特表-19082951IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2015.5.11 β版

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再表2019-82951組成物、動的核偏極用組成物、高偏極化方法、高偏極化した物質およびNMR測定法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
【公報種別】再公表特許(A1)
(11)【国際公開番号】WO/0
(43)【国際公開日】2019年5月2日
【発行日】2020年12月24日
(54)【発明の名称】組成物、動的核偏極用組成物、高偏極化方法、高偏極化した物質およびNMR測定法
(51)【国際特許分類】
   G01N 24/00 20060101AFI20201127BHJP
   G01N 24/12 20060101ALI20201127BHJP
【FI】
   G01N24/00 100B
   G01N24/12 510
【審査請求】未請求
【予備審査請求】未請求
【全頁数】32
【出願番号】特願2019-551221(P2019-551221)
(21)【国際出願番号】PCT/0/0
(22)【国際出願日】2018年10月25日
(31)【優先権主張番号】特願2017-207239(P2017-207239)
(32)【優先日】2017年10月26日
(33)【優先権主張国】JP
(81)【指定国】 AP(BW,GH,GM,KE,LR,LS,MW,MZ,NA,RW,SD,SL,ST,SZ,TZ,UG,ZM,ZW),EA(AM,AZ,BY,KG,KZ,RU,TJ,TM),EP(AL,AT,BE,BG,CH,CY,CZ,DE,DK,EE,ES,FI,FR,GB,GR,HR,HU,IE,IS,IT,LT,LU,LV,MC,MK,MT,NL,NO,PL,PT,RO,RS,SE,SI,SK,SM,TR),OA(BF,BJ,CF,CG,CI,CM,GA,GN,GQ,GW,KM,ML,MR,NE,SN,TD,TG),AE,AG,AL,AM,AO,AT,AU,AZ,BA,BB,BG,BH,BN,BR,BW,BY,BZ,CA,CH,CL,CN,CO,CR,CU,CZ,DE,DJ,DK,DM,DO,DZ,EC,EE,EG,ES,FI,GB,GD,GE,GH,GM,GT,HN,HR,HU,ID,IL,IN,IR,IS,JO,JP,KE,KG,KH,KN,KP,KR,KW,KZ,LA,LC,LK,LR,LS,LU,LY,MA,MD,ME,MG,MK,MN,MW,MX,MY,MZ,NA,NG,NI,NO,NZ,OM,PA,PE,PG,PH,PL,PT,QA,RO,RS,RU,RW,SA,SC,SD,SE,SG,SK,SL,SM,ST,SV,SY,TH,TJ,TM,TN,TR,TT
(71)【出願人】
【識別番号】504145342
【氏名又は名称】国立大学法人九州大学
(71)【出願人】
【識別番号】503359821
【氏名又は名称】国立研究開発法人理化学研究所
(74)【代理人】
【識別番号】110000109
【氏名又は名称】特許業務法人特許事務所サイクス
(72)【発明者】
【氏名】楊井 伸浩
(72)【発明者】
【氏名】君塚 信夫
(72)【発明者】
【氏名】細山田 将士
(72)【発明者】
【氏名】藤原 才也
(72)【発明者】
【氏名】立石 健一郎
(72)【発明者】
【氏名】上坂 友洋
(57)【要約】
(1)多孔性材料と、(2)励起三重項状態をとりうる分子からなる動的核偏極の偏極源とを含む組成物。この組成物によれば、スピン−格子緩和時間が長く、偏極対象物の導入が容易な動的核偏極系を提供することができる。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
(1)多孔性材料と、
(2)励起三重項状態をとりうる分子からなる動的核偏極の偏極源とを含む、
組成物。
【請求項2】
前記励起三重項状態をとりうる分子が4〜6個のベンゼン環が縮合した骨格を有する化合物である、請求項1に記載の組成物。
【請求項3】
前記励起三重項状態をとりうる分子がペンタセン骨格を有する化合物である、請求項2に記載の組成物。
【請求項4】
前記励起三重項状態をとりうる分子が炭素原子、水素原子および重水素原子のみから構成される化合物である、請求項1〜3のいずれか1項に記載の組成物。
【請求項5】
前記多孔性材料が金属有機構造体または共有結合性有機骨格構造体である、請求項1〜4のいずれか1項に記載の組成物。
【請求項6】
金属有機構造体を含み、前記金属有機構造体の有機配位子が置換基で置換された環構造を有しており、前記置換基の水素原子の少なくとも1つが重水素で置換されている、請求項5に記載の組成物。
【請求項7】
金属有機構造体を含み、前記金属有機構造体の有機配位子がイミダゾール骨格を有する、請求項5に記載の組成物。
【請求項8】
金属有機構造体を含み、前記金属有機構造体の金属イオンが、2〜4価の金属イオンを含む、請求項5〜7のいずれか1項に記載の組成物。
【請求項9】
金属有機構造体を含み、前記金属有機構造体の金属イオンが、亜鉛イオンZn2+を含む、請求項5〜8のいずれか1項に記載の組成物。
【請求項10】
金属有機構造体を含み、前記励起三重項状態をとりうる分子が前記金属有機構造体の金属イオンと相互作用する官能基を有する、請求項5〜9のいずれか1項に記載の組成物。
【請求項11】
前記官能基が酸性基である、請求項10に記載の組成物。
【請求項12】
前記官能基がカルボキシ基またはカルボキシラートアニオン基である、請求項10に記載の組成物。
【請求項13】
前記励起三重項状態をとりうる分子が前記多孔性材料の孔内に存在する、請求項1〜12のいずれか1項に記載の組成物。
【請求項14】
前記偏極源の含有量が、前記金属有機構造体の金属イオンのモル数に対して0.01mol%以上である、請求項1〜13のいずれか1項に記載の組成物。
【請求項15】
前記組成物のスピン−格子緩和時間Tが10秒以上である、請求項1〜14のいずれか1項に記載の組成物。
【請求項16】
さらに、前記偏極源および前記多孔性材料で生成した核スピン偏極を移行させうる物質を含有する、請求項1〜15のいずれか1項に記載の組成物。
【請求項17】
請求項1〜16のいずれか1項に記載の組成物からなる動的核偏極用組成物。
【請求項18】
請求項1〜16のいずれか1項に記載の組成物を高偏極化したものである、高偏極化組成物。
【請求項19】
請求項18に記載の高偏極化組成物に物質を接触させる工程、または、請求項1〜16のいずれか1項に記載の組成物に物質を接触させた後、前記組成物を高偏極化させて高偏極化組成物とする工程を含む、物質の高偏極化方法。
【請求項20】
前記物質が液体または溶液である、請求項19に記載の高偏極化方法。
【請求項21】
前記物質がガスである、請求項19に記載の高偏極化方法。
【請求項22】
前記高偏極化組成物または前記組成物への前記物質の接触を、前記高偏極化組成物または前記組成物を構成する多孔性材料中に、前記物質を浸透させることにより行う、請求項20または21に記載の高偏極化方法。
【請求項23】
前記物質が、炭化水素、および、少なくとも1つの水素原子が置換基で置換された炭化水素の誘導体から選択される少なくとも1種の化合物を含有する、請求項19〜22のいずれか1項に記載の高偏極化方法。
【請求項24】
前記物質が、少なくとも1つの水素原子が置換基で置換された炭化水素の誘導体を含有し、前記置換基の少なくとも1つが、スピン量子数Iが0以外である原子を含む、請求項23に記載の高偏極化方法。
【請求項25】
前記置換基がフッ素原子である、請求項23または24に記載の高偏極化方法。
【請求項26】
さらに、前記高偏極化組成物の核スピン偏極を前記物質へ移行させる工程を含む、請求項19〜25のいずれか1項に記載の高偏極化方法。
【請求項27】
前記高偏極化組成物の核スピン偏極を前記物質へ移行させる工程を、互いに接触させた前記高偏極化組成物と前記物質にマイクロ波を照射することにより行う、請求項26に記載の高偏極化方法。
【請求項28】
請求項19〜27のいずれか1項に記載の方法により高偏極化した物質。
【請求項29】
請求項1〜16のいずれか1項に記載の組成物を用いて物質のNMRを測定する工程を含む、NMR測定法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、核のスピン偏極を高くすることができる組成物、その組成物を用いる高偏極化方法、その高偏極化方法により高偏極化した物質、および、そのような物質のNMR測定法に関する。
【背景技術】
【0002】
磁気モーメントを有する原子核(核スピン)を静磁場中に置くと歳差運動を行うようになり、この状態で、その歳差運動と同じ周波数の電磁波を照射すると、核スピンが共鳴して電磁場のエネルギーを吸収する核磁気共鳴(NMR)現象が現れる。このNMR現象における共鳴周波数は核種や原子核の置かれた化学的または磁気的環境に応じて差がでることから、有機化学や生化学の分野では、その共鳴によるエネルギー吸収量を電気信号に変換したNMR信号の周波数スペクトル(化学シフト値)を観測して、化合物の分子構造や物性を解析するNMR分光法が多く行われている。また、医療の分野においては、そのNMR信号に位置情報を与えて画像化する磁気共鳴撮像法(MRI)が、脳などの生体器官の非侵襲的検査に応用されている。
また、上記のような核スピンの集合体に、静磁場を印加すると、例えばプロトンの場合では、その磁場に対してスピンが平行に向いたエネルギー状態と、磁場に対してスピンが反平行に向いたエネルギー状態に分裂する。ここで、それぞれのエネルギー状態をもつスピンの数(占有数)の差をスピン総数で割った値は偏極率と称されており、NMR信号の強度は、この偏極率に比例するとされている。しかし、核スピンの偏極率は、通常、室温では数万分の1以下と非常に低い値であり、このことがNMR分光法やMRIの感度を制限する原因になっている。
【0003】
そこで、核スピンを高偏極化する方法として、電子のスピン偏極を、電磁波照射にて誘起される固体効果により、周囲の核に移行させて核スピンを高偏極化する動的核偏極法が提案されている。ここで、電子スピンの供給源には、ラジカルや光励起三重項分子が用いられ、このうち光励起三重項分子は、温度に関わりなく、電子スピンの占有数が特定のエネルギー状態に大きく偏った状態をとるため、室温においても、核スピンを効果的に高偏極化することができるという利点がある。
こうした光励起三重項分子を用いた動的核偏極系として、非特許文献1には、p−ターフェニルの有機結晶基材に、光励起三重項分子としてのペンタセンを添加したものが記載され、非特許文献2には、o−ターフェニルのアモルファス基材に光励起三重項分子としてのペンタセンを添加したものが提案されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
非特許文献1:PNAS, 2014, 111, 7529
非特許文献2:Angew. Chem. Int. Ed., 2013, 52, 13307
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上記のように、非特許文献1には、p−ターフェニルの有機結晶基材に光励起三重項分子としてのペンタセンを添加した動的核偏極系が提案され、非特許文献2には、o−ターフェニルのアモルファス基材に光励起三重項分子としてのペンタセンを添加した動的核偏極系が提案されている。しかしながら、これらの動的核偏極系は、いずれも十分に満足のいくものとは言えず、実用化のためにはさらなる改良が必要である。
すなわち、有機結晶基材を用いた動的核偏極系は、結晶骨格の硬直性から、スピン−格子緩和時間が300秒以上と長いため、電子から核へ移行してきたスピン偏極が蓄積し易く、核スピンを高偏極化できると考えられる。しかし、結晶骨格が硬直であることにより、偏極源や偏極対象物の基材への導入が困難であるという問題がある。一方、アモルファス基材を用いた動的核偏極系では、偏極源や偏極対象物の導入は比較的容易であるものの、o−ターフェニルのガラス転移温度は、−30℃で冷却装置が必須となる。また、ガラス転移温度が20℃(室温)以上のポリスチレンなどは、スピン−格子緩和時間が10秒以下と短いために、核のスピン偏極が蓄積し難く、核スピンを十分に偏極化できないという問題がある。
【0006】
そこで本発明者らは、このような従来技術の課題を解決するために、スピン−格子緩和時間が長く、偏極対象物の導入が容易な動的核偏極系を提供することを目的として検討を進めた。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記の課題を解決するために鋭意検討を行った結果、本発明者らは、(1)多孔性材料と(2)励起三重項状態をとりうる分子からなる偏極源を組み合わせることにより、スピン−格子緩和時間が長く、偏極源や偏極対象物を容易に導入できる動的核偏極系が実現することを見出した。本発明は、こうした知見に基づいて提案されたものであり、具体的に以下の構成を有する。
【0008】
[1] (1)多孔性材料と、(2)励起三重項状態をとりうる分子からなる動的核偏極の偏極源とを含む、組成物。
[2] 前記励起三重項状態をとりうる分子が4〜6個のベンゼン環が縮合した骨格を有する化合物である、[1]に記載の組成物。
[3] 前記励起三重項状態をとりうる分子がペンタセン骨格を有する化合物である、[2]に記載の組成物。
[4] 前記励起三重項状態をとりうる分子が炭素原子、水素原子および重水素原子のみから構成される化合物である、[1]〜[3]のいずれか1項に記載の組成物。
[5] 前記多孔性材料が金属有機構造体または共有結合性有機骨格構造体である、[1]〜[4]のいずれか1項に記載の組成物。
[6] 金属有機構造体を含み、前記金属有機構造体の有機配位子が置換基で置換された環構造を有しており、前記置換基の水素原子の少なくとも1つが重水素で置換されている、[5]に記載の組成物。
[7] 金属有機構造体を含み、前記金属有機構造体の有機配位子がイミダゾール骨格を有する、[5]に記載の組成物。
[8] 金属有機構造体を含み、前記金属有機構造体の金属イオンが、2〜4価の金属イオンを含む、[5]〜[7]のいずれか1項に記載の組成物。
[9] 金属有機構造体を含み、前記金属有機構造体の金属イオンが、亜鉛イオンZn2+を含む、[5]〜[8]のいずれか1項に記載の組成物。
[10] 金属有機構造体を含み、前記励起三重項状態をとりうる分子が前記金属有機構造体の金属イオンと相互作用する官能基を有する、[5]〜[9]のいずれか1項に記載の組成物。
[11] 前記官能基が酸性基である、[10]に記載の組成物。
[12] 前記官能基がカルボキシ基またはカルボキシラートアニオン基である、[10]に記載の組成物。
[13] 前記励起三重項状態をとりうる分子が前記多孔性材料の孔内に存在する、[1]〜[12]のいずれか1項に記載の組成物。
[14] 前記偏極源の含有量が、前記金属有機構造体の金属イオンのモル数に対して0.01mol%以上である、[1]〜[13]のいずれか1項に記載の組成物。
[15] 前記組成物のスピン−格子緩和時間Tが10秒以上である、[1]〜[14]のいずれか1項に記載の組成物。
[16] さらに、前記偏極源および前記多孔性材料で生成した核スピン偏極を移行させうる物質を含有する、[1]〜[15]のいずれか1項に記載の組成物。
[17] [1]〜[16]のいずれか1項に記載の組成物からなる高偏極化組成物。
[18] [1]〜[16]のいずれか1項に記載の組成物を高偏極化したものである、高偏極化組成物。
[19] [18]に記載の高偏極化組成物に物質を接触させる工程、または、[1]〜[16]のいずれか1項に記載の組成物に物質を接触させた後、前記組成物を高偏極化させて高偏極化組成物とする工程を含む、物質の高偏極化方法。
[20] 前記物質が液体または溶液である、[18]に記載の高偏極化方法。
[21] 前記物質がガスである、[18]に記載の高偏極化方法。
[22] 前記高偏極化組成物または前記組成物への前記物質の接触を、前記高偏極化組成物または前記組成物を構成する多孔性材料中に、前記物質を浸透させることにより行う、[20]または[21]に記載の高偏極化方法。
[23] 前記物質が、炭化水素、および、少なくとも1つの水素原子が置換基で置換された炭化水素の誘導体から選択される少なくとも1種の化合物を含有する、[19]〜[22]のいずれか1項に記載の高偏極化方法。
[24] 前記物質が、少なくとも1つの水素原子が置換基で置換された炭化水素の誘導体を含有し、前記置換基の少なくとも1つが、スピン量子数Iが0以外である原子を含む、[23]に記載の高偏極化方法。
[25] 前記置換基がフッ素原子である、[23]または[24]に記載の高偏極化方法。
[26] さらに、前記高偏極化組成物の核スピン偏極を前記物質へ移行させる工程を含む、[19]〜[25]のいずれか1項に記載の高偏極化方法。
[27] 前記高偏極化組成物の核スピン偏極を前記物質へ移行させる工程を、互いに接触させた前記高偏極化組成物と前記物質にマイクロ波を照射することにより行う、[26]に記載の高偏極化方法。
[28] [18]〜[27]のいずれか1項に記載の方法により高偏極化した物質。
[29] [1]〜[15]のいずれか1項に記載の組成物を用いて物質のNMRを測定する工程を含む、NMR測定法。
【発明の効果】
【0009】
本発明の組成物によれば、スピン−格子緩和時間が長く、偏極源や偏極対象物の導入が容易な動的核偏極系を実現することができる。こうした組成物を用いることにより、様々な物質について高偏極化を行って核スピンを高偏極化することが可能になり、そのNMR測定の感度を効果的に向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1】本発明の組成物の動的核偏極メカニズムを説明するための模式図である。
図2】MOFに0.012mol%の化合物1を導入した実施例1の組成物、MOFに0.027mol%の化合物1を導入した実施例2の組成物、MOFに0.13mol%の化合物1を導入した実施例3の組成物、化合物1単体の固体、および化合物1のメタノール溶液の光吸収スペクトルである。
図3】MOFに0.012mol%の化合物1を導入した実施例1の組成物、MOFに0.027mol%の化合物1を導入した実施例2の組成物、MOFに0.13mol%の化合物1を導入した実施例3の組成物、化合物1単体の固体、および化合物1の蛍光発光の過渡減衰曲線である。
図4】MOFに0.012mol%の化合物1を導入した実施例1の組成物、MOFに0.027mol%の化合物1を導入した実施例2の組成物、MOFに0.13mol%の化合物1を導入した実施例3の組成物、およびDPPのクロロホルム溶液の電子スピン共鳴スペクトルである。
図5】MOFに0.012mol%の化合物1を導入した実施例1の組成物、MOFに0.027mol%の化合物1を導入した実施例2の組成物、MOFに0.13mol%の化合物1を導入した実施例3の組成物、およびDPPのクロロホルム溶液の680mTにおけるESRピークの過渡減衰曲線である。
図6】配位子2を用いたMOFに化合物1を導入した実施例7の組成物から観測された、H−NMR信号を示すNMRスペクトルである。
図7】実施例7の組成物に対象物1を導入した実施例8の対象物導入組成物から観測された、19F−NMR信号を示すNMRスペクトルである。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下において、本発明の内容について詳細に説明する。以下に記載する構成要件の説明は、本発明の代表的な実施態様や具体例に基づいてなされることがあるが、本発明はそのような実施態様や具体例に限定されるものではない。なお、本明細書において「〜」を用いて表される数値範囲は、「〜」の前後に記載される数値を下限値および上限値として含む範囲を意味する。また、本発明に用いられる化合物の分子内に存在する水素原子の同位体種は特に限定されず、例えば分子内の水素原子がすべてHであってもよいし、一部または全部がH(デューテリウムD)であってもよい。また、本明細書における「励起光」とは、対象物に励起を引き起こして発光を生じさせる光であり、その対象物の吸収波長に一致する波長の光を用いることができる。
【0012】
<組成物>
本発明の組成物は、(1)多孔性材料と、(2)励起三重項状態をとりうる物質からなる動的核偏極の偏極源とを含むものである。
本発明における「多孔性材料」とは、20℃、1気圧で固体状態をなし、その固体状態において複数の細孔を有する材料である。多孔性材料が有する細孔は貫通孔であっても、非貫通の穴であってもよい。
本発明における「偏極源」とは、偏極状態の電子スピンと核スピンの集合体に、外部磁場を印加しながら電磁波を照射することにより、電子のスピン偏極を核へ移行させて核スピンを高偏極化する動的核偏極において、偏極状態の電子スピンの供給源となるものである。ここで、「偏極」または「スピン偏極」とは、スピンの集合体に静磁場を印加してゼーマン分裂を起こさせた際、分裂したエネルギー準位同士で、そのエネルギー準位にあるスピンの占有数が異なっていることをいう。また、分裂したエネルギー準位のうち、いずれか2つからなる組み合わせを見たとき、一方のエネルギー準位におけるスピンの占有数Nと他方のエネルギー準位におけるスピンの占有数Nの差の総スピン数に対する比、すなわち、(N−N)/(N+N)を偏極率という。ここで、ゼーマン分裂したエネルギー準位の全ての組み合わせで、偏極率が0あるものはスピン偏極しておらず、少なくとも1つの組み合わせで、偏極率が0超であるものはスピン偏極したものと言うことができる。この偏極率が大きいもの程、いずれか一方のエネルギー準位にスピンが過剰に存在しており、スピン偏極が大きいことを意味する。なお、以下の説明では、ゼーマン分裂した各エネルギー準位を「ゼーマン準位」という。本発明の組成物における電子および核のゼーマン準位は、2つであっても3つ以上であってもよい。また、ゼーマン準位が3つ以上であるとき、スピン偏極した状態で偏極率が0超となるものは、ゼーマン準位の全ての組み合わせであってもよいし、一部の組み合わせであってもよい。
本発明においては、「偏極源」として「励起三重項状態をとりうる分子」を使用する。ここで、「励起三重項状態をとりうる分子」とは、励起エネルギーを印加することにより励起三重項状態へ遷移しうる分子のことを意味する。励起三重項状態への遷移は、励起エネルギーの印加により直接起こる基底一重項状態から励起三重項状態への遷移であってもよいし、励起エネルギーの印加で生じた励起一重項状態からの、励起三重項状態への項間交差であってもよい。励起状態への遷移を引き起こす励起エネルギーは、励起光のエネルギーであっても、注入したキャリアの再結合エネルギーであってもよいし、励起状態になった他の分子から受け取った励起エネルギーであってもよい。励起三重項状態をとりうる分子の電子スピンの偏極状態については、下記の[1]偏極源の励起工程の項で説明する。
【0013】
本発明の組成物は、上記のような多孔性材料と、励起三重項状態をとりうる分子からなる偏極源とを含み、偏極源や偏極対象物を多孔性材料の細孔内に包接することができる。こうした態様により、偏極源や偏極対象物を多孔性材料の内部に容易に導入することができ、これらを空間的に分散させた状態で保持することができる。また、このように多孔性材料では、偏極源や偏極対象物を細孔内に包接して導入することができるため、これらの導入を考慮して、アモルファスのような柔軟な素材を採用する必要がなく、スピン−格子緩和時間を重視した素材を選択することができる。そのため、本発明の組成物によれば、スピン−格子緩和時間が長く、偏極対象物の導入が容易な動的核偏極系を実現することができる。
また、本発明の組成物は、偏極源として励起三重項状態をとりうる分子を用いることにより、温度に関わりなく、特定のエネルギー準位に電子スピンの占有数が大きく偏った、電子スピンの偏極状態を実現することができる。そのため、室温で高偏極化を行った場合でも、核スピンを効率よく高偏極化することができ、温度制御に係る操作や設備を簡易化することが可能になる。
【0014】
以下において、本発明の組成物における動的核偏極メカニズムを、励起光照射により偏極源を励起する場合を例にして、図1を参照しながら説明する。ただし、本発明の組成物の動的核偏極メカニズムは、以下で説明するメカニズムによって限定的に解釈されるべきものではない。
【0015】
[1]偏極源の励起工程
この工程では、組成物に励起光を照射して、励起三重項状態をとりうる分子からなる偏極源を励起三重項状態へ遷移させる。
組成物に励起光を照射すると、図1に示すように、偏極源が基底一重項状態Sから励起一重項状態Sへと遷移し、さらに、励起一重項状態Sからの項間交差が起こって励起三重項状態Tになる。続いて、励起三重項状態Tが、それよりも低次の励起三重項状態へと段階的に内部転換し、終には最低エネルギー準位の励起三重項状態Tになる。この励起三重項状態Tでの電子スピン(三重項電子スピン)のゼーマン準位の数は、磁気量子数m=−1、0、+1のそれぞれに相当する3つであり、これらのうち、m=0のゼーマン準位に電子スピンが大きく偏って分布した電子スピン高偏極状態になっている。一方、多孔性材料の核のゼーマン準位の数は、例えばプロトンでは、磁気量子数m=+1/2、−1/2のそれぞれに相当する2つである。これらのうちm=+1/2のゼーマン準位の方が、僅かに核スピンの占有数が多いものの、偏極率は10−6程度であり、極めて低い核スピン偏極状態にある。
【0016】
[2]高偏極化工程
この工程では、組成物で生成した三重項電子スピンの偏極を核スピンに移行して、核スピンを高偏極化する。
三重項電子スピンが生じた組成物に、外部磁場を印加しつつ電子スピンが共鳴する電磁波を照射すると、固体効果により、電子スピンが共鳴して歳差運動の角度が変化するとともに、電子スピンの歳差運動が変化する速度に、周囲の核スピンが共鳴する。これにより、その電磁波の周波数に応じて、例えば偏極源のm=0のゼーマン準位にある電子スピンがm=−1のゼーマン準位に落ちると同時に、多孔性材料のm=+1/2のゼーマン準位にある核スピンがm=−1/2のゼーマン準位に上がり、電磁波を照射している間、こうしたサイクルが繰り返されることで電子のスピン偏極と核のスピン偏極が交換されて、核スピンが高偏極化される。このとき、本発明においては、多孔性材料のスピン−格子緩和時間が長いため、その高偏極化された核スピンが蓄積して拡散することにより、多孔性材料が全体的に高偏極化される。そのため、その多孔性材料に偏極対象物が導入されている場合には、その核にもスピン偏極が受け渡され、該偏極対象物の核スピンが高偏極化されることになる。
高偏極化の条件は特に制限されないが、例えば外部磁場の強度は、0.1〜1T、電磁波の周波数は2〜20GHz、電磁場の強度は0.1〜100Wの各範囲から適宜選択することができる。
なお、上記の工程[1]、[2]は、工程[1]を行った後に、工程[2]を行うようにしてもよいし、工程[1]と工程[2]を同時に行ってもよい。後者の場合には、組成物に外部磁場を印加しつつ、励起光と電子スピンが共鳴する電磁波を同時に照射する。
以上のように、本発明の組成物は、動的核偏極により、その核スピンや組成物に導入した偏極対象物の核スピンを高偏極化することができる。そのため、本発明の組成物は、動的核偏極用組成物として効果的に用いることができる。
次に、本発明の組成物が含む各成分と組成物の物性について説明する。
【0017】
<偏極源>
本発明で用いる偏極源は、励起三重項状態をとりうる分子から構成されており、高偏極化における電子スピンの供給源として機能する。
励起三重項状態をとりうる分子は、無機分子であっても有機分子であってもよいが、有機分子であることが好ましい。
偏極源として用いうる好ましい有機分子として、4〜6個のベンゼン環が縮合した骨格を有する化合物を挙げることができる。4〜6個のベンゼン環が縮合した骨格の具体例として、テトラセン骨格、ペンタセン骨格、ヘキサセン骨格、ルブレン骨格、ピセン骨格を挙げることができ、これらの骨格の2種類以上が連結した構造を有するものや、これらの骨格にベンゼン環やナフタレン環、ビフェニル環が連結した構造を有するものであってもよい。4〜6個のベンゼン環が縮合した骨格を有する化合物は、その骨格のみからなる無置換の化合物であってもよいし、これらの骨格が置換基で置換された構造を有する誘導体であってもよいが、誘導体であることが好ましい。骨格に置換しうる置換基の好ましい範囲と具体例については、下記のRがとりうる置換基の好ましい範囲、具体例を参照することができる。中でも、この骨格の置換基は、多孔質材料を構成する原子や原子団、さらには、多孔質材料がイオンを含む場合には、そのイオンの少なくともいずれかと相互作用する基であることが好ましい。これにより、偏極源の分子同士が凝集して凝集体を形成することが抑えられ、その分子を多孔質材料の細孔内へより容易に導入できるようになる。例えば、多孔質材料が金属有機構造体である場合には、偏極源となる化合物は、金属有機構造体の金属イオンと相互作用する官能基を有することが好ましい。そのような官能基として、カルボキシ基(−COOH)、スルホ基(−SOH)、ホスホノ基(−P(O)(OH))、ホスホノキシ基(−OP(O)(OH))等の酸性基、またはこれらの基からプロトンが電離したアニオン基等を挙げることができ、カルボキシ基、カルボキシラートアニオン基であることが好ましい。
【0018】
また、偏極源として用いる化合物は、その少なくとも一部の水素原子が重水素で置換されていることが好ましく、化合物に存在する水素原子の30〜70%が重水素で置換されていることがより好ましい。これにより、偏極源のスピン−格子緩和時間を長くして、核スピンを効果的に高偏極化することができる。ここで、化合物の重水素で置換される箇所は、比較的動きやすい箇所であることが好ましい。例えば、化合物を構成する4〜6個のベンゼン環が縮合した骨格に、単結合で結合した原子団(置換基)が存在する場合には、その置換基が有する水素原子の少なくとも一部が重水素で置換されていることが好ましく、その全部の水素原子が重水素で置換されていることが好ましい。重水素で置換するのに好ましい置換基の例として、炭素数1〜20のアルキル基を挙げることができる。
【0019】
偏極源として用いる化合物は、下記一般式(A)で表される化合物またはその塩であることが好ましい。
【0020】
【化1】
【0021】
式(A)において、Rはそれぞれ独立して水素原子(H)、重水素原子(D)、又は酸素原子、硫黄原子、及びケイ素原子からなる群より選択される少なくとも1種の原子を含んでいてもよい炭素数1〜20の炭化水素基を表す。但し、Rの少なくとも1つは、酸素原子、硫黄原子、及びケイ素原子からなる群より選択される少なくとも1種の原子を含んでいてもよい炭素数1〜20の炭化水素基である。
なお、式(A)のRはそれぞれ独立して水素原子(H)、重水素原子(D)、又は酸素原子、硫黄原子、及びケイ素原子からなる群より選択される少なくとも1種の原子を含んでいてもよい炭素数1〜20の炭化水素基を表しているが、「炭化水素基」とは直鎖状の飽和炭化水素基に限られず、炭素−炭素不飽和結合、分岐構造、環状構造のそれぞれを有していてもよいことを意味する。また、「酸素原子、硫黄原子、及びケイ素原子からなる群より選択される少なくとも1種の原子を含んでいてもよい」とは、酸素原子、硫黄原子、又はケイ素原子を含む官能基を含んでいてもよいことを意味するほか、酸素原子、硫黄原子、又はケイ素原子を含む連結基を炭素骨格の内部又は末端に含んでいてもよいことを意味するものとする。従って、「酸素原子、硫黄原子、及びケイ素原子からなる群より選択される少なくとも1種の原子を含んでいてもよい」炭化水素基には、例えば−CH−CH−OHのようなヒドロキシル基を含む炭素数2の炭化水素基、−CH−O−CHのようなエーテル基を炭素骨格の内部に含む炭素数2の炭化水素基、及び−O−CH−CHのようなエーテル基を炭素骨格の末端に含む炭素数2の炭化水素基等が含まれる。
【0022】
ペンタセン誘導体の「その塩」とはペンタセン誘導体がカルボキシル基(−COOH)やスルホ基(−SOH)等の酸点を有する化合物であり、その水素イオンが金属陽イオンに置き換えられているものを意味するものとする。
【0023】
「Rの少なくとも1つは、酸素原子、硫黄原子、及びケイ素原子からなる群より選択される少なくとも1種の原子を含んでいてもよい炭素数1〜20の炭化水素基である」とは、即ち、式(A)で表されるペンタセン誘導体にペンタセン自体と重水素化したペンタセンは含まれないことを意味する。
【0024】
Rが炭化水素基である場合、炭化水素基の炭素数は、好ましくは3以上、より好ましくは6以上であり、好ましくは12以下、より好ましくは8以下である。
炭化水素基としては、フェニル基、ビフェニル基、フェニルチオ基、デシルチオ基、エチニル基等が挙げられる。
炭化水素基に含まれる官能基や連結基としては、カルボキシル基(−COOH)、カルボキシル基のカリウム塩(−COOK)、チオエーテル基(−S−)、トリエチルシリル基(−SiEt)、トリイソプロピルシリル基(−SiiPr)等が挙げられる。
炭化水素基の結合数は、通常1以上、好ましくは2以上であり、通常6以下、好ましくは5以下である。
炭化水素基の結合位置は、6位及び13位の組合せ(炭化水素基の結合数2)、5位、7位、12位、及び14位の組合せ(炭化水素基の結合数4)、1位、4位、8位、及び11位の組合せ(炭化水素基の結合数4)、2位、3位、9位、及び10位の組合せ(炭化水素基の結合数4)が挙げられるが、6位及び13位の組合せが最も好ましく、5位、7位、12位、及び14位の組合せ、1位、4位、8位、及び11位の組合せ、位、3位、9位、及び10位の組合せの順で好ましい。ペンタセン誘導体は大気中で溶媒に溶かすと酸化分解され易い傾向があるが、炭素水素基を付加する位置によって上記の順で分解速度が遅くなる。これは、ペンタセンのπ電子雲のスピン密度の高い順に相当する。
【0025】
また、Proc.Natl.Acad.Sci,U.S.A.2014,111,7527-7530.には、ペンタセンに含まれる水素原子を重水素置換することによって、動的核偏極により達成されるHスピン偏極率が向上することが示されている。
【0026】
【化2】
【0027】
式(A)で表されるペンタセン誘導体及び/又はその塩としては、下記の化合物1〜11を挙げることができる。
【0028】
【化3】
【0029】
上記に示されるもののうち、化合物1については、実施例において電子スピン共鳴スペクトルを測定しており、NMR信号が得られることも確認されている。
また、J.Am.Chem.Soc.2008,130,16274-16286.には、例えば、上記化合物2、3、8、9、11につき、ペンタセン類のHOMO−LUMOギャップや光酸化抵抗性に与える置換基の効果について詳細に説明されている。
他にも、J.Mater.Chem.C,2013,1,2193-2201.には、上記化合物6、7等のペンタセン誘導体が動的核偏極の偏極源として利用できることも示されている。
上述の11種類の化合物は、化学式に含まれる水素原子(H)のその一部または全部が重水素原子(D)で置換されていてもよい。
【0030】
また、偏極源には、炭素原子、水素原子および重水素原子のみから構成される化合物も好ましく用いることができる。
【0031】
[多孔性材料]
本発明で用いる多孔性材料は、その細孔内に偏極源を包接して、該偏極源を空間的に分散させた状態で保持する基材として機能する。偏極源を分散させて保持することにより、偏極源の分子同士が凝集して三重項電子スピンの偏極が緩和することを抑制することができる。また、本発明における多孔性材料は、その核スピンで、励起三重項状態になった偏極源の電子のスピン偏極を受け取って蓄積し、拡散させる作用を奏する。これにより、多孔性材料に偏極対象物が導入されている場合には、多孔性材料内をスピン偏極が拡散している過程で、その偏極対象物にもスピン偏極が受け渡され、その核スピンが高偏極化される。
多孔性材料として、金属有機構造体(MOF)、共有結合性有機骨格構造体(COF)等の結晶性多孔高分子、無機多孔質材料、有機多孔質材料等を挙げることができ、金属有機構造体、共有結合性有機骨格構造体であることが好ましく、金属有機構造体であることがより好ましい。また、金属有機構造体、共有結合性有機骨格構造体では、その有機構造に存在する水素原子の少なくとも1つが重水素で置換されていることが好ましく、その有機構造に存在する水素原子の30〜70%が重水素で置換されていることがより好ましい。これにより、組成物のスピン−格子緩和時間を長くすることができる。
【0032】
ここで、金属有機構造体は、金属イオンと架橋性の有機配位子が連続的に配位結合して形成された、内部に細孔を有する結晶性の高分子構造体である。金属有機構造体は、硬い結晶性の骨格を有するため、スピン−格子緩和時間が長く、核のスピン偏極を効果的に蓄積して、高偏極化することができる。また、金属有機構造体は、細孔径がナノレベルと小さいため、偏極源や偏極対象物を分子毎あるいは少数の分子毎に細孔内に包接して、分子同士の凝集を抑えることができる。さらに、金属有機構造体は、金属と有機配位子の物性を併せもつため、物性を多様に変化させることができる。これにより、例えば、その金属有機構造体と偏極源や偏極対象物との相互作用を制御して、その導入量や高偏極化の状態を最適化することが可能である。
金属有機構造体を構成する金属イオンとしては、特に限定されないが、遷移金属、2、13及び14族の典型金属の金属イオンであることが好ましく、銅、亜鉛、カドミウム、銀、コバルト、ニッケル、鉄、ルテニウム、アルミニウム、クロム、モリブデン、マンガン、パラジウム、ロジウム、ジルコニウム、チタニウム、マグネシウム、ジルコニウム、ランタンの各イオンであることがより好ましく、亜鉛、アルミニウム、ジルコニウム、ランタンの各イオンであることがさらに好ましく、亜鉛イオン、ジルコニウムイオンであることが特に好ましい。これらの金属イオンは、1種類を単独で用いてもよく、2種類以上を組み合わせて用いてもよい。
金属イオンの価数は、特に制限されないが、2〜6価であることが好ましく、2〜5価であることがより好ましく、2〜4価であることがさらに好ましい。
架橋性の有機配位子は、少なくとも2つの配位性基を有する配位性化合物である。有機配位子が有する複数の配位性基は互いに同一であっても異なっていてもよい。また、有機配位子が有する配位性基の数は、2〜8であることが好ましく、2〜6であることがより好ましく、2〜4であることがさらに好ましい。配位性基の具体例として、窒素原子含有複素環が環員として含む配位性窒素原子やカルボキシ基が挙げられる。このうちカルボキシ基は、プロトンが電離したカルボキシラートアニオン基のかたちで配位性基として機能する。
配位性窒素原子を含む複素環は、脂肪族複素環であっても芳香族複素環であってもよい。配位性窒素原子を含む複素環として、イミダゾール環、トリアジン環、ピリジン環、ピリミジン環を挙げることができ、イミダゾール環であることが好ましい。これらの複素環は、置換基で置換されていてもよい。この置換基の好ましい範囲と具体例については、下記のR〜Rがとりうる置換基の好ましい範囲と具体例を参照することができる。
配位性基となるカルボキシ基で置換される有機構造は、特に限定されないが、芳香族炭化水素環、アルケン、上記の配位性窒素原子を含む複素環、アルカン、アルキン、非芳香族炭化水素環を挙げることができる。これらの有機構造は、置換基で置換されていてもよい。この置換基の好ましい範囲と具体例については、下記のR〜Rがとりうる置換基の好ましい範囲と具体例を参照することができる。
また、金属有機構造体の有機配位子が置換基で置換された環構造を有する場合、その置換基が含む水素原子の少なくとも1つは重水素で置換されていることが好ましく、その置換基の全ての水素原子が重水素で置換されていることが好ましい。
架橋性の有機配位子のより好ましい例として、下記一般式(B)で表されるイミダゾール配位子を挙げることができる。
【0033】
【化4】
【0034】
一般式(B)において、R〜Rは、各々独立に水素原子または置換基を表す。R〜Rのうちの2つ以上が置換基であるとき、それらの置換基は互いに同一であっても異なっていてもよい。また、R〜Rにおける置換基は、該置換基が含む水素原子の少なくとも一部が重水素で置換されていることが好ましく、該置換基が含む水素原子の全てが重水素で置換されていることが好ましい。これにより、組成物のスピン−格子緩和時間を長くすることができる。R〜Rのうちの置換基の数は特に限定されないが、少なくともRが置換基であることが好ましい。Rが表す置換基は、置換もしくは無置換のアルキル基であることが好ましく、水素原子の少なくとも一部が重水素で置換されたアルキル基であることがより好ましく、水素原子の全部が重水素で置換されたアルキル基であることがさらに好ましい。このアルキル基の炭素数は、1〜20であることが好ましく、1〜4であることがより好ましく、1であることがさらに好ましい。
【0035】
〜Rがとりうる置換基として、例えばヒドロキシ基、ハロゲン原子、炭素数1〜20のアルキル基、炭素数1〜20のアルコキシ基、炭素数1〜20のアルキルチオ基、炭素数1〜20のアルキル置換アミノ基、炭素数1〜20のアリール置換アミノ基、炭素数6〜40のアリール基、炭素数3〜40のヘテロアリール基、炭素数2〜10のアルケニル基、炭素数2〜10のアルキニル基、炭素数2〜20のアルキルアミド基、炭素数7〜21のアリールアミド基、炭素数3〜20のトリアルキルシリル基、炭素数2〜20のオリゴエチレングリコール基等が挙げられる。これらの具体例のうち、さらに置換基により置換可能なものは置換されていてもよい。
【0036】
また、架橋性の有機配位子の具体例として、下記式で表されるものを挙げることができる。また、下記の有機配位子のうち、環構造がメチル基で置換されたものにおいて、そのメチル基の水素原子が重水素で置換されたものも具体例として挙げることができる。ただし、本発明の多孔性材料として用いうる金属有機構造体の有機配位子はこれらの具体例によって、限定的に解釈されるものではない。
【0037】
【化5】
【0038】
【化6】
【0039】
以上の有機配位子は、1種類を単独で用いてもよく、2種類以上を組み合わせて用いてもよい。
【0040】
金属有機構造体における有機配位子の含有量は、金属イオンのモル数に対して1〜6であることが好ましく、1〜3であることがより好ましく、1または2であることがさらに好ましい。
【0041】
また、金属有機構造体は、金属イオンおよび架橋性の有機配位子以外の成分を含んでいてもよい。そうした成分として、例えば結晶径調整剤、カウンターイオン、タンパク質、ペプチド、DNA等を挙げることができる。
【0042】
また、本発明では、上記の金属有機構造体の他に、共有結合性有機骨格構造体、無機多孔質材料、有機多孔質材料も多孔性材料として用いることができる。共有結合性有機骨格構造体は、水素原子、ホウ素原子、炭素原子、酸素原子などの軽原子を共有結合により連結して網目状の周期構造を形成した結晶性またはアモルファス状の多孔性高分子構造体である。この共有結合性有機骨格構造体も、硬い結晶性の骨格を有するとともに、細孔径がナノレベルと小さいため、スピン−格子緩和時間が長く、また、偏極源や偏極対象物を細孔内に容易に導入して、これらを分散した状態で保持することができる。また、無機多孔質材料としては、シリカ、オルガノシリカ、アルミナ、カーボン、金属酸化物等を用いることができ、有機多孔質材料としては、繊維状のポリマーを絡めた繊維集合体等が用いることができる。
【0043】
(多孔性材料の細孔の条件)
本発明で用いる多孔性材料の細孔の孔径は、0.2〜1000nmであることが好ましく、0.2〜100nmであることがより好ましく、0.2〜2nmであることがさらに好ましい。
多孔性材料の細孔の孔径は、ガス吸着により測定することができる。
多孔性材料の空孔率は、1%〜90%であることが好ましく、20%〜90%であることがより好ましく、40%〜90%であることがさらに好ましい。
多孔性材料の空孔率は、ガス吸着により測定することができる。
多孔性材料の細孔の孔径、空孔率が上記の範囲であることにより、偏極源や偏極対象物の分子を、多孔性材料の細孔内に容易かつ十分な量で導入して、分散性よく保持させることができる。
【0044】
[その他の成分]
本発明の組成物は、多孔性材料と偏極源のみから構成されていてもよいし、その他の成分を含んでいてもよい。例えば、偏極源を構成する分子が酸性基を有する場合には、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム等の塩基性物質を組成物に添加することが好ましい。これにより、偏極源の酸性基からプロトンが電離して共役塩基が形成され、金属有機構造体の金属イオンと相互作用するようになる。これにより、金属有機構造体への偏極源の導入量を顕著に上げることができる。
また、本発明の組成物は、タンパク質、ペプチド、DNA等の偏極対象物や、溶媒分子、テンプレート分子等をその他の成分として含んでいてもよい。ここで、偏極対象物は、偏極源および多孔性材料で生成した核スピン偏極を移行させうる物質である。偏極対象物の説明と好ましい範囲、具体例については、<高偏極化方法>の欄の対応する記載を参照することができる。
【0045】
[偏極源の導入量]
本発明の組成物において、多孔性材料における偏極源の導入量は、金属有機構造体の金属イオンのモル数に対して、0.001mol%〜1mol%であることが好ましく、0.001mol%〜0.1mol%であることがより好ましく、0.01mol%〜0.05mol%であることがさらに好ましい。
多孔性材料における偏極源の導入量は、組成物を塩酸等で分解して偏極源を取り出し、その光吸収スペクトルのピーク強度を測定することにより求めることができる。
【0046】
[スピン−格子緩和時間T
本発明の組成物のスピン−格子緩和時間Tは、1秒以上であることが好ましく、10秒以上であることがより好ましく、60秒以上であることがさらに好ましい。これにより、核のスピン偏極がより蓄積し易くなり、その組成物の核スピンや偏極対象物の核スピンを高偏極化することができる。
スピン−格子緩和時間Tは、飽和回復法により求めることができる。
【0047】
<動的核偏極用組成物>
次に、本発明の動的核偏極用組成物について説明する。
本発明の動的核偏極用組成物は、本発明の組成物からなることを特徴とする。
本発明の組成物の説明と好ましい範囲、具体例については、上記の<組成物>の項の記載を参照することができる。
上記のように、本発明の組成物は、スピン−格子緩和時間が長く、偏極源や偏極対象物を容易に導入できるため、その核スピンや組成物に導入した偏極対象物の核スピンを高偏極化することができる。そのため、本発明の組成物は、動的核偏極用組成物として効果的に用いることができる。
【0048】
<高偏極化組成物>
次に、本発明の高偏極化組成物について説明する。
本発明の高偏極化組成物は、本発明の組成物を高偏極化したものである。
本発明の組成物の説明と好ましい範囲、具体例、高偏極化の方法とメカニズムについては、上記の<組成物>の項の記載を参照することができる。
上記のように、本発明の組成物は、スピン−格子緩和時間が長いため、動的核偏極を行うことにより、その核スピンを全体的に高偏極化することができる。そのため、本発明の高偏極化組成物は、その全体に亘って核スピンが高い偏極率を有する。そのため、この高偏極化組成物に偏極対象物を接触させると、その核のスピン偏極が偏極対象物へ移行して、該偏極対象物の核スピンを高偏極化することができる。
本発明の「高偏極化組成物」であることは、そのNMRスペクトルにおいて、熱平衡状態にある組成物のNMRスペクトルよりも、強度が大きいピーク(増感したピーク)が観測されることをもって確認することができる。高偏極化組成物の増感したピークの強度は、熱平衡状態にある組成物の対応するピーク強度に対して、10倍以上であることが好ましく、100倍以上であることがより好ましく、1000倍以上であることがさらに好ましい。
【0049】
<高偏極化方法>
次に、本発明の高偏極化方法について説明する。
本発明の高偏極化方法は、本発明の高偏極化組成物に物質を接触させる工程、または、本発明の組成物に物質を接触させた後、その組成物を高偏極化させて高偏極化組成物とする工程を含む。
なお、本明細書中では、上記の動的核偏極用組成物を用いて、その核スピンを偏極化する物質(偏極化の対象)、および本発明の高偏極化組成物または本発明の組成物に接触または含有させて核スピンを偏極化する物質(偏極化の対象)を「偏極対象物」という。
組成物の説明については、上記の<組成物>の項の記載を参照することができ、高偏極化組成物の説明については、上記の<高偏極化組成物>の項の記載を参照することができる。
【0050】
また、本発明の高偏極化方法は、さらに、高偏極化組成物の核スピン偏極を、偏極対象物に移行させる工程を含んでいてもよい。
高偏極化組成物の核スピン偏極は、別段の工程を行わなくても、高偏極化組成物に偏極対象物を接触させることにより該偏極対象物に移行、拡散するが、その際、核スピン偏極の移行を誘起するための工程を行ってもよい。そのような手法として、交差分極法(CP法)、交差分極とマジック角回転と広帯域デカップリングを併用したCP/MAS法、断熱通過交差分極(Adiabatic passage cross polarization)等が挙げられ、マイクロ波の照射を用いて行うことが好ましい。
核スピン偏極の移行は、高偏極化組成物のHから偏極対象物のHへの移行のように、同じ核種同士の間の移行であってもよいし、高偏極化組成物のHから偏極対象物のHと異なる核種への移行のように、異なる核種同士の間の移行であってもよいし、その両方であってもよい。核スピン偏極を移行させる偏極対象物の核種は、スピン量子数Iが0以外のものであれば特に制限なく用いることができる。核種の具体例として、H、H、He、11B、13C、14N、15N、17O、19F、29Si、31P、129Xe等を挙げることができ、天然存在比が高いことからH、14N、19F、31Pであることが好ましく、NMR信号強度が高いことからH、19Fであることがより好ましい。
【0051】
動的核偏極用組成物に接触させる偏極対象物は、ガス、液体または溶液であることが好ましい。これらの偏極対象物を、本発明の高偏極化組成物に接触させると、その偏極対象物が多孔性材料の細孔内へ容易に浸入して包接される。これにより、高偏極化組成物の核のスピン偏極が偏極対象物に移行し、該偏極対象物の核スピンが高偏極化される。
ガス、液体または溶液の動的核偏極用組成物への接触方法は特に限定されず、例えばこれらのものを組成物へ注入してもよいし、容器内にこれらのものを充填し、その中に容器を配置して浸透させてもよい。
また、偏極対象物を液体中に溶解または分散させた状態で動的核偏極用組成物と混合してもよい。このとき、動的核偏極用組成物が偏極対象物を直接偏極してもよいし、液体を介して偏極してもよい。
ここで、偏極対象物は、炭化水素、および、少なくとも1つの水素原子が置換基で置換された炭化水素の誘導体から選択される少なくとも1種の化合物を含有することが好ましい。
炭化水素は、非環系化合物(脂肪族化合物)であっても環系化合物であってもよく、飽和炭化水素であっても不飽和炭化水素であってもよく、低分子化合物であっても高分子化合物であってもよい。環系化合物は、脂環系および芳香族系のいずれであってもよい。炭化水素の炭素数は特に制限されず、通常は1〜10の範囲である。また、炭化水素は、分子内の一部の炭素原子がヘテロ原子で置換されたものであってもよい。ヘテロ原子は特に限定されないが、N,P、O、S等を挙げることができる。
炭化水素の誘導体において、置換基は特に限定されないが、置換基の少なくとも1つは、スピン量子数Iが0以外である原子を含む置換基であることが好ましく、13C、15N、19F、29Si、31P等を含む置換基であることがより好ましく、フッ素原子であることがさらに好ましい。
以下において、偏極対象物の具体例を例示する。ただし、本発明の高偏極化方法に用いうる偏極対象物は、この具体例によって、限定的に解釈されるものではない。
【0052】
【化7】
【0053】
また、タンパク質、ペプチド、DNA等の生体成分も、偏極対象物の好ましい例として挙げることができる。
【0054】
本発明の高偏極化方法において、高偏極化組成物における偏極対象物の導入量は、多孔性材料が金属有機構造体である場合、その金属イオンのモル数に対して、0.1mol%〜500mol%であることが好ましく、1mol%〜200mol%であることがより好ましく、10mol%〜100mol%であることがさらに好ましい。
高偏極化組成物における偏極対象物の導入量は、熱重量分析(TGA)および金属有機構造体を酸で溶解させた後のNMR測定により求めることができる。
【0055】
<高偏極化した物質>
次に、本発明の高偏極化した物質について説明する。
本発明の高偏極化した物質は、本発明の高偏極化方法により高偏極化した物質である。本発明の高偏極化方法の説明については、上記の<高偏極化方法>の項の記載を参照することができる。高偏極化する対象物質については、上記の<高偏極化方法>の項に記載した偏極対象物の説明と好ましい範囲、具体例を参照することができる。
本発明の高偏極化した物質の偏極率は、10−4以上であることが好ましく、10−2以上であることがより好ましく、10−1以上であることがさらに好ましい。
物質の偏極率は、高偏極化を実施した場合のNMR信号強度と実施しなかった場合の信号強度を比較することにより測定することができる。
【0056】
<NMR測定法>
次に、本発明のNMR測定法について説明する。本発明のNMR測定法は、本発明の組成物を用いて物質のNMR(核磁気共鳴)を測定する工程を含むものである。また、本発明のNMR測定法は、MRI法も含む概念である。
本発明の組成物の説明と好ましい範囲、具体例については、上記の<組成物>の項を参照することができる。
本発明のNMR測定法は、本発明の組成物に動的核偏極を行って得た高偏極化組成物にNMRの測定対象物を接触させて、該測定対象物の核スピンを高偏極化した後、公知のNMR信号の検出方法を用いて測定対象物のNMRを観測することにより行うことができる。あるいは、NMRの測定対象物を本発明の組成物に導入した後、動的核偏極を行って該測定対象物の核スピンを高偏極化した後、公知のNMR信号の検出方法を用いて測定対象物のNMRを観測することにより行うことができる。なお、NMRで観測したい核種が13Cや19Fである場合は、高偏極化したHから13Cや19Fへ更なるマイクロ波照射により偏極を移してからNMRを観測する。
NMRの測定対象物を本発明の組成物に導入する方法および高偏極化の各工程については、上記の<高偏極化方法>および<組成物>の項の記載を参照することができる。
NMR信号の検出は、連続波法、パルスフーリエ変換法等の公知の方法を用いて行うことができ、例えばパルスフーリエ変換法によるNMR信号の検出には、RFコイル(プローブ)、増幅器等を備えた装置を用いることができる。
本発明では、本発明の組成物を用いて、測定対象物の核スピンを高偏極化するため、測定対象物からのNMR信号を高い強度で検出することができる。そのため、このNMR測定法を応用することにより、NMR分光法による化合物の構造や物性の解析、MRIによる生体器官の検査を感度よく行うことができる。
【実施例】
【0057】
以下に合成例および実施例を挙げて本発明の特徴をさらに具体的に説明する。以下に示す材料、処理内容、処理手順等は、本発明の趣旨を逸脱しない限り適宜変更することができる。したがって、本発明の範囲は以下に示す具体例により限定的に解釈されるべきものではない。なお、光吸収スペクトルの測定は、分光光度計(日本分光社製:V-670)を用いて行い、発光スペクトルの測定は、蛍光分光光度計(パーキンエルマー社製:LS55)を用いて行い、発光の過渡減衰曲線の測定は、発光寿命測定装置(浜松ホトニクス社製:Quantaurus-TauC11567-02)を用いて行い、プロトン()のスピン−格子緩和時間Tは、飽和回復法により求めた。動的核偏極は、偏極源を導入した金属有機構造体に、0.67Tの外部磁場を印加しつつ、589nmの励起光と18.1GHzの電磁場を照射することにより行った。
【0058】
(実施例で使用した化合物)
本実施例で使用した偏極源および金属有機構造体の配位子を下記に示す。下記式において、DはH(デューテリウム)を表す。
【化8】
【0059】
[1]化合物の合成
本実施例で使用した化合物1および配位子2の合成方法を下記に示す。
(合成例1) 化合物1の合成
まず、中間体1を下記の反応により合成した。
【0060】
【化9】
【0061】
4−ブロモベンズアルデヒド(5.0g、27mmol)、エチレングリコール(3.3g、54mmol)、p−トルエンスルホン酸(0.18g、0.95mmol)およびトルエン(75mL)を容器に入れ、加熱還流を1日行った。この反応液を、炭酸カリウム水溶液50mLで中和した後、酢酸エチル50mLで3回抽出を行った。集めた有機層を、硫酸マグネシウムにて乾燥させた後、ろ過し、減圧下で溶媒を蒸発させることにより、オレンジ油様の粗製物を得た。この粗製物を、ジクロロメタン:ヘキサン=1:1の混合溶媒を溶離液に用いてカラムクロマトグラフィーにて精製することにより、中間体1(2−(4−ブロモフェニル)−1,3−ジオキソラン)の黄色油を、収量5.9g、収率95%で得た。
次に、中間体2を下記の反応により合成した。
【0062】
【化10】
【0063】
−78℃の窒素雰囲気下で、中間体1(2.17g、9.5mmol)を含むテトラヒドロフラン溶液125mLに、1.6Mのn−ブチルリチウムのヘキサン溶液5.74mL(n−ブチルリチウムを9.2mmol含有)を加えて60分間攪拌した。この混合物に、6,13−ペンタセンジオン(973mg、3.2mmol)を含むテトラヒドロフラン溶液20mLを加え、室温で24時間撹拌した。この反応液に、塩化アンモニウムの飽和水溶液150mLを加えて反応を停止させた後、酢酸エチル100mLで3回抽出を行った。集めた有機層を硫酸ナトリウムにて乾燥させた後、ろ過し、真空下で溶媒を蒸発させることにより、暗赤油様の粗製物を得た。この粗製物をテトラヒドロフラン20mLで希釈した溶液に、塩化スズ(II)二水和物(2.01g、10.5mmol)と濃塩酸(4mL)を加え、アルミホイルで遮光した後、室温で22時間攪拌した。この反応液に水150mLを加え、クロロホルム100mLで3回抽出を行った。集めた有機層を硫酸ナトリウムにて乾燥させた後、ろ過し、減圧下で溶媒を蒸発させることにより、粗製物を得た。この粗製物を、クロロホルム:ヘキサン=10:1の混合溶媒を溶離液に用いてカラムクロマトグラフィーにて精製することにより、中間体2(4,4’−(ペンタセン−6,13−ジイル)ジベンズアルデヒド)の暗紫色粉末を、収量0.48g、収率31%で得た。
次に、化合物1を下記の反応により合成した。
【0064】
【化11】
【0065】
中間体2(1g、2.06mmol)、2−メチル−2−ブテン(22mL、206mmol)およびテトラヒドロフラン200mLをフラスコに入れ、0℃で5時間以上攪拌することにより懸濁液を得た。この懸濁液に、アルゴン雰囲気下で、亜塩素酸ナトリウム(745mg、8.24mmol)とリン酸二水素ナトリウム(1550mg、12.92mmol)を含む水溶液40mlを加え、アルミホイルで遮光した後、徐々に室温に戻して12時間攪拌した。この反応液から、減圧下でテトラヒドロフランを蒸発させた後、水を加えてろ過することにより粗製物を得た。この粗製物を、クロロホルムとメタノールで洗浄することにより、化合物1の暗紫色粉末を収量0.44g、収率41%で得た。
H−NMR(400MHz,DMSO−d6,TMS)δ=8.35(d,4H),8.25(s,4H),7.86(q,4H),7.80(d,4H),7.32(q,4H).Elemental analysis,calculated for C3622+HO=C3624,H:4.51,C:80.58;found H:4.32,C:80.43.
【0066】
(合成例2) 配位子2の合成
まず、中間体3を下記の反応により合成した。
【0067】
【化12】
【0068】
イミダゾール(5g、73.4mmol)を無水ジクロロメタン(50mL)に溶解した溶液に、テトラエチルアンモニウム(12.9mL、92.5mmol)とN−ジメチルスルファモイルクロライド(10mL、90.5mmol)を滴下した。この混合物を、室温で一昼夜攪拌した後、10%炭酸カリウム水溶液を加え、有機層を分離した。有機層を、硫酸ナトリウムで乾燥させ、真空下で溶媒を蒸発させることにより、オレンジ油様の粗製物を得た。この粗製物を、クロロメタン:メタノール=20:1の混合溶媒を溶離液に用いてカラムクロマトグラフィーにて精製することにより、中間体3(N,N−ジメチル−イミダゾール−1−スルホンアミド)の黄色油を、収量8.6g、収率67%で得た。
次に、中間体4を下記の反応により合成した。
【0069】
【化13】
【0070】
−78℃の窒素雰囲気下で、中間体3(8.5g、48.5mmol)をTHF(300mL)に溶解した溶液に、n−ブチルリチウム(58.1mmol)を含む1.6Mヘキサン溶液36.3mLを滴下して2時間攪拌した。この混合物に、冷却したヨードメタン−d(4.48mL、72.6mmol)を滴下し、一昼夜攪拌した。この反応液に、10%塩化アンモニウム水溶液150mLを加えて反応を停止させた後、酢酸エチル50mLで3回抽出を行った。集めた有機層から溶媒を蒸発させてオレンジ油様の中間体4(N,N−ジメチル−2−(メチル−d)−イミダゾール−1−スルホンアミド)を得た。
次に、配位子2を下記の反応により合成した。
【0071】
【化14】
【0072】
中間体4(8.6g、45.4mmol)を、2Mの塩化水素メタノール溶液(280mL)で36時間還流した後、濃炭酸水素ナトリウム水溶液で中和した。この混合物を濃縮し、イオン交換樹脂で処理することにより、黄橙色の固体を得た。この固体を、トルエンを用いて数回再結晶させることにより、配位子1の無色固体を収量500mg、収率13%で得た。
H−NMR(400MHz,CDCl,TMS):δ=6.95(s,2H).Elemental analysis,calculated for C=H:4.42,C:41.08,N:23.65;found H:4.39,C:40.90,N:23.35.
【0073】
[2]組成物の作製
(実施例1〜6) 化合物1の偏極源と、配位子1および亜鉛イオンからなる金属有機構造体を用いた組成物の作製
配位子1(250.5mg、3.05mmol)と、化合物1および水酸化ナトリウムを表1に示す量で含むメタノール溶液8.5mLに、硝酸亜鉛六水和物Zn(NO・6HO(225mg、0.76mmol)を含むメタノール溶液6.5mLを注入し、室温で1時間攪拌した。得られた乳紫色の混合物に遠心分離を行うことで結晶性固体を分離し、メタノールで3回洗浄した後、減圧乾燥することにより、組成物1の結晶性固体を収量56mg、収率32%で得た。
【0074】
(実施例7) 化合物1の偏極源と、配位子2および亜鉛イオンからなる金属有機構造体を用いた組成物の作製
配位子1の代わりに配位子2を用いること以外は、実施例6と同様にして組成物を得た。
【0075】
(比較例1) 配位子1および亜鉛イオンからなる金属有機構造体としての比較組成物1の作製
化合物1と水酸化ナトリウムをメタノール溶液に添加しないこと以外は、実施例6と同様の工程を行って金属有機構造体を作製し、これを比較組成物1とした。
【0076】
各実施例で作製した組成物の化合物1の導入量を表1に示す。また、化合物1の導入量が0.012mol%、0.027mol%、0.13mol%であった組成物(実施例1〜3の組成物)の光吸収スペクトルを図2に示し、590nm励起光による620nm蛍光発光の過渡減衰曲線を図3に示し、589nm励起光とマイクロ波を照射し、磁場を掃引しながら測定したESRスペクトルを図4に示し、680mTで観測されたESRシグナルの過渡減衰曲線を図5に示す。また、比較のため、図2には、化合物1のメタノール溶液(濃度:50μM)および化合物1単体の固体の測定結果を併せて示し、図4〜5には、6,13−ジフェニルペンタセン(DPP)のクロロホルム溶液の測定結果を併せて示す。また、実施例6、7および比較例1で作製した組成物について、動的核偏極を行った後に測定したNMRのピーク位置とスピン−格子緩和時間Tを表2に示す。実施例7の組成物について、室温で観測した熱平衡状態でのH−NMR信号および動的核偏極後のH−NMR信号を図6に示す。図6において、熱平衡状態での信号強度は積算回数40回の積算強度であり、動的核偏極後の信号強度は積算回数1回の強度である。
【0077】
【表1】
表1における仕込み量および導入量は、金属有機構造体を形成する亜鉛イオンZn2+のモル数に対するモル百分率(mol%)で示したものである。
【0078】
【表2】
表2におけるスピン−格子緩和時間Tは、3回測定を行ったときの平均値±標準偏差で示した。
【0079】
表1に示すように、水酸化ナトリウムを添加し、化合物1の仕込み量を増やすことで、0.13mol%の化合物1の導入量を実現することができた。また、表2に示すように、水酸化ナトリウムを添加して作製した金属有機構造体(実施例6の組成物)と、水酸化ナトリウムを添加せずに作製した金属有機構造体(比較例1の組成物)では、スピン−格子緩和時間Tに大きな差がないことから、水酸化ナトリウムの添加の有無は、スピン−格子緩和時間に大きな影響を与えないことがわかった。
また、図2の光吸収スペクトルを見ると、化合物1のメタノール溶液では593nmに吸収ピークが認められ、化合物1単体の固体では612nmに吸収ピークが認められる。一方、化合物1と金属有機構造体を用いた実施例1〜3の組成物では、603〜607nmの範囲に吸収ピークが認められる。ここで、化合物1単体の固体の吸収ピークは、化合物1の凝集状態での吸収ピークと見ることができ、化合物1のメタノール溶液の吸収ピークは、化合物1が全く凝集していない状態(完全に分散した状態)での吸収ピークと見ることができる。そうすると、化合物1と金属有機構造体の組成物で、603〜607nmの範囲に吸収ピークが認められたことは、金属有機構造体内において、化合物1がある程度分散した状態で存在していることを示すものである。また、化合物1単体の固体では、蛍光発光を検出することができなかった。これは、凝集体である化合物1単体の固体では、分子間の一重項分裂により蛍光の消光が生じるためであると推測される。一方、図3から示されるように、化合物1と金属有機構造体を用いた実施例1〜3の組成物では、蛍光発光を観測することができた。このことからも、化合物1は、金属有機構造体内において、ある程度分散した状態で存在していることが示された。
図4のESRスペクトルを見ると、685mTにESRピークが認められる。このESRピークは、マイクロ波との共鳴による電子スピンのエネルギー状態の変化を反映するものであり、図5に示すESRシグナルの過渡減衰曲線スペクトルから、その共鳴寿命はマイクロ秒オーダーであることがわかる。一方、励起三重項状態の寿命もマイクロ秒オーダーであり、ここで観測された共鳴寿命と合致している。このことから、ここで共鳴している電子スピンは、励起三重項状態になった化合物1に由来するものであり、化合物1が偏極源として機能しうるものであることを確認することができた。
【0080】
次に、表2に示したピーク位置に、化合物1と金属有機構造体を用いた実施例6、7の組成物から、動的核偏極を行った後に強いH−NMR信号の増感を検出することができた。特に、図6に示すように、実施例7の組成物のH−NMR信号の増感は、より強いものであった。一方、比較例1の組成物の動的核偏極後のH−NMR信号は、実施例6、7の組成物に比べて弱かった。また、スピン−格子緩和時間Tは、実施例6の組成物で31秒、実施例7の組成物で53秒であった。すなわち、有機配位子のメチル基が重水素で置換された金属有機構造体を用いた組成物(実施例7)で、有機配位子が重水素で置換されていない金属有機構造体を用いた組成物(実施例6)よりも、遥かに長いスピン−格子緩和時間Tが観測された。このことから、有機配位子の置換基を重水素で置換することにより、スピン−格子緩和時間Tをより長くできることがわかった。また、スピン−格子緩和時間Tが長いということは、実施例7の組成物が、実施例6の組成物よりも核のスピン偏極を蓄積し易いことを意味する。実施例7の組成物では、こうしたスピン偏極の効果的な蓄積により、動的核偏極を行った後に強いHのNMR信号の増感が検出されたと推測される(図6参照)。
以上のことから、金属有機構造体を偏極源を導入する基材として用いることにより、偏極源や偏極対象物を導入し易く、且つ、スピン−格子緩和時間が長い動的核偏極系を実現しうることがわかった。
【0081】
(実施例8)実施例7の組成物への対象物1の導入、および、対象物1への核スピン偏極の移行
実施例7で作製した組成物(30mg、0.13mmol)を、凍結脱気処理を行った対象物1(2ml、10mmol)の液体中に浸漬し、脱気条件下、室温で1日浸漬した。その後30分間減圧乾燥することにより固体を回収し、対象物1が導入された組成物(対象物導入組成物)の結晶性固体を得た。
【0082】
実施例8で作製した対象物導入組成物の対象物1の導入量は、金属有機構造体を形成する亜鉛イオンZn2+のモル数に対するモル百分率(mol%)で約2mol%であった。
次に、この対象物導入組成物に動的核偏極を行って高偏極化組成物とした。動的核偏極後の対象物導入組成物について、NMRスペクトルを観測したところ、実施例7の組成物(対象物1を導入していない組成物)に動的核偏極を行ったときと同じ位置に、同程度の強度でHのNMR信号を確認することができた。
次に、高偏極化した金属有機構造体中のHから、対象物1の19Fへ核スピン偏極を移行するため、対象物導入組成物に、交差分極のための更なるマイクロ波照射を行った。対象物導入組成物について、室温で観測した熱平衡状態での19F−NMR信号および交差分極後(核偏極スピン移行後)の19F−NMR信号を図7に示す。図7において、熱平衡状態での信号強度、動的核偏極および交差分極後の信号強度は、いずれも積算回数100回の積算強度である。
図7に示しているように、19FのNMR信号の増感を検出することができた。19Fは、配位子2および亜鉛イオンからなる金属有機構造体、ならびに偏極源である化合物1が有さない核種であることから、ここで観測された19F−NMR信号は、組成物に導入された対象物1の19Fに由来するものであることがわかる。以上のことから、本発明の高偏極化組成物は、その内部に包接された偏極対象物へ核スピン偏極を移行させて、該偏極対象物の核スピン高偏極化を実現しうることが示された。
【産業上の利用可能性】
【0083】
本発明によれば、スピン−格子緩和時間が長く、偏極源や偏極対象物の導入が容易な動的核偏極系を提供することができる。これにより、様々な物質の核スピンを高度に偏極化できるため、NMR測定の適用範囲を拡大できるとともに、感度を高くして解析精度を上げることができる。このため、本発明は産業上の利用可能性が高い。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
【国際調査報告】