(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公表特許公報(A)
(11)【公表番号】特表2016-501982(P2016-501982A)
(43)【公表日】2016年1月21日
(54)【発明の名称】焼入れ焼戻し耐食合金鋼
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20151218BHJP
C22C 38/52 20060101ALI20151218BHJP
B64C 1/00 20060101ALI20151218BHJP
C21D 8/00 20060101ALN20151218BHJP
C21D 9/00 20060101ALN20151218BHJP
C21D 9/28 20060101ALN20151218BHJP
【FI】
C22C38/00 302Z
C22C38/52
B64C1/00 B
C21D8/00 D
C21D9/00 A
C21D9/28 A
【審査請求】有
【予備審査請求】未請求
【全頁数】23
(21)【出願番号】特願2015-539774(P2015-539774)
(86)(22)【出願日】2013年10月24日
(85)【翻訳文提出日】2015年6月10日
(86)【国際出願番号】US2013066496
(87)【国際公開番号】WO2014066570
(87)【国際公開日】20140501
(31)【優先権主張番号】61/717,877
(32)【優先日】2012年10月24日
(33)【優先権主張国】US
(81)【指定国】
AP(BW,GH,GM,KE,LR,LS,MW,MZ,NA,RW,SD,SL,SZ,TZ,UG,ZM,ZW),EA(AM,AZ,BY,KG,KZ,RU,TJ,TM),EP(AL,AT,BE,BG,CH,CY,CZ,DE,DK,EE,ES,FI,FR,GB,GR,HR,HU,IE,IS,IT,LT,LU,LV,MC,MK,MT,NL,NO,PL,PT,RO,RS,SE,SI,SK,SM,TR),OA(BF,BJ,CF,CG,CI,CM,GA,GN,GQ,GW,KM,ML,MR,NE,SN,TD,TG),AE,AG,AL,AM,AO,AT,AU,AZ,BA,BB,BG,BH,BN,BR,BW,BY,BZ,CA,CH,CL,CN,CO,CR,CU,CZ,DE,DK,DM,DO,DZ,EC,EE,EG,ES,FI,GB,GD,GE,GH,GM,GT,HN,HR,HU,ID,IL,IN,IR,IS,JP,KE,KG,KN,KP,KR,KZ,LA,LC,LK,LR,LS,LT,LU,LY,MA,MD,ME,MG,MK,MN,MW,MX,MY,MZ,NA,NG,NI,NO,NZ,OM,PA,PE,PG,PH,PL,PT,QA,RO,RS,RU,RW,SA,SC,SD,SE,SG,SK,SL,SM,ST,SV,SY,TH,TJ,TM,TN,TR,TT,TZ,UA,UG,US
(71)【出願人】
【識別番号】595012659
【氏名又は名称】シーアールエス ホールディングス,インコーポレイテッド
【氏名又は名称原語表記】CRS HOLDINGS, INCORPORATED
(74)【代理人】
【識別番号】100101454
【弁理士】
【氏名又は名称】山田 卓二
(74)【代理人】
【識別番号】100104592
【弁理士】
【氏名又は名称】森住 憲一
(72)【発明者】
【氏名】デイビッド・イー・ワート
【テーマコード(参考)】
4K032
4K042
【Fターム(参考)】
4K032AA01
4K032AA05
4K032AA10
4K032AA12
4K032AA13
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4K032AA36
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4K032AA40
4K032CA03
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4K032CF03
4K042AA14
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4K042BA01
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4K042BA05
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4K042BA08
4K042CA04
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4K042CA11
4K042CA12
4K042CA13
4K042CA14
4K042DA01
4K042DA02
4K042DD03
4K042DE02
4K042DE07
(57)【要約】
重量パーセントで、C:0.2〜0.5、Mn:0.1〜1.0、Si:0.1〜1.2、Cr:9〜14.5、Ni:3.0〜5.5、Mo:1〜2、Cu:0〜1.0、Co:1〜4、W:最大0.2、V:0.1〜1.0、Ti:0.5以下、Nb:0−0.5、Ta:0−0.5、Al:0〜0.25、Ce:0−0.01、La:0−0.01を含む、焼入れ焼戻し合金鋼が開示される。合金鋼の残部は、鉄と同様の用途またはサービスを対象とした同種の焼入れ焼戻し鋼に見られる一般的な不純物であり、0.01%以下のリン、0.010%以下の硫黄ならびに0.10%以下の窒素を含む。この合金から作られた焼入れ焼戻し鋼製品も開示される。鋼製品は、少なくとも290ksiの引張強さおよび少なくとも65ksiの破壊靱性(K
Ic)を有することを特徴とする。鋼製品は、さらに、塩水噴霧試験(ASTM B117)により測定される、全面腐食に対する優れた耐性を有し、周期状ポテンシオダイナミック分極法(改良したASTM G61)により測定される、孔食に対する優れた耐性を有することを特徴とする。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
重量パーセントで、
C 0.2〜0.5
Mn 0.1〜1.0
Si 0.1〜1.2
Cr 9〜14.5
Ni 3.0〜5.5
Mo 1〜2
Cu 1.0以下
Co 1〜4
V 0.1〜1.0
Ti 0.5以下
Al 0〜0.25
を含み、残部は鉄と、0.01%以下のリン、0.001%以下の硫黄および0.10%以下の窒素を含む一般的な不純物とであることを特徴とする、合金鋼。
【請求項2】
0.5%以下のニオブおよび/またはタンタルを含むことを特徴とする、請求項1に記載の合金鋼。
【請求項3】
0.01%以下のセリウムおよび0.01%以下のランタンを含むことを特徴とする、請求項2に記載の合金鋼。
【請求項4】
0.05%以下の窒素を含むことを特徴とする、請求項1に記載の合金鋼。
【請求項5】
9.5〜12.5%のクロム、1.25〜1.75%のモリブデン、2〜3%のコバルト、3.2〜4.3%のニッケル、少なくとも0.3%のバナジウム、0.3〜1.0%のバナジウム、0.01〜0.5%のチタンおよび0.1〜0.7%を含むことを特徴とする、請求項1〜4のいずれか1項に記載の合金鋼。
【請求項6】
0.01%以下の銅および少なくとも3.75%のニッケルを含むことを特徴とする、請求項1に記載の合金鋼。
【請求項7】
4.0%以下のニッケルを含むことを特徴とする、請求項6に記載の合金鋼。
【請求項8】
重量パーセントで、
C 0.35〜0.45
Mn 0.1〜0.7
Si 0.1〜1.0
Cr 9.5〜12.5
Ni 3.2〜4.3
Mo 1.25〜1.75
Cu 0.1〜1.0
Co 2〜3
W 0.05以下
V 0.3〜0.6
Ti 0.01〜0.2
Nb 0.01以下
Ta 0.01以下
Al 最大で0.01
Ce 0〜0.006
La 0〜0.005
を含み、残部は鉄と、0.005%以下のリン、0.001%以下の硫黄および0.03%以下の窒素を含む一般的な不純物とであることを特徴とする、請求項1〜7のいずれか1項に記載の合金鋼。
【請求項9】
0.7%以下の銅を含むことを特徴とする、請求項8に記載の合金鋼。
【請求項10】
少なくとも0.3%の銅を含むことを特徴とする、請求項9に記載の合金鋼。
【請求項11】
請求項1〜10のいずれか1項に記載の合金から作られることを特徴とする、航空宇宙機用の構造部品。
【請求項12】
着陸装置、回転可能なシャフト、駆動装置、フラップトラックおよびスラットトラックの1つまたは複数から成る群から選択されることを特徴とする、請求項11に記載の航空宇宙用の構造部品。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、概して、焼入れおよび焼戻しされた状態の、優れた靱性と併せて非常に優れた強度とを備える合金鋼に関するものであり、とりわけ優れた耐食性も備える合金鋼に関する。
【背景技術】
【0002】
航空機着陸装置は重要な部品であり、その使用中に高いストレスを受けかつ劣悪な環境条件にさらされる。AISI 4340合金および300M合金のような合金鋼は、焼入れおよび焼戻しをすることで少なくとも50ksi√inの破壊靱性(K
Ic)と併せて非常に優れた強さ(少なくとも280ksiの引張強さ(または最大抗張力))を備えることができるので、航空機用の着陸装置を製作するために長く用いられている。しかし、これらの合金はどちらも有効な耐食性を提供しない。従って、例えばカドミウムのような耐食性金属で着陸装置の部品をメッキすることが不可欠であった。カドミウムは毒性が高く、発がん性の物質であり、これらの合金から作られた航空機着陸装置および他の部品の製造および保守管理において、その使用には著しい環境リスクが存在している。
【0003】
FERRIUM S53の登録商標で販売されている既知の合金は、4340合金および300M合金のものと同様の強度と靱性との組み合わせを備え、かつ耐食性も備えるように開発された。4340合金または300M合金から作られた航空機着陸装置において適切な耐食性を提供するようにカドミウムメッキを用いることに伴う問題を解消するために、FERRIUM S53合金は作られた。しかし、FERRIUM S53合金は、希少であり、それゆえ高価な元素であるコバルトのかなりの添加を含んでいる。着陸装置の用途としてFERRIUM S53を使用することによって高額なコストがかかることを避けるために、高価なコバルトを添加するのではなく、FERRIUM S53合金に起因する強度、靱性および耐食性を備えることができる焼入れ焼戻し合金鋼を開発するための試みが行われてきた。
【0004】
FERRIUM S53合金と同等の強度および靱性を備え、かつ耐食性も備えるように、焼入れおよび焼戻しを行ったコバルトを含まないマルテンサイト鋼合金が、米国特許第8,071,017号公報および米国特許第8,361,247号公報に記載されている。しかし、これらの鋼が備える耐食性は、改良の余地があることが分かっている。航空機着陸装置は多くの異なる種類の腐食環境に曝され、そのうちのいくつかは、他よりも、鋼の腐食を引き起こすのに積極的であるため、耐食性の向上は航空機着陸装置にとってとりわけ重要である。従って、航空機着陸装置の用途に必要とされる非常に優れた強度および優れた靱性を備え、かつ既知の耐食性を有する焼入れ焼戻し鋼よりも優れた耐食性を備え、相当量のコバルトを含有する鋼と比較して低コストで製造することができる合金鋼に対するニーズがある。
【発明の概要】
【0005】
着陸装置の製造に利用される既知の鋼の欠点は、本発明に係る焼入れ焼戻し合金により大幅に解消される。本発明の1つの態様において、以下の広範囲の重量パーセントの組成、および好ましい重量パーセントの組成を有する高強度、高靱性および耐食性を有する合金鋼が提供される。
合金の残部は鉄と、同様の用途または使用向きの同種の焼入れ焼戻し鋼に見られる一般的な不純物(または、通常の不純物、usual impurities)であり、当該一般的な不純物は0.01%以下のリンと、0.010%以下の硫黄と、0.10%以下の窒素とを含む。
【0006】
前述の表は、簡易な概要として提供され、組み合わせて用いるための、1つ1つの元素の上限値および下限値の範囲を制限することを意図しておらず、またはもっぱら組み合わせて用いられる複数の元素の範囲を制限することを意図していない。従って、1つまたは複数の範囲を、残りの元素の1つまたは複数の他の範囲に使用することができる。さらに、ある元素の広い範囲の最小限および最大限を、同じ元素の好ましい範囲の最小限または最大限に用いることができ、その逆も同様である。さらに、本発明に係る合金は、上述した構成元素および本出願の全体を通して記載される構成元素を含んでもよく、これらの元素を主成分としてもよく、またはこれらの元素から構成されてもよい。本明細書において、“パーセント”または“%”の記号は、他に規定がない限り、重量%または質量%を意味する。
【0007】
本発明の別の態様において、上述した合金鋼組成のいずれかから作られた焼入れ焼戻し鋼製品(steel article)が提供される。当該鋼製品は、少なくとも280ksiの引張強さおよび少なくとも65ksi√inの破壊靱性(K
Ic)を有することを特徴とする。鋼製品はさらに、塩水噴霧試験(ASTM B117)により規定されるような、全面腐食(または一般腐食、general corrosion)に対する優れた耐性を有し、周期状ポテンシオダイナミック分極法(cyclic potentiodynamic polarization method)(改良したASTM G61)により規定されるような、孔食に対する優れた耐性を有することを特徴とする。
【0008】
さらに本発明の別の態様において、前述の合金鋼成分のいずれかから作られる、航空宇宙機のための構造部品を提供する。好ましくは、航空宇宙の構造部品は、着陸装置、回転可能なシャフト(a rotatable shaft)、駆動装置、フラップトラックおよびスラットトラックの1つまたは複数から成る群から選択される。
【発明を実施するための形態】
【0009】
少なくとも0.2%、好ましくは少なくとも0.35%の炭素が、合金中に存在する。炭素は、鉄と結合して、Fe−C系のマルテンサイト組織を形成し、合金が備える優れた硬度と強度に利益をもたらす。炭素はまた、モリブデン、バナジウム、チタン、ニオブおよび/またはタンタルと炭化物を形成し、焼入れ中に合金をさらに強化する。本発明の合金内に形成される炭化物は、大部分はMC型の炭化物であるが、多少のM
2C、M
6C、M
7C
3およびM
23C
6の炭化物が存在してもよい。多すぎる炭素は、合金が備える靱性および延性に悪影響を及ぼす。従って、炭素は、0.5%以下に制限され、好ましくは0.45%以下に制限される。
【0010】
本発明にかかる合金は、少なくとも9%のクロムを含有し、合金の焼入れ性および耐食性に利点をもたらす。好ましくは、合金は少なくとも9.5%のクロムを含有する。合金中のクロムの量が14.5%を超えると、合金が備える靱性および延性に悪影響を及ぼす。好ましくは、合金は12.5%以下のクロムを含有する。
【0011】
ニッケルは、本発明に係る合金が備える靱性および延性にとって有益である。従って、合金は少なくとも3.0%のニッケルを含み、好ましくは少なくとも3.2%のニッケルを含む。合金の、コストの増加を制限するために、ニッケルの量は5.5%以下に制限される。合金は、好ましくは4.3%以下のニッケルを含む。
【0012】
モリブデンは、M
6CおよびM
23C
6の炭化物を形成する炭化物形成元素であり、合金が備える焼戻し抵抗に有益である。モリブデンはまた、合金が備える強度および破壊靱性に寄与する。さらに、モリブデンは、合金が備える耐孔食性に寄与する。モリブデンから得られる効果は、合金が、少なくとも1%のモリブデン、好ましくは少なくとも1.25%のモリブデンを含む場合に得られる。ニッケルのように、モリブデンは、多量の添加によるコストの増加ほどには、特性上の利益の増加を与えない。そのような理由から、合金は2%以下のモリブデンを含み、好ましくは1.75%以下のモリブデンを含む。
【0013】
本発明の合金は、合金が備える強度および靱性が効果的になるように、コバルトの積極的な添加を含む。コバルトはまた、モリブデンと同様の方法で、合金の焼戻し抵抗をもたらす。予想外に、コバルトは合金が備える耐食性にとって効果的であるようである。このような理由から、合金は、少なくとも1%のコバルトを含み、好ましくは少なくとも2%のコバルトを含む。コバルトは、希少であり、それ故非常に高価な元素である。従って、合金中のコバルトによる恩恵を受け、さらに6%以上のコバルトを含む他の高強度合金鋼と比べてコスト面での優位性を維持するためには、本発明の合金は4%以下のコバルトを含み、好ましくは3%以下のコバルトを含む。
【0014】
バナジウムおよびチタンは、少量の炭素と結合してMC型の炭化物を形成し、本発明に係る合金が備える強度および靱性に次々に利益を与える粒子のサイズを制限する。バナジウムとチタンから形成された合金中のMC型の炭化物は、合金の焼戻し抵抗および二次硬化にも利益をもたらす。従って、合金は、少なくとも0.1%のバナジウムと少なくとも0.01%のチタンを含む。好ましくは、合金は、少なくとも0.3%のバナジウムを含む。過剰な量のバナジウムおよび/またはチタンは、合金中にマルテンサイトのマトリックス材から炭素を激減させる多量の炭化物を形成するので、合金の強度に悪影響を及ぼす。従って、合金中において、バナジウムは好ましくは0.6%以下に制限され、チタンは好ましくは0.2%以下に制限される。合金が粉末冶金により作られる場合、チタンは必要でなくてもよい。従って、合金が粉末形態から作られる場合には、チタンは意図的に含まれなくてもよい。
【0015】
主として合金を脱酸するために、少なくとも0.1%のマンガンが合金中に存在してもよい。マンガンは、合金が備える優れた強度に有利な効果をもたらすと考えられる。マンガンが過剰に存在すると、焼入れ後に望ましくない量の残留オーステナイトが残り、合金から得られる優れた強度に悪影響を及ぼすかもしれない。従って、合金は1.0%以下、好ましくは0.7%以下のマンガンを含有する。
【0016】
ケイ素は、本発明に係る合金の焼入れ性および焼戻し抵抗に、有利な効果をもたらす。従って、好ましくは、合金は少なくとも0.1%のケイ素を含んでいる。過剰なケイ素は、合金の硬度、強度および延性に悪影響を及ぼす。このような悪影響を避けるために、ケイ素は、合金内で、1.2%以下、好ましくは1.0%以下に制限される。
【0017】
銅は、合金の焼入れ性、靱性および延性に寄与するので、合金中に存在してもよい。銅は、合金の機械加工性および耐食性に有利な効果をもたらすこともできる。合金は好ましくは少なくとも0.1%の、より好ましくは少なくとも0.3%の銅を含む。本発明者らは、とりわけ、合金が非常に少ない銅を含有する場合、または銅を積極的に添加しない場合に、銅およびニッケルが合金中でバランスを保つ(または釣り合いを取る、be balanced)べきであることを見出した。従って、合金が、0.1%未満の銅を含む場合、例えば0.01%以下の銅を含んでいる場合、強度、靱性および延性の所望の組み合わせが確実に備わるように、少なくとも3.75%でありかつ好ましくは4.0%以下のニッケルが存在すべきである。過剰な銅は、好ましくない量の遊離銅(またはフリーカッパー、free copper)の析出を合金のマトリックス中で引き起こし、合金の破壊靱性に悪影響を及ぼす。従って、合金中に銅が存在する場合、銅は、1.0%以下に制限され、好ましくは、0.7%以下に制限される。
【0018】
タングステンは炭化物を形成する元素であり、モリブデンのように、存在する場合には合金の硬度および強度に寄与する。いくらかのモリブデンの代わりに、少量のタングステンが、0.2%以下で、合金中に存在してもよい。しかし、タングステンは合金の耐食性に有利な効果をもたらさないようである。従って、合金は、0.1%以下のタングステンを含むことが好ましい。
【0019】
ニオブおよびタンタルは、炭化物を形成する元素であり、炭素と結合してM
4C
3炭化物を形成し、合金の焼戻し抵抗および焼入れ性に有利な効果をもたらす。従って、合金は、ニオブとタンタルとを合わせた量(Nb+Ta)が0.5%以下であればニオブおよび/またはタンタルを含んでもよい。しかし、過剰な量の炭化物の形成を避けるために合金は0.01%以下のニオブおよび/またはタンタルを含むことが好ましい。
【0020】
溶融中に脱酸のため添加される、0.25%以下のアルミニウムが、合金中に存在してもよい。好ましくは、合金は0.01%以下のアルミニウムを含む。
【0021】
一次溶解の溶解(melting primary melting)の間にミッシュメタルが添加された結果、0.01%以下のセリウムおよび/またはランタンが、合金中に存在してもよい。ミッシュメタルの添加は、合金中の硫黄および/または酸素と結合して、それにより存在してもよい硫化物および酸硫化物の介在物(iclusions)のサイズおよび形状を制限することにより、合金の靱性に有利な効果をもたらす。合金は、このような添加から0.006%以下のセリウムおよび0.005%以下のランタンを含むことが好ましい。
【0022】
合金の残部は、鉄と、同様の用途またはサービスを対象とした同種の焼入れ焼戻し鋼に見られる一般的な不純物である。この点につき、合金中において、リンは0.01%以下に、好ましくは0.005%以下に制限される。合金中において、硫黄は0.001%以下に、好ましくは0.0005%以下に制限される。合金が粉末冶金により作られる場合、最大で0.010%まで硫黄を含んでもよい。合金中において、窒素は、可能な限り少なく維持されることが好ましい。窒素は、0.05%以下に制限されることが好ましく、より好ましくは、0.03%以下に制限される。窒素を用いたアトマイズ法(または噴霧、atomization)により合金が粉末形態で作られる場合、合金粉末中に窒素は不可避的に含まれる。従って、合金が0.10%以下の窒素を、窒素アトマイズ粉末(nitrogen-atomized powder)の形態で合金中に含むことが期待される。
【0023】
本発明に係る合金は、真空誘導溶解(VIM)により準備され、真空アーク再溶解(VAR)により製錬されるのが好ましい。いくらかの用途において、合金は、VIMの後、エレクトロスラグ再溶解(ESR)により製錬されてもよい。重大でない用途において、合金は、VARによりアーク溶解および製錬されてもよい。加えて、この合金は粉末冶金技術により作られてもよい。
【0024】
合金の鋳造/鍛造の製品形態のためには、VARまたESRのインゴットは、モールドから除去された後、均質化熱処理されることが好ましい。均質化は、インゴットのサイズに応じて、2200〜2375°Fにおいて、9〜18時間の間、インゴットを加熱することにより行われることが好ましい。インゴットは、その後、より小さな断面積を有するビレットに熱間加工される。ビレットはさらに、例えば鍛造または圧延により熱間加工され、所望の断面の寸法および形状を有する中間製品、例えば円形状または角棒状、の形態を提供する。中間製品の形態は、凝固中(during solidification)に析出するかもしれないCrリッチな炭化物を溶解するのに十分な温度および時間の条件で、合金を加熱することにより焼ならし(または焼鈍、anneal)されることが好ましい。中間製品は、1925〜2050°Fにおいて2〜8時間、加熱することにより、焼ならしされることが好ましい。合金はそれから、1100〜1250°Fにおいて2〜12時間、さらに加熱されることにより焼鈍しされる。この低い焼鈍し温度は、溶解したクロム炭化物を溶液中に保持しやすくする。合金は、焼鈍しされた状態において、最終製品または最終に近い製品の形態に形成されることが好ましい。合金から作られた最終製品の形態は、1950〜2050°Fにおいて、好ましくは2000°Fにおいて、合金を完全にオーステナイト化し、合金のマトリックス内に存在するクロムの量が最大になるように残っているクロム炭化物の大半、好ましくは全てを溶解するのに十分な時間で合金を加熱することにより硬化される。合金はそれから、オーステナイト化温度から油焼入れされる。実質的に完全にマルテンサイト組織に確実に変態し、残留オーステナイトの存在が最小になるように、合金は、−100°Fにおいて少なくとも1時間、ディープチルドされ(または深冷処理され)それから空気中で温められることが好ましい。合金はそれから、350〜550°F、好ましくは400°Fにおいて、1〜6時間加熱することにより最終的な硬度に焼戻され、それから室温まで冷却される。焼戻し温度は、靱性を最大にし、合金中のクロム炭化物の再析出を最小にするように選択される。
【0025】
焼入れおよび焼戻しされた状態において、合金は、上述したように、Fe−C系のマルテンサイトのマトリックス中に、分散した状態の炭化物を含む。合金およびそれから作られる物品中に存在する炭化物は、全体ではないにしても、大部分は、主要な断面寸法において10nmより大きい。主要な断面寸法において炭化物のサイズが15μmを超えないように、加熱処理のパラメータは制御される。
【0026】
上述した合金から作られる鋼製品および前述した加工段階により加工された鋼製品は、航空機着陸装置および他の航空または航空宇宙の構造用部品(回転可能なシャフト、駆動装置、フラップトラックおよびスラットトラックを含むがこれらに限定されない)、および耐食鋼でない300Mおよび4340が現在使用されている他の用途にとって、とりわけ役立つ、複数の特性の組み合わせを備える。とりわけ、上述した、焼入れ硬化されかつ焼戻しされた合金から製造された鋼製品は、ASTM標準試験手順(Standard Test Procedure)E1290の基準を満たす試験機により試験した場合に、少なくとも280ksi、好ましくは285ksiの引張強さと、少なくとも65ksi√inの破壊靱性(K
Ic)とを備える。本発明に係る鋼製品は、ASTM標準試験手順E23に準じて試験をした場合、少なくとも20ft−lbsのVノッチシャルピー衝撃エネルギーを有することを特徴とする。さらに、本発明に係る鋼製品は、耐全面腐食性を特徴とし、ASTM標準試験手順B117に準じて試験をした場合でもさび付かない。また十分な耐孔食性を特徴とし、改良されたASTM標準試験手順G61に準じて試験をした場合に、鋼製品は少なくとも90mVの孔食電位を有する。ASTM G61の試験方法は、フラットな試料よりもむしろ丸棒の試料を用いることにより改良された。丸棒の試料の使用は、組織の端(the end grains)を露出させ、標準試験G61の方法よりも厳密であると考えることができる。
【0027】
・実施例
本発明に係る合金が備える強度、延性、靱性および耐食性の新規な組み合わせを実証するために、比較試験が行われた。表1Aに示される重量パーセント組成を有する5つの400lb.のヒート(または溶融処理された金属、heat)と、表1Bに示される重量パーセント組成を有する5つの400lb.のヒートとを、VIMおよびVARにより製造した。表1Aおよび1Bに記載されている化学的性質は、VIMの電極のインゴット(the VIM electrode ingots)から得られた。表1Aに示されるヒートは、ノミナルカッパーヒート(the nominal copper heats)と呼ばれ、表1Bに示されるヒートは、ロウカッパーヒート(the low-copper heats)と呼ばれる。
【0030】
各ヒートの残部は、鉄および一般的な不純物である。ヒート1〜4は、それぞれ本発明に係る合金の典型である。ヒートA〜Fは比較ヒートである。とりわけ、ヒートAは、米国特許8,361,247に開示されている合金の範囲内である。
【0031】
VIMのヒート(The VIM heats)は溶融され、そして再溶融のため6インチの丸い形の電極として成型された。6インチの丸い形の電極は、VARによって8インチの丸形のインゴットに再溶融された。VARのインゴットは、鋳型から取り出された後、空気中で冷却され、1150°Fで3時間応力除去(または応力緩和、stress relieved)され、それから応力除去温度から空冷された。インゴットは、それから1200°Fで運転している炉に投入された。炉の温度は、1600°Fまで上昇され、インゴットの温度が均一になるのに十分な時間保持された。炉の温度はそれから2300°Fまで上昇され、インゴットは2300°Fで16時間の間加熱された。炉の温度は、2200°Fまで低下され、インゴットはその温度で1時間の間保持された。全てのインゴットは、開始温度である2200°Fから、2200°Fにおいてシングルリヒートを伴って(または、一回再加熱され、with a single reheat)、5.75インチ角のビレットに、両端鍛造(または、ダブルエンド型に鍛造、double end forged)された。ビレットはそれから2200°Fまで再加熱され、再びシングルリヒートを伴って、4.25インチ角のビレットに両端鍛造された。ビレットは、ホットボックス(または温蔵庫、hot box)内で一晩冷却され、室温まで冷却され、それから1150°Fで3時間、オーバーエージング(または、overage)/焼き鈍し(annealed)され、そして空冷された。
【0032】
ノミナルカッパーヒートの試験片は、次のように準備された。各々のビレットの一方の端から、3インチ厚さにカットされ、それから24インチの長さのピースが、各ビレットからカットされた。24インチの長さの複数のピースは、1200°Fで運転している炉内に投入された。炉の温度は、1600°Fまで上昇され、複数のピースの温度が均一になるのに十分な温度で保持された。炉の温度は2200°Fまで上昇され、その温度で1時間保持された。ビレット片は、2200°Fにおけるシングルリヒートを伴って、3インチ角の棒状に両端鍛造された。3インチ角の棒は、各々約6インチ長さの4つのピースに熱間切断(hot cut)され、残余の部分は温蔵庫内で冷却された(with the remainder cooled in a hot box)。3インチ角の棒のピースは、2200°Fにおいて再加熱され、シングルリヒートを伴って、1−3/8”角に両端鍛造された、それから2つのピースに熱間切断された。1−3/8”角の棒は、2200°Fに再加熱され、それから、3/4インチ角の棒に、再加熱されることなく、一端鍛造(またはシングルエンドフォージ、single end forged)された。これらの棒は、温蔵庫内で一晩冷却され、それから室温まで空冷された。3/4インチの棒は、1950°Fにおいて4時間加熱することにより、焼ならしされ、それから大気中で冷却された。これらの棒はそれから、1150°Fで6時間、オーバーエージング焼なまし(または過焼鈍、overage annealed)され、大気中で冷却された。
【0033】
長手の平坦で切欠きがある引張り試料(K
t=3)、長手の(longitudinal)シャルピーVノッチ付き(CVN)試料および、長手のライジングステップロード(rising step load)(RSL)破壊靱性試料は、各ヒートの3/4インチ角の棒から粗加工された。粗加工された試料は、空気中で800°Fで15分間、予熱された。ヒート1、2、BおよびCからの試料は、それから、2000°Fで1時間、オーステナイト化され、油焼入れされ、−100°Fで1時間、冷蔵され、空気で温められ、400°Fで3時間焼戻しされ、それから、空冷された。比較例Aからの試料は、1975°Fで1時間、オーステナイト化され、2分半の間油冷却され、それから空気中で冷却された。試料はそれから、−100°Fで1時間冷蔵され、空気中で温められ、350°Fで3時間焼き戻され、それから空気中で冷却された。全ての試料は、以下の熱処理で仕上げ加工された。
【0034】
ノミナルカッパーヒートからの試料は、腐食試験のため、粗加工された。孔食電位試料、塩水噴霧円錐(salt spray cone)試料、RSL応力腐食割れ(SCC)試料は、800°Fで15分間、空気中で予熱され、1975°F(ヒートAは2000°F)で1時間、オーステナイト化され、油焼入れされ、−100°Fで1時間冷蔵され、空気で温められ(air warmed)、そして350°Fで3時間焼戻しされ、空気冷却された。全ての試料は、熱処理後、最終寸法に仕上げ加工された。
【0035】
ロウカッパーヒートの試験片が、以下のとおり準備された。3インチのトリム(trim)が、ビレットの一端からカットされた、それから、8インチの長さの2つの片が、各々のビレットから切断された。8インチの長さの片は、1200°Fで炉内に投入され、1600°Fまで上昇され、均一化され(equalized)、2200°Fまで上昇され、その温度で1時間保持された。ビレットは、2200°Fにおけるシングルリヒートを伴い、複数の3インチ角の棒に両端鍛造された。複数の3インチ角の棒のそれぞれは、2つの片に切り分けられた。複数の3インチ角の片は、2200°Fにおいて再加熱され、シングルリヒートを伴って1−3/8インチ角の棒に両端鍛造され、それから2つの片に熱間切断された。1−3/8インチ角の棒は、2100°Fで再加熱され、それから、リヒートを伴うことなく、0.725インチ角に一端鍛造(single end forged)された。これらの棒は、温蔵庫内で一晩冷却され、それからその次の日に空冷された。これらの棒は、それから1950°Fで4時間焼ならしされ、空冷され、1150°Fで6時間オーバーエージングなましされ、空冷された。
【0036】
長手の平坦な引張り試料、長手で切欠きがある引張り試料(K
t=3)、長手のCVN試料、長手のRSL破壊靱性試料、周期状分極(cyclic polarization)(孔食電位)試料、塩水噴霧の円錐および長手のRSL・SCC試料は、各ヒートの0.725インチ角の棒から粗加工された。ヒート3、4およびDからの粗加工された試料は、空気中で800°Fで15分間予熱され、2000°Fで1時間オーステナイト化され、油焼入れされ、−100°Fで1時間冷蔵され、空気で温められ、400°Fで3時間焼戻しされ、空冷された。ヒートEおよびFからの試料は、1975°Fのオーステナイト化温度を用いることを除いて、同じような方法で処理された。試料は、以下の熱処理で仕上げ加工された。
【0037】
ノミナルカッパーヒートの試料への室温引張試験の結果は、0.2%オフセットの降伏強度(Y.S.)および引張強さ(U.T.S)(単位はksi)、伸び率(%EL.)、断面収縮率(%R.A.)、および切欠き引張強さ(N.T.S)(単位はksi)を含む、以下の表2Aに示される。個別の値および平均値が記録されている。ロウカッパーヒートについての対応する結果は、以下の表2Bに示されている。
【0040】
室温での硬さ試験および靱性試験の結果(個別の値および平均値)は、フィートポンド(ft.-lbs)の単位で示す、ロックウェルCスケール硬さ(HRC)およびシャルピーVノッチ衝撃エネルギー(CVN)を含む、以下の表3Aおよび3Bに記載される。
【0043】
室温での破壊靱性試験の結果(K
Ic)(個別値および平均値)は、表4Aおよび4Bにksi√inとして示される。
【0046】
清浄で、不動態化されていない(un-passivated)周期状分極の試料は、3.5%NaCl溶液内で、未加工の(または自然な、natural)pHで、室温で試験し、上述した改良されたASTM G61の方法に従って孔食電位を決定した。塩水噴霧腐食試験は、全てのヒートから、2つの磨かれた円錐形状の(duplicate polished cone)試料に対して行われた。試料は、5%のNaCl濃度、未加工のpHで、95°Fで200時間の実験時間で、ASTM B117に準じて試験された。試験に先だって、全ての塩水噴霧のコーン(または円錐)は、120〜140°Fの温度で30分間、20%の硝酸と3oz./gallonの二クロム酸ナトリウムとを用いて、不動態化された。初めに錆が生じるまでの時間は、全てのサンプルについて記録され、同様に、試験時間が終了した後の最終的な評価も記録された。
【0047】
孔食電位試験の結果は、以下の表5Aおよび5Bに示され、試験装置によりプロットされた曲線の膝(knee)における孔食電位(ミリボルト(mV))を含む。
【0050】
塩水噴霧試験の結果は、試料の表面に初めに錆が現れるまでの時間と、試験された試料の比較に基づく評価とを含む、以下の表6Aおよび6Bに示される(1:錆が現れなかった、2:1〜3箇所の錆が現れた、3:表面の5%未満が錆ついた、4:表面の5〜10%が錆ついた、5:表面の10〜20%が錆ついた)。
【0053】
RSL応力腐食割れは、ASTM標準試験手順F1624に従って行われた。全てのヒートからの試料は、3.5%のNaCl溶液内で、未加工のpHで、室温で試験された。各ヒートの最初の試験は1時間ステップを用いて行われ、2回目の実施は2時間ステップを用いて行われた。ヒート3、4、EおよびFの各々からのさらなる試料が、4時間ステップを 用いて行われた。応力腐食割れ試験の結果は、耐応力腐食割れ性(K
ISCC)(ksi√in.)を含む、以下の表7Aおよび7Bに示される。
【0056】
前述の表に存在するデータは、ヒート1、2、3および4が、強度、靱性、延性および耐食性の優れた組み合わせを与えることを示している。データはまた、比較ヒートA〜Dが、一般的に許容可能な強度を提供するものの、他の重要な特性については物足りなさがある。より具体的には、ヒートAは、ヒート1および2より劣る引張り延性、破壊強度、および耐孔食性、耐全面腐食性を有している。ヒートBは、ヒート1および2と比べて、より望ましくない耐孔食性および耐応力腐食性を有している。ヒートCは、ヒート1および2と同等の、引張強さ、切欠き引張強さ、耐孔食性、および耐全面腐食性を有する。しかし、ヒートCの引張り靱性、衝撃靭性、破壊靱性および耐応力腐食割れ性は、ヒート1および2に劣る。ヒートDは、ヒート3および4と比べて劣る複数の特性(引張り延性、破壊靱性および耐孔食性を含む)を有する。ヒートEおよびFは、ヒート2および3と比較して許容未満である引張強さを有している。これらのヒートが与える降伏強さは、これらの合金をこの合金の主要な用途、すなわち、航空機の構造部品への用途について不適合なものにするようである。
【0057】
本明細書で使用する用語および表現は、説明のための用語であり、制限する用語ではない。これらの用語および表現を用いることにより、その特徴といかなる同じ意味のものを除外する意図はない。本明細書に記載および主張される発明の範囲内で、様々な変更が可能であることを認識されたい。
【国際調査報告】