(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公表特許公報(A)
(11)【公表番号】
(43)【公表日】2024-12-26
(54)【発明の名称】高分子電解質膜電解装置に用いられる多孔質輸送層、多孔質輸送層を含む電解装置、多孔質輸送層を得る方法、及び多孔質輸送層を使用して水を電気分解する方法
(51)【国際特許分類】
C25B 13/04 20210101AFI20241219BHJP
C25B 1/04 20210101ALI20241219BHJP
C25B 9/00 20210101ALI20241219BHJP
C25B 13/05 20210101ALI20241219BHJP
C25B 9/19 20210101ALI20241219BHJP
【FI】
C25B13/04 302
C25B1/04
C25B9/00 A
C25B13/05
C25B9/19
【審査請求】未請求
【予備審査請求】未請求
(21)【出願番号】P 2024531679
(86)(22)【出願日】2022-12-16
(85)【翻訳文提出日】2024-07-03
(86)【国際出願番号】 EP2022086464
(87)【国際公開番号】W WO2023111321
(87)【国際公開日】2023-06-22
(32)【優先日】2021-12-17
(33)【優先権主張国・地域又は機関】US
(32)【優先日】2022-02-04
(33)【優先権主張国・地域又は機関】US
(81)【指定国・地域】
(71)【出願人】
【識別番号】514176011
【氏名又は名称】マグネト・スペシャル・アノーズ・ベスローテン・フェンノートシャップ
(74)【代理人】
【識別番号】100147485
【氏名又は名称】杉村 憲司
(74)【代理人】
【識別番号】230118913
【氏名又は名称】杉村 光嗣
(74)【代理人】
【識別番号】100195556
【氏名又は名称】柿沼 公二
(72)【発明者】
【氏名】ヨハネス ゴッドフリード ヴォス
(72)【発明者】
【氏名】マッティ ファン スホーネフェルト
(72)【発明者】
【氏名】アドリアン ヴェー ジェレミアス
【テーマコード(参考)】
4K021
【Fターム(参考)】
4K021AA01
4K021BA02
4K021DB15
4K021DB31
4K021DB49
(57)【要約】
高分子電解質膜電解装置に用いられる多孔質輸送層であって、多孔質輸送層は基板とコーティングとを含み、コーティングは非貴金属コーティングである、多孔質輸送層、多孔質輸送層を含む電解装置、多孔質輸送層を得る方法、及び多孔質輸送層を使用して水を電気分解する方法。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
高分子電解質膜電解装置に用いられる多孔質輸送層であって、前記多孔質輸送層は基板とコーティングとを含む、多孔質輸送層において、前記コーティングは非貴金属コーティングを含む、多孔質輸送層。
【請求項2】
前記基板は、非貴金属を含む、請求項1に記載の多孔質輸送層。
【請求項3】
前記コーティングは、TiO
x、TaO
x、NbOx、及びNiCoO
xの群から選択される金属酸化物を含む、請求項1又は2に記載の多孔質輸送層。
【請求項4】
前記コーティングは、Ta、Nb、Zr、及びNiの群から選択される金属又はそれらの混合物を含む、請求項1又は2に記載の多孔質輸送層。
【請求項5】
前記コーティングは、TiN
x、TaNx、及びZrNxを含む群から選択される窒化物を含む、請求項1又は2に記載の多孔質輸送層。
【請求項6】
前記コーティングは、TaC
x、CrC
xの群から選択される炭化物を含む、請求項1又は2に記載の多孔質輸送層。
【請求項7】
前記コーティングは、TiB
2、TaB
x、ZrB
2、及びCrB
2の群から選択されるホウ化物を含む、請求項1又は2に記載の多孔質輸送層。
【請求項8】
前記基板は、チタン(Ti)を含み、前記コーティングは、酸化チタン(TiO
x)を含む、請求項1又は2に記載の多孔質輸送層。
【請求項9】
前記コーティングは、元の基板表面をイオンで強化するイオン注入技術によって得られる、請求項1から8のいずれかに記載の多孔質輸送層。
【請求項10】
高分子電解質膜電解装置を備える電気化学システムであって、前記高分子電解質膜電解装置は、電気分解においてアノード及びカソードとしてそれぞれ機能するように構成された第1のバイポーラープレート及び第2のバイポーラープレートを有する電気化学システムにおいて、前記第1のバイポーラープレート及び第2のバイポーラープレートは、プロトン交換膜を挟んで対向配置され、前記第1のバイポーラープレート及び前記第2のバイポーラープレートは、それぞれ、第1の多孔質輸送層及び第2の多孔質輸送層を介して前記プロトン交換膜に電気的に接続され、前記第1の多孔質輸送プレート及び前記第2の多孔質輸送プレートの少なくとも1つは、その表面であって、前記プロトン交換膜と接触するように構成された表面に、非貴金属コーティングが施されている、電気化学システム。
【請求項11】
前記電気分解システムは水電解装置である、請求項10に記載の電気化学システム。
【請求項12】
高分子電解質膜電解装置に使用される多孔質輸送層を得るための方法であって、前記多孔質輸送層はチタンを含み、前記方法は、
前記多孔質輸送プレートの表面であって、プロトン交換膜と接触するように構成された表面を熱処理して、当該表面に酸化チタン(TiOx)のコーティングを施す工程を含む方法。
【請求項13】
前記多孔質輸送プレートの表面を熱処理する工程は、エアーオーブン内で実行される、請求項12に記載の方法。
【請求項14】
水を電気分解する方法であって、
(i)電気分解において、アノード及びカソードとしてそれぞれ機能するように構成された第1のバイポーラープレート及び第2のバイポーラープレートと、プロトン交換膜と、前記第1のバイポーラープレート及び第2のバイポーラープレートを前記プロトン交換膜に電気的に接続する第1の多孔質輸送層及び第2の多孔質輸送層とを備える高分子電解質膜水電解装置であって、前記第1のバイポーラープレート及び第2のバイポーラープレートの少なくとも1つは、プロトン交換膜と接触するように構成された表面に非貴金属コーティングが施されている、高分子電解質膜水電解装置を提供する工程、
(ii)前記水電解装置を水と接触させる工程、
(iii)前記アノードと前記カソードとの間に電気バイアスを発生させる工程、及び
(iv)水素及び/又は酸素を生成する工程
を含む方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
再生可能資源及び原子力資源等から、炭素を含まない水素を製造する方法として、電気分解は有望な選択肢である。電気分解は、電気を使用して、水を水素と酸素とに分解するプロセスである。電気分解のプロセスは、電解装置と呼ばれる装置内で行われる。電解装置は、小規模の分散型水素製造に適した小型の電化製品程度の大きさのものから、例えば、再生可能エネルギー又はその他の温室効果ガスを排出しない発電形態に直接接続可能な中央製造設備等の大規模なものまで多岐にわたる。
【背景技術】
【0002】
2021年に、米国エネルギー省(DOE)は、10年以内にクリーン水素のコストを80%削減し、1キログラム当たり1ドルにするという目標を策定している。10年で水素の生産コストを1キログラム当たり1ドルに削減するという目標は、水素「111」イニシアチブと呼ばれている。電気分解は、この目標を達成するための主要な水素生産経路である。
【0003】
電気分解によって水素を生産することにより、使用する電力源によっては、温室効果ガスの排出をゼロにすることが可能である。電気分解による水素生産の利点及び経済的実現可能性を評価する際には、発電から生じる温室効果ガスの排出量だけでなく、必要とされる電力のコストと効率とを含めた供給源を考慮しなければならない。世界の多くの地域において、現在の電力網は、電気分解に必要な電力を供給するのに理想的ではない。その理由として、実際の発電中に温室効果ガスが排出されること、発電プロセスの効率が低いため発電に必要とされる燃料の量が多いことが挙げられる。
【0004】
電気分解による水素生産は、風力、太陽光、水力、地熱等のエネルギー生産をはじめとする再生可能エネルギー及び原子力エネルギーのオプションとして追求されている。これらの経路では、電気分解に使用される電力が再生可能なエネルギー源によって得られるのであれば、温室効果ガス及び基準汚染物質の排出は実質的にゼロとなる。さらに、エネルギーの全体的な生産コストを大幅に下げて、天然ガス改質といった成熟度の高い炭素ベースの方法に対する競争力を高めることが重要である。
【0005】
水素を生産する有望な技術として、高分子電解質膜(PEM)電解装置の使用がある。PEM電解装置では、電解質として、イオン交換膜と同様の固体特殊プラスチック材料が使用される。
【0006】
高分子電解質膜電解装置により水を電気分解すると、脱イオン水(H2O)は、その構成要素である水素(H2)と酸素(O2)とに分解される。これらの構成要素は、固体プロトン交換膜の両側で生成される。電解装置にDC電圧が印加されると、アノード(すなわち酸素電極)に供給された水は酸化されて酸素とプロトンとに分解され、電子は放出される。プロトン(H+イオン)は、プロトン交換膜を通過してカソード(すなわち水素電極)に向かい、そこで回路のもう一方の側からの電子と合流して、水素ガスに還元される。
【0007】
あらゆる高分子電解質膜電解装置において、多孔質輸送層(PTL)は主要なコンポーネントである。この多孔質輸送層は、プロトン交換膜の反対側にあるバイポーラープレートと、プロトン交換膜との間に電気的接触を提供する。さらに、多孔質輸送層は、バイポーラ―プレートとプロトン交換膜との間における反応物及び生成物の輸送を容易にする。
【0008】
多孔質輸送層は、高分子電解質膜電解装置における主要コンポーネントであるが、高価なコンポーネントでもある。
【0009】
上記に鑑み、エネルギー効率及び寿命を向上させた改良型電解装置に対するニーズが高まっている。特に、高分子電解質膜電解装置用の改良型多孔質輸送層を提供する必要性があると思われる。
【発明の概要】
【0010】
第1の態様によれば、本開示は、高分子電解質膜電解装置に用いられる多孔質輸送層に関するものであり、前記多孔質輸送層は基板とコーティングとを含む、多孔質輸送層において、前記コーティングは非貴金属コーティングを含む。
【0011】
第2の態様によれば、本開示は、高分子電解質膜電解装置を備える電気化学システムに関するものであり、前記高分子電解質膜電解装置は、電気分解においてアノード及びカソードとしてそれぞれ機能するように構成された第1のバイポーラープレート及び第2のバイポーラープレートを有する電気化学システムにおいて、前記第1のバイポーラープレート及び第2のバイポーラープレートは、プロトン交換膜を挟んで対向配置され、前記第1のバイポーラープレート及び前記第2のバイポーラープレートは、それぞれ、第1の多孔質輸送層及び第2の多孔質輸送層を介して前記プロトン交換膜に電気的に接続され、前記第1の多孔質輸送プレート及び前記第2の多孔質輸送プレートの少なくとも1つは、その表面であって、前記プロトン交換膜と接触するように構成された表面に、非貴金属コーティングが施されている。
【0012】
第3の態様によれば、本開示は、高分子電解質膜電解装置に使用される多孔質輸送層を得るための方法に関するものであり、前記多孔質輸送層はチタンを含み、前記方法は、前記多孔質輸送プレートの表面であって、プロトン交換膜と接触するように構成された表面を熱処理して、当該表面に酸化チタン(TiOx)のコーティングを施す工程を含む方法。
【0013】
第4の態様によれば、本開示は、水を電気分解する方法に関するものであり、
(i)電気分解において、アノード及びカソードとしてそれぞれ機能するように構成された第1のバイポーラープレート及び第2のバイポーラープレートと、プロトン交換膜と、前記第1のバイポーラープレート及び第2のバイポーラープレートを前記プロトン交換膜に電気的に接続する第1の多孔質輸送層及び第2の多孔質輸送層とを備える高分子電解質膜水電解装置であって、前記第1のバイポーラープレート及び第2のバイポーラープレートの少なくとも1つは、プロトン交換膜と接触するように構成された表面に非貴金属コーティングが施されている、高分子電解質膜水電解装置を提供する工程、
(ii)前記水電解装置を水と接触させる工程、
(iii)前記アノードと前記カソードとの間に電気バイアスを発生させる工程、及び
(iv)水素及び/又は酸素を生成する工程
を含む方法。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】本開示による多孔質輸送プレートの実施形態であって、スタックが、バイポーラープレート及びプロトン交換膜をさらに備える実施形態を示す図である。
【
図2】本開示による多孔質輸送層の試験を可能にするために開発された装置の概略図である。
【
図3】室温における未改質チタン多孔質輸送層及び改質チタン多孔質輸送層の電気分解中における性能を、可逆水素電極(RHE)に対する1.75Vにおける電流密度として表す図である。
【
図4】室温における未改質チタン多孔質輸送層及び改質チタン多孔質輸送層の電気分解における性能を、RHEに対する1.75Vにおける初期性能と比較して表す図である。
【本発明の詳細な説明】
【0015】
本開示で使用される語句及び用語は、説明のためのものであり、限定的なものとみなされるべきではない。本明細書で使用される場合、「複数(plurality)」という用語は、2つ以上の項目又は構成要素を指す。「含む(comprising)」、「含む(including)」、「運ぶ(carrying)」、「有する(having)」、「含有する(containing)」、及び「関与する(involving)」という用語は、本明細書又は特許請求の範囲等において、オープンエンドの用語、すなわち、「含むが限定されない」という意味である。したがって、このような用語の使用は、その後に列挙される項目、及びそれらの同等物、並びに追加の項目を包含することを意味する。特許請求の範囲に関しては、「からなる(consisting of)」及び「本質的にからなる(consisting essentially of)」という移行フレーズのみが、それぞれクローズド又はセミクローズドの移行フレーズである。特許請求の範囲において、請求項の要素を変更するために、「第1」、「第2」、「第3」等の序数詞を使用することは、それ自体、ある請求項の要素が他の請求項の要素よりも優先(priority)、優先順位(precedence)若しくは順序(order)を有すること、又は方法の行為が実行される時間的順序(temporal order)を意味するものではなく、単に、ある特定の名称を有するある請求項の要素を、同じ名称を有する他の請求項の要素(序数詞の使用以外は)から区別するためのラベルとして使用され、請求項の要素を区別するものである。
【0016】
本開示において、非貴金属という用語を使用する。この文章の文脈において、貴金属は、金、銀、白金、パラジウム、白金、ルテニウム、ロジウム、オスミウム、イリジウム、レニウム、ゲルマニウム、ベリリウム、インジウム、ガリウム、テルリウム、ビスマス、及び水銀の群の一部であると定義される。
【0017】
本開示の文脈において、非貴金属という用語は、上記の貴金属の群に属さない金属を指す。
【0018】
水素(H2)は、石油化学製品及び半導体の製造等、化学産業のさまざまな分野にとって、重要な原料である。さらに、世界のエネルギーインフラをより環境的に持続可能なものにする手段として、水素は大きな可能性を秘めている。水素は、水素経済において化石燃料に代わるエネルギーキャリアとして機能し、鉄鋼及びアルミニウムの精錬等のエネルギー多消費型用途においてCO2排出量を削減することもできる。
【0019】
真に「グリーン」である水素を生産する最も主要な方法は、再生可能エネルギー源で駆動する水電気分解である。しかしながら、水電気分解は、触媒反応を促進するのが難しいため、エネルギー効率が悪いという問題がある。より優れた電気触媒を使用して、プロセスの経済的な競争力を高める必要がある。
【0020】
水の電気分解における全体的な反応は、次のように表される。
【化1】
【0021】
このプロセスは、酸性電解装置又はアルカリ性電解装置のいずれかで行われる。酸性電解装置は、電解質として湿式酸性イオン交換膜を使用する。アルカリ性電解装置は、ジルフォン分離機を使用し、電解質として、濃縮水性塩基を使用する。濃縮水性塩基は、一般に、15~30質量%の範囲のKOH等である。
【0022】
酸性システムは、コンパクトであり、電解質抵抗性が低く、ガス分離能力に優れているという利点があるため、通常10~30kA/m2の高電流密度で動作でき、活動の増減の点で柔軟性が高い。主な欠点の1つは、このタイプの電解装置は、アノードの電気触媒として、非常に希少で高価な元素であるイリジウムに依存していることである。アルカリ性システムは、緊要物資(critical materials)への依存度ははるかに低いが、大型であり、内部抵抗が高く、電力の柔軟性が低い。
【0023】
全体の反応は、水素発生反応(HER)と酸素発生反応(OER)という2つの電気化学的半反応からなり、酸性電解質とアルカリ性電解質ではそれぞれ次のように表される。
【化2】
【0024】
水素を生産する有望な技術は、高分子電解質膜(PEM)電解装置の使用である。
【0025】
高分子電解質膜電解装置では、電解質は、イオン交換膜と同様の固体特殊プラスチック材料である。高分子電解質膜水電気分解では、脱イオン水(H2O)は、固体高分子電解質膜の両側で、その構成要素である水素(H2)と酸素(O2)に分解される。
【0026】
電解装置にDC電圧が印加されると、アノード(すなわち酸素電極)に供給された水が酸化されて酸素とプロトンとに分解され、電子が放出される。プロトン(H+イオン)は、プロトン交換膜を通過してカソード(すなわち水素電極)に向かい、そこで回路の反対側からの電子と合流して、水素ガスに還元される。
【0027】
カソードでは、水素イオンが外部回路からの電子と結合して水素ガスを生成する。
【0028】
高分子電解質膜電解装置は、通常、電気分解を実行するスタックを含み、各スタックは、電気分解のためのアノード側及びカソード側を形成する2つのバイポーラープレートを含む。バイポーラープレートと、第1の多孔質輸送層及び第2の多孔質輸送層との間に、プロトン交換膜が配置される。これらの多孔質輸送層は、高分子電解質膜電解装置の主要コンポーネントである。
【0029】
第1の多孔質輸送層は、スタックのアノード側にある第1のバイポーラープレートとプロトン交換膜との間に電気的接触を提供する。プロトン交換膜には触媒層が設けられているため、第1の多孔質輸送層は、第1のバイポーラープレートと、スタックのアノード側にあるプロトン交換膜上の触媒層との間に電気的接触を提供すると言う方が正確であろう。本開示の文脈において、多孔質輸送層とプロトン交換膜との間の電気的接触について言及する場合、多孔質輸送層とプロトン交換膜及び/又はプロトン交換膜上の触媒との間の電気的接触について言及することを意図している。
【0030】
第2の多孔質輸送層は、スタックのカソード側にある第2のバイポーラープレートとプロトン交換膜との間に電気的接触を提供する。
【0031】
アノード側の第1の多孔質輸送層は、通常、チタン(Ti)で作られる。これは、アノードにおける高電位及び高酸性度の両方に対する耐腐食性が必要とされるためである。
【0032】
多孔質輸送層は、高分子電解質膜電解装置のスタックの中で最も高価な部品の1つである。多孔質輸送層の目標価格は、通常、2,000ドル/m2未満である。既設の高分子電解質膜電解装置の電気分解電力の将来予測に基づくと、2030年までにアノードPTL市場は1億ドルを超えると予測される。
【0033】
多孔質輸送層に関連するコストを考慮して、特性を改善し、多孔質輸送層の性能及び/又は寿命を向上させた新規の多孔質輸送層が開示される。
【0034】
本開示による多孔質輸送層にはコーティング層が設けられる。コーティング層は、多孔質層の側面であって、プロトン交換膜と接触するように構成された側面に設けられる。
【0035】
特に、本開示による多孔質輸送層は、プロトン交換膜のアノード側で、プロトン交換膜の触媒層と接触するように構成されている。
【0036】
図1に、本開示による多孔質輸送層を備えた高分子電解質膜電解装置で使用するスタックの構成を概略的に示す。この画像は、参考文献JES,164(2017)F387からの引用である。
【0037】
図1において、スタック10は、左から右に、第1のバイポーラープレート11を含む。第1のバイポーラープレート11は、
図1の例では、電気分解用のアノード側を形成する。第1の多孔質輸送層12の存在により、第1のバイポーラープレート11がプロトン交換膜15と電気的に接続され、これによりスタックのコアが形成される。
【0038】
これは、第1の多孔質輸送層12により、第1のバイポーラープレート11がプロトン交換膜15のアノード側の触媒層と電気的に接続されることを意味する。
【0039】
スタック10は、さらに、第2のバイポーラープレート21を含む。第2のバイポーラープレート21は、
図1の例では、スタックのカソード側を形成する。第2の多孔質輸送層22の存在により、第2のバイポーラープレート21がプロトン交換膜15上の触媒層と電気的に接続される。
【0040】
図1に示すように、第1の多孔質輸送層12にはコーティング層13が設けられている。コーティング層13は、第1の多孔質輸送層12の側面であって、プロトン交換膜15と接触するように構成された側面に設けられている。
【0041】
チタン多孔質輸送層12に塗布されたコーティングは、不活性化及び腐食に対する耐久性が向上した半導電層として機能する。これらの特性は、電解装置スタックの寿命全体を通して性能向上として表れる。
【0042】
チタン多孔質輸送層に非貴金属コーティングを施し、前述の効果を加えることで得られる性能向上は、典型的には、第1に、プロトン交換膜上の触媒と多孔質輸送層との間の界面抵抗が低くなり、その結果、スタック電圧が低くなり、電流密度が高くなることである。
【0043】
さらなる効果は、スタックが長期にわたって連続使用及び/又は断続使用されても、スタック電圧の安定性が比較的高いことである。
【0044】
同様に、第1の多孔質輸送層22には、コーティング層23が設けられている。コーティング層23は、第2の多孔質輸送層22の側面であって、プロトン交換膜15と接触するように構成された第2の多孔質輸送層22の側面に設けられている。
【0045】
アノード側の第1の多孔質輸送層12は、通常、チタン(Ti)で作られる。これは、アノードにおける高電位と、第1の多孔質輸送層の使用環境下における酸性度との両方に対する耐腐食性が必要とされるためである。
【0046】
本開示の実施形態によれば、第1の多孔質輸送層12は、従来技術に従って、チタン多孔質輸送層に非貴金属コーティングを施すことにより得られる。
【0047】
既知のチタン多孔質輸送層は、通常、非機能化3Dチタン構造からなる。非機能化3Dチタン構造は、例えば、フェルト、焼結粉末シート、フォーム、織りメッシュ、細メッシュ、3Dプリントチタン材料,及び穴パターンの薄板等である。
【0048】
本開示の実施形態によれば、チタン多孔質輸送層を熱処理することにより、チタン多孔質輸送層に非貴金属コーティングを施すことができる。熱処理は、通常、約350℃~約450℃の範囲で、約20~60分間行うことができる。熱処理は、エアーオーブン内で行うことができる。
【0049】
このような熱処理の効果として、チタン酸化物層(TiOx)の層が形成される。このようにして、チタン酸化物を含むコーティングを、多孔質輸送層の表面に容易に施すことができる。
【0050】
チタン酸化物コーティングの代わりに、他の非貴金属を使用して多孔質輸送層にコーティングを施してもよい。
【0051】
半導電層の例としては、以下のものが挙げられるが、これらに限定されるわけではない。
酸化物中間層:TiOx、TaOx、NbOx、及びNiCoOx
金属中間層:Ta、Nb、Zr、Ni、又はそれらの混合物
窒化物中間層:TiNx、TaNx、及びZrNx
炭化物中間層:TaCx、CrCx;並びに
ホウ化物中間層:TiB2、TaBx、ZrB2、及びCrB2;
【0052】
イオン注入技術は、不活性化及び/又は腐食を軽減する特定のイオンにより、元の基板界面を強化する技術である。あるいは、同じ目的で、物理蒸着、化学蒸着、又は物理化学技術(塗料熱分解等)等の技術を使用することもできる。
【0053】
上記の材料は、いずれも、多孔質輸送層用の将来的なコーティング材料として有望な(電気)化学的特性を有する。特に、上記の材料は、(電気)化学的酸化に対して高耐性である。各材料の、(電気)化学的酸化に対する耐性は、チタンが有する耐性よりはるかに高く、上記材料は、電解質中のハロゲンアニオン(Cl-、F-)の攻撃に対しても耐性がある。さらに、上記の材料は、PVD法で堆積できることに留意されたい。
【実施例】
【0054】
図2に、多孔質輸送層32の試験、特にそのような多孔質輸送層に酸化物コーティング及び窒化物コーティングを添加した場合の効果の試験を可能にするために開発された装置30を概略的に示す。
【0055】
装置30により、多孔質輸送層32の効果を独立して、すなわち触媒層の影響を最小限に抑えて、研究することが可能となる。この種の試験は、機能的な高分子電解質膜装置では不可能である。バイポーラープレート11、21;多孔質輸送層12、22及び触媒コーティングされたプロトン交換膜15を含むスタックのサンドイッチ構造のためである。
【0056】
図2の装置30において、まず、さまざまなメーカーから供給された標準的な多孔質輸送層を、多孔質輸送層に変更を加えずに試験をした。
【0057】
たとえば、「Bekaert 60P」という商品名で販売されている市販の多孔質輸送層を試験した。この多孔質輸送層はチタンフェルトで構成され、厚さが0.2mm、多孔度が60%である。
【0058】
さらに、ToHo WebTiは焼結チタン多孔質輸送層であり、厚さが0.04mm、多孔度が40%である。
【0059】
その後、Mott Corpの多孔質輸送層を試験した。焼結チタンを含み、厚さ0.254mmのMott Corpの多孔質輸送層に前処理及び試験を行った。これらの3つの材料のうち、Bekaert 60Pの性能が最も高く(電流密度が最も高く)、その性能は比較的一定であった。
【0060】
次に、Bekaert 60Pをエアーオーブン内で、400℃から530℃の温度で、10~60分間熱処理した。
【0061】
一例によると、Bekaert 60Pを、電気エアーオーブン内で450℃、25分間熱処理し、Ti上にTiOx層を作成した。これにより、電流密度が約20%増加した。
【0062】
一例として、PTLは、アルコールに溶解したTaエトキシドでコーティングすることができる。アルコールを蒸発させた後、PTLを熱処理することができる。
【0063】
室温での未改質及び改質Ti PTLの性能は、
図3に示すように、可逆水素電極に対する1.75Vでの電流密度として表される。また、
図4に示すように、RHEに対する1.75Vでの初期性能に対する相対値として表される。
【0064】
前述の図から、熱処理によって初期性能が大幅に向上(30~40%)したことがわかる(独自酸化物A(Proprietary oxide A)、
図3参照)。しかしながら、約80時間の動作後には性能が低下した(
図4参照)。
【0065】
窒素雰囲気下で低温反応性スパッタリングを使用し、それぞれの金属ターゲットで、Bekaert 60PにTiN
x及びTaN
xコーティング(Bekaert 60P TiN及び独自酸化物B(Proprietary oxide B)、それぞれ、
図3及び
図4)も施した。これらのコーティングは、初期性能の向上にはつながらなかったが、時間の経過に伴う性能の安定化という点では有望である(
図4)。
【0066】
酸化物コーティング(TiOx及びTaOx)を施すことによりTi PTLの性能が向上するのは、表面の親水性が向上することによるものと思われる。気泡は疎水性であるため、表面の親水性が高いほど気泡の分離に有利である。これにより、PTL内部のガス輸送が向上し、気泡の滞留ひいては流体の分布不良が回避される。
【0067】
窒化物と同様に、ホウ化物及び炭化物も、必要とされる電気化学的保護を提供することが期待される。これらのコーティングは、特に、炭化水素中でのホウ素還元、電着、若しくは金属前駆体の反応性スパッタリング、又は、ホウ素雰囲気中での炭化、電着、若しくは金属前駆体の反応性スパッタリングによって、それぞれ施すことができる。
【0068】
さらに、ホウ化物及び炭化物は、コーティング材料のターゲットを用いたスパッタリングによって蒸着することもできる。
【国際調査報告】