(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公表特許公報(A)
(11)【公表番号】
(43)【公表日】2024-12-20
(54)【発明の名称】溶接熱影響部の超低温靭性に優れたオーステナイト系鋼材及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20241213BHJP
C22C 30/00 20060101ALI20241213BHJP
C21D 8/02 20060101ALI20241213BHJP
C22C 38/58 20060101ALI20241213BHJP
【FI】
C22C38/00 302A
C22C30/00
C21D8/02 D
C22C38/58
【審査請求】有
【予備審査請求】未請求
(21)【出願番号】P 2024537601
(86)(22)【出願日】2022-12-20
(85)【翻訳文提出日】2024-08-20
(86)【国際出願番号】 KR2022020835
(87)【国際公開番号】W WO2023121222
(87)【国際公開日】2023-06-29
(31)【優先権主張番号】10-2021-0184272
(32)【優先日】2021-12-21
(33)【優先権主張国・地域又は機関】KR
(81)【指定国・地域】
(71)【出願人】
【識別番号】522492576
【氏名又は名称】ポスコ カンパニー リミテッド
(74)【代理人】
【識別番号】110000051
【氏名又は名称】弁理士法人共生国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】イ,スン‐ギ
(72)【発明者】
【氏名】カン,サン‐ドク
【テーマコード(参考)】
4K032
【Fターム(参考)】
4K032AA04
4K032AA05
4K032AA06
4K032AA07
4K032AA11
4K032AA12
4K032AA18
4K032BA01
4K032CA02
4K032CA03
4K032CC03
4K032CC04
(57)【要約】
【課題】溶接熱影響部の超低温靭性に優れ、液化ガスの貯蔵タンク及び液化ガスの輸送設備等の超低温環境における構造用素材として使用可能なオーステナイト系鋼材及びその製造方法を提供する。
【解決手段】上記オーステナイト系鋼材は、重量%で、マンガン(Mn):10~45%、炭素(C):24×[C]+[Mn]≧25及び33.5×[C]-[Mn]≦18を満たす範囲、クロム(Cr):10%以下(0%を除く)、残りの鉄(Fe)及び不可避不純物からなり、オーステナイトを基地組織として備え、溶接熱影響部(HAZ、heat-affected zone)に対して-253℃基準シャルピー衝撃試験を行う場合、前記溶接熱影響部における横膨張は0.32mm以上であることを特徴とする。
前記数式において、[C]及び[Mn]は、前記鋼材に含まれる炭素(C)及びマンガン(Mn)の含量(重量%)を意味する。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
重量%で、マンガン(Mn):10~45%、炭素(C):24×[C]+[Mn]≧25及び33.5×[C]-[Mn]≦18を満たす範囲、クロム(Cr):10%以下(0%を除く)、残りの鉄(Fe)及び不可避不純物からなり、
オーステナイトを基地組織として備え、
溶接熱影響部(HAZ、heat-affected zone)に対して-253℃基準シャルピー衝撃試験を行う場合、前記溶接熱影響部における横膨張は0.32mm以上であることを特徴とするオーステナイト系鋼材。
(前記数式において、[C]及び[Mn]は、前記鋼材に含まれる炭素(C)及びマンガン(Mn)の含量(重量%)を意味する。)
【請求項2】
前記鋼材の常温降伏強度は、245MPa以上400MPa未満であることを特徴とする請求項1に記載のオーステナイト系鋼材。
【請求項3】
前記溶接熱影響部は、微細組織として、95面積%以上(100面積%を含む)のオーステナイト及び5面積%以下(0面積%を含む)の粒界炭化物を含むことを特徴とする請求項1に記載のオーステナイト系鋼材。
【請求項4】
前記溶接熱影響部の平均結晶粒サイズは5~200μmであることを特徴とする請求項1に記載のオーステナイト系鋼材。
【請求項5】
前記溶接熱影響部の平均結晶粒のアスペクト比(aspect ratio)は1.0~5.0であることを特徴とする請求項1に記載のオーステナイト系鋼材。
【請求項6】
前記鋼材の転位密度は2.3×10
15~3.3×10
15/mm
2であることを特徴とする請求項1に記載のオーステナイト系鋼材。
【請求項7】
重量%で、マンガン(Mn):10~45%、炭素(C):24×[C]+[Mn]≧25及び33.5×[C]-[Mn]≦18を満たす範囲、クロム(Cr):10%以下(0%を除く)、残りの鉄(Fe)及び不可避不純物からなるスラブを準備する段階と、
前記スラブを加熱した後、800℃以上の圧延仕上げ温度に熱間圧延する段階と、を含むことを特徴とするオーステナイト系鋼材の製造方法。
(前記数式において、[C]及び[Mn]は、前記スラブに含まれる炭素(C)及びマンガン(Mn)の含量(重量%)を意味する。)
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、オーステナイト系鋼材及びその製造方法に係り、より詳しくは、溶接熱影響部の超低温靭性に優れたオーステナイト系高マンガン鋼材及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
液化水素(Liquefied hydrogen、沸点:-253℃)、液化天然ガス(LNG、Liquefied Natural Gas、沸点:-164℃)、液体酸素(Liquefied Oxygen、沸点:-183℃)、及び液体窒素(Liquefied Nitrogen、沸点:-196℃)などのような液化ガスは超低温貯蔵を必要とする。したがって、これらのガスを貯蔵するためには、超低温での十分な靭性と強度を有する材料からなる圧力容器などの構造物が必要である。
【0003】
液化ガス雰囲気の低温で使用可能な材料として、AISI304などのCr-Ni系ステンレス合金や9%Ni鋼又は5000系列のアルミニウム合金などが用いられてきた。しかし、アルミニウム合金の場合、合金コストが高く、低い強度により構造物の設計厚さが増加し、溶接施工性も良好ではないため使用に制限がある。Cr-Ni系ステンレスと9%ニッケル(Ni)鋼などは、アルミニウムの物性上の問題点は大幅に改善されるものの、高価なニッケル(Ni)を多量含有しているため経済性の観点から好ましくない。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明の目的とするところは、溶接熱影響部の超低温靭性に優れ、液化ガスの貯蔵タンク及び液化ガスの輸送設備等の超低温環境における構造用素材として使用可能なオーステナイト系鋼材及びその製造方法を提供することにある。
本発明の課題は、上述した内容に限定されない。通常の技術者であれば、本明細書の全体的な内容から本発明の更なる課題を理解する上で何ら困難がない。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明のオーステナイト系鋼材は、重量%で、マンガン(Mn):10~45%、炭素(C):24×[C]+[Mn]≧25及び33.5×[C]-[Mn]≦18を満たす範囲、クロム(Cr):10%以下(0%を除く)、残りの鉄(Fe)及び不可避不純物からなり、オーステナイトを基地組織として備え、溶接熱影響部(HAZ、heat-affected zone)に対して-253℃基準シャルピー衝撃試験を行う場合、上記溶接熱影響部における横膨張は0.32mm以上であることを特徴とする。
上記数式において、[C]及び[Mn]は、上記鋼材に含まれる炭素(C)及びマンガン(Mn)の含量(重量%)を意味する。
【0006】
上記鋼材の常温降伏強度は、245MPa以上400MPa未満であることがよい。
上記溶接熱影響部は、微細組織として95面積%以上(100面積%を含む)のオーステナイト及び5面積%以下(0面積%を含む)の粒界炭化物を含むことができる。
【0007】
上記溶接熱影響部の平均結晶粒サイズは5~200μmであることがよい。
上記溶接熱影響部の平均結晶粒のアスペクト比(aspect ratio)は1.0~5.0であることができる。
上記鋼材の転位密度は2.3×1015~3.3×1015/mm2であることが好ましい。
【0008】
本発明のオーステナイト系鋼材の製造方法は、重量%で、マンガン(Mn):10~45%、炭素(C):24×[C]+[Mn]≧25及び33.5×[C]-[Mn]≦18を満たす範囲、クロム(Cr):10%以下(0%を除く)、残りの鉄(Fe)及び不可避不純物からなるスラブを準備する段階と、上記スラブを加熱した後、800℃以上の圧延仕上げ温度に熱間圧延する段階と、を含むことを特徴とする。
上記数式において、[C]及び[Mn]は、上記スラブに含まれる炭素(C)及びマンガン(Mn)の含量(重量%)を意味する。
【0009】
上記課題の解決手段は、本発明の特徴の全てを列挙したものではなく、本発明の様々な特徴及びそれに伴う利点と効果は、以下の具体的な実現例及び実施例を参照してより詳細に理解することができる。
【発明の効果】
【0010】
本発明の一側面によれば、本発明のオーステナイト系鋼材及びその製造方法は、溶接熱影響部の超低温靭性に優れ、液化ガスの貯蔵タンク及び液化ガスの輸送設備のような超低温環境における構造用素材として特に好適なオーステナイト系鋼材及びその製造方法を提供することができる。
本発明の効果は上述の事項に限定されず、本明細書に記載の事項から合理的に類推可能な効果を含む概念として解釈することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】本発明の一側面に係るオーステナイト系鋼材の炭素含量及びマンガン含量の相関関係を示す図である。
【
図2】本発明の一側面に係るオーステナイト系鋼材の溶接熱影響部における横膨張値を測定する方法を概略的に示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明は、オーステナイト系鋼材及びその製造方法に関するものであって、以下では、本発明の好ましい実現例について説明する。本発明の実現例は、様々な形態に変形することができ、本発明の範囲は以下で説明される実現例に限定されるものとして解釈されてはならない。本実現例は、当該発明が属する技術分野において通常の知識を有する者に本発明をより詳細に説明するために提供されるものである。
以下、本発明の一側面に係るオーステナイト系鋼材についてより詳細に説明する。
【0013】
本発明の一側面に係るオーステナイト系鋼材は、重量%で、マンガン(Mn):10~45%、炭素(C):24×[C]+[Mn]≧25及び33.5×[C]-[Mn]≦18を満たす範囲、クロム(Cr):10%以下(0%を除く)、残りの鉄(Fe)及び不可避不純物からなり、溶接熱影響部に対して-253℃基準シャルピー衝撃試験を行う場合、上記溶接熱影響部における横膨張は0.32mm以上を満たすことが好ましい。
以下、本発明の一側面に係るオーステナイト系鋼材に含まれる鋼組成についてより詳細に説明する。以下、特に断りのない限り、各元素の含量を示す「%」は重量を基準とする。
【0014】
マンガン(Mn):10~45%
マンガンは、オーステナイトの安定化に重要な役割を果たす元素である。超低温でのオーステナイトを安定化させるためには、10%以上のマンガン(Mn)が含まれることが好ましい。マンガン(Mn)含量がこれに及ばない場合、準安定相であるイプシロンマルテンサイトが形成され、超低温における加工誘起変態により容易にアルファマルテンサイトに変態するため、靭性を確保することができない。イプシロンマルテンサイトの形成を抑制するために炭素(C)含量を増加させてオーステナイトの安定化を図る方案があるが、この場合、むしろ多量の炭化物が析出し、物性が急激に劣化する虞がある。したがって、マンガン(Mn)の含量は10%以上が好ましい。好ましいマンガン(Mn)含量は15%以上であることがよく、より好ましいマンガン(Mn)含量は18%以上であることがよい。マンガン(Mn)含量が過剰な場合、鋼材の腐食速度を低下させる虞があるだけでなく、経済性の観点から好ましくない。したがって、マンガン(Mn)含量は45%以下が好ましい。好ましいマンガン(Mn)含量は40%以下であることがよく、より好ましいマンガン(Mn)含量は35%以下である。
【0015】
炭素(C):24×[C]+[Mn]≧25及び33.5×[C]-[Mn]≦18を満たす範囲
炭素(C)は、オーステナイトを安定化させ、強度を増加させる元素である。特に炭素(C)は、冷却過程または加工などの過程においてオーステナイトからイプシロン或いはアルファマルテンサイトへの変態点であるMs又はMdを下げる役割を果たす。したがって、炭素(C)はオーステナイトの安定化に効果的に寄与する成分であり、炭素(C)含量が不十分な場合、オーステナイトの安定度が不足して超低温における安定したオーステナイトが得られず、外部応力により容易にイプシロン又はアルファマルテンサイトに加工誘起変態を起こして鋼材の靭性を減少させるか、又は鋼材の強度が低下する虞がある。一方、炭素(C)の含量が過剰な場合、炭化物の析出により鋼材の靭性が急激に劣化することがあり、鋼材の強度が過度に増加して加工性が低下する虞がある。
【0016】
本発明の発明者は、炭化物の形成に関連して炭素(C)とマンガン(Mn)の含量間の相対的な挙動について鋭意研究を行った。その結果、
図1に示すように、炭素(C)及びマンガン(Mn)の相対的な含量関係を決定することにより、オーステナイトの安定化を効果的に図りながらも、炭化物の析出量を効果的に制御できるという結論に至った。炭化物は炭素(C)によって形成されるものであるが、炭素(C)が独立して炭化物の形成に影響を及ぼすものではなく、マンガン(Mn)と複合的に作用して炭化物の形成に影響を及ぼす。
【0017】
オーステナイトの安定化を図るためには、他の成分が本発明で規定する範囲を満たすという前提の下で、24×[C]+[Mn](ここで、[C]及び[Mn]は、各成分の含量を重量%の単位で表すことを意味する)の値を25以上に制御することが好ましい。当該境界は、
図1に示す平行四辺形領域の傾斜した左側境界を意味する。24×[C]+[Mn]が25未満である場合、オーステナイトの安定度が減少し、超低温における衝撃により加工誘起変態を起こし、それにより、鋼材の衝撃靭性が低下する虞がある。一方、炭化物の形成を抑制するためには、他の成分が本発明で規定する範囲を満たすという前提の下で、33.5×[C]-[Mn](ここで、[C]及び[Mn]は、各成分の含量を重量%の単位で表すことを意味する)の値を18以下に制御することが好ましい。33.5×[C]-[Mn]が18を超える場合、過剰な炭素(C)の添加により炭化物が析出し、鋼材の低温衝撃靭性が低下する虞がある。したがって、本発明において炭素(C)は、24×[C]+[Mn]≧25及び33.5×[C]-[Mn]≦18を満たすように添加することが好ましい。
図1から分かるように、前述の数式を満たす範囲内での炭素(C)含量の最下限は0%である。
【0018】
クロム(Cr):10%以下(0%を除く)
クロム(Cr)もオーステナイト安定化元素であって、適正な添加量の範囲ではオーステナイトを安定化させて鋼材の低温衝撃靭性を向上させ、オーステナイト内に固溶して鋼材の強度を増加させる役割を果たす。また、クロム(Cr)は鋼材の耐食性向上に効果的に寄与する成分でもある。したがって、本発明はクロム(Cr)を必須成分として添加する。好ましいクロム(Cr)含量の下限は1%であることがよく、より好ましいクロム(Cr)含量の下限は2%である。但し、クロム(Cr)は炭化物形成元素であり、特にオーステナイト粒界に炭化物を形成して鋼材の低温衝撃靭性を減少させる虞がある。また、クロム(Cr)の添加量が一定レベルを超える場合、溶接熱影響部(HAZ、heat-affected zone)で過度な炭化物が析出し、超低温靭性に劣る虞がある。したがって、本発明では、クロム(Cr)の上限を10%に制限することができる。好ましいクロム(Cr)含量の上限は8%であることがよく、より好ましいクロム(Cr)含量の上限は7%である。
【0019】
本発明の一側面に係るオーステナイト系鋼材は、上述の成分以外に、残りのFe及びその他の不可避不純物を含むことができる。但し、通常の製造過程では、原料又は周囲環境から意図しない不純物が不可避に混入する可能性があるため、これを全面的に排除することはできない。これらの不純物は、本技術分野において通常の知識を有する者であれば、誰でも分かるものであるため、本明細書では、そのすべての内容について特に言及してはいない。さらに、前述の成分以外に、有効な成分の更なる添加が全面的に排除されるものではない。
【0020】
本発明の一側面に係るオーステナイト系鋼材は、目的とする物性を確保する観点から95面積%以上のオーステナイトを微細組織として含むことができる。好ましいオーステナイトの分率は97面積%以上であることがよく、オーステナイトの分率が100面積%である場合を含むことができる。一方、本発明の一側面に係るオーステナイト系鋼材は、超低温衝撃靭性の低下を防止するために、炭化物の分率を5面積%以下に積極的に抑制することができる。好ましい炭化物の分率は3面積%以下であることがよく、炭化物の分率が0面積%である場合を含むことができる。本発明において、オーステナイトの分率及び炭化物の分率測定方法は特に限定されるものではなく、本発明が属する技術分野における通常の技術者が微細組織及び炭化物を測定するために通常利用する測定方法により容易に確認することができる。
【0021】
本発明の一側面に係るオーステナイト系鋼材の転位密度は、2.3×1015~3.3×1015/mm2の範囲を満たすことができる。鋼材の転位密度は、X線回折(X-ray diffraction)を用いて鋼材の特定面による強度を測定した後、ウィリアムソン-ホール(Williamson-Hall)法などを用いて測定することができ、本発明が属する技術分野における通常の技術者は、特別な技術的困難なしに鋼材の転位密度を測定することができる。鋼材の転位密度が一定レベルに達しない場合、構造物の素材として適した強度を確保することができない。したがって、本発明では、鋼材の転位密度の下限を2.3×1015/mm2に制限する。一方、転位密度が過度に高い場合、鋼材の強度確保の面では有利であるが、超低温靭性確保の面では好ましくないため、本発明では、鋼材の転位密度の上限を3.3×1015/mm2に制限することができる。
【0022】
本発明の一側面に係るオーステナイト系鋼材の常温降伏強度は、245MPa以上400MPa未満を満たすことができる。鋼材の強度が高くなる場合、低温衝撃靭性が減少し、特に本発明のような-253℃の超低温用途の鋼材は降伏強度が過度に高い場合、目的とする衝撃靭性を確保できない可能性が高くなる。また、一般的に商用されるオーステナイト系溶接材料は母材の強度を超え難いため、母材の強度を高く維持する場合、溶接部と母材との間の強度差が発生し、構造的安定性を低下させる虞がある。したがって、本発明の一側面に係るオーステナイト系鋼材の常温降伏強度は400MPa未満のレベルであることが好ましい。一方、鋼材の常温降伏強度が過度に低い場合、構造物の安定性を確保するために母材の厚さを過度に増加させ、それにより構造物の重量が過度に増加する可能性があるため、本発明の一側面に係るオーステナイト系鋼材は、常温降伏強度の下限を245MPaに制限する。
【0023】
構造物は鋼材を加工及び溶接して提供されることが一般的であるため、母材自体の超低温衝撃靭性を確保しても、溶接部での超低温衝撃靭性が確保されない場合、構造物自体の安全性が大きく低下する虞がある。したがって、本発明の一側面に係るオーステナイト系鋼材は、母材自体の超低温衝撃靭性だけでなく、溶接熱影響部(HAZ、heat-affected zone)の超低温衝撃靭性を確保しようとするものである。よって、本発明は、母材の微細組織だけでなく、溶接熱影響部の微細組織の分率及び形状を特定の範囲に制御する。
【0024】
本発明の一側面に係るオーステナイト系鋼材を母材として、被覆アーク溶接棒、フラックスコアアーク溶接ワイヤ、ティグ溶接棒及びワイヤ、サブマージドアーク溶接ワイヤ及びフラックス等を使用して超低温用構造物の溶接に施される通常の溶接条件で溶接を行ったとき、溶接熱影響部(HAZ)は、95面積%以上のオーステナイト及び5面積%以下の炭化物を含むことができる。先に母材の微細組織に関して説明したように、溶接熱影響部(HAZ)に含まれるオーステナイトの分率は97面積%以上であることがよく、オーステナイトの分率が100面積%である場合を含むことができる。また、溶接部において超低温衝撃靭性が低下することを防止するために、溶接熱影響部(HAZ)に含まれる炭化物の分率を3面積%以下に制限することがよく、溶接熱影響部(HAZ)における炭化物の分率が0面積%である場合を含むことができる。
【0025】
溶接熱影響部(HAZ、heat-affected zone)におけるオーステナイトの平均結晶粒サイズは5~200μmの範囲を満たすことができる。溶接熱影響部(HAZ)におけるオーステナイトの平均結晶粒サイズが過度に小さい場合、溶接部の強度は向上するものの、溶接熱影響部(HAZ)で局所的な超低温衝撃靭性の低下が発生する可能性がある。したがって、本発明の一側面に係るオーステナイト系鋼材は、溶接熱影響部(HAZ)における平均オーステナイト結晶粒サイズを5μm以上に制限する。一方、溶接熱影響部(HAZ)における平均オーステナイト結晶粒サイズが大きくなるほど、溶接部の超低温衝撃靭性の確保には有利であるが、溶接熱影響部(HAZ)で局所的な強度低下が発生する可能性があるため、本願発明では、溶接熱影響部(HAZ)における平均オーステナイト結晶粒サイズを200μm以下に制限する。
【0026】
溶接熱影響部(HAZ)における物性確保の面では、オーステナイトの分率及び平均結晶粒サイズだけでなく、オーステナイト結晶粒の平均アスペクト比(aspect ratio)が影響を与える要素である。溶接熱影響部(HAZ)に存在するオーステナイトの平均結晶粒のアスペクト比が過度に小さい場合、溶接熱影響部(HAZ)の超低温衝撃靭性を確保する面では有利であるが、溶接熱影響部(HAZ)の強度確保の面では不利であるため、本発明は、溶接熱影響部(HAZ)に存在するオーステナイトの平均結晶粒のアスペクト比を1.0以上のレベルに制限する。一方、溶接熱影響部(HAZ)に存在するオーステナイトの平均結晶粒のアスペクト比が過度に大きい場合、溶接熱影響部(HAZ)の強度確保の面では有利であるが、溶接熱影響部(HAZ)の超低温衝撃靭性を確保する面では不利であるため、本発明では、溶接熱影響部(HAZ)に存在するオーステナイトの平均結晶粒のアスペクト比を5.0以下のレベルに制限する。
【0027】
本発明の一側面に係るオーステナイト系鋼材を母材として超低温用構造物の溶接に施される通常の溶接条件で溶接を行ったとき、-253℃基準シャルピー衝撃試験を行った試験片の溶接熱影響部(HAZ)における横膨張値は0.32mm以上であることがよい。
本発明の発明者は、超低温環境に適用される鋼材の場合、安全性確保の観点から塑性変形特性が主要な要素であることを把握した。すなわち、本発明の発明者は、鋭意研究した結果、本発明が提示する成分系を満たす鋼材の場合、溶接熱影響部(HAZ)における横膨張値(mm)が溶接熱影響部(HAZ)のシャルピー衝撃エネルギー値(J)よりも溶接部の安全性確保の観点からより重要な要素であることが確認できた。
【0028】
溶接熱影響部(HAZ)における横膨張値とは、-253℃基準シャルピー衝撃試験を行った試験片の横方向の塑性変形量の平均値を意味する。
図2には、-253℃基準シャルピー衝撃試験を行った試験片の写真を示した。
図2に示すように破面近傍における横方向長さの増加量(△X
1+△X
2)を計算して横膨張値を算出することができる。溶接熱影響部(HAZ)における横膨張値が0.32mm以上である場合、超低温用構造物に要求される最小限の低温安全性を備えるものと判断することができる。
【0029】
本発明者の研究結果によれば、-253℃基準シャルピー衝撃エネルギー(J)と当該試験片の横膨張値(mm)は、概ね下記の関係式1と類似の傾向性を示すことが確認され、横膨張値は0.32mm以上であることが確認された。上記横膨張値(mm)が大きいほど、優れた低温衝撃靭性を有することが分かり、横膨張値が0.72~1.4mmであることがより効果的である。
[関係式1]
横膨張値(mm)=0.0088×シャルピー衝撃エネルギー値(J)+0.0893
本発明の一側面に係るオーステナイト系鋼材は、当該鋼材を母材として超低温用構造物の溶接に施される通常の溶接条件で溶接を行ったとき、-253℃基準シャルピー衝撃試験を行った試験片の溶接熱影響部(HAZ)における横膨張値が0.32mm以上のレベルであるため、当該鋼材を用いて超低温用構造物を作製したとき、優れた構造的安全性を確保することができる。
【0030】
以下、本発明の一側面に係るオーステナイト系鋼材の製造方法についてより詳細に説明する。
本発明の一側面に係るオーステナイト系鋼材の製造方法は、重量%で、マンガン(Mn):10~45%、炭素(C):24×[C]+[Mn]≧25及び33.5×[C]-[Mn]≦18を満たす範囲、クロム(Cr):10%以下(0%を除く)、残りの鉄(Fe)及び不可避不純物からなるスラブを準備する段階と、上記スラブを加熱した後、850℃以上の圧延仕上げ温度に熱間圧延する段階と、を含むことができる。
上記数式の[C]及び[Mn]は、上記スラブに含まれる炭素(C)及びマンガン(Mn)の含量(重量%)を意味する。
【0031】
スラブの準備
所定の合金組成を有する鋼スラブを準備する。本発明の鋼スラブは、前述のオーステナイト系鋼材と対応する鋼組成を備えるため、鋼スラブの合金組成に関する説明は、前述したオーステナイト系鋼材の鋼組成に関する説明で代替する。
鋼スラブの厚さも特に限定されるものではなく、低温用又は超低温用の構造用素材の作製に適した厚さを有する鋼スラブを用いることができる。
【0032】
スラブ加熱及び熱間圧延
準備された鋼スラブを加熱した後、目的とする厚さを有する鋼材に熱間圧延することができる。鋼スラブの加熱温度は特に限定されるものではないが、好ましい鋼スラブの加熱温度は1000~1300℃である。
熱間圧延の圧延仕上げ温度が過度に低い場合、最終鋼材に内部変形エネルギーが過剰に残存し、超低温衝撃靭性が低下することがあるため、本発明では、熱間圧延の圧延仕上げ温度の下限を800℃に制限する。一方、熱間圧延の圧延仕上げ温度の上限が過度に高い場合、最終鋼材の微細組織が過度に成長し、強度特性の劣化が実現される虞があるため、本発明では、熱間圧延の圧延仕上げ温度の上限を1050℃に制限する。
【実施例】
【0033】
以下、具体的な実施例を通じて本発明の一側面に係るオーステナイト系鋼材及びその製造方法についてより詳細に説明する。以下の実施例は、本発明の理解のためのものであり、本発明の権利範囲を特定するためのものではないことに留意する必要がある。本発明の権利範囲は、特許請求の範囲に記載された事項及びそれにより合理的に類推される事項によって決定される。
(実施例)
下記の表1の合金組成で備えられる厚さ250mmの鋼スラブを準備した後、下記の表2に記載の工程条件を適用して各試験片を作製した。それぞれの鋼スラブは、表1に記載の合金成分以外に鉄(Fe)及びその他の不可避不純物からなる。
【0034】
【0035】
【0036】
光学顕微鏡を用いて、表2に記載した各実施例及び比較例の微細組織を観察し、その結果を下記の表3に記載した。また、X線回折分析を用いて各実施例及び比較例の転位密度を測定し、引張試験機を用いて常温降伏強度を測定し、その結果を表3に併せて記載した。その後、超低温用構造物の溶接に施される通常の溶接条件を用いて各実施例及び比較例に対する溶接を行い、その結果を表3に記載した。このとき、溶接熱影響部の微細組織を観察する際に光学顕微鏡を用い、溶接熱影響部に対する衝撃エネルギーは-235℃でシャルピー衝撃試験機を用いて測定した。また、各試験片の衝撃試験破面における横膨張値を測定し、その結果を表3に併せて記載した。
【0037】
【0038】
表1~表3に記載したように、本願発明が制限する合金成分及び工程条件を満たす実施例は、目的とする常温降伏強度及び溶接熱影響部(HAZ)における横膨張値を満たすのに対し、本願発明が制限する合金成分又は工程条件のうちいずれか1つ以上を満たさない比較例は、目的とする常温降伏強度又は溶接熱影響部(HAZ)における横膨張値のうちいずれか1つ以上を満たさないことが分かる。
【0039】
以上、実施例を挙げて本発明について詳細に説明したが、これと異なる形態の実施例も可能である。したがって、以下に記載される特許請求の範囲の技術的思想及び範囲は実施例に限定されない。
【符号の説明】
【0040】
ΔX1、ΔX2:破面近傍における横方向長さの増加量
【国際調査報告】