(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
【公報種別】再公表特許(A1)
(11)【国際公開番号】WO/0
(43)【国際公開日】2015年11月5日
【発行日】2017年4月20日
(54)【発明の名称】がん細胞検出用高分子膜及びその製造方法、並びにそれを用いたがん細胞検出装置
(51)【国際特許分類】
G01N 33/574 20060101AFI20170331BHJP
G01N 33/543 20060101ALI20170331BHJP
C12Q 1/06 20060101ALN20170331BHJP
C12N 5/09 20100101ALN20170331BHJP
【FI】
G01N33/574 D
G01N33/543 593
G01N33/543 525C
C12Q1/06
C12N5/09
【審査請求】有
【予備審査請求】未請求
【全頁数】24
【出願番号】特願2016-516402(P2016-516402)
(21)【国際出願番号】PCT/0/0
(22)【国際出願日】2015年4月30日
(31)【優先権主張番号】特願2014-95099(P2014-95099)
(32)【優先日】2014年5月2日
(33)【優先権主張国】JP
(81)【指定国】
AP(BW,GH,GM,KE,LR,LS,MW,MZ,NA,RW,SD,SL,ST,SZ,TZ,UG,ZM,ZW),EA(AM,AZ,BY,KG,KZ,RU,TJ,TM),EP(AL,AT,BE,BG,CH,CY,CZ,DE,DK,EE,ES,FI,FR,GB,GR,HR,HU,IE,IS,IT,LT,LU,LV,MC,MK,MT,NL,NO,PL,PT,RO,RS,SE,SI,SK,SM,TR),OA(BF,BJ,CF,CG,CI,CM,GA,GN,GQ,GW,KM,ML,MR,NE,SN,TD,TG),AE,AG,AL,AM,AO,AT,AU,AZ,BA,BB,BG,BH,BN,BR,BW,BY,BZ,CA,CH,CL,CN,CO,CR,CU,CZ,DE,DK,DM,DO,DZ,EC,EE,EG,ES,FI,GB,GD,GE,GH,GM,GT,HN,HR,HU,ID,IL,IN,IR,IS,JP,KE,KG,KN,KP,KR,KZ,LA,LC,LK,LR,LS,LU,LY,MA,MD,ME,MG,MK,MN,MW,MX,MY,MZ,NA,NG,NI,NO,NZ,OM,PA,PE,PG,PH,PL,PT,QA,RO,RS,RU,RW,SA,SC,SD,SE,SG,SK,SL,SM,ST,SV,SY,TH,TJ,TM,TN,TR,TT,TZ,UA,UG,US
(71)【出願人】
【識別番号】505127721
【氏名又は名称】公立大学法人大阪府立大学
(71)【出願人】
【識別番号】000005049
【氏名又は名称】シャープ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001195
【氏名又は名称】特許業務法人深見特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】床波 志保
(72)【発明者】
【氏名】中瀬 生彦
【テーマコード(参考)】
4B063
4B065
【Fターム(参考)】
4B063QA19
4B063QQ02
4B065AA90X
4B065AC20
4B065CA44
4B065CA60
(57)【要約】
検出対象であるがん細胞の立体構造の一部分に相補的な三次元構造を有する鋳型をその表面に備えるがん細胞検出用高分子膜及びその製造方法、並びに該高分子膜を用いたがん細胞検出装置が提供される。がん細胞検出用高分子膜は、例えば、検出対象であるがん細胞の存在下にモノマーを重合してがん細胞が取り込まれたがん細胞含有高分子膜を形成する工程と、がん細胞含有高分子膜に取り込まれたがん細胞の少なくとも一部を除去する工程とを含む製造方法によって得ることができる。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
がん細胞検出用の高分子膜であって、検出対象であるがん細胞の立体構造の一部分に相補的な三次元構造を有する鋳型をその表面に備える、高分子膜。
【請求項2】
膜厚が5μm以下である、請求項1に記載の高分子膜。
【請求項3】
検出対象であるがん細胞の存在下にモノマーを重合して前記がん細胞が取り込まれたがん細胞含有高分子膜を形成する工程と、
前記がん細胞含有高分子膜に取り込まれたがん細胞の少なくとも一部を除去する工程と、
を含む製造方法によって得られる、請求項1に記載の高分子膜。
【請求項4】
前記除去する工程は、
前記がん細胞含有高分子膜に取り込まれたがん細胞の体積を低減させるか、又は前記がん細胞含有高分子膜を形成する高分子膜とがん細胞との間の静電相互作用を少なくとも部分的に中和する工程と、
前記がん細胞含有高分子膜を過酸化処理して前記がん細胞含有高分子膜に取り込まれたがん細胞の少なくとも一部を放出させる工程と、
をこの順で含む、請求項3に記載の高分子膜。
【請求項5】
前記がん細胞含有高分子膜に取り込まれたがん細胞の体積を低減させるか、又は前記がん細胞含有高分子膜を形成する高分子膜とがん細胞との間の静電相互作用を少なくとも部分的に中和する工程は、前記がん細胞含有高分子膜をヘパリンナトリウムで処理する工程を含む、請求項4に記載の高分子膜。
【請求項6】
前記モノマーが、ピロール、アニリン、チオフェン及びそれらの誘導体からなる群から選択される、請求項3に記載の高分子膜。
【請求項7】
請求項1に記載の高分子膜を備える検出部と、
試料液中に含まれる前記検出対象であるがん細胞を前記高分子膜の前記表面の方向に誘導するための誘導部と、
前記鋳型への前記検出対象であるがん細胞の捕捉状態を検知するための検知部と、
を含む、がん細胞検出装置。
【請求項8】
前記誘導部は、1対の電極間に交流電圧を印加することによって、誘電泳動により前記検出対象であるがん細胞を前記高分子膜の前記表面の方向に誘導するものである、請求項7に記載のがん細胞検出装置。
【請求項9】
前記検知部は、水晶振動子を含み、
前記水晶振動子の共振周波数の変化から前記高分子膜の質量変化を測定して前記検出対象であるがん細胞の捕捉状態を検知する、請求項7に記載のがん細胞検出装置。
【請求項10】
検出対象であるがん細胞の立体構造の一部分に相補的な三次元構造を有する鋳型をその表面に備えるがん細胞検出用の高分子膜の製造方法であって、
検出対象であるがん細胞の存在下にモノマーを重合して前記がん細胞が取り込まれたがん細胞含有高分子膜を形成する工程と、
前記がん細胞含有高分子膜に取り込まれたがん細胞の少なくとも一部を除去する工程と、
を含む、製造方法。
【請求項11】
前記除去する工程は、
前記がん細胞含有高分子膜に取り込まれたがん細胞の体積を低減させるか、又は前記がん細胞含有高分子膜を形成する高分子膜とがん細胞との間の静電相互作用を少なくとも部分的に中和する工程と、
前記がん細胞含有高分子膜を過酸化処理して前記がん細胞含有高分子膜に取り込まれたがん細胞の少なくとも一部を放出させる工程と、
をこの順で含む、請求項10に記載の製造方法。
【請求項12】
前記がん細胞含有高分子膜に取り込まれたがん細胞の体積を低減させるか、又は前記がん細胞含有高分子膜を形成する高分子膜とがん細胞との間の静電相互作用を少なくとも部分的に中和する工程は、前記がん細胞含有高分子膜をヘパリンナトリウムで処理する工程を含む、請求項11に記載の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、検出対象となるがん細胞を特異的に検出することができる高分子膜及びその製造方法に関する。また本発明は、当該高分子膜を用いたがん細胞検出装置に関する。
【背景技術】
【0002】
現在、日本人の死亡原因はがんなどの悪性新生物によるものが最も多いと言われており、がん細胞の早期発見は死亡率低下のためにも非常に重要である。「がん」とは、一般的に悪性腫瘍のことを指し、由来する組織や細胞の種類によって、上皮細胞から生じる「がん腫」、結合組織や筋細胞からなる「肉腫」、造血細胞由来の「白血病」、神経系細胞由来のものなどに分類される。
【0003】
がん診断は従来、(1)放射線を発する検査薬を注射し、がんの存在する部位に濃縮された検査薬が発する放射線を特殊なカメラを用いて画像化することで外部からがん細胞を検出する陽電子放射断層撮影(Positron Emission Tomography:PET)法、(2)X線を使って身体の断面を撮影し、身体内部を画像化することでがん細胞を検出するコンピュータ断層撮影(Computed Tomography:CT)法、(3)蛍光染色剤や抗原マーカーのような標識物質を用いて血液中に循環する腫瘍細胞(Circulating Tumor Cell:CTC)を検出するCTC検査法などがある。
【0004】
しかしながらPET法及びCT法は、放射線被爆の危険性がある、検査に多くの時間・費用を要する、大掛かりな装置を必要とする、特別な技師を必要とするなど、多くの問題点が指摘されている。この点、CTC検査法は、放射線被爆の危険性がなく大掛かりな装置も必要としないという利点があるが、標識物質を用いるため熟練技術者による検査が不可欠であり、検査の簡便性の面でなお改善の余地があった。
【0005】
ところで国際公開第2012/121229号(特許文献1)には、がん細胞のような細胞ではなく、細菌に代表される微生物を検出するためのセンサーとして、検出対象の微生物の立体構造に相補的な三次元構造を有する鋳型を備えるポリマー層を用いることが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】国際公開第2012/121229号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上記従来の課題に鑑み、本発明の目的は、非標識で迅速かつ簡便にがん細胞を検出することができる、がん細胞検出用の高分子膜及びその製造方法を提供することにある。また本発明の他の目的は、当該高分子膜を用いたがん細胞検出装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記特許文献1は、細菌に代表される微生物を検出対象としたときに、その微生物の鋳型を有する高分子膜が検出特異性に優れることを開示している。しかし、サイズが細菌よりも極めて大きく(1ケタ程度大きい)、かつ物質としてより柔らかいがん細胞を検出対象としたときに、細菌の場合と同様にがん細胞の鋳型を有する高分子膜を作製することができ、その高分子膜ががん細胞に対して良好な検出特異性(特異的に検出対象のがん細胞を検出する性質)を示すかどうかは当業者において予見することはできず、むしろ、細菌とがん細胞との上記相違点に鑑みれば、がん細胞の鋳型を有する高分子膜の実現性及びがん細胞の優れた検出特異性の発現は難しいというのが当業者にとっての通常の予測である。
【0009】
本発明は、上記のような当業者における通常の予測を覆し、検出対象であるがん細胞の立体構造の一部分に相補的な三次元構造を有する鋳型を備える高分子膜を現に実現することができ、かつこの高分子膜が優れた検出特異性を示すという画期的な研究結果に基づくものである。すなわち本発明は、以下のがん細胞検出用高分子膜、がん細胞検出装置、及びがん細胞検出用高分子膜の製造方法を提供する。
【0010】
[1] がん細胞検出用の高分子膜であって、検出対象であるがん細胞の立体構造の一部分に相補的な三次元構造を有する鋳型をその表面に備える、高分子膜。
【0011】
[2] 膜厚が5μm以下である、[1]に記載の高分子膜。
[3] 検出対象であるがん細胞の存在下にモノマーを重合して前記がん細胞が取り込まれたがん細胞含有高分子膜を形成する工程と、
前記がん細胞含有高分子膜に取り込まれたがん細胞の少なくとも一部を除去する工程と、
を含む製造方法によって得られる、[1]又は[2]に記載の高分子膜。
【0012】
[4] 前記除去する工程は、
前記がん細胞含有高分子膜に取り込まれたがん細胞の体積を低減させるか、又は前記がん細胞含有高分子膜を形成する高分子膜とがん細胞との間の静電相互作用を少なくとも部分的に中和する工程と、
前記がん細胞含有高分子膜を過酸化処理して前記がん細胞含有高分子膜に取り込まれたがん細胞の少なくとも一部を放出させる工程と、
をこの順で含む、[3]に記載の高分子膜。
【0013】
[5] 前記がん細胞含有高分子膜に取り込まれたがん細胞の体積を低減させるか、又は前記がん細胞含有高分子膜を形成する高分子膜とがん細胞との間の静電相互作用を少なくとも部分的に中和する工程は、前記がん細胞含有高分子膜をヘパリンナトリウムで処理する工程を含む、[4]に記載の高分子膜。
【0014】
[6] 前記モノマーが、ピロール、アニリン、チオフェン及びそれらの誘導体からなる群から選択される、[3]〜[5]のいずれかに記載の高分子膜。
【0015】
[7] [1]〜[6]のいずれかに記載の高分子膜を備える検出部と、
試料液中に含まれる前記検出対象であるがん細胞を前記高分子膜の前記表面の方向に誘導するための誘導部と、
前記鋳型への前記検出対象であるがん細胞の捕捉状態を検知するための検知部と、
を含む、がん細胞検出装置。
【0016】
[8] 前記誘導部は、1対の電極間に交流電圧を印加することによって、誘電泳動により前記検出対象であるがん細胞を前記高分子膜の前記表面の方向に誘導するものである、[7]に記載のがん細胞検出装置。
【0017】
[9] 前記検知部は、水晶振動子を含み、
前記水晶振動子の共振周波数の変化から前記高分子膜の質量変化を測定して前記検出対象であるがん細胞の捕捉状態を検知する、[7]又は[8]に記載のがん細胞検出装置。
【0018】
[10] 検出対象であるがん細胞の立体構造の一部分に相補的な三次元構造を有する鋳型をその表面に備えるがん細胞検出用の高分子膜の製造方法であって、
検出対象であるがん細胞の存在下にモノマーを重合して前記がん細胞が取り込まれたがん細胞含有高分子膜を形成する工程と、
前記がん細胞含有高分子膜に取り込まれたがん細胞の少なくとも一部を除去する工程と、
を含む、製造方法。
【0019】
[11] 前記除去する工程は、
前記がん細胞含有高分子膜に取り込まれたがん細胞の体積を低減させるか、又は前記がん細胞含有高分子膜を形成する高分子膜とがん細胞との間の静電相互作用を少なくとも部分的に中和する工程と、
前記がん細胞含有高分子膜を過酸化処理して前記がん細胞含有高分子膜に取り込まれたがん細胞の少なくとも一部を放出させる工程と、
をこの順で含む、[10]に記載の製造方法。
【0020】
[12] 前記がん細胞含有高分子膜に取り込まれたがん細胞の体積を低減させるか、又は前記がん細胞含有高分子膜を形成する高分子膜とがん細胞との間の静電相互作用を少なくとも部分的に中和する工程は、前記がん細胞含有高分子膜をヘパリンナトリウムで処理する工程を含む、[11]に記載の製造方法。
【発明の効果】
【0021】
本発明によれば、非標識で(すなわち、標識物質を用いることなく直接的に)、迅速かつ簡便に特定のがん細胞を検出することができる、がん細胞検出用の高分子膜、及びこれを用いた細胞検出装置を提供することができる。また本発明によれば、検出対象のがん細胞を特異的に(優れた選択性で)検出することができる、がん細胞検出用の高分子膜、及びこれを用いた細胞検出装置を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【
図1】本発明に係るがん細胞検出用高分子膜を模式的に示す断面図である。
【
図2】
図1に示されるがん細胞検出用高分子膜の鋳型にがん細胞が捕捉された状態を模式的に示す断面図である。
【
図3】本発明に係るがん細胞検出用高分子膜の製造方法の一例を模式的に示す断面図であり、(a)は重合工程前、(b)は重合工程後、(c)はがん細胞除去工程後の断面図である。
【
図4】本発明に係るがん細胞検出装置の好適な一例の概略構成を示す模式図である。
【
図5】白血病細胞CCRF−CEMの電子顕微鏡写真である。
【
図6】実施例1における重合工程後のポリピロール膜(がん細胞含有高分子膜)の表面の電子顕微鏡写真である。
【
図7】実施例1の重合工程における時間と水晶振動子の共振周波数との関係を示すグラフである。
【
図8】実施例1における過酸化工程後の過酸化ポリピロール膜(がん細胞検出用高分子膜)の表面の電子顕微鏡写真である。
【
図9】実施例1の過酸化工程における時間と水晶振動子の共振周波数との関係を示すグラフである。
【
図10】実施例1のがん細胞検出装置を用いたがん細胞検出実験の結果を示すグラフであり、がん細胞検出時の交流電圧印加時間と水晶振動子の共振周波数との関係を示すグラフである。
【
図11】実施例1のがん細胞検出装置を用いたがん細胞検出実験の結果を示すグラフであり、がん細胞が標的がん細胞CCRF−CEMである場合の交流電圧印加時間300秒における共振周波数変化ΔFと、がん細胞が非標的がん細胞THP−1である場合の交流電圧印加時間300秒における共振周波数変化ΔFとを比較するグラフである。
【
図12】白血病細胞THP−1の電子顕微鏡写真である。
【
図13】実施例2における重合工程後のポリピロール膜(がん細胞含有高分子膜)の表面の電子顕微鏡写真である。
【
図14】実施例2の重合工程における時間と水晶振動子の共振周波数との関係を示すグラフである。
【
図15】実施例2における過酸化工程後の過酸化ポリピロール膜(がん細胞検出用高分子膜)の表面の電子顕微鏡写真である。
【
図16】実施例2の過酸化工程における時間と水晶振動子の共振周波数との関係を示すグラフである。
【
図17】実施例2のがん細胞検出装置を用いたがん細胞検出実験の結果を示すグラフであり、がん細胞検出時の交流電圧印加時間と水晶振動子の共振周波数との関係を示すグラフである。
【
図18】実施例2のがん細胞検出装置を用いたがん細胞検出実験の結果を示すグラフであり、がん細胞が標的がん細胞THP−1である場合の交流電圧印加時間300秒における共振周波数変化ΔFと、がん細胞が非標的がん細胞CCRF−CEMである場合の交流電圧印加時間300秒における共振周波数変化ΔFとを比較するグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0023】
<がん細胞検出用高分子膜及びその製造方法>
図1は、本発明に係るがん細胞検出用高分子膜を模式的に示す断面図である。
図1に示されるように、本発明に係るがん細胞検出用高分子膜1は、検出対象であるがん細胞(以下、「標的がん細胞」ともいう。)の立体構造の一部分に相補的な三次元構造を有する複数の鋳型1aをその表面に備えるものである。がん細胞検出用高分子膜1は、その鋳型1aに標的がん細胞を取り込んでこれを捕捉することで当該がん細胞を検出する。がん細胞検出用高分子膜1の鋳型1aに標的がん細胞2が捕捉された状態を断面模式図で
図2に示した。
【0024】
このように本発明に係るがん細胞検出用高分子膜1は、その鋳型1aが標的がん細胞2の立体構造の一部分に相補的な三次元構造を有しているので、標的がん細胞2を選択性良く捕捉する一方で、この鋳型1aの三次元構造に相補的でないがん細胞や他の物質を完全に又はほとんど捕捉せず、捕捉選択性に優れる。かかる性質により標的がん細胞2を特異的に検出することが可能となる。
【0025】
なお、ここでいう「相補的」とは、現段階においては明確ではないが、標的がん細胞2の表面形状に関して相補的であること、及び/又は、標的がん細胞2の表面の分子レベルでの構造に関して相補的であることを包含し得る。
【0026】
がん細胞検出用高分子膜1の膜厚は例えば0.1〜10μm程度であることができ、5μm以下、さらには4μm以下であっても、がん細胞の優れた検出特異性を得ることができる。がん細胞のサイズ(直径又は最大径)は概して10μm程度であることから、鋳型1aは、標的がん細胞2の立体構造の50%以下について相補的な三次元構造を有するものであってもよく、さらには40%以下について相補的な三次元構造を有するものであってもよい。また、膜厚を5μm以下とすることは、製造容易性の面でも有利である。
【0027】
一方、がん細胞検出用高分子膜1の製造容易性、取扱性、機械的強度及び検出特異性の観点から、がん細胞検出用高分子膜1の膜厚は1μm以上であることが好ましく、また鋳型1aは、標的がん細胞2の表面分子構造を含む一部の立体構造について相補的な三次元構造を有することが好ましい。
【0028】
がん細胞検出用高分子膜1の膜厚とは、鋳型1aを有する表面であって鋳型1aが形成されていない表面部分からこれに対向する表面までの距離をいう(
図1に、がん細胞検出用高分子膜1の膜厚をAで示している。)。膜厚Aは、走査型電子顕微鏡、レーザー顕微鏡又は段差測定機で測定することができる。
【0029】
がん細胞検出用高分子膜1が有する鋳型1aの数は、製造容易性、機械的強度及び個々の鋳型1aの独立性(2個以上の鋳型1aが結合して別異の形状の鋳型が形成されることの抑制)の観点から、鋳型1aが形成される表面1cm
2あたり9×10
6個以下であることが好ましく、5×10
6個以下であることがより好ましく、3×10
6個以下であることがさらに好ましい。一方、鋳型1aの数は、標的がん細胞2について十分な検出感度を得るために、上記表面1cm
2あたり1×10
3個以上とすることが好ましく、1×10
4個以上とすることがより好ましい。
【0030】
鋳型1aが形成される表面1cm
2あたりの鋳型1aの数は、当該表面の任意の箇所について400μm×300μmのSEM画像を取得し、その画像に含まれる鋳型1aの数から求めることができる。
【0031】
がん細胞検出用高分子膜1を構成する高分子は特に制限されず、各種の高分子を用いることができ、導電性の有無は問わない。ただし、好適に採用される後述の方法によってがん細胞検出用高分子膜1を製造する場合には、製造中間体として標的がん細胞2を取り込んだ高分子膜を効率的に形成できるよう、その原料として、重合反応によって導電性高分子を形成するモノマーを用いることが好ましい。導電性高分子を形成するモノマーとしては、ピロール、アニリン、チオフェン及びそれらの誘導体を挙げることができる。
【0032】
標的がん細胞2としては、例えば以下に記載のがんに由来する細胞を挙げることができる。慢性白血病、急性白血病、悪性リンパ腫、多発性骨髄腫、急性前骨髄球性白血病、急性骨髄性白血病、慢性骨髄性白血病、原発性骨髄繊維症;神経膠腫、星状細胞腫、脳幹神経膠腫、上衣細胞腫、希突起神経膠腫、非神経膠腫瘍、前庭神経鞘腫、頭蓋咽頭腫、髄芽細胞腫、髄膜腫、松果体腫、松果体芽細胞腫、原発性脳リンパ腫脳腫瘍;インスリノーマ、ガストリノーマ、グルカゴノーマ、ビポーマ、ソマトスタチン分泌性腫瘍、及びカルチノイド又はランゲルハンス島細胞腫瘍のような膵臓がん;クッシング病、プロラクチン分泌性腫瘍、先端巨大症、及び尿崩症のような下垂体がん;眼の黒色腫(例えば、虹彩黒色腫、脈絡膜黒色腫)及び網膜芽細胞腫のような眼のがん;扁平上皮細胞のがん腫、腺がん及び黒色腫のような膣がん;腺がん、小葉(小細胞)がん、腺管内がん、乳腺髄様がん、胸部粘液性がん、胸部管状腺がん、胸部乳頭がん、パジェット病及び炎症性乳がんのような胸部がん;骨の肉腫、骨肉腫、軟骨肉腫、ユーイング肉腫、悪性巨細胞腫、骨の線維肉腫、脊索腫、骨膜性骨肉腫、柔組織肉腫、血管肉腫、線維肉腫、カポジ肉腫、平滑筋肉腫、脂肪肉腫、リンパ管肉腫、神経鞘腫、横紋筋肉腫、滑膜肉腫のような骨組織及び結合組織肉腫;扁平上皮細胞のがん腫、黒色腫、腺がん、基底細胞のがん腫、肉腫、及びパジェット病のような外陰がん;扁平上皮細胞のがん腫、及び腺がんのような子宮頸がん;子宮内膜がん腫及び子宮肉腫のような子宮がん;腺がん、菌状(ポリープ状)、潰瘍状、表在性拡大、散在性拡大、悪性リンパ腫、脂肪肉腫、線維肉腫、及びがん肉腫のような胃がん;結腸がん;直腸がん;肝細胞がん腫及び胚芽細胞腫のような肝臓がん、胆嚢がん;乳頭状、結節性のような胆管がん腫;非小細胞肺がん、扁平上皮細胞がん腫(類表皮がん腫)、腺がん、大細胞がん腫及び小細胞肺がんのような肺がん;褐色細胞腫及び副腎皮質がん腫のような副腎がん;乳頭状又は濾胞状甲状腺がん、髄様甲状腺がん及び未分化甲状腺がんのような甲状腺がん;卵巣上皮がん腫、境界領域腫瘍、生殖細胞腫瘍、及び間質性腫瘍のような卵巣がん;胚腫瘍、精上皮腫、未分化、精母細胞性、非セミノーマ、胎生期がん腫、奇形がん腫、絨毛がん腫(卵黄嚢腫瘍)、前立腺がん、平滑筋肉腫、及び横紋筋肉腫のような睾丸がん;陰茎がん;扁平上皮細胞がん腫のような口腔がん;腎臓細胞がん、腺がん、副腎腫、線維肉腫、移行上皮細胞がん等の腎臓がん;ウィルムス腫瘍;移行上皮細胞がん腫、扁平上皮細胞がん、腺がん、がん肉腫のような膀胱がん;腺がん、粘液性類表皮がん腫、及び腺様嚢胞がん腫のような唾液腺がん;扁平上皮細胞がん及び疣贅のような咽頭がん;基底細胞がん腫、扁平上皮細胞がん腫及び黒色腫、表在性拡大性黒色腫、結節性黒色腫、悪性黒子型黒色腫、末端部黒子黒色腫のような皮膚がん;扁平上皮がん、腺がん、腺様嚢胞がん腫、粘液性類表皮がん腫、腺扁平上皮がん腫、肉腫、黒色腫、形質細胞腫、疣贅がん腫、及び燕麦細胞(小細胞)がん腫のような食道がん。
【0033】
標的がん細胞2の好ましい一例は、血液中に循環するがん細胞(腫瘍細胞)である。標的がん細胞2は2種以上あってもよく、この場合、がん細胞検出用高分子膜1には、2種以上の標的がん細胞2に対応する鋳型1aを形成することができる。なお、がん細胞を含む細胞はその外表面にシアル酸やヘパラン硫酸、コンドロイチン硫酸等の糖鎖由来のカルボキシル基や硫酸基を有しており、細胞表面は液中において当該カルボキシル基や硫酸基の電離によって負電荷を有している。
【0034】
次に
図3を参照しながら、がん細胞検出用高分子膜1の製造方法について説明する。がん細胞検出用高分子膜1は、次の工程:
標的がん細胞2の存在下にモノマーを重合して標的がん細胞2が取り込まれたがん細胞含有高分子膜5を形成する重合工程S101、及び
がん細胞含有高分子膜5に取り込まれた標的がん細胞2の少なくとも一部を除去するがん細胞除去工程S102
を含む方法によって好適に製造することができる。
【0035】
この製造方法においてはまず、
図3(a)に示すように、第1電極11と、標的がん細胞2及びモノマー(ピロール等)を含む液12とを用意し、液12を第1電極11上に接触させて配置する。液12のモノマー濃度は1mM〜10M程度であることができ、標的がん細胞2の数は、1〜10
8個程度であることができる。
【0036】
次いで重合工程S101において、第1電極11を陽極とし、対電極(図示せず)を陰極とする電気分解を行い、モノマーの酸化的重合反応(電解重合反応)により、第1電極11上に標的がん細胞2が取り込まれたがん細胞含有高分子膜5を形成する(
図3(b)参照)。モノマーが例えばピロールである場合、第1電極11上に形成される高分子膜はポリピロールである。この重合工程S101でモノマーは第1電極11に電子を放出するために、形成される高分子は陽電荷を有するところ、この陽電荷を補償するために、表面に負電荷を有する標的がん細胞2がドーパントアニオンとして効率的に高分子膜に取り込まれる。
【0037】
重合工程S101における重合時間や、液12中のモノマー濃度の調整などによって、最終的に得られるがん細胞検出用高分子膜1の膜厚を制御することが可能である。がん細胞検出用高分子膜1が有する鋳型1aの数は、液12中の標的がん細胞2の濃度や、モノマーと標的がん細胞2との濃度比などによって制御することが可能である。また鋳型1aの数は、後述するがん細胞除去工程S102における標的がん細胞2の除去率(以下、「脱ドープ率」ともいう。)を調整することでも制御することが可能である。
【0038】
次にがん細胞除去工程S102において、
図3(c)に示すように、がん細胞含有高分子膜5に取り込まれた標的がん細胞2の少なくとも一部を除去して、標的がん細胞2の立体構造の一部分に相補的な三次元構造を有する鋳型1aを備えたがん細胞検出用高分子膜1を得る。がん細胞検出用高分子膜1は、標的がん細胞2が除去されず標的がん細胞2が取り込まれた状態のままの鋳型1aを部分的に有し得る。
【0039】
標的がん細胞2の除去方法としては、次の方法を挙げることができる。
a)薬剤を用いて、がん細胞含有高分子膜5に取り込まれた標的がん細胞2を少なくとも部分的に溶解又は破壊し、その体積を低減させて除去する方法、
b)浸透圧を利用して、がん細胞含有高分子膜5に取り込まれた標的がん細胞2の体積を低減させて除去する方法、
c)薬剤を用いて、がん細胞含有高分子膜5を構成している高分子膜と標的がん細胞2との間の静電相互作用を少なくとも部分的に中和して除去する方法、
d)方法a)〜c)のいずれか1以上の処理を行った後、がん細胞含有高分子膜5を過酸化処理して除去する方法。
【0040】
上記a)及びb)の方法は、取り込まれた標的がん細胞2のサイズを小さくして鋳型1aからの標的がん細胞2の放出を生じやすくする方法である。方法a)で用いる薬剤としては、界面活性剤(非イオン性界面活性剤等)、キレート剤(EDTA、EGTA、NTA、DTPA、HEDTA等)などを挙げることができる。
【0041】
方法b)としては、例えば塩化ナトリウムのような塩の溶液をがん細胞含有高分子膜5に接触させる方法を挙げることができる。方法c)で用いる薬剤としては、がん細胞含有高分子膜5に取り込まれた標的がん細胞2が有する負電荷を少なくとも部分的に中和するカチオン性分子(例えば、ポリリジン、ポリアルギニン)、がん細胞含有高分子膜5を構成している高分子膜の正電荷を少なくとも部分的に中和するアニオン性分子(例えば、ヘパリンナトリウム)が挙げられる。
【0042】
方法d)における過酸化処理により、がん細胞含有高分子膜5の高分子膜は電気的に中性となるため、効率的に鋳型1aから標的がん細胞2を放出(脱ドープ)させることができる。がん細胞含有高分子膜5の高分子膜が例えばポリピロールである場合、この過酸化処理により高分子膜は過酸化ポリピロールとなる。過酸化処理は方法a)〜c)のいずれか1以上の処理では有効に標的がん細胞2を除去できない場合に有用であり、方法a)〜c)のいずれか1以上の処理によって効果的に標的がん細胞2を除去できる場合には必ずしも必要ではない。これとは逆に、可能な場合には、方法a)〜c)を実施することなく過酸化処理のみによって標的がん細胞2を除去してもよい。
【0043】
過酸化処理は、がん細胞検出用高分子膜1の硬化を生じさせるため、標的がん細胞2の除去によって形成された鋳型1aの三次元構造を固定するうえでも有利である。過酸化処理は、例えば、高分子膜の表面に中性からアルカリ性の範囲内の液(この液は重合工程S101後の液12を中性からアルカリ性の範囲内に調整したものであり得る。)を接触させた状態で、第1電極11と対電極(図示せず)間に電圧を印加することにより行うことができる。
【0044】
なお、がん細胞除去工程S102における上記方法a)〜d)の処理とともに、加温処理、超音波処理等を組み合わせて行ってもよい。
【0045】
重合工程S101における電解重合反応に用いる第1電極11は特に限定されず、例えば金電極、金とクロムとの多層電極、金とチタンとの多層電極、銀電極、銀とクロムとの多層電極、銀とチタンとの多層電極、鉛電極、白金電極、カーボン電極等であることができる。第1電極11のがん細胞含有高分子膜5が形成される面は、粗面化処理が施されていることが好ましい。粗面化処理により、がん細胞含有高分子膜5との密着性が向上し、安定してがん細胞検出用高分子膜1を製造することができる。また粗面化処理により、電極の表面積が拡大するという効果がある。例えば、第1電極11として金電極を用いた場合、金電極表面にプラズマエッチングを施し、その後金ナノ粒子を固定することにより粗面化処理を行うことができる。第1電極11の表面粗さは、中心線平均粗さで、例えば0.4〜50μmである。
【0046】
<がん細胞検出装置>
本発明に係るがん細胞検出装置は、上述のがん細胞検出用高分子膜1を利用したものである。このため、本発明に係るがん細胞検出装置によれば、非標識で(すなわち、標識物質を用いることなく直接的に)、迅速かつ簡便に標的がん細胞2を検出することが可能であり、また、標的がん細胞2の検出特異性に優れている。
【0047】
本発明に係るがん細胞検出装置は、鋳型1aへの標的がん細胞2の捕捉状態に基づいて標的がん細胞2を検出する装置であり、好ましくは、上述のがん細胞検出用高分子膜1を備える検出部に加えて、鋳型1aへの標的がん細胞2の捕捉状態を検知するための検知部をさらに備える。鋳型1aへの標的がん細胞2の捕捉状態を検知するための検知部は、例えば、標的がん細胞2の捕捉により生じるがん細胞検出用高分子膜1の質量変化、導電特性変化、電気容量変化、光反射率変化、又は温度変化等を検知するものであることができる。このような捕捉状態の検知手法により、標的がん細胞2の迅速かつ簡便な検出が達成され得る。質量変化の検知方法の具体例として、水晶振動子を利用する方法、より具体的には水晶振動子の共振周波数の変化を検知する方法を挙げることができる。
【0048】
検出部にあるがん細胞検出用高分子膜1の鋳型1aへの標的がん細胞2の捕捉(取り込み)は、標的がん細胞2を含む試料液を、がん細胞検出用高分子膜1における鋳型1aを有する表面に接触させることによって行うことが可能である。この場合において、標的がん細胞2が上記表面の方向へ移動する駆動力は、負に帯電している標的がん細胞2と正に帯電しているがん細胞検出用高分子膜1との静電相互作用、上記表面への標的がん細胞2の沈殿、試料液中での標的がん細胞2の拡散等であり得る。ただし、より効率的にかつ迅速に、さらには検出感度良く標的がん細胞2を検出できるようにするために、本発明に係るがん細胞検出装置は、試料液中に含まれる標的がん細胞2を上記表面の方向に誘導するための誘導部をさらに備えることが好ましい。このような標的がん細胞2の検出部への移動を促進させるための誘導部としては、誘電泳動を利用したもの、電気泳動を利用したもの、試料液に流れを生じさせるものなどを挙げることができる。
【0049】
誘電泳動(Dielectrophoresis;DEP)とは、不均一な電場内にある粒子(微小物質)が、特定の電場とそれによって誘導される双極子モーメントの相互作用で移動する現象である。1対の電極間に交流電圧を印加することによって誘電泳動を生じさせることができる。
【0050】
誘導部の作動により、試料液に含まれる標的がん細胞2(ただし、試料液が標的がん細胞2を含まないこともあり得るであろう。)は、検出部のがん細胞検出用高分子膜1の方向に誘引される。この際、標的がん細胞2だけでなく非標的がん細胞のような他の微小物質もがん細胞検出用高分子膜1の方向に誘引されるが、鋳型1aの三次元構造と相補的な立体構造を有する標的がん細胞2が選択的に鋳型1a内に捕捉され、鋳型1aと相補的でない非標的がん細胞のような他の微小物質は鋳型1a内に捕捉されない。
【0051】
本発明に係るがん細胞検出装置の好ましい一例の概略構成を
図4に示す。
図4に示されるがん細胞検出装置100は、がん細胞検出用高分子膜1を備える検出部に加えて、誘電泳動を利用する誘導部と、水晶振動子を利用する検知部とを含むものである。
【0052】
より具体的に説明すると、がん細胞検出装置100は、試料液40を保持するセル(収容槽)20;セル20の底部において試料液40に接触するように配置される検出部としてのがん細胞検出用高分子膜1;がん細胞検出用高分子膜1における鋳型1aを有する側とは反対側の面に積層される第1電極11、試料液40内に浸漬される第2電極(第1対電極)30、及び第1電極11と第2電極30とに接続される交流電源50から構成される、誘電泳動を利用した誘導部;第1電極11(誘導部の一方の電極との兼用である。)と水晶片61と第3電極(第2対電極)62との積層体である水晶振動子60、発振回路65、及び周波数カウンタを有するコントローラ66から構成される、水晶振動子を利用した検知部を含む。第1電極11には、上述したがん細胞検出用高分子膜1の製造方法に用いる第1電極をそのまま用いることができる。
【0053】
水晶振動子60は、水晶振動子マイクロバランス(Quartz Crystal Microbalance;QCM)法に適用される素子である。QCM法とは、水晶振動子の電極上に付着した物質の質量に応じて発振される共振周波数が定量的に減少する特性を利用し、ピコグラムからナノグラムレベルの微量な質量変化を共振周波数変化としてモニタリングすることでリアルタイムに質量変化を測定する方法である。
【0054】
がん細胞検出装置100を用いたがん細胞検出方法は、例えば次のとおりである。まず、セル20内に試料液40を添加する。そして、交流電源50により、1対の電極間、すなわち第1電極11と第2電極30との間に交流電圧を印加することによって、試料液40内に含まれる標的がん細胞2を誘電泳動により検出部であるがん細胞検出用高分子膜1の鋳型1aを有する表面の方向に誘導する。なお、誘電泳動が有効に生じるように、第2電極30の構成及び形状、印加電圧及び周波数値、試料液40の組成等を適宜調整する。
【0055】
一方、誘電泳動開始に合わせて、発振回路65により第1電極11と第3電極62との間に交流電圧を印加し、水晶片61を振動させて、共振周波数変化のモニタリングを行う。がん細胞検出用高分子膜1の鋳型1aに標的がん細胞2が捕捉されると、水晶振動子60上に置かれる物質の質量が増加し、これに伴って水晶振動子60の共振周波数が減少する。水晶せん断応力=2.95×10
11g/cm・sec
2、基準周波数=9.00MHz、オーバートーン次数=3であるので、水晶振動子60の表面積=0.196cm
2、水晶振動子60の密度=2.65g/cm
3において、質量変化Δm(pg)と共振周波数変化ΔF(Hz)との関係は次式:
Δm=−357ΔF
で表される。
【0056】
コントローラ66内の周波数カウンタは、発振回路65からの信号を受けて、共振周波数値を測定する。共振周波数値の変化から、質量変化、ひいては標的がん細胞2の捕捉状態を検出することができる。
【0057】
なお、
図4に示される装置と類似の装置を用いて、第1電極11表面の粗面化処理、がん細胞含有高分子膜5の形成、及びがん細胞含有高分子膜5の過酸化処理等を実施することができる。例えば、がん細胞含有高分子膜5は、セル20内に試料液40の代わりに標的がん細胞2及びモノマーを含む液12を添加し、交流電源50に代えて直流電源を接続して電解重合反応を行うことにより形成することができる。この際、第1電極11に加えて別途、参照極を液12に浸漬して電位調整を行うことができる。水晶振動子60を備える装置を用いてがん細胞含有高分子膜5の形成を実施することにより、共振周波数値の変化から、形成されるがん細胞含有高分子膜5の膜厚をモニタリングすることができるので、最終的に得られるがん細胞検出用高分子膜1の膜厚を制御しやすい。
【0058】
同様に、がん細胞含有高分子膜5の過酸化処理においても、セル20内に試料液40の代わりに中性からアルカリ性の範囲内の液(又はがん細胞含有高分子膜5形成後の液12を中性からアルカリ性の範囲内に調整したもの)を添加し、交流電源50に代えて直流電源を接続し、直流電圧を印加すればよい。この際にも、第1電極11に加えて別途、参照極を液12に浸漬して電位調整を行うことができる。水晶振動子60を備える装置を用いて過酸化処理を実施することにより、脱ドープ率(がん細胞除去工程S102における標的がん細胞2の除去率)をモニタリングすることができるとともに、これを容易に制御することができる。
【0059】
本発明に係るがん細胞検出装置によれば、数分〜数10分程度で標的がん細胞を検出することも可能であり、CTC検査法と比べてもはるかに迅速かつ簡便に標的がん細胞を検出することができる。CTC検査法との対比に関していえば、本発明に係るがん細胞検出装置及び検出法は、標識物質を用いないという点でも有利であり、熟練技術者による検出操作を必ずしも必要としない。
【0060】
標的がん細胞の立体構造の一部分に相補的な三次元構造を有する鋳型を備える本発明の高分子膜は、がん細胞の検出用としては勿論であるが、がん細胞の回収、除去、濃縮、定量、がん細胞種の特定等にも用いることができる。また本発明の高分子膜は、正常細胞からがん細胞への形質転換をモニタリングするのにも用いることが可能である。さらに本発明の高分子膜は、赤血球や白血球の形状異常の検出にも用いることが可能である。
【実施例】
【0061】
以下、実施例を示して本発明をさらに具体的に説明するが、本発明はこれらの例によって限定されるものではない。
【0062】
以下の実施例において、
・がん細胞含有高分子膜5及びがん細胞検出用高分子膜1の作製には、ポテンショスタットとして電気化学測定システム(ALS社製「Model842B」)を用いた。
・参照電極にはAg/AgCl(飽和KCl)、第2電極(第1対電極)30にはPt棒(直径1mm、長さ4cm、(株)ニラコ製)を用いた。以下の実施例において、電位はこの参照電極の電位に対する値を記載している。
・水晶振動子60には、第1電極11と水晶片61と第3電極(第2対電極)62との積層体(電極面積0.196cm
2、密度=2.65g/cm
3、基本振動周波数9MHz、水晶せん断応力=2.95×10
11g/cm・sec
2、オーバートーン次数=3、ATカット、角型、(株)セイコー・イージー・アンドジー製)を用いた。第1電極11及び第3電極62はともに、水晶片61側から順にTi層(100nm厚)、Au層(300nm厚)を積層したものである。
・がん細胞含有高分子膜5及びがん細胞検出用高分子膜1の作製時における共振周波数変化(質量変化)は、水晶振動子マイクロバランス((株)セイコー・イージー・アンドジー製「QCM934」)を用いて測定した。
・交流電圧の発生には波形発生装置(7075,Hioki,Japan)及び増幅器(HAS 4101,NF,Japan)を用いた。
・使用した水はすべて、ろ過をした後、pH調整、逆浸透膜、イオン交換、紫外殺菌処理を行った超純水である。
【0063】
<実施例1>
(1)第1電極の粗面化処理
水晶振動子60の第1電極11の表面(Au層表面)に、過酸化ポリピロール膜との密着性向上のため、以下の手順に従って水晶振動子60の第1電極11表面の粗面化処理を行った。
1. プラズマエッチング装置(SEDE/meiwa fosis)により、Au層表面に対して30秒間エッチング処理を行った。
2. 水晶振動子60を、
図4と同様の装置におけるセル20(ウェル型セル、(株)セイコー・イージー・アンドジー製「QA−CL4」)の底部に設置した。その後、粒径30nmのクエン酸保護金ナノ粒子(0.0574wt%)を含む溶液500μLをセル20に添加し、室温で24時間放置して金ナノ粒子の第1電極11の表面に付着させた。
3. 第1電極11の表面を水で洗浄後、臭化ヘキサデシルトリメチルアンモニウム水溶液(0.1M)9mL、塩化金(III)酸四塩化物水溶液(0.01M)250μL、NaOH水溶液(0.1M)50μL、アスコルビン酸水溶液(0.1M)50μLを混合して得られた溶液500μLをセル20に添加し、30℃で24時間静置して金ナノ粒子の固定化を行った。
4. セル20内の溶液を除去し、第1電極11を水で洗浄した。
【0064】
(2)がん細胞の復元及び培養
がん細胞として、CCRF−CEM(ヒトTリンパ球性白血病由来細胞株;RBRC−RCB1980)の凍結標本を独立行政法人理化学研究所 バイオリソースセンター 細胞材料開発室(RIKEN BRC CELL BANK)より購入し、次の手順で復元及び培養を行った。以下の操作はすべてクリーンベンチ内で行った。
1. 56℃で30分間インキュベートすることによって非働化したウシ胎児血清FBS(Gibco社)100mLを細胞培養液(RPMI1640,Gibco社)900mLに加え、室温で約1日静置して、血清入り細胞培養液(RPMI(+))を調製した。2. 上記凍結標本の溶解物1mLをRPMI(+)9mLに分散させ、遠心分離後(1500rpm,3分)、上澄み液をデカンテーションにより除去した。沈殿物(細胞)にRPMI(+)10mLを加え、ピペッティングにより懸濁した。この細胞入りディッシュをCO
2インキュベータ(CO
2濃度5%)内で約1〜2日間培養した(培地であるRPMI(+)の初期pH7.4、温度37℃)。
【0065】
血球計算盤(サンリード硝子有限会社製)を用いて培養後の細胞数を測定したところ、2.0×10
6個/mLであった(培養前:2.0×10
5個/mL)。Propidium iodide染色によって、培養後の細胞の生存率は約95%であることが共焦点レーザー顕微鏡観察により確認された。共焦点レーザー顕微鏡観察は、FV1200(OLYMPUS,Japan)を用いて行った。
【0066】
走査型電子顕微鏡(SEM,S−4700,Hitachi,Japan)を用いて培養後のCCRF−CEMの形状観察を行った。結果を
図5に示す。CCRF−CEMは球状細胞であり、直径約8μmであることが確認された。
【0067】
(3)標的がん細胞及びモノマーを含む液の調製
上記(2)で得られた培養後の細胞液1.0mLを遠心分離後(3000rpm,1分)、上澄みをデカンテーションにより除去した。デカンテーション後の沈殿物(細胞)と、リン酸緩衝液(0.2M,pH2.56)を含む0.1Mピロール水溶液0.5mLとを混合して標的がん細胞(CCRF−CEM)及びピロールを含む液12を得た。
【0068】
(4)がん細胞検出用高分子膜の作製
以下の手順に従って、水晶振動子60の第1電極11上にがん細胞検出用高分子膜1である過酸化ポリピロール膜を形成した。
1. 上記(1)で粗面化処理を施した水晶振動子60がセル20の底部に配置されている
図4と同様の装置(ただし、交流電源50に代えて直流電源を使用し、参照電極を備えている。)のセル20内に、上記(3)で調製した500μLの液12を添加し、液12内に第2電極30及び参照電極を差し込んだ。
2. 第1電極11を作用極として、定電位電解(+0.975V)することで第1電極11上に、標的がん細胞が取り込まれたがん細胞含有高分子膜5(ポリピロール膜)を形成した(重合工程)。重合工程の間、水晶振動子マイクロバランスを用いて水晶振動子60の共振周波数変化ΔFをモニタリングし、共振周波数変化ΔFが−145kHzとなるまで定電位電解を行った。
3. 作製したがん細胞含有高分子膜5に非イオン性界面活性剤(Triton−X,10wt%)500μLを滴下し、室温で約1日放置した後、5mg/mLヘパリンナトリウム水溶液500μLをさらに滴下し、室温で3時間静置して、高分子膜の正電荷緩和処理を行った。その後、セル20内の溶液を全て除去し、ポリピロール膜をリン酸緩衝生理食塩水(PBS)で洗浄した。
4. セル20内に0.1MのNaOH水溶液を添加し、この水溶液内に第2電極30及び参照電極を差し込んだ。第1電極11を作用極として、定電位+0.975Vを20分間印加することにより過酸化処理を施して、過酸化ポリピロール膜からなるがん細胞検出用高分子膜1を得た。過酸化処理の間、水晶振動子マイクロバランスを用いて水晶振動子60の共振周波数変化ΔFをモニタリングした。レーザー顕微鏡で測定したがん細胞検出用高分子膜1の膜厚は、2μmであった。
【0069】
(5)がん細胞検出用高分子膜の作製に関する結果
図6に、重合工程後のポリピロール膜(がん細胞含有高分子膜5)の表面の電子顕微鏡写真を示す。電子顕微鏡には、上述の走査型電子顕微鏡を用いた。ポリピロール膜の表面にCCRF−CEMが取り込まれた様子が観察された。電子顕微鏡写真から、取り込まれた細胞数を求めたところ、1.6×10
6個/cm
2であった。
【0070】
図7は、重合工程における時間と水晶振動子60の共振周波数との関係を示すグラフである。定電位電解開始時点の時間を0秒とした。
図7において縦軸は共振周波数である。重合工程における共振周波数変化ΔFは−145kHzであった。これより、上記の質量変化Δmと共振周波数変化ΔFとの関係式に基づき、がん細胞含有高分子膜5の質量は51.8μgであると算出される。
【0071】
図8に、過酸化工程後の過酸化ポリピロール膜(がん細胞検出用高分子膜1)の表面の電子顕微鏡写真を示す。鋳型内に取り込まれている細胞はあまり観察されず、膜表面に細胞の鋳型が形成されている。電子顕微鏡写真(サイズ:400μm×300μm)から、鋳型の数を求めたところ、1.5×10
6個/cm
2であり、これは取り込まれた細胞数の93%に相当する(脱ドープ率=93%)。
【0072】
図9は、過酸化工程における時間と水晶振動子60の共振周波数との関係を示すグラフである。過酸化工程における定電位印加時点の時間を0秒とした。
図9において縦軸は共振周波数である。CCRF−CEMを取り込んだポリピロール膜の過酸化が進むと、水晶振動子60の共振周波数は時間経過とともに増加した。共振周波数の増加量が100kHzであることから、上記の質量変化Δmと共振周波数変化ΔFとの関係式に基づき、高分子膜の質量減少量は35.7μgであると算出される。これは、CCRF−CEMが鋳型から放出されたことによるものであると理解される。
【0073】
(6)標的がん細胞の検出実験
上記(4)で得られた過酸化ポリピロール膜(がん細胞検出用高分子膜1)を備える
図4に示される構成のがん細胞検出装置を用いて、以下の手順で、標的がん細胞であるCCRF−CEMの検出実験を行った。上記(2)で得られた培養後の細胞液500μL(細胞濃度:2.0×10
6個/mL)をセル20内に添加した。その後、第1電極11と第2電極30との間に交流電圧を300秒間印加し、誘電泳動によりCCRF−CEMをがん細胞検出用高分子膜1の鋳型を有する表面へ誘導するとともに、交流電圧印加の間、水晶振動子マイクロバランスを用いて水晶振動子60の共振周波数変化ΔFをモニタリングした。共振周波数変化ΔFは、細胞液の代わりにPBSを添加した際のブランクをベースラインとし、測定開始後(交流電圧印加後)300秒後の値をベースラインから差し引くことで求めた。交流電圧は、波形発生装置(7075,Hioki,Japan)により交流電圧(波形:正弦波、電圧:0.2Vpp、周波数:10MHz)を発生させ、これを増幅器(HAS 4101,NF,Japan)で電圧を10倍に増幅し、2Vppとして印加した。
【0074】
また、上記(2)で得られた培養後の細胞液を添加する代わりに、後述する実施例2の(2)で得られた培養後の細胞液(がん細胞として非標的がん細胞であるTHP−1を含む細胞液)を添加したこと以外は上記と同様にして検出実験を行った。
【0075】
(7)標的がん細胞の検出実験の結果
上記検出実験の結果を
図10〜
図11に示す。
図10は、各がん細胞(CCRF−CEM又はTHP−1)検出時の交流電圧印加時間と水晶振動子の共振周波数との関係を示すグラフであり、細胞液の代わりにPBSを添加した際のブランクの結果を併せて示している。
図10において縦軸は共振周波数である。
図11は、がん細胞が標的がん細胞CCRF−CEMである場合の交流電圧印加時間300秒における共振周波数変化ΔFと、がん細胞が非標的がん細胞THP−1である場合の交流電圧印加時間300秒における共振周波数変化ΔFとを比較するグラフである。
【0076】
図10〜
図11に示されるように、CCRF−CEMを標的がん細胞とする高分子膜に対して、CCRF−CEMを添加した場合には共振周波数が大きく減少する一方、非標的がん細胞であるTHP−1を添加した場合には、ブランクと同様、共振周波数に変化はほとんど認められなかった。共振周波数の減少は水晶振動子表面の質量増加を意味しており、CCRF−CEMを添加した場合の質量増加は、鋳型と適合するCCRF−CEMの取り込みを意味している。一方、鋳型と適合しないTHP−1を添加した場合には、がん細胞の鋳型への取り込みはほとんど生じていない。このように、本実施例のがん細胞検出用高分子膜1は、がん細胞の種類を高精度に認識している(標的がん細胞を特異的に検出している)と判断できる。
【0077】
<実施例2>
(1)第1電極の粗面化処理
実施例1と同様にして、水晶振動子60の第1電極11表面の粗面化処理を行った。
【0078】
(2)がん細胞の復元及び培養
がん細胞として、THP−1(ヒト急性単球性白血病;RBRC−RCB1189)の凍結標本を独立行政法人理化学研究所 バイオリソースセンター 細胞材料開発室(RIKEN BRC CELL BANK)より購入し、実施例1と同様の手順で復元及び培養を行った。
【0079】
血球計算盤(サンリード硝子有限会社製)を用いて培養後の細胞数を測定したところ、1.0×10
6個/mLであった。Propidium iodide染色によって、培養後の細胞の生存率は約95%であることが共焦点レーザー顕微鏡観察により確認された。また、上述の走査型電子顕微鏡を用いて培養後のTHP−1の形状観察を行った。結果を
図12に示す。THP−1は球状細胞であり、直径約10μmであることが確認された。
【0080】
(3)標的がん細胞及びモノマーを含む液の調製
上記(2)で得られた培養後の細胞液1.0mLを用いること以外は、実施例1と同様にして標的がん細胞(THP−1)及びピロールを含む液12を得た。
【0081】
(4)がん細胞検出用高分子膜の作製
上記(3)で調製した液12を用いること以外は、実施例1と同様にして、標的がん細胞が取り込まれたがん細胞含有高分子膜5(ポリピロール膜)を作製し、次いで過酸化ポリピロール膜からなるがん細胞検出用高分子膜1を作製した。本実施例においては、重合工程の間、水晶振動子マイクロバランスを用いて水晶振動子60の共振周波数変化ΔFをモニタリングし、共振周波数変化ΔFが−140kHzとなるまで定電位電解を行った。レーザー顕微鏡で測定したがん細胞検出用高分子膜1の膜厚は、2μmであった。
【0082】
(5)がん細胞検出用高分子膜の作製に関する結果
図13に、重合工程後のポリピロール膜(がん細胞含有高分子膜5)の表面の電子顕微鏡写真を示す。電子顕微鏡には、上述の走査型電子顕微鏡を用いた。ポリピロール膜の表面にTHP−1が取り込まれた様子が観察された。電子顕微鏡写真から、取り込まれた細胞数を求めたところ、6.7×10
5個/cm
2であった。
【0083】
図14は、重合工程における時間と水晶振動子60の共振周波数との関係を示すグラフである。定電位電解開始時点の時間を0秒とした。
図14において縦軸は共振周波数である。重合工程における共振周波数変化ΔFは−140kHzであった。これより、上記の質量変化Δmと共振周波数変化ΔFとの関係式に基づき、がん細胞含有高分子膜5の質量は50.0μgであると算出される。
【0084】
図15に、過酸化工程後の過酸化ポリピロール膜(がん細胞検出用高分子膜1)の表面の電子顕微鏡写真を示す。鋳型内に取り込まれている細胞はあまり観察されず、膜表面に細胞の鋳型が形成されている。電子顕微鏡写真(サイズ:400μm×300μm)から、鋳型の数を求めたところ、6.0×10
5個/cm
2であり、これは取り込まれた細胞数の90%に相当する(脱ドープ率=90%)。
【0085】
図16は、過酸化工程における時間と水晶振動子60の共振周波数との関係を示すグラフである。過酸化工程における定電位印加時点の時間を0秒とした。
図16において縦軸は共振周波数である。THP−1を取り込んだポリピロール膜の過酸化が進むと、水晶振動子60の共振周波数は時間経過とともに増加した。共振周波数の増加量が20kHzであることから、上記の質量変化Δmと共振周波数変化ΔFとの関係式に基づき、高分子膜の質量減少量は7.14μgであると算出される。これは、THP−1が鋳型から放出されたことによるものであると理解される。
【0086】
(6)標的がん細胞の検出実験
標的がん細胞としてTHP−1を用いること以外は実施例1と同様にして、上記(4)で得られた過酸化ポリピロール膜(がん細胞検出用高分子膜1)を備える
図4に示される構成のがん細胞検出装置を用いて、標的がん細胞の検出実験を行った。セル20内に添加する細胞液としては上記(2)で得られた培養後の細胞液(細胞濃度:1.0×10
6個/mL)を用いた。
【0087】
また、上記(2)で得られた培養後の細胞液を添加する代わりに、実施例1の(2)で得られた培養後の細胞液(がん細胞として非標的がん細胞であるCCRF−CEMを含む細胞液)を添加したこと以外は上記と同様にして検出実験を行った。
【0088】
(7)標的がん細胞の検出実験の結果
上記検出実験の結果を
図17〜
図18に示す。
図17は、各がん細胞(THP−1又はCCRF−CEM)検出時の交流電圧印加時間と水晶振動子の共振周波数との関係を示すグラフであり、細胞液の代わりにPBSを添加した際のブランクの結果を併せて示している。
図17において縦軸は共振周波数である。
図18は、がん細胞が標的がん細胞THP−1である場合の交流電圧印加時間300秒における共振周波数変化ΔFと、がん細胞が非標的がん細胞CCRF−CEMである場合の交流電圧印加時間300秒における共振周波数変化ΔFとを比較するグラフである。
【0089】
図17〜
図18に示されるように、THP−1を標的がん細胞とする高分子膜に対して、THP−1を添加した場合には共振周波数が大きく減少する一方、非標的がん細胞であるCCRF−CEMを添加した場合には、ブランクと同様、共振周波数に変化はほとんど認められなかった。共振周波数の減少は水晶振動子表面の質量増加を意味しており、THP−1を添加した場合の質量増加は、鋳型と適合するTHP−1の取り込みを意味している。一方、鋳型と適合しないCCRF−CEMを添加した場合には、がん細胞の鋳型への取り込みはほとんど生じていない。このように、本実施例のがん細胞検出用高分子膜1は、がん細胞の種類を高精度に認識している(標的がん細胞を特異的に検出している)と判断できる。
【符号の説明】
【0090】
1 がん細胞検出用高分子膜、1a 鋳型、2 標的がん細胞、5 がん細胞含有高分子膜、11 第1電極、12 標的がん細胞及びモノマーを含む液、20 セル、30 第2電極(第1対電極)、40 試料液、50 交流電源、60 水晶振動子、61 水晶片、62 第3電極(第2対電極)、65 発振回路、66 コントローラ、100 がん細胞検出装置、A がん細胞検出用高分子膜の膜厚。
【国際調査報告】