特表2017-538099(P2017-538099A)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特表2017-538099機械式計時器用ムーブメントの運動を調整するデバイス
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公表特許公報(A)
(11)【公表番号】特表2017-538099(P2017-538099A)
(43)【公表日】2017年12月21日
(54)【発明の名称】機械式計時器用ムーブメントの運動を調整するデバイス
(51)【国際特許分類】
   G04C 5/00 20060101AFI20171124BHJP
【FI】
   G04C5/00
【審査請求】有
【予備審査請求】有
【全頁数】27
(21)【出願番号】特願2017-513508(P2017-513508)
(86)(22)【出願日】2015年9月4日
(85)【翻訳文提出日】2017年3月24日
(86)【国際出願番号】EP2015070238
(87)【国際公開番号】WO2016037939
(87)【国際公開日】20160317
(31)【優先権主張番号】14184158.5
(32)【優先日】2014年9月9日
(33)【優先権主張国】EP
(31)【優先権主張番号】14186682.2
(32)【優先日】2014年9月26日
(33)【優先権主張国】EP
(81)【指定国】 AP(BW,GH,GM,KE,LR,LS,MW,MZ,NA,RW,SD,SL,ST,SZ,TZ,UG,ZM,ZW),EA(AM,AZ,BY,KG,KZ,RU,TJ,TM),EP(AL,AT,BE,BG,CH,CY,CZ,DE,DK,EE,ES,FI,FR,GB,GR,HR,HU,IE,IS,IT,LT,LU,LV,MC,MK,MT,NL,NO,PL,PT,RO,RS,SE,SI,SK,SM,TR),OA(BF,BJ,CF,CG,CI,CM,GA,GN,GQ,GW,KM,ML,MR,NE,SN,TD,TG),AE,AG,AL,AM,AO,AT,AU,AZ,BA,BB,BG,BH,BN,BR,BW,BY,BZ,CA,CH,CL,CN,CO,CR,CU,CZ,DE,DK,DM,DO,DZ,EC,EE,EG,ES,FI,GB,GD,GE,GH,GM,GT,HN,HR,HU,ID,IL,IN,IR,IS,JP,KE,KG,KN,KP,KR,KZ,LA,LC,LK,LR,LS,LU,LY,MA,MD,ME,MG,MK,MN,MW,MX,MY,MZ,NA,NG,NI,NO,NZ,OM,PA,PE,PG,PH,PL,PT,QA,RO,RS,RU,RW,SA,SC,SD,SE,SG,SK,SL,SM,ST,SV,SY,TH,TJ,TM,TN,TR,TT,TZ,UA,UG,US
(71)【出願人】
【識別番号】591048416
【氏名又は名称】ウーテーアー・エス・アー・マニファクチュール・オロロジェール・スイス
(74)【代理人】
【識別番号】100098394
【弁理士】
【氏名又は名称】山川 茂樹
(74)【代理人】
【識別番号】100064621
【弁理士】
【氏名又は名称】山川 政樹
(72)【発明者】
【氏名】ウィンクレ,パスカル
(72)【発明者】
【氏名】ディ・ドメニコ,ジャンニ
(72)【発明者】
【氏名】ボルン,ジャン−ジャック
(57)【要約】
機械式計時器用ムーブメントの運動を調整する計時器用調整デバイス(2)であって、フレーム(4)と、フレームに取り付けられ、円状に規則的に配置された第1の数N1の磁石を有する環状の周期的な第1の磁性構造(8)及び弾性構造(20、21、22)を有する共振器(6)と、及び中央軸(16)を定める第1の整数N1とは異なる第2の数N2の磁石を有し中央軸(16)のまわりを回転する環状の第2の磁性構造(14)とを有する。共振器は、第1の磁性構造が、中央軸のまわりの曲線的、好ましくは、実質的に円状の並進運動を行う共振モードが第2の磁性構造の回転によって励起されるように構成している。2つの磁性構造は、調整デバイスが、エスケープ車に堅固に接続されている第2の磁性構造の共振振動数と回転振動数の間の振動数の減少器を組み入れているような磁気式サイクロイドギヤを定める。
【選択図】 図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
機械式計時器用ムーブメントの運動を調整する計時器用調整デバイス(2、32、42、52、62、72、82)であって、
フレーム(4、44、54、64、74)と、
前記フレームに取り付けられる共振器(6)であって、第1の整数N1である角周期の数を有し第1の中央軸(10)を定める環状の周期的な第1の磁性構造(8、8A、8B)を有し、前記第1の磁性構造が当該共振器の慣性部分を形成しているような、共振器(6)と、及び
前記第1の整数N1とは異なる第2の整数N2である角周期の数を有し第2の中央軸(16、16A)を定める環状の周期的な第2の磁性構造(14、14A、14B、14C、14D)であって、前記フレームに対して所定の位置を有する前記第2の中央軸のまわりを前記フレームに対して回転することができるように構成しているような、環状の周期的な第2の磁性構造(14、14A、14B、14C、14D)と
を有し、
前記第1及び第2の磁性構造のうちの少なくとも一方の磁性構造が、その角周期のそれぞれにおいて磁化材料を有し、
前記共振器は、前記第1の磁性構造が共振振動数F1で前記フレームに対して前記第2の中央軸のまわりの曲線的な並進運動を行うような共振モードを有するように構成しており、
前記第1及び第2の磁性構造は、有用トルク範囲内のトルクが与えられることによる、前記フレームに対する前記第2の中央軸のまわりの前記第2の磁性構造の振動数F2での回転が、前記共振モードが励起されることを可能にして、前記有用トルク範囲内において、前記第2の磁性構造の前記相対的な回転の振動数F2に対する前記共振振動数F1の比RFr、すなわち、RFr=F1/F2が、前記第2の整数N2を前記第2の整数N2と前記第1の整数N1との差ΔNで割った値に等しいように、すなわち、ΔN=N2−N1、かつ、RFr=N2/ΔNであるように、前記第1及び第2の磁性構造の間の磁気的相互作用が発生するように構成している
ことを特徴とする計時器用調整デバイス。
【請求項2】
前記共振器は、前記第1の磁性構造を前記フレームに接続する弾性構造(20、21、22、46〜49、77〜80)を有し、
前記弾性構造は、前記第1の磁性構造が、前記第1及び第2の中央軸が実質的に一致しているような安静位置を有し、
これによって、前記第2の中央軸に対する前記第1の磁性構造の角位置にかかわらず、実質的に前記第2の中央軸の方向に復帰力が与えられる
ことを特徴とする請求項1に記載の計時器用調整デバイス。
【請求項3】
前記弾性構造の前記復帰力は、実質的に等方性であり、前記第1及び第2の中央軸の間の距離に実質的に比例する
ことを特徴とする請求項2に記載の計時器用調整デバイス。
【請求項4】
前記比RFrが5よりも大きい、すなわち、RFr>5である
ことを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載の調整デバイス。
【請求項5】
前記第1の磁性構造は、規則的に円状に分布する複数の第1の磁石(12、12A、12B)を有し、
この第1の磁石(12、12A、12B)の数は、前記数N1であり、
前記第2の磁性構造は、規則的に円状に分布する複数の第2の磁石(18、18A、18B、18C)を有し、この第2の磁石(18、18A、18B、18C)の数は、前記数N2である
ことを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載の調整デバイス。
【請求項6】
前記複数の第2の磁石は、前記複数の第1の磁石に対して反発するように構成している
ことを特徴とする請求項5に記載の調整デバイス。
【請求項7】
前記第1及び第2の磁性構造は、互いに離れている2つの平行な一般平面内に配置されている
ことを特徴とする請求項1〜6のいずれかに記載の調整デバイス。
【請求項8】
前記少なくとも一方の磁性構造の前記磁化材料は、軸方向に磁化されている
ことを特徴とする請求項7に記載の調整デバイス。
【請求項9】
前記第1又は第2の磁性構造と同様な構成を有する第3の磁性構造(34)を有し、
この同様な構成を有する2つの磁性構造はそれぞれ、前記第1の中央軸又は前記第2の中央軸によって定められる方向にて整列しており、前記第1及び第2の磁性構造のうちの前記第3の磁性構造とは異なる構成を有する磁性構造を挟んだ両側においてこの磁性構造に対して実質的に同じ距離の位置に配置されている
ことを特徴とする請求項7又は8に記載の調整デバイス。
【請求項10】
前記第1及び第2の磁性構造は、同じ一般平面内に配置されており、
前記第1及び第2の磁性構造のうちの一方が他方の内側に位置しており、
前記少なくとも一方の磁性構造の前記磁化材料は、半径方向に磁化されている
ことを特徴とする請求項1〜6のいずれかに記載の調整デバイス。
【請求項11】
前記第2の磁性構造は、前記トルクが与えられるエスケープ車を形成している
ことを特徴とする請求項1〜10のいずれかに記載の調整デバイス。
【請求項12】
前記フレームは、前記トルクが与えられるエスケープ車を形成している
ことを特徴とする請求項1〜10のいずれかに記載の調整デバイス。
【請求項13】
さらに、前記第1及び第2の磁性構造の間に機械的な同期外れ防止システムを有し、
この機械的な同期外れ防止システムは、第1の歯列(88)を備える惑星車(86)を備える遊星ギヤによって形成されており、
前記惑星車(86)は、第2の歯列(90)を内側に備える冠体(84)の内側を回転し、
前記惑星車は、前記第1及び第2の磁性構造のうちの角周期の数が小さい方の構造に関連づけられており、
前記冠体は、前記第1及び第2の磁性構造のうちの角周期の数が大きい方の他方の構造に関連づけられており、
前記第2の磁性構造に関連づけられている前記構造は、前記第2の構造に対して回転するように堅固に接続されており、
前記機械的な同期外れ防止システムは、高い方の値が前記有用範囲の最大値を定めるような前記有用トルク範囲の少なくとも上側領域において、前記第1及び第2の歯列が、少なくとも部分的に互いに入り込んでおり、
前記第1及び第2の歯列は、前記有用範囲内において、前記第1及び第2の歯列が互いに接触せず、前記第1及び第2の磁性構造の間の結合が、前記有用範囲内において純磁気的であるように、互いに対して構成している
ことを特徴とする請求項1〜12のいずれかに記載の調整デバイス。
【請求項14】
前記冠体の歯列の歯の数Z1に対する前記惑星車の歯列の歯の数Z2の間の比RZは、前記低い方の角周期の数に対する前記高い方の角周期の数の比RM*と等しい
ことを特徴とする請求項13に記載の調整デバイス。
【請求項15】
前記機械的な同期外れ防止システムは、前記第1及び第2の歯列が、前記有用トルク範囲全体にわたって互いに接触せずに互いに少なくとも部分的に入り込んでいる
ことを特徴とする請求項13又は14に記載の調整デバイス。
【請求項16】
前記有用トルク範囲は、前記第1及び第2の磁性構造の純磁気的結合の第1の有用範囲であり、
前記第1の有用範囲の最大値は、前記純機械的結合の同期外れの値よりも小さく、
当該調整デバイスは、前記第1の有用範囲よりも大きく隣接している第2の有用トルク範囲を有し、前記第2の有用トルク範囲は、前記第1及び第2の歯列が互いに噛み合って一方の歯列が他方に機械的な駆動トルクを与えるような磁気−機械的結合の有用範囲に対応しており、
前記第1及び第2の歯列は、低い方の値が前記第2の有用範囲の最小値を定めるような前記第2の有用範囲の下側領域において少なくとも、前記第1及び第2の歯列に、トルクの増加時に前記第1の磁性構造の前記曲線的な並進運動の振幅の増加を可能にするようないくらかの半径方向の遊びがあるように、互いに対して構成しており、
前記弾性構造は、当該調整デバイスに与えられる前記第1及び第2のトルク有用範囲において実質的に弾性変形を行うように構成している
ことを特徴とする請求項2に従属する請求項13〜15のいずれかに記載の調整デバイス。
【請求項17】
前記惑星車の前記第1の歯列は、前記第1及び第2の歯列が接触せずに入り込んでいるような前記有用トルク範囲の領域において、前記第1及び第2の歯列が半径方向にて最も近い領域における前記第2の歯列の対応する空間に位置している前記第1の歯列のいくつかの歯が、前記有用範囲内のトルクの変化によって定められる相対的な角度シフトの範囲内における前記第1の磁性構造の角周期と前記第2の磁性構造の角周期の間において、中間の相対的な角度シフトに対して所与の合計の接線方向の遊びがあるように、実質的に中心化しているように、前記冠体の前記第2の歯列に対して構成している
ことを特徴とする請求項13〜15のいずれかに記載の調整デバイス。
【請求項18】
前記第2の整数N2と前記第1の整数N1との差の絶対値|ΔN|は、1である、すなわち、|ΔN|=1である
ことを特徴とする請求項1〜17のいずれかに記載の調整デバイス。
【請求項19】
前記第2の整数N2と前記第1の整数N1との差の絶対値|ΔN|は、1よりも大きい、すなわち、|ΔN|>1である
ことを特徴とする請求項1〜17のいずれかに記載の調整デバイス。
【請求項20】
前記第2の磁性構造の前記相対的な回転によって当該調整デバイスの起動を可能にするために十分な前記第1及び第2の磁性構造の間の初期の磁気的結合を作るように、前記第2の磁性構造に対して前記第1の磁性構造を初期に脱中心化させる機械的な手段を有する
ことを特徴とする請求項19に記載の調整デバイス。
【請求項21】
請求項1〜20のいずれかに記載の調整デバイスと、
前記調整デバイスによって調整されるカウント用列と、及び
前記カウント用列を駆動し前記調整デバイスの共振モードを維持するモーターデバイスと
を有することを特徴とする機械式計時器用ムーブメント。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、磁気的に結合されている磁性構造と共振器の間の相対的な角速度を調整する調整デバイスの分野に関する。これらの磁性構造と共振器は、前記のような調整デバイスをともに構成している。
【0002】
具体的には、本発明は、運動を調整するデバイスを装備した機械式計時器用ムーブメントに関する。このデバイスは、共振器と、及びこの共振器に関連づけられた磁気エスケープとによって形成されている。計時器の分野においては、エスケープとは、一般的に、共振器の共振モードの周期的運動を維持する機構と、及びデバイスの駆動を調整するために前記周期的変動の周期をカウントする機構とによって形成されているシステムを意味する。この駆動は、具体的には、少なくとも1種類の時間情報のディスプレーの駆動である。なお、維持機構とカウント機構は、一般的に、駆動デバイスによって供給されるエネルギーを分配させる1つの同じ機構によって形成されていることに注意すべきである。この機構は、これらの両方の機能を実現する。本発明における場合も同様である。
【0003】
具体的には、本発明は、機械式計時器用ムーブメント用の磁気的調整デバイスに関する。このデバイスにおいては、共振器と環状の磁性構造の間に、直接的な磁気的結合が発生する。
【0004】
最後に、本発明は、エスケープ車が連続回転を行うような計時器の調整デバイスに関する。この連続回転とは、すなわち、バランスとばねのアセンブリーによって形成される伝統的な調整デバイス、そして、リテイナーやエスケープ歯車を形成しているスイス式レバーエスケープにおける場合のようにジャーキーな動作をするものではないもののことである。
【背景技術】
【0005】
機械式腕時計の分野において、一般的に、振動するバランスとばねのアセンブリーと、及びエスケープとによって形成されている調整デバイスが用いられている。このようなエスケープの具体例としては、リテイナー、特に、レバーと、及びエスケープ歯車とを有するスイス式レバーエスケープがある。このリテイナーは、バランスとエスケープ車の間の中間的な部品であり、バランスと同期して発振する。リテイナーは、休み時間があるような往復運動を行うために、エスケープ車がジャーキーな動きをして進むことになる。調整デバイスは、伝統的な時計技術が発展するにしたがって著しく改善されてきた。しかし、このような調整デバイスは、比較的効率が良くない。これは、特に、レバーの振動運動には、レバーがエスケープ車をロックする安静な2つの極位置があることに起因している。レバーがないシリンダーエスケープも知られている。この場合には、リテイナーを形成しているデバイスが、バランスのシャフトを形成している開管内に組み入れられている。このエスケープ車もジャーキーな動作をするように進み、このエスケープ車の歯が連続的に開管の内壁及び外壁を交互に押すために、効率が大きく低下してしまう。
【0006】
磁気的リンクとしても知られている磁気的結合によって、ローターとしても知られている車の速度を調整するデバイスも、長年知られている。このようなデバイスによって、伝統的なデバイスについての前記課題のいくつかを克服することが可能になる。計時器におけるアプリケーションも知られているが、工業的に製造されることは稀ないし皆無である。この分野に関連する多くの特許出願が、C. F. Cliffordの発明に対してHorstmann Clifford Magneticsによってなされている。特に、フランス特許FR 1.113.932と米国特許US2946183の文献を引用する。また、日本国実用新案JPS5263453U(出願番号:JP19750149018U)によって、共振器と、及び2つの同軸の環状磁気トラックを支持するディスクによって形成されているエスケープ車との間に、直接的な磁気的結合があるような同じタイプの磁気エスケープが知られている。2つの磁気トラックは、実質的に隣接しており、所与の角周期を有するように規則的に構成している磁気的領域を形成している透磁率が高いウェハーをそれぞれが有する。第1のトラックのウェハーは、第2のトラックのウェハーに対して半周期分、変位ないしシフトしている。これらのウェハーの間には、非磁性領域、すなわち、透磁率が低い領域が設けられている。このようにして、音叉タイプの共振器の分岐部の端に担持される少なくとも1つの磁石の安静位置に対応する円を挟んだ両側において交互構成で分布しているような、透磁率が高い領域を得ることができる。共振器の磁石は、磁石どうしが第1のトラックの磁気的領域と第2のトラックの磁気的領域によって交互に引きつけられるように、前記のシフトしている2つのトラックに磁気的に結合している。したがって、エスケープ車は、このエスケープ車が共振器の各振動において2つのトラックの角周期を有するように進むような回転速度で回転する。このようなシステムにおいて、磁気エスケープにおいて機械的摩擦がないことと、エスケープ車が単一の回転方向において実質的に連続的な回転を行うということに注目すべきである。
【0007】
前記タイプの磁気的調整デバイスが、共振運動を行う各部分に対して1つの自由度のみしかないような共振器に対して設けられることがわかる。一般的には、このような共振器は、共振運動を行う部品によって担持される磁石が実質的に半径方向に、すなわち、2つの環状磁気トラックに対して実質的に垂直に、振動するように構成している。この場合、上記の従来技術によって作られたものには、共振器の振動の振動数と磁性構造を担持するエスケープ車の回転振動数(回転/秒)の間の振動数が減少するという利点がある。共振振動数の大きさのオーダーの振動数で回転ないし振動するような回転式可動体はない。前記減少の係数は、環状磁気トラックの角周期の数によって与えられる。
【0008】
しかし、共振器の振動とエスケープ車の回転の間の振動数の減少に起因するこのような利点によって、伝統的な計時器用ムーブメントの寸法を考えると、磁気的結合力についての問題を発生させてしまう。なぜなら、振動数の減少を大きくするには、磁気トラックにおける周期の数を大きくしなければならないからである。エスケープ車の所与の直径に対して周期の数を大きくすると、環状トラックの磁気的領域の表面積を減少させることになる。環状トラック全体において半周期よりも小さい角距離にわたってしか共振器の磁石が延在しないことになるので、振動数の減少が大きくなるのであれば、この磁石の寸法構成も小さくならなければならない。したがって、共振器とエスケープ車の間の磁気的相互作用力が減少して、このことによって、エスケープ車に与えることができるトルクが制限される。したがって、前記共振器と前記エスケープ車の間の同期外れのリスクが大きくなってしまう。この同期外れは、調整システムを同期状態から引くこととしても知られている。ここで、同期とは、エスケープ車の共振振動数と回転振動数(回転数)の間に所与の比例関係があることを意味している。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、共振器が前記計時器用ムーブメントの可動体の回転振動数ないし振動振動数よりも振動数を大きくすることができるような共振モードを有し、可動部分がすべて同じ方向の連続運動を行うような、計時器用ムーブメントの運動を調整する新規なタイプのデバイスを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
したがって、本発明は、機械式計時器用ムーブメントの運動を調整する計時器用調整デバイスに関し、これは、
− フレームと、
− 前記フレームに取り付けられる共振器であって、第1の整数N1である角周期の数を有し第1の中央軸を定める環状の周期的な第1の磁性構造を有し、前記第1の磁性構造が当該共振器の慣性部分を形成しているような、共振器と、
− 前記第1の整数N1とは異なる第2の整数N2である角周期の数を有し第2の中央軸を定める環状の周期的な第2の磁性構造であって、前記フレームに対して所定の位置を有する前記第2の中央軸のまわりを前記フレームに対して回転することができるように構成しているような、環状の周期的な第2の磁性構造とを有する。
【0011】
前記第1及び第2の磁性構造のうちの少なくとも一方の磁性構造が、その角周期のそれぞれにおいて磁化材料を有する。前記共振器は、前記第1の磁性構造が前記フレームに対して自転せずに、前記第1の磁性構造が共振振動数F1で前記フレームに対して前記第2の中央軸のまわりの曲線的な並進運動、特に、実質的に円状の軌道を描く運動、を行うような共振モードを有するように構成している(すなわち、第1の磁性構造は、第2の中央軸のまわりの曲線的な並進運動を行う)。前記第1及び第2の磁性構造は、有用トルク範囲内のトルクが与えられることによる前記第2の磁性構造の相対的な回転が、前記共振モードを励起させ、前記第2の磁性構造の前記相対的な回転の振動数F2に対する前記共振振動数F1の比RFr、すなわち、RFr=F1/F2が、前記第2の整数N2を前記第2の整数N2と前記第1の整数N1との差ΔNで割った値に等しい、すなわち、ΔN=N2−N1、かつ、RFr=N2/ΔNであるように、磁気的相互作用が発生するように構成している。特定の変種において、前記少なくとも1つの磁性構造の磁化材料は、軸方向に磁化されている。
【0012】
主な実施形態において、前記共振器は、第1の構造をフレームに接続する弾性構造を有し、前記弾性構造は、第1の磁性構造が、第1及び第2の中央軸が実質的に一致しているような安静位置を有し、前記第2の中央軸に対する第1の磁性構造の角位置にかかわらず、実質的に第2の中央軸の方向に復帰力(向心力)を与えるように構成している。好ましい変種において、このように与えられる弾性構造の復帰力は、実質的に等方性であり、第1及び第2の中央軸の間の距離に実質的に比例する。このようにして、実質的に等時性のシステムを得る。
【0013】
改善された実施形態において、本発明の調整デバイスは、さらに、第1及び第2の磁性構造の間に機械的な同期外れ防止システムを有する。これは、第1の歯列が設けられた惑星車を備えた遊星ギヤによって形成されており、この惑星車は、第2の歯列が内側に設けられた冠体の内側において回転する。惑星車は、第1及び第2の磁性構造のうちの角周期の数が小さい方の磁性構造に関連づけられており、冠体は、角周期の数が大きい方の他方の磁性構造に関連づけられている。次に、第2の磁性構造に関連づけられた磁性構造は、前記第2の磁性構造と回転可能に堅固に接続している。高い方の値が前記有用範囲の最大値を定めるような有用トルク範囲の少なくとも上側領域において、第1及び第2の歯列が少なくとも部分的に互いに入り込むようにされる。第1及び第2の歯列は、前記有用範囲内において、前記歯列どうしが互いに接触せず、第1及び第2の磁性構造の間の結合が前記有用範囲内において純磁気的であるように、互いに対して構成している。
【0014】
主な変種において、惑星車の歯列の歯数Z2に対する冠体の歯列の歯数Z1の比RZは、低い方の角周期の数に対する高い方の角周期の数の比RM*と同じである。
【0015】
前記の改善された実施形態の特定の変種によると、前記有用トルク範囲は、第1及び第2の磁性構造の純磁気的結合の第1の有用範囲であり、前記第1の有用範囲の最大値は、前記純磁気的結合の同期外れの値よりも小さい。また、調整デバイスは、第1の有用範囲よりも大きく第1の有用範囲と隣接している第2の有用トルク範囲でも動作する。これは、第1及び第2の歯列どうしが噛み合って一方の歯列が他方の歯列に機械的な駆動トルクを与えているような磁気−機械的結合の有用範囲に対応している。第1及び第2の歯列は、少なくとも第2の有用範囲の下側領域において、前記第1及び第2の歯列にはいくらかの半径方向の遊びがあり、これによって、トルクの増加時に励起される前記共振モードにおいて発生する曲線的な並進運動の振幅を増加させることが可能になるように、互いに対して構成している。この第2の有用範囲の下側領域においては、低い方の値が前記第2の有用範囲の最小値を定める。最後に、弾性構造は、調整デバイスに与えられるトルクの第1及び第2の有用範囲において、実質的に弾性変形、好ましくは、純粋な弾性変形、を行うように構成している。
【0016】
改善された変種によると、前記第1及び第2の歯列が接触せずに入り込んでいるような有用トルク範囲の領域において、第1及び第2の歯列が半径方向に最も近い領域における第2の歯列の対応する空間に位置している第1の歯列のいくつかの歯が、前記有用範囲内のトルクの変化によって定められる相対的な角度シフトの範囲内における第1の磁性構造の角周期と第2の磁性構造の角周期の間において、角度シフトの中央に対して所与の合計の接線方向の遊びを有するように実質的に中心化されるように、惑星車の第1の歯列が冠体の第2の歯列に対して構成している。
【0017】
本発明は、さらに、本発明に係る調整デバイスと、前記調整デバイスによって調整されるカウント用車と、及び前記カウント用列を駆動し前記調整デバイスの共振モードを維持するモーターデバイスとを有する機械式計時器用ムーブメントに関する。
【0018】
下の本発明の詳細な説明において、本発明の他の特定の特徴について説明する。
【0019】
下において、添付図面を参照しながら本発明について説明する。これは、例(これに制限されない)としてのみ与えられるものである。
【図面の簡単な説明】
【0020】
図1】本発明に係る調整デバイスの第1の実施形態を示す斜視図である。
図2図1の調整デバイスの共振器の平面図である。
図3図3A〜3Dは、4つの続く位置にある第1の実施形態の変種における調整デバイスの4つの概略図である。
図4】本発明に係る調整デバイスの第2の実施形態を示す斜視図である。
図5図4の調整デバイスの上面図である。
図6図5の線VI−VIで切断された断面図である。
図7】第3の実施形態の第1の変種の概略平面図である。
図8】第3の実施形態の第2の変種の概略平面図である。
図9】第3の実施形態の第3の変種の概略平面図である。
図10】第3の実施形態の第4の変種の概略平面図である。
図11】本発明に係る調整デバイスの第4の実施形態を示す斜視図である。
図12】中央に回転軸がある面で切断された図11の断面図である。
図13図13A及び13Bは、2つの続く位置にある第4の実施形態の調整デバイスを示している。
【発明を実施するための形態】
【0021】
図1、2及び3A〜3Dを参照しながら、本発明の第1の実施形態について説明する。調整デバイス2は、
− フレーム4と、
− 前記フレームに取り付けられており環状の周期的な第1の磁性構造8を有する共振器6であって、前記第1の磁性構造8が、第1の中央軸10を定めており第1の整数N1の角周期P1の数があり、前記第1の磁性構造が、共振器の慣性部分を形成しているような、共振器6と、及び
− 第2の中央軸16を定めており第1の数N1とは異なる第2の整数N2の角周期P2の数がある環状の周期的な第2の磁性構造14と
を有する。
【0022】
一般的には、N1・P1=N2・P2=360°であり、したがって、N1/N2=P2/P1である。図1及び2に示されている変種において、N1=15、かつ、N2=14である。第2の磁性構造14は、第2の中央軸16のまわりをフレーム4に対して回転することができるように構成している。この第2の中央軸16は、前記フレームに対して固定された所定の位置を有する。第1の磁性構造8は、中央開口9が設けられている環状の非磁性支持体を有する。この環状の非磁性支持体には、規則的に環状に又は前記支持体内に分布している第1の数N1の磁石12を有する。第2の磁性構造14は、シャフト17に接続されている非磁性ディスクによって支持されており、均等に、かつ、円状に又は前記ディスク内において、分布している第2の数N2の磁石18を有する。
【0023】
第1の実施形態において、第1及び第2の磁性構造は、2つの異なる平行な一般平面内に配置されている。次に、複数の磁石12及び複数の磁石18が軸方向に磁化されており、複数の磁石12と複数の磁石18が互いに反発するように配置されている。
【0024】
共振器6は、この変種において、第1の磁性構造8をフレーム4に接続している3つの弾性細長材20、21及び22によって形成されている弾性構造を有する。磁性構造8が弾性構造によってフレームに懸けられているともいえる。弾性細長材にはそれぞれ、フレーム4にある溝にアンカリングされている折り曲げられた第1の端20Aと、及び共振用磁性構造8の環状支持体の溝にアンカリングされている折り曲げられた第2の端20Bとを有する。弾性構造は、第1の磁性構造が安静位置を有するように構成している。この安静位置においては、第1及び第2の中央軸10及び16は、前記第2の中央軸16に対する第1の磁性構造8の角位置にかかわらず実質的に第2の中央軸16の方向に復帰力が与えられるように、一致ないし仮想的に一致している。好ましくは、この弾性構造の復帰力の大きさは、第1及び第2の中央軸の間の距離に実質的に比例する。すなわち、中央軸16のまわりの環状共振運動の振幅Aに実質的に比例する(図3Dを参照)。
【0025】
図3A〜3Dにおいては、共振運動時の第1及び第2の磁性構造の4つの対応する角位置を示しており、この図3A〜3Dに概略的に示すように、共振器6は、第1の磁性構造が、所与の共振振動数F1で、第2の中央軸16のまわりの実質的に円状の並進運動をフレームに対して行うような共振モードを有するように構成している。第1及び第2の磁性構造は、第2の中央軸16のまわりの第2の磁性構造の相対的な回転が、このような調整デバイスを組み入れている計時器用ムーブメントの通常の動作のための有用トルク範囲内のトルクを与えることによって、前記共振モードを励起させるように第1及び第2の磁性構造の対応する2つの複数の磁石の間で磁気的相互作用が行われ、前記有用トルク範囲内における第2の磁性構造の相対的な回転の振動数F2及び共振振動数F1の間に、所定の比RFr、すなわち、RFr=F1/F2、があるように構成している。この比RFrは、第2の整数N2を第2の整数N2と第1の整数N1の間の差ΔNで割った値に等しい。すなわち、ΔN=N2−N1、かつ、RFr=N2/ΔNである。
【0026】
図1、2及び3A〜3Dに示す2つの変種において、第2の数N2と第1の数N1との差の絶対値|ΔN|は、1である。すなわち、|ΔN|=1である。次に、好ましくは、前記の2つの変種における場合のように、比RFrは、5よりも大きい。すなわち、RFr>5である。
【0027】
シャフト17によって第2の磁性構造14にトルクを供給することが好ましいことがわかる。しかし、このような調整デバイスを組み入れている計時器用ムーブメントの変種の1つにおいて、磁性構造14が固定されており、中央軸16のまわりをトルクによって回転駆動されるのはフレーム4である。なお、別の変種において、2つの構造が軸16のまわりを回転することができ、フレームに与えられるトルクと第2の磁性構造に与えられるトルクとの差によって、調整デバイスに供給される有用トルクが定められる。しかし、どちらの変種を考慮する場合においても、フレーム4に対する磁性構造14の回転について、そして、したがって、前記磁性構造14の相対的な回転について、言及することができ、したがって、前記磁性構造14を「回転用磁性構造」と呼ぶことができる。
【0028】
本発明に係る調整デバイスは、特に、サイクロイド状の増速ギヤ又はサイクロイド状の減速ギヤをそれぞれ組み入れている点で、注目すべきである。具体的には、図3A〜3Dに概略的に示しているように、共振器の第1の磁性構造8及び第2の磁性構造14は、共振用磁性構造がサイクロイド状磁気ギヤの第1の可動体を定め、共振運動を発動させる磁性構造(又は共振モードを励起させる磁性構造であって、これを以下において「回転用磁性構造」とも呼ぶ)が前記サイクロイド状磁気ギヤの第2の可動体を定めるように、互いに対して構成している。回転用磁性構造の磁石が、共振用磁性構造のフレームに対して前記回転用磁性構造の中央軸のまわりに回転する場合、共振用磁性構造の磁石はサイクロイド状の軌道を描く。このようにするために、本発明は、共振器に関連づけられた第1の可動体が、概して曲線的な軌道、好ましくは、実質的に円形の軌道、を描く2つの自由度を有する第2の可動体の中央軸16のまわりの共振運動を、フレームに対して自身を回転させずに行い、第2の可動体が、第1の可動体が弾性構造によって接続しているフレームに対して第1の可動体を発動させることによって、対応する共振モードを励起させて維持させるようにはたらく、すなわち、共振運動を発生させるようにはたらくように、特定のサイクロイドギヤを選択する。すなわち、第1の可動体は、共振運動が発動され安定化すると、フレームに対して位置が固定されており定まっている軸16のまわりの曲線的な並進運動を行い、そして、好ましくは、前記軸16を中心とする実質的に円状の並進運動を行う。図3A〜3Dにおいては、円状の並進運動を行うような最適な場合を選んでいる。したがって、サイクロイド状の共振運動を行う調整デバイス、より簡潔には、サイクロイド状の調整デバイスと言及することができる。
【0029】
機械的な場合に例えると、前記共振モードが発動され、前記2つの構造の間の磁気的相互作用が、第2の構造の前記相対的な回転と第1の磁性構造の実質的に円状の並進運動の間に磁気同期結合を与えるために十分な場合、第1の磁性構造8の原円26が第2の磁性構造14の原円28上を仮想的にはスリップせず転がるように、2つの磁性構造が磁気的に連係する。ここで、同期とは、一般的に、回転振動数の間、すなわち、共振振動数と第2の磁性構造の回転振動数の間、の成立している所与の関係が、実質的に固定されていることを意味している。原円は、仮想的な転がり経路を定める幾何学的な円である。原円28の半径R2に対する原円26の半径R1の比Rは、2つの磁性構造の磁石の数N1及びN2の比RMによって固定されている。すなわち、R=R1/R2=RM=N1/N2=P2/P1である。さらに、本発明のために用いられるサイクロイドギヤを用いる特定の場合には、共振器の共振振動数に対応する軸16のまわりの円状の並進運動の振動数F1は、フレームに対する軸16のまわりの第2の磁性構造の回転振動数F2の関数である。この関数は、数学的関係F2・N2=F1(N2−N1)によって与えられる。振動数F2に対する振動数F1の比RFrは、RFr=F1/F2=N2/ΔNによって与えられる。ここで、前記数学的関係からΔN=N2−N1を得ることができる。このようにして、比RFrとR、そしてRMの間の以下の数学的関係を得ることができる。
Fr=1/(1−R)=1/(1−RM
したがって、第2の磁性構造の回転振動数が、共振器の共振振動数によって決められることがわかる。このことによって、エスケープ車を定める調整デバイスの部分に結合されたカウント用列を装備した計時器用ムーブメントの運動を調整することが可能になる。
【0030】
なお、これらの振動数の比は、角周期の数N2に対する角周期の数N1の比RMが1より大きいか又は小さいかに応じて、正又は負であることができる。比RFrが負であることは、共振用磁性構造の円状の並進運動の方向が、期待される共振モードを励起させる磁性構造(回転用磁性構造)の相対的な回転の方向に対して逆であることを示している。これは、図3A〜3Dに示している例における場合である。この場合においては、共振用磁性構造8は、回転用磁性構造14よりも磁石の数が多い。異なる変種において、原円28の半径R2に対する原円26の半径R1の比Rが変わらないように、異なる半径方向の位置に磁石を配置することができることがわかる。当業者であれば、本発明の調整デバイスに与えられる有用トルク範囲内で2つの磁性構造の間の磁気的結合を最適化するように、前記半径方向の位置を最適化することができるであろう。磁性構造とは、まず、その磁性構造を形成する磁気部分又は要素(関心事の磁気的相互作用に関与する透磁率が高い磁石又は材料)を意味する。前記磁気部分又は要素の支持は、材料的に必要であるが、磁気的結合にとっては副次的なものである。したがって、「環状の磁性構造」とは、環状、特に、円状、の形態であるような磁気部分又は要素の構成を意味している。図3A〜3Dには、2つの磁性構造の磁石のみを示している。
【0031】
図3Aにおいては、2つの磁性構造8及び14の2つの対応する磁石12A及び18Aが、そして、2つの対応する中央軸10及び16が、縦軸30上にて整列しているような相対的位置にあり、この位置から起動する。図3A〜3Dに示す変種において、構造8は、8つの磁石12を有する。構造14は7つの磁石18を有する。図1に示すように、2つの磁性構造は、互いに離れている平行な一般平面内に配置されており、複数の磁石12及び18が、軸方向に磁化されており、磁石12と磁石18が反発するように構成している。なお、垂直方向にて整列している2つの磁石どうしが互いに反発し、直径上の反対側の領域にある磁石どうしが、他方の2つの間に1つが入り込んでいるように、入り込んでおり、より弱い強さで互いに反発し合い、あるいは用いる構成に応じて互いに引き合うようにもできることがわかる。したがって、磁石どうしの差が|ΔN|=1であるような半径方向の磁力がある。これは、調整デバイスが安静状態にあるとき、したがって、磁性構造14の相対的な回転の起動時に、軸16に対して軸10の初期の脱中心化を発生させる。この脱中心化によって、起動時に共振モードを励起させるために十分に大きい2つの磁性構造の間の磁気的結合を発生させることが可能になることがある。弾性構造の弾性係数及び共振器の慣性質量が基本的に共振振動数を決めることがわかる。共振している場合、弾性構造の復帰力は、他の寄生力がない場合において、半径方向の磁力が必要ないように、構造8の円状の並進運動を発生させるために必要とされる向心力に対応している。他の寄生力がなく共振している場合には、共振運動の振幅は、与えられたトルクに、そして、向心力を発生させる復帰力の値に依存するが、前記の2つの力は等しいままである。したがって、2つの磁性構造の特定の構成において、少なくとも期待される有用範囲内のトルク値に対して、共振運動時に、半径方向の磁力を打ち消すことができる。好ましくは、前記特定の構成は、有用トルク範囲全体にわたって、半径方向の磁力が比較的低い値、特に、実質的にゼロ、であり、前記有用範囲全体にわたって調整デバイスが可能な限り最も等時性が高い動作を行うように構成している。また、振幅A(中央軸10と中央軸16の間の距離)が増加すると、2つの磁性構造の磁石どうしの入り込みが大きくなることがわかる。
【0032】
図3B及び3Cには、共振モードの励起時の2つの磁性構造の2つの相対的位置が示されている。この共振モードの励起によって、共振用磁性構造8が、磁性構造14の中央軸16のまわりの円状の並進運動を行う。前記構造14が、構造8のフレームに対して角度αの分、反時計回りの方向に回転するときに、前記構造8は、角距離βにわたって時計回りの方向に円状の並進運動を行う。したがって、中央軸10は、中央軸16のまわりを回転して円形の軌道を描く。角度βは、角度αよりも大きく、角度αに比例する。角度α及びβは、
β/α=RFr=F1/F2=N2/ΔN=7
として、2つの振動数F1及びF2に比例する。関心事の磁石12Aと中央軸10が垂直方向の直線上に整列し続けることがわかる。図3Dにおいて、構造14が半周期P2回転すると(α=P2/2)、角度βが180°であることがわかる(β=180°)。構造14が角周期P2に対応する回転をすると、共振用磁性構造8の中央軸10が完全な1回転をする(ΔN=1の場合)。
【0033】
図4〜6に、第2の実施形態を示している。調整デバイス32は、第1の実施形態と同じ要素をいくつか有する。これらについては、ここで再び説明しない。調整デバイス32は、前記のデバイス2と類似した形態で動作する。しかし、調整デバイス32が、第2の磁性構造14と同様な構成を有し第2の磁性構造14に堅固に接続している第3の磁性構造34を有する点で、前記のデバイス2とは異なる。これらの2つの同様な磁性構造14及び34が、第2の中央軸16によって定められる方向にて整列しており、磁性構造8から実質的に同じ距離の位置にて磁性構造8を挟んだ両側に配置されている。共振用磁性構造8と、及びこの磁性構造8をフレームのプレート4に接続する弾性構造とは、前記のものと同じである。また、磁性構造14又は34に対する共振用磁性構造8の位置はそれぞれ、第1の実施形態のものと同じである。図5において、共振器が発動されており、構造8は、励起された共振モードでこの構造8が描く円形の軌道上の位置にある。フレームは、下側プレート36及び上側プレート37を有する。この下側プレート36及び上側プレート37には、シャフト17Aが、中央軸16のまわりを回転するように2つのボールベアリングによってマウントされている。変種の1つにおいて、伝統的なベアリング又は磁気的ベアリング内を前記シャフト17Aが回転することができる。プレート4、36及び37は、ねじ38によって取り付けられ、ねじを通すスペーサー39及び40によって平行な一般平面にて固定保持される。図面において、プレート及びそのアセンブリーを概略的に示しており、前記プレートのそれぞれが、調整デバイス32を内蔵する計時器用ムーブメントの台板やブリッジを形成することができる。
【0034】
磁性構造14及び34は、シャフト17Aに取り付けられており、トルクによって同時に回転駆動される。これらの2つの同様な磁性構造においては、その磁石18及び19が軸方向にて整列しており、軸方向の同じ方向に磁化されており、これに対して、共振用磁性構造8の磁石12は、軸方向の反対方向に磁化されている。したがって、磁性構造14及び34のそれぞれにおいては、その磁石が、中間構造8の磁石に対して反発するように構成している。このことは、前記第2の実施形態の大きな利点である。なぜなら、共振用磁性構造8に与えられる軸方向の磁力が全体的に打ち消されるからである。変種の1つにおいて、前記2つの同様な構造が2つの同軸シャフトにマウントされ、このシャフトの少なくとも一方がトルクを受ける。第1の特定の変種において、第1のシャフトはトルクを受け、これに対して、第2のシャフトは、第1のシャフトの回転振動数と同じ振動数で共振用磁性構造によって回転駆動される。第2の特定の変種において、前記の2つのシャフトはそれぞれ、共振モードを励起させて維持するために、トルクを受ける。共振器は、これらの2つのシャフトの回転振動数を同期させる。
【0035】
図示していない別の実施形態において、複製されるのは共振用磁性構造8の方である。すなわち、共振器は、運動時に堅固に接続される2つの同様な共振用磁性構造を有する。2つの共振用磁性構造は、軸方向にて整列しており、期待される共振モード(前記の構造14と同様)を励起させる1つの磁性構造を挟んだ両側にその磁性構造と実質的に同じ距離の位置に配置される。2つの共振用磁性構造は、同じ中央の弾性構造によって又はこれらの2つの共振用磁性構造の一般平面にそれぞれ延在している2つの弾性構造によって、フレームに接続させることができる。この直前の場合の変種において、2つの共振用磁性構造は、独立しており、実質的に同じ共振振動数を有するように構成している。
【0036】
図7〜10を参照しながら、本発明に係る調整デバイスの第3の実施形態の4つの変種について説明する。フレームが計時器用ムーブメントに対して固定されているような変種に対して上で説明した第1及び第2の実施形態に、第1の変種が動作原理について対応していることがすぐにわかるであろう。したがって、調整デバイスの動作及び様々な数学的関係に対して与えられた前記の一般的な説明を第3の実施形態にも当てはめることができる。
【0037】
第3の実施形態は、調整デバイスの第1及び第2の磁性構造が同じ一般平面内に配置されており、前記第1及び第2の磁性構造のうちの一方が他方の内側に位置しており、2つの磁性構造の少なくとも一方を形成する磁化材料が半径方向に磁化されているという点で、第1の実施形態と基本的に区別することができる。下に説明するいくつかの変種において、2つの磁性構造はそれぞれ、半径方向に磁化された複数の磁石を有する。第1及び第2の変種において、一方の構造の磁石は、他方の構造の磁石に対して反発するように構成している。第3及び第4の変種において、一方の磁性構造の磁石は、他方の磁性構造の磁石を引きつけるように構成している。第1の場合において、共振用磁性構造は、その磁石がサイクロイド状の軌道を描き、回転用磁性構造(フレームに対して回転する)の磁石に半径方向にて最も近い前記共振用磁性構造の1つの磁石又は2つの磁石が、実質的にシフトしているような円運動を行う。第2の場合において、回転用磁性構造の磁石に対して半径方向に最も近い共振用磁性構造の前記1つの磁石又は2つの磁石が、回転用磁性構造の磁石と実質的に整列している。
【0038】
さらに、下で説明するいくつかの変種において、内側の磁性構造には18の磁石があり、外側の磁性構造には20の磁石がある。したがって、磁石の数の差ΔN=±2がある。その結果、共振振動数F1は、F1=±F2・N2/2である。ここで、F2とN2はそれぞれ、上の説明に従う回転用磁性構造の回転振動数及び磁石の数である。したがって、回転用磁性構造がその磁気的角周期P2に対応する回転をすると、共振用磁性構造は、±180°の角度の円状の並進運動を行う。P2・N2=360°であるからである。磁石の数の差の絶対値が1よりも大きいこと、すなわち、|ΔN|>1であること、を考えると、2つの磁性構造の中央軸が一致している場合には、全体としては半径方向の磁力がなく、回転用磁性構造に対して共振用磁性構造を初期に脱中心化させるために機械的な手段を設けて、2つの磁性構造の間に初期の磁気的結合を発生させる。この初期の磁気的結合は、回転用磁性構造の相対的な回転によって調整デバイスを起動させ、したがって、期待される共振モードを励起させることを可能にするために十分に大きいものである。そして、共振モードは、有用トルク範囲内の前記回転用磁性構造の前記相対的な回転によって維持される。前記の4つの変種に対応する第3の実施形態の他の変種において、磁石の数の差の絶対値を1にし、すなわち、|ΔN|=1、にし、磁石どうしが、反発又は引き合うように構成している。最後に、下で説明する第3の実施形態の異なる複数の変種を本発明の他の実施形態に適用することができることがわかる。具体的には、本発明についての本明細書において与えられた他の実施形態、すなわち、共振用磁性構造及び回転用磁性構造が異なる一般平面内に配置されているような実施形態に適用することができる。特に、前記磁性構造の磁石が軸方向に磁化されているような実施形態に適用することができる。
【0039】
図7の調整デバイス42は、
− 調整デバイスが組み入れられる計時器用ムーブメントに堅固に接続されているフレームを形成しているフレームワーク44と、
− 円状に配置されており中央軸10を定めている複数の磁石12Aを内周部に有する環状の共振用磁性構造8Aと、
− 回転用磁性構造14Aを定めている円状に配置された複数の磁石18Aを外周部に有する回転可動体であって、構造8Aの内側に配置されており、回転用磁性構造の中央軸16と回転軸が一致しているシャフト17Aにマウントされる中央の非磁性ディスク50を有するような、回転可動体と、
− 4つの同一のばね46、47、48及び49によって形成されている弾性構造であって、これらのばね46、47、48及び49が、2つの直交する幾何学的な軸上で対となって構成しており(特に、中央軸10及び16Aが一致している場合)、フレーム及び共振用磁性構造に対する各ばね対のアンカリングが直径上の反対側にて行われるような、弾性構造と
を有する。
【0040】
磁性構造14Aは、共振モードが励起されており安定化している場合に、共振振動数に依存する角速度ωでトルクによって回転駆動される。このようにして、磁性構造は、調整デバイス42のエスケープ車を形成している。これに、供給されるトルクが与えられる。弾性構造によって等方性の復帰力を発生させるために、中央軸10及び16が一致している場合、ばねの2つのアンカリングの間の距離が4つのばねに対して同じである。これらのばねはそれぞれ、平面図において曲がった輪郭を有する弾性細長材によって形成されている。当業者であれば、異なる変種も想到することができる。
【0041】
図8の調整デバイス52は、
− 円状に配置されており中央軸16Aを定めている複数の磁石18Bを内周部に有する環状の磁性構造14Bであって、調整デバイスが組み入れられている計時器用ムーブメントに堅固に接続されているような(塊体56への材料リンクによって図示されている)、環状の磁性構造14Bと、
− 回転軸が中央軸16Aと一致しており構造14Bの内側に配置されている中央シャフト54によって形成されているフレームと、
− 円状に配置されており中央軸10を定めている複数の磁石12Bを外周部に有する環状の共振用磁性構造8Bであって、この共振用磁性構造8Bが構造14Bの内側に位置しており、中央シャフト54が構造8Bの内側に位置しているような、共振用磁性構造8Bと、
− 2つの直交する幾何学的な軸上にて対で配置されている(特に、中央軸10及び16Aが一致している場合)4つの同一のばね46、47、48及び49によって形成されている弾性構造であって、フレーム及び共振用磁性構造に対する各ばね対のアンカリングが直径上の反対側で行われているような、弾性構造と
を有する。
【0042】
中央シャフト54は、共振モードが励起されており安定化している場合に、共振振動数に依存する角速度ωでトルクによって回転駆動される。このようにして、フレームは、調整デバイス52に供給されるトルクが与えられるエスケープ車を形成している。弾性構造によって等方性の復帰力を発生させるために、中央軸10及び16Aが一致している場合、ばねの2つのアンカリングの間の距離は4つのばねに対して同じである。これらのばねはそれぞれ、平面図において曲がった輪郭を有する弾性細長材によって形成されている。当業者であれば、異なる変種を想到することができる。なお、磁性構造14Bが計時器用ムーブメントに対して固定されているが、フレーム54に対して中央軸16Aのまわりの相対的な回転を行うことは注目すべきである。この中央軸16Aは、フレームに対して固定されている所定の位置にある。したがって、既に用いた用語を用いると、構造14Bは、基準システムにおいてフレームにリンクされた回転用磁性構造を定める。
【0043】
図9の調整デバイス62は、
− 当該調整デバイスが組み入れられている計時器用ムーブメントに堅固に接続されており、中央ブロック64及び円状の開口を有する外側支持体66によって形成されているフレーム(塊体56への材料リンクによって図示されている)と、
− 中央軸16を定めている円状に配置された複数の磁石18Cを内周部に有する環状の回転用磁性構造14Cであって、円状の外側面を有し、ボールベアリング68によって前記構造を回転させてガイドする外側支持体66の内側で中央軸16のまわりに回転するような、環状の回転用磁性構造14Cと、
− 円状に配置されており中央軸10を定めている複数の磁石12Bを外周部に有する環状の共振用磁性構造8Bであって、当該構造8Bが前記構造14Cの内側に配置されており、中央ブロック64が前記構造8Bの内側に位置しているような、環状の共振用磁性構造8Bと、
− 2つの直交する幾何学的な軸上で対で構成している(特に、中央軸10及び16Aが一致している場合)4つの同一のばね46、47、48及び49によって形成されている弾性構造であって、フレーム及び共振用磁性構造に対する各ばね対のアンカリングが直径上の反対側で行われているような、弾性構造と
を有する。
【0044】
磁性構造14Cは、共振モードが励起されており安定化している場合に、共振振動数に依存する角速度ωでトルクによって回転駆動される。このようにして、これは、調整デバイス62のエスケープ車を形成している。ばね46、47、48及び49は、直前の変種(図8)のものと同様なものであり、同様な形態で配置される。
【0045】
図10の調整デバイス72は、
− 中央軸16Aを定めている円状に配置された複数の磁石18Aを外周部に有する中央の磁性構造14Dであって、調整デバイスが組み入れられている計時器用ムーブメントに堅固に接続されているような(塊体56への材料リンクによって図示されている)、中央の磁性構造14Dと、
− 円状の開口を有し、調整デバイスが組み入れられる計時器用ムーブメントに堅固に接続されている外側支持体66と、
− 回転軸が中央軸16Aと一致している環状の回転用支持体74によって形成されており外側支持体66の内側に配置されているフレームであって、前記環状支持体74が、円状の外側面を有し、ボールベアリング68によって前記支持体を回転させてガイドする外側支持体66の内側で回転するような、フレームと、
− 円状に配置されており中央軸10を定めている複数の磁石12Bを内周部に有する環状の共振用磁性構造8Bであって、当該構造8Bが環状の回転用支持体74の内側に配置されており、中央の磁性構造14Dが前記構造8Bの内側に位置しているような、環状の共振用磁性構造8Bと、
− 同一であるらせん状の4つの弾性細長材77、78、79及び80によって形成されている弾性構造であって、前記弾性細長材77、78、79及び80が、共振用磁性構造8Bと環状の回転用支持体74の間に配置されており、前記環状の回転用支持体74に前記4つの弾性細長材がその2つの端において取り付けられているような、弾性構造と
を有する。
【0046】
環状の回転用支持体74は、共振モードが励起されており安定化している場合に、共振振動数に依存する角速度ωでトルクによって回転駆動される。したがって、この支持体は、調整デバイス72のエスケープ車を形成している。らせん状の4つの弾性細長材どうしは、90°角度シフトしており、互いに接触せずに互い違いに配置されている。図示した変種において、弾性細長材はそれぞれ、実質的にらせん形を定めている(このらせんは、実質的に360°の角距離にわたって延在している)。このようにして、共振用磁性構造及び環状の回転用支持体に対する各弾性細長材の2つのアンカリングはそれぞれ、実質的に前記環状の回転用支持体の半径方向にて整列している。らせん状の弾性細長材には様々な長さがあり、具体的には、1.5回転(540°)しており、各弾性細長材の2つのアンカリングが、中央軸10及び16Aに対して実質的に直径上の反対側で行われていることがわかる。この直前の変種は有利である。
【0047】
以下、図11、12、13A及び13Bを参照しながら、本発明の第4の実施形態について説明する。前記第4の実施形態に係る調整デバイスは、共振用磁性構造と回転用磁性構造の間の結合の機械的な同期外れ防止システムを、前記の実施形態のいずれかと組み合わせて、拡張したトルク範囲内における調整デバイスを組み入れている計時器用ムーブメントの動作を確実にして、また、想定された有用範囲よりも大きいトルクを発生させる角度的な衝撃又は加速運動があった場合に、前記の結合の同期外れを防ぐような、改善されたデバイスである。既に説明した様々な要素及び調整デバイスの磁気的システムの動作については、再びここで説明しない。「機械的な同期外れ防止システム」とは、広い意味で、純磁気的結合が十分でなくなったり十分に正確に又は信頼性が高く機能を実現することができないようなトルク範囲において、また、衝撃や加速度が大きい運動によって瞬間的に大きなトルクが発生した場合に、共振用磁性構造と回転用磁性構造の間の同期を確実にするシステムを意味する。したがって、好ましくは、前記2つの構造の間の磁気的相互作用が同期を提供するのに十分ではなくなる前に、すなわち、純磁気的結合の同期外れを発生させるトルクの量に達する前に、このようなシステムを既に介在させておくことができる。したがって、変種の1つにおいて、本発明の調整デバイスの磁気的システムに対して相補的な機械的システムとして、このようなシステムを設けることができ、この相補的な機械的システムを、前記調整デバイスの動作のために思い描かれたトルクの全範囲の上側部分にのみ介在させるが、前記全範囲の高い方の値が、純磁気的結合の同期外れを発生させるトルクよりも小さい。しかし、この直前に記載した場合において、相補的な機械的システムには、トルクの量が瞬間的に通常の動作範囲よりも高くても同期外れを発生させないことを確実にするような安全機能がある。別の変種において、実質的に同期外れのトルクに達してこれを越えたときにのみ介在するような機械的な同期外れ防止システムを設けることができる。
【0048】
図示した第4の実施形態の変種は、本発明の第2の実施形態に基づいている。フレームと、弾性構造と、及びシャフト17Aにマウントされた2つの回転用磁性構造とは(磁性構造14及び34が、数N2の磁石18及び同じ数N2の磁石19を支えている)、図4〜6に示した第2の実施形態の変種の対応する部分と同一である。共振用磁性構造は、数N1の磁石を有する。ここで、既に説明したように、N1は、N2とは異なる。この機械的な同期外れ防止システムは、一般的な形態で、内側に第2の歯列90が設けられた冠体84の内側で回転する第1の歯列88が設けられた惑星車86を備えた遊星ギヤによって形成されている。次に、惑星車は、第1及び第2の磁性構造8及び14のうちの角周期の数が小さい方(2つの磁石の数N1及びN2のうちの小さい方の数)の構造14に関連づけられており、冠体は、角周期の数が大きい方(2つの磁石の数N1及びN2のうちの大きい方の数)の他方の構造8に関連づけられている。同期外れ防止機能を提供するために、第2の磁性構造14に関連づけられた遊星ギヤの部分は、回転するように前記第2の構造に堅固に接続されているべきである。
【0049】
純磁気的結合に対して期待される有用トルク範囲の少なくとも上側領域において、第1及び第2の歯列が互いに少なくとも部分的に入り込むようにしており、前記上側領域の高い方の値が前記有用範囲の最大値を定める。最後に、第1及び第2の歯列88及び90は、純磁気的結合の有用範囲内において、前記第1及び第2の歯列どうしが接触しないように互いに対して構成している。
【0050】
主な変種において、惑星車の歯88の数Z2に対する冠体の歯90の数Z1の比RZは、低い方の角周期の数に対する高い方の角周期の数の比RM*と同じである。したがって、RZ=Z1/Z2=RM*=Sup(N1,N2)/Inf(N1,N2)である。ここで、Inf(N1,N2)は、数N1及びN2のうちの低い方の値であり、Sup(N1,N2)は、数N1及びN2のうちの高い方の値である。
【0051】
図示した特定の変種において、惑星車86の歯88の数Z2は、磁性構造14,34の磁石の数N2とそれぞれ同じである。同様に、冠体84の歯90の数Z1は、磁性構造8の磁石の数N1と同じである。
【0052】
図示した変種において、冠体84は、共振用磁性構造8の非磁性支持体を形成している。したがって、これらの2つの要素どうしは堅固に接続されており、ともに単一の部品を形成している。前記変種において、冠体の歯90の数Z1は、好ましくは、共振用磁性構造の磁石12の数N1と同じであり、図示するように、これらの磁石どうしは、歯に接するように実質的に整列している。次に、改善された変種の1つにおいて、歯の角位置が磁石の角位置に対してシフトしており、これによって、純磁気的結合の有用範囲を大きくすることができることがわかる。このようにするために、歯と磁石が形成する部品の2つの異なる領域に歯と磁石を設けて、これによって、特に、磁石及び前記部品における磁石の構成とは独立に歯を設計することが可能になることがわかる。他の変種において、冠体及び惑星車は、共振用磁性構造の平面とは異なる一般平面内に位置しており、冠体と前記構造は、具体的には、2つの別個の要素によって形成されている。第1の変種において、冠体及び共振用磁性構造は、単一の弾性構造によって、フレームに堅固に接続され、ともに取り付けられる。第2の変種において、冠体及び共振用磁性構造も、堅固に接続されており、2つの別個の要素を形成しているが、2つの弾性構造は、前記2つの別個の要素にそれぞれ取り付けられる。第3の変種において、冠体及び共振用磁性構造は2つの別個の要素を形成しており、(互いに取り付けられているという意味では)互いに直接堅固に接続されてはいないが、それぞれが、自身の弾性構造によってフレームに取り付けられている。しかし、前記第3の変種において、冠体及び共振用磁性構造は、互いに関連づけられている。なぜなら、第1の弾性構造を有する冠体が、第2の弾性構造を有する共振用磁性構造の共振振動数と実質的に同じ共振振動数を有するからである。
【0053】
図示した変種において、惑星車は、磁性構造14及び34とは別個の要素である。しかし、他の変種において、惑星車は、前記2つの磁性構造のうちの一方(すなわち、回転用磁性構造)と同じ部品を形成することができる。したがって、回転用磁性構造の複数の磁石が、惑星車内又は惑星車と接するように組み入れられる。好ましくは、惑星車の歯88の数Z2は、回転用磁性構造14の磁石18の数N2と同じであり、これらの磁石どうしは、前記歯に接するように実質的に整列している。この状況は、2つの複数の磁石が引き合うように構成しているような変種においても発生する。下の改善された変種において、歯の角位置が、磁石の角位置に対してシフトしていて、純磁気的結合の有用範囲を大きくすることがわかる。前記の他の変種において、基本的には、2つの主な変種を識別することが可能である。第1の主な変種において、冠体及び惑星車は、共振用磁性構造とは異なる一般平面内にあり、回転用磁性構造も異なる一般平面内にある。図面におけるように2つの回転用磁性構造がある場合には、特定の変種において、遊星ギヤを複製して、前記2つの同様な遊星ギヤを前記2つの回転用磁性構造の2つの一般平面内に配置することができる。第2の主な変種は、上で説明した第3の実施形態に基づいている。この場合、冠体と、及びそれよりも直径が大きい磁性構造とはともに、第1の部品を形成しており、惑星車と、及びそれよりも直径が小さい磁性構造とはともに、第2の部品を形成しており、第1及び第2の部品は、実質的に同じ一般平面内に位置している。しかし、歯と磁石を2つの異なる領域に設けて、これによって、特に、対応する部品において磁石及びその構成に依存しない歯の設計が可能になることには注目すべきである。
【0054】
図13A及び13Bは、トルク力がシャフト17Aに与えられて磁性構造14及び34及び惑星車86を回転させている場合において、プレート4の2つの連続的な位置にある領域にある調整デバイス82を示している。遊星ギヤは、磁気式サイクロイドギヤと同様な形態で動作する機械式サイクロイドギヤを定めている。図13A及び13Bに示す例において、与えられるトルクは、純磁気的結合に対して期待される有用範囲内にある。この場合、冠体84は、磁気的相互作用の影響によって仮想的にはスリップせず接触せずに惑星車86のまわりを転がる。すなわち、冠体及び惑星車の原円は、前記有用範囲内にて、磁性構造8及び14の関係と同じ関係を有するが、歯列どうしが互いに接触しないように、遊星ギヤの原円のスケールが選ばれ歯列88及び90の設計が行われる。図13Aに示している惑星車86及び冠体84の第1の相対的位置において、冠体の歯91Aは、惑星車の歯89A及び89Bの間の空間において中心化されている。歯91Aの両側に接線方向の遊びが設けられ、また、隣接する歯(例、歯91B)においても同様であり、通常、少なくとも同程度の接線方向の遊びを有する。また、半径方向の遊びが設けられ、これによって、共振運動の振幅を大きくすることが可能になる。図示した状況は、具体的には、純磁気的結合に対して期待される有用範囲の最大値よりも小さいトルクに対応している。惑星車の回転を継続すると、スリップせず接触しない2つの歯列の仮想的な転がりを観察することができ、図13Bの第2の相対的位置に達する。ここでは、冠体(中央軸10を有する)が、惑星車の軸16のまわりの円状の並進運動を行う。前記第2の相対的位置において、第1の相対的位置と同様な状況であるが、冠体84の2つの磁石又は2つの隣接歯の間の角度シフトに対応する角度シフトがある。したがって、歯91Bは、惑星車の歯89B及び89Cの間の空間にて中心化しており、半径方向の遊びと同様に接線方向の遊びも、第1の相対的位置のものと同様である。
【0055】
第1の変種において、第1及び第2の歯列は、少なくとも前記トルクの前記有用範囲の大部分において互いに入り込んでいる。第2の変種において、第1及び第2の歯列は、前記有用範囲の全体にわたって互いに入り込んでいる。最後に、図示した例に対応する第3の変種において、第1及び第2の歯列は、さらに、前記調整デバイスにトルクが与えられていないときにも互いに入り込んでいる。直前の変種においては、回転用磁性構造に関連づけられた遊星ギヤの第1の部分の歯列が、共振用磁性構造の初期の脱中心化を発生させるために、有利であることがある。なぜなら、遊星ギヤの第2の部分の歯が、遊星ギヤの第1の部分のいくつかの歯と実質的に整列しているからである。したがって、このことによって、上で説明したように、差の絶対値|ΔN|=|N1−N2|が1よりも大きい場合、すなわち、|ΔN|>1である場合に、調整デバイスを発動させることができる。
【0056】
特定の変種において、調整デバイスは、第1の有用トルク範囲内で純磁気的結合を行い、そして、前記第1の有用範囲よりも大きく隣接している前記トルクの第2の有用範囲内で磁気−機械的結合を行うように動作するように設けられている。第1の有用範囲の最大値は、純磁気的結合の同期外れの値よりも小さい。冠体及び惑星車の2つの対応する歯列は、第2の有用範囲内で、一方が他方に機械的な駆動トルクを与えるように互いに噛み合う。この機械的な駆動トルクは、磁気的な駆動トルクに加えられる。2つの歯列は、少なくとも第2の有用範囲の下側領域において、前記2つの歯列には半径方向の遊びがあり、これによって、トルクの増加時に、共振運動の実質的に円状の並進運動の振幅を大きくすることが可能になるように、互いに対して構成している。この第2の有用範囲の低い方の値が前記第2の有用範囲の最小値を定める。最後に、弾性構造は、調整デバイスに与えられるトルクの第1及び第2の有用範囲内において、実質的に弾性変形、好ましくは、純弾性変形、を行うように構成している。
【0057】
前記第4の改善された実施形態の文脈において、調整デバイスを最適化するために、トルクの関数として純磁気的結合が観察されることは重要である。トルクが第1の比較的低い量である場合、磁気的相互作用は、第1の磁気噛み合い領域(共振用磁性構造の磁石が回転用磁性構造の磁石に半径方向にて最も近いような領域)において、2つの磁性構造の磁石の間で(例、回転用磁性構造の回転軸に対する)第1の変位(角度シフトとしても知られている)を行うようにされる。トルクを増加させることによって、前記変位が変わり、第1のトルクの量よりも大きい第2のトルクの量について第1の変位とは異なるような第2の変位が得られる。具体的には、与えられるトルクの方向の2つの磁性構造の磁石どうしの間の角度シフトは、前記トルクが増加するとなくなり、前記角度シフトは、具体的には、低トルク用の磁気的な半周期に近く、磁気的結合の同期外れのトルクよりも少し小さいようなトルクに対しては比較的小さくなることがある。図11に示すように、2つの磁性構造の磁石が、前記2つの磁性構造にそれぞれ堅固に接続されている遊星ギヤの前記2つの部分の歯に対して半径方向にて整列している場合、以下の問題が発生する。すなわち、2つの歯列が接触する。すなわち、その対応する歯の側方フランクが互いに接触し、磁気的結合の同期外れを発生させるトルクにはまだ離れているようなトルクに対して機械的な駆動が発生する。この結果、純磁気的結合の有用範囲が制限される。しかし、純磁気的結合においては、歯列の領域において、接触せず、したがって、摩擦がなく、機械的相互作用力がない。機械的相互作用力は、エネルギー出力の問題だけでなく、共振器の共振モードに対して動作上の問題を発生させ、調整デバイスに対して精度上の問題を発生させることがある。なぜなら、共振器の弾性構造と、及び関心事の調整デバイスを組み入れている計時器用ムーブメントの動作条件とが、真に円形の軌道を描かないような固有共振運動を発生させることがあり、同じことを、磁気的結合に起因する共振運動にもいえるからである。したがって、拡張された有用範囲内の計時器用ムーブメントの適切な動作のために、純磁気的結合の有用範囲が可能な限り広く、したがって、歯列が接触せず機械的なトルクが結果として発生する機械的結合を介して伝達されずに、磁気的結合における同期外れを発生させるトルクの量に可能な限り近づくことができることが望ましい。
【0058】
上記の観察に続いて、第4の実施形態の改善された変種を提案する。これにおいては、惑星車の第1の歯列は、前記第1及び第2の歯列が接触せずに入り込む有用トルク範囲の領域内において、第1及び第2の歯列が半径方向に最も近くなっている領域内における、第2の歯列の対応する空間に位置している第1の歯列の歯が、前記有用範囲内のトルクの変化によって定められる相対的な変位の範囲(角度シフト)内における、第1の磁性構造の角周期と第2の磁性構造の角周期の間において、相対的な変位(角度シフト)の中央に対して所与の合計量の範囲内の接線方向の遊びを有するように実質的に中心化させられるように、冠体の第2の歯列に対して構成している。
【0059】
磁気式サイクロイドギヤの一又は複数の一般平面とは異なる一般平面内に機械的な遊星ギヤが位置しているような変種において、2つのギヤを互いとは独立に構成し前記の改善された変種を最適に作るために、完全な自由度がある。機械的なギヤと同じ一般平面内に磁性構造が設けられ、他方の磁性構造が前記機械的なギヤの部分がない一般平面にあるような場合においては、この他方の磁性構造の磁石は、この他方の磁性構造に堅固に接続された機械的なギヤの部分の歯に対して最適な角距離容易に角度的にシフトしていることができる。第3の実施形態の場合には、好ましいことに、機械的なギヤを磁石の領域とは異なる領域に配置して、各磁性構造及び機械的な遊星ギヤの対応する部分がともに、前記の2つの領域が噛み合うコンパクトな部品を形成している。しかし、反発するように構成している磁石が1つの領域のみに設けられる場合、歯列の歯又は半歯の頭部を、磁化材料で作ることができる。引き合うように構成している磁石を備えた変種において、対応する歯列の空間の底部によって定められる円の内側に、複数の磁石を設けることができる。このことによって、前記複数の磁石を前記歯列の空間に対して実質的に半径方向にて整列させることが可能になる。
図1
図2
図3A
図3B
図3C
図3D
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13A
図13B
【国際調査報告】