(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公表特許公報(A)
(11)【公表番号】特表2017-532434(P2017-532434A)
(43)【公表日】2017年11月2日
(54)【発明の名称】高耐摩耗性、高硬度および高耐腐食性であり熱伝導性が低い鋼、および、該鋼の使用
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20171006BHJP
C21D 9/00 20060101ALI20171006BHJP
C21D 9/18 20060101ALI20171006BHJP
C22C 30/02 20060101ALI20171006BHJP
C22C 30/00 20060101ALI20171006BHJP
C22C 33/02 20060101ALI20171006BHJP
【FI】
C22C38/00 304
C21D9/00 A
C21D9/18
C22C30/02
C22C30/00
C22C33/02 103B
【審査請求】有
【予備審査請求】有
【全頁数】18
(21)【出願番号】特願2017-502268(P2017-502268)
(86)(22)【出願日】2015年8月26日
(11)【特許番号】特許第6210502号(P6210502)
(45)【特許公報発行日】2017年10月11日
(85)【翻訳文提出日】2017年2月28日
(86)【国際出願番号】EP2015069477
(87)【国際公開番号】WO2016030396
(87)【国際公開日】20160303
(31)【優先権主張番号】102014112374.3
(32)【優先日】2014年8月28日
(33)【優先権主張国】DE
(81)【指定国】
AP(BW,GH,GM,KE,LR,LS,MW,MZ,NA,RW,SD,SL,ST,SZ,TZ,UG,ZM,ZW),EA(AM,AZ,BY,KG,KZ,RU,TJ,TM),EP(AL,AT,BE,BG,CH,CY,CZ,DE,DK,EE,ES,FI,FR,GB,GR,HR,HU,IE,IS,IT,LT,LU,LV,MC,MK,MT,NL,NO,PL,PT,RO,RS,SE,SI,SK,SM,TR),OA(BF,BJ,CF,CG,CI,CM,GA,GN,GQ,GW,KM,ML,MR,NE,SN,TD,TG),AE,AG,AL,AM,AO,AT,AU,AZ,BA,BB,BG,BH,BN,BR,BW,BY,BZ,CA,CH,CL,CN,CO,CR,CU,CZ,DE,DK,DM,DO,DZ,EC,EE,EG,ES,FI,GB,GD,GE,GH,GM,GT,HN,HR,HU,ID,IL,IN,IR,IS,JP,KE,KG,KN,KP,KR,KZ,LA,LC,LK,LR,LS,LU,LY,MA,MD,ME,MG,MK,MN,MW,MX,MY,MZ,NA,NG,NI,NO,NZ,OM,PA,PE,PG,PH,PL,PT,QA,RO,RS,RU,RW,SA,SC,SD,SE,SG,SK,SL,SM,ST,SV,SY,TH,TJ,TM,TN,TR,TT,TZ,UA,UG,US
(71)【出願人】
【識別番号】517009475
【氏名又は名称】ドイチェ エデルスタールヴェルケ ゲーエムベーハー
【氏名又は名称原語表記】DEUTSCHE EDELSTAHLWERKE GMBH
(74)【代理人】
【識別番号】100177426
【弁理士】
【氏名又は名称】粟野 晴夫
(72)【発明者】
【氏名】アンドレ ヴァン ベンネコム
(72)【発明者】
【氏名】ホースト ヒル
(72)【発明者】
【氏名】オリバー リップケンス
【テーマコード(参考)】
4K018
4K042
【Fターム(参考)】
4K018AA24
4K018BA11
4K018BA16
4K018DA18
4K018EA11
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4K042CA08
4K042CA10
4K042CA11
4K042CA12
4K042DA01
4K042DB07
4K042DC02
4K042DC03
4K042DC04
(57)【要約】
本発明は、高耐摩耗性、高硬度、良好な耐腐食性および/または低熱伝導性が要求される用途のために作業信頼性の高い方法により産業規模で製造可能な鋼に関する。本発明に係る鋼の硬度は、硬化状態において少なくとも56HRCである。この硬度を得るために、鋼の微細組織中、TiC粒子に加えて、更に炭化物粒子、酸化物粒子または窒化物粒子からなる合計で少なくとも30重量%の硬質相が存在する。本発明に係る鋼のTiC粒子の含有量は少なくとも20重量%である。硬質相粒子は、重量%で、Cr:9.0〜15.0%、Mo:5.0〜9.0%、Ni:3.0〜7.0%、Co:6.0〜11.0%、Cu:0.3〜1.5%、Ti:0.1〜2.0%、Al:0.1〜2.0%を含み残部が鉄および不可避不純物からなるマトリックス中に埋め込まれている。その性質の組み合わせにより、本発明に係る鋼は部品の製造、特に、プラスチックの製造およびリサイクルに必要なナイフおよびダイ・プレートの製造に特に適している。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
高耐摩耗性、高硬度、良好な耐腐食性および/または低熱伝導性が要求される用途の鋼であって、
−硬化状態における硬度が少なくとも56HRCであり、
−前記鋼の微細組織中、TiC粒子に加えて、更に、炭化物粒子、酸化物粒子または窒化物粒子からなる合計で少なくとも30重量%の硬質相が存在し、
−前記TiC粒子の含有量が少なくとも20重量%であり、
−前記硬質相が、重量%で、
Cr:9.0〜15.0%、
Mo:5.0〜9.0%、
Ni:3.0〜7.0%、
Co:6.0〜11.0%、
Cu:0.3〜1.5%、
Ti:0.1〜2.0%、
Al:0.1〜2.0%を含み、残部が鉄および不可避不純物からなるマトリックス中に埋め込まれている、鋼。
【請求項2】
Cr含有量が12.5〜14.5重量%であることを特徴とする、請求項1に記載の鋼。
【請求項3】
Mo含有量が6.5〜7.5重量%であることを特徴とする、請求項1または2に記載の鋼。
【請求項4】
Ni含有量が4.5〜5.5重量%であることを特徴とする、請求項1〜3のいずれか一項に記載の鋼。
【請求項5】
Co含有量が8〜10重量%であることを特徴とする、請求項1〜4のいずれか一項に記載の鋼。
【請求項6】
Cu含有量が0.5〜1.0重量%であることを特徴とする、請求項1〜5のいずれか一項に記載の鋼。
【請求項7】
Ti含有量が0.8〜1.2重量%であることを特徴とする、請求項1〜6のいずれか一項に記載の鋼。
【請求項8】
Al含有量が1.0〜1.4重量%であることを特徴とする、請求項1〜7のいずれか一項に記載の鋼。
【請求項9】
TiC含有量が少なくとも20体積%であることを特徴とする、請求項1〜8のいずれか一項に記載の鋼。
【請求項10】
最大4.5重量%のNbC粒子を含むことを特徴とする、請求項1〜9のいずれか一項に記載の鋼。
【請求項11】
前記NbC粒子の含有量が少なくとも2.0重量%であることを特徴とする、請求項10に記載の鋼。
【請求項12】
前記微細組織中の硬質相の比率が少なくとも30重量%であることを特徴とする、請求項1〜11のいずれか一項に記載の鋼。
【請求項13】
TiC含有量が最大で45重量%であることを特徴とする、請求項1〜12のいずれか一項に記載の鋼。
【請求項14】
真空中で2〜4時間加熱し、次いで1〜4.5barの圧力で、窒素雰囲気下で焼き入れをし、最後に480℃で6〜8時間時効させる熱処理後、硬度が62HRCを超えることを特徴とする、請求項1〜13のいずれか一項に記載の鋼。
【請求項15】
850℃で2〜4時間行われる穏やかな焼鈍後、硬度が少なくとも50HRCであることを特徴とする、請求項1〜14のいずれか一項に記載の鋼。
【請求項16】
粉体治金法により製造されることを特徴とする、請求項1〜15のいずれか一項に記載の鋼。
【請求項17】
プラスチック製品のリサイクルまたは再生に使用される部品を製造するための、請求項1〜16のいずれか一項に記載の鋼の使用。
【請求項18】
前記部品がダイ・プレート、または、プラスチック部品を個片化するためのナイフであることを特徴とする、請求項17に記載の使用。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高耐摩耗性、高硬度、良好な耐腐食性および/または低熱伝導性が要求される用途の鋼に関する。
【背景技術】
【0002】
以下、鋼合金の成分詳細を記載する場合、これらはいずれの場合も特段断わりの無い限り重量ベースである。
【0003】
上述の性質プロフィールを有する鋼は、プラスチック加工産業で必要とされる装置用の切断ツール、ダイ・プレート、篩い、モールドなどの部品の製造に特に適している。
【0004】
典型的な使用領域は、加工サイクルに戻すために、溶融物に溶融されるプラスチック製品を再生またはリサイクルをするための装置である。溶融物からペレットを製造するために、溶融物はダイ・プレートを通して複数のストランドに押出される。これらのストランドは固化し、ダイ・プレート近傍で回転する適切なナイフにより個々の小サイズのペレット粒とされる。
【0005】
固化プロセスを促進するために、プラスチック溶融物をダイ・プレートに通す押出しおよび個片化を水中で行うことができる。このプロセスは、プラスチック産業において「水中ペレット化」として知られている。
【0006】
プラスチックを個片化するためのナイフおよびナイフにより個片化されるストランドを形成するためのダイ・プレートの両方が良好な耐腐食性を有さなければならない。使用中、腐食性環境に曝され、また同時に、高アブレシブ摩耗に曝されるからである。特に「ダイ・プレート」用の場合、ダイ・プレートと接触しているプラスチック溶融物から熱を多く奪い溶融物が早期に固化してダイ・プレートの穴を塞いでしまわないように、同時に、ダイ・プレートを構成する鋼の熱伝導性は低くなければならない。これは、特に、ダイ・プレートが穴直径1mm未満のいわゆる「マイクロダイ・プレート」である場合の要件である。
【0007】
これらの目的のために提供されている公知の鋼は、材料番号1.2379(AISI表示:D2)で知られている。この鋼は、鉄および不可避不純物に加えて、重量%で、C:1.55%、Cr:12.00%、Mo:0.80%、および、V:0.90%を含む。
【0008】
同様にプラスチックのリサイクルに広く使用されている他の鋼は、材料番号1.3343(AISI表示:M2)で標準化されている。この鋼は、鉄および不可避不純物に加えて、重量%で、C:0.85〜0.9%、Mn:0.25%、Cr:4.1%、Mo:5.0%、V:1.9%、および、W:6.4%を含む。
【0009】
材料番号1.4110(AISI表示:440A)で標準化されているマルテンサイト鋼は、鉄および不可避不純物に加えて、重量%で、C:0.6〜0.75%,Mn:最大1%、Si:最大1%、P:最大0.04%、S:最大0.03%、Cr:16〜18%、および、Mo:最大0.75%を含み、最も高い摩耗要求に耐えると考えられる。適切な熱処理後、この鋼の硬度は少なくとも60HRCになる。
【0010】
研磨プラスチックの加工に使用される部品の製造用に特別に作られた商品名「Ferro−Titanit Nikro 128」で知られている鋼は、鉄および不可避不純物に加えて、重量%で、Cr:13.5%、Co:9%、Ni:4%、および、Mo:5%を含む。このように構成された鋼の微細組織中の炭化チタンの比率は30重量%であり、これは、体積パーセントで約40体積%のTiCに相当する。
【0011】
粉末治金により製造される公知の鋼は、真空中850℃で2〜4時間焼鈍を行い、次いで1〜4.5barの圧力で窒素雰囲気に曝す焼入れを行うと焼鈍硬度が約53HRCとなり、これは、鋼を480℃で6〜8時間時効させるその後の析出硬化処理によって最大硬度62HRCに上昇する。研磨プラスチック加工用のダイ・プレート、ペレットナイフ、射出成型ノズル・スクリュー、リングおよび他のプレス用工具、ならびに、缶充填装置に必要とされるポンプ、充填ヘッドおよびリングナイフ用の部品は、通常、この鋼から製造される(非特許文献1を参照)。
【0012】
最後に、Horst Hillが彼の論文(非特許文献2)で提案している鋼がある。この鋼は、重量%で、Cr:13.5%、Mo:1.0%、Ni:9.0%、Co:5.5%、Cu:1.0%、Ti:2.0%、および、Al:1.25%を含み、残部が鉄および不可避不純物である。この鋼の微細組織中のTiC比率もまた、30重量%に達する。しかしながら、更に、5重量%のNbCが硬質相として微細組織中に存在する。
【0013】
このように構成された鋼は、研究室規模で製造された当初は潜在性が期待された。しかしながら、作業上信頼できる産業規模での製造は問題があることがわかった。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0014】
【非特許文献1】カタログ「Ferro-Titanit - Die Haerte aus Krefeld [Ferro-Titanit - The hardness from Krefeld], 06/2001, deutsche Edelstahlwerke GmbH発行」に含まれるデータシート“Ferro-Titanit Nikro 128”
【非特許文献2】Neuartige Metallmatrixverbundwerkstoffe (MMC) zur Standzeiterhoehung verschleissbeanspruchter Werkzeuge in der polymerverarbeitenden Industrie [New types of metal matrix composites (MMCs) for increasing the service life of tools subject to wear in the polymer processing industry], Bochum Univ. Diss. 2011, Chair for Materials Engineering出版, Ruhr-Universitaet Bochum, ISBN 978-3-943063-08-0
【非特許文献3】Foller, M.; Meyer, H.; Lammer, A.: Wear and Corrosion of Ferro-Titanit and Competing Materials. In: Tool steels in the next century: Proceedings of the 5thInternational Conference on Tooling, September 29th - October 1st, University of Leoben, Austria, 1999, pages 1 - 12
【非特許文献4】H. Hill, S. Weber, W. Theisen, A. van Bennekom, Optimierung korrosionsbestaendiger MMC mit hohem Verschleisswiderstand [Optimising corrosion-resistant MMCs with high wear-resistance], 30th Hagen Symposium, 24. - 25.11.2011
【非特許文献5】Linseis Messgeraete GmbH: Instruction Manual LFA 1250/1600 - Laser Flash: Thermal constant analyser, 2010
【非特許文献6】ASTM International E 1461-01: Standard Test Method for Thermal Diffusivity by the Flash Method, 2001
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
この背景の下、本発明は、従来の方法を適用して産業規模で製造可能であり、かつ、その性質に関して最適化されたプロフィールを有する鋼を作ることを目的とする。また、該鋼の実用向けの使用についても述べる。
【課題を解決するための手段】
【0016】
鋼に関して、この目的は、請求項1に特定された特徴を有する本発明に係る鋼により達成される。
【0017】
本発明の有利な実施形態は従属請求項に特定され、本発明の一般的概念は以下に詳細に説明される。
【発明の効果】
【0018】
本発明により、高耐摩耗性、高硬度、良好な耐腐食性および/または低熱伝導性が要求される用途の鋼が得られる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【
図1】本発明に係るサンプルの断面の走査電子顕微鏡写真の一部を示す図である。
【
図2】本発明に従って製造した鋼サンプルおよび比較用に製造した鋼サンプルの熱伝導率の測定結果を示す図である。
【
図3】本発明に従って製造した鋼サンプルおよび比較用に製造した鋼サンプルに対して行った電流密度電位測定の結果を示す図である。
【
図4】本発明に係る鋼から製造したサンプルに対して行った熱膨張計による測定の結果を再現する図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
本発明に係る鋼は、硬化状態における硬度が少なくとも56HRCとなり、かつ、その微細組織中、TiC粒子に加えて炭化物粒子、酸化物粒子または窒化物粒子からなる硬質相を合計で少なくとも30重量%含む。同時に、本発明に係る鋼中のTiC粒子の含有量は少なくとも20重量%である。
【0021】
本発明によれば、硬質相は、重量%で、
Cr:9.0〜15.0%、
Mo:5.0〜9.0%、
Ni:3.0〜7.0%、
Co:6.0〜11.0%、
Cu:0.3〜1.5%、
Ti:0.1〜2.0%、
Al:0.1〜2.0%を含み残部が鉄および不可避不純物からなるマトリックス中に埋め込まれている。
【0022】
本発明に係る鋼の成分は、該鋼がプラスチック加工産業で使用される鋼に課される最も高い要求を満たすように設定される。そのため、本発明に係る鋼は、プラスチック製品の再生用およびリサイクル用の部品の製造に特に適する。したがって、例えば、研磨プラスチックから形成される溶融物のペレット化に必要なダイ・プレート、特にマイクロペレット化ダイ・プレートを本発明に係る鋼から製造でき、これらのダイ・プレート自体は、穴の開口部が微細に形成されていても最適な使用性を有し、微細なペレット粒子が製造される。同様に、プラスチック部品を個片化するためのナイフも本発明に係る鋼から製造することができる。上述したとおり、このようなナイフもまた、ペレット化設備内で上述のタイプのダイ・プレートにより製造される溶融プラスチックのストランドからペレットを製造する際に必要とされる。
【0023】
この目的に必要とされる性質プロフィールを提供するために、本発明に係る鋼は、析出物形成を介して鋼の硬化性に寄与し、かつ、同時に、各熱処理状態に関係なく35W/mk未満の低熱伝導率が保証されるように選択されたマトリックスに埋め込まれた少なくとも20重量%のTiCを含む。
【0024】
本発明に係る鋼は、20℃におけるカロメル基準電極に対する電位変化速度を600mV/hとした無酸素の0.5M硫酸中で測定した不動態電流密度が5μA/cm
2未満である。したがって、高硬度および最適化された耐摩耗性を有する本発明に係る鋼は、従来のオーステナイト系ステンレス鋼と同等の耐腐食性を有する。
【0025】
超音波測定により測定した音波伝播速度に基づく本発明に係る鋼の弾性率は、20℃において270GPaよりも大きく、特には300GPaよりも大きい。その結果、本発明に係る鋼または該鋼から製造される部品もまた、強度に関して最も高い要求を確実に満たす。
【0026】
膨張計により測定した本発明に係る鋼の熱膨張係数は、本発明に係る鋼が提供される用途で重要な温度範囲である20℃〜600℃の範囲において、7×10
−6/K〜12×10
−6/Kである。
【0027】
密度が低くかつ熱伝導性の低い、非常に硬い熱力学的に安定した十分な量のTiC粒子が同様に高い強度を提供する本発明に係る鋼マトリックスと併存するため、低熱伝導性と同時に耐摩耗性が最大化される。最適には、そのために、本発明に係る鋼は少なくとも20重量%(約30体積%に相当)のTiC、または、少なくとも28重量%のTiC、特に少なくとも30重量%のTiCを含む。しかしながら、TiC含有量は45重量%の上限を超えるべきではない。これにより、本発明に係る鋼は確実に、作業信頼性高く製造でき、さらに加工することができる。硬質相含有量が高すぎると硬度および耐摩耗性が高くなるが熱膨張が低減し、鋼基材との複合体の製造が著しく妨げられる。さらに、硬質相含有量が高いことは材料が脆くなり亀裂を生じ易いことを意味する。同時に、硬質相含有量が高すぎると機械加工性が著しく低減する。本発明に係る鋼の利点は、従来とおりに機械加工もできることである。
【0028】
本発明によれば鋼の微細組織中の硬質相の体積パーセント が合計で少なくとも30重量%となるようにTiC粒子に加えて更なる硬質相が鋼マトリックス中に存在するという事実は、本発明に係る鋼の硬度および耐摩耗性の最適化にも寄与する。これは、鋼の製造中に炭化物粒子、窒化物粒子または酸化物粒子を別々に添加することにより達成できる。これの代わり にあるいはこれに加えて、鋼の製造中に行われる一連の製造工程の過程で硬度を向上させる析出部が十分な量でマトリックス中に確実に形成されるように、析出物部分を形成する元素(Ni、Al、Ti)を本発明に係るインプット要件内に設定することができる。
【0029】
上述のH.Hillの論文(非特許文献2)で知られている鋼と比較して、本発明に係る鋼の場合、MoおよびCoの含有量は大幅に増やされ、NiおよびTiの含有量は大幅に減らされている。さらに、この公知の鋼と比較して、本発明に係る合金のCu含有量、Al含有量、TiC含有量、および、NbC含有量のインプット要件は変動している。本発明に係る合金成分含有量に設定することにより、同様に硬度が高いマトリックス内に埋め込まれた高い比率の硬質相を含む鋼を産業規模で成功裏に製造することができた。既知の鋼概念から出発すると、これには広範な調査および試験を要した。この種の鋼の場合、個々の元素および相の相互作用の態様が非常に複雑だからである。高耐摩耗性、高硬度、良好な耐腐食性および低熱伝導性を有するこのように得られる本発明に係る鋼は、性質の最適な組み合わせを有する。
【0030】
本発明に係る鋼マトリックス中に形成される析出物は、とりわけ、Ni、AlおよびTiの元素が形成に関わる金属間析出物である。これらの元素はNi
3AlおよびNi
3Ti、または、混合形態を形成する。これらの金属間相は、微細組織中10nm程度の粒サイズで存在し、合計の硬質相含有量には含まれない。これら金属間相はサイズが小さいため、本発明に係る鋼のマトリックスに埋め込まれるような粗い硬質相粒子と比較してアブレシブ摩耗に対する耐性に大きく寄与しないが、金属間析出物は金属マトリックスの硬度および強度の上昇をもたらし、それにより、性能特性の改善にも寄与する。
【0031】
クロムは、要求される耐腐食性を保証するために本発明に係る鋼に9.0〜15.0重量%の含有量で存在する。最適には、この目的のために、Cr含有量は12.5〜14.5重量%に達する。
【0032】
モリブデンは、一方で(特に穴部の腐食に関して)十分な耐腐食性を保証するために、また他方で金属間相の形成をサポートし、硬質相が埋め込まれた鋼マトリックスの硬度を向上するために、本発明に係る鋼に5.0〜9.0重量%の含有量で含まれる。最適には、本発明に係る鋼のMo含有量は6.5〜7.5重量%である。
【0033】
コバルトは、一方でマルテンサイト開始温度を上昇させるために、また他方で金属マトリックス中のMo溶解度を低減するために、本発明に係る鋼に6.0〜11.0重量%の含有量で含まれる。これにより、金属間相の形成において、本発明に係る鋼マトリックスに含まれるMoがより強く析出することができる。最適には、本発明に係る鋼のCo含有量は8.0〜10.0重量%である。
【0034】
銅は、析出硬化を促進するために、本発明に係る鋼に0.3〜1.5重量%の含有量で含まれる。最適には、本発明に係る鋼のCu含有量は0.5〜1.0重量%である。
【0035】
ニッケルは、本発明に係る鋼に3.0〜7.0重量%の含有量で含まれる。通常約850℃の温度で行われる溶体化焼鈍操作中のオーステナイト相を安定化するために、鋼マトリックス中に十分な量のニッケルが必要とされる。これは、本発明に係る鋼材を溶体化焼鈍温度から出発して焼き入れする場合に特に重要である。ニッケルが存在する結果、焼き入れ中にマルテンサイトが確実に形成する程度にオーステナイトが安定化する。本発明により提供される鋼マトリックス中にニッケルが少なすぎると、この効果は必要な信頼性で得られない。逆に鋼マトリックス中にニッケルが多すぎると、オーステナイト相も室温で安定するためマルテンサイトは形成されない。本発明に係る鋼中のニッケルの第2の機能は、AlおよびTiのような元素により金属間相が形成されることによる析出硬化である。したがって、本発明に係る鋼において、Ni、AlおよびTiの含有量は、一方でマルテンサイトが形成され、他方で析出硬化が可能となるよう適合される。最適には、この目的のために、本発明に係る鋼のNi含有量は4.5〜5.5重量%である。
【0036】
チタンは、本発明に係る鋼に0.1〜2.0重量%の含有量で存在する。その結果、上述したとおり、Niと共に析出硬化が可能になる。最適には、この目的のために、本発明に係る鋼のTi含有量は0.8〜1.2重量%である。
【0037】
アルミニウムも本発明に係る鋼に0.1〜2.0重量%の含有量で存在する。その結果、Niと共に析出硬化がもたらされる。最適には、この目的のために、本発明に係る鋼のAl含有量は1.0〜1.4重量%である。
【0038】
本発明に係る鋼は、反りを非常に小さくして硬化することができる。炭化チタンの熱膨張は小さく、変形しないからである。
【0039】
本発明に係る鋼の耐摩耗性は、最大4.5重量%のNbC粒子を添加することにより向上する。同時に、NbC粒子の熱伝導率はTiCよりも低い。これは、本発明に係る鋼の性能特性に好ましい効果がある。さらに、TiCおよびNbCは同形の炭化物であるため、互いに混和する。拡散反応時、これにより複合炭化物が形成される。その結果、TiCのみを使用する場合と比較して、価電子濃度が変化し、そのため、炭素の格子間隙に空孔が形成する。これによっても、本発明に係る鋼は熱伝導性が低下し、目的適合性が向上する。この効果は、本発明に係る鋼に少なくとも2.0重量%のNbCが存在する場合に特に達成することができる。NbC含有量が2.0〜3.0重量%の場合、最適な効果がある。
【0040】
本発明に係る鋼を粉末治金による従来法で製造することにより、その微細組織中に偏析や繊維配向を確実になくすことができる。本発明に係る硬質相として使用される炭化物粒子、窒化物粒子および酸化物粒子は、粉体治金製造中に既に「完全な」粒子として提供される。
【0041】
粉体治金製造には焼結経路および熱間等方加圧(Hot Isostatic Pressing;HIP)経路の両方を使用することができる。一例として、ガス噴霧鋼粉末をベースとした超固相液相焼結法(supersolidus liquid−phase sintering)も本発明に係る鋼の製造に適する。
【0042】
この種の鋼の粉末治金製造に通常適用される製造工程の記載は、例えば、非特許文献3、非特許文献4、または上述のHorst Hillの論文(非特許文献2)に見出すことができる。
【0043】
本発明に係る鋼は機械的性質を整えるために従来の熱処理に供することができる。熱処理は、鋼を2〜4時間加熱し、次いで1〜4.5barの圧力の窒素雰囲気下で焼き入れをし、最後に480℃で6〜8時間時効させる。このような熱処理後、本発明に係る鋼の硬度は常に62HRCを超える。加熱を真空中、焼き入れを不活性ガス雰囲気下で行うことにより、熱処理鋼から形成される半完成品の端部領域内に悪影響領域(negative influence zones)が形成されるのを防止することができる。
【0044】
熱処理が850℃、2〜4時間の穏やかな焼鈍に限定される場合、本発明に係る鋼は50HRCを超える硬度を有する。
【0045】
以下、本発明を例示の実施形態により詳細に説明する。
【実施例】
【0046】
水中ペレット化装置用のダイ・プレートおよびナイフを製造することを意図した本発明に係る鋼の性質と、それと同じ目的を意図した公知の鋼の性質とを比較するために、本発明に係る鋼Eおよび公知の鋼Vを製造した。鋼Eおよび鋼V両者の組成を表1に示す。
【0047】
鋼Vの組成は、例えば上述の刊行物に「Ferro−Titanit Nikro 128」と表記されている鋼の組成に対応する。鋼Eおよび鋼Vの粉体治金製造中に完了した製造工程は、鋼「Ferro−Titanit Nikro 128」の粉体治金製造で通常行われる製造工程に対応する。これらは上述の技術文献で説明されている。
【0048】
粉体治金製造の完了後、鋼E、鋼VのサンプルPE1、PV1を熱処理に供した。この熱処理も同様に、鋼「Ferro−Titanit Nikro 128」に対して標準の方法で行われる熱処理に対応する。そのために、まず、プローブPE1およびプローブPV1を真空中に850℃で2〜4時間保持し、次いで、1〜4.5barの圧力の窒素雰囲気下で焼き入れをした。次いで、PE1およびPV1の各サンプルを480℃で6〜8時間時効させる析出硬化処理を行った。
【0049】
図1は、このように標準的な方法で熱処理した本発明に係る鋼EのサンプルPE1の断面の走査電子顕微鏡写真の一部を示す。金属マトリックスは明領域により識別することができ、金属マトリックスで囲まれるTiC内包物は暗色で再現されている。
【0050】
鋼E、鋼Vからなる他のサンプルPE2、PV2を、同様に2〜4時間にわたる、850℃の穏やかな焼鈍に供した。
【0051】
サンプルPE1、PV1、PE2、PV2の硬質相含有量を測定した。本発明に係る鋼から製造したサンプルPE1、PE2の場合、硬質相含有量は平均で30重量%超に達したが、比較鋼Vから製造したサンプルPV1、PV2の硬質相含有量は平均でたった30重量%であった。
【0052】
DIN EN ISO 6508−1に準拠して硬度測定を5回行い、PE1、PE2、PV1、PV2の各サンプルの硬度を測定した。プローブPE1、PE2、PV1、PV2についてこのように収集した測定値の平均値を表2に示す。本発明に係るサンプルPE1、PE2の硬度がいずれも比較サンプルの硬度よりも高いことが明らかとなる。
【0053】
さらに、温度依存熱伝導率λ(T)を間接法により室温、100℃、200℃、300℃で測定した:
λ(T)=a(T)×ρ(T)×cρ(T)
式中、
a(T):非特許文献5または6で説明されているように、Laserflashで測定した温度拡散率
ρ(T):膨張計で測定した各サンプルの密度
cρ(T):示差走査熱量測定法(DSC)により測定したサンプルの定圧比熱用量
【0054】
2つのサンプルPE1、PV1に対するこの試験の結果を
図2に示す。本発明に係る鋼Eから製造したサンプルPE1では、いずれの場合も熱伝導率が比較鋼Vから製造したサンプルPV1よりも低いことが明らかとなる。本発明に係るサンプルPE1の熱伝導率が低いことは、鋼E、鋼Vの目的に関して有利である。
【0055】
サンプルPE1、PE2のTiC含有量は、表1に示すとおり、いずれも30重量%よりも多い。
【0056】
本発明に係る鋼Eから製造したサンプルPE1、PE2の密度は6.55g/cm
3であり、理論密度を達成した。
図1から明らかなとおり、微細組織には残留した孔が存在しない。
【0057】
本発明に係る鋼Eから製造したサンプルPE1および比較鋼Vから製造したサンプルPV1に対して行った電流密度電位測定の結果を
図3に示す。本図において、サンプルPE1について測定した電流密度電位カーブを実線で、サンプルPV1について測定した電流密度電位カーブを破線で示す。電流密度電位カーブは、20℃におけるカロメル基準電極に対する電位変化速度を600mV/hとして無酸素の0.5M硫酸中で測定した。さらに、本発明に係るサンプルPE1について測定した不動態電流密度はいずれの場合も5μA/cm
2未満であった。
【0058】
本発明に係る鋼Eから製造したサンプルPE1は、超音波手段により測定した音波伝播速度に基づく弾性率が318GPaであった。これに対して、従来サンプルPV1の弾性率は294GPaであった。
【0059】
表3は鋼Eの熱膨張の概要を示す。これは、600℃の最大温度まで100℃毎にBaehr膨張計で測定したものである。この温度範囲では熱膨張係数α
thが7×10
−6/K〜12×10
−6/Kの間であることがわかる。このほか、
図4は、一例として本発明に係る鋼から製造したサンプルPE1の熱膨張計による測定の結果を示すが、この結果が確認される。
【0060】
【表1】
【0061】
【表2】
【0062】
【表3】
【手続補正書】
【提出日】2016年6月28日
【手続補正1】
【補正対象書類名】特許請求の範囲
【補正対象項目名】全文
【補正方法】変更
【補正の内容】
【特許請求の範囲】
【請求項1】
高耐摩耗性、高硬度、良好な耐腐食性および/または低熱伝導性が要求される用途の鋼であって、
−硬化状態における硬度が少なくとも56HRCであり、
−前記鋼の微細組織中、TiC粒子に加えて、更に、炭化物粒子、酸化物粒子または窒化物粒子からなる合計で少なくとも30重量%の硬質相が存在し、
−前記TiC粒子の含有量が少なくとも20重量%であり、2〜4.5重量%のNbC粒子が存在し、
−前記硬質相が、重量%で、
Cr:9.0〜15.0%、
Mo:5.0〜9.0%、
Ni:3.0〜7.0%、
Co:6.0〜11.0%、
Cu:0.3〜1.5%、
Ti:0.1〜2.0%、
Al:0.1〜2.0%を含み、残部が鉄および不可避不純物からなるマトリックス中に埋め込まれている、鋼。
【請求項2】
Cr含有量が12.5〜14.5重量%であることを特徴とする、請求項1に記載の鋼。
【請求項3】
Mo含有量が6.5〜7.5重量%であることを特徴とする、請求項1または2に記載の鋼。
【請求項4】
Ni含有量が4.5〜5.5重量%であることを特徴とする、請求項1〜3のいずれか一項に記載の鋼。
【請求項5】
Co含有量が8〜10重量%であることを特徴とする、請求項1〜4のいずれか一項に記載の鋼。
【請求項6】
Cu含有量が0.5〜1.0重量%であることを特徴とする、請求項1〜5のいずれか一項に記載の鋼。
【請求項7】
Ti含有量が0.8〜1.2重量%であることを特徴とする、請求項1〜6のいずれか一項に記載の鋼。
【請求項8】
Al含有量が1.0〜1.4重量%であることを特徴とする、請求項1〜7のいずれか一項に記載の鋼。
【請求項9】
TiC含有量が最大で45重量%であることを特徴とする、請求項1〜8のいずれか一項に記載の鋼。
【請求項10】
粉体治金法により製造されることを特徴とする、請求項1〜9のいずれか一項に記載の鋼。
【請求項11】
プラスチック製品のリサイクルまたは再生に使用される部品を製造するための、請求項1〜10のいずれか一項に記載の鋼の使用。
【請求項12】
前記部品がダイ・プレート、または、プラスチック部品を個片化するためのナイフであることを特徴とする、請求項11に記載の使用。
【国際調査報告】