特表2018-534433(P2018-534433A)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特表2018-534433不動態化元素を含有する耐食性および耐割れ性の高マンガンオーステナイト鋼
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公表特許公報(A)
(11)【公表番号】特表2018-534433(P2018-534433A)
(43)【公表日】2018年11月22日
(54)【発明の名称】不動態化元素を含有する耐食性および耐割れ性の高マンガンオーステナイト鋼
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20181026BHJP
   C22C 38/38 20060101ALI20181026BHJP
   C22C 38/58 20060101ALI20181026BHJP
   C21D 8/00 20060101ALN20181026BHJP
【FI】
   C22C38/00 302A
   C22C38/38
   C22C38/58
   C21D8/00 D
【審査請求】未請求
【予備審査請求】未請求
【全頁数】21
(21)【出願番号】特願2018-535812(P2018-535812)
(86)(22)【出願日】2016年9月1日
(85)【翻訳文提出日】2018年5月22日
(86)【国際出願番号】US2016049874
(87)【国際公開番号】WO2017058456
(87)【国際公開日】20170406
(31)【優先権主張番号】14/869,037
(32)【優先日】2015年9月29日
(33)【優先権主張国】US
(81)【指定国】 AP(BW,GH,GM,KE,LR,LS,MW,MZ,NA,RW,SD,SL,ST,SZ,TZ,UG,ZM,ZW),EA(AM,AZ,BY,KG,KZ,RU,TJ,TM),EP(AL,AT,BE,BG,CH,CY,CZ,DE,DK,EE,ES,FI,FR,GB,GR,HR,HU,IE,IS,IT,LT,LU,LV,MC,MK,MT,NL,NO,PL,PT,RO,RS,SE,SI,SK,SM,TR),OA(BF,BJ,CF,CG,CI,CM,GA,GN,GQ,GW,KM,ML,MR,NE,SN,TD,TG),AE,AG,AL,AM,AO,AT,AU,AZ,BA,BB,BG,BH,BN,BR,BW,BY,BZ,CA,CH,CL,CN,CO,CR,CU,CZ,DE,DK,DM,DO,DZ,EC,EE,EG,ES,FI,GB,GD,GE,GH,GM,GT,HN,HR,HU,ID,IL,IN,IR,IS,JP,KE,KG,KN,KP,KR,KZ,LA,LC,LK,LR,LS,LU,LY,MA,MD,ME,MG,MK,MN,MW,MX,MY,MZ,NA,NG,NI,NO,NZ,OM,PA,PE,PG,PH,PL,PT,QA,RO,RS,RU,RW,SA,SC,SD,SE,SG,SK,SL,SM,ST,SV,SY,TH,TJ,TM,TN,TR,TT,TZ,UA,UG,US
(71)【出願人】
【識別番号】390023630
【氏名又は名称】エクソンモービル リサーチ アンド エンジニアリング カンパニー
【氏名又は名称原語表記】EXXON RESEARCH AND ENGINEERING COMPANY
(74)【代理人】
【識別番号】100100158
【弁理士】
【氏名又は名称】鮫島 睦
(74)【代理人】
【識別番号】100156085
【弁理士】
【氏名又は名称】新免 勝利
(74)【代理人】
【識別番号】100138885
【弁理士】
【氏名又は名称】福政 充睦
(72)【発明者】
【氏名】ヒョンウ・チン
(72)【発明者】
【氏名】シウン・リン
(72)【発明者】
【氏名】ニン・マー
【テーマコード(参考)】
4K032
【Fターム(参考)】
4K032AA01
4K032AA02
4K032AA04
4K032AA05
4K032AA06
4K032AA07
4K032AA09
4K032AA10
4K032AA11
4K032AA12
4K032AA13
4K032AA14
4K032AA15
4K032AA17
4K032AA18
4K032AA19
4K032AA20
4K032AA21
4K032AA22
4K032AA23
4K032AA24
4K032AA25
4K032AA29
4K032AA31
4K032AA32
4K032AA35
4K032AA36
4K032AA37
4K032AA39
4K032BA01
4K032BA02
4K032BA03
4K032CF03
(57)【要約】
改善された鋼組成物およびそれを製造する方法が提供される。本開示は、有利な耐食性および/または耐割れ性の鋼を提供する。より詳細には、本開示は、向上した耐食性および/または耐割れ性を有する高マンガン(Mn)鋼組成物ならびに(たとえば、不動態化を介して)向上した耐食性および/または耐割れ性を有する高マンガン鋼組成物を製造する方法を提供する。向上した耐食性および/または耐割れ性を有する高マンガン鋼組成物を製造する方法も提供される。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
a.8〜30重量%のマンガン、11〜30重量%のクロムおよび残余の鉄を有する組成物を提供する工程と、
b.前記組成物を制御環境で溶融する工程であって、液体合金鋼組成物を生成するための工程と、
c.前記液体合金鋼組成物を冷却する工程であって、合金鋼組成物を形成するための工程と、
d.前記合金鋼組成物を熱間変形させる工程と、
e.前記合金鋼組成物を所定の時間にわたり再加熱する工程と、
f.前記合金鋼組成物を冷却する工程と、
g.前記合金鋼組成物を冷間変形させる工程と
を含む、鉄系部材を製造する方法。
【請求項2】
工程b)が、前記組成物を1600℃で30分間にわたり溶融する工程を含む、請求項1に記載の鉄系部材を製造する方法。
【請求項3】
工程c)が、前記液体合金鋼組成物を周囲温度に冷却する工程であって、前記合金鋼組成物を形成するための工程を含む、請求項1に記載の鉄系部材を製造する方法。
【請求項4】
工程d)が、前記合金鋼組成物を800℃以上で熱間変形する工程を含む、請求項1に記載の鉄系部材を製造する方法。
【請求項5】
工程e)が、前記合金鋼組成物を1000℃以上で1時間にわたり再加熱する工程を含む、請求項1に記載の鉄系部材を製造する方法。
【請求項6】
工程e)が、前記合金鋼組成物を1200℃以上で1時間にわたり再加熱する工程を含む、請求項1に記載の鉄系部材を製造する方法。
【請求項7】
工程f)が、前記合金鋼組成物を300℃未満に冷却する工程を含む、請求項1に記載の鉄系部材を製造する方法。
【請求項8】
工程f)が、前記合金鋼組成物が300℃未満になるまで少なくとも10℃/秒で前記合金鋼組成物を冷却する工程を含む、請求項7に記載の鉄系部材を製造する方法。
【請求項9】
前記組成物が、炭素、アルミニウム、ケイ素、ニッケル、コバルト、モリブデン、ニオブ、銅、チタン、バナジウム、タングステン、窒素、ホウ素、ジルコニウム、ハフニウムおよびそれらの組合せからなる群から選択される1種以上の合金化元素をさらに含む、請求項1に記載の鉄系部材を製造する方法。
【請求項10】
a.前記ニッケルまたはコバルトのそれぞれが、前記組成物全体の0.5〜20重量%の範囲であり、
b.前記アルミニウムが、前記組成物全体の0.1〜15重量%の範囲であり、
c.前記モリブデン、ニオブ、銅、チタン、タングステンまたはバナジウムのそれぞれが、前記組成物全体の0.2〜10重量%の範囲であり、
d.前記ケイ素が、前記組成物全体の0.01〜10重量%の範囲であり、
e.前記窒素が、前記組成物全体の0.01〜3.0重量%の範囲であり、
f.前記ホウ素が、前記組成物全体の0.001〜0.1重量%の範囲であり、
g.前記ジルコニウムまたはハフニウムのそれぞれが、前記組成物全体の0.2〜6重量%の範囲である、
請求項9に記載の鉄系部材を製造する方法。
【請求項11】
前記組成物が、
a.8〜30重量%のマンガン、11〜30重量%のクロムと、
b.0.10〜1.5重量%の炭素、0.10〜1.5重量%の窒素およびそれらの組合せを含む合金化添加物の1つ以上と、
c.0.5〜10重量%のケイ素、1.0〜15重量%のアルミニウムおよびそれらの組合せと、
d.残余の鉄と
を含む、請求項1に記載の鉄系部材を製造する方法。
【請求項12】
a.8〜30重量%のマンガン、11〜30重量%のクロムおよび残余の鉄を有する組成物を提供する工程と、
b.前記組成物を制御環境で溶融する工程であって、液体合金鋼組成物を生成するための工程と、
c.前記液体合金鋼組成物を冷却する工程であって、合金鋼組成物を形成するための工程と、
d.前記合金鋼組成物を熱間変形させる工程と、
e.前記合金鋼組成物を所定の時間にわたり再加熱する工程と、
f.前記合金鋼組成物を冷却する工程と、
g.前記合金鋼組成物を冷間変形させる工程と
を含む工程によって製造された鉄系部材。
【請求項13】
工程b)が、前記組成物を1600℃で30分間にわたり溶融する工程を含む、請求項12に記載の鉄系部材。
【請求項14】
工程c)が、前記液体合金鋼組成物を周囲温度に冷却する工程であって、前記合金鋼組成物を形成するための工程を含む、請求項12に記載の鉄系部材。
【請求項15】
工程d)が、前記合金鋼組成物を800℃以上で熱間変形させる工程を含む、請求項12に記載の鉄系部材。
【請求項16】
工程e)が、前記合金鋼組成物を1000℃以上で1時間にわたり再加熱する工程を含む、請求項12に記載の鉄系部材。
【請求項17】
工程e)が、前記合金鋼組成物を1200℃以上で1時間にわたり再加熱する工程を含む、請求項12に記載の鉄系部材。
【請求項18】
工程f)が、前記合金鋼組成物を300℃未満に冷却する工程を含む、請求項12に記載の鉄系部材。
【請求項19】
工程f)が、前記合金鋼組成物が300℃未満になるまで少なくとも10℃/秒で前記合金鋼組成物を冷却する工程を含む、請求項18に記載の鉄系部材。
【請求項20】
前記組成物が、炭素、アルミニウム、ケイ素、ニッケル、コバルト、モリブデン、ニオブ、銅、チタン、バナジウム、タングステン、窒素、ホウ素、ジルコニウム、ハフニウムおよびそれらの組合せからなる群から選択される1種以上の合金化元素をさらに含む、請求項12に記載の鉄系部材。
【請求項21】
a.前記ニッケルまたはコバルトのそれぞれが、前記組成物全体の0.5〜20重量%の範囲であり、
b.前記アルミニウムが、前記組成物全体の0.1〜15重量%の範囲であり、
c.前記モリブデン、ニオブ、銅、チタン、タングステンまたはバナジウムのそれぞれが、前記組成物全体の0.2〜10重量%の範囲であり、
d.前記ケイ素が、前記組成物全体の0.01〜10重量%の範囲であり、
e.前記窒素が、前記組成物全体の0.01〜3.0重量%の範囲であり、
f.前記ホウ素が、前記組成物全体の0.001〜0.1重量%の範囲であり、
g.前記ジルコニウムまたはハフニウムのそれぞれが、前記組成物全体の0.2〜6重量%の範囲である、請求項20に記載の鉄系部材。
【請求項22】
前記組成物が、
a.8〜30重量%のマンガン、11〜30重量%のクロムと、
b.0.10〜1.5重量%の炭素、0.10〜1.5重量%の窒素およびそれらの組合せを含む合金化添加物の1つ以上と、
c.0.5〜10重量%のケイ素、1.0〜15重量%のアルミニウムと、
d.残余の鉄と
を含む、請求項12に記載の鉄系部材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
(分野)
本開示は、改善された鋼組成物およびそれを製造する方法、より詳細には、向上した耐食性および/または耐割れ性を有する高マンガン(Mn)オーステナイト鋼組成物ならびに(たとえば、不動態化を介して)向上した耐食性および/または耐割れ性を有する高マンガン鋼組成物を製造する方法に関する。本開示のさらなる目的は、高強度と、改善された耐スイート腐食性および耐サワー腐食性と、硫化物応力割れおよび応力腐食割れをはじめとする環境誘起割れに対する耐性との組合せを有し得る、かかるオーステナイト高Mn鋼から製造された装置および部材を提供することである。
【背景技術】
【0002】
(背景)
炭素鋼は、石油工業、ガス工業、および石油化学工業で構造材料として広く使用されている。これらの工業の上流部門は、使用される全構造材料のトン数の約95%を炭素鋼の使用が占める構造材料の主要なユーザーである。一般に、炭素鋼は、強度があり、靭性があり、溶接可能であり、広く市販されており、かつ低コストの構造材料である。しかしながら、炭素鋼は本来の耐食性を有しておらず、高強度の炭素鋼はまた、硫化物応力割れなどの環境誘起割れを起こしやすい。
【0003】
石油工業、ガス工業、および石油化学工業の上流部門で使用される構造材料のトン数の残りの5%の大部分は、主に過酷環境および腐食環境で使用するための耐食性合金(「CRA」)であり、そのうちで最も広く使用されているのはオーステナイトステンレス鋼である。一般に、オーステナイトステンレス鋼は、優れた耐食性と、耐割れ性と、耐酸化性と、良好な成形性および靭性との組合せを提供する。こうしたステンレス鋼の優れた耐食性は、典型的には、高クロム(Cr)合金化によるものであり、その高い延性および靭性は、典型的には、高ニッケル(Ni)合金化により安定化された面心立方(FCC)原子結晶構造を有するオーステナイト相によるものである。例として、一般に使用されるオーステナイトステンレス鋼304SSは、約18wt.%Crおよび8wt.%Niの公称組成を有する。したがって、オーステナイトステンレス鋼のコストはより高額であり、供給不足となることもある高価な合金化元素のNiの含有率が高いことが主な原因で、コストは典型的には炭素鋼の5〜6倍である。加えて、オーステナイトステンレス鋼は、フェライト炭素鋼およびフェライトステンレス鋼と比較して相対的により低い強度を呈し、一般に応力腐食割れを起こしやすい。
【0004】
材料コストを削減することおよび/またはニッケル価格の乱高下の影響を最小限に抑えることへの関心に駆られて、より低コストのかつより費用効果的なステンレス鋼への関心が高まってきている。この結果、たとえば、高価なNi合金化が低減されたかつより低コストのオーステナイト安定化剤のマンガン(Mn)で部分的に置き換えられたタイプ201、202、および216により例示される200シリーズオーステナイトCr−Mn−Niステンレス鋼が開発された。一般に、これらの200シリーズステンレス鋼は、304SSと比較して優れた強度および同等の延性を提供する。しかしながら、これらのNi低減鋼のほとんどは、約600℃〜約900℃の範囲内の昇温に曝された場合、炭化物、窒化物、および/または炭窒化物の沈殿に伴って降伏強度の大幅な増加および延性の著しい損失を示す。
【0005】
ダウンホール用途の高合金耐食性合金(CRA)パイプおよび/またはチューブは、従来、高圧を収容するためにおよびパイプ/チューブの重量による高張力負荷を支持するために必要なより高い降伏強度および引張り強度を得るため、冷間加工または鍛造される。完成パイプ/チューブに必要な機械的強度を満たすのに十分な高強度を得るために、より大きい中空体がより小さいダイを介して牽引または延伸される延伸を行ってリテインドマンドレル全体にわたりODを低減すると同時にIDを低減することにより、パイプ/チューブを冷間変形し、次いで同一のプロセスを繰り返して所要の機械的強度を得ることが可能である。代替的に、中空パイプ/チューブがダイセットを介して高圧下で機械的に鍛造されるピルガー圧延を行ってマンドレル全体にわたり実質的にODを低減すると同時にIDを低減することにより、パイプ/チューブを冷間変形し、所要の機械的強度を得ることが可能である。高Mn鋼の選択された化学は、冷間変形時および/または昇温変形時に動的歪み時効(DSA)を呈することがある。DSAは、強度および破壊靭性を向上させる有効な方法として利用可能であり、より一様な転位分布およびより有効な転位発生のため、転位滑りによる冷間変形よりも有効であり得る。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
したがって、向上した耐食性および/または耐割れ性を達成する改善された鋼組成物ならびにそれを製造する方法の必要性が存在する。これらのおよび他の非効率性および改善機会は、本開示のシステムおよび方法により対処および/または克服される。
【課題を解決するための手段】
【0007】
(要旨)
本開示は、有利な鋼組成物を提供する。より詳細には、本開示は、向上した耐食性/耐割れ性を有する改善された高マンガン(Mn)鋼組成物、および向上した耐食性/耐割れ性を有する鋼組成物の関連する製造方法を提供する。
【0008】
一般的には、本開示は、従来のオーステナイトステンレス鋼(たとえば、304SS)と比較して相対的により低コストの鉄オーステナイトステンレス鋼組成物を提供する。本開示の有利な鉄オーステナイト鋼組成物は、改善された耐食性(たとえば、スイート腐食およびサワー腐食に対して)、耐割れ性、および/または費用効果が望まれる/必要とされるオイル(又は石油)/ガス用途および/または石油化学用途で利用可能である。
【0009】
例示的な実施形態では、本開示の鉄系鋼組成物のマイクロ構造は、主に面心立方(FCC)原子結晶構造を有するオーステナイト相を含む。特定の実施形態では、例示的な鉄系鋼組成物は、マンガン(たとえば、約8wt.%以上)と、限定されるものではないが、クロム(たとえば、約11wt.%以上)、および/またはアルミニウム(たとえば、約1wt.%以上)、および/またはチタン、および/またはケイ素(たとえば、約0.5wt.%以上)、ならびにそれらの組合せを含む不動態膜形成元素(passive film forming element)とを多量に含む。例示的な鉄系鋼組成物は、たとえば、炭素(たとえば、約0.1wt.%以上)および/または窒素(たとえば、約0.1wt.%以上)などの格子間合金元素(interstitial alloying element)を多量にさらに含有し得る。
【0010】
このため、本開示は、費用効果的な鉄オーステナイトステンレス鋼組成物(たとえば、オイル(又は石油)工業用、ガス工業用、石油化学工業用)および費用効果的な鉄オーステナイトステンレス鋼組成物を製造する方法を提供する。例示的な鋼組成物は、304SSなどの多くの一般に使用されるオーステナイトステンレス鋼よりも優れた利点を有する。たとえば、こうした利点のいくつかは、以下:(i)Mn、C、Nおよび/またはそれらの組合せによりNiを置き換えるまたは低減することによるより低い材料コスト、(ii)高Mn合金化によって促進されるより高い窒素含有率および炭素含有率による、かつ/または冷間変形(cold deformation)および/もしくは昇温変形(elevated temperature deformation)によるより高い強度、(iii)不動態膜形成元素(たとえば、Cr、Al、Tiおよび/またはSi)の高合金化添加による改善された耐食性、(iv)Mn合金化によって促進されるより高窒素の合金化による改善された耐孔食性(pitting corrosion resistance)、ならびに/あるいは(v)オーステナイト相に由来する靭性および耐割れ性の維持の1つ以上を含むが、これらに限定されるものではない。
【0011】
本開示の他の態様は、少なくとも部分的に例示的な鉄オーステナイトステンレス鋼から装置を製造することである。本開示の鋼組成物のいくつかの例示的な使用/用途としては、オイル(又は石油)、ガスおよび石油化学の装置/システム、たとえば、反応槽、パイプ、ケーシング、パッカー、カップリング(又は継ぎ手)、サッカーロッド、シール、ワイヤ、ケーブル、ボトムホールアセンブリ、チューブ、バルブ、コンプレッサ、ポンプ、ベアリング、押出機バレル、成形ダイおよびそれらの組合せにおける使用が挙げられるが、これらに限定されるものではない。
【0012】
例示的な製造方法
本開示は、鉄系部材を製造する方法を提供し、当該方法は、
a)約8〜約30重量%のマンガン、約11〜約30重量%のクロムおよび残余の鉄(balance iron)を有する組成物を提供する工程と、
b)組成物を制御環境(又は制御された環境もしくはコントロールされた環境(controlled environment))で溶融する工程であって、液体合金鋼組成物(liquid alloy steel composition)を生成するための工程と、
c)液体合金鋼組成物を冷却する工程であって、合金鋼組成物(alloy steel composition)を形成するための工程と、
d)合金鋼組成物を熱間変形(hot deforming)させる工程と、
e)合金鋼組成物を所定の時間にわたり再加熱する工程と、
f)合金鋼組成物を冷却する工程と
を含む。
【0013】
本開示はまた、組成物が、炭素、窒素、アルミニウム、ケイ素、ニッケル、コバルト、モリブデン、ニオブ、銅、チタン、バナジウム、タングステン、ホウ素、ジルコニウム、ハフニウムおよびそれらの組合せからなる群から選択される1種以上の合金化元素(alloying element)をさらに含む、鉄系部材を製造する方法を提供する。
【0014】
実施形態の任意の組合せまたは入替えが想定される。本開示に開示されたシステムおよび方法の追加の有利な工程、特徴、機能、および用途は、特に添付の図面と組み合わせて読むことで以下の説明から明らかになるであろう。本開示に列挙された参照文献は、すべてその全体が参照により本明細書に組み込まれる。
【0015】
添付の図面を参照して実施形態の特徴および態様を以下に説明する。ただし、図面中の要素は必ずしも原寸通り描かれているとは限らない。
【0016】
添付の図面を参照して本開示の例示的な実施形態をさらに説明する。以下に記載されたおよび図面に例示された各種の工程、特徴、および工程/特徴の組合せは、依然として本開示の趣旨および範囲に含まれる実施形態をもたらすようにさまざまに配置および構成され得ることに留意すべきである。当業者による本開示のシステム、アセンブリ、および方法の製造および使用を支援するために添付の図面が参照される。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1】合金化学および温度の関数として高Mn鋼の相安定性および変形機構を示す例示的な図である。
図2】本開示の例示的な鉄オーステナイトステンレス鋼組成物のFe−Cr−Mn−Ni相図を表す。
図3A】(a)主にオーステナイトのマトリックス中に二次Crリッチ炭化物を有する圧延されたままのプレートにおける、本開示の例示的な鋼の典型的なマイクロ構造を示す走査型電子顕微鏡写真を表す。
図3B】(b)主にオーステナイトのマイクロ構造を有する溶体化熱処理における、本開示の例示的な鋼の典型的なマイクロ構造を示す走査型電子顕微鏡写真を表す。
図4A】圧延されたままの状態および溶体化熱処理された状態の両方の[20wt.%Mn、18wt.%Cr、0.6wt.%C、0.4wt.%N、および残余Fe]合金鋼ならびに市販の比較サンプル304SSの分極曲線を表す。
図4B】圧延されたままの状態および溶体化熱処理された状態の両方の[20wt.%Mn、18wt.%Cr、0.6wt.%C、0.4wt.%N、および残余Fe]合金鋼ならびに市販の比較サンプル304SSおよび炭素鋼の腐食速度を表す。
【発明を実施するための形態】
【0018】
詳細な説明
本明細書に開示される例示的な実施形態は、本開示の有利な鋼組成物およびシステムならびにそれらの方法/技術を例示する。しかしながら、本開示の実施形態は、各種の形態で具現化し得る本開示の単なる例にすぎないことを理解すべきである。したがって、例示的な鋼組成物/製造方法ならびにアセンブリおよび使用の関連プロセス/技術を参照して本明細書に開示される詳細は、限定的なものと解釈すべきではなく、本開示の有利な鋼組成物をどのように製造および使用するかを当業者に教示するための単なる基礎として解釈すべきである。図面は、必ずしも原寸通りとは限らず、特定の図では明確を期して一部が誇張されていることもある。
【0019】
本明細書の詳細な説明および特許請求の範囲に含まれる数値は、すべて「約」または「およそ」により指示値が修飾され、当業者が予想するであろう実験誤差および変動が考慮される。
【0020】
値の範囲が提供された場合、その範囲の上限と下限との間の各介在値(文脈上明らかに異なる規定がない限り下限の1/10単位まで)およびその指定範囲内の任意の他の指定値または介在値は、本開示の範囲内に包含されるものと理解される。任意の下限から任意の上限までの範囲が企図される。より小さい範囲内に独立して含まれ得るこれらのより小さい範囲の上限および下限も、その指定範囲内の任意の特定的に除外された限界の制約を受けて本開示の範囲内に包含される。指定範囲が一方または両方の限界を含む場合、それらの含まれる一方または両方の限界を除外した範囲も本開示に含まれる。
【0021】
本明細書に記載のものと類似のまたは均等な方法および材料も本開示の実施または試験に使用可能であるが、好ましい方法および材料を次に記載する。本明細書に挙げられた刊行物は、すべて引用された刊行物に示された関連する方法および/または材料が開示および記載されるように参照により本明細書に組み込まれる。
【0022】
本明細書および添付の特許請求の範囲で用いられる場合、単数形の「1つの(a)」、「1つの(an)」、および「その(the)」は、特に文脈上明確な規定がない限り、複数形の参照語を含むことに留意しなければならない。
【0023】
特に定義がない限り、本明細書で用いられる科学技術用語は、すべて本開示が属する技術分野の当業者が通常理解しているものと同じ意味を有する。本明細書の本開示の説明に用いられる用語は、単に特定の実施形態を説明するためのものにすぎず、本開示を限定することを意図したものではない。本明細書に挙げられる刊行物、特許出願、特許、図面、および他の参照文献は、すべてそれらの全体が参照により明示的に組み込まれる。
【0024】
定義
CRA:耐食性合金とは、腐食環境で使用される装置を製造するために良好な耐食性を有するように特別に配合された材料を意味し得るが、それに何ら限定されるものではない。耐食性合金は、広範にわたる過酷な腐食条件に適するように配合し得る。
【0025】
延性:破壊前に認知可能な塑性変形を受ける材料の能力の尺度を意味し得るが、それに何ら限定されるものではなく、パーセント伸び(%EL)またはパーセント面積減少(%AR)として表し得る。
【0026】
耐食性:反応環境または腐食環境に曝されることにより引き起こされる劣化に対する材料の固有の耐性を意味し得るが、それに何ら限定されるものではない。
【0027】
靭性:割れの開始および伝播に対する耐性を意味し得るが、それに何ら限定されるものではない。
【0028】
応力腐食割れ(SCC):応力と反応および腐食環境との同時作用による材料の割れを意味し得るが、それに何ら限定されるものではない。
【0029】
硫化物応力割れ(SSC):硫化水素を含有する流体(たとえば、HS)に曝されることによる材料の割れを意味し得るが、それに何ら限定されるものではない。
【0030】
降伏強度:変形することなく負荷に耐える材料の能力を意味し得るが、それに何ら限定されるものではない。
【0031】
冷却速度:材料片の中心または実質的に中心で一般に測定される材料片の冷却速度を意味し得るが、それに何ら限定されるものではない。
【0032】
オーステナイト:面心立方(FCC)原子結晶構造を有する鋼の冶金学的相を意味し得るが、それに何ら限定されるものではない。
【0033】
マルテンサイト:母相(典型的にはオーステナイト)および生成物相が特定の方位関係を有する無拡散相変態(限定されるものではない)により形成可能な鋼の冶金学的相を意味し得るが、それに何ら限定されるものではない。
【0034】
ε(イプシロン)マルテンサイト:オーステナイト相の冷却または歪みにより生じる六方最密原子結晶構造を有する特定形態のマルテンサイトを意味し得るが、それに何ら限定されるものではない。εマルテンサイトは、典型的にはオーステナイト相の最密(111)面上に生成し、モルフォロジー的には変形双晶または積層欠陥クラスターに類似している。
【0035】
α’(アルファプライム)マルテンサイト:オーステナイト相の冷却または歪みにより生じる体心立方(BCC)または体心正方(BCT)の原子結晶構造を有する特定形態のマルテンサイトを意味し得るが、それに何ら限定されるものではない。α’マルテンサイトは、典型的にはプレートレットとして生成する。
【0036】
温度:冷却時にオーステナイトからマルテンサイトへの変態が開始される温度を意味し得るが、それに何ら限定されるものではない。
【0037】
温度:冷却時にオーステナイトからマルテンサイトへの変態が終了する温度を意味し得るが、それに何ら限定されるものではない。
【0038】
温度:規定の変形条件下で指定量のマルテンサイトが生成する最高温度を意味し得るが、それに何ら限定されるものではない。M温度は、典型的には、変形時のオーステナイト相安定性を特徴付けるために使用される。
【0039】
炭化物:鉄/金属と炭素との化合物を意味し得るが、それに何ら限定されるものではない。
【0040】
セメンタイト:斜方晶原子結晶構造を有するMCの近似化学式を有する鉄/金属と炭素との化合物を意味し得るが、それに何ら限定されるものではない。
【0041】
パーライト:典型的にはフェライトとセメンタイト(MC)との交互層から構成される二相のラメラ混合物を意味し得るが、それに何ら限定されるものではない。
【0042】
粒子:多結晶材料中の個別結晶を意味し得るが、それに何ら限定されるものではない。
【0043】
粒界:一方の結晶方位から他方の結晶方位への遷移、すなわち一方の粒子と他方の粒子との分離に対応する金属中の狭いゾーンを意味し得るが、それに何ら限定されるものではない。
【0044】
焼入れ:空気冷却と対比して鋼の冷却速度を増加させる傾向を示すように選択された流体が利用される任意の手段による加速冷却を意味し得るが、それに何ら限定されるものではない。
【0045】
加速冷却開始温度(ACST):焼入れ開始時のプレート表面の到達温度を意味し得るが、それに何ら限定されるものではない。
【0046】
加速冷却終了温度(ACFT):プレートの中間厚さからの熱伝導により焼入れ停止後にプレート表面が到達する最高温度または実質的に最高温度を意味し得るが、それに何ら限定されるものではない。
【0047】
スラブ:任意の寸法を有する鋼片である。
【0048】
再結晶化:臨界温度を介して加熱することにより達成される冷間加工金属からの新しい歪みフリー粒子構造粒子の形成である。
【0049】
nr温度:オーステナイトが再結晶化しない上限温度である。
【0050】
動的歪み時効(DSA):溶質原子(たとえば、炭素および/または窒素)と転位との相互作用または溶質原子による転位のピニングに起因する歪みにより、転位運動に必要な応力が増加することによる材料の降伏強度および硬度の増加に関連する現象である。
【0051】
本開示は、有利な鋼組成物(たとえば、向上した耐食性/耐割れ性を有するもの)を提供する。より詳細には、本開示は、向上した耐食性/耐割れ性を有する改善された高マンガン(Mn)鋼組成物および向上した耐食性/耐割れ性を有する高マンガン鋼組成物を製造する方法を提供する。
【0052】
例示的な実施形態では、本開示は、従来のオーステナイトステンレス鋼(たとえば、304SS)と比較して相対的により低コストの鉄オーステナイトステンレス鋼組成物を提供する。このため、本開示の有利な鉄オーステナイト鋼組成物は、改善された耐食性(たとえば、スイート腐食およびサワー腐食に対して)、耐割れ性、および/または費用効果が望まれる/必要とされる石油/ガス/石油化学用途で利用可能である。
【0053】
特定の実施形態では、例示的な鉄系鋼組成物のマイクロ構造は、主にFCC原子結晶構造を有するオーステナイト相を含む。いくつかの実施形態では、例示的な鋼組成物は、マンガン(たとえば、>8wt.%)と、限定されるものではないが、Cr(たとえば、>11wt.%)、および/またはAl(たとえば、>1wt.%)、および/またはSi(たとえば、>0.5wt.%)、および/またはTi(たとえば、>1wt.%)、ならびにそれらの組合せをはじめとする不動態膜形成元素とを多量に含む。例示的な鋼組成物は、たとえば炭素(たとえば、>0.1wt.%)および/または窒素(たとえば、>0.1wt.%)などの格子間合金元素を多量に含有し得る。
【0054】
このため、本開示は、費用効果的な鉄オーステナイトステンレス鋼組成物(たとえば、石油工業用、ガス工業用、石油化学工業用)および費用効果的な鉄オーステナイトステンレス鋼組成物を製造する方法を提供する。例示的な鋼組成物は、多くの一般に使用されるオーステナイトステンレス鋼(たとえば、304SS)よりも優れた利点を有する。これらの利点のいくつかは、Mn、C、N、および/またはそれらの組合せによりNiを置き換えるまたは低減することによるより低い材料コスト、高Mn合金化および/または予変形によって促進されるより高い窒素含有量および炭素含有率によるより高い強度、不動態膜形成元素(たとえば、Cr、Al、および/またはSi)の高合金化添加による改善された耐食性、Mn合金化によって促進されるより高窒素の合金化による改善された耐孔食性、ならびに/またはオーステナイト相に由来する靭性および耐割れ性の維持を含み得るが、これらに限定されるものではない。
【0055】
本開示に記載または包含される鋼組成物は、多くのシステム/用途(たとえば、石油、ガス、および/または石油化学の装置/システム、たとえば、反応槽、パイプ、ケーシング、パッカー、カップリング(又は継ぎ手)、サッカーロッド、シール、ワイヤ、ケーブル、ボトムホールアセンブリ、チューブ、バルブ、コンプレッサ、ポンプ、ベアリング、押出機バレル、成形ダイなど)、特に耐食性/耐割れ性が重要である/望まれるシステム/用途で有利に利用し得る。
【0056】
例示的な実施形態では、本開示は、マンガンを含有する鉄系部材/組成物を提供する。特定の実施形態では、部材/組成物は、約5〜約40重量%のマンガン、約0.01〜約3.0重量%の炭素、および残余の鉄を含む。部材/組成物はまた、1種以上の合金化元素、たとえば、限定されるものではないが、約0〜30重量%のクロム、約1〜15重量%のアルミニウム、約0.01〜10重量%のケイ素、およびそれらの組合せを含み得る。部材/組成物はまた、1種以上の追加の合金化元素、たとえば、限定されるものではないが、ニッケル、コバルト、タングステン、モリブデン、ニオブ、銅、チタン、バナジウム、窒素、ホウ素、およびそれらの組合せを含み得る。マンガン(および任意選択的に他の合金化元素)を含有する例示的な鉄系部材/組成物は、米国特許出願公開第2012/0160363号明細書(その全内容は、その全体が参照により本明細書に組み込まれる)に記載および開示されている。
【0057】
部材組成
いくつかの実施形態では、以上に述べたように、鉄系組成物は、約5〜約40重量%のマンガン(好ましくは約8〜約30重量%のマンガン)、約0.01〜約3.0重量%の炭素(好ましくは約0.1〜約1.50重量%の炭素)、および残余の鉄を含み得る。
【0058】
部材/組成物はまた、1種以上の合金化元素、たとえば、限定されるものではないが、約0〜約30wt.%のクロム(より好ましくは11〜30wt.%)、約1〜約15wt.%のアルミニウム(より好ましくは2〜10wt.%)、約0.01〜約10wt.%のケイ素(より好ましくは1.5〜5wt.%)、約0.01〜約10wt.%のチタン(より好ましくは1.5〜5wt.%)、およびそれらの組合せを含み得る。
【0059】
部材/組成物はまた、1種以上の合金化元素、たとえば、限定されるものではないが、ケイ素、ニッケル、コバルト、モリブデン、ニオブ、銅、チタン、バナジウム、タングステン、窒素、ホウ素、ジルコニウム、ハフニウム、およびそれらの組合せを含み得る。重量パーセントは、部材/組成物の全重量を基準にする。
【0060】
ニッケルは、約0〜約20wt.%で部材に含まれ得る。コバルトは、約0〜約20wt.%で部材に含まれ得る。モリブデンは、約0〜約10wt.%(より好ましくは0.3〜5重量%)で部材に含まれ得る。ニオブ、銅、チタン、タングステン、および/またはバナジウムは、それぞれ約0.2〜約10wt.%(より好ましくは0.3〜5重量%)で部材に含まれ得る。窒素は、約0.01〜約3.0wt.%(より好ましくは0.1〜1.5重量%)で部材に含まれ得る。ホウ素は、約0〜約0.1wt.%(より好ましくは0.001〜0.1重量%)で部材に含まれ得る。
【0061】
マンガンを含有する鉄系部材/組成物はまた、ジルコニウム、ハフニウム、およびそれらの組合せからなる群から選択される他の合金化元素も含み得る。これらの他の合金化元素のそれぞれは、約0〜約6wt.%(より好ましくは0.2〜5wt.%)の範囲内で部材/組成物に含まれ得る。
【0062】
歪み誘起変態のための合金化
一般に、本開示の高Mn鋼の機械的性質は、典型的には鋼の化学組成および/または処理温度により制御される歪み誘起変態の特性に依存する。従来の炭素鋼と異なり、高Mn鋼は、周囲温度(たとえば、18〜25℃)で面心立方(FCC)原子結晶構造を有する準安定オーステナイト相を含む。歪みを加えると、準安定オーステナイト相は、歪み誘起変態を介していくつかの他の相に変態し得る。より詳細には、オーステナイト相は、鋼の化学および/または温度に依存して、マイクロ双晶(マトリックスにアライメントされたFCC双晶)、εマルテンサイト(六方格子)、およびα’マルテンサイト(体心正方格子)に変態し得る。これらの変態生成物は、一連のユニークな性質を高Mn鋼に付与し得る。たとえば、微細マイクロ双晶は、一次粒子を有効にセグメント化し、転位運動の強い障害物として作用する。これにより有効な粒子微細化がもたらされ、その結果、高い極限強度および延性の優れた組合せが得られる。
【0063】
鋼の化学組成および温度は、図1に示されるように歪み誘起相変態経路を制御する主要因子であることが知られている。一般に、高Mn鋼は、歪みおよび温度に対するオーステナイト相の安定性に依存して、4つのグループ、たとえば、高度に安定(A)、軽度に準安定(B)、中度に準安定(C)、および高度に準安定(D)なMn鋼に分けることができる。これらの相の準安定性は、温度および歪みの両方の影響を受ける。これらの鋼は、より高い温度およびより高い歪みで準安定性が増す傾向があるであろう(たとえば、より高い変態傾向)。
【0064】
図1は、合金化学および温度の関数として高Mn鋼の相安定性および変形機構を示す例示的な図である。文字(A、B、C、およびD)は、変形時の各種の変態経路を表す。この図では、鋼Aは、転位滑りにより変形するであろうが、異なる相(他の金属および合金に類似した相)に変態しないであろう。一方、鋼B〜Dは、変形時に変態するであろう。
【0065】
安定なオーステナイトを有しかつ主に機械的歪みによる転位滑りにより変形する領域Aの鋼は、高Mn含有率(たとえば、約25wt.%以上)で生成し得る。一般に、十分に安定化されたオーステナイト構造を有する鋼は、より低い機械的強度を示すが、極低温で靭性を維持し、低い透磁率を提供し、かつ耐水素脆化性が高い。
【0066】
軽度に準安定なオーステナイト相を有する領域Bの鋼は、中マンガン含有率(たとえば、約15〜約25wt.%のMnおよび約0.6wt.%のC)で生成し得る。これらの鋼は、変形時に双晶を形成する。一般に、このタイプの鋼では、転位滑り(双晶誘起塑性(TWIP)として知られる現象)に伴う広範な変形双晶の形成により大きい塑性伸び量を達成し得る。双晶形成は、マイクロ構造が有効に微細化された場合、双晶境界が粒界のように作用して動的ホール・ペッチ効果により鋼を強化するため、高加工硬化速度をもたらす。TWIP鋼は、きわめて高い引張り強度(たとえば、150ksi超)と、きわめて高い一様伸び(たとえば、95%超)とを兼備するため、多くの用途できわめて魅力的なものとなっている。
【0067】
中度に準安定なオーステナイト相を有する領域Cの鋼は、より低いマンガン含有率(たとえば、約10〜約18wt.%のMn)で生成し得る。一般に、このタイプの鋼は、歪みによりεマルテンサイト(六方格子)に変態し得る。機械的歪みを加えると、これらの鋼は、主に転位滑りおよび/または機械的双晶形成に伴うεマルテンサイトの形成により変形するであろう。
【0068】
高度に準安定なオーステナイト相を有する領域Dの鋼は、さらに低いマンガン含有率(たとえば、約4〜約12wt.%のMn)で生成し得る。一般に、このタイプの鋼は、変形させると体心立方原子結晶構造(α’マルテンサイトと呼ばれる)を有する強い相に変態するであろう。この強い相はまた、耐摩耗性および耐侵食性も提供し得る。
【0069】
したがって、高Mn鋼の化学は、変形時のそれらの変態を制御することにより一連の性質を提供するように調整し得る。
【0070】
高Mn鋼の他の合金化概念
高Mn鋼中の合金化元素は、オーステナイト相の安定性および歪み誘起変態経路を決定する。一般に、マンガンは、高Mn鋼中の主要合金化元素であり、冷却時および変形時の両方でオーステナイト構造の安定化に重要である。Fe−Mn二元系では、Mn含有率を増加させてオーステナイト相を安定化させると、歪み誘起相変態経路は、α’マルテンサイトからεマルテンサイトに変化し、次いでマイクロ双晶形成へと変化する。
【0071】
炭素も有効なオーステナイト安定化剤であり、炭素の溶解度はオーステナイト相で高い。したがって、炭素合金化も溶融物からの冷却時および塑性変形時にオーステナイト相を安定化させるために使用し得る。炭素はまた、固溶強化によりオーステナイトマトリックスの強度を増加させる。記載のように、本開示の部材/組成物中の炭素は、約0.01〜約3.0wt.%の範囲であり得る。
【0072】
アルミニウムはフェライト安定化剤であるため、冷却時にオーステナイト相を不安定化させる。しかしながら、高Mn鋼へのアルミニウムの添加は、変形時の歪み誘起相変態に対抗してオーステナイト相を安定化させる。さらに、固溶強化によりオーステナイトを強化する。アルミニウムの添加はまた、不動態膜の形成を促進することにより、本明細書に開示される高Mn含有鉄系部材の耐食性を増加させる。本開示の部材/組成物中のアルミニウムは、約0.0〜約15wt.%の範囲であり得る。
【0073】
ケイ素はフェライト安定化剤であり、α’マルテンサイト変態を維持するとともに周囲温度で変形時にεマルテンサイト形成を促進する。固溶強化により、Siの添加は、Siの1wt.%添加当たりオーステナイト相を約50MPa強化する。本開示の部材/組成物中のケイ素は、約0.01〜約10wt.%の範囲であり得る。
【0074】
チタンはフェライト安定化剤であり、多くの場合、チタン炭化物を形成することにより炭素を安定化させるために合金化される。チタン炭化物の形成による炭素の安定化は、「不動態」層の形成に影響を及ぼし得るクロム炭化物の形成を防止する。本開示の部材/組成物中のチタンは、約0.01〜約10wt.%の範囲であり得る。
【0075】
クロムはフェライト安定化剤であるため、冷却時にフェライト相の形成を促進する。クロムの添加はまた、本明細書に開示される高Mn含有鉄系部材の耐食性を増加させることにより不動態膜の形成を促進する。さらに、Fe−Mn合金系へのCrの添加は熱膨張係数を低減する。本開示の部材/組成物中のクロムは、部材全体の約0.5〜約30wt.%の範囲であり得る。
【0076】
銅はオーステナイト安定化剤であり、固溶硬化により強度を向上させる。本開示の部材/組成物中の銅は、部材全体の約0.5〜約10wt.%の範囲であり得る。
【0077】
硫黄は、硫化物介在物の場合、機械加工性を改善するために使用される(たとえば、FeS、MnS、および/またはそれらの組合せはチップブレーカーとして作用する)。硫黄は、耐孔食性を低減する可能性があるため、一般に0.02wt.%未満の低レベルに維持される。
【0078】
こうした合金化元素の影響を理解すれば、特定用途向けに好適な鋼の化学を設計することが可能である。高Mn鋼のいくつかの設計基準は、臨界マルテンサイト変態温度、たとえば、MおよびMεsであり得る。Mは、オーステナイトからα’マルテンサイトへの変態が起こる上限臨界温度であり、Mεsは、オーステナイトからεマルテンサイトへの変態が起こる上限臨界温度である。
【0079】
例示的な組成物およびマイクロ構造
本開示の例示的な鋼組成物概念を図2に示す。例示的な実施形態では、鋼組成物は、耐食性を得るためにCr合金化を用いて不動態膜形成を促進し、かつ靭性および/または耐割れ性を得るためにMnおよび/またはNi合金化を用いてオーステナイト(γとしても知られる)相を安定化させる。しかしながら、Crはフェライト(αとしても知られる)安定剤である。したがって、Cr合金化が増加するにつれて、オーステナイト相を安定化させるためにより多量のMnおよび/またはNi合金化添加を必要とし得る。
【0080】
以下に続く実施形態では、本開示により提供される鉄オーステナイトステンレス鋼組成物のいくつかの各種の合金化添加物(alloying addition)を記載する。
【0081】
例示的な実施形態では、例示的な鋼組成物は、従来のオーステナイトステンレス鋼のより高価なNi合金化をより低コストのMn(たとえば、約8〜約30wt.%のMn)に置き換えることにより、その主にオーステナイトの結晶構造を達成する。これによりコストの削減が可能になるが、依然として高い延性および靭性のオーステナイト結晶構造が達成される。
【0082】
例示的な実施形態では、鋼組成物は、十分量のCr(たとえば、約11〜約30wt.%)を含有し得る。Cr合金化添加物は、耐スイート腐食性および耐サワー腐食性をはじめとする耐食性を提供する。
【0083】
特定の実施形態では、例示的な鋼組成物は、高炭素および/または高窒素の合金化を含み得る(たとえば、炭素含有率が約0.1〜約1.5wt.%の範囲である場合および/または窒素含有率が約0.1〜約1.5wt.%の範囲である場合)。以上に述べたように、例示的な鉄オーステナイトステンレス鋼組成物は、マンガン合金化添加により溶融物中および鋼中への窒素の溶解性が向上する。
【0084】
特定の実施形態では、例示的な鉄オーステナイトステンレス鋼組成物は、Al合金化を含み得る(たとえば、約1〜約15wt.%、好ましくは約2〜約10wt.%の範囲内のAl添加)。
【0085】
いくつかの実施形態では、例示的な鉄オーステナイトステンレス鋼組成物は、Siを含み得る(たとえば、Si合金化が約0.5〜約10wt.%の範囲内、好ましくは約1.5〜約5wt.%の範囲である場合)。
【0086】
いくつかの実施形態では、例示的な鉄オーステナイトステンレス鋼組成物は、ニオブ(Nb)、チタン(Ti)、バナジウム(V)、タングステン(W)、およびモリブデンの1つ以上を含み得る(たとえば、これらの各元素の全含有率がそれぞれ約0.3〜約5wt.%の範囲である場合)。
【0087】
例示的な実施形態では、鉄オーステナイトステンレス鋼組成物は、主要オーステナイト相と、炭化物、窒化物、および/または炭窒化物ならびにそれらの組合せの副次相とを含む。例示的な鋼組成物の炭素および窒素の含有率は、ある範囲内の強度レベル(たとえば、冷間変形を行わない製造されたままの状態で約50ksi〜約120ksiの範囲内)を提供するように選択される。例示的な鋼組成物は、冷間変形を行うことによりさらに高い降伏強度、たとえば100ksiを超える降伏強度を達成し得る。
【0088】
用途
本開示の他の態様は、部分的にまたは完全に例示的な鉄オーステナイトステンレス鋼から装置などを製造することである。かかる例示的な装置は、石油/ガスおよび/または石油化学の装置を含み得るが、これらに限定されるものではなく、石油/ガスおよび/または石油化学の装置としては、反応槽、パイプ、ケーシング、パッカー、継ぎ手、サッカーロッド、シール、ワイヤ、ケーブル、ボトムホールアセンブリ、チューブ、バルブ、コンプレッサー、ポンプ、ベアリング、押出し機バレル、成形ダイ、およびそれらの組合せが挙げられ得る。
【0089】
処理
本開示の鋼組成物/部材は、限定されるものではないが、各種の例示的な熱機械的制御処理(「TMCP」)の技術、工程、または方法をはじめとする種々の処理技術により製造または生産し得る。
【0090】
本開示はさらに、例示的な鉄オーステナイトステンレス鋼を製造/生産するための例示的なプロセス工程を提供する。
【0091】
最初に、制御環境(たとえば、約1600℃で約30分間ならびにNおよび/またはMnの蒸発損失の制御下)で例示的な鉄鋼要素/部材を溶融して液体合金鋼を作製し得る。
【0092】
次いで、液体合金鋼をほぼ室温にまたは好適な低温に冷却して合金鋼の主にオーステナイトの構造を形成し得る(たとえば、鋳造インゴットの形態で、またはスラブ、ビレット、および/もしくはブルームとして連続的に鋳造して)。たとえば、液体合金鋼を成形型(たとえば、水冷銅成形型)に入れてインゴット鋳造または連続鋳造し、Mn偏析を抑制しながら鋳造インゴット/スラブを形成し得る。
【0093】
次に、その後、合金鋼インゴット/スラブを熱間変形(たとえば、約800℃以上で)させて合金鋼の粒子サイズの制御および/または形状の制御を行ってバー、シート、チューブなどにする。
【0094】
いくつかの実施形態では、次いで、合金鋼(たとえば、合金鋼バー/シート)を任意選択的に再加熱してまたは溶体化処理(たとえば、約1000℃以上で約1時間)に付して、前の熱間変形工程で形成された二次相を実質的に溶解させ得る。
【0095】
次いで、再加熱/溶体化された合金鋼を急速に(たとえば、少なくとも約10℃/秒で)好適な冷却停止温度に(たとえば、典型的には約300℃未満またはほぼ室温に)冷却して(たとえば、水焼入れ浴中で)合金鋼の主にオーステナイトの構造を形成し得る。
【0096】
いくつかの実施形態では、合金鋼(たとえば、合金鋼バー/シート)を任意選択的に冷間変形させて(たとえば、圧延または鍛造して)歪み誘起変態を引き起こすことにより合金鋼の強度をさらに増加させ得る。
【0097】
以下の実施例を参照して本開示をさらに説明するが、それにより本開示の範囲を限定するものではない。以下の実施例では、改善された鋼組成物(たとえば、向上した耐食性および/または耐割れ性を有する改善された高Mn鋼組成物)を製造または生産するための改善されたシステムおよび方法を例示する。
【実施例】
【0098】
実施例1
本開示の例示的な合金を減圧誘導溶融により作製した。溶融前、鋼組成物の公称化学は、約20wt.%Mn、18wt.%Cr、約0.6wt.%C、約0.4wt.%N、および残余Feであった。NおよびMnの蒸発損失が制御された制御環境で減圧誘導溶融により鉄鋼組成物を製造して液体合金鋼を作製した。
【0099】
次いで、液体合金鋼を水冷Cu(銅)成形型中に注加して均一鋳造インゴットを形成し(Mn偏析を抑制しながら)、次いで、ほぼ周囲温度に冷却した。
【0100】
次いで、約800℃超の温度でインゴットを熱間変形して粒子サイズを制御するとともに合金鋼を円柱状バーとして造形した。次いで、約1200℃で約1時間にわたりバーのいくつかを再加熱/溶体化熱処理して熱間変形時に形成された二次相を実質的に溶解させた。次いで、溶体化熱処理サンプルを水焼入れ浴中でほぼ室温に急速冷却して(たとえば、少なくとも約10℃/秒で)合金鋼の主にオーステナイトの構造を形成した。
【0101】
圧延されたままのサンプル(すなわち非溶体化熱処理サンプル)は、図3Aに示されるように二次Crリッチ炭化物を呈した。このマイクロ構造は、改善された耐食性を確保するために回避すべきである。
【0102】
図3Bに示されるように、主にオーステナイトの構造は溶体化熱処理サンプルで達成された。このサンプルは、約1200℃で約1時間にわたり溶体化熱処理してから水中で冷却したものである。
【0103】
例示的な鋼および市販の304グレードステンレス鋼(19wt.%Cr、8wt.%Ni、残余Fe)で電気化学的分極曲線を得た。50.2g/LのNaHCOおよび3wt.%のNaClを有する試験水性溶液を分析グレード試薬および脱イオン水から作製した。試験時、約100cc/分の速度で約1barの二酸化炭素(CO2)ガスを用いて、試験水性溶液をパージした。試験前、粒度600番のシリコンカーボンペーパーを用いて鋼サンプルの表面を研磨した。図4Aは、約25℃における本開示の例示的な鋼および市販の304SSの分極曲線を例示している。溶体化処理された本発明の鋼は、図4Bに示されるように、304SSと比較して類似の耐食性を示した。
【0104】
主に、石油、ガス、および/または石油化学の工業/システム/用途の部材に使用するための鋼組成物との関連で本開示を説明してきたが、かかる説明は、単に開示の目的で利用されているにすぎず、本開示を限定することを意図したものでしない。それとは反対に、本開示の鋼組成物は、多様な用途、システム、操作、および/または工業に有用であり得ることを認識すべきである。
【0105】
例示的な実施形態を参照して本開示のシステムおよび方法を説明してきたが、本開示は、かかる例示的な実施形態および/または実現形態に限定されるものではない。より正確には、本開示の技術分野の当業者に自明であろうように、本開示のシステムおよび方法は、多くの実現形態および用途が可能である。本開示は、本開示の実施形態のかかる修正形態、改良形態、および/または変形形態を明示的に包含する。以上の構成に対する多くの変更形態がなされ得るため、またその範囲から逸脱することなく本開示の多くの多様な実施形態がなされ得るため、図面および本明細書に含まれるものはすべて例示的なものと解釈されるものとし、限定的な意味で解釈されないものとすることが意図される。以上の本開示では、追加の修正形態、変更形態、および置換形態が意図される。したがって、添付の特許請求の範囲は、広義にかつ本開示の範囲に一致するように解釈するのが適切である。
図1
図2
図3A
図3B
図4A
図4B
【国際調査報告】