又はトレーサとの組み合わせを用いる必要のない、術中組織評価のためのシステム及び方法を提供することにより、上記の欠点を克服するものである。本願開示は、蛍光寿命(FLT)イメージングを用いて、切除部位及びマージン等の術中組織を評価するためのシステム及び方法を提供するものである。すなわち本願開示は、正常組織内における非特異的染料と比較してがん細胞内におけるFLTの方が長いことを認識したものである。よって本願開示では、腫瘍アップテイクに頼る従来の染料やイメージングシステムより高感度及び高特異性でがん組織と正常組織との間のコントラストを劇的に区別できるシステム及び方法を提供する。本願で提供するシステム及び方法は、システム依存せず、散乱や吸収等の光-組織間の相互作用の影響を受けない絶対単位(ナノ秒)で、FLTを評価することができる。よって、術中インビボ組織評価におけるロバストな標準化を促すことができるシステム及び方法を提供する。
【0013】
本願開示の一側面では、がん細胞の存在又は不存在を判断するために組織を評価する方法を提供する。本方法は、組織から蛍光寿命(FLT)データを取得することと、前記FLTデータを処理することにより、前記組織の複数の各部位におけるFLT信号を特定することと、を含む。本方法はさらに、前記複数の部位のうちいずれかの部位において、がん細胞の存在を示唆する閾値を上回るFLTデータを特定することと、前記複数の部位のうちいずれかの部位ががん細胞の存在を示唆する前記閾値を上回ることを示すレポートを生成することと、を含む。
【0014】
本願開示の他の一側面では医用イメージングシステムを提供し、本システムは、組織に光を送るように構成された光源と、前記組織によって蛍光発光した光を受け取って蛍光寿命(FLT)データを生成するように構成された検出器と、を備える。プロセッサが、前記FLTデータを解析することにより、前記組織にがんが存在すること又は存在しないことを判断し、前記組織に存在すると判断された何らかのがんの空間的部位を示すレポートを生成するように構成されている。前記システムはさらに、前記がんを除去するための外科的処置を誘導するために前記レポートを表示するように構成された表示部と、を備える。
【0015】
以下の詳細な説明を読めば、本発明の上記及び他の利点が明らかとなる。以下の詳細な説明では添付図面を参照する。
【0016】
図面を参照して下記の詳細な説明を読めば、本発明の実施態様がより明らかとなる。図面中、同様の要素には同様の符号を付している。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1】本願開示の非限定的な一例のシステムを示す図である。
図2図1に示されたシステム等のシステムを用いることができる本願開示の処理の一部の非限定的なステップ例を記載したフローチャートである。
図3A-D】図3Aは、本願開示の非線形フィッティングの導出を示すグラフである。図3Bは、2つの同じ寿命の準時間領域(quasi-time domain、QTD)を示すグラフである。図3Cは、標準的な時間領域(TD)データを用いたときの寿命及びノイズレベルの範囲のSNRのグラフである。図3Dは、QTDデータを用いたときの変化する寿命及びノイズレベルにおけるSNRのグラフであり、シミュレートされた寿命及びノイズレベルの全範囲において標準的なTDデータと比較してSNRが有意に向上したことを示す。
図4A-C】図4Aは、手術の24時間前にICGを投与された皮膚がん患者の薄い組織スライスの蛍光寿命顕微鏡(FLIM)画像である。図4Bは、図4Aのサンプルの標準的な組織(ヘマトキシリン・エオジン)染色画像である。図4Cは、図4Bの組織切片内の各種組織の寿命と、カットオフ寿命レベル(破線)とを示す箱ひげ図であり、当該カットオフ寿命レベルは、これを超えた場合に組織ががんを有すると判断するものである。
図5A-B】図5Aは、ICGを投与された患者から切除した肝細胞がん(HCC)組織及び正常な組織の蛍光寿命と、組織ががんを有すると判断するカットオフ寿命レベル(破線)と、を示す箱ひげ図である。図5Bは、ICGを投与された患者から切除した口腔SCC組織及び正常な組織の蛍光寿命と、組織ががんを有すると判断するカットオフ寿命レベル(破線)と、を示す箱ひげ図である。
図6A-D】図6Aは、皮膚SCC患者から切除したがん組織と正常組織とを含む組織のカラー写真である。図6Bは、図6Aの切除組織を寿命データオーバレイと共に示す画像である。図6Cは、図6Aの切除組織をマスクと共に示す画像である。図6Dは、図6Aの切除組織を蛍光強度データオーバレイと共に示す画像である。
図7A-D】図7Aは、口腔SCC患者から切除した頭頚部標本の画像である。図7Bは、陽性及び陰性のリンパ節(LN)内の小切片の顕微鏡FLT画像であり、陽性LNにおける寿命が有意に長いことを示す。図7Cは、図7A及び図7Bの標本の広視野蛍光強度画像である。図7Dは、図7Aの陽性LNにおけるFLT値が陰性LNのFLTより有意かつ均等に長くなっていることを示唆する広視野蛍光寿命画像であり、これは、図7Cの強度画像が示すものに対して強い対照をなしている。
図8A-D】図8Aは、手術の24~48時間前にICGを全身投与された患者から切除した直後の肝臓HCC標本から測定された時間領域(TD)蛍光信号のグラフである。図8Bは、手術の24~48時間前にICGを全身投与された患者から切除した直後の口腔SCCがん手術標本から測定された時間領域(TD)蛍光信号のグラフである。図8Cは、腫瘍組織(赤色)及び正常組織(緑色)における蛍光強度データを示すヒストグラムである。図8Dは、腫瘍組織(赤色)及び正常組織(緑色)におけるFLTデータを示すヒストグラムである。
図9】複数の腫瘍種類(HCC,mCRC及びOSCC)のFLT分布を、正常な各種組織におけるICGのFLTと比較して示す箱ひげ図である。
図10A-B】図10Aは、がん細胞におけるパニツムマブ-IRDye800CW(灰色の実線)、IgG-IRDye800CW(黒色の実線)及びPBS(灰色の破線)の代表的なTD蛍光減弱曲線を示すグラフである。図10Bは、培地におけるパニツムマブ-IRDye800CW(灰色の実線)及びIgG-IRDye800CW(黒色の実線)の代表的なTD蛍光減弱曲線と、PBSにおけるパニツムマブ-IRDye800CWの原液(灰色の点線)の代表的なTD蛍光減弱曲線(灰色の点線)を示すグラフである。
図10C-D】図10Cは、パニツムマブ-IRDye800CW(100μg)、IgG-IRDye800CW(100μg)又はPBSを用いて370℃で2時間培養した後のがん細胞の蛍光強度及びFLTの共焦点顕微鏡画像のセットである。図10Dは、PBSにがん細胞とパニツムマブ-IRDye800CWとを入れてイメージングプローブの培養を行った後に収集した培地の広視野FLTマップのセットである。
図11A-C】図11Aは、FLIM、IHC及びH&E染色画像を含む高解像画像のセットであり、EGFR発現率が高い腫瘍領域においてFLTが増加していることを示す。図11Bは、FLIM、IHC及びH&E染色画像を含む画像のセットであり、図11Aに示した領域内の拡大図である。図11Cは、FLIM、IHC及びH&E染色画像を含む画像のセットであり、図11Bに示した領域内の拡大図である。
図12A-C】図12Aは、臨床標本から低拡大率で取得された代表的な共焦点蛍光強度画像及びFLIM画像のセットと、対応するH&E及びEGFR IHC画像である。図12Bは、より高い拡大率の図12Aの画像のセットである。図12Cは、より高い拡大率の図12Aの画像の他のセットである。
図13A-C】図13Aは、筋肉、唾液腺及び腫瘍のROIにおける各EGFR発現率(EGFRについて陽性の面積%)IHC画像を、発現率の昇順に示す図である。図13Bは、図13Aに対応する共焦点蛍光強度画像及び強度ヒストグラムのセットである。図13Cは、図13Aと同じROIの共焦点FIM画像及びFLTヒストグラムのセットであり、FLT値がEGFR発現率の増加と共に増加傾向にあることを示す。
図13D-G】図13Dは、イメージング対象の全てのROIにおけるIHCでEGFRについて陽性の面積パーセントに対する平均蛍光強度の散布図である。図13Eは、コレジストレーションされたIHC画像とFLIM画像とから得られたEGFR陰性画素及び陽性画素における平均蛍光強度を示すグラフである。図13Fは、全てのROIにおけるEGFRについて陽性の面積パーセントに対する平均FLTの散布図である。図13Gは、同一ROIにおけるEGFR陰性画素及び陽性画素における平均FLTのグラフである。棒グラフは、標準偏差による平均としてプロットされたものである。
図14A-D】図14Aは、組織サンプルの写真である。図14Bは、図14Aの組織サンプルのH&E染色の画像である。図14Cは、図14Aの組織サンプルの強度画像である。図14Dは、図14Aの組織サンプルにおけるパニツムマブ-IRDye800CW振幅を示す画像である。
図14E-G】図14Eは、図14Aの組織サンプルにおける組織自家蛍光振幅を示す画像である。図14Fは、図14Bに示したコレジストレーションされたH&E画像の腫瘍境界(点線)を示す標本の広視野FLT画像である。図14Gは、図14C~14Fに示す矩形領域のFLIM画像である。
図14H-I】図14Hは、サンプルから得られた蛍光強度データの分布のグラフである。図14Iは、サンプルから得られたスペクトル分離データの分布のグラフである。
図14J-K】図14Jは、サンプルから得られた蛍光寿命データの分布のグラフである。図14Kは、H&Eグラウンドトゥルースに基づくFLT(黒色の実線)、蛍光強度(灰色の破線)、及びスペクトル分離(灰色の実線)を用いる腫瘍-正常組織分類のためのROC曲線のセットである。
図15A-D】図15Aは、肉腫及び正常組織の蛍光強度の分布のグラフである。図15Bは、肉腫及び各種正常組織のFLTの分布のグラフである。図15Cは、7人の異なる患者の肉腫及び各種正常組織の平均蛍光強度のグラフである。図15Dは、7人の異なる患者の肉腫及び正常組織の平均FLTのグラフである。
図16A-D】図16Aは、8人の患者の口腔がん及び正常な口腔組織における蛍光強度の分布を示すグラフである。図16Bは、8人の患者の口腔がん及び正常な口腔組織におけるFLTデータの分布を示すグラフである。図16Cは、6人のHNがん患者の平均腫瘍強度及び正常強度のグラフである。図16Dは、6人のHNがん患者の平均腫瘍FLTデータ及び正常FLTデータのグラフである。
図17A-B】図17Aは、10人の肉腫患者の腫瘍及び正常分類に基づくFLT及び強度の偽陽性率に対する感度を示す図である。図17Bは、8人の頭頚部がん患者の腫瘍及び正常分類に基づくFLT及び強度の偽陽性率に対する感度を示す図である。
図18A-H】図18Aは、5つのiRFP変種(iRFP670,682,702,713及び720)を発現した微生物の蛍光強度画像例を示す図である。図18Bは、5つのiRFP変種(iRFP670,682,702,713及び720)を発現した微生物の蛍光寿命画像例を示す図である。図18Cは、3つのiRFP変種の正規化された励起スペクトルを示すグラフである。図18Dは、iRFP670,702及び720の放出スペクトルを示すグラフである。図18Eは、微生物におけるiRFP670,702及び720)の時間領域(TD)蛍光信号グラフである。図18Fは、図18Bから導出された寿命のヒストグラムである。図18Gは、メスのヌードマウスの乳房脂肪パッド中にあるiRFP670,702及び720を発現した3つのMTLn3腫瘍の蛍光強度画像例である。図18Hは、上記のメスのヌードマウスの乳房脂肪パッド中にあるiRFP670,702及び720を発現した3つのMTLn3腫瘍の蛍光寿命画像例である。
図19A-D】図19Aは、骨及び腎臓を標的とする蛍光染料を投与されたマウスの蛍光強度反射画像である。図19Bは、寿命が0.5ns(緑色)及び0.65ns(赤色)に固定された時間領域データの双指数関数フィッティングから得られた減弱振幅を示す図である。図19Cは、漸近的時間領域(ATD)手法を用いた3D再構成により骨格を明確に分離して腎臓を特定できることを示す図である。図19Dは、インシチュの振幅マップ(皮膚なし)を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
本願開示は、腫瘍細胞における蛍光染料の蛍光寿命(FLT)が、健康な組織における同じ染料のFLTより有意に長いことを認識したものである。本願開示はこのことを踏まえて、従来の試みでは実現できなかった一貫性及び特異性を以て、腫瘍を健康な組織と区別できる術中組織分析のためのシステム及び方法を提供する。よって本願開示は、絶対単位(典型的にはナノ秒)で測定可能なFLTが、測定条件に対してロバストなパラメータであって、ロバストな術中組織評価ツールの創出における従来の取り組みの欠点の多くを軽減するために使用可能なパラメータであることを認識したものである。
【0019】
本願で提供されるシステム及び方法はフレキシブルである。本願で提供されるシステム及び方法は、特定の染料又は標的薬とハードウェアとの特殊な組み合わせを要するものではない。非限定的な一例では、蛍光標識を付したEGFR抗体を使用することができるが、他の染料又は蛍光標識メカニズムを用いることもできる。本願開示の非限定的な一側面では、FLTイメージングは近赤外(NIR)スペクトルを使用することができるが、他の波長を用いることも可能である。本願で提供されるシステム及び方法は、インシチュかつインビボで腫瘍を正常組織と区別するための標準的な蛍光強度方式の方法と比較して特異性及び感度の劇的な向上を提供することができる。
【0020】
図1を参照すると、本願開示で使用可能である非限定的な一例のシステム100が示されている。図中の非限定的な一例では、システム100はインビボ・イメージングとエクスビボ又はインビトロ・イメージングとの両方のために構成された時間領域(TD)イメージングプラットフォームとすることができる。特に、図中の非限定的なシステム100はインビボ・イメージング・サブシステム102とインビトロ又はエクスビボ・イメージング・サブシステム104とを備える。
【0021】
図示の構成では、インビボ・イメージング・サブシステム102は手術台106から光ファイバ束108へ光を送るように構成されており、この光はリレーレンズ(RL)によって集められてダイクロイックミラー(D1)によって分割されて1つ又は複数のカメラ(RGB)へ送られる。非限定的な一例では、像をカメラによって直接収集することも可能であると共に、カメラが、例えば650nm等の閾値未満の波長に対応した構成とすることができる。この場合、例えば650nm等の閾値を超える波長に対応した構成のインテンシファイアカメラ(CCD/インテンシファイア)を含めることができる。また、並行して強度画像をリアルタイムで収集する非タイムゲート式の第2のカメラを含めることもできる。上記構成に代えて、1つのカメラのみを用いてタイムゲートデータを累積的に足し合わせることにより強度データを取得することもできる。
【0022】
インテンシファイア/CCDにミラーハウジング(M)を取り付けることができ、このミラーハウジング(M)は、ファイバ束108からの受光と標本ステージからの受光とに遠隔スイッチングされる構成とすることができる。例えばICCDに取り付けられたフィルタホイール(F)等を用いて蛍光又はNIR励起光を集めることができる。ファイバが、標本照明のためにダイクロイック(D2)を介してデジタル光プロジェクタ(DLP)(例えば800nm)に光(例えば780nm光)を送ると共に、対物レンズ(B)のポートを介して手術台106に光(例えば780nm光)を送ることができる。これらの波長はあくまで一例であり、他の波長を用いることも可能である。特に、以下で説明するように、近赤外(NIR)スペクトルを使用することができる。非限定的な本例のNIR光では、この光は最大で組織中に最大5~10cmで浸透することができ、このことは、数cmの厚さの組織層の下方にある腫瘍を評価するためにも有利となり得る。
【0023】
以下で説明する通り、システム100はミクロン解像度を提供しつつ広視野(FOV)に対応する構成とすることができる。ファイバ束は、ポータブルスタンド(C)に取り付けられたフレキシブルな関節アーム(A)に取り付けられている。このアームAは、手術台106の所望の観察面に対応して位置決めされることができる。このようにして、手術部位周辺で操作するために手動操作され又は手持ち式とすることができるインビボプローブが提供される。
【0024】
図示の通り、システム100はカート又はラック110と一体化することができ、このカート又はラック110には、インビトロ又はエクスビボ・イメージング・サブシステム104を設けることができる。インビトロ又はエクスビボ・イメージング・サブシステム104はステップモータドライバによって制御することができ、このステップモータドライバはサンプルチャンバ112の位置決めを制御することができる。システム100はまた、図示のようにレーザダイオードドライバと、PS遅延ユニットと、レーザ照明の送光を協調制御するように構成されたHRIコントローラと、を備えることもできる。システム100はまた、本願開示のデータ取得とデータ処理とレポート生成とを行うように構成されたコンピュータシステム又はプロセッサを備えることもできる。
【0025】
図2を参照すると、例えば図1を参照して説明したようなシステム100を用いてインビボ又はエクスビボ分析を行うことができる本願開示の処理200は、処理ブロック202において「シーケンシャル」データ又は「累積」データのいずれかの取得を開始することができる。下記にて説明するように、当該データは時間領域(TD)の累積として取得することができ、又は他の態様で表現されて、準時間領域データ(QTD)を構成する。追加的に、従来の強度データを取得することもできる。下記にて説明するように、この強度データを寿命データと共に使用することができ、及び/又は、寿命データに付加して強度データを報告し、又は強度データと寿命データとを組み合わせることができる。このようにして寿命データが取得され、オプションとして強度データを取得することができる。
【0026】
シーケンシャルTD取得では、固定された「ゲート幅」(あるいは取得窓/露光)で複数の時点について時間分解(又は時系列)蛍光データを収集し、以下の指数関数的減弱にフィッティングする:
【数1】
【0027】
ここで、yTDは時間「t」の関数としてのデータであり、aは、フルオロフォア濃度と量子収率と他の経験的スケーリング定数とに関係する減弱振幅であり、「τ」は蛍光寿命である。
【0028】
しかし本願開示の一側面では、TD蛍光データは、選択された時間原点から終了時点まで、又は複数の時点で累積的に取得される。これにより可変のゲート幅/時間窓/露光が形成され、かかる可変のゲート幅/時間窓/露光は数学的に以下の式により表される:
【数2】
【0029】
ここで、QTDは「準時間領域」取得を表す。数式(1)及び数式(2)を使用すると、以下の式を得ることができる:
【数3】
【0030】
このようにしてQTDデータは、e-t/τではなくτ(1-e-t/τ)にフィッティング処理される。これら2つの手法は数学的に等価であるが、経験面において重要な相違点は、QTD手法が、標準的なTD手法と比較して有意に向上した信号雑音比(SNR)を提供できるということである。すなわち、後の時点における小さい計数信号が、それより前の高い全ての計数信号と累積的に組み合わされるので、ショートノイズ限界システムにおいてQTD手法を用いることにより全ての時点において全体の信号計数が多くなってSNRが高くなる。この原理については、図3A~3Dにおいてτ=0.5ns及びτ=1nsの2つの寿命の場合について示している。詳細には、図3Aは、寿命がτ=0.5nsのフルオロフォア(円)とτ=1nsのフルオロフォア(菱形)の2つの異なるフルオロフォアのTD蛍光減弱を示しており、同図では、関数e-t/τを用いた上記データへの対応する非線形フィッティングも共に示されている(実線及び破線)。図3Bは、図3Aと同じ2つの寿命の準時間領域(QTD)を示しており、関数τ(1-e-t/τ)への非線形フィッティングも共に示されている。短い0.5nsの寿命の場合において、QTDを用いた場合のSNR向上が特に明確になる。図3Cは、標準的なTDを用いた際の寿命及びノイズレベルの範囲のSNRを示している。最後に図3Dは、QTDを用いたときの変化する寿命及びノイズレベルにおけるSNRを示しており、シミュレートされた寿命及びノイズレベルの全範囲において標準的なTDと比較してSNRが有意に向上したことを示す。図3C及び図3Dにおいて円及び菱形により示されている各パラメータの時間応答は、図3A及び図3Bの各図に示されているものである。QTDでSNRが向上することにより、使用する時間的データ点を少なくすることができ、これによりイメージング速度が向上する。
【0031】
取得されるQTDデータの一側面では、上記のデータと蛍光強度とを用いて寿命マップを直接計算することができる。数式(3)より、
【数4】
【0032】
ここで、
【数5】
であり、これは連続波(CW)強度データである。適切なゲート幅Tについて、上記の数式を寿命について解くことにより以下を得ることができる:
【数6】
【0033】
SNRはyQTD(∞)≧yQTD(T)>yTDであるから、1つのゲート幅とCWデータとにより、得られる寿命マップの推定結果を改善することができる。それに対して従来の時間領域手法では、データに内在する固有ノイズにより、複数の時間遅延が必要であった。このシングル・タイムゲート手法により、取得時間及び計算時間の両方を劇的に削減することができ、これによりリアルタイムの寿命マップを目指すことができる。
【0034】
QTDデータの他の一側面では、QTDデータにおける不確かさがTDデータの不確かさより低くなることを理論的に証明することができる。数式(4)に基づき、QTDとTDとを結びつける関係式を以下の通り記述することができる:
【数7】
【0035】
数式(6)の不確かさは、以下の通り記述することができる:
【数8】
ここで、σTD,σQTD,σはそれぞれ、TD、QTD及びCWデータにおける各不確かさである。上記より、σQTD<σTDであることを証明することができる。このことから、QTDにおける不確かさの方がTDの不確かさより低くなり、これにより寿命マップの推定が改善される。
【0036】
図3A及び図3Bを参照すると、シーケンシャル取得又は累積的取得により得られたTD蛍光データは、対数展開若しくは級数展開又は分解スキームに基づいて線形化することができる。これにより得られた線形化データは、任意の線形最小二乗法ベースの手法を用いてフィッティング処理することにより寿命を求めることができる。
【0037】
図2を再度参照すると、処理ブロック204において寿命データと任意のオプションの強度データとを分析のために処理する。非限定的な一例では、取得したデータは種々の異なる態様で分析することができる。非限定的な一例では、上記の分析は指数関数又は減弱振幅マップを用いることができ、その際には上記にて説明したように、事前のキャラクタリゼーションに基づいて腫瘍及び正常組織の既知の寿命を用いて上記のデータを指数関数に分解する:
【数9】
【0038】
非限定的な他の一例では、腫瘍寿命τtumor及び正常寿命τnormalが既知であれば、2つのタイムゲートとCW強度データとを用いてQTDデータから減弱振幅atumor及びanormalを求めることができる。これらの計算は以下の通り行われる。
【0039】
数式(3)に基づくと、特定のタイムゲート「T」に係るQTDデータは以下のように双指数関数の形態で記述することができる:
【数10】
【0040】
項atumorτtumor+anormalτnormalは、CW強度データすなわちyQTD(∞)のみである。これを数式(8)に代入すると以下の通りとなる:
【数11】
【0041】
下記のように、2つのゲート幅T及びTを用いて線形行列表現を使用して上記の数式を減弱振幅atumor及びanormalについて解くことができる:
【数12】
【0042】
次に、原データに対して線形フィッティングを用いて、振幅係数atumor及びanormalを求める。腫瘍寿命に相当する上記の振幅マップatumorは、以下に詳細に説明するようにサンプル表面上に表示することができる。かかる線形フィッティングの利点は、取得速度が劇的に高くなることである。
【0043】
具体的な分析処理如何にかかわらず、がんを標的とするように設計された特殊な化学薬品を要することなく腫瘍コントラストを増大するためには、データの全体処理が有用となり得る。がん特異性のマーカは正常組織でも発現するので、がん特異性を有する化学プローブの設計は困難であり、今日まで成功しなかった。一方、本願開示は、がん細胞に取り込まれた染料と健康な組織における寿命との間の蛍光寿命差を利用することができ、従来の蛍光強度方式の検出と比較して劇的な感度向上及び特異性向上が可能になる。この点については、がん組織を区別する閾値を用いることができる。例えば、処理ブロック206において1つ又は複数の閾値との比較で分析可能な画像を再構成することができる。
【0044】
非限定的な一例では、上記の閾値は正常組織から腫瘍を線引きするように選択することができる。この閾値は、少なくとも特定種類のがんについて複数の患者に当てはまる弁別処理を行うように選択することができる。換言すると、測定システムその他変数に依存することなく、異なるFLT閾値を用いて原発性がん及び転移がんの複数の異なる種類(例えば口腔がん、脳腫瘍、皮膚がん、乳がん、肝臓がん、メラノーマ及び肉腫等)を区別することができるし、複数の患者に対してFLT閾値を用いてがんの特定の一種類を識別することもできる。
【0045】
例えば図4A~4Cを参照すると、皮膚がんに関連するFLT閾値選択が示されている。具体的には、図4Aに示されているように、最初に組織切片の蛍光寿命顕微鏡(FLIM)測定から複数の組織種類に係るFLTの表を作成し、図4Bに示されているように、蛍光染料を投与された患者から組織学的画像とコレジストレーション処理する。本事例では、蛍光染料はICGである。この顕微鏡寿命値から、腫瘍特異性のFLTと各種正常組織のFLTを知ることができ、例えば図4Cに示されているように、上記の顕微鏡寿命値を箱ひげ図で表形式で記述することができる。腫瘍と正常組織の分類のため、受信者動作特性(ROC、感度と特異性と変化する閾値とをプロットしたもの)を算出することができる。その後、腫瘍と正常組織の分類のためにFLT閾値を、所望の精度を提供するFLT値として決定することができ、例えばROC曲線より下の面積として算出することができる。他の一例として、図5A及び図5Bには肝臓(肝細胞がん)及び(口腔扁平上皮細胞)がんの同様の箱ひげ図を示しており、同図ではこれらのがんに対する閾値寿命が示されている。よって、本願開示は、ここで提供されているシステム及び方法が解剖学的構造及び腫瘍の種類に拡張することを示すものである。
【0046】
我々の予備的データは、閾値寿命の値の具体的な範囲を示しているが、上記の閾値寿命の値は、さらなる臨床研究と、特定の蛍光染料を投与された複数の患者とについて更新することができる。各がん種類の閾値寿命は種々の条件にわたって決定することができ、かかる種々の条件には投与時間及び投与量ならびに前処置状態(例えば放射線療法や化学療法等)が含まれるが、これらに限定されない。
【0047】
再び図2を参照すると、処理ブロック206で行った分析の結果を処理ブロック208において使用してレポートを生成する。手術設定では、特定のがんのFLT閾値を使用して腫瘍/正常の境界を画定し、処理ブロック208においてこの境界をレポートに含めることができる。さらに、上記の腫瘍/正常境界を解剖画像に重畳することができ、又は、この腫瘍/正常境界を手術台に投影して、どこから切除を開始して組織をどの程度切るべきかを執刀医に対して誘導する。もし強度データを取得/包含している場合には、これをレポートに入れることができる。このようにして強度データは、臨床医の参考に供され、あるいは寿命データを用いた報告の詳細な検証に供されることができる。さらに、腫瘍部位をリアルタイム準リアルタイムで誘導するため、及び/又は寿命データ及び画像の収集を誘導するために、上記の強度データを報告することもできる。よって、処理ブロック208で生成されるレポートは種々の形態をとることができる。
【0048】
ここで図6A~6Dを参照すると、オーバレイを含むレポートの非限定的な一例が示されている。具体的には、図6Aは皮膚扁平上皮細胞がん患者から採取した標本の解剖写真であり、当該患者には、手術の24時間前にICGを投与されている。そして、図6Bはカラー符号化FLTオーバレイを示している。このカラー符号化FLTオーバレイは、臨床医が容易に理解することができるものであり、又は、図6Cに示されているように98%超の精度で腫瘍領域を示すマスク領域に変換可能なものである。このマスクは本願開示において容易に作成可能であり、例えば、上記で説明したような所望の閾値を選択することにより作成することができる。かかる構成は図6Dの蛍光強度のオーバレイに対して強い対照を成すものであり、図6Dの蛍光強度のオーバレイの場合、臨床医は組織を過度に小さく切除してしまうおそれがあるので、複数回の連続作業を行う必要が生じ、あるいは大きな処置を行う必要が生じることがある。
【0049】
上記のFLT閾値(あるいはカットオフ)のコンセプトは、手術中や頸部切開の際に陽性のリンパ節を陰性のリンパ節から線引きするために適用することも可能である。この応用を示す臨床データが図7A~7Dに示されている。具体的には、図7Aは、根治的頸部郭清術が行われるSCC患者から切除した標本のカラー写真を示している。標本中2つのリンパ節(LN)が同定され(白色の破線)、そのうち1つのリンパ節のみが後で組織診により腫瘍について陽性であることが確認された。図7Bは、陽性及び陰性のリンパ節(LN)内の小切片の顕微鏡FLT画像であり、陽性LNにおける寿命が有意に長いことを示している。図7C及び図7Dは上記の標本の広視野蛍光強度マップ及びFLTマップであり、これらのマップから、陽性LNにおけるFLT値が陰性LNのFLTより有意かつ均等に長くなっているのに対し、強度は有意な不均一性を示していることが分かる。さらに、強度は相対量であり、任意単位で表示されるものであるから、腫瘍と正常組織との区別がより曖昧となり、特に複数の患者やイメージングシステムにおいて曖昧となる。しかし、FLTは絶対量であり、これを用いて絶対を定めることができる。
【0050】
例えば乳がんスクリーニング検査等の診断設定では、イメージング前に被検者にICG(又は他の染料、例えばEGFR標的染料等)が投与されていることを条件に、異常の無い乳房で収集したTD蛍光データに閾値寿命を直接適用することができる。この閾値寿命を使用して、良性の腫瘍に対して悪性の腫瘍の存在を非侵襲的に診断することができる。
【0051】
このように、生成されるレポートは、多岐にわたる種々の形態をとることができる。例えば処理ブロック202のデータ取得は、手術中又はスクリーニング検査中に表示するため、従来の蛍光強度(「連続波」(CW)蛍光とも称される)とFLTデータの両方を同時に取得することができる。その際にはシステムは、標準的なカメラによって表示されるCW蛍光とFLT画像の両方をレポートにおいて同時に表示することができ、このレポートはリアルタイムで生成することができる。このことは、リアルタイムで収集可能な強度画像によってICG蛍光蓄積を直接発見することができる様々な臨床場面で有用であり、これにより、蛍光寿命マップを用いて腫瘍を正確に特定する前に、関心領域への外科医誘導を迅速に行うことができる。よって、図6A~6Dを参照すると、上記のレポートは例えば図6Dに示されたような画像を臨床医にリアルタイムで提供することができ、この画像はその後、FLTデータが取得及び処理されたときに寿命オーバレイ(図6B)若しくはマスクオーバレイ(図6C)と並べられ、又はこれと置換される。
【0052】
本願で記載されているシステム及び方法は、具体的な臨床用途に応じて広範な実施態様に組み込むことができる。例えば開放手術の場合、タイムゲート方式の広視野インテンシファイアカメラ又はアレイ検出器を、そのまま直接使用することができ、又は、手術台から集光するためのファイバ束と共に使用することができる。一部のシナリオでは、手術境界における腫瘍の存在を特定し、病理検査処理に通知するため、同じカメラ又は検出器アレイを用いて、切除した標本を可視化することも可能である。
【0053】
体内奥深くの器官、例えば肺又は肝臓等をイメージングするためには、最小侵襲手術のために内視鏡又は腹腔鏡を使用することができる。かかるシナリオでは、ファイバを介してパルス光を腹腔鏡/内視鏡の入光ポートに送ることができ、当該腹腔鏡/内視鏡の検出ポートから放出された蛍光を、インテンシファイア電荷結合デバイス(ICCD)カメラ又は1つ若しくは複数の光電子増倍管(PMT)検出器のいずれかに入光させることができる。ICCDカメラの場合、検出はタイムゲートメカニズムによって行われる。PMT検出器の場合、時間相関単一光子計数(TCSPC)法を用いて、時間分解データを取得することができる。共焦点イメージング技術を内視鏡と併用して、手術中及びエクスビボ組織の両方においてミクロンレベルの分解能を実現することも可能である。
【0054】
照明は、広視野均一照明の形態、又は空間パターン照明の形態のいずれかとすることができる。パターン照明は、米国特許第9921156号明細書に記載されているように組織散乱の存在下で正確なFLTマップを得る際に有用である。同文献の記載内容は全て、参照により本願の記載内容に含まれるものとする。
【0055】
<例>
我々は、インドシアニングリーン(ICG)及びEGFR標的蛍光プローブを静脈注射した直後、及び当該静脈注射後最大96時間経過後の複数の臨床研究及び動物研究を用いて、腫瘍の蛍光寿命が、その周辺の正常組織の寿命より有意に長いことを観測した。上記の腫瘍と正常組織との間のICGの寿命の差により、98%超の精度で腫瘍をバックグラウンドから分離することができ、これは、精度が50%と低い強度ベースの蛍光イメージング技術を用いる現在の方法より大幅に良好である。この98%精度は、FLTイメージングをターゲットとしたさらなる器械設計により一層改善することができる。
【0056】
高解像の顕微鏡イメージングと細胞培養とを用いて研究を行った結果、ICGその他近赤外染料の寿命が長くなったことの原因は、腫瘍細胞内に局在化する染料であること(及び、当該腫瘍細胞外の腫瘍周辺に保持された染料が原因ではないこと)も確認された。よって、本願開示のシステム及び方法を使用することにより、内視鏡等の適切な機器を用いて、体内に残留する微視的ながんを検出することができる。
【0057】
転移性大腸がん(mCRC)、肝細胞がん(HCC)、及び口腔扁平上皮細胞がん(OSCC)、皮膚扁平上皮細胞がん(CSCC)、又は骨及び軟組織肉腫の手術を予定している25人の患者から採取したばかりの標本を用いて、IRB承認されたパイロット臨床研究を行った。患者には手術の2~72時間前にICGを注射されており、切除した標本は凍結切片実験室内で、上記で説明したものや図1に示されているもののようなプロトタイプ時間領域(TD)蛍光標本イメージングシステムを用いてイメージングされた。図8Aは、肝臓HCCから測定された時間領域(TD)蛍光信号を示している。TD信号の減弱部分(図8A中の矢印)を単一指数関数的減弱にフィッティングすることにより、FLTマップτ(r)が得られる。ここでrは画素位置である。図8Bも同様に、手術の24~48時間前にICGを全身投与された患者から切除した直後の口腔SCCがん手術標本から測定されたTD蛍光信号を示している。これらの事例の両方において、腫瘍におけるFLT(t)は(単一指数関数e-t/τ(tは時間遅延)にフィッティングすることによってTD蛍光データの減弱から算出される場合であっても)、正常な組織と比較して有意に長くなる。
【0058】
HCC腫瘍を有する肝臓標本から取得したデータは、追加の比較及び分析のためにも使用された。非特異的なICGアップテイクが多いにもかかわらず、腫瘍におけるFLTは周囲の組織におけるFLTより有意に長くなり、その重なりは最小限であった。図8Cは瞬時強度のヒストグラムであり、腫瘍と正常組織との重なりが大きいことが示されている。一方、FLTデータから生成されたヒストグラムは、図8Dに示されているように、重なりが最小限であることを示している。
【0059】
強度及びFLT閾値を変化させたときの特異性に対する感度をプロットして、受信者動作特性(ROC)曲線を生成した。感度は、腫瘍において強度又はFLTが閾値を超える画素数を、当該腫瘍における画素の総数で除したものにより定義した。偽陽性率は、腫瘍の外部において閾値強度又はFLT閾値を超える画素数を、当該腫瘍の外部における画素の総数で除したものとして定義した。精度は、曲線より下の面積(AUC)として算出され、FLTベースの腫瘍/正常分類では精度98%であった。これは、強度ベースの腫瘍/正常分類の精度40%とは対照的である。
【0060】
ここで特記すべき点は、上記のことは肝臓に有意な肝硬変を患っている患者にも当てはまっていたことであり、このことは、肝硬変に起因する如何なる非特異的アップテイクであっても、FLTデータを用いた腫瘍線引き精度に影響を与えないことを示唆するものである。レシオメトリック蛍光/反射分析では、強度ベースの分類の精度が改善されなかった。その理由は、腫瘍コントラストが低いことの原因が組織吸収又は散乱のばらつきではなく、非特異的染料の蓄積だからであると考えられる。他の患者から切除したmCRC腫瘍浸潤を伴うリンパ節のFLTイメージング顕微鏡視(FLIM)(Stellaris 8、ライカ社)により、FLTベースの分類結果と組織診結果との優れた一致が示され、微視的ながん細胞巣で構成されたサブミリメートルサイズの腫瘍を、腫瘍間質より長いFLTによって線引きできるFLTの能力が示された。研究対象とした全ての腫瘍種類について、腫瘍FLTは正常組織のFLTより有意に長くなり、分類精度は97%を超えた。これらの結果により、肝臓がんにおいてマージン誘導を行うために本願開示のシステム及び方法を使用できることが示され、標準的な強度ベースの蛍光法は適していないことが明らかとなった。
【0061】
図9は、13人の異なる被検者のFLTの箱ひげ図であり、これにより、複数の被検者における平均腫瘍FLTのばらつきが約5%となり、正常/健康な組織の組織自家蛍光又は非特異的ICGのFLTより有意に長いことが示された。よって同図でも、腫瘍と正常の分類を行うために「閾値」FLTを使用することができ、これは、特定の腫瘍種類について複数の患者において一貫することが示された。
【0062】
非限定的な一具体的研究では、広視野時間領域イメージングを行うために、図1のシステムに類似するシステムを使用したが、当該システムは、770±30nm励起を提供するスーパーコンティニュームレーザ及びチューナブルフィルタ(EXR-20、SuperK Varia、NKT Photonics社、繰り返し周波数80MHz、チューニングレンジ400~850nm)と、サンプルに送光するマルチモードファイバ(Thorlabs社、米国ニュージャージー州ニュートン)と、ゲート・インテンシファイアCCD(LaVision社PicoStar、ゲイン500V、蓄積時間0.1~1秒、150psステップ、画素数256×344(4×4ハードウェアビニングの後))と、を備えるものであった。光ファイバの出力を拡開して動物の体表面に送るため、デジタルマイクロミラーデバイスを使用した。照明領域(約6×8cm)にわたる平均総出力は、10~20mWであった。蛍光は、835/70nmバンドパスフィルタを用いて反射モードで集められた。12.5nsのレーザデューティサイクルに対し、約6nsの総持続時間にわたって、600psステップ及び150psステップのゲート幅で、TD蛍光イメージングを行った。パニツムマブ-IRDye800CWの静脈注射(150μl、1mg/ml)後48時間経過してから、インビボ動物イメージングを行った。イメージング後、動物をサクリファイス(sacrifice)し、蛍光寿命イメージング顕微鏡観察(FLIM)、組織染色及び免疫組織化学(IHC)染色のために、直ちに腫瘍をOCTコンパウンド(optimal cutting temperature compound)に凍結封入を行った。
【0063】
マルチスペクトル・イメージングでは、IVISスペクトルCTイメージングシステム(パーキンエルマー社、米国マサチューセッツ州ウォルサム)で710nm励起と760~840nmの放出波長とを用いて、エクスビボ臨床標本のパラフィンブロックをイメージングした。カメラ蓄積時間は画像取得中に自動調整され、Living Image(登録商標)ソフトウェアを用いて、蓄積時間について正規化された蛍光画像を抽出した。マルチスペクトル画像の線形逆畳み込みを行うための基底関数としてパニツムマブ-IRDye800CWの真の蛍光放出スペクトルと組織自家蛍光とを使用し、パニツムマブ-IRDye800CWの振幅と組織自家蛍光とを抽出した。
【0064】
また、10μmの薄さの組織切片(ネズミ腫瘍及び臨床標本)のNIR FLIMを行うために、STELLARIS 8 FALCON(独国ライカ社)FLIMシステムを使用した。730nm励起と750nmのノッチフィルタとを用いてイメージングを行い、770~850nmの範囲内で動作するHyD R検出器を用いて検出した。画像収集のために10x、0.4NAの対物レンズを使用し、画素数512×512(2.275μm/画素)と4つのライン繰り返しと4つのライン平均を有するデジタル画像が得られた。時間相関単一光子計数法を用いてTDデータを収集した。
【0065】
これらのシステムを用いて、種々の研究を行った。パニツムマブ-IRDye800CWの共役化を、cGMP条件下で行った。簡単にいうと、パニツムマブ(ベクティビックス(Vectibix、登録商標)、アムジェン社、米国カリフォルニア州サウザンドオークス)を濃縮化し、50mmol/Lリン酸カリウムの10mg/mL溶液に対して緩衝液交換を行うことによりpH調整してpH8.5にした。IRDye800CW(IRDye800CW-N-ヒドロキシスクシンイミドエステル、LI-COR Biosciences社、米国ネブラスカ州リンカーン)を暗所で200℃で2時間、パニツムマブとモル比2.3:1で共役化した。脱塩カラム(Pierce Biotechnology社、米国イリノイ州ロックフォード)を用いて濾過を行うことにより非共役染料を除去し、PBS(pH7)と緩衝液交換を行った後、最終的なタンパク質濃度が2mg/mlに調整された。この生成物を濾過によって滅菌処理し、単回使用バイラルに入れて、使用まで40℃で保管した。
【0066】
EGFR過剰発現細胞株MDA-MB-231と、EGFR陰性細胞株MCF7と、をATCCから購入し、高グルコースDMEMにウシ胎児血清(FBS)10%とペニシリン・ストレプトマイシン1%とを補充したもの(Life Technologies社)中で両細胞株を培養した。口腔がん細胞株を、FBS10%とペニシリン・ストレプトマイシン1%とが補充されたRPMI培地で保存した。80%コンフルエンシーで細胞を腫瘍誘発のために収穫した。
【0067】
インビトロ実験を行うため、ポリ-D-リジンコーティングされたガラスカバースリップを備えた12ウェルプレートに、FaDu細胞をウェル1つあたり0.2×106個の細胞でプレーティングし、カバースリップに24時間接着可能な状態とした。その後、パニツムマブ-IRDye800CW(100μg)、IgG-IRDye800CW(100μg)又はPBS(pH7.4)を用いて細胞を370℃で2時間培養した。プローブ培養後、細胞を4%パラホルムアルデヒド(PFA)に固定し、Prolong Gold褐色防止剤(ThermoFisher Scientific社、米国マサチューセッツ州ウォルサム)が添加されて共焦点FLIMのために装着される。
【0068】
患者に関しては、全ての患者にインフォームドコンセントを行い、研究プロトコルはIRB及びFDAによって承認された。本研究は、1975年のヘルシンキ宣言及びその改正と、FDAのICH-GCPガイドラインと、米国の法令とに従って行われた。フレデリック国立研究所によるパニツムマブ-IRDye800CWの製造プロセスは、上記の通りである。研究基準を満たす同意した患者に対しては、パニツムマブ-IRDye800CW投与のための輸液センターへの立ち入りを許可した。手術の48時間前にパニツムマブ-IRDye800CWを0.6mg/kgの投与量で全身投与した。パニツムマブ-IRDye800CWを全身投与された患者のエクスビボOSCC組織をホルマリン固定し、切り離してパラフィン包埋した。その後、パラフィン包埋された組織ブロックをTDイメージング研究に回した。
【0069】
全ての動物研究は、マサチューセッツ・ジェネラル・ホスピタルの動物福祉ガイドラインに従って動物実験委員会により承認されたものである。7匹(生後4~6週間)のメスのnu/nuマウスをCharles River Laboratories社から購入し、マサチューセッツ・ジェネラル・ホスピタル(マサチューセッツ州ボストン)内の動物施設に収容した。動物に対して1週間検疫を行い、12時間の光と暗所のサイクルで通常の食事を与えた。1週間経過後、動物に3%イソフルランで麻酔し、2×106のMDA-MB-231(n=5、EGFR過剰発現)又はMCF7(n=2、EGFR陰性)細胞を1:1PBS:マトリゲル混合物を皮下注射した。MCF7細胞を投与されたマウスには、腫瘍成長を促進するために徐放性エストロゲンペレットも埋め込んだ。腫瘍が一次元において5~10mm径に到達するまで2日に1回、腫瘍を測定した。
【0070】
組織病理診及び免疫組織化学検査を行うため、周辺を正常組織によって囲まれた状態のOSCC腫瘍を10%ホルマリン中に固定し、パラフィンに包埋して切片を切り取り(厚さ10μm)、ヘマトキシリン・エオジン(H&E)によって染色し、又はIHCのために処理した。IHCについては、厚さ10μmのパラフィン包埋組織切片に対してキシレンでワックス除去を行い、低減する濃度のアルコール中で水分補給した。EDTA(pH9.0)を用いて、沸点未満の温度で15分間抗原賦活化を行った。抗EGFR抗体(Cat#4267、Cell Signaling Tech社)の1:50希釈液中で組織切片を4℃で一晩培養した。二次抗体を37℃で30分間適用し、DAKO社のHRP適合性DAB(Cat#SF-4100、Vector Laboratories社、米国カリフォルニア州バーリンゲーム)によってスライドが開発され、ハリスヘマトキシリンを用いて二次染色を行った。Keyence BZ-X810反転顕微鏡(キーエンス社、米国イリノイ州イタスカ)を用いて、H&E染色された組織切片及びIHC染色された組織切片の画像が得られた。画像を撮影するため、Plan Apo 10x、0.45NA空気対物レンズ(ニコン、日本、東京)と単色CCD(LCフィルタによってカラー化)を使用した。組織画像を2人の経験豊富な病理医によって等級付けした。
【0071】
広視野TDデータ分析では、TD蛍光画像をMATLAB(登録商標、Mathworks社、米国マサチューセッツ州ネイティック)でカスタムソフトウェアを用いて分析した。図10A及び図10Bに示すように、個々の画素のTDデータをタイムゲートとして、log(計数)に対してプロットしており、FLTは、TD蛍光プロファイルの減弱部分を単一指数関数e-t/τ(r)にフィッティングすることにより得られたものである。ここで、rは画素位置であり、τ(r)は寿命マップを構成する。より具体的には図10Aには、がん細胞におけるパニツムマブ-IRDye800CW(灰色の実線)、IgG-IRDye800CW(黒色の破線)及びPBS(灰色の破線)の代表的な蛍光減弱曲線が示されている。図10Aにはさらに、培地におけるパニツムマブ-IRDye800CW(灰色の実線)、IgG-IRDye800CW(黒色の破線)の代表的な蛍光減弱曲線と、PBSにおけるパニツムマブ-IRDye800CWの原液の代表的な蛍光減弱曲線(灰色の点線)を示している。
【0072】
組織画像は蛍光強度及びFLTマップとコレジストレーションされた。その後、組織診で確認された腫瘍及び正常組織の関心領域(ROI)を、コレジストレーションされた蛍光強度及びFLT画像上にマッピングした。ROIにより囲まれた画素の強度及びFLTを用いて、画素の確率分布を正常又は腫瘍として計算した。強度及びFLTの閾値を変えて感度及び特異度を算出することにより、受信者動作特性(ROC)曲線が得られた。感度は、腫瘍ROIにおいて強度閾値又はFLT閾値を超える画素数を、当該腫瘍ROIにおける画素の総数で除したものとして表示される。特異度は、正常ROIにおいて閾値を下回る画素数を、当該正常ROIにおける画素の総数で除したものとして算出される。
【0073】
FLIM及びIHC画像分析では、FLIMデータを収集及び分析するためにFALCON(登録商標)/FLIMソフトウェアを使用した。蛍光減弱曲線の単一指数関数フィッティングを用いることにより、各画素位置の寿命値が算出された。まず、カスタムMATLAB(登録商標)コードを用いて、各組織スライスからスティッチングされた大面積FLIM及びIHC画像をコレジストレーションした。その後、画像を画素サイズ300×300の複数の関心領域(ROI)に分割した。組織により表された画素が10%未満であるROIは、その後の分析から除外される。ImageJ(NIH、バージョン1.48u)内のIHCツールボックスを用いてカラー逆畳み込みによりIHC画像ROIを分析することによって、各ROIにおいてEGFR陽性画素を抽出した。ROIにおけるEGFR発現レベルは、EGFR陽性画素のパーセントで表した。対応するFLIM画像ROIは、約0.3nmを上回るFLT値の平均をとることにより分析された。IHCとFLIMのROIの各対のEGFR発現率及び平均FLT値を、散布図及び相関係数を用いて比較した。
【0074】
棒グラフのp値を推定するため、マン・ホイットニーのU検定(左右に裾)を用いて統計的分析を行った。0.05未満のp値は有意とみなされ、はP<0.05、**はP<0.01である。実験は無作為ではなく、調査者は実験及びアウトカム評価の際の割り当てに対してブラインドではなかった。結果を平均±標準偏差として示す。
【0075】
<結果>
インビトロ測定を行った結果、蛍光寿命イメージング顕微鏡(FLIM)技術を用いると、頭頚部がん細胞株のEGFR発現率が高い場合にFLTの細胞特異性が向上することが確認された。例えば、図10CにはFaDu細胞の顕微鏡蛍光強度及びFLTマップが示されており、このFaDu細胞はパニツムマブ-IRDye800CW(左側)、IgG-IRDye800CW(中央)、又はPBS(右側)を用いて培養されたものである。パニツムマブ-IRDye800CWによって処理された細胞は、IgG-IRDye800CWで培養された細胞と比較して高いプローブ・アップテイクと長いFLT値(≒0.75ns)を示しており、それに対して、IgG-IRDye800CWで培養された細胞は低いアップテイクと短いFLT(≒0.61ns)とを示した。PBSにより培養された細胞は、同じ実験条件下で基底レベルの自家蛍光と0.55nsの平均FLTとを示した。図10Aに示されているように、代表的な蛍光減弱プロファイルは、細胞におけるパニツムマブ-IRDye800CWの減弱時間が最も長く、その次がIgG-IRDye800CW、その次がPBSであった。図示のインビトロ実験から収集された培地におけるパニツムマブ-IRDye800CW及びIgG-IRDye800CWは、図10Dに示すように、前者のFLTが0.58ns、後者のFLTが0.56nsと共に短く、これは、PBSにパニツムマブ-IRDye800CWを溶解した原液のFLTと同等であった(0.58ns)。この結果は、培地条件による環境の影響は、がん細胞において観測されたパニツムマブ-IRDye800CWのFLT向上を引き起こした原因ではないことを示唆するものである。図10Aは、培地におけるパニツムマブ-IRDye800CW及びIgG-IRDye800CWの代表的な蛍光減弱プロファイルを示しており、これらのプロファイルは、PBSにおけるパニツムマブ-IRDye800CWの減弱プロファイルと相違するものではなかった。これらのインビトロ実験の結果は、がん細胞におけるパニツムマブ-IRDye800CWのEGFR特異性アップテイクとFLTの向上を示唆している。
【0076】
また、手術の48時間前にパニツムマブ-IRDye800CWの全身注射を受けたOSCC患者の舌側縁を舌切除手術により切除した組織標本を用いて追想的イメージング調査を行った。具体的には、図11A~11Cは代表的な標本のFLIM画像(左側)、EGFR IHC画像(中央)及びH&E染色組織画像(右側)を示しており、これらは、腫瘍領域の高いEGFR発現率に対応してOSCC腫瘍におけるFLTが長くなっていることを示している。より具体的には、図11Aは広視野の関心領域(ROI)を示しており、矢印によって示されている2つのEGFR過剰発現腫瘍クラスターにおいてFLTが長くなっている(赤色)のが観察される。その腫瘍の周囲のEGFR発現率が低い正常組織は、より短いFLT(緑色/青色)を示しており、これは、非特異的なパニツムマブ-IRDye800CWや組織自家蛍光のFLTと一致する。また、図11B図11Aの関心領域(ROI、破線のボックスとして示されている)の倍率を引き上げたものを示しており、図11C図11Bの関心領域の倍率を引き上げたものを示している。FLIM画像には、高EGFR発現率腫瘍細胞において長いFLTが空間的に共存することが示されており、個々のOSCC細胞クラスターにおいてFLT向上の腫瘍特異性が単一細胞解像度レベルまで観察可能となる(図11C、矢印)。
【0077】
ここで図12A~12Cを参照すると、パニツムマブ-IRDye800CWの非特異的アップテイクが強い組織領域に関してFLTの腫瘍コントラストが蛍光強度より優れている数例が示されている。図12Aでは、高EGFR発現率腫瘍領域と低EGFR発現率又は無EGFR発現の正常組織とを含む標本の大きなROIの中に、蛍光強度及びFLTの空間的分布が示されている。これに対応する組織画像及びIHC画像は、腫瘍境界(破線)を正常な唾液腺(SG)、筋肉(M)及び結合組織(CT)の層から明確に線引きしている。蛍光強度は腫瘍と唾液腺と筋肉とで同等であったが、腫瘍領域のFLTは周囲の正常組織のFLTより有意に長かった。IHC画像では、腫瘍におけるEGFR発現率が最も高く、次いで唾液腺が高く、最も低かったのは筋肉の発現率であった。この傾向はFLIM画像と非常に一致しており、FLIM画像では、腫瘍前端部(front)におけるFLTが唾液腺のFLT(0.7ns)や筋肉のFLT(0.5ns)と比較して有意に長かった(0.9~1ns)。ここで留意すべき点として、図12Aの腫瘍内部においてアップテイクが低くFLTが短くなっているのは、EGFRを発現しない結合組織が存在すること、リンパ球が高密度で存在すること、パニツムマブ-IRDye800CWの腫瘍浸透が不均一であることが原因となっているからである。パニツムマブ-IRDye800CWのより均一な腫瘍浸透は、パニツムマブ-IRDye800CWと共にラベル無しのパニツムマブを負荷投与量で同時に投与することにより実現することができる。腫瘍細胞クラスターにおけるFLTは一貫して正常組織のFLTより長く、FLT値が長い領域が高EGFR発現率の領域と同一位置に併存している。
【0078】
図12Bでは、原発性腫瘍塊から遠距離にある若干数のOSCC細胞の1つのクラスターを含む代表的なROIが示されており、これは高倍率(20x)で観測される。このROIでは、パニツムマブ-IRDye800CWの局所的な非特異的アップテイクが低いため、蛍光強度及びFLTの両方が腫瘍細胞の高いコントラストを示している。さらに、図12Cには、筋肉及びリンパ球により囲まれた3つの追加のOSCC細胞クラスター(矢印)による非特異的蛍光が高いROIも示されている。これらのEGFR過剰発現OSCC細胞はFLT画像上でのみ区別可能となっており、蛍光強度ベースでは周辺の正常組織とほとんど区別することができない。3つ全ての細胞クラスターが0.96nsの平均FLTを示しており、これは、筋肉の0.5nsのFLTより有意に長いものであった。上記のデータから、蛍光強度方式のイメージングは特定の腫瘍細胞クラスターを同定できるが、多くの腫瘍細胞クラスターは非特異的蛍光に起因してバックグラウンドと区別不能であることが分かる。一方、パニツムマブ-IRDye800CWのFLTは一貫して腫瘍細胞において長くなっていると共に腫瘍細胞におけるEGFR発現に対して特異性であり、これにより顕微視レベルの腫瘍と正常組織との分離がロバストになる。また、口腔がん標本における腫瘍FLTが長いのは、組織内因性の自家蛍光に由来するものではないことも確認された。
【0079】
図11A~12CのFLT画像から、EGFR発現率が高い領域ほどFLTが長くなることが分かる。細胞膜又は細胞質におけるEGFR結合の個々の病巣においてFLTの増大が期待されるが、非細胞区画における個々の分子レベルでの解像力は、共焦点イメージング方式を用いて実現することができない。よって、顕微鏡画像の特定の一画素におけるFLTは、EGFR発現レベルの範囲を含む細胞内の各部位における空間的平均となり、この特定の一画素のFLTは、当該画素に対応する組織領域における平均EGFR発現率と相関するはずである。
【0080】
この相関関係を調べるため、EGFR発現率と複数の組織切片における平均FLTとの関係を数値化した。EGFR発現率が低いROI、中程度のROI、及び高いROIにおけるEGFR発現率のIHCベースの数値化を行った結果、図13A~13Gに一般的に示されているように、パニツムマブ-IRDye800CWのFLTがEGFR発現率と強い相関関係にあることが判明した。具体的には、図13Aは3つの代表的なROIのIHCをEGFR発現率の昇順に示しており、これらには筋肉と唾液腺と腫瘍とが含まれる。EGFRが過剰発現している腫瘍細胞にパニツムマブ-IRDye800CWが蓄積したにもかかわらず、EGFR発現率が低い筋肉と、EGFR発現率が中程度の唾液腺とにおいて有意な非特異性アップテイクがあるため、腫瘍が蛍光強度に基づいて正常部分と区別不能となってしまい、このことは、図13Bに示されているように3つのROIに係る強度ヒストグラムが大きく重なり合っていることから明らかである。一方、パニツムマブ-IRDye800CWのFLTは、図13Cに示す通りEGFR発現率が低い筋肉領域において最も短くなり、EGFR発現率が高い腫瘍細胞において最も長くなった。上記の代表的な筋肉ROI、唾液腺ROI及び腫瘍ROIにおける各平均FLTはそれぞれ0.4ns、0.5ns、0.88nsとなった。図13Dは、調査対象の全てのROIにおけるIHCでEGFRについて陽性の面積パーセントに対する平均蛍光強度の散布図である。この散布図では相関が低くなっており(r=-0.12)、これは、強い非特異的アップテイクが存在すると、パニツムマブ-IRDye800CWの蛍光強度を用いて高信頼性でEGFR発現率を数値化することができないことを示唆している。図13Eに、IHCで確認したEGFR陰性画素及び陽性画素における平均蛍光強度が示されており、これは、IHC画像とFLIM画像とのコレジストレーションから得られるものであるが、これらの平均蛍光強度は統計的には相違するものではない。各ROIの平均FLTは、図13Fに示されているように、IHCにおいてEGFRについて陽性の面積パーセント割合との間に強い正の相関(r=0.87)を示した。これは、EGFR発現率が高いROIの平均FLTが長くなることを示唆するものである。さらに、図13Gに示されているように、EGFR陽性の画素はEGFR陰性の画素より有意に長い平均FLTを示した。よって、図13A~13Gに示されている結果から、ヒト組織におけるパニツムマブ-IRDye800CWのFLTはEGFR発現率と高い相関関係にあり、強い非特異的アップテイクの存在下で組織EGFR発現率の定量的推定結果を提供することができることが確認される。
【0081】
このようにパニツムマブ-IRDye800CWのFLT向上の細胞特異性が確立されたところで、我々は次に、厚みのある巨視的組織における広視野FLTイメージングの腫瘍-正常分類に係る能力を評価した。この能力は、術中インシチュ・イメージングと、大きい切除標本のエクスビボイメージングにとって重要なものである。具体的には、図14A~14Kに、同一組織ブロックの広視野時間領域(TD)及びスペクトル反射イメージングが示されており、この組織ブロックは、図12Aに示されている顕微鏡FLIM分析と組織分析とに使用されたスライドを含むものであった。パラフィンブロックに入っている標本のカラー写真(図14A)が組織診断(図14B)とコレジストレーションされており、腫瘍ROIは病理医が描出したものである(黒色の点線)。広視野蛍光イメージングでは、組織診により画定された腫瘍境界(白色の点線)の内側及び外側において蛍光強度の広範で不均一な分布(図14C)が示され、これは、無関係な筋肉及び唾液腺における非特異的蛍光(図14C中の白色の矢印)が高いレベルにあることを示唆するものであり、かかる非特異的蛍光は、腫瘍蛍光とほぼ区別不能である。我々は、予め決まった腫瘍及び正常スペクトル基底関数を用いたスペクトル分離では腫瘍領域と正常領域とを明確に区別できないことを確認した(図14D及び図14E)。しかし、腫瘍領域におけるFLTは正常組織のFLTより有意に長く(図14F)、重なりは僅かのみであった。図14H図14I及び図14Jにそれぞれ、腫瘍境界の内側及び外側の蛍光強度のヒストグラム、スペクトル分離振幅のヒストグラム、及びFLTのヒストグラムが示されている。これらの分布では、蛍光強度及びスペクトル振幅において大きな重なりが見られるが、FLTは腫瘍ROIと正常ROIとで異なり、これらのFLT分布の重なりは最小限であった。画素強度分布及びFLT分布を用いた受信者動作特性(ROC)分析結果が図14Kに示されており、この分析の結果、FLTベースの腫瘍/正常分類における曲線より下の面積(AUC)は0.98となった。これは、強度ベースの分類のAUC0.32(図14K)とは対照的である。スペクトル分離を使用することで精度が強度の場合より向上したが(AUC=0.58)、スペクトル分類の性能は依然として、FLTイメージングの性能より有意に低い。FLTイメージングの腫瘍/正常分類についての高い精度は、巨視的なFLTイメージングベースの腫瘍-正常境界と、同じスライドの薄い切片の微視的なFLIM画像から得られた対応する境界(図14G、比較しやすくなるように図12Aを再現したもの)及び組織画像(図14B)と、の一致が優れていることにより確認される。ここまで、FLT画像は薄い組織スライスを用いて得られたもの、又は厚みのある切除された組織内で得られたものであったが、強い光吸収及び光散乱の存在下で生体組織におけるFLT変化をインビボで検出することも、幅広い条件の存在下で実現可能である。我々は動物腫瘍モデルを用いて、EGFR過剰発現腫瘍をインビボで検出するためのFLTイメージングの精度を広範囲で検証した。
【0082】
上記の例及び結果は、患者に全身注射されたがん標的NIRプローブががん細胞内にあるときに、当該がん標的NIRプローブのFLTが正常組織と比較して長くなることを臨床的に示したものである。さらに、プローブの増加した腫瘍FLTを利用して、薄い組織切片における顕微鏡レベル及び巨視的な厚みのある組織標本の両方において、腫瘍線引きの過去に例がない精度を実現することができ、これにより、組織における受容体発現を正確に数値化することが可能であることが示された。これは、外部のがん標的薬を用いたヒト組織の細胞レベルでのがん特異性を示すものである。
【0083】
本願にて提供されるシステム及び方法は、腫瘍検出精度の向上を実現する他にさらに、光照明パワー、カメラ感度、その他システム固有のスケーリングファクタ等の測定パラメータの影響を受けることがない。よってFLTは、複数のイメージングシステムや研究の間で容易に比較可能な絶対的パラメータとして供されることができ、これにより画像誘導手術のより良好な標準化が促進される。
【0084】
がんにおけるFLTの細胞特異性は、薄い組織切片の顕微鏡イメージングを超える重要性を有し、このFLTの細胞特異性を、深い組織の腫瘍をイメージングするために利用することができる。FLT測定は幅広い条件下で組織光伝播によって変化することがなく、厚みのある組織の存在下で、推定が困難であることが多い組織光学特性を把握する必要なく、FLTを推定することができる。よって、がんについてのFLTの細胞特異性により、厚い生体組織を通じて測定されたFLTが腫瘍細胞にのみ由来するものであり、非特異的プローブに由来するものではないことが示される。このことは蛍光強度に対して強い対照をなすものであり、蛍光強度は(がん細胞特異性の蛍光を非特異性の蛍光と区別できない他にさらに)組織光伝播によって大きく減衰するので、プローブ・アップテイクを正確に数値化するためには、組織光学特性と組織の厚さとを完全に把握しなければならない。
【0085】
深い組織を通じてFLTを測定可能であることは、厚みのある巨視的な組織に埋まっている腫瘍を検出する必要がある場合に有用となり得、例えば切除標本におけるマージンの深さを評価するため、又は器官全体において奥深くに位置する腫瘍を非侵襲的にイメージングする際に、上記のようなFLT測定が可能であることが有用となり得る。断層撮影再構成アルゴリズム(例えば、米国特許第9927362号「System and Methods for tomographic lifetime multiplexing」。同文献の記載内容は全て、参照により本願の記載内容に含まれるものとする)を使用して、奥深くの組織におけるFLTを検出及び位置特定することができる。かかる方法は、インビボFLTが内因性の組織吸収タイムスケール(≒0.2ns)より長いと仮定して、FLTが組織散乱や吸収に対して比較的依存しないことを利用したものであり、IRDye800CWを含む多くのNIRフルオロフォアについて条件が十分に満たされる。よって、本願にて提供されるシステム及び方法は、全身の測定を使用してがん関連のバイオマーカを数値化する診断システムを創出するように拡張され、又は、予め決まったFLT閾値に基づく迅速なオンオフ「光スイッチ」読出しを提供するように拡張されることができる。
【0086】
従前は、FLTイメージングは顕微鏡レベル及び全動物レベルにおける前臨床研究に適用されてきた。視認可能なFLIMの評価は、組織成分の内因性のFLTを利用する画像誘導手術のために行われてきたが、腫瘍組織と正常組織の内因性のFLTコントラストは必然的に低く、これにより感度や特異度が低くなる。さらに、内因性蛍光方式のイメージングシステムは可視光を使用し、これにより、組織減衰が大きいことに起因して表面下の腫瘍をイメージングする能力が除外されるので、術中用途が、露出している腫瘍に限定されてしまう。NIR薬は、術中イメージング又は奥深い組織のイメージングのためにNIR光のより深い感度を利用することができる。さらに、外部の標的薬を分子発現マーカについての報告の際に使用することができる。しかしながら、内因性の可視スペクトルのFLIMは、外部薬によるNIR腫瘍信号を補足するために価値のある形態学的情報を提供し得る種々の組織構造を明確に線引きすることができる。
【0087】
図14A~14Kに記載されたデータは、スペクトル分離技術が非特異性アップテイクによる腫瘍コントラスト不足を緩和し、FLTイメージングシステムが容易に入手できない場合に有用となり得ることを示唆するものである。腫瘍と正常のスペクトルコントラストは未だに、FLTを用いた場合の腫瘍検出精度に匹敵する腫瘍検出精度を提供するために十分なものではない。ここで留意すべき点として、スペクトルコントラストは本質的に強度ベースの尺度であるから、強度の場合と同様の制限を有し、例えば測定パラメータ、組織吸収や散乱に対する依存性等の制限を有する。よって、このような技術を用いて厚い生体組織で数値化することはより困難になる。
【0088】
OSCC、膵臓腫瘍及び脳腫瘍について、EGFR抗体標識NIRプローブの有用性及び安全性が幅広く研究されてきた。これらの研究により、視認による同定や触診と比較して感度に有意な改善が示されたが、強度は組織における非特異性アップテイクは不均一であり、特定の標本の複数の領域において変わり得るので、強度は常に高信頼性とは限らない。このことは上記のデータによって明確に示されており、強度は、腫瘍アップテイクが良好である一部の口腔組織領域において良好な性能を示すが、唾液腺等の他の領域の口腔組織には高い非特異性アップテイクが存在し、腫瘍コントラストが有意に減少してしまう。一方、腫瘍のFLTは正常な口腔組織のFLTより一貫して均一に長いので、腫瘍アップテイクのロバストな尺度を提供する。
【0089】
パニツムマブ-IRDye800CWはヒトにおける安全性について幅広く試験されており、術中FLTイメージングは臨床的に実現可能である旨が示されているので、本願にて提示されている結果は、EGFR過剰発現がんにおける術中の手術誘導にとって直接的な臨床上の重要性を有する。頭頚部がんの90%を超える割合がEGFRを過剰発現する。OSCCに対応した抗EGFR抗体標識プローブの複数の臨床試験の他、脳腫瘍、大腸がん及び膵臓がんにおいてもEGFR抗体ベースのプローブの臨床試験が行われている。よって、パニツムマブ-IRDye800CWを用いたFLTイメージングは、これらのがんに係る手術誘導に強い影響を与えることが予測される。EGFR標的の他、FLTコントラストは、他の受容体標的プローブを用いた腫瘍イメージングにも有利となり得る。早期段階の前臨床研究により、マウスにおいてヒト上皮成長因子受容体-2(HER-2)に対する蛍光標識抗体の腫瘍特異性のFLT変化が見られた。また、免疫発現マーカを標的とするプローブも、腫瘍細胞において正常組織より長い寿命を示す。がん特異性分子マーカを標的とする新規のプローブが開発され続けているので、本願にて提供されるシステム及び方法は、これらの新規開発された薬剤にも適用することができる。標的分子イメージング剤を用いたFLTイメージングは、その強力かつ独特な利点により、がん診断から外科的治療に及ぶ幅広い臨床設定において重要な役割を果たし得る。
【0090】
図15A~15Dは、肉腫における蛍光寿命向上を示す一連のグラフである。図15A及び図15Bのバイオリン図は、手術の0時間~48時間前にICGを投与された複数の患者(n=10)から切除された肉腫と数種類の正常組織とにおける蛍光強度の分布(図15A)と、FLT(図15B)と、を示している。ここで、BVは血管であり、CTは結合組織であり、ATは脂肪組織である。図15Cのグラフには、7人の患者における腫瘍及び正常組織の平均蛍光強度が示されており、対応する7人の患者における腫瘍及び正常組織のFLTが図15Dに示されている。両図中、左側の円は腫瘍値を表し、正常組織は右側の円で表されている。平均は、組織診で同定された各患者の腫瘍又は正常組織の複数(20より多い個数)のROIについて算出されたものである。図15A及び図15Bの破線は、最も高い感度及び特異度を提供する閾値強度又は閾値FLTを表している。マン・ホイットニーU検定(左右に裾):***p<0.001
【0091】
図16A~16Dは、頭頚部がんにおける蛍光寿命向上を示す一連のグラフである。図16A及び図16Bは、手術の少なくとも24時間前にインドシアニングリーン(ICG)を投与された複数の患者(n=8)の頭頚部がんと各種正常な口腔組織とにおける蛍光強度の分布(図16A)と、FLT(図16B)と、を示すバイオリン図である。ここで、NEは正常上皮であり、NSは正常間質であり、DSは線維形成間質であり、SGは唾液腺である。図16Cには、6人の患者における平均蛍光強度が示されており、図16DにはFLTが示されている。両図中、各グラフの左側の円に腫瘍が表されており、正常組織は右側の円で表されている。塗りつぶし円そのものは、組織診で同定された各患者の腫瘍又は正常組織の複数(20より多い個数)のROIの平均を表している。マン・ホイットニーU検定(左右に裾):***p<0.001
【0092】
図17Aは、10人の肉腫患者の標本における蛍光寿命(FLT)及び強度ベースの腫瘍/正常分類の感度と偽陽性率(1-特異度)の受信者動作特性(ROC)プロットのグラフである。図17Aは、0.96及び0.56の各精度(曲線の下の面積(AUC)として測定される)を示すものである。図17Bは、8人の頭頚部がん患者における同様のROCグラフであり、FLTベースの腫瘍/正常分類では精度(AUC)が0.96となり、強度ベースの腫瘍/正常分類では精度(AUC)が0.61となった。
【0093】
図18A~18Hは、近赤外蛍光タンパク質(iREF)のインビトロ及び「インビボ」寿命多重化を示すグラフ及び画像である。全ての蛍光データが1つの励起/放出フィルタ対を用いて取得されたものであり、ex(励起):650/40nm、em(放出):700nmロングパスである。図18Aは、5つのiRFP変種(iRFP670,682,702,713及び720)を発現した微生物の蛍光強度画像であり、図18Bは同じ微生物の蛍光寿命画像である。図18Cは、正規化された励起スペクトルを示しており、図18Dは、iRFP670,702及び720の放出スペクトルを示している。図18Eは、微生物におけるiRFP670,702及び720の時間領域(TD)蛍光信号グラフである。図18Fは、図18Bから導出された寿命のヒストグラムである。図18Gは、メスのヌードマウスの乳房脂肪パッド中にあるiRFP670,702及び720を発現した3つのMTLn3腫瘍の蛍光強度を示す画像であり、図18Hは、当該3つのMTLn3腫瘍の蛍光寿命を示す画像である。
【0094】
図19A~19Dは、強度イメージングを用いたマウスの画像(図19A)と、解剖学的に標的とされたフルオロフォアの断層撮影蛍光寿命多重化の画像(図19B~19D)である。図19A~19Dの画像におけるマウスには、Osteosense800(0.65ns、骨格系標的)及びZE169(0.5ns、腎臓標的)が静脈注射された。図19B~19Dではがんが明確となっているが、図19Aでは識別が困難となっている。
【0095】
本発明は、その思想又は本質的特徴から逸脱することなく他の具体的形態で実施することができ、上記の実施態様は、あらゆる点においてあくまで例示であり、本発明を限定するものとみなすべきものではない。よって、本発明の範囲は上記の説明ではなく添付の特許請求の範囲によって示されたものである。請求項の意味及び均等の範囲に属する全ての変更は、請求項の範囲に包含されるべきものである。
図1
図2
図3A-D】
図4A-C】
図5A-B】
図6A-6D】
図7A-7D】
図8A-D】
図9
図10A-B】
図10C
図10D
図11A-11C】
図12A
図12B
図12C
図13A-C】
図13D-G】
図14A
図14B
図14C
図14D
【図
図14H-I】
図14J-K】
図15A-D】
図16A-D】
図17A-B】
図18A-H】
図19A-19D】
【国際調査報告】