(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公表特許公報(A)
(11)【公表番号】
(43)【公表日】2025-05-30
(54)【発明の名称】超伝導量子プロセッサの動作温度を最適化するための方法及びシステム
(51)【国際特許分類】
H10N 60/81 20230101AFI20250523BHJP
【FI】
H10N60/81
【審査請求】未請求
【予備審査請求】未請求
(21)【出願番号】P 2024568824
(86)(22)【出願日】2023-05-19
(85)【翻訳文提出日】2024-12-23
(86)【国際出願番号】 EP2023063515
(87)【国際公開番号】W WO2023222901
(87)【国際公開日】2023-11-23
(32)【優先日】2022-05-20
(33)【優先権主張国・地域又は機関】GB
(32)【優先日】2022-09-16
(33)【優先権主張国・地域又は機関】GB
(81)【指定国・地域】
(71)【出願人】
【識別番号】509251143
【氏名又は名称】エヌピーエル マネージメント リミテッド
(74)【代理人】
【識別番号】110002321
【氏名又は名称】弁理士法人永井国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】クバトキン,セルゲイ
(72)【発明者】
【氏名】ダニーロフ,アンドレイ
(72)【発明者】
【氏名】デ グラーフ,セバスチャン
(72)【発明者】
【氏名】ツァレンチュク,アレキサンダー
(72)【発明者】
【氏名】ルーカス,マライン
(72)【発明者】
【氏名】サンダース,ジョン
(72)【発明者】
【氏名】ケイシー,アンドルー
(72)【発明者】
【氏名】レヴィチン,レフ
【テーマコード(参考)】
4M114
【Fターム(参考)】
4M114AA07
4M114BB05
4M114CC09
4M114CC16
4M114CC17
4M114DA39
4M114DA42
(57)【要約】
量子回路の温度を制御するためのシステムは、温度伝導性材料で作られた筐体壁を備える筐体と、量子回路を保持するための基板と、少なくとも1つの冷却流体源と、少なくとも1つの冷却流体源に結合された筐体内の少なくとも1つのポートと、少なくとも1つの冷却流体源に結合され、チャンバへの冷却流体の供給を制御する、又はチャンバへの冷却流体の供給の制御を可能にするように構成された制御ユニットとを備え、システムは、使用中、筐体を冷却流体で充填して、量子回路を冷却する。好ましくは、少なくとも1つの冷却流体源は、液体3He、4He、又はこれら2つの混合物からなる源である。本発明は、超伝導量子回路及びプロセッサの動作温度と、それらが動作する環境とを最適化するための方法及びシステムを提供する。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
量子回路の温度を、100mK以下の動作温度に制御するためのシステムであって、前記システムは、
熱伝導性材料で作られた筐体壁を備える筐体と、
前記筐体内に配置され、前記筐体壁の少なくとも一部に熱的に結合された熱伝導性材料で作られた多孔質媒体の塊と、
量子回路を保持するための基板と、
少なくとも1つの冷却流体源と、
前記少なくとも1つの冷却流体源に直接結合された前記筐体内の少なくとも1つのポートと、
前記少なくとも1つの冷却流体源に結合され、前記量子回路及び/又はその環境を冷却するために前記筐体を冷却流体で満たすための制御ユニットと
を含み、
前記制御ユニットは、チャンバへの冷却流体の供給を制御して、前記筐体内の熱化流体によって提供される冷却の程度と、それによって、前記量子回路に提供される冷却の量とを制御するように構成される、システム。
【請求項2】
前記少なくとも1つの冷却流体源は、液体
3He、
4He、又はこれら2つの混合物からなる源である、請求項1に記載のシステム。
【請求項3】
前記多孔質媒体の塊は、焼結材料である、請求項1又は2に記載のシステム。
【請求項4】
前記多孔質媒体の塊は、前記量子回路と前記多孔質媒体との間に、ある量の熱化流体を提供するために、前記量子回路から分離される、請求項1から3のいずれか一項に記載のシステム。
【請求項5】
前記多孔質媒体の塊は、前記量子回路に対して、前記量子回路から前記多孔質媒体の塊に入る電磁場が、前記量子回路のパフォーマンスを低下させないほど十分に小さい距離に配置されるように位置される、請求項4に記載のシステム。
【請求項6】
前記多孔質材料の塊と前記量子回路との間に配置されたスクリーニング要素を備える、請求項1から5のいずれか一項に記載のシステム。
【請求項7】
前記スクリーニング要素は、導電性金属及び超伝導材料のうちの少なくとも1つから作られる、請求項6に記載のシステム。
【請求項8】
前記スクリーニング要素は、金属材料の層の上に配置された超伝導材料の層を備える、請求項7に記載のシステム。
【請求項9】
前記多孔質材料は、前記筐体壁のテクスチャ加工された、又は多孔質の内部表面を備える、請求項1から8のいずれか一項に記載のシステム。
【請求項10】
前記多孔質材料は、熱伝導性の焼結粉末又は粒子を備える、請求項1から9のいずれか一項に記載のシステム。
【請求項11】
前記冷却流体源を前記筐体に結合するキャピラリを備え、使用時には、前記システムの動作中に、前記キャピラリが、熱化流体で連続的に満たされる、請求項1から10のいずれか一項に記載のシステム。
【請求項12】
前記キャピラリは、筐体と制御ユニットとの間のバルブなし結合である、請求項11に記載のシステム。
【請求項13】
導電性材料のハウジングを備え、入口キャピラリに結合された一端と、前記筐体に、又は、前記筐体に結合されたキャピラリに結合された他端とを有する、フィルタを含み、前記ハウジングは、焼結フィルタ要素で満たされたチャンバを提供し、前記フィルタは、高周波ノイズが充填キャピラリを通って前記筐体に入ることを低減又は阻止し、前記筐体に入る冷却流体の熱化を向上するように動作可能である、請求項1から12のいずれか一項に記載のシステム。
【請求項14】
第1の冷却流体源及び第2の冷却流体源を備え、前記第1の冷却流体源は、
3Heの源であり、前記第2の冷却流体源は、
4Heの源であり、前記制御ユニットは、冷却流体を順次又は同時に供給するために、前記第1の冷却流体源及び前記第2の冷却流体源の動作を制御するように構成される、請求項1から13のいずれか一項に記載のシステム。
【請求項15】
前記制御ユニットは、前記筐体内の冷却流体の量及び/又は圧力を制御するように動作可能である、請求項1から14のいずれか一項に記載のシステム。
【請求項16】
前記制御ユニットは、熱化流体の供給及び圧力を制御して、前記量子回路上に1つ又は複数の熱化材料層を生成するように構成される、請求項1から15のいずれか一項に記載のシステム。
【請求項17】
前記制御ユニットは、前記量子回路の表面に固体熱化材料の別々の層をテンプレート化するように構成され、前記層は、同じ又は異なる熱化材料からなる、請求項16に記載のシステム。
【請求項18】
前記量子回路の少なくとも1つのパラメータを測定するように構成された1つ又は複数のセンサを備える、請求項1から17のいずれか一項に記載のシステム。
【請求項19】
前記量子回路の少なくとも1つのパラメータを測定するように構成された前記1つ又は複数のセンサは、前記量子回路によって提供される、請求項18に記載のシステム。
【請求項20】
前記量子回路の前記パフォーマンスの測定値を得るように構成された少なくとも1つのセンサを備え、前記制御ユニットは、測定された量に基づいて少なくとも1つの冷却流体源を制御するように構成される、請求項18又は19に記載のシステム。
【請求項21】
前記制御ユニットは、前記測定されたパラメータに基づいて、前記筐体内の冷却流体の量及び/又は圧力を制御するように動作可能である、請求項18、19又は20に記載のシステム。
【請求項22】
ノイズ、デコヒーレンス、量子ビット状態の熱励起確率、フォノン、準粒子密度、準粒子パリティ変動、損失、スピンの熱分布、温度依存超伝導特性、前記量子回路の温度依存特性のうちの1つ又は複数を測定するように構成された1つ又は複数のセンサを備える、請求項18から21のいずれか一項に記載のシステム。
【請求項23】
量子ビットの緩和又は位相ずれ時間、単一又は複数の量子ビットのゲート忠実度、論理量子ビットの誤り率、アルゴリズム忠実度、量子ゲート動作忠実度、量子コンピューティング回路の前記パフォーマンスに影響を与える温度依存特性のうちの1つ又は複数を測定するように構成された1つ又は複数のセンサを備える、請求項18から22のいずれか一項に記載のシステム。
【請求項24】
前記制御ユニットは、前記量子回路の決定されたパフォーマンスに基づいて、前記冷却流体の温度を制御するように動作可能である、請求項1から23のいずれか一項に記載のシステム。
【請求項25】
前記制御ユニットは、前記量子回路の、決定されたコヒーレンスに基づいて温度を制御するように動作可能である、請求項24に記載のシステム。
【請求項26】
前記制御ユニットは、前記量子回路内の測定された又は予想される電力放散に基づいて、前記筐体内の冷却流体の量及び/又は圧力を制御するように構成される、請求項1から25のいずれか一項に記載のシステム。
【請求項27】
前記筐体は、複数のサブ筐体内に複数の量子回路を保持するように構成され、各サブ筐体内の温度は制御可能である、請求項1から26のいずれか一項に記載のシステム。
【請求項28】
ガス取扱システムから、ある量の冷却流体を吸着するように動作可能な吸着ポンプを含む、請求項1から27のいずれか一項に記載のシステム。
【請求項29】
前記ガス取扱システムの低圧側は、大気圧よりも低い圧力で動作される、請求項1から28のいずれか一項に記載のシステム。
【請求項30】
前記システムは、大気圧よりも大幅に高い冷却流体の圧力で動作される、請求項1から29のいずれか一項に記載のシステム。
【請求項31】
室温で充填ラインに接続されたバラストボリュームを備える、請求項1から30のいずれか一項に記載のシステム。
【請求項32】
温度伝導性材料で作られた筐体壁を備える筐体と、
前記筐体内に配置され、前記筐体壁の少なくとも一部に熱的に結合された熱伝導性材料で作られた多孔質媒体の塊と、
前記筐体内に量子回路を保持するための基板と、
少なくとも1つの冷却流体源と、
前記冷却流体源に直接結合された前記筐体内の少なくとも1つのポートと、
前記少なくとも1つの冷却流体源に結合された制御ユニットとを含むシステムにおいて、前記量子回路の温度を、100mK未満の動作温度に制御する方法であって、
前記方法は、前記筐体に冷却流体を充填して、前記量子回路及び/又はその環境を冷却し、チャンバへの冷却流体の供給を制御して、前記筐体内の熱化流体によって提供される冷却の程度、それによって、前記量子回路に提供される冷却の量を制御するように前記制御ユニットを動作させるステップを含み、前記制御によって、前記量子回路のパフォーマンスを調整することを可能にする、方法。
【請求項33】
前記冷却流体として、
3He、
4He、又はこれら2つの組合せを提供することを含む、請求項32に記載の方法。
【請求項34】
前記システムは、第1の冷却流体源及び第2の冷却流体源を備え、前記第1の冷却流体源は、
3Heの源であり、前記第2の冷却流体源は、
4Heの源であり、前記方法は、冷却流体を順次又は同時に供給するために、前記制御ユニットが、前記第1の冷却流体源及び前記第2の冷却流体源を動作させるか、又は前記動作を可能にするステップを含む、請求項32又は33に記載の方法。
【請求項35】
前記筐体内の冷却流体の量及び/又は圧力を制御するステップを含む、請求項32から34のいずれか一項に記載の方法。
【請求項36】
熱化流体の供給及び圧力を制御して、前記量子回路上に1つ又は複数の熱化材料層を生成するように前記制御ユニットを動作させることを含む、請求項32から35のいずれか一項に記載の方法。
【請求項37】
前記量子回路の表面に固体熱化材料の別々の層を堆積するように前記制御ユニットを動作させることを含み、前記層は、同じ又は異なる熱化材料からなる、請求項36に記載の方法。
【請求項38】
前記量子回路の少なくとも1つのパラメータを測定するステップを含む、請求項32から37のいずれか一項に記載の方法。
【請求項39】
前記量子回路の前記パフォーマンスを測定し、前記パフォーマンスの測定値に基づいて少なくとも1つの冷却流体源を制御するステップを含む、請求項38に記載の方法。
【請求項40】
前記測定されたパラメータに基づいて、前記筐体内の冷却流体の量及び/又は圧力を制御するステップを含む、請求項38又は39に記載の方法。
【請求項41】
ノイズ、デコヒーレンス、量子ビット状態の熱励起確率、フォノン、準粒子密度、損失、温度依存の超伝導特性のうちの1つ又は複数を感知するステップを含む、請求項38、39又は40に記載の方法。
【請求項42】
量子ビットの緩和又は位相ずれ時間、単一又は複数の量子ビットのゲート忠実度、論理量子ビットの誤り率、アルゴリズム忠実度、量子ゲート動作忠実度のうちの1つ又は複数を測定するステップを含む、請求項38から41のいずれか一項に記載の方法。
【請求項43】
前記量子回路の決定されたパフォーマンスに基づいて、温度を制御するステップを含む、請求項32から42のいずれか一項に記載の方法。
【請求項44】
前記量子回路の決定されたコヒーレンスに基づいて、温度を制御するステップを含む、請求項43に記載の方法。
【請求項45】
温度を、予め決定されたレベルへ制御するステップを含む、請求項44に記載の方法。
【請求項46】
ガス取扱システムの低圧側は、大気圧よりも低い圧力で動作される、請求項32から45のいずれか一項に記載の方法。
【請求項47】
前記システムは、大気圧よりも大幅に高い冷却流体の圧力で動作される、請求項32から46のいずれか一項に記載の方法。
【請求項48】
前記量子回路内の測定された又は予想される電力放散に基づいて、前記筐体内の冷却流体の量及び/又は圧力を制御するステップを含む、請求項32から47のいずれか一項に記載の方法。
【請求項49】
複数のサブ筐体内に複数の量子回路を保持し、各サブ筐体内の前記冷却流体の温度を集合的に又は個別に制御するステップを含む、請求項32から48のいずれか一項に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、固体量子プロセッサの表面を熱化するための方法及びシステムに関し、より詳細には、固体量子デバイス、回路、及びプロセッサの最適な動作温度を実現するための方法及びシステムに関する。好ましい実施形態では、本明細書で教示される方法及びシステムは、量子回路及びプロセッサの動作温度の適応型制御を提供して、それらから最適なパフォーマンスを達成し、量子コヒーレンスを向上させることを目指すことができる。本発明は、超伝導状態で動作する量子回路に特に適しているが、これに限定されるものではない。
【背景技術】
【0002】
固体(超伝導、半導体)量子回路(QC)は、量子ビット(超伝導、半導体スピン、又は他の固体プラットフォームに基づき得る量子ビット)を実装するために使用され、そのような回路は、様々なアーキテクチャで量子ビット(伝送線路、導体、共振器)と相互作用するために使用される低損失コンポーネントも含む。これら固体回路は平面回路であり、通常は基板材料で構成され(通例では、厚さ0.1~1mm、一般的には高抵抗シリコン又はサファイア製)、その上に様々な回路層(通常は金属、誘電体、超伝導体などの1層又は複数層の薄膜)が堆積され、微細加工技法を使用してパターン化されて形状が作られる。基板の表面積は最大数平方センチメートルになる場合がある。
【0003】
より高度な実装形態では、複数のチップが使用され、たとえば、1つのチップは量子ビット層で構成され、別のチップは上部に「フリップチップされて」、他の回路コンポーネント(共振器、伝送線路など)を提供し、大規模回路の接続性の問題を解決する。これら2つ(又はそれ以上)の「フリップチップされた」チップは、通常、金属又は超伝導リンク(チップの周囲又は量子ビットから離れた場所にあるバンプボンド、パッド、クランプ、ワイヤボンドなど)を使用して接続され、一方から他方へ信号を渡し、その間に小さなギャップ(真空)が存在する。このギャップは、実用的な目的のために存在し、ギャップなしでチップを完全に整列させることは困難であり、量子ビットには、回路/チップの平面からある程度の距離まで広がる電界があり、これら電界は、導入された損失のある誘電体材料と結合してはならない。
【0004】
US-2021/076,530は、量子コンピューティングデバイスの筐体内で、熱化材料の適用を容易にするデバイス及び方法を開示している。このシステムは、筐体内に配置された量子コンピューティングデバイスを備える。このシステムは、筐体内に配置された熱化材料も備えており、この熱化材料は超流動ヘリウムであり得る。
【0005】
US-2013/258,595は、量子コンピュータをスケールアップする際に、熱伝達が懸念事項となることが知られていることを認めている。いくつかの基本的な超伝導デバイスは、切替時にいくらかのエネルギーを放散し、量子ビットと近接して接触する場合がある。本開示では、熱電子を量子ビットから液体3Heに輸送するために使用される高伝導性の熱ビアを提案しており、液体3Heは、ミリケルビン温度で比較的高い熱伝導率及び熱容量など、比較的良好なバルク熱輸送特性を有する。固体と液体ヘリウムとの間の大きなカピツァ抵抗により、熱ビアから液体ヘリウムへの熱の取得に問題が生じる可能性があることが認識されている。本開示は、単位体積あたりの内部表面積が非常に大きい多孔質オープンセル金属「スポンジ」を使用することによって、カピツァ抵抗を最小化できると提案している。
【0006】
当該技術分野における主な目的は、量子回路のコヒーレンスを高めることである。コヒーレンス時間とは、量子回路が量子情報を失う前に保持できる時間である。(以下でさらに詳細に論じられるように)コヒーレンスの喪失を引き起こすメカニズムであるデコヒーレンスの原因は数多くある。当該技術分野は、コヒーレンス時間が、動作の忠実度に直接影響するため、コヒーレンスを高めることを目指している。高い忠実度は、フォールトトレラントな量子誤り訂正を実現するための要件であり、汎用的な量子コンピューティングの前提条件である。十分なコヒーレント性を保つために、固体量子回路は、低温で動作する必要がある。
【0007】
デコヒーレンスの異なる原因の多くは、量子回路又はその環境に存在する過剰なエネルギーと直接的又は間接的に関連している可能性があり、特定のデコヒーレンスメカニズムは、外部エネルギー源を構成し、量子回路及びその環境から効率的に取り除かれない限り、回路の温度又はその環境の他の自由度を高める。
【0008】
現在の状況では、「量子回路」を、説明された完全なチップ又はチップのアセンブリとして定義する。量子回路は通常、基板、誘電体、金属層、及び超伝導層などを備え、所望される機能を、量子物理学を利用して実現するために、特定の回路トポロジにパターン化される。前述の構成要素は、量子回路を形成し、量子回路を使用して量子計算、量子センシングを実行したり、他の手法で、量子力学の基本原理に基づいて動作する量子デバイスを定義することが可能である。
【0009】
「冷却」又は「熱化」という用語は、動作時のデバイスの量子状態及び量子状態の熱分布の冷却又は熱化を含む場合と含まない場合とがある。さらに、「冷却」又は「熱化」という用語は、量子回路が結合する量子回路の環境の冷却又は熱化を含む場合と含まない場合とがあり、これは、量子回路チップ上に存在する異なる物理サブシステム(又は自由度)と、量子回路のパフォーマンスに影響を与える、関連付けられた温度又は温度依存特性を有し得る極低温アセンブリの他の態様とを意味する。そのようなサブシステムは、以下で詳細に説明される。
【0010】
a)量子回路の冷却に関する考慮事項
通常、量子回路は、希釈冷凍機(DR)内で冷却され、約10mKのベース温度を実現し、市販されている最高の希釈冷凍機では5mKが実現可能である。しかしながら、量子回路のベースに至る多数の信号ラインを備えた実際の量子回路の実施形態では、10mKをはるかに超える温度が一般的であり、線の数に応じて50mK又は60mKに達することもある。
【0011】
希釈冷凍機は、最低温度ステージのフォノン温度を冷却するように動作する。最も冷たいプレートは通常、大きな銅プレートであり、熱接触を改善し、銅の酸化を防ぐために金(Au)などの材料でメッキされ得る。銅が使用されるのは、非常に低温でも非常に優れた熱伝導体であるからであり、これは、銅プレートの一箇所で発生した熱が、希釈冷凍機の冷却メカニズムによって効率的に取り除かれ、低温を維持できることを意味する。
【0012】
量子回路を冷却するためには、希釈冷凍機のコールドプレートに熱的に固定される必要がある。熱アンカは通常、次のようにして実現され得る。
(i)チップが、金属ベースプレート(熱特性が優れているために、銅が主に使用される)上、又はプリント回路基板(PCB)(具体的には誘電体又は金属化された表面)上に直接配置されるか、又は、チップが、周囲に配置され、その下の空きスペースでキャビティ(真空)を形成する。
(ii)その後、回路基板(存在する場合)が、金属プレート(ベースプレート)上に置かれる。
(iii)筐体の一部を形成する金属ベースプレートは、構成に応じて、直接、又はいくつかの追加の金属ブラケットを介して、希釈冷凍機(DR)のコールドプレートに取り付けられる。
【0013】
PCB/QCチップが取り付けられている量子回路筐体ベースプレートの点まで、かなり良好な熱化を実現することが、無理なく容易である。主な問題は、チップ上のQCコンポーネントと、金属ベースプレートとの間の熱リンク、つまりQCの環境の熱化である。回路層(超伝導体、誘電体)は薄く、熱伝導性が非常に低い。さらに、基板(通常はシリコン、サファイア)の熱伝導率は、量子回路が動作する温度ではゼロになる。したがって、量子回路自体を冷却するためには、量子回路材料に対してより優れた熱伝導性と、低い界面熱抵抗(カピツァ抵抗)とを有する材料が必要である。理想的には、量子回路チップの上(場合によっては下)にある空きスペース(通常は真空)は、熱をより良好に取り除き、量子回路を金属筐体の温度まで熱化できる何らかの材料で満たされるべきである。
【0014】
電磁環境及びQC筐体
同時に、この空きスペースを埋める材料は、信号をショートさせないように、絶縁性である必要があり、また量子回路のパフォーマンスを損なわないように、マイクロ波周波数での誘電損失が非常に低くなければならない。
【0015】
マイクロ波電界が占める体積内に誘電体材料が導入されると、電界は、量子回路と、2レベルの材料欠陥との結合を媒介し、損失、ノイズ、及びデコヒーレンスが増加する。これを回避するために、量子ビット自体をホストするチップ上で、電界が大きく、基板に浸透する、量子ビットや他の高コヒーレンス要素の周囲の領域にある誘電体基板材料を除去するのが一般的である。したがって、コヒーレンスを向上させるために、量子ビット及び共振器回路を可能な限り真空(基板なし)で囲むことが望ましく、これは当該技術分野でよく知られている。
【0016】
量子回路は、通常、超伝導シールド、磁気シールド、光子放射シールドなどによって形成される十分にシールドされた環境内に収容するのが一般的である。実際には、ファスナを使用して、様々な手法でともに取り付けられた多数(5から>10)の個別の金属コンポーネントが生成される。ベースプレートと希釈冷凍機(DR)コールドプレートとの間の熱伝導率は、異なる金属片の数とそれらの界面とに依存する。この目的のため、境界を介した熱伝導率を低下させる酸化を防ぐために、部品間の接触を改善し、銅に金メッキを施すことがよくある。熱伝導率は、熱伝導体の断面積と長さとの関数であるため、熱伝導率は、部品の形状にも依存する。
【0017】
良好な電磁環境を保証するために、量子回路及び金属ベースプレートも、通例ではベースプレートカバーで覆われ、量子回路及びPCBが、金属(通常は銅)で完全に囲まれる。この金属筐体は、量子回路に近づきすぎないように配置すべきであり、そうしないと回路の電磁モードが歪んでしまい、損失及びデコヒーレンスが増加する可能性がある。これは、量子回路上の筐体内部の体積が、空(真空)であり、残念ながら、熱は、放射によってしか伝導せず、非常に非効率的なプロセスであることを意味する。
【0018】
図1は、当該技術分野で使用される量子回路の典型的な筐体(左)と、フリップチップ構成(右)とを図示している。
【0019】
量子回路内の熱(残留熱及び生成熱)は、量子回路の表面層とコールドプレートとの間に、途切れることのない銅リンクを有することができた場合と同じ高い効率で量子回路から除去できない。実際、コールドプレートの温度が10mKの場合、量子回路自体の有効温度は、50mKをはるかに超えるのが一般的である。
【0020】
量子回路は、電気信号の伝播と、適切に設計された電磁環境とを必要とするため、熱伝導率が非常に高い材料(銅など)のみを使用して構築することはできない。ミリケルビン温度では熱伝導率が非常に低い誘電体(真空は、熱伝導率がゼロの理想的な誘電体)は、量子回路を実現し、電気信号の制御された伝播を可能にするために依然として必要である。さらに、典型的な量子回路の多くの信号/制御ラインは、電磁損失が低い超伝導材料で作られているが、通常の金属(銅など)に比べて熱伝導性が非常に低い。
【0021】
その結果、当該技術分野は、熱伝導性の低い材料から量子回路を構築する必要性に直面しており、実際の実施形態における熱化は、冷凍機のコールドプレートへの、多くの界面及び熱伝導性の低い材料を介した熱伝導に依存している。
【0022】
様々な実装形態で熱化を改善するための様々な試みがなされてきたが、そのような試みは、良好なパフォーマンスのためには、高いコヒーレンス及び所望される機能を維持するために、量子回路を、定義上、熱伝導率の低い低放散誘電体材料で囲む必要があるという根本的に相互に排他的な制約によって、状況はいまのところ大きくは改善されていない。
【0023】
大規模な量子処理ユニット(QPU)では、熱化が必要な回路(チップ)の寸法が大きくなることによって、及び、チップ上を伝搬する実質的に多くの制御信号によって、より多くの加熱をもたらし、回路の熱化が、よりさらに問題となる。
【0024】
量子回路の物理的環境の冷却
上記では、主にフォノンの形態で、熱が量子回路から除去される方法と、mK温度で、量子回路チップからのフォノンを介した冷却を制限する、そのような量子回路の動作に対する物理的な制約とを説明している。上記の説明はまた、量子回路のすぐ近くにある多くの物体である基板、超伝導体の酸化物層、通常の金属、フリップチップ配置の要素なども示している。言い換えれば、量子回路は、多くの自由度を有する環境と結合し、この環境との望ましくないエネルギー交換によって、量子デバイスのパフォーマンスが低下する。したがって、環境から余分な又は所望されないエネルギーや、又は励起を除去することが重要である。
【0025】
実際の量子回路の実施形態では、チップ内/上に存在する様々な物理サブシステム及び不完全物(欠陥)(表面又はバルクのスピン欠陥、準粒子、信号配線の伝導電子、材料欠陥[通常は、2レベルシステム「TLS」欠陥]、及び材料関連ノイズ及びデコヒーレンスの原因となる低エネルギー変動体の槽など)は、温度依存性があり、温度が低下すると、量子デバイスのパフォーマンスが低下し、通常は約50mKで飽和する傾向があることが分かっている。これは、これらサブシステムが、希釈冷凍機のベース温度に対して十分に熱化されておらず、(たとえば、迷走放射線、材料の損失、信号の伝播などによる)わずかな熱負荷が、クライオスタットのベース温度に対して、前述したサブシステムの大幅な過熱をもたらすためである。これは、量子回路や、量子領域における超伝導共振器に関する多くの実験で検証されており、表面スピンとTLS槽との両方を、実際に約50mK未満に冷却できないことが実証された。
【0026】
例として、
図2は、測定された電子スピン共鳴(ESR)ピーク強度と、理論的に予想される電子スピン共鳴(ESR)ピーク強度とを、2つの結合された表面スピン遷移の温度の関数として表すグラフを示している。このデータは、当該技術分野の典型的な手法で真空に囲まれて取り付けられた量子回路から得られたもので、そのため熱化は不十分である。約50mK未満では熱飽和が発生し、理論的に予想される結果から乖離する。
【0027】
量子回路に関連するパラメータの温度依存性について利用可能な刊行された研究文献の多くは、5年以上前に実施された研究に関する報告であることを念頭に置く必要がある。当時は、量子回路に関わる材料や他の技術は、今日ほど発達していなかった。特に、量子ビットのコヒーレンス時間は、今日よりも少なくとも1桁悪かった。そのため、それまでの研究の多くは、最先端の高コヒーレンス回路に必ずしも関連する特性を調査していなかった。
【0028】
現在、当該技術分野で理解されていることは、コヒーレンスが増加するにつれて、(ノイズにも関連する)TLSによるパラメータ変動が、より顕著になることである。その結果、最先端の量子ビットの場合、TLSに関する現在の知識のみに基づくと、より低い温度に冷却するという概念は、より望ましくないということにさえなる。
【0029】
システム内の熱放散
量子回路が受動的であり、動作していない場合でも、以下を含むいくつかの異なるメカニズムが、コールドプレートの温度よりもはるかに高い温度に上昇させる、量子回路内での熱の発生に寄与することができる。
(i)回路から放散される電気制御信号によって発生する熱。典型的な制御信号は、マイクロ波パルス、一定のマイクロ波トーン、低周波(DC)電流信号である。
(ii)迷走光子からの熱、クライオスタット内の高温ステージからの熱放射、又は出力増幅チェーンからの熱放射。最近では、量子回路に到達する高エネルギー光子を抑制するために、量子回路環境を設計することに多くの努力が払われている。技法は、クライオスタット減衰とフィルタリング及び吸収材料の最適化を含む。
(iii)量子回路又はその基板に吸収された宇宙粒子又は電離放射線からの熱。
(iv)クライオスタット内の他の場所の温度上昇から生じる迷走フォノンからの熱、又は(iii)のような他の遠隔の高影響事象から生じる熱。
(v)物質中の水素のオルトパラ変換による熱。
【0030】
量子回路を、所望される温度まで熱化し、それによってパフォーマンスを向上させるためには、この余分な熱をできるだけ効率的に除去することが望まれる。
【0031】
特性温度及び温度依存性
量子回路のパフォーマンスは、競合する温度依存のメカニズムの数に依存する。以下の理由により、温度を下げることが、これらすべてのパフォーマンス指標を改善するための解決策であると結論付けることは、当該技術分野の知識からは明らかではない。
【0032】
(i)超伝導体。特定の転移温度(Tc)未満では、一部の金属は、電気抵抗を失い、磁場に反発する。前者の性質により、電磁損失が低くなり、後者の性質により、磁気シールドとして優れた性能を発揮する。超伝導の物理的な理由は、金属内の伝導電子が「対」になり、これら(クーパー)対が、全体的に単一として振る舞う「凝縮体」を形成することである。有限温度では、クーパー対は、壊れたクーパー対(単一電子)である準粒子と共存する。
【0033】
(ii)準粒子。これらは超伝導材料の性質である。準粒子は、高周波での電磁損失に寄与し、量子回路のパリティ変動を引き起こし、そのメカニズムが、ノイズ及びデコヒーレンスをもたらす。超伝導転移温度(Tc)の近くでは、準粒子の数が最大になり、T<Tcで指数関数的に減少する。量子回路のために使用される一般的な超伝導体(アルミニウム、ニオブ、窒化ニオブなど)では、量子回路の温度は通常、超伝導転移温度の少なくとも20分の1であり、これは、残留準粒子密度が、基本的にゼロ(<exp(-20)=2e-9)になることを意味する。しかし、存在する準粒子の数は、100mK未満では、それよりかなり高い値で飽和することが観察されている。
【0034】
この理由が、現在、当該技術分野で議論されているトピックである。起源は、高エネルギー影響(宇宙粒子又は電離放射線)に関連付けられたクーパー対破壊事象による準粒子の絶え間ない再補給と、準粒子の数が少数という限界における非常に遅い準粒子再結合時間(2つの準粒子が1つのクーパー対を形成する)との組合せであると考えられる。対破壊事象を生成する高エネルギーの他の発生源も可能であり、この状況では、それが準粒子の数にどのように影響し、フォノンの熱化を改善するかを理解するために、温度をさらに下げることが所望され得る。現在、当該技術分野は、この原因を理解し、排除しようとしている。放射性同位体が極めて少ない材料を使用することによって、量子回路の隣の電離放射線源を除去することは理論的には可能である。量子回路を地下深くで動作させることで、高エネルギー宇宙線からシールドすることも実現可能だが、非現実的である。当該技術分野で実証されている高エネルギー事象及び準粒子の影響を軽減するが、ただし、完全に排除する訳ではない別の手法は、準粒子が主に捕捉されるゾーンを、量子回路から離して設計することにより、量子回路の超伝導層に準粒子トラップを作成し、関連する量子回路素子への伝播を防ぐことである。
【0035】
したがって、現在の知識から、準粒子に関しては、量子回路をさらに冷却しても残留準粒子の数が減少すると考える理由はない。
【0036】
(iii)残留量子ビットの熱分布。超伝導量子ビットは通常、1~10GHzの範囲の周波数、又は50~400mKの範囲の温度に相当する典型的な分離(分裂)を伴う2つのエネルギーレベルのみを使用して動作する。量子ビットの信頼性の高い制御を保証するために、上位レベルの熱的(偶発的)分布は所望されない。この熱分布は、ボルツマン統計に従い、量子ビット環境の温度が低いほど熱分布も低くなることを意味する。超伝導量子ビットを用いた実験では、通常、T=50mK程度まで下がる予想される熱分布を示し、数パーセントの超過値で飽和する。これは、量子ビット動作の忠実度を制限するため、大きな問題である。この状況では、デバイスに結合する迷走光子の量を低減するために、入力信号ラインの広範なフィルタリングが必要とされ、電磁環境は、熱光子から十分にシールドされる必要がある。したがって、熱光子の多くの異なる発生源が存在する可能性のある量子回路及びその環境を冷却することは有益である。この態様では、当該技術分野では、可能な限り低い温度まで熱化することが所望される。
【0037】
(iv)磁束ノイズ。磁性不純物及び表面磁気モーメントは、磁気(磁束)ノイズをもたらし、これも量子回路のコヒーレンスを制限する。量子回路内の磁束ノイズは、温度が低下するにつれて(通常は、50~100mKで飽和するまで)増加することが観察されている。
【0038】
(v)臨界電流変動。これら変動は、ジョセフソン接合障壁の欠陥から生じると考えられる。90mK未満の温度依存性についてはほとんど分かっていないが、この温度を超えると、臨界電流ノイズは、T2に比例することが示されている。
【0039】
(vi)2レベルシステム(TLS)の材料欠陥。これらは主に、超伝導体の基板や酸化物層など、量子コンピュータを取り囲む誘電体に存在すると考えられるが、一部の特殊なタイプのTLSは、超伝導体又はジョセフソン接合障壁自体に存在する可能性がある。簡単に言えば、TLS欠陥は、2つの位置の間をジャンプする原子スケールの欠陥として説明される。重要なことは、この欠陥は、電荷を持ち、その結果、量子回路に結合できる電気双極子又は四極子モーメントが生じることである。この「ジャンプ」は、量子回路のパフォーマンスを低下させるノイズの原因となる。TLSはまた、相互にも作用する。温度が低下すると、TLSによって発生するノイズ及びデコヒーレンスが増加することが、当該技術分野で知られている。実験的に、TLSが支配的な領域では、ノイズが約50mKで飽和するまで増加することが示されている。これは、量子回路の他の特性が飽和すると思われる温度範囲と同じである。TLS欠陥はまた、パラメータの変動も引き起こし、これは、量子回路内の多数の量子ビットの協調制御において大きな問題となる。
【0040】
したがって、この観点で、より低い温度を求めることは、当該技術分野における知識及び理解に反することになる。当該技術分野は、TLS欠陥の物理及び化学を理解し、その位置を特定し、可能な限り欠陥を排除又は不活性化するための努力に重点を置いている。これは実行可能な方向に見えるが、これまでのところ進展は限定的である。
【0041】
当該技術分野における一般的な理解では、そのようなTLS欠陥は、通常、高温で飽和する。しかしながら、材料が冷却されると、これら追加の自由度が利用可能になり、低温特性を支配することができる。
【0042】
これらすべてのメカニズムを総合すると、動作のための最適温度に関して矛盾が生じる。当該技術分野は、量子回路を(10mKである希釈冷凍機のベース温度を使用して)約50mKである容易に実現可能な温度で動作させることに長い間落ち着いてきた。これは、希釈冷凍機の混合チャンバプレートに量子回路を取り付けることによって容易に実現でき、前述された競合するメカニズム間の最善の妥協点を構成する。しかしながら、それでも量子回路のコヒーレンスを改善する必要性は解決されない。
【0043】
マイクロケルビン温度までの電気回路の冷却
断熱核消磁冷凍(ANDR)を用いて、一般的な希釈冷凍機(DR)の温度(実現可能な最高のDR温度は5mK~10mK以上)よりも低い温度を実現できる。後者の技法により、100μK以下の範囲の温度に到達できるようになる。重要なことは、この温度範囲では、量子回路とその環境を冷却する問題が、ミリケルビン温度範囲よりもさらに深刻であるということである。断熱核消磁冷凍を用いて、通常は銅プレートでもある遠隔核ステージ(NS)が、常磁性材料(たとえば、銅、PrNi5など)に熱的に接続され、断熱核磁気消失のプロセスによって、追加の冷却が行われる。核ステージは、熱スイッチを介して希釈冷凍機の混合チャンバプレートに接続される。内部に量子回路が取り付けられた量子回路筐体は、核ステージに直接熱化されるか、又は核ステージが熱的に接続されたプレートに熱化される。
【0044】
量子回路チップの取り付けに関する限り、希釈冷凍機と断熱核消磁冷凍機との間に違いはなく、どちらも銅製のベースプレート上の筐体に取り付けられているが、今回はベースプレートが核ステージである。
【0045】
当該技術分野はこれまで、電子システムを超低温まで冷却する技法の開発に重点を置いており、デバイス内の電子温度を可能な限り低くすることを目指してきた。これら技法が、TLSや、量子回路に関連する他のサブシステムも冷却するかは、当該技術分野では明らかではない。これまでの研究は、低周波電子デバイスの冷却、つまり、たとえば、半導体、金属、又は量子ホールデバイス及び2次元電子ガスなどのフォノンや伝導電子、あるいはmK以下の温度において温度を決定するために一般的に使用されるクーロン遮断温度計を含む単一電荷デバイスの冷却に焦点が当てられてきた。これまで当該技術分野で適用されてきた、前述のタイプのデバイスを冷却するための技法は、量子回路にはあまり関係がなく、これら技法が、量子回路に関連するサブシステムを冷却できることは当該技術分野では確かではない。
【0046】
mK以下で温度を測定するには、デバイス内のすべてのサブシステムの温度ではない電子温度を効果的に測定する2つの主な手法が使用される。通常、これら温度計は、クライオスタットのコールドプレートのどこかに配置される。最も一般的な2つの技法は、クーロン遮断温度測定(CBT)及び(電流検知)抵抗ノイズ温度測定である。以下の開示では、後者の技法が、核ステージのコールドプレートの温度を測定するために使用される。
【0047】
したがって、量子回路の最適な動作温度が何であるかについての当該技術分野における指針は、量子回路ごとに異なって寄与し得る競合するメカニズムが存在するため、当該技術分野における現在の知識からは、量子回路のために関連する様々なサブシステムの冷却でさえも実現可能であるか不明である。したがって、現在容易に実現可能な温度(T~50mK)よりも低い温度を目指すことに全体的な利点があるとは、当該技術分野では示されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0048】
【特許文献1】米国特許出願第2021/076,530号
【特許文献2】米国特許出願第2013/258,595号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0049】
本発明の好ましい実施形態は、冷たい量子流体を導入し、この流体に量子回路を浸漬するための方法及びシステムを提供することを目的とする。量子流体の温度を制御することによって、量子回路と、(量子回路のパフォーマンスに影響を与える独自の特定の温度依存性を有する多くの異なる物理サブシステムの形態での)その環境との温度も制御できる。
【0050】
より具体的には、本発明は、超伝導量子回路及びプロセッサの動作温度と、それらが動作する環境とを最適化するための方法及びシステムを提供する。好ましい実施形態では、本明細書で教示される方法及びシステムは、超伝導量子プロセッサ回路の動作温度の適応型制御を提供し、最適な動作を保証し、コヒーレンスを向上させることができる。
【課題を解決するための手段】
【0051】
以下の開示は、教示された環境において、たとえば液体3Heへの浸漬を使用して、量子回路をより効率的に冷却することができる方法及びシステムを教示する。好ましい方法及びシステムにより、量子回路のオペレータ(人間又は機械)は、用途によって決定される周囲の流体の最適な、又は所望される動作温度(それによって、量子回路及びその環境の温度も変化する)を、他の方法では実現できないほど広い範囲で選択できるようになり、また、作用している異なるコヒーレンス制限メカニズムすべてに対してパフォーマンスを最適化することもできるようになる。本明細書で教示される方法及びシステムは、材料科学の将来の発展にも対応することができ、たとえば、TLS誘起されたデコヒーレンスが大幅に減少し、最適な動作温度が、現在使用されている温度よりも大幅に低くなる可能性がある。
【0052】
本明細書で実証されるように、3Heは、非常に効率的な低損失冷却媒体であり、市販の極低温希釈冷凍機で動作する量子回路の、液体3Heにおける浸漬を実装するための方法及びシステムが教示される。好ましい実施形態は、デコヒーレンスの主な原因である表面スピン及びTLSサブシステムの熱化を大幅に改善することができる。以下に詳細に説明されるように、本明細書で教示される好ましい実施形態では、TLS槽の3Heとの結合が大幅に改善されることにより、TLSの熱化が大幅に改善され、TLS槽の緩和速度を、1000倍以上増加させることができる。発明者は、これら物理サブシステムのいずれか又はすべてを40~50mK未満の温度まで冷却することに成功した以前の実験又は研究を知らない。一部の研究は、希釈冷凍機のコールドプレートの温度計で確認される基本温度である10mKの公称温度で動作する回路を報告しているが、これら研究のすべてにおいて、コールドプレートの温度が、量子回路及びその環境の温度を表している訳ではない。
【0053】
本発明の態様によれば、量子回路の温度を、100mK未満の動作温度に制御するためのシステムが提供され、このシステムは、
熱伝導性材料で作られた筐体壁を備える筐体と、
筐体内に配置され、筐体壁の少なくとも一部に熱的に結合された熱伝導性材料で作られた多孔質媒体の塊と、
量子回路を保持するための基板と、
少なくとも1つの冷却流体源と、
少なくとも1つの冷却流体源に直接結合された筐体内の少なくとも1つのポートと、
少なくとも1つの冷却流体源に結合され、量子回路及び/又はその環境を冷却するために筐体を冷却流体で満たすための制御ユニットと
を含み、
制御ユニットは、チャンバへの冷却流体の供給を制御して、筐体内の熱化流体によって提供される冷却の程度と、それによって、量子回路に提供される冷却の量とを制御するように構成される。
【0054】
本明細書で使用される「冷却流体」という用語は、熱を伝達できる、つまり冷却作用を持つ、気体又は液体である流体を表すために使用される。
【0055】
好ましくは、少なくとも1つの冷却流体源は、3He、4He、又はこれら2つの混合物からなる源である。より好ましくは、少なくとも1つの冷却流体源は、液体3He源である。
【0056】
有利なことに、多孔質媒体の塊は、焼結材料である。
【0057】
多孔質媒体の塊は、量子回路と多孔質媒体との間に、ある量の熱化流体を提供するために、量子回路から分離されることが好ましい。好ましい実施形態では、多孔質媒体の塊は、量子回路に対して、量子回路から多孔質媒体の塊に入る電磁場が、量子回路のパフォーマンスを低下させないほど十分に小さい距離に配置されるように位置される。
【0058】
好ましくは、多孔質材料の塊と量子回路との間に配置されたスクリーニング要素が設けられる。スクリーニング要素は、導電性金属及び超伝導材料のうちの少なくとも1つから作られるのが有利である。スクリーニング要素は、金属材料の層の上に配置された超伝導材料の層を備え得る。
【0059】
いくつかの好ましい実施形態では、多孔質材料は、筐体壁のテクスチャ加工された又は多孔質の内部表面を備える。
【0060】
多孔質材料は、熱伝導性の焼結粉末又は粒子を備え得る。
【0061】
システムは、好ましくは、冷却流体源を筐体に結合するキャピラリを備え、使用時には、システムの動作中にキャピラリが熱化流体で連続的に満たされる。キャピラリは、筐体と制御ユニットとの間のバルブなし結合であり得る。
【0062】
導電性材料のハウジングを備え、入口キャピラリに結合された一端と、筐体に、又は、筐体に結合されたキャピラリに結合された他端とを有する、フィルタが提供され得、ハウジングは、焼結フィルタ要素で満たされたチャンバを提供し、フィルタは、高周波ノイズが充填キャピラリを通って筐体に入ることを低減又は阻止し、筐体に入る冷却流体の熱化を向上するように動作可能である。
【0063】
システムは、第1の冷却流体源及び第2の冷却流体源を備えることができ、第1の源は、3Heの源であり、第2の源は、4Heの源であり、制御ユニットは、冷却流体を順次又は同時に供給するために、第1の源及び第2の源を動作させるか、又は動作を可能にするように構成される。これら実装形態では、システムは、量子回路上に冷却流体の層を堆積することができ、これら層は、実際には、固体の形態をとることができる。このように層状にすることで、量子回路とその環境内の異なるサブシステムへの冷却液体の結合を最適化できる。
【0064】
制御ユニットは、好ましくは、筐体内の冷却流体の量及び/又は圧力を制御するように動作可能である。
【0065】
有利なことに、制御ユニットは、熱化流体の供給及び圧力を制御して、量子回路上に1つ又は複数の熱化材料層を生成するように構成される。
【0066】
いくつかの実施形態では、制御ユニットは、量子回路の表面に固体熱化材料の別々の層をテンプレート化するように構成され、前記層は、同じ又は異なる熱化材料からなる。
【0067】
有利なことに、制御ユニットは、筐体内の冷却流体の量及び/又は圧力を制御するように動作可能である。
【0068】
システムは、量子回路の少なくとも1つのパラメータを測定するように構成された1つ又は複数のセンサを備えることが好ましい。
【0069】
システムは、量子回路の動作温度の測定値を取得するように構成された少なくとも1つの温度センサを備え得、制御ユニットは、温度測定値に基づいて冷却流体源を制御するか、又は制御を可能にするように構成される。
【0070】
有利なことに、制御ユニットは、測定されたパラメータに基づいて、筐体内の冷却流体の量及び/又は圧力を制御するように動作可能である。
【0071】
好ましくは、ノイズ、デコヒーレンス、量子ビット状態の熱励起確率、フォノン、準粒子密度、損失、温度依存の超伝導特性のうちの1つ又は複数を測定するように構成された1つ又は複数のセンサが提供される。
【0072】
量子ビットの緩和又は位相ずれ時間、単一又は複数の量子ビットのゲート忠実度、論理量子ビットの誤り率、アルゴリズム忠実度、量子ゲート動作忠実度のうちの1つ又は複数を測定するように構成された1つ又は複数のセンサが提供され得る。
【0073】
制御ユニットは、量子回路内の測定された又は予想される電力放散に基づいて、筐体内の冷却流体の量及び/又は圧力を制御するか、又は制御を可能にするように構成され得る。
【0074】
いくつかの実施形態では、筐体は、複数のサブ筐体内に複数の量子回路を保持するように構成され得、各サブ筐体内の温度は制御可能であり、好ましくは個別に制御可能である。
【0075】
有利なことに、筐体の内壁の少なくとも一部は、筐体の金属への液体の熱化を実現し、したがって、極低温冷凍機の最低温度ステージへの熱化を実現する目的で、多孔質熱伝導性材料の塊に接続される。液体が、冷凍機の温度まで十分に熱化されると、量子回路に冷却を提供することができる。筐体の内壁には、熱伝導性の焼結粉末又は粒子を備えるテクスチャ加工された、又は多孔質の内部表面が設けられ得る。いくつかの実施形態では、筐体は、熱伝導性の焼結粉末又は粒子で満たされ得る。
【0076】
制御ユニットは、量子回路の決定されたパフォーマンスに基づいて温度を制御するか、又は温度の制御を可能にするように構成され得る。これは、量子回路の、決定されたコヒーレンスに基づき得る。
【0077】
制御ユニットは、量子回路内の測定された又は予想される電力放散に基づいて、筐体内の冷却流体の量及び/又は圧力を制御するように構成できる。
【0078】
いくつかの実施形態では、筐体は、複数のサブ筐体内に複数の量子回路を保持するように構成され、各サブ筐体内の温度は制御可能である。
【0079】
システムは、ガス取扱システム及び充填ライン及び筐体の間で(ガス状の)冷却流体を移送する目的で、ある量の冷却流体を吸着するように動作可能な吸着ポンプを含み得、これにより、筐体内の冷却流体の量及び圧力のより良好かつ広範囲な制御を提供する。好ましい実施では、吸着ポンプは、(ガス状の)冷却流体源及びストレージとして機能するガス取扱システムの低圧側の圧力よりも大幅に高い充填ラインの圧力を実現するために使用される。好ましい実装形態では、ガス取扱システムの低圧側は、大気圧よりも低い圧力で動作される。いくつかの実装形態では、冷却流体の圧力を、大気圧よりも大幅に高くしてシステムを動作させることが有利であり得る。
【0080】
システムは、充填ライン及び筐体内の液体の圧力の安定化を目的として、室温で充填ラインに接続されたバラストボリュームを含み得、それによって、量子回路パラメータの安定性を向上させるなど、冷却流体の物理的及び誘電的特性を安定させる。たとえば、充填ラインが、バルブレス方式で連続的に充填されて動作する場合、冷凍機の異なる温度ステージの温度変動によって引き起こされる変動から、量子回路を保護するのに役立つ。好ましい実装形態では、バラストボリュームの体積は、充填ライン及び内部筐体の体積との合計体積よりもはるかに大きくなる。
【0081】
本発明の別の態様によれば、
温度伝導性材料で作られた筐体壁を備える筐体と、
筐体内に配置され、筐体壁の少なくとも一部に熱的に結合された熱伝導性材料で作られた多孔質媒体の塊と、
筐体内に量子回路を保持するための基板と、
少なくとも1つの冷却流体源と、
冷却流体源に直接結合された筐体内の少なくとも1つのポートと、
少なくとも1つの冷却流体源に結合された制御ユニットとを含むシステムにおいて、量子回路の温度を、100mK未満の動作温度に制御する方法が提供され、
この方法は、筐体に冷却流体を充填して、量子回路及び/又はその環境を冷却し、チャンバへの冷却流体の供給を制御して、量子回路に提供される冷却の量、及び、それによって、筐体内の熱化流体によって提供される冷却の程度を制御するように制御ユニットを動作させるステップを含み、前記制御によって、量子回路のパフォーマンスを調整することができる。
【0082】
好ましくは、この方法は、冷却流体として、3He(同位体番号3のヘリウム)、4He(同位体番号4のヘリウム)、又はこれら2つの組合せ若しくは混合物を提供することを含む。いくつかの実施形態では、本明細書で教示されるシステム及び方法は、最初に、回路(基板)の表面に第1の冷却材料の層を作成する効果を有する、たとえば、4Heなどの、ある量の1つの冷却流体を追加するように構成される。続いて、第2の冷却流体(3Heなど)がチャンバ内に供給され、冷却される回路の表面に冷却化合物の層を作成する効果を有する。この層状化技法は、量子回路の環境と、冷却流体に対する物理サブシステムとの間の結合を制御するために使用でき、その結果、冷却媒体の熱特性と、回路の制御された冷却とを最適化できる。これら実施形態では、複数の熱材料が層状に提供されるが、他の実施形態では、熱材料を単一の層(又は多層熱制御構造のうちの1つの層)に混合することもできる。
【0083】
実際には、この特徴の目的は、基板(回路)上に、熱結合を最適化する1つ又は複数の固体層を形成することである。通常、層は非常に薄く、厚さは1原子から数原子程度になる。好ましくは、層又は各層は、基板(回路)の表面全体にわたる完全な層であるが、場合によっては、層又はその少なくとも1つの層が、部分的な層であり得、すなわち、基板(回路)の表面全体にわたる完全な被覆を形成する訳ではないことも排除されない。
【0084】
これら実施形態の原理は、チャンバ内のバルク冷却材料とは異なる材料又は組成の固体層を基板(回路)上に形成することである。1つの実用的な実施形態では、最初に4Heの薄い層が、基板上に塗布され、次に、チャンバが、バルク3Heで満たされる。他の実施形態では、チャンバが、3He、4He、又は2つの混合物で満たされる前に、1つ又は複数の4He又は3Heの層が塗布される。
【0085】
さらに好ましくは、この方法は、冷却流体として液体3Heを提供することを含む。
【0086】
この方法は、筐体内の冷却流体の量及び/又は圧力を有利に制御する。
【0087】
この方法は、量子回路の少なくとも1つのパラメータを測定するステップを含み得る。この方法は、たとえば、量子回路の動作温度を測定し、温度測定値に基づいて、冷却流体の供給を制御するステップを含み得る。また、測定されたパラメータに基づいて、筐体内の冷却流体の量及び/又は圧力を制御するステップをも含み得る。
【0088】
有利なことに、この方法は、ノイズ、デコヒーレンス、量子ビット状態の熱励起確率、フォノン、準粒子密度、損失、温度依存の超伝導特性のうちの1つ又は複数を感知するステップを含む。また、あるいはその代わりに、量子ビットの緩和又は位相ずれ時間、単一又は複数の量子ビットのゲート忠実度、論理量子ビットの誤り率、アルゴリズム忠実度、量子ゲート動作忠実度のうちの1つ又は複数を測定するステップを含み得る。
【0089】
この方法は、量子回路内の測定された又は予想される電力放散に基づいて、筐体内の冷却流体の量及び/又は圧力を制御するステップを含み得る。
【0090】
いくつかの実施形態では、この方法は、複数のサブ筐体内に複数の量子回路を保持し、各サブ筐体内の温度を個別に制御するステップを含む。
【0091】
好ましくは、筐体壁は、テクスチャ加工された、又は多孔質の内部表面を有する。筐体壁は、熱伝導性の焼結粉末又は粒子を備えるテクスチャ加工又は多孔質の内部表面を有し得る。筐体は、熱伝導性の焼結粉末又は粒子で充填され得る。
【0092】
この方法は、量子回路の決定されたパフォーマンスに基づいて、たとえば、量子回路の決定されたコヒーレンスに基づいて、温度を制御するステップを含み得る。
【0093】
一般的に言えば、本明細書の教示は、希釈冷凍機で動作する量子回路に適した浸漬セルを実施するための技術的解決策において、冷却媒体として液体3He(同位体番号3のヘリウム)を使用することが好ましい。以下に示す結果は、超流動状態(飽和蒸気圧で0.9mK以下)ではなく、「通常の」流体(非超流動)状態の3Heに関するものであるが、超流動状態の3Heでも、冷却も効率的であるが、効率は低下すると考えられる。
【0094】
本明細書で教示される方法及びシステムでは、冷却に加えて、3Heが、回路及びその環境に様々な手法で影響を与え、量子回路のコヒーレンスの向上につながる可能性があると考えられる。
【0095】
本明細書での教示は、3Heが、誘電損失の低い非常に優れた冷却媒体であることができることを実証し、市販の極低温希釈冷凍機で動作する量子回路の、液体3Heにおける浸漬を実装する方法を教示している。表面スピン及びTLSサブシステムの熱化を大幅に改善できる。希釈冷凍機に取り付けられた場合、量子回路及び環境温度を、5mKから50mK超まで、そして、追加の冷却機能を備えた核断熱消磁冷凍機ステージに取り付けられた場合、1mK未満から50mK超まで効果的に制御できる。
【0096】
3Heの代わりに、4He(同位体番号4のヘリウム)も有益であり、本明細書で説明されているように、3Heの代わりに、又は3Heと組み合わせて使用できる。
【0097】
本発明の好ましい実施形態は、量子回路の最適温度を、最適温度に関わらず得ることができる適応型冷却の方法及びシステムを提供することを目的とする。そのような適応型冷却は、量子回路に関連する1つ又は複数のパフォーマンス指標が、温度に対して最適化される、静的又は動的のいずれであってもよい。量子回路の動作や、その特定の用途の主要な態様において、パフォーマンス低下を引き起こす様々な物理メカニズムの特定の影響に応じて、量子回路ごとに、最適温度が異なる場合がある。同じ用途又は機能を有する異なる量子回路でも、実装されている手法によっては、最適温度が依然として異なる場合がある。
【0098】
適切なパフォーマンス指標は、単独又は組み合わせて使用される、以下のような直接測定された物理システムの性質を含むが、これらに限定されない。
- 帯電した材料欠陥又は常磁性不純物によるノイズ(電荷ノイズ又は磁束ノイズ)、
- デコヒーレンス、
- 量子ビット状態の熱励起確率、
- 熱励起フォノンの分布密度、
- 準粒子密度、
- 損失、
- 温度依存の超伝導特性。
【0099】
他の適切なパフォーマンス指標は、デバイスの動作から推測できるパラメータであり、
- 量子ビットの緩和又は位相ずれ時間(重要な基本指標)、
- 単一又は複数の量子ビットのゲート忠実度(量子プロセッサの重要な指標)、
- (複数の物理量子ビットから構成される)論理量子ビットの誤り率、
- 特定の量子ゲート動作の忠実度、
- 量子処理ユニット(QPU)で実行される特定のアルゴリズム、又はアルゴリズムやサブアルゴリズムのクラスの忠実度、
- 最適なパフォーマンスを実現するためにQPUを繰り返し再較正する必要性の最小化に関する、
- 1つ又は複数のデバイス固有のパラメータ又はパフォーマンス指標の時間的安定性、
- 量子センサ(たとえば、磁力計、電荷センサ、単一光子検出器など)として動作する量子回路の感度、安定性、又は信号対雑音比、のうちの1つ又は複数を含む。
【0100】
最適温度の評価には、リストされているものに限定されないパラメータの任意の組合せを使用することもできる。
【0101】
状況によっては、動作中に量子回路の温度を変更したり、3He冷却システムによって提供される冷却電力を変更することが望ましい場合もある。たとえば、量子処理ユニットでさほどリソース集約型ではない計算を実行する場合、ユニットの一部のみが利用され得るので、放散される熱は少ない。回路の最適温度を維持するために、適応型冷却システムは、冷却電力を低減するように構成できる。一方、完全な量子処理ユニットを利用して、リソース集約型の計算を実行する場合、より多くの熱が放散され、同じ低い最適な動作温度を維持するために、適応型冷却システムの冷却電力を高めることができる。
【0102】
そのような適応型冷却を実装するために、フィードバックループを構築でき、つまり、関連する量が測定され、最適温度からの乖離が、適切なアルゴリズムによって、又は、ユーザ評価によって決定される。アルゴリズム又はユーザは、新たな目標温度を決定し、これは、前述されたように、量子回路に熱的にリンクされているクライオスタットコールドプレートに、(抵抗)ヒータによって加えられる加熱電力を増減することによって実現される。
【0103】
複数の量子回路が同じハウジング内に統合された構成でも、同じハウジング及び適応型冷却システムも使用できる。この例は、量子処理ユニットと、量子処理ユニットの出力(読出)マイクロ波ラインに直列に接続された個別のパラメトリック増幅器である。これにより、量子処理ユニットと増幅器との間の信号損失を最小限に抑えるために、増幅器を、量子処理ユニットの可能な限り近くに配置できるようになる。そのような配置により、量子処理ユニットは、増幅器によって放散される追加の熱の影響をあまり受けなくなる。(後述される)冷却媒体が流れるマイクロ波フィルタは、(たとえば、間に焼結金属粉末塊を使用するなど)同じ冷却ハウジングを共有する2つのマイクロ波環境を分離する便利な手法を提供することもできる。
【0104】
他の実装形態では、同じ適応型冷却システム及びハウジングが、希釈冷凍機自体の一部に形成するために作られ、冷却流体及び量子回路を含むセルは、希釈冷凍機の混合チャンバと統合される。
【0105】
本発明の他の態様及び特徴は、以下の教示から当業者には明らかになるように、後述される。
【0106】
本発明の実施形態が、添付の図面を参照して、例のみによって後述される。
【図面の簡単な説明】
【0107】
【
図1】量子回路の典型的な筐体と、そのフリップチップ構成とを示す概略図である。
【
図2】真空に囲まれ、熱化が不十分な量子回路における常磁性表面スピンの温度依存性を示すグラフである。
【
図3】適応型温度制御システムの実施形態の概略図である。
【
図4】
3Heガス取扱システムの好ましい実施形態の概略図である。
【
図5】
3He充填ライン用のRFフィルタの好ましい実施形態の概略図である。
【
図6】ここでは特にマイクロ波設備である量子回路測定設備の実施形態の概略図である。
【
図7】ヘリウム浸漬セルの実施形態の概略図である。
【
図8】
3Heが量子回路セルに導入されたときの共振器周波数シフトを示すグラフである。
【
図9A】共振器に磁気的に結合した表面スピンから生じるその場の電子スピン共鳴スペクトルを示すグラフである。
【
図9B】共振器に磁気的に結合した表面スピンから生じるその場の電子スピン共鳴スペクトルを示すグラフである。
【
図10】0.1Hzにおいて共振周波数(6.4GHz)に正規化された超伝導共振器周波数スペクトルノイズ密度と、1mKを大きく下回る温度を実現するために使用される核消磁ステージのコールドプレートの温度との関係を示すグラフである。
【
図11】2つの温度におけるノイズの電力依存性を示すグラフである。
【
図12】次の2つのケース(a)セル内にいくらかの
3Heが存在し、その結果、デバイスの表面に薄い層(数nm)が形成されるケースと、(b)セルが完全に
3Heで満たされているケースとについて、共振器ノイズの大きさを、温度の関数として示すグラフである。
【
図13】本発明の好ましい実施形態で使用できるマイクロ波フィルタの概略図である。
【
図14】セル内に
3Heがある場合とない場合との、共振器内の品質係数と平均光子数との変化を示す図である。
【
図15】セル内の
3Heに圧力を加えた効果を示す図である。
【
図16】熱化流体、特に量子回路コンポーネントと接触する、ある量の熱化流体からの強化された熱伝達を提供しながら、焼結体の塊を量子回路素子から分離するメカニズムを実証する装置の好ましい実施形態の概略図である。
【発明を実施するための形態】
【0108】
以下の教示は、約50mK未満、好ましくは10mK程度の低温での動作を保証するために、量子回路(QC)及び量子処理ユニット(QPU)並びにそれらの環境に追加の冷却を提供するための方法及びシステム(装置)に関する。この方法及びシステムはまた、好ましくは、最適な、又は最適に近い、あるいは所望される動作を保証するために、量子回路又は量子処理ユニットの温度を適応的に制御する。制御される温度は、最低温度である必要はないが、量子回路又はプロセッサの1つ又は複数の動作パラメータを測定することによって決定され、測定された1つ又は複数のパラメータが、最適又は好ましいレベルにあることを保証することが好ましい。そのような適応型制御は、たとえば起動時に定期的に、あるいは、回路又は処理ユニットの動作中に継続的に実行することができる。
【0109】
好ましい実施形態は、実施形態が収容されるクライオスタットの最低温度ステージのベースプレートに熱的に接続された、高熱伝導性材料で作られた筐体を活用する。3Heが好ましい、低温流体であふれた(すなわち、満たされた)筐体は、温度伝達強化機能を備え、流体から筐体及びクライオスタットへの熱伝達を最適化するために、筐体の伝導壁と封入された流体との間に大きな表面積を提供する。量子回路又はユニットは筐体内に保持され、低温流体を介して直接、低温環境に曝される。システムは、測定された回路、又は処理ユニットパラメータ、又は生成された熱エネルギーに基づいて、あるいは、推定動作温度又は熱発生動作に基づいて、システム(筐体及び液体)の温度を制御するか、又は制御を可能にするように構成された制御ユニットを備える。その結果、量子回路は、回路の機能を最適化するために以前に実現されているよりも低い速度で動作することができる。それに加えて、システム及び方法の適応性により、従来のシステムで発生するように、回路の動作によって量子回路の実際の動作温度が正常に上昇する場合でも、本明細書で教示されるシステム及び方法によって、回路の実際の動作温度を、最適とみなされる温度又は他の好ましい温度に維持することを保証できる。
【0110】
以下の説明は、好ましい実施形態のみを開示しており、当業者は本明細書の教示を活用して他の実施形態を考案できるであろうことが理解されるべきである。
【0111】
説明された実施形態の主なコンポーネントは、次の3つの部分、すなわち、
(1)ガス取扱システム(GHS)、
(2)量子回路のための制御信号システム、
(3)量子回路用のセル又は筐体、から構成されると考えられる。
【0112】
システムは、たとえば抵抗ヒータによるプレートの加熱を含む、流体の温度を制御するためのコントローラも含むことも理解されるであろう。
【0113】
システムは、マイクロ/ナノ加工された量子デバイスを、好ましくは液体の3He、4He、又はその2つの混合物を含む量子槽として説明されるものに浸すことを目的としている。以下に提供されるものは、セットアップの各部分又は要素の定性的及び定量的評価である。
【0114】
装置又はシステムの概略図が
図3に図示される。装置100は、好ましくは銅(又は金メッキ銅)などの高熱伝導性材料で作られるか、又は内部がそのような材料でライニングされた筐体又はチャンバ110を備える。筐体の内壁118は、好ましくは、壁自体の面積よりもはるかに大きな表面積を有するように構成され、この例では、以下でさらに詳しく説明されるように、内壁の一部を熱伝導性粒子材料で焼結することによって構成される。内壁の有効表面積を増やし、焼結体の充填率を調整することは、壁から筐体の内部、具体的にはチャンバ110内の流体への熱伝達を最適化する。
【0115】
液体Heとバルク金属との間の音響的な不一致の結果、固体金属/He界面の熱抵抗が非常に高くなり、液体Heの熱化が不十分になる。界面における熱抵抗を低減するために、焼結によって流体と固体との間の接触面を増やすことができる。焼結により液体3He/固体金属界面の熱境界抵抗が減少するもう1つの理由は、その多孔質構造による。充填率が最適化されると、焼結体を構成する粒子が互いに橋渡しされ、長い流体チャネルと絡み合った長い構造が形成される。これら焼結構造は、3Heに存在する低周波フォノンの伝播に、より適しているので、流体から固体への熱伝達を向上させる。したがって、使用される焼結構造及び焼結粒子のサイズは、流体の熱化を促進するための、また、量子回路の熱化するための重要な要素となる。
【0116】
チャンバ110内には、基板114上に支持された量子回路又はプロセッサユニット112が配置され、基板114は、PCBであることができ、又は筐体壁の一部、あるいは他の材料の直接的な形成部分であることができる。この基板は、好ましくは、50mK未満の低温、好ましくは、使用される冷凍機の温度に近い、本明細書で開示されているはるかに低い温度(10mK以下)に冷却を媒介する。
【0117】
装置はまた、好ましい実施形態では、液体又はガスの形態の、3He、4He、又はこれら2つの混合物である流体源122を含む。流体源は、配管又は他の導管124を介して、チャンバ110に供給される流体の量を制御するために使用される流体制御ユニット又はバルブ130に接続される。
【0118】
また、1つ又は複数のセンサコネクタ142を介して、チャンバ110、量子回路112、及び装置の他の任意の要素に適宜接続されたセンサユニット140も提供される。センサユニット140は、以下でさらに詳細に説明されるように、たとえば、チャンバ110内の流体の温度、チャンバ110内の流体圧力、量子回路又は量子処理ユニット112の動作温度、量子回路又は処理ユニット112の電力使用量などを含む、装置100の1つ又は複数のパラメータを測定するように設計された1つ又は複数のセンサを含み得る。ユニット140は当業者に既知又は明らかなセンサを活用できるので、本明細書ではこれ以上詳細に説明されない。
【0119】
装置は通常、システムを制御するための処理ユニットも含み、処理ユニットは、流体源122の一部、センサユニット140又は別のユニットの一部であり得る。処理システムは通常、温度制御システムも備えている。
【0120】
ガス取扱システムは、この実施形態では、3Heガスを室温で貯蔵するために使用される。ガス取扱システムは、ストレージからチャンバ110に3Heガスを移送するように構成されたガス移送ユニット130を備え、ガス移送ユニット130は、チャンバに移送されるガスの量を調整し、チャンバ内の3He流体の圧力を調整し、最終的にチャンバから3He流体を除去することができる。ガス移送ユニットは、以下でさらに詳細に説明される。
【0121】
装置は、以下にさらに詳細に説明される制御信号システムも備えており、これは、セル110の一部を形成し得る。本実施形態では、マイクロ波信号をセルに搬送し、セルからの信号を返信及び増幅し、外部環境からセルへのかく乱を最小限に抑えるために使用される。制御信号システムは、通常1~10GHzの範囲のマイクロ波信号、又は量子回路の制御や読出しに使用される1GHz未満から0Hzまでの低周波数のいずれかをサポートできる任意の数の入力信号ライン及び出力信号ラインを包含し得、具体的な要件は、量子回路の具体的な実装形態によって決定される。
【0122】
制御信号システムは、好ましくは、断熱核消磁ステージ又は希釈冷凍機で実行される測定と互換性があるように設計される。セル又はチャンバ110は、量子デバイス112及び冷却流体(ヘリウム)を含み、量子デバイスに電気的及び機械的なシールドを提供し、量子デバイスを制御信号システムに接続し、量子デバイスのマイクロ波測定のための適切な条件を提供する。
【0123】
通常、量子回路を冷却するために希釈冷凍機が使用されるが、さらに低い温度を実現するための代替手段も存在する。希釈冷凍機のベースプレートに核消磁ユニットを取り付けることで、断熱核消磁の物理法則を使う追加の冷却ステージを提供する。この結果、希釈冷凍機のコールドプレート(通常は金メッキ銅)に類似した別のプレート(核ステージ、NS)が生成され、100マイクロケルビン以下の熱力学的温度を実現できる。電子デバイスを非常に低い温度まで冷却するための技法は知られている。
【0124】
ガス取扱システム
好ましい実施形態のガス取扱システムは、
図4に概略的に図示されており、高圧ライン又はチューブ(細い黒線)200と、低圧ライン(太い黒線)210とを備えている。クライオスタットの外側では、低圧ライン210の内径は、好ましくは約4.6mmであり、高圧ライン200の内径は、好ましくは約1.4mmであり、選択された材料は、316ステンレス鋼であるが、他の材料も選択できる。直径の広いライン210は、流体が(コールドトラップ230又は解放バルブのいずれかを介して)ストレージ220に戻るときの流体の流動インピーダンスを最小限に抑えるために設けられ、直径の狭いライン200は、流体の流動に対する適度に低いインピーダンスに対抗しながら、ガス取扱システムにおけるガスのデッド体積を最小限に抑えるために設けられている。
【0125】
クライオスタット240の内部では、ライン212は、好ましくは約0.14mmの内径を有し、圧力を保持するために、壁の厚さが、好ましくは約0.18mm以上である白銅キャピラリで作られる。これは、3Heのデッド体積と、クライオスタットプレート間の熱の流れとを最小限に抑えるためである。
【0126】
図4から明らかなように、ガス取扱システムは、室温部分224と、破線で示されるクライオスタット240の内部の部分とを備えている。
図4における要素50K、4K、CP、MXC、及びNSは、クライオスタット240内の異なる温度ステージを表し、要素CP、MXC、及びNSは、コールドプレート(CP)、混合チャンバプレート(MXC)、及び核ステージプレート(NS)を表す。デジタル圧力計は、移送されたガスの量を正確に制御するために使用される1ミリバールの分解能での正確な圧力測定のために使用される。
【0127】
クライオスタット内部の各プレートにおける熱化は、外径約6.5mm(1/4インチ)を有する銅ボビンの周りにCuNiキャピラリを約10回巻いた螺旋に、銀をろう付けし、好ましくは、真鍮製のねじで、ボビンをプレートに固定することによって実現される。真鍮は冷却時に銅よりも収縮するため、ボビンとプレートとの間の熱接触が向上する。
【0128】
セル250をフィルタ260に接続するキャピラリ214は、以下の動作条件で核ステージへの熱流量を1nW未満に保つように寸法決めされることが好ましい。
- 混合チャンバ温度:TMC=30mK
- 核ステージ温度:TNS=1mK
- キャピラリ材料:CuNi
- キャピラリ内径:ID=0.14mm
- キャピラリ外径:OD=0.50mm
【0129】
これら条件下では、キャピラリの長さLcは2.5cm以上になる。好ましい設計では、キャピラリの長さは50cmである。0バールで3Heを充填すると、核ステージに約50pWの電力Pが追加される(Pcapillary=10pW及びP3He=40pW)。このように、説明された特性を有する細いキャピラリ、又は類似のものを使用することで、開示された冷却システムは、使用される冷凍機システムへの熱負荷を低減するためにキャピラリを排気する必要なく、セル内及びキャピラリ内の液体冷却媒体で動作することができる。ガス取扱システムは、0バールから60バール以上の範囲の動作圧力で安全に動作するように設計されている。
【0130】
装置は、好ましくは、上記で開示されたように、熱化材料で満たされた場合に、室温から、冷凍機の最低温度ステージまで下がるキャピラリが、冷凍機の異なる温度ステージ間で熱不足を生じさせず、冷凍機のパフォーマンスを損なうことがないことを保証するように構成される。この目的のために、キャピラリと、内部の熱媒体とによってもたらされる、連続する高温ステージと、低温ステージとの間の熱漏れは、それぞれの温度ステージの冷却電力よりも小さくなる。この条件により、セルとキャピラリとの両方が、熱化液で満たされている場合、充填後にセルを密封したり、キャピラリの内部から熱化剤を除去したりする必要なく、セルの内部での量子回路の動作が可能となる。これは、(好ましい実装形態では、CuNiが使用される)熱伝導率の低い材料でできた、断面積が小さく、内径が小さいキャピラリを使用して実現され、キャピラリ内部の熱媒体の断面積を十分に小さく保つ。
【0131】
上述したように、クライオスタット内部の各プレートにおける熱化は、外径約6.5mm(1/4インチ)を有する銅ボビンの周りにCuNiキャピラリを約10回巻いた螺旋に、銀をろう付けし、好ましくは、真鍮製のねじで、ボビンをプレートに固定することによって実現される。
【0132】
混合チャンバプレート上のフィルタ260の設計は、充填キャピラリを通ってセル250に高周波ノイズが入るのを防ぎ、焼結体によって冷凍機コールドプレートに提供される大きな表面積を通ってセルに入る冷却流体の熱化を向上させることを目的としており、
図5に表される。フィルタがないと、熱放射は、一端(室温)から、他端(セル内部)に自由に伝播し得、量子回路の動作が損なわれる。フィルタ260は、好ましくは銅製の本体又はハウジング300を備え、一端はCPプレートへのキャピラリ216が通過し、他端は銅製の蓋320で閉じられ、蓋320は、セルへのキャピラリ214の通過用の開口部を有する。蓋320は、たとえば、はんだ接合部330によってハウジング300に密封的に固定される。ハウジング300は、フィルタリング要素を形成する、好ましくは銀(Ag)焼結体310で満たされたチャンバを提供する。焼結銀粉末310は、好ましくは、粒径が1マイクロメートル以下であり、この実施形態では、好ましくは約0.5cmの長さを有するハウジング300の内部に圧縮されている。
【0133】
MXC温度ステージにおけるフィルタ260は、冷却流体をMXC温度まで加熱するために使用される。
【0134】
本明細書に開示されたマイクロ波フィルタは、セルへの冷却流体の入力ラインとして有用であるだけでなく、同じ3He槽を共有してセルを分離するためにも使用でき、それによって、セル間の高周波シールドを提供できる。
【0135】
図4を再度参照して示すように、吸着ポンプ271は、ライン200を介してガス取扱システムの残りの部分に接続された密閉された塊であり、好ましくは、吸着材として活性炭m
charcoal=25gを含む。吸着ポンプは、ガス取扱システムから、ある量の冷却媒体(好ましくは
3He)を吸着するために、低温環境270に挿入され、好ましくは液体
4Heに挿入することによって約4Kの温度まで冷却される。吸着された冷却媒体は、吸着ポンプ271の温度を上昇させることによって、好ましくは低温環境270から除去することによって、吸着ポンプから放出され、ガス取扱システムの他の部分に送られ得る。吸着ポンプ271の本体は、液体ヘリウム中で機械的特性を維持するオーステナイト系ステンレス鋼(316L)で作られることが好ましい。
【0136】
冷凍機内部の異なる温度ステージの温度変動による圧力振動を阻止するために、セル内の3Heを高圧で動作させる場合、バラストボリューム280を室温で充填ラインに接続することが好ましい。バラストボリューム280は、セル及び充填ラインの内部体積の10,000倍以上の体積を有することが好ましい。好ましい実装形態では、バラストボリュームは、セル及び充填ラインの内部体積の60,000倍以上であり、バラストに含まれるガスの温度は調節される。
【0137】
いくつかの実施形態では、同じセルに接続された複数のガス取扱システムを使用して、量子回路の表面において、固体の3He又は4Heの別々の層をテンプレート化することができる。これは、3Heの純度を維持する必要がある場合、好ましい解決策であり得る。別の好ましい実装形態では、1つに3He及び1つに4Heを有する2つのストレージボリューム220を使用する単一のガス取扱システムを使用することができる。別の実装形態では、4Heの吸収効率が3Heよりも高いため、3Heと4Heの混合物と、ごく少量の4Heとで満たされた単一のストレージボリューム220を有する単一のガス取扱システムを使用して、量子回路を4Heで事前にメッキするために使用することができる。
【0138】
制御信号システム
図6を参照して示すように、混合チャンバまでの量子回路制御信号システムは、希釈冷凍機システムのために知られている形態とすることができる。同軸ケーブルは、量子回路との間でマイクロ波信号をやり取りするために使用される。好ましくは、同軸ケーブルは、入力ラインの場合は0.86mmのCuNi-CuNiであり、HEMT増幅器までの出力ラインの場合は0.86mmのNbTi-NbTiであり、HEMT増幅器と室温プレートとの間の出力ラインの場合は0.86mmのCuNi-CuNiである。
【0139】
量子回路制御信号システムは、任意の数の入力信号ライン及び出力信号ラインで構成することができ、用途に応じて異なる構成とすることができる。信号ラインは、
図6に示した実装形態のように、GHz周波数(通常1~10GHz)の信号をサポートするマイクロ波ラインである場合もあれば、0Hzから1GHzまでの周波数の信号をサポートする低周波数ラインである場合もある。
【0140】
(混合チャンバプレートに熱化された)IRフィルタとセルとの間の入力ラインは、核ステージプレートに熱化された追加の0dB減衰器で中断されることが望ましい。これにより、同軸ケーブルの中心コアを、セルに接続する前に熱化することができ、同時に核ステージでのマイクロ波の放散を最小限に抑えることができる。IRフィルタを(セル、又はプレート上の減衰器を経由して)核ステージプレートに接続する同軸ケーブルは、以下の動作条件で、核ステージへの受動負荷と能動負荷との両方を、ラインあたり100pW未満に保つように寸法決めされている。
- 混合チャンバ温度:TMC=30mK
- 核ステージ温度:TNS=1mK
- 駆動ラインの材料:CuNi-PTFE-CuNi
- 出力ラインの材料:NbTi-PTFE-NbTi
- 同軸寸法(外径-PTFE外径-コア外径):0.86mm-0.66mm-0.20mm
- セルの最大入力電力:-82.4dBm
【0141】
これら条件下では、同軸ケーブルの長さは、好ましくは、CuNi駆動ラインの場合はLCuNi≧8cmであり、NbTi出力ラインの場合はLNbTi≧0.7mmである。(同軸における放散電力が、核ステージプレートと混合チャンバとの間に均等に分散されると仮定して)Pcell=-82.4dBmのときに、アクティブ負荷条件Pactive≦100pWを満たすためには、CuNi同軸ケーブルの長さLCuNi≦115cmである(これは、0dBの減衰器とセルとの間のCuNi同軸ケーブルも含む)。NbTi同軸ケーブルにおける放散は、CuNiに比べてごくわずかであるため、NbTi出力ラインの最大長さに実質的な制限はない。
【0142】
セル
セル、又は筐体は、量子回路(サンプル)ホルダ、オプションのサンプルカバー、及び蓋の3つの主要要素を備えていると考えられる。これら要素のおのおのは、特定の機能を有する異なる部分で形成される。セル全体、具体的には3つの要素とその構成部品が
図7に表される。以下では、これら要素のおのおの、その部品、及びその機能について説明する。
【0143】
図7では、斜めのストライプは、(この実施形態では)液体
3Heで満たされた塊を表し、点線の領域は、焼結体を表し、波状の領域は、また液体
3Heで満たされたマイクロ波キャビティを表す。
【0144】
量子回路410を保持するためのサンプルホルダは、サンプルホルダ本体400、銀焼結体430、及び密閉型マイクロ波フィードスルー460を備えている。その機能は、
- ヘリウム液体を冷却する、
- 量子回路(サンプル)をサポート及びセキュアにする、
- (量子回路が配置されている)マイクロ波キャビティの片側を形成する、
- 量子回路を信号制御システムに接続する、
- (通常状態又は超流動状態において)液体ヘリウム用の漏れのない容器の部品を完成させる、
- セルの内部の塊に高周波シールドを提供する、である。
【0145】
サンプルホルダ400の本体は、残留抵抗比(RRR)が100を超える無酸素高伝導率(OFHC)銅で作られることが好ましい。本体400は、好ましくは少なくとも50バールを保持できるインジウムシール470を収容するために、ベース402に階段状のプロファイルを有することが好ましい。セル本体400は、クライオスタットの最低温度ステージに直接熱化され、セルの他のすべてのコンポーネントを冷却する。
【0146】
本体400には、
図7に示されるように、マイクロ波フィードスルーコネクタ460を収容するための穴が開けられている。これらコネクタ460は、通常状態(非超流動)又は超流動状態の液体
3He又は
4He480が、セルから漏れるのを防ぐために密閉されている。好ましい実装形態では、コネクタは、ガラス誘電体及び金属本体から作られる。
【0147】
銀焼結熱交換器442は、サンプルホルダ本体400に直接押し付けられ、本体400への冷却流体の熱伝導を最大化し、その結果、クライオスタットベースプレートに対して十分に熱化される。焼結体430は、充填率p≦50%(密度≦5g/cm3)の典型的な粒径dgrain≦1マイクロメートルの銀粉末で作られている。好ましい実装形態では、焼結体は、粒径が70nm程度であり、銀焼結体である。熱交換器の寸法は、以下の動作条件、すなわち、
- 核ステージ温度:TNS=400マイクロK、
- 量子回路から液体3He槽で放散される熱負荷:Pdissipated=2pWで、deltaT=T3He-Tsinter≦10マイクロKを維持するように寸法決めされる。
【0148】
これら条件下では、焼結体の必要な表面積は、Asinter≧0.5m2であり、これは、msinter>0.25gの焼結体に相当する。本実装形態では、総焼結体面積は、Asinter>10m2と推定される。
【0149】
サンプルカバー440の機能は、
- マイクロ波キャビティの反対側を形成する、
- セル内部の必要な液体の体積を低減する、である。
【0150】
例示的な実装形態では、総焼結体面積は、24.1m
2であった。好ましい実装形態では、焼結材料は、追加の損失又はデコヒーレンスをもたらさないように、量子回路チップから十分に離れたサンプル筐体内に配置される。たとえば、サンプルを保持する銅プレートの反対側で、焼結面をサンプルから離し、サンプルから電気信号が伝播しないサンプルの下の塊を覆うなどである。本明細書で開示され、それによって想定されるすべての実施形態に適用可能な、好ましい実装形態のこの特性のさらなる詳細が、
図16に関連して以下に与えられる。
【0151】
サンプルカバー440の本体は、好ましくはOFHC銅で作られ、サンプルホルダ本体400にねじ止めされる。マイクロ波キャビティ450は、サンプルホルダ400の本体及びサンプルカバー440によって形成される。この塊は、バルク液体ヘリウム480も充填される。サンプルカバーのキャビティ側は、測定される量子回路(サンプル)と、キャビティとの間の互換性を最大化するようにプロファイルされる。
【0152】
蓋は、蓋本体420及び充填ライン490から構成される。その機能は、
- (通常状態又は超流動状態において)液体ヘリウム用の漏れのない容器の部品を完成させる、
- 液体ヘリウムの充填ラインに直接接続する、
- セルの内部の塊に高周波シールドを提供する、である。
【0153】
蓋の本体420は、OFHC銅で作られることが好ましい。充填ライン490は、好ましくは、蓋490に取り付けられており、これにより、充填ライン490をセルから取り外すことなく、量子回路を別々に準備し、たとえばベンチ上でサンプルホルダ本体に取り付けることができる。液体ヘリウムを閉じ込める気密シール470は、段付きインジウムシールによって提供される。いくつかの実装形態では、充填ラインを、サンプルホルダ本体400に取り付けることもできる。
【0154】
好ましい実施形態では、セルは、内部の液体冷却剤の高圧、好ましくは60バール以上に耐えられるように設計されることが望ましい。
【0155】
液体冷却媒体を導入する方法
T=10mKでは、液体
3Heの粘度は非常に高く、小さなキャピラリを通ってセルを満たすのにかなりの時間がかかる。セルを充填するために、ベース温度を好ましくは約200mK(又はそれ以上)まで上げ、次に、(クライオスタット内の冷却ステージによって液体に凝縮される)小さなガスの「ショット」が、ガス取扱システムから一度に1つずつ導入される。ガス取扱システムの関連するバルブを開閉することによって、単一の「ショット」が導入され、その時点で、キャピラリボリュームに接続されたゲージの圧力を使用して、
3Heの凝縮を監視する。0.1~3バールの圧力が加えられ、その後、
3Heの凝縮の結果として、キャピラリ内の圧力が低下するまで、ガス取扱システムは密閉される。圧力が十分に低くなったら、所望されるレベルになるように、特定の量の
3Heがセルに注入されるまで、別の「ショット」が導入される。量子回路は、液面が量子回路よりも上にある場合を示す「レベルメータ」として使用できる(
図8参照)。別の実装形態では、実際の量子回路の上に配置され、レベルメータとして機能する第2の量子回路(たとえば、超伝導共振器)を有することが想定される。別の実施形態では、複数の量子回路を、異なる高さに幾何学的に配置し、レベルインジケータとして機能させることができる。この手順は、ガス取扱システムを手動で動作させるか、又は、同じ機能を実行するコンピュータソフトウェア制御システムを実装することによって実行できる。
【0156】
結果
3He液体の存在の証拠
図8は、
3Heがセルに導入されたときの2つの超伝導共振器の(ベクトルネットワークアナライザ、VNAを使用して測定された)共振周波数の時間変化を示す。具体的には、
図8(左側)は、
3Heがセルに導入されたときの超伝導共振器の周波数シフトを示す。2つのトレースは、それぞれ5.85GHz及び6.44GHzの共振周波数を有する2つの共振器を示す。
【0157】
液体が、セルの底に蓄積し、薄膜層におけるすべての表面をコーティングすると、周波数の小さなシフトが見られる。t=1400分で周波数の急激な上昇が見られるが、これは、液面が上昇して共振器全体を覆っていることに対応している。t=0からt=1600(つまり、空のセルと満たされたセル)までの相対的な総周波数シフトは、
3Heの相対誘電率1.0426による予想される周波数の変化に対応する。測定値は2%以内で一致する。これは
図8の右側のパネルに示されており、5.85GHzの共振器の場合、2つのケース(丸いマーカは、満たされたセル及び10個の単分子層の約4nm厚の膜に対応する)の測定された周波数シフトが、静電シミュレーションに基づいて予想されるシフトと比較され、共振器が、レベルメータとして使用できることを示している。
【0158】
冷却表面スピンの証拠
3Heの効果は、デバイス内に存在し、共振器に磁気的に結合している表面スピンで見ることができる(TLSは、共振器周波数ノイズと損失結合とを電気的に引き起こすことに留意されたい)。
図9A及び
図9Bは、共振器内でその場で得られた電子スピン共鳴(ESR)スペクトルを示している。y軸は、磁場が加えられたときの追加損失を示し、ゼロ磁場損失は差し引かれている。スペクトルは、いくつかの特徴を有し、本明細書では、特に量子回路内の原子水素から生じる右端のピークに焦点が当てられる。これは、存在する3つのピークの一番左に関係付けられ、h*1.4GHzのエネルギーで超微細分割されており、ここで、hは、プランク定数である。したがって、これらピークの相対的な強度は、温度計として機能し、その強度は、2つのピーク間のボルツマン分布によって与えられる。ピークは、クライオスタットベースプレートのT=50mK及びT=1mKの両方で量子回路が真空になっているときに存在し、その強度も同様である。これは、従来技術でも以前に見られたように、表面スピンが50mKを超えて冷却されないことを意味する。セル内に
3Heが存在し、コールドプレートが40mKに維持されている場合、50mKの空のセルのデータと比較して、データに質的な違いは見られない(
図2参照)。しかしながら、コールドプレートが1mKまで冷却されると、第3のピークは完全に消え、これら水素表面スピンが、より低い温度まで冷却されたことを意味する。したがって、
3Heは、表面スピンを非常に効率的に冷却する。
【0159】
TLSの冷却の証拠
図10は、クライオスタット(NSステージ)の温度に対する、超伝導共振器で測定された周波数ノイズの大きさを示す。
【0160】
具体的には、
図10は、1mKを大きく下回る温度を実現するために使用される核消磁ステージ(NS)のコールドプレートの温度に対する、0.1Hzで共振周波数(6.44GHz)に正規化された超伝導共振器周波数スペクトルノイズ密度を示す。NSは、希釈冷凍機のベースプレートに取り付けられ、追加の冷却ステップを1つ提供する。高温でのノイズのよく知られた依存性が分かり得、ノイズは、温度が下がると、T
-1.5のノイズの比率で増加する。その後、飽和し、30~40mKのしきい値を下回ると、代わりにノイズが減少するように見える。しかしながら、発明者は、これはノイズ自体が減少するのではなく、システムがTLS飽和の領域に移行することを発見した。低電力で得られた赤色データは、時間の経過とともにノイズの大きさが約3倍変化する特定の特徴を有する。これらは、TLS材料の欠陥による時間的変動である。高いマイクロ波電力(共振器内の光子数N~400)では、これらTLSは飽和する。1mKから300mKまで到達するには約6日かかる。
【0161】
示されているデータ(Sy)は、1/f型のTLSノイズが支配的な周波数ノイズスペクトルの領域である0.1Hzでの電力スペクトル密度の抽出された大きさである。y軸は、共振器周波数に合わせてスケーリングされる(慣例)。この図には、共振器内の異なる電力レベル(光子数N)で得られた2つのデータセットが示されている。電力が高くなると、より多くTLSが飽和する。ノイズは、約50mKまで温度が下がると増加するという予想された傾向に従う。その後、ノイズ依存性は元に戻り、約30~40mK未満ではノイズが再び減少するように見える。この移行はTLSの飽和に関係している。高温では、システムは、中程度に弱い電界領域(N~N
c)にあり、ノイズは、T
-1-2μに比例すると予想され、ここで、μは、1未満の正の数である。これは、
図10において、μ=0.25を使用した破線で示されている。移行温度が、約80mKを下回ると、冷却時にノイズが減少し始める。この領域は、以下でさらに詳細に論じられる。
【0162】
図示される「低電力」データセット(共振器内の光子数N~40)は、「高電力」データセットよりも滑らかではない。これは、TLSの時間的変動によるものであり、測定の過程の間(約6日間)に、強く結合した個々のTLSが、共振器との共鳴状態に出入りしてドリフトし、一時的にノイズが増加する。したがって、「低電力」データの変動は、弱く結合したTLSの大規模なアンサンブルによる一般的な傾向に加えられる、付加的なものとしてみなされる。高電力では、強く結合したTLSは容易に飽和し、残りの傾向は、アンサンブルの傾向である。これは、より高いノイズレベルに向かってシフトし、移行温度がわずかに低温にシフトし、「高電力」データと同じに見えるように予想される。
【0163】
これは、代わりに、固定温度でのノイズの電力依存性を測定することによって検証でき(
図11)、ここでは、
【数1】
に従って、電力(光子数N)が増加するにつれてノイズが減少することが観察され得、ここで、A
0は、ゼロ光子のときのノイズの大きさであり、N
cは、飽和の臨界光子数であり、TLSの特性、それらの結合、及び共振器の形状によって決定される。この測定は、特定の温度で非常に短い時間スケール(10時間)で行われるため、時間的変動の影響を受けにくくなる。同じ傾向が、ノイズの最大値(T=40mK)と、T=1mKとの両方においてある。これは、
図10の高電力データに基づいて、ノイズの一般的な傾向を判定し、TLSの長期的な時間的変動の問題を回避することが可能であることを意味する。
【0164】
図11は、3つの温度におけるノイズの電力依存性を示しており、電力(光子数n)に対する比率が、しきい値温度以上、しきい値温度付近、及びしきい値温度よりもかなり低い温度のいずれにおいてもTLSによる予想される依存性に従うことを示しており、飽和の弱場領域に近いことを示している。量子回路は通常、約1である限界N内で動作する。
【0165】
ノイズが約1mKで同じべき乗則に従って減少するという明確な傾向を示しているという事実は、TLSサブシステムに対しても冷却が効率的であることを意味していることに留意されたい。したがって、3Heにおける浸漬は、
- (フラックスノイズの原因となる)表面スピンを冷却する、
- TLSを冷却する、
- 「高電力」ノイズが約1mKまでずっと、予想されるべき乗則(log-logスケールで線形)に従うという事実は、ノイズを使用して、TLS槽の熱化を、約1mKまで確認できることを意味し、
- 放散した制御信号によって生じた量子回路からの余分な熱を取り除き、
- セル内部の制御ライン自体と、そこに導入された信号伝播用の抵抗性界面とを、TLS及びスピン槽が過熱しない程度に冷却し、
- ゼロ(ほぼゼロ)の飽和蒸気圧で、3Heを用いて動作すると、安定した3He液体が得られ、圧力変動は、問題を引き起こさない(3Heは、圧力に依存する誘電率を有する)が、ノイズは増加し、
- 3Heの誘電損失正接は非常に低く、量子回路のパフォーマンスに影響を与えるほどの大きな追加損失は発生せず、上限tanδ~1e-5は、デバイスの感度によって制限され、恐らくはそれよりもはるかに低くなり、
- ヒータを使用してコールドプレートの温度を、所望される温度に調整することにより、量子回路の所望される又は最適な動作温度を選択できる。
【0166】
誘電体シール(信号ラインポート以外)又はギャップのない密閉筐体により、量子回路は、迷走熱光子から(クライオスタット内の他の温度ステージから)効率的に保護される。TLSノイズの減少が観測されたことから、温度を制限する他の加熱源が存在しないことも確認されている。つまり、他のすべての主要な熱源も、効果的に取り扱われる。3Heは、入力ラインの熱化(及び、増幅器の迷走熱放射)を改善し、量子回路のフォノン環境の減衰も提供すると期待されている。
【0167】
また、3He浸漬により、
- 量子ビットの残留熱光子数がさらに減少し、
- 準粒子密度の低下をもたらし、
- 高エネルギー粒子衝突事象の影響を、より効率的に緩和し、
- デコヒーレンスを引き起こし、準粒子を励起するフォノンから、量子回路を保護し、
- 宇宙粒子が量子回路に到達する前に吸収するシールドを3Heが形成でき、
- 3Heが、後述されるように、TLS槽に別の重要な影響も及ぼし、得ることも期待される。
【0168】
3Heにおける完全な浸漬は非常に有利
図12は、セルが
3Heで満たされた場合と、セル内に
3Heが少量の場合にノイズがどうなるかを示している。
図12に表されるデータは、
図10に表されるデータとは異なる共振器(異なる周波数を有する)のものであることに留意されたい。少量の場合、
3Heは、最初に、セル全体の表面を薄い層(数ナノメートル)でコーティングし、その後、
3Heがさらに追加されるとセルの底に蓄積する。
図12に示されるデータの場合、観測された周波数シフトから推測すると、4nmの
3Heが、デバイス表面を覆っていると推定される。
3Heの薄膜は、充填されたセルと比較して、量子回路に対する冷却効果がはるかに悪くなることが予想される。これは
図12でも見られ、ノイズは100mK未満では一定である。
図12に示すように、セルが真空(空のセル)にある場合も状況は非常に類似している。
図12は、(
3Heがない)空の場合に、約100mKで飽和が発生し、その後、μ=0.5の予想温度比率でノイズが減少することを示しており、これは、空及び薄膜の場合、TLSが、約100mK未満に冷却されないことを示している。
【0169】
TLS槽のエネルギー緩和率の増加
TLSは、エネルギー緩和率Γ1と、位相ずれ率Γ2との2つの率によって特徴付けられ得る。量子回路のノイズは、弱い場領域ではΓ2によって支配されるが、損失はΓ1によって決定される。強い場領域では飽和が発生し、ノイズ及び損失は、両方の量に依存する。これは個々の各TLSについても当てはまり、TLS槽の平均緩和率と位相ずれ率とを考慮することもできる。以下では、Γ1及びΓ2は、これら平均量と称される。TLSが存在する通常の誘電体では、Γ1は、典型的には約102~103Hzになる。これは、ノイズを支配する位相ずれ率Γ2と比較される。通常、約100mKにおいて、Γ2は約107であり、したがって、Γ2>>Γ1であることが分かる。Γ2は、Γ2~T1+μとして温度に比例する。したがって、真空中では、移行Γ2=Γ1に達するために、約10マイクロケルビンまで冷却する必要がある。これは実験的に実現できない。
【0170】
図14のデータは、
3Heの別の役割を示しており、
3Heは、Γ
1を約1000倍増加させる。
図14は、飽和電力、すなわち、セルに
3Heが追加されると、特定の数のTLSを飽和させるために必要な光子の数は、共振器の特定の品質係数まで約1000倍増加する。飽和電力は、積Γ
1Γ
2に比例する。ノイズ(
図10)は、高温でのノイズが、
3Heの有無に関わらず同じであるため、Γ
2は、
3Heの導入の影響を受けないことを示している。したがって、
3Heを使用すると、Γ
2=Γ
1である移行温度を、実験で到達可能な10~100mKというはるかに高い温度まで上げることができ、TLS槽が緩和制限されている領域で、量子回路を動作させることができる可能性がある。冷却時にノイズが減少する観測された領域は、量子回路上のTLS槽によって発生するノイズを低減する効果があるため、望ましい。これは
図10の50mK未満の温度で見られる。
【0171】
この結果、TLSとノイズの観点からも、量子回路の温度をさらに下げることが望ましくなる。
【0172】
図14は、セル内に
3Heがある場合とない場合の共振器内の品質係数と平均光子数の変化を示す。見て分かるように、
3Heが存在する場合、
3Heがない場合と同じQに到達するには、光子数を約1000倍に増やす必要がある。
【0173】
誘電体の役割-
3He界面
TLS槽のフォノンに対する緩和率Γ
1は、
【数2】
によって与えられることが知られている。ここで、υは音速、ρは密度、γ~1eVは結合強度、Eは、TLSエネルギーレベル分割、及びΔ
0は、TLSトンネル行列要素である。
【0174】
この式を、量子回路で使用される典型的な誘電体と比較すると、Γ
1は、約10
2~10
3Hzであることが分かり、仮に、すべての材料パラメータを、
3Heのパラメータに置き換えると、Γ
1は、約10
6~10
7Hz又はそれ以上になる。γを測定しなければ正確な推定は不可能であり、γは当該技術分野では知られていない。しかし、推定値は、
図14で観察される値の10倍以上である。発明者らは、この理由は、(表面近くの誘電体内に存在する)TLS間の結合が、
3Heに対して完全ではないためであることを発見した。
【0175】
チャンバ内の圧力が変化すると、3Heの特性が変わり、その密度及び音速が変化する。圧力が0バールから5バールに増加すると、これら量は約30%変化する。これを上記のΓ1の式に当てはめると、音速が5乗で入り、バルク3Heが、この追加のTLS緩和の主な限定要因である場合、大きな変化が予想され得る。
【0176】
ここで
図15を参照して示すように、Nが大きい場合、異なる圧力に対するすべてのQ
i(N)測定値が、ほぼ同じ曲線に収束していることが分かり、これは、フォノン伝播に影響を与えると予想される
3Heのバルク特性(密度、音速)が、大きな影響を与えないことを意味する。効果は非常に小さい(圧力を5バールへ増加させると、飽和電力は20%未満しか増加しないが、これは予想とは逆である)。これは、エネルギー緩和の制限メカニズムが、
3HeとTLS媒体(誘電体)との間の界面にあることを示唆し、界面を設計することで、この結合を、数桁増加できることが期待できる。TLS槽の熱化が改善されるので、TLSと
3Heとの間の結合を高めることが望ましく、これは、動作中の量子回路にエネルギーが漏れて、その量子状態を損なう可能性が低い傾向にあることを意味する。
図10に示されるように、TLS槽によるノイズも減少し、これは、温度を下げたり、及び/又は、TLS槽と
3Heとの間の結合を強めたりすることで、超伝導量子回路の周波数変動による位相ずれを抑制できることを意味する。
【0177】
3Heに圧力を加えた効果を示す
図15に関連して、左側のグラフは、圧力が加えられていることを検証している。共振器の測定された周波数シフトは、圧力による
3Heの誘電率の変化に起因し、これはClausius-Mosorottiの関係から計算される。測定された周波数シフトは、理論上の予想と非常によく一致している。右側のグラフは、飽和電力への影響(の欠如)を示している。
【0178】
3HeとTLS槽との間の結合を高めるという目標を掲げ、いくつかのアプローチを、個別又は組み合わせて追求することができる。
1.表面/界面付近の原子を、より稠密化することを目的として、使用されるGHSコンポーネントと、浸漬セルの設計に応じて、最大60バール以上の圧力を加える。これにより、3Heのバルク塊全体が固体になるまで固体層の数が増加する。この遷移が起こる場所と、形成される層の数とは、温度に依存するが、しかしながら、限定されないが、強い場領域での損失など、何らかの量の測定に基づいて、固体層の量を制御するために、適応型冷却も追求され得る。
2.表面のテンプレート化:セルを3Heで完全に満たす前に、任意の順序で、4He及び又は3Heの薄い層(1原子層未満から数ナノメートルまで)で表面を事前にコーティングする。ファンデルワールス相互作用により、3He原子は、表面に吸着し、デバイス/液体の界面を変化させる。この相互作用により、表面に最大数層の固体3Heが形成され、層の数は、温度及び圧力に依存する。そのようなテンプレート化を実現するために、1つが3Heを供給し、もう1つが4Heを供給する(本明細書で説明される型の)2つのガス取扱システムが、同じ浸漬セルに接続され得る。別の実施形態では、複数のガスストレージボリュームを備えた単一のガス取扱システムを使用することができる。次に、いずれかのガスを少量ずつ、所望される順序でセル内に導入し、次の層が導入されるまでセル内で凝縮させ得る。
3.3Heの核スピンへの双極子-双極子電子-核結合を媒介する電子スピンの層又はサブ単一層を表面に導入するため。
4.界面を変化させる目的で、量子回路の表面を誘電体の薄い層で処理又はコーティングするため。
5.TLSを含む量子回路の表面をより粗くしたり、穴を開けたりすることで、その有効表面積を増やすため。
【0179】
冷却流体の選択
mK温度では、適切な液体として知られているのは2つだけ、すなわち、3He及び4He、又はその2つの混合物である。
【0180】
4Heは、飽和蒸気圧で2.17Kの超流動転移を有する一方、3Heは、飽和蒸気圧で約0.9mKの超流動転移を有する。低温での超流体4Heの熱伝導率は低く、フォノン励起の密度は無視できるほど小さく、超流体転移付近で支配的な通常成分と超流体成分との熱逆流による伝導も無視できるほどである。一方、通常状態における液体3He(及び4He中の3Heの希薄溶液)の熱伝導率は、温度に逆比例して増加する。限定された結果及び理論は、超流動状態における熱伝導率は大きく損なわれていないことを示している。したがって、3He(又は4He中の3Heの希薄溶液)は、mK温度では4Heと比較して効果的な冷却流体になると予想される。しかしながら、冷却は、液体の熱伝導率だけに基づいている訳ではないので、これは確実ではない。また、冷却する液体と物質の境界を通る熱伝導率(カピツァ抵抗)にも大きく依存する。そのような界面や、ヘリウム液体と量子回路の構成要素との熱結合については、あまり知られていない。量子回路の場合、回路とその環境、及び3He又は4Heと間のカピツァ抵抗がどうなるかは、分かっているとは言えない。詳細に研究されていないだけでなく、量子回路の表面を何が構成するかさえ確実に分かっておらず、量子回路は、周囲の条件に曝されている複雑な表面化学特性を有しているおり、これは、周囲の条件が、水と炭化水素の層で覆われており、その結果、複雑な化学特性と、未知の混合表面種となっていることを意味する。これは量子回路の当該技術分野における課題である。当該技術分野では、TLSの物質的性質が何であるか、また表面と界面とが、関連するエネルギースケール(<10mK)で微視的にどのように動作するかは理解されていない。したがって、デコヒーレンス及びノイズを生じさせる量子回路と、それに結合される物理サブシステムを、3He又は4Heがどのように冷却するか(又は冷却しないか)を予想することはできない。
【0181】
本明細書に開示されるシステム及び方法は、量子回路及びプロセッサユニット、並びにそれらの環境を、従来実現されていたよりも大幅に低い温度まで効果的に冷却することを可能にする。具体的には、前述のように、従来技術のシステムは、回路を50mK未満に冷却しようとしていたが、量子回路が配置された基板の冷却に依存していたため、実際にはこれを実現できなかった。量子回路の動作中に冷却が効率悪く、熱が発生した結果、実際の動作温度は、50mK以上の領域であった。量子回路とその環境をさらに冷却することを実証的に実現する解決策が存在せず、特定のプロセスでは、低温でパフォーマンスが低下すると理解されているので、50mK程度の温度を実現することは不利ではなく、むしろ容易に実現できる最良の妥協策であると考えられた。
【0182】
既知のシステムは、動作中に発生する熱を軽減したり、環境の様々なコンポーネントを十分に冷却したりできないため、このレベル以下の量子回路の冷却には適していない。
【0183】
本明細書で教示される方法及びシステムは、使用される冷凍機に応じて、量子回路及びその環境を、これまで実現されていた温度よりも大幅に低い温度、具体的には50mKよりもはるかに低い温度、実際には10mK以下まで冷却することができる。実際には、これは、量子回路が保持される環境を、3Heが好ましい非常に低損失で低温の流体で作成することによって実現される。開示されたシステム及び方法により、10mKを大幅に下回る温度まで冷却することが可能であるが、発明者らは、上記で詳細に説明した理由により、これによって量子回路の最適な機能が必ずしも実現されるとは限らないと考えている。しかしながら、量子回路の用途及び目的によっては、最適温度は、当該技術分野で設定した、容易に実現可能な約50mKよりも低い場合が多くなる。
【0184】
環境の冷却特性は、非常に低い温度(10mK以下)まで冷却できる、銅が好ましい高伝導性の金属で作られた筐体によって得られる。筐体は、流体に最大限の冷却を与えるために、流体(3He)に対して大きな表面積の冷却金属を提供するように構築されることが好ましい。大きな表面積は、筐体に、テクスチャ加工又は多孔質と説明され得る内部表面又はコーティングを追加することで実現できる。実施形態では、これは、銀などの焼結金属粉末の層又はブロックによって行われるが、銅、金などを含む他の材料を使用することもできる。他の実施形態では、量子回路が保持されている筐体のチャンバは、(繰り返すが、たとえば銀、銅、金の)焼結粉末で充填され得る。
【0185】
そのような構造の利点は、筐体を小さく保つことができるため、システムのパフォーマンスを最適化し、特に高価な3Heである、材料の必要量も低減できることである。
【0186】
システム及び方法は、筐体内の流体冷却剤の量及び/又は圧力を制御することを含む、様々な手段によって筐体内の量子回路の冷却を制御するようにも構成される。制御は、量子回路の実際の温度の測定、量子回路の動作状態などの温度に依存する他のパラメータの測定などを含む、様々な要因から決定できる。制御された冷却により、量子回路を最適なパフォーマンスに維持するために、1つ又は複数の量子回路の適応型冷却を実現できるシステム及び方法を提供することが可能になる。これは、本明細書に開示されているように、1つ又は複数のパラメータを測定することによって、また、量子回路のパフォーマンスの変化を測定し、そのパフォーマンス、特に改善されたコヒーレンスを最適化するために、設定温度を変更することによって実現することができる。適応型冷却は、量子回路の動作状態の開始時又は動作の過程おいて適用できる。
【0187】
特に、適応型冷却の説明された方法及びシステムは、最適温度が何であっても、量子回路の最適温度に到達し、それを維持することが可能である。そのような適応型冷却は、静的である場合もあれば、量子回路に関連するパフォーマンス指標が、温度に対して最適化される、動的である場合もある。量子回路の動作や、その特定の用途に関連する重要な量のパフォーマンスを低下させる様々な物理メカニズムの特定の影響に応じて、量子回路ごとに、最適温度が異なる場合がある。同じ用途又は機能を有する異なる量子回路でも、実装される手法によっては、最適温度が異なる場合がある。そのようなパフォーマンス指標は、
- 帯電した材料欠陥又は常磁性不純物によるノイズ(電荷ノイズ又は磁束ノイズ)、
- コヒーレンス、
- 量子ビット状態の熱励起確率、
- フォノン、
- 準粒子密度又はパリティスイッチング事象、
- 損失、
- 温度依存の超伝導特性のような、直接測定された物理システムの特性である可能性がある。
【0188】
同様に、デバイスの動作から、
- 量子ビットの緩和又は位相ずれ時間、
- 単一又は複数の量子ビットのゲート忠実度、
- (複数の物理量子ビットから構成される)論理量子ビットの誤り率、
- 量子処理ユニットで実行される特定のアルゴリズム、又はアルゴリズム又はサブアルゴリズムのクラスの忠実度、
- 特定の量子ゲート動作の忠実度、
- 最適なパフォーマンスを実現するために量子処理ユニットを繰り返し再較正する必要性の最小化に関する、
- 量子センサ(たとえば、磁力計、電荷センサ、単一光子検出器など)として動作する量子回路の感度、安定性、又は信号対雑音比、のようなパフォーマンス指標を推測できる。
【0189】
最適温度の評価には、リストされているパラメータの組合せを使用することもできる。
【0190】
状況によっては、動作中に量子回路の温度を、又は3He冷却システムによって提供される冷却電力を、変更することが望ましい場合もある。たとえば、量子処理ユニットにおいて、さほどリソース集約型ではない計算を実行している間は、回路の一部のみが利用され得るので、放散される熱は少なく、したがって、回路の最適温度を維持するために、3He適応型冷却システムの低減された冷却電力が必要とされ得る。たとえば、完全な量子処理ユニットを利用して、リソース集約型の計算を実行する場合、より多くの熱が放散され得、同じ最適な動作温度を満足するために、3He冷却システムの冷却電力を高める必要があり得る。
【0191】
そのような適応型冷却を実装するために、フィードバックループを使用することができ、関連する量が測定され、最適温度からの乖離が、同じアルゴリズムを使って決定される。アルゴリズムは、新たな目標温度を決定し、これは、説明されるように、量子回路に熱的にリンクされているクライオスタットコールドプレートに取り付けられた抵抗の加熱(抵抗に供給される電力)を増減することによって実現される。
【0192】
図13を参照して示すように、これは複数の量子回路を備えるユニットのための装置の実施形態を示す。この実施形態では、システム500は、本明細書で教示され、たとえば
図7に示されているものと同じ特性を有し、同じ冷却流体、好ましくは液体
3Heを使用するハウジングを備え、複数の量子回路563,573が同じハウジング内、具体的には、複数のサブ筐体510,520内に統合された構成をしている。そのような配置の例は、量子処理ユニットの出力(読出し)マイクロ波ラインに直列に接続された個別のパラメトリック増幅器を備える量子処理システムである。これにより、(量子処理ユニットと増幅器との間の信号損失を最小限に抑えるために、量子処理ユニットに可能な限り近づける必要がある)増幅器を、量子処理ユニットに近づけることができ、増幅器によって放散される追加の熱によって量子処理ユニットが受ける影響が少なくなる。(上述された)マイクロ波フィルタは、(間に焼結塊を使用する)同じ液体冷却ハウジングを共有する2つのマイクロ波環境510,520を分離する便利な手法も提供し、冷却流体は単一のキャピラリ105を通じて供給される。
【0193】
図13を参照して示すように、焼結粉末は、サブ筐体510,520内及び2つのサブ筐体間の接合部580内の焼結材料530の塊として概略的に示されている。量子回路563,573は、既に説明されたように、筐体ベース550などのそれぞれの冷却基板上、又は
図13に示されるようにプリント回路基板(562及び572)上に配置されることが好ましい。この装置は、信号伝搬線(561及び571)がプリント回路基板(562及び572)に接続され、たとえば、各サブ筐体内の量子回路の制御及び読出しのために量子回路(563及び573)へワイヤボンディング(564及び574)された個別の信号フィードスルーパス560,570も含む。これらパスは、量子回路の適応型冷却及び最適動作温度の決定に使用される個々のセンサのためのフィードバックパスも備え得る。
【0194】
図16を参照して示すように、焼結材料の塊は、量子回路に対して筐体内に慎重に配置されることが好ましい。
【0195】
いくつかの実装形態では、焼結体は、セル内の位置に配置され、量子回路から所定の最小距離だけ離れた、少なくとも1つの筐体壁又は筐体の蓋に熱化される。他の実装形態では、焼結体は、量子回路と焼結体の塊との間に配置された1つ又は複数のスクリーニング材料とともに、筐体の体積内に配置することができる(例が
図16に示される)。各スクリーンは、直接的又は間接的に、筐体の内壁、ベース、又は蓋に取り付けられる(好ましい実装形態では、1つ又は複数の留め具を使用する)。スクリーンの目的は、量子回路を焼結体から保護することである。量子回路からの電磁場の大部分が、焼結体の塊内に拡張されると、損失とデコヒーレンスが発生し、量子回路のパフォーマンスが低下する。焼結体と量子回路との間にスクリーンを配置すると、特定の状況では焼結体による損失や焼結体によって課せられる損失を減衰させることができ、通常よりも量子回路の近くにスクリーンを配置できるようになり、その結果、熱化流体で満たす必要があるセルの体積が低減される。
【0196】
スクリーンは、1つの例では、銅などの低損失の良導体で作ることができる。他の例では、スクリーンは、さらに小さな電気抵抗を有するアルミニウム、スズ、又はニオブのような超伝導材料で作ることもできる。金属材料と超伝導材料との両方から作られた複数のスクリーンを使用できることも想定される。
【0197】
図16を参照して示すように、上記の教示と一致する型式の筐体600は、熱化流体、好ましくは液体
3He及び/又は
4Heで満たされる内部チャンバ又は使用される体積602を有する。筐体600内には、好ましい実施形態では、量子回路603に面する側には、超伝導材料(Al、Nb、Sn、Inなど)薄い層606(たとえば、1マイクロメートルから1mm)でコーティングされた銅製の固体本体から構成されるスクリーン605が配置され、量子回路603は、筐体の領域604内に配置される。
【0198】
これら実装形態のおのおのでは、焼結体601及びオプションのスクリーニングプレート605/606は、量子回路603から十分に離れるように配置されるのが有利であり、これは量子回路から放射される電磁場の範囲によって決定され、この範囲は、量子回路の実装形態及び設計に依存し、通常は回路ごとに異なる。焼結体601及びスクリーニングプレート605/606は、焼結体601及びスクリーン605/606の存在によって、焼結体及びスクリーンなしで実装されるセルと比較して、量子回路603の測定されたコヒーレンス又はパフォーマンスを悪化させないように、量子回路から離れた距離に配置されることが好ましい。デコヒーレンスの量は、限定される訳ではないが、上述された型式の他のデコヒーレンス及びノイズメカニズムによって、回路ごとに異なる場合がある。
【0199】
スクリーン605/605の重要な好ましい特性は、焼結体601と量子回路603との間の液体の流れを完全に制限しないように配置されていることである。液体は、量子回路603に面したスクリーン601の側面を横切って流れることができる必要がある。
【0200】
本明細書に開示される様々な実施形態において、焼結体は、1つ又は複数の内部筐体壁、主筐体内のサブ筐体、スクリーンなどの別個の基板上などに設けられ得る。関連する基準は、焼結体が、回路の電磁場を妨害せずに熱化流体への熱伝達を最適化することである。
【0201】
冷却流体は、液体の形態、好ましくは、液体3He、4He、又はこれら2つの混合物であり得ることが理解されるであろう。
【国際調査報告】