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特表2025-504839乳腺上皮細胞用の培養培地及び培養方法、並びに乳腺上皮細胞の使用
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  • 特表-乳腺上皮細胞用の培養培地及び培養方法、並びに乳腺上皮細胞の使用 図1-1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公表特許公報(A)
(11)【公表番号】
(43)【公表日】2025-02-19
(54)【発明の名称】乳腺上皮細胞用の培養培地及び培養方法、並びに乳腺上皮細胞の使用
(51)【国際特許分類】
   C12N 1/00 20060101AFI20250212BHJP
   C12N 5/071 20100101ALI20250212BHJP
   C12Q 1/02 20060101ALI20250212BHJP
   G01N 33/48 20060101ALI20250212BHJP
   C07K 14/525 20060101ALN20250212BHJP
   C07K 14/65 20060101ALN20250212BHJP
   C07K 14/62 20060101ALN20250212BHJP
   C12M 3/00 20060101ALN20250212BHJP
【FI】
C12N1/00 G
C12N5/071
C12Q1/02
G01N33/48 M
C07K14/525
C07K14/65
C07K14/62
C12M3/00 A
【審査請求】有
【予備審査請求】未請求
(21)【出願番号】P 2024542920
(86)(22)【出願日】2022-02-09
(85)【翻訳文提出日】2024-09-13
(86)【国際出願番号】 CN2022075575
(87)【国際公開番号】W WO2023137804
(87)【国際公開日】2023-07-27
(31)【優先権主張番号】202210058996.6
(32)【優先日】2022-01-19
(33)【優先権主張国・地域又は機関】CN
(81)【指定国・地域】
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.TWEEN
(71)【出願人】
【識別番号】522178669
【氏名又は名称】合肥中科普瑞昇生物医▲薬▼科技有限公司
(74)【代理人】
【識別番号】110003845
【氏名又は名称】弁理士法人籾井特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】▲劉▼ 青松
(72)【発明者】
【氏名】▲劉▼ ▲飛▼▲揚▼
(72)【発明者】
【氏名】▲張▼ 杰
(72)【発明者】
【氏名】▲陳▼ 程
(72)【発明者】
【氏名】王 文超
【テーマコード(参考)】
2G045
4B029
4B063
4B065
4H045
【Fターム(参考)】
2G045AA24
2G045AA25
2G045BB20
2G045CB01
2G045DA36
2G045FA16
2G045FB03
2G045FB12
4B029AA01
4B029AA02
4B029BB11
4B029CC02
4B029GB09
4B063QA20
4B063QQ08
4B063QR41
4B063QR77
4B063QX02
4B065AA90X
4B065AA90Y
4B065BB19
4B065BC46
4B065CA44
4B065CA46
4H045AA10
4H045AA30
4H045BA09
4H045CA40
4H045DA14
4H045DA37
4H045DA38
4H045EA20
4H045EA50
(57)【要約】
β-エストラジオール、インスリン様増殖因子1、塩基性線維芽細胞増殖因子、腫瘍壊死因子-α、及び任意選択で線維芽細胞増殖因子10を含有する、乳腺上皮細胞を培養するための培養培地。当該培養培地を使用して乳腺上皮細胞を培養する方法、並びに、薬物の有効性の評価又は薬物のスクリーニングにおける方法及び当該培養方法を使用して得られた細胞の使用。
【選択図】なし

【特許請求の範囲】
【請求項1】
乳腺上皮細胞を培養するための培養培地であって、
β-エストラジオール、インスリン様増殖因子1、塩基性線維芽細胞増殖因子、腫瘍壊死因子-α、及び任意選択で線維芽細胞増殖因子10を含むことを特徴とする、培養培地。
【請求項2】
前記培養培地中の各成分の量に関して、以下の条件:
β-エストラジオールの濃度が5nM~50nMであること、
インスリン様増殖因子1の濃度が10ng/ml~200ng/mlであること、
塩基性線維芽細胞増殖因子の濃度が10ng/ml~200ng/mlであること、
腫瘍壊死因子-αの濃度が2ng/ml~100ng/mlであること、
のうちのいずれか1つ以上又は全てを満たすことを特徴とする、請求項1に記載の培養培地。
【請求項3】
前記培養培地中の各成分の量に関して、以下の条件:
β-エストラジオールの濃度が5nM~10nMであること、
インスリン様増殖因子1の濃度が20ng/ml~100ng/mlであること、
塩基性線維芽細胞増殖因子の濃度が20ng/ml~100ng/mlであること、
腫瘍壊死因子-αの濃度が5ng/ml~50ng/mlであること、
任意選択で添加される線維芽細胞増殖因子10の濃度が0ng/ml~50ng/mlであること、
のうちのいずれか1つ以上又は全てを満たすことを特徴とする、請求項1又は2に記載の培養培地。
【請求項4】
アンフィレグリン、上皮増殖因子、インスリン、B27、Y27632、ニューレグリン1、線維芽細胞増殖因子7、A8301、及びGlutaMAX-Iを更に含むことを特徴とする、請求項1~3のいずれか一項に記載の培養培地。
【請求項5】
前記培養培地中の各成分の量に関して、以下の条件:
アンフィレグリンの量が10ng/ml~100ng/mlであること、上皮増殖因子の量が2.5ng/ml~20ng/mlであること、インスリンの量が1μg/ml~10μg/mlであること、B27が1:25~1:100の体積比で添加されること、Y27632の量が5μM~15μMであること、ニューレグリン1の量が5nM~20nMであること、線維芽細胞増殖因子7の量が2.5ng/ml~20ng/mlであること、A8301の量が100nM~500nMであること、及びGlutaMAX-Iが1:50~1:200の体積比で添加されること、
のうちのいずれか1つ以上又は全てを満たすことを特徴とする、請求項4に記載の培養培地。
【請求項6】
DMEM/F12、DMEM、F12又はRPMI-1640からなる群から選択される初期培養培地、並びに、ストレプトマイシン/ペニシリン、アンホテリシンB及びPrimocinからなる群から選択される1種以上の抗生物質を更に含むことを特徴とする、請求項1~5のいずれか一項に記載の培養培地。
【請求項7】
乳腺上皮細胞を培養する培養方法であって、請求項1~6のいずれか一項に記載の培養培地を使用して初代乳腺上皮細胞を培養する工程を含むことを特徴とする、培養方法。
【請求項8】
以下の工程:
(1)請求項1~6のいずれか一項に記載の培養培地を調製する工程と、
(2)培養容器を細胞外マトリックスゲルでコーティングする工程と、
(3)コーティングされた培養容器に初代乳腺上皮細胞を接種し、工程(1)で調製された培養培地を使用して培養する工程と、
を含むことを特徴とする、請求項7に記載の培養方法。
【請求項9】
乳房疾患を治療するための薬物を評価又はスクリーニングする方法であって、以下の工程:
(1)初代乳腺上皮細胞を入手し、請求項7又は8に記載の培養方法を使用して培養する工程と、
(2)試験する薬物を選択し、異なる濃度勾配に調製する工程と、
(3)工程(2)で調製した異なる濃度の薬物を工程(1)で培養した乳腺上皮細胞に添加する工程と、
(4)細胞生存率を検出する工程と、
を含むことを特徴とする、方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、上皮細胞、特に乳腺上皮細胞をin vitro培養するための培養培地、及び当該細胞又は当該細胞を含むオルガノイドを培養する培養方法に関する。本発明は、本発明の培養培地及び培養方法によって培養された細胞後代又はオルガノイドの、薬物の有効性評価及びスクリーニング、毒性決定、並びに再生医療における使用にも関する。
【背景技術】
【0002】
ヒト乳腺上皮細胞のin vitro培養は、正常な乳房発達の機構、並びに乳房腫瘍の発生及び進行を研究するために極めて重要である。しかし、ヒト乳腺上皮細胞の持続可能な培養の実現に関しては依然として多くの課題が存在する。現在のところ、ヒト乳腺上皮細胞のin vitro培養に使用することができる再生技術が2つ報告されている。1つは、米国のジョージタウン大学(Georgetown University)で開発された条件付き再プログラミング技術であり、もう1つは、オランダ王立芸術科学アカデミー(Royal Netherlands Academy of Arts and Sciences)で開発されたオルガノイド技術である。しかし、これらの2つの技術の実用的な適用には或る特定の問題が存在する:条件付き再プログラミング技術においては、患者の自己腫瘍細胞をマウス由来フィーダー細胞と共培養する必要があり、そのことが腫瘍細胞の分析結果に干渉する恐れがある。オルガノイド技術で使用される培養培地は幹細胞ニッチ因子をコア成分とするものであるが、この培養技術には多量のニッチ因子が必要であり、費用が高く、また培養サイクルが長く、運用するのが難しい。したがって、これらの2つの技術はいずれも、実際には基礎研究及び新しい薬物の開発の分野での大規模な推進はなされていない。
【0003】
本発明者は、特許文献1において、管理可能な費用及び都合のよい運用で、フィーダー細胞を用いずに乳腺上皮細胞をin vitro培養するための培養培地及び培養方法を記載している。これは、in vitroにおける、フィーダー細胞並びに培養成分としてWntタンパク質及びR-スポンジンファミリーのタンパク質等のWntアゴニストを必要としない、乳腺上皮幹細胞のための最初の2次元培養システムである。この培養システムにおいては、in vitroにおいて乳腺上皮細胞の連続的な増殖を少なくとも1ヶ月維持することができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】国際公開第2021/088119号
【発明の概要】
【0005】
元の発明に基づいて、乳腺上皮細胞の培養物に腫瘍壊死因子等の添加剤を適用することにより、乳腺上皮細胞の連続的な増殖のより高速な促進効果を実現することができることが予想外に発見された。
本発明は、乳腺上皮細胞を培養するための培養培地及び培養方法を提供する。培養培地は、β-エストラジオール、インスリン様増殖因子1、塩基性線維芽細胞増殖因子、腫瘍壊死因子-α、及び任意選択で線維芽細胞増殖因子10を含む。
【0006】
本発明の実施の形態においては、本発明の培養培地中の各成分の量が、以下の条件:
β-エストラジオールの濃度が5nM~50nM、より好ましくは5nM~10nMであること、
インスリン様増殖因子1の濃度が10ng/ml~200ng/ml、より好ましくは20ng/ml~100ng/mlであること、
塩基性線維芽細胞増殖因子の濃度が10ng/ml~200ng/ml、より好ましくは20ng/ml~100ng/mlであること、
腫瘍壊死因子-αの濃度が2ng/ml~100ng/ml、より好ましくは5ng/ml~50ng/mlであること、及び、
任意選択で添加される線維芽細胞増殖因子10の濃度が0ng/ml~50ng/mlであること、
のうちのいずれか1つ以上又は全てを満たす。
【0007】
本発明の実施の形態においては、本発明の培養培地が、アンフィレグリン、上皮増殖因子、インスリン、B27、ROCK阻害剤Y27632、ニューレグリン1、線維芽細胞増殖因子7、TGFβ I型受容体阻害剤A8301、及びGlutaMAX-Iを更に含む。
【0008】
ここで、好ましい態様においては、アンフィレグリンの量は10ng/ml~100ng/mlであり、上皮増殖因子の量は2.5ng/ml~20ng/mlであり、インスリンの量は1μg/ml~10μg/mlであり、B27は1:25~1:100の体積比で添加され、Y27632の量は5μM~15μMであり、ニューレグリン1の量は5nM~20nMであり、線維芽細胞増殖因子7の量は2.5ng/ml~20ng/mlであり、A8301の量は100nM~500nMであり、GlutaMAX-Iは1:50~1:200の体積比で添加される。
【0009】
本発明の実施の形態においては、培養培地は、DMEM/F12、DMEM、F12又はRPMI-1640からなる群から選択される初期培養培地と、ストレプトマイシン/ペニシリン、アンホテリシンB及びPrimocinからなる群から選択される1種以上の抗生物質とを更に含む。
【0010】
好ましい実施の形態においては、抗生物質(複数の場合もある)としてストレプトマイシン/ペニシリンを使用する場合、ストレプトマイシンの濃度範囲は25μg/mL~400μg/mLであり、ペニシリンの濃度範囲は25U/mL~400U/mLである。抗生物質としてアンホテリシンBを使用する場合、濃度範囲は0.25μg/mL~4μg/mLである。抗生物質としてPrimocinを使用する場合、濃度範囲は25μg/mL~400μg/mLである。
【0011】
本発明の第2の態様は、乳腺上皮細胞用の培養方法であって、以下の工程:(1)本発明の乳腺上皮細胞用の培養培地を調製する工程と、(2)培養容器を細胞外マトリックスゲルでコーティングする工程と、(3)コーティングされた培養容器に初代乳腺上皮細胞を接種し、本発明の乳腺上皮細胞用の培養培地を使用して培養する工程とを含む、培養方法を提供する。
【0012】
ここで、培養方法に使用される細胞外マトリックスゲルは、低増殖因子型(growth factor reduced-type)細胞外マトリックスゲル、例えば、市販のマトリゲル(Corning:354230)又はBME(Trevigen:3533-010-02)である。より詳細には、細胞外マトリックスゲルを無血清培養培地で希釈し、当該培養培地は、本発明における初期培養培地、例えば、DMEM/F12(Corning:R10-092-CV)であってよい。細胞外マトリックスゲルの希釈比率は、1:20~1:400であり、1:50~1:200であることが好ましい。コーティング方法は、希釈した細胞外マトリックスゲルを、培養容器に、培養容器の底部が完全に覆われるように添加し、30分よりも長く、好ましくは37℃で、好ましくは30分~60分放置してコーティングするものである。コーティングの完了後、過剰な細胞外マトリックスゲル希釈物を吸引し廃棄すると、培養容器の使用準備が整う。
【0013】
ヒト乳腺上皮細胞は、乳癌腫瘍細胞、正常な乳腺上皮細胞、又は乳腺上皮幹細胞であってよい。例えば、上記の組織試料を、患者に対する外科的切除又は生検から30分以内に採取する。より詳細には、滅菌環境下で、壊死していない領域の組織試料を、0.5cm以上の体積で切り取り、予め冷却しておいた抗生物質含有DMEM/F12培養培地に入れ、氷冷して実験室に輸送する。例えば、50U/mL~200U/mL(例えば、100U/mL)のペニシリン及び50μg/mL~200μg/mL(例えば、100μg/mL)のストレプトマイシンを含有するDMEM/F12培養培地を氷冷輸送に使用する。
【0014】
バイオセーフティキャビネット内で、組織試料を細胞培養皿に移し、次いで、輸送用液ですすぐ。組織試料の表面上の血液細胞を洗い流し、組織試料の表面上の皮膚及び筋膜等の不必要な組織を取り除く。
【0015】
すすいだ組織試料を別の新しい培養皿に移し、輸送用液5mL~25mLを添加する。組織試料を、滅菌メス刃及びピンセットを使用して直径1mm未満の組織切片に分割する。
【0016】
組織試料切片を遠心管に移し、卓上遠心分離機で、1000rpm以上で3分間~10分間遠心分離する。ピペッターを用いて遠心管から上清を慎重に除去した後、沈殿物を、コラゲナーゼII(0.5mg/mL~5mg/mL、例えば1mg/mL)及びコラゲナーゼIV(0.5mg/mL~5mg/mL、例えば1mg/mL)を含有する無血清DMEM/F12培養培地5mL~25mLに再懸濁させ、37℃の恒温振盪機に入れ、少なくとも30分間振盪消化を行い(消化時間は試料サイズに依存する;試料が1gを超える場合、消化時間を1.5時間~2時間に延長する)、次いで、卓上遠心分離機で、300g/分以上で3分間~10分間遠心分離する。上清を廃棄し、消化された組織細胞を、例えば10%ウシ胎仔血清を含有するDMEM/F12培養培地5mL~25mLに再懸濁させ、すりつぶし、例えば孔径100μmの細胞篩で篩にかける。篩にかけた細胞懸濁液を収集して遠心管に入れる。血球計算器を用いて細胞を計数する。
【0017】
次いで、細胞懸濁液を、遠心分離機で、少なくとも300g/分で3分間~10分間遠心分離する。上清を廃棄し、ペレットを本発明の培養培地に再懸濁させ、次いで、培養のために、コーティングされた培養容器にウェル当たり細胞1×10個~1×10個の密度で接種する。
【0018】
本発明の第3の態様は、乳房疾患を治療するための薬物を評価又はスクリーニングする方法であって、本発明の培養培地及び培養方法を使用して、拡大した子孫乳腺上皮細胞を得ることと、得られた細胞を薬物の有効性評価及びスクリーニング、特に、抗腫瘍薬のin vitro有効性評価及びスクリーニングに適用することとを含む、方法を提供する。
【0019】
好ましくは、乳房疾患を治療するための薬物を評価又はスクリーニングする方法は、以下の工程:
(1)初代乳腺上皮細胞を入手し、本発明の培養方法を使用して培養する工程と、
(2)試験する薬物を選択し、異なる濃度勾配に調製する工程と、
(3)工程(2)で調製した異なる濃度の薬物を工程(1)で培養した乳腺上皮細胞に添加する工程と、
(4)細胞生存率を検出する工程と、
を含む。
【0020】
本発明の有益な効果として、以下が挙げられる:
(1)短期間で乳腺上皮細胞の迅速な拡大が実現され、基礎研究及び薬物スクリーニングへの適用に効果的な時間内で十分な数の細胞を得ることができること、
(2)本発明の培養培地及び培養方法を使用したin vitro培養によって得られた乳腺上皮細胞は、細胞が由来する患者での不均一性を維持し得て、再生医療の分野に適用することができること、
(3)培養された乳腺上皮細胞は、線維芽細胞等の細胞に干渉されず、精製された乳腺上皮細胞及びそれらの後代を得ることができること、
(4)培養培地は、血清等のいかなる不確実な成分も含有せず、したがって、異なるバッチからの血清の品質及び量の影響を受けないこと、並びに、
(5)当該技術においては、乳腺上皮細胞を培養するためにR-スポンジン及びWntファミリー成分等の費用のかかる幹細胞ニッチ因子を添加する必要がなく、また、特許文献1に開示されている培養培地と比較して、本発明の培養培地においては、多数の単層上皮細胞をより急速に得ることができ、拡大して同じ細胞数を得るサイクルがより短く、これらは、薬物の有効性評価、スクリーニング及び毒性試験、例えば、新規の候補化合物のハイスループットスクリーニングの分野への適用に適しており、患者に対するin vitroハイスループット薬物感受性機能試験がもたらされること。
【0021】
ヒト若しくは他の哺乳動物に由来する乳腺上皮細胞、又はこれらの細胞の少なくともいずれか1つを含有する組織を培養して、拡大された、対応する乳腺上皮細胞後代を得るために、本実施の形態の培養培地を使用することができる。
【0022】
さらに、本実の施形態の培養方法によって得られた細胞を、再生医療、毒性試験、乳腺上皮細胞に関する基礎医学研究、薬物応答のスクリーニング、薬物のin vitro代謝安定性及び代謝プロファイルの決定、並びに乳房疾患に対する新規薬物の開発に適用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
図1-1】図1A-1Fは、培養培地中の異なる濃度の添加剤成分の、in vitroにおける初代乳腺上皮細胞の増殖に対する効果を示すグラフである。
図1-2】図1Gは、培養培地中の異なる濃度の添加剤成分の、in vitroにおける初代乳腺上皮細胞の増殖に対する効果を示すグラフである。
図2図2Aは、乳癌の臨床組織試料から単離された初代乳腺腫瘍細胞を、本発明の乳腺上皮細胞用の培養培地と対照培養培地を並行して使用して継代3代目まで培養し、次いで、14日間培養を継続することによって得た、初代乳腺上皮細胞の核の蛍光染色の結果を示す図である(100×顕微鏡下)。図2Bは、3例の異なる乳腺腫瘍患者に由来する初代細胞を、図2Aと同じ培養方法を使用して並行して培養することによって得た細胞の細胞核の蛍光標識(DAPI)及び統計解析の結果を示す図である。「***」はP<0.001を示す。
図3図3Aおよび3Bはそれぞれ、初代乳腺上皮細胞の一例に関する本発明の培養培地及び対照培養培地を使用した連続培養の効果を示す比較図および培養日数-集団倍加数の曲線グラフである。
図4図4Aおよび4Bはそれぞれ、初代乳腺上皮細胞の別の例に関する本発明の培養培地及び対照培養培地を使用した連続培養の効果を示す比較図および培養日数-集団倍加数の曲線グラフである。
図5】乳癌の臨床組織試料から単離された初代乳癌細胞を、本発明の乳腺上皮細胞用の培養培地と対照培養培地を並行して使用して継代3代目まで培養し、次いで、14日間培養を継続することによって得た乳腺上皮細胞の、DAPI蛍光標識、管腔上皮細胞に特異的なバイオマーカー(CK8)及び筋上皮細胞に特異的なバイオマーカー(CK14)を用いた免疫蛍光染色、並びにマルチチャンネル蛍光シグナルオーバーラップイメージング(MERGE)の結果を示す図である(100×顕微鏡下)。
図6図6A-6Fは、本発明の乳腺上皮細胞用の培養培地を用いて培養した乳腺腫瘍細胞に対する種々の薬物の用量-効果曲線である。
【発明を実施するための形態】
【0024】
実施例1
ヒト初代乳腺上皮細胞の単離及び乳腺上皮細胞に対する培養培地の最適化
【0025】
(1)ヒト初代乳腺上皮細胞の単離
試料の輸送及び洗浄用として、市販のペニシリン-ストレプトマイシン二重抗体溶液(Corning、10000U/mlのペニシリン及び10mg/mlのストレプトマイシンを含有するもの)をDMEM/F12培養培地(Corning社製造品)に2%の体積比で添加した。これを以下「輸送用液」と称する。
【0026】
乳腺腫瘍組織試料1#、2#、3#、4#、及び5#は、説明を受け同意した5例の乳腺腫瘍患者から外科的に取り出された癌組織試料に由来するものであった。これらの試料のうち1つ(1#)を以下の説明に使用する。上記の組織試料は患者からの外科的切除後30分以内に採取された。より詳細には、滅菌環境下で、壊死していない領域から体積が0.5cm以上の組織試料を切り取り、予め冷却した輸送用液に入れ、実験室に氷冷して輸送した。
【0027】
バイオセーフティキャビネット内で、組織試料(1#)を100mmの細胞培養皿に移した。組織試料を輸送用液ですすいだ。組織試料の表面上の血液細胞を洗い流した。組織試料の表面上の皮膚及び筋膜等の望ましくない組織を取り除いた。
【0028】
すすいだ組織試料を別の新しい100mmの培養皿に移し、輸送用液10mLを添加し、滅菌メス刃及びピンセットを使用して、組織試料を直径1mm未満の組織切片に分割した。
【0029】
組織試料切片を50mLの遠心管に移し、卓上遠心分離機を使用して1200rpmで5分間遠心分離した。ピペッターを用いて遠心管から上清を慎重に除去した後、沈殿物を、コラゲナーゼII(1mg/mL)(Sigma社製造品)及びコラゲナーゼIV(1mg/mL)(Sigma)を含有する無血清DMEM/F12培養培地10mLに再懸濁させ、37℃の恒温振盪機に入れて30分間~90分間振盪消化し、次いで、卓上遠心分離機で、350g/分で5分間遠心分離した。上清を廃棄し、消化された組織細胞を、10%ウシ胎仔血清(Gibco)を含有するDMEM/F12培養培地10mLに再懸濁させ、すりつぶし、篩にかけた。細胞篩の孔径は、例えば100μmであった。篩にかけた細胞懸濁液を収集して50mLの遠心管に入れた。血球計算器を用いて細胞を計数した。
【0030】
次いで、細胞懸濁液を、遠心分離機で、350g/分で5分間遠心分離した。上清を廃棄した後、ペレットを下記の基本培地に再懸濁させた。
【0031】
別の4例の乳腺腫瘍組織試料を上記と同じプロセスに従って単離した。
【0032】
(2)細胞培養プレートのコーティング
細胞外マトリックスゲル(マトリゲル、Corning社製造品)を、DMEM/F12を用いて1:50の比で希釈して、細胞外マトリックスゲル希釈液を調製した。250μl/ウェルの細胞外マトリックスゲル希釈液を、24ウェル培養プレートに、培養プレートウェルの底部が完全に覆われるように添加した。37℃のインキュベーターで1時間静置した後、細胞外マトリックスゲル希釈液を除去し、細胞外マトリックスゲルでコーティングされた培養プレートを得た。
【0033】
(3)初代乳腺上皮細胞の培養培地への添加因子のスクリーニング
まず、基本培養培地を特許文献1に基づいて調製した。市販のDMEM/F-12培養培地に、GlutaMAX-I(Thermo Fisher Scientific社製造品)を、説明マニュアルで指定されている濃度で添加し(1:100希釈)、ヒトインスリン(Sigma)を最終濃度10μg/mlで添加し、ROCK阻害剤Y27632(Sigma)を最終濃度10μMで添加し、ペニシリン-ストレプトマイシン(Thermo Fisher Scientific)を1:100希釈で添加し、ヒトアンフィレグリン(R&D Systems社製造品)を最終濃度20ng/mlで添加し、上皮増殖因子(EGF、Peprotech社製造品)を最終濃度10ng/mlで添加し、B27(Thermo Fisher Scientific)を1:50希釈で添加し、ヒトニューレグリン1(Peprotech)を最終濃度10nMで添加し、線維芽細胞増殖因子7(FGF7、R&D Systems)を最終濃度10ng/mlで添加し、TGFβ1阻害剤A8301(MCE社製造品)を最終濃度500nMで添加して、初代乳腺上皮細胞用の基本培養培地を調製した。これを以下「基本培地」と称する。
【0034】
次いで、種々の型の添加剤(表1)を基本培地に添加して、異なる添加剤を含有する、乳腺上皮細胞用の培養培地を調製した。異なる成分を伴う培養培地を、細胞外マトリックスゲルがコーティングされた24ウェルプレートに、500μl/ウェルの体積で添加した。各培養培地配合について3つの反復実験を調製した。実施例(1)の乳腺腫瘍組織から単離された乳癌細胞(1#)を、細胞外マトリックスゲルがコーティングされた24ウェル培養プレートにウェル当たり細胞3×10個の細胞密度で接種し、異なる培養培地配合を使用してそれぞれ37℃及び5%CO濃度で培養した。培養開始後、3日ごとに培養培地を交換した。14日間培養した後、細胞を計数した。表1に示されているいずれの添加剤も添加していない基本培地を実験対照として使用した。
【0035】
残りの4症例の乳腺腫瘍組織試料から単離された腫瘍細胞も上記と同じ様式で培養し、計数した。
【0036】
統計学的結果を表1に示す。
【0037】
【表1】
【0038】
ここで、「+」は、基本培地と比較して、添加剤(複数の場合もある)を添加した培養培地に、乳腺腫瘍組織から単離された初代乳癌細胞少なくとも3症例の増殖を促進する効果があることを示す。「+」の数は増殖促進の程度を示す。「-」は、添加剤(複数の場合もある)を添加した培養培地に乳腺腫瘍組織から単離された初代乳癌細胞少なくとも2症例の増殖を阻害する作用があることを示す。「○」は、添加剤(複数の場合もある)を添加した培養培地に、乳腺腫瘍組織から単離された初代乳癌細胞少なくとも3症例の増殖に関して有意な効果がないことを示す。
【0039】
結果から、インスリン様増殖因子1、塩基性線維芽細胞増殖因子、線維芽細胞増殖因子10、及び腫瘍壊死因子αを含めたいくつかの添加剤により、乳腺腫瘍組織から単離された初代乳腺腫瘍細胞少なくとも3症例の成長を促進することができことが示され、これらの添加剤の中でも、塩基性線維芽細胞増殖因子及び腫瘍壊死因子αの効果がより強力であった。上記の因子全てを基本培地に添加したところ、増殖促進の程度が有意に増大した。
【0040】
(4)ヒト乳腺上皮細胞用の培養培地中の添加剤の濃度の最適化
以下の7種の異なる培養培地の配合を更に調製した:
配合1:基本培地に、1:100倍希釈MEM-NEAA、1mMのピルビン酸ナトリウム、50ng/mlのIGF1、20ng/mlのbFGF、10ng/mlのTNF-α及び20ng/mlのFGF10を添加したもの、
配合2:基本培地に、10nMのβ-エストラジオール、1mMのピルビン酸ナトリウム、50ng/mlのIGF1、20ng/mlのbFGF、10ng/mlのTNF-α及び20ng/mlのFGF10を添加したもの、
配合3:基本培地に、10nMのβ-エストラジオール、1:100倍希釈MEM-NEAA、50ng/mlのIGF1、20ng/mlのbFGF、及び10ng/mlのTNF-α及び20ng/mlのFGF10を添加したもの、
配合4:基本培地に、10nMのβ-エストラジオール、1:100倍希釈MEM-NEAA、1mMのピルビン酸ナトリウム、20ng/mlのbFGF、及び10ng/mlのTNF-α及び20ng/mlのFGF10を添加したもの、
配合5:基本培地に、10nMのβ-エストラジオール、1:100倍希釈MEM-NEAA、1mMのピルビン酸ナトリウム、50ng/mlのIGF1、及び10ng/mlのTNF-α及び20ng/mlのFGF10を添加したもの、
配合6:基本培地に、10nMのβ-エストラジオール、1:100倍希釈MEM-NEAA、1mMのピルビン酸ナトリウム、50ng/mlのIGF1、20ng/mlのbFGF及び20ng/mlのFGF10を添加したもの、
配合7:基本培地に、10nMのβ-エストラジオール、1:100倍希釈MEM-NEAA、1mMのピルビン酸ナトリウム、50ng/mlのIGF1、20ng/mlのbFGF及び10ng/mlのTNF-αを添加したもの。
【0041】
その後、β-エストラジオール(Sigma)を配合1に添加して、β-エストラジオールを最終濃度5nM、10nM、50nM、及び100nMで含有するヒト乳腺上皮細胞用の培養培地を調製し、各培養培地を、マトリゲルがコーティングされた96ウェルプレートに100μl/ウェルの体積で添加した。各濃度について3つの反復実験を用いた。実施例(1)の乳腺腫瘍組織から単離された初代乳癌細胞(2#)をマトリゲルがコーティングされた96ウェル培養プレートにウェル当たり細胞500個の密度で播種し、異なる濃度のβ-エストラジオールを含有する配合1中、37℃及び5%COで培養した。培養開始後、3日ごとに培養培地を交換した。培養14日目に、細胞を計数した。配合1を実験対照として使用した、すなわち、配合1のβ-エストラジオールの含有量は0nMであった。図1Aに結果が示されている。
【0042】
非必須アミノ酸(MEM-NEAA)添加剤(Thermo Fisher)を配合2に希釈比率1:200、1:100、1:50、及び1:20で添加して、異なる濃度の非必須アミノ酸を含有するヒト乳腺上皮細胞用の培養培地を調製した。異なる配合の培養培地を、マトリゲルがコーティングされた96ウェルプレートに100μl/ウェルの体積で添加した。各濃度について3つの反復実験を用いた。初代細胞を上記と同じ様式で培養し、計数した。実験対照として配合2を使用した、すなわち、配合2の非必須アミノ酸の含有量は0であった。図1Bに結果が示されている。
【0043】
同様に、ピルビン酸ナトリウム(Thermo Fisher)を配合3に添加して、ピルビン酸ナトリウムを最終濃度0.5mM、1mM、2mM、及び4mMで含有するヒト乳腺上皮細胞用の培養培地を調製した。異なる配合の培養培地を、マトリゲルがコーティングされた96ウェルプレートに100μl/ウェルの体積で添加した。各濃度について3つの反復実験を用いた。初代細胞を上記と同じ様式で培養し、計数した。実験対照として配合3を使用した、すなわち、配合3のピルビン酸ナトリウムの含有量は0であった。結果が図1Cに示されている。
【0044】
次いで、インスリン様増殖因子1(IGF1、R&D社製造品)を配合4に添加して、IGF1を最終濃度10ng/ml、20ng/ml、50ng/ml、100ng/ml、及び200ng/mlで含有するヒト乳腺上皮細胞用の培養培地を調製し、異なる濃度のIGF1を含有する培養培地を、マトリゲルがコーティングされた96ウェルプレートに100μl/ウェルの体積で添加した。各濃度について3つの反復実験を用いた。初代細胞を上記と同じ様式で培養し、計数した。実験対照として配合4を使用した、すなわち、配合4のIGF1の含有量は0であった。結果が図1Dに示されている。
【0045】
同様に、塩基性線維芽細胞増殖因子(bFGF、R&D社製造品)を異なる濃度で含有するヒト乳腺上皮細胞用の培養培地を、配合5を使用して調製し、bFGFの最終濃度はそれぞれ5ng/ml、10ng/ml、20ng/ml、50ng/ml、100ng/ml、及び200ng/mlとした。初代細胞を上記と同じ様式で培養し、計数した。実験対照として配合5を使用した、すなわち、配合5のbFGFの含有量は0であった。結果が図1Eに示されている。
【0046】
次いで、腫瘍壊死因子-α(TNF-α、Novoprotein社製造品)を異なる濃度で含有するヒト乳腺上皮細胞用の培養培地を、配合6を使用して調製し、TNF-αの最終濃度はそれぞれ2ng/ml、5ng/ml、10ng/ml、50ng/ml、及び100ng/mlとした。初代細胞を上記と同じ様式で培養し、計数した。実験対照として配合6を使用した、すなわち、配合6のTNF-αの含有量は0であった。結果が図1Fに示されている。
【0047】
最後に、線維芽細胞増殖因子10(FGF10、R&D社製造品)を異なる濃度で含有するヒト乳腺上皮細胞用の培養培地を、配合7を使用して調製し、FGF10の最終濃度はそれぞれ20ng/ml、50ng/ml、100ng/ml、及び200ng/mlとした。初代細胞を上記と同じ様式で培養し、計数した。実験対照として配合7を使用した、すなわち、配合7のFGF10の含有量は0であった。結果が図1Gに示されている。
【0048】
結果から、異なる濃度の添加剤が、或る特定の濃度範囲内で、in vitroにおける初代乳癌細胞の増殖に対する用量依存的な増殖推進効果を有したことが示される。ここで、β-エストラジオール、IGF1、bFGF、及びTNF-αは、低濃度での添加で明白な増殖効果を示し始めた。さらに、β-エストラジオールの好ましい濃度は5nM~50nM、より好ましくは5nM~10nMであり、IGF1の好ましい濃度は10ng/ml~200ng/ml、より好ましくは20ng/ml~100ng/mlであり、bFGFの好ましい濃度は10ng/ml~200ng/ml、より好ましくは20ng/ml~100ng/mlであり、TNF-αの好ましい濃度は2ng/ml~100ng/ml、より好ましくは5ng/ml~50ng/mlであった。さらに、添加剤FGF10も或る特定の濃度範囲内でin vitroにおける初代乳癌細胞の増殖に対して用量依存的な増殖推進効果を有し、その好ましい添加濃度は0ng/ml~50ng/mlであった。
【0049】
(5)ヒト乳腺上皮細胞用の培養培地の増殖促進効果に関する試験
2つの異なる配合の培地を以下の通り更に調製した:
1.対照培養培地:調製手順は特許文献1を参照した。すなわち、以下の成分を含有する培養培地を調製した:DMEM/F-12培養培地(Corning)+体積比1:100のGlutaMAX-I(Thermo Fisher SCIENTIFIC)+10μg/mlのヒトインスリン(Sigma)+10μMのY27632(Sigma)+体積比1:100のペニシリン-ストレプトマイシン(Thermo Fisher SCIENTIFIC)+20ng/mlのヒトアンフィレグリン(R&D Systems)+10ng/mlのEGF(Peprotech)+体積比1:50のB27(Thermo Fisher SCIENTIFIC)+10nMのヒトニューレグリン1(Peprotech)+10ng/mlのFGF7(R&D Systems)+500nMのA8301(MCE)+500nMのSB202190、
2.完全培養培地(以下「本発明の培養培地」と称する):10nMのβ-エストラジオール、20ng/mlのbFGF、50ng/mlのIGF1、及び10ng/mlのTNF-αを基本培地に添加した。
【0050】
対照培養培地及び本発明の培養培地のin vitroにおける初代乳癌細胞に対する増殖効果を比較した。対照培養培地及び本発明の培養培地を、マトリゲルがコーティングされた24ウェルプレートに500μl/ウェルの体積で添加した。群当たり3つの反復実験を用いた。
【0051】
実施例1の(1)項の方法に従って、乳癌細胞(1#~3#)を乳腺腫瘍組織から単離し、マトリゲルがコーティングされた24ウェル培養プレートにそれぞれウェル当たり細胞3×10個の細胞密度で接種し、2つの異なる培養培地配合を使用し、37℃及び5%COで培養した。細胞を継代3代目まで等しい接種密度で継代培養し、次いで、14日目まで培養した。異なる培養培地配合を使用して培養した乳癌細胞を核蛍光染色に供し、計数した。具体的には、各群の細胞をPBS緩衝液で2回すすぎ、4%パラホルムアルデヒドで15分間固定し、次いで、1%BSA(Sangon Biotech(Shanghai))及び1%Triton X-100(Sangon Biotech(Shanghai))を含有するTBST(TBS(Sangon Biotech(Shanghai)社製造品)+0.1%Tween20)と一緒に室温で1時間インキュベートし、次いで、TBST緩衝液を用いて3回、それぞれ3分間すすいだ。TBST溶液を除去した。細胞を、1μg/mLのDAPI色素(Sigma)と一緒に10分間インキュベートした。細胞をPBSで1回すすいだ。100×蛍光顕微鏡の下で、カバーガラスを封入剤(Thermo Fisher Scientific)1滴で封入した後にランダム視野写真を撮像した。
【0052】
代表的な結果が図2A及び図2Bに示されている。図2Aは、2#乳癌細胞を対照培養培地及び本発明の培養培地を用いて継代3代目まで連続培養し、次いで、ウェル当たり細胞3×10個の密度で14日間培養した後の顕微鏡写真である。図2Bは、2#と同じ手順を使用した、異なる患者に由来する乳癌細胞(1#~3#)についてのDAPI計数結果の統計値を示す。縦軸は、ランダム視野下でのDAPI染色についての計数結果の統計値である。図2A及び図2Bに示されている通り、対照培養培地と比較して、本発明の培養培地を使用して継代3代目まで培養した細胞数は14日以内に約5.2倍増加し得る。
【0053】
[実施例2]
ヒト乳腺上皮細胞の連続的なin vitro培養及び既存の培養方法との比較
(1)ヒト乳腺腫瘍組織に由来する初代乳腺上皮細胞の培養
実施例1の(1)項と同じ方法を使用し、初代乳癌細胞(6#、7#)を2例の乳腺腫瘍患者の癌組織から単離した。次いで、単離された乳癌細胞を、血球計算器を使用して計数し、次いで、6#の細胞を、マトリゲル(Corning)がコーティングされた6ウェルプレート2つに同じ密度(ウェル当たり細胞2×10個)で並行して接種した。コーティング方法は以下の通りであった:マトリゲルを、DMEM/F12培養培地を用いて1:50の比で希釈して、細胞外マトリックス希釈液を調製し、1.5ml/ウェルの細胞外マトリックスゲル希釈液を、6ウェル培養プレートに培養プレートウェルの底部が完全に覆われるように添加し、37℃のインキュベーター内で1時間静置した後、細胞外マトリックスゲル希釈液を除去し、細胞外マトリックスがコーティングされた培養プレートを得た。
【0054】
実施例1の(5)項で調製した対照培養培地及び本発明の培養培地をそれぞれ、細胞外マトリックスがコーティングされた6ウェル培養プレート2つの培養ウェルに3mL/ウェルで添加し、37℃、5%CO濃度で培養した。培養開始後、3日ごとに培養培地を交換した。
【0055】
新たに単離した初代乳癌細胞#7を#6と同じ手順に供した。
【0056】
(2)異なるヒト乳腺上皮細胞用の培養培地を使用したin vitroにおける連続培養の効果の比較
培養プレート中のヒト乳癌細胞を底部面積の約80%が覆われるまで成長させたところで、元の6ウェルプレート中の培養培地の上清を廃棄した。0.05%トリプシン(Thermo Fisher:25300062)1mLを添加し、37℃で10分間~20分間インキュベートすることによって細胞を消化した。細胞が完全に消化されたら、消化された細胞を、10%(v/v)ウシ胎仔血清、100U/mLのペニシリン及び100μg/mLのストレプトマイシンを含有するDMEM/F12培養培地5mLに再懸濁させ、収集して遠心管に入れ、300g/分で5分間遠心分離した。遠心分離後の細胞ペレットを対照培養培地又は本発明の培養培地に再懸濁させ、細胞懸濁液に対して計数チャンバーを使用して細胞計数を実施した。各群の細胞をマトリゲルがコーティングされた別の12ウェル培養プレートに継代比1:10で播種し、培養を継続した。
【0057】
継代後の細胞を、再度培養プレートの底部面積の約80%が覆われるまで成長させたところで、培養した細胞を上記の操作方法によって再度消化し、収集し、計数した。細胞をまた1:10の比で接種し、連続培養した。
【0058】
7#の初代乳癌細胞に対して6#と同様に繰り返した。
【0059】
図3Aに、それぞれ対照培養培地及び本発明の培養培地を使用して継代2代目及び継代5代目まで培養した6#細胞の100×位相差顕微鏡下で撮像した細胞写真が示されている。
【0060】
図3Bは、GraphPad Prism7.0ソフトウェアを使用して描かれた、本発明の培養培地及び対照培養培地の培養条件下での6#の細胞の連続的な成長曲線である。横軸は培養日数であり、縦軸は細胞集団倍加数である。
【0061】
異なる技術的培養条件下での初代乳腺上皮細胞の細胞集団倍加数の計算式は以下である:
細胞集団倍加数=[log(N/X)]/log2
式中、Nは継代時の細胞数であり、Xは初回接種時の細胞数である(Greenwood et al., Environ Mol Mutagen 2004, 43 (1): 36-44を参照されたい)。
【0062】
図4Aに、それぞれ対照培養培地及び本発明の培養培地を使用して同じ操作工程に従って連続培養後の継代2代目及び継代4代目まで培養した7#の細胞の細胞写真が示されている。図4Bは、GraphPad Prism7.0ソフトウェアを使用して描かれた、本発明の培養培地及び対照培養培地の培養条件下での7#の培養日数-細胞の集団倍加数の曲線チャートである。
【0063】
図3A図3B及び図4A図4Bから、本発明の培養培地を使用して培養した乳癌細胞が、持続的に増殖し得ること、及び増殖率が既知の対照培養培地での増殖率よりも有意に良好であることを確認することができる。
【0064】
[実施例3]
乳腺上皮細胞の免疫マーカーの同定
(1)対照培養培地及び本発明の培養培地を実施例1の(5)項の記載に従って調製した。
(2)ダイズの粒ほどのサイズの癌組織を乳癌患者の臨床外科的切除試料から取得し、実施例1の(1)項と同じ方法を使用して初代乳癌細胞(3#)を単離し、得た。初代乳癌細胞(3#)を、実施例2の(1)項及び(2)項の方法を並行して使用してそれぞれ継代3代目まで培養した。
(3)ヒト乳癌細胞における癌に関連する重要なバイオマーカーの発現を免疫蛍光法によって検出した。
【0065】
本実験で使用した一次抗体は、CK8(Abcam社製造品)及びCK14(Abcam)であった。CK8については、二次抗体として抗マウスIgG(H+L)、F(ab’)2断片(Alexa Fluor(商標)488 Conjugate)(Cell Signaling Technology社製造品)を使用し、CK14については、二次抗体として抗ウサギIgG(H+L)、F(ab’)2断片(Alexa Fluor(商標)594 Conjugate)(Cell Signaling Technology)を使用した。ここで、CK8は乳癌の重要なバイオマーカーであり、一般に、乳腺腫瘍の管腔上皮細胞上に発現され、CK14は乳腺腫瘍の筋上皮細胞の重要なバイオマーカーとして認められている。臨床において、CK8及びCK14は乳癌の鑑別診断に使用されることも多い。
【0066】
具体的には、元の6ウェルプレート中の培養培地の上清を廃棄し、0.05%トリプシン(Thermo Fisher)1mLを添加して細胞を消化し、37℃で15分間インキュベートした後、消化された細胞を、10%(v/v)ウシ胎仔血清、100U/mLのペニシリン及び100μg/mLのストレプトマイシンを含有するDMEM/F12培養培地5mLに再懸濁させ、収集して遠心管に入れ、300g/分で5分間遠心分離した。遠心分離後、各群の細胞ペレットを、本発明の培養培地及び既知の対照培養培地をそれぞれ使用して再懸濁させた。細胞懸濁液に対して計数チャンバーを使用して細胞計数を実施した。細胞を、マトリゲルがコーティングされたカバーガラス上にカバーガラス当たり細胞4×10個の密度で接種した。コーティング方法は実施例1の(2)項と同じであった。各群の細胞を、カバーガラス上で細胞が成長するよう、本発明の培養培地及び既知の対照培養培地をそれぞれ使用して培養した。
【0067】
14日間の培養後、細胞をPBS緩衝液で2回すすぎ、4%パラホルムアルデヒドで15分間固定し、次いで、1%BSA(Sangon Biotech(Shanghai))及び1%Triton X-100を含有するTBST(TBS+0.1%Tween20)と一緒に室温で1時間インキュベートし、TBST緩衝液で3回、毎回3分間すすいだ。TBST溶液を除去した後、一次抗体希釈溶液(CK8抗体は1:100倍希釈;CK14抗体は1:1000倍希釈)50μLをスライドに添加し、4℃で12時間~16時間インキュベートし、次いで、PBSで3回、毎回3分間すすいだ。二次抗体の抗マウスIgG(H+L)、F(ab’)2断片(Alexa Fluor(商標)488 Conjugate)(8μg/ml)を添加し、室温で60分間インキュベートし、PBSで3回、毎回3分間すすいだ。その後、二次抗体の抗ウサギIgG(H+L)、F(ab’)2断片(Alexa Fluor(商標)594 Conjugate)(8μg/ml)を添加し、室温で60分間インキュベートし、PBSで3回、毎回3分間すすいだ。細胞を、1μg/mLのDAPI色素(Sigma)と一緒に10分間インキュベートし、PBSで1回すすいだ。封入剤(Thermo Fisher Scientific)1滴でカバーガラスを封入した後、蛍光顕微鏡下、100×の拡大率で写真を撮像した。
【0068】
結果が図5に示されており、管腔上皮細胞に特異的なバイオマーカー(CK8)及び筋上皮細胞に特異的なバイオマーカー(CK14)を用いた免疫蛍光染色の結果が示されている。さらに、DAPI蛍光標識を使用して、細胞核の位置及び数を示し、MERGEを使用して、3種の蛍光染色標識CK8、CK14及びDAPIをオーバーラップさせることによって生成したイメージング結果を示している。
【0069】
図5によれば、本発明の培養培地及び培養方法を使用すると、乳癌細胞特異的バイオマーカーであるCK8及びCK14タンパク質を高発現する細胞を多数培養することができるが、一方、既知の対照培養培地を使用して培養した、同じ試料に由来する初代乳癌細胞からは、ほんの少数の乳癌細胞のみが得られ、これにより、本発明の培養技術により、乳癌細胞を効率的に培養する効果を実現することができることが示される。
【0070】
[実施例4]
in vitroにおける乳癌細胞の薬物感受性試験
以下では、乳腺腫瘍患者の外科的切除試料を例として用い、患者由来乳腺腫瘍組織試料から培養した乳癌細胞を使用して、患者の腫瘍細胞の異なる薬物に対する感受性を検出することができることを示す。
【0071】
I.初代乳癌細胞のプレーティング:実施例1の(5)項の本発明の培養培地を使用し、実施例2の(1)項に記載の方法によって乳腺腫瘍細胞(5#)を培養し、細胞を384ウェルプレートにウェル当たり細胞3000個~5000個の密度で接種し、細胞を一晩の接着培養に供した。
【0072】
II.薬物勾配実験:
(1)薬物貯蔵プレートを濃度勾配希釈法によって調製した:試験する薬物ストック溶液10μL(薬物ストック溶液の濃度はヒトの体内での薬物の最大血漿中濃度Cmaxの2倍に調製した)をそれぞれ取り、DMSO 20μLを含有する0.5mLのEPチューブに添加し、次いで、10μLを上記のEPチューブからから吸引して、第2の、DMSO 20μLを含有する0.5mLのEPチューブに入れた、すなわち、薬物を1:3希釈した。上記のプロセスを繰り返して投薬に必要な8又は9の濃度が得られるまで徐々に希釈した。異なる濃度の薬物を384ウェル薬物貯蔵プレートに添加した。対照として等体積のDMSOを溶媒対照群の各ウェルに添加した。この実施例においては、試験する薬物は臨床的に承認された抗腫瘍薬であるドセタキセル(MCE)、パルボシクリブ(MCE)、ドビチニブ(MCE)、カペシタビン(MCE)、クリゾチニブ(MCE)及びエトポシド(MCE)である。
【0073】
(2)ハイスループット自動化ワークステーション(Perkin Elmerから購入したもの)を使用し、384ウェル薬物貯蔵プレート中の異なる濃度の薬物及び溶媒対照を、乳腺腫瘍細胞をプレーティングした384ウェル細胞培養プレートに添加した。薬物群と溶媒対照群のどちらも3つの反復実験ウェルを用いて構成した。各ウェルに添加した薬物の体積は100nLであった。
【0074】
(3)細胞活性検出:薬物投与の72時間後、Cell Titer-Gloアッセイキット(Promega社製造品)を使用して、培養された細胞の薬物投与後の化学発光値を検出した。化学発光値の大きさは、細胞生存率、及び薬物の細胞生存率に対する効果を反映する。調製したCell Titer-Glo検出溶液を各ウェルに添加し、混合後にマイクロプレートリーダーを使用して化学発光値を検出した。
【0075】
GraphPad Prism 7.0ソフトウェアを使用して、グラフを作成し、阻害濃度中央値IC50を算出した。
【0076】
(4)薬物感受性試験の結果が図6A図6Fに示されている。
図6A図6Fには、乳腺腫瘍患者の外科的に切除された癌組織試料由来の培養した乳腺腫瘍細胞(5#)の、3種の標的化薬パルボシクリブ、クリゾチニブ及びドビチニブ、及び3種の化学療法薬ドセタキセル、カペシタビン及びエトポシドに対する薬物感受性が示されている。結果から、同じ患者由来の細胞が異なる薬物に対して異なる感受性を有することが示される。
【0077】
ここで、乳癌細胞(5#)は、ドセタキセル及びエトポシドに対しては感受性が高かったが、カペシタビン、クリゾチニブ、ドビチニブ及びパルボシクリブに対しては感受性が低かった。このことから、ドセタキセル及びエトポシドが、患者5#に対する乳腺腫瘍の治療のための潜在的な有効薬物となり得ることが示唆される。
【0078】
この実施例の結果から、患者由来乳癌細胞を本発明の乳腺上皮細胞用の培養培地を用いて培養すること、並びに、乳腺腫瘍を有する患者に関して臨床薬物のスクリーニング及びその有効性の予測のためにin vitroにおける薬物感受性試験を実施することの適用の潜在性が示される。
【産業上の利用可能性】
【0079】
本発明は、乳腺上皮細胞用の培養培地及び培養方法を提供する。培養された細胞は、薬効評価及びスクリーニングのために使用することができる。したがって、本発明は、産業への適用に適したものである。
【0080】
本発明は上記において一般的な説明及び特定の実施形態と共に詳細に記載されているが、本発明に対していくらかの改変又は改善を行うことができることが当業者には明らかである。したがって、本発明の趣旨から逸脱することなく行われるこれらの改変又は改善は、本発明により特許請求された保護範囲内に入る。

図1-1】
図1-2】
図2
図3
図4
図5
図6
【国際調査報告】