(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
【公報種別】再公表特許(A1)
(11)【国際公開番号】WO/0
(43)【国際公開日】2018年10月4日
【発行日】2020年2月6日
(54)【発明の名称】温度拡散係数計測装置、それを用いた深部体温計、深部体温計測装置、および深部体温計測方法
(51)【国際特許分類】
A61B 5/01 20060101AFI20200110BHJP
【FI】
A61B5/01 250
A61B5/01 100
【審査請求】未請求
【予備審査請求】未請求
【全頁数】28
【出願番号】特願2019-509610(P2019-509610)
(21)【国際出願番号】PCT/0/0
(22)【国際出願日】2018年3月20日
(31)【優先権主張番号】特願2017-69801(P2017-69801)
(32)【優先日】2017年3月31日
(33)【優先権主張国】JP
(81)【指定国】
AP(BW,GH,GM,KE,LR,LS,MW,MZ,NA,RW,SD,SL,ST,SZ,TZ,UG,ZM,ZW),EA(AM,AZ,BY,KG,KZ,RU,TJ,TM),EP(AL,AT,BE,BG,CH,CY,CZ,DE,DK,EE,ES,FI,FR,GB,GR,HR,HU,IE,IS,IT,LT,LU,LV,MC,MK,MT,NL,NO,PL,PT,RO,RS,SE,SI,SK,SM,TR),OA(BF,BJ,CF,CG,CI,CM,GA,GN,GQ,GW,KM,ML,MR,NE,SN,TD,TG),AE,AG,AL,AM,AO,AT,AU,AZ,BA,BB,BG,BH,BN,BR,BW,BY,BZ,CA,CH,CL,CN,CO,CR,CU,CZ,DE,DJ,DK,DM,DO,DZ,EC,EE,EG,ES,FI,GB,GD,GE,GH,GM,GT,HN,HR,HU,ID,IL,IN,IR,IS,JO,JP,KE,KG,KH,KN,KP,KR,KW,KZ,LA,LC,LK,LR,LS,LU,LY,MA,MD,ME,MG,MK,MN,MW,MX,MY,MZ,NA,NG,NI,NO,NZ,OM,PA,PE,PG,PH,PL,PT,QA,RO,RS,RU,RW,SA,SC,SD,SE,SG,SK,SL,SM,ST,SV,SY,TH,TJ,TM,TN,TR,TT
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成28年度、国立研究開発法人科学技術振興機構「ERATO齋藤スピン量子整流プロジェクト/スピンゼーベック効果応用に関する研究」委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】000004237
【氏名又は名称】日本電気株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】504157024
【氏名又は名称】国立大学法人東北大学
(74)【代理人】
【識別番号】100077838
【弁理士】
【氏名又は名称】池田 憲保
(74)【代理人】
【識別番号】100129023
【弁理士】
【氏名又は名称】佐々木 敬
(72)【発明者】
【氏名】石田 真彦
(72)【発明者】
【氏名】井口 亮
(72)【発明者】
【氏名】塩見 雄毅
(72)【発明者】
【氏名】齊藤 英治
(72)【発明者】
【氏名】澤田 亮人
(72)【発明者】
【氏名】桐原 明宏
(72)【発明者】
【氏名】寺島 浩一
(72)【発明者】
【氏名】追川 康之
【テーマコード(参考)】
4C117
【Fターム(参考)】
4C117XB01
4C117XC12
4C117XC15
4C117XC16
4C117XD05
4C117XD14
4C117XE23
(57)【要約】
対象物の熱物性情報を計測するのを可能とすること。生体の表面に接触して使用される温度拡散係数計測装置は、温度センサと熱流束センサとから成る生体情報センサと、加熱冷却制御手段とを備える。温度センサは、生体の表面に接触する位置に設けられ、皮膚温を感知するように動作する。熱流束センサは、温度センサと近接した状態で、生体の表面に接触する位置に設けられ、生体の表面における熱流束を感知するように動作する。加熱冷却制御手段は、生体情報センサから生体の体内深部に至る間に存在する熱抵抗成分の温度拡散係数の計測を行うのを可能にする。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
生体の皮膚表面に接触して使用される温度拡散係数計測装置であって、
前記生体の皮膚表面に接触する位置に設けられ、皮膚温を感知するように動作する温度センサと、
該温度センサと近接した状態で、前記生体の皮膚表面に接触する位置に設けられ、前記生体の皮膚表面の法線方向に生じる熱流束を感知するように動作する薄膜型熱流束センサと、
から成る生体情報センサを備え、
さらに前記生体情報センサから前記生体の体内深部に至る間に存在する熱抵抗成分の温度拡散係数の計測を行うのを可能にする加熱冷却制御手段
を備える、温度拡散係数計測装置。
【請求項2】
前記薄膜型熱流束センサは、
前記生体の皮膚表面に接触される基板と、
該基板上に設けられ、膜面に平行な成分を持つ一定の磁化方向を有し、磁性伝導体により構成される磁性伝導体膜と、を備え、
前記磁性伝導体膜表面に垂直な温度勾配を、前記磁性伝導体膜の表面内の電位差として出力可能に構成されている、請求項1に記載の温度拡散係数計測装置。
【請求項3】
前記薄膜型熱流束センサは、
前記生体の皮膚表面に接触される基板と、
該基板上に設けられ、膜面に平行な成分を持つ一定の磁化方向を有し、磁性伝導体により構成される磁性伝導体膜と、
該磁性伝導体膜に接して設けられ、膜面に平行な成分を持つ一定の磁化方向を有し、磁性絶縁体により構成される磁性体絶縁膜と、
前記磁性伝導体膜に設けられ、スピン軌道相互作用を持つ導電性材料を有する電極と、を備え、
前記磁性伝導体膜表面に垂直な温度勾配を、前記磁性伝導体膜の表面内の電位差として出力可能に構成されている、請求項1に記載の温度拡散係数計測装置。
【請求項4】
前記生体情報センサは、フレキシブルに構成されている、請求項1乃至3のいずれか1つに記載の温度拡散係数計測装置。
【請求項5】
前記加熱冷却制御手段は、前記生体情報センサから着脱自在に設けられている、請求項1乃至4のいずれか1つに記載の温度拡散係数計測装置。
【請求項6】
前記温度センサで感知された前記皮膚温と、前記薄膜型熱流束センサで感知された前記熱流束とを、感知データとして外部へ送信する送信手段を更に備え、
該送信手段は、前記加熱冷却制御手段が前記生体情報センサから取り外される前に、前記加熱冷却制御手段を用いて計測された前記温度拡散係数を少なくとも一回送信する、請求項5に記載の温度拡散係数計測装置。
【請求項7】
前記送信手段は、非接触自動識別(RFID:Radio Frequency Identification)システムで無線通信を行う送信機から成る、請求項6に記載の温度拡散係数計測装置。
【請求項8】
前記薄膜型熱流束センサで感知された熱流束の熱起電力を電力として蓄積するキャパシタを更に備える、請求項6又は7に記載の温度拡散係数計測装置。
【請求項9】
請求項6乃至8のいずれか1つに記載の温度拡散係数計測装置と、計測機器とから成る、深部体温計測装置であって、
前記計測機器は、
該温度拡散係数計測装置から送信された前記感知データを受信する受信機と、
該受信した感知データに基づいて、前記温度拡散係数から導出した熱伝導率に従って前記生体の深部体温を推定する推定装置と、
該推定した深部体温を表示する表示装置と、
を備える、深部体温計測装置。
【請求項10】
前記計測機器は、前記温度拡散係数を記憶する記憶装置を更に備え、
前記推定装置は、前記受信した感知データと、前記記憶した温度拡散係数から導出した前記熱伝導率とに基づいて、前記深部体温を推定する、
請求項9に記載の深部体温計測装置。
【請求項11】
請求項1乃至5のいずれか1つに記載の温度拡散係数計測装置と、
前記温度センサで感知され前記皮膚温と、前記薄膜型熱流束センサで感知された前記熱流束とに基づいて、前記温度拡散係数から導出した熱伝導率に従って生体内部の深部体温を推定する推定手段と、
を備える、深部体温計。
【請求項12】
前記温度拡散係数を記憶する記憶手段を更に備え、
前記推定手段は、前記感知された皮膚温と、前記感知された熱流束と、前記記憶した温度拡散係数から導出した前記熱伝導率とに基づいて、前記深部体温を推定する、
請求項11に記載の深部体温計。
【請求項13】
前記推定手段は、前記加熱冷却制御手段を用いて前記温度拡散係数を取得し、前記感知された皮膚温と、前記感知された熱流束と、前記温度拡散係数から導出した前記熱伝導率とに基づいて、前記深部体温を推定する、
請求項11に記載の深部体温計。
【請求項14】
前記推定した深部体温を、計測データとして外部へ送信する送信手段を更に備える、請求項11乃至13のいずれか1つに記載の深部体温計。
【請求項15】
前記送信手段は、非接触自動識別(RFID:Radio Frequency Identification)システムで無線通信を行う送信機から成る、請求項14に記載の深部体温計。
【請求項16】
前記薄膜型熱流束センサで感知された熱流束の熱起電力を電力として蓄積するキャパシタを更に備える、請求項14又は15に記載の深部体温計。
【請求項17】
請求項14乃至16のいずれか1つに記載の深部体温計と、計測機器とから成る、深部体温計測装置であって、
前記計測機器は、
該深部体温計から送信された前記計測データを受信する受信機と、
該受信した計測データを、前記生体の深部体温として表示する表示装置と、
を備える、深部体温計測装置。
【請求項18】
請求項5に記載の温度拡散係数計測装置を用いて温度拡散係数を計測する段階と、
前記温度拡散係数計測装置から前記加熱冷却制御手段を取り外して前記生体情報センサを残す段階と、
該生体情報センサで計測された皮膚温と熱流束と上記温度拡散係数から導出される熱伝導率とから深部体温を推定する段階と、
を含む深部体温計測方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、温度拡散係数計測装置に関し、特に、温度拡散係数計測装置を用いた深部体温計、深部体温計測装置、および深部体温計測方法に関する。
【背景技術】
【0002】
周知のように、人の深部体温は常に37℃付近で安定している。ここで、体表面の温度を「皮膚温」というのに対して、直腸温や食道温のようにからだの内部の温度を「深部体温」という。すなわち、「深部体温」とは、人間の体内の温度を指し、生命に関する基本的な情報であるバイタルサインの1つである。例えば、深部体温は、血流、自律神経、内臓などの状態のバロメータとして使用される。そのため、医療分野などでは身体の状態をモニタリングするために、深部体温の計測が重要となる。
【0003】
現在、以下に説明する2つの手法が深部体温の計測に用いられている。2つの手法とは、(i)ゼロ流束法を用いた計測手法、(ii)温度や熱流情報の時系列変化から深部体温を推定するために伝熱方程式を用いる計測手法である。
【0004】
最初に、(i)ゼロ流束法を用いた計測手法について説明する。
【0005】
この計測手法は、例えば、特許文献1に開示されている。特許文献1は、「ゼロ熱流束深部組織温度測定システム」を開示している。
【0006】
特許文献1に開示されたゼロ熱流束深部組織温度測定システムは、ゼロ熱流束構造で配置されたヒータ及び複数の温度センサを有するプローブ(パッチ)により内部温度(深部温度)を測定する。プローブは、可撓性基材層と熱絶縁材料層とを含む。ゼロ流束法を用いた計測手法は、体表面の一部を、プローブ(パッチ)で覆い、ヒータを制御しながら体表面で熱移動を補償した状態を作る。それによって、パッチ直下の体表面に深度温度にきわめて近い温度を持つ領域を形成し、計測する手法である。
【0007】
次に、(ii)伝熱方程式を用いた計測手法について説明する。
【0008】
この計測手法は、例えば、特許文献2に開示されている。特許文献2は、「電子体温計」を開示している。
【0009】
特許文献2に開示された電子体温計は、熱流束センサと温度センサとを有するプローブ(センサヘッド)を備える。伝熱方程式を用いた計測手法は、プローブ(センサヘッド)を体表面に接触させ、計測された熱流束及び温度それぞれの時間変化から深部温度を推定する方法である。なお、特許文献2は、熱流束センサの具体的な構成について何ら開示していないが、熱流束センサとして、積層構造や平面展開型の作動型サーモパイル等を用いることを記載している。
【0010】
特許文献2において、熱流束センサと温度センサとは、互いに近接しているが、互いに離間して配置されている。
【0011】
特許文献3は、サーモパイルを用いた熱流束センサを備えた「内部温度センサ」を開示している。特許文献3に開示された熱流束センサは、基材の面上に設けられた、MEMS(Micro Electro Mechanical Systems)プロセスにより製造されている。熱流束センサは、第1測温部及び第2測温部を有し、第1測温部と第2測温部との間の温度差を検出するサーモパイルが形成されている薄膜部を含む。基材を介して流入する測定対象物からの熱を第2測温部に伝導する熱伝導部材により、第1測温部と基材との間に空間が存在し、かつ、基材に対して平行となるように、薄膜部が支持されている。
【0012】
特許文献3においても、熱流束センサと温度センサとは、互いに近接しているが、互いに離間して配置されている。
【0013】
さらに、特許文献4は、物体内部の温度を非局所的に測定する「温度測定装置」を開示している。特許文献4に開示された温度測定装置は、スピンゼーベック効果を利用することで、測定対象物(磁性体層や基板などの担体)の内部の温度の推定を可能としている。温度測定装置は、温度勾配から熱起電力を生成するスピンゼーベック素子を用いる。スピンゼーベック素子は、スピン軌道相互作用を有する電極膜と、磁性体層と、からなる。電極膜の両端に一対の端子が設けられる。温度測定装置は、スピンゼーベック素子に加えて、局所的な絶対温度を測定するための局所温度計を必要に応じて併用する。上記一対の端子と局所温度計とに、温度計算部が接続される。
【0014】
温度計算部は、起電力検出部と、温度分布推定部と、キャリブレーション情報格納部とを備える。温度検出部は、一対の端子間の電圧を検出し、その検出値を示す電圧情報を生成する。キャリブレーション情報格納部は、電圧の検出値(及び必要に応じて局所温度計による局所温度の検出値)と、対象物(磁性体層)の温度分布との対応関係を関数やテーブルなどの形式で予め格納する。温度分布推定部は、一対の端子の間の電圧(及び必要に応じて局所温度計による検出温度)が検出されると、キャリブレーション情報格納部に格納された対応関係に基づいて、測定対象物(磁性体層や担体)の内部(厚さ方向)の温度分布に関する情報を生成して出力する。
【0015】
特許文献4では、既知の熱源を用いて測定系の事前キャリブレーションを行い、熱起電力生成係数を導出し、測定対象物が単純な形状(無限平板形状や無限円筒形状)とみなして、温度分布モデルを仮定している。
【0016】
更に、非特許文献1は、「超薄型フレキシブルRFID」を開示している。非特許文献1に開示された超薄型フレキシブルRFIDは、薄膜トランジスタ技術とフレキシブル技術とを用いた、フレキシブルRFIDである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0017】
【特許文献1】特表2014−513310号公報
【特許文献2】特開2002−372464号公報
【特許文献3】特開2015−114291号公報
【特許文献4】特許第5807483号公報
【非特許文献】
【0018】
【非特許文献1】小山潤、山下喜就著、“超薄型フレキシブルRFID”、[online]、[平成29年3月26日検索]、インターネット <URL:https://www.jstage.jst.go.jp/article/ejisso/22a/0/22a_0_165/_pdf>
【非特許文献2】熱伝導率・熱拡散率の制御と測定評価方法 サイエンス&テクノロジー株式会社版 ISBN978−4−903413−60−0
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0019】
しかしながら、上述した先行技術文献には、次に述べるような課題がある。
【0020】
特許文献1に開示されたプローブ(パッチ)では、2つの温度センサで熱絶縁材料層を挟み込む構造が必要であるため、デバイスの小型化や薄型化が困難である。また、ヒータの消費電力が少なくないため、プローブ(センサヘッド)はケーブルを介して常に外部電源に接続した状態で用いることが一般的である。独立型のデバイスを例えば24時間程度連続して動作するには10Ah程度の非常に大きなバッテリを用いる必要があり、日常生活に支障をきたさない大きさを実現することが難しい。
【0021】
一方、特許文献2に開示された電子体温計では、2つの温度センサで断熱層を挟み込む構造やヒータが不要なため、ケーブルで機器本体と接続する必要のないデバイスを実現している。しかしながら、計測値の正確性には課題がある。
【0022】
また、特許文献4に開示された温度測定装置では、スピンゼーベック素子の電極膜に誘起された起電力に基づいて、電極膜が取り付けられた測定対象物の内部の温度分布を推定している。しかしながら、特許文献4では、測定対象物は、磁性体層や基板などの担体であって、生体を想定してはいない。
【0023】
詳述すると、熱的非平衡状態、すなわちセンサヘッド部分に熱流が存在する状態での測定によって、生体の深部温度を推定するためには、体表面での温度(皮膚温)、熱流束の計測値に加えて、センサから、体表面を介して体内深部に至る間に存在し熱抵抗となり得る成分の厚さと熱伝導率の情報が必要である。
【0024】
生体として人体に適用する場合、例えば、以下に述べるような熱抵抗成分が存在し、それぞれ変動要因が存在する。
(1)体表面:皮膚の凹凸、皮脂、発汗、体毛などを含む界面の誤差、
(2)体表面直下:表皮、真皮厚さの体の部位による誤差、個人差、
(3)皮下組織:皮下脂肪量、筋肉量、血管の密度等の体の部位による誤差、個人差。
【0025】
深部温度の推定に際しては、各々の熱抵抗成分の一般的な値を用いるため、それぞれの変動要因が、結果として深部体温値の誤差変動として反映されるという問題がある。
【0026】
例えば、(1)体表面の誤差は、センサの接触状態の変化などを反映するため、深部体温の時系列変化の情報精度を著しく損なう。
【0027】
(2),(3)の体内組織に関する誤差は、測定場所の違いや個人差を大きく反映した深部温度を算出する要因となり、異なる条件で計測したデータ同士の比較や統計的な扱いを困難にしてしまう。
【0028】
すなわち、(ii)伝熱方程式を用いた計測手法は、センサ機器の小型化、低消費電力化、給電の為のケーブルが付帯しないセンサを実現でき、また短時間で計測できるという利点がある。
【0029】
しかしながらその一方で、計測値の正確性という最も重要な観点で課題があるため用途が限られてしまう欠点があった。
【0030】
センサの外部に位置する材料の熱抵抗成分を計測する手法としては、例えば2ω法、3ω法、サーモリフレクタンス法などが知られている(非特許文献2参照)。これらの手法は、材料表面に蒸着した金属膜への周期的なジュール熱の印加と、表面温度の応答変化を精密に計測するもので、生体への適用は現実的でなく、実現していない。
【0031】
本発明の目的は、熱的非平衡状態におけるより正確な深部体温計測に必要となる、対象物の熱物性情報を計測する温度拡散係数計測装置を提供することにある。
【0032】
また、特許文献2や特許文献3では、温度センサと熱流束センサとが離間して配置されている。その為、深部温度を正確に推定するのが困難となる。何故なら、特許文献2や特許文献3では、その測定原理において、温度センサが温度を測定した箇所と、熱流束センサが熱流を図る箇所とが、同じ温度であることを前提として、深部体温を推定しているからである。さらに、特許文献3では、測定原理として、内部温度センサが熱平衡状態にあることを前提としているので、非平衡下での深部温度を推定することができない。
【0033】
本発明の目的は、上述した課題のいずれかを解決する、温度拡散係数計測装置、それを用いた深部体温計、深部体温計測装置、および深部体温測定方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0034】
本発明の一実施の形態に係る温度拡散係数計測装置は、皮膚温を計測する極薄型の温度センサおよび皮膚表面の法線方向に生じる熱流束を計測する同じく極薄型の熱流束センサからなる生体情報センサを備え、さらに生体情報センサから体内深部に至る間に存在する熱抵抗成分の温度拡散係数の計測を行うのを可能とする加熱冷却制御手段を備える。
【発明の効果】
【0035】
本発明によれば、生体情報センサに加熱冷却制御手段を持ち合わせることによって、既存の熱伝導式計測手法において大きな誤差要因となっていた皮膚表面や体内の熱物性を実測することができる。その実測値を用いて深部体温を推定することによって、誤差の課題を解決することができる。
【図面の簡単な説明】
【0036】
【
図1】本発明の一実施の形態に係る温度拡散係数計測装置の概略構成を示す断面図である。
【
図2】
図1に示した温度拡散係数計測装置に用いられる加熱冷却制御手段を用いた加熱若しくは冷却時での熱流の様子を示す断面図である。
【
図3】
図1に示した温度拡散係数計測装置に用いられる加熱冷却制御手段の加熱冷却の周期ωを変動したときの、熱流束計測値および温度計測値の変動の様子を示す波形図である。
【
図4】本発明の第1の実施例に係る深部体温計を人体の腕の皮膚表面に貼付した例を示す図である。
【
図5】
図4に示した深部体温計の分解斜視図である。
【
図7】
図4〜
図6に示した深部体温計を用いて熱伝導率λ及び比熱密度c
p、密度ρに関わる温度拡散係数αおよび熱伝導率λを求める方法を説明するための図である。
【
図8】温度拡散係数計測装置に備えた温度センサ、熱流束センサの計測値である温度T(t)と熱流束密度Q(t)が、u(x,t)と、皮膚表面に存在する熱抵抗Rを用いて表現することができることを説明するための図である。
【
図9】本発明の実施例に係る深部体温計測方法を説明するためのフローチャートである。
【
図10】本発明の第2の実施例に係る深部体温計に用いられる深部体温計本体の構成を示す模式図である。
【
図11】
図10に示した深部体温計本体の外観を示す平面図である。
【
図12】本発明の第3の実施例に係る深部体温計を示す図である。
【
図13】
図12に示した深部体温計を含む深部体温計測装置を示すブロック図である。
【
図14】本発明の第4の実施例に係る深部体温計を示す図である。
【
図15】本発明の第5の実施例に係る深部体温計を示す図である。
【
図16】
図15に示した深部体温計を含む深部体温計測装置を示すブロック図である。
【
図17】本実施形態で使用される熱流束センサの一例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0037】
以下、本発明の実施形態について説明する。
【0038】
図1を参照すると、本発明の一実施の形態に係る温度拡散係数計測装置10は、皮膚温を計測する極薄型の温度センサ11、および皮膚表面21の法線方向に生じる熱流束を計測する同じく極薄型の熱流束センサ12から成る生体情報センサ14を備える。従って、生体情報センサ14は、フレキシブルに構成されている。温度拡散係数計測装置10は、さらに生体情報センサ14から体内22深部に至る間に存在する熱抵抗成分の温度拡散係数の計測を行うのを可能にする加熱冷却制御手段16を備える。
【0039】
加熱冷却制御手段16は、温度センサ11と熱流束センサ12とを覆うように存在する。加熱冷却制御手段16は、皮膚表面21を加熱する手段に加えて、皮膚表面21を冷却する手段を備えている。
【0040】
加熱冷却制御手段16は、さらに加熱と冷却を一定の周期で変動させる機構と、その周期を変調する機構とを備える。
【0041】
次に、温度拡散係数計測装置10の動作を定性的に表現する。
【0042】
図2に示されるように、加熱冷却制御手段16を用いた加熱若しくは冷却時には、熱流束センサ12は皮膚表面21から体内22に流れる熱流の入力量の情報を与え、温度センサ11は、熱入力の応答として得られる温度変化から、体内22の比熱や密度、熱伝導率の情報を与える。
【0043】
また、
図3に示されるように、加熱冷却制御手段16の加熱冷却の周期ωを変動することによって、温度変化の波が皮膚表面21から体内22に浸透する実効的な深さを変化させることが出来る。この時に温度、熱流の時系列変化を計測すると、深さに応じた熱物性情報を獲得することが出来る。
【0044】
温度拡散係数計測装置10は、これらを組み合わせることによって、深部体温23の推定に必要な情報を実測することができる。
【0045】
ただし、この時に使用する温度センサ11と熱流束センサ12は、熱抵抗を極限まで小さくすることが求められる。
【0046】
特に特許文献2や3に記載の熱流束センサは、典型的な熱抵抗が10
−3[Km
2/W]と大きく実現が困難であった。
【0047】
これに対して、本実施形態では、熱流束センサ12としてスピンゼーベック効果や異常ネルンスト効果などの磁性熱電効果を利用した薄型熱電変換素子を用いることで10
−5オーダーに熱抵抗を低減することができる。
【0048】
続いて、本実施形態の薄型熱電変換素子について
図17を参照して詳細に説明する。
【0049】
本実施形態の熱流束センサ12は、温度差によって生じる熱起電力を元に電力を得る平板状の熱電変換部材である。
図17(a)は、熱電変換部材1の概観を示した斜視図である。また、
図17(b)は、熱電変換部材1の断面図の概観である。
【0050】
熱電変換部材1は、強磁性、フェリ磁性または反強磁性などの磁性と、電気伝導性を有する一様な材料で構成されている。熱電変換部材1は、平板状の構造を有する。熱電変換部材1は、例えば、Mn、Fe、CoまたはNiなどの3d軌道の電子を有する磁性遷移金属、もしくは、それらの遷移金属のうち、少なくとも1つを含む磁性金属合金によって形成されている。また、熱電変換部材1は、平板状構造の面内に平行に配向した磁化または磁気モーメント成分を有する。
【0051】
熱電変換部材1は、平板状の構造の面直方向に突き抜けるように熱流が生じる。熱電変換部材1の平板の表面と裏面に定常的に温度差が生じる状態となったとき、熱電変換部材1には、熱流方向と磁化方向の両方に直交する方向に平行な向きに異常ネルンスト効果による熱起電力が生じる。
【0052】
異常ネルンスト効果による熱起電力は、熱電変換部材1を構成する材料に依存して符号が変わる性質を有する。
【0053】
次に、熱流束センサ12が複合材料を用いた熱電変換部材によって構成されている例について説明する。
図17(c)は、複合材料を用いた熱流束センサ12の構成を示す断面図である。
【0054】
熱流束センサ12は、絶縁性熱電変換材料2と、導電性熱電変換材料3とによって構成されている。
【0055】
絶縁性熱電変換材料3は、例えば、イットリウム鉄ガーネット(YIG:Yttrium Iron Garnet、Y
3Fe
5O
12)を用いて形成することができる。また、絶縁性熱電変換材料2は、ビスマス(Bi)をドープしたYIG(Bi:YIG)またはイッテルビウムをドープしたYIG(YbY
2Fe
5O
12)を用いて形成してもよい。また、絶縁性熱電変換材料2は、組成MFe
2O
4(Mは金属元素であり、Ni,ZnまたはCoのいずれかを含む)からなるスピネルフェライト材料を用いてもよい。また、マグネタイト(Fe
3O
4)もしくはその他のガーネット構造またはスピネル構造を持つ酸化物磁性体に対して元素置換を施した材料は、弱い電気伝導性を有する場合がある。そのような弱い電気伝導性を有する酸化物磁性体材料も、絶縁性熱電変換材料2として用いることもできる。
【0056】
導電性熱電変換材料3は、逆スピンホール効果(スピン軌道相互作用)を発現する導電体を用いて形成することができる。導電性熱電変換材料3は、例えば、スピン軌道相互作用が比較的大きいAu、Pt、Pd、Ni、Fe、Bi、その他のd軌道またはf軌道を有する遷移金属もしくはそれらの遷移金属を有する合金材料を用いて形成される。導電性熱電変換材料3は、Cuなどの一般的な金属膜材料に、FeまたはIrなどの材料を0.5から10molパーセント程度ドープすることで同様の効果を発現させた金属膜材料を用いて形成することもできる。
【0057】
また、遷移金属のうち、W、Ta、Mo、Cr、VまたはTiを用いると、Au、Pt、Pdまたはこれらを含有する合金とは、逆符号の電圧を得ることができる。すなわち、W、Ta、Mo、Cr、VまたはTiを用いると、Au、Pt、Pdまたはこれらを含有する合金とは、逆スピンホール効果によって発生する電流の向きが反対になる。また、導電性熱電変換材料3は、酸化インジウムスズ(ITO)などの酸化物伝導体もしくは組成CuMo2またはSrMO3(Mは金属元素で、Mn、Ni、CoまたはFeのいずれかを含む)などの磁性酸化物半導体を用いて形成されていてもよい。
【0058】
絶縁性熱電変換材料2と導電性熱電変換材料3とは、清浄な界面を介して接合している。そのため、絶縁性熱電変換材料2と導電性熱電変換材料3との組み合わせは、スピンゼーベック素子として機能する。また、導電性熱電変換材料3が磁性を持っていた場合、異常ネルンスト効果も兼ね備えた複合型の磁性熱電効果素子として機能する。
【0059】
熱流束センサ12としては、さらに多層の構造の熱電変換部材を用いることもできる。
図17(d)は、多層構造を有する熱流束センサ12の構成の例を示した断面図である。熱流束センサ12は、第1の熱電変換材料4の層と、第2の熱電変換材料5の層とを交互に備えている。第1の熱電変換材料4は、絶縁性熱電変換材料2と同様の材料を用いることができる。また、第2の熱電変換材料5は、導電性熱電変換材料3と同様の材料を用いることができる。
【0060】
図17(d)の熱流束センサ12は、両側の表面が第1の熱電変換材料4となるように構成され、第1の熱電変換材料4の層と、第2の熱電変換材料5の層とが交互になるように積層されている。第2の熱電変換材料5と、第2の熱電変換材料5を挟み込む2つの第1の熱電変換材料4との組み合わせは、スピンゼーベック素子としての機能を有する。そのため、熱流束センサ12は、複数のスピンゼーベック素子が積層された構成を有している。
図17(d)は、3層の第1の熱電変換材料4と、2層の第2の熱電変換材料5とによって、2つのスピンゼーベック素子が積層されている構成を示している。また、第1の熱電変換材料4と、第2の熱電変換材料5の各層は、互いに組成の異なる材料によって形成されていてもよい。
【0061】
図1に戻って、本実施形態では、温度センサ11および熱流束センサ12に加えて、加熱と冷却とを周期的に行うことが出来る加熱冷却制御手段16によって、生体の熱物性情報取得を実現している。
【0062】
また、加熱冷却制御手段16は、必要に応じて利用することが可能で、着脱することもできる。すなわち、加熱冷却制御手段16を利用しない間は加熱冷却制御手段16を取り外すことや、必要となった場合には改めて加熱冷却制御手段16を装着することが出来る。
【0063】
本実施形態の効果について説明する。
本実施形態によれば、生体情報センサ14に加熱冷却制御手段16を持ち合わせることによって、既存の熱伝導式計測手法において大きな誤差要因となっていた皮膚表面21や体内22の熱物性を実測することができる。
【0064】
その実測値を用いて深部体温23を推定することによって、誤差の課題を解決することができる。
【0065】
以下、本発明の実施例について説明する。
【実施例1】
【0066】
図4乃至
図6を参照して、本発明の第1の実施例に係る深部体温計30について詳細に説明する。
【0067】
以下の図面においては、各構成をわかりやすくするために、実際の構造と各構造における縮尺や数等が異なっている。
【0068】
ここでは、
図4に示されるように、本第1の実施例の深部体温計30を生体の皮膚表面21に接触させて用いる場合について説明する。
図4は、深部体温計30を、人体の腕の皮膚表面21に貼付した例を示している。
【0069】
図5は深部体温計30の分解斜視図である。
図6は深部体温計30の断面から見た概略図である。
【0070】
以下、
図5および
図6を用いて、深部体温計30の構成について説明する。
【0071】
図5に示されるように、本第1の実施例の深部体温計30は、主に三つの要素から成る。第一の要素は、深部体温計本体(後述する)を皮膚表面21(
図4参照)に固定するための導熱性粘着部32である。第二の要素は、皮膚表面21から体内22深部に至る温度拡散係数を計測する目的で熱流を発生するために用いる熱流生成部33である。第三の要素は、深部体温計本体38である。
【0072】
図6に示されるように、深部体温計本体38は、母材フィルム34、熱流束センサ35、温度センサ36、および保護膜37から成る。
【0073】
熱流生成部33は、上記加熱冷却制御手段16として働く。深部体温計本体38は、上記生体情報センサとして動作する。したがって、深部体温計30は、上記温度拡散係数計測装置としても働く。
【0074】
導熱性粘着部32は、アクリル系粘着材、ゴム系粘着材、シリコーン系粘着材を主な原料として、熱伝導率を向上させるためにカーボンや高熱伝導セラミックスをフィラー材料として添加した材料によって構成することができる。
【0075】
熱流生成部33は、BiTe系の半導体材料で構成される市販のペルチェ素子や、磁性絶縁体と金属の積層膜で構成されるスピンペルチェ素子を用いることが出来る。
【0076】
母材フィルム34には、救急絆創膏などに用いられるポリ塩化ビニル系、ポリウレタン、ポリオレフィン系のポリマーフィルムにより構成することができる。強度を高める目的で、母材フィルム34は、ポリエーテル、ポリエチレン、ポリイミドなどの材料などを含めた材料で一部若しくは全体を構成することも可能である。
【0077】
熱流束センサ35は、スピンゼーベック効果や異常ネルンスト効果を用いた非常に薄型の熱流束センサを用いる。熱流束センサ35の詳細については後述する。
【0078】
温度センサ36は、一般的に用いられる熱電対や薄膜抵抗温度計を用いることが出来る。
【0079】
保護膜37は、各種センサ部分の絶縁や機械的な破損を防ぐ目的で、母材フィルム34と同様の材料を用いて作製する。
【0080】
(温度拡散係数の計測原理)
図7を参照して、深部体温計(温度拡散係数計測装置)30を用いて熱伝導率λ及び比熱密度c
p、密度ρに関わる温度拡散係数αおよび熱伝導率λを求める方法について説明する。
【0081】
温度拡散係数計測装置30と被計測物となる体内22の温度を、一次元の熱拡散モデルで表現できると考える。皮膚表面21から体内22に向かう方向を正とし0からLの間で定義される位置x、正の時間tとすると、系の温度分布u(x,t)は、
図7の式1に示す拡散型の偏微分方程式の形で記述できる。
【0082】
ここでu
tは温度分布uを時間tで一階微分したもの、u
xxは同じく温度分布uを位置xで二階微分したものを意味する。また、係数α=λ/(ρc
p)が温度拡散係数、式1の右辺は体内22の発熱量の分布に相当する関数hである。
【0083】
この式1を解くに当たって、計測の原理を簡便に説明するために、
図7(a)の式2に示す条件を仮定する。まず、初期条件として発熱量hは体内22全体で一様な定数h
0、皮膚表面21での初期温度u(0,0)=0、すなわち皮膚表面温度を基準値とした温度スケールを考える。また、深部体温23に相当する位置Lの温度をdとする。また、時刻∞の皮膚表面温度をu(0,∞)=T
1と考えて、
図7(a)の式1を解く。
【0084】
この熱拡散方程式の解析解は、以下の数1のように過渡変化を表す級数の項とそれ以外の定常項の和として表すことが出来る。
【数1】
【0085】
t=∞の極限では、級数の総和はゼロであり二次曲線で表される温度プロファイルが得られることが分かる。仮に、温度拡散係数α=0.2mm/s、人体の発熱密度0.8W/m
2、皮膚表面温度T
1=0℃、深部体温d=5℃、距離L=4cmとすると、
図7(a)に実線で示すような上に凸なグラフが得られる。
【0086】
次に、温度拡散係数αの評価について説明する。計測の方法には幾つかの手段がある。
【0087】
例えば、計測に際して深部体温d、皮膚表面温度T
1、使用前の深部体温計本体38の温度すなわち室温T
Rがそれぞれ異なることを前提として、深部体温計30を皮膚表面21に貼付するとする。このとき、深部体温計30が優位な熱抵抗を持つために、皮膚表面21の温度は新たな熱平衡状態となる新たな温度T
1に変化する。
【0088】
上記の解析解から、T
1=2℃の場合の新たな熱平衡状態の温度変化を
図7(a)の点線で、また体表面x=0における温度の過渡変化を
図7(b)に示す。式から明らかなように過渡変化の変化率は、温度拡散係数αに依存することから、計測した温度変化に対して簡単な計算を行うことによってαを求めることが出来る。
【0089】
このほかにも、熱流生成部33から一定の熱流量を供給した場合の温度変化からも温度拡散係数αを計測することが出来る。
【0090】
場合によっては、幾つかの計測方法を組み合わせてより正確な温度拡散係数αの値を求めることが出来る。
【0091】
次に、熱伝導率を求めるために、皮膚表面21で時間依存の周期的温度変化u(0,t)=q
0sinωtが生じる時間依存の境界条件を与える。
【0092】
この周期的温度変化は、温度拡散係数計測装置30に備えてある熱流生成部33の機能を用いて発生させるものである。厳密には、熱流生成部33も含めた伝熱解析を行うことが可能であるが、ここでは簡素化してx≧0の領域について、また発熱h
0は過渡的な変化に影響を与えないと考えh
0=0として、解析的なアプローチを適用する。
【0093】
また、温度拡散係数計測装置30に備えた温度センサ36、熱流束センサ35の計測値である温度T(t)と熱流束密度Q(t)は
図8の式3に示すようにu(x,t)と、皮膚表面21に存在する熱抵抗Rとを用いて表現することが出来る。
【0094】
u(x,t)の解析解は、下記の数2の形で表すことが出来る。
【数2】
【0095】
実際の計測では、まずQ(t)のシグナルから、u(0,t)=q
0sinωtに同期する成分の振幅強度Q
Rを抽出する。ロックインアンプなどを用いて計測する同期信号成分と同様のものである。
【0096】
u(x,t)の解析解を位置xで微分して、x=0とするとQ(t)を求めることができ、その内のsinωtの係数を抽出すると、下記の数3と表現できることがわかる。
【数3】
【0097】
ここでc
0は解析的に求めることが出来る定数である。すなわち、Q
Rは√ωに線形比例して増大する性質がある。従って、二つ以上の異なるωでQ
Rの強度を計測し、√ωに対してプロットすることで、ω=0の切片とその傾きとから熱伝導率λを求めることが可能である。
【0098】
さらに、T(t)とQ(t)の計測値から接触抵抗Rも計測することが可能である。
【0099】
(深部体温の計測原理)
深部体温23は、予め計測した熱伝導率λと、上記で求めた解析式とを用いて推定することが出来る。
【0100】
尚、上述のようにして、一旦、熱伝導率λを求めてしまえば(すなわち、一旦、キャリブレーションを行なった後では)、熱流束センサ35で計測された熱流束(熱起電力)と、温度センサ36で検出された皮膚温とから、深部体温23を推定することが出来る。換言すれば、一度キャリブレーションした後は、熱流生成部33は不要であって、深部体温計本体38と導熱性粘着部32とさえあればよい。
【0101】
そのため、熱流生成部(加熱冷却制御手段)33は、深部体温計本体(生体情報センサ)38に対して着脱自在に設けられている。
【0102】
また、上述したように、温度拡散係数αと熱伝導率λとは互いに関係している。
【0103】
したがって、
図9に示されるように、本実施例に係る深部体温計測方法は、計測段階と、取り外し段階と、推定段階との3つの段階から成る。計測段階では、深部体温計(温度拡散係数計測装置)30を用いて温度拡散係数を計測する(ステップS101)。取り外し段階では、深部体温計(温度拡散係数計測装置)30から熱流生成部(加熱冷却制御手段)33を取り外して深部体温計本体(生体情報センサ)38を残す(ステップS102)。推定段階は、該深部体温計本体(生体情報センサ)38で計測された皮膚温および熱流束と、上記温度拡散係数から導出される熱伝導率とから深部体温を推定する(ステップS013)。計測段階と、取り外し段階と、推定段階は、それぞれ必要に応じて繰り返し行うことができる。その結果、計測の精度を高めたり、状況の変化に起因する精度の低下を防ぐことができる。
【0104】
次に、本第1の実施例の効果について説明する。
【0105】
第1の実施例は、熱流生成部(加熱冷却制御手段)33を持ち合わせることによって、既存の熱伝導式計測手法において大きな誤差要因となっていた皮膚表面や体内22の熱物性を実測できるという効果を奏する。その実測値を用いて深部体温23を推定することによって、誤差の課題を解決することができる。
【実施例2】
【0106】
図10乃至
図11を参照して、本発明の第2の実施例に係る深部体温計30Aについて詳細に説明する。
【0107】
第1の実施例では、外界の温度が定常的であることを前提としているため、室温が安定した状態で用いることが必要となる。
【0108】
しかし、一般の生活においては、着衣の変化、外気温の変化など、熱的平衡状態に変化を与える要因が多く存在する。このため、これらの要因が計測値に影響を与えることを想定した構成を用いることが好ましい。
【0109】
例えば、深部体温は短時間で大きく変化する性質の指標ではないため、過渡的な外的要因の変化を排除することは難しくない。一方で、睡眠や概日リズムに伴って数10分〜数時間かけて生じる変化と同期して、例えば外気温などが変化した場合、これらを切り分けることが難しくなる。
【0110】
このような誤差を排除する最も効果的な方法は、異なる熱伝達経路を有する二組以上の熱流束センサと温度センサを用いることである。
【0111】
図10、
図11を用いて、本第2の実施例に係る深部体温計30Aに用いられる深部体温計本体38Aの構成について説明する。
図10は、第1の実施例の母材フィルム34(
図6)を基板51として配置してある各種センサの面内の構成を模式的に表した図である。
【0112】
母材フィルム34に相当する基板51には、厚さ10ミクロンのポリイミドフィルムを用いる。基板51の表面に、第一の熱電材料薄膜52と第二の熱電材料薄膜53とで構成される折り返し電極型の熱流束センサと、第一の抵抗温度計54と、第二の抵抗温度計55とが、ステンシルマスク蒸着により作製してある。
【0113】
従って、第一の熱電材料薄膜52と第二の熱電材料薄膜53との組み合わせによって、
図1に示す熱流束センサ12が構成される。第一の抵抗温度計54と第二の抵抗温度計55との組み合わせが、
図1に示す温度センサ11として働く。
【0114】
ここで第一の熱電材料薄膜52には、組成比1:1の白金鉄合金からなる厚さ30nmの薄膜を、第二の熱電材料薄膜53には同じく厚さ30nmの純鉄製薄膜を、ステンシルマスクを用いたスパッタ蒸着により作製した。
【0115】
さらに、第一の抵抗温度計54と第二の抵抗温度計55とをともに厚さ100nmの白金薄膜により作製した。
【0116】
続いて、第一の熱電材料薄膜52、第2の熱電材料薄膜53、第一の抵抗温度計54、第二の抵抗温度計55のそれぞれと良好な電気的接触が確保できるようにコントローラ56を接着させ実装した。
【0117】
さらに、
図11に示すように第二の抵抗温度計55の全体を覆うように配置する保護フィルム61と、さらに深部体温計30Aの熱流束センサ(52,53)と第一、第二の抵抗温度計54、55全体を覆うように配置する保護フィルム62とによって、各センサを構成する薄膜パターンを保護する。
【0118】
次に、第2の実施例の効果について説明する。
【0119】
第2の実施例は、上記第1の実施例の効果に加えて、熱的平衡状態に変化を与える要因による誤差を排除できるという効果がある。その理由は、異なる熱伝達経路を有する二組以上の熱流束センサ52、53と温度センサ54、55とを用いているからである。
【実施例3】
【0120】
図12を参照して、本発明の第3の実施例に係る深部体温計30Bについて説明する。
【0121】
図示の深部体温計30Bは、制御回路71と送受信装置72とをさらに備えている点を除いて、
図4〜
図6に示した第1の実施例に係る深部体温計30と同様の構成を有し、動作をする。
【0122】
図示の深部体温計30Bは、制御回路71および送受信装置72を備えることによって、無線で外部と通信が可能となっている。制御回路71の動作モードは外部から無線で設定できるようになっている。
【0123】
したがって、制御回路71と送受信装置72との組み合わせは、温度センサ36(
図6)で感知された皮膚温と熱流束センサ35(
図6)で感知された熱流束(出力電圧)とを、感知データとして外部へ送信する送信手段(71,72)として働く。
【0124】
また、この送信手段(71,72)は、加熱冷却制御手段として働く熱流生成部33が生体情報センサ38から取り外される前に、熱流生成部33を用いて計測された温度拡散係数を少なくとも一回送信するように構成されている。
【0125】
尚、送受信装置72は、非接触自動識別(RFID:Radio Frequency Identification)システムで無線通信を行う送受信部から成る。RFIDシステムとしては、上記非特許文献1に記載されている超薄型フレキシブルRFIDを用いることができる。
【0126】
図13は、深部体温計30Bを含む深部体温計測装置100の構成を示すブロック図である。
【0127】
深部体温計測装置100は、深部体温計30Bに加えて、計測機器80を更に備える。
【0128】
計測機器80は、受信機82と、記憶装置84と、推定装置86と、表示装置88とを有する。
【0129】
受信機82は、深部体温計(温度拡散係数計測装置)30Bから送信される上記感知データと上記温度拡散係数とを受信する。記憶装置84は、その受信した温度拡散係数を記憶する。
【0130】
推定装置86は、受信した感知データと、記憶した温度拡散係数から導出した熱伝導率とに基づいて、深部体温を推定する。表示装置88は、推定した深部体温を表示する。
【0131】
第3の実施例は、上記第1の実施例の効果に加えて、感知データ等や温度拡散係数を無線で外部へ送信できるという効果をも奏する。
【実施例4】
【0132】
図14を参照して、本発明の第4の実施例に係る深部体温計30Cについて説明する。
【0133】
図示の深部体温計30Cは、キャパシタ73をさらに備えている点を除いて、
図12に示した第3の実施例に係る深部体温計30Bと同様の構成を有し、動作をする。
【0134】
熱流センサ35(
図6)からは常に熱起電力が発生している。そこで、本第4の実施例による深部体温計30Cでは、この発生した熱起電力を昇圧してキャパシタ73に蓄積する。
【0135】
第4の実施例は、上記第1の実施例の効果に加えて、外部電池や外部からの給電無しに自立駆動し、感知データや温度拡散係数を無線で外部へ送信することができるという効果をも奏する。
【実施例5】
【0136】
図15を参照して、本発明の第5の実施例に係る深部体温計30Dについて説明する。
【0137】
図示の深部体温計30Dは、制御回路71の代わりにコントローラ71Aを使用している点を除いて、
図12に示した第3の実施例に係る深部体温計30Bと同様の構成を有し、動作をする。
【0138】
コントローラ71Aは、記憶装置76と推定装置77とから成る。コントローラ71Aは、例えば、マイクロプロセッサやマイクロコントローラとして動作するIC(integrated circuit)チップによって実現可能である。
【0139】
記憶装置76は、温度拡散係数を記憶する。推定装置77は、温度センサ36(
図6)で感知された皮膚温と、熱流束センサ35(
図6)で感知された熱流束(出力電圧)とに基づいて、記憶装置76に記憶した温度拡散係数から導出した熱伝導率に従って生体内部の深部体温を推定する。
【0140】
送受信装置72は、この推定した深部体温を、計測データとして外部へ送信する。
【0141】
図16は、深部体温計30Dを含む深部体温計測装置100Aの構成を示すブロック図である。
【0142】
深部体温計測装置100Aは、深部体温計30Dに加えて、計測機器80Aを更に備える。
【0143】
計測機器80Aは、受信機82と表示装置88とから成る。
【0144】
受信機82は、深部体温計30Dから送信された上記計測データを受信する。
【0145】
表示装置88は、受信した計測データを、生体の深部体温として表示する。
【0146】
第5の実施例は、上記第1の実施例の効果に加えて、推定した深部体温を計測データとして無線で外部へ送信することができるという効果をも奏する。
【0147】
以上、実施形態を参照して本発明を説明したが、本発明は上記実施形態に限定されるものではない。本発明の構成や詳細には、本発明のスコープ内で当業者が理解しえる様々な変更をすることができる。
【0148】
上記の実施形態および実施例の一部又は全部は、以下の付記のようにも記載されうるが、以下には限られない。
【0149】
(付記1)
生体の皮膚表面に接触して使用される温度拡散係数計測装置であって、
前記生体の皮膚表面に接触する位置に設けられ、皮膚温を感知するように動作する温度センサと、
該温度センサと近接した状態で、前記生体の皮膚表面に接触する位置に設けられ、前記生体の皮膚表面の法線方向に生じる熱流束を感知するように動作する薄膜型熱流束センサと、
から成る生体情報センサを備え、
さらに前記生体情報センサから前記生体の体内深部に至る間に存在する熱抵抗成分の温度拡散係数の計測を行うのを可能にする加熱冷却制御手段
を備える、温度拡散係数計測装置。
【0150】
(付記2)
前記薄膜型熱流束センサは、
前記生体の皮膚表面に接触される基板と、
該基板上に設けられ、膜面に平行な成分を持つ一定の磁化方向を有し、磁性伝導体により構成される磁性伝導体膜と、を備え、
前記磁性伝導体膜表面に垂直な温度勾配を、前記磁性伝導体膜の表面内の電位差として出力可能に構成されている、付記1に記載の温度拡散係数計測装置。
【0151】
(付記3)
前記薄膜型熱流束センサは、
前記生体の皮膚表面に接触される基板と、
該基板上に設けられ、膜面に平行な成分を持つ一定の磁化方向を有し、磁性伝導体により構成される磁性伝導体膜と、
該磁性伝導体膜に接して設けられ、膜面に平行な成分を持つ一定の磁化方向を有し、磁性絶縁体により構成される磁性体絶縁膜と、
前記磁性伝導体膜に設けられ、スピン軌道相互作用を持つ導電性材料を有する電極と、を備え、
前記磁性伝導体膜表面に垂直な温度勾配を、前記磁性伝導体膜の表面内の電位差として出力可能に構成されている、付記1に記載の温度拡散係数計測装置。
【0152】
(付記4)
前記生体情報センサは、フレキシブルに構成されている、付記1乃至3のいずれか1つに記載の温度拡散係数計測装置。
【0153】
(付記5)
前記加熱冷却制御手段は、前記生体情報センサから着脱自在に設けられている、付記1乃至4のいずれか1つに記載の温度拡散係数計測装置。
【0154】
(付記6)
前記温度センサで感知された前記皮膚温と、前記薄膜型熱流束センサで感知された前記熱流束とを、感知データとして外部へ送信する送信手段を更に備え、
該送信手段は、前記加熱冷却制御手段が前記生体情報センサから取り外される前に、前記加熱冷却制御手段を用いて計測された前記温度拡散係数を少なくとも一回送信する、付記5に記載の温度拡散係数計測装置。
【0155】
(付記7)
前記送信手段は、非接触自動識別(RFID:Radio Frequency Identification)システムで無線通信を行う送信機から成る、付記6に記載の温度拡散係数計測装置。
【0156】
(付記8)
前記薄膜型熱流束センサで感知された熱流束の熱起電力を電力として蓄積するキャパシタを更に備える、付記6又は7に記載の温度拡散係数計測装置。
【0157】
(付記9)
付記6乃至8のいずれか1つに記載の温度拡散係数計測装置と、計測機器とから成る、深部体温計測装置であって、
前記計測機器は、
該温度拡散係数計測装置から送信された前記感知データを受信する受信機と、
該受信した感知データに基づいて、前記温度拡散係数から導出した熱伝導率に従って前記生体の深部体温を推定する推定装置と、
該推定した深部体温を表示する表示装置と、
を備える、深部体温計測装置。
【0158】
(付記10)
前記計測機器は、前記温度拡散係数を記憶する記憶装置を更に備え、
前記推定装置は、前記受信した感知データと、前記記憶した温度拡散係数から導出した前記熱伝導率とに基づいて、前記深部体温を推定する、
付記9に記載の深部体温計測装置。
【0159】
(付記11)
付記1乃至5のいずれか1つに記載の温度拡散係数計測装置と、
前記温度センサで感知され前記皮膚温と、前記薄膜型熱流束センサで感知された前記熱流束とに基づいて、前記温度拡散係数から導出した熱伝導率に従って生体内部の深部体温を推定する推定手段と、
を備える、深部体温計。
【0160】
(付記12)
前記温度拡散係数を記憶する記憶手段を更に備え、
前記推定手段は、前記感知された皮膚温と、前記感知された熱流束と、前記記憶した温度拡散係数から導出した前記熱伝導率とに基づいて、前記深部体温を推定する、
付記11に記載の深部体温計。
【0161】
(付記13)
前記推定手段は、前記加熱冷却制御手段を用いて前記温度拡散係数を取得し、前記感知された皮膚温と、前記感知された熱流束と、前記温度拡散係数から導出した前記熱伝導率とに基づいて、前記深部体温を推定する、
付記11に記載の深部体温計。
【0162】
(付記14)
前記推定した深部体温を、計測データとして外部へ送信する送信手段を更に備える、付記11乃至13のいずれか1つに記載の深部体温計。
【0163】
(付記15)
前記送信手段は、非接触自動識別(RFID:Radio Frequency Identification)システムで無線通信を行う送信機から成る、付記14に記載の深部体温計。
【0164】
(付記16)
前記薄膜型熱流束センサで感知された熱流束の熱起電力を電力として蓄積するキャパシタを更に備える、付記14又は15に記載の深部体温計。
【0165】
(付記17)
付記14乃至16のいずれか1つに記載の深部体温計と、計測機器とから成る、深部体温計測装置であって、
前記計測機器は、
該深部体温計から送信された前記計測データを受信する受信機と、
該受信した計測データを、前記生体の深部体温として表示する表示装置と、
を備える、深部体温計測装置。
【0166】
(付記18)
付記5に記載の温度拡散係数計測装置を用いて温度拡散係数を計測する段階と、
前記温度拡散係数計測装置から前記加熱冷却制御手段を取り外して前記生体情報センサを残す段階と、
該生体情報センサで計測された皮膚温と熱流束と上記温度拡散係数から導出される熱伝導率とから深部体温を推定する段階と、
を含む深部体温計測方法。
【0167】
この出願は、2017年3月31日に出願された日本出願特願2017−69801号を基礎とする優先権を主張し、その開示の全てをここに取り込む。
【符号の説明】
【0168】
1 熱電変換部材
2 絶縁性熱電変換材料
3 導電性熱電変換材料
4 第1の熱電変換材料
5 第2の熱電変換材料
10 温度拡散係数計測装置
11 温度センサ
12 熱流束センサ
14 生体情報センサ
16 加熱冷却制御手段
21 皮膚表面
22 体内
23 深部体温
30、30A、30B、30C、30D 深部体温計(温度拡散係数計測装置)
32 導熱性粘着部
33 熱流生成部
34 母材フィルム
35 熱流束センサ
36 温度センサ
37 保護膜
38、38A 深部体温計本体(生体情報センサ)
51 基板
52 第一の熱電材料薄膜
53 第二の熱電材料薄膜
54 第一の抵抗温度計
55 第二の抵抗温度計
56 コントローラ
61、62 保護フィルム
71 制御回路
71A コントローラ
72 送受信装置
73 キャパシタ
76 記憶装置
77 推定装置
80、80A 計測機器
82 受信機
84 記憶装置
86 推定装置
88 表示装置
100、100A 深部体温計測装置
【国際調査報告】