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特表2025-500370炎症性疾患の治療のための方法と組成物
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公表特許公報(A)
(11)【公表番号】
(43)【公表日】2025-01-09
(54)【発明の名称】炎症性疾患の治療のための方法と組成物
(51)【国際特許分類】
   A61K 31/202 20060101AFI20241226BHJP
   A61K 31/232 20060101ALI20241226BHJP
   A61P 11/00 20060101ALI20241226BHJP
   A61P 19/02 20060101ALI20241226BHJP
   A61P 29/00 20060101ALI20241226BHJP
【FI】
A61K31/202
A61K31/232
A61P11/00
A61P19/02
A61P29/00
【審査請求】未請求
【予備審査請求】未請求
(21)【出願番号】P 2024537475
(86)(22)【出願日】2022-12-21
(85)【翻訳文提出日】2024-08-16
(86)【国際出願番号】 US2022053693
(87)【国際公開番号】W WO2023122199
(87)【国際公開日】2023-06-29
(31)【優先権主張番号】63/292,388
(32)【優先日】2021-12-21
(33)【優先権主張国・地域又は機関】US
(31)【優先権主張番号】63/293,208
(32)【優先日】2021-12-23
(33)【優先権主張国・地域又は機関】US
(81)【指定国・地域】
(71)【出願人】
【識別番号】524026942
【氏名又は名称】バイオジーバ リミティド ライアビリティ カンパニー
(74)【代理人】
【識別番号】100099759
【弁理士】
【氏名又は名称】青木 篤
(74)【代理人】
【識別番号】100123582
【弁理士】
【氏名又は名称】三橋 真二
(74)【代理人】
【識別番号】100117019
【弁理士】
【氏名又は名称】渡辺 陽一
(74)【代理人】
【識別番号】100141977
【弁理士】
【氏名又は名称】中島 勝
(74)【代理人】
【識別番号】100138210
【弁理士】
【氏名又は名称】池田 達則
(74)【代理人】
【識別番号】100170852
【弁理士】
【氏名又は名称】白樫 依子
(72)【発明者】
【氏名】ミハイル エス.シチェピノフ
【テーマコード(参考)】
4C206
【Fターム(参考)】
4C206AA01
4C206AA02
4C206DA05
4C206DB09
4C206DB43
4C206MA01
4C206MA04
4C206MA42
4C206MA57
4C206MA72
4C206NA14
4C206ZA08
4C206ZA59
4C206ZA96
4C206ZB11
4C206ZC02
(57)【要約】
患者の慢性炎症を制御するための組成物及び方法が、本明細書で提供される。その組成物及び方法は、炎症プロセスの有意な低減をもたらす抗炎症剤としてD6-アラキドン酸又はそのエステル(D6-AA)を用いる。加えて、重水素化アラキドン酸又はそのエステルの組成物は、平均すると、それぞれのビス-アリル位にて、少なくとも約80%が重水素原子によって置換された水素原子、及び平均すると、モノ-アリル位にて、約30%以下が重水素原子によって置換された水素原子を含む。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
患者の慢性炎症を制御する方法であって、該患者の慢性炎症を治療するのに有効な期間にわたり、前記患者に、有効量のD6-アラキドン酸を含んでいる組成物を投与することを含む、前記方法。
【請求項2】
前記慢性炎症が、前記患者の慢性疼痛に関連し、かつ、前記慢性炎症の制御が、それに関連する慢性疼痛のレベルを低減する、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記D6-アラキドン酸又はそのエステルが、7、10、及び13位の水素原子の一部又は全部が重水素に置換されている式を有する、請求項1に記載の方法。
【請求項4】
前記D6-アラキドン酸が、以下の式:
【化1】

を有する、請求項3に記載の方法。
【請求項5】
前記D6-アラキドン酸が、平均すると、それぞれのビス-アリル位にて、水素原子の少なくとも約80%が重水素原子によって置換され、かつ、平均すると、モノ-アリル位にて、水素原子の約35%以下が重水素原子によって置換されたアラキドン酸又はそのエステルを含む組成物である、請求項3に記載の方法。
【請求項6】
前記患者に投与されるD6-アラキドン酸又はそのエステルの量が、前記患者の赤血球中で、D6-アラキドン酸を含めた前記赤血球中のアラキドン酸の総濃度に基づいて、少なくとも約12%のD6-アラキドン酸濃度を提供するのに十分である、請求項1に記載の方法。
【請求項7】
医薬として許容される賦形剤と、平均すると、それぞれのビス-アリル位にて、水素原子の少なくとも約80%が重水素原子によって置換され、かつ、平均すると、モノ-アリル位にて、水素原子の約35%以下が重水素原子によって置換されたD6-アラキドン酸又はそのエステルの、約100mg~約2,000mgの組成物とを含む、医薬組成物。
【請求項8】
前記組成物が、平均すると、それぞれのビス-アリル位にて、水素原子の少なくとも約80%が重水素原子によって置換され、かつ、平均すると、モノ-アリル位にて、水素原子の約35%以下が重水素原子によって置換されたD6-アラキドン酸又はそのエステルの、約100mg~約1,000mgの組成物を含む、請求項7に記載の医薬組成物。
【請求項9】
前記組成物が、平均すると、それぞれのビス-アリル位にて、水素原子の少なくとも約80%が重水素原子によって置換され、かつ、平均すると、モノ-アリル位にて、水素原子の約35%以下が重水素原子によって置換されたD6-アラキドン酸又はそのエステルの、約100mg~約750mgの組成物を含む、請求項7に記載の医薬組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
相互参照
本出願は、2021年12月21日に出願された米国特許仮出願第63/292,388号及び2021年12月23日に出願された米国特許仮出願第63/293,208号の利益を主張するものであり、そしてそれらをそれらの全体として参照により本明細書に援用する。
【背景技術】
【0002】
背景
アラキドン酸は、ヒトの食事中に存在するn-6系必須多価不飽和脂肪酸(PUFA)である。それは必須PUFAであり、さらに、それが主要なPUFAであところの、神経細胞膜や、ミトコンドリア及び小胞体などの神経細胞小器官を含めた細胞膜に見られるリン脂質のビルディングブロックである。アラキドン酸の構造は、3つのビス-アリル位と、この形状の両端の側面に位置する2つのモノ-アリル位をもたらす、1,4-ポリエン形状での4つの二重結合を含む。以下の構造は、1,4-ジエン系のモノ-アリル及びビス-アリル位に関する例を提供する。
【化1】
【0003】
アラキドン酸は、プロスタグランジン、ロイコトリエン及びトロンボキサンなどの複数の炎症誘発性及び血栓形成促進性エイコサノイド伝達物質をもたらすいくつかの酵素(COX1、COX2、様々なLOX酵素、及びシトクロムP450など)の基質として、又は更なる炎症誘発性代謝産物につながる活性酸素種(ROS)によって、ビス-アリル位にて容易に酸化される。どちらの場合であっても、斯かる酸化は、肺を含め、影響を受けるすべての組織における炎症につながる。
【0004】
次に、炎症誘発性及び血栓形成促進性エイコサノイド伝達物質は、更なる炎症カスケードを開始する。炎症誘発性伝達物質の酵素的生成におけるアラキドン酸の役割は、このPUFAの重要な特性である。実際に、エイコサペンタエン酸やドコサヘキサエン酸などの長鎖n-3系多価不飽和脂肪酸が豊富な魚類の自由摂取による細胞膜のアラキドン酸部分の置換では、マスバランスアプローチによって単に炎症を軽減することが報告された。例えば、Calder, Biochem. Soc. Trans., 33(part 2): 423-427 (2005)を参照のこと。
【0005】
加えて、多くの疾患の病因は、脂質膜(LPO)におけるアラキドン酸過酸化反応の非酵素的連鎖反応を順に開始するROSレベルの増大を伴う。この連鎖反応は、他の炎症誘発性伝達物質を含めた複数の毒性産物につながる。LPOから生じる酸化型生成物を中和する調節酵素が細胞内に存在するとはいえ、疾患によって作り出されるROS量の増大は、これらの酵素を圧倒し、そして、炎症誘発性伝達物質の蓄積につながる。
【0006】
これらの部位の炭素-水素結合強度が分子内で最も弱いので、酵素的及び非酵素的酸化変換の両方が、アラキドン酸内の3つのビス-アリル位にていずれかで起こる。両タイプの変換に関してステップを制限する重要な速度は、水素引抜(hydrogen abstraction)(C-H結合開裂)と呼ばれ、全プロセスの速度を規定する。すなわち、疾病進行と、当然の帰結としての、炎症増大は、アラキドン酸の酸化(酵素的酸化)と一般のPUFAの酸化(LPO酸化)の速度に直接関連する。
【0007】
アラキドン酸を伴う酸化過程は、インビボにおける炎症プロセスの発現の重要な要素である。十分に確立されているように、慢性炎症は患者に対して有害な影響がある。例えば、慢性血管炎症の存在は、冠動脈障害の原因因子として関係する。同様に、慢性関節炎状態は、様々なレベルの疼痛に関連しており、そして、(特に指の)外観が醜い状態もまた、制御されていない、かつ、慢性の炎症プロセスに起因する。
【0008】
関節炎に関連する慢性疼痛は、TNF-アルファ遮断薬などのモノクローナル抗体を用いた多くの症例において制御できる。しかしながら、これらの抗体は、侵襲性の真菌、細菌、及びウイルス感染、並びに、特に小児や青年期患者において、致命的なこともある、リンパ腫や他の悪性腫瘍などの実質的なリスクを持っている。多くの患者では、斯かるリスクは容認できない。
【0009】
従って、モノクローナル抗体を使用せずに炎症を制御する方法及び組成物が、特に重要なものであるだろう。
【発明の概要】
【0010】
概要
患者の慢性炎症を制御するための組成物及び方法が、本明細書で提供される。その組成物及び方法は、炎症プロセスの有意な低減をもたらす抗炎症剤としてD6-アラキドン酸又はそのエステル(D6-AA)を用いる。加えて、D6-AAは、治療濃度が達成されたときに、患者が慢性炎症プロセスの長期間制御や、慢性疼痛の長期間制御を経験するような、長い半減期を有する。
【0011】
一実施形態において、患者の慢性炎症を制御する方法であって、細胞膜内に蓄積されたD6-AAが炎症プロセスを減弱し;その結果、患者の慢性炎症を制御するような、有効な期間にわたり、前記患者に、有効量の、D6-AAを含んでいる組成物を投与することを含む、前記方法が提供される。
【0012】
一実施形態において、本明細書に記載した、患者の慢性炎症を制御する方法は、慢性炎症に関連する慢性疼痛の緩和を提供する。
【0013】
いくつかの実施形態において、7、10及び13位の大部分又は全部の水素が、以下に示すように置換されている:
【化2】
【0014】
他の実施形態において、本明細書に記載した方法は、D6-AAと表される組成物を含み、そして該組成物は、平均すると、ビス-アリル位にて、水素原子の少なくとも約80%が重水素原子によって置換され、かつ、平均すると、モノ-アリル位にて、水素原子の約30%以下が重水素原子によって置換されたD6-アラキドン酸又はそのエステルを含む。例えば、3つのビス-アリル位における平均85%の重水素化、及びモノ-アリル位における20%の重水素化の場合、重水素の総量は、構造内の残りのメチレン及びメチル基のそれぞれにおいて(6×0.85)+(4×0.2)=5.9(自然に生じる重水素量を除く)である。
【0015】
一実施形態において、医薬として許容される賦形剤と、平均すると、それぞれのビス-アリル位にて、水素原子の少なくとも約80%が重水素原子によって置換され、かつ、モノ-アリル位にて、平均すると、水素原子の約30%以下が重水素原子によって置換されたD6-アラキドン酸又はそのエステルの、約10mg~約2,000mgの組成物とを含む、医薬組成物が提供される。
【0016】
一実施形態において、慢性炎症は、血管炎症である。
【0017】
一実施形態において、慢性炎症は、関節炎に関連する炎症である。一実施形態において、関節炎は、関節リウマチである。一実施形態において、関節炎は、骨関節炎である。一実施形態において、慢性炎症は、神経炎症である。
【0018】
一実施形態において、慢性炎症は、神経変性疾患に関連する。
【0019】
本開示の追加の態様及び利点は、以下の詳細な説明から当業者には容易に明らかになる、ここで、例示にすぎない本開示の実施形態を示し、そして説明する。実感されるように、本開示は、他の及び異なる実施形態が可能であり、かつ、そのいくつかの詳細が、様々な明らかな点における修飾可能であって、そのすべてが本開示から逸脱することはない。従って、図面及び説明は、本来は例示と見なされるべきであり、そして、制限と見なされるべきものではない。
参照による援用
【0020】
この明細書で触れられるあらゆる刊行物、特許、及び特許出願は、参照により援用されるように、それぞれの個々の刊行物、特許、又は特許出願が具体的かつ個別に示された場合と同じ程度に、参照により本明細書に援用される。参照によって援用された刊行物、特許又は特許出願が、本明細書に含まれる開示と相反する程度まで、明細書が、任意の斯かる相反する材料に取って代わること及び/又は優先されることを意図する。
【0021】
本発明の新たな特徴は、添付の特許請求の範囲における特異点によって説明される。本発明の特性及び利点のより良好な理解は、(本発明の原理が利用されている)例示的な実施形態を説明する以下の詳細な説明、及び添付の図面(本明細書では「図面」や「図」)を参照することによって得られ、それらは:
【図面の簡単な説明】
【0022】
図1】様々なビス-アリル位にてが、アラキドン酸の酸化において様々な役割を担うことができる。
【0023】
図2】ビス-アリル位にて特異的な同位体修飾アラキドン酸。ビス-アリル位はC7、C10、及びC13位に位置する。「D」は重水素を表す。
【0024】
図3】6週間コースの食餌性(H)AA又は6週間コースの重水素化アラキドン酸(D6-ARA、15mg/日)を与えた雌(f)及び雄(m)マウス群には、続いて、LPSの単回の鼻腔内投与を与えた。対照マウス(norm)にはLPSの単回の鼻腔内投与を与えなかった。食餌性AAを与えたマウスは、肺胞内腔面積の増大(図3は中央値であり;図4は平均である)及び肺胞間中隔厚の増大(図5は中央値であり;図6は平均である)を示し、そしてそれは、より強い浮腫と炎症性浸潤に関係している可能性が高い。D6-ARAを与えたマウスは、対照と一致した肺胞内腔面積及び厚さを示した。概して、図3~6に関するデータは、H型と比較して、D型のコース後に、より軽度の肺の炎症性病変を示す。予備データ(未掲載)は、D6-ARAが他の重水素化PUFAと比較して、最良の保護効果を有することを示す。
図4】6週間コースの食餌性(H)AA又は6週間コースの重水素化アラキドン酸(D6-ARA、15mg/日)を与えた雌(f)及び雄(m)マウス群には、続いて、LPSの単回の鼻腔内投与を与えた。対照マウス(norm)にはLPSの単回の鼻腔内投与を与えなかった。食餌性AAを与えたマウスは、肺胞内腔面積の増大(図3は中央値であり;図4は平均である)及び肺胞間中隔厚の増大(図5は中央値であり;図6は平均である)を示し、そしてそれは、より強い浮腫と炎症性浸潤に関係している可能性が高い。D6-ARAを与えたマウスは、対照と一致した肺胞内腔面積及び厚さを示した。概して、図3~6に関するデータは、H型と比較して、D型のコース後に、より軽度の肺の炎症性病変を示す。予備データ(未掲載)は、D6-ARAが他の重水素化PUFAと比較して、最良の保護効果を有することを示す。
図5】6週間コースの食餌性(H)AA又は6週間コースの重水素化アラキドン酸(D6-ARA、15mg/日)を与えた雌(f)及び雄(m)マウス群には、続いて、LPSの単回の鼻腔内投与を与えた。対照マウス(norm)にはLPSの単回の鼻腔内投与を与えなかった。食餌性AAを与えたマウスは、肺胞内腔面積の増大(図3は中央値であり;図4は平均である)及び肺胞間中隔厚の増大(図5は中央値であり;図6は平均である)を示し、そしてそれは、より強い浮腫と炎症性浸潤に関係している可能性が高い。D6-ARAを与えたマウスは、対照と一致した肺胞内腔面積及び厚さを示した。概して、図3~6に関するデータは、H型と比較して、D型のコース後に、より軽度の肺の炎症性病変を示す。予備データ(未掲載)は、D6-ARAが他の重水素化PUFAと比較して、最良の保護効果を有することを示す。
図6】6週間コースの食餌性(H)AA又は6週間コースの重水素化アラキドン酸(D6-ARA、15mg/日)を与えた雌(f)及び雄(m)マウス群には、続いて、LPSの単回の鼻腔内投与を与えた。対照マウス(norm)にはLPSの単回の鼻腔内投与を与えなかった。食餌性AAを与えたマウスは、肺胞内腔面積の増大(図3は中央値であり;図4は平均である)及び肺胞間中隔厚の増大(図5は中央値であり;図6は平均である)を示し、そしてそれは、より強い浮腫と炎症性浸潤に関係している可能性が高い。D6-ARAを与えたマウスは、対照と一致した肺胞内腔面積及び厚さを示した。概して、図3~6に関するデータは、H型と比較して、D型のコース後に、より軽度の肺の炎症性病変を示す。予備データ(未掲載)は、D6-ARAが他の重水素化PUFAと比較して、最良の保護効果を有することを示す。
【0025】
図7A-7D】図7A~Dは、PUFAに関連する様々な分子と反応を示す。図7Aは様々なPUFAを示す。図7Bは、ビス-アリル水素を取り去る水素引抜を示す図解である。図7Cは、非酵素的脂質過酸化(LPO)の多様な生成物を示す。図7Dは、酵素的アラキドン酸酸化の多数の生成物を示す。
【0026】
図8図8は、PUFAで治療したBALB/cマウスの肺胞間中隔(interalveolar septa)の厚さを示す。
【0027】
図9A-9C】図9A~9Cは、8週間の投薬と、それに続く9週間にわたるH-AA給餌によるウォッシュアウト時の全アラキドン酸に対する割合(%)として重水素化アラキドン酸を示す。図9Aは、内臓及び皮膚に関するグラフを示す。図9Bは、神経組織:脳全体及び眼全体、に関するグラフを示す。図9Cは、肺のアラキドン酸と、より長い鎖のPUFAへの転換を示す。
【0028】
図10A-10C】図10A~Cは、治療した雄マウスの肺におけるリポポリサッカライドの鼻腔内投与の効果の組織学的評価を示す。
【0029】
図11図11は、肺胞間中隔の厚さに関するグラフを示す。
【発明を実施するための形態】
【0030】
詳細な説明
以下の詳細な説明では、その一部を形成する付随の図面について申し述べる。図面では、別段で関係が指示されない限り、類似記号は典型的に類似の要素を同一に扱う。詳細な説明、図面、及び特許請求の範囲に記載の例示的な実施形態は、制限することを意味するものではない。本明細書に提示された内容の範囲から逸脱することなく、他の実施形態が利用されてもよく、かつ、他の変更がなされてもよい。本明細書に一般的に説明され、及び図面で例示される、本開示の態様は、様々な異なる形状で配置され、置換され、組み合わせられ、切り離され、及び設計されることができ、そのすべてが明らかに本明細書に企図されることは、容易に理解される。
【0031】
特定の実施形態及び例が以下で開示されるが、本発明の内容は、具体的に開示した実施形態及び/又は使用を超え、他の代替実施形態、並びにその修飾物及び同等物にまで広がる。よって、本明細書に添付した特許請求の範囲は、以下で記載した特定の実施形態のいずれかによって制限されない。例えば、本明細書に開示された任意の方法又はプロセスでは、該方法又はプロセスの活動又は操作は、任意の好適な順番で実施されてもよく、必ず特定の開示された順番のいずれかに制限されるわけではない。様々な操作が、特定の実施形態を理解する助けとなり得る様式で、順に複数の別個の操作として記載され得るが、しかしながら、記載の指図が、これらの操作が順序に依存することを含意していると解釈すべきではない。さらに、本明細書に記載した構造、システム、及び/又はデバイスは、統合された要素として実施されても、又は別個の要素として実施されてもよい。
【0032】
様々な実施形態を比較する目的のために、特定の態様とこれらの実施形態の利点を記載する。斯かる態様又は利点のすべてが、いずれかの特定の実施形態によって達成されることを必ずしも必要としていない。よって、例えば、様々な実施形態が、本明細書に教示された1つの利点又は利点の群を実現するか又は最適化する様式で実施されてもよく、同様に本明細書に教示又は示唆され得る他の態様又は利点を達成することを必ずしも必要とするものではない。
【0033】
患者の炎症を制御する方法を開示する。一実施形態において、炎症は、炎症誘発性酸化型PUFA生成物の細胞内蓄積に起因する。
【0034】
さらに詳細に本願発明を考察する前に、まず、次の用語を定義する。定義されない用語は、前後関係でのそれらの定義が与えられるか、又は医学的に許容されるそれらの定義が与えられる。
【0035】
本明細書に使用される専門用語は、特定の実施形態だけを説明する目的のために使用されるものであり、本発明を制限することを意図するものではない。本明細書に使用される場合、単数形「a」、「an」、及び「the」は、別段に文脈内で明確に指示されない限り、同じように複数形を包含することが意図される。
【0036】
本明細書に使用される場合、「任意選択の」又は「任意選択で」という用語は、その後に記載した事象又は状況が現れる可能性があっても又はなくてもよく、かつ、その説明が、事象又は状況が起こる事例とそれが起こらない事例を包含することを意味する。
【0037】
本明細書に使用される場合、「約」という用語は、例えば、範囲を含め、温度、時間、量、濃度、及びその他、の数字による指定の前に使用されるときには、(+)又は(-)15%、10%、5%、1%、又はその間の任意の部分的範囲若しくは部分的数値で変化し得る近似値を示す。好ましくは、「約」という用語は、投薬量に関して使用されるとき、用量が+/-10%で変化し得ることを意味する。
【0038】
本明細書に使用される場合、「含んでいる」又は「含む」という用語は、その組成物及び方法が列挙した要素を包含するが、他のものを排除するものではない、ことを意味することを意図する。
【0039】
本明細書に使用される場合、「から本質的に成る」という用語は、組成物及び方法を定義するために使用されるとき、述べられた目的のための組み合わせに対して、他の要素のあらゆる本質的な意義を排除することを意味するものとする。よって、本明細書に定義された要素から本質的に成る組成物は、特許請求の範囲に記載した発明の(単数若しくは複数の)基本的かつ新規な特徴に物質的に影響しないその他の材料又はステップを排除しないことになる。
【0040】
本明細書に使用される場合、「から成る」という用語は、他の構成要素のより多くの微量元素や実質的な方法ステップを排除することを意味するものとする。これらの移行語のそれぞれによって定義される実施形態は、本願発明の範囲内にある。
【0041】
「D6-アラキドン酸」又は「D6-AA」という用語は、(用いられる場合には、そのエステル部分を除いた)アラキドン酸中に、平均すると、少なくとも約4.8~約7.2の重水素原子を含む組成物を意味する。一実施形態において、これは、7,7,10,10,13,13-D6-アラキドン酸又はそのエステルを含む。別の実施形態において、これは、それぞれのビス-アリル位にて、平均すると、水素原子の少なくとも約80%が重水素原子によって置換され、かつ、モノ-アリル位にて、平均すると、水素原子の約30%以下が重水素原子によって置換された重水素化アラキドン酸又はそのエステルの組成物を含む。
【0042】
いくつかの実施形態において、アラキドン酸のビス-アリル位(7、10及び13)及びモノ-アリル位(4及び16)において水素を置換した重水素の量は、次の:ビス-アリル位にて少なくとも約85%/モノ-アリル位にて約30%以下の重水素;ビス-アリル位にて少なくとも約85%/モノ-アリル位にて約25%以下の重水素;ビス-アリル位にて少なくとも約85%/モノ-アリル位にて約20%以下の重水素;ビス-アリル位にて少なくとも約85%/モノ-アリル位にて約10%以下の重水素;ビス-アリル位にて少なくとも約85%/モノ-アリル位にて約5%以下の重水素;ビス-アリル位にて少なくとも約90%/モノ-アリル位にて約30%以下の重水素;ビス-アリル位にて少なくとも約90%/モノ-アリル位にて約25%以下の重水素;ビス-アリル位にて少なくとも約90%/モノ-アリル位にて約20%以下の重水素;ビス-アリル位にて少なくとも約90%/モノ-アリル位にて約10%以下の重水素;ビス-アリル位にて少なくとも約90%/モノ-アリル位にて約5%以下の重水素、のうちのいずれか1つであり得る(すべてのパーセンテージが平均ベースのものである)。
【0043】
本明細書で使用される場合、そして、別段に文脈で指示しない限り、「そのエステル」という用語は、C1-C6アルキルエステル、グリセロールエステル(モノグリセリド、ジグリセリド及びトリグリセリドを含む)、ショ糖エステル、リン酸エステルなどを指す。用いられた特定のエステル基は、重要でないが、但し、該エステルは医薬として許容されること(無毒性かつ生体適合性)を条件とする。一実施形態において、エステルは、好ましくはエチルエステルであるC1-C6アルキルエステルである。
【0044】
本明細書に使用される場合、「リン脂質」という用語は、細胞膜又は細胞内の他の脂質膜の成分である、いずれかの又はすべてのリン脂質を指す。ホスファチジルコリン、ホスファチジルエタノールアミン、ホスファチジルセリン、及びスフィンゴミエリンが、この用語の範囲内に含まれる。運動ニューロンでは、細胞膜は、アラキドン酸を含むリン脂質が豊富である。
【0045】
「ビス-アリル位」という用語は、先に示されるように、2つの二重結合を隔てているメチレン基(CH2)を指す。
【0046】
「モノ-アリル位」という用語は、先に示されるように、片側の隣接した二重結合を有するメチレン基と、反対側の更なるメチレン基を指す。
【0047】
「細胞成分」という用語は、脂質又はリン脂質壁を有する細胞小器官を含めた、ヒト細胞に見られるあらゆる関連構造を指す。斯かる細胞成分の例としては、ほんの一例として、ミトコンドリア、小胞体、ゴルジ装置、核膜などが挙げられる。また、細胞成分としては、細胞膜(原形質膜)も挙げられる。
【0048】
「調節酵素」という用語は、それが酸化型アラキドン酸生成物の中和に関連するとき、細胞内へのこれらの酸化生成物の蓄積を予防するために、細胞から1若しくは複数の酸化型アラキドン酸生成物を除去する、変更する、又は破壊するのに関与するそれらの酵素を指す。調節酵素の例としては、グルタチオンペルオキシダーゼ(GPx)酵素、特にGPx4が挙げられる。これらの酵素が障害されるとき、斯かる障害は、機能性の損失につながる脂質過酸化物の蓄積をもたらし、そしてそれは、死滅と、それに続く細胞死であることが多い。Gaschler, et al., Biochem. Biophys. Res. Commun., 482(3):419-425 (2017)。
【0049】
「酸化型PUFA生成物」という用語は、多価不飽和脂肪酸の任意の酸化形、並びに炎症誘発性代謝産物又は炎症誘発性代謝産物のいずれか前駆体である、反応性アルデヒド、ケトン、アルコール、カルボキシル誘導体を含めた酸化型PUFAから形成されるいずれかの又はすべての代謝産物、を指す。
【0050】
「酸化生成物の中和」という用語は、細胞から毒性の酸化型PUFA生成物を除去するか、変更するか、又は破壊して、細胞内へのこれらの酸化生成物の蓄積を予防する酵素的方法を指す。健常人では、酸化型PUFA生成物の中和が、これらの生成物の蓄積を予防し、その結果、細胞の機能不全、特に神経変性細胞が制御されることを保証している。
【0051】
本明細書に使用される場合、「疾患の病理」という用語は、その疾患に関連する原因、発生、構造的/機能的変化、及び自然歴を指す。細胞機能における低減が、疾患の病理に含まれる。「自然歴」という用語は、本明細書に記載した方法による治療の不存在下での、例えば、本明細書に記載した治療の開始前の、疾患の悪化を意味する。
【0052】
本明細書に使用される場合、「慢性炎症」という用語は、これだけに限定されるものではないが、いくつか例を挙げると、自己免疫疾患、神経変性疾患、アテローム性動脈硬化症及び肥満などの代謝異常、線維症、並びに癌を含めた、慢性疾患の発生と進行において炎症が重要な役割を果たす既知状態を指す。また、斯かる疾患としては、いくつか例を挙げると、喘息、(関節リウマチ、若年性慢性関節炎、骨関節炎を含めた)関節炎、筋炎(myossitis)、クローン病、胃炎、大腸炎、潰瘍性大腸炎、炎症性腸疾患、直腸炎、骨盤内炎症性疾患、全身性エリテマトーデス(systemic lupus, erythematosus)、鼻炎、結膜炎、強膜炎、慢性炎症性多発性神経障害、ライム病、乾癬、皮膚炎、及び湿疹、例えば、筋萎縮性側索硬化症、アルツハイマー病、パーキンソン病、及び多発性硬化症などの神経変性疾患、も挙げられる。斯かる疾患は、関与する状態が、自己免疫疾患などの(診断後の)生涯にわたるか、又は肥満などの治療及び解消に実質的に長期間がかかるかのいずれかである、慢性のものであると考えられる。
【0053】
本明細書に使用される場合、「制御」又は「制御すること」という用語は、それが慢性炎症に関連する場合、慢性疾患から生じた炎症の程度が、患者に生じる不快感又は疼痛の程度が軽減されるように、経時的に軽減又は減弱されたことを意味する。患者が感じる不快感のレベルが個人的のものであり、かつ、同じ疾患に罹患している他の患者と異なるのに対して、炎症の軽減は、腫脹の程度、C反応性タンパク質(CRP)の減少、及び当該技術分野で周知の他の標準法によって計測できる。好ましくは、治療法の開始日と治療法開始後45日又は90日のCRP濃度における少なくとも15%、そして好ましくは少なくとも35%の減少を、炎症制御の証拠とした。
【0054】
「治療濃度」という用語は、慢性炎症を制御する重水素化アラキドン酸のインビボにおける濃度を意味する。一実施形態において、(重水素化アラキドン酸を含めた)そこで見られるアラキドン酸の総量に基づいて、少なくとも約1%、そして好ましくは少なくとも約1.5%~約6%の赤血球中のD6-AAの濃度が、治療に役立つ。
【0055】
本明細書に使用される場合、「患者」という用語は、重水素化アラキドン酸のプロドラッグの投与によって治療可能な神経変性疾患に罹患している、ヒト患者又はヒト患者のコホートを指す。
【0056】
本明細書に使用される場合、本明細書に開示される化合物の「医薬的に許容される塩」という用語は、本明細書に記載した方法の範囲内にあり、そして、所望の薬理活性を保有する酸又は塩基付加塩を含み、かつ、生物学的に望ましくないものではない(例えば、該塩は、過度に毒性、アレルゲン性、又は刺激性ではなく、かつ、生物学的に利用可能である)。化合物が、例えば、アミノ基などの塩基性基を有するとき、医薬的に許容される塩は、無機酸(塩酸、ホウ酸、硝酸、硫酸、リン酸など)、有機酸(例えば、アルギン酸、ギ酸、酢酸、安息香酸、グルコン酸、フマル酸、シュウ酸、酒石酸、乳酸、マレイン酸、クエン酸、コハク酸、リンゴ酸、メタンスルホン酸、ベンゼンスルホン酸、ナフタレンスルホン酸、及びp-トルエンスルホン酸)又は酸性アミノ酸(アスパラギン酸やグルタミン酸など)を用いて形成される。化合物が、例えば、カルボン酸基などの酸性基を有するとき、それは、アルカリ及びアルカリ土類金属などの金属(例えば、Na+、Li+、K+、Ca2+、Mg2+、Zn2+)、アンモニア、有機アミン(例えば、ジシクロヘキシルアミン、トリメチルアミン、トリメチルアミン、ピリジン、ピコリン、エタノールアミン、ジエタノールアミン、トリエタノールアミン)又は塩基性アミノ酸(例えば、アルギニン、リジン、及びオルニチン)を用いて塩が形成され得る。斯かる塩は、化合物の単離及び精製中にその現場で、或いはその遊離塩基又は遊離酸形態の精製化合物を、それぞれ、好適な酸又は塩基と別々に反応させ、そして、これにより形成された塩を単離することによって、調製できる
炎症
【0057】
炎症関連障害は、一般的な基本的な炎症性病理を有する種々雑多な疾患群を表す。例えば、炎症関連障害としては、これだけに限定されるものではないが、喘息、関節リウマチ、若年性慢性関節炎、骨関節炎、筋炎、クローン病、胃炎、大腸炎、潰瘍性大腸炎、炎症性腸疾患、直腸炎、骨盤内炎症性疾患、全身性エリテマトーデス、鼻炎、結膜炎、強膜炎、慢性炎症性多発性神経障害、ライム病、乾癬、皮膚炎、湿疹、自己免疫疾患、神経変性障害、及びアテローム性動脈硬化症が挙げられる。
【0058】
炎症関連障害は、増強されたROS(活性酸素種)産生と脂質処理異常を伴うことが多い(Winyard PG et al. Free radicals and inflammation. Burkhauser, Basel, 2000; Filippo et al., Journal of Alzheimer's Disease (2010); 20, S369-S379)。ROSと脂質処理異常の組み合わせは、細胞内の他の多くの部位で更なる損傷を負わせる毒性の反応性カルボニル化合物を作り出す増強されたPUFA過酸化反応につながる(Negre-Salvayre A et al., Br J Pharmacol 2008;153:6-20)。その結果、酸化により損傷された生体分子と、炎症状態におけるROSの存在の検出は共に、高い酸化ストレスレベルに関与する。
【0059】
脂質過酸化は、アテローム性動脈硬化症や、虚血性又は外傷性脳損傷によって引き起こされた初期組織傷害の悪化において重要である。アテローム性動脈硬化症は、炎症反応に関連する脂質貯蔵障害である(Ross R, New Engl J Med. 1999;340:115-127)。
【0060】
高PUFA低密度リポタンパク質(LDL)の酸化は、アテローム性動脈硬化症と、アテローム性動脈硬化症に関連する高血圧の主要な危険性因子になることが示唆された。アンギオテンシンII(Ang-II)はこのプロセスにかかわり、そして、インビボ及びインビトロの両方におけるマクロファージ脂質過酸化を促進する(Keidar S. Life Sci. 1998;63:1-11)。アテローム性動脈硬化症の病因における酸化ストレスの重要性にもかかわらず、脂質過酸化を低減することを目指す抗酸化剤治療法の成功は、今までのところ限られている(Stocker R et al., Physiol Rev 2004;84:1381-1478)。
【0061】
関節リウマチは、再潅流傷害メカニズムを通した炎症及びPUFA過酸化反応に関連し得る。滑液腔は、通常、陰圧がかかっている。関節が働くとき、血管開通が維持され、そして、無血管性軟骨の栄養吸収を可能にさせる。リウマチ性滑膜炎では、腔内圧が上がり、運動により、この圧力が、毛細管潅流圧を上回り、そして、血管の陥凹を引き起こす。これが、「低酸素性再潅流損傷」の頻回の発作の発生につながり、そして、これだけに限定されるものではないが、誘導リウマチ因子産生を誘発するIgG;免疫機能を変更するヒアルロン酸断片化生成物につながるヒアルロナン;T細胞/マクロファージ相互作用を変更する反応性カルボニルを作り出すPUFA;及び単球走化性ペプチドの産生につながるリポタンパク質、を含めた複数の標的を酸化させるROSを作り出す。進行性の低酸素症は、主にカルシウム仲介経路により、免疫機能を変更する(Mapp PI et al., Br Med Bull 1995;51:419-436)。これだけに限定されるものではないが、結合ジエン、イソプロスタン及びHNEなどの反応性アルデヒドを含めた様々なPUFA過酸化生成物が、関節リウマチや骨関節炎患者の血漿や滑液中で検出可能である(Selley ML Annals Rheum Disease 1992;51:481-484)。
【0062】
酸化による損傷は、ミトコンドリア疾患、神経変性疾患、神経変性筋疾患、網膜疾患、エネルギー処理障害、腎疾患、肝疾患、脂肪血症、心疾患、炎症、及び遺伝性障害などの様々な疾患に関係する。
【0063】
慢性炎症がある部位における酸化ストレスはまた、遺伝的変化を引き起こす可能性もある。PUFA過酸化反応の反応性カルボニル生成物は、DNA塩基と反応し、そして、それらの相補性パターンを変更し得る(Esterbauer H et al., Free Rad Biol Med 1991;11:81-128)。p53腫瘍抑制遺伝子と他の主要な制御遺伝子における変異の発生は、関節リウマチや他の炎症性疾患において炎症を慢性疾患へと切り替え得る(Tak PP et al., Immunology Today 2000;21:78-82)。
【0064】
酸化ストレスに関連する疾患の数は、多く、多様であるが、酸化ストレスが細胞内での正常な酸化還元状態に対する乱れによって引き起こされることは充分に確立されている。過酸化物やフリーラジカルなどの活性酸素種(「ROS」)の決まった生成と解毒の間の不均衡が、細胞構造や機構への酸化的損傷をもたらし得る。通常の条件下では、好気性生物のROSの潜在的に重要な供給源は、通常の酸化的呼吸時のミトコンドリアからの活性酸素の漏出である。さらに、マクロファージと酵素反応は、また、細胞内のROSの発生に寄与することも知られている。細胞とその内部の細胞小器官は、脂質膜結合型であるので、ROSが容易に膜成分と接触し、脂質酸化を引き起こすことができる。最終的には、このような酸化的損傷は、活性酸素、酸化膜の成分、又は他の酸化細胞成分との直接及び間接的な接触を介して、DNAやタンパク質などの細胞内で他の生体分子に伝えることができる。したがって、内部成分の移動性と細胞経路の相互連絡を考えると、細胞を通じての酸化損傷の伝播は容易に想定することができる。
【0065】
PUFAは、最適な酸化的リン酸化の遂行のために必要な適切な流動性を、ミトコンドリア膜に授ける。PUFAはまた、酸化ストレスの開始及び伝播に重要な役割を果たす。PUFAは、元の事象を増幅する連鎖反応を通じてROSと反応する(Sun M, Salomon RG, J. Am. Chem. Soc. 2004; 126:5699-5708)。しかし、高レベルの脂質ヒドロペルオキシドの非酵素的形成は、いくつかの有害な変化をもたらすことが知られている。確かに、コエンザイムQ10は、PUFAの過酸化を介して増加したPUFA毒性及び得られる生成物の毒性に関係している(Do TQ et al., PNAS USA 1996; 93:7534-7539)。そのような酸化生成物は、それらの膜の流動性と透過性に悪影響を与える;それらは膜タンパク質の酸化をもたらす;そして、それらは高反応性の多数のカルボニル化合物に変換することができる。後者は、アクロレイン、マロン酸ジアルデヒド、グリオキサール、メチルグリオキサール、その他などの反応性種を含む(Negre-Salvayre A, et al., Brit. J. Pharmacol. 2008; 153 :6-20)。しかし、PUFA酸化で最も突出した生成物は、4-ヒドロキシノン-2-エナール(4-HNE;LA又はAAのようなn-6系PUFAから形成される)、4-ヒドロキシヘキサ-2-エナール(4-HHE;ALA又はDHAのようなn-3系PUFAから形成される)、及び対応するケトアルデヒド類(Esterfbauer H, et al., Free Rad. Biol. Med. 1991; 11:81-128; Long EK, Picklo MJ. Free Rad. Biol. Med. 2010; 49:1-8)などのα,β-不飽和アルデヒドである。これらの反応性カルボニルは、ミカエル付加又はシッフ塩基形成経路を介して(生体)分子を架橋し、数多くの病理学的プロセス(先に紹介したものなど)、加齢関連及び酸化ストレス関連の状態、並びに老化に関与している。重要なことに、いくつかのケースでは、PUFAは、特定の部位で酸化するように見えるが、これは1,4-ジエン系(ビス-アリル位)のメチレン基が、アリルメチレンに比べて、ROS、並びにシクロオキシゲナーゼ、シトクロム及びリポキシゲナーゼなどの酵素に対する安定性が実質的に小さいからである。
【0066】
エイコサノイドは、炎症促進、炎症阻害、アレルギー、及び発熱などの様々な免疫応答を含めた生理学的及び病理学的プロセスのアレイにかかわる重要な細胞シグナル伝達分子である。アラキドン酸からのエイコサノイドの生合成において、複数の酸化及び免疫応答関連経路が存在する。
【0067】
ある経路では、酵素5-リポキシゲナーゼ(5-LO又はALOX5)は、5-ヒドロペルオキシエイコサテトラエン酸(5-HPETE)及びロイコトリエンA4(LTA4)にアラキドン酸(ARA)を変換し、そしてそれは、次に、下流酵素によって異なるロイコトリエン(LTC4、LTD4、及びLTE4)に変換される。LTC4、LTD4、及びLTE4は、気管支収縮剤、かつ、肺組織における粘液分泌の強力な刺激物質であり、そして、喘息などの呼吸状態において過敏反応を促進することが知られている。
【0068】
酸化及び炎症反応につながる別の経路では、15-リポキシゲナーゼ(15-リポキシゲナーゼ1、15-LOX、15-LOX1、又はALOX15)及び12-リポキシゲナーゼ(12-LOX又はALOX12)は、アラキドン酸を代謝して、15(S)-ヒドロペルオキシエイコサテトラエン酸(15(S)-HPETE)及び12(S)-ヒドロペルオキシエイコサテトラエン酸(12(S)-HPETE)を形成する。15(S)-HPETE及び12(S)-HPETEの両方が、細胞グルタチオンペルオキシダーゼによって、それぞれ、それらの対応するヒドロキシ類似体、15-ヒドロキシエイコサテトラエン酸(15(S)-HETE)及び12-ヒドロキシエイコサテトラエン酸(12(S)-HETE)までさらに還元される。15(S)-HPETE及び15(S)-HETEは、例えば、リポキシン、ヘポキシリン、エオキシン、8(S)、15(S)-diHETE、5(S)、15(S)-diHETE及び15-オキソ-エイコサテトラエン酸(15-oxo-ETE)などの様々な生理活性生成物にさらに代謝される。12/15-リポキシゲナーゼ代謝産物が、炎症誘発特性と抗炎症特性の両方を有することが示された。
【0069】
さらに別の経路では、COX1及びCOX2(それぞれ、プロスタグランジン-エンドペルオキシドシンターゼ-1(PTGS1)及びPTGS2としても知られている)では、アラキドン酸のプロスタグランジン(プロスタサイクリンなど)、及びトロンボキサンを含めたエイコサノイドのサブクラスへの代謝を開始する。プロスタグランジンは、炎症反応やアナフィラキシー反応の伝達物質であり、及びトロンボキサンは、血管収縮や血小板凝集の伝達物質であり、血液凝固において大きな役割を果たしている。
【0070】
別の経路では、シトクロムP450酵素は、アラキドン酸をEET(エポキシエイコサトリエン酸)に代謝する。EETは、抗炎症性及び炎症誘発性機構の広いアレイを媒介することによる炎症の活動停止を促進する。
【0071】
前調査では、ビス-アリル位にて重水素化したアラキドン酸の同位体分子種によりシクロオキシゲナーゼとリポキシゲナーゼとの相対酵素活性を調べたが、これらは、生理学的又は治療量での重水素化アラキドン酸を使用しなかった機構的研究であった。ある調査では、アラキドン酸の異なる同位体分子種に対する精製COX及びLOXの酵素活性を試験したが、その調査では細胞で活性を試験しなかった(Chistyakov, D., et al., Deuterated Arachidonic Acids Library for Regulation of Inflammation and Controlled Synthesis of Eicosanoids: An In Vitro Study, Molecules, 2018, 23:3331;これらを全体として参照により本明細書に援用する)。別の調査では、マクロファージ細胞株を、D-AA又は標準のAAと共にインキュベートし、そして、細胞培養上清を、産生及び分泌されたエイコサノイドの量について分析した。しかしながら、この調査では、25マイクロモルのモル濃度にてアラキドン酸を24時間にわたり細胞と共にインキュベートする非生理的条件を使用し、そしてそれが、細胞膜における最大90%のアラキドン酸の取り込みをもたらした-生理的条件下の数倍で達成不能なパーセンテージ(Navratil, A. et al., Lipidomics Reveals Dramatic Kinetic Isotope Effects during the Enzymatic Oxygenation of Polyunsaturated Fatty Acids Ex Vivo)。そのため、どちらの調査も、アラキドン酸を含めた、ビス-アリル同位体修飾された必須PUFAを含む組成物が、インビボにおいて炎症を阻害するか否かを示しておらず、そしてそれは、アラキドン酸が関与する複数の代謝経路や、そこから生じる潜在的な炎症誘発効果や抗炎症効果をもたらす重要事項である。さらに、精製酵素による研究(Chistyakov et al.)及び細胞試験(Navratil et al.)は共に、インビトロモデル系であるか又はインビボモデル系であるかに関係なく、他のPUFA不存在下で非常に高濃度の指定のAA種を使用し、かつ、低濃度で存在する脂肪酸の生物学的に関連する複合混合物、及びそれに由来する酵素反応生成物を調べなかった。
【0072】
AA酸化の炎症誘発性酵素反応生成物は別として、炎症の第二の主要要素は、そしてそれは、酵素又は小分子ROSによって開始され得る。この炎症誘発性非酵素成分は、膜を作り上げる脂質二重層の構造面に起因する抗酸化剤アプローチに影響されない。炎症関連LPOは、様々な機構を通して開始される(Zhang et al., Myeloperoxidase Functions as a Major Enzymatic Catalyst for Initiation of Lipid Peroxidation at Sites of Inflammation, J Blot Chem 2002 doi: 10.1074/jbc.M209124200)。
【0073】
アラキドン酸は、プロスタグランジン、ロイコトリエン及びトロンボキサンなどの複数の炎症誘発性及び血栓形成促進性エイコサノイド伝達物質をもたらすいくつかの酵素(COX1、COX2、様々なLOX酵素、及びシトクロムP450など)の基質として、ビス-アリル位にて容易に酸化され、そしてその後、更なる炎症カスケードを開始する。さらに、酸化は、更なる炎症誘発性代謝産物につながる活性酸素種(ROS)との反応によって起こり得る。どちらの場合であっても、斯かる酸化は、肺を含め、影響を受けるすべての組織における炎症につながる。
【0074】
炎症は、順に脂質膜(LPO)のAA過酸化反応の非酵素的連鎖反応を開始し、複数の毒性産物につながる、活性酸素種(ROS)のレベルを増大させる。加えて、多くの疾患の病因は、脂質膜(LPO)におけるアラキドン酸過酸化反応の非酵素的連鎖反応を順に開始するROSレベルの増大を伴う。この連鎖反応は、他の炎症誘発性伝達物質を含めた複数の毒性産物につながる。LPOから生じる酸化型生成物を中和する調節酵素が細胞内に存在するとはいえ、疾患によって作り出されるROS量の増大は、これらの酵素を圧倒し、そして、炎症誘発性伝達物質の蓄積につながる。
【0075】
これらの部位の炭素-水素結合強度が分子内で最も弱いので、酵素的及び非酵素的酸化変換の両方が、AA分子内の3つのビス-アリル位にていずれかで起こる。両タイプの変換に関してステップを制限する重要な速度は、水素引抜(C-H結合開裂)と呼ばれ、全プロセスの速度を規定する。すなわち、疾病進行と、当然の帰結としての、炎症増大は、アラキドン酸の酸化 (酵素的酸化)と一般のPUFAの酸化(LPO酸化)の速度に直接関連する。よって、本開示は、AA酸化が、サイトカインストームや血栓性合併症を含めた、炎症性疾患の複数の態様において極めて重要な役割を担っているという概念に基づく治療方法を提供する。
【0076】
COX及びLOX阻害剤は、様々な有効性を伴って、このプロセスを下方制御するために用いられる。対照的に、本開示の方法は、同位体効果(IE)を介して酸化(酵素的及び非酵素的の両方)の速度制限段階を実質的に減速する、PUFA分子内の3つの酸化傾向がある部位の重水素化に依存する。接触プロセスを介して高収率でおこなわれる、斯かるD-PUFAを、周知の肺炎症モデルである、マウスのリポポリサッカライド(LPS)誘発性肺炎症モデルで試験された(実施例1を参照のこと)。
【0077】
細菌内毒素であるリポポリサッカライド(LPS)の鼻腔内投与は、マウスの肺で炎症誘発性応答を開始することが示されている。例えば、マウス肺実質が、組織間腔及び肺胞コンパートメントにおいて活性化された肺マクロファージ及び遊走好中球によって産生されたプロテアーゼ、活性酵素、及び窒素種の産生と放出によって損害を受けるので、マウスLPSモデルを、ヒト急性肺障害(ALI)のモデルとして使用した。最終的な結果は、肺内出血、浮腫、及び線維素沈着を伴った微小血管系傷害、並びにびまん性肺胞障害である(Johnson and Ward, J. Clin. Invest., (1974), 54:349-357; Flierl et al., Med. Hypothesis Res., (2006), 3:727-738)、そしてそれはまた、ALI及び急性呼吸窮迫症候群(ARDS)を患っている患者の特徴でもある(Kabir et al., Shock, (2002), 17:300-303; Ward, Am. J. Pathol., (1996), 149:1081-1086)。このLPSモデルは、ヒトの肺疾患に関連する肺炎症に関連する炎症カスケードの態様について要約し、そして、これらのカスケードを混乱させ、及び疾患プロセスを減弱又は停止し得る化合物のスクリーンとして有用でもある。本明細書で考察されたとおり、いくつかの実施形態において、本開示のD-PUFAは、肺炎症を誘発及び増強することが知られている特定のサイトカインとケモカインの炎症カスケードを破壊するために投与される。よって、例えば、当業者は、炎症関連マーカーのレベルが低減されるか否か調べることによって、D-PUFAの有効性を実験的に評価し得る。2つの斯かるマーカー、単球走化性タンパク質(MCP-1)及び腫瘍壊死因子アルファ(TNF-α)が、ヒトの初期及び慢性感染及び炎症に関連することがわかっており、かつ、マウスLPS肺炎症モデルを含めた気道炎症の齧歯動物モデルにおいて反映される。
【0078】
次に、炎症誘発性及び血栓形成促進性エイコサノイド伝達物質は、更なる炎症カスケードを開始する。炎症誘発性伝達物質の酵素産生におけるアラキドン酸の役割は、このPUFAの重要な特性である。実際には、エイコサペンタエン酸やドコサヘキサエン酸などの長鎖n-3系多価不飽和脂肪酸が豊富な魚を摂取することによって細胞膜内のアラキドン酸の一部を置換することは、単にマスバランスアプローチによって炎症を軽減することが報告された。例えば、Calder, Biochem. Soc. Trans., 33(part 2):423-427 (2005)を参照のこと。
【0079】
アラキドン酸を伴う酸化過程は、インビボにおける炎症プロセスの発現の重要な要素である。十分に確立されているように、慢性炎症は患者に対して有害な影響がある。例えば、慢性血管炎症の存在は、冠動脈障害の原因因子として関係する。同様に、慢性関節炎状態は、様々なレベルの疼痛に関連しており、そして、(特に指の)外観が醜い状態もまた、制御されていない、かつ、慢性の炎症プロセスに起因する。
病理
【0080】
慢性炎症性疾患について得られた病理は、疾患の根本的な病因と異なっている。すなわち、何がこれらの疾患(病因)のそれぞれを引き起こす分岐条件であるか、いったん引き起こされたこれらの疾患の病理は、炎症誘発性代謝産物であるか又は炎症誘発性代謝産物に対する前駆体である、炎症誘発性酸化PUFA生成物の蓄積を伴う。酸化型生成物の量が増大するに従って、炎症反応の程度が増強され、その結果、斯かる酸化型PUFA生成物が炎症につながる生物学的カスケードを活性化する。
【0081】
上記に従って、細胞内の酸化型PUFA生成物の濃度増大が、これらの細胞に影響を与える慢性疾患の進行と相関する。本明細書に記載した方法は、これらの細胞への重水素化アラキドン酸のインビボにおける送達を提供し、その結果、LPOとアラキドン酸の酵素的酸化の両方が低減された場合に産生される酸化型PUFA生成物の量を制限する。総合すれば、これらの2つの機構が、単独又は組み合わさって、細胞に対する酸化ストレスを生み出す。酸化ストレスの低減は、疾患、並びに根底にある炎症の治療に対してプラスの影響がある。よって、モノクローナル抗体や他のステロイド系又は非ステロイド系抗炎症生成物と異なって、本願発明の組成物は、両方の疾患炎症性成分を減弱し、並びに原疾患自体にも対処する。これは、LPOを引き起こす疾患の能力、及び/又はアラキドン酸の酵素的酸化が、危険性が高い細胞の細胞膜をD6-AAで補強することによって軽減されるからである。順に、これが、細胞溶解-細胞外培地中への炎症誘発性サイトカインや他の細胞内成分を放出することが周知の機構、から保護する。
【0082】
酸化ストレスの起源は、根本的な病因の違いにより異なるが、典型的に1若しくは複数異なる活性酸素種が関与する。病因の違いにかかわらず、酸化型PUFA生成物の産生は、これらの酸化生成物の所定の産生と解毒作用(中和)との間の平衡障害の証拠である。細胞の脂質膜、並びに小胞体のそれやニューロンのミトコンドリアは、アラキドン酸(4つの部位のcis-不飽和を有する20炭素鎖の多価不飽和脂肪酸(「PUFA」))を含む。3つのビス-アリルメチレン基が、これらの4つの部位のそれぞれを隔てている。これらの基は、アリルメチレン及びメチレン基と比較して、特に酸化損傷に感受性が高い。更なる膜損傷につながることは別として、アラキドン酸の酸化は、アラキドン酸の局所濃度を低減するので、置換されざるを得ない。よって、それは二重苦である:有益な生理活性膜成分が毒性の膜成分に変換される。
【0083】
特定の細胞がそれらの脂質膜内に高濃度のアラキドン酸を有すると仮定すると、重水素化アラキドン酸によるこれらの膜内の損害を受けた又は失われたアラキドン酸の置換は、細胞のこれらの構造を補強し、かつ、酸化型脂質生成物の形成から保護する。例えば、アラキドン酸のビス-アリルメチレン基がROSによっていったん酸化されると、脂質膜内の他のアラキドン酸基の更なる酸化カスケードが起こる。これは、単独のROSが、脂質鎖自動酸化と呼ばれるプロセスにおいて別の隣接アラキドン酸が更にもう一度酸化される、同じフリーラジカル機構によって隣接アラキドン酸を順に酸化し得る、フリーラジカル機構によって最初のアラキドン酸成分の酸化を生じる。得られた損傷としては、細胞膜内及び細胞小器官の膜内の著しく多くの酸化型アラキドン酸生成物が挙げられる。しかしながら、酸化型アラキドン酸が重水素化アラキドン酸に隣接しているのであれば、その重水素化アラキドン酸は、炭素-水素結合と比較した、酸化に対する炭素-重水素結合のはるかに高い安定性により、連鎖反応ターミネータとして機能する。
【0084】
酸化型アラキドン酸及び他の酸化型PUFA生成物は、患者のニューロンの細胞膜の流動性及び透過性に対して不利に影響する。加えて、それらは、膜タンパク質の酸化につながる可能性があり、並びに多くの高度に反応性のカルボニル化合物に変換され得る。後者としては、アクロレイン、マロン酸ジアルデヒド、グリオキサール、メチルグリオキサールなどの反応性種が挙げられる(Negre-Salvayre A, et al., Brit. J. Pharmacol. 2008; 153:6-20)。アラキドン酸酸化の最も顕著な生成物は、4-ヒドロキシノン-2-エナール(4-HNE;LA又はAAのようなn-6系 PUFAから形成される)などのα,β-不飽和アルデヒド、及び対応するケトアルデヒドである(Esterfbauer H, et al., Free Rad. Biol. Med. 1991; 11:81-128)。先に述べたように、これらの反応性カルボニルは、Michael付加又はSchiff塩基形成経路を通じて(生体)分子を架橋し、そして、疾患の根本的な病理を継続させる。酸化型PUFA由来のこれらの代謝産物のそれぞれが、「(単数若しくは複数の)酸化型PUFA生成物」という用語によって包含される。
疾病の進行
【0085】
炎症は、C反応性タンパク質やクレアチンキナーゼ(CK)[CK-BB(脳)、CK-MB(心臓)及びCK-MM(骨格筋)を含む]などの炎症マーカー(CRP)の増大につながる。患者が特定の慢性炎症性疾患と診断されるとき、臨床医は、治療法の有効性を測定するために患者のCRP又はCKキナーゼカウントを観察する。本明細書に記載した治療は、炎症をもたらす細胞の酸化ストレスの量が低減する量に濃度が達するまで、経時的な患者の細胞内の重水素化アラキドン酸の量の安定した増大を提供する。D6-AAによる、患者の赤血球中のアラキドン酸成分の約1~約5パーセントの置換は、この間、患者のCRP又はCKキナーゼの漸減が観察できる20(20)~45(45)日の期間にわたって起こる。典型的には、30日目周りでは、患者のCRP又はCKキナーゼレベルが、薬物の抗炎症特性を証明する治療法の開始前より低い~有意に低い。より多くのD6-AA又はそのエステルを患者に投与するに従って、細胞内のその濃度は、その人の赤血球中で約5%~約20%以上に達する。あらゆる場合において、D6-AAのインビボ濃度は、細胞が酸化ストレスの高リスク状態にあるか、又は酸化ストレスを受けているかについての代用として赤血球を使用して計測される。これらの細胞における既定のD6-AAのパーセントは、D6-AAを含めた赤血球内のアラキドン酸の全重に基づいて計測される。
【0086】
あらゆる理論に制限されることなしに、慢性炎症性疾患の進行は、酸化型PUFAの蓄積を含めた細胞の酸化ストレスの増大と相関する。本明細書に記載した方法による治療的介入は、酸化ストレスの更なる増強を制限し、次に、それに関係する炎症を制御するようにこれらのレベルを低減する。理論的側面にかかわらず、以下に提供した実施例は、D6-AAによって達成された炎症の有意な低減を説明する。
【0087】
一実施形態において、慢性炎症は、血管炎症である。
【0088】
一実施形態において、慢性炎症は、関節炎に関連する炎症である。一実施形態において、関節炎は、関節リウマチである。一実施形態において、関節炎は、骨関節炎である。一実施形態において、慢性炎症は、神経炎症である。
化合物の調製
【0089】
重水素化アラキドン酸は、当該技術分野で知られている。例えば、7,7,10,10,13,13-D6-アラキドン酸は、Shchepinov, et al., Molecules, 28(12):31 et seq. (2018)により開示される。同様に、ビス-アリル位の約80%以上の重水素化及びモノ-アリル位の約30%以下の重水素化をもたらす、ルテニウム触媒を使用した、アラキドン酸の触媒的重水素化は、Shchepinovらの米国特許第10,730,821号によって開示される。これらの参照文献の両方を全体として参照により本明細書に援用する。より一層さらに、他の重水素化アラキドン酸化合物は、当該技術分野で知られている。これらのPUFAそれぞれの、対応するエステルへの転換は、当該技術分野で周知である。
方法
【0090】
一実施形態において、本明細書に記載した方法は、慢性炎症性疾患に罹患している患者へのD6-AA又はそのエステルの投与を含む。インビボにおいて、D6-AAは、慢性炎症に罹患しやすいものを含めた身体の細胞内にゆっくりと蓄積する。慢性炎症性疾患がより高いCRPレベルを生じ、かつ、その炎症の低減がCRPレベルの低減に対応するので、臨床医は、患者のC反応性タンパク質CRP)の量を計測することによって治療法の経過を観察できる。加えて、臨床医は、経時的な赤血球内のD6-AAの濃度増大と低いCRPレベルを関連させることができる。赤血球内のD6-AAの濃度が増大するに従って、CRPレベルが低下すると予想される。
【0091】
本明細書に記載した方法は、インビボにおける重水素化アラキドン酸の治療濃度の迅速な発現を提供する。一実施形態において、成人患者における慢性炎症性疾患の炎症を患者に軽減する方法であって、プライマー用量と維持用量を含む用量レジメンを用いて、該患者に定期的にD6-AA又はそのエステルを投与することを含む、前記方法が提供される。
【0092】
ある実施形態において、プライマー用量は、重水素化アラキドン酸又はそのエステルの定期的な投与を含む。ある実施形態において、プライマー用量は、1日あたり少なくとも約10ミリグラムの重水素化アラキドン酸又はそのエステルを含む。ある実施形態において、プライマーの用量は、1日あたり約10ミリグラム~約2グラムの重水素化アラキドン酸又はそのエステルを含む。ある実施形態において、プライマー用量は、約0.10グラム~約1グラムを含む。ある実施形態において、プライマー用量は、例えば、インビボにおける重水素化アラキドン酸の治療濃度を迅速に達成し、それによって、疾病進行の速度を減速するために、約15~約50日間又は約30日~約45日間にわたり継続される。
【0093】
ある実施形態において、プライマー用量の完了後に、維持用量を定期的に投与する。ある実施形態において、1日あたり負荷用量の約65%以下の重水素化アラキドン酸又はそのエステルを、維持用量として投与する。ある実施形態において、維持用量は、減速された疾病進行を維持するように、重水素化アラキドン酸の治療濃度をインビボにおいて維持することを保証するために利用される。
【0094】
一実施形態において、前記の負荷用量の定期的な投与は、1日あたり約0.05グラム~約2グラムの重水素化アラキドン酸又はそのエステルの投与を含む。いくつかの実施形態において、負荷用量は、1日あたり約0.05グラム~約1.5グラムである。いくつかの実施形態において、負荷用量は、1日あたり約0.10グラム~約1.5グラムである。いくつかの実施形態において、負荷用量は、1日あたり約0.10グラム~約1.25グラムである。いくつかの実施形態において、負荷用量は、1日あたり約0.10グラム~約1グラムである。いくつかの実施形態において、負荷用量は、1日あたり約0.10グラム~約0.5グラムである。負荷用量は、終点を含めた、列挙した範囲内の任意の値又はサブレンジであり得る。
【0095】
いくつかの実施形態において、負荷用量を、1週間あたり少なくとも5日間、そして好ましくは1週間の全日で投与する。
【0096】
一実施形態において、1日あたりの重水素化アラキドン酸又はそのエステルの維持用量の定期的な投与は、負荷用量の65%以下又は55%以下を含む。実施形態において、維持用量は、1日単位で、又は1週間あたり少なくとも5日、又は少なくとも1週間あたり少なくとも1回、又は1カ月あたり少なくとも1回投与される。別の実施形態において、維持用量は、負荷用量の35%以下を含み、1カ月あたり少なくとも1回投与される。
【0097】
一実施形態において、維持用量の定期的な投与は、体から排出された重水素化アラキドン酸の量を置換するのに十分なD6-AA又はそのエステルの量になるように較正される。
【0098】
いくつかの実施形態において、負荷用量を、約1カ月~約4カ月投与する。いくつかの実施形態において、負荷用量を、約1カ月~約2カ月投与する。いくつかの実施形態において、負荷用量を約1カ月投与する。期間の長さは、終点を含めた、列挙した範囲内の任意の値又はサブレンジであり得る。
【0099】
いくつかの実施形態において、負荷用量を、食事の間に投与する。いくつかの実施形態において、投薬は、食事と共に、例えば、食物中に、おこなう。
【0100】
いくつかの実施形態において、患者が、治療レベルで、患者の細胞内に取り込まれたD6-AAを有しているか否かを、単純に患者のCRPレベルを計測することによって決定する。いくつかの実施形態において、D6-AAの量は、赤血球内のその濃度を基づいて決定した。臨床医が、患者が反応していないと決定した、並びに臨床医が予想した事象では、負荷用量又は維持用量のいずれかの増大がなされ得る。
【0101】
いくつかの実施形態において、患者が、治療レベルで、患者のニューロンに取り込まれた重水素化アラキドン酸を有しているか否かを決定する。いくつかの実施形態において、重水素化アラキドン酸のレベルは、患者の赤血球内の重水素化アラキドン酸の量に基づいて決定される。いくつかの実施形態において、治療目標は、(例えば、血液サンプル中の)赤血球内のアラキドン酸の総量に基づいて、少なくとも約6%又は少なくとも約12%の重水素化アラキドン酸である。いくつかの実施形態において、治療目標は、少なくとも約15%である。いくつかの実施形態において、治療目標は、少なくとも約20%である。いくつかの実施形態において、治療目標は、(例えば、血液サンプル中の)赤血球のアラキドン酸の総量に基づいて、約12%~約30%の重水素化アラキドン酸である。いくつかの実施形態において、治療目標は、(例えば、血液サンプル中の)赤血球のアラキドン酸の総量に基づいて、約12%~約25%の重水素化アラキドン酸である。いくつかの実施形態において、治療目標は、(例えば、血液サンプル中の)赤血球のアラキドン酸の総量に基づいて、約12%~約20%の重水素化アラキドン酸である。いくつかの実施形態において、治療目標は、赤血球のアラキドン酸の総量に基づいて、約15%~25%の重水素化アラキドン酸である。いくつかの実施形態において、治療目標は、(例えば、血液サンプル中の)赤血球のアラキドン酸の総量に基づいて、約15%~約20%の重水素化アラキドン酸である。量は、終点を含めた、列挙した範囲内の任意の値又はサブレンジであり得る。
【0102】
実施形態において、D6-AA又はそのエステル(例えば、エチルエステル)を、任意の用量レジメンを使用して投与してもよい。例えば、D6-AA又はそのエステルは、毎日、2日毎、3日毎などで投与されてもよい。実施形態において、D6-AAも又はそのエステルは、第一の期間(例えば、1週間、2週間、3週間、4週間以上)にわたり投与され、D6-AA又はそのエステルを投与しない期間(例えば、1日、2日、1週間以上)がそれに続いてもよい。実施形態において、D6-AA又はそのエステルを、治療レベルに達するまでの期間にわたり投与し、そしてその後、頻度を下げて投与してもよい。例えば、D6-AA又はそのエステルを、治療レベルに達するまで毎日投与し、その後、2日、3日、4日、5日、6日又は7日毎に投与して、治療レベルを維持してもよい。
併用
【0103】
本明細書で提供した治療法は、慢性炎症性疾患を治療するのに使用される他の治療と併用できる。一実施形態において、D6-AA又はそのエステルは、単独で使用できる。あるいは、D6-AA又はそのエステルは、11,11-D2-リノール酸又はそのエステル、及び/又は8,8,11,11-D4-リノール酸又はそのエステルと併用できる。インビボにおいて、11,11-D2-リノール酸の一部が13,13-D2-アラキドン酸変換され、そして、8,8,11,11-D4-リノール酸の一部が10,10,13,13-D4-アラキドン酸に変換される。
【0104】
別の実施形態において、併用治療法は、本明細書に記載した方法に対してオルソゴナルな機構の作用を介して作動する薬物を用いることができる。併用での使用に好適な薬物としては、これだけに限定されるものではないが、例えば、エダラボン、イデベノン、ミトキノン、ミトキノール、ビタミンC、又はビタミンEなどの抗酸化物質が挙げられるが、但し、これらの抗酸化剤が重水素化リノール酸又はそのエステルの治療作用を妨げないことを条件とする。
医薬組成物
【0105】
D6-AA又はそのエステルの特定の投薬は、一般的に認められたいろいろな投与モードによって達成される。先に述べたように、本願発明の方法による毎日又は定期用量に使用される薬物(すなわち、有効成分)の実際の量は、上記に詳細に記載されている。薬物は、少なくとも1日あたり1回、好ましくは1日に1回、2回又は3回投与される。
【0106】
本願発明は、いずれかの特定の組成物又は医薬担体に制限されることはなく、そのため、異なっていてもよい。概して、本願発明の化合物は、医薬組成物として、多くの既知の投与経路のうちのいずれかによって投与される。しかしながら、経口送達は、典型的に錠剤、丸薬、カプセル剤などを使用することが好まれる。経口送達に使用される特定の形態は、重要でないが、投与されるべき多量の薬物に起因して、好ましくは、毎日の又は定期的な単位用量は、複数の錠剤、丸薬、カプセル剤などを有するサブユニットに分割される。
【0107】
本明細書に開示される化合物の医薬剤形は、例えば、従来の混合、打錠、カプセル化などの当該技術分野で周知の方法のいずれかによって製造されてもよい。本明細書に開示される組成物としては、製薬用途のための調製物への活性分子の加工を容易にする1若しくは複数の生理学的に許容される不活性成分を挙げることができる。
【0108】
組成物は、少なくとも1つの医薬として許容される賦形剤と組み合わせて、薬物を含むことができる。許容される賦形剤は、無毒であり、投与を支援し、及び請求項に記載の化合物の治療効果に悪影響を与えない。斯かる賦形剤は、当業者にとって一般に入手可能な任意の固形物、液体、又は半固形物であってもよい。
【0109】
固形の医薬賦形剤としては、デンプン、セルロース、タルク、グルコース、ラクトース、スクロース、ゼラチン、麦芽、コメ、小麦粉、チョーク、シリカゲル、ステアリン酸マグネシウム、ステアリン酸ナトリウム、グリセロールモノステアレート、塩化ナトリウム、乾燥スキムミルクなどが挙げられる。他の好適な医薬賦形剤及びそれらの製剤は、E. W. Martin編集のRemington’s Pharmaceutical Sciences (Mack Publishing Company, 18th ed., 1990)に記載されている。
【0110】
本明細書に開示される組成物は、所望であれば、必要数のサブユニットの薬物を含有する毎日の又は定期的な単位投薬量をそれぞれ含有するパック又はディスペンサーデバイスで提供されてもよい。斯かるパック又はデバイスは、例えば、ブリスターパックなどの金属又はプラスチックホイル、バイアル、又はその他のタイプの格納容器を含んでもよい。パック又はディスペンサーデバイスは、例えば、そこに含まれる毎日の又は定期的な用量を構成するサブユニットのすべてを服用するための取扱説明書を含めた、投与に関する取扱説明書が添付される。
【0111】
製剤中の薬物の量は、該薬物の毎日の又は定期的な用量に必要とされるサブユニットの数によって異なる。典型的には、製剤は、存在する1若しくは複数の好適な医薬賦形剤のバランスにより、全製剤に基づいて約10~99wt. %の薬物を、重量パーセント(wt. %)ベースで含む。好ましくは、化合物は、約50~99wt. %のレベルにて存在する。
【0112】
一実施形態において、薬物は、安定化剤、抗酸化剤、染色剤などのいずれかの賦形剤を必要とすることなく、カプセル剤にカプセル化される。これは、各カプセル剤中の薬物の体積を最大化することによって、1日あたりに必要とされるカプセル剤の数を最少にする。
【実施例
【0113】
本開示は、本願発明の純粋な例示となることを意図したものである、以下の実施例を参照することによってさらに理解される。本開示は、例示された実施形態によって範囲を制限するものではなく、そしてそれは、この開示の一態様の例示となることのみを意図したものである。機能上同等であるあらゆる方法が、この開示の範囲内にある。本明細書に記載したものに加え、本願発明の様々な修飾が、上記の説明と付随の図面から当業者には明らかになる。斯かる修飾は、添付の特許請求の範囲内にある。これらの実施例では、次の用語が、本明細書に使用され、かつ、以下の意味を有する。定義されていない場合には、略語は、その従来の医療向けの意味を有する。
H-AA= 非重水素化アラキドン酸(天然存在度の重水素のみを伴う)
H-LA= 非重水素化リノール酸(天然存在度の重水素のみを伴う)
D2-AA= 11,11-D2-アラキドン酸
D6-AA= ビス-アリル位に80%超及びモノ-アリル位に35%以下の重水素を有するD-6アラキドン酸
h= 時間
kg= キログラム
LPS= リポポリサッカライド
D2-LA= 11,11-D2-リノール酸(別名「薬物」)
LA= リノール酸
LPO= 脂質過酸化
M= モル
mg= ミリグラム
ROS= 活性酸素種
μm= ミクロン
μm2= 平方ミクロン
実施例1:LPS誘発性炎症の制御
【0114】
LPS投与は、炎症誘発性サイトカインの分泌、エイコサノイド、及びROSの誘導を含めた様々な機構を通して炎症を促進することが知られている。この実施例では、マウスの肺におけるH-AA対D-AAのROS誘導酸化から生じる炎症の程度を確かめるためにLPSを用いた。具体的には、4つのマウス群を使用した。第一の群は、H-LA対照マウスで処理した対照マウスであった。第二のマウス群には、6週間コースのD-LAを与えた。H-LA及びD-LAの両方の部分的なインビボ変換が起こり、それぞれAA及び13,13-D2-AAを提供することは、理解されている。第三のマウス群には、6週間コースのH-AAを与えた。第四のマウス群には、6週間コースのD-AAを与えた。
【0115】
次に、すべての群に、LPSの単回鼻腔内投与を与えて、急性肺炎症を誘発した。炎症反応の程度は、肺胞間中隔距離に基づき、ここでは、中隔の距離が広ければ広いほど、炎症の程度がより重い。動物を屠殺し、そして、肺胞間中隔距離を計測した。表1は、すべての群の結果について肺胞間中隔の平均空間距離の程度を提供する。
【表1】
【0116】
上記の結果は、H-LAで処理したマウスに対して、D-LAで処理したマウスの肺胞間中隔の空間距離の約25%の低減の証拠である。しかしながら、D-AAで処理したマウスでは、同じ空間距離においてほぼ60%の低減があり、炎症治療におけるD-AAの利益を証明した。
実施例2:LPS誘発性炎症の制御-H-AA対D-AA
【0117】
LPS投与を、4つのマウス群を使用したことを除いて、上記の実施例1に従って実施した。第一の2つの群(1及び2)は、対照マウス(雄及び雌)であった。次の2つのマウス群(3及び4)には、6週間のコースH-AAを与えた(雄及び雌)。最後に、最後の2つのマウス群(5及び6)には、6週間コースのD6-AAを与えた(第二の群)。次に、3、4、5及び6群には、LPSの単回鼻腔内投与を与えて、急性肺炎症を誘発した。炎症反応の程度を、実施例1に従って決定した。この実験の結果を、表2に示す。
【表2】
【0118】
この実験の結果は、D-LAと比較して、D-AAを使用した雄及び雌マウスの両方で、統計的に有意な炎症の軽減を証明した。
【0119】
次に、肺胞間中隔の高さと距離を測定して、炎症の表面積を提供した。この評価の結果を、表3に示す。
【表3】
【0120】
両動物群における肺胞内腔面積変化の程度は、性別に依存した。この指標は、酸の形態(H又はD)にかかわらず、雌において、雄におけるよりも有意に低かった。しかしながら、D型を与えた雄マウスにとって、肺胞間中隔の厚さの変化の重症度は、雌のものより有意に高く、ヒトケース(女性は影響を受けにくい)と高い相関があった。概して、得られたデータは、マウスの性別の如何にかかわらず、H-AAと比較して、D-6AAで処理した肺においてより軽い炎症を示し、上記データと一致していた。
【0121】
以下の実施例、すなわち、実施例1a、2a、及び3aは、それぞれ実施例1、2、及び3のより完全な詳細を表す。
実施例1a:肺炎のマウスモデルにおけるD-AAの投与
【0122】
LPS処理は、炎症誘発性サイトカインの分泌、エイコサノイド、及びROSの誘導を含めた様々な機構を通して炎症を促進する。LPSの鼻腔内投与による誘導の後に、急性肺炎症がすぐに続く。6週間コースの食餌性(H)AAを与え、続いて、LPSの単回鼻腔内投与を与えたマウスでは、肺胞間中隔の厚さは有意に増大し、そしてそれは、より強い浮腫と炎症性浸潤に関連する可能性が高い。肺胞間中隔の斯かる顕著な炎症性浸潤は、この群における、それらの破壊と肺気腫巣のより頻繁な形成に寄与する。同時に、D型を与えたマウスの肺は、肺胞の内腔(alveoli lumens)の減少を特徴とし、そしてそれは、肺の気腫性変化の(H型と比べて)低い頻度に関連し得る(図3~6を参照のこと)。
【0123】
両動物群における肺胞内腔面積変化の程度は、性別に依存した。この指標は、酸の形態(H又はD)にかかわらず、雌において、雄におけるよりも有意に低かった。その上、D型を与えた雄マウスの中でも、肺胞間中隔の厚さの変化の重症度は、雌に比べて雄で有意に高く、ヒトケース(女性は影響を受けにくい)と高い相関があった。概して、得られたデータは、H型と比較して、D型のコース後に、肺のより軽度の炎症性病変を示す。予備データ(未掲載)はまた、他の重水素化PUFAと比較して、D6-AA(7,7,10,10,13,13-D6-アラキドン酸)が、より良好な治療効果を提供することも示す。以下の図4は、図3~6の基礎となるデータを要約する。
【表4】
【0124】
進行中の臨床試験におけるヒト投薬からの経口データは、AAに対する代謝前駆体である類似D-PUFA薬物について優れた安全性記録を示す。D-PUFAジェルカプセルの経口投薬の利便性と組み合わせたD-PUFA薬物の予想される安全性は、抗炎症向けのアプローチとしてのD-PUFAのさらなる研究、並びにCOVID-19誘発性サイトカインストーム及び血栓形成事象に対する可能性がある予防薬、治療法、を保証する。IntraLipidなどの他のPUFA乳濁液は、乳濁液の状態で製剤化され、そして、安全に1日あたり数グラムにてI.V.で投薬される。当業者は、斯かる製剤が継続的な治療法としてD-AAの脂質ジェルカプセル経口投薬によって経過観察される、治療開始時に薬物の迅速なボーラス投薬を可能にし得る、と想像できた。これらのデータは、COVID炎症関連治療や他の炎症関連症状に対するアプローチとしての重水素化PUFA技術の更なる調査のための理論的根拠を提供する。
実施例2a:炎症に関するインビトロアッセイ
【0125】
炎症の細胞ベースのインビトロアッセイは、当該技術分野で周知である。これらのアッセイは、e-セレクチン(内皮性白血球接着分子又はELAMとも呼ばれる)やC反応性タンパク質(CRP)としてそのような例を含む。ELAMアッセイは、活性化した内皮細胞におけるELAMの発現低下により試験化合物のインビトロ活性を計測する。
【0126】
例えば、活性化した内皮細胞は、ラット腸MVEC細胞に、リポポリサッカライド、TNF、又はIL-1(3などの既知の活性化因子を加えることによって作製する。活性化細胞を、重水素化PUFA(「D-PUFA」)(0.01、0.1、1.0、10.0、又は100μmのD-PUFAと、1:1又は異なる比のD-PUFA混合物の組み合わせ(例えば、D2-LA、D4-ALAなど、例えば前掲の式(1)中にある種を参照のこと)又は「H-PUFA」(H-PUFAは非重水素化又は三重水素化も意味する)(0.01、0.1、1.0、10.0、又は100μmのLA、ALAなど、及び非重水素化混合物の対応する比の組み合わせ)などの同位体修飾PUFAと共に24、48、及び72時間インキュベートする。活性化細胞はELAMを産生することが知られており、そしてそれは、例えば、E-セレクチンモノクローナル抗体ベースのELISAアッセイを使用して計測できる。D-PUFA処理細胞を、H-PUFAで処理した細胞と比較して、低量のELAMを産生することが予想される。
【0127】
同様に、CRPアッセイは、ヒトHep3B上皮細胞におけるCRPの発現減少での試験化合物のインビトロ活性を計測するのに使用できる。例えば、活性化した上皮細胞は、ヒトHep3B細胞に、リポポリサッカライド、TNF、又はIL-1(3などの既知の活性化因子を加えることによって作製する。活性化細胞を、D-PUFA(0.01、0.1、1.0、10.0、又は100μm、異なるD-PUFAの異なる比の組み合わせ)又はH-PUFA((0.01、0.1、1.0、10.0、又は100μmのLA、ALA、及びH-PUFAの対応する組み合わせ)と共に24、48、及び72時間インキュベートする。活性化細胞はCRPを産生することが知られており、そしてそれは、CRP ELISAアッセイを用いて計測できる。D-PUFA処理細胞を、H-PUFAで処理した細胞と比較して、低量のCRPを産生することが予想される。
実施例3a:炎症に関するインビボアッセイ
【0128】
抗炎症活性のインビボ評価は、カラギーナン誘発性足浮腫を計測する十分に特徴づけされたアッセイ方法によって、及び局所的なアラキドン酸に対するマウス耳炎症応答によって測定できる(Gabor, M., Mouse Ear Inflammation Models and their Pharmacological Applications, 2000を参照のこと、そして、それを参照により本明細書に援用する)。カラギーナン誘発性足浮腫は、ラット足の足底内表面へのカラギーナン投与後の時間依存的な浮腫形成を測定する炎症のモデルである。8週齢のウィスター系アルビノラットの群(8~9匹の動物/群)には、8週間の期間にわたる唯一のPUFA起源として、D-PUFA(例えば、式(1)の種を参照のこと)(0.01、0.1、1.0、10.0、及び100mg/kg)、及びD-PUFAの異なる組み合わせ(例えば、1:1の比の2つのタイプのD-PUFA)又はH-PUFA(0.01、0.1、1.0、10.0、及び100mg/kg)、及びD-PUFAの異なる組み合わせに対応するH-PUFAの異なる組み合わせを補給する。補給期間に続いて、ラットには、イソフルラン(isofluorane)下で軽く麻酔し、そして、1% w/vのカラギーナン含有生理的食塩水50μLの足底下注射を与えた。足体積を、水体積測定装置を使用して測定し、そして、カラギーナン投与前の足体積と比較した。体積を、0.5、1、2、3、4、及び5時間にて計測する。浮腫は、開始時の足体積で除した、足体積の増加として計算できる。D-PUFAを補給したラットは、H-PUFAを補給したラットと比較して、より低レベルの浮腫を有することが予想される。
【0129】
さらに、ラットの耳へのアラキドン酸(AA)の適用は、即座の血管拡張応答と紅斑を生じさせ、続いて、浮腫の突然の発生が起こることが知られており、そしてそれは、40~60分にて最大になるはずである。浮腫の発症は、タンパク質と白血球の溢出と同時に起こると考えられる。一時間後に、浮腫は、急速に減弱するはずであり、そして、6時間にて、耳がほぼ正常に戻るように、炎症細胞は組織を離れるはずである。8週齢の雄ラットの群(8~9匹の動物/群)には、8週間の期間にわたる唯一のPUFA起源として、D-PUFA(例えば、式(1)の種を参照のこと)(0.01、0.1、1.0、10.0、及び100mg/kgのD-PUFA)、及びD-PUFAの異なる組み合わせ(例えば、1:1の比の2つのタイプのD-PUFA)又はH-PUFA(0.01、0.1、1.0、10.0、及び100mg/kg)、及びD-PUFAの異なる組み合わせに対応するH-PUFAの異なる組み合わせを補給する。補給期間に続いて、アラキドン酸を、ラットの耳に適用し、そして、血管拡張応答、紅斑及び浮腫を時間の関数として計測する。D-PUFAを補給したラットは、H-PUFAを補給したラットと比較して、より低レベルの浮腫を有することが予想される。
実施例4:コラーゲン誘導性関節炎モデル
【0130】
8~10週齢のDBA/1マウスの群(8~9匹の動物/群)には、8週間の期間にわたる唯一のPUFA起源として、D-PUFA(例えば、式(1)の種を参照のこと)(0.01、0.1、1.0、10.0、及び100mg/kgのD-PUFA)、及びD-PUFAの異なる組み合わせ(例えば、1:1の比の2つのタイプのD-PUFA)又はH-PUFA(0.01、0.1、1.0、10.0、及び100mg/kg)、及びD-PUFAの異なる組み合わせに対応するH-PUFAの異なる組み合わせを補給する。次に、マウスには、フロイント完全アジュバント(FCA)中の100μgのウシII型コラーゲンを尾の付け根に皮内注射し、疾患の発症について毎日の検査によって観察し、そしてそれを記録した。D-PUFA処理マウスは、H-PUFA処理マウスと比較して、関節炎症状の発症、そのいずれかの発症、の遅れがあることが予想された。
【0131】
あるいは、8~10週齢のDBA/1マウス45匹には、フロイント完全アジュバント(FCA)中の100μgのウシII型コラーゲンを尾の付け根に皮内注射し、疾患の発症について毎日の検査によって観察し、そしてそれを記録した。関節炎に関する臨床上の証拠の最初の発現時に、マウスを、無作為に3つの処置群:1) 対照;2) D-PUFA(0.01、0.1、1.0、10.0、及び100mg/kg)、並びに異なる種のD-PUFAの1:1又は異なる組み合わせ)処理;又は3) H-PUFA(0.01、0.1、1.0、10.0、及び100mg/kg)、並びにD-PUFA組み合わせにタイプで対応するH-PUFAの1:1又は異なる組み合わせ、のうちの1つに振り分ける。影響を受けた足の関節炎の重症度を、確立されたスコアシステムに従って、次のように等級づけする:0 (正常な関節)、1(軽度/中程度の目に見える浮腫及び腫脹)、2(足及び関節の歪みを伴った重篤な浮腫)、及び3(強直症を伴った足又は関節の変形)。各マウスの四肢すべてのスコアの合計を、動物の総合的な疾患重症度と進行を表す関節炎指数(最大スコア/マウス=12)として使用される。動物を、疾患発症10週間後まで1週間あたり5回、疾患について臨床的に評価し、そして、足の測定値を、1週間あたり3回得た。処理後のどの時点でも疾患の兆候がない関節炎の足は、寛解と考えられる。すべてのマウスは、試験開始前、それに続いて関節炎の発症時、発症の2週間後、発症の4週間後及び試験完了時に事前採血する。各群から得られた血清を、-80℃にて必要になるまで保存する。ELISAアッセイを実施して、マウスCIA中の総抗コラーゲン抗体レベルを測定する。D-PUFA処理動物は、H-PUFA処理動物及び対照動物と比較して、軽減された関節炎兆候を有することが予想される。
実施例5:重水素化アラキドン酸は、リポポリサッカライド処理マウスにおいて、炎症を誘発した肺傷害を改善する
【0132】
細菌又はウイルス感染症の間の肺組織に対する過度の炎症性損傷は、無調節なエイコサノイド軸の関与、及び細胞膜の複合体成分の妨げられた修復、及び分泌された界面活性剤プロテオリピドを伴って発生する。急性呼吸窮迫症候群(ARDS)は、状態をさらに増悪させ;ARDSは、加齢が死亡の40%もの死亡率に寄与することに関係する。ARDSは、細菌又はウイルス肺炎によって誘発されることが多い。齧歯動物では、通常、ARDSは、生細菌(S.ニューモニエ(S. pneumoniae)若しくはP.エルギノーサ(P. aeruginosa))又はオゾンのような非特異性損害因子の点滴によって、急性肺障害(ALI)としてモデル化される。細菌ALIは、E.コリ(E.coli)リポポリサッカライド(LPS)で滅菌単回抗原投与によってモデル化できる。
【0133】
図7Aは、使用した様々なPUFA:LA、リノール酸;D2-LA、11,11-D2-リノール酸;AA、アラキドン酸;D2-AA、13,13-D2-アラキドン酸(D2-LAのインビボにおける酵素的延長/拡張の生成物);D6-AA、7,7,10,10,13,13-D6-アラキドン酸、を示す。図7Bは、ビス-アリル水素の水素引抜を示す図解であり、PUFA酸化(酵素的及びLPOの両方)の主要な律速段階は、重水素化によって阻害される。図7Cは、HHEやHNEのような反応性カルボニルを含めた非酵素的LPOの多様な生成物を示し、そしてそれは、生体分子を共有結合により架橋っできる。図7Dは、酵素的AA酸化の多数の生成物が、ほとんど炎症誘発性及び血栓形成促進性であることを示す。
【0134】
このアプローチは、AA分子内の酸化傾向がある3つの部位の重水素化を使用して、同位体効果(IE)を介して酸化(酵素的及び非酵素的の両方)の律速段階を実質的に減速する。ここでは、健常及びLPS処理マウスの肺及び胃腸管に対する食餌性アラキドン酸(H-AA)又はその六重水素化形態(D-AA)の効果を示す。
材料と方法
【0135】
ビス-アリルD-PUFAを、全合成、及び触媒的重水素化によって製造した。
インビボモデルとサンプリングのプロトコール
【0136】
マウス食餌は、無脂肪AIN-93GベースのResearch Diets(New Brunswick, NJ)製であった。脂質を、11.3重量%の総脂肪にて、それぞれ0.25%の標準H-AA又はD-AAのいずれかを加えた(表5)。
【表5】
【0137】
雄及び雌BALB/c及びC57BL/6マウスに、食餌と水の自由摂取を伴った、標準的な環境条件、すなわち、22±1℃、55±5%の湿度、及び12時間の光/暗サイクル、を提供した。6週齢にて、動物を、8つの群に分け(n=合計160匹、各性別20匹)、そして、調査の継続期間を通じて、1日あたり約5 gの食餌/マウスにて、2、4、6又は8週間にわたり、H-AA又はD-AAのいずれかを含有する食餌を継続的に自由摂取させた。他の2つの動物群(n=40匹、各性別20匹)には、対照としてPUFA強化食を与えず、LPSも給餌しなかった。体重と食物摂取を、1週間に1回計測した。適切な食餌コースを完了した後に、各群のマウスの半数(10匹の雌と10匹の雄)には、(i) 気管支肺胞洗浄(BAL)の手順を受けさせて、細胞学的塗抹標本を得、(ii) (静脈内に致死量のチオペンタールナトリウム、100mg/kgを用いた人道的な安楽死後に)組織の摘出と結腸内容物の回収に供した。この食餌コースの9週間目に、群のもう一方の半数には、BALとその後の安楽死の24時間前に、エシェリキア・コリ(Escherichia coli)O111:B4(Sigma Aldrich)由来のLPSを1mg/kg鼻腔内(IN)投与した。40匹のD-AA食餌動物(20匹の雄、20匹の雌)は、ウォッシュアウト実験のためにH-AA食に切り換えた。
気管支肺胞洗浄(BAL)液の回収
【0138】
簡単に言えば、深麻酔(チオペンタールナトリウム)下、肺を、1mlの0.15M NaClの3つのアリコートを使用して3回洗浄した。各洗浄は、気管カニューレを介した生理的食塩水のゆっくりとした注入と丁寧な吸引から成った。3つの回収洗浄液を合わせた。サンプルを、F241.5Pローター(Beckman Coulter, USA)を用いて400gかつ4℃にて7分間、微小遠心分離機で遠心分離した。上清を、回収し、そして、更なる分析まで1カ月を限度に-80℃にて冷凍保存した。
BAL中の細胞示差カウント
【0139】
細胞示差カウントを、市販のMay-Grunwald-Giemsa染色キットを使用して、BALの再懸濁細胞ペレットからの塗抹標本スライドに対して実施した。すべてのスライドを、×200の倍率にて光学顕微鏡(Optec BK5000)で評価した。例えば、リンパ球、好中球、形質細胞及びマクロファージなどのこれらの細胞数を、それぞれのスライドの10個の視野から得た。
組織学的分析
【0140】
肺、胃、及び結腸サンプルを、4%のホルムアルデヒド(パラホルムから新たに調製)を用いて固定し、パラフィン包埋し、そして、2~4μmに切断した。所定の組織像について、すべての固定化組織切片を、ヘマトキシリン-エオシン(H&E)で染色した。すべてのスライドを、Genetic Pro Bino光学顕微鏡を使用して、それぞれ10個の視野にて評価し(A)、及びデジタルカメラ(Delta Optical)で写真撮影した。胃及び結腸組織切片を、活動性及び慢性炎症の兆候、リンパ濾胞の形成、及び上皮細胞の増生について分析した。肺損傷の重症度を、肺胞間及び血管周囲の出血、血管周囲及び気管支周囲の浸潤、血管周囲の浮腫、肺胞壁の厚さ、肺胞腔値(alveolar space value)、並びに気腫性変化を含めた肺の病態変化に従ってスコア化した。肺の組織サンプルを、フィブリン視覚化のために市販のMartius Scarlet Blue(MSB)着色キット(Avantik, USA)でさらに染色した。肺血管中の黄色、ピンク色又は赤色の均質のフィブリン塊の存在を、血栓塊と解釈した。
微生物叢の分析
【0141】
安楽死マウスの結腸内容物を、微生物群分析のために回収し、すぐに凍結し、そして、分析するまで-20℃にて保存した。サンプルを、+4℃にてゆっくり解凍し、段階希釈(10-3)を調製し、特定の培地上で平板培養し、次のように37℃にてインキュベートした。微好気性菌叢:エンテロコッカス属-Enterococcal寒天培地、48時間;ラクトバチルス属-Lactobac寒天培地、3日間;ビフィドバクテリウム属- Bifidum培地、37℃にて5日間;好気性菌:スタフィロコッカス属-培地N10、48時間;コリ型細菌-Endo培地、37℃にて48時間;酵母様真菌、Saburo寒天培地、48時間。これらの特定の培地を、GNC PMIB(Obolensk, Russia)から購入した。指定したインキュベーション期間の最後に、コロニー形成単位(CFU)をカウントした。
酵素結合免疫吸着測定法(ELISA)を用いたサイトカイン測定
【0142】
無細胞BAL液上清、並びに結腸組織サンプルを、製造業者によって推薦される取扱説明書に従って、市販のマウスIL-1β ELISAキット(R&D systems, Lot P265854, USA)及びBiotek ELx-808マイクロプレートリーダー(Biotek, USA)を使用して分析した。
AA同位体分析(GC-MS/MS)
【0143】
H-AA対D-AAの相対比を、化学イオン化質量分析法に連結したガスクロマトグラフィー(GC)によって決定した。簡単に言えば、新たに採取したサンプルを、均質化し、そして、Bligh and Dyer法によって抽出し、チューブに移し、溶媒を留去し、乾燥窒素で一面を覆い、密封し、そして、更なるサンプル調製及び分析のためにAustin(TX)に発送した。乾燥サンプルを、加水分解とメチル化のワンステップ法によって脂肪酸メチルエステル(FAME)に転化した。溶媒媒介()(SM)化学イオン化を、BPX70キャピラリーカラム(25m×0.22mm×0.25μm;Trajan, Pflugerville, TX)を備えたShimadzu GCMS-TQ8040(Columbia, MD)装置を使用して、試薬としてCH3CNを用いて実施した。D-AAを、クロマトグラフィーによりH-AAと分離した。全イオンクロマトグラムを、ピーク面積を積分するのに使用した。
統計解析
【0144】
実験データを、Statistica 10.0ソフトウェアパッケージを使用して処理した。データを、中央値と四分位範囲(Me;Q25%;Q75%)としてグラフに示す。群間比較のために、ノンパラメトリックKruskell-Wallace検定を、多重比較のための調節と共に使用した。差異が、0.05以下のpにて統計的に有意であると見なされた。
LPS処理マウスの肺に対するD-リノール酸(D2-LIN)の効果
【0145】
我々の最初の実験では、我々は、LPS処理マウスにおける肺胞間中隔の厚さとASに対するリノール酸(LA)補給の効果を評価した。この実験設定では、マウス(6週齢、両方の性別)には、1マウスあたり経口強制飼養50μLによって1日に1回、着目のPUFAを与えた。PUFA処理完了時点で、マウスには、1mg/kgのLPSを鼻腔内投与し、そして、肺の組織像のために24時間後に屠殺した。結果(図8)は、H-LA群と比較して、D2-LAマウスにおける肺胞壁厚のわずかではあるが、しかし、統計的に有意な減少を実証する。これは、D2-LAと比べて、H-LAに対する肺のより顕著な高アレルギー応答によって説明され得る。LPS処理は、気管支上皮の増生及びその過剰分泌の兆候である、漿液性浮腫の存在と共に、病巣の血管周囲及び気管支周囲のリンパ球浸潤明らかにした。組織学的には、この効果は、肺胞壁を通り抜けた炎症細胞浸潤を伴った。
【0146】
脂肪酸デサチュラーゼ1及び2(FADS1及びFADS2)の作用と脂肪酸エロンガーゼ5(ELOVL5)によって、D2-LAが、D2-AAに部分的に変換されるので、我々は、D-PUFAの前述の効果がAAの重水素化に起因し得ること、及び直接的なD6-AA補給はD2-LAを用いたそれよりはるかに効果的であるだろうこと、を仮定した。
【0147】
図8は、H型又はD型リノール酸(H-LAとD2-LA)と、それに続く、リポポリサッカライドの単回の鼻腔内投与の6週間後のBALB/cマウスの肺胞間中隔の厚さ(μm)を示す。*-p≦0.05、D2-LAマウスに対するH-LAを比較。
健常マウスにおけるD-AAの食餌補給の薬物動態学的側面
【0148】
この仮説を試験する最初のステップとして、我々は、斯かる食餌補給の代謝効果を研究した。我々は、D-AAの実際の内容量を測定し、次に、AA食給餌マウスのいくつかのマウス組織のMS分析法によって、D-AA食からH-AA食に切り替えることにより、長期の補給後にウォッシュアウト実験を実施した。12週間のD-AAの投薬は、重水素化形態の60%超の取り込みをもたらした(D6-AAとして全AAの70%を有した脳を除いて、D6-AAとして全AAの約90%)(図9)。
【0149】
図9A~9Cは、8週間投薬時点での全AAの%としてD-AAを示し、そして、H-AA給餌を用いて、その後の9週間にわたりウォッシュアウトした。図9Aは、内臓及び皮膚に関するグラフを示す。肺は、約45%のD-AAを取り込んだ。図9Bは、神経組織:脳全体と眼全体、に関するグラフを示す。両方とも、約50%のD-AAを取り込んだ。眼からのウォッシュアウトは、脳より急速であった。図9Cは、肺のD-AAと、伸長による長鎖PUFAアドレン酸(22:4)及び不飽和化によるドコサぺンタエン酸(DPA、22:5)への変換を示す。すべてのPUFAが、類似のウォッシュアウト動態に従った。
【0150】
脳の脂肪酸代謝は、総合的な代謝回転を含め、臓器組織のそれとは異なる傾向がある。神経PUFAは、独特に不飽和であり、脳全体の脂肪酸の約40%が共にAAとω-3系ドコサヘキサエン酸(DHA)から成るが、リノール酸は1%を下回った。肺は、他の組織と類似していた。
動物の健康に対するH-AAとD-AAの効果
【0151】
H-AAとD-AAは、見かけ上の有害反応なしに十分に許容された。2、4、6又は8週間にわたる食餌の摂取は、性別にかかわらず、従来の健常マウスのBAL液又は大腸ホモジネート中のIL-1βのレベルの著しい変化につながらなかった。巨視的には、すべての群の肺は、安楽死の時点で正常であった。BAL中の細胞浸潤は、いずれの富AA食によっても有意な影響を受けなかった。富AA食給餌の8週間後に、リンパ球数が、対照と比較して増加した。洗浄の細胞学的塗抹標本における炎症細胞数は、H型とD型の食餌摂取の間で有意に異なることはなかった。
【0152】
肺胞間中隔の厚さに対するAA食の効果は、継続期間に依存し、そして、重水素化によって影響を受けた。2週間又は4週間にわたって与えたH-AA及びD-AA食後のマウス肺胞間中隔の厚さの平均は、有意に異なることはなかった。その一方、8週間のH-AA摂取後の健常雄及び雌の肺胞壁は、それぞれのD-AAコホートのそれらと比較して、有意に(p≦0.05)厚かった。肺胞腔の関連変化は、AA又はD6-AA食に関して観察されなかった。腸内微生物叢の組成物の分析、並びに洗浄液及び腸ホモジネート中のインターロイキンレベルの酵素免疫アッセイでは、食餌コース継続期間にかかわらず、食餌に対するマウス間のいずれの有意差も明らかにならなかった(データ未掲載)。
LPSへの応答に対するD-AAの効果
【0153】
我々は、LPS処理を使用して、6週間にわたりAA食を給餌したマウスに抗原投与した。LPSへの曝露の24時間後に、肺組織は、リンパ球やマクロファージ優位を伴った、激しい血管周囲、気管支周囲、及び中隔の炎症性浸潤を示した。血管周囲の浮腫、血栓形成の兆候、肺胞壁の肥厚、気腔の不規則な分布、及び病巣領域の肺胞出血もまた観察された。我々は、LPS抗原投与の初期と後期の因果関係を見分けることを難しくする炎症を順に増幅するIL-1βを誘発する、より極端な気管内経路への鼻腔内投与を好んだ。実際には、1mg/kgの用量におけるLPSの鼻腔内投与の24時間後に、食餌のタイプ又は継続期間にかかわらず、LPSで処理しなかった動物と比較して、BAL液又は結腸ホモジネート中のIL-1β内容量において、いずれの有意な増加もなかった。投与後24時間の鼻腔内LPSは、性別又はAA食の形態にかかわらず、すべての処置群においてBAL液中の好中球を増加させた。LPS処理動物の他の炎症細胞の数は、無処理マウスのそれと同様に変化し、そして、2週間コースのH-AAと比較して、H-又はD-AAのいずれかの摂取の8週間後の有意に多数のリンパ球を特徴とした。性別やLPS処理にかかわらず、いずれの分析した炎症細胞型に関して、H-とD-AAの効果の間に統計的に有意な差異にはまったく気付かなかった。
【0154】
6週間コースの食餌性H-AAを与え、続いて、LPSの単回鼻腔内投与を与えたマウスでは、肺胞間中隔の厚さは有意に増大し、そしてそれは、より強い浮腫と、免疫細胞浸潤を伴ったより高い炎症重症度に関連する可能性が高い。同時に、H-AAを与え、かつ、LPSを抗原投与した一部のマウスの肺は、気腫性変化領域を示した(図10A~10C)。図10A~10Cは、H-AA及びD-AA処理雄マウスの肺に対するリポポリサッカライドの鼻腔内投与の効果に関する組織学的評価を示す。図10Aは、正常マウスの肺に対応し;図10Bは、H-AA食においてLPS処理したマウスの肺に対応し;図10Cは、D-AA食においてLPS処理したマウスの肺に対応している。図面中矢印は、気腫巣を指し示している。
【0155】
H-AA摂取マウスにおいて肺胞壁厚によって計測されるLPS誘発性血管周囲浮腫は、雄D-AA群における有意に緩やかな効果や、D-AA雌におけるほとんど無視できる効果とは対照的であった(図11)。
【0156】
図11は、LPSの単回鼻腔内投与によるH-又はD-AAの6週間コース後の肺胞間中隔の厚さ(μm)のグラフを示す。Norm、LPS処理を伴わない雄及び雌マウス。*-р≦0.05、 H-AA雌マウス対対照雌;**-р≦0.05、H-AA雄マウス対対照雄;#-р≦0.05、H-AA雌マウス対D-AA雌;##-р≦0.05、H-AA雄マウス対D-AA雄。
性別に依存する差異
【0157】
性差が、ALIのようなモデルで重要であることは周知である。例えば、雌マウスは、P.エルギノーサに対してより強く反応する。エストロゲンは、LPS誘発性急性肺炎症や出血ショック誘発性肺損傷に対して保護効果を付与すると考えられている。逆に、P.エルギノーサを用いた感染モデルでは、雌は、より強い肺炎症反応を示し、それと同時に、より多い細菌量を示す。これは、肺の免疫応答における性差の基礎となる複雑さを明確に示している。我々の調査では、両動物群における肺胞内腔面積変化の程度は、性別に依存した:この指標は、AAの形態(H又はD)にかかわらず、雄におけるよりも、雌において有意に低かった。また、D-AAのマウスでは、肺胞間中隔の厚さの変化の重症度は、雌に比べて雄で有意に高く、ヒトケースと高い相関があった。
ALI/ARDSのLPSモデル
【0158】
ARDSは、肺に対する直接的(例えば、肺炎、酸吸引)又は間接的(例えば、膵炎、非肺性敗血症)傷害から生じる。直接的なALIのマウスモデルとしては、気管内又は鼻腔内に送達される剤が挙げられる。我々は、肺損傷及び炎症の一般的な誘導因子であると見なされるE.コリLPSの鼻腔内投与によってALIを誘発した。LPS曝露前のH-AAの食餌摂取は、その継続期間によって、肺胞壁の肥厚を含めたLPS誘発性肺組織損傷を改善することなく、むしろ増悪させさえした。食餌性D-AAの背景に対して観察されるLPSの損傷効果は、実質的に緩和された。LPS誘発性ALIは、十分に確立されたARDSのモデルである。LPSは、NF-κBを活性化し、次に、NLRP3インフラマソームを活性化し、そして、IL-1βやIL-18の分泌につながり、そしてそれは、正のフィードバックによって炎症を誘発する。各種処置は、ウアバイン、並びに、及びキサントフモールやコリリンのような他の様々な化合物のように、マウスモデルにおける急性LPS効果から保護すると報告されているが、これらの保護効果の機構は複雑である。
【0159】
対照的に、D-PUFAは、より簡単な炎症軽減作用機序を有し得る。我々は、以前に、様々な炎症誘発性エイコサノイドの形成に対するAAのビス-アリル重水素化の抑制効果を実証したが、LPOを同時に阻害した。これらの有用な特徴のこの組み合わせは、我々が炎症の動物モデルでD-PUFAを試験するのをうながした。
D2-LA
【0160】
インビボにおいて、摂取されたLAの一部が、網膜や脳を含めた明らかな例外を除いて、ほとんどの組織に組み込まれる。組織によって、LAの可変画分が、酵素的延長や不飽和化によってAAに変換される。神経組織は、LAではなくAAを含むが、脂肪組織では、支配的なn-6種はLAである。酵素的延長や不飽和化によるLA由来のAAは、次に、実質的にあらゆる組織に組み込まれる。従って、哺乳動物へのD2-LAの投薬は、13,13-D2-AA(図7A~7D)の組織取り込みにつながるであろう。C13での重水素化は、COX1/2並びに15-LOXの阻害につながり、そして、一部の炎症誘発性種並びにLPOのレベルを低減するであろう。実際に、我々の予備実験では、肺胞形態のLPS誘発性変化は、6週間にわたりH-又はD2-LAを摂取したマウスの両方で見られたが、肺胞間中隔の厚さは、性別にかかわらず、D2-LA群と比較して、H-LAで処理したマウスにおいて有意に高いことを明らかにした。6週間にわたるD-AAの摂取は、LPS誘発性肺胞間壁肥厚に対するより優れた保護作用につながった。そのうえ、H-AA食とD-AA食との間の肺胞に対する効果の差は、LAアイソフォームのものと比較して、より一層際立っていた。我々の事前の知見に基づいて、D2-AAと比較して、より大きな阻害効果が、完全重水素化D6-AAから予想されるであろう。
D6-ARA
【0161】
AAは、AAへのその後の代謝変換を伴って、LAとしてよりも形成前のAAとして摂取されたときに、より効率的に組織に組み込まれる。それにもかかわらず、組織又はプール(例えば、血漿リン脂質)内では、AAレベルは、比較的に限度ぎりぎりに制御される傾向がある。食餌性AAの1つの効果は、組織AAの代謝回転の増大である。
【0162】
LPSは、ホスホリパーゼA2を活性化し、そして、周辺組織及び血液中へのAAの放出につながり、敗血症や生存を含め生体レベルで全体的な炎症を調節する。従って、脂肪酸の代謝は、急性LPS誘発性肺障害及び他の状態の調節にとって重要であり得る。外因性酸化リン脂質は、インビトロにおいて過炎症性反応を誘発する。ω-3系PUFAは、LOX及びCOXに関して、AAとの競合によって炎症を下方制御する。そのうえ、長鎖PUFAの一部の酸化生成物(例えば、イソプロスタン、及びニューロプロスタン)は、興味深い生物学的活性を有する。P.エルギノーサに感染したマウスでは、生存は、魚油の補給によって改善した。驚いたことに、これらの効果はまた、AAでも見られ、そしてそれにより、単一のAAボーラスは、スーパーオキサイドジスムターゼ(SOD)の増加、ミエロペルオキシダーゼ(MPO)の活性低下、低下したマロンジアルデヒド(MDA)、低下した乳酸デヒドロゲナーゼ(LDH) 、緩和されたPQ誘発性組織学的損傷、及び炎症性サイトカインの誘導をもたらした。これは、PGE2、及びLXB4のような喘息関連炎症収束性伝達物質(SPM)などの一部のAA酸化生成物の炎症収束性作用が恐らく関与する、急性慢性反応の複数機構を示す。
【0163】
細菌感染では、一般的な日和見病原体P.エルギノーサのような一部の微生物が、AAを酸化させる、リポキシゲナーゼの分泌型を産生するので、状況がより複雑である。
【0164】
AAは、炎症にかかわる主要なPUFAである。例えば、末梢血液リンパ球や単球は、総脂肪酸の16~20%の平均AA内容量を有することが報告された。AAは、COX、LOX及びシトクロムP450の基質として作用するホスホリパーゼA2(PLA2)によって切断及び放出され、炎症誘発性エイコサノイド伝達物質、及びプロスタグランジン、ロイコトリエン、トロンボキサンなどの調節物質を得た。急性COPDを患っている患者は、痰中のAA内容量を増大させた。気腫性変化の重症度はまた、高いAAレベル及びCOX2変換伝達物質を有するような患者においても関連し得ることが示唆された。我々の調査では、6週間又は8週間にわたるD-AAの食餌摂取は、H-AAを与えたマウスのそれらと比較して、エンドトキシン誘発性気管支周囲浸潤を有意に低減し、かつ、肺胞間の空間と肺胞間壁(interalveolar wall)の厚さの両方を改善した。H-AAを摂取したマウスの肺において観察された炎症及び肺気腫は、D-AAを投薬したマウスにおいて実質的に低下し、以下の:i) 食餌性H-AAからのエイコサノイドの形成が増加し;並びにii) 肺におけるn-6系PUFAの、及びD-AA(酵素的及び非酵素的酸化の両方に対してより安定)による界面活性剤PLの良好な置換が、COX-及びLOX-変換伝達物質の産生低下、並びに酸化ストレスによるホスホリパーゼA2刺激の減少をもたらす、ことが示唆された。
界面活性剤の役割
【0165】
肺界面活性剤は、すべての哺乳類種においてかなりの肺胞表面を覆っており、肺胞を安定させ、かつ、それらを陥凹から予防している。それは、リン脂質(PL)の優位性があり10%のタンパク質と90%の脂質から構成される。PLの中には、アシル鎖は共に、飽和(二重結合なし)、一価不飽和(1つの二重結合)、又は多価不飽和(すなわち、ARA中などの2以上の二重結合)であり得る。界面活性剤PLの構造は、宿主-病原体相互作用を調節し、並びに環境誘発性酸化ストレスに対して反応することを許容する。肺界面活性剤系の変更は、長い間、ARDSにおいて、又はより一般的には、明らかな肺胞炎症を伴うあらゆる肺疾患において実証されている。ほとんどの界面活性剤が、ARDSを患っている患者(肺感染症に関連するヒトを含む)から集められるか、又は肺炎は、パルミチン酸のパーセンテージの有意な減少を特徴とするが、その一方、PLの不飽和種(ARAを含む)の相対量は有意に増加する。多価不飽和脂肪酸の複数の二重結合は、それらが酵素的及び非酵素的酸化に対して高い感受性を示すようにし、そして、酸化ストレスを増強する。肺胞内の微小環境が血漿プールとの直接的な物理的接触がないと見なされることが多いが、全身的な代謝状態、並びに食餌摂動が界面活性剤Plを調節し得ることを示唆するいくつかの証拠が存在する。魚油強化製剤の継続的な経腸栄養は、72時間以内にラット界面活性剤リン脂質のPUFA組成物の有意な調節を促進する。よって、n-6系PUFA(すなわち、18:2 n-6系及び20:4 n-6系、エイコサノイド及びロイコトリエンの前駆体)は、長鎖n-3系PUFAによって置き換えられた。界面活性剤のPUFA組成を迅速に調節する経腸栄養の能力は、エイコサノイド駆動炎症プロセスの適時減衰を容易にし、ARDS発症のリスクを低減させ得る。
AA、炎症の陰陽
【0166】
過剰なAAは、LPSによってモデル化され得るウイルス及び細菌感染症の特定の条件下で炎症誘発性である。LPS処理は、炎症誘発性サイトカインの分泌、エイコサノイド、及びROSの誘導を含めた様々な機構を通して炎症を促進する。LPSの鼻腔内投与後に、急性肺炎症がすぐに続く。COVID-19パンデミックは、世界中で深刻な罹患率と死亡率を引き起こしている。高齢者や他の持病があるヒトには、COVID-19患者の中でも高い死亡率をもたらした。多くのウイルスが、肺に見られる受容体に向けられた高い親和性を有する。COVID-19、SARS、MERS、及びインフルエンザ(並びに一部の非感染性疾患)は、免疫応答を誘発し、そして、免疫細胞をその領域に引き付けてウイルスを攻撃させ、局所炎症をもたらした。場合によっては、IL-6、TNF-α、IFN-γ、IL-2、及びIL-7を含めた炎症誘発性サイトカイン/ケモカインの過剰な非制御の産生が関与する、「サイトカインストーム」を引き続いて起こし、そして、致命的になり得る過剰炎症をもたらす。若者達の免疫系は、生得の機構により頼っているので、通常、それは低レベルの炎症駆動サイトカインを産生する。さらに、COVID患者は、血栓予防を伴ったとしても、肺塞栓症、脳卒中、及び心臓発作に起因してCOVIDから高い死亡率にさらに寄与する、血栓性合併症の増加した発生率を実証する(ICUに入院した患者のほぼ半数)。実際には、AA並びにその酸化生成物は、COVID患者で上昇する。
【0167】
炎症に関連した様々な反応において複雑な微生物叢の関与がある。腸の微生物叢が肺感染症の重症度にとって重要であることが知られている。しかしながら、我々は、ここでのいずれかの有意差について観察しなかった-この事実は、哺乳動物細胞及び組織に固有の分子機序の重要性を示す。
薬物としての食餌性D-AAの全体像
【0168】
エイコサノイド媒介性過剰炎症反応の有害影響を緩和する伝統的なアプローチは、COX及びLOX酵素の低分子阻害剤に依存する。しかしながら、これは、無調節なAA代謝が重要な役割を担っているアスピリン増悪呼吸器疾患の症例のように、肺症状の増悪につながる。よって、D-AAは、炎症性肺病状の治療のためのより穏やかなアプローチを示し得る。
【0169】
進行中の臨床試験におけるヒト投薬からの経口データは、13,13-D2-AAに対する代謝前駆体である、D2-LAについて優れた安全性記録を示す。D-PUFAジェルカプセルの経口投薬の利便性と組み合わせたD-PUFA薬物の予想される安全性は、抗炎症向けのアプローチとしてのD-PUFAのさらなる研究、並びにCOVID-19誘発性サイトカインストーム及び血栓形成事象に対する可能性がある予防薬、治療法、を保証する。IntraLipidなどの他のPUFA乳濁液は、乳濁液の状態で製剤化され、そして、安全に1日あたり数グラムにてI.V.で投薬される。当業者は、斯かる製剤が継続的な治療法としてD-AAの脂質ジェルカプセル経口投薬によって経過観察される、治療開始時に薬物の迅速なボーラス投薬を可能にし得る、と想像できた。これらのデータは、COVID炎症関連治療に対するアプローチとしてのD-PUFA技術の更なる調査のための理論的根拠を提供する。
【0170】
D-AAは、酵素的又は非酵素的酸化のいずれかとなる傾向が少ないので、化学変換を必要としない調節的相互作用においてより強力である。高脂肪食マウスでは、AAは、MD2への結合によって、マクロファージにおけるLPS誘発性炎症やマウスにおける敗血性死滅を低減する。よって、高められたその安定性に加えて、D-AAはまた、その改善された代謝により有益でもあり得る。D-AAは、酵素的及び非酵素的酸化を伴った炎症状態向けの実行可能な治療薬になり得る。
【0171】
本開示の好ましい実施形態を本明細書に示し、説明したが、斯かる実施形態が例として提供されているだけであることは、当業者にとって明白である。その開示が明細書中に提供した具体例によって制限されることは意図していない。本開示は、前述の明細書を参照することで説明されているが、本明細書の実施形態の説明及び例示は、限定する意味で解釈されることを意味するものではない。多数のバリエーション、変更、及び置換が、本開示から逸脱することなく、ここで、当業者には思い当たる。さらに、本開示のすべての態様は、様々な状態や変数に依存する、本明細書に記載された具体的な描写、形状又は相対比率に制限されることがないことは、理解されるべきである。本明細書に記載した開示の実施形態に対する様々な代替手段が本開示を実施する際に利用され得ることは、理解されるべきである。そのため、本発明はまた、斯かる代替手段、修飾、バリエーション又は同等物のすべてを網羅するはずであることが企図される。以下の特許請求の範囲が本開示の範囲を定義すること、かつ、これらの特許請求の範囲の範囲内の方法及び構造、並びにその同等物が特許請求の範囲によって網羅されることを意図する。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7A
図7B
図7C
図7D
図8
図9A
図9B
図9C
図10A-10C】
図11
【国際調査報告】