(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公表特許公報(A)
(11)【公表番号】
(43)【公表日】2025-03-21
(54)【発明の名称】量子コンピュータとしてのスピン透過型蓄積リングにおける偏極粒子
(51)【国際特許分類】
G06N 10/40 20220101AFI20250313BHJP
【FI】
G06N10/40
【審査請求】未請求
【予備審査請求】未請求
(21)【出願番号】P 2024553519
(86)(22)【出願日】2023-02-23
(85)【翻訳文提出日】2024-11-04
(86)【国際出願番号】 US2023013721
(87)【国際公開番号】W WO2024054248
(87)【国際公開日】2024-03-14
(32)【優先日】2022-03-10
(33)【優先権主張国・地域又は機関】US
(32)【優先日】2023-02-21
(33)【優先権主張国・地域又は機関】US
(81)【指定国・地域】
(71)【出願人】
【識別番号】519078972
【氏名又は名称】ジェファーソン・サイエンス・アソシエイツ・エルエルシイ
(74)【代理人】
【識別番号】100133503
【氏名又は名称】関口 一哉
(72)【発明者】
【氏名】スレイマン, リアド
(72)【発明者】
【氏名】モロゾフ, ヴァジリー
(57)【要約】
少なくとも3時間の長い量子コヒーレンス時間を示すスピン透過蓄積リング内の偏極電子、イオン、または常磁性中性原子を使用して実装されるスケーラブルな量子コンピューティング技術のためのシステムおよび方法。この方法は、物理量子ビットとしての偏極粒子のスピン自由度に依存する。
【選択図】
図3
【特許請求の範囲】
【請求項1】
スケーラブルな量子コンピュータであって、
蓄積された偏極粒子バンチの量子コヒーレンス時間を少なくとも3時間保持するスピン透過型蓄積リング;
スピン自由度を有し、粒子運動およびバンチ間相互作用の量子効果のない量子量子ビットとして機能する前記偏極粒子バンチの各々;
室温までの温度で動作する前記スピン透過型蓄積リング;
前記スピン透過型リングに蓄積された前記偏極粒子バンチの初期スピン状態を設定するスピン初期化ユニット;
前記スピン透過型リングにおいて量子演算を実行するための量子ビットゲートユニットであって、前記量子ビットゲートユニットは、1量子ビットゲートおよび2量子ビットゲートを含む、量子ビットゲートユニット;ならびに
量子計算の完了後に前記蓄積された粒子バンチの前記最終的なスピン状態を決定するための測定ユニット
を備える、スケーラブルな量子コンピュータ。
【請求項2】
前記スピン透過型蓄積リングは、以下のこと:
前記スピン透過型蓄積リングは、縮退したスピンダイナミクスを有するリング構成を有し、それによって前記偏極粒子バンチの任意の初期スピン配向は、回転ごとに同じままである;および
前記リング内の3次元(3D)スピン補正器であって、前記スピン補正器は、前記スピン透過型リング内に挿入された一連の磁石を含む、3次元(3D)スピン補正器
を備える、請求項1に記載の量子コンピュータ。
【請求項3】
前記量子ビットの各々は、
合計1~10
10個の粒子
を含み、
前記粒子は、電子、イオン、または常磁性中性原子である、請求項2に記載の量子コンピュータ。
【請求項4】
前記スピン透過型リングに蓄積された前記偏極バンチが1~100,000量子ビットを含む量子ビットのスケーラブルな量子システムを形成する、ことを含む、請求項3に記載の偏極バンチ。
【請求項5】
前記偏極粒子が偏極電子であり、
偏極もつれ光子を偏極もつれ電子に変換する偏極光カソードを含み、
前記測定ユニットは、Mott偏極検出器である、
ことを含む、請求項1に記載の量子コンピュータ。
【請求項6】
前記偏極粒子がイオンまたは常磁性中性原子である、ことを含む、請求項1に記載の量子コンピュータ。
【請求項7】
前記スピン初期化ユニットは、キャビティ、マイクロ波デバイス、レーザ、電磁場発生器、波動発生器、およびそれらの組み合わせからなる群から選択される、請求項6に記載の量子コンピュータ。
【請求項8】
前記量子ビットが10K~10,000Kの有効粒子温度に維持される、ことを含む、請求項1に記載の量子コンピュータ。
【請求項9】
スケーラブルな量子コンピューティングのための方法であって、
マルチロジック計算のための複数のスピンもつれ合い偏極粒子バンチを生成するステップと、
前記スピンもつれ合い偏極粒子バンチをスピン透過型蓄積リングに注入して、前記偏極粒子バンチの各々に対応する量子ビットを生成するステップと、
前記バンチ内のすべての粒子は同じ量子スピン状態で生成され、前記量子スピン状態はスピン固有状態a|↑>+b|↓>の重ね合わせであり、
量子計算を実行するための前記スピン透過型蓄積リング内のゲートユニットであって、1つ以上の1量子ビットゲートおよび2量子ビットゲートを含むゲートユニットと、
前記量子計算の完了後に前記量子ビットの最終的な量子スピン状態を測定するための測定ユニットと
を備える、スケーラブルな量子コンピューティングのための方法。
【請求項10】
前記偏極粒子が、電子、イオン、および常磁性中性原子からなる群から選択される、請求項9に記載の方法。
【請求項11】
前記蓄積されたバンチが少なくとも3時間の量子コヒーレンス時間を有する、ことを含む、請求項9に記載の方法。
【請求項12】
前記リング内に1~100,000量子ビットの蓄積容量を含み、前記量子ビットが粒子運動およびバンチ間相互作用の量子効果を有しない、請求項9に記載の方法。
【請求項13】
前記量子ビットが10K~10,000Kの有効温度を有する、ことを含む、請求項9に記載の方法。
【請求項14】
前記偏極粒子が、光カソードからの円偏極光子によって生成された電子であり、
前記光子が、レーザパルスの時限シーケンスによって生成される
ことを含む、請求項9に記載の方法。
【請求項15】
パルス磁石のシーケンスである前記1量子ビットゲートユニット;および
前記測定ユニットは、Mott偏極検出器である
ことを含む、請求項14に記載の方法。
【請求項16】
前記最終スピン量子状態が、0.99より良好な忠実度まで測定される、ことを含む、請求項9に記載の方法。
【請求項17】
前記最終スピン量子状態を測定するステップが、
最終的なバンチ偏極を破壊的に測定するステップと、
前記スピン透過型蓄積リングを新たな量子ビットのセットで再注入するステップと
を含む、請求項9に記載の方法。
【請求項18】
前記最終スピン量子状態を測定するステップが、
最終的なバンチ偏極を非破壊的に測定するステップと、
その後の量子ビット再初期化および操作のために前記蓄積されたビームを再使用するステップと
を含む、請求項9に記載の方法。
【請求項19】
偏極されたイオンバンチおよび中性原子バンチの前記スピン状態を初期化するステップが、前記イオンおよび中性原子を、電磁場およびレーザを印加することによって前記必要なスピン状態に設定することを含む、請求項10に記載の方法。
【請求項20】
長いコヒーレンス時間を有する量子ビットを量子センサとして使用するステップと、
長いコヒーレンス時間を有する量子ビットを量子メモリの一部として使用するステップと
を含む、請求項9に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、コンピューティング技術に関し、より詳細には、長いコヒーレンス時間を有する十分に特徴付けられた量子ビットを用いてスケーラブルである量子コンピューティング物理システムに関する。
【背景技術】
【0002】
量子コンピュータは、古典的なコンピュータと比較して計算効率が大幅に増加した重要なアルゴリズムを実行する能力により、暗号学、機械学習、薬理学、および財務の分野に大きな影響を与える可能性がある。量子コンピュータは、量子力学の支配法則に存在する重ね合わせ、もつれ、および干渉の本質的な特徴を活用して、この増加した計算複雑性にアクセスする。これらの基本的な特徴は、ほとんどの物理システムにわずかに存在し、有能な量子コンピュータを実際に実装することを困難にしている。研究者らは、いくつかの有望な技術プラットフォームを調査しているが、それらのいずれも、これまでのところ、フルスケールの汎用量子コンピュータを実現することに成功していない。
【0003】
原子物理学、量子光学、核磁気共鳴分光法、超伝導電子工学、および量子ドット物理学などの現代物理学の大部分に及ぶ量子計算のために多くの技術が開発されている。調査されている様々な量子技術には、超伝導ベースの量子コンピューティング、イオントラップ型技術、およびフォトニクス技術が含まれる。しかしながら、量子コンピューティングが直面する無数の課題に対処するのに、最終的にどの技術が最も成功すると判明するのかは依然として不明である。
【0004】
量子コンピュータを実現するための基準は、一般に、
a.十分に特徴付けられた量子ビット(キュービット)を有するスケーラブルな物理システム;
b.量子ビットの状態を基点状態に初期化する能力;
c.高い忠実度で1量子および2量子ビットゲートの「ユニバーサル」セット(演算)を実行する能力;
d.量子固有の測定能力;および
e.アルゴリズムを構成するのに十分な演算を実行できるようにするために、関連するゲート時間と比較して長い、量子ビットの長い関連するコヒーレンス時間
を含む。
【0005】
現在調査されているいくつかの量子コンピューティングプラットフォームは、これらの基準のすべてを満たしており、各々がその相対的な利点を提供する。例えば、イオントラップ型システムは、状態準備、測定、およびゲート忠実度に優れており、超伝導量子ビットは、高速ゲート時間および製造可能性を提供する。
【0006】
量子コンピュータの構築に伴う最大の課題のうちの2つは、量子コヒーレンスの保持およびスケーラビリティの実現である。量子システムにおける計算量子ビットにおけるコヒーレンスの損失は、外界とのその相互作用および量子演算における制御パラメータのゆらぎに起因する。捕捉されたイオンは、1時間を超える量子ビットコヒーレンス時間を実証しているが、超伝導量子ビットは、典型的には100μsレベルで動作し、最近の結果では1msを超えている。コヒーレンス時間によってもたらされる課題は、量子ビットに対して単一の演算を実行するのにかかる時間であるゲート時間に直接結びついている。最終的に、ゲート時間に対するコヒーレンス時間の比は、量子コンピュータがどれだけ強力であるかを決定する。量子コンピュータの計算能力は量子ビット数とともに指数関数的に増加する。スケーラビリティは、リソース(時間、空間またはエネルギーなど)のコストを指数関数的に増加させることなく、量子ビット数を増加させる量子システムの能力の尺度である。量子ビットが追加されるたびに、計算能力の大きさは2倍になる。
【0007】
したがって、好ましくは数時間の改善された量子コヒーレンス時間、改善されたスケーラビリティを有する量子コンピュータを提供し、同時に多数の量子ビットを提供しながら、多くの量子演算を必要とする深い複雑性を有するアルゴリズムをサポートする必要がある。
【発明の概要】
【0008】
本発明は、スピン透過型蓄積リングに蓄積された偏極粒子のビームを量子ビットのスケーラブルなシステムとして含む量子コンピューティングプラットフォームであり、このシステムでは、量子ビットは長い量子コヒーレンス時間を有し、すなわち、蓄積された粒子のもつれ合いスピン量子状態が少なくとも3時間の長時間にわたってスピン透過型蓄積リング内で「静止」され得る。この量子コンピューティングプラットフォームに適した蓄積粒子は、偏極電子、イオン(例えば、H-、D-、3He+、6,7Li+2、9Be+、138Ba+、171Yb+)または常磁性中性原子(例えば、H0、D0、3He0、6,7Li0)であり得る。
【0009】
スピン透過型蓄積リング内の偏極電子、イオン、または常磁性中性原子は、量子コンピュータを実現するための上記の基準のすべてに適合する。さらに、各バンチが少なくとも3時間のコヒーレンス時間で量子ビットを構成する最大100,000個の偏極バンチを蓄積する能力は、蓄積リングプラットフォームを非常に魅力的にする。これらの2つの例外的な品質は、蓄積リングが、多数の量子ビットを同時に提供しながら、多くの量子演算を必要とする深い複雑性を有するアルゴリズムを実装するためのスケーラブルな方法を提供できることを意味する。
【0010】
量子計算プラットフォームは、スピン量子特性のみを使用し、粒子運動およびバンチ間相互作用の量子効果に依存しない。プラットフォーム装置の温度は、室温までであり得る。さらに、粒子冷却は不要である;粒子の有効温度は10K~10,000Kの範囲内のいずれかであり得る。
【図面の簡単な説明】
【0011】
本明細書では、必ずしも縮尺どおりに描かれていない添付の図面を参照する。
【
図1】8の字の構成のスピン透過型蓄積リングの平面図を示す。
【
図2】本発明の第1の実施形態に従った、偏極電子を使用する量子コンピュータのブロック図を示す。
【
図3】本発明の第2の実施形態に従った、偏極イオンおよび中性原子を使用する量子コンピュータのブロック図を示す。
【
図4】本発明の第3の実施形態に従った、偏極イオンおよび中性原子を使用する量子コンピュータのブロック図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
表1は、スピン透過型蓄積リング能力を、いくつかの成熟した量子コンピューティングプラットフォームの最先端技術と比較している。現時点では、超伝導量子ビットの数は127であると報告されており、フォトニック量子ビットの数は216であると報告されている。
【0013】
本明細書に記載のスピン透過型蓄積リングは、ほぼすべての偏極粒子を捕捉し蓄積することができる。本技術は、電子ならびに任意の他の荷電および常磁性中性粒子に適用することができる。例えば、H-またはD0は、蓄積リングに捕捉され得る単純な粒子でもある。電子のスピン自由度に加えて、それは核(プロトンまたはプロトンおよび中性子)のスピン自由度も有する。構成された粒子の全スピンは、単一の量子ビットとして扱われてもよい。さらに、これは、レーザ(光子)を含む電磁場によって制御することができ、スピン操作および測定スキームを可能にする。
【0014】
スピン透過型リングは、それらのスピンコヒーレンスを維持しながら、任意の数のスピンもつれ合い粒子を捕捉および蓄積する能力を提供する。スピン透過型リングは、スピンダイナミクスを縮退させるように設計されており、すなわち、リングの周りの1回転でのスピン変換は、恒等変換である。そのようなリングのスピン透過特徴は、リングが平坦であり、正味のビーム曲げ角度が0である限り、その正確な幾何学的形状とは無関係である。
【0015】
図1に関して、最も自然なスピン透過型トポロジは、8の字のリング20構成である。スピン透過型リング20は、ページ内への磁場方向を有する第1の円弧22と、ページ外への磁場方向を有する第2の円弧24とを含む。リングの様々な点における粒子のスピン方向が矢印26によって示されている。3次元(3D)スピン補正器28がリングの第2の円弧24に含まれている。
【0016】
従来の偏極リングは、すべての粒子のスピンが周りを歳差運動する明確なスピン方向
を有する。この歳差運動の速度はスピンチューン
と呼ばれている。2成分スピノル
に関して、リングの周りを1回転するスピン変換は、
行列
によって記述され、式中、
は3つの
パウリ行列のベクトルであり、
はスピン回転角である。従来のリングでは、
は垂直方向にある。すべてのスピンは、曲げ双極子の垂直磁場の周りを歳差運動する。スピンは運動量よりも
倍の速さで磁場の周りを歳差運動し、ここで、
は粒子の異常なジャイロ磁気比であり、
は相対論的因子であるため、スピンは1つの粒子が従来の円形リングの周りを回転する際に垂直方向に
回転させ、すなわち、
および
である。
【0017】
に垂直なスピン成分は、従来の偏極リングではデコヒーレンスする。このデコヒーレンスの主な原因は、粒子ビーム内に常に存在する粒子エネルギー
の広がりによる
の広がりである:
。実際のビームパラメータでは、完全な偏極デコヒーレンスが数千回転で発生する。
【0018】
図1に示すスピン透過型リング構成は、本発明が依拠するこのデコヒーレンス問題に対する普遍的な解決策を提供する。明らかに、1回転での曲げ角度
はゼロであるため、1回転でのスピン回転も同様に粒子エネルギーとは無関係にゼロになり、すなわち、
である。任意の所与のエネルギーの粒子について、一方の円弧22でのスピン回転は、他方の円弧24での等しいが反対方向の回転によって完全に補償される。この機構は、スピンエコー効果としても知られている。
【0019】
スピン透過型蓄積リングの場合、上記のような単一回転スピン変換行列は単位行列になる:
初期スピンのいずれの向きも、リングの周りを1回転すると元の向きに戻り、すなわち、その初期状態にかかわらず、回転ごとにスピンに変化はない。スピン状態は静止している。
【0020】
上で述べたことは、もちろん理想的な状況である。この理想的なイメージからの逸脱を引き起こす現実的な効果がある。第1に、実際のリングはいずれも、理想的な設計軌道に対してその閉軌道を歪める欠陥を有する。第2に、粒子は、閉じた軌道の周りでベータトロンおよびシンクロトロン振動を受ける。
【0021】
粒子振動による第2の効果は、リング誤差による第1の効果よりも高次のものであり、通常はそれによって支配される。閉軌道歪み効果では、垂直歪みレベルが主に懸念され、なぜなら、リングの周りを1回転すると正味のスピン回転が生じるからである。垂直軌道歪みは、主に垂直四重極磁石の位置ずれおよび双極子磁石ロールによって引き起こされる。これらの誤差に対するスピンの感度は、スピン透過型リングのスピン応答関数形式を使用して簡単に評価することができる。この効果は、GeVリングの文脈内で研究されてきた。
図1に示すように、弱い磁石からなる局所的な3Dスピン補正器28によって、不完全性スピン効果を測定および抑制できることがシミュレーションにおいて示唆および実証されている。誤差制御と組み合わせた補償手段の適用は、必要なコヒーレンス時間を提供する。
【0022】
スピン透過型蓄積リング技術の強みは、それが提供する長いコヒーレンス時間、ならびに各々が必要な数の粒子を含む1粒子~1010粒子までの多数の蓄積されたバンチである。蓄積されたバンチの最大数を超えてスケーリングするための他の手段は、例えば、複数のリングの使用である。
【0023】
図2を参照すると、使用される粒子が電子である本発明の第1の実施形態が示されている。もつれ合い円偏極光子バンチ40および42は、偏極電子光カソード44に衝突している。スピンもつれ合い電子バンチ46および48が生成され、スピン透過型蓄積リング20に注入される。1量子ビットゲートは、1量子ビットゲートユニット56(例えば、パルス磁石のシーケンス)を使用して行われる。量子計算が完了した後の量子ビットの最終状態は、測定ユニット58(例えば、Mott偏極検出器)を使用して測定される。
【0024】
本発明による量子コンピュータは、スケーラブルなマルチ量子ビットシステムとして、スピン透過型蓄積リング内の偏極電子ビームに依存する。スピン整列電子の偏極バンチは、スピン自由度の量子機械的性質を示し、電磁場によって決定論的に操作することができる巨視的量子状態を構成する。単一の量子ビットは、単一の電子バンチによって実現することができる。バンチ内のすべての電子は同じ量子スピン状態で生成され、これはスピン固有状態a|↑>+b|↓>の重ね合わせであり得る。このようなバンチは、円偏光レーザ光を使用して偏極光カソード44から生成される。すべての光子が右旋円偏波および左旋円偏波の同じ量子重畳状態にある適切に準備されたレーザパルスは、長手方向スピン状態の必要な初期量子重ね合わせを有する偏極電子バンチを生成する。
【0025】
電子バンチのスピン状態は、任意選択的にさらに操作することができる。次いで、バンチは、少なくとも3時間の長い量子コヒーレンス時間を示すスピン透過型蓄積リングに注入される。リングの要素として、1量子ビットゲートユニット56は任意の偏光回転を行うことができる。バンチ偏極の回転は、0.99よりも良好な忠実度を有する磁場を使用して決定論的に行うことができる。
【0026】
一例として、
図2を参照すると、2つのスピンもつれ偏極電子バンチを生成することができる。偏極電子バンチ46および48は、偏極レーザパルス40および42の適切なタイミングのシーケンスによって生成される。しかしながら、電子バンチのスピンもつれ合いを達成するために、それらの生成光子パルスはそれ自体偏極もつれ合っていなければならない。
図2は、空間的に分離された2つのレーザパルス40および42のシーケンスを示す。これらのレーザパルスは、例えば、右旋円偏波(R)および左旋円偏波(L)の初期のスピンもつれ合い量子状態、例えば
にある。2つのレーザパルスは、空間的に分離された一連の2つの電子バンチ46および48を生成するために使用される。これらの電子バンチは、例えば正および負の縦方向偏極のスピンもつれ合い量子状態、例えば
である。電子バンチのもつれ合いは、偏極光カソード44からの光電子放出のプロセスにおいて、レーザパルスからのもつれの伝達によって生成される。
【0027】
本発明では、レーザパルス40,42の偏光もつれは、偏極光カソード44からの量子放出のプロセスにおいて電子バンチ46,48のスピンもつれに変換される。2量子ビットの場合について
図2に示すように、2つの対応する電子バンチ
および
の初期スピン状態は、
で与えられ
である。この機構の実装は、偏極もつれ光子のパルスの生成および同一のもつれ光子の組み合わせにおける個々の光子の時間分離を必要とする。この場合、生成されたスピンもつれ合い電子は、異なるバンチに属する。スピンもつれ合い電子バンチは、次に、スピンもつれ保持されたスピン透過型蓄積リングに注入される。リングのスピン透過特徴は、もつれ合ったスピン状態を維持する。電子バンチの数は、リング設計とともに必要に応じてスケーリングすることができる。電子ビームの偏極状態の測定は、Mott偏極検出器58を使用して達成される。状態の測定は、偏極検出器の統計的および系統的不確実性によって制限される0.99よりも良好な忠実度で行うことができる。
【0028】
スピン透過型リングでは、重ね合わせおよびもつれ合い電子量子スピン状態
は、電磁場56を使用して操作することができる。パルス電磁場を使用して1量子ビットゲート(演算)を実行して、個々の電子バンチのスピンを決定論的に回転させることができる。
【0029】
電子量子ビットの量子状態は、従来のMott偏極検出器を使用して測定される。偏極計は、水平非対称性および垂直非対称性の両方を同時に決定することができる。水平非対称性は垂直偏光成分に敏感であるが、垂直非対称性は水平偏光成分を測定するために使用される。高Z原子核からの横方向偏光電子の弾性散乱に基づくMott偏極検出測定は、20keV~5MeVのエネルギー範囲で電子ビーム偏極を測定するための標準的な技法である。リングの一部として、Mott偏極検出器を使用して電子バンチの横方向偏光
を測定する。キッカーは、ビームを金箔に向ける。検出された後方散乱電子の水平および垂直非対称性を使用して、電子バンチの水平および垂直偏光の両方を測定する。これは破壊的な測定であり、量子ビットの新しいセットをスピン透過型蓄積リングに再注入することができる。
【0030】
電子に加えて、H-、D-、3He+、6,7Li+2、9Be+、138Ba+、または171Yb+などの偏極イオンを、スケーラブルなマルチ量子ビットシステムとしてスピン透過型蓄積リングで使用することができる。これらのイオンの核のスピンは、超微細相互作用を介して外殻原子電子のスピンに結合する。量子ゲートは、これらの電子の超微細状態を操作することによって実行される。計算終了時の量子状態の測定は、これらの電子のスピン状態を測定することにより行われる。
【0031】
H0、D0、3He0、または6,7Li0などの常磁性中性原子も、スケーラブルなマルチ量子ビットシステムとしてスピン透過型蓄積リングで使用することができる。これらの原子は、それらの磁気モーメントに磁場勾配力を受け、蓄積リング内に閉じ込めることができる。レーザは、蓄積された原子の状態を操作および測定するために使用される。
【0032】
図3を参照すると、量子ビット62および64が粒子源60から最初はもつれ合わず生成されている、本発明の第2の実施形態が示されている。スピン初期化ユニット65は、電磁場またはレーザを使用して必要なスピン重ね合わせ状態に量子ビットを設定する。同じスピン初期化ユニット65はまた、もつれ合っていないバンチ62および64をもつれ合った量子ビット66および68に変換する。高Qキャビティなどのスピン初期化ユニットのもつれ部分は、第1のバンチの偏極と相互作用する。第2のバンチの偏極との相互作用は、第1のバンチの偏極に依存する。その結果、2つのバンチのスピン状態がもつれ合うことになる。
図3は、このようなもつれが、スピン透過型蓄積リング内に粒子を注入する前に行われる状況を示す。このようなユニットは、注入後に量子ビットスピン状態を初期化するためにリング内で使用することもできる。1量子および2量子ビットゲートは、1量子および2量子ビットゲート76を適用するためのユニットを使用して実行される。量子計算が完了した後の量子ビットの最終状態は、測定ユニット78を使用して測定される。
【0033】
図4を参照すると、単一の量子ビット62および64が
図3と同様の粒子源からの個々のバンチによって実装される第3の実施形態が示されている。バンチは、偏極されて生成されるか、または電磁場もしくはレーザによって偏極が誘導される。スピン初期化ユニット75を使用して、スピン透過型蓄積リングへの粒子の注入の前または後に、重ね合わせおよびもつれ合い量子ビットスピン状態を含む初期スピン状態が設定される。
図4は後者の場合を示している。この実施形態におけるもつれは、遠隔もつれとして知られるプロセスである、もつれ合い光子から粒子へのスピン情報の伝達によって誘発される。そのような転送は、粒子の異なるスピン状態間の遷移を行うことによって行われる。このシナリオにおける遠隔もつれは、任意のバンチ間相互作用の必要性を排除する。
【0034】
本発明による量子コンピュータは、スケーラブルなマルチ量子ビットシステムとして、スピン透過型蓄積リング内の偏極171Yb+ビームに依存する。偏極された171Yb+は、171Yb+原子の単一の超微細状態への光ポンピングを使用することによってビーム中に準備することができ、次いで、蓄積リングに注入される。171Yb+原子イオンは、長寿命の超微細量子ビットが容易であるため、蓄積リングの量子ビットとしての使用に非常に適しており、これは高周波ポールトラップで実証されている。171Yb+量子ビットのスピンは、状態依存共鳴蛍光を使用して測定することができ、171Yb+イオンは、1つの超微細スピン状態にあるときはレーザビームと相互作用し、光子を発し、他の状態にあるときはレーザと相互作用しない。これは、蓄積リング内の量子ビットの状態を測定するための非常に効果的で代替的な方法を提供する。
【0035】
本発明は、スピン透過型蓄積リング内の偏極粒子に基づく量子コンピューティングのための新しいプラットフォームを提供する。蓄積リングは、最も開発された量子コンピューティングプラットフォームの能力にさえ匹敵する3つのコアの強みを有している:1)リングに蓄積することができる多数の粒子、2)少なくとも3時間の長いコヒーレンス時間、および3)スピン量子特性のみを使用し、粒子運動およびバンチ間相互作用の量子効果に依存しないことによる厳密な熱制約がないこと。量子ビットが長いコヒーレンス時間を有するこの新しいプラットフォームは、量子センサまたは量子メモリの一部として使用することもできる。
【0036】
この新しい量子コンピューティングプラットフォームは、少なくとも以下の新規な特徴を有する:
a.量子ビットのスケーラブルなシステムとしてリングに蓄積された偏極粒子のビームに依存し、
b.長い量子コヒーレンス時間を含む-蓄積された粒子のもつれ合いスピン量子状態は、少なくとも3時間の長い時間、スピン透過型蓄積リング内で「静止」され得、
c.プラットフォーム装置(粒子源、蓄積リング...)の温度は室温までとすることができ、本方法は、一般的な超伝導ベースの量子計算を妨げる熱的制限時間の影響を受けず、
d.粒子の冷却に依存しない-粒子の横運動を記述する有効温度は、10K~10,000Kの範囲内であればどこでもよく、すなわち、イオンクーロン結晶を必要としない。
【0037】
量子コンピューティングプラットフォームは、偏極電子への適用において例示されているが、イオン(例えば、H-、D-、3He+、6,7Li+2、9Be+、138Ba+、171Yb+)または常磁性中性原子(例えば、H0、D0、3He0、6,7Li0)などの他の偏極粒子を使用することもでき、この新しい量子コンピューティングプラットフォームに他の利点を提供する。
【0038】
本発明の説明は、例示および説明の目的で提示されているが、網羅的であることや、開示された形態の本発明に限定されることを意図するものではない。本発明の範囲および精神から逸脱することなく、多くの修正および変形が当業者には明らかであろう。本発明を好ましい実施形態に関して説明してきたが、当業者は、添付の特許請求の範囲によって定義される本発明の精神または範囲から逸脱することなく、本発明に様々な変更および/または修正を加えることができることを容易に理解するであろう。
【国際調査報告】