(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公表特許公報(A)
(11)【公表番号】
(43)【公表日】2025-02-28
(54)【発明の名称】非観血的遠位血圧測定を使用した患者固有の中心動脈圧波形形態の再構成
(51)【国際特許分類】
A61B 5/022 20060101AFI20250220BHJP
【FI】
A61B5/022 400A
【審査請求】有
【予備審査請求】有
(21)【出願番号】P 2024547748
(86)(22)【出願日】2022-02-10
(85)【翻訳文提出日】2024-09-26
(86)【国際出願番号】 IB2022051194
(87)【国際公開番号】W WO2023152546
(87)【国際公開日】2023-08-17
(81)【指定国・地域】
(71)【出願人】
【識別番号】524300657
【氏名又は名称】ヘモレンズ ダイアグノスティックス スプーカ ス オグラニチョノ オツポヴィエジャルノシチョン
(74)【代理人】
【識別番号】100104411
【氏名又は名称】矢口 太郎
(72)【発明者】
【氏名】ミロタ、クリスピン
(72)【発明者】
【氏名】ポピエル、イザベラ
【テーマコード(参考)】
4C017
【Fターム(参考)】
4C017AA08
4C017BC12
4C017BD05
4C017FF08
(57)【要約】
【要約】
【解決手段】 非観血的遠位血圧測定値および遠位血圧波形の非観血的記録を使用して、患者固有の中心動脈圧波形形態を再構成する方法、コンピュータ可読媒体、およびシステムを開示する。患者の収縮期血圧、拡張期血圧、および心拍数の測定が、遠位位置(例えば、橈骨動脈)によって行われる。本発明は、例えば、性別、年齢、および/または現在服薬している薬物などの患者固有の人口統計学的データおよび健康データを使用する。患者固有の中心動脈圧波形形態は、ウィンドケッセル型集中パラメータの複数の区画モデルを使用して計算される。本方法では、伝達関係の構造的な厳密性を前提とせず、遠位血圧と近位血圧の関係を提供する進化法則を前提とする。本発明は、心臓の血圧の上昇、高血圧、またはその両方の診断に有用な中心動脈血圧値および近位血流量を提供する。本方法は、臨床試験によって検証されている。本発明の方法は、臨床試験から非観血的方法を使用して得られた値を再現した。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
非観血的連続遠位血圧測定値からヒト患者の中心動脈圧波形形態を再構成する方法であって、
患者固有の人口統計学的データおよび健康データを使用するとともに、測定または推定された患者の収縮期血圧、拡張期血圧、および心拍数を使用して結合システムのパラメトリックを特定する工程であって、
前記患者固有の人口統計学的データおよび健康データは、前記患者の体内の圧脈波伝播に影響を与えるものであり、
前記結合システムは、血液循環系の中心区画集中パラメータモデルと、遠位から近位への伝達集中パラメータモデルとを有し、
前記患者の収縮期血圧、拡張期血圧、および心拍数の推定は、記録された患者の遠位血圧波形を使用して実行されるものであり、
前記患者の遠位血圧波形の記録は、前記患者の少なくとも1回の完全な心周期または全呼吸周期の半周期を含む時間窓内で連続的に実行されるものであり、
前記記録は、非観血的に実行されるものである、
前記パラメトリックを特定する工程と、
前記パラメトリックを特定する工程の結果を使用して、中心動脈圧および近位血流量を計算する工程と
を有する、方法。
【請求項2】
請求項1記載の方法において、前記患者固有の人口統計学的データおよび健康データは、性別、年齢、身長、一般的な体力評価および/または現在服薬している薬物を含み、
前記現在服薬している薬物は、βアドレナリン遮断薬、アンジオテンシン変換酵素阻害薬および/または抗不整脈薬を含む、方法。
【請求項3】
請求項1または2記載の方法において、前記連続的な血圧波形の記録は、遠位動脈において行われ、および/または光電式容積脈波記録法および/または圧平血圧測定法から選択される方法を使用して、橈骨動脈上に配置されたセンサによって動脈血圧を測定する工程を有する、方法、
【請求項4】
請求項1~3のいずれか1つに記載の方法において、前記時間窓は、単一の呼吸周期内の連続した完全な心周期のシーケンスを含み、当該シーケンスは、前記単一の呼吸周期内における前記患者の2、3、4、5、若しくはそれ以上の連続した心周期を有する、方法
【請求項5】
請求項1~4のいずれか1つに記載の方法において、前記中心区画モデルは、少なくとも1つの集中パラメータ機能構成ブロックを有し、
前記少なくとも1つの集中パラメータ機能構成ブロックは、血管区画機能構成ブロックと、心腔機能構成ブロックとを有し、
前記血管区画機能構成ブロックは、以下の構造を有し、
【数25】
当該構造中、C
iはコンプライアンスであり、R
iは抵抗であり、L
iは慣性抵抗であり、q
iは血流量であり、p
iは血圧であり、
iは区画番号であり、
前記心腔機能構成ブロックは、以下の構造を有するものであり、
【数26】
当該構造中、Xは時間変化エラスタンス概念(E)、または心筋線維の応力および歪み概念(MF)であり、R
iは抵抗であり、弁は心臓弁をモデル化したダイオードであり、q
iは血流量であり、p
iは血圧であり、
iは区画番号である、
方法。
【請求項6】
請求項5記載の方法において、前記中心区画モデルは、少なくとも2つの前記集中パラメータ機能構成ブロックを有し、
第1の機能構成ブロックは、大きな慣性・弾性効果を示す大型および中型の弾性血管を表し、
第2の機能構成ブロックは、抵抗・容量効果を表すものである、
方法。
【請求項7】
請求項6記載の方法において、前記中心区画モデルは、前記集中パラメータ機能構成ブロックを重ね合わせた形態の心臓右側の循環構造を有し、
前記慣性・弾性機能構成ブロックは、C
i-1=C
pa、R
i=R
pa、L
i=L
paによって決定され、
前記抵抗・容量性機能構成ブロックは、C
i-1=C
pv、R
i=R
pv、L
i=0によって決定される、
方法。
【請求項8】
請求項5~7のいずれか1つに記載の方法において、前記中心区画モデルは、以下の構造を有し、
【数27】
当該構造中、pは血圧であり、qは血流量であり、Rは抵抗であり、Lは慣性抵抗であり、Cはコンプライアンスであり、Xは時間変化エラスタンス概念(E)、または心筋線維の応力および歪み概念(MF)であり、R.A.、R.V.は右心房および右心室であり、L.A.、L.V.は左心房および左心室であり、t.v.は三尖弁(房室弁)であり、p.v.は肺動脈弁(心室弁)であり、m.v.は僧帽弁(房室弁)であり、a.v.は大動脈弁(心室弁)であり、paは動脈(肺循環)であり、pvは静脈(肺循環)であり、saは大動脈(体循環)であり、svは静脈(体循環)である、
方法。
【請求項9】
請求項5~6のいずれか1つに記載の方法において、前記中心区画モデルは、体循環の単一閉ループ回路を有し、
前記慣性・弾性機能構成ブロックは、C
i-1=C
sa、R
i=R
sa、L
i=L
saによって決定され、
前記抵抗・容量性機能構成ブロックは、C
i-1=C
sv、R
i=R
sv、L
i=0によって決定される、
方法。
【請求項10】
請求項5~6、または9のいずれか1つに記載の方法において、前記中心区画モデルは、以下の構造を有し、
【数28】
当該構造中、pは血圧であり、qは血流量であり、Rは抵抗であり、Lは慣性抵抗であり、Cはコンプライアンスであり、Xは時間変化エラスタンス概念(E)、または心筋線維の応力および歪み概念(MF)であり、L.A.、L.V.は左心房および左心室であり、m.v.は僧帽弁(房室弁)であり、a.v.は大動脈弁(心室弁)であり、pvは静脈(肺循環)であり、saは大動脈(体循環)であり、svは静脈(体循環)である、
方法。
【請求項11】
請求項5~10のいずれか1つに記載の方法において、前記中心区画モデルは、以下の条件、
【数29】
を有する、方法。
【請求項12】
請求項5~10のいずれか1つに記載の方法において、前記中心区画モデルは、可変エラスタンス概念(E)を使用して定式化される心腔血圧・容積関係を有する、方法。
【請求項13】
請求項5~10のいずれか1つに記載の方法において、前記中心区画モデルは、心筋線維の応力および歪み概念(MF)を使用して定式化される心腔血圧・容積関係を有する、方法。
【請求項14】
請求項1~13のいずれか1つに記載の方法において、前記結合システムの前記パラメトリックを特定する工程は、
前記患者の人口統計学的データおよび健康データを使用して、前記結合システムの経験的パラメータの初期値を計算する工程と、
前記経験的パラメータの初期値を使用して前記結合システムの方程式を解き、選択された時間窓内の前記中心動脈圧および/または前記近位血流量の近似値を計算する工程と、
前記結合システムの経験的パラメータ値を、収束に達するまで、前記中心動脈圧および/または前記近位血流量の一定値または変更値に対して反復的に精密化する工程と
を有する、方法。
【請求項15】
請求項14記載の方法において、前記結合システムの経験的パラメータの初期値を計算する工程は、血液循環系の中心区画集中パラメータモデルについてのみ実行される、方法。
【請求項16】
請求項14または15記載の方法において、前記経験的パラメータは、コンプライアンス、抵抗、および/または慣性抵抗を有するか、および/または時間変化エラスタンス概念のパラメータ若しくは心筋線維の応力および歪み概念のパラメータを有する、方法。
【請求項17】
請求項14~16のいずれか1つに記載の方法において、前記反復的に精密化する工程は、少なくとも1つの最小化アルゴリズムを有し、
前記最小化アルゴリズムの各々は、局所最小化アルゴリズム、および大域的最小化アルゴリズムからなる群から選択される、方法。
【請求項18】
請求項17記載の方法において、前記局所最小化アルゴリズムは、ネルダー・ミード法、逐次最小二乗計画法、およびブロイデン・フレッチャー・ゴールドファーブ・シャンノ法からなる群から選択される、方法。
【請求項19】
請求項16~18のいずれか1つに記載の方法において、前記大域的最小化アルゴリズムは、大域的最適化のための適応型メモリプログラミング、および単体的ホモロジーによる大域的最適化からなる群から選択される、方法。
【請求項20】
請求項16~19のいずれか1つに記載の方法において、前記反復的に精密化する工程は、前記大域的最小化アルゴリズムを実行する精密化工程と、当該工程に続く、局所最小化アルゴリズムを実行する精密化工程とを有する、方法。
【請求項21】
コンピュータ可読記憶媒体であって、コンピュータによって実行されると、当該コンピュータに請求項1~20のいずれか1つに記載の方法の工程を実行させる命令を有する、コンピュータ可読記憶媒体。
【請求項22】
非観血的連続遠位血圧測定値から中心動脈圧波形形態を再構成するシステムであって、
ヒト患者からの血圧波形を非観血的かつ連続的に記録する手段と、
患者の収縮期血圧、拡張期血圧、および心拍数を非観血的に測定する測定手段と、
請求項1~20のいずれか1つに記載の方法の工程を実行するように構成されたコンピュータと
を有する、システム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、後続する分析および診断のためにヒトの心臓のパラメータを推定することに関する。具体的には、本発明は、非観血的連続血圧測定値から中心動脈圧波形形態を再構成することに関する。再構成された波形形態は、血圧の上昇および/または高血圧症の診断および治療に使用することができる。
【背景技術】
【0002】
ヒトの心臓は1心周期ごとに約100ミリリットルの血液を血液循環系に送り出す。心臓の拍出量の大部分は弾性動脈に貯蔵され、心臓の弛緩期に標的部位や臓器に供給される。この現象によりある種の微妙で動的な均衡が生じ、この均衡が乱れると、持続性高血圧を含む多くの深刻な病状を引き起こす。血圧の上昇は高血圧症と関連性がある。高血圧症には多くの定義があるが、それらは文献において参照することができる。その1つであるアメリカ疾病予防管理センターによる定義によると、高血圧症は、収縮期血圧が130mmHg以上、若しくは拡張期血圧が80mmHg以上、または現在高血圧を下げる薬を服用している状態であるとしている(Ostchega Y(2020)。Hypertension Prevalence Among Adults Aged 18 and Over:米国,2017-2018年.NCHS data brief,(364),1-8.を参照)。世界保健機関(WHO)のガイドライン(2021年)によると、高血圧(または血圧の上昇)は、心臓病、脳疾患、腎臓病、およびその他の疾患の危険性を著しく高める深刻な病状である。高血圧症は、特定の収縮期血圧値および拡張期血圧値を使用して診断、若しくは降圧薬の使用によって診断される(世界保健機関(2021年)、成人における高血圧症の薬理学的治療に関するガイドラインを参照)。米国心臓病学会/米国心臓協会の報告書には別の定義が記載されている。この報告書では、高血圧症を2つの病期に区別しており、収縮期血圧が130~139mmHgの範囲内、または拡張期血圧が80~89mmHgの範囲内である場合を第1期、収縮期血圧が140mmHg以上、または拡張期血圧が90mmHg以上である場合を第2期としている(Whelton PK (2018)2017 ACC/AHA/AAPA/ABC/ACPM/AGS/APhA/ASH/ASPC/NMA/PCNA guideline for the prevention,detection,evaluation,and management of high blood pressure in adults:American College of Cardiology/American Heart Association Task Force on Clinical Practice Guidelines.Hypertension,71:e13-e115)。欧州心臓病学会および欧州高血圧学会も同様の説明をしており、高血圧は、診察室での収縮期血圧値が140mmHgを超える場合、および/または拡張期血圧値が90mmHg以上である場合と定義している。若年者、中年者、高齢者については同じ分類が使用されるが、介入試験のデータが入手できない小児および10代の若者にいついては血圧百分位数が使用される(Williams B(2018)2018 ESC/ESH Guidelines for the Management of Arterial Hypertension.European heart journal,39(33),3021-3104を参照)。
【0003】
高血圧症の有病率は、遺伝的要因(例えば、多遺伝子の影響)と環境要因(例えば、食事、身体活動、ナトリウムおよびカリウムの摂取量および/またはアルコール摂取量)に関連している。二次性高血圧は一般的に、腎実質性疾患、腎血管性疾患、原発性アルドステロン症、閉塞性睡眠時無呼吸症、および薬物またはアルコール摂取によって起こる(上記Whelton PK(2018)を参照)。
【0004】
高血圧は左室肥大と冠動脈疾患(CAD)を引き起こす可能性がある。左室肥大は圧負荷によって引き起こされ、それにより、心室容積が増加することなく筋肉量および壁厚の増加が生じる。その結果、その結果、拡張機能が損なわれ、心室の弛緩が遅くなり、充満が遅れる。左室肥大は心血管疾患の独立した危険因子であるため、突然死を引き起こす可能性がある(Aronow WS(2017)Hypertension and left ventricular hypertrophy.Annals of Translational Medicine,5(15),310を参照)。合併症が発生し始める血圧の閾値はない。高血圧の影響は、症状の重症度によって決定される。血圧の上昇は、血圧の全範囲において罹患率の増加につながる。慢性動脈性高血圧症は、冠動脈疾患(CAD)を加速させ、心筋虚血および心筋梗塞を引き起こし、冠動脈疾患(CAD)による死亡の重要な危険因子となる。慢性の圧負荷は心不全を引き起こすが、これは拡張機能障害として始まり、心臓の鬱血を伴う明らかな収縮不全へと進行する。高血圧症による深刻な影響は、血栓症、血栓塞栓症、または頭蓋内出血から生じる脳卒中である。高血圧によって腎臓病が緩慢に進行するが、これは、初期においては微量アルブミン血症として現れ、長期間経過後、顕在化する(Foex P(2004)Hypertension:Pathophysiology and Treatment.Continuing Education in Anaesthesia Critical Care& Pain,4(3),71を参照)。
【0005】
高血圧は、認知症、がん、骨粗鬆症、口腔疾患などの一般的な非心血管疾患とも関連していると考えられる(Kokubo Y(2015)Higher blood pressure as a risk factor for diseases other than stroke and ischemic heart disease.Hypertension,66(2),254-259を参照)。高血圧によって心房細動(慢性不整脈の一種)の危険性が高まり(Benjamin EJ(1994)Independent risk factors for atrial fibrillation in a population-based cohort.Framingham Heart Study.JAMA,271(11),840-844を参照)、糸球体濾過量の低下および慢性腎臓病の進行の原因となる(Buckalew VM(1996)Prevalence of hypertension in 1,795 subjects with chronic renal disease:the modification of diet in renal disease study baseline cohort.Modification of Diet in Renal Disease Study Group.American journal of kidney diseases:the official journal of the National Kidney Foundation,28(6),811-821を参照)。高血圧は血流の変化、血液脳関門の完全性の変化、または認知症における脳の変化につながる可能性がある(Moretti R(2008)Vascular dementia:Lowpotension as a key point.Vascular health and risk management,4(2),395-402を参照)。高齢者における認知症と高血圧との関係については議論があり、認知症と高血圧の関連性を示す研究がある一方で(Gorelick PB (2011) Vascular contributions to cognitive impairment and dementia:A statement for healthcare professionals from the American Heart Association/American Stroke Association.Stroke,42(9),2672-2713を参照)、認知症と低血圧の関連性を示す研究もある(Novak V(2010)The relationship between blood pressure and cognitive function.Nature reviews.Cardiology,7(12),686-698を参照)。血圧が上昇すると、がんの発生および死亡の危険性が高まる(Stocks T(2012)Blood Pressure and risk of cancer incidence and mortality in the Metabolic Syndrome and Cancer Project.Hypertension,59(4),802-810を参照)。しかしながら、高血圧と他の代謝因子および発癌因子は相互作用する可能性があるのため、さらなる研究が必要である。健康的な生活習慣によって高血圧およびがんの双方の危険性が低減することが観察されている(上記Kokubo Y(2015)を参照)。
【0006】
2017年から2018年にかけて、米国の成人の45%(男性平均51.0%、女性平均39.7%として計算した値)が高血圧症であった。有病率は年齢とともに増加し、60歳以上の成人では75%以上(男性75.2%、女性73.9%)が高血圧症と診断された。この疾患は、非ヒスパニック系黒人男性および女性群で最も多く発生した(上記Ostchega Y(2020)を参照)。
【0007】
世界保健機関(WHO)によると、世界で12億8千万人の成人(30~79歳)が高血圧症に罹患しており、そのうち3分の2は低所得国および中所得国に住んでいる。42%の成人は診断後治療を受けているが、46%の成人は高血圧症に罹患していることを認識していない。そして、高血圧をコントロールできているのは5人に1人程度でしかない(World Health Organization(25 August 2021) Hypertension.https://www.who.int/news-room/fact-sheets/detail/hypertensionを参照)。
【0008】
収縮期血圧および拡張期血圧は、研究および臨床診療で使用される最も一般的な血圧測定値である。これらは、心血管疾患の独立した危険因子として確立されており、直接推定することができる(Muntner P(2019)Measurement of Blood Pressure in Humans:A Scientific Statement from the American Heart Association.Hypertension,73(5),e35-e66を参照)。
【0009】
収縮期血圧値および拡張期血圧値に加えて、血圧波形形状も心血管病変の診断において重要である。拍動性動脈機能障害の最良の指標と考えられる全身動脈コンプライアンスの低下は波形形状の分析によって検出することができる(McVeigh GE(1999)Pressure pulse contour analysis identified in arterial compliance:aging and arterial compliance.Hypertension,33(6),1392-1398を参照)。
【0010】
デジタル容積脈波の形状分析により、大動脈硬化の簡略的、非観血的かつ再現性のある測定が可能となる(Millasseau SC(2002)Determination of age-related increases in large artery stiffness by digital pulse contour analysisを参照)。波形分析を使用して測定可能な動脈硬化の指標には、脈波伝播速度(動脈の長さに沿った脈波伝播速度)、増幅係数(第2収縮期のピークと第1収縮期のピークの差を脈圧で除算した値)、容量コンプライアンス(拡張期圧減衰の指数増殖期における容積変化に対する圧力変化の比)、振動コンプライアンス(拡張期圧減衰の指数増殖期における振動容積変化に対する振動圧力変化の比)がある(Mackenzie IS(2002)Assessment of Arterial stiffness in Clinical Practice.QJM:Monthly Journal of the Association of Physicians,95(2),67-74を参照)。
【0011】
同様に、酸素供給の重要な決定因子である心拍出量も、連続脈波分析を用いて推定することができる(Saugel B(2021)Cardiac output estimation using pulse wave analysis-physiology,algorithms,and technologies:a narrative review.British Journal of Anaesthesia,126(1),67-76を参照)。
【0012】
脈波形状分析(pulse contour analysis)は、先天性心疾患のある小児患者の手術後の心係数を監視するために適した方法である。熱希釈法を用いて計算された心係数と波形分析法を用いて計算された心係数との間には強い相関関係がある(r2= 0.86)(Fakler U(2007)Cardiac index monitoring by pulse contour analysis and thermodilution after pediatric cardiac surgery.The Journal of Thoracic and Cardiovascular Surgery,133(1),224-228を参照)。動脈波形分析により、1回の拍出量、心拍出量、血管抵抗、拍出量変動、脈圧変動などの導出パラメータを計算することができる(Esper SA(2014)Arterial waveform analysis.Best Practice & Research.Clinical Anaesthesiology,28(4),363-380を参照)。圧波形から抽出できる他の特徴は、MPAおよびMNA(それぞれ最大正振幅および最大負振幅)である。光電式容積脈波記録法を使用して、両手の人差し指で測定されたMPAとMNAは、脳動脈狭窄の初期段階のスクリーニングのための重要なパラメータである(Kang HG(2018)Identification of Cerebral Artery Stenosis Using Bilateral Photoplethysmography.Journal of Healthcare Engineering,2018,3253519)。
【0013】
冠動脈疾患、末梢動脈疾患、心肺疾患、脳血管疾患、および腎疾患の危険性は、強力な独立した危険因子である血圧で評価することができる。正確な測定は、血圧に関連した危険因子の分類、評価、および治療計画のために極めて重要である(Pickering TG(2005)Recommendations for blood pressure measurement in humans and experimental animals,part 1:blood pressure measurement in humans:a statement for professionals from the Subcommittee of Professional and Public Education of the American Heart Association Council on High Blood Pressure Research.Hypertension,45:142-161)。心血管疾患と血圧の関係は、多くの疫学研究で証明されている。推定によると、冠動脈性心疾患による血圧関連の死亡者のうち、冠動脈性心疾患患者の占める割合は約15%である(Miura K(2001)Relationship of blood pressure to 25-year mortality due to coronary heart disease,cardiovascular diseases,and all causes in young adult men:the Chicago Heart Association Detection Project in Industry.Archives of Internal Medicine,161(12),1501-1508)。血圧の変動は例外ではなく、むしろ原則である。
【0014】
約100年間、血圧測定の主な方法は聴診法であった。コロトコフ法は、精度に限界があるにもかかわらず、大幅に改善されることなく使用されてきた。しかしながら、この方法は、自動測定により適した新規の方法に置き換えられつつある。
【0015】
従来の臨床測定の究極の判断基準は、水銀血圧計であった。新しい水銀血圧計は、落下時に水銀が流出しないように保護されている点を除いて、その使用方法が過去50年間ほとんど変わっていない。アネロイド型血圧計では、金属ベローズおよびレバーの機械システムが使用される。このシステムの欠点は、安定性が失われ、定期的な較正が必要になることである。アネロイド型血圧計の精度は水銀血圧計よりも低く、製造業者によって大きく異なる。ハイブリッド血圧計は、聴診器と電子装置の双方の特性を組み合わせた装置であり、水銀柱がオシロメータで使用されているような電子圧力計に置き換えられる。電子装置の精度が向上すれば、ハイブリッド装置は水銀式装置に取って代わる可能性がある(上記Pickering TG(2005)を参照)。
【0016】
次世代の血圧測定法は、1876年にMareyによって最初に発表されたオシロメトリック法である(Marey EJ(1876)Physiologie experimentale:Marey(1876)Physiologie experimentale:Travaux du Laboratoire de M.Mareyを参照)。この方法をさらに観察した結果、カフ測定における最大振動点は、この方法をさらに観察した結果、カフ測定における最大振動点は、カフを徐々に収縮させて記録した場合の平均動脈内圧に対応することが示された(Mauck G(1980)The meaning of the point of maximum oscillations in cuff pressure in the indirect measurement of blood pressure.Part II.Journal of Biomechanical Engineering,102(1),28-33を参照)。
【0017】
振動は収縮期血圧を超える血圧から始まり、拡張期血圧未満の血圧まで進行する。その結果、収縮期血圧および拡張期血圧は、経験的データに基づくアルゴリズムを使用して間接的に評価される。この方法の利点は、上腕動脈上にトランスデューサを配置する必要がなく、カフの装着が必須ではないこと、外部ノイズの影響を受けにくいこと、カフが取り外し可能であることである(上記Pickering TG(2005)を参照)。
【0018】
オシロメトリック法は、振動が血圧だけでなく、その他のいくつかの因子にも依存することから限界があるが、その中で最も重要な因子は動脈硬化である。動脈硬化のある高齢者では平均動脈圧値が過小評価される可能性がある。また、拡張期血圧および収縮期血圧を検出するアルゴリズムは製造業者によって公開されないため、異なる製造業者の装置を使用した場合、有意な測定値差が生じる(Amoore JN(2000)Can simulators evaluate systematic differences between oscillometric non-invasive blood-pressure monitors?Blood pressure monitoring,5(2),81-89を参照)。オシロメトリック装置は、動脈内測定およびコロトコフ法測定と十分に適合する。また、当該装置は、動脈内測定およびコロトコフ法測定で使用される装置と比べて安価であるため、携帯型モニタリングおよび家庭モニタリングの双方の用途に適している(上記Pickering TG(2005)を参照)。
【0019】
別の方法としては、「無負荷動脈壁(unloaded arterial wall)」の原理を使用する指カフ法がある。動脈の脈動は、圧力カフ下にある指内で光電式容積脈波計によって検出される。カフは動脈内圧と同じ圧力に膨張され、さらに、カフが潰れる寸前となり、経壁圧がゼロ近くになるまで膨張される。光電式容積脈波計の出力は、カフ圧を制御するサーボ機構システムで使用される(上記Muntner P(2019)を参照)。この種の解決策はPenazによって提示された。指の動脈に加え、透過照明が容易なその他の動脈(表面からアクセス可能で、骨などを背景に軟組織内にある動脈)でも測定が可能である。典型的な例としては、前腕部または側頭部がある(Penaz J(1988)Automatic noninvasive blood pressure monitor.米国特許第4,869,261号明細書)。一般に、カフを用いたオシロメトリック法による測定では、収縮期血圧値および拡張期血圧値に関する情報のみが提供される。
【0020】
最後のグループは、トノメトリ法を使用する方法である。これらの方法の原理は、動脈を骨に対して圧迫または固定することに基づいており、その結果生じる脈動は動脈内圧に比例する。橈骨上に橈骨動脈がある手首において圧力信号を測定するために使用できる方法がある。測定信号は位置の影響を受けやすいため、トランスデューサを動脈の中心の真上に配置する必要がある。この方法は、患者ごとに較正が必要となるため、通常の臨床診療には適していない。圧平血圧測定法(applanation tonometry))では、単一のトランスデューサを手で保持して、橈骨動脈上の圧力波形を記録する。上腕動脈は、収縮期血圧および拡張期血圧を監視するために使用される(上記Pickering TG(2005)を参照)。
【0021】
初回診察時に各腕の血圧を測定し、血圧値の高い腕を選択する必要がある。次回診察時には、初回診察時に選択した腕で血圧を測定する必要がある(Williams B(2018)2018 ESC/ESH Guidelines for the management of arterial hypertension.European Heart Journal,39(33),3021-3104)。しかしながら、両腕の間には明確な違いは見られなかったが、被験者の20%に約10mmHgの差が生じたことが観察された(Lane D(2002) Inter-arm differences in blood pressure:when they are clinically significant?Journal of Hypertension,20(6),1089-1095を参照)。カフは、腕囲の80%の長さ、および少なくとも40%の幅を有する膀胱と同様のものを使用することが推奨される。最初に、カフを橈骨動脈脈消失点より少なくとも30mmHg高い圧力まで膨張させる。収縮率は、毎秒2~3mmHgとする(上記Pickering TG(2005)を参照)。測定は座位または仰臥位で行うのが一般的であるが、座位と仰臥位では結果が異なる。座位で測定された拡張期血圧は、仰臥位で測定された場合よりも約5mmHg高くなる(Netea RT(2003)Influence of body and arm position on blood pressure reading:an overview.Journal of Hypertension,21(2),237-241を参照)。カフが右心房の高さにある場合、仰臥位では直立位よりも収縮期血圧が8mmHg高くなる(Terent A(1994) Epidemiological perspective of body position and arm level in blood pressure measurement.Blood pressure,3(3),156-163を参照)。患者の背部が支持されていない場合、拡張期血圧は6mmHg高くなる可能性がある(Cushman,1990による)。また、脚を組むと収縮期血圧が2~8mmHg上昇する可能性がある(Peters GL(1999)The effect of crossing legs on blood pressure:a randomized single-blind crossover study.Blood pressure monitoring,4(2),97-101)。上記考察は、眼圧測定法によって得られる結果が曖昧であることを示している。圧平血圧測定法を使用して波形形状を取得した場合であっても、眼圧測定法の精度は、測定者の経験によって左右される。
【0022】
前述の方法をすべて考慮すると、これらの方法には限界があることが分かるが、この場合、非観血的血圧(NIBP:noninvasive blood pressure)測定法が臨床目的において最適な波形測定法と考えられる。非観血的血圧(NIBP)測定装置には、光電式容積脈波計を備えた指カフを使用するか、または、使用者によるバイアスを回避するために、測定中にセンサを保持せず、例えばブレスレットに配置するタイプの圧平眼圧測定装置を実装することができる(Lakhal K(2018).Noninvasive BP Monitoring in the Critically Ill:Time to Abandon the Arterial Catheter?Chest,153(4),1023-1039を参照)。
【0023】
橈骨動脈の測定値から中心動脈圧を導出するには、主に次の3つの方法がある。すなわち、信号のスペクトル(周波数)領域表現および再合成、自己回帰移動平均モデルの変形態、および低次元化または集中パラメータモデルである。
【0024】
スペクトル表現(橈骨動脈圧から中心動脈圧を決定する周波数アプローチとも呼ばれる)は、信号分析および信号処理の理論から直接導出された。この方法は、1990年代初頭にオーストラリアのニューサウスウェールズ大学のMustafa Karamanogluの共同研究者らによって定式化された(Karamanoglu(1993)M An analysis of the relationship between central aortic and peripheral upper limb pressure waves in man.European Heart Journal.Feb;14(2):160-7 を参照)。被験者は14人の患者であった。各患者について、上腕動脈および上行大動脈の血圧波形が微圧計で記録されるとともに、橈骨動脈圧が圧平眼圧測定装置で記録された。血圧波形の測定は、ニトログリセリン錠剤の投与前と投与後の定常状態で行われた。伝達関数はフーリエ解析を使用して取得され、各伝達関数は次式によって定義された。
【0025】
【数1】
式中、P
A(ω)とP
B(ω)はそれぞれ、上行大動脈圧、および上腕動脈圧または動脈圧の周波数表現である。血圧信号表現の係数および位相を使用して、伝達関数が次式に変換された。
【0026】
【数2】
式中、M
A-B(ω)=P
B(ω)/P
A(ω)は係数であり、e
jφ
A-B
(ω)=e
jφ
B
(ω)-e
jφ
A
(ω)は、伝達関数の位相である。
一般化された伝達関数は、個々の伝達関数を統合し、1Hzおよびその倍数のビン内の係数と位相値の双方を平均化することによって計算された。離散フーリエ変換を使用して末梢血圧を周波数領域に変換し、その高調波成分を伝達関数の高調波成分で除算することにより、上腕動脈圧または橈骨動脈圧から大動脈圧が再構成された。結果は逆離散フーリエ変換によって時間領域に再変換された。
【0027】
【数3】
上行大動脈の血圧波形形状および振幅は、上腕動脈および橈骨動脈の血圧波形形状および振幅と比較して有意に異なっていた。ニトログリセリン投与後、その差はさらに大きくなった。波形形状の違いにもかかわらず、伝達関数の調和成分は類似していた。統合データでは、係数および位相については、対照条件から得られたものと、ニトログリセリン投与後に得られたものとの間で実質的な違いはなかった。異なる条件下で機能する伝達関数を得るために、ニトログリセリンの伝達関数を対照条件の伝達関数と平均化した。得られた平均伝達関数は、対照条件およびニトログリセリン投与後に計算された伝達関数と類似していた。著者ら自身の結果によると、この方法の信頼性は比較的高いものである。中心血圧の再構成の精度は、収縮期血圧値を使用して評価された。記録された大動脈収縮期血圧値および末梢収縮期血圧値の比較では、有意差が認められた(r
2=0.89)。異なる測定条件下で合成された大動脈収縮期血圧値と直接記録された大動脈収縮期血圧値の比較では、わずかな差異が認められた(r
2=0.95)。この方法を採用した最初の装置はSphygmoCor(登録商標)であり、この装置は、中心血圧推定の標準と考えられていたが、検証研究では、その推定精度は中心収縮期血圧および中心脈圧の推定にのみ認められた。この方法では完全な波形を得ることはできたが、完全な波形形状分析を行うためには十分な精度ではなかった(Hope SA (2007)'Generalizability'of a radial-aortic transfer function for the derivation of central aortic waveform parameters.Journal of Hypertension,25(9),1812-1820)。
【0028】
第2のグループ含まれるモデル(自己回帰移動平均モデル型、ARMA型という)は、1990年代末にChen-Huan Chenと共著者(ボルチモアのJohns Hopkins University Medical Institutionのチーム)の研究を通じて初めて提案され、普及した(Chen CH(1997)Estimation of central aortic pressure waveform by mathematical transformation of radial tonometry pressure.Validation of generalized transfer function.Circulation.Apr 1;95(7):1827-36を参照)。これらのモデルの基本概念は、ARMAX(AutoRegressive Moving Average with eXogenous input:外因性入力による自己回帰移動平均)モデルを使用して、一対の中心大動脈圧および橈骨大動脈圧間における個々の伝達関数(TF)を計算し、各伝達関数(TF)を一般化して一般化伝達関数(GTF)を得ることに基づいている。スペクトル法に対しては主に、伝達関数(TF)について患者間および患者内の変動が体系的に評価されていないという批判があった。チェン氏の目標は、制御条件下と血圧を大きく変化させる生理学的操作下の双方で、中心大動脈圧および橈骨大動脈圧間における伝達関数(TF)変動の大きさを決定することであった。
20人の患者それぞれについて、大動脈圧が微圧計で記録され、橈骨動脈圧が自動眼圧測定装置で記録された。データは、各被験者の定常状態で記録され、その後、複数の血行動態過渡操作(hemodynamic transient maneuver)のうち少なくとも1つを行っている間に記録された。線形ARMAXモデルを使用して、各被験者について、大動脈圧および橈骨動脈圧間の伝達関数(TF)が計算された。生理系に対応する直接伝達関数(TF)は大動脈圧入力と橈骨動脈トノメーター信号出力から導出された。
【0029】
【数4】
式中、T(t)とT(t-I)[I=1,2...na]は現在および過去の橈骨動脈の離散測定値であり、P(t-I)は過去の大動脈離散測定値である。a、b値はモデルのパラメータであり、次数はna、nbで表される。この研究では、次数は任意に[10,10]に設定された。
橈骨動脈信号大動脈圧を再構成できるように、直接伝達関数(TF)は逆変換(inversed)された。
【0030】
【数5】
ARMAX(外因性入力による自己回帰移動平均)パラメトリックモデルがノンパラメトリック法(フーリエ変換で得られる推定スペクトル伝達関数(TF))と比較された。このパラメトリックモデルは、同じデータセットについてノンパラメトリックモデルを使用して得られた推定値と比較して、より小さな分散を有する推定値を生成した。
最後に、定常状態と過渡状態の一般化伝達関数が類似していたため、波形再合成解析には一般化定常状態逆伝達関数のみが使用された。
【0031】
個々のまたは一般化逆伝達関数を使用して推定波形を得た場合、定常状態における推定波形のパルス振幅および形状は、測定中心動脈波形と類似していた。波形推定の精度は、個々の逆伝達関数の方がわずかに高かった(精度については、推定波形図と測定波形図の回帰の最小領域の測定値を使用して比較された)。一般化伝達関数を使用して計算した場合、計算された中心動脈圧は測定値と≦0.2±3.8mmHg異なっていた。個々の伝達関数(ITF)の分散は0.9mmHgであった。
脈波増大係数(augmentation indexes:AI)の比較により、再構成波によるAI値が測定波形に基づいて計算された値よりも低いという重要な違いが明らかになった。一般化伝達関数(GTF)によりAI値が30±45%低下し、個々の伝達関数(ITF)を使用することにより、過小評価の分散が減少した。
過渡的負荷変化下での大動脈波形の再合成は、一般化伝達関数(GTF)および個々の伝達関数(ITF)の双方で伝達関数の一定性に依存していた。平均して伝達関数(TF)は一定であったが、過渡時に数人の患者において伝達関数(TF)が著しく変化したため、血圧を正確に再構成することができなかった。このような伝達関数(TF)の患者内変動(ピーク振幅の変動係数>20%)は14人中4人にみられた。著者らは、一般化伝達関数(GTF)によって、個々の伝達関数(ITF)とほぼ同程度の信頼性のある結果が得られるという結論に達した。このことは、血圧増幅をもたらす上肢の血管分岐が、年齢、性別、体型などの因子と比べて、伝達関数(TF)に影響を与えるより強い因子であることを示唆している。
類似した方法として、平滑化し、高周波ノイズを除去するために使用されるデジタルローパスフィルタとして機能する、n点移動平均(NPMA)がある。ただし、この方法において最適な移動平均分母は、選択された母集団からの検証データを使用して経験的に決定される。その結果、この方法の精度はスペクトル法で得られる精度と同程度でしかない(Miyashita H(2012)Clinical Assessment of Central Blood Pressure.Current hypertension reviews,8(2),80-90を参照)。
【0032】
大動脈圧波形を決定する方法の第3のグループは、ムッカマラ氏(R Mukkamala(2019)Methods and apparatus for determining a central aortic pressure waveform from a peripheral artery pressure waveform.米国特許第10,251,566号明細書)またはガオ氏(Gao M(2016)A simple adaptive transfer function for deriving the central blood pressure waveform from a radial blood pressure waveform.Scientific Reports,6(1),1-9)によって提案された管負荷モデル(tube load model)に基づいていた。以下、より精緻なムッカマラ氏の手法を使用する方法を説明する。大動脈圧(AP)波形および末梢動脈圧(PAP)波形間の数学的変換が動脈樹を表す分散モデルとともに、大動脈弁の閉鎖による拡張期の中心大動脈血流は極少量であるという仮定に基づいて構築された。最初の工程は、分散モデルを使用して、大動脈圧(AP)と末梢動脈圧(PAP)間、末梢動脈圧(PAP)と中心動脈血流間の伝達関数を定義することであった。モデルのパラメータは、測定末梢動脈圧(PAP)に適用した場合、拡張期条件下で中心動脈血流波形の大きさを最小化する別の伝達関数を見出すことによって推定された。これらのパラメータは、最終的に末梢動脈圧(PAP)を大動脈圧(AP)に変換するために、それ以前の伝達関数に代入された。新しい波形セグメントが利用可能になるごとに伝達関数によってパラメータが更新された。
【0033】
動脈樹を表す分散モデルは、集中パラメータの末端負荷(末梢動脈の遠位動脈床)と直列に配置された均一の管(大動脈と末梢動脈との間の経路)からなる並列セグメントから構成される。血圧から血圧への伝達関数は、次式で与えられる。
【0034】
【数6】
血圧から血流への伝達関数は、次式で与えられる。
【0035】
【数7】
拡張期の中心大動脈血流は重要ではないという事実に基づき、末梢動脈圧(PAP)波形の各セグメントについて未知のパラメータT
di、A
i、B
iが計算された。血圧から血流への伝達関数のパラメータは、測定末梢動脈圧(PAP)を使用し、拡張期の中心動脈血流の値を「0」とすることで決定された。非観血的に測定されたT
di値を使用することでパラメータ推定が簡略化された。各末梢動脈圧(PAP)の波形セグメントおよび初期(測定)T
di値から、血圧から血流への伝達関数の3つのパラメータが近似された。
【0036】
先行技術調査により、上述した血行動態モニタリングの非観血的方法についての臨床評価を提示する論文が明らかになった。そのうちの1つの論文では、ClearSight(商標)(血管負荷軽減技術)による動脈圧の非観血的測定法と、心臓手術中の麻酔導入後、すなわち、平均動脈圧の測定が必要な時点で行われた観血的測定法とが比較された。結論としては、紫色指症候群(blue-finger syndrome)のような限界を考慮しても、非観血的測定法は有用な代替手段であるということであった。非観血的測定法の使用は、特に不安な患者、または橈骨動脈穿刺という困難な状況が予想される場合、観血的測定法に代わって実施可能な代替手段であった(Frank P(2021)Noninvasive continuous arterial pressure monitoring during anesthesia induction in patients undergoing cardiac surgery.Annals of Cardiac Anaesthesia,24:281-7を参照)。逆の立場については、キム氏による総説論文で提示された(Kim SH(2014)Accuracy and precision of continuous noninvasive arterial pressure monitoring compared with invasive arterial pressure:a systematic review and meta-analysis.Anesthesiology,120(5),1080-1097を参照)。
【0037】
研究者らは、持続的な非観血的動脈圧モニタリングと観血的動脈圧モニタリングを比較することで包括的な再考およびメタ分析を行った。持続的な非観血的動脈圧モニタリングの結果は、統合されたバイアス推定値が5mmHg以下、標準偏差値が8mmHg以下である場合、米国医療機器振興協会(Association for the Advancement of Medical Instrumentation)より承認および推奨された。調査結果から、非観血的動脈圧モニタリング装置の不正確性は許容範囲を超えていることが分かった。ここで、この研究の目的は非観血的動脈圧モニタリングの相対的正確性をすることであり、当該モニタリングに使用された装置の潜在的な臨床有用性を評価することではないことに留意されたい。臨床的な意思決定過程、最終的な結果、または安全性のためには、総体的により正確かつ精密な測定装置が必要とされる。別のメタ分析によって上記の結果が確認された(Saugel B(2020)Continuous noninvasive pulse wave analysis using finger cuff technologies for arterial blood pressure and cardiac output monitoring in perioperative and intensive care medicine:a systematic review and meta-analysis.British Journal of Anaesthesia,125(1),25-37を参照)。この分析は複数の研究結果から構成されており、この結果により、非観血的指カフ装置を使用し、観血的方法を参照として測定した場合の動脈圧、心拍出量、心係数について互換性が認められた。しかしながら、このメタ分析で提示れた統合結果によって、非観血的方法と観血的方法には互換性がないことが分かった。この結果は、上記研究では動脈圧値、心拍出量、および心係数について実質的なばらつきがあり、著しく不均一であることに起因していた。一般的に、結果の不均一性は、患者(例えば、異なる集団など)、臨床環境(例えば、昇圧剤および強心剤の使用など)、装置(モニタリングに使用されるソフトウェアのバージョンの違いなど)に関連するいくつかの要因によって起こる。この総説論文では、研究結果および参照方法の結果の一致点のみを分析し、動脈圧または心拍出量および指標の経時的相対的変化として理解される傾向性については分析されなかった。また、CNAP(商標)装置(Continuous Noninvasive Arterial Pressure;CNSystems Medizintechnik AG)の臨床評価に関する別の論文もある。そのような論文の1つ(Ilies C(2012)Investigation of the agreement of a continuous non-invasive arterial pressure device in comparison with invasive radial artery measurement.British Journal of Anaesthesia,108(2),202-210.)によると、正常血圧状態では、CNAP(商標)は、平均動脈圧値のための観血的血圧モニタリングと互換性があったが、麻酔導入後は結果が異なり、動脈圧が低く互換性は得られなかった。結論として、CNAP(商標)は、麻酔状態では観血的方法と統計的に同等ではないものの、追加の血圧モニタリング装置として使用できることが分かった。同様の結論がR.ハーン氏による論文でも示されている(Hahn R(2012)Clinical validation of a continuous non-invasive haemodynamic monitor(CNAP(tm)500)during general anaesthesia.British Journal of Anaesthesia,108(4),581-585を参照)。すなわち、CNAP(商標)モニタリング装置は、動脈圧については観血的装置との一致性が期待できることが分かったが、この非観血的装置は事前定義された要件を満たさなかった。
【0038】
引用した先行技術文献は、観血的測定法と非観血的測定法との間の一致性が不確かであることを裏付けている。非観血的測定法には多くの利点(安全性および使いやすさなど)があるため、非観血的に取得された血圧を観血的に取得された血圧に変換する数学的方法を開発する必要がある。
【0039】
上記の先行技術の総説によって示されているように、遠位から近位(中心)に向かう血圧測定結果を外挿するための様々な異なる提案がある。最も伝統的なアプローチにおいては、十分に確立され、実用上最も広く普及しているブラックボックス方式がある。これらの方法では、性別、年齢、その他の健康状態に特有の要因とは無関係に、単一、単純かつ普遍的な公式によって問題を解くことが確約されている。これらの方法と反対の方法は、(多少異なるとしても生理学に関連する)数十の未知の経験的パラメータを有する複雑な分散モデルである。
【0040】
現在の心臓血管相互作用モデルは、高次元モデル(例えば、2Dおよび3Dなど)と、低次元モデル(例えば、1D、0D、および管負荷モデルなど)とを含む(Zhou S,et al.A review on low-dimensional physics-based models of systemic arteries:application to estimation of central aortic pressure.Biomedical Engineering Online.2019;18(1):41,1-25を参照)。高次元モデルは、循環器の特定領域における局所的現象を記述することを前提としている。これらのモデルは、オイラーの公式およびナビエ・ストークス方程式における質量平衡方程式から導かれることが最も多く、血管組織の構成関係で補完されることもある(Morris PD,et al Computational fluid dynamics modelling in cardiovascular medicine,Heart 2016;102:18-28を参照)。高次元モデルは複雑であり、計算能力が要求されるため、厳密に限定された循環領域のみで使用可能である。より広範囲の用途のためには、高次元モデルを簡素化する必要がある。これは段階的に行われ、第1の工程では、空間次元が削減されて1次元(1D)モデルとなるとともに(Raines JK,Jaffrin MY,Shapiro AH.A computer simulation of arterial dynamics in the human leg.Journal of Biomechanics. 1974;7(1):77-91,Formaggia L,Lamponi D,Tuveri M,Veneziani A.Numerical modeling of 1D arterial networks coupled with a lumped parameters description of the heart.Computer Methods in Biomechanics and Biomedical Engineering.2006;9(5):273-288)、空間管負荷モデルにおいて不連続的になる(Swamy G,Mukkamala R, Olivier N.Estimation of the aortic pressure waveform from a peripheral artery pressure waveform via an adaptive transfer function.Annual International Conference of the IEEE Engineering in Medicine and Biology Society.2008:1385-1388)。
【0041】
集中パラメータを用いたモデルは、その単純さにもかかわらず、心血行動態で観察される重要な現象を記述するための非常に効果的な方法を提供する(Vlachopoulos Ch,O'Rourke M,Nichols WW.McDonald's Blood Flow in Arteries:Theoretical,Experimental and Clinical Principles 6th Edition, CRC Press,2011)。それらのモデルの例を
図2に示す。
図2の図は、ウィンドケッセルモデルの3つの基本構成をそれぞれ示す。19世紀末にドイツの生理学者オットー フランクによって発表された最初の最も古いモデルは、コンプライアンス(C=dV/dP、血管内圧の変化に対する容積の変化の比)、および抵抗(平均血流に対する平均血圧)の形態の2要素(
図2(2WM))のみを含み、大動脈の伸展性と小末梢血管の抵抗をモデル化している(Frank O.Die Grundform des Arteriellen Pulses.Zeitschrift fur Biologie.1899;37:483-526)。このモデルは、単純であるにもかかわらず、大動脈の圧力低下を記述するのに適しており、心拍出量または血圧を推定するのに使用することができる。2WMの適用範囲を高周波数領域まで拡大するために、ニコラス ウェステルホフは、1969年に3番目の要素である入力慣性抵抗を追加することを提案した(Westerhof N et al.Journal of Biomechanics.1969;2(2):121-143を参照)。ウィンドケッセルの3要素モデル(
図2(3WM))は、現実的な血圧と血流の波形を再現可能であるとともに、生体内測定による実験データに適合可能であった。ウィンドケッセルの3要素モデルは、おそらく、体循環の記述に最も広く使用され、受け入れられているモデルである。
【0042】
3WMモデルは、は20世紀の90年代後半にニコス ステルギオプロスによって実証された慣性効果を無視しており、それが主な欠点である(Stergiopulos N,Westerhof BE,Westerhof N. Total arterial inertance as the fourth element of the Windkessel model.Am J Physiol.1999;276(1):H81-88を参照)。最初に収縮期における血液量の急激な増加として現れ、次に拡張期における血液量の減少として現れる中心動脈圧の急激な変化は、慣性効果をもたらすことが示された。ニコス ステルギオプロスが主張したように、これらの効果を考慮するためには、慣性項(Δp~dq/dt)を追加してモデルを完成させる必要がある(
図2(4WM))。
【0043】
このように先行技術を詳細に再考することにより、関連するすべての影響を考慮し、患者に固有であるモデルを使用する正確かつ非観血的な方法の必要性が明らかになった。またこのモデルの実用的な実装によって、例えば、臨床集中治療モニタリング中に当該方法を使用することが可能となる。本発明は、上記の必要性に対処するものである。
【発明の概要】
【課題を解決するための手段】
【0044】
以下の説明は、添付の特許請求の範囲に記載された発明の原理および利点をより良く理解するためのものであり、いかなる意味においても限定するものではない。
【0045】
本発明の目的は、1若しくはそれ以上の非観血的測定を使用して、時間の関数としての中心動脈圧波形のパラメータに関する情報を提供することにある。提供される情報は、観血的測定によって得られた値に対応する。さらに本発明は、非観血的測定に基づく血圧波形を提供することを目的とし、この血圧波形は、観血的測定によって得られた血圧波形に対応する。さらに本発明は、1若しくはそれ以上の非観血的測定に基づいて、デジタル容積脈波および心拍出量の形状分析を提供することを目的とし、当該分析、脈波、および心拍出量は、観血的測定によって得られた分析、脈波、および心拍出量に対応する。
【0046】
これにより、本発明では、1若しくはそれ以上の非観血的測定のみに基づいてヒト心臓の状態を診断することが可能となるため、観血的測定の組織化および実施に伴う危険性を回避して血圧上昇および/または高血圧の診断および治療が可能となる。
【0047】
本発明は、ウィンドケッセル型の発明モデルを使用して、測定された遠位血圧波形を近位(中心)血圧波形に変換する特定の手法に基づいている。
【0048】
本発明の重要なポイントの1つは因果関係である。すなわち、例えば橈骨動脈圧などの遠位血圧は中心大動脈の変動の影響を受けているものであり、その逆ではない。遠位血圧が測定されるという事実にかかわらず、関係構築の出発点はヒトの心臓と心臓につながる主要血管でなければならない。別の重要なポイントは、患者固有のデータに基づいたモデルを使用することであり、性別、年齢、またはその他の健康状態に固有の要因などを考慮しない普遍的な公式には従わないことである。特に本発明は、原則として実験データへの適合性を高める目的のみに使用される、未知の経験的パラメータに基づくモデルには従わない。
【0049】
1観点において、本発明は、非観血的連続遠位血圧測定値から中心動脈圧波形形態を再構成する方法に関する。本方法は、コンピュータ実装型の発明として実現することができる。
【0050】
本発明による方法は、体内の圧脈波伝播に影響を与える患者固有の人口統計学的データおよび健康データを収集する工程を有する。患者固有のデータは、特定のヒト患者から取得されたデータとして理解される。患者固有の人口統計学的データおよび健康データは、患者の性別、年齢、身長、一般的な体力評価および/または現在服薬している薬物を含むことができる。現在服薬している薬物は、βアドレナリン遮断薬、アンジオテンシン変換酵素阻害薬および/または抗不整脈薬を含むが、これに限定されるものではない。一般的に、ヒトの心臓に影響を与える可能性のあるすべての薬物が考慮される。
【0051】
本発明による方法はまた、患者の収縮期血圧、拡張期血圧、および心拍数の非観血的測定を含む。「非観血的測定(non-invasive measurement)」という用語は、いかなる種類の手術および/または重大な健康の危険性を伴わない測定を意味する。いくつかの実施形態では、前記測定は、患者の体内へのいかなるプローブの挿入を含まない。いくつかの特定の実施形態では、本方法は上記測定を必要としない。その代わりに、本方法は、連続的に記録された患者の遠位血圧波形に基づいて、患者の収縮期血圧、拡張期血圧、および心拍数を推定する工程を有する。
【0052】
本発明による方法はまた、患者の遠位動脈などからの遠位血圧波形を連続的に記録する工程を有し、前記記録は、患者の心臓の1周期全体を含み、非観血的に実行される。呼吸速度が異常に遅い(徐呼吸の)極端な症例では、呼吸周期の長さの半分の長さを使用することができる。前記記録は、光電式容積脈波記録法および/または圧平血圧測定法から選択される方法を使用して、橈骨動脈上に配置されたセンサによって動脈血圧を測定する工程を含む。さらに、前記記録は、単一の呼吸周期内の連続した心周期のシーケンスにわたって行ってもよい。前記記録はまた、任意の数の心周期または呼吸周期にわたって行ってもよい。「非観血的記録」という用語は、いかなる種類の手術および/または重大な健康の危険性を伴わない記録を意味する。いくつかの実施形態では、前記記録は、患者の体内へのいかなるプローブの挿入を含まない。
【0053】
本発明による方法はまた、結合システムのパラメトリックを特定する工程を有し、前記結合システムは、血液循環系の中心区画の集中パラメータモデルと、遠位から近位への伝達を担う集中パラメータモデルとを有する。前記結合システムの前記2つのモデル構造により、測定された遠位血圧の近位(中心)血圧への変換が正確に行われ、それによって得られた結果は、観血的測定法を使用して得られた結果に近い精度で、後工程でヒトの心臓の分析および診断に使用することができる。
【0054】
さらなる特徴および利点は、非限定的な実施形態の詳細な説明および添付の図面からより明らかになると考えられる。別段の記載がない限り、本明細書および特許請求の範囲に記載された実施形態およびその特徴のすべては、任意の順序および数で組み合わせることが可能であり、それにより本開示の一部となる新たな実施形態を形成することができることを理解されたい。
【図面の簡単な説明】
【0055】
次に、添付の図面を参照して本発明をさらに詳細に説明する。
【
図1】
図1は、本発明の1実施形態による方法の概略図を示す。
【
図2】
図2は、血液循環系の単一区画(mono-compartment)の集中パラメータモデルの基本的な変形形態を表す概略的なブロック図であり、オットー フランクによる2要素(2WM)、ニコラス ウェステルホによる3要素(3WM)、ニコス ステルギオプロスによる4要素(4WM)を示す。
【
図3】
図3は、本発明の好ましい実施形態による機能構成ブロック(functional building block)の単一区画(CRL)、および一般化された形態のウィンドケッセルモデルの複数の区画(n?CRL)を示す。
【
図4】
図4は、血液循環系の中心区画の集中パラメータモデルおよび機能構成ブロックを示す。
【
図5】
図5は、臨床試験において観血的方法を使用して得た患者の連続的血圧波形測定値と、本発明による非観血的方法を使用して得た患者の連続的血圧波形測定値の2つの例示的な完全記録を示す。
【
図6】
図6は、安静時および充血状態における大動脈内カテーテルからの参照信号に対する中心動脈圧波形の再構成を示す。
【
図7】
図7は、本発明の実施形態による局所最小化アルゴリズムおよび大域的最小化アルゴリズム使用したモデルパラメータの収束処理を示す。
【
図8】
図8は、本発明の方法の実施形態を使用して得られた収縮期血圧および拡張期血圧の再構成の精度の評価を示す。
【発明を実施するための形態】
【0056】
本発明の好ましい実施形態では、
図3に示す複数の区画(multi-compartment)の集中パラメータモデルの構成ブロックに基づいて、遠位の非観血的測定値から中心動脈圧波形の再構成が実行される。図示するように、複数の区画モデルは、CRL機能構成ブロック(CRL-コンプライアンス(C
i)、抵抗(R
i)、慣性(L
i))を使用して構築される。入力パラメータおよび出力パラメータは、血圧(p)および血流量(q)の一対の方程式で結ばれる。
【0057】
【0058】
【数9】
したがって、単一のCRL機能構成ブロックについては、次式が成り立つ。
【0059】
【数10】
したがって、n?CRLの構成ブロックチェーンついては、次式が得られる。
【0060】
【0061】
【数12】
上記の式のすべてから、近位(proximal)の血圧と遠位(distal)の血圧は常に一定の関係にあるというより一般的な結論が導かれ、これは次式によって表現することができる。
【0062】
【数13】
式中、Δpは、遠位から近位への変換を得るために計算が必要である。
遠位の血圧(通常は橈骨動脈圧)を使用して近位の血圧(中心大動脈圧)を非観血的(または観血的)に決定するという問題では、遠位から近位への未知の(伝達)関数を決定する必要があり、これは次式によって表現することができる。
【0063】
【数14】
そしてこれは、選択された位置間の血圧の低下は、(C
i)、抵抗(R
i)、および/または慣性(L
i)からなる血管樹セグメントを使用して表現される血流量(q
i)に関連していることを示している。特定の最も単純な実施形態(
図3、1-CRL)では、上記計算は、1区画CRLを使用して実行される。この実施形態では、遠位から近位への伝達関数は、次式によって表現される1方程式の関係の形をとる。
【0064】
【数15】
別の実施形態では、2方程式の関係が2区画CRL(
図3、2-CRL)に使用される。別の実施形態では、n方程式の関係がn-区画CRL(
図3、n-CRL)に使用される。
【0065】
(11)、(12)、特に(15)の形式の遠位から近位への伝達関数の実用的な実装には、{Ci,Ri,Li}などの経験的な患者固有のパラメータに加えて、血流量に関する正確な知識が必要である。ここで、n=1区画モデル(1-CRL)の場合、モデルは、補助的な{q0}の血流関係によって完成される必要があるが、一方n区画の場合、{q0,q1,...qn-1}の関係によって完成される必要があることを留意されたい。遠位の血圧および中心血圧をマッピングするためには、循環の中心区画に関する知識、または少なくとも中心血流量に関する知識が必要である。また、状況によっては、さらに血流量に関する知識も必要となる。
【0066】
本発明の好ましい実施形態では、前記中心{q0}または区画{q0,q1,...qn-1}血流量は、隣接する集中パラメータのウィンドケッセルモデルで表現される。したがって、所定の伝達関数を追求する前述の先行技術の多くの試みとは対照的に、本発明では伝達関係の構造的な厳密性を前提とせず、欠落している血行動態状態量を見つけるために必要な関係を提供する進化法則を前提としている。これは本発明の重要な考え方の一つであり、本発明では、遠位測定位置を末梢循環領域の一部として扱うことを必要とする概念を放棄している。中心区画モデルは、(11)および(12)、または(15)の欠落関係のみを提供し、大動脈から末梢領域への血液分布については解析しない。欠落している血流量を個別に計算し、それらを使用して血圧波形の伝達関数を構築した場合、完全に非結合的で分離された現象学的モデルが得られることに留意されたい。すなわち、中心区画は末梢部に対して分配され、末梢部は中心区画に毎週(そのような状況がある場合)接続される。
【0067】
本発明の好ましい実施形態では、少なくとも1つの集中パラメータ機能構成ブロックCRL(
図4(a)に示す)を使用して、血液循環系の中心区画モデルが構築される。この集中パラメータ機能構成ブロックCRLは、心臓弁をモデル化したダイオードである弁(Valve)を有することができる。このダイオードは、当該分野で使用されている用語に従って、一方向への流れのモデルとして理解されるべきである。このモデルは、単一閉ループ回路(
図4(d))、または2つの閉ループ回路(
図4(c))のいずれかで構成することができる。これらの実施形態では、中心区画モデルに少なくとも2つのCRL機能構成ブロックが含まれる。すなわち、第1の機能構成ブロックは、大きな慣性・弾性効果(inertio-elastic effects)を示す大型および中型の弾性血管を表し、第2の機能構成ブロックは、抵抗・容量効果(resisto-capacitive effects)を表す。
図4(c)の好ましい実施形態では、モデルは、(C
i-1=C
pa、R
i=R
pa、L
i=L
paによって決定される慣性・弾性CRL構成ブロックと、C
i-1=C
pv、R
i=R
pv、L
i=0によって決定される抵抗・容量CRL構成ブロックの2つのCRL構成ブロックの重ね合わせとしての)心臓右側の循環類似構造と、心臓左側の循環類似構造(C
i-1=C
sa、R
i=R
sa、L
i=L
saである慣性・弾性CRL構成ブロック、およびC
i-1=C
sv、R
i=R
sv、L
i=0の抵抗・容量CRL構成ブロック)とを有する。本発明のさらに別の好ましい実施形態では、体循環の単一閉ループ回路に基づいて、十分な精度の中心区画モデルを構築することができる(
図4(d)に示すように、慣性・弾性CRL機能構成ブロックは、C
i-1=C
sa、R
i=R
sa、L
i=L
saによって決定され、抵抗・容量性CRL機能構成ブロックは、C
i-1=C
sv、R
i=R
sv、L
i=0によって決定される)。本発明のこれらの実施形態は、
図4の図(c)および(d)に示されており、また、これらの実施形態に含まれる方程式は、本明細書に開示された方程式(8)および(9)に従う。
図4(c)の実施形態は、
図4の(d)の実施形態と比べてより正確である。しかしながら、
図4(d)の実施形態は、十分な精度を維持しながら、
図4(c)の実施形態と比べて結果をはるかに速く提供することができる。血液循環系の中心区画についてのより詳細な提供するさらなる実施形態では、L
iは「0」に等しくない。別の実施形態では、
図4(c)および
図4(d)で使用される時間変化エラスタンス概念(E)は、心筋線維の応力および歪み概念(MF)に部分的または全体的に置き換えられる。
【0068】
生理学的状態を再現するために、本明細書で説明する任意中央区画の閉ループ回路は、自励振動子(self-excited oscillator)を形成することが好ましい。したがって、このような閉ループ回路は、心臓の血行力学的作用を模倣する構成要素によって完成される。境界条件を適切に使用することは、自励振動子の代替手段となる。この振動子を組み込むためには、以下のことを考慮する必要がある。心臓の内部構造は、繊維壁からなる心内膜、心外膜、およびはるかに体積の大きい心筋に囲まれた空洞の形をした4つの心腔(左心房と右心房、および左心室と右心室)となっている(Barrett K et al.(2019)Ganong's Review of Medical Physiology,McGraw-Hill Education,Pappano AJ,Wier WG(2019)Cardiovascular Physiology,Elsevier,Klabunde RE (2018)Cardiovascular Physiology Concepts, Lippincott Williams & Wilkinの記載を参照)。2つの心房はそれぞれ、身体の組織と肺から心臓に戻る血液を受け取り、一方心室は肺およびその他すべての臓器に血液を送り出す。それぞれの心腔には、一方向の血流を維持するための弁が備わっている。各弁は、弁の両側の血圧差に応じて、(ほぼ)受動的に開閉する。したがって、弁を通した血流、ひいては心腔からの血液の流出は((
図4(b)に示された構成ブロックに従って)、次式によって表現することができる。
【0069】
【数16】
また心腔の容積は、次式によって表現することができる。
【0070】
【数17】
多くの文献で示されているように、予測の質を向上させるために心腔モデルを拡張することは容易にできる(Kim HJ et al.On coupling a lumped parameter heart model and a three-dimensional finite element aorta model.Annals of Biomedical Engineering.2009;37(11):2153-69,Itu L,Sharma P,Suciu C.(2017)Patient-specific hemodynamic computations:application to personalized diagnosis of cardiovascular pathologies.Springer,Hongtao L.et al.(2020)A numerical model applied to the simulation of cardiovascular hemodynamics and operating condition of continuous-flow left ventricular assist device.J.Mathematical Biosciences and Engineering,17(6):7519-7543)。しかしながら、しかし、各心腔の血行動態活動には大きな違いはなく、弁を通して同量の血液が送り出されるため、心腔モデルを拡張したとしても品質の大幅な向上は望めない。右(肺)循環路と左(全身)循環路に供給される血流のの特性は大きく異なるため、血圧も大きく異なることに留意されたい(Caro CGet al.(2012)The Mechanics of the Circulation,Cambridge University Pressを参照)。結果として、心房および心室の血圧・容積特性に関する共通表現を探求することが合理的である。
【0071】
本発明の好ましい実施形態では、上記心腔血圧・容積関係は、可変エラスタンス概念を使用して定式化され(Suga H.(1969)Time course of left ventricular pressure-volume relationship under various enddiastolic volume.Jpn Heart J.1969;10(6):509-15,Walley KR (2016) Left ventricular function:time-varying elastance and left ventricular aortic coupling. Critical Care 20(270):1-11,Bozkurt S (2019) Mathematical modeling of cardiac function to evaluate clinical cases in adults and children.PloS One.2019;14(10):e0224663,Li W (2020)Biomechanics of infarcted left ventricle:a review of modelling.Biomedical Engineering Letters. 10(3):387-417)、次式によって表現することができる。
【0072】
【0073】
【数19】
可変エラスタンス概念(E)は実施が容易であり、方法の実行に必要な時間と方法による結果の精度との均衡が良好である。
【0074】
本発明の別の実施形態では、閉ループ集中パラメータ中心区画モデルにおける心腔血圧・容積閉鎖関係は、心筋線維の応力および歪み概念(MF)によって直接表現することができる(Mirota K(2008)Constitutive Models of Vascular Tissue.Solid State Phenomena.Vol.144,100-105,Avazmohammadi R et al.A Contemporary Look at Biomechanical Models of Myocardium.Annual Review of Biomedical Engineering.2019 Jun 4;21:417-442,Voigt JU,Cvijic M(2019)2-and 3-Dimensional Myocardial Strain in Cardiac Health and Disease.JACC Cardiovasc Imaging.12(9):1849-1863)。一般に、肉薄で(概ね)回転対称な形状のすべてにおいて、繊維応力(σf)の変化は、体積弾性率
【0075】
【数20】
に比例するため、積分後の空洞圧力(p)と繊維応力(σ
f)との比の関係は、次式によって表現することができる。
【0076】
【数21】
(19)または(20)で表現される上記心腔血圧・容積関係によって中心区画モデルの構造が完成し、それにより、遠位から近位への移行を提供するモデルが完成する。
心筋線維の応力および歪み概念(MF)は、可変エラスタンス概念(E)と比べるとはるかに洗練されているが、その理由としては、心筋繊維の変形および歪みを考慮しているためである。この概念により、より正確な記述が可能となり、場合によっては、より正確な結果が得られる。
【0077】
図1は、本発明による方法の1実施形態を示す。本実施形態を使用して本発明を詳細に説明する。本実施形態の方法は、1)患者の一般的な人口統計学的データおよび健康データを収集する工程と、2)選択された非観血的方法による患者の収縮期血圧、拡張期血圧、および心拍数を測定する工程と、3)選択された時間窓内での単一ブロックの遠位血圧波形を記録する工程と、4)収束に達するまでモデルの反復的精密化を含む、集中パラメータモデルのパラメトリックの特定を実行する工程と、最後に、5)改良されたモデルを使用して中心(近位)血圧および近位血流量を決定する工程の、5つの工程を有する。
図1に図示されていない別の実施形態では、血圧値および心拍数は、測定された遠位血圧波形を使用して推定される。本方法に少なくとも1つの完全な心周期が含まれるように任意の時間窓が選択される。しかしながら、呼吸速度が異常に遅い(徐呼吸の)極端な症例では、呼吸周期の長さの半分の長さを使用することができる。当業者であれば、このような選択はR波を使用して行うことができることを理解すると考えられる。好ましい実施形態では、本方法が2、3、4、5若しくはそれ以上の完全な心周期を含むように任意の時間窓が選択される。
【0078】
第1の工程において、患者の体内の圧脈波伝播に関連する患者の人口統計学的データおよび一般的な医療データが収集される。このデータは、モデルのパラメトリックの特定に関連する工程4においてのみ使用されるが、方法の効率に影響する。この効率は、方法の結果に到達するために必要な時間によって測定することができる。1実施形態では、性別、年齢、体重、身長に関するデータが収集される(Smulyan H et al.(1998) Influence of body height on pulsatile arterial hemodynamic data.Journal of the American College of Cardiology.31(5):1103-9, Christofaro DGD et al.(2017)Relationship between Resting Heart Rate,Blood Pressure and Pulse Pressure in Adolescents. Arquivos Brasileiros de Cardiologia.108(5):405-410,Evans JM et al.(2017)Body Size Predicts Cardiac and Vascular Resistance Effects on Men's and Women's Blood Pressure.Front Physiol.9;8:561,Gallo C et al.(2021)Testing a Patient-Specific In-Silico Model to Noninvasively Estimate Central Blood Pressure.Cardiovascular Engineering and Technology.12(2):144-157)。薬物療法も患者の体内の脈波伝播に影響を与える可能性がある。特に、βアドレナリン遮断薬(BBLOCK)、アンジオテンシン変換酵素阻害薬(ACE)、および/または抗不整脈薬(AARR)の群からなる薬物を服用している患者に影響が見られる(Harris WS,Schoenfeld CD,Weissler AM(1967)Effects of adrenergic receptor activation and blockade on the systolic preejection period,heart rate,and arterial pressure in man.Journal of Clinical Investigation.46(11):1704-14,Morgan TO et al.(1974)A comparison of beta adrenergic blocking drugs in the treatment of hypertension.Postgraduate Medical Journal.50(583):253-259,Nyberg G(1976)Effect of beta-adrenoreceptor blockers on heart rate and blood pressure in dynamic and isometric exercise.Drugs.11 SUPPL 1:185-95,Fitzpatrick MA,Julius S(1985)Hemodynamic effects of angiotensin-converting enzyme inhibitors in essential hypertension:a review.Journal of Cardiovascular Pharmacology.7 Suppl 1:S35-9,Ting CT et all(1993)Arterial hemodynamics in human hypertension.Effects of angiotensin converting enzyme inhibition.Hypertension.22(6):839-46,Jobs A et al.(2019)Angiotensin-converting-enzyme inhibitors in hemodynamic congestion:a meta-analysis of early studies.Clinical Research in Cardiology.108(11):1240-1248,Block PJ,Winkle RA(1983)Hemodynamic effects of antiarrhythmic drugs.American Journal of Cardiology.52(6):14C-23C,Weiner B(1991)Hemodynamic effects of antidysrhythmic drugs.Journal of Cardiovascular Nursing.5(4):39-48)。いくつかの実施形態では、薬物療法が方法に含まれ、別の実施形態では、薬物療法は上記した薬物を含む。その他の薬物も患者の体内の脈波伝播に与える可能性があるため、別の実施形態では別の薬物療法が含まれる。薬物療法には、様々な投与計画、およびその他任意の医学的効果が含まれることに留意されたい。上述した各要因は、特定の患者の症例に対するモデル特定工程を(開始する)ためのより良好な開始値を得るために個別に、または任意の方法で組み合わせて使用することができる。より良好な開始値は、本発明による方法の効率に直接影響する。特定の実施形態では、例えば、性別、年齢、または選択された薬剤など、選択された患者固有のデータのみが収集されることが想定される。
【0079】
第2の工程において、1実施形態では、収縮期血圧(SYS)、拡張期血圧(DIA)、および心拍数(HR)は、任意単位(AU)で実施された遠位血圧波形の測定に基づいて推定される。当業者であれば、測定された遠位血圧波形から収縮期血圧(SYS)値、拡張期血圧(DIA)値、および心拍数(HR)を推定する方法は公知である。この手法主な目的は、遠位血圧波形を取得するためのソースとは独立したソースからのデータ、およびb)中心区画の集中パラメータモデルの較正を可能にするデータを取得することにある。これは、遠位血圧波形の測定値は一般に波形形態に関する情報のみを提供すると想定されているため重要である。この場合、遠位血圧波形の非観血的測定の結果は、必ずしも圧力単位ではなく任意の単位で表現することが許容される。したがって、1実施形態では、遠位血圧波形の非観血的測定は、任意単位(AU)を使用して行われる。遠位血圧波形を記録するために使用される装置の中には、収縮期血圧(SYS)パラメータ、拡張期血圧(DIA)パラメータ、および心拍数(HR)パラメータを独立的に測定する機能を有するものがある。例えば、このような装置が上腕カフを備えている場合、当該測定結果は、上述したデータのソースとして使用される。したがって別の実施形態では、第2の工程において、遠位血圧波形の非観血的測定が圧力単位で行われ、収縮期血圧(SYS)、拡張期血圧(DIA)、および心拍数(HR)が同じ装置または異なる装置によって独立的に測定されるため、収縮期血圧(SYS)値、拡張期血圧(DIA)値、および心拍数(HR)を推定する必要はないと考えられる。これらの実施形態では、遠位血圧波形を含む測定値は、中心区画の集中パラメータモデルの較正に直接使用することができる。
別の実施形態では、結合システム全体を較正することが可能であり、または結合システムに含まれるモデルの1つのみを較正することもできる。特定の1実施形態では、遠位から近位への伝達集中パラメータモデルは、例えば、橈骨動脈、大動脈からの測定結果、および患者の人口統計学的データおよび医療データを使用して較正される。
【0080】
第3の工程において、遠位血圧波形の非観血的連続記録が行われる。非観血的測定機能を提供する大部分の装置は、遠位血圧波形を圧力単位(通常はミリメートル水銀柱で表され、ここではmmHgまたはmm Hgと表記される)で表された値に計測するが、本発明ではその必要はない。重要なのは信号自体の形態であるため、測定された遠位血圧は任意単位(ここではAUと表記)で表すことができる。連続非観血的血圧(CNBP)の測定における臨床診療の制限および優先傾向を考慮して、本発明の好ましい実施形態では、遠位血圧測定は橈骨動脈で行われることが想定される。推奨される測定方法は、指カフ光電式容積脈波記録法および/または圧平血圧測定法を含む。遠位血圧の記録および分析は、心臓の収縮期・拡張期動作に対応する所定数の完全周期を包含する単一ブロックの窓内で実行することができる。本発明の好ましい実施形態では、呼吸周期の長さに対応する幅の窓が分析される(Rodriguez-Molinero A(2013)Normal respiratory rate and peripheral blood oxygen saturation in the elderly population.Journal of the American Geriatrics Society.61(12):2238-2240,Park C,Lee B(2014)Real-time estimation of respiratory rate from a photoplethysmogram using an adaptive lattice notch filter.Biomedical Engineering Online.17;13:170,Scholkmann F,Wolf U(2019)The Pulse-Respiration Quotient:A Powerful but Untapped Parameter for Modern Studies About Human Physiology and Pathophysiology.Front Physiol.9;10:371)。呼吸速度が異常に遅い(徐呼吸の)極端な症例を含む他の実施形態では、呼吸周期の長さの半分の長さが使用される。
【0081】
第4の工程において、モデルのパラメトリックを特定する工程が実行される。パラメータの特定の対象となるモデル構造は、血液循環系の中心区画の集中パラメータモデルおよび遠位から近位への伝達集中パラメータモデルの2つの異なるモデルを有する結合システムによって定義される。この工程では、モデルのパラメトリックを特定する工程全体は、3つのサブ工程によって実行される。第1に、血液循環系集中パラメータモデルの閉ループ中心区画を使用して近位血圧および血流量が計算される。基本的かつ好ましい実施形態では、血液循環系モデルの中心区画は、最も詳細かつ正確な結果を得るために、全身循環系と、肺循環系(すなわち、左心周期および右心周期)とを有することを留意されたい。しかしながら、血液循環系モデルの中心区画は、予測精度を大幅に損なうことなく、全身循環系のみに限定することも可能である。上述した経験的パラメータの初期値は、本方法の第1の工程で収集された患者の人口統計学的データおよび一般的な医療データを使用して提供される。より正確には、経験的パラメータの初期値は、患者の人口統計学的データおよび一般的な医療データとともに、必要に応じて文献を参照することで計算される。さらに、遠位から近位への血圧近似値は、遠位から近位への集中パラメータモデルに従って決定される。結合システムを形成する双方のモデルは連成解析されるため、誤差関数は次式で定義される(式中、βは推定モデルパラメータセットである。)。
【0082】
【数22】
本工程の第3のサブ工程において、次の工程でモデルのパラメータ値を修正し、誤差関数を最小化を試みる別の反復を実行するために、方程式(21)に従って誤差ベクトルが計算される。このテーマに関する文献は、このようなタスクを効率的かつ効果的に解決するための有用な方法を数多く提供している(例えば、Walter E(1997)Identification of Parametric Models:from Experimental Data. Springer,Bock HG(2013)Model Based Parameter Estimation.Springer,Khoo M(2018)Physiological Control Systems:Analysis,Simulation,and Estimation John Wiley & Sons Bittanti S(2019)Model Identification and Data Analysis.John Wiley & Sonsを参照)。
【0083】
本発明の好ましい実施形態では、上述した経験的パラメータの提供は、最小化法に基づく最適化タスクとして定式化される(Villaverde AF et al.(2019) Benchmarking optimization methods for parameter estimation in large kinetic models.Bioinformatics.35(5):830-838,Kreutz C(2019)Guidelines for benchmarking of optimization-based approaches for fitting mathematical models.Genome Biol.20(1):281,Schmiester L(2020)Efficient parameterization of large-scale dynamic models based on relative measurements.Bioinformatics.36(2):594-602を参照)。したがって、誤差関数(21)は最適化アルゴリズムの損失関数として使用される。経験的パラメータを提供するこの手法は、既知の古典的なパラメトリックを特定する手法よりもはるかに柔軟である。したがって、本発明の好ましい実施形態では、方法の設計は、結合システムの数学的構造上に局所探索(最小化)アルゴリズムを有する。そのタスクは、本方法の第4の工程において経験的パラメータ値を選択する工程を直接制御し、中心動脈圧予測の品質を徐々に向上させることにある。本発明の好ましい実施形態では、3つの局所探索(最小化)アルゴリズムを代替として、または任意の組み合わせで使用することができる。1実施形態では、比較的安定性があり、適度に複雑なネルダー・ミード法を使用することができる(Nelder J, Mead R(1965)A simplex method for function minimization.Computer Journal,7(4):308-313,Gao F,Han L(2010)Implementing the Nelder-Mead simplex algorithm with adaptive parameters.Computational Optimization and Applications,51:1,259-277)。この方法は導関数の計算を必要とせず、n次元単体として目的関数の値のみを使用し、これを幾何学的に変換する。別の実施形態では、局所探索(最小化)アルゴリズムに逐次最小二乗計画法(Sequential Least Squares Programming methods)(Kraft D (1988) A software package for sequential quadratic programming. DFVLR, Braunschweig, Kolnを参照)および/またはブロイデン・フレッチャー・ゴールドファーブ・シャンノ法(Broyden-Fletcher-Goldfarb-Shanno)(Zhu C,Byrd RH,Nocedal J(1997).Algorithm 778.L-BFGSB:Fortran routines for large scale bound constrained optimization.ACMTransactions on Mathematical Software,23(4),550-560)が使用される。これらの方法はいずれも、ニュートン型方程式
【0084】
【0085】
【数24】
を決定する空間を探索する。
一般的な原理としては、循環モデルを形成する微分方程式系は、初期条件に対して非常に敏感な非線形自励振動子を作成する。このような条件下で特定の解または好ましい解を探索することは、失敗の危険性がかなり大きい。計算効率は悪いが、より安全な方法は、特定の解集合の初期特定を実行することである。そうすることで初めて、局所的最小値にある解を探索することができる。したがって、本発明の別の実施形態では、局所探索は、例えば、大域的最適化のための適応型メモリプログラミング(AMPGO:Adaptive Memory Programming for Global Optimization)および/または単体的ホモロジーによる大域的最適化(SHGO:Simplicial Homology Global Optimization)の形式の大域的探索によって補完される。AMPGOを含む実施形態では、各工程において、局所的に与えられた問題は、前述の方法(すなわち、ネルダー・ミード法、逐次最小二乗計画法、またはL-BFGSB)のいずれかによって解かれる。ただし、局所的な結果は次の工程で直接使用されるのではなく、トンネリング段階(tunneling phase)を経る。AMPGOは非常に効率的で信頼性が高い。その重大な欠点は、計算量が多くなる結果、高い計算能力が要求されることである。AMPGOの場合、一般的なハードウェアプラットフォームでは十分な能力が得られず、制限される可能性がある。好ましい実施形態では、大域的アルゴリズムはSHGOである(Endres S(2017)A simplicial homology algorithm for Lipschitz optimization.Department of Chemical Engineering,University of Pretoria,Pretoria)。この実施形態では、目的関数の超曲面のkチェーン要素カバレッジが構築され、連続する単体複体を使用して局所的なタスクが解決される(Mirota K(2008)Topological structure of finite element models of continuum mechanics.Bulletin of the Military University of Technology,LVII:2,91-102)。
使用される手法に関係なく、結合システムの経験的パラメータ値は、収束に達するまで、中心動脈圧および/または近位血流量の一定値または変更値に対して反復的に精密化することができる。「反復的精密化(iterative refinement)」という用語には、確立された意味があり、当業者であればその用語が包含している意味を理解するものと考えられる。同じことが「収束」という用語にも当てはまる。1実施形態では、収束は、すべての経験的パラメータ値または選択された経験的パラメータ値のみの変化に対する制約として実装することができる。別の実施形態では、収束は、誤差(例えば平均絶対誤差)の観点から定義されてもよい。また別の実施形態では、中心動脈圧値および/または近位血流量またはそれらの任意のパラメータ表現の変化に対する制約として定義されてもよい。当業者に公知の様々な数値および統計的検定を使用して収束に達したかどうかを決定することができる。
【0086】
最後の第5の工程は、パラメトリックを特定する工程の結果に基づいて、中心動脈圧値および/または近位血流量を計算するために使用される。疑義を回避するために、パラメトリックを特定する工程は、特定の患者に対して精密化された経験的パラメータを有する結合システムを有する。この方法で計算された値は、任意の適切な方法および形式で出力することができる。所与の時間窓における前記近位(中心)動脈圧および前記近位流量に関する知識により、中心動脈圧の波形形態を再構成することが可能となる。これは、血圧上昇および/または高血圧の診断および治療に有用である。
【0087】
本発明の方法の様々な実施形態を詳細に評価した。以下は、X=Eで
図4(c)のモデルを実施する実施形態の検証結果を示す。本発明の方法は、多施設非ランダム化臨床試験の医学実験結果に基づいて検証された。患者の人口統計学的データ、健康データ、および測定結果を以下の表1に要約する(測定値は平均値±標準偏差で表す)。
【0088】
【表1】
一般的に本研究では、入院患者全員に冠動脈疾患臨床的兆候があった。各患者について、橈骨動脈の連続非観血的血圧測定(CNBP)が100Hzのサンプリングレートで行われた。さらに、オシロメトリック法を使用して上腕動脈で独立した非観血的測定が行われた。
【0089】
患者は観血的診断を受けたため、大動脈内カテーテルの血圧測定の結果が参照データとして使用された。観血的測定によって得られた血圧信号は200Hzでサンプリングされた。例として、
図5は2人の患者(症例Aおよび症例B)の完全な血圧記録を示しており、上部は(指カフ光電式容積脈波記録法を使用して行われた)非観血的記録であり、下部は動脈内カテーテルを使用して行われた)観血的記録である。
【0090】
症例Bに関する記録が示すように、明らかな不整脈の兆候がある(心拍数の不整および律動不整を参照)。臨床症例報告書(CRF)によると、この患者はAARR(抗不整脈)薬で治療された。
【0091】
図6は、
図5に示した2つの症例の参照データに対する中心動脈圧の再構成の結果を示す。再構成の結果はいずれの症例でも十分に満足できるものであるが、症例Bにおける不整脈の悪影響が明らかに見られる。
【0092】
中心動脈圧の再構成は、局所最小化アルゴリズム若しくは大域的最小化アルゴリズム、または双方のタイプの最小化アルゴリズムの組み合わせを使用して行うことができる。
【0093】
中心動脈圧再構成法の好ましい実施形態は、例えば、ネルダー・ミード法、SLAQP、および/またはL-BFGSBを含む局所最小化アルゴリズムに基づく。
図7では、ネルダー・ミード法、SLAQP、またはL-BFGSBを使用して実現された最小化処理の収束を見ることができる(不整脈患者、症例B)。各局所最小化アルゴリズムが再構成のタスクを正常に完了したことが明らかに分かる。MAE(平均絶対誤差)として測定された誤差はそれぞれ0.1196667、0.1203333、0.1203333であった。同様に、同様に、RMSE(二乗平均平方根誤差)の計算結果は、0.1401587、0.1407667、0.1408015であった。しかしながら、収束の性質はまったく異なっていた。ネルダー・ミードアルゴリズムの場合、反復工程は安定的に収束したが、非常に時間かかった。これとは対照的に、SLAQPおよびL-BFGSBは、数値振動を抑制して収束を達成するためにさらなる努力が必要であったが、より急速に収束した。
【0094】
代替的にまたは追加的に、1若しくはそれ以上の大域的最小化アルゴリズムを使用することができる。
図7の下部は2つの大域的最小化アルゴリズムAMPGOおよびSHGOを使用した収束結果を示す。大域的最小化アルゴリズム実行した本発明の方法によって得られた結果の最終的な要約を
図8に示す。この図は、観血的測定および本発明の方法を実行する計算から得られた収縮期血圧値および拡張期血圧値(それぞれ図の左側および右側)を要約したものである。図の上部には、5心周期を含む窓で示された、臨床試験を構成するすべての症例の相関プロットが含まれ、図の下部には、当該症例のブランド・アルトマンプロット(Bland-Altman plot)(テューキー平均差プロット)が含まれる。
図8に示す250を超える検証例は、観血的に得られた結果と本発明の方法を使用して得られた結果との間に非常に良好な一致性があることを明確に示している。AMPGOおよび/またはSHGOアルゴリズムとともに、またはその代替として、その他の1つまたはそれ以上の大域的最小化アルゴリズムを本方法で使用できることに留意されたい。
【0095】
別の実施形態では、局所的および大域的最小化アルゴリズムの様々な組み合わせを使用して、例えば、収縮期血圧および拡張期血圧が求められる。これらの様々な組み合わせは、特定の実施必要条件を満たすために使用される。これらの実施形態では、1若しくはそれ以上の局所最小化アルゴリズム(例えば、ネルダー・ミード法、SLAQP、および/またはL-BFGSB)を、1若しくはそれ以上の大域的最小化アルゴリズム(例えば、AMPGO、および/またはSHGO)の前、その後、および/またはそれらのレイヤーとして使用することができる。いくつかの実施形態では、1若しくはそれ以上の局所最小化アルゴリズムのみを使用することができる。これらのアルゴリズムは計算負荷が低いため、より迅速に結果を得ることができる。また、これらのアルゴリズムのみを含む実施形態は、計算能力が低い携帯型装置で実施することができる。別の実施形態では、負荷の高い計算全般を実行するように構成されたサーバとの通信に携帯型装置が使用される。これらの通信には、ローカルネットワークまたはインターネットを使用することができる。
【0096】
本発明の方法の任意の計算工程またはサブ工程は、コンピュータまたはコンピュータプログラムを使用して実行することができる。いくつかの特定の実施形態では、計算の一部、またはその全体は、コンピュータ若しくは任意のタイプの記憶装置、またはその両方に格納されたコンピュータプログラムを使用して実行される。別の実施形態では、本方法のための計算の一部、またはその全体は、例えば、インターネットまたはローカルネットワークの使用を含むことができるクラウドベースのインフラストラクチャを使用して、遠隔的に実行することができる。
【0097】
本明細書で説明したすべての測定方法および最小化アルゴリズムは、本発明のパラメータを定義し、臨床試験と比較するための具体的な結果を提供することを意図しているものであり、決して限定的なものではなく、例示的なものである。「含む(including)」または「有する(comprising)」などの用語は限定的なものではなく、例えば、要素Aが別の要素Bを含む場合、要素Aは要素Bに加えて他の要素または複数の要素を含んでもよい。単数形または複数形の使用は、本開示の範囲を限定するものではなく、例えば、1つの要素Aが1つの要素Bを含むことを示す記載の一部は、複数の要素Bが1つの要素Aに含まれること、および複数の要素Aが1つの要素Bに含まれること、さらに、複数の要素Aが複数の要素Bを含む1実施形態を開示している。当業者であれば、本開示の内容を検討することで、その他の多くの実施形態が自明であると考えられる。したがって、本発明の範囲は、添付の特許請求の範囲、およびその特許請求の範囲の権利範囲である均等物の全範囲を参照して決定されるべきである。
【国際調査報告】