(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公表特許公報(A)
(11)【公表番号】特表2018-538440(P2018-538440A)
(43)【公表日】2018年12月27日
(54)【発明の名称】高エネルギー吸収能力を備えた合金鋼及び鋼管製品
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20181130BHJP
C22C 38/28 20060101ALI20181130BHJP
C21D 9/08 20060101ALN20181130BHJP
【FI】
C22C38/00 301A
C22C38/00 302Z
C22C38/28
C21D9/08 E
【審査請求】未請求
【予備審査請求】未請求
【全頁数】19
(21)【出願番号】特願2018-525449(P2018-525449)
(86)(22)【出願日】2016年11月16日
(85)【翻訳文提出日】2018年6月12日
(86)【国際出願番号】EP2016077878
(87)【国際公開番号】WO2017085135
(87)【国際公開日】20170526
(31)【優先権主張番号】102015119794.4
(32)【優先日】2015年11月16日
(33)【優先権主張国】DE
(31)【優先権主張番号】102015119839.8
(32)【優先日】2015年11月17日
(33)【優先権主張国】DE
(81)【指定国】
AP(BW,GH,GM,KE,LR,LS,MW,MZ,NA,RW,SD,SL,ST,SZ,TZ,UG,ZM,ZW),EA(AM,AZ,BY,KG,KZ,RU,TJ,TM),EP(AL,AT,BE,BG,CH,CY,CZ,DE,DK,EE,ES,FI,FR,GB,GR,HR,HU,IE,IS,IT,LT,LU,LV,MC,MK,MT,NL,NO,PL,PT,RO,RS,SE,SI,SK,SM,TR),OA(BF,BJ,CF,CG,CI,CM,GA,GN,GQ,GW,KM,ML,MR,NE,SN,TD,TG),AE,AG,AL,AM,AO,AT,AU,AZ,BA,BB,BG,BH,BN,BR,BW,BY,BZ,CA,CH,CL,CN,CO,CR,CU,CZ,DE,DJ,DK,DM,DO,DZ,EC,EE,EG,ES,FI,GB,GD,GE,GH,GM,GT,HN,HR,HU,ID,IL,IN,IR,IS,JP,KE,KG,KN,KP,KR,KW,KZ,LA,LC,LK,LR,LS,LU,LY,MA,MD,ME,MG,MK,MN,MW,MX,MY,MZ,NA,NG,NI,NO,NZ,OM,PA,PE,PG,PH,PL,PT,QA,RO,RS,RU,RW,SA,SC,SD,SE,SG,SK,SL,SM,ST,SV,SY,TH,TJ,TM,TN,TR,TT,TZ,UA
(71)【出願人】
【識別番号】516215969
【氏名又は名称】ベントラー スティール / チューブ ゲーエムベーハー
(74)【代理人】
【識別番号】100108143
【弁理士】
【氏名又は名称】嶋崎 英一郎
(72)【発明者】
【氏名】グローセ−ハイルマン,ニコ
(72)【発明者】
【氏名】ペータース,アンドレアス
(72)【発明者】
【氏名】ツィーラ,イザベラ−マリア
(72)【発明者】
【氏名】コーツェシュニック,エルンスト
(72)【発明者】
【氏名】カウフマン,ミヒャエル
(72)【発明者】
【氏名】バルン,ヨーゼフ
【テーマコード(参考)】
4K042
【Fターム(参考)】
4K042AA06
4K042BA01
4K042BA02
4K042BA05
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4K042CA07
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4K042DC02
4K042DC03
4K042DE02
4K042DE04
4K042DE06
(57)【要約】
本発明は、精錬時の不可避的溶融不純物に起因する不可避的不純物及び鉄のほかに、重量パーセントで下記の成分:
C 0.05〜0.6%
Cr+2×Ti+3×(Mo+V+Nb)+4×Wの合計=2〜7%、
を含む、高エネルギー吸収能力及び良好な成形性を備えた合金鋼であって、前記合金鋼の構造が、マルテンサイトのほかに、10〜40体積%の残留オーステナイトの部分を含み、引張強度(Rm)と均一ひずみ(Ag)との積で表される前記エネルギー吸収能力が、12,000MPa%より高く、最小引張強度が1,000MPaである。また、本発明は、少なくとも一部が前記合金鋼で構成される高エネルギー吸収能力及び良好な成形性を備えた鋼管製品である。
【選択図】
図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
精錬時の不可避的溶融不純物に起因する不可避的不純物及び鉄のほかに、重量パーセントで下記の成分:
C 0.05〜0.6%
Cr+2×Ti+3×(Mo+V+Nb)+4×Wの合計=2〜7%、
を含む、高エネルギー吸収能力及び良好な成形性を備えた合金鋼であって、
前記合金鋼の構造が、マルテンサイトのほかに、10〜40体積%の残留オーステナイトの部分を含み、引張強度(Rm)と均一ひずみ(Ag)との積で表される前記エネルギー吸収能力が、12,000MPa%より高く、最小引張強度が1,000MPaである、合金鋼。
【請求項2】
炭素含量が、0.1〜0.6%の範囲、好ましくは、0.15〜0.5%の範囲であることを特徴とする、請求項1に記載の合金鋼。
【請求項3】
1.1%未満のシリコン含量であることを特徴とする、請求項1又は2に記載の合金鋼。
【請求項4】
クロム含量が、2〜7%、好ましくは、2.5〜7%又は2〜4%の範囲、特に好ましくは、3%であることを特徴とする、請求項1〜3のいずれか1項に記載の合金鋼。
【請求項5】
好ましくは、1.5%未満、特に好ましくは、1%未満の含量のマンガン(Mn)を含むことを特徴とする、請求項1〜4のいずれか1項に記載の合金鋼。
【請求項6】
Cr+2×Ti+3×(Mo+V+Nb)+4×Wの合計が、少なくとも2.2、好ましくは、少なくとも2.5、少なくとも3又は少なくとも3.5であることを特徴とする、請求項1〜5のいずれか1項に記載の合金鋼。
【請求項7】
Cr+2×Ti+3×(Mo+V+Nb)+4×Wの合計が、最大で6であることを特徴とする、請求項1〜6のいずれか1項に記載の合金鋼。
【請求項8】
前記合金鋼の構造が、マルテンサイトのほかに、15〜35体積%、好ましくは、20〜35体積%の残留オーステナイトの部分を含むことを特徴とする、請求項1〜7のいずれか1項に記載の合金鋼。
【請求項9】
前記合金鋼の構造が、マルテンサイト及び残留オーステナイトのほかに、最大で30体積%のベイナイトを含むことを特徴とする、請求項1〜8のいずれか1項に記載の合金鋼。
【請求項10】
引張強度Rmと均一ひずみAgとの積で表される前記エネルギー吸収能力が、14,000MPa%より高いことを特徴とする、請求項1〜9のいずれか1項に記載の合金鋼。
【請求項11】
降伏比Rp0.2/Rmが、0.8以下であることを特徴とする、請求項1〜10のいずれか1項に記載の合金鋼。
【請求項12】
5%以上の均一強さを有することを特徴とする、請求項1〜11のいずれか1項に記載の合金鋼。
【請求項13】
熱処理、特に、焼入れ及び分配処理を受けることを特徴とする、請求項1〜12のいずれか1項に記載の合金鋼。
【請求項14】
請求項1〜13のいずれか1項に記載の合金鋼から少なくとも部分的に構成されることを特徴とする、高エネルギー吸収能力及び良好な成形性を備えた鋼管製品。
【請求項15】
パーフォレーションガンの少なくとも一部を形成し、複数の、特に、局所的に限定された肉厚低減部分を有することを特徴とする、請求項14に記載の鋼管製品。
【請求項16】
掘削管、特に、油井管用のドリルパイプ又は鉱物掘削管の少なくとも一部を形成することを特徴とする、請求項14に記載の鋼管製品。
【請求項17】
自動車用の高エネルギー吸収鋼管製品であることを特徴とする、請求項14に記載の鋼管製品。
【請求項18】
少なくとも2つの異なる外周の長手方向部分を有する、エアバッグの圧力容器の少なくとも一部を形成し、一方の長手方向部分の前記外周が、別の長手方向部分の前記外周より少なくとも5パーセント小さいことを特徴とする、請求項14又は17に記載の鋼管製品。
【請求項19】
10〜40%の体積関連比率の薄膜形状又は多面体形状残留オーステナイト、好ましくは、ほとんどが多面体形状残留オーステナイトからなることを特徴とする、請求項14〜18のいずれか1項に記載の鋼管製品。
【請求項20】
前記構造が、15〜35体積%、特に好ましくは、20〜35体積%の残留オーステナイトを有することを特徴とする、請求項14〜19のいずれか1項に記載の鋼管製品。
【請求項21】
少なくとも外表面に、腐食に対し保護する金属コーティングを有することを特徴とする、請求項14〜20のいずれか1項に記載の鋼管製品。
【請求項22】
自動車の衝突関連構造部品の少なくとも一部、特に、シャシ部品又はシャフトであることを特徴とする、請求項14、17、19、20のいずれか1項に記載の鋼管製品。
【請求項23】
前記鋼管が、熱処理、特に、焼入れ及び分配熱処理により処理されていることを特徴とする、請求項14〜22のいずれか1項に記載の鋼管製品。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高エネルギー吸収能力を備えた合金鋼及び鋼管製品に関する。
【0002】
自動車部品等を製造するために、いわゆるTRIP(Transformation Induced Plasticity)鋼を使用することが知られている。TRIP鋼は、通例、フェライト、ベイナイト、及び残留オーステナイトからなり、残留オーステナイトは変形により誘起されると、マルテンサイトに変態する。残留オーステナイトの変形誘起マルテンサイト変態はTRIP効果とも呼ばれる。
【0003】
残留オーステナイトを安定化し、TRIP効果を高めるために、TRIP鋼に加熱処理を施すことが知られている。とりわけ、いわゆる焼入れ及び分配(quenching and partitioning、Q&P)が利用される。この方法により、埋め込まれた残留オーステナイトをもつ焼戻マルテンサイト構造ができる。
【0004】
そのときに、マルテンサイトは強度を増強し、残留オーステナイトはTRIP効果により付加的に良好なひずみ特性を確実にもたらす。
【0005】
低合金マルテンサイト/オーステナイト鋼の不利な点は、鋼中に十分な部分の残留オーステナイトを得るために、ベイナイト及び/又はセメンタイト(鉄カーバイド)の形成を避ける必要があるということである。従来技術から、例えば、多量のベイナイト及びセメンタイトの形成を抑制するためにケイ素を添加することが知られている。ベイナイト及びセメンタイトの形成に対するこの種の抑制の不利な点は、加熱成形の際にケイ素の添加が鋼製品の表面品質を低下させるということである。さらに、このマルテンサイト/オーステナイト鋼において、ベイナイト及びセメンタイトの全体のかなりの部分において、オーステナイトの不十分な安定化が認められる。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
したがって、本発明の目的は、鋼のエネルギー吸収能力及び成形性を簡便であり、かつ、信頼できる様式で改良することを可能とする解決方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、前記目的が合金鋼にカーバイド形成元素を添加することによって達成できるという知見に基づいている。
【0008】
本発明によれば、前記目的は、高エネルギー吸収能力及び良好な成形性を備えた合金鋼によって達成することができ、該合金鋼は、精錬時の不可避的溶融不純物に起因する不可避的不純物及び鉄のほかに、重量パーセントで下記の成分:
C 0.05〜0.6%
Cr+2×Ti+3×(Mo+V+Nb)+4×Wの合計=2〜7%、
を含み、前記合金鋼の構造が、マルテンサイトのほかに、10〜40体積%の残留オーステナイトの部分を含み、引張強度Rmと均一ひずみAgとの積で表される前記エネルギー吸収能力が、14,000MPa%より高く、最小引張強度が1,000MPaである、合金鋼である。
【0009】
本発明は、高エネルギー吸収能力及び良好な成形性を備えた低合金鋼を提供する。該合金鋼は以後、合金、鋼又は材料とも呼ばれる。合金元素の量を示すには、重量パーセントで与えられるが、単にパーセントと表すことがある。
【0010】
炭素(C)は、マルテンサイト/オーステナイト構造を作るのに必要である。本発明によれば、少なくとも0.05%の量の炭素が添加されている。炭素含量が0.05%未満では、重要なオーステナイトの安定化を達成するには、該鋼中に存在する炭素が不十分であることが発見された。しかしながら、本発明によれば、炭素含量は最大で0.6%に制限される。0.6%を超えると、材料のマルテンサイト基地(マトリックス)、特に比較的低温での焼戻し後の最終材料のマルテンサイト基地が非常に脆くなり、技術的に使用可能な材料とならない。本発明によれば、前記合金鋼の炭素含量は、0.05〜0.6%であり、好ましくは0.1〜0.6%であり、より好ましくは0.15〜0.5%である。
【0011】
本発明によれば、前記合金鋼は少なくとも1つのカーバイド形成元素を付加的に含む。特に、炭素とカーバイドを形成する合金元素は、カーバイド形成元素という。それによって、鉄カーバイド(Fe
3C セメンタイト)の形成は抑制される。
【0012】
特に好ましくは、前記合金鋼はクロムを含む。クロムはカーバイド形成元素として働く。クロムに加えて、前記合金鋼はまた、1又はそれより多くのカーバイド形成元素をさらに含んでもよい。
【0013】
周期表の亜族4(チタン群)、5(バナジウム群)及び6(クロム群)の合金元素はカーバイド形成元素として使用することができる。
【0014】
カーバイド形成元素は、通常、残留オーステナイトの安定化を妨害すると考えられている。なぜなら、カーバイド形成元素は、カーバイドを形成するために、残留オーステナイトの安定化に必要な炭素を使用するからである。しかしながら、本発明によれば、カーバイド形成元素を標的とする添加により、鋼中の残留オーステナイトの量を増加できることを見出した。
【0015】
カーバイド形成元素を鉄―炭素合金に添加すると、中間構造であるベイナイトの開始温度(Bs(ベイナイト開始温度)とも呼ぶ)より高い温度において、変態が起こらない領域が生じる。このことは、TTT線図(time−temperature−transformation diagrm)において、フェライト/パーライト及びベイナイトの変態領域がはっきりと分かれていることから明らかである。変態が起こらないこの領域は国際的にbay(湾)とも呼ばれる。望ましくないベイナイトの形成及びセメンタイトの形成は、カーバイド形成元素が指向された様式で添加されると、それらの温度にて妨げられることが証明された。
【0016】
それゆえ、本発明によれば、カーバイド形成元素を意味するbay―形成元素が添加される。特に、カーバイド形成元素としてクロムが添加される。好ましくは、クロム含量が、2〜7%、好ましくは、2.5〜7%又は2〜4%の範囲、特に好ましくは、3%である。
【0017】
クロムに加えて、特にモリブデンが添加される。クロム及びモリブデンはベイナイトの形成を抑制し、そうして残留オーステナイト内の炭素の再分布を可能にさせる。
【0018】
さらに、本発明によれば、少なくともさらに1つのカーバイド形成元素を添加することができる。本発明によれば、該カーバイド形成元素は、元素Ti(亜族4)、V、Nb(亜族5)、及びCr、Mo、W(亜族6)である。これらの合金元素は経済的な観点から製鋼での使用にとって重要である。カーバイド形成元素として働くこれらの合金元素は、bay―形成元素としての効果の強さが異なる。クロムと比べると、上から順に、W、Mo、V、Nb及びTiがbay―形成元素として適している。本発明において、これらの合金元素は、以下のような条件を充足する組合せで添加される。
Cr+2×Ti+3×(Mo+V+Nb)+4×Wの合計=2〜7%
【0019】
こうして、bay領域は確実に拡大し、残留オーステナイトの一層高い割合を達成するための温度管理が簡略化される。
【0020】
特に好ましくは、前記合金鋼中のカーバイド形成元素は、Cr+2×Ti+3×(Mo+V+Nb)+4×Wの合計=2〜7%である条件を満たし、好ましくは、少なくとも2.2、2.5、3又は3.5である。好ましくは、その合計の最大値は6である。それによって、ベイナイトの形成及びセメンタイトの形成は確実に回避され、残留オーステナイトの比率が高い構造を作ることができる。
【0021】
本発明によれば、前記合金鋼において、マンガン(Mn)を含めることができる。マンガンの添加は強制されるものではない。もしもマンガンを添加するのであれば、好ましくは、1.5%未満、特に好ましくは、1%未満である。マンガン含量は、例えば、0.5〜0.7%の範囲、例えば、0.65%とすることができる。
【0022】
本発明によれば、前記合金鋼の構造は、マルテンサイトのほかに、10〜40体積%の残留オーステナイトの部分を含む。残留オーステナイトの最小含量は、好ましくは、20体積%である。好ましい態様においては、前記合金鋼の構造は、マルテンサイトのほかに、15〜35体積%、特に好ましくは、20〜35体積%の残留オーステナイトの部分を含む。マルテンサイト基地中の残留オーステナイトのこの高い割合で、TRIP効果が特に用いられ、それにより有利な材料特性が達成される。
【0023】
好ましいわけではないが、残留オーステナイトをもつマルテンサイト構造に加え、合金鋼の構造中に小部分のベイナイトを存在させることができる。しかしながら、ベイナイト部分は最大30体積%に制限される。このベイナイト部分でも、マルテンサイト構造中で十分な残留オーステナイト含量が達成される。
【0024】
本発明によれば、引張強度(Rm)と均一ひずみ(Ag)との積で表される前記合金鋼のエネルギー吸収能力は、12,000MPa%より高く、また、14,000MPa%より高くすることができる。
【0025】
また、本発明の合金鋼は、降伏強度と破壊ひずみとの積及び引張強度と破壊ひずみとの積が公知の鋼よりも高くなりうる。
【0026】
さらに、本発明によれば、本発明の合金鋼の引張強度(Rm)と破壊ひずみ(A5)との積は、前記合金鋼から作製された鋼製品の成形性、特に冷間加工性が確実に得られるほどに十分に高い。
【0027】
本発明の合金鋼は、最小引張強度が1,000MPaである。
【0028】
それゆえ、本発明の合金鋼は、同じ引張強度をもつ従来の熱処理済み鋼よりも、成形性及び破壊ひずみの点において優れている。
【0029】
1つの態様においては、前記合金鋼はケイ素含量が1.1%未満である。その高い酸素親和性により、ケイ素は脱酸剤として使用することができ、それゆえ、多くのキルド合金鋼に存在している。低合金鋼においては、ケイ素は、鋼中のセメンタイト形成を抑制することが知られている。しかしながら、ケイ素添加合金鋼は、ケイ素含量が増加すると、表面の品質を劣化させる接着性の酸化物層を多く形成する傾向があるということが発見されており、これは特に後続の亜鉛メッキ等の被覆処理に対して不利な効果である。
【0030】
本発明の合金鋼中のケイ素含量を1.1%に限定することにより、前記鋼の特性、特に表面特性の劣化に対する、ケイ素によるマイナスの影響を最小限にすることができる。
【0031】
1つの態様において、前記合金鋼の降伏強度比(降伏強度対引張強度)Rp0.2/Rmは、0.8以下である。従来の熱処理済み鋼では、この比はこれより高く、例えば、0.9を超える。それゆえ、本合金鋼を用いると、該合金鋼から作られる鋼製品、特に鋼管製品のより良い成形性を確実に得ることができる。
【0032】
本発明の合金鋼の均一ひずみ(Ag)は5%以上とすることができる。従来の熱処理済み鋼では、特に1,000MPaを超える鋼では、均一ひずみはより小さく、特に5%未満である。
【0033】
好ましい態様においては、前記合金鋼は熱処理された状態、特に焼入れ及び分配(quenching and partitioning、Q&P)の熱処理後の状態にある。
【0034】
本発明によれば、カーバイド形成元素と合金化された鋼、特にクロム、またチタン、モリブデン、バナジウム、ニオビウム及びタングステンと合金化された鋼は、Q&P熱処理に顕著に適していることが立証された。この知見は、カーバイド形成元素が通常Q&Pに対して逆効果であるという従来の見解とは対照的である。
【0035】
“焼入れ及び分配”熱処理(Q&P)は、低炭素マルテンサイトと残留オーステナイトからなる二相の微細構造を生じさせる。
【0036】
焼入れの工程中、最初に鋼は十分にオーステナイト化され、次いで、マルテンサイト開始温度とマルテンサイト終了温度の間の温度に焼入れされる。抑制されたセメンタイト析出により、分配工程において、過飽和マルテンサイトから残留オーステナイトに炭素が拡散する。炭素はオーステナイトを安定化し、それによって、炭素濃化オーステナイトのマルテンサイト開始温度は局所的に室温よりも低くなる。それゆえ、室温への最終の焼入れにおいては、高炭素含有マルテンサイトは形成されず、炭素濃化オーステナイトは残存する。好ましく焼戻しされたマルテンサイトは強度を増し、残留オーステナイトはTRIP効果により、依然として良好なひずみ特性を保証する。
【0037】
1つの実施例によれば、前記合金鋼の製品、例えば、管要素は、以下の方法の工程を受ける。
a.第1の冷却工程において、臨界冷却速度よりも大きい冷却速度で、Msより大きいT1への、少なくともAc3温度での加熱成形後の最初の焼入れ
b.第2の冷却工程において、温度T2への焼入れ
a.そこでは、T2<Ms<Ms―50℃であり、室温より高い;
b.かつ、第2の冷却工程は第1の冷却工程に比べて3〜20倍遅い速度で実施される。
c.以下の式を満たす加熱速度と多面体形状の残留オーステナイトを安定化するための保持段階をもつ加熱
(T3−T2)/10×加熱速度Ks>T3での保持時間(秒)
T3>ベイナイト開始温度
d.管温度<Msへのさらなる冷却工程
【0038】
ここで、工程cは分配の工程である。再加熱(加熱速度)の時間が長いほど、分配のための保持時間は短くなる。例えば、誘導加熱を伴う適度な加熱速度10K/s及び200Kの温度差(dT)では、保持時間は200秒未満となる。
【0039】
熱処理、特に本発明における分配の工程は、好ましくは誘導加熱を用いて行われる。それにより、所望する加熱速度及び保持段階を明確に設定することができる。
【0040】
本発明の合金鋼は、高エネルギー吸収能力及び良好な成形性に加えて、良好な被削性も備えている。合金鋼から作られる鋼製品を寸法通りに機械で仕上げる能力の特性を意味する被削性は、主として強度と靭性により決定される。本発明で達成することができる強度と靭性により、合金鋼の被削性、特に合金鋼から作られる製品の被削性を確実に得ることができる。
【0041】
本発明の合金鋼を用いると、各種の鋼製品を製造することができる。好ましくは、本発明の合金鋼は鋼管製品を製造するために使用される。
【0042】
別の態様によれば、本発明は、高エネルギー吸収能力及び良好な成形性を備える鋼管製品に関する。該鋼管製品は、少なくとも部分的には本発明の合金鋼で構成されるという点で特徴付けられる。特に好ましくは、該鋼管製品は管要素を含み、これは少なくとも部分的には、好ましくは全体が本発明の合金鋼で構成される。代替的には、該鋼管製品は前記管要素のみをもって構成されることも可能である。
【0043】
石油産業において、本発明の鋼管製品は、例えば掘削管(drill tube)やいわゆるパーフォレーションガン(perforation gun)として使用することができる。
【0044】
1つの態様においては、前記鋼管製品は、少なくともパーフォレーションガンの一部を形成する。特に、該鋼管製品は、パーフォレーションガンの中空キャリア(hollow carrier)でありうる。パーフォレーションガンは、石油採取業界で使用される装置である。そこでパーフォレーションガンは、ガス貯留層又は原油層にアクセスするためのボーリング孔を開ける又は再び開けるのに使用される。パーフォレーションガンは好ましくは中空キャリアを含む。点火装置が該中空キャリア内に挿入される。パーフォレーションガンを所定の位置にもっていく間、例えば、石油層が位置し配置されている深さの位置にもっていく間、前記中空キャリアは、特に、加えられている圧力と昇温状態により、高い機械的応力に耐える必要がある。本発明の合金鋼から作られた中空キャリアはこの要件を満足させることができる。
【0045】
少なくともパーフォレーションガンの一部である、特に中空キャリアである鋼管製品は、複数の、特に局所的に限定された肉厚低減部分を有している。この局所的に限定された部分は好ましくは点状又は円形の部分である。該部分は、中空キャリア内に挿入される点火薬が点火して中空キャリアで壁開口部を形成するために中空キャリア内に設けられる。好ましくは中空キャリアを構成する、本発明の合金鋼の高いエネルギー吸収能力により、点火薬が点火しても中空キャリアは破裂しないことが保証される。肉厚低減部分だけが破壊され、周囲の岩の穿孔が可能になる。
【0046】
他の実施例によれば、鋼管製品は、少なくとも掘削管、特に油井管(OCTG)用のドリルパイプの一部である。これは例えば石油、ガス、又は水の掘削のために使用される。使用される本発明の合金鋼は、特にこの使用に適している。なぜなら、この合金鋼から作られた鋼管製品は、探査ボーリングにおいて、そこに存在する高負荷に耐えることができるからである。
【0047】
さらなる実施例によれば、前記鋼管製品は、少なくとも鉱物掘削管(mineralogical drill tube)の一部である。これは、例えば、通信や送配電又は地熱の施設のようなインフラストラクチャー手段の実施のために使用される。使用される本発明の合金鋼は、特にこの使用に適している。なぜなら、この合金鋼で作られた鋼管製品は、種々の地質学的形成に対してよく耐えることができるからである。
【0048】
肉厚低減部分は、本発明の合金鋼で簡単に設けることが可能である。なぜなら、それは被削性に優れているからである。
【0049】
代替的な態様においては、前記鋼管製品は、高エネルギー吸収能力を備えた自動車用の鋼管製品である。
【0050】
この態様の鋼管製品は、例えば、シャフト、スタビライザー、インジェクションパイプとすることができ、あるいは、エアバッグモジュール、ドアインパクトビーム、ロールバー又はAピラーのような衝撃保護ユニットに使用することができる。
【0051】
1つの態様においては、前記鋼管製品は、少なくともエアバッグのガス圧力容器の一部を形成する。エアバッグのガス圧力容器は、その中に媒体、特にはガスが昇圧下で貯蔵され、あるいは、その中に高圧の媒体が発生する、エアバッグモジュールの一部である。現行のエアバッグは、媒体手段で充填される。エアバッグのガス圧力容器として態様では、前記鋼管製品は、異なる外周をもつ少なくとも2つの長手方向部分を有する。特に、管端の少なくとも1つは小さい方の外周を有することができる。この態様において、一方の長手方向部分の外周は、好ましくは他方の長手方向部分の外周よりも少なくとも5パーセント小さい。
【0052】
好ましい態様においては、前記鋼管製品の合金鋼は、10〜40%、好ましくは15〜35%、特に好ましくは20〜35%の体積関連比率の薄膜形状又は多面体形状残留オーステナイトである。好ましい態様においては、残留オーステナイトは、ほとんどが多面体形状残留オーステナイトからなる。それにより、特に室温でもTRIP効果を利用することが可能になる。
【0053】
さらに好ましい態様においては、前記鋼管製品は、少なくともその外表面に、少なくとも本発明の合金鋼で形成される領域内に、腐食に対し保護する金属コーティングを有する。腐食に対し保護する金属コーティングは、例えば、亜鉛メッキで設けた亜鉛層とすることができる。こうしたコーティングは、本発明の合金鋼を使用するときに可能になる。なぜなら、その表面特性は、可能な限りの少ないケイ素含量により、改善することができるからである。
【0054】
別の態様においては、前記鋼管製品は、自動車の衝突関連構造部品、シャシ部品、シャフト又はエアバッグのガス圧力容器に使用される。
【0055】
本発明によれば、前記鋼管製品及び特に該鋼管製品の一部は、本発明の合金鋼で作られており、熱処理、特に、焼入れ及び分配熱処理により処理されている。
【0056】
この加熱処理により、本発明の合金で形成される多量の残留オーステナイトは、スタビライザーとすることができ、所望する製品特性を明確に設定することができる。
【0057】
本発明の鋼管製品の態様を添付図面に概略的に示す。
【図面の簡単な説明】
【0058】
【
図1】エアバッグのガス圧力容器の態様である鋼管製品の概略図
【
図2】パーフォレーションガンの中空キャリアの態様である鋼管製品の概略図
【
図3】スタビライザーの態様である鋼管製品の概略図
【発明を実施するための形態】
【0059】
図1には、ガス圧力容器、特にはエアバッグのガス圧力容器としての、本発明の鋼管製品1が示されている。鋼管製品1は管要素10を含んでいる。
図1に示す態様においては、管端101は縮径され、又は引っ張られている。管端101の縮径は冷間成形により作製することができる。前記図示された態様における管端101はそれぞれ、管要素10の中央領域の直径D
0よりも小さい直径D
1を有している。管端101の直径は変えることもできる。
図1に示された態様においては、鋼管製品1は燃焼チャンバ14を備えており、その中には点火装置12及び火工要素が設けられている。管端101の1つにおいて、燃焼チャンバ14は、それに溶接したディスク17によって閉鎖されている。燃焼チャンバ14には、冷却ガス貯蔵部15が続く。冷却ガス貯蔵部15は燃焼チャンバ14から膜11により区切られており、これはバーストディスク(burst disc)とも呼ばれる。冷却ガス貯蔵部15は管要素10の中央領域102にあり、これは大きい方の直径D
0を有している。冷却ガス貯蔵部15にはディフューザー(diffuser)13が続く。
図1において、ディフューザー13の領域に充填孔16が示されている。ディフューザー13の管端101はディスク17と溶接されており、このことは該ディスクによって閉鎖されることを意味している。
【0060】
冷却ガス貯蔵部15内は、例えば、580バールの圧力が主流である。燃焼チャンバ14内は、点火装置の点火で、圧力が例えば580バールから1200バールに上昇しうる。本発明の鋼管製品1は、その特性によりこの圧力に信頼性をもって耐えることができ、脆性破壊や脆性亀裂の拡大を恐れる必要がない。
【0061】
図2は、鋼管製品1の他の態様の概略図であり、パーフォレーションガンを示している。パーフォレーションガン1は、管要素10を含み、これは中空キャリアとも呼ばれる。管要素10は好ましくはシームレスの管要素である。管要素10では、局所的に限定された肉厚低減部分100が設けられている。局所的に限定された領域100はそれぞれ円形の領域を有している。領域100は管要素10の長さにわたって分布している。管要素10内に、点火薬とともに点火ユニット18が挿入される。点火薬の爆発材料は点火ユニット18により点火され、それにより、一方では管要素10の領域100は開き、他方では、周囲の材料、例えば、岩に穴が穿孔される。
【0062】
図3には、鋼管製品1の他の態様が示されている。この態様においては、鋼管製品1は、スタビライザーである。スタビライザー1は、図示された態様において、管要素10、該管要素の端101(それぞれが接続要素2に取り付けられている)を含んでいる。
図3から分かるように、管端101は、接続ポイント19を介して、例えば、シーム溶接により接続要素2に接続している。
【0063】
図4には、鋼管製品1の他の態様が示されている。この態様においては、鋼管製品1は、掘削管、特にドリルパイプである。掘削管1は、図示された態様において、管要素10が含まれ、その管端101において、ねじ山が設けられている。左の管端101に示されているように、このねじ山は雄ねじとすることができ、又は、右の管端101に示されているように、雌ねじとすることができ、これは広がった管端101内に設けられる。しかしながら、他の形状の掘削管も使用することができる。例えば、管端101の1つにおいて、ドリル突起又はナイフを設けることができる。ねじ山を介して、いくつかの管要素10を互いに取り付けることができ、そうして長い掘削管1を作ることができる。
【0064】
本発明により、数多くの予期せぬ有利な点を達成することができる。一方では、本発明に従いカーバイド形成元素を合金化することにより(これは通常の理解によれば、予想されるカーバイドの形成によりオーステナイト含量を減少させるが)、また、予測に反し、温度制御が特異的にベイナイト形成とカーバイド形成を抑制することにより、オーステナイト含量は顕著に増加する。ケイ素を多く用いることは、加熱成形において表面悪化を招くことになるが、本発明では除外することができる。
【0065】
本発明を用いることで、高強度Q&P鋼の新規な材料群が提供され、これは管用に使用することができる。特に鋼製品、特に管を製造することができ、これは高強度、高展延性を有している。特に、本発明の鋼製品は、従来の加熱処理の管に比べて高いエネルギー吸収能力を有する。前記合金鋼は降伏強度比が低いため、一層良好な成形性が得られる。該合金鋼中のケイ素が低含量又は不存在であるため、一層良好な表面品質の鋼製品が得られる。特に、本発明の合金鋼では、熱間加工後にも、表面の被覆、例えば、亜鉛メッキが可能である。
【0066】
最後になるが、合金元素の比率が低いため、合金鋼にかかるコストが低い。
【符号の説明】
【0067】
1 鋼管製品
10 管要素
101 管端
102 中央領域
11 膜
12 点火装置
13 ディフューザー
14 燃焼チャンバ
15 冷却ガス貯蔵部
16 充填孔
17 ディスク
100 肉厚低減部分
18 点火ユニット
19 接続ポイント
2 接続要素
【国際調査報告】