【実施例】
【0040】
細胞・動物
ヒトES細胞KhES3株は京都大学末盛博文博士より、ヒトES細胞H1株は、京都大学中畑龍俊博士より提供頂いたものを使用した。実験に用いたICRマウスは日本SLCより購入した。動物実験に関しては、東京大学及び京都大学の規定に従って行った。ヒトES細胞の使用は所定の講習会を受講し、東京大学での使用計画書「ヒト胚性幹細胞からの造血幹細胞および分化血液細胞の誘導」、及び、京都大学iPS細胞研究所での使用計画書「ヒトES細胞からの血球・神経分化に関する研究」に則って行った。
【0041】
ゼラチンコート
60 mm dishでは2 mL / dish, 100 mm dishでは4 mL / dishのゼラチン液を入れ、全体に分布するようにディッシュを揺らし、37℃で1時間以上インキュベートしコーティングした。
【0042】
マトリゲルコート
コーティングする6-well plate, 60 mm dishとピペット類は4℃に予め冷やしておいた。4℃で保存してある50倍希釈マトリゲル液を冷えたまま、6-well plateでは2 mL / well, 60 mm dishでは3 mL / dishで添加し、37℃で1時間以上インキュベートしコーティングした。
【0043】
マウス胎仔線維芽細胞(MEF)の樹立
マウス胎仔線維芽細胞は、ICRマウスE12.5の胎仔を用いて樹立した。妊娠12日目のマウスを安楽死させ、無菌的に子宮を取り出し、用手的に胎仔を胎盤などから分離した。頭部と腹部内蔵を用手的に取り除き、鋏を用いて細かくした。0.05% Trypsin EDTA 1mL / 匹を添加して細胞培養用のフラスコに入れ、室温下に磁気スターラーバーで300 rpmで20分間撹拌し、細胞を分離した。MEF培地を2倍量添加して反応を止め、50mLの遠沈管に移し、400g, 10分遠心分離した後に上清を除去した。ペレットを1匹あたり10 mLのDMEM + 10%FBS + L-glutamine培地を用いて懸濁し、1匹分の細胞を1枚の100 mm dishに播種し、10% CO2, 37.0℃でインキュベートした(day0)。day1に培地を全交換した。day2で細胞を0.05% Trypsin EDTAを用いて剥離し回収、1枚の100mm dishから1.2枚の150 mm dishの計算で継代・拡大培養した。day4に細胞を回収し、4x10
6cells / tubeでTCプロテクターを用いて-80℃に凍結保存した。
【0044】
MEFをiPS細胞培養に用いる場合、以下のようにして行った。凍結チューブを解凍し、1本あたり1枚の100 mm dishに播種した。解凍翌日に1mg / mL MMC溶液を10 mg / mLの終濃度で添加し、37℃で2時間インキュベートして細胞分裂を不活化した。0.05% Trypsin EDTAで細胞を回収し、3x10
5 cellsを予めゼラチンコートしておいた60 mm dishに播種し、翌日以降に用いた。
【0045】
C3H10T1/2細胞の培養
C3H10T1/2細胞はサブコンフルエント時に1枚から8-10枚へ拡大するように希釈し維持継代した。継代は3-4日毎に行い、培地交換は1日おきに行った。
【0046】
用いるときは、サブコンフルエントの細胞ディッシュに1 mg / mL MMC溶液を10 mg / mLの終濃度となるように添加し、37℃で2時間インキュベートして細胞分裂を不活化した。0.05% Trypsin EDTAで細胞を回収し、8x10
5 cells を予めゼラチンコートしておいた100 mm dishに播種し、翌日以降に用いた。
【0047】
OP9-DL1細胞の培養
OP9-DL1細胞はサブコンフルエント時に1枚から8-10枚へ拡大するように希釈し維持継代した。継代は3-4日毎に行い、培地交換は1日おきに行った。用いるときは、ゼラチンコートしておいた6-well plateに播種して培養継続し、コンフルエントとしたものを用いた。
【0048】
hPSCのMEFを用いた維持培養
培地はKSR培地を用いた。培養中は毎日培地交換を行った。継代はTK溶液を用いて行った。培養上清を吸引除去後、TK溶液を1 mL / dishで添加し、37℃で5分インキュベートした。上清を吸引除去し、KSR培地を3-4 mL添加。タッピングによって底面からコロニーをある程度剥離した。ピペットマン(p1000)によるピペッティングである程度コロニーを細かく砕き、必要量を新しいMEFを播種したディッシュ上に播種した。継代翌日に培地交換し、以後毎日培地交換を行った。
【0049】
hPSCのマトリゲルを用いた維持培養
培地はStemFit培地を用いた。1日おきに培地交換を行った。継代時はPBSで2回洗浄した後、TrypLE selectを1 mL / dishで添加して3分 37℃で反応させ、p1000 ピペットマンでピペッティングして15 mL遠沈管に回収した。MEF培地で反応を止め、遠心し上清除去した後にStemFitを1-2 mL添加して懸濁し、細胞カウントした。播種時は、3x10
4 - 1x10
5 cells / 60 mm dishで継代し、細胞死を防ぐために培地にY27632を10 mMで添加した。
【0050】
継代翌日にStemFit培地で培地交換し、以後1日おきに培地交換を行った。
【0051】
hPSCからのC3H10T1/2を用いた血球分化法
MEFで維持培養していたヒトES細胞を、継代時と同様にコロニーのままディッシュ底面から剥がし、前日に用意しておいた不活化C3H10T1/2ディッシュに播種した。細胞数カウント出来ないためおおよそになるが、5 x 10
4-2 x 10
5 cells / 10cm dishとなるようにした。培地は血球分化用培地にVEGFを終濃度20 ng / mLとなるように添加したものを用いた。必要に応じて、0.05% Trypsin EDTAを用いてシングルセルで回収し、細胞数カウントを行い、Y27632 10 mMとなるように添加してシングルセルのまま分化させた。
【0052】
分化後はday3, day6, day9, day11, day13に培地交換を行った。
【0053】
分化途中の細胞を解析する際には、培養上清を除去後にPBSで2回洗浄し、0.25% Trypsin EDTAを2mL / dishで添加して37℃で5分インキュベートした。ピペットマン(p1000)でピペッティングして細胞をシングルセルの状態にし、15 mL遠沈管に回収した。血球分化培地を添加して反応を止め、遠心分離後に上清除去し、必要な培地に懸濁して解析した。
【0054】
hPSCからの無血清無フィーダー系での血球前駆中胚葉分化法
マトリゲルで維持培養していたhPSCを、継代時と同様にシングルセルでディッシュから剥がして回収し、マトリゲルコートした60 mm dishに播種した。培地は、CDMまたはStemFit培地にActivinA 50 ng / mL, BMP4 50 ng / mL, CHIR99021 3 mM, NOGGIN 125 ng / mL, DKK-1 100 ng / mL, XAV939 2.5 mMを必要に応じて添加し、day2で同様の組成で培地交換を行った。Day0-2のみ細胞死を抑制するためY27632 10 mMを添加した。
【0055】
Day4で細胞を回収した。PBSで2回洗浄後に、TrypLE selectを1 mL / dishで添加して37℃で3分反応させた。ピペットマン(p1000)でピペッティングして細胞を剥離し、15 mL遠沈管に回収した。血球分化用培地を添加して反応を止め、遠心分離し上清を除去後、血球分化用培地で懸濁して細胞数カウントした。この細胞を以下の2種類の方法を用いて血球へと分化させた。
【0056】
スフェロイド形成を介した無フィーダー血球分化
day4で回収した細胞を2x10
6 cells / 100 mm EZSPHERE dish (AGCテクノグラス)で播種した。血球分化用培地にVEGF 50 ng / mL, bFGF 50 ng / mL, SB431542 10 mM, ヘパリン 10単位 / mLを添加したものを用いた。day7に形成されたスフェロイドをピペッティングで遠沈管に回収し、遠心分離・上清除去後に血球分化用培地で懸濁し、1枚から1-3枚の拡大倍率でPrimeSurface 90 mm dish (住友ベークライト)上に継代した。培地にはVEGF 50 ng / mL, bFGF 50 ng / mL,ヘパリン 10単位 / mLを添加した。以後day10, 12に同組成で培地交換を行った。Day14で、プレート内の細胞全てをピペッティングで撹拌し、40 mmのセルストレーナーを通して50mL遠沈管に回収した。遠心後に上清除去し、血球分化用培地で懸濁して細胞数カウントした。
【0057】
セルソーターを用いた無フィーダー血球分化
day4で回収した細胞を抗体で反応させた後に、FACSAriaIIを用いてマトリゲルコートした6-wellに3x10
4 cell / wellで直接ソーティングした。Wellはマトリゲル液を除去した後に、血球分化用培地 + VEGF 50 ng / mL, bFGF 50 ng / mL, SB431542 10 mM, ヘパリン 10単位 / mL + Y27632 10 mMを添加したものを2 mL / wellで予め入れておいた。
【0058】
day7, day10, day12に血球分化用培地にVEGF 50 ng / mL, bFGF 50 ng / mL,ヘパリン 10単位 / mLを添加したもので培地交換を行った。day14で、上清を15 mL遠沈管に回収し、PBSで2回洗浄してこれも同じ遠沈管に回収し、TrypLE select 1mL / wellで添加し、37℃で5分反応させ、ピペットマン(p1000)でピペッティングして底面から細胞を剥離させ、シングルセルの状態として同じ遠沈管に回収した。遠心分離後に上清除去し、血球分化用培地で懸濁して、その後の解析に用いた。
【0059】
得られた血球からの巨核球・赤芽球・T細胞分化誘導法
誘導したday14の血球を用いて、各血球種への分化誘導を行った。巨核球誘導では、C3H10T1/2細胞を播種した6-well plateに血球1x10
5 cells / wellで播種。培地は血球分化用培地を用い、SCF 50 ng / mL, TPO 50 ng / mLを添加した。7日間培養した後に回収し、フローサイトメトリーで解析を行った。
【0060】
赤芽球誘導では、C3H10T1/2細胞を播種した6-well plateに血球1x10
5 cells / wellで播種。培地は血球分化用培地を用い、SCF 50 ng / mL, EPO 3 units / mLを添加した。7日間培養した後に回収し、フローサイトメトリーで解析を行った。
【0061】
T細胞誘導では、OP9-DL1細胞を播種しコンフルエントとした6-well plateに血球を1x10
5-6 cells / wellで播種。培地はOP9用培地を用い、SCF 10 ng / mL + FLT3 ligand 5 ng / mL + IL-7 5 ng / mLを添加した。14日間培養した後に回収し、フローサイトメトリーで解析を行った。
【0062】
コロニー形成能アッセイ
誘導したday14の血球を用いて、コロニー形成能を測定した。Methocult H4434 classic 4 mLに対して血球5x10
4-1x10
5個を混和し、60 mm dishに播種した後14日間、37℃ 5% CO2環境下で培養し、形成されたコロニーを顕微鏡下に観察した。
【0063】
フローサイトメトリー
シングルセルの状態の細胞を必要量用意し、蛍光ラベルされた抗体を、細胞数に合わせた量を必要に応じて組み合わせて用いた。抗体を必要量添加後に30分以上4℃でインキュベートして反応させた。その後にSMで希釈し、遠心、上清除去し、必要量のSMPIで懸濁して解析した。解析時にはhPSC由来の細胞とフィーダー細胞が混在している場合は、FSC, SSCのゲート、及びhPSCに発現させたGFPによって分離した。
【0064】
qRT-PCR
回収対象の細胞をRNeasyまたはmiRNeasy (QIAGEN)を用いて、使用説明書に準じてRNAを回収した。RNAはPrimeScript2 (TAKARA Bio)またはReverTraAce (TOYOBO)を用いて、使用説明書に準じてcDNA合成した。
【0065】
qRT-PCRでは、反応液をRocheのMasterMixとUniversal probeを用いて以下のように調製した。
2xMasterMix 10 mL / sample
Probe (10 mM) 0.4 mL / sample
Fwd Primer (10 mM) 0.4 mL / sample
Rev Primer (10 mM) 0.4 mL / sample
Template cDNA 1 mL / sample
H
2O 7.8 mL / sample
Total 20 mL / sample
【0066】
反応・データ取得はStepOnePlusを用いて行った。反応プログラムは以下の通り。
1
st step (1 cycle) 95℃ 10 minutes
2
nd step (40 cycle) 95℃ 10 seconds
60℃ 30 seconds
【0067】
Primer listは以下のとおり。Primer設計はRoche Universal Primer websiteのAssay design centerを用いて設計した。
(https://lifescience.roche.com/webapp/wcs/stores/servlet/CategoryDisplay?tab=Assay+Design+Center&identifier=Universal+Probe+Library&langId=-1))
【表1】
【0068】
遺伝子発現アレイ解析
Affymetrix社製のGeneChipを用いた。解析にはGeneSpring 13.0を用いた。GeneChip(登録商標) WT PLUS Reagent Kitを用いてサンプルRNAを解析した。使用説明書に準じてサンプル調製した。Gene Ontology解析はDAVIDを用いて行った。
【0069】
結果
hPSCからの血球分化系は細胞表面マーカーを用いて各段階を追跡できる
hPSCから血球までの分化過程は、中胚葉、血球血管前駆細胞を経て血球になることが想定されている。以前に報告された方法(Takayama, N. et al. Blood 111, 5298-5306 (2008))を用いて、この過程を細胞表面マーカーでトレースできるかをヒトES細胞株のKhES3を用いて検証した。
【0070】
C3H10T1/2細胞と共培養する系において、hPSCの細胞表面マーカーの変化を追うために、共培養開始 (day0)から血球が出現するまで(day12)を経時的に解析した。培養中の細胞全てを回収し、フローサイトメトリーで細胞表面抗原の発現を調べた。解析した表面抗原は既報を参考とした(Evseenko, D. et al. P Natl Acad Sci Usa 107, 13742-13747 (2010);Vodyanik, M. A. et al. Cell stem Cell 7, 718-729 (2010);Vodyanik, M. A., et al., Blood 108, 2095-2105 (2006))。
図2Aに実験の概略を図示し、
図2B-Dに結果を呈示する。
【0071】
共培養開始からday3で新しい細胞集団を確認することができた。この細胞集団は、CD56+APJ+で特徴づけることができた。
【0072】
Day5になって初めて、血球血管前駆細胞のマーカーとして知られるCD34+細胞が出現し、day6,7と細胞集団の割合が増加した。Day8以降に初期血球マーカーとして知られているCD43+細胞の出現が認められた。これはDay12以降も細胞集団が増加した。
【0073】
以上の結果から、まずday0-4でCD56+APJ+細胞、day5-7でCD34+、day8以降にCD43+細胞が出現することが分かった。この時間軸は非常に安定しており、再現性良く確認できた。
【0074】
この結果から、分化過程は4つの細胞状態と、その間の3つのステップから構成されることが分かった。即ち、hPSC、CD56+APJ+細胞、CD34+細胞、CD43+細胞の4つである。これらの間のステップを初期ステップ(day0-4), 中期ステップ(day4-7), 後期ステップ(day7-)と呼ぶこととした。
【0075】
各細胞集団が実際にどういった細胞であるかを確認するために、細胞をFACSでソートして回収し、定量PCRによって遺伝子発現を確認した。
図1Eに結果を示す。多能性幹細胞のマーカーであるNANOGやOCT3/4はhPSCでのみ高発現をしており、中胚葉に特徴的な遺伝子であるT (BRACHYURY)やAPJはday4で同定したCD56+APJ+細胞でのみ高く、血球血管前駆細胞で重要なETV2やKDRはday7で同定したCD34+細胞でのみ高い事が明らかになった。また血球発生に必須な重要遺伝子として知られているRUNX1はday4 CD56+APJ+細胞集団以降で上昇し、day7 CD34+細胞でさらに上昇していた。以上のことから、分化過程で同定した各細胞集団は、発生過程で認められる各段階(中胚葉、血球血管前駆細胞、血球)に一致していることが示唆され、分化過程は表面マーカーを用いることでトレースできることが分かった。また、RUNX1陽性であるday4 CD56+APJ+細胞は、血球産生中胚葉であることが強く示唆された。
【0076】
既存の血球分化系では中期ステップ以降に改善の余地がある
既存の系で十分な分化誘導効率が得られているかどうかを検証するために、Day4のCD56+APJ+細胞とDay10のCD43+細胞の、分化した細胞全体に対する割合を測定した。その結果、初期のステップでは既にCD56+APJ+細胞は20-40%程度の割合(
図3A,B)で誘導可能であった。つまり、フィーダー細胞との共培養のみで十分に中胚葉誘導が獲得できることを示唆した。一方でCD43+細胞は全体の数%に留まっており、非常に低効率であることも分かった(
図3C,D)。即ち、中期以降のステップにおいては中胚葉を十分に血球に誘導できていないことが示唆された。本研究の目的のためには中胚葉からの血球分化誘導効率はある程度は高い必要があり、改善すべきであると考えられた。
【0077】
初期ステップでは3つのシグナルが重要な役割を果たし、その重要性には差がある
次に、各ステップ段階ごとに機能する個別の重要なシグナル因子を調べることとした。まず初期のステップに関して検証した。
【0078】
そこで細胞表面マーカーを評価基準として、初期のステップに介入することで、CD56+APJ+細胞の出現にどういった変化が認められるかをKhES3, H1を用いて検証した。C3H10T1/2細胞と血清を用いた系であり、多数の未知の物質からの影響下にあるため、この検証には発生過程の中胚葉誘導で重要と考えられている3つの因子(Nodal/ActivinA/TGFβ, BMP4 canonical WNTシグナル)に関して阻害剤及びアンタゴニストを添加することで、3つのシグナルが重要な役割をしているのかどうかを検証する必要性があった。
図4Aに実験の概略を示す。各因子の添加濃度は、既報を参考として最高濃度を決定し、そこから希釈した濃度を検討した(Inman, G. J. et al. Mol. Pharmacol. 62, 65-74 (2002);Xu, R.-H. et al. Nat Meth 2, 185-190 (2005);Huang, S.-M. A. et al. Nature 461, 614-620 (2009))。
【0079】
図4Bに、各因子添加による、KhES3分化開始day4のCD56+APJ+細胞の出現の様子をFACS plotで示した。
【0080】
先ず、Nodal/ActivinA/TGFβの阻害剤であるSB431542を添加することで、初期ステップでのTGFβシグナルの必要性を検証した。
図4Cに結果を示す。結果として、低濃度の時点からCD56+APJ+細胞の程度の強い減少が確認できた。影響は極めて強いことから、初期ステップでのTGFβシグナルは必須因子であることが示唆された。
【0081】
次に、BMP4の影響を確認するために、BMPの生理的なアンタゴニストであるNOGGINを添加した。
図4Dに結果を示す。CD56+APJ+細胞の減少が確認できたが、この影響は限定的であり、高濃度でも消失するまでには至らなかった。
【0082】
最後に、canonical WNTシグナルの影響を確認するために、canonical WNT経路の阻害因子であるAXINの安定化剤であるXAV939を添加した。これによって、b-cateninの分解が亢進し、canonical WNTシグナルは阻害される。
図4Eに結果を示す。すると、CD56+APJ+細胞の減少が確認された。BMP同様に、この影響も限定的であり、高濃度でも消失するまでには至らなかった。
【0083】
以上のことから、発生学的に同定された中胚葉誘導因子としての3つの異なったシグナルであるNodal/ActivinA/TGFβシグナル、BMPシグナル、canonical WNTシグナルはそれぞれがhPSCから中胚葉の過程の分化誘導プロセスに影響を与えていた。その強度には差があり、Nodal/ActivinA/TGFβは必須因子であったが、BMP4やcanonical WNTシグナルは中胚葉誘導に関与しているものの、その効果は限定的であった。
図4Fに結果の概略を図示した。矢印の大きさがシグナルの影響力を表している。
【0084】
中期ステップの改善により血球分化効率が著しく改善した
次に中期ステップについて検証した。既存の系ではday10でのCD43+細胞の出現率は1%未満と低効率であった(
図3C,D)。血球への誘導効率が低いことは、中胚葉の血球産生能を評価するためには不都合である。具体的には、血球産生能が高い細胞も低い細胞も、血球になる効率が悪いためにどちらも低いと評価してしまう可能性が排除しきれないということである。
【0085】
そこで、中期過程の培養条件(外的要因)を改善することで、血球誘導効率をより上昇させることを目的として、KhES3, H1を用いて実験を行った。
【0086】
この過程においては、既存のプロトコールにあるVEGF存在下に、血球誘導を促進する可能性のある分子、及び血球誘導を阻害している可能性のある分子の阻害薬を添加した。実験の概略を図 5Aに示す。
【0087】
bFGFはHemangioblastを誘導する際に必須の分子として報告がある。BL-CFCの誘導にはbFGFが必須である。そこで、この系にbFGFを添加するとともに、その効果を増強するためにbFGFの安定化作用があるヘパリンを合わせて添加した。結果を
図5Bに示す。bFGFとヘパリンの添加によって、day10時点での血球産生効率が上昇した。
【0088】
TGFβシグナルの阻害が血球産生効率を上昇させる報告があることから、阻害剤であるSB431542をこの時点で添加した。結果を
図5Cに示す。すると既存の報告と一致するように、day10時点での血球産生功率が上昇した。
【0089】
中胚葉の純化により、より厳密な血球分化能を評価することができた
初期ステップと中期ステップにおいて重要な因子が複数見つかり、中胚葉の血球分化ポテンシャルを評価する系を立ち上げる準備が出来た。しかし、今までの解析から、day4では半数近くがCD56+APJ+以外の細胞であり、その後も培養環境の中で共存していることから、パラクライン作用などの何らかの作用によって血球分化が影響を受ける可能性が考えられた。CD56+APJ+細胞の割合は試行毎にばらつきがあり(図 7D)、影響が有る可能性は排除する必要があると考えられた。
【0090】
そこで、中胚葉自体の血球分化ポテンシャルをより正確に評価するために、中胚葉を純化して血球誘導を行えるかどうか検証した。
図7Aに図示したように、day4時点で中胚葉になった細胞のみをFACSによって純化し、新しい培養皿で規定の条件下で培養を継続し、血球を産生できるかどうかをKhES3, H1を用いて確認した。併せて、CD56-APJ-細胞の血球分化能を同様の方法で評価した。
【0091】
結果を
図7Bに示す。CD56+APJ+細胞はCD56-APJ-細胞よりも高効率に血球を産生することが分かった。
図7Cの写真で確認できる通り、ソートした細胞からは球形の細胞がコロニー状に出現してくることが確認できた。また血球マーカーを有した細胞がFCMで認められた。全分化細胞中のCD43+細胞の割合を
図7Eに示す。全体の20%から、多い時は60%程度が血球に分化できていることが明らかになった。以上より、CD56+APJ+細胞集団から血球が産生されるものの、その産生にはそれ以外の細胞集団は不要であること、さらには本方法により血球分化を高効率に誘導可能であることを実証した。
【0092】
血球前駆中胚葉の誘導には単一ではなく複数の経路があることを確認した
今までの結果から、各ステップに必要な因子を
図8Aに示した。多能性幹細胞から血球までの経路に中胚葉の段階があること、この中胚葉の誘導に必要と考えられる因子群が3つあること、中胚葉の血球産生能を評価できる系が出来上がったことが示された。これらを組み合わせることで、目的である多能性幹細胞から血球までの経路、特に血球の元になる中胚葉が多能性幹細胞からどのように生じるのかを検討する準備が整った。
【0093】
より正確にシグナルを調節するためには、未知の物質は限りなく減らした方が良いと考えられた。フィーダー細胞や血清は細胞生存や分化にとって有用であるが、未知の要因である点に関しては不利である。そこで、初期の中胚葉までの過程に関してどのようなシグナルが重要なのかを知るために、初期ステップでのみ無血清無フィーダー環境下で分化可能かどうかを調べた。実験の概略を
図8Bに示す。無血清培地とマトリゲルを用いて分化を試みた結果、この条件での血球分化の効率が高いことを確認したため、以後の実験を無血清無フィーダー条件で実施した。中期ステップ以降に関しては、無血清条件を試みたが効率が著しく低下したため、血球産生能を評価するために血清は使用する条件を依然付与した。
【0094】
そこで、どのような誘導条件であれば血球分化ポテンシャルを持つ中胚葉が出現するのかを検証するために、初期ステップに重要な3つの因子について様々な組み合わせを用いて中胚葉の誘導を試みた。
図4の結果からNodal/ActivinA/TGFβetaのシグナルは必須であると考えられたため、これにBMP4とcanonical WNTシグナルを組み合わせる形で3通りのプロトコールを試した。KhES3とH1を用いて実験を行った。
【0095】
全ての条件においてCD56+APJ+細胞が確認でき、中胚葉への分化を達成できたものと考えられた。結果を
図8Cに示す。各条件での誘導割合には差が認められ、AB<AC
<ABCの順で効率よくCD56+APJ+細胞を誘導できた。結果を
図8Dに示す。
【0096】
これらの細胞をFACSで純化し、day14まで血球分化条件で培養して血球誘導効率を評価した。結果を
図8E,Fに示す。驚いたことに、ABC条件下では血球誘導効率が著しく低下していた。
【0097】
より詳細に中胚葉の性質を確認するために、day14で併せて血管内皮細胞マーカーを確認した。結果を
図8G,Hに示す。各条件間には大きな差は認められなかった。
【0098】
ActivinA, BMP4, WNTは互いに発現を誘導し合うとされているため、ABやACに関しては本当に干渉がないことを示すために、それぞれにアンタゴニストや阻害剤を添加することとした。ActivinA + BMP4 + XAV939 (ABにcanonical WNT阻害を追加したもの), ActivinA + BMP4 + DKK-1 (ABにWNTシグナル阻害を追加したもの), ActivinA + CHIR99021 + NOGGIN (ACにBMP4シグナルを阻害したもの)のどの条件下でも、やはり高効率に血球分化を示した(
図9)。
【0099】
以上のことから、無血清無フィーダー条件でも、特定の因子によって血球産生中胚葉を分化させることが可能であることが示された。また、初期ステップに重要であった3つの因子は、全て揃うと血球分化ポテンシャルのない中胚葉が誘導される一方で、2つの因子を組み合わせた2通りの方法では高い血球分化ポテンシャルを有する中胚葉を誘導できることが分かった。
【0100】
条件の異なる中胚葉、血球間に遺伝子発現の差を認めた
AB, ACで誘導したCD56+APJ+細胞には血球分化ポテンシャルが備わっており、ABCで誘導したCD56+APJ+細胞からは失われていた。この原因を探るために、それぞれの細胞の遺伝子発現パターンをKhES3を用いて調べた。分化させた細胞からRNAを回収し、遺伝子発現アレイによって解析した結果を
図10に示す。
図10AにhPSCとday4 AB, AC, ABC間で変動した遺伝子群を用いてクラスタリング解析をした結果を示す。Day0 hPSCと比較して、Day4 AB, AC, ABC間は非常によく似た発現パターンを示した。各比較間の共通部分を解析したVenn図を
図10Bに示す。全ての条件に共通していた遺伝子を詳細に見ると、day4細胞では多能性に関連する遺伝子群の発現低下が認められるのと同時に、中胚葉系に特徴的な遺伝子群の発現上昇と、Epithelial-Mesenchymal transition (EMT)関連遺伝子の発現上昇が確認できた。よって、AB, AC, ABC条件で誘導したday4 CD56+APJ+細胞は典型的な中胚葉系細胞の特徴を有していることが分かった。
【0101】
次に、AB, ACとABC間の差を見た結果を
図10Cに示す。血球分化に関係していると考えられるのは、AB vs. ABCとAC vs. ABC間で共通して変動し、AB vs. AC間では変動していない群であるため、この遺伝子群に対してGene Ontology (GO)解析を行った。Top10のGO termを示す。血管関係の用語に混じって、筋骨格系や神経系に関連した遺伝子群が確認された。血球分化に関係しない遺伝子群がABC条件では上昇していることが、血球分化ポテンシャルを失う原因であることが示唆された。
【0102】
さらに、ABとAC条件で誘導したCD43+血球間に差があるのかどうかを確認した。遺伝子発現パターンのプロットを
図10Dに示す。ほとんどの遺伝子がFold change < 2以内に収まっており、非常によく似た性質を示していると考えられた。しかし、AB条件で一部の遺伝子がACと比較して高発現しており、この遺伝子群をGO解析したところ、免疫系に関係していることが示唆された。この結果から、AB, AC間の血球は大変よく似た遺伝子発現パターンを示したが、免疫系への分化に関して能力に差がある可能性が示唆された。
【0103】
2つの条件で誘導した血球には機能的な差を認めなかった
ABとACの条件で誘導した血球は良く似た遺伝子発現パターンを示したが若干の差も認めた。この差が2つの条件で誘導した血球の機能に影響を及ぼしているかどうかを検証するために、得られたday14の血球前駆細胞をさらに分化させることとした。具体的には、血球前駆細胞の標準的な機能アッセイであるコロニー形成能アッセイ、in vitroで赤芽球・巨核球・T細胞に分化させるアッセイを行った。結果を
図11に示した。
【0104】
図11Aに実験の概略を図示した。Day0-4の条件をABまたAC条件とし、得られた中胚葉から誘導した14日目の血球を使用して、さらなる分化を行った。
【0105】
図11Bにコロニー形成能の結果を示した。2つの条件で誘導した血球は複数種のコロニーを形成する能力を持ち、種類やコロニー数には有意な差を認めなかった。
【0106】
赤芽球・巨核球・T細胞への分化は、既存の報告に則って行った(Ochi, K. et al. Stem Cells Translational Medicine 3, 792-800 (2014);Takayama, N. & Eto, K.; Nishimura, T. et al. Cell stem Cell 12, 114-126 (2013))。赤芽球分化の結果を
図11C,Dに、巨核球分化の結果を
図11E,Fに、T細胞分化の結果を
図11G,H,Iに示した。各細胞種は特有の細胞表面マーカーを用いて検出した。赤芽球分化条件ではCD41a-CD235+細胞を赤芽球とし、巨核球分化条件ではCD41a+CD42b+細胞を巨核球とした。T細胞に関しては、CD2+CD7+細胞をT細胞として用いた。この際にCD4とCD8を同時に解析したところ、CD2+CD7+細胞は全てCD4+CD8+であった。
ABとACの2つの条件で誘導した血球を、各細胞への分化効率を指標とした比較したところ、有意な差を認めなかった。以上より、得られた血球は機能的に近いと考えられた。
【0107】
以上の結果を
図12に図示した。ActivinA存在下で、BMP4またはcanonical WNTシグナルのどちらかの入力が有る場合に血球前駆中胚葉が誘導され、至適条件下で効率よく血球への分化がなされた。一方で、ActivinA, BMP4, canonical WNTシグナル全てからの入力が有る場合には、中胚葉系の細胞には分化するものの非血球系の遺伝子群の上昇を伴い、血球への分化能は失われた状態になった。血管内皮系への分化能はどの条件下でも保たれていた。
【0108】
考察
分化初期過程に焦点を当てることで複数の経路の存在を見出した
本研究では、ヒト発生過程を研究するためにhPSCを用いて血球分化系譜を解析した。その結果、既報の複数の論文が示唆しているような単一の発生系譜でなく、主要な液性因子が必須であることは再確認されたものの、その組み合わせによって複数の発生系譜を経て、血液細胞が生み出されていることが初めて明らかにされた。またその制御方法は、液性因子の濃度勾配(グラジエント)による緻密なコントロールに依存していることが強く示唆された。
【0109】
マウス発生では多能性幹細胞と同等性があると考えられているEpiblastは、中胚葉になる際にTGFβシグナル、BMPシグナル、canonical WNTシグナルの3つの液性因子シグナルの相互作用が必須である。外胚葉として形成される領域では、これらのアンタゴニストがvisceral endodermから産生され、上記のシグナル遮断が生じることにより、原腸陥入が起こらない。実際に、
図2で見たように、TGFβシグナル阻害薬、NOGGIN、canonical WNTシグナル阻害薬の添加によって、中胚葉系細胞の誘導は抑制・阻害された。今回の新たな知見としては、この3つのシグナルの阻害効果が一様でなく個別のシグナル強度が分化系譜の運命決定に大きく影響を及ぼすことが明らかとされた。例えば、TGFβシグナル阻害が強力な中胚葉分化抑制効果を示す一方で、BMPシグナル阻害やcanonical WNTシグナル阻害は限定的な効果に留まったことが挙げられる。本研究では、無血清無フィーダーの純化した分化系を新たに開発したことで、さらに興味深いことに3つ全てのシグナルを導入することが逆に血球分化を抑制することも新たに見出した。逆に2因子シグナルの組み合わせであるActivinA + BMP4またはActivinA + CHIR99021(canonical WNTシグナル)は、おそらくそれぞれが異なった系譜を経由して効率良く血球産生能を有する血球中胚葉集団を誘導した。
【0110】
既報と異なるこれらの結果は、以下の2つの可能性を示唆する。(1)ヒトとマウスの発生過程には分子メカニズム上の違いがあること、(2)マウスにおいても同様のメカニズムが存在するが今までの研究では見出されていなかったこと、である。シグナル同士の相互作用はSignaling crosstalkと呼ばれており注目されている分野であり、特に中胚葉において幾つかの報告があることからも(Singh, A. M. et al. Cell stem Cell 10, 312-326 (2012); Yu, P., Pan, G., Yu, J. & al, Cell stem Cell 8, 326-334 (2011))、今後細胞内部でのmergeする標的分子の探索を通じて更なる詳細な解析を継続することが必須である。
【0111】
本分野での別の課題として、分化誘導をした中胚葉がどういったポテンシャルを発揮でき得るのかに関しての詳細な検証もほとんど報告がない。実際に、多分化能を持つ幹細胞の多様性が指摘されている。例えば、造血幹細胞において、全ての幹細胞は全血球への分化能を持つ一方で、骨髄球系とリンパ球系への分化指向性には1つ1つで異なっている(Morita, Y., Ema, H. & Nakauchi, H. Journal of Experimental Medicine 207, 1173-1182 (2010))。また、最新の研究によって巨核球への分化指向性も存在していることが報告された(Sanjuan-Pla, A. et al. Nature 502, 232-236 (2013))。こういった現象は造血幹細胞の多様性、Heterogeneityと呼ばれ、細胞集団は必ずしも均一な性質を持たないことを示唆している。中胚葉においても同様のことを考察する必要があり、初期の中胚葉だからといって必ずしも全ての中胚葉系細胞への分化能を持つわけではないことを考慮するべきである。
【0112】
hPSCを用いたin vitro分化系によって発生学上の未知の過程に新たな知見を見出した
既存の血球分化プロトコールでは、様々な組み合わせ、様々な方法が用いられていた。特に、EB法では細胞間相互作用がより強く働くため、個々の細胞一つ一つを分離させてコントロールすることが困難であると考えられた。その点では、2次元培養かつ疎な条件下での実験は、一つ一つの細胞の制御をより正確なものとし、増殖因子や阻害剤の作用を均一化することにより安定した評価系の確立に貢献した。細胞間相互作用自体がランダムに血球分化ポテンシャルを持つ中胚葉の誘導を達成する可能性があり、これがプロトコールの冗長性、非統一性に影響していたと考えられる。
【0113】
本研究が得た結論の一つである“1つの細胞が分化する上で、複数の経路が存在する”という原理にはどういった意義があるのだろうか。例えば、遺伝子における冗長性(Redundancy)は、複数の分子が同じ役割を果たすことを意味する。ある分子のノックアウトマウスを作製した際に、全く変化が認められなかった場合、他の分子が同様の役割を果たす、あるいは相補的に機能したことがその理由であることがある。血球系は発生初期において極めて重要な細胞であり、血球が出来ない変異のある胎仔は早期に胎生致死となる。そのため、血球発生経路が複数存在することは、単一経路よりもより安定した血球産生に寄与すると考えられる。
【0114】
他の考察として以下の考え方を併記する。マウス発生の知見では、Epiblastの後方近位部でPrimitive streakが形成されるときにNodal, BMP4, WNT3の発現が重要であった。しかし、primitive streakでepithelial-mesenchymal transitionを起こして潜り込んだ中胚葉細胞が遊走していく中で、各細胞がどういったシグナルを受けているのかに関しては十分に考察されていなかった。卵黄嚢中胚葉になった際には既に血球と血管内皮になるか、mesenchymeのままか、血管内皮のみになるのかが運命決定されていた可能性もあり得る。つまり、発現細胞との接触の仕方によっては、3つのうち2つのみからシグナルをうけるものも多数存在した可能性がある。
【0115】
実験結果からは、day0-4でのシグナル入力は、day7以降になって初めてその影響が結果として現れる、つまり時間差があるということであった。このことから、ある細胞の状態を説明するためには、その細胞の発生学的な系譜、つまりどこに由来してどういったシグナルを受けてきたのかという細胞運命決定のヒストリー(歴史)を知る必要があることを示唆する。必ずしも、細胞の現段階の環境を知るだけでは十分ではないということになる。こういった情報が、ゲノム以外の状態として細胞内に保存されているかもしれない(エピゲノム情報)。
【0116】
分化系の再構築と効率の改善は既報とよく一致していた
本研究の特異的な点は、2種類のシグナルが入ることで血球になる一方、3種類のシグナルが入ることで血球への運命決定を抑制しているということである。既存のプロトコール(Takayama, N. et al. Blood 111, 5298-5306 (2008))では、day10 CD43+細胞は分化由来細胞のうちの1%未満しか存在せず、その他の細胞は全て別の系統に分化しており、分化誘導系の効率が大変低い事が明らかになった(
図3D)。day4のCD56+APJ+細胞は再構築後の分化系では最大60%以上が血球になる能力を示していたことから(
図4E)、既存のプロトコールには中期〜後期のシグナルに問題があると結論付けられた。プロトコールの改善は、VEGF, bFGF, TGFβ阻害によって確立できた。VEGFやbFGFは血管内皮細胞の増殖を促す因子として知られている。Hemangioblastはニワトリの胚の観察から提唱された概念であり、血球と血管の共通前駆細胞として定義されている。ES細胞の系ではBlast colony forming cell (BL-CFC)として呼ばれる。BL-CFCの誘導にはbFGFが必須とされる。また、bFGFはVEGFR2の発現を誘導するとされている(Murakami, M. et al. The Journal of clinical investigation 121, 2668-2678 (2011))。これらのことから、中胚葉からHemangioblastへの特異性獲得、specificationにはこれらが作用していることが予想される。また、TGFβのデータは過去の文献と一貫性がある結果となった(
図3C)(Evseenko, D. et al.P Natl Acad Sci Usa 107, 13742-13747 (2010);Wang, C. et al.Cell Res 22, 194-207 (2012))。TGFβのシグナルは、ALK5を介した場合は血球産生を抑制する一方で、ALK1を介した場合は血球産生が亢進し、これにEndoglinが関与しているという報告がある(Zhang, L. et al. Blood 118, 88-97 (2011))。SB431542はALK5阻害効果を示すため、血球産生の抑制が解除された結果になったと考えられた。
【0117】
血球分化の効率を出来る限り上昇させた条件によって、フィーダー細胞なしでも血球分化を達成することが出来た。これによって、ようやく中胚葉の血球産生能を評価できる系として使用できるようになった。本研究の本質は、見出したABCプロトコールの検証を通じて、中胚葉集団の中での細胞系譜運命決定の時期に関してはday4までで血球への運命が決まっていると結論つけられる点に集約できる。
【0118】
また、ヒトPSCを用いた発生学研究は有用であることは事実だが、実際のタイムラインとの整合性は大きな問題と言える。Carnegie stage分類によれば、Blood islandの形成は受精後18日目とされる。Epiblastの形成は受精後7日以降であるため、時系列はよく整合している。しかし、血球発生過程は二相性であることはよく知られた事実である。今回のタイミングでは、初期造血の様子のみを観察していることが予想される。AGM領域で背側大動脈の腹側部に存在するHemogenic endotheliumは造血幹細胞の出現元として知られている。この時点から、definitive hematopoiesisが開始されるとされるのが一般的である。今回の観察系、実験系はdefinitive hematopoiesis過程までを網羅していないと考えられる。しかしながら、definitive hematopoiesisとyolk sac hematopoiesisの関係は断絶しているというよりも、継続していると報告されている(Samokhvalov, I. M., Samokhvalova, N. I. & Nishikawa, S.-I. Nature 446, 1056-1061 (2007))。lineage tracingの手法を用いて、yolk sac hematopoiesisの段階でラベルした細胞は、成体となったあとでラベル付きの血球が確認できることから、継続しているという主張である。また、ExMにあるGata1-Runx1+細胞は、その後にAGM領域に遊走している様子も観察されており(Tanaka, Y. et al. Cell Reports 8, 31-39 (2014))、連続性の原理に一致しているように思える。現に、Yolk Sacの細胞はin vitroに移して、in vivoとは条件を変えて培養した場合にはB-cell分化を示し、primitiveの定義とは相容れない挙動を示す(Tanaka, Y. et al. P Natl Acad Sci Usa 109, 4515-4520 (2012)。このことを考慮すれば、今回の実験で得られた血球がprimitiveかdefinitiveかに言及することは実は、容易ではないのかもしれない。
【0119】
造血幹細胞の誘導に関して
hPSCから血球を誘導するに当たり、研究者の究極の目標となっているのは造血幹細胞の誘導である。全ての血球に分化可能な造血幹細胞は、造血器疾患を主とした様々な疾患の治療に用いられており、応用可能性は極めて広い。
【0120】
マウスでは、造血幹細胞の誘導を可能とした方法が幾つか知られている(Kyba, M., Perlingeiro, R. C. R. & Daley, G. Q. Cell 109, 29-37 (2002);Kitajima, K., Minehata, K.-I., Sakimura, K., Nakano, T. & Hara, T. Blood 117, 3748-3758 (2011);Suzuki, N. et al. the journal of the American Society of Gene Therapy 21, 1424-1431 (2013))。培地の工夫や培養法の工夫によって誘導した血球では、造血幹細胞を誘導することには成功していない。しかし、分化誘導した血球に転写因子を外来性に誘導する方法(HoxB4, Lhx2)によって、マウスに生着可能な造血幹細胞を誘導することに成功した。また、マウスiPS細胞によってマウスの体内に奇形腫を作成すると、奇形腫の中で造血幹細胞は分化誘導され、ホーミングによってマウス骨髄中にiPS細胞由来造血幹細胞が検出できるようになる。
【0121】
hPSCでも同様に、in vivoで奇形腫を介した造血幹細胞様の活性を持つ細胞が誘導可能であることが報告された(Suzuki, N. et al. the journal of the American Society of Gene Therapy 21, 1424-1431 (2013);Amabile, G. et al. Blood 121, 1255-1264 (2012))。
【0122】
2つの報告では奇形腫を介するという点で共通点があるため、hPSCから造血幹細胞様の活性を持つ細胞、即ち免疫不全マウスへの生着可能な細胞を誘導することが可能であることが示されたと言える。しかし、奇形腫を介するという点からは、どのようにして造血幹細胞が誘導されたのかを解明することは困難である。その点では、in vitroでの研究の方が望ましいと言える。hPSCをin vitroで誘導した報告はいくつか存在する(Wang, L. et al. J. Exp. Med. 201, 1603-1614 (2005);Ledran, M. H. et al. Cell stem Cell 3, 85-98 (2008);Gori, J. L. et al. The Journal of clinical investigation 125, 1243-1254 (2015))。どれも方法が異なっており、これらの再現性に関しては検証を要する段階である。本研究で用いた方法で誘導した血球は、誘導効率は劇的に改善しているが、コロニー形成能でMixコロニーの頻度が高いというわけでもないことから、造血幹細胞が多数含まれているとは考えにくい。今後、免疫不全マウスへの移植実験を行う必要があると考えている。
【0123】
本研究では、hPSCを用いることによって、今までに明らかにすることが出来なかった発生初期過程の細胞特性を新たに見出し、血球分化の経路としてシグナル要求性に複数の条件があり得ることが示された。発生過程に置いて、ある解剖学的な構造において条件は1種類と考えがちであるが、このような明瞭な前提は必ずしも必須ではないと言える。本研究結果は血球に限られるものではなく、他の臓器においてもこのような複数の経路による制御を可能性として内包させることで、よりロバストな恒常性が担保される可能性がある。本研究結果は、再生医療のプロトコールという意味付けにとどまらず、発生過程の頑強性、安定性のメカニズムの一旦を示している。