(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公表特許公報(A)
(11)【公表番号】
(43)【公表日】2025-01-30
(54)【発明の名称】VCI、PSCI又はCSVDの治療におけるキニン又はその誘導体の使用
(51)【国際特許分類】
A61K 38/08 20190101AFI20250123BHJP
A61K 38/07 20060101ALI20250123BHJP
A61K 38/10 20060101ALI20250123BHJP
A61P 9/00 20060101ALI20250123BHJP
A61P 25/28 20060101ALI20250123BHJP
A61K 47/60 20170101ALI20250123BHJP
C07K 7/18 20060101ALN20250123BHJP
C07K 19/00 20060101ALN20250123BHJP
C07K 16/00 20060101ALN20250123BHJP
C07K 14/765 20060101ALN20250123BHJP
C12N 15/62 20060101ALN20250123BHJP
C12N 15/16 20060101ALN20250123BHJP
C12N 15/13 20060101ALN20250123BHJP
C12N 15/14 20060101ALN20250123BHJP
【FI】
A61K38/08
A61K38/07
A61K38/10
A61P9/00
A61P25/28
A61K47/60
C07K7/18 ZNA
C07K19/00
C07K16/00
C07K14/765
C12N15/62 Z
C12N15/16
C12N15/13
C12N15/14
【審査請求】有
【予備審査請求】未請求
(21)【出願番号】P 2024545275
(86)(22)【出願日】2023-01-17
(85)【翻訳文提出日】2024-09-30
(86)【国際出願番号】 CN2023072640
(87)【国際公開番号】W WO2023143256
(87)【国際公開日】2023-08-03
(31)【優先権主張番号】202210113865.3
(32)【優先日】2022-01-30
(33)【優先権主張国・地域又は機関】CN
(81)【指定国・地域】
(71)【出願人】
【識別番号】524159077
【氏名又は名称】江蘇衆紅生物工程創薬研究院有限公司
【氏名又は名称原語表記】ZONHON BIOPHARMA INSTITUTE,INC
(74)【代理人】
【識別番号】110002860
【氏名又は名称】弁理士法人秀和特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】▲馬▼ 永
(72)【発明者】
【氏名】江 辰▲陽▼
(72)【発明者】
【氏名】庄 宇
(72)【発明者】
【氏名】▲許▼ 振
(72)【発明者】
【氏名】徐 丹
(72)【発明者】
【氏名】王 俊
【テーマコード(参考)】
4C076
4C084
4H045
【Fターム(参考)】
4C076AA94
4C076BB13
4C076CC01
4C076CC11
4C076EE23
4C076EE59
4C076FF65
4C084AA02
4C084BA01
4C084BA08
4C084BA16
4C084BA17
4C084BA18
4C084BA23
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4C084CA59
4C084DB01
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4C084NA12
4C084NA14
4C084ZA151
4C084ZA152
4C084ZA361
4C084ZA362
4H045AA30
4H045BA41
4H045BA55
4H045BA57
4H045CA40
4H045DA30
4H045EA20
4H045FA10
4H045FA74
(57)【要約】
キニン又はその誘導体、特に長時間作用型のキニン又はその誘導体のVCI、PSCI又はCSVDの治療における使用。VCI、PSCIによく認知機能障害と精神・行動症状が見られ、その認知機能障害にコリンエステラーゼ阻害薬や非競合的N-メチル-D-アスパラギン酸受容体拮抗薬が使用され、精神・行動症状には対症的に抗うつ薬などが使用される。慢性CSVD患者には認知障害、運動障害、感情障害、排便障害などの症状が見られ、その認知障害にコリンエステラーゼ阻害薬や非競合的N-メチル-D-アスパラギン酸受容体拮抗薬が使用され,抑うつには一般的に抗うつ薬が使用される。本発明は研究によりキニン又はその誘導体、特に長時間作用型のキニン又はその誘導体がVCI、PSCI、CSVDなどの治療に使用できることを発見し、これらの疾患の治療に新たな方法を提供した。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
血管性認知機能障害を治療または改善する薬物の製造におけるキニン又はその誘導体の使用。
【請求項2】
血管性認知機能障害を治療または改善するための薬物組成物であって、キニン又はその誘導体を含むことを特徴とする、薬物組成物。
【請求項3】
血管性認知機能障害を治療又は改善する方法であって、キニン又はその誘導体を患者に投与することを特徴とする、方法。
【請求項4】
脳卒中後認知機能障害を治療または改善する薬物の製造におけるキニン又はその誘導体の使用。
【請求項5】
脳卒中後認知機能障害を治療または改善するための薬物組成物であって、キニン又はその誘導体を含むことを特徴とする、薬物組成物。
【請求項6】
脳卒中後認知機能障害を治療または改善する方法であって、キニン又はその誘導体を患者に投与することを特徴とする、方法。
【請求項7】
血管病変を伴うアルツハイマー病を治療または改善する薬物の製造におけるキニン又はその誘導体の使用。
【請求項8】
血管病変を伴うアルツハイマー病を治療または改善するための薬物組成物であって、キニン又はその誘導体を含むことを特徴とする、薬物組成物。
【請求項9】
血管病変を伴うアルツハイマー病を治療または改善する方法であって、キニン又はその誘導体を患者に投与することを特徴とする、方法。
【請求項10】
脳小血管病を治療または改善する薬物の製造におけるキニン又はその誘導体の使用。
【請求項11】
脳小血管病を治療または改善するための薬物組成物であって、キニン又はその誘導体を含むことを特徴とする、薬物組成物。
【請求項12】
脳小血管病を治療または改善する方法であって、キニン又はその誘導体を患者に投与することを特徴とする、方法。
【請求項13】
請求項1~12のいずれか一項に記載のキニンは、ブラジキニン又はリシルブラジキニンであることを特徴とする、キニン。
【請求項14】
請求項1~12のいずれか一項に記載のキニン誘導体は、長時間作用型のキニンであることを特徴とする、キニン誘導体。
【請求項15】
請求項14に記載のキニン誘導体であって、
前記キニン誘導体は、キニンのポリエチレングリコール修飾体であり、
用いたPEG修飾剤がSPA、SCM、又はSSの修飾剤で、直鎖型又は分岐型のPEG修飾剤であることを特徴とする、
キニン誘導体。
【請求項16】
請求項14に記載のキニン誘導体であって、
前記キニン誘導体は、キニンの突然変異体であり、
リシルブラジキニン又はブラジキニンのアミノ酸配列中の任意の位置にシステインを導入し、
及び/又はリシルブラジキニンのN末端の1位と2位のアミノ酸残基との間に任意のアミノ酸を挿入し、
及び/又はブラジキニンのN末端の1位のアミノ酸残基の前に任意のアミノ酸を挿入し、
及び/又は2個あるいは2個以上のリシルブラジキニン単体を、又は2個あるいは2個以上のブラジキニン単体を、又はリシルブラジキニン単体とブラジキニン単体を繋ぎ合わせ、
及び/又はリシルブラジキニンの6位のPhe又はブラジキニンの5位のPheを他のアミノ酸に突然変異したことを特徴とする、
キニン誘導体。
【請求項17】
請求項14に記載のキニン誘導体であって、
前記キニン誘導体は、融合タンパク質であり、キニンとFc断片と融合するか、又はキニンとヒト血清アルブミンと融合することを特徴とする、
キニン誘導体。
【請求項18】
請求項14に記載のキニン誘導体であって、前記キニン誘導体は、脂肪酸付加のキニン、又は長時間作用型製剤のキニンであることを特徴とする、キニン誘導体。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、バイオ医薬分野におけるキニン又はその誘導体、特に長時間作用型のキニン又はその誘導体が血管性認知機能障害(VCI)、脳卒中後認知機能障害(PSCI)又は脳小血管病(CSVD)の治療における使用に関する。
【背景技術】
【0002】
社会の発展と高齢化の進展に伴って、脳血管疾患の発症率が年々上昇しており、患者と家族の生活の質に深刻な影響を及ぼす。1993年にHachinskiとBowlerが血管性認知機能障害(vascular cognitive impairment,VCI)という概念を初めて提唱した。これは脳血管疾患の危険因子(例えば高血圧、糖尿病、高脂血症など)、明らかな脳血管疾患(例えば脳梗塞と脳出血など)又は明らか
でない脳血管疾患(例えば白質粗しょう化、慢性脳虚血)による軽度の認知障害から痴呆までの一連の症候群である(『2019年中国血管性認知障害診療ガイドライン』、『中国の脳卒中の予防治療の指導規範(2021版)』における『中国血管性認知障害診療指導規範』)。
【0003】
血管性認知機能障害の患者には、認知機能障害と精神・行動症状が見られる。一部の患者では、その認知障害は抽象的思惟、概念の形成と変換、思惟の柔軟性、情報処理速度などの機能的障害を主としており、記憶力が保たれている。また、複数の領域に障害がみられ、記憶力も著しく障害されている患者もいる。血管性認知機能障害における認知機能障害に対する治療薬には、コリンエステラーゼ阻害薬や非競合的N-メチル-D-アスパラギン酸受容体拮抗薬がある。血管性認知機能障害の精神・行動症状には、知覚、思惟、心境、行動などの異常が含まれ、無気力、抑うつ、焦燥感、興奮・攻撃性などがよくみられる。その治療は、抗うつ薬である選択的セロトニン再取り込み阻害薬などの対症治療薬が利用可能である(『中国血管性認知障害診療指導規範』)。脳卒中後認知機能障害(post-stroke cognitive impairment、PSCI)、脳小血管病(cerebral small vessel disease、CSVD)による認知機能障害、血管病変を伴うアルツハイマー病(Alzheimer’s disease、AD)などが血管性認知機能障害の主要なサブタイプである。
【0004】
脳卒中後認知機能障害は、脳卒中によって起こる認知機能障害が強調され、同じく認知機能の損傷や精神・行動症状が見られる。脳卒中後認知機能障害と血管性認知機能障害とアルツハイマー病は、神経病理学的と神経生化学的機序においてある程度の共通性があることを考慮して、中国の『卒中後認知障害管理専門家共通認知2021』は、脳卒中後認知機能障害を治療するにあたって、血管性認知機能障害やアルツハイマー病などの研究や証拠を参考にして、認知障害に対しては一般的にアセチルコリンエステラーゼ阻害剤や非競合的N-メチル-D-アスパラギン酸受容体拮抗薬(メマンチン)を使用し、卒中後の抑うつに対しては一般的に抗うつ薬を使用することを推奨している。欧州脳卒中組織が最近発表した『2021年 ESO/EAN共同ガイドライン:脳卒中後認知障害』によれば、脳卒中後認知障害に対する治療薬はまだ存在しない。本ガイドラインが注目する試験の中に脳卒中後認知障害に焦点を当てたものは一つあるが、陽性の結果は得られなかった。本ガイドラインはまた、脳卒中後認知機能障害に対するランダム化比較試験の高品質のデータが著しく不足すると指摘している。
【0005】
脳小血管病は、脳内の小動脈、細動脈、毛細血管、細静脈、小静脈が複数の危険因子による影響を受けて引き起こされる一連の臨床的、画像的、病理学的症候群であり、急性脳
小血管病と慢性脳小血管病に分類される。急性脳小血管病は虚血性脳卒中を引き起こす可能性があり、現在では急性虚血性脳卒中の予防・治療法(例えば、血圧降下、血栓溶解、抗血小板、脂質降下など)を参考にして治療することが推奨されている。慢性脳小血管病の患者には、認知障害、運動障害、感情障害、排便障害などの症状が見られ、明確に診断された後は、一般的に対症的な治療が推奨される。脳小血管病による認知障害に対してはコリンエステラーゼ阻害薬や非競合的N-メチル-D-アスパラギン酸受容体拮抗薬が使用され,抑うつに対しては一般的にセロトニン再取り込み阻害薬などの抗うつ薬が使用される(『中国脳小血管病診療専門家共通認識』)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】『2019年中国血管性認知障害診療ガイドライン』
【非特許文献2】『中国の脳卒中の予防治療の指導規範(2021版)』
【非特許文献3】『卒中後認知障害管理専門家共通認識2021』
【非特許文献4】『2021年 ESO/EAN共同ガイドライン:脳卒中後認知障害』
【非特許文献5】『中国脳小血管病診療専門家共通認識』
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明が解決しようとする第一の技術的課題は、血管性認知機能障害を治療するための新薬を提供することである。本発明が解決しようとする第二の技術的課題は、脳小血管病を治療するための新薬を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明が解決しようとする第一の技術的課題は、血管性認知機能障害を治療するための新薬を提供することであり、具体的には、血管性認知機能障害を治療又は改善する薬物の製造におけるキニン又はその誘導体の使用を提供する。
【0009】
本発明はまた、血管性認知機能障害を治療又は改善するための薬物組成物を提供する。前記組成物は、キニン又はその誘導体を含む。
【0010】
本発明はまた、血管性認知機能障害を治療又は改善する方法を提供する。前記方法は、キニン又はその誘導体を患者に投与する方法である。
【0011】
前記血管性認知機能障害には、脳卒中後認知機能障害、脳小血管病による認知機能障害、血管病変を伴うアルツハイマー病などが含まれるが、これらに限定されない。
【0012】
好ましくは、前記血管性認知機能障害は、脳卒中後認知機能障害である。
好ましくは、前記血管性認知機能障害は、脳小血管病による認知機能障害である。
好ましくは、前記血管性認知機能障害は、血管病変を伴うアルツハイマー病である。
【0013】
本発明が解決しようとする第二の技術的課題は、脳小血管病を治療するための新薬を提供することであり、具体的には、脳小血管病を治療又は改善する薬物の製造におけるキニン又はその誘導体の使用を提供する。
【0014】
本発明はまた、脳小血管病を治療又は改善するための薬物組成物を提供する。前記組成物は、キニン又はその誘導体を含む。
【0015】
本発明はまた、脳小血管病を治療又は改善する方法を提供する。前記方法は、キニン又
はその誘導体を患者に投与する方法である。
前記キニンは、ブラジキニン又はリシルブラジキニンを含む。
前記キニン又はその誘導体は、長時間作用型のキニン又はその誘導体である。
【0016】
ペプチド薬物は一般に生体内での安定性が悪く、半減期が短いというデメリットがあり、特に慢性疾患の治療薬としては長期にわたる頻回の投与が必要とされることが多い。生体内におけるリシルブラジキニン/ブラジキニンの分解には、主にアミノペプチダーゼ、カルボキシペプチダーゼ及びアンジオテンシンACEIIが関与し、キニンの放出酵素系と分解酵素系により、生体内におけるブラジキニンの動的バランスを維持する。リシルブラジキニンとブラジキニンは、普通のペプチドよりさらに不安定であり、半減期がわずか数秒と報告されている。外因的に投与されたキニンは、生体内でキナーゼによる加水分解によってはやく失活してしまう。
【0017】
ペプチド薬物の安定性を改善し、生体内での半減期を延長しようとして、長時間作用させるために、現在、主に以下の2つの方法が用いられている。一つはペプチド分子の改造であり、例えば、アミノ酸置換や環化、PEG修飾、長時間作用性断片との融合(Fc断片との融合、ヒト血清アルブミンとの融合)、脂肪酸の付加などの策略が利用される。もう一つは、製剤化によってペプチド薬物を長時間作用型にする方法である。
【0018】
本発明は、具体的な実施例でキニンの半減期を延長するために2つの方法を用いた。即ち、キニンをポリエチレングリコールで修飾する方法と、キニンのアミノ酸配列を最適化する方法である。
【0019】
ポリエチレングリコール修飾について、本発明の具体的な実施例で用いたPEG修飾剤はSPA、SCM、SS修飾剤を含み、直鎖型又は分岐型であってよい。
【0020】
好ましくは、前記PEG修飾剤は直鎖型PEG修飾剤である。
好ましくは、前記PEG修飾剤の分子量は2KD~20KDである。
【0021】
キニンのアミノ酸配列の最適化について、本発明は具体的な実施例で、野生型のリシルブラジキニン又はブラジキニンのアミノ酸配列中の任意の位置にシステイン(Cys)を導入した。好ましくは、野生型のリシルブラジキニンのアミノ酸配列の一位のLysをCysに突然変異する。即ち、アミノ酸配列をCRPPGFSPFRになるようにする。
【0022】
本発明は具体的な実施例で、野生型のリシルブラジキニンのN末端の1位と2位のアミノ酸残基との間に任意の数、任意の種類のアミノ酸を挿入し、即ちアミノ酸配列をKXRPPGFSPFRになるようにした(Xは任意の数、任意の種類のアミノ酸を表す)。または、野生型のブラジキニンのN末端の1位のアミノ酸残基の前に任意の数、任意の種類のアミノ酸を挿入し、即ちアミノ酸配列をXRPPGFSPFRになるようにした(Xは任意の数、任意の種類のアミノ酸を表す)。実験結果は、N末端が延長された後の活性がよりよいことを示した。好ましくは、1個又は2個又は3個のアミノ酸を挿入する。好ましくは、1個又は2個のアルギニン(Arg)を挿入する。
【0023】
本発明は具体的な実施例で、2個あるいは2個以上のリシルブラジキニン単体を、又は2個あるいは2個以上のブラジキニン単体を、又はリシルブラジキニン単体とブラジキニン単体を繋ぎ合わせたリシルブラジキニン又はブラジキニンの誘導体(例えばm14、m12)を作製した。前記リシルブラジキニン又はブラジキニンの単体は、野生型のリシルブラジキニン又はブラジキニンであってよいし、野生型のリシルブラジキニン又はブラジキニンをもとに一部のアミノ酸の置換、挿入又は欠失を行って得られた変異体であってもよい。
【0024】
本発明は具体的な実施例で、野生型リシルブラジキニンの6位のPhe又は野生型ブラジキニンの5位のPheを他のアミノ酸、例えば非天然アミノ酸Igl(α-2-インドリルグリシン)、THI(β-2-チエニルアラニン)に突然変異した。前記部位突然変異したLBK又はBKは、生体内の酵素に認識されにくいため、その生体内での半減期が効果的に延長された。
【0025】
好ましくは、本発明のリシルブラジキニン又はブラジキニンの誘導体のアミノ酸配列はSEQ ID NO: 14に示される配列である。
【0026】
本発明の具体的な実施例で用いたポリエチレングリコール修飾方法およびアミノ酸配列の最適化方法は、キニンの半減期をこういった方法で延長できることを例示するものであり、キニンの半減期を延長する具体的な実施形態を限定することを意図するものではない。当業者は、本発明で例示した方法とは別に、他のポリエチレングリコール修飾方法、他のアミノ酸配列の最適化方法、又はペプチド薬物を長時間作用させる他の修飾方法(例えば、上記で述べたFc断片との融合、ヒト血清アルブミンとの融合、脂肪酸の付加、製剤化)を用いて、ペプチドを修飾して長時間作用させることができる。
【0027】
前記キニン又はその誘導体は単独で投与してよいし、又は他の薬物(例えば、コリンエステラーゼ阻害薬や非競合的N-メチル-D-アスパラギン酸受容体拮抗薬など)と併用で投与してもよい。
【0028】
投与方法は、注射投与、経口投与などを含むが、これらに限定されない。前記注射投与は、静脈注射、皮下注射などを含むが、これらに限定されない。
【0029】
広く受け入れられている血管性認知機能障害の動物モデルには、4血管閉塞法(4-vessel occlusion、4-VO)、改良的4-VO法、3期4-VO法、2血管閉塞法(2-VO)、改良的2-VO法、改良的一側総頚動脈閉塞一側総頚動脈狭窄法(modified common carotid artery occlusion,mCCAO)などによるラットのモデル、及び総頚動脈狭窄法(bilateral CCA stenosis,BCAS)、非対称的頚動脈手術(asymmetric CCA surgery,ACAS)などによるマウスのモデルがある(『血管性認知障害動物モデルの研究進展』)。
【0030】
広く受け入れられている脳小血管病の動物モデルには、主に両側総頸動脈結紮モデル、両側総頸動脈狭窄モデル(BCAS)、脳卒中易発症高血圧自然発症ラットモデルなどがある(『脳小血管病トランスレーショナル・リサーチに関する中国専門家の共通認識』)。
【0031】
血管性認知障害と脳小血管病の研究においてよく受け入れられている実験動物モデルであるBCASモデルは、動物の脳血流が著しく低下し、これによって慢性的な低灌流損傷が引き起こされることで、血液脳関門の透過性が増加し、白質が損傷され、さらに記憶機能障害、運動機能損傷などが引き起こされる。
【0032】
本発明の研究結果は、BCASモデルマウスにキニン又はその誘導体を投与することで、動物の損傷した協調運動機能、前肢の損傷した筋肉の強度、ワーキング・メモリー、空間学習・記憶機能と抑うつ行為が顕著に改善されたことを示している。したがって、キニン又はその誘導体は、血管性認知機能障害、脳小血管病の治療に使用できる。
【0033】
なお、脳卒中後認知機能障害、脳小血管病による認知機能障害、血管病変を伴うアルツ
ハイマー病は、すべて血管性認知機能障害の重要なサブタイプであり、それぞれの臨床上の治療は同様な対症療法薬を使用する。例えば、認知機能障害に対して、血管性認知機能障害と脳卒中後認知機能障害と脳小血管病の治療ガイドラインや専門家共通認識は一般的に、アセチルコリンエステラーゼ阻害剤や非競合的N-メチル-D-アスパラギン酸受容体拮抗薬(メマンチン)の使用を推奨しており、抑うつなどの精神・行動症状に対する薬物治療は、一般的に抗うつ薬の使用を推奨する。したがって、キニン又はその誘導体は、血管性認知機能障害のさまざまなサブタイプ、例えば脳卒中後認知機能障害、脳小血管病による認知機能障害、血管病変を伴うアルツハイマー病などの治療に用いることができる。
【0034】
カリクレイン-キニン系(略称:KKS)は、心血管系、腎臓、神経系の機能調節などさまざまな生理的および病理的な過程に関与している。KKS系には、カリクレイン(KLK)、キニノゲン、キニン、キニン受容体(B1、B2受容体)及びキニナーゼが含まれる。カリクレインは、キニノゲナーゼあるいはカリジノゲナーゼとも称され、セリンプロテアーゼの一種であり、血漿カリクレイン(PK)と組織カリクレイン(TK)の2種に分けられ、どちらも非常に重要な生理作用を発揮している。現在、ヒト組織カリクレインは少なくとも15のメンバー(KLK1-KLK15)で構成されると考えられており、そのなかで組織カリクレイン1(KLK1)に対する研究が比較的に多く行われている。KLK1はキニノゲンをキニンに変換させ、対応する受容体に作用して一連の生物学的作用を発揮する。現在、より明確に研究されているキニンとしては、リシルブラジキニン(デカペプチド)とブラジキニン(ノナペプチド)があり、前者は生体内でアミノペプチダーゼによってブラジキニンに切断され、両者とも血圧調節や炎症反応など幅広い生理機能を持つ。一方、リシルブラジキニンとブラジキニンは体内での半減期が数秒から数分と非常に短いため、そのドラッガビリティが大きく制限されている。今のところ医薬品として市販されるキニンはまだない。中国では2種類の注射用カリクレイン1が販売されており、適応症には微小循環障害や軽度・中等度の急性血栓性脳卒中などが含まれる。
【0035】
血管性認知機能障害や脳小血管病などは、KLK1の承認適応とはかなり異なる。病理的メカニズムの面では、急性虚血性脳卒中は様々な原因による血管壁病変によって、脳動脈の主幹動脈や分枝動脈の内腔に狭窄や閉塞が生じ、または血栓が形成されるため、脳局所の血流が減少し、又は血液供給が遮断されて、脳組織に虚血性または低酸素性の壊死が発生して局所神経系症状や徴候が現れるのである。一方、血管性認知障害は、脳血管疾患の危険因子(例えば高血圧、糖尿病、高脂血症など)、明らかな脳血管疾患(例えば脳梗塞、脳出血など)又は明らかでない脳血管疾患(例えば白質粗しょう化、慢性脳虚血)による軽度の認知障害から痴呆までの一連の症候群である。
【0036】
脳小血管病の発病過程において、神経血管ユニット(neurovascular unit,NVU)の機能異常が重要な役割を果たしており、何らかの原因でNVUが構造的または機能的に変化した場合にCSVDが起こりうる。よく考えられる発病のメカニズムとして慢性脳虚血や低灌流、内皮機能障害や血液脳関門の破壊、組織間液の還流障害、炎症反応、遺伝的要因などが挙げられる。異なるメカニズムの間は相互に影響し合っている(the neurovaseular unit coming of age:a
journey through neurovaseular coupling in health and disease)。
【0037】
さらに、急性虚血性脳卒中の診断と治療法は、血管性認知障害や脳小血管病とは大いに異なっている。急性虚血性脳卒中に対する最も効果的な治療はタイム・ウィンドウ内で血管内再開通療法(静脈内血栓溶解、機械的血栓回収、血管形成術など)を行うことであり、治療の成功率は発症時間と密接に関係する。薬物治療には、抗血小板・抗凝・繊維減少・容積拡張・血管拡張薬、スタチン系薬剤、神経保護薬などの使用が含まれる。血管性認
知障害はよく認知機能障害と精神・行動症状が表れる。血管性認知障害と脳卒中後認知障害における認知機能障害の治療薬には、コリンエステラーゼ阻害薬、非競合的N-メチル-D-アスパラギン酸受容体拮抗薬があり、精神・行動症状に対する対症療法薬には抗うつ薬である選択的セロトニン再取り込み阻害薬などが挙げられる。慢性脳小血管病の患者には、認知障害、運動障害、感情障害と排便障害などの症状が見られ、明確に診断された後は、一般的に対症的な治療が推奨される。例えば、脳小血管病による認知障害に対してはコリンエステラーゼ阻害薬や非競合的N-メチル-D-アスパラギン酸受容体拮抗薬を使用し、抑うつに対してはセロトニン再取り込み阻害薬などの抗うつ薬を一般的に使用する。
【0038】
本発明は研究を通して、キニン又はその誘導体が血管性認知機能障害、脳卒中後認知機能障害、脳小血管病などの治療に使用できることを明らかにし、血管性認知機能障害、脳卒中後認知機能障害、及び脳小血管病の治療に新たな方法を提供している。
【図面の簡単な説明】
【0039】
【
図1a】
図1は、Lys-BKとその変異体が下流のERK1/2及びCREBタンパク質のリン酸化を活性化することを示す図である。その5つのシグナルの中で、β-actinは内部対照であり、p-は対応するタンパク質のリン酸化を表し、controlは緩衝液空白対照であり、Lys-BK-M06-EHはm06と血清と混合してインキュベートした後のサンプルである。
【
図1b】
図1は、Lys-BKとその変異体が下流のERK1/2及びCREBタンパク質のリン酸化を活性化することを示す図である。その5つのシグナルの中で、β-actinは内部対照であり、p-は対応するタンパク質のリン酸化を表し、controlは緩衝液空白対照であり、Lys-BK-M06-EHはm06と血清と混合してインキュベートした後のサンプルである。
【
図1c】
図1は、Lys-BKとその変異体が下流のERK1/2及びCREBタンパク質のリン酸化を活性化することを示す図である。その5つのシグナルの中で、β-actinは内部対照であり、p-は対応するタンパク質のリン酸化を表し、controlは緩衝液空白対照であり、Lys-BK-M06-EHはm06と血清と混合してインキュベートした後のサンプルである。
【
図1d】
図1は、Lys-BKとその変異体が下流のERK1/2及びCREBタンパク質のリン酸化を活性化することを示す図である。その5つのシグナルの中で、β-actinは内部対照であり、p-は対応するタンパク質のリン酸化を表し、controlは緩衝液空白対照であり、Lys-BK-M06-EHはm06と血清と混合してインキュベートした後のサンプルである。
【
図2a】
図2は、Lys-BK及びその変異体のPEG複合体のB2受容体との親和性の測定結果を示す図である(レポーター遺伝子アッセイにより)。
【
図2b】
図2は、Lys-BK及びその変異体のPEG複合体のB2受容体との親和性の測定結果を示す図である(レポーター遺伝子アッセイにより)。
【
図3】
図3は、Lys-BK及びその変異体のPEG複合体が下流のERK1/2及びCREBタンパク質のリン酸化を活性化することを示す図である。その5つのシグナルの中で、β-actinは内部対照であり、p-は対応するタンパク質のリン酸化を表し、controlは緩衝液空白対照である。
【
図4】
図4は、13日目、ロータロッドテスト(Rotarod test)での落下するまでの時間に対する薬物の影響を示す図である。
【
図5】
図5は、26日目、ロータロッドテスト(Rotarod test)での落下するまでの時間に対する薬物の影響を示す図である。
【
図6】
図6は、20日目、ワイヤー・ハング・テスト(Wire hang test)での落下するまでの時間に対する薬物の影響を示す図である。
【
図7】
図7は、28日目、ワイヤー・ハング・テスト(Wire hang test)での落下するまでの時間に対する薬物の影響を示す図である。
【
図8】
図8は、29日目、Y字型迷路テストでの交替スコアに対する薬物の影響を示す図である。
【
図9】
図9は、44日目、Y字型迷路テストでの交替スコアに対する薬物の影響を示す図である。
【
図10】
図10は、48日目、モリス水迷路テストでプラットフォームへの到達潜時に対する薬物の影響を示す図である。
【
図11】
図11は、57日目、糖水嗜好性テスト(SPT)に対する薬物の影響を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0040】
特に明記しない限り、本発明における技術用語または略語は次の意味を持つ。
Lys-BK:野生型リシルブラジキニンであり、天然ヒトリシルブラジキニンのアミノ酸配列と一致し、そのアミノ酸配列はKRPPGFSPFRである。
【0041】
BK:野生型ブラジキニンであり、天然ヒトブラジキニンのアミノ酸配列と一致し、そのアミノ酸配列はRPPGFSPFRである。
【0042】
突然変異体:野生型のリシルブラジキニン又はブラジキニンをもとに一部のアミノ酸の置換、挿入又は欠失を行って得られた変異体である。
【0043】
誘導体:本発明の実施例で例示した各種突然変異体のみならず、本発明のLys-BK/BK突然変異体をもとにさらに改造して得られたペプチド、融合タンパク質(アルブミン融合、Fc融合などを含むが、これらに限定されない)、種々の形式の修飾体をも含む。
【0044】
ポリエチレングリコール:略称がPEGであり、通常、エチレンオキシドの重合により形成され、分岐型、直鎖型と多腕型がある。通常のポリエチレングリコールは両末端にヒドロキシ基があり、片末端をメチル基でブロックするとメトキシ・ポリエチレングリコール(mPEG)が得られる。
【0045】
ポリエチレングリコール修飾剤:略称がPEG修飾剤であり、官能基を持つポリエチレングリコール誘導体のことを指し、タンパク質とペプチドの薬物の修飾に用いられる活性化されたポリエチレングリコールである。本発明で使用するポリエチレングリコール修飾剤は、江蘇衆紅生物工程創薬研究院有限公司、又は北京鍵凱科技股▲ふん▼有限公司より購入している。特定の分子量であるPEG修飾剤の実際の分子量は、表示値の90%~110%であってよい。例えばPEG5Kの分子量は4.5kDa~5.5kDaであってよい。
【0046】
M-SPA-5K:分子量が約5kDaの直鎖型モノメトキシ・ポリエチレングリコール・スクシンイミジルプロピオネートであり、構造式は式(1)に示される通りである。式中、nは98~120の整数である。
【0047】
【0048】
M-SPA-2K:分子量が約2kDaの直鎖型モノメトキシ・ポリエチレングリコール・スクシンイミジルプロピオネートであり、構造式は式(1)に示される通りである。式中、nは37~45の整数である。
【0049】
M-SPA-10K:分子量が約10kDaの直鎖型モノメトキシ・ポリエチレングリコール・スクシンイミジルプロピオネートであり、構造式は式(1)に示される通りである。式中、nは200~245の整数である。
【0050】
M-SPA-20K:分子量が約20kDaの直鎖型モノメトキシ・ポリエチレングリコール・スクシンイミジルプロピオネートであり、構造式は式(1)に示される通りである。式中、nは405~495の整数である。
【0051】
M-SCM-5K:分子量が約5kDaの直鎖型モノメトキシ・ポリエチレングリコール・スクシンイミジルカルボキシメチレートであり、構造式は式(2)に示される通りである。式中、nは99~120の整数である。
【0052】
【0053】
M-SS-5K:分子量が約5kDaの直鎖型モノメトキシ・ポリエチレングリコール・スクシンイミジルサクシネートであり、構造式は式(3)に示される通りである。式中、nは98~119の整数である。
【0054】
【0055】
M-YNHS-10K:分子量が約10kDaの分岐型モノメトキシ・ポリエチレングリコール・スクシンイミジルカルボキシメチレートであり、構造式は式(4)に示される通りである。式中、nは98~120の整数である。
【0056】
【実施例】
【0057】
実施例1 リシルブラジキニン/ブラジキニンの変異体の設計と合成
リシルブラジキニン/ブラジキニンの配列及び生体内における可能な分解経路に基づいて、一連の変異体を設計した(表1-1)。主にリシルブラジキニン/ブラジキニンの配列中のアミノ酸を構造的に類似する天然アミノ酸又は非天然アミノ酸に置き換えた変異体(m01~m04、m07、m02はBKの変異体である)と、リシルブラジキニン/ブラジキニンの生物学的活性/機能を発揮する最小活性単位を同定するために設計した部分的に切断又は延長されたペプチド変異体(m05、m06、m08~m11)と、変異体の抗酸化力をさらに高めるためにシステインを導入した変異体(m13、m15、m16)と、ペプチドの安定性をさらに向上させるためにリシルブラジキニン/ブラジキニン単体を繋ぎ合わせた変異体(m12はLys-BKとBKと繋ぎ合わせたものであり、m14は二つのLys-BKを繋ぎ合わせた変異体である)と、N末端の延長が薬効に及ぼす影響を比較するためにペプチドm13を基に設計した変異体m15、m16である。ペプチドの純度はすべて>95%である。
【0058】
【0059】
実施例2 リシルブラジキニン/ブラジキニンとその変異体の安定性研究
リシルブラジキニン/ブラジキニンの安定性をin vitro血清系において評価した。2mg/mlのペプチドとSDラット血清を体積比85:15で混合し、37℃で30分、60分、90分、120分、180分と異なる期間のインキュベートを行った。3%のトリクロロ酢酸(上記のペプチド-血清混合系の50%の体積で)を加えて終止させ、血清中の基質による干渉も効果的に除去できた。さらに、UPLC-RP-UV214nm法に基づいて血清系におけるペプチドサンプルの分解をモニターすることによりペプチドサンプルの安定性を評価した。RP分析法:クロマトグラフィーカラムはProtein BEH C4 2.1x150mm、1.7μmで、カラム温度は30℃で、移動相A:0.1%TFA/H2O、移動相B:0.1%TFA/ACNで、グラジエント:0-5min,5%B;5-10min,5-40%B;10-30min,40-60%B;30-32min,60-100%B;32-35min,5%Bであった。
【0060】
【0061】
表2-1の結果は、野生型リシルブラジキニンと比較して本発明で設計した複数のペプチドの変異体が血清中でより優れた安定性を有することを示している。このことから、変異体はin vivoでの安定性と有効性において有利であることが示唆される。
【0062】
実施例3 リシルブラジキニン/ブラジキニンとその変異体のin vitroでの活性評価
一、レポータ遺伝子アッセイによるB2受容体への親和性評価
リシルブラジキニン/ブラジキニンは、B2受容体に結合して下流のシグナル経路を活性化することによりin vivoでの薬理作用を発揮する。CHO-K1宿主細胞へB2受容体レポーター遺伝子を安定的にトランスフェクションした細胞株B2-NFAT-CHO-K1を構築し、細胞ライブラリーの構築を完成した。これを用いて、リシルブラジキニン/ブラジキニン又はその変異体、及びそれらのPEG修飾体のB2受容体への結合活性をin vitroで測定と評価を行った。
【0063】
測定方法:細胞を5×104個/ウェルの密度で96ウェルプレートに敷き詰め、37℃、5% CO2下で16~20時間培養した。その後、濃度勾配をつけて希釈した標準品と試験品の溶液を加えた。5時間後に、Bio-Liteルシフェラーゼ酵素検出試薬を加え、化学発光強度を測定した。GraphPadでグラフを作成し、4パラメータ方程式曲線をフィッティングし、EC50値に基づいた相対的活性を算出した。B2受容体に対するペプチド変異体の相対的親和性を表3-1に示しており、変異体Lys-BKm11、Lys-BKm13、Lys-BKm15とLys-BKm16は野生型リシルブ
ラジキニンと比較して活性の増加を示した。
【0064】
【0065】
二、下流シグナル経路の主要な標的タンパク質に基づく活性分析
B2受容体を過剰発現するCHO-K1細胞B2-NFAT-CHO-K1をもとに、in vitroでLys-BK/BK又はその異なる変異体の投与によるB2Rの下流シグナルp-CREB、p-ERK1/2の変化をWB法で測定した。これを通して、被験物の活性の差異を比較した。細胞外シグナル調節キナーゼ(extracellular regulated protein kinases 1/2,ERK1/2)、環状アデノシン-リン酸エフェクター結合タンパク質(CAMP-response element binding protein,CREB)はともにB2Rが活性化した後で、下流で直接作用するシグナル分子である。脳卒中発症後に、CREBとERK1/2の活性化は虚血後の炎症反応やニューロン損傷の発生を防ぐことができるので、その発現レベルは被験物のB2R活性化能力をある程度反映するとともに、発揮した神経保護作用の効果も側面から反映する。
【0066】
対数増殖期のCHO-K1(B2R+)細胞を収集し、培地で3×106cells/mLに調製し、3×105個/ウェルで細胞培養プレートに接種した。細胞を37.0℃、5.0%CO2のCO2インキュベーターで24~48時間培養し、細胞密度が90%以上に増殖した時点で、細胞をPBSで洗浄した。ウェルごとに1mL 1μMのLys-BK/BK又はその変異体を加え、F12培地を対照群とした。細胞培養プレートを37.0℃、5.0%CO2のインキュベーター内で5分間インキュベートし、PBSで細胞培養プレートを洗浄した。タンパク質溶解液(RIPA、PMSF、ホスファターゼ阻害剤)を80μL/ウェルで加え、細胞溶解を加速するためにウェルの底をスクレーパーで前後に研磨した。細胞破片と溶解液を遠心チューブに移し、12,000rpm、10分間、4℃で遠心した。上清を吸い取って、5×Loading Bufferと4:1の体積比で均一に混合し、100℃の金属浴で10分間煮沸した。等量のタンパク質サンプルを10%SDS-PAGEにロードし、ゲルランニング、メンブレン転写、ブロッキング、抗体インキュベーション、発光同定などの操作を行った。
【0067】
Lys-BK/BK及びその変異体が下流シグナルを活性化する活性の測定結果を
図1に示しており、リシルブラジキニン(Lys-BK)は、下流のERK1/2とCREBタンパク質のリン酸化を活性化することができる。これは当該薬物の作用メカニズムと一
致している。下流のERK1/2とCREBタンパク質のリン酸化レベルを判定することを通して、サンプルのin vitroでの生物学的活性を定性的に評価した結果、変異体Lys-BKm05、Lys-BKm07は既に下流経路を活性化する活性を失っており、変異体LBKm01、m02、m06、m11、m12、m13、m14、m15、m16は全て下流経路を活性化する活性を示した。
【0068】
上記2つのin vitroでの活性評価結果から次のことが分かる:リシルブラジキニン/ブラジキニンはC末端を切断されると、B2Rに対する親和性と下流経路を活性化する活性を失う;N末端からリシンを欠失されることは、リシルブラジキニンのB2Rに対する親和性と下流経路を活性化する活性に影響しない;N末端から他のアミノ酸を欠失されることで、リシルブラジキニンはB2Rに対する親和性と下流経路を活性化する活性を失う;最小活性単位はRPPGFSPFRである;N末端の延長(m11)又はシステインの導入(m13)はB2Rに対する親和性を高めるのに有利である。
図1dに示すように、m12群、m13群、m14群のCREBタンパク質のリン酸化は、LBK群に比べて顕著に高く、m12、13、14はLBKに比べて、より優れたin vitro活性を持ち、より下流経路を活性化できることが明らかになった。
【0069】
実施例4 リシルブラジキニン/ブラジキニン及びその変異体のPEG複合体の作製
リシルブラジキニン/ブラジキニン及びその変異体のPEG修飾は、当該技術分野の公知の方法で行う。特定の変異体を特定のPEG修飾剤で修飾する場合、工程パラメータの一部に若干の変更があるが、当業者であれば限られた回数の実験によって修飾方法を最適化することができ、技術上問題がない。M-SPA-5Kによる野生型BKの修飾を例にして、その作製プロセスは以下の通りである:
【0070】
一、PEG複合体サンプルの作製
ペプチドサンプルをリン酸二水素ナトリウム/リン酸水素二ナトリウム緩衝液(pH7.0)で溶解し、最終濃度を10mg/mLに調製した。ペプチドとM-SPA-5Kとの質量比が1:7であるように、ペプチド溶液にPEGを加え、均一になるまでゆっくりと撹拌し、その後2~8℃の条件下で1時間反応させた。
【0071】
二、反応混合物の精製
第一段階精製のクロマトグラフィー条件は以下の通りである:
精製用充填剤はGE社のSuperdex75ミディアムを使用し、精製の移動相はpH7.0~7.5、20mM リン酸二水素ナトリウム/リン酸水素二ナトリウム緩衝液であった(0.2M NaClを含む)。
サンプルローディング:反応終了後の上記のペプチド-PEG修飾反応混合物を取って、直接にロードした。
溶出:サンプルローディングが終わった後で、クロマトグラフィーカラムを移動相で1.5カラムベッド以上の体積で洗浄し、UV214nmのトレンドに基づいて溶出サンプルを段階的に収集した。
【0072】
第二段階精製のクロマトグラフィー条件は以下の通りである:
C18逆相カラム分離精製法により、極性の違いで二つの物質の分離を達成した。この方法で、生成物の精製収率が80%以上に達するほか、遊離PEGも完全に除去できる。
【0073】
三、PEG複合体サンプルの純度分析
(1)HPLCによる純度分析
2020年版『中国薬典』の通則0512高速液体クロマトグラフィー法を参考に測定を行った。測定クロマトグラフィーのタイプはSEC(サイズ排除クロマトグラフィー)で、流動相は20mM PB7.0+10%IPAで、クロマトグラフィーカラムはTS
K G2000で、収集条件は214nmであった。
RP純度分析方法:クロマトグラフィーカラムはProtein BEH C4 2.1x150mm,1.7μmであり、移動相A:0.1%TFA/H2O、移動相B:0.1%TFA/ACNであった。
純度分析の結果が示すように、作製した一連のリシルブラジキニン変異体のPEG修飾体は生成物ピークが均一で、明らかな不純物ピークが見られず、純度が>95%であった。
【0074】
(2)SDS-PAGEによる純度分析
2020年版『中国薬典』の0541電気泳動法第五法のSDS-ポリアクリルアミドゲル電気泳動法に基づきサンプルの純度測定を行った。12.5%のSDS-PAGEを用いてサンプル測定を行った。
電気泳動の結果が示すように、作製した一連のリシルブラジキニン変異体のPEG修飾体はバンドが均一で、不純物バンドが見られず、純度が>95%であった。
なお、リシルブラジキニン/ブラジキニン及びその変異体は、N末端にしか理論的修飾可能部位がないため、そのPEG修飾体はすべてN末端の単一修飾を有する産物である。
【0075】
実施例5 リシルブラジキニン/ブラジキニン及びその変異体のPEG複合体のin vitroでの評価
一、安定性
リシルブラジキニン及びその変異体のPEG複合体の安定性は、in vitro血清系での安定性評価によって、in vivoでの安定性を間接的に評価した。評価方法は実施例2と同様である。リシルブラジキニン及びその変異体のPEG複合体はin vitro血清系での残存期間が全て6時間以上であり(表5-1)、その安定性が著しく向上した。同一分子量のPEGの場合、分岐型複合体Lys-BKm01-YNHS10Kの安定性は直鎖型複合体Lys-BKm01-SPA10Kよりも優れている。
【0076】
【0077】
二、in vitroでの活性
リシルブラジキニン及びその変異体のPEG複合体に対して、B2受容体への親和性及び下流シグナル経路活性化の活性をin vitroで評価した。評価方法は実施例3と同様である。リシルブラジキニン及びその変異体は、PEGで修飾された後もB2受容体に対する親和性を有しており(
図2a、2b)、またB2受容体の下流シグナル経路の主要タンパク質のリン酸化を活性化することができる(
図3)。異なる構造タイプと異なる分子量のPEG修飾剤による複合体は、全てB2受容体への結合活性をよく保持している。PEG修飾剤には、分子量2Kから20K、直鎖型又は分岐型、及び異なる構造(SPA、SCM、SSなど)のPEG修飾剤が含まれた。評価の結果から分かるように、同じ
分子量では直鎖型PEG複合体の方は分岐型PEG複合体よりも活性が高い。これは分子量10Kと20Kの2種類のPEGで示されている。
図2aに示すように、Lys-BKm01-SPA10KとLys-BKm01-YNHS10KのEC
50値はそれぞれ90.8μg/ml、346.6μg/mlであり、直鎖型PEG複合体の活性は分岐型PEG複合体の活性より4倍近く高かった。また、同じ構造タイプのPEGでは、分子量2K、5K、10K、20Kの4種類のPEGの中で、2Kと10KのPEGの複合体の方は比較的に活性が高かった。
【0078】
リシルブラジキニン及びその変異体のPEG複合体による下流シグナル経路の活性化を評価した結果(
図5)、PEGで修飾された後もペプチドはB2受容体の下流シグナルであるERK1/2和CREBのリン酸化を活性化する活性を保持している。Lys-BKペプチドと比較して、上記の活性(特にERK1/2リン酸化を活性化する活性)がある程度下がった。同じSPA5K-PEG修飾剤で修飾される場合、異なるペプチド変異体の中でLys-BKm13-SPA5Kは活性が最も高かった。同じペプチド変異体Lys-BKm01をPEGで修飾するの場合、分子量2Kと10KのPEGによる複合体の活性が最も高く、さらに直鎖型PEGの複合体Lys-BKm01-SPA10Kの活性は分岐型PEGの複合体Lys-BKm01-YNHS10Kより高かった。
【0079】
要するに、リシルブラジキニン及びその変異体のPEG複合体は安定性が顕著向上したとともに、PEGと複合された後もB2受容体への親和性及び下流シグナル経路活性化の活性をよく保持している。
【0080】
実施例6 BCASマウスモデルにおけるBK-PEGの薬効作用の比較(BKは野生型BK、PEGはSPA5K)
マウスの両側総頸動脈狭窄(Bilateral common carotid artery stenosis,BCAS)脳小血管虚血損傷モデルを用いて、静脈注射でBK-PEGを数回投与し(5mg/kg,BKは野生型リシルブラジキニン、PEGはSPA5K)、BK-PEGの反復投与による脳小血管虚血損傷に対する保護効果を観察して比較した。
【0081】
一、群分けと実験設計
両側総頸動脈スプリング狭窄術を行ってマウスの両側総頸動脈狭窄(Bilateral common carotid artery stenosis、BCAS)脳小血管虚血損傷モデルを作製した。
【0082】
BCAS脳小血管損傷モデルの作製:BCAS脳小血管虚血損傷モデルの作製によって、マウスの前脳を持続的に慢性虚血させた。イソフルランでマウスを麻酔した。まずは、マウスを麻酔器の導入麻酔ボックスに入れ、マウスへ麻酔の導入を行った。その後、マウスを仰向けに固定し呼吸用マスクと接続し、皮膚を剃毛、消毒し、頸部正中部を切開し、両側総頸動脈を分離した。特注のスプリングで(スプリングの材質:輸入品のピアノ線、寸法:線径0.08mm、内径0.18mm、ピッチ:約0.5mm、全長:2.5mm)、両側総頸動脈を狭窄させ血流の大部分を遮断することによって、脳への血液供給を減少させ、脳全体を持続的な慢性虚血の状態にした。頸部の皮膚を縫合し、マウスをケージに戻して飼育した。
【0083】
計3群、即ち偽手術群(SHAM群)、モデル対照群(BCAS群)、薬物候補群(BK-PEG群)を設定した。
【0084】
BCAS術後3日目に群分けと投与を行った。BCAS群とSHAM群は週2回で同じ体積の生理食塩水を尾静脈より注射した。BK-PEG群(5mg/kg)は週2回で尾
静脈注射より計7週間の投与を行った。
【0085】
術後13日目、26日目に、ロータロッド・テスト(Rotarod test)を行ってマウスの協調運動機能を評価した。マウスをマウス用ロータロッド(直径30mm×長さ60mm)の上に回転方向と反対の方向に乗せた。ロッドを回転させ、20rpm/minから40rpm/minに一様に加速し、その後は速度を維持した。マウスがロータロッド上に滞在する時間(即ち、マウスがロッドから落下するまでの時間)を指標として記録した。各マウスは、20~30分の間隔で3~5回のテストを行った。記録値の平均値をマウスの落下するまでの時間とし、落下するまでの時間が長いほど協調運動機能が高いことを示す。
【0086】
術後20日目、28日目に、ワイヤー・ハング・テストを行ってマウスの前肢筋肉強度の損傷状況を評価した。マウスの前肢をワイヤー(直径1.5mm×長さ60cm)に吊り下げ、マウスがワイヤーに吊り下げる時間(即ち、マウスがワイヤーから落下するまでの時間)を指標として記録した。各マウスは、20~30分の間隔で3~5回のテストを行った。記録値の平均値をマウスの落下するまでの時間とし、落下するまでの時間が長いほど筋肉の損傷が少ないことを示す。
【0087】
術後29日目、44日目に、Y字型迷路テスト(Y Maze test)を行ってマウスのワーキング・メモリーの損傷状況を評価した。Y字型迷路は、3本の同じのアームが120°の角度で接続されたY字型のテスト装置であり、各アームの長さが30cmで、幅が8cmで、高さが15cmである。これはげっ歯類動物の新しい環境に対する探索本能を利用した学習や記憶などを評価する実験的研究装置である。マウスをY字型迷路に置き、自由に行動させ、7分間にわたってマウスが各アームに進入(4本の足がすべてアームに進入すること)した順を記録する。各アームに進入した総回数をアーム進入回数と定義し、連続して異なるアームに進入した回数を交替行動回数と定義し、交替スコアをY字型迷路テストの評価指標とした。
交替スコア=[交替行動回数/(アーム進入回数-2)]*100
試験中にアームに進入した回数が8回未満の動物を除外した(そのデータは精確に変化を反映できないため)。交替スコアが高いほどワーキング・メモリの損傷が少ないことを示す。
【0088】
術後48日目に、モリス水迷路テスト(Morris maze)を行ってマウスの空間学習・記憶の損傷状況を評価した。計5回のテストを行った。モリス水迷路の水温を23±2℃に維持し、水に入る4つの位置を示すようにプールの壁に「東」「南」「西」「北」と書いてある。プールを4等分して、4つの象限(E、S、W、N)とする。水迷路の上部にディスプレイシステム付きのビデオカメラを設置し、マウスの行動軌跡を同期して記録する。マウスにプラットフォームの位置を特定させるために、訓練期間中、水迷路の外の参照物を変えないようにする。プラットフォームへの到達潜時(マウスが水に入ってからプラットフォームに到達するまでの時間)を測定指標として、プラットフォームへの到達潜時が短いほど空間学習・記憶の損傷が少ないことを示す。
【0089】
術後57日目に、糖水嗜好性テスト(SPT)を行ってマウスの抑うつ行為を評価した。糖水嗜好性は快感が消失したかどうかを反映する評価指標であり、無快感とは奨励からの刺激に興味がなくなることであり、無快感症状は感情障害(抑うつ病を含む)の現われとされる。1%糖水と飲用水の摂取状況によって、マウスの抑うつ状況を判定し、糖水の摂取量が糖水と飲用水との総量に占める割合をマウスの抑うつの指標とし、糖水嗜好スコアが高いほど抑うつの程度が低いことを示す。
【0090】
二、結果
BCAS群とSHAM群との比較では、両群の間にロータロッド・テスト、ワイヤ・ハング・テスト、Y字型迷路テスト、モリス水迷路テスト、糖水嗜好性テストの結果において統計学的に顕著な差が認められた。これはBCASモデルの作製によって動物の運動協調性、前肢筋肉強度、ワーキング・メモリー及び空間学習・記憶が損傷され、抑うつ行為が誘発されたことを示した。投与群とBCASモデル群との比較では、BK-PEG群は上記の各試験において全て統計学的に顕著な改善が認められた。このことから、この薬物はBCASモデル作製による動物の運動協調性、前肢筋肉強度、ワーキング・メモリー及び空間学習・記憶の障害を顕著に改善し、BCASモデル作製による抑うつ行為を軽減することができる。BCASモデルは血管性認知障害および脳小血管病の研究においてよく受け入れられている実験動物モデルである。したがって、試験薬は血管性認知機能障害、脳卒中後認知機能障害、脳小血管病の治療に使用できる。詳しい結果を
図4~11、表6-1~6-5にまとめた。
【0091】
【0092】
【0093】
【0094】
【0095】
【0096】
実施例7 BCASマウスモデルにおけるBK-PEGの薬効作用の比較(BKはm11、PEGはSPA5K)
マウスの両側総頸動脈狭窄(Bilateral common carotid artery stenosis,BCAS)脳小血管虚血損傷モデルを用いて、静脈注射でBK-PEGを数回投与し(5mg/kg,BKはm11、PEGはSPA5K)、BK-PEGの反復投与による脳小血管虚血損傷に対する保護効果を観察して比較した。
【0097】
一、群分けと実験設計
両側総頸動脈スプリング狭窄術を行ってマウスの両側総頸動脈狭窄(Bilateral common carotid artery stenosis、BCAS)脳小血管虚血損傷モデルを作製した。BCAS脳小血管損傷モデルの作製方法は実施例6と同じである。
【0098】
計2群、即ちモデル群(BCAS群)、BK-PEG(5mg/kg)群を設定した。
BCAS術後7日目に群分けと投与を行った。モデル群(BCAS群)は週2回で同じ体積の生理食塩水を尾静脈より注射した。BK-PEG群は週2回で尾静脈注射より計6週間の投与を行った。
投与後6週目に、ロータロッド・テスト(Rotarod test)を行ってマウスの協調運動機能を評価した。投与終了1週間後に、モリス水迷路テスト(Morris maze)を行ってマウスの空間学習・記憶の損傷状況を評価した。
【0099】
二、結果
BK-PEG群はモデル群(BCAS群)と比較して、ロータロッド・テストの結果において改善の傾向を示し、モリス水迷路テストの結果において統計学的に顕著な差が認められた。これは、この薬物がBCASモデル作製による動物の運動協調性と、空間学習・記憶の障害を改善できることを示した。BCASモデルは血管性認知障害および脳小血管病の研究においてよく受け入れられている実験動物モデルである。したがって、試験薬は血管性認知機能障害、脳卒中後認知機能障害、脳小血管病の治療に使用できると考えられる。詳しい結果を表10-11にまとめた。
【0100】
【0101】
【0102】
実施例8 BCASマウスモデルにおけるBK-PEGの薬効作用の比較(BKはm13、PEGはSPA2K)
マウスの両側総頸動脈狭窄(Bilateral common carotid artery stenosis,BCAS)脳小血管虚血損傷モデルを用いて、皮下注射でBK-PEGを数回投与し(15mg/kg,BKはm13、PEGはSPA2K)、BK-PEGの反復投与による脳小血管虚血損傷に対する保護効果を観察して比較した。
【0103】
一、群分けと実験設計
両側総頸動脈スプリング狭窄術を行ってマウスの両側総頸動脈狭窄(Bilateral common carotid artery stenosis、BCAS)脳小血管虚血損傷モデルを作製した。BCAS脳小血管損傷モデルの作製方法は実施例6と同じである。
【0104】
計2群、即ちモデル群(BCAS群)、BK-PEG(15mg/kg)群を設定した。
BCAS術後7日目に群分けと投与を行った。モデル群(BCAS群)は週2回で同じ体積の生理食塩水を皮下注射より注射した。BK-PEG群は週2回で皮下注射より計8週間の投与を行った。
投与後8週目に、ロータロッド・テスト(Rotarod test)を行ってマウスの協調運動機能を評価した。投与終了1週間後に、モリス水迷路テスト(Morris maze)を行ってマウスの空間学習・記憶の損傷状況を評価した。
【0105】
二、結果
BK-PEG群はモデル群(BCAS群)と比較して、ロータロッド・テストの結果において改善の傾向を示し、モリス水迷路テストの結果において統計学的に顕著な差が認められた。これは、この薬物がBCASモデル作製による動物の運動協調性と、空間学習・記憶の障害を改善できることを示した。BCASモデルは血管性認知障害および脳小血管病の研究においてよく受け入れられている実験動物モデルである。したがって、試験薬は血管性認知機能障害、脳卒中後認知機能障害、脳小血管病の治療に使用できると考えられる。詳しい結果を表12-13にまとめた。
【0106】
【0107】
【0108】
実施例6~8では、血管性認知機能障害、脳小血管病の研究においてよく受け入れられているBCASモデルという実験動物モデルを使用した。実施例で用いられた試験薬はブラジキニン受容体への親和性および下流のシグナル経路活性化の活性をよく保持しているブラジキニンであり、BCASモデルマウスに投与された後は、動物の損傷した協調運動機能、前肢の損傷した筋肉強度、ワーキング・メモリー、空間学習・記憶機能および抑うつ行為の改善が認められた。
【0109】
実施例6~8の試験薬以外に、ブラジキニン受容体への親和性および下流シグナル経路活性化の活性をよく保持する他のブラジキニン誘導体(例えば、Lys-BKm01、m02、m06、m12、m14、他の適切なPEG複合体)をBCASモデルマウスに投与した場合、同様の効果が観察された。すなわち、BCASモデルマウスの損傷した協調運動機能、前肢の損傷した筋肉強度、ワーキング・メモリー、空間学習・記憶機能および抑うつ行為の改善を認められた。それとは逆に、ブラジキニン受容体への親和性および下流シグナル経路活性化の活性を比較的に多く失ったブラジキニン誘導体(例えば、Lys-BKm05、m07などのPEG複合体)を投与した場合は、いずれも同様の効果が観察されなかった。
【0110】
要するに、受容体への親和性および下流シグナル経路活性化の活性をよく保持するブラジキニン誘導体は、すべて血管性認知機能障害、脳卒中後認知機能障害、脳小血管病の治療に用いることができる。
【0111】
なお、ペプチド薬物は一般に生体内での安定性が悪く、半減期が短いという問題がある。リシルブラジキニンとブラジキニンは通常のペプチドよりさらに不安定で、半減期は数秒程度であり、外因的に投与されたキニンは生体内でキニナーゼにより速くも加水分解されて失活してしまいから、ドラッガビリティがない。したがって、長時間作用型のリシルブラジキニンとブラジキニンのみがドラッガビリティを有する。実施例において例示された長時間作用化方法はすべてPEGによる複合化であるが、リシルブラジキニン及びブラジキニンを長時間作用型にすることは本発明において解決しようとする主要な課題ではなく、具体的な実施例で用いたPEG複合化技術は例示を目的とするものであり、本発明の長時間作用化方法を限定するものではない。当業者は、受容体への親和性と下流のシグナル経路活性化の活性をよく保持するリシルブラジキニン/ブラジキニンの誘導体が、ほか
の方法で長時間作用されても、BCASモデルマウスの損傷した機能を改善し、血管性認知機能障害、脳卒中後認知機能障害、および脳小血管病の治療に使用され得ると予想できる。
【0112】
さらに、実施例は、リシルブラジキニン又はブラジキニン及び種々の変異体のPEG修飾体の安定性、in vitroでの活性、in vivoでの薬効を例証しており、全て良好な安定性を示し、またin vitroでの活性を保持するリシルブラジキニン又はブラジキニンの変異体がPEGで修飾された後は全てリシルブラジキニン又はブラジキニンの半減期が延長され、同時にそのin vivo生物学的活性を発揮することができる。一方、in vitro活性を保持していない他のリシルブラジキニン又はブラジキニンの変異体はPEGで修飾された後、又はこれらのリシルブラジキニン又はブラジキニンの変異体自体(PEGで修飾されていない)は、全てin vivo薬効を示さなかった。従って当業者は、実施例で例示した特定のリシルブラジキニン又はブラジキニンの変異体に限定されることなく、受容体に対する結合活性を保持している他のリシルブラジキニン又はブラジキニンの誘導体であれば、長時間作用化された後は、全てリシルブラジキニン又はブラジキニンの半減期が延長され、同時にin vivoにおける生物活性の発揮することができ、またBCASモデルマウスの損傷した機能を改善し、血管性認知機能障害、脳卒中後認知機能障害、および脳小血管病の治療に使用され得ると合理的に予想することができる。
【配列表】
【手続補正書】
【提出日】2024-09-30
【手続補正1】
【補正対象書類名】特許請求の範囲
【補正対象項目名】全文
【補正方法】変更
【補正の内容】
【特許請求の範囲】
【請求項1】
血管性認知機能障害を治療または改善する薬物の製造におけるキニン又はその誘導体の使用。
【請求項2】
血管性認知機能障害を治療または改善するための薬物組成物であって、キニン又はその誘導体を含むことを特徴とする、薬物組成物。
【請求項3】
脳卒中後認知機能障害を治療または改善する薬物の製造におけるキニン又はその誘導体の使用。
【請求項4】
脳卒中後認知機能障害を治療または改善するための薬物組成物であって、キニン又はその誘導体を含むことを特徴とする、薬物組成物。
【請求項5】
血管病変を伴うアルツハイマー病を治療または改善する薬物の製造におけるキニン又はその誘導体の使用。
【請求項6】
血管病変を伴うアルツハイマー病を治療または改善するための薬物組成物であって、キニン又はその誘導体を含むことを特徴とする、薬物組成物。
【請求項7】
脳小血管病を治療または改善する薬物の製造におけるキニン又はその誘導体の使用。
【請求項8】
脳小血管病を治療または改善するための薬物組成物であって、キニン又はその誘導体を含むことを特徴とする、薬物組成物。
【請求項9】
前記キニンは、ブラジキニン又はリシルブラジキニンであることを特徴とする、
請求項1、3、5、又は7に記載の使用。
【請求項10】
前記キニンは、ブラジキニン又はリシルブラジキニンであることを特徴とする、請求項2、4、6、又は8に記載の薬物組成物。
【請求項11】
前記キニン誘導体は、長時間作用型のキニンであることを特徴とする、
請求項1、3、5、又は7に記載の使用。
【請求項12】
前記キニン誘導体は、長時間作用型のキニンであることを特徴とする、請求項2、4、6、又は8に記載の薬物組成物。
【請求項13】
前記キニン誘導体は、キニンのポリエチレングリコール修飾体であり、
用いたPEG修飾剤がSPA、SCM、又はSSの修飾剤で、直鎖型又は分岐型のPEG修飾剤であることを特徴とする、
請求項11に記載の使用。
【請求項14】
前記キニン誘導体は、キニンのポリエチレングリコール修飾体であり、
用いたPEG修飾剤がSPA、SCM、又はSSの修飾剤で、直鎖型又は分岐型のPEG修飾剤であることを特徴とする、請求項12に記載の薬物組成物。
【請求項15】
前記キニン誘導体は、キニンの突然変異体であり、
リシルブラジキニン又はブラジキニンのアミノ酸配列中の任意の位置にシステインを導入し、
及び/又はリシルブラジキニンのN末端の1位と2位のアミノ酸残基との間に任意のアミノ酸を挿入し、
及び/又はブラジキニンのN末端の1位のアミノ酸残基の前に任意のアミノ酸を挿入し、
及び/又は2個あるいは2個以上のリシルブラジキニン単体を、又は2個あるいは2個以上のブラジキニン単体を、又はリシルブラジキニン単体とブラジキニン単体を繋ぎ合わせ、
及び/又はリシルブラジキニンの6位のPhe又はブラジキニンの5位のPheを他のアミノ酸に突然変異したことを特徴とする、
請求項11に記載の使用。
【請求項16】
前記キニン誘導体は、キニンの突然変異体であり、
リシルブラジキニン又はブラジキニンのアミノ酸配列中の任意の位置にシステインを導入し、
及び/又はリシルブラジキニンのN末端の1位と2位のアミノ酸残基との間に任意のアミノ酸を挿入し、
及び/又はブラジキニンのN末端の1位のアミノ酸残基の前に任意のアミノ酸を挿入し、
及び/又は2個あるいは2個以上のリシルブラジキニン単体を、又は2個あるいは2個以上のブラジキニン単体を、又はリシルブラジキニン単体とブラジキニン単体を繋ぎ合わせ、
及び/又はリシルブラジキニンの6位のPhe又はブラジキニンの5位のPheを他のアミノ酸に突然変異したことを特徴とする、請求項12に記載の薬物組成物。
【請求項17】
前記キニン誘導体は、融合タンパク質であり、キニンとFc断片と融合するか、又はキニンとヒト血清アルブミンと融合することを特徴とする、
請求項11に記載の使用。
【請求項18】
前記キニン誘導体は、融合タンパク質であり、キニンとFc断片と融合するか、又はキニンとヒト血清アルブミンと融合することを特徴とする、請求項12に記載の薬物組成物。
【請求項19】
前記キニン誘導体は、脂肪酸付加のキニン、又は長時間作用型製剤のキニンであることを特徴とする、
請求項11に記載の使用。
【請求項20】
前記キニン誘導体は、脂肪酸付加のキニン、又は長時間作用型製剤のキニンであることを特徴とする、請求項12に記載の薬物組成物。
【国際調査報告】