(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公表特許公報(A)
(11)【公表番号】
(43)【公表日】2024-12-26
(54)【発明の名称】オリゴ糖の発酵生産におけるパントテン酸レベルの低下
(51)【国際特許分類】
C12N 1/15 20060101AFI20241219BHJP
C12P 19/04 20060101ALI20241219BHJP
C12P 1/04 20060101ALI20241219BHJP
C12N 9/04 20060101ALI20241219BHJP
C12N 9/88 20060101ALI20241219BHJP
C12N 9/10 20060101ALI20241219BHJP
C12N 15/09 20060101ALI20241219BHJP
C12N 1/19 20060101ALI20241219BHJP
C12N 1/21 20060101ALI20241219BHJP
C12N 5/10 20060101ALI20241219BHJP
【FI】
C12N1/15
C12P19/04 ZNA
C12P1/04 Z
C12N9/04 Z
C12N9/88
C12N9/10
C12N15/09 Z
C12N1/19
C12N1/21
C12N5/10
【審査請求】未請求
【予備審査請求】未請求
(21)【出願番号】P 2024538027
(86)(22)【出願日】2022-12-15
(85)【翻訳文提出日】2024-08-16
(86)【国際出願番号】 EP2022086205
(87)【国際公開番号】W WO2023117708
(87)【国際公開日】2023-06-29
(32)【優先日】2021-12-22
(33)【優先権主張国・地域又は機関】EP
(81)【指定国・地域】
(71)【出願人】
【識別番号】597145034
【氏名又は名称】クリスチャン・ハンセン・アクティーゼルスカブ
【氏名又は名称原語表記】Chr. Hansen A/S
(74)【代理人】
【識別番号】110001173
【氏名又は名称】弁理士法人川口國際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】フレリクマン,ヘニング
(72)【発明者】
【氏名】パーシャート,カティア
(72)【発明者】
【氏名】エングラート,マルクス
(72)【発明者】
【氏名】トレッチェル,クリスティアーン
【テーマコード(参考)】
4B064
4B065
【Fターム(参考)】
4B064AE02
4B064AF04
4B065AA01X
4B065AA26Y
4B065AA57X
4B065AA72X
4B065AA90X
4B065AB01
4B065BA02
4B065BB20
4B065CA21
4B065CA41
(57)【要約】
遺伝子操作された微生物細胞による目的のオリゴ糖の発酵生産のための手段及び方法であって、パントテン酸の付随する生合成が低減又は廃止される手段及び方法が開示される。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
目的のオリゴ糖を生産するための遺伝子操作された微生物細胞であって、目的のオリゴ糖の細胞内生合成のための代謝経路を有し、低レベルのパントテン酸細胞内生合成を有するか又はパントテン酸細胞内生合成を有さない、遺伝子操作された微生物細胞。
【請求項2】
目的のオリゴ糖が、ヒトミルクオリゴ糖の群、好ましくは2’-フコシル-ラクトース(2’-FL)、3-フコシル-ラクトース(3-FL)、2’,3-ジフコシルラクトース(DFL)、ラクト-N-トリオースII、ラクト-N-テトラオース(LNT)、ラクト-N-ネオテトラオース(LNnT)、ラクト-N-フコペンタオースI(LNFP-I)、ラクト-N-ネオフコ-ペンタオースI(LNnFP-I)、ラクト-N-フコペンタオースII(LNFP-II)、ラクト-N-フコペンタオースIII(LNFP-III)、ラクト-N-フコペンタオースV(LNFP-V)、ラクト-N-ネオフコ-ペンタオースV(LNnFP-V)、ラクト-N-ヘキサオース(LNH)、ラクト-N-ネオヘキサ-オース(LNnH)、パラ-ラクト-N-ヘキサオース(paraLNH)、パラ-ラクト-N-ネオヘキサオース(paraLNnH)、ジフコシル-ラクト-N-ネオヘキサオース(DF-LNnH)、ラクト-N-ジフコシルヘキサオースI、ラクト-N-ジフコシル-ヘキサオースII、パラ-ラクト-N-フコシル-ヘキサオース(paraLNH)、フコシル-ラクト-N-シアリルペンタオースa(F-LST-a)、フコシル-ラクト-N-シアリルペンタオースb(F-LST-b)、フコシル-ラクト-N-シアリルペンタオースc(F-LST-c)、フコシル-ラクト-N-シアリルペンタオースc、ジシアリル-ラクト-N-フコペンタオース、3-フコシル-3’-シアリルラクトース(3F-3’-SL)、3-フコシル-6’-シアリルラクトース(3F-6’-SL)、ラクト-N-ネオジフコ-ヘキサオースI、3’-シアリルラクトース(3-SL)、6’-シアリルラクトース(6-SL)、シアリルラクト-N-テトラオースa(LST-a)、シアリルラクト-N-テトラオースb(LST-b)、シアリルラクト-N-テトラオースc(LST-c)、ジシアリル-ラクト-N-テトラオース(DS-LNT)、ジシアリル-ラクト-N-フコ-ペンタオース(DS-LNFP V)、ラクト-N-ネオジフコヘキサオースI(LNnDFH I)、3’-ガラクトシルラクトース(3’-GL)、6’-ガラクトシルラクトース(6’-GL)からなる群から選択される、請求項1に記載の遺伝子操作された微生物細胞。
【請求項3】
パントテン酸生合成経路に直接関与する酵素をコードする内因性遺伝子が、欠失されているか、又は機能的に不活性化されている、請求項1又は2に記載の遺伝子操作された微生物細胞。
【請求項4】
低レベルのパントテン酸生合成が、培養培地中のパントテン酸の量の少なくとも10倍の減少をもたらす、請求項1又は2に記載の遺伝子操作された微生物細胞。
【請求項5】
細胞内パントテン酸生合成経路に直接関与する少なくとも1つの酵素の発現及び/又は活性が、損なわれている、請求項1、2及び4のいずれか一項に記載の遺伝子操作された微生物細胞。
【請求項6】
少なくとも1つの酵素が、ケトパントエートヒドロキシメチルトランスフェラーゼ、ケトパントエート還元酵素、アセトヒドロキシ酸イソメロレダクターゼ、アスパルテート1-デカルボキシラーゼ及びパントテネートシンテターゼからなる群から選択される、請求項1、2、4及び5のいずれか一項に記載の遺伝子操作された微生物細胞。
【請求項7】
ケトパントエート還元酵素が、大腸菌(E.coli)K-12ケトパントエート還元酵素と比較して、好ましくは少なくとも100倍、より好ましくは少なくとも200倍、最も好ましくは少なくとも500倍増加するケトパントエートのK
m値を有する、請求項6に記載の遺伝子操作された微生物細胞。
【請求項8】
ケトパントエート還元酵素が、大腸菌(E.coli)K-12ケトパントエート還元酵素の変異体であり、前記変異体が、大腸菌(E.coli)K-12 PanE(N98A)、大腸菌(E.coli)K-12 PanE(K176A)、大腸菌(E.coli)K-12 PanE(S244A)、大腸菌(E.coli)K-12 PanE(E256A)及び前記変異の組み合わせからなる群から選択される、請求項6又は7に記載の遺伝子操作された微生物細胞。
【請求項9】
目的のオリゴ糖の生産のための、請求項1~9のいずれか一項に記載の遺伝子操作された微生物細胞の使用。
【請求項10】
目的のオリゴ糖を生産するための方法であって、前記方法が、
-目的のオリゴ糖の細胞内生合成のための代謝経路を有し、低レベルのパントテン酸細胞内生合成を有するか又はパントテン酸細胞内生合成を有さない、遺伝子操作された微生物細胞を提供すること;
-前記遺伝子操作された微生物細胞を、培地中で、前記目的のオリゴ糖の前記細胞内生合成を許容する条件下で培養すること、及び
-任意に、前記目的のオリゴ糖を回収すること
を含む、方法。
【請求項11】
遺伝子操作された微生物細胞が、外因性パントテン酸の存在下で培養される、請求項10に記載の方法。
【請求項12】
栄養組成物の製造のための、好ましくは乳児用調製乳の製造のための、請求項1~8のいずれか一項に記載の遺伝子操作された微生物細胞の使用によって又は請求項10及び11のいずれか一項に記載の方法によって得られたオリゴ糖調製物の使用。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、目的のオリゴ糖の発酵生産、及び目的のオリゴ糖の生産のための遺伝子操作された微生物細胞に関する。より具体的には、本発明は、目的のオリゴ糖の発酵生産に関し、このオリゴ糖は乳児用調製乳での使用に適している。
【背景技術】
【0002】
母乳栄養は授乳とも呼ばれ、乳が乳房から直接与えられるか、又は乳房から収集された後に哺乳瓶で乳児に与えられるかにかかわらず、母親の母乳を乳児に与える方法である。母乳栄養は、母乳の健康上の利点のために、乳幼児のための「理想」として広く提唱されている。世界保健機関(WHO)を含む保健機関は、少なくとも乳児の生活の最初の6ヶ月間は母乳栄養のみを推奨する。この推奨にもかかわらず、半年未満の年齢で母乳のみを与えられているのは世界の乳児の40%未満である。代わりに、通常は粉末又はすぐに使用できる液体調製物から人工栄養のために調製される、乳児用調製乳(IF)と呼ばれる製造食品が乳児に与えられている。米国連邦食品医薬品化粧品法(FFDCA)は、乳児用調製乳を「ヒトミルクの模擬又はヒトミルクの完全な若しくは部分的な代用品としての適合性のために、乳児用食品としてのみ特別な食事用途であると主張するか、又はそのような特別な食事用途のために表される食品」と定義している。
【0003】
2001年に、WHOの報告書は、適切なCodex Alimentariusの基準に従って調製された乳児用調製乳が安全な補完食品及び適切な母乳代用品であることを発見した。2003年に、WHO及び国際連合子供基金(UNICEF)は、乳幼児摂食に関する世界戦略を発表し、「幼児用加工食品は、販売又はその他の方法で流通される場合、Codex Alimentarius委員会が推奨する適用基準を満たすものとする」ことを再び述べ、「人生の最初の半年間の母乳栄養の欠如、特に排他的な母乳栄養の欠如は、乳幼児の罹患率及び死亡率の重要なリスク因子を有する」ことも警告した。この意味で、乳児用調製乳は、世界で最も規制された食品の1つである。
【0004】
乳児用調製乳の栄養価、並びに栄養素、ビタミン及びミネラルを含む成分の含有量は、厳密に規定されている。例えば、米国で販売されている乳児用調製乳の栄養含有量は、米国小児科委員会(American Academy of Pediatrics Committee on Nutrition)の勧告に基づいて食品医薬品局(FDA)によって規制されている。ガラクトオリゴ糖(GOS)、フラクトオリゴ糖(FOS)及びヒトミルクオリゴ糖(HMO)などのプレバイオティックオリゴ糖の乳児用調製乳への添加は、数年前に許容されている。
【0005】
プレバイオティックオリゴ糖は、非消化性炭水化物、すなわちヒトが代謝できない炭水化物である。しかしながら、プレバイオティック炭水化物は、特定の非病原性腸内細菌によって新陳代謝され得る。プレバイオティックオリゴ糖を供給することによってこれらの腸内細菌の増殖を促進することは、栄養素について病原体を打ち負かすことによって、及び非病原性細菌による酸性代謝産物の分泌により増殖を損なうことによって、細菌感染症を予防するのを助け、それによって腸内のpHを低下させる。したがって、乳児における「健康な」腸内微生物叢の発達を促進するために、プレバイオティクスが乳児用調製乳に添加される。
【0006】
GOS及びFOSは、天然に存在するプレバイオティック炭水化物ではなく、限られた複雑さを有するオリゴ糖のファミリーを示す。しかしながら、プレバイオティックオリゴ糖のはるかに多様で複雑なファミリーがヒトミルクに見られる。オリゴ糖のこのファミリーは、ヒトミルクオリゴ糖(HMO)と呼ばれ、HMOのファミリーは、健康な乳児にとって人工代理物よりもより有利であるようである。
【0007】
HMOは専らヒトミルクに見られ、ヒトミルクの3番目に豊富な固形分を占める。HMOはプレバイオティック効果を有し、したがって例えばビフィドバクテリウム属(Bifidobacteria)及びラクトバチルス属(Lactobacilli)などの有益な細菌の増殖を促進することによって腸内微生物叢を形成し、病原性細菌の増殖を抑制し、細菌性及びウイルス性病原体の上皮細胞への結合を阻害し、乳児の免疫系の発達を支援し、脳の発達及び認知能力を高める。HMOは、乳児の発達に対する有益な効果に加えて、腸内微生物叢及び成人の健康を改善するとも考えられている。
【0008】
これまでに150を超える構造的に異なるHMOが同定されている。それらはすべて、5つ以下の異なる単糖部分、すなわちグルコース、ガラクトース、L-フコース、N-アセチルグルコサミン及びN-アセチルノイラミン酸(シアル酸)から構成される。HMOは、それらの化学組成に基づいて中性HMOと酸性HMOに分けられる。HMOの後者のサブセットのメンバーは、少なくとも1つのシアル酸(すなわち、N-アセチルノイラミン酸)部分を含有するので、「シアル化HMO」とも呼ばれる。中性HMOは、フコース部分を含有しても含有しなくてもよい。
【0009】
一部の乳牛由来の乳は、HMOと構造的同等性を有するオリゴ糖を含有する。しかし、牛乳のオリゴ糖組成はヒトミルクに比べて複雑ではなく、牛乳中のオリゴ糖量はヒトミルクに比べて非常に少ない。
【0010】
乳、特に乳牛の乳から特定のオリゴ糖を大量に単離することは、これまで実現可能ではないようである。オリゴ糖は、化学的に又はインビトロ生体触媒作用によって、合成することができる。しかしながら、オリゴ糖の化学合成は、既存の糖鎖の還元末端又は非還元末端に単糖部分を段階的に付加することを含み、この付加は、糖鎖の単糖部分内の側鎖に保護基を付加し、側鎖から保護基を除去することを含む。立体化学の特異性を考慮すると、化学合成はまた、工業規模で合理的なコスト及び食品産業で使用される十分に持続可能な条件でオリゴ糖を提供するのにも実行可能ではないことが判明した。代わりに、オリゴ糖は、インビトロでの生化学反応、すなわち、酵素が糖部分間のグリコシド結合の形成を触媒する生体触媒作用によって生成され得る。しかしながら、生体触媒反応はまた、必要とされる高価なエダクト、例えばヌクレオチド活性化単糖又は複合オリゴ糖のために、オリゴ糖の工業規模の製造に妥当なコストでは実現可能ではない。
【0011】
HMOの生産における上記で概説した欠点を克服するために、及びHMOが乳児用調製乳において使用可能であるために合理的な価格になり得るようにHMOを合理的なコストで工業規模に提供するために、代謝的に操作された細菌細胞、例えば大腸菌(Escherichia coli)を使用する発酵生産方法が開発された。そのようなインビボ生産アプローチは、代謝的に操作された細菌が遊離体及び所望のHMOを細胞内で合成することができるので、高価なエダクトを使用する必要性を克服する。次いで、所望のHMOを細菌又は発酵ブロスから精製することができる。そのようなインビボ製造方法は、HMOを十分に純粋な形態で、乳児用調製乳中の成分として使用するための経済的に実行可能なコストで提供することが証明された。
【0012】
本明細書で前述した米国で販売されている乳児用調製乳の所定の栄養含量を参照すると、以下の化合物が、米国で生産されるすべての乳児用調製乳に含まれなければならない:タンパク質、脂肪、リノール酸、ビタミンA、C、D、E、K、チアミン、リボフラビン、ビタミンB6及びB12、ナイアシン、葉酸、パントテン酸、カルシウム、マグネシウム、鉄、亜鉛、マンガン、銅、リン、ヨウ素、塩化ナトリウム、塩化カリウム、炭水化物並びにヌクレオチド。この点に関して、米国FDAは、規制21 CRF 107.100において栄養規格を発行し、少なくとも0.3mg/100kcalのパントテン酸の最小濃度を規定している。乳児用調製乳は、現在、約0.5~約0.9mg/100kcalの濃度のパントテン酸を含有する。
【0013】
2015年9月25日付けのEU規制第609/2013号及びその補足的な欧州委員会の規制(EU)2016/127によれば、乳児用調製乳中のパントテン酸の濃度は、0.4mg/100kcal以上でなければならず、製造業者によって示されるように消費用に調製された場合に2mg/100kcalを超えてはならない。
【0014】
パントテネート(ビタミンB5)、パントテン酸の塩(両方の用語は、特に明記しない限り、本開示では交換可能に使用される)は、補酵素A(CoA)及びホスホパンテテイン補綴基を有する担体タンパク質の生合成のための重要な前駆体である。補酵素Aは、細胞増殖に必須の補因子であり、リン脂質の合成、脂肪酸の合成及び分解、並びにトリカルボン酸回路の作動を含む多くの代謝反応に関与している。
【0015】
ほとんどの原核生物、真菌及び植物は新規にパントテネートを合成することができるが、動物は外因性ビタミンB5供給に依存している。大腸菌(E.coli)などの細菌では、パントテン酸の生合成はいくつかの工程(
図1)を含む。α-ケトイソ-バレレートは、ケトパントエートヒドロキシメチルトランスフェラーゼ(PanB;UniProtKB accession no.P31057 for E.coli K12 PanB)によってα-ケトパントエートに変換される。次いで、α-ケトパントエートは、ケトパントエート還元酵素PanE(UniProtKB accession no.P0A9J4 for E.coli K12 PanE)によってパントエートに還元される。パントテネートシンテターゼ(PanC;UniProtKB accession no.P31663 for E.coli K12 PanC)は、パントエート及びβ-アラニンのパントテネートへの縮合を触媒する。β-アラニンは、アスパルテートα-デカルボキシラーゼ(PanD;UniProtKB acces-sion no.P0A790 for E.coli K12 PanD)によってアスパルテートから産生される。PanB及びPanCをコードする遺伝子は、大腸菌(E.coli)においてオペロンpanBCを形成するが、panD遺伝子は、1つの遺伝子のみによって分離されたオペロンの下流に位置する。NADPH依存性ケト-パントエート還元酵素をコードするPanEは、大腸菌(E.coli)ゲノムの別の部分に位置し、パントテネート合成に関与しないyajLとオペロンを形成する。
【0016】
パントテネートは、いくつかの酵素反応によって補酵素Aにさらに変換される。しかしながら、大腸菌(E.coli)におけるパントテン酸の産生はその細胞内需要よりも数倍高く、したがって発酵培地中に蓄積することが見出されているので、細菌もパントテネートをそれらの環境中に分泌する(Jackowski,S.and Rock,C.O.(1984)J.Bacteriol.158,115-120)。大腸菌(E.coli)はまた、外因性パントテン酸を内在化することができ、パントテン酸の内在化は、ナトリウム/パントテネート共輸送体であるそれらのパントテン酸パーミアーゼPanF(UniProtKB accession no.P16256 for E.coli K12 PanF)によって媒介される。
【0017】
パントテン酸は、HMO産生のために大腸菌(E.coli)を培養するときに発酵ブロス中に見出される副生成物である。乳児用調製乳中のビタミンB5の処方される最大量を考えると、HMO製品を乳児用調製乳の成分として適切にするために、HMO調製物からパントテン酸を枯渇させることが必要であり得る。これは、乳児用調製乳内のHMO濃度が、母乳中のHMOの自然濃度、すなわち乳児用調製乳を使用する準備ができている1kg当たり約40g~約120gのHMOに類似すべきである場合に特に適切である。
【0018】
処理流からのHMOを結晶化することによって、HMOを含有する発酵ブロスから得られた処理流中のパントテン酸レベルを低下させることが可能であり得る。HMOは、水、有機溶媒、又は水と有機溶媒との混合物から結晶化され得る。HMO含有溶液に有機酸を添加することにより、HMOの結晶化を向上させることができる。
【0019】
さらに及び/又は代替的に、パントテン酸は、パントテン酸の除去、すなわちアニオン性イオン交換クロマトグラフィー又はアニオン吸着樹脂へのパントテン酸の吸着のための少なくとも1つの特定のイオン交換処理工程に処理流を供することによって、目的のオリゴ糖から分離することができる。陰イオン交換樹脂又は陰イオン吸着樹脂は、強陰イオン交換樹脂又は弱陰イオン交換樹脂であってもよく、好ましくは弱陰イオン交換樹脂である。
【0020】
パントテン酸を除去するための上記に概説したアプローチは、発酵手段によってHMOを生産するための精製スキームにおいて追加の処理工程を必要とする。さらに、処理流からパントテン酸を除去するためにこのような特定のイオン交換処理工程を使用することは、中性HMOを精製するために実行可能であり得る。しかし、このようなイオン交換処理工程は、シアリルラクトースなどの酸性シアリル化HMOの精製及び回収には使用できない。なぜなら、酸性HMOは、パントテン酸として使用される陰イオン交換樹脂と同様の結合能力を有するからである。これは、パントテン酸を除去するためのイオン交換処理を使用して工業規模でパントテン酸からシアリル化HMOを分離することを事実上不可能にする。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0021】
前述の欠点を克服するために、目的のオリゴ糖の発酵生産のための方法が開発されており、この方法では、微生物細胞によるオリゴ糖生合成中の培養培地中のパントテン酸の蓄積が回避されるか、又は少なくとも有意に低減される。
【課題を解決するための手段】
【0022】
第1の態様では、目的のオリゴ糖を生産するための遺伝子操作された微生物細胞が提供され、この遺伝子操作された微生物細胞は、目的のオリゴ糖の細胞内生合成のための代謝経路を有し、低レベルのパントテン酸細胞内生合成を有するか又はパントテン酸細胞内生合成を有さない。
【0023】
第2の態様では、目的のオリゴ糖の細胞内生合成のための代謝経路を有し、目的のオリゴ糖を生産するための低レベルのパントテン酸細胞内生合成を有するか又はパントテン酸細胞内生合成を有さない、遺伝子操作された微生物細胞の使用が提供される。
【0024】
第3の態様では、目的のオリゴ糖を生産するための方法が提供され、方法は(i)目的のオリゴ糖の細胞内生合成のための代謝経路を有し、低レベルのパントテン酸細胞内生合成を有するか又はパントテン酸細胞内生合成を有さない、遺伝子操作された微生物細胞を提供すること、(ii)遺伝子操作された微生物を培地中で、微生物細胞が目的のオリゴ糖を細胞内で合成することを許容する条件で培養すること及び任意に(iii)目的のオリゴ糖を回収することを含む。
【0025】
第4の態様では、目的のオリゴ糖の調製物が提供され、この調製物は、目的のオリゴ糖の細胞内生合成のための代謝経路を有し、低レベルのパントテン酸細胞内生合成を有するか又はパントテン酸細胞内生合成を有さない、遺伝子操作された微生物細胞が、培地中で及び微生物細胞が目的のオリゴ糖を細胞内で合成することを許容する条件で培養される方法によって得られ、オリゴ糖の調製物は、低レベルのパントテン酸を含有するか又はパントテン酸を含有しない。
【0026】
第5の態様では、栄養組成物を製造するための目的のオリゴ糖の調製物の使用が提供される。
【0027】
第6の態様では、目的のオリゴ糖の調製物を含有する栄養組成物が提供され、この調製物は、低レベルのパントテン酸を含有するか又はパントテン酸を含有しない。
【図面の簡単な説明】
【0028】
【
図1】
図1は、レオナルディR及びジャコウスキS(Leonardi,R.and Jackowski,S)「パントテン酸及び補酵素Aの生合成(Biosynthesis of Pantothenic Acid and Coenzyme A)」EcoSal Plus.2007 Apr;2(2):10.1128/ecosalplus.3.6.3.4に示されるような大腸菌(E.coli)におけるパントテン酸細胞内生合成のための代謝経路を示す図である。
【
図2-1】
図2は、大腸菌(Escherichia coli)K-12ケトパントエート還元酵素PanE(UniProtKB Entry number P0A9J4,UniProt release 2021_03 as published June 02,2021)のアミノ酸配列を示す図である。
【
図2-2】
図2は、大腸菌(Escherichia coli)K-12ケトパントエート還元酵素PanE(UniProtKB Entry number P0A9J4,UniProt release 2021_03 as published June 02,2021)のアミノ酸配列を示す図である。
【
図3】
図3は、3’-シアリルラクトースを産生する2つの異なる大腸菌(E.coli)株の増殖及びそれらの培地中のパントテン酸の量を示す2つのグラフであり、
図3Aは、パントテン酸生合成を減少させるように遺伝子操作される前のその前駆株の培養培地中の増殖及びパントテン酸レベルを示す。
図3Bは、低レベルの細胞内パントテン酸生合成を有するように遺伝子操作された大腸菌(E.coli)株の培養培地中の増殖及びパントテン酸レベルを示す。
【
図4】
図4は、ラクト-N-テトラオースを産生する2つの異なる大腸菌(E.coli)株の増殖及びそれらの培養培地中のパントテン酸の量を示す2つのグラフであり、
図4Aは、パントテン酸生合成を減少させるように遺伝子操作される前のその前駆株の培養培地中の増殖及びパントテン酸レベルを示す。
図4Bは、低レベルの細胞内パントテン酸生合成を有するように遺伝子操作された大腸菌(E.coli)株の培地中の増殖及びパントテン酸レベルを示す。
【発明を実施するための形態】
【0029】
第1の態様によれば、目的のオリゴ糖を生産するための遺伝子操作された微生物細胞が提供され、この微生物細胞は、目的のオリゴ糖の細胞内生合成のための代謝経路を有し、遺伝子操作された微生物細胞はまた、低レベルのパントテン酸の細胞内生合成を有するか、又はパントテン酸の細胞内生合成を有さない。
【0030】
遺伝子操作された微生物細胞は、目的のオリゴ糖の細胞内生合成のための代謝経路を有するように、及び/又は低レベルのパントテン酸生物合成を有するように、若しくはパントテン酸生合成が不可能であるように、遺伝子操作された微生物細胞である。
【0031】
本明細書で使用される「微生物細胞」という用語は、単細胞生物を指す。微生物細胞は、原核細胞又は真核細胞であり得る。適切な原核細胞には、細菌細胞及び古細菌細胞が含まれる。適切な真核細胞には、酵母細胞及び真菌細胞が含まれる。
【0032】
追加の及び/又は代替の実施形態では、原核細胞は細菌細胞、好ましくはバチルス属(Bacillus)、ビフィドバクテリウム属(Bifidobacterium)、クロストリジウム属(Clostridium)、コリネバクテリウム属(Corynebacterium)、エンテロコッカス属(Entero-coccus)、ラクトバチルス属(Lacto-bacillus)、ラクトコッカス属(Lacto-coccus)、ミクロコッカス属(Micrococcus)、マイクロモノスポラ属(Micromonospora)、シュードモナス属(Pseudomonas)、ロドコッカス属(Rhodococcus)及びスポロラクトバチルス属(Sporolactobacillus)からなる群から選択される属の細菌である。これらの属内の適切な細菌種は、バチルス・スブチリス(Bacillus subtilis)、B.リケニホルミス(B.licheniformis)、B.コアグランス(B.coagulans)、B.サーモフィルス(B.thermophilus)、B.ラテロスポルス(B.laterosporus)、B.メガテリウム(B.mega-terium)、B.ミコイデス(B.mycoides)、B.プミルス(B.pumilus)、B.レンタス(B.lentus)、B.セレウス(B.cereus)、B.サーキュランス(B.circulans)、ビフィドバクテリウム・ロングム(Bifido-bacterium longum)、B.インファンティス(B.infantis)、B.ビフィダム(B.bifidum)、シトロバクター・フロインデイ(Citrobacter freundii)、クロストリジウム・セルロリティカム(Clostridium cellulo-lyticum)、C.リュングダーリイ(C.ljungdahlii)、C.アウトエタノゲヌム(C.autoethanogenum)、C.アセトブチリクム(C.acetobutylicum)、コリネバクテリウム・グルタミクム(Corynebacterium glutami-cum)、E.エンテロコッカス・フェシウム(Entero-coccus faecium)、E.サーモフィレス(E.thermophiles)、大腸菌(Escherichia coli)、エルウィニア・ヘルビコラ(Erwinia herbicola(パンテア・アグロメランス(Pantoea agglo-merans))、ラクトバチルス・アシドフィルス(Lactobacillus acidophilus)、L.サリバリウス(L.salivarius)、L.プランタルム(L.plan-tarum)、L.ヘルベティカス(L.helveticus)、L.デルブリッキー(L.delbrueckii)、L.ラムノーサス(L.rhamnosus)、L.ブルガリカス(L.bulgaricus)、L.クリスパタス(L.crispatus)、L.ガセリ(L.gasseri)、L.カセイ(L.casei)、L.ロイテリ(L.reuteri)、L.イエンセン(L.jensenii)、L.ラクティス(L.lactis)、パンテア・シトレア(Pantoea citrea)、ペクトバクテリウム・カロトボルム(Pectobacterium carotovorum)、プロピオニバクテリウム・フロイデンライヒ(Proprioni-bacterium freudenreichii)、シュードモナス・フルオレセンス(Pseudo-monas fluorescens)、P.エルギノーサ(P.aeruginosa)、ストレプトコッカス・サーモフィレス(Streptococcus thermophiles)及びキサントモナス・カンペストリス(Xanthomonas campestris)である。
【0033】
いくつかの実施形態では、真核細胞は酵母細胞、好ましくはサッカロミセス種(Saccharomyces sp)、サッカロミコプシス種(Saccharo-mycopsis sp)、ピキア種(Pichia sp)、ハンゼヌラ種(Hansenula sp)、クルイベロマイセス種(Kluyveromyces sp)、ヤロウィア種(Yarrowia sp)、ロドトルラ種(Rhodotorula sp)及び シゾサッカロミセス種(Schizosaccharomyces sp)からなる群の属から選択される酵母細胞である。追加の及び/又は代替の実施形態では、酵母細胞は、サッカロミセス・セレビシア(Saccharomyces cerevisiae)細胞、ピキア・パストリス(Pichia pastoris)細胞、又はハネンスラ・ポリモルファ(Hanensula polymorpha)細胞である。
【0034】
遺伝子操作された微生物細胞は、目的のオリゴ糖を生産するための微生物細胞である。
【0035】
本明細書で使用される場合、「オリゴ糖」という用語は、典型的には、少なくとも3つの単糖部分を含むが、12個以下の単糖部分、好ましくは10個以下の単糖部分を含む高分子糖分子を指す。オリゴ糖の単糖部分は、グリコシド結合によって互いに連結している。オリゴ糖は、単糖部分の直鎖からなってもよく、又はオリゴ糖は、単糖部分の分岐鎖を構成してもよく、少なくとも1つの単糖部分は、グリコシド結合によってそれに結合した少なくとも3つの単糖部分を有する。オリゴ糖の単糖部分は、アルドース(例えば、アラビノース、キシロース、リボース、デスオキシリボース、リキソース、グルコース、イドース、ガラクトース、タロース、アロース、アルトロース、マンノース)、ケトース(例えば、リブロース、キシルロース、フルクトース、ソルボース、タガトース)、デオキシ糖(例えば、ラムノース、フコース、キノボース)、デオキシ-アミノ糖(例えば、N-アセチル-グルコサミン、N-アセチル-マンノサミン、N-アセチル-ガラクトサミン)、ウロン酸(例えば、ガラクツロン(galacturonsaure)、グルクロン(glucuronsaure))及びケトアルドン酸(例えば、N-アセチル-ノイラミン酸)からなる群から選択することができる。
【0036】
本明細書で使用される「目的のオリゴ糖」という表現は、微生物細胞によって合成されると考えられるオリゴ糖を指す。典型的には、微生物細胞は、特定のオリゴ糖、すなわち目的のオリゴ糖を合成するように選択及び/又は遺伝子操作されている。目的のオリゴ糖以外の微生物細胞によって合成され得る任意の他のオリゴ糖は、目的のオリゴ糖以外の他のオリゴ糖が目的のオリゴ糖の生合成における中間体反応の反応生成物であるか、又は目的のオリゴ糖の生合成のための代謝経路以外の別の代謝経路の最終生成物を構成するかにかかわらず、副生成物であると見なされる。
【0037】
いくつかの実施形態において、目的のオリゴ糖は、ヒトミルクオリゴ糖、すなわち、ヒトミルク中に存在するオリゴ糖(HMO)の群から選択されるオリゴ糖である。ヒトミルクオリゴ糖は、ヒトミルク中に存在する難消化性オリゴ糖の多様な混合物を構成する。ヒトミルクは、そのオリゴ糖の組成及び量に関して独特である。これまでに150を超える構造的に異なるHMOが同定されている。大部分のHMOは、その還元末端のラクトース部分(Gal-β1,4-Glc)を特徴とする。多くのHMOは、フコース部分及び/又はシアル酸部分を含む。より一般的に言えば、HMOが由来する単糖類は、D-グルコース、D-ガラクトース、N-アセチル-グルコサミン、L-フコース及び/又はN-アセチルノイラミン酸である。
【0038】
さらなる実施形態及び/又は代替の実施形態において、目的のオリゴ糖は、2’-フコシル-ラクトース(2’-FL)、3-フコシル-ラクトース(3-FL)、2’,3-ジフコシルラクトース(DFL)、ラクト-N-トリオースII、ラクト-N-テトラオース(LNT)、ラクト-N-ネオテトラオース(LNnT)、ラクト-N-フコペンタオースI(LNFP-I)、ラクト-N-ネオフコ-ペンタオースI(LNnFP-I)、ラクト-N-フコペンタオースII(LNFP-II)、ラクト-N-フコペンタオースIII(LNFP-III)、ラクト-N-フコペンタオースV(LNFP-V)、ラクト-N-ネオフコ-ペンタオースV(LNnFP-V)、ラクト-N-ヘキサオース(LNH)、ラクト-N-ネオヘキサ-オース(LNnH)、パラ-ラクト-N-ヘキサオース(paraLNH)、パラ-ラクト-N-ネオヘキサオース(paraLNnH)、ジフコシル-ラクト-N-ネオヘキサオース(DF-LNnH)、ラクト-N-ジフコシルヘキサオースI、ラクト-N-ジフコシル-ヘキサオースII、パラ-ラクト-N-フコシル-ヘキサオース(paraLNH)、フコシル-ラクト-N-シアリルペンタオースa(F-LST-a)、フコシル-ラクト-N-シアリルペンタオースb(F-LST-b)、フコシル-ラクト-N-シアリルペンタオースc(F-LST-c)、フコシル-ラクト-N-シアリルペンタオースc、ジシアリル-ラクト-N-フコペンタオース、3-フコシル-3’-シアリル-ラクトース(3F-3’-SL)、3-フコシル-6’-シアリルラクトース(3F-6’-SL)、ラクト-N-ネオジフコ-ヘキサオースI、3’-シアリルラクトース(3-SL)、6’-シアリルラクトース(6-SL)、シアリルラクト-N-テトラオースa(LST-a)、シアリルラクト-N-テトラオースb(LST-b)、シアリルラクト-N-テトラオースc(LST-c)、ジシアリル-ラクト-N-テトラオース(DS-LNT)、ジシアリル-ラクト-N-フコ-ペンタオース(DS-LNFP V)、ラクト-N-ネオジフコ-ヘキサオースI(LNnDFH I)、3’-ガラクトシルラクトース(3’-GL)、6’-ガラクトシルラクトース(6’-GL)からなる群から選択されるHMOである。
【0039】
遺伝子操作された微生物細胞は、目的のオリゴ糖の生産のために遺伝子改変されている。典型的には、目的のオリゴ糖は、微生物細胞によって天然に合成されないオリゴ糖である。したがって、微生物細胞は、通常、目的のオリゴ糖を細胞内で合成することができるように遺伝子操作されている、すなわち、微生物細胞は、培地中で目的のオリゴ糖の合成を許容する条件で培養された場合、目的のオリゴ糖を細胞内で合成するように遺伝子操作されている。したがって、遺伝子操作された微生物細胞は、目的のオリゴ糖の細胞内生合成のための代謝経路を有するように遺伝子操作されている。
【0040】
遺伝子操作された微生物細胞は、目的のオリゴ糖の細胞内生合成のための代謝経路を有する。したがって、遺伝子操作された微生物細胞は、単糖部分を取得するためのアクセプター糖を提供し、アクセプター糖に転移される単糖部分のためのドナー基質を提供し、単糖部分をドナー基質からアクセプター糖に転移することによってアクセプター糖の目的のオリゴ糖への変換を触媒するのに必要である、すべての酵素及び輸送体を有する。
【0041】
いくつかの実施形態では、アクセプター糖は、三糖に変換される二糖である。他の実施形態では、アクセプター糖は、四糖に変換される三糖である。他の実施形態では、アクセプター糖は、五糖に変換される四糖である。いくつかの実施形態では、アクセプター糖は、六糖に変換される五糖である。アクセプター糖は、好ましくは微生物細胞の細胞膜に存在する特定の輸送体を利用することによって、微生物細胞によって内在化され得る。追加的及び/又は代替的に、アクセプター糖は、微生物細胞によって細胞内で合成することができる。
【0042】
いくつかの実施形態では、アクセプター糖は、微生物細胞によって内在化され、単糖部分によって伸長されて二糖を得る単糖から、微生物細胞によって細胞内で合成され、この二糖は、3、4、5、6又はそれ以上の単糖部分からなり、目的のオリゴ糖の生合成のためのアクセプター糖を構成するオリゴ糖が細胞内で合成されるように、さらなる単糖部分の添加によってさらに伸長され得る。例えば、微生物細胞はグルコースを内在化し、グルコースは、ガラクトース部分の付加によってラクトースに変換される。次いで、ラクトースを、例えば2’-FL、3-FL、LNT-II、LNT、LNnT、3’-SL、6’-SLなどのオリゴ糖に変換することができる。オリゴ糖のそれぞれは、目的のオリゴ糖であってもよいし、アクセプター糖を構成してもよい。
【0043】
いくつかの実施形態では、微生物細胞は酵素を有するように遺伝子操作され、酵素は、単糖部分をドナー基質からアクセプター糖に転移させることによって、アクセプター糖、すなわち二糖又はオリゴ糖の、目的のオリゴ糖への変換を触媒する。したがって、微生物細胞は、アクセプター糖の目的のオリゴ糖への変換を触媒する酵素をコードする少なくとも1つの組換え遺伝子を含有及び発現し得る。
【0044】
微生物細胞に酵素能力をコードしてドナー基質からのアクセプター糖に単糖部分を付加する遺伝子又は同等の機能的ヌクレオチド配列は、相同ヌクレオチド配列又は異種ヌクレオチド配列であり得る。ヌクレオチド配列に関して本明細書で使用される「相同」という用語は、目的のオリゴ糖を生産するための微生物細胞が属する種に固有のヌクレオチド配列を指す。ヌクレオチド配列に関して本明細書で使用される「異種」という用語は、人工的に生成された、又は目的のオリゴ糖を生産するための微生物細胞とは異なる種に由来するヌクレオチド配列を指す。目的のオリゴ糖を生産するための微生物細胞とは異なる種に由来する異種ヌクレオチド配列は、植物、ヒトを含む動物、細菌、古細菌、真菌又はウイルスに由来し得る。
【0045】
単糖部分のアクセプター分子への転移を触媒する酵素は、グリコシルトランスフェラーゼ又はトランスグリコシダーゼである。いくつかの実施形態では、グリコシルトランスフェラーゼは、ドナー基質としてのヌクレオチド活性化糖からアクセプター糖への単糖部分の転移を触媒する。グリコシルトランスフェラーゼは、ガラクトシルトランスフェラーゼ、グルコサミルトランスフェラーゼ、シアリルトランスフェラーゼ、N-アセチルグルコサミニルトランスフェラーゼ、N-アセチルガラクトサミニルトランスフェラーゼ、グルクロノシルトランスフェラーゼ、マンノシルトランスフェラーゼ、キシロシルトランスフェラーゼ及びフコシルトランスフェラーゼからなる群から選択され得る。さらなる実施形態及び/又は代替の実施形態では、グリコシルトランスフェラーゼは、α-1,2-マンノシルトランスフェラーゼ、β-1,4-キシロシルトランスフェラーゼ、β-1,3-N-アセチル-グルコサミニルトランスフェラーゼ、β-1,6-N-アセチルグルコサミニルトランスフェラーゼ、β-1,3-N-アセチル-ガラクトサミニルトランスフェラーゼ、β-1,4-N-アセチルガラクトサミニルトランスフェラーゼ、α-1,3-N-アセチル-ガラクトサミニルトランスフェラーゼ、β-1,3-ガラクトシルトランスフェラーゼ、β-1,4-ガラクトシル-トランスフェラーゼ、β-1,6-ガラクトシルトランスフェラーゼ、α-1,3-グルコシルトランスフェラーゼ、α-1,4-グルコシルトランスフェラーゼ、α-2,3-シアリルトランスフェラーゼ、α-2,6-シアリルトランスフェラーゼ、α-2,8-シアリルトランスフェラーゼ、α-1,2-フコシルトランスフェラーゼ及びα-1,3/1,4-フコシルトランスフェラーゼからなる群から選択される。
【0046】
フコシルトランスフェラーゼは、フコース部分をアクセプター糖に転移させるためのドナー基質としてGDP-L-フコースを使用し、シアリルトランスフェラーゼは、N-アセチルノイラミン酸をアクセプター糖に転移させるためのドナー基質としてCMP-N-アセチルノイラミン酸を使用するなどと理解される。
【0047】
ヌクレオチド活性化糖は、デノボ経路で遺伝子操作された微生物細胞によって合成され得る。追加的及び/又は代替的に、微生物細胞は、ヌクレオチド活性化糖を提供するためのサルベージ経路を使用し得る。
【0048】
ドナー基質がデノボ経路によって合成される実施形態では、微生物細胞は、ヌクレオチド活性化糖のデノボ生合成に必要な酵素を有する。いくつかの実施形態では、微生物細胞は、ヌクレオチド活性化糖のデノボ生合成経路に必要な酵素をコードする少なくとも1つの組換え遺伝子を有するように遺伝子操作されている。デノボ生合成経路では、ヌクレオチド活性化糖は、グルコース、スクロース、フルクトース、グリセロールなどの「単純な」炭素源から合成される。
【0049】
ヌクレオチド活性化糖のデノボ生合成経路に必要な酵素をコードする少なくとも1つの遺伝子は、微生物細胞に対して内因性であってもよく、又は外因性源から微生物細胞に導入して発現させることができる。内因性遺伝子によってコードされるタンパク質の発現、すなわち機能的転写及び翻訳は、微生物細胞を遺伝子操作することによって改変することができる。例えば、内因性遺伝子の発現の変化は、遺伝子の転写プロモーターを改変することによって、遺伝子のリボソーム結合部位を改変することによって、及び/又は遺伝子のタンパク質コードヌクレオチド配列のコドン使用頻度を改変することによって達成され得る。さらに、遺伝子のタンパク質コードヌクレオチド配列は、遺伝子によってコードされる酵素の活性及び/又は特異性が所望の生合成経路にとって有利になるように改変され得る。当業者は、ヌクレオチド活性化糖ドナー分子のデノボ合成のために、遺伝子改変された生物においてどの遺伝子が発現される必要があるかを知っているであろう。
【0050】
サルベージ経路がドナー基質としてヌクレオチド活性化糖の生合成に使用される実施形態では、微生物細胞は、ヌクレオチドと単糖との結合を触媒する酵素を含む。そのような酵素の例は、キナーゼ反応及びピロホスファターゼ反応を触媒してGDP-L-フコースを形成する、バクテロイデス・フラジリス(Bacteroides fragilis)由来の二官能性フコキナーゼ/L-フコース-1-リン酸-グアニリルトランスフェラーゼFKPである。ヌクレオチドと単糖との結合を触媒する酵素のさらなる例は、CMP-ノイラミン酸を形成する、髄膜炎菌(Neisseria meningitidis)由来のN-アセチルノイラミン酸シチジルトランスフェラーゼNeuAである。
【0051】
いくつかの実施形態では、ドナー基質としてヌクレオチド活性化糖を提供するためのサルベージ経路を有する微生物細胞は、遺伝子の発現のためにヌクレオチドと単糖との結合を触媒する酵素をコードする組換え遺伝子を含む。
【0052】
サルベージ経路におけるヌクレオチド活性化糖の形成のための基質として使用される単糖は、単糖導入タンパク質を利用する微生物細胞によって内在化され得る。そのような単糖導入タンパク質の例は、フコース透過酵素、例えばFucP及びシアル酸輸送体、例えば大腸菌(E.coli)由来のNanTである。単糖導入タンパク質は、内因性遺伝子によってコードされ、内因性遺伝子から発現され得るか、又は組換え遺伝子によってコードされ、組換え遺伝子から発現され得る。
【0053】
一定の実施形態では、ヌクレオチド活性化糖及び/又は目的のオリゴ糖の生合成を妨げる又は干渉する酵素又はタンパク質をコードする微生物細胞の少なくとも1つの内因性遺伝子が、欠失されているか又は機能的に不活性化される。
【0054】
いくつかの実施形態では、遺伝子操作された微生物細胞は、その細胞膜に糖輸送体を有する。糖輸送体は、目的のオリゴ糖を微生物細胞の細胞質からその細胞膜を越えて培養培地中に、又はグラム陰性細菌の場合は細胞周辺腔中に移行させる。
【0055】
細胞膜を横切る炭水化物、例えば目的のオリゴ糖の移行を媒介する糖輸送体は、単一のポリペプチドからなっていてもよく、又は細胞膜を横切って炭水化物を移行させるホモマー若しくはヘテロマー複合体を形成する複数のポリペプチド(それぞれがサブユニットであると考えられる)からなっていてもよい。
【0056】
いくつかの実施形態では、糖輸送体は、主要促進因子スーパーファミリー(MFS)、糖:カチオン共輸送体ファミリー、ヌクレオシド特異的輸送体ファミリー、ATP結合カセットスーパーファミリー及びホスホトランスフェラーゼ系ファミリーからなる群から選択されるメンバーである。
【0057】
特定の実施形態では、糖輸送体は、機能的組換え遺伝子によってコードされ、それから発現される。したがって、そのような実施形態では、微生物細胞は、糖輸送体又は糖輸送体複合体の少なくとも1つのサブユニットをコードする機能性遺伝子又はオペロンを含み、これは細菌細胞の内膜を横切ってその周辺質に目的の細胞内産生オリゴ糖を移行させることを容易にする。
【0058】
本明細書で使用される「オペロン」という用語は、微生物細胞における発現を媒介及び/又は制御するための同じ調節エレメントから転写される2つ以上のタンパク質コード配列を含むヌクレオチド配列を指す。
【0059】
本明細書で使用される「機能性遺伝子」という用語は、タンパク質又はポリペプチドをコードするヌクレオチド配列を含む核酸分子であって、タンパク質又はポリペプチドをコードするヌクレオチド配列が機能性遺伝子を有する細胞内で/によって発現され得るように、タンパク質コードヌクレオチド配列(オープンリーディングフレーム)に作動可能に連結された調節配列も含む核酸分子を指す。したがって、機能的遺伝子の発現を許容する条件で培養した場合、遺伝子が発現され、遺伝子を発現する細胞は、典型的には、機能的遺伝子のタンパク質コード領域によってコードされるタンパク質又はポリペプチドを含む。本明細書で使用される場合、「核酸」及び「ポリヌクレオチド」という用語は、一本鎖又は二本鎖のいずれかの形態のデオキシリボヌクレオチド又はリボヌクレオチドポリマーを指し、特に限定されない限り、天然に存在するヌクレオチドと同様の方法で核酸にハイブリダイズする天然ヌクレオチドの既知の類似体を包含する。
【0060】
内因性遺伝子に関して本明細書で使用される「調節解除された」という用語は、遺伝子操作された微生物細胞の天然前駆体における遺伝子の発現と比較して、内因性遺伝子のタンパク質コード領域の発現が変化していることを指す。遺伝子の発現は、当業者に公知の異なる手段によって調節解除することができる。遺伝子の発現を調節解除する例としては、遺伝子のプロモーターの天然のヌクレオチド配列の変化、遺伝子のリボソーム結合部位の天然のヌクレオチド配列の変化が挙げられる。「調節解除された」という用語は、遺伝子の発現の増加並びに遺伝子の発現の減少又は低下を含む。
【0061】
本明細書で使用される「作動可能に連結される」という用語は、発現を制御するヌクレオチド配列(プロモーター、シグナル配列、又は転写因子結合部位のアレイなど)と第2のヌクレオチド配列との間の機能的連結を意味するものとし、発現を制御するヌクレオチド配列は、第2のヌクレオチド配列の転写及び/又は翻訳に影響を及ぼす。したがって、「プロモーター」という用語は、DNAポリヌクレオチドのタンパク質コードヌクレオチド配列を通常「先行」し、mRNAへの転写の開始部位を提供するヌクレオチド配列を指す。「調節因子」DNA配列は、所与のDNAポリマー中の遺伝子の通常「上流」の(すなわち、先行する)タンパク質コードヌクレオチド配列でもあり、転写開始の頻度(又は速度)を決定するタンパク質に結合する。集合的に「プロモーター/調節因子」又は「制御」DNA配列と呼ばれる、機能性DNAポリマー中の選択された遺伝子(又は一連の遺伝子)に先行するこれらの配列は、遺伝子の転写(及び最終的な発現)が起こるかどうかを決定するために協働する。DNAポリマー中のタンパク質コードヌクレオチド配列に「追従」し、mRNAへの転写の終結のためのシグナルを提供するヌクレオチド配列は、転写「終結」配列と呼ばれる。
【0062】
本明細書で使用される「組換え」という用語は、遺伝子又はオペロンなどのポリヌクレオチドが遺伝子工学によって作製されたことを示す。したがって、組換え遺伝子、オペロン又はポリヌクレオチドは、目的のオリゴ糖を生産するためのグラム陰性菌細胞と同じ種の細胞には天然に存在しない。組換えポリヌクレオチドは、異種ヌクレオチド配列(すなわち、微生物細胞にとって外来であるヌクレオチド配列)を含有し得るか若しくは異種ヌクレオチド配列によってコードされるペプチド又はタンパク質を発現する。組換え微生物細胞は、その生来の(非組換え)先行物には見られない遺伝子を含有し得る。組換え細胞はまた、組換え細胞の天然の先行物に見られる遺伝子の変異体を含むことができ、遺伝子は改変され、技術的手段によって細胞に再導入されている。「組換え」という用語はまた、細菌細胞を包含し、細菌細胞は、細菌細胞に対して内因性であり、細菌細胞からヌクレオチド配列を有する核酸分子を除去することなく改変されたヌクレオチド配列を含む。そのような改変には、遺伝子置換、部位特異的突然変異及び関連技術によって得られるものが含まれる。したがって、「組換えポリペプチド」は、組換え細胞によって生産されたものである。
【0063】
本明細書で使用される「異種ヌクレオチド配列」又は「異種核酸」は、特定の宿主細胞に対して外来の供給源に由来する(例えば、異なる種に由来する)もの、又は同じ供給源に由来する場合、その元の形態から改変されているものである。したがって、異種ヌクレオチド配列は、異種タンパク質をコードするヌクレオチド配列がプロモーターに作動可能に連結されたヌクレオチド配列であり得、タンパク質をコードするヌクレオチド配列及びプロモーターのヌクレオチド配列は、異なる供給源生物から得られたものであり、又は同じ供給源生物からの場合、タンパク質をコードするヌクレオチド配列又はプロモーターは、その元の形態から改変されている。異種ヌクレオチド配列は、例えば転位、トランスフェクション、形質転換、接合又は形質導入によって、細菌細胞のゲノムに安定に導入され得る。適用され得る技術は、細菌細胞及び細菌細胞に導入される核酸分子の特異性に依存する。様々な技術が当業者に知られており、例えば、サンブルック(Sambrook)他「分子クローニング:実習マニュアル(Molecular Cloning:A Laboratory Manual)」2nd Ed.,Cold Spring Harbor Laboratory Press,Cold Spring Harbor,N.Y.(1989)が開示されている。したがって、「遺伝子操作された細菌細胞」又は「遺伝子操作された微生物細胞」は、外因性ポリヌクレオチド配列によって形質転換若しくはトランスフェクトされた、又は形質転換若しくはトランスフェクションが可能な細菌細胞として理解される。したがって、本発明で使用されるヌクレオチド配列は、例えば、宿主微生物細胞に安定に形質転換/トランスフェクト又は他の方法で導入されるベクターに含まれ得る。多種多様な発現系を使用してポリペプチドを生産することができる。そのようなベクターには、とりわけ、染色体、エピソーム及びウイルス由来のベクター、例えば、細菌プラスミド、バクテリオファージ、トランスポゾン、酵母エピソーム、挿入エレメント、酵母染色体エレメント、ウイルス由来のベクター、並びにそれらの組み合わせ、例えばプラスミド及びバクテリオファージの遺伝子エレメント、例えばコスミド及びファージミドに由来するベクターが含まれる。発現系構築物は、発生発現だけでなく、発生調節する制御領域を含み得る。この点に関して、一般に、細菌宿主細胞においてポリヌクレオチドを維持、増殖又は発現させ、ポリペプチドを合成するのに適した任意の系又はベクターが、発現のために使用され得る。適切なヌクレオチド配列は、例えば、上記のSambrookらに記載されているものなど、様々な周知の日常的な技術のいずれかによって発現系に挿入され得る。好ましくは、組換えヌクレオチド配列を含むポリヌクレオチドは、微生物細胞のゲノムに安定に導入される。ゲノム組込みは、組換え又は転位によって達成され得る。
【0064】
内膜を横切る目的のオリゴ糖の輸送を促進する輸送体又は輸送体複合体をコードする1つ又は複数の機能的遺伝子は、遺伝子操作された微生物細胞に対して内因性又は外因性のいずれかであり得る。
【0065】
いくつかの実施形態では、糖輸送体遺伝子は、遺伝子操作された細菌細胞に対して内因性である。糖輸送体遺伝子のオープンリーディングフレームによってコードされるタンパク質の合成を行う機能エレメントは、輸送体タンパク質の合成をもたらすオープンリーディングフレームの転写又はmRNAの翻訳のレベルが先行細胞で天然に見られるものとは異なるように改変されている可能性がある。機能エレメントの改変は、非改変状態と比較して、転写及び/若しくは翻訳レベルを増加させるか、又は転写及び/若しくは翻訳レベルを減少させることができる。改変は、単一ヌクレオチドの改変又は完全な機能エレメントの交換であり得る。いずれの場合も、転写及び/又は翻訳の非天然レベルは、内膜を横切る目的の細胞内オリゴ糖の輸送のために最適化される。
【0066】
別の実施形態では、糖輸送体又は輸送体複合体をコードする1つ又は複数の遺伝子は、遺伝子操作された微生物細胞に対して外因性である。そのような実施形態では、タンパク質コード領域は、輸送体の転写レベル及び翻訳レベルが内膜を横切る目的のオリゴ糖の輸送のために最適化されるように、天然に存在する環又は人工の機能エレメント、例えばプロモーター又はリボソーム結合部位に作動可能に連結される。
【0067】
糖輸送体又は糖輸送体のサブユニットをコードする遺伝子の転写は、構成的であり得るか又は調節され得る。当業者は、糖輸送体をコードする遺伝子の最適な発現を達成するために、プロモーター及び/又はさらなる転写調節因子と組み合わせたプロモーターを選択し、使用する方法を知っている。
【0068】
糖輸送体をコードする遺伝子が、目的のオリゴ糖の生産のために微生物細胞に対して異種である実施形態では、遺伝子のヌクレオチド配列は、天然に存在するヌクレオチド配列と比較して改変され得るが、改変されていないアミノ酸配列を有するポリペプチドをコードし得る。
【0069】
細胞膜を横切って目的のオリゴ糖を移行させるための糖輸送体は、その天然アミノ酸配列、すなわち天然に見出されるアミノ酸配列を有することができる。代わりに、糖輸送体のアミノ酸配列は、結果として生じる変異体が目的のオリゴ糖の移行に関して活性が増強され、及び/又は他の有益な特徴、例えばタンパク質安定性の増強又は内膜へのより安定な組込みを有し得るように、その天然アミノ酸配列と比較して改変され得る。
【0070】
特定の実施形態では、糖輸送タンパク質をコードするヌクレオチド配列は人工的であり、したがって、目的のオリゴ糖を細胞質から周辺質に輸送するための輸送体として作用する得られたタンパク質のアミノ酸配列は、天然には見られない。
【0071】
本明細書で使用される「変異体」という用語は、参照ポリヌクレオチド又はポリペプチドとはそれぞれ異なるが、参照ポリヌクレオチド又はポリペプチドの本質的な(酵素的)特性を保持するポリヌクレオチド又はポリペプチドを指す。ポリヌクレオチドの典型的な変異体は、ヌクレオチド配列が別の参照ポリヌクレオチドとは異なる。変異体のヌクレオチド配列の変化は、参照ポリヌクレオチドによってコードされるポリペプチドのアミノ酸配列を変化させてもさせなくてもよい。ヌクレオチドの変化は、後述するように、参照配列によってコードされるポリペプチドにおいてアミノ酸の置換、付加、欠失、融合及び切断をもたらし得る。ポリペプチドの典型的な変異体は、別の参照ポリペプチドとはアミノ酸配列が異なる。一般に、相違は、参照ポリペプチド及び変異体の配列が全体的に密接に類似し、多くの領域において同一であるように制限される。変異体及び参照ポリペプチドは、任意の組み合わせにおける1つ以上の置換、付加、欠失によってアミノ酸配列が異なり得る。置換又は挿入されたアミノ酸残基は、遺伝暗号によってコードされるものであってもなくてもよい。ポリヌクレオチド又はポリペプチドの変異体は、対立遺伝子変異体などの天然に存在する変異体であってもよく、又は天然に存在することが知られていない変異体であってもよい。ポリヌクレオチド及びポリペプチドの天然に存在しない変異体は、突然変異誘発技術、直接合成及び当業者に公知の他の組換え方法によって作製され得る。
【0072】
本発明の範囲内で、核酸/ポリヌクレオチド及びポリペプチド多型変異体、対立遺伝子、変異体及び種間ホモログもまた、野生型タンパク質によってコードされるポリペプチドに対して約60%を超えるアミノ酸配列同一性、65%、70%、75%、80%、85%、90%、好ましくは91%、92%、93%、94%、95%、96%、97%、98%又は99%又はそれを超えるアミノ酸配列同一性、好ましくは少なくとも約25、50、100、200、500、1000又はそれを超えるアミノ酸の領域にわたる同一性を有するアミノ酸配列を有するそれらの用語によって構成される。
【0073】
任意の遺伝子/タンパク質の「変異体」は、遺伝子/タンパク質の配列変異体であって、遺伝子、タンパク質及び/若しくは遺伝子によってコードされるタンパク質の同じ、より低い若しくはより高い活性、又はタンパク質の基質特異性に関して異なる活性、又は変異体が由来するタンパク質の反応特異性に関して異なる活性を保持する配列変異体を指すことを意味する。
【0074】
パントテン酸生合成経路に直接関与する酵素に関して、「機能的変異体」は、酵素の配列変異体及び/又は酵素をコードする遺伝子であって、変異体が由来するそれぞれの遺伝子/酵素と同じであるが低い活性を保持する遺伝子を示すことを意味する。
【0075】
目的のオリゴ糖を生産するための遺伝子操作された微生物細胞は、パントテン酸細胞内生合成を欠くか、又は低レベルの細胞内パントテン酸生合成を有する。
【0076】
いくつかの実施形態では、目的のオリゴ糖を生産するための遺伝子操作された微生物細胞は、パントテン酸を細胞内で合成することができない。付加的及び/又は代替の実施形態では、遺伝子操作された微生物細胞は、パントテン酸を細胞内で合成することができないように、すなわち微生物呼び出し内のパントテン酸生合成経路が破壊されているように遺伝子操作されている。
【0077】
パントテン酸生合成経路の破壊は、パントテン酸生合成経路に直接関与する酵素をコードする微生物細胞の遺伝子の少なくとも1つが欠失されているか又は機能的に不活性化されること、すなわち、任意の所与のエダクトからパントテン酸の細胞内形成をもたらす後続の酵素反応の1つにおいて達成され得る。好ましくは、酵素は、パントテン酸生合成経路に排他的な反応のみを触媒する。
【0078】
パントテン酸生合成経路に直接関与する酵素をコードする少なくとも1つの遺伝子は、ケトパントエートヒドロキシメチルトランスフェラーゼ、例えばpanB、パントテネートシンテターゼ、例えばpanC、ケトパントエート還元酵素、例えばpanE及びアセトヒドロキシ酸イソメロレダクターゼ、例えばivfCをコードする遺伝子の群から選択され得る。
【0079】
パントテン酸生合成の経路に直接関与する酵素をコードする少なくとも1つの遺伝子は、その全体が欠失していてもよく、又はこの遺伝子の実質的な部分が欠失していてもよい。少なくとも1つの遺伝子の部分に関する「実質的な」という用語は、この遺伝子によってコードされる酵素の発現及び/又は活性に不可欠な遺伝子のヌクレオチド配列を指す。本開示の意味における遺伝子の「実質的な部分」は、プロモーターなどの発現制御配列、及び/又は遺伝子のタンパク質コード領域を含むと理解され、タンパク質コード領域は、酵素内のその存在が酵素の酵素活性に必須であるアミノ酸配列をコードする。したがって、遺伝子の発現及び/又は遺伝子によってコードされるポリペプチドの酵素活性が失われる。
【0080】
パントテン酸の生合成経路に直接関与する酵素をコードする少なくとも1つの遺伝子の機能的不活性化は、遺伝子の少なくとも1つのコドンが、置換されたコドンとは異なるアミノ酸をコードするコドンで置換され、その結果、このようにして修正された遺伝子によってコードされるポリペプチドがパントテン酸生合成経路の酵素活性を有さないことで達成され得る。他の実施形態では、パントテン酸生合成経路に直接関与する酵素をコードする遺伝子のコドンは、このように修正された遺伝子が、パントテン酸生合成経路の酵素活性を有さない天然酵素の断片をコードするように、終止コドンで置き換えられる。
【0081】
さらに他の実施形態では、パントテン酸の生合成経路に直接関与する酵素をコードする少なくとも1つの遺伝子は、このように修正された遺伝子によってコードされるポリペプチドがパントテン酸生合成経路の酵素活性を示さないように、フレームシフト変異が遺伝子のタンパク質コード領域に挿入されるという点で機能的に不活性化される。
【0082】
パントテン酸は補酵素Aの前駆体である。補酵素Aは、細胞の代謝の必須化合物である。直接的なパントテン酸生合成経路に関与する酵素の少なくとも1つの発現又は活性が失われる実施形態では、微生物細胞はパントテン酸を合成することができない。このような微生物細胞は、外因性パントテン酸の内在化を必要とする。したがって、パントテン酸生合成経路に直接関与する酵素の少なくとも1つの発現又は活性が消失した微生物細胞は、外因性パントテン酸の内在化のためのパントテン酸パーミアーゼを有する。パントテン酸パーミアーゼを有することにより、微生物細胞は、パントテン酸を合成することができないにもかかわらず、外因性パントテン酸を内在化し、増殖し、目的のオリゴ糖を産生することが可能になる。
【0083】
いくつかの実施形態では、パントテン酸を合成することができない目的のオリゴ糖を生産するための微生物細胞は、パントテン酸パーミアーゼをコードする遺伝子を保有及び発現するように遺伝子操作されている。
【0084】
適切なパントテン酸パーミアーゼは大腸菌(E.coli)PanFである。したがって、いくつかの実施形態では、目的のオリゴ糖を生産するための微生物細胞は、大腸菌(E.coli)PanFをコードする遺伝子又はその機能的変異体、好ましくは大腸菌(E.coli)panF遺伝子又はその機能的変異体を含有及び発現する。
【0085】
パントテン酸を合成することはできないが、外因性パントテン酸の存在下で外因性パントテン酸を内在化することができる微生物細胞を培養することは、培養培地中のパントテン酸の量を調整することができるので有利である。培養培地中のパントテン酸の量は、微生物細胞が増殖し、目的のオリゴ糖を多用途の量で合成することができるが、目的のオリゴ糖の発酵生産工程の終了時に培養培地中に過剰なパントテン酸が存在することを回避することができるように調整することができる。
【0086】
いくつかの実施形態において、目的のオリゴ糖を生産するための遺伝子操作された微生物細胞は、低レベルの細胞内パントテン酸生合成を有する。いくつかの実施形態では、微生物細胞は、パントテン酸生合成経路に直接関与する少なくとも1つの酵素の発現及び/又は活性が損なわれるように遺伝子操作されている。
【0087】
本明細書で使用される「損なわれた」という用語は、パントテン酸生合成に直接関与する少なくとも1つの酵素の発現及び/又は活性が、パントテン酸生合成のレベルが低下した、したがって低レベルのパントテン酸生合成を有するように遺伝子操作されていない前駆細胞株の微生物細胞における酵素の発現及び/又は活性と比較して低下していることを意味する。
【0088】
パントテン酸細胞内生合成のレベルに関して「低下した」という表現は、特に、微生物細胞が細胞内パントテン酸生合成を低下させるための遺伝子操作によって得られていないが、例えば事前のランダム突然変異誘発の有無による選択によって得られた細胞である場合、野生型微生物細胞、すなわち自然界で最も一般的に発生している同じ属の微生物細胞の種類と比較した細胞内パントテン酸生合成のレベル、又は、パントテン酸生合成のレベルを損なうように微生物細胞が遺伝子操作されている場合、パントテン酸生合成の低下した細胞内レベルを有するように遺伝子操作されていなかった前駆細胞株の細胞と比較した細胞内パントテン酸生合成のレベルとして理解される。細胞内パントテン酸生合成のレベルを低下させるように遺伝子情報が操作されていることとは別に、細胞内パントテン酸生合成のレベルを比較する場合、遺伝子操作された微生物細胞は遺伝子型に関して前駆細胞株の細胞と実質的に同一であり、それにもかかわらず、微生物細胞並びにその前駆細胞株の細胞は、細胞内パントテン酸生合成を損なうこと以外の目的のために遺伝子操作された、例えば目的のオリゴ糖を合成することができるように操作された、遺伝子操作された微生物細胞であり得る。
【0089】
損なわれた又は低いパントテン酸生合成を有する遺伝子操作された微生物細胞におけるパントテン酸生合成のレベルは、培養培地中のパントテン酸の量が少なくとも10、少なくとも20、少なくとも30、少なくとも40、少なくとも50、少なくとも100、少なくとも200、少なくとも300、少なくとも400、又は少なくとも500倍減少するように減少する。培養培地中のパントテン酸の減少は、低レベルのパントテン酸生合成物を有する微生物細胞の培養物及び比較のための微生物細胞の培養物を、例えば前培養物中の増殖段階及び細胞密度、接種される培地の体積、培地組成、前培養物の量/主培養物を接種するために使用される細胞の数、培養条件、例えば温度、振盪速度、培養培地中のパントテン酸の量を測定するために試料が採取される時点/細胞密度などに関して、実質的に同一の条件で接種及びインキュベートして評価したことが理解される。好ましくは、培養培地中のパントテン酸の減少したレベルは、目的のオリゴ糖の発酵生産の終わりに存在する。
【0090】
いくつかの実施形態では、パントテン酸のレベルは、パントテン酸の生合成経路に直接関与する酵素をコードする少なくとも1つの遺伝子の発現が低下するという点で低下する。遺伝子の発現は、遺伝子の少なくとも1つの発現制御配列のヌクレオチド配列が、酵素のタンパク質コード領域の発現が低減されるように変更されるという点で低減され得る。パントテン酸の生合成経路に直接関与する酵素をコードする遺伝子の発現を低下させるために発現制御配列のヌクレオチド配列を変化させる例としては、天然遺伝子の発現制御配列内の1つ以上のヌクレオチドの欠失、1つ以上のヌクレオチドの挿入又は交換が挙げられる。パントテン酸の生合成経路に直接関与する酵素をコードする遺伝子の発現を低下させるために発現制御配列のヌクレオチド配列を変化させる別の例としては、所与のプロモーターを別のプロモーターで置き換えることが挙げられ、別のプロモーターは先行プロモーターよりも弱いプロモーターである。プロモーターの強度が公知であるか、又は当技術分野で公知のアッセイによって決定することができることを考慮すると、遺伝子の天然プロモーターを、得られた組換え遺伝子のタンパク質コード領域のより弱い発現を説明する異種プロモーターで置き換えることが可能である。
【0091】
いくつかの実施形態では、翻訳レベル、すなわちmRNAをアミノ酸配列に翻訳するレベルは、野生型細胞又は前駆細胞に見られる翻訳レベルと比較したものである。翻訳レベルは、リボソーム結合部位内及び/又はリボソーム結合部位の上流のヌクレオチド配列内の1つ以上のヌクレオチドを変化させることによって改変することができ、それにより、非改変状態で見られるレベルと比較して翻訳に影響を及ぼして低下させる。
【0092】
追加及び/又は代替の実施形態では、微生物細胞は、パントテン酸生合成経路に直接関与する酵素の変異体をコードする遺伝子を有し、この変異体は酵素活性の低下を示す。いくつかの実施形態では、遺伝子のタンパク質コード領域を、変異体をコードするように改変した。いくつかの実施形態では、微生物細胞は、その内因性遺伝子が欠失されているか又は機能的に不活性化されており、パントテン酸の生合成経路に直接関与している酵素の変異体をコードする異種遺伝子を含む。
【0093】
さらなる実施形態及び/又は代替の実施形態では、微生物細胞は、天然酵素と比較してその基質に対してより高いKm(ミカエリス定数)値を有する(すなわち、活性が低下している)パントテン酸生合成経路に直接関与する酵素の変異体を有する。変異体のKm値は、天然酵素のKm値と比較して、好ましくは少なくとも100倍、より好ましくは少なくとも200倍、最も好ましくは少なくとも500倍増加する。
【0094】
パントテン酸生合成経路に直接関与する酵素のKm値は、酵素の触媒活性/基質結合に関与する酵素の少なくとも1つのアミノ酸が異なるアミノ酸で置換されているという点で増加させることができる。酵素のアミノ酸配列は、パントテン酸生合成経路に直接関与する酵素をコードする遺伝子のタンパク質コード領域の1つ以上のコドンが、異なるアミノ酸をコードするコドンで置き換えられるように修正することができる。
【0095】
代わりに、パントテン酸生合成に直接関与する酵素の変異体は、触媒活性に関与するアミノ酸配列の少なくとも1つのアミノ酸を、変異体のkcatが低くなるように交換することにより、野生型酵素と比較して改変することができる。kcat値は、野生型酵素と比較して、10倍、100倍又は500倍低いことが好ましい。
【0096】
いくつかの実施形態では、パントテン酸生合成経路に直接関与する酵素をコードする内因性遺伝子が変化している。代替的な実施形態では、例えば本明細書で前述したように、内因性遺伝子が欠失されているか又は機能的に不活性化され、酵素の変異体は組換え遺伝子から発現される。
【0097】
特定の実施形態では、微生物細胞は、その内因性ケトパントエート還元酵素を欠き、配列番号1に示されるアミノ酸配列を有する大腸菌(E.coli)ケトパントエート還元酵素PanEのケトパントエートのKm値よりも少なくとも100倍、好ましくは少なくとも200倍、より好ましくは少なくとも500倍高いケトパントエートのKm値を有するケトパントエート還元酵素を有する。ミカエリス・メンテン定数(Km)は、反応速度がその最大値の半分である基質濃度として定義される(言い換えれば、活性部位の半分が占有される基質濃度を定義する)。
【0098】
いくつかの実施形態では、配列番号1に示されるアミノ酸配列を有する大腸菌(E.coli)ケトパントテネート還元酵素よりも高いケトパントエートのKm値を有するケトパントエート還元酵素は、ケトパントテネートに対して増加したKm値を有する大腸菌(E.coli)PanEの変異体である。Km値は、好ましくは少なくとも100倍、より好ましくは少なくとも200倍、最も好ましくは少なくとも500倍増加する。
【0099】
さらなる実施形態及び/又は代替の実施形態では、ケトパントエートに対して増加したKm値を有するケトパントエート還元酵素は、配列番号1に示されるアミノ酸配列に関して98,176、244及び/又は256の位置に純粋な炭化水素側鎖を含むアミノ酸を有する大腸菌(E.coli)K-12 PanE酵素の変異体である。純粋な炭化水素側鎖を含むアミノ酸は、グリシン(Gly、G)、アラニン(Ala、A)、バリン(Val、V)、ロイシン(Leu、L)、イソロイシン(Ile、I)、フェニルアラニン(Phe、F)及びプロリン(プロ、P)からなる群から選択されるアミノ酸である。
【0100】
特定の実施形態では、ケトパントエートに対して増加したKm値を有するケトパントエート還元酵素の変異体は、大腸菌(E.coli)K-12 PanE(N98A)、大腸菌(E.coli)K-12 PanE(K176A)、大腸菌(E.coli)K-12 PanE(S244A)、大腸菌(E.coli)K-12 PanE(E256A)、並びにこれらのバリエーションと変異体である大腸菌(E.coli)K-12(K176A、E256A)及びケトパントエート還元酵素活性を欠く他の変異体の提供との組み合わせからなる変異体の群から選択される。異なる変動によって引き起こされるケトパントエートのKm値の増加を表1に示す。
【0101】
【0102】
低レベルの細胞内パントテン酸生合成を有する微生物細胞は、パントテン酸を細胞内で合成することができ、したがって培養時に外因性パントテン酸の供給を必要としないが、目的のオリゴ糖を生産するための発酵工程の終了時における培地中のパントテン酸の量は少ないので、目的のオリゴ糖の生産に使用するのに有利である。培養培地中の低レベルのパントテン酸は、目的のオリゴ糖の回収を促進することを可能にする。
【0103】
第2の態様によれば、目的のオリゴ糖を生産するための、本明細書に開示される低レベルのパントテン酸生合成を有するか又はパントテン酸生合成を有さない遺伝子操作された微生物細胞の使用が提供される。遺伝子操作された微生物細胞は、培地中で、微生物細胞が目的のオリゴ糖を合成するのを許容する条件下で培養された場合に、目的のオリゴ糖を合成する。
【0104】
目的のオリゴ糖を生産するためにこれらの遺伝子操作された微生物細胞を利用することは、培養工程終了時の発酵ブロス中のパントテン酸の量がはるかに少ないため、低レベルのパントテン酸生合成を有さない微生物細胞の使用よりも有利である。好ましくは、発酵工程終了時の発酵ブロス中のパントテン酸の量は非常に少ないので、発酵ブロスから目的のオリゴ糖をその後精製する努力は、発酵ブロス又は発酵ブロスから得られた処理流からパントテン酸を除去するように調整された1つ以上の処理工程を必要としない。
【0105】
驚くべきことに、低レベルのパントテン酸生合成を有する遺伝子操作された微生物細胞は、低レベルのパントテン酸生合成を有するように遺伝子操作されたそれらの前駆細胞株の細胞と比較して、目的のオリゴ糖のより高い産生を示すことが見出された。
【0106】
いくつかの実施形態において、目的のオリゴ糖の産生は、低レベルのパントテン酸生合成を有するように遺伝子操作されていないそれらの前駆細胞株の細胞による目的のオリゴ糖の産生と比較して、少なくとも10%、少なくとも15%、少なくとも20%、少なくとも25%、少なくとも30%、少なくとも35%、又は少なくとも40%増加する。
【0107】
第3の態様によれば、遺伝子操作された微生物細胞において目的のオリゴ糖を生産するための方法が提供され、方法は、
-目的のオリゴ糖の細胞内合成のための代謝経路を有し、低レベルのパントテン酸生合成を有するか又は有さない、遺伝子操作された微生物細胞を提供すること、
-遺伝子操作された微生物細胞を培地中で、微生物細胞が目的のオリゴ糖を細胞内で合成することを許容する条件で培養すること、及び
-任意に目的のオリゴ糖を回収すること
を含む。
【0108】
目的のオリゴ糖の細胞内合成のための代謝経路を有し、低レベルのパントテン酸生合成を有するか又は有さない、遺伝子操作された微生物細胞は、好ましくは本明細書で前述した微生物細胞である。
【0109】
目的のオリゴ糖は、本明細書で前述したオリゴ糖、好ましくはHMOである。
【0110】
いくつかの実施形態では、好ましくは、遺伝子操作された微生物細胞がパントテン酸生合成を有さない実施形態では、遺伝子操作された微生物細胞は、外因性パントテン酸の存在下で培養される。とはいえ、パントテン酸は、遺伝子操作された微生物細胞の培養前及び/又は培養中に培養培地に添加されることが理解される。培養培地への外因性パントテン酸の供給は、所定の処理パラメータ及び/又は所与の要件に従って調整することができる。目的のオリゴ糖を生産するための発酵生産工程の終了前に、培養培地への外因性パントテン酸の供給を中止して、目的のオリゴ糖を合成させるための発酵工程の終了時に培養培地が500μg/ml未満、400μg/ml、300μg/ml、200μg/ml、100μg/ml、80μg/ml、60μg/ml又はさらには40μg/ml未満を含有するようにする。
【0111】
第4の態様によれば、目的のオリゴ糖、好ましくは本明細書で前述したHMOの調製物が提供され、この調製物は、微生物細胞を使用することによって、又は本明細書で前述した目的のオリゴ糖の生産方法を用いることによって得られる。
【0112】
目的のオリゴ糖の調製物は、栄養組成物を製造するために使用されてもよい。栄養組成物は、栄養補助食品、薬用食品、乳児用調製乳、又は含まれるパントテン酸の最大量に関して制限されている任意の他の食品であってもよい。栄養組成物は、好ましくは、ヒトミルク中に天然に存在する目的のオリゴ糖の量と実質的に同様の量の目的のオリゴ糖を含有する。栄養組成物、特に乳児用調製乳の製造のために目的のオリゴ糖の調製物を使用することは、そのような栄養組成物に処方されるパントテン酸の上限を超えるリスクが軽減され、目的のオリゴ糖の生産過程でパントテン酸を除去するための費用のかかる処理工程も、栄養組成物の既存の製造工程の調整も必要とされないため、有利である。
【0113】
本発明はまた、遺伝子操作された微生物細胞を使用することによって産生された1つ以上の目的のオリゴ糖を含有する栄養組成物及び/又は本明細書で前述した目的のオリゴ糖を生産する方法にも及ぶ。
【0114】
本発明を特定の実施形態に関して図面を参照して説明するが、本発明はそれに限定されず、特許請求の範囲によってのみ限定される。さらに、本明細書及び特許請求の範囲における第1、第2などの用語は、同様の要素を区別するために使用され、必ずしも時間的、空間的、ランキング的又は他の方法で順序を説明するためのものではない。そのように使用される用語は、適切な状況下で交換可能であり、本明細書に記載される本発明の実施形態は、本明細書に記載又は図示されている以外の順序で動作することができることを理解されたい。
【0115】
特許請求の範囲で使用される「含む(comprising)」という用語は、その後に列挙される手段に限定されると解釈されるべきではなく、他の要素又は工程を排除するものではないことに留意されたい。したがって、言及された記載された特徴、整数、工程又は構成要素の存在を指定するものとして解釈されるべきであるが、1つ以上の他の特徴、整数、工程若しくは構成要素、又はそれらのグループの存在若しくは追加を排除するものではない。したがって、「手段A及びBを備える装置」という表現の範囲は、構成要素A及びBのみからなる装置に限定されるべきではない。これは、本発明に関して、装置の関連する構成要素のみがA及びBであることを意味する。
【0116】
本明細書を通して「一実施形態」又は「実施形態」への言及は、実施形態に関連して説明される特定の特徴、構造又は特性が、本発明の少なくとも1つの実施形態に含まれることを意味する。したがって、本明細書全体の様々な箇所における「一実施形態では」又は「実施形態では」という語句の出現は、必ずしもすべてが同じ実施形態を指しているわけではないが、そうであってもよい。さらに、特定の特徴、構造又は特性は、1つ以上の実施形態において、本開示から当業者に明らかであるように、任意の適切な方法で組み合わせることができる。
【0117】
同様に、本発明の例示的な実施形態の説明において、本発明の様々な特徴は、本開示を簡素化し、1つ以上の様々な本発明の態様の理解を助ける目的で、単一の実施形態、図又はその説明にまとめられることがあることを理解されたい。しかしながら、この開示方法は、特許請求される発明が各請求項に明示的に記載されているよりも多くの特徴を必要とするという意図を反映していると解釈されるべきではない。むしろ、以下の特許請求の範囲が反映するように、本発明の態様は、単一の前述の開示された実施形態のすべての特徴よりも少ない。したがって、発明を実施するための形態に続く請求項は、この発明を実施するための形態に明示的に組み込まれ、各請求項は、本発明の別個の実施形態として独立している。
【0118】
さらに、本明細書に記載のいくつかの実施形態は、他の実施形態に含まれるいくつかの特徴を含むが、他の特徴を含まず、異なる実施形態の特徴の組み合わせは、本発明の範囲内であり、当業者によって理解されるように、異なる実施形態を形成することを意味する。例えば、以下の特許請求の範囲において、特許請求される実施形態のいずれも、任意の組み合わせで使用することができる。
【0119】
さらに、実施形態のいくつかは、コンピュータシステムのプロセッサによって、又は機能を実行する他の手段によって実施することができる方法又は方法の要素の組み合わせとして本明細書に記載されている。したがって、そのような方法又は方法の要素を実行するために必要な命令を有するプロセッサは、方法又は方法の要素を実行するための手段を形成する。さらに、装置実施形態の本明細書に記載された要素は、本発明を実施する目的で要素によって実行される機能を実行するための手段の一例である。
【0120】
本明細書で提供される説明及び図面には、多数の具体的な詳細が記載されている。しかしながら、本発明の実施形態は、これらの具体的な詳細なしで実施され得ることが理解される。他の例では、この説明の理解を不明瞭にしないために、周知の方法、構造及び技術は詳細に示されていない。
【0121】
次に、本発明を、本発明のいくつかの実施形態の詳細な説明によって説明する。本発明の他の実施形態は、本発明の真の精神又は技術的教示から逸脱することなく、当業者の知識に従って構成することができ、本発明は添付の特許請求の範囲の用語によってのみ限定されることは明らかである。
【実施例】
【0122】
LC/MS分析
LCトリプル四重極MS検出システム(Shimadzu LCMS-8050)を使用して多重反応モニタリング(MRM)によって生成物の同一性を決定した。前駆体イオンを選択し、四重極1で分析した後、アルゴンを用いた衝突誘起フラグメンテーション(CID)及び四重極3でのフラグメントイオンの選択を行った。中間体及び最終生成物代謝産物の選択された遷移及び衝突エネルギーを表2に列挙する。無粒子培養上清又は細胞質画分中のLNT、3’-SL及びパントテン酸(ビタミンB5)を、中性糖又は酸性糖の両方についてXBridge BEH Amide VanGuardカートリッジ(3.9×5mm)で保護されたWaters XBridge BEH Amide HPLCカラム(3.5μm、2.1×50mm)を使用する高速液体クロマトグラフィー(HPLC)によって分離した。0.1%(v/v)水酸化アンモニウムを含むH2Oの定組成流で中性糖を溶出した。LC/MS分析の前に、中性オリゴ糖のサンプルを濾過(孔径0.22μm)によって調製し、Strata ABWイオン交換マトリックス(Phenomenex)での固相抽出によって清澄化した。3’-シアリルラクトース及びパントテン酸含有サンプルを、0.22μmフィルタを通して濾過し、95℃で5分間加熱し、13.000×gで5分間遠心分離した。酸性糖のHPLC分離は、両方ともpH4.2の10 mM酢酸アンモニウムを含有する、50%アセトニトリルからなる緩衝液A及び80%アセトニトリルからなる緩衝液Bによる勾配溶出を使用して行った。HPLCシステムは、中性糖の溶出のために8℃で作動するShimadzu Nexera X2 SIL-30ACMPオートサンプラー、Shimadzu LC-20ADポンプ、及び35℃で作動するShimadzu CTO-20ACカラムオーブンを含み、酸性糖の溶出のために50℃に調整した。LNT分析のために1μl、3’-SL及びパントテン酸測定のために0.5μLを機器に注入した。流速は、5分の実行時間に対応する0,3mL/分(中性)、0,4mL/分(酸性)に設定した。一方、LNTは負イオンモードで分析し、3’-SL及びパントテン酸は正イオンモードで試験した。質量分析計を単位分解能で操作した。衝突エネルギー、Q1及びQ3プレバイアスを各分析物に対して最適化した。定量方法は、市販の標準(Carbosynth、Elicityl、Sigma Aldrich)を用いて確立した。
【0123】
【0124】
培養培地
所望のオリゴ糖を生産するために細胞を増殖させるために使用した培養培地には、1ml/L微量元素溶液(54.4g/Lのクエン酸第二鉄アンモニウム,9.8g/L MnCl2×4 H2O、1.6g/L CoCL2×6 H2O、1g/L CuCl2×2 H2O、1.9g/L MnCl2×4 H2O、1.1g/L Na2MoO4×2 H2O、1.5g/L Na2SeO3、1.5g/L NiSO4×6 H2O)を補充した、3g/L KH2PO4、12 g/L K2HPO4、5g/L(NH4)SO4、0.3g/Lクエン酸、0.1g/L NaCl、2g/L MgSO4×7 H2O及び0.015g/L CaCl2×6 H2Oが含まれていた。培地のpHを7.0に調整した。所望のオリゴ糖の合成のために、ラクトースを培地に添加した。
【0125】
[実施例1]
パントテン酸生合成を減少させるための大腸菌(E.coli)の代謝操作
大腸菌(E.coli)PanE内のアミノ酸交換S244AをもたらすpanE遺伝子に突然変異を導入するために、相同組換えによって抗生物質耐性カセットを遺伝子thiIとyjaLとの間に挿入した。抗生物質耐性カセットには、thiIの3’末端を表す640ヌクレオチドと、yjaL及びpanEの3’末端を含む777ヌクレオチドとが隣接していた。隣接領域を大腸菌(E.coli)BL21(DE3)のゲノムDNAから増幅した。yjaL-‘panEを増幅しながら、PanEタンパク質の244位でセリンからアラニンへのアミノ酸交換をもたらす二つの単一点突然変異を導入した。相同組換えを、Datsenko及びWanner(Proc.Natl.Acad.Sci.(2000)97,6640-66645(2000))に従って、プラスミドpKD46由来のラムダレッド遺伝子gam、beta及びexoの発現によって行い、促進した。大腸菌(E.coli)ゲノム中のpanE遺伝子を配列決定することによって変異を確認した。
【0126】
[実施例2]
パントテン酸を減少させたシアリルラクトースの製造
3’-シアリルラクトースを細胞内で合成することができる大腸菌(E.coli)BL21(DE3)の代謝的に操作された誘導体を、パントテン酸生合成を減少させるように遺伝子操作した。
【0127】
株を、グリセロールを唯一の炭素源として使用する無機塩培地で増殖させた。200mlの前培養物を接種し、好気条件下30℃で24時間増殖させた。この前培養物を使用して、1Lの無機塩培地及び2%グリセロールを含有する発酵槽に(OD600=0.15の光学密度まで接種した。発酵は30℃、pH7.0、好気的条件下で行った。約5のOD600からグリセロールが消費される前に、100mMラクトースを培養物に供給した。流加段階に入ると、グリセロールを連続的に供給し、細胞をC供給源の制限下で増殖させた。培養上清中の3’-SL及びパントテネートの濃度を測定した。
【0128】
図3は、細菌細胞培養物の増殖(◆)及び細菌細胞の培養培地中のパントテン酸の量(□)を示し、
図3Aのグラフは、親大腸菌(E.coli)株の増殖及びパントテン酸量を示し、
図3Bのグラフは、減少したすなわち低レベルのパントテン酸生合成を有するように遺伝子操作された大腸菌(E.coli)株の増殖及びパントテン酸量を示す。
【0129】
95時間の発酵後、同じ条件で増殖させた親株の3’-SL力価よりも、低下したレベルのパントテン酸生合成を有するように遺伝子操作されたE.coli株を使用して1.15倍高い3’-SL力価が達成された。また、培養上清中のパントテン酸レベルは、同条件で増殖した親株の培養上清中のパントテン酸レベルの0.01倍であった。
【0130】
[実施例3]
パントテン酸を減少させたラクト-N-テトラオースの製造
細胞内でラクト-N-テトラオースを合成することができる大腸菌(E.coli)株BL21(DE3)の遺伝子操作された誘導体を、減少したパントテン酸生合成を有するようにさらに操作した。誘導体の内因性panE遺伝子を、PanE S244Aをコードする変異体で置き換えた。
【0131】
後者のLNT産生大腸菌(E.coli)株を、唯一の炭素源としてグリセロールを使用して無機塩培地中で増殖させた。200mlの4つの前培養物を接種し、好気条件下30℃で40時間増殖させた。これらの前培養物を使用して、180Lの鉱物塩培地を含むシード発酵槽にOD600=0.1の光学密度まで接種した。この十分に増殖している種培養物を使用して、60mMラクトース、5g/L NH4Cl及び2%グリセロールを補充した2500Lの鉱物塩培地を含む生産発酵槽に、OD600=0.1の光学密度まで接種した。細胞の培養は、30℃、pH6.8、好気的条件下で行った。培養物が流加段階に入るとグリセロールを連続的に供給し、細菌をC供給源の制限下でさらに増殖させた。溶存酸素レベルが安定したら、培地中のラクトース濃度をLNT産生に十分なレベルに保つために、連続ラクトース供給を開始した。培養上清中のLNT及びパントテネートの濃度を測定した。
【0132】
発酵の86時間後、培養上清中のパントテン酸の濃度は、親株の細胞培養の上清と比較して16倍超低かった。驚くべきことに、培養上清中のLNTの量は、減少したパントテン酸生合成を有する大腸菌(E.coli)株の培養物では、親株と比較して1.4倍を超えて増加した。
【0133】
図4は、細菌細胞培養物の増殖(◆)及び細菌細胞の培養培地中のパントテン酸の量(□)を示し、
図4Aのグラフは、親大腸菌(E.coli)株の増殖及びパントテン酸量を示し、
図4Bのグラフは、減少したすなわち低レベルのパントテン酸生合成を有するように遺伝子操作された大腸菌(E.coli)株の増殖及びパントテン酸量を示す。
【配列表】
【国際調査報告】