【実施例】
【0059】
[材料と方法]
1.プラスミド構築及びタンパク質精製
SNAPfタグをコードする核酸配列を含むDNA断片を、pSNAPfベクター(NEB)を鋳型として用いてPCRによって増幅した。In−Fusion HD(Clontech)を用いてpQE−30(Qiagen)のT7 RNAポリメラーゼのN末端に連結した。sfGRP配列又はmCherry配列を、pET32b(Merck)のNdeI−EcoRI部位に挿入した。タンパク質生産効率を改善するため、mCherryの最初の21コドン(対応するアミノ酸配列:MVSKGEEDNMAIIKEFMRFKV(配列番号73))を、ATリッチな配列へと最適化した(オリジナル:ATGGTG AGC AAG GGC GAG GAG GAT AAC ATG GCC ATC ATC AAG GAG TTC ATG CGC TTC AAG GTG(配列番号71);最適化後:ATG GTT TCT AAA GGT GAA GAA GAT AAC ATG GCA ATT ATT AAA GAA TTT ATG CGT TTT AAA GTT(配列番号72))。最適化されたmCherry配列を用いた場合、PUREシステム(PURE frex 2.0)におけるタンパク質産生が、オリジナル配列を用いた場合と比較して4〜5倍に増加したことが、[
35S]メチオニンを用いた定量により示された。かかる配列は、実施例6等において使用した。該組み換えタンパク質は、大腸菌BL21株において、N末端にHisタグを付与した状態で発現させた。通常、大腸菌細胞は1L培地で培養し、超音波破砕し、遠心し、次いで、該タンパク質を公知の方法(Y. Shimizuら、Cell-free translation reconstituted with purified components. Nat Biotechnol. 19, 751-755 (2001))を用いて、5mL容量のHisTrap HPカラム(GEヘルスケア)を用いて精製した。T7 RNAP
SNAPfを、さらに、5mL容量のHiTrapQカラム(GE Healthcare)を用いて精製した。ピーク画分を採取し、HTバッファー(50mM HEPES−KOH、pH7.6、100mM塩化カリウム、10mM塩化マグネシウム、40%グリセロール、7mMβメルカプトエタノール)に置換し、液体窒素中で凍結した後、−80℃で保存した。
【0060】
2.足場及びオリゴヌクレオチド
一本鎖M13mp18DNAをNEBから購入し、DNAオリガミの足場として用いた。未修飾のステープル鎖は、オリゴヌクレオチド精製カートリッジ(OPC)グレードのものをSigma−Genosysより購入した。蛍光色素(Cy3及びCy5)で修飾したステープル鎖は、PAGE精製グレードのものをSigma−Genosysより購入した。2重ビオチンで修飾したステープル鎖は、HPLC精製グレードのものをIDTより購入した。アミノ基修飾したステープル鎖は、HPLC2回精製グレードのものをIDTより購入した。公知の方法(N. D. Derrら、Tug-of-war in motor protein ensembles revealed with a programmable DNA origami scaffold. Science 338, 662-665 (2012))に従い、ステープル鎖とGB−GLA−NHS(NEB、DMSO溶解)を混合することにより、SNAPリガンドをアミノ基修飾ステープル鎖に共有結合的に結合させた。精製したSNAPタグタンパク質を用いたゲルシフトアッセイにより、SNAPリガンドのラベル効率は95〜98%であると推定した。光架橋性塩基(cnvK:3−Cyanovinylcarbazole)修飾したステープル鎖は、HPLC精製グレードのものをつくばオリゴサービスより購入した。以下に本明細書で使用したプライマー等の配列を示す。
【0061】
【表1】
【0062】
【表2】
【0063】
【表3】
【0064】
【表4】
【0065】
【表5】
【0066】
【表6】
【0067】
【表7】
【0068】
【表8】
【0069】
【表9】
【0070】
3.DNAオリガミの構築及びT7 RNAPSNAPfの組立て
長方形のDNAオリガミタイル(1ターン当たり10.4bp)を、1×タイルバッファー(20mM Tris−acetate、pH7.5、10mM酢酸マグネシウム、1mM EDTA)中で折り畳んだ。通常、40nMの一本鎖M13mp18DNA(NEB)と110nMの各ステープル鎖(3倍等量超)を1×タイルバッファー中で混合し、PCR装置(Bio−Rad)を用いて、1℃/30秒の平均速度で、85℃から25℃に温度を下げることでアニールさせた。折り畳まれたDNAオリガミタイルを、MicroSpin S−300 HRカラム(GE Healthcare)にロードし、過剰量のステープル鎖を除去した。次に、DNAオリガミタイルを20倍等量のStreptavidin(SA)と混ぜ、23℃で10分間反応させ、SAを結合させた後に、MicroSpin S−400 HRカラム(GE Healthcare)にロードし、過剰量のステープル鎖を除去した。最後に、T7 RNAP
SNAPfをDNAオリガミに混合し、公知のトーホールド置換メカニズム(toehold displacement mechanism)を介したDNAコンジュゲート磁気ビーズ(Dynabeads MyOne Streptavidin C1、Thermo Fisher Scientific)を用いて精製した(T7−SA−チップ。T. Torisawaら、Autoinhibition and cooperative activation mechanisms of cytoplasmic dynein. Nat. Cell Biol. 16, 1118-1124 (2014))。
【0071】
4.T7チップ上への第1及び第2の遺伝子の固定
第1の遺伝子は、アビジン−ビオチン法を用いてDNAオリガミタイルに結合させた。2重ビオチンで修飾したプライマーを用いてPCRを行い、そのPCR産物を、未精製又はアガロースゲル精製を行った状態のいずれかで用いた。また、必要に応じて濃縮を行った。続いて、2重ビオチンが結合した遺伝子を、T7−SA−チップと混ぜ、精製せずに活性評価に用いた。第2の遺伝子は、修復法によってDNAオリガミタイルに集積化(integrate)させた。まず、2重ビオチンが結合した第2の遺伝子を、20倍等量のStreptavidin(SA)と混ぜ、23℃で10分間反応させ、SAを結合させた後に(SA−gene)、1%アガロースゲルを用いてゲル切り出し精製を行った(1xTAEバッファーで30分泳動)。精製したSA−Geneは遠心エバポレーター(TOMY MV−100)で200−250nM程度に濃縮した。続いて、DNAオリガミタイルを、1つを除く全てのステープル鎖でアニールした。第1の遺伝子を組み込んだ後、折り畳まれたDNAオリガミを、2重ビオチンタグを5’末端に有する、組み込まれなかったステープル鎖(5倍等量)と共に50℃で1時間反応した後にMicroSpin S−400 HRカラム(GE Healthcare)にロードし、過剰量の追加ステープル鎖を除去した。次いで、ストレプトアビジンでプレコンジュゲートした第2の遺伝子をDNAオリガミタイル上に固定した後、T7 RNAP
SNAPfを混ぜ、上記の磁気ビーズ法によって精製して実験に用いた。サンプルの収率を、アガロースゲル電気泳動及びAFMによって推定した。アガロースゲルを、FLA−3000イメージアナライザー(Fujifilm)によって撮像した。
【0072】
5.センサー付遺伝子のT7チップへの固定
センサー付遺伝子を、上記と同様の方法によってT7チップ上に固定した。ただし、一部のセンサー付遺伝子は2重ビオチンの代わりにビオチンを用いた。センサー付遺伝子の大半は(miRNAを産生するセンサー付遺伝子を除く)、4℃で30分、T7チップと共にインキュベートし(5nMセンサー結合遺伝子及び0.5nMのT7チップ)、精製することなく用いた。miRNAを産生する論理チップを、上記の磁気ビーズ法によって精製した。自由拡散系の基質遺伝子に対するT7チップの見かけのKm値がμモルオーダーであったことから、sfGFPのORFを有する、過剰量の自由拡散系のセンサー結合遺伝子はT7チップによっては転写されないことが確認された(μモルオーダーのKm値は200bpの基質遺伝子長に至ることが確認された(データ非開示))。
【0073】
6.再プログラム可能なチップの作製と論理の書き換え
光架橋性塩基がついたステープルは、まず、UV光(365nm)を用いて架橋反応(室温、30分)を行った後に、ゲル切り出しを行い(15% Urea−PAGE泳動、300V、60分)、カラム(QIAGEN社 nucleotide removal column)精製した。精製した架橋済みステープルは乾燥させ、TEで溶かした後に、他のステープルと混ぜ、上記と同様の方法で、遺伝子付のT7チップを作製した。論理の書き換えは、別の波長のUV光(312nm)を照射し(4℃、10分)、行った。
【0074】
7.個体(生体)内におけるRNA産生
Cageのスキャフォルド(3614nt)を、2つの方法で調製した。1つ目の方法では、自体公知の方法(P. Shresthaら、Confined Space Facilitates G-quadruplex Formation. Nat. Nanotechnol. 12, 582-588 (2017))に従った。市販の1本鎖DNAのp8064スキャフォルド(tilibit nanosystems/Eurofins Genomics)に2つの相補的DNA(TAAGGGAAAATTAATTAATAGCGACGAT (PacI用)と(TAGCCTTTGTAGATCTCTCAAAAATA (Bg1II用))を加えた後、制限酵素(PacI/Bg1II)でp8064スキャフォルドを2箇所切断し、長さ3614ntの1本鎖DNAを得た。2つ目の方法では、自体公知の方法(Veneziano Rら、Enzymatic synthesis of gene-length single-stranded DNA. Sci Rep. 8, 6548 (2018))に従い、非対称増幅PCR(asymmetric PCR)で該当箇所を増幅し(Forward primer: "p8064_F4475_20nt" TAATAGCGACGATTTACAGA、Reverse primer: "p8064_R24_23nt" TACAAAGGCTATCAGGTCATTGC、PCR酵素: Quanta社 AccuStart Taq DNA Polymerase HiFi)、ゲル切り出しで1本鎖DNAを精製した後に使用した。実験には主に非対称増幅PCRで作製した1本鎖DNAスキャフォルドを使用した。Cageの組み立ては、自体公知の方法(P. Shresthaら、Confined Space Facilitates G-quadruplex Formation. Nat. Nanotechnol. 12, 582-588 (2017))に従った。通常、20nMの一本鎖スキャフォルドと80nMの各ステープル鎖(4倍等量超)を1×Cageバッファー(20mM Tris−HCl、pH7.6、10mM塩化マグネシウム、1mM EDTA)中で混合し、PCR装置(Matsusada)を用いて、65℃ 15分置いた後に、50℃に1時間置き、アニールさせた。折り畳まれたCageを、MicroSpin S−200 HRカラム(GE Healthcare)にロードし、過剰量のステープル鎖を除去した。RNAPや標的遺伝子の固定は前述の方法に従った。作製したCage(約5nM)は、マイクロインジェクターを用いてゼブラフィッシュの初期胚に導入した。その際、産生された新生RNA鎖の分解を防ぐため、新生RNA鎖の末端に結合するモルフォリノオリゴ(10μM)をCage溶液に混ぜた。インジェクション後、28℃で1時間インキュベーションした後に、トライゾール液やDNaseI酵素処理等を用いて、RNAを抽出した。合成されたRNA量を、キット(TAKARA PrimeScript RT Master Mix)を用いて逆転写反応を行った後に、リアルタイムPCR装置(Applied Biosystems社 StepOne Realtime PCR system)でSYBR Green Iを用いて確認した。
【0075】
8.AFMイメージング
高速AFM(Nano Explore,RIBM)をイメージングに用いた。サンプルを、AFMイメージングバッファー(20mM Tris−acetate、pH7.5、10mM Mg(OAc)
2)で希釈し、マイカ表面に浸し、公知の方法に従って、タッピングモードでイメージ化した(O. I. Wilnerら、Enzyme cascades activated on topologically programmed DNA scaffolds. Nat. Nanotechnol. 4, 249-254 (2009))。
【0076】
9.転写アッセイ
転写活性は、転写バッファー(10mM HEPES−KOH、pH7.6、10mM MgCl
2、2.5mM DTT、0.5mM スペルミジン、1.25mMの各NTP、0.25μg/ml PPIase、12.5mM GMP)中で、[α
32P]−UTP(ParkinElmer、NEG007H)を用いて、37℃で測定した。転写産物をPAGEで分析し、BAS−5000(FujiFilm)で画像化した。転写産物は、[α
32P]−UTPの段階希釈プロットによって作成した検量線を用いて定量した。
【0077】
10.PUREシステムにおける転写−翻訳共役アッセイ
反応は、PUREfrex2.0中において、37℃で行った。T7チップ又はT7遺伝子チップを用いたナノチップアッセイに関しては、自由拡散系のT7 RNAPを除き、反応の各時間にナノチップを添加した。転写産物は、上述の方法により分析した。タンパク質産生に関しては、RI、又はsfGFP及び/又はmCherryの蛍光強度により測定した。RI分析では、[
35S]−メチオニンを使用し、タンパク質をSDS−PAGEにより分析し、BAS−5000で画像化した。蛍光強度分析においては、qPCR装置(StepOne、ABI)を、タイムラプスインキュベーターとして用いた。
図2Eに示されるデータに関しては、反応混合物を、励起フィルターであるFF01−475/35及びFF01−482/563−25(Semrock)を用いたLED(Light Engine,Lumencor)によって励起し、該励起光源をダイクロイックミラー(Di01−R488/561、Semrock)で反射させ、その蛍光イメージをiPhone(登録商標)5で記録した。
【0078】
11.人工細胞形成のためのマイクロ流体装置
ポリジメチルシロキサン(PDMS)装置は標準的なソフトリソグラフィ及びモールドレプリカ技術を用いて調製した。該装置は2つの注入口(オイル用及び水溶液用の注入口)、1つの排出口、並びにflow−Focusingジャンクションから構成される(
図3A)。主な流路及びflow−focusing constrictionの幅は、それぞれ、100μm及び40μmであった。全ての流路の高さは、50μmであった。マイクロ流体装置の流路の表面を、(ヘプタデカフルオロ−1,1,2,2−テトラヒドロデシル)ジメチルクロロシラン(Gelest、SIH5840.4)で被覆することで流路壁の液滴による湿りを防止した。PDMSは、DOW CORNING TORAY(SILPOT 184W/C)から購入した。
【0079】
12.人工細胞構築及び転写−翻訳活性の観察
油中水(w/o)液滴は、上述のPDMSベースのマイクロ流体装置を用いて生成させた。簡潔に説明すると、PDMS装置の1つの注入口をオイル(98% v/v ミネラルオイル(Sigma、M5904)、及び2% v/v ABIL EM90(Cetyl PEG/PPG−10/1 Dimethicone、EVONIK))で満たし(
図3A中の注入口1)、もう一方の注入口を水溶液(遺伝子基質を含むPUREシステム水溶液)で充填した。20℃で、オイルに対しては40kPaの空気圧で、PUREシステムに対しては20kPaの空気圧で溶液を流し、直径20μm、容積4pLのw/o液滴を100Hz(10
2液滴/秒)で生成させた。液滴形成過程はハイスピードカメラ(DigiMo、LRH2500XE)でモニターし、自作のVisual Basic .NET2010(Microsoft(登録商標))プログラムの補助下、手動で圧力を調整した。PUREシステム成分の非特異的な結合を防ぐために、過剰量のアミノ酸(f.8mMをPUREfrex2.0に添加し、且つ、PDMSの表面をBlockmaster(商標)PA651(JSR Life Sciences Corporation)でさらに被覆した。加えて、データの再現性を改善するために、自由拡散系のT7 RNAP酵素を用いたDNA(PCR産物)開始型実験では、T7 RNAP濃度を100nMに増加させた。PDMS装置中において37℃で3時間インキュベートした後に、サンプルをピペットで採取し、クォーツ製カバーガラス(7980 standard grade、corning)上に置き、逆位相型顕微鏡(IX−70、Olympus)で観察した。sfGFP及びmCherryの蛍光イメージは、W−View(HamamatsuPhotonics)を用いて分離し、そして電子倍増型CCDカメラ(iXon Ultra 897、Andor)に、並べて投影した。イメージを、0〜100のEMゲインで1秒当たり1〜10フレームの速度で記録し、ImageJを用いて分析した。検量線は、大腸菌から精製したsfGFPとmCherryタンパク質を用いて作成した。
【0080】
13.酵素・基質衝突効率曲線の予測
DNAの剛性は3つのパラメーター:伸長、折り曲げ、及びねじれ、によって決定されるが(Y. Miyazono, M. Hayashi, P. Karagiannis, Y. Harada, H. Tadakuma. Strain through the neck linker ensures processive runs: a DNA-kinesin hybrid nanomachine study. EMBO J. 29, 93-106 (2010))、衝突効率の推定に際して、折り曲げ効果のみを考慮した。計算に関しては、DNAの末端がWorm−Like Chain(WLC)モデル(以下式:Eq.S1)(D. Thirumalai, B. Y. Ha. Theoretical and Mathematical Models in Polymer Research, ed. Grosberg, A. (Academia, New York), pp. 1-35 (1988))に従って挙動すると仮定した。なお、該モデルは、ポリプロリン残基を用いて実測されており(B. Schuler, E. A. Lipman, P. J. Steinbach, M. Kumke, W. A. Eaton. Polyproline and the "spectroscopic ruler" revisited with single-molecule fluorescence. Proc Natl Acad Sci U S A 102: 2754-2759 (2005))、以下の式で表される:
【0081】
【数1】
【0082】
式中、rはDNAの末端間の距離、LはDNAの輪郭長、P(r)はrを有するDNAの確率、lpはDNAの折り曲げ持続長、及びCは標準化係数である。単純化のため、lp=50nm(
図12B)及び30nm(
図12C)の1次元分布を検討した。
【0083】
[実施例1]酵素・基質複合体の足場の調製
酵素・基質複合体の足場として、Rothemundの長方形DNAオリガミを用いた。まず、SNAPタグのリガンドが結合しており、DNAオリガミから突出しているハンドル上に、SNAPfタグタンパク質を融合させたT7 RNAポリメラーゼ(T7 RNAP
SNAPf)を共有結合によって取り付けた(
図1A)。T7 RNAP
SNAPfが結合していることはゲル分析(
図1B、C)と原子間力顕微鏡(AFM)イメージング(
図1D)によって確認した。DNAナノ構造体(T7チップ)にT7 RNAP
SNAPfが結合したものが高収率(〜95%)で得られたことを確認した。T7チップの転写活性は、ミカエリス・メンテン型の動態を示した(
図1E、F、
図5)。しかし、チップに組み込まれていない拡散系の基質遺伝子に対する見かけのKm値は、固定されていない自由拡散系のT7 RNAP
SNAPfのKm値と比較して約200倍大きかった(
図1F)。942 ntからなるsfGFP遺伝子の転写に関するT7チップのKm値は1000nMであり、自由拡散系のT7 RNAP
SNAPfのKm値は5.6nMであった。これは、チップ外で拡散している基質遺伝子に対してT7チップは親和性が低いことを示している。また、T7チップのVmax値は、自由拡散系のT7 RNAP
SNAPfのVmax値よりも低く、それぞれ、34nt/s(T7チップ)及び62nt/s(自由拡散系のT7RNAP
SNAPf)であった(
図1F)。これらの結果は、T7チップが外来基質遺伝子を転写しにくいことを示している。
【0084】
[実施例2]アビジン・ビオチンを用いた基質遺伝子のチップへの結合
次に、アビジン・ビオチン相互作用を介して基質遺伝子をT7チップに一体化させた(T7遺伝子チップ、
図6)。分子配置をnm単位の正確性で調節できるDNAオリガミの長所を活用した。グルコースデヒドロゲナーゼ(GDH)やマレイン酸デヒドロゲナーゼ(MDH)等の酸化還元カスケードを担う酵素では、中間媒体基質のNADがチャネリングするときの分子間距離依存性が観察されていることから、高分子量のポリマー基質もまた、酵素(RNAP)及び基質遺伝子の分子間距離に対する依存性を示すと予測した。加えて、結合方向(すなわち、5'末端や3'末端)や固定位置とプロモーター配列のリンカー長等のポリマー−基質特性に関わる何らかの特異点が存在するはずであると考えられた。そこで、RNAPと基質遺伝子の分子間距離が4、24、32、50及び70nmとなるように基質遺伝子を固定する部位を5カ所設定した(
図2A)。5つの複合体の収率は、69−83%の範囲であった(
図7)。5’末端近傍(5’末端から44nmの距離にある)にプロモーターを挿入した遺伝子の5’末端側又は3’末端側でチップに結合させ、転写活性を比較した。その結果、5’末端側でチップに結合させた方が、3’末端側でチップに結合させるよりも転写活性が高かった(
図2B、
図8、
図9)。これにより、固定位置からプロモーター配列までの長さであるアーム(リンカー)長とプロモーター配列と酵素の間の付随する衝突効率が、転写活性に影響することが示唆された。5’末端を固定したT7遺伝子チップの活性は、酵素と基質遺伝子間が約50nmの距離にあるときに最大となった。ここで注目すべきは、この結果は、低分子中間基質NADで報告されていた結果と比較して著しく対照的であったという点である。既報の結果では、NADは、一本鎖DNA(ssDNA)アンカーでDNAオリガミに固定されており、GDH酵素とNAD基質の距離が短くなるにつれて酵素活性が上昇し、一方で分子間距離を0nmから10−20nmへと広げるにつれて、当該酵素活性を亢進させる効果は減退した(O. I. Wilnerら、Enzyme cascades activated on topologically programmed DNA scaffolds. Nat. Nanotechnol. 4, 249-254 (2009).;J. Fuら、Interenzyme substrate diffusion for an enzyme cascade organized on spatially addressable DNA nanostructures. J. Am. Chem. Soc. 134, 5516-5519 (2012).;J. Fuら、Multi-enzyme complexes on DNA scaffolds capable of substrate channelling with an artificial swinging arm. Nat. Nanotechnol. 9, 531-536 (2014))。この結果は、アンカーアーム(リンカー)の剛性(乃ち、二本鎖DNAをリンカーに用いたT7遺伝子チップと、一本鎖DNAをリンカーに用いたGDH−NAD対)の違いが、酵素に対するプロモーター配列の衝突効率及び付随する酵素活性に強く影響することを示す。
【0085】
[実施例3]ナノチップの反応速度特性の測定
準最適条件において、ナノチップの反応速度特性を測定した。まず、チップ内遺伝子とT7 RNAP
SNAPfの衝突効率が有効濃度に対応するものと仮定して、競合アッセイを介して、T7遺伝子チップに一体化させたチップ内遺伝子有効濃度を見積もった。おおよそ1nMのT7遺伝子チップと、チップ外の競合因子として0−2000nM DHFR遺伝子を用いた競合アッセイに基づくと、該一体化させた遺伝子の有効濃度は2μM超と見積られた(
図2C、
図10)。
【0086】
[実施例4]ナノチップの直交性の確認
次に、ナノチップの直交性についても確認した。RNAPしか結合していないナノチップ(T7チップ)又は基質遺伝子しか結合していないナノチップ(遺伝子チップ)の2種類を調製したが、これらは殆んど転写が見られなかったことから、基質遺伝子の直交性が確認された(
図11)。5’末端側で固定したT7遺伝子チップのVmax値は87nt/sであり、自由拡散系のT7 RNAP
SNAPf の値(62nt/s)よりも大きかった。理論に拘束されることを望むものではないが、本結果は、強固に結合した水和層の作用、又はその他の機構(例えば、表面近傍のpHが、他の大部分におけるpHよりも小さい等)の作用を介して、多価陰イオン性の表面に固定された酵素の活性が促進され得ることを反映している可能性がある。
【0087】
[実施例5]酵素活性に影響を与える分子間距離の検討
次に、基質遺伝子固定部位(アンカー部位)とプロモーター配列間のリンカー長や、RNAP及び基質遺伝子固定位置間の距離を変えることにより、分子間距離が活性に与える影響を調べた(
図2D、E)。異なるリンカー毎の分子間距離依存性により異なるピークプロファイルが生じ、これらはDNAのワーム・ライク・チェイン(WLC)モデルを前提とする予測衝突効率曲線におおよそ従っていた(
図12)。分子間距離を変更することで転写活性が変化したことから、2つの遺伝子の発現量を、その分子配置を変更することにより調節できることが期待された(
図2E)。そこで、RNAPと2つの遺伝子(sfGFP及びmCherry)の分子間距離を調節し得るT7遺伝子チップを調製した。無細胞翻訳システム(PUREシステム)におけるT7遺伝子チップの転写活性及び付随する翻訳活性は、それらの発現比から、当該2遺伝子の相対的な分子間距離依存性を明確に示しており(
図2E、
図13)、これは、各々の分子間距離を調節することによって、複数の遺伝子発現モジュールを合理的に設計できることを示している。乃ち、上記結果は、DNAオリガミテクノロジーのナノレベルでの分子配置能力により、直交性の転写ナノチップを合理的に設計し得ることを証明している。
【0088】
回路間のクロストークを完全に回避することが困難であることから、合成生物学における重要な課題は、細胞サイズの閉鎖系反応容量中において複雑な遺伝子回路を構築することといえる。電子コンピュータ工学では、論理チップのユニットを組み合わせて用いることにより、論理回路の各サブセットが閉鎖領域に配置された、高性能の大規模な回路(例えば、LSI(大規模集積回路))が製造される。仮に、閉鎖されたチップ内において、あるシグナルを感知し、論理演算を実行し、且つ、出力を生成することができる直交性ユニット要素が存在するならば、生物学的遺伝子回路においてもまた電子工学におけるアプローチと同様のアプローチを採用し得る可能性があり、かかるアプローチは、同一のナノチップ上に必要とされる要素の全てを一体化させることができ、且つ、直交性の転写ナノチップの合理的設計を達成可能なDNAオリガミ技術を用いることにより実現し得る可能性がある。
【0089】
[実施例6]ナノチップが単一ユニット要素として機能し得るかの確認
先ず、ナノチップが単一ユニット要素として機能し得るかを、極度に希釈されたナノチップの活性を測定することにより確認した。そのために、人工細胞を模したPURE無細胞翻訳システムを含有する油中水(w/o)滴内に、ナノチップを封入した。次いで、当該油中水(w/o)滴内における、1)結合ナノチップシステムの遺伝子発現活性を、2)DNAによって開始される拡散反応をベースとした系の遺伝子発現活性、又は3)mRNAによって開始される拡散反応をベースとした系の遺伝子発現活性と比較した(
図3A)。チップ濃度が1チップとなるまで液滴中のチップ濃度を低下させた。期待していた通り、3つの系全てにおいて、核酸基質濃度を下げるにつれてタンパク質の全産生量は減少した(
図3A、
図14)。しかし、mRNAが開始させる反応においては、他の2つの系に比べて、sfGFPタンパク質を産生するために必要な基質濃度が3オーダー高かった。この違いは、他の2つの系が転写での追加的増幅を経ているのに対して、mRNAが開始させる反応では翻訳段階によってしか遺伝子発現が増幅されないとの事実を反映している可能性がある。さらに遺伝子濃度を低減することにより、各人工細胞は不均一な蛍光強度を示し、遺伝子濃度の低下に伴って蛍光を発さない細胞数が増加した(
図3A、B)。0.8pMのナノチップ濃度では、各細胞の蛍光強度分布は、約1500(a.u.)の間隔で量子化された特有のピークを示した。0.4pMのナノチップ濃度では、ピーク数は1つまで減少し、大半の細胞は蛍光を発さず、僅かな細胞だけが約1450±117(a.u.)(n=3、12nMのsfGFP分子に相当)のピークを示した。これは、該後者のピークが、単一のナノチップを有する人工細胞に相当することを示す。自由拡散系のDNA遺伝子の系では、100nMの自由拡散系のRNAPを用いた場合に、約1310±466(a.u.)(n=3)のピークを示し(
図4B)、これより単一のナノチップの活性は100nMの自由拡散系のRNAP(すなわち、直径20μmの人工細胞において10
4〜10
5分子)の活性と同等であることが示された(
図14)。これらの結果は、ナノチップの高い転写活性を示すバルク実験(
図1F、
図2B)と合わせると、バルク溶液及び人工細胞系において、ナノチップは基質遺伝子を効率的に転写していることを示す。なお、本発明者らは2遺伝子の共発現アッセイを用いて、必要な要素全てを同一ナノチップ上に固定できることも確認した(
図15)。
【0090】
[実施例7]論理チップとしてナノチップが機能し得るかの検討
ナノチップがユニット要素(素子)として機能することを確認した後、ナノチップが、あるシグナルを感知し、論理演算を実行し、アウトプットを生成し得る論理チップとして機能するかどうかを調べた。この目的のために、同一チップ上にセンサー及びアクチュエータ(RNAP酵素)を組み合わせ、ナノチップ上に論理ゲートを固定させた(
図16、
図17)。これにより、感知されたシグナルは演算され、出力に直接変換される。
【0091】
[実施例8]論理チップの再プログラムの検討
ナノチップが論理チップとして機能することを確認した後、ナノチップに搭載されている論理が、作製後に書き換え可能かを調べた。この目的のために、光架橋性塩基が入ったステープルをチップに導入し、センサーを結合させた(
図4)。これにより、搭載センサーは、UV光照射の有無で、論理内容が変更される。
【0092】
<センサー設計の3つの重要な要素>
本実施例では、核酸ベースの生体高分子を含むセンサーを使用した。そのため、以下の3つの重要な要素が考慮された(
図17A)。
【0093】
1)センサーの剛性
センサーの剛性が酵素・基質間の衝突効率の分子間距離依存性を決定する。DNAのワーム・ライク・チェイン(WLC)モデルを想定することで、dsDNAリンカーが予測される衝突効率曲線に概ね従うことが示された。
【0094】
2)RNAPのスキャニング能力
RNAPは、プロモーター領域外の他の配列と相互作用し、dsDNAに沿って長距離を移動することができる。この特徴は、センサー(リンカー)の剛性に基づく予測値を超えてRNAPがアクセスし得る領域を拡大し得る可能性がある。
【0095】
3)RNAPの引張力
統合システムでは、センサーとRNAPは剛性の足場に固定されており、これにより両者に内部張力(力)がもたらされる。具体的には、引張(伸張)力がセンサーにかかり、アシスト力がRNAPにかかった。引張力とアシスト力の影響を評価するために、それぞれを順に検討した。引張力に関しては、シグナル(miRNA)の非存在下であってさえも、いくらかの「ONスイッチ」がセンサーのステムループの平衡定数より計算された値よりも高いリーク活性を有していた(
図18D)。例えば、センサーの二次構造形成における自由エネルギー変化ΔGが約−5kcal/molである場合、平衡定数K=exp(−ΔG/RT)は数千のオーダー(約3400)であり、センサーの大部分は折畳まれた状態となる。しかしながら、ΔGが約−5kcal/molでは、センサーは、miRNAシグナルが存在しない場合ですら、半分活性化した。このリークは、引張(伸張)力の影響によって説明できると推測された。そこで、ΔGを指標とした引張力の影響を検討した。アシスト力に関しては、微小管に沿って移動するキネシンモータータンパク質は高い負荷依存性を有する一方で、高いNTP濃度においてRNAPの負荷依存性は低いとの事実を考慮し、ナノチップ設計に関しては、RNAPにかかる引張(伸張)力の影響のみを考慮し、アシスト力は考慮しなかった。
【0096】
<効果的なセンサーアーム長への引張(伸張)力の影響>
本実施例においては、miRNAプロファイルを検出するために、ssDNAドメイン及びdsDNAドメインを有するセンサーを設計した(
図17B)。前者のssDNAドメインはmiRNA結合部位を提供し、後者のdsDNAドメインは剛性スペーサーとして働く。テンションが無い場合、ssDNAは柔軟なバネとして挙動するため、dsDNAリンカーに隣接し、それ故プロモーター領域に近接するssDNAの自由末端は、ssDNAの他方の末端(アンカー側の固定末端)に近づくべきである。しかし、上記のように、RNAPのスキャニング能力と引張力がリンカー長を伸ばし、これにより自由端とプロモーター領域が高分子量ポリマーのモデル(例えば、WLCモデル)から予測される領域より広い領域にアクセスできると考えられた。そこで、実験によって単純化した経験則を決定した。
【0097】
miRNA結合に際して、リンカーのmiRNA結合部位はDNA−RNAハイブリッド二本鎖(dsD/RNA)を形成した(
図18A参照)。dsD/RNAがdsDNAと類似した物理的性質を有すると仮定すると、dsDNAの持続長(150bp)よりも短い、21〜22bpのdsD/RNAは、剛体棒とみなすことができる。簡略化のため、以下の仮定を用いた:先ず、実際にはssDNAはdsD/RNAの両末端に位置するが、ssDNAが一方の末端にのみ存在するものと仮定した。加えて、リンカーの二本鎖部分が剛体棒であり、且つ、RNAPによって伸長される一本鎖部分がヌクレオチド当たり一定の平均長を有すると仮定した。
【0098】
上記仮定全てを考慮すると、センサーアームの有効長(アンカー位置から始まり、プロモーター配列で終わるリンカー部分として定義される)は、ON及びOFF状態に関し、以下のとおり定義される:
【0099】
【数2】
【0100】
【数3】
【0101】
(式中:C
dsDNA=定数 ここでは0.34(nm/bp)
C
ssDNAoff:off状態におけるssDNAに対する未決定の定数
C
ssDNAon:(RNAPによって伸ばされた)on状態のssDNAにおける未決定の定数
N
dsDNA:センサーのdsDNA部分における塩基数
N
dsD/RNA:dsD/RNAの塩基数 ここではNx(21−22)
(N:miRNA結合部位の数)
N
ssDNAoff:off状態のセンサーにおけるssDNA部位の塩基数
N
ssDNAon:on状態のセンサーにおけるssDNA部位の塩基数。)
【0102】
有効なセンサーアーム長を予測するために、未決定の定数:C
ssDNAoffとC
ssDNAonを決定した。先ず、C
ssDNAoffを検討した。テンションがなければ、C
ssDNAoff値は小さくなる。しかしながら、RNAPにより引っ張られた場合、C
ssDNAoff値は大きくなり得る。効果的なセンサーアーム長を予測するために、最大アーム長を見積もる必要がある。それ故、テンションが働く状況下のC
ssDNAonに近似することができる、テンションが働く状況下のC
ssDNAoffの決定を試みた。これにより、テンションが働く状況下のC
ssDNAoff及びC
ssDNAonと同等である、新しい定数C
ssDNAを導入した。ssDNA(0−60nt)及びdsDNA(25−85bp)を含むリンカーの長さを変えながら、酵素と基質間の固定された分子間距離(50nm、
図17C)でチップ活性を測定した。同一のdsDNAリンカー長を用いた場合、短いssDNAリンカーを有するセンサーアームは短すぎてチップ活性を活性化することができず、一方、長いssDNAリンカーを有するセンサーアームは活性化に対して十分な距離を有する(
図17C)。OFFからONへの切り替わる転換点のアーム長を仮定した場合、異なるssDNA/dsDNAの組み合わせを用いて得られたデータセットは、推定されるセンサーアーム長に従って、類似の活性プロファイルを示し得る。この仮定を用いることにより、テンションが働く状況下でのC
ssDNA値は、本実験の実験条件下において約0.23nm/ntと推定された(
図17D)。該データは、センサー活性のリークがない場合、ON/OFF比が数百にまで達することも示唆している。
【0103】
以後、センサーを設計する上で、ssDNA及びdsDNAについて、それぞれ0.23nm/nt及び0.34nm/bpを用いて、センサーアーム長を推定した。
【0104】
センサー設計に関しては、ナノチップの長所を活かし、酵素及び遺伝子の分子間距離を制御することで、遺伝子発現プラットフォームを合理的に設計した。例えば、シグナル(例、miRNA)がない場合は、ステムとループから構成される「ONスイッチ」のプロモーター配列はRNAPに届かなかったが、シグナルのハイブリダイズ時は、トーホールド(Toe−hold)の変形が起こり、転写を開始するに十分な到達距離まで「ONスイッチ」アームを伸長させた(
図4A、
図18−21)。分子間距離を制御する類似アプローチを逆方向の調節に用いることで、「OFFスイッチ」を製造することができる(
図22)。「ONスイッチ」には直交性があることから、2つ又は3つの異なる「ONスイッチ」を単純に直列に接続することで、「ANDスイッチ」を構築することができ(
図4B、C、
図23、
図24)、当該ANDスイッチは、単一チップでも作動した(
図23、
図24)。合成遺伝子回路において3入力ANDスイッチは6つのサブスイッチ及び計47の因子を必要とし(文献Nielsen et al., Science. 352, aac7341, 2016)、多数の分子を含むため、かかる構成要素をさらに組み合わせての演算回路の作成には困難を伴う。入力シグナルと動作環境はかなり異なるが、単一のナノチップ分子は論理的には47の因子からなる複雑な遺伝子回路と同等の機能を有し、これは合成遺伝子回路が、さらに簡易化できる可能性を示唆している。
【0105】
<ONスイッチの構造>
有効なセンサーアーム差を最大化するために、ステムループ構造を使用した(
図18A)。ステムループ構造では、OFF状態においてセンサーアームの末端間距離は短く(数nm程度)、miRNAハイブリダイゼーションにより誘導される展開時には、その末端間距離は転写を活性化するのに十分な長さとなる。ステムループは、トーホールド(T)、ハイブリダイゼーション(H)、ループ(L)、アンチハイブリダイゼーション(H
*)、及びステムループとリンカーの他の部分との間のスペーサーの5つのドメインを有する。トーホールドドメイン及びハイブリダイゼーションドメイン(
図18B)に結合するmiRNAは、先ずトーホールドドメインに結合し、次にステム構造に侵入し、最後にステムループを展開する。ポリT配列を含むループドメインは、OFF/折畳み状態(miRNAハイブリダイゼーション前)におけるmiRNAに対する親和性の向上に寄与するとともに、ON/展開状態(ハイブリダイゼーション後)におけるセンサーアームの到達距離の延長に寄与している。安定したハイブリダイゼーションをサポートするために、ステム構造の根元に「サポートハイブリダイゼーション(support hybridization)」をさらに導入した。スペーサーは、miRNAのセンサーへの結合に影響する立体障害を防ぐために導入した。
【0106】
<ONスイッチ設計における主な要素>
ONスイッチの設計にステムループ構造を使用したことにより、スイッチのON/OFF状態それぞれに対して重要な因子が存在する。センサーアームがmiRNAのハイブリダイゼーションによって伸張するON状態では、プロモーター配列のRNAPへの効率的な衝突を保証するためにセンサーアームを十分に伸長させることが極めて重要である。従って、dsDNA及びssDNAリンカードメインを含むセンサーアーム(
図17B)の到達距離(有効な末端間距離)が重要な要因である。ssDNAリンカードメインはmiRNAハイブリダイゼーションによって変形し展開するが、短いdsDNAは一定の長さを有する剛体棒とみなし得ることから、ssDNAリンカードメインの有効長が重要となる。ステムループ構造が折畳み形態をとるOFF状態では、ステム構造の安定性が、リーク活性の阻止及びmiRNA結合のためのループ部分の自由度を十分な程度に維持するために極めて重要である。従って、センサーの二次構造形成における自由エネルギー変化ΔG、及びループ長が重要な要因となる。
【0107】
<センサーアーム長>
dsDNA及びssDNAのリンカードメインを含むセンサーアーム長を検討した。上述した通り、ssDNAリンカードメインはmiRNAハイブリダイゼーションの際に展開されるが、短いdsDNAリンカードメインは一定の長さを有する剛体棒とみなし得る。それ故、OFFからON状態への切り替えにおける有効センサーアーム長の違いは、主に、ssDNAリンカードメインの変化に起因する(
図18C)。したがって、dsDNA及びssDNAのリンカーの最初の試行におけるリンカー長を決定する目的で、先ず、ssDNAリンカードメインについて検討した。
【0108】
ssDNAリンカードメイン長に関しては、2つの限界点(必要な長さの最小値及び利用可能な長さの最大値)を検討することができたが、dsDNAリンカードメインを長く(又は短く)することによって、有効センサーアーム長の不足(又は過剰)を相殺できることから(
図17D)、ここでは利用可能な最大長について検討した。実験的に利用可能なヌクレオチド長は、1)市販のDNA合成サービスの最大ヌクレオチド長(N
service、ONスイッチについて90nt)、及び、2)センサー結合基質遺伝子に対するPCRプライマーの最大ヌクレオチド長(N
max−primer、ONスイッチについて31nt)が限界である。従って、本実施例において利用可能な最大のssDNAリンカードメイン長は、59nt(=90−31)であった。
【0109】
ssDNAリンカードメインについて最初に試行する長さを59ntと設定し、次に、センサーアーム長の残りの部分であるdsDNAリンカードメインについて検討した(
図17B)。ssDNAリンカーとしてポリT配列を用いた実験結果(
図17D)を考慮し、65ntのdsDNAリンカーのデータ(
図17D)が、ssDNAリンカーが展開時に大部分のOFFからONへの切り替えをカバーしたことから、最初の試行長として45ntのdsDNAリンカーを選択した。miRNAハイブリダイゼーション後のセンサーアームの二本鎖部分の塩基数は、45ntのdsDNAリンカーを有することから、67ntであった(N
dsDNA+N
dsD/RNA=45+22=67nt)。
【0110】
ONスイッチに関する他の実施例では、59ntのssDNAと45ntのdsDNAリンカードメインを含むセンサーアーム長を用いた。
【0111】
<各センサードメイン長の最適化>
次に、59ntのssDNAリンカードメインを用いて、5つのドメイン(トーホールド(T)、ハイブリダイゼーション(H)、ループ(L)、アンチハイブリダイゼーション(H
*)及びスペーサー)の長さを最適化した。ステム構造の安定性とトーホールドの変化の動態はセンサーの二次構造形成における自由エネルギー変化ΔG及び有効ループ長(T+L≡L')に大きく依存するため、主にハイブリダイゼーション長(H)と有効ループ長(L')を検討した。さらに、できるだけ長いトーホールド長を維持するために、ステムの根元にサポートハイブリダイゼーションを1bp導入し(
図18B)、有効なハイブリダイゼーション長H'(=H+1)を変化させてチップ活性を評価した。このH'と有効ループ長L'(=T+L)を使用して、プライマーを命名した(表1〜7)。例えば、H12L31は12ntのH'及び31ntのL'を有する(H=H'−1=12−1=11nt、T=(T+H)−H=21−11=10nt(備考:let−7は21nt)、L=L'−T=31−10=21nt)。
【0112】
NUPACKソフトウェア(http://www.nupack.org/)を用いてΔGを計算したところ、H'が長くなるほどに、負のΔG値がより大きくなることが判明した(
図18D)。チップ活性はΔGに依存した(
図18D)。特に、ΔG値が比較的大きな(すなわち、ΔG値がゼロに近い)ステムループ及び比較的安定性に乏しいステムループに対して、miRNAシグナルの存在下又は非存在下でチップ活性は近い値を示した。チップのリーク(OFF)活性は、ΔGが小さくなるほど(負の値が大きくなるほど)減少し、ΔG<−6kcal/molでリーク活性は一定となった。対照的に、チップのON活性は、大部分のΔG値に対して一定であり、低ΔG(約−13kcal/mol)においてわずかに減少した。これは、大きな負のΔG値では、ステムの安定性が高すぎるため、miRNAのハイブリダイゼーションが妨げられることを示唆している。概して、ON/OFF比は−11kcal/mol<ΔG<−8kcal/mol周辺でピーク値を示し(DNAモードにおけるNUPACK及び1M Na
+濃度)、その際の有効なハイブリダイゼーションH'(=H+1)は12bp〜14bpであった。ここで、ΔGが約−5kcal/molであってもリーク活性はON活性の約半分あり、これはRNAPの引張力がステム構造を広げ得ることを示す。
【0113】
RNAPの引張力を克服するために、サポートハイブリダイゼーションを導入した(
図18E、F)。サポートハイブリダイゼーションにより、高いmiRNA親和性を得るための長いトーホールド長を維持しつつ、RNAPの引張力に対してステム構造を安定化できると予想された。ステムの根元にGC対を導入した。様々な数のGC対を用いて検討したところ、2及び3のサポートハイブリダイゼーション長(乃ち、GC対)に対して、リーク活性の減少が観察され、ON/OFF比が増加した。しかし、ON状態での絶対活性が減少するので、1bpのサポートハイブリダイゼーション長を有するセンサーを使用した。
【0114】
次に、有効ループ長Lを評価した(
図18G、H)。様々なループ長L(1〜21nt)を有する、有効ハイブリダイゼーションH'=12bpのチップ活性を比較した。ループが短くなるにつれて、チップの活性の低下が観察された。この結果は2つの要因(有効センサーアームの短縮及びmiRNAに対する親和性の低下)によって説明され得る。従って、21ntのループを有するセンサーを使用した。
【0115】
概して、let−7(このmiRNAは21nt)センサーでは、以下条件を有するセンサーを用いた:H'=H+サポートハイブリダイゼーション=11+1=12nt、T=(T+H)−H=21−H=10nt、L'=L+T=21+10=31nt(1M NaCl
+でΔG=−8.6kcal/mol、50mM Na
+及び18mM Mg
2+(PUREシステムの条件)でΔG=−7.7kcal/mol)。次に、このlet−7センサーの動態パラメーターを測定した。ゲルシフトアッセイによって、miRNA結合定数(Kon)約3×10
5/M/sを得た(
図19A、B)。また、活性測定から、見かけのミカエリス定数(Km)約19nMを得た(
図19C)。
【0116】
<ONスイッチの直交性>
遺伝子回路でセンサーを使用するために、他のmiRNAに対する直交性を確認することは重要である。センサーの直交性の分子基盤を調べるために、miRNAセンサー対にミスマッチを導入した(
図20A)。2連続のミスマッチを有し(例えば、「mm1−2」は、第1及び第2のヌクレオチドにミスマッチを有する)、低い二次構造形成能(ΔG 約0)を有する20種のミスマッチmiRNAを調製した。NUPACKによって計算された結合比を比較することにより、チップ活性は15%の結合比まで直線的に増加し、15%を上回ると、ミスマッチmiRNAはセンサーを完全に活性化した(
図20B)。チップ活性に影響を及ぼすミスマッチ位置は、トーホールドドメイン、及びトーホールド−ステム間のヒンジ領域に位置していた(
図20C)。反対に、ステムの根元のミスマッチはチップ活性に影響を与えなかった。これらの結果は、第1番目のヌクレオチドから15番目ヌクレオチドまでの配列内部の配列の違いは検出可能であるが、第16番目のヌクレオチド〜第21番目のヌクレオチドまでの配列内部の配列の違いは検出できないことを示唆する(位置はmiRNAの5'末端からの順)。
【0117】
ミスマッチmiRNAに対するチップの直交性を確認後、二次構造形成能が低い、HeLa細胞で発現している7つのmiRNAを選択した(
図21A)。let−7センサーは、let−7 miRNAにのみ応答した(
図21B)。また、他のセンサーも、各センサーと同種配列のmiRNAにのみ応答したことから、これらのセンサーが直交性であることが実証された(
図21C)。直交性の程度を評価するために、miR−206の5'末端の10塩基と同一の配列を有するmiR−1−3pに注目した(
図21C、D)。ミスマッチ実験(
図20)からも予想されるように、miR−1−3pセンサーは、ほんのわずかしかmiR−206に応答しなかった。これは、設計されたセンサーが類似配列を区別し得ることを示唆している。なお、miRNA濃度を25nMから100nMに増加させたにもかかわらず、miR−224−5pセンサーが他のセンサーよりも、同種配列を有するmiRNA(乃ち、miR−224−5p)に対する応答性が低かった理由は、miR−224−5pの自己二量体化に起因すると推測される(
図21E)。従って、本発明のアプローチは、自己二量体化したmiRNAを検出するのには不向きである可能性がある。
【0118】
<OFFスイッチ設計>
OFFスイッチの設計は、ONスイッチ設計の逆であった。乃ち、折り畳まれていないセンサー構造にmiRNAが結合し、短い有効なセンサーアームでセンサーがステムループ構造へと折り畳まれるように誘導し、チップの活性を低下させる(
図22A)。OFFセンサーは、miRNAがハイブリダイズし得るアンチmiRNAドメイン、ポリTドメイン、及びかかる2つの間に、サポートハイブリダイゼーションドメインを有する(
図22B)。サポートハイブリダイゼーションドメインを有さないセンサーは、低いON/OFF比を示し(
図22C、D)、また、サポートハイブリダイゼーションドメインを有するセンサーであっても、37℃では低いON/OFF比を示すことを見出した。そこで、23℃において、サポートハイブリダイゼーションドメインを有するセンサーからデータを得た。隔てられたmiRNA標的ドメイン(それぞれ約11nt)とRNAP引張り力は、共に、miRNAのアンチmiRNAドメインへのハイブリダイゼーションの安定性を低下させるためである。動態分析により、6bpのサポートハイブリダイゼーションドメインを有するセンサーでは、阻害定数(Ki)は46nMであることが明らかになった(
図22E)。
【0119】
<2入力ANDスイッチの設計(
図23に関連)>
2入力ANDスイッチを設計するために、2つのONスイッチをシンプルにタンデムに連結した(
図23A)。miRNAハイブリダイゼーションにより、活性化のための有効なセンサーアーム長が十分に増加する(
図23B)。let−7とmiR−197−3pのONスイッチをタンデムに接続したとき(
図23C)、結果として生じるANDスイッチは、両方のmiRNAが存在したときのみ、活性を示した(
図23D)。さらに、油中水(W/O)滴実験を用いて、当該ANDスイッチの単一チップでの演算を確認した(
図23E)。
【0120】
2入力ANDスイッチには、87ntのssDNAを用いた(=DNA合成サービスで得られる最大DNA長(L
service、ここでは100nt)−プライマー長(L
primer、ここでは13nt))。NUPACKで予測されたmiRNAとセンサーの結合比を用いて、各ONスイッチのポリT長とステムループ長を調整した。また、dsDNAリンカー長も最適化した。活性化状態では、dsDNA及びssDNAのヌクレオチド数は、それぞれ、22nt(1つのmiRNA長)及び6nt(=87−59−22)増加し、従って、その差は、dsDNAの約26nt(22+6×0.23/0.34)に等しかった。ONスイッチのdsDNAは45nt長であるため、19nt前後(13、19又は25nt)へdsDNAリンカーを調整し、let−7/miR−197−3pANDスイッチでは、19ntが最適であることを見出した。
【0121】
<3入力ANDスイッチの設計(
図24に関連)>
3入力ANDスイッチを設計するために、3つのONスイッチをシンプルにタンデムに繋げた(
図24A)。let−7 ONスイッチ、miR−206 ONスイッチ、及びmiR−92a−3p ONスイッチをタンデムに繋げた場合(
図24B)、結果として生じるANDスイッチは、3つのmiRNAが存在するときにのみ活性を示した(
図24C)。let−7/miR−206/miR197−3p及びlet−7/miR365a−3p/miR183に対する3入力ANDスイッチにおいても同様の挙動が観察された(
図24C)。さらに、油中水(w/o)滴実験を用いて、当該ANDスイッチの単一チップでの演算も確認された(
図24D)。
【0122】
詳細な設計アプローチは、2入力ANDスイッチと同様であった。簡潔には、1)2入力ANDスイッチと3入力ANDスイッチの違い、又は2)ONスイッチと3入力ANDスイッチの違いを考慮して、ssDNAリンカー長を133nt(約44nt×3+スペーサー)として、dsDNAリンカー長(45nt)及び分子間距離(70nm)を調節した。
【0123】
分子間距離を調節するとのアプローチにより、異なる構造のナノチップにおける論理機能の変更が可能となった。本アプローチを用いることにより、3入力ANDゲートは、分子配置(アンカー部位)の変更又はリンカー長の変更によって、それぞれ、3入力「ORゲート」又は「MAJORITY(多数決)ゲート」に変換することができた(
図4D、E、
図25)。これは、同一のセンサー配列を用いて論理回路を繰り返し再プログラムし得ることを示唆している。
【0124】
<同一の遺伝子・基質を用いての異なる論理機能(
図25に関連)>
分子間距離とリンカー長の調節を用いて、酵素(RNAP)と酵素結合ドメイン(プロモーター)の衝突頻度、及びそれに続く環境シグナルに対する応答を変化させた(
図16E)。また、3入力ANDスイッチについて、アンカー位置及びdsDNAリンカー長も変更した(
図25)。その結果、分子間距離を70nmから50nmに変更することで、3入力ORスイッチに変換し得ること、及びdsDNAリンカーを45ntから85ntへ伸長させることで、3入力多数決スイッチに変換し得ることが示された。かかる結果は、同一のセンサー配列を有する論理回路を再プログラムすることが可能であることを示唆する。
【0125】
詳細な設計原理は次のとおりである:
1)ORスイッチ:3入力ANDスイッチにおいては3つの同時入力が必要であるが、ORスイッチでは、1つの入力のみあればよい。そこで、分子間距離を70nmから50nmへ変更した。この差は、2つの入力から2つのステム構造の厚さを差し引いたものに相当する(22nt×2×0.34nm/nt+22nt×2×0.23nm/nt−4〜21nm。
図25A)。
【0126】
2)多数決スイッチ:多数決スイッチにおいては、2つの同時入力がスイッチを活性化し得る。それ故、dsDNAリンカー長を45bpから85bpに変更した。この差は、1つの入力から1つのステム構造の厚さを差し引いた引いたものに相当する(22nt×1×0.34nm/nt+22nt×1×0.23nm/nt−31nt dsDNA分の長さ2〜11nm。
図25B)。
【0127】
[実施例9]ナノチップを用いた遺伝子回路の構築
ナノチップを用いて遺伝子回路を構築した。溶液中において3つのmiRNAに応答する2つの「ANDスイッチ」を接続した(
図4F、
図26−28)。第1の「ANDスイッチ」は2種類のmiRNA(miR−206及びmiR−92a−3p)に応答し、伝達シグナル(出力)としてlet−7 miRNAを産生する。第2の「ANDスイッチ」は、miRNA−197−3pと前記伝達シグナルに応答する。これにより、ナノチップで構築された全回路は、miRNAプロファイルを演算し、sfGFPのmRNAを出力する(
図4F)。分子配置、RNAP活性及び遺伝子基質配列の更なる最適化により、該スイッチ活性が改善されると考えられる。特に、RNAPのスキャニング活性に起因するスイッチのリークを抑制する必要がある(
図18)。
【0128】
<ナノチップを用いたカスケード応答(チップ間コミュニケーション;
図26〜28に関連)>
複雑なタスクを実行するためには、論理演算の効率的なカスケード応答(コミュニケーション)が重要である。従って、1)高伝達流、2)(入力/伝達/出力)流れの直交性、及び、3)低リーク流が重要な要因となる。高い直交性、及び低リーク流については検討済であることから、本実施例では、高伝達流に着目し、資源(例えば、エネルギー)限界、miRNA阻害、及びその両者の組み合わせによる影響について調べた。
【0129】
先ず、資源限界の影響を調べた。論理チップのカスケード応答(コミュニケーション)が反応拡散系に基づいている第1世代の集積ナノチップを用いた場合、伝達率は論理チップの出力流量に依存した。出力流量を増加させ伝達率を促進する簡単な方法は、論理チップの濃度を増加させることである。しかしながら、人工細胞や試験管においては現時点において代謝系が完全に再構成されていないことから、資源(例えば、エネルギー)の限界が問題となり得る。例えば、多段階遺伝子回路では、最後尾のチップは最先のチップの活性化と比較してかなり遅れて活性化され、系全体の演算を保証するためには、全てのチップが各段階において資源が枯渇する前に活性化される必要がある。それ故、第一にチップ濃度の最適化を検討した(
図26A)。0.032〜1nMの間の代表的な値である0.52nMのチップ濃度において、反応開始後180分で活性が最大となることが観察された。対照的に、sfGFPの蛍光強度は1nMチップ濃度において約90分で飽和しており、これは資源消費を示している。従って、基礎条件として0.5nM以下のチップ濃度を選択した。
【0130】
次に、いくつかのRNAがT7 RNAP活性を阻害することが報告されていることから、遺伝子回路上のmiRNA、シグナル及びトランスミッターの阻害効果を測定した(
図26B)。500nMのmiRNAでは、0〜500nM間の他の濃度と同様に、sfGFP蛍光強度(チップ活性の指標)は60分で約86%、180分で81%であり、miRNAが転写や翻訳にはほとんど影響しなかった。多入力実験用に1つの反応に複数種のmiRNAを添加する場合、転写翻訳系に影響を与えることなくチップの活性化を保証するために、100nM以下のmiRNA濃度を基礎条件として選択した。
【0131】
チップ及びmiRNAの濃度を最適化した後、活性化タイミングの影響を確認した(
図26C)。アイドリング反応が資源を消費する場合、活性化後のチップ活性は減少する可能性がある。そこで、37℃に昇温後、−30分、0分、+30分及び+60分の時点でmiRNAを加え、アイドリング反応を開始させたところ、−30分及び0分の時点でmiRNAを添加した場合に、類似する初期増加が観察された。この実験で使用された50nMのmiRNAがセンサーに結合するためには1分しか要しない(50nM×3×10
5/M/s=0.015/s;従って、τ=67s(約1分))ことから、この結果はセンサーへのmiRNAのKonにより説明し得る(3×10
5/M/s、
図19)。また、+60分の時点でmiRNAを添加したときの該添加後90分及び180分の時点におけるsfGFP蛍光強度が、−30分の時点でmiRNAを添加した場合の当該数値と比較して96%であったことから、miRNAの添加タイミングはほとんど影響を与えないことが示された。次に、他のチップ(mCherry(sfCherry)のmRNAを生成するセンサーレスのナノチップ)がアイドリング反応中に機能している条件下、すなわち、転写翻訳系が常時バックグランドで動作しているという条件下で、センサーチップの活性を調べた。+30分及び+60分の時点でmiRNAを添加する条件下、miRNA添加から90分の時点における活性は、−30分の時点でmiRNAを添加したときの活性に対して、それぞれ91%及び60%であったことから、本条件の場合においては、miRNA添加のタイミングが重要であることが示された(
図26D)。
【0132】
資源限界、miRNAによる阻害、及び反応開始点の各影響を評価した後、遺伝子カスケード応答の活性を測定した。2つのONスイッチ(
図27A、B)、2つのANDスイッチ(
図27C、D)を含む応答を観察した。カスケード応答の動態をより詳細に理解するために、先ず各ステップ上の出力流の影響を調べた。第1チップの濃度が0.04〜1.8nMの範囲では、全体的出力(すなわちsfGFPの産生)が促進した(
図27E)。遺伝子回路の動態において異なる遺伝子・基質の影響を比較するため、1)集積ナノチップ、2)DNA開始型の拡散反応系、及び3)mRNA開始型の拡散反応系の遺伝子発現活性を試験管内で測定した(
図27F)。無細胞転写翻訳PUREシステムにおいては、mRNA開始型の条件が最も早くsfGFPを産生した。しかしながら、効率は非常に低く、ナノチップ及びDNA開始型において産生されるsfGFP産生量と同等のsfGFP量を産生させるためには、200倍の濃度を要した(mRNA開始型では100nM、ナノチップ及びDNA開始型では0.5nM)。ナノチップ開始型とDNA開始型(RNAP 約30nM)反応とを比較することにより、チップ開始型反応がより速いことが示された。この結果は、ナノチップの基質・遺伝子の有効濃度が2μMを超えるとの事実によって説明され得る。ナノチップに基づく遺伝子回路の動態を定量的に分析するため、Systems Biology Markup Language(SBML)シミュレーターを用いてこのデータをフィッティングした(
図27G)。見積もられたRNA産生速度は、ナノチップ開始型反応(RNAPは、ナノチップのときと同じである。例えば、0.5nM。
図27F)、及びDNA開始型反応(RNAPは約30nM、
図27Fのナノチップ濃度の60倍)で、それぞれ0.034及び0.02/秒/分子であった。この違いは、これらの実験条件下では大きくはないものの、特に、RNAP及び基質・遺伝子が低濃度での多段階カスケード反応に影響し得る。かかる状況は、資源消費を防止できる閉鎖された反応容積(例えば、人工細胞)に複雑な遺伝子回路を封入する場合に生じ得る場合がある。
【0133】
全体として、油中水(w/o)滴中において2つのANDチップを含む遺伝子回路をモニターした(
図28)。迅速且つ効率的なコミュニケーションのために、第1のANDチップ濃度を1nM(約1000チップ/滴)に増やし、翻訳による資源消費を低減するために、第2のANDチップの濃度を0.08nM(約80チップ/滴)に減らした。かかる条件下において、液滴中のmiRNAプロファイルの自律的検出が達成された。
【0134】
[実施例10]LacI/IPTGセンサー
統合法を用いれば、センサーは物質的制約を受けないため、センサーを多様なシグナルに応答させることは可能であり得る。例えば、センサー材料としてdsDNAを使用し、LacI−LacO対を用いたON及びOFFスイッチを調製した(
図29)。四量体を形成するdsDNA結合タンパク質であるLacIは、2つのLacO配列に結合できる(
図29A)。プロモーター配列の上流の2つのLacO配列を特徴とするLacIセンサーを構築した。これらのセンサーを異なる部位に固定することにより、反対の機能(ON及びOFF)を構築することができた(
図29B)。ONスイッチに対するリンカーは、RNAPがプロモーターに結合するのには長すぎるが、LacIの結合により、リンカーが短縮され転写に適した有効なリンカー長となる(
図29C)。さらにイソプロピルβ−D−1−チオガラクトピラノシド(IPTG)添加により、LacO配列からLacIの離脱が誘導され、その結果「ONスイッチ」を無効化された(
図29D)。逆に、OFFスイッチでは、LacIの非存在下においては転写に適したリンカー長であり、LacIの存在下で短縮され、これにより転写活性を停止させる(
図29E、F)。
【0135】
[実施例11]Ampicillin(Amp)スイッチの設計
低分子化合物を結合させる事が可能なアプタマーセンサーを用いたスイッチを作製した。例えば、センサー材料としてssDNAを使用し、Ampicillin(Amp)に応答するOFFスイッチを調製した(
図30)。Ampアプタマーは、ステムループ構造をしている(
図30A)。プロモーター配列の上流の3つアプタマー配列を特徴とするAmpセンサーを構築した。Ampの結合の際、センサーアームの到達距離が短くなるので、ナノチップの活性が低下する(
図30B)。Amp存在下(w/Amp)で、転写活性と引き続く翻訳活性の低下が観察された(
図30C)。
【0136】
[実施例12]NANDスイッチの設計
miRNAセンサーを利用したNANDスイッチを調製した(
図31)。2入力NANDスイッチを設計するために、2つのONスイッチをタンデムに連結した(
図31A)。miRNAハイブリダイゼーションにより、有効なセンサーアーム長が増加し、スイッチは不活性化される(
図31B)。miRNA存在下で活性の低下を確認した(
図31C)。
【0137】
[実施例13]実効固定端の変更によるスイッチング及び論理変更
実効固定端の変更によるスイッチング、及び論理変更を設計するために、ベース部材にセンサーと結合可能な第二固定点を導入した。例えば、センサー材料としてdsDNAを使用し、第二固定点として、LacIをベース部材に固定し、LacI−LacO対を用いたON及びOFFスイッチを調製した(
図32)。IPTGが元の固定点(第二固定点:LacI)と結合する際、センサーアームの到達距離の長さが伸び、ナノチップは活性化される(
図32A)。IPTGが元の固定点(第二固定点:LacI)と結合する際、センサーアームの到達距離の長さが短くなり、ナノチップは不活性化される(
図32B)。
【0138】
これらの結果は、有効なセンサーアーム長を調節することによって可能となる論理機能を介して、様々なシグナルを検出するための統合法の可能性を示唆している。さらに、同一の固定された基質・遺伝子を有するセンサーが反対の論理機能を示したことから、有効リンカー長の調節、センサーの配置変更及び足場の変形を介して、遺伝子回路において反復可能な再プログラミングが可能であることを示唆している。
【0139】
[実施例14]UV照射によるON/OFFスイッチング
光応答性人工核酸塩基cnvKを用いた架橋及び乖離(開裂)を利用して、UVに反応してナノチップの機能をON/OFFスイッチングできるチップを設計した。366nmのUVを5分間照射した際(Operation1)、cnvKが架橋し、センサーアームの到達距離が短くなるので、ナノチップの活性が低下した(
図33A、B)。該活性が低下した状態において、さらに312nmのUVを10分間照射した場合(Operation2)、cnvKが乖離し、センサーアームの到達距離の長さが伸び、ナノチップは活性化された(
図33A、B)。
図34Bに示す結果からも明らかなように、本発明のデバイスは、実際にON/OFF切り替えスイッチとして設計することが可能である。
【0140】
[実施例15]UV照射(入力)とmiRNAプロファイルに応答する回路構築
UVを活性化源とするセンサー(を有するデバイス1(チップ1))とmiRNAを活性化源とするセンサー(を有するデバイス2(チップ2))を用いて遺伝子回路を構築した。溶液中においてUV(入力)に応答する「NOTスイッチ」(チップ1)と、3つのmiRNA(入力)に応答する「ANDスイッチ」(チップ2)を接続した(
図34A)。「NOTスイッチ」は、UV照射を行わない場合に伝達シグナル(出力)としてmiR−206を産生する。「ANDスイッチ」は、let−7 miRNA、miRNA−197−3pと前記伝達シグナルに応答する。これにより、ナノチップで構築された全回路は、UV照射とmiRNAプロファイルを演算し、sfGFPのmRNAを出力する(
図34A)。
構築した遺伝子回路において、UV照射とmiRNAプロファイルに応じたsfGFPの蛍光強度の経時的変化が確認でき、従って、実際に本発明のデバイスを用いて、種々の論理演算が行われるように構成された論理回路を有する遺伝子回路の構築が可能であることが理解される(
図34B)。
【0141】
[実施例16]細胞内・個体(生体)内での機能の確認
ゼブラフィッシュの初期胚にチップ(Cage)を導入し、RNA産生をリアルタイムPCR装置で確認した(
図35A−C)。該結果より、本発明の遺伝子発現用デバイスを用いて、細胞内や個体(生体)内での遺伝子発現制御が可能である事が理解される(
図35C)。