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再表2015-129617燃料噴射管用鋼管およびそれを用いた燃料噴射管
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
【公報種別】再公表特許(A1)
(11)【国際公開番号】WO/0
(43)【国際公開日】2015年9月3日
【発行日】2017年3月30日
(54)【発明の名称】燃料噴射管用鋼管およびそれを用いた燃料噴射管
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20170310BHJP
   C22C 38/14 20060101ALI20170310BHJP
   C22C 38/58 20060101ALI20170310BHJP
   C21D 9/08 20060101ALI20170310BHJP
【FI】
   C22C38/00 301Z
   C22C38/14
   C22C38/58
   C21D9/08 E
【審査請求】有
【予備審査請求】未請求
【全頁数】24
【出願番号】特願2016-505198(P2016-505198)
(21)【国際出願番号】PCT/0/0
(22)【国際出願日】2015年2月23日
(11)【特許番号】特許第6051335号(P6051335)
(45)【特許公報発行日】2016年12月27日
(31)【優先権主張番号】特願2014-34416(P2014-34416)
(32)【優先日】2014年2月25日
(33)【優先権主張国】JP
(81)【指定国】 AP(BW,GH,GM,KE,LR,LS,MW,MZ,NA,RW,SD,SL,ST,SZ,TZ,UG,ZM,ZW),EA(AM,AZ,BY,KG,KZ,RU,TJ,TM),EP(AL,AT,BE,BG,CH,CY,CZ,DE,DK,EE,ES,FI,FR,GB,GR,HR,HU,IE,IS,IT,LT,LU,LV,MC,MK,MT,NL,NO,PL,PT,RO,RS,SE,SI,SK,SM,TR),OA(BF,BJ,CF,CG,CI,CM,GA,GN,GQ,GW,KM,ML,MR,NE,SN,TD,TG),AE,AG,AL,AM,AO,AT,AU,AZ,BA,BB,BG,BH,BN,BR,BW,BY,BZ,CA,CH,CL,CN,CO,CR,CU,CZ,DE,DK,DM,DO,DZ,EC,EE,EG,ES,FI,GB,GD,GE,GH,GM,GT,HN,HR,HU,ID,IL,IN,IR,IS,JP,KE,KG,KN,KP,KR,KZ,LA,LC,LK,LR,LS,LU,LY,MA,MD,ME,MG,MK,MN,MW,MX,MY,MZ,NA,NG,NI,NO,NZ,OM,PA,PE,PG,PH,PL,PT,QA,RO,RS,RU,RW,SA,SC,SD,SE,SG,SK,SL,SM,ST,SV,SY,TH,TJ,TM,TN,TR,TT,TZ,UA,UG,US
(71)【出願人】
【識別番号】000120249
【氏名又は名称】臼井国際産業株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】新日鐵住金株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002044
【氏名又は名称】特許業務法人ブライタス
(72)【発明者】
【氏名】増田 辰也
(72)【発明者】
【氏名】山崎 つぐみ
(72)【発明者】
【氏名】牧野 泰三
(72)【発明者】
【氏名】永尾 勝則
(72)【発明者】
【氏名】奥山 耕
【テーマコード(参考)】
4K042
【Fターム(参考)】
4K042AA06
4K042BA01
4K042BA04
4K042CA02
4K042CA03
4K042CA05
4K042CA06
4K042CA08
4K042CA09
4K042CA10
4K042CA12
4K042CA13
4K042DA01
4K042DA02
4K042DB01
4K042DB02
4K042DB07
4K042DC01
4K042DC02
4K042DC03
4K042DD02
4K042DE02
(57)【要約】
化学組成が、質量%で、C:0.12〜0.27%、Si:0.05〜0.40%、Mn:0.3〜2.0%、Al:0.005〜0.060%、N:0.0020〜0.0080%、Ti:0.005〜0.015%、Nb:0.015〜0.045%、Cr:0〜1.0%、Mo:0〜1.0%、Cu:0〜0.5%、Ni:0〜0.5%、V:0〜0.15%、B:0〜0.005%、残部Feおよび不純物であり、不純物中のCa、P、SおよびOは、Ca:0.001%以下、P:0.02%以下、S:0.01%以下、O:0.0040%以下であり、金属組織が焼戻しマルテンサイト組織または焼戻しマルテンサイトと焼戻しベイナイトとの混合組織からなり、旧オーステナイト粒度番号が10.0以上であって、800MPa以上の引張強度TSを有すると共に、限界内圧が[0.3×TS×α](但し、α=[(D/d)2-1]/[0.776×(D/d)2]、D:鋼管外径(mm)、d:鋼管内径(mm))以上である燃料噴射管用鋼管。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
化学組成が、質量%で、
C:0.12〜0.27%、
Si:0.05〜0.40%、
Mn:0.3〜2.0%、
Al:0.005〜0.060%、
N:0.0020〜0.0080%、
Ti:0.005〜0.015%、
Nb:0.015〜0.045%、
Cr:0〜1.0%、
Mo:0〜1.0%、
Cu:0〜0.5%、
Ni:0〜0.5%、
V:0〜0.15%、
B:0〜0.005%、
残部Feおよび不純物であり、
不純物中のCa、P、SおよびOは、
Ca:0.001%以下、
P:0.02%以下、
S:0.01%以下、
O:0.0040%以下であり、
金属組織が焼戻しマルテンサイト組織または焼戻しマルテンサイトと焼戻しベイナイトとの混合組織からなり、旧オーステナイト粒度番号が10.0以上であって、
800MPa以上の引張強度を有すると共に、限界内圧が下記(i)式を満足する、燃料噴射管用鋼管。
IP≧0.3×TS×α ・・・(i)
α=[(D/d)−1]/[0.776×(D/d)] ・・・(ii)
但し、上記(i)式中のIPは限界内圧(MPa)、TSは引張強度(MPa)を意味し、αは上記(ii)式で表される値である。また、上記(ii)式中のDは燃料噴射管用鋼管の外径(mm)、dは内径(mm)である。
【請求項2】
前記化学組成が、質量%で、
Cr:0.2〜1.0%、
Mo:0.03〜1.0%、
Cu:0.03〜0.5%、
Ni:0.03〜0.5%、
V:0.02〜0.15%、および
B:0.0003〜0.005%
から選択される1種以上を含有する、請求項1に記載の燃料噴射管用鋼管。
【請求項3】
前記鋼管の外径および内径が下記(iii)式を満足する、請求項1または請求項2に記載の燃料噴射管用鋼管。
D/d≧1.5 ・・・(iii)
但し、上記(iii)式中のDは燃料噴射管用鋼管の外径(mm)、dは内径(mm)である。
【請求項4】
請求項1から請求項3までのいずれかに記載の燃料噴射管用鋼管を素材として用いる、燃料噴射管。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、燃料噴射管用鋼管およびそれを用いた燃料噴射管に係り、特に、800MPa以上、好ましくは900MPa以上の引張強度を有し、耐内圧疲労特性に優れる燃料噴射管用鋼管およびそれを用いた燃料噴射管に関する。
【背景技術】
【0002】
将来的なエネルギーの枯渇への対策として、省エネルギーを促す運動、資源のリサイクル運動およびこれらの目的を達成する技術の開発が盛んに行われている。特に近年は、世界的な取り組みとして地球の温暖化を防止するために燃料の燃焼に伴うCOの排出量を低減させることが強く求められている。
【0003】
COの排出量の少ない内燃機関として、自動車などに用いられるディーゼルエンジンが挙げられる。しかし、ディーゼルエンジンには、COの排出量が少ない反面、黒煙が発生するという問題がある。黒煙は、噴射された燃料に対し酸素が不足した場合に発生する。すなわち、燃料が部分的に熱分解されることにより脱水素反応が起こり、黒煙の前駆物質が生成して、この前駆物質が再び熱分解し、凝集および合体することにより黒煙となる。こうして発生した黒煙は大気汚染を引き起こし、人体に悪影響を及ぼすことが危惧される。
【0004】
上記の黒煙は、ディーゼルエンジンの燃焼室への燃料の噴射圧を高めることにより、その発生量を低減することができる。しかし、そのためには、燃料噴射に用いる鋼管には高い疲労強度が求められる。このような燃料噴射管または燃料噴射管用鋼管について、下記の技術が開示されている。
【0005】
特許文献1には、熱間圧延したシームレス鋼管素材の内面をショットブラスト処理により、研削・研磨を行った後に、冷間引抜き加工を行うディーゼルエンジンの燃料噴射に用いる鋼管の製造方法が開示されている。この製造方法を採用すれば、鋼管内面の疵(凹凸、ヘゲ、微細クラックなど)の深さを0.10mm以下にできるので、燃料噴射に用いる鋼管の高強度化が図れるとされている。
【0006】
特許文献2には、少なくとも鋼管の内表面から20μmまでの深さに存在する非金属介在物の最大径が20μm以下であり、引張強度が500MPa以上の燃料噴射管用鋼管が開示されている。
【0007】
特許文献3には、引張強度が900N/mm以上であって、少なくとも鋼管の内表面から20μmまでの深さに存在する非金属介在物の最大径が20μm以下である燃料噴射管用鋼管が開示されている。
【0008】
特許文献3の発明は、Sの低減、鋳込み方法の工夫、Caの低減等によりA系、B系、C系の粗大介在物を排除した鋼材を用いて素管鋼管を製造し、冷間加工によって目的とする径に調整した後、焼入れ、焼戻しによって900MPa以上の引張強度を実現するものであり、実施例では260〜285MPaの限界内圧を実現している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開平9−57329号公報
【特許文献2】国際公開2007/119734号
【特許文献3】国際公開2009/008281号
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】村上敬宜著、「金属疲労−微小欠陥と介在物の影響」、第1版(1993年)、養賢堂、p.18
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
特許文献1に開示された方法で製造された燃料噴射に用いる鋼管は、高い強度を持つものの、その鋼管材料の強度に見合った疲労寿命を得ることができない。鋼管材料の強度が高くなれば、当然に、鋼管の内側にかかる圧力を高くすることができる。しかし、鋼管の内側に圧力を加えた場合に、鋼管内面に疲労による破壊が発生することのない限界となる内圧(以下、「限界内圧」という。)は、鋼管材料の強度のみには依存しない。すなわち、鋼管材料の強度を大きくしても期待以上の限界内圧は得られない。最終製品の信頼性などを考慮に入れると、疲労寿命は長いほど好ましいが、前記の限界内圧が低ければ、高い内圧による使用によって鋼管が疲労しやすいため疲労寿命も短くなる。
【0012】
特許文献2および3に開示された燃料噴射管用鋼管は、疲労寿命が長く、かつ信頼性が高いという特長を有する。しかしながら、特許文献2に開示される鋼管の限界内圧は255MPa以下であり、特許文献3においても260〜285MPaである。最近の趨勢においては、特に自動車業界において、さらなる高内圧化が要求されており、引張強度が800MPa以上であって、限界内圧が270MPa超の燃料噴射管、特に望ましくは、引張強度が900MPa以上であって、限界内圧が300MPa超の燃料噴射管の開発が要望されている。なお、限界内圧は、一般に燃料噴射管の引張強度に依存して僅かに増加する傾向にあるものの、各種の要因が絡むと考えられ、特に800MPa以上の高強度燃料噴射管においては安定して高い限界内圧を確保することは、必ずしも容易ではない。
【0013】
本発明は、800MPa以上、好ましくは900MPa以上の引張強度(TS)を有し、限界内圧が0.3×TS×α以上の高い限界内圧特性を有する信頼性の高い燃料噴射管用鋼管およびそれを用いた燃料噴射管を提供することを目的とする。但し、αは、後述のように管内径比によって内圧と管内面の発生応力との関係が変化することを補正する係数であり、管の外径Dの内径dに対する比D/dが2〜2.2の範囲ではαは0.97〜1.02、すなわち、略1となる。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明者らは、高強度鋼管を用いた燃料噴射管用鋼管を種々の熱処理条件により試作し、その限界内圧および破損形態を調査した結果、以下の知見を得るに至った。
【0015】
(a)試料を用いて内圧疲労試験を行うと、高応力となる内表面を起点に疲労き裂が発生および進展し、外表面に達すると同時に破壊に至る。この時、起点部には介在物が存在する場合と存在しない場合がある。
【0016】
(b)起点部に介在物が存在しない場合、そこにはファセット状破面と呼ばれる平坦な破面形態が認められる。これは結晶粒単位で発生したき裂がその周囲の数結晶粒分にわたり、モードIIと呼ばれる剪断型で進展して形成されたものである。このファセット状破面が臨界値まで成長するとモードIと呼ばれる開口型に進展形態が変化し、破損に至る。ファセット状破面の成長は、初期のき裂発生の寸法単位である旧オーステナイト粒径(以下、「旧γ粒径」と表記する。)に依存し、旧γ粒径が大きい、すなわち旧γ粒の粒度番号が小さいと促進される。これは介在物が起点とならなくても、旧γ粒径が粗大であると、基地組織の疲労強度は低下することを意味する。
【0017】
(c)具体的には、旧γ粒の粒度番号を10.0以上とすることで、300MPaまでの内圧を付加できる内圧疲労試験では繰り返し数が10回であっても破損が発生しなかった。一方、粒度番号が10.0未満の細粒化が不十分な鋼管では、組織の疲労強度が低下するため、介在物が起点とならなくても限界内圧が低下する状況が認められた。
【0018】
(d)旧γ粒の粒度番号が10.0以上となるような細粒組織を、工業生産において安定的に得るためには、鋼中のTiおよびNbの含有量を一定量以上とすることが重要である。
【0019】
(e)硫化物系介在物(JIS G 0555のグループA)を工業的に安定的に抑制するには、脱酸剤としてAlを用い、鋼中のsol.Alを適量範囲に制御することが適当である。
【0020】
(f)介在物の抑制は比較的安定にできるものの、Ti含有量が0.15%を超える場合には、内圧疲労試験を行った鋼管の破面観察から直径20μm以下の複数のAl系介在物をTiが主成分のフィルム状の薄い層が架橋する形態の複合介在物(以下、Ti−Al複合介在物という。)が観察された。この観察結果から、Ti含有量を一定値以下とすることによって、Ti−Al複合介在物の形成を抑制し、内圧疲労を緩和することが可能となることが明らかとなった。
【0021】
なお、上記のTi含有鋼の介在物に起因する問題点は、以下の参考実験の結果から明らかになったものである。
【0022】
<参考実験1>
まず、予備的に比較的強度の低い鋼を用いて、内圧疲労試験を行った。表1に示す化学成分を有する3種の素材A、BおよびCを転炉、連続鋳造によって製作した。連続鋳造では鋳込み時の鋳造速度を0.5m/minとし、鋳片の断面積を200,000mm以上とした。得られた鋼片を分塊圧延して製管用ビレットに加工し、マンネスマン−マンドレル製管法で穿孔圧延、延伸圧延を行い、ストレッチレデューサー定径圧延で素管を製造した。そして、焼鈍と冷間引抜きとを複数回繰返し所定の仕上げ寸法まで縮径した後、焼準処理を行った。この時、焼準処理は980℃×60min保持後空冷の条件で行った。そして所定の長さに切断し、管端加工を施し、内圧疲労試験用噴射管製品試料とした。引張強度は鋼Aが718MPa、鋼Bが685MPa、鋼Cが723MPaであった。
【0023】
【表1】
【0024】
試料の寸法は、外径6.35mm、内径3.00mm、長さ200mmである。この試料をそれぞれ30試料ずつ内圧疲労試験に供した。疲労試験条件は、サンプルの片側端面をシールし、もう片側端面よりサンプル内部に圧力媒体として作動油を封入し、封入部の内圧を最大300MPaから最小18MPaの範囲で繰返し変動させるもので、内圧変動の周波数は8Hzとした。
【0025】
最大内圧を300MPaとした内圧疲労試験を行ったところ、全数において、繰返し数が2×10回に到達するまでに内表面にき裂が発生および進展し、外表面に到達してリークするという形態で破損が生じた。
【0026】
破損した全サンプルのリーク発生部について破面出しし、その起点部をSEMで観察し、介在物の有無およびその寸法を測定した。介在物寸法は、画像処理によってその面積areaと内面からの深さ方向(管半径方向)の最大幅cとを測定し、√areaを算出した。なお、√areaは、面積areaの平方根と、(√10)・cのいずれか小さい方の数値を採用した。この定義は非特許文献1に記述された考え方に基づいている。
【0027】
得られた結果を表2に示す。Ti含有量が高い鋼Cを用いた例では30試料中、14試料で内表面に接した介在物が起点となっており、その寸法は√areaで大半が60μm以下であったが、1試料のみ√areaで111μmのものがあった。なお、これらの介在物は、Ti−Al複合介在物であった。一方、Ti含有量の低い鋼AおよびBを用いた例では全ての試料において、起点に介在物は認められず、全て内表面の基地組織がき裂の起点となっていた。ちなみに破損寿命は、鋼Cで最大介在物が検出された試料において最も短い3.78×10回であったが、これ以外の29試料では4.7〜8.0×10回であった。一方、鋼AおよびBの場合は両者に大差なく、6.8〜17.7×10回であり、Ti−Al複合介在物による内圧疲労への影響が明確に認められる。そしてTi含有量の増加により、内圧疲労の低下を招く粗大なTi−Al複合介在物を析出させていると推定できる。
【0028】
【表2】
【0029】
<参考実験2>
次に、900MPa以上の引張強度を有する鋼を用いて、最大340MPaの内圧による疲労試験を行った。上述の表1に示す化学成分を有する素材BおよびCを3試料ずつ転炉、連続鋳造によって製作した。連続鋳造では鋳込み時の鋳造速度を0.5m/minとし、鋳片の断面積を200,000mm以上とした。上記鋼素材から製管用ビレットを製造し、マンネスマン−マンドレル製管法で穿孔圧延、延伸圧延を行い、ストレッチレデューサー定径圧延により、外径34mm、肉厚4.5mmの寸法に熱間製管した。この熱間仕上げされた素管を抽伸するために、まず素管先端を口絞りし、潤滑剤を塗布した。続いて、ダイスおよびプラグを用いて引抜加工を行い、必要に応じて軟化焼鈍を行い、徐々に管径を縮小し、外径6.35mm、内径3.0mmの鋼管に仕上げた。そして、1000℃まで高周波加熱してから水冷する焼入れ処理を施した後、640℃で10min保持してから放冷する焼戻し処理を行い、外内表面のスケール除去・平滑化処理を行った。
【0030】
その後、各試料を長さ200mmに切断し、管端加工を施し、内圧疲労試験用噴射管試験片として、内圧疲労試験を実施した。疲労試験は、試料の片側端面をシールし、もう片側端面より試料内部に圧力媒体として作動油を封入し、封入部の内圧を最大340MPaから最小18MPaの範囲で、時間に対して正弦波をとるように繰返し変動させるものである。内圧変動の周波数は8Hzとした。結果を表3に示す。
【0031】
【表3】
【0032】
表3に示すように、Ti含有量の低い鋼Bを用いた例では、3試料全てにおいて、繰返し数が5.0×10回になっても破損(リーク)が起こらなかった。一方、Ti含有量の高い鋼Cを用いた例では、3試料中1試料において、繰返し数が3.63×10回になったところで管内面から疲労破壊が発生した。疲労破壊が生じた試料について、起点部をSEMで観察したところ、Ti−Al複合介在物が認められ、その寸法は√areaで33μmであった。以上の実験結果からも、Ti含有量が高い試料を用いた場合、粗大なTi−Al複合介在物が析出し、疲労破壊が生じやすくなる傾向にあることが分かる。
【0033】
本発明は、上記の知見に基づいて完成されたものであり、下記の燃料噴射管用鋼管およびそれを用いた燃料噴射管を要旨とする。
【0034】
(1)化学組成が、質量%で、
C:0.12〜0.27%、
Si:0.05〜0.40%、
Mn:0.3〜2.0%、
Al:0.005〜0.060%、
N:0.0020〜0.0080%、
Ti:0.005〜0.015%、
Nb:0.015〜0.045%、
Cr:0〜1.0%、
Mo:0〜1.0%、
Cu:0〜0.5%、
Ni:0〜0.5%、
V:0〜0.15%、
B:0〜0.005%、
残部Feおよび不純物であり、
不純物中のCa、P、SおよびOは、
Ca:0.001%以下、
P:0.02%以下、
S:0.01%以下、
O:0.0040%以下であり、
金属組織が焼戻しマルテンサイト組織または焼戻しマルテンサイトと焼戻しベイナイトとの混合組織からなり、旧オーステナイト粒度番号が10.0以上であって、
800MPa以上、好ましくは900MPa以上の引張強度を有すると共に、限界内圧が下記(i)式を満足する、燃料噴射管用鋼管。
IP≧0.3×TS×α ・・・(i)
α=[(D/d)−1]/[0.776×(D/d)] ・・・(ii)
但し、上記(i)式中のIPは限界内圧(MPa)、TSは引張強度(MPa)を意味し、αは上記(ii)式で表される値である。また、上記(ii)式中のDは燃料噴射管用鋼管の外径(mm)、dは内径(mm)である。
【0035】
(2)前記化学組成が、質量%で、
Cr:0.2〜1.0%、
Mo:0.03〜1.0%、
Cu:0.03〜0.5%、
Ni:0.03〜0.5%、
V:0.02〜0.15%、および
B:0.0003〜0.005%
から選択される1種以上を含有する、上記(1)に記載の燃料噴射管用鋼管。
【0036】
(3)前記鋼管の外径および内径が下記(iii)式を満足する、上記(1)または(2)に記載の燃料噴射管用鋼管。
D/d≧1.5 ・・・(iii)
但し、上記(iii)式中のDは燃料噴射管用鋼管の外径(mm)、dは内径(mm)である。
【0037】
(4)上記(1)から(3)までのいずれかに記載の燃料噴射管用鋼管を素材として用いる、燃料噴射管。
【発明の効果】
【0038】
本発明によれば、800MPa以上、好ましくは900MPa以上の引張強度を有すると共に、耐内圧疲労特性に優れる燃料噴射管用鋼管を得ることが可能となる。したがって、本発明に係る燃料噴射管用鋼管は、特に自動車用の燃料噴射管として好適に用いることができる。
【発明を実施するための形態】
【0039】
以下、本発明の各要件について詳しく説明する。
【0040】
1.化学組成
各元素の限定理由は下記のとおりである。なお、以下の説明において含有量についての「%」は、「質量%」を意味する。
【0041】
C:0.12〜0.27%
Cは、安価に鋼の強度を高めるのに有効な元素である。所望の引張強度を確保するためにはC含有量を0.12%以上とすることが必要である。しかし、C含有量が0.27%を超えると、加工性の低下を招く。したがって、C含有量は0.12〜0.27%とする。C含有量は0.13%以上であるのが好ましく、0.14%以上であるのがより好ましい。また、C含有量は0.25%以下であるのが好ましく、0.23%以下であるのがより好ましい。
【0042】
Si:0.05〜0.40%
Siは、脱酸作用を有するだけでなく、鋼の焼入れ性を高めて強度を向上させる作用を有する元素である。これらの効果を確実にするためには、Si含有量を0.05%以上とすることが必要である。しかし、Si含有量が0.40%を超えると、靭性の低下を招く。したがって、Si含有量は0.05〜0.40%とする。Si含有量は0.15%以上であるのが好ましく、0.35%以下であるのが好ましい。
【0043】
Mn:0.3〜2.0%
Mnは、脱酸作用を有するだけでなく、鋼の焼入れ性を高めて強度と靭性とを向上させるのに有効な元素である。しかし、その含有量が0.3%未満では十分な強度が得られず、一方、2.0%を超えるとMnSの粗大化が生じて、熱間圧延時に展伸し、かえって靭性が低下する。このため、Mn含有量は0.3〜2.0%とする。Mn含有量は0.4%以上であるのが好ましく、0.5%以上であるのがより好ましい。また、Mn含有量は1.7%以下であるのが好ましく、1.5%以下であるのがより好ましい。
【0044】
Al:0.005〜0.060%
Alは、鋼の脱酸を行う上で有効な元素であり、また鋼の靭性および加工性を高める作用を有する元素である。これらの効果を得るには0.005%以上のAlを含有する必要がある。一方、Al含有量が0.060%を超えると、介在物が発生しやすくなり、特にTiを含有する鋼においては、Ti−Al複合介在物が生じるおそれが高くなる。したがって、Al含有量は0.005〜0.060%とする。Al含有量は0.008%以上であるのが好ましく、0.010%以上であるのがより好ましい。また、Al含有量は0.050%以下であるのが好ましく、0.040%以下であるのがより好ましい。なお、本発明において、Al含有量は、酸可溶性Al(sol.Al)の含有量を意味する。
【0045】
N:0.0020〜0.0080%
Nは、不純物として鋼中に不可避的に存在する元素である。しかしながら本発明では、TiNのピニング効果(pinning effect)による結晶粒粗大化防止を目的として、0.0020%以上のNを残存させる必要がある。一方、N含有量が0.0080%を超えると大型のTi−Al複合介在物が生じるおそれが高くなる。したがって、N含有量は0.0020〜0.0080%とする。N含有量は0.0025%以上であるのが好ましく、0.0027%以上であるのがより好ましい。また、N含有量は0.0065%以下であるのが好ましく、0.0050%以下であるのがより好ましい。
【0046】
Ti:0.005〜0.015%
Tiは、TiN等の形で微細に析出することで、結晶粒の粗大化防止に貢献するため、本発明では必須の元素である。その効果を得るためには、Ti含有量を0.005%以上とする必要がある。一方、Ti含有量が0.015%を超えると、結晶粒の細粒化効果は飽和する傾向が生じるとともに、場合によっては大型のTi−Al複合介在物が生じるおそれがある。大型のTi−Al複合介在物は、非常に高い内圧条件下での破損寿命の低下を招くおそれがあり、その抑制は、特に、引張強度900MPa以上、限界内圧が0.3×TS×α以上の高い限界内圧特性を有する燃料噴射管においては重要であると考えられる。したがって、Ti含有量は0.005〜0.015%とする。Ti含有量は0.006%以上であるのが好ましく、0.007%以上であるのがより好ましい。また、Ti含有量は0.013%以下であるのが好ましく、0.012%以下であるのがより好ましい。
【0047】
Nb:0.015〜0.045%
Nbは、鋼中で炭化物または炭窒化物として微細に分散し、結晶粒界を強くピン止めする効果を有するため、所望の細粒組織を得る上で本発明においては必須の元素である。また、Nbの炭化物または炭窒化物の微細分散により、鋼の強度および靭性が向上する。これらの目的のため、0.015%以上のNbを含有させる必要がある。一方、Nb含有量が0.045%を超えると、炭化物、炭窒化物が粗大化し、かえって靭性が低下する。したがって、Nbの含有量は0.015〜0.045%とする。Nb含有量は0.018%以上であるのが好ましく、0.020%以上であるのがより好ましい。また、Nb含有量は0.040%以下であるのが好ましく、0.035%以下であるのがより好ましい。
【0048】
Cr:0〜1.0%
Crは、焼入れ性および耐摩耗性を向上させる効果を有する元素であるので、必要に応じて含有させても良い。しかし、Cr含有量が1.0%を超えると靭性および冷間加工性が低下するため、含有させる場合のCr含有量は1.0%以下とする。Cr含有量は0.8%以下であるのが好ましい。なお、上記の効果を得たい場合は、Cr含有量を0.2%以上とすることが好ましく、0.3%以上とすることがより好ましい。
【0049】
Mo:0〜1.0%
Moは、焼入れ性を向上させ、焼戻し軟化抵抗を高めるため、高強度確保に寄与する元素である。そのため、必要に応じてMoを含有させても良い。しかし、Mo含有量が1.0%を超えてもその効果は飽和する上に、合金コストが嵩む結果となる。したがって、含有させる場合のMo含有量は1.0%以下とする。Mo含有量は0.45%以下であるのが好ましい。なお、上記の効果を得たい場合は、Mo含有量を0.03%以上とすることが好ましく、0.08%以上とすることがより好ましい。
【0050】
Cu:0〜0.5%
Cuは、鋼の焼入れ性を高めることで強度および靭性を向上させる効果を有する元素である。そのため、必要に応じてCuを含有させても良い。しかし、Cu含有量が0.5%を超えてもその効果は飽和する上に、合金コストの上昇を招く結果となる。したがって、含有させる場合のCu含有量は0.5%以下とする。Cu含有量は0.40%以下とするのが好ましく、0.35%以下とするのがより好ましい。なお、上記の効果を得たい場合は、Cu含有量を0.03%以上とすることが好ましく、0.05%以上とすることがより好ましい。
【0051】
Ni:0〜0.5%
Niは、鋼の焼入れ性を高めることで強度および靭性を向上させる効果を有する元素である。そのため、必要に応じてNiを含有させても良い。しかし、Ni含有量が0.5%を超えてもその効果は飽和する上に、合金コストの上昇を招く結果となる。したがって、含有させる場合のNi含有量は0.5%以下とする。Ni含有量は0.40%以下とするのが好ましく、0.35%以下とするのがより好ましい。なお、上記の効果を得たい場合は、Ni含有量を0.03%以上とすることが好ましく、0.08%以上とすることがより好ましい。
【0052】
V:0〜0.15%
Vは、焼戻し時に微細な炭化物(VC)として析出して、焼戻し軟化抵抗を高め、高温焼戻しを可能とし、鋼の高強度化および高靭性化に寄与する元素である。そのため、必要に応じてVを含有させても良い。しかし、V含有量が0.15%を超えるとかえって靭性の低下を招くため含有させる場合のV含有量は0.15%以下とする。V含有量は0.12%以下とするのが好ましく、0.10%以下とするのがより好ましい。なお、上記の効果を得たい場合は、V含有量を0.02%以上とすることが好ましく、0.04%以上とすることがより好ましい。
【0053】
B:0〜0.005%
Bは焼入れ性を高める作用を有する元素である。そのため、必要に応じてBを含有させても良い。しかし、Bの含有量が0.005%を超えると靭性が低下する。したがって、含有させる場合のBの含有量は0.005%以下とする。B含有量は0.002%以下とするのが好ましい。Bを含有させることによる焼入れ性向上作用は、不純物レベルの含有量であっても得られるが、より顕著にその効果を得るには、B含有量を0.0003%以上とすることが好ましい。なお、Bの効果を有効に活用するためには、鋼中のNがTiにより固定されていることが好ましい。
【0054】
本発明の燃料噴射管用鋼管は、上記のCからBまでの元素と、残部Feおよび不純物とからなる化学組成を有する。
【0055】
ここで「不純物」とは、鋼を工業的に製造する際に、鉱石、スクラップ等の原料、製造工程の種々の要因によって混入する成分であって、本発明に悪影響を与えない範囲で許容されるものを意味する。
【0056】
以下、不純物中のCa、P、SおよびOについて説明する。
【0057】
Ca:0.001%以下
Caは、シリケート系介在物(JIS G 0555のグループC)を凝集させる作用があり、Ca含有量が0.001%を超えると粗大なC系介在物の生成により限界内圧が低下する。したがってCa含有量は0.001%以下とする。Ca含有量は0.0007%以下とすることが好ましく、0.0003%以下とすることがより好ましい。なお、製鋼精錬に係る設備で長期にわたり全くCa処理を行わなければ、設備のCa汚染を解消することができるため、鋼中のCa含有量を実質的に0%とすることが可能である。
【0058】
P:0.02%以下
Pは、不純物として鋼中に不可避的に存在する元素である。その含有量が0.02%を超えると、熱間加工性の低下を招くだけでなく、粒界偏析により靭性を著しく低下させる。したがって、P含有量は、0.02%以下とする必要がある。なお、Pの含有量は、低ければ低いほど望ましく、0.015%以下とするのが好ましく、0.012%以下とするのがより好ましい。しかし、過度の低下は、製造コスト上昇を招くため、その下限は、0.005%とするのが好ましい。
【0059】
S:0.01%以下
Sは、Pと同様に不純物として鋼中に不可避的に存在する元素である。その含有量が0.01%を超えると粒界に偏析するとともに、硫化物系の介在物を生成して疲労強度の低下を招きやすい。したがって、S含有量は、0.01%以下とする必要がある。なお、Sの含有量は、低ければ低いほど望ましく、0.005%以下とするのが好ましく、0.0035%以下とするのがより好ましい。しかし、過度の低下は、製造コスト上昇を招くため、その下限は、0.0005%とするのが好ましい。
【0060】
O:0.0040%以下
Oは、粗大な酸化物を形成し、それに起因する限界内圧の低下を生じやすくする。このような観点からO含有量は0.0040%以下とする必要がある。なお、Oの含有量は、低ければ低いほど望ましく、0.0035%以下とするのが好ましく、0.0025%以下とするのがより好ましく、0.0015%以下とするのがさらに好ましい。しかし、過度の低下は、製造コスト上昇を招くため、その下限は、0.0005%とするのが好ましい。
【0061】
2.金属組織
本発明に係る燃料噴射管用鋼管の金属組織は、焼戻しマルテンサイト組織または焼戻しマルテンサイトと焼戻しベイナイトとの混合組織からなるものである。組織中にフェライト・パーライト組織が存在すると、介在物起点の破損が解消されたとしても、局所的に硬さの低いフェライト相を起点として破損が生じるため、巨視的な硬さおよび引張強度から期待される限界内圧が得られない。また、焼戻しマルテンサイトを含まない組織またはフェライト・パーライト組織では800MPa以上の引張強度、特に900MPa以上の引張強度を確保することが困難になる。
【0062】
また、上述のように、鋼管の疲労強度を向上させるためには、旧オーステナイト粒度番号を10.0以上とする必要がある。粒度番号が10.0未満の細粒化が不十分な鋼管では、組織の疲労強度が低下するため、介在物が起点とならなくても限界内圧が低下するためである。なお、粒度番号は、ASTM E112の規定によるものである。
【0063】
3.機械的性質
本発明に係る燃料噴射管用鋼管は、800MPa以上の引張強度を有すると共に、限界内圧が下記(i)式を満足するものである。
IP≧0.3×TS×α ・・・(i)
α=[(D/d)−1]/[0.776×(D/d)] ・・・(ii)
但し、上記(i)式中のIPは限界内圧(MPa)、TSは引張強度(MPa)を意味し、αは上記(ii)式で表される値である。また、上記(ii)式中のDは燃料噴射管用鋼管の外径(mm)、dは内径(mm)である。αは管内径比によって内圧と管内面の発生応力との関係が変化することを補正する係数である。
【0064】
引張強度を800MPa以上とする理由は、引張強度が800MPa未満では、単発で作用する過大圧力に対して、耐バースト(破裂)性能を確保することができないためである。また、限界内圧が上記(i)式を満足することによって破壊疲労に対する安全性を確保することが可能になる。なお、本発明において、限界内圧とは、内圧疲労試験において最低内圧を18MPaとして、時間に対して正弦波をとる繰返し内圧変動を与え、繰返し数が10回になっても破損(リーク)が生じない最高内圧(MPa)を意味する。好ましくは、引張強度を900MPa以上とする。
【0065】
4.寸法
本発明に係る燃料噴射管用鋼管の寸法については特に制限は設けない。しかしながら、一般的に燃料噴射管は使用時における内部の圧力変動を少なくするために、ある程度の容量が必要となる。そのため、本発明に係る燃料噴射管用鋼管の内径は2.5mm以上であることが望ましく、3mm以上であることがより望ましい。また、燃料噴射管は高い内圧に耐える必要があるため、鋼管の肉厚は1.5mm以上であることが望ましく、2mm以上であることがより望ましい。一方、鋼管の外径が大きすぎる場合、曲げ加工等が困難になる。そのため、鋼管の外径は20mm以下であることが望ましく、10mm以下であることがより望ましい。
【0066】
さらに、高い内圧に耐えるためには、鋼管の内径が大きいほどそれに応じて肉厚を大きくすることが望ましい。鋼管の内径が一定であれば、肉厚が大きくなるに従い、鋼管の外径も大きくなる。すなわち、高い内圧に耐えるためには、鋼管の内径が大きいほど鋼管の外径も大きくすることが望ましい。燃料噴射管用鋼管として十分な限界内圧を得るためには、鋼管の外径および内径は下記(iii)式を満足することが望ましい。
D/d≧1.5 ・・・(iii)
但し、上記(iii)式中のDは燃料噴射管用鋼管の外径(mm)、dは内径(mm)である。
【0067】
なお、上記の鋼管の外径および内径の比であるD/dは2.0以上であることがより望ましい。一方、D/dの上限は特に設けないが、その値が過大であると曲げ加工が困難になることから、3.0以下であることが望ましく、2.8以下であることがより望ましい。
【0068】
5.製造方法
本発明に係る燃料噴射管用鋼管の製造方法について特に制限はないが、例えば、継目無鋼管から製造する場合、以下の方法で予め介在物を抑制した鋼塊を準備し、その鋼塊からマンネスマン製管等の手法で素管を製造し、冷間加工により所望の寸法形状にした後、熱処理をすることによって、製造することができる。
【0069】
介在物の形成を抑制するためには、上述のように化学組成を調整すると共に、鋳込み時の鋳片の断面積を大きくすることが好ましい。鋳込み後、凝固するまでの間に大きな介在物は浮上するからである。鋳込み時の鋳片の断面積は200,000mm以上であることが望ましい。さらに、鋳造速度を遅くすることにより、軽い非金属介在物をスラグとして浮上させて鋼中の非金属介在物そのものを減少させることができる。例えば、連続鋳造においては鋳込み速度0.5m/minで実施できる。
【0070】
上記の方法に基づけば、有害な粗大介在物が除去されるが、鋼中のTi含有量次第で、Ti−Al複合介在物が形成される場合がある。このTi−Al複合介在物は、凝固の過程で形成されると推定される。本発明では、Ti含有量を適正に制御することで、粗大な複合介在物の形成を防止することが可能である。
【0071】
このようにして得られた鋳片から、例えば分塊圧延等の方法で製管用のビレットを準備する。そして、例えば、マンネスマン−マンドレルミル製管法で穿孔圧延、延伸圧延を行い、ストレッチレデューサー等による定径圧延で所定の熱間製管の寸法に仕上げる。次いで、冷間引抜加工を数回繰り返して、所定の冷間仕上げの寸法とする。冷間引抜きにあたっては、その前に、またはその中間で応力除去焼鈍を行うことで冷間引抜加工を容易にすることができる。また、プラグミル製管法等、他の製管法を用いることも可能である。
【0072】
このようにして、最終の冷間引抜加工を行った後、目的とする燃料噴射管としての機械特性を充足させるため、焼入れ焼戻しの熱処理を行うことで800MPa以上、好ましくは900MPa以上の引張強度を確保することができる。
【0073】
焼入れ処理においては、少なくともAc変態点以上の温度に加熱、急冷を行うのが好ましい。加熱温度がAc変態点未満では、オーステナイト化が不完全となる結果、焼入れによるマルテンサイト形成が不十分となり、所望の引張強度を得ることができないおそれがあるためである。一方、加熱温度は、1050℃以下とすることが好ましい。加熱温度が1050℃を上回るとγ粒の粗大化が生じやすくなるためである。加熱温度は、Ac変態点+30℃以上とすることがより好ましい。
【0074】
焼入れ時の加熱方法は、特に限定されるものではないが、高温長時間の加熱は、保護雰囲気でない場合においては、鋼管表面に生成するスケールが多くなり、寸法精度および表面性状の低下に繋がるので、ウォーキングビーム炉等、炉加熱の場合は、10〜20min程度の短時間の保持時間にすることが好ましい。スケール抑制の観点からは、加熱雰囲気として、酸素ポテンシャルの低い雰囲気または非酸化性の還元雰囲気が好ましい。
【0075】
加熱方式として高周波誘導加熱方法または直接通電加熱方法を採用すれば、短時間保持の加熱を実現することができ、鋼管表面に発生するスケールを最小に抑制することが可能となるため好ましい。また、加熱速度を大きくすることで旧γ粒の微細粒化を実現しやすくなるので有利である。加熱速度は、25℃/s以上とするのが好ましく、50℃/s以上とするのがより好ましく、100℃/s以上とするのがさらに好ましい。
【0076】
焼入れ時の冷却については、所望の800MPa以上、好ましくは900MPa以上の引張強度を安定かつ確実に得るために、500〜800℃の温度範囲における冷却速度を50℃/s以上とすることが好ましく、100℃/s以上とすることがより好ましく、125℃/s以上とすることがさらに好ましい。冷却方法としては、水焼入れ等の急冷処理を用いるのが好ましい。
【0077】
急冷されて常温まで冷却された鋼管は、そのままの状態では硬くて脆いためにAc変態点以下の温度で焼戻しするのが好ましい。焼戻しの温度がAc変態点を超えると、逆変態が生じるため、所望の特性を安定、かつ、確実に得ることが困難になる。一方、焼戻し温度が450℃未満では焼戻しが不十分となりやすく、靭性および加工性が不十分になるおそれがある。好ましい焼戻し温度は600〜650℃である。焼戻し温度での保持時間は特に限定されるものではないが、通常は10〜120min程度である。なお、焼戻しの後、適宜ストレートナー等で曲がりを矯正しても良い。
【0078】
また、さらに高い限界内圧を得るために、上記の焼入れ焼戻し後、自緊処理を行っても良い。自緊処理は過大内圧を作用させることで内表面近傍を部分的に塑性変形させ、圧縮残留応力を生じさせる処理である。これによって疲労き裂の進展が抑制され、より高い限界内圧が得られる。自緊処理圧力は、バースト圧より低い圧力であって、上記限界内圧の下限値0.3×TS×αよりも高い内圧とすることが推奨される。なお、特に900MPa以上の引張強度を確保すれば、それに応じて高いバースト圧が得られ、自緊処理圧力も高くできるため、自緊処理による限界内圧向上に大きな効果が得られる。
【0079】
本発明の燃料噴射管用鋼管は、例えばその両端部分に接続頭部を形成することで、高圧燃料噴射管とすることができる。
【0080】
以下、実施例によって本発明をより具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【実施例】
【0081】
表4に示す化学成分を有する13種の鋼素材を、転炉および連続鋳造によって製作した。鋼No.1〜8は、本発明の鋼の化学組成に関する規定を満足する鋼を用いた。一方、鋼No.9〜13は、比較のために、Tiおよび/またはNb量が本発明の規定の範囲外である鋼を用いた。いずれも、連続鋳造では鋳込み時の鋳造速度を0.5m/minとし、鋳片の断面積を200,000mm以上とした。
【0082】
【表4】
【0083】
上記鋼素材から製管用ビレットを製造し、マンネスマン−マンドレル製管法で穿孔圧延、延伸圧延を行い、ストレッチレデューサー定径圧延により、外径34mm、肉厚4.5mmの寸法に熱間製管した。この熱間仕上げされた素管を抽伸するために、まず素管先端を口絞りし、潤滑剤を塗布した。続いて、ダイスおよびプラグを用いて引抜加工を行い、必要に応じて軟化焼鈍を行い、徐々に管径を縮小し、所定の寸法に仕上げた。この際、試験No.10、12および13に関しては外径8.0mm、内径4.0mmの鋼管に、その他について外径6.35mm、内径3.0mmの鋼管に仕上げた。そして、表5に示す条件で焼入れ焼戻し処理を行い、外内表面のスケール除去・平滑化処理を行った。この時焼入れ処理は、表5中の試験No.1〜4、6〜9、11および12では100℃/sの昇温速度で1000℃まで高周波加熱し急冷(保持時間5s以下)、試験No.5、10および13では1000℃で10min保持した後、水冷する条件で行った。焼戻し処理は、550〜640℃×10min保持後放冷の条件で行った。具体的な焼戻し温度は表5に併記する。
【0084】
【表5】
【0085】
得られた鋼管に関して、JIS Z 2241(2011)に規定の11号試験片による引張試験を行い、引張強度を求めた。また各鋼管から組織観察用の試料を採取し、管軸方向に垂直な断面を機械研磨した。エメリーペーパーとバフで研磨後、ナイタール腐食液を用いて焼戻しマルテンサイトまたは焼戻しマルテンサイトと焼戻しベイナイトとの混合組織であることを確認した。そして、再度バフ研磨した後、ピクラール腐食液を用いて、観察面内の旧γ結晶粒界を現出させた。その後、ASTM E112に準拠して、観察面の旧オーステナイト結晶粒度番号を求めた。
【0086】
内圧疲労試験は、各鋼管を長さ200mmに切断し、管端加工を施し、内圧疲労試験用噴射管試験片とした。疲労試験は、試料の片側端面をシールし、もう片側端面より試料内部に圧力媒体として作動油を封入し、封入部の内圧を最大内圧から最小18MPaの範囲で、時間に対して正弦波をとるように繰返し変動させるものである。内圧変動の周波数は8Hzとした。内圧疲労試験の結果として繰返し数が10回になっても破損(リーク)が起こらない最大内圧を限界内圧として評価した。
【0087】
旧γ粒度、引張強度、限界内圧の評価結果および0.3×TS×αの計算値を表5に併記する。表5において、試験No.1〜4、6〜8は、本発明の規定を満足する本発明例である。一方、試験No.5は、比較例であり、鋼の化学組成は本発明の規定を満足するものの、旧オーステナイト粒度番号が本発明の範囲外である。また、試験No.9〜13は、鋼の化学組成が本発明の規定の範囲外である参考例または比較例である。
【0088】
表5より、旧γ粒度が10.0未満であった比較例の試験No.5および10〜13では管内面から疲労破壊し、限界内圧は引張強度の0.3α倍より小さいレベルであった。これは旧γ粒度が小さい、すなわち粗粒であると、基地組織の疲労強度が低下するため、介在物が起点とならなくても限界内圧が低下することを示している。一方、本発明例である試験No.1〜4、6〜8ならびに参考例である試験No.9はいずれも最高圧300MPaで10回の繰返しによっても破壊せず、最高圧は300MPa以上であった。これは、引張強度の0.3α倍より大きいレベルである。
【0089】
参考例のNo.9については、表1の鋼Cと類似の成分であることから、参考実験1における表2に示したとおり、低い確率ではあるが粗大介在物が存在する。このため、上記した内圧疲労試験では未破断であっても、さらに高い圧力で多数の試験片について内圧疲労試験を行うと、本発明例よりも短寿命で破損するおそれがある。このことは、前述の参考実験2の結果から明らかである。
【産業上の利用可能性】
【0090】
本発明によれば、800MPa以上、好ましくは900MPa以上の引張強度を有すると共に、耐内圧疲労特性に優れる燃料噴射管用鋼管を得ることが可能となる。したがって、本発明に係る燃料噴射管用鋼管は、特に自動車用の燃料噴射管として好適に用いることができる。
【国際調査報告】