(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公表特許公報(A)
(11)【公表番号】特表2019-520073(P2019-520073A)
(43)【公表日】2019年7月18日
(54)【発明の名称】脂肪分解及び脂肪酸酸化代謝の調節方法
(51)【国際特許分類】
C12N 9/04 20060101AFI20190627BHJP
C12Q 1/48 20060101ALI20190627BHJP
C12N 9/12 20060101ALI20190627BHJP
C12N 15/12 20060101ALI20190627BHJP
C12N 15/10 20060101ALI20190627BHJP
C12N 9/20 20060101ALI20190627BHJP
C12Q 1/44 20060101ALI20190627BHJP
C12Q 1/26 20060101ALI20190627BHJP
C12Q 1/02 20060101ALI20190627BHJP
A61K 45/00 20060101ALI20190627BHJP
A61P 3/04 20060101ALI20190627BHJP
A61P 43/00 20060101ALI20190627BHJP
A61P 3/00 20060101ALI20190627BHJP
A61K 48/00 20060101ALI20190627BHJP
G01N 33/53 20060101ALI20190627BHJP
G01N 33/50 20060101ALI20190627BHJP
G01N 33/15 20060101ALI20190627BHJP
【FI】
C12N9/04 Z
C12Q1/48 Z
C12N9/12
C12N15/12
C12N15/10 200Z
C12N9/20
C12Q1/44
C12Q1/26
C12Q1/02
A61K45/00
A61P3/04
A61P43/00 111
A61P3/00
A61K48/00
A61P3/00 171
G01N33/53 D
G01N33/50 Z
G01N33/15 Z
【審査請求】有
【予備審査請求】未請求
【全頁数】31
(21)【出願番号】特願2018-566846(P2018-566846)
(86)(22)【出願日】2016年11月24日
(85)【翻訳文提出日】2019年2月19日
(86)【国際出願番号】CN2016107038
(87)【国際公開番号】WO2017219601
(87)【国際公開日】20171228
(31)【優先権主張番号】201610453256.7
(32)【優先日】2016年6月21日
(33)【優先権主張国】CN
(81)【指定国】
AP(BW,GH,GM,KE,LR,LS,MW,MZ,NA,RW,SD,SL,ST,SZ,TZ,UG,ZM,ZW),EA(AM,AZ,BY,KG,KZ,RU,TJ,TM),EP(AL,AT,BE,BG,CH,CY,CZ,DE,DK,EE,ES,FI,FR,GB,GR,HR,HU,IE,IS,IT,LT,LU,LV,MC,MK,MT,NL,NO,PL,PT,RO,RS,SE,SI,SK,SM,TR),OA(BF,BJ,CF,CG,CI,CM,GA,GN,GQ,GW,KM,ML,MR,NE,SN,TD,TG),AE,AG,AL,AM,AO,AT,AU,AZ,BA,BB,BG,BH,BN,BR,BW,BY,BZ,CA,CH,CL,CN,CO,CR,CU,CZ,DE,DJ,DK,DM,DO,DZ,EC,EE,EG,ES,FI,GB,GD,GE,GH,GM,GT,HN,HR,HU,ID,IL,IN,IR,IS,JP,KE,KG,KN,KP,KR,KW,KZ,LA,LC,LK,LR,LS,LU,LY,MA,MD,ME,MG,MK,MN,MW,MX,MY,MZ,NA,NG,NI,NO,NZ,OM,PA,PE,PG,PH,PL,PT,QA,RO,RS,RU,RW,SA,SC,SD,SE,SG,SK,SL,SM,ST,SV,SY,TH,TJ,TM,TN,TR,TT,TZ,UA
(71)【出願人】
【識別番号】515190906
【氏名又は名称】南京大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000659
【氏名又は名称】特許業務法人広江アソシエイツ特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】▲華▼子春
(72)【発明者】
【氏名】庄▲紅▼芹
【テーマコード(参考)】
2G045
4B050
4B063
4C084
【Fターム(参考)】
2G045AA40
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4C084ZC192
4C084ZC331
4C084ZC332
(57)【要約】
哺乳類又は哺乳類由来細胞の脂肪分解及び脂肪酸酸化代謝を促進する方法、哺乳類の体内脂肪含有量及び体重を低下させる方法、並びに細胞内cAMP濃度を増加させ、ホルモン感受性エステラーゼHSLのリン酸化程度及び活性を高め、PPARα転写活性を増強し、脂肪酸β酸化プロセスに関与する酵素の活性を高める方法を提供する。この方法は、Fas関連デスドメインタンパク質のリン酸化をシミュレートする遺伝子に対応するタンパク質の発現により、又はFas関連デスドメインタンパク質のリン酸化レベルを高めることができる物質を用いて哺乳類若しくは哺乳類由来細胞を処理し、それに作用することにより、Fas関連デスドメインタンパク質のリン酸化を上昇させるものである。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
哺乳類又は哺乳類由来細胞のFas関連デスドメインタンパク質のリン酸化を上昇させることにより実現することを特徴とする、哺乳類若しくは哺乳類由来細胞の脂肪分解及び脂肪酸酸化代謝を促進する方法、哺乳類の体内脂肪含有量及び体重を低下させる方法、又は細胞内cAMP濃度を増加させ、ホルモン感受性エステラーゼHSLのリン酸化程度及び活性を高め、PPARα転写活性を増強し、脂肪酸β酸化プロセスに関与する酵素の活性を高める方法。
【請求項2】
前記哺乳類又は哺乳類由来細胞のFas関連デスドメインタンパク質のリン酸化を上昇させることは、Fas関連デスドメインタンパク質のリン酸化をシミュレートする遺伝子に対応するタンパク質の発現により実現することを特徴とする、請求項1に記載の哺乳類若しくは哺乳類由来細胞の脂肪分解及び脂肪酸酸化代謝を促進する方法、哺乳類の体内脂肪含有量及び体重を低下させる方法、又は細胞内cAMP濃度を増加させ、ホルモン感受性エステラーゼHSLのリン酸化程度及び活性を高め、PPARα転写活性を増強し、脂肪酸β酸化プロセスに関与する酵素の活性を高める方法。
【請求項3】
前記Fas関連デスドメインタンパク質のリン酸化をシミュレートする遺伝子に対応するタンパク質は、野生型Fas関連デスドメインタンパク質の194位セリンをアスパラギン酸又はグルタミン酸に変異させた後に得られるタンパク質である、請求項2に記載の哺乳類若しくは哺乳類由来細胞の脂肪分解及び脂肪酸酸化代謝を促進する方法、哺乳類の体内脂肪含有量及び体重を低下させる方法、又は細胞内cAMP濃度を増加させ、ホルモン感受性エステラーゼHSLのリン酸化程度及び活性を高め、PPARα転写活性を増強し、脂肪酸β酸化プロセスに関与する酵素の活性を高める方法。
【請求項4】
前記哺乳類若しくは哺乳類由来細胞のFas関連デスドメインタンパク質のリン酸化を上昇させることは、哺乳類若しくは哺乳類由来細胞のFas関連デスドメインタンパク質のリン酸化レベルを高めることができる物質を用いて哺乳類若しくは哺乳類由来細胞を処理し、それに作用することにより実現する、請求項1に記載の哺乳類若しくは哺乳類由来細胞の脂肪分解及び脂肪酸酸化代謝を促進する方法、哺乳類の体内脂肪含有量及び体重を低下させる方法、又は細胞内cAMP濃度を増加させ、ホルモン感受性エステラーゼHSLのリン酸化程度及び活性を高め、PPARα転写活性を増強し、脂肪酸β酸化プロセスに関与する酵素の活性を高める方法。
【請求項5】
前記哺乳類がマウス又はヒトである、請求項1〜4のいずれか1項に記載の哺乳類若しくは哺乳類由来細胞の脂肪分解及び脂肪酸酸化代謝を促進する方法、又は哺乳類の体内脂肪含有量及び体重を低下させる方法、又は細胞内cAMP濃度を増加させ、ホルモン感受性エステラーゼHSLのリン酸化程度及び活性を高め、PPARα転写活性を増強し、脂肪酸β酸化プロセスに関与する酵素の活性を高める方法。
【請求項6】
前記脂肪酸β酸化プロセスに関与する酵素が、ペルオキシソームアシルCoAオキシダーゼ1、3−ヒドロキシアシルCoAデヒドロゲナーゼ、極長鎖アシルCoAデヒドロゲナーゼ、長鎖アシルCoAデヒドロゲナーゼ、及び中鎖アシルCoAデヒドロゲナーゼを含む、請求項1〜4のいずれか1項に記載の哺乳類若しくは哺乳類由来細胞の脂肪分解及び脂肪酸酸化代謝を促進する方法、又は哺乳類の体内脂肪含有量及び体重を低下させる方法、又は細胞内cAMP濃度を増加させ、ホルモン感受性エステラーゼHSLのリン酸化程度及び活性を高め、PPARα転写活性を増強し、脂肪酸β酸化プロセスに関与する酵素の活性を高める方法。
【請求項7】
哺乳類若しくは哺乳類由来細胞が物質による作用を受けた後、ウェスタンブロット法でFas関連デスドメインタンパク質のリン酸化レベルの変化を測定し、リン酸化レベルが高くなった場合、前記物質は、哺乳類若しくは哺乳類由来細胞のFas関連デスドメインタンパク質のリン酸化レベルを高める活性を有するか、又は哺乳類若しくは哺乳類由来細胞の脂肪分解及び脂肪酸酸化代謝を促進する活性を有するか、又は哺乳類の体内脂肪含有量及び体重を低下させる活性を有するか、又は細胞内cAMP濃度を増加させ、ホルモン感受性エステラーゼHSLのリン酸化程度及び活性を高め、PPARα転写活性を増強し、脂肪酸β酸化プロセスに関与する酵素の活性を高める活性を有する、Fas関連デスドメインタンパク質のリン酸化を高めることができる物質をスクリーニングする方法、又は哺乳類若しくは哺乳類由来細胞の脂肪分解及び脂肪酸酸化代謝を促進することができる物質をスクリーニングする方法、又は哺乳類の体内脂肪含有量及び体重を低下させることができる物質をスクリーニングする方法、又は細胞内cAMP濃度を増加させ、ホルモン感受性リパーゼHSLのリン酸化程度及び活性を高め、PPARα転写活性を増強し、脂肪酸β酸化プロセスに関与する酵素の活性を高めることができる物質をスクリーニングする方法。
【請求項8】
Fas関連デスドメインタンパク質のリン酸化レベルを高めることができる高分子物質(タンパク質、核酸、又は多糖)若しくは小分子(脂肪酸、ビタミン、天然産物、化学合成若しくは化学修飾による生成物、有機小分子、又は無機分子)、又はナノ分子を含む、哺乳類若しくは哺乳類由来細胞のFas関連デスドメインタンパク質のリン酸化を高めることができる物質。
【請求項9】
Fas関連デスドメインタンパク質のリン酸化を高めることができる物質又はFas関連デスドメインタンパク質のリン酸化をシミュレートする遺伝子及びそれが発現したタンパク質の、脂肪分解及び脂肪酸酸化代謝レベルを高める薬物の製造における用途、哺乳類の体内脂肪含有量及び体重を低下させる薬物の製造における用途、又は細胞内cAMP濃度を増加させ、ホルモン感受性エステラーゼHSLのリン酸化程度及び活性を高め、PPARα転写活性を増強し、脂肪酸β酸化プロセスに関与する酵素の活性を高める薬物の製造における使用。
【請求項10】
請求項1〜4のいずれか1項に記載の哺乳類若しくは哺乳類由来細胞の脂肪分解及び脂肪酸酸化代謝を促進する方法、又は哺乳類の体内脂肪含有量及び体重を低下させる方法、又は細胞内cAMP濃度を増加させ、ホルモン感受性エステラーゼHSLのリン酸化程度及び活性を高め、PPARα転写活性を増強し、脂肪酸β酸化プロセスに関与する酵素の活性を高める方法を、従来の化学薬物で脂肪分解及び脂肪酸酸化代謝を促進する方法、漢方薬で脂肪分解及び脂肪酸酸化代謝を促進する方法、生物学的製品で脂肪分解及び脂肪酸酸化代謝を促進する方法、又は物理的に脂肪分解及び脂肪酸酸化代謝を促進する方法と併用する、哺乳類若しくは哺乳類由来細胞の脂肪分解及び脂肪酸酸化代謝を促進する方法、又は哺乳類の体内脂肪含有量及び体重を低下させる方法、又は細胞内cAMP濃度を増加させ、ホルモン感受性エステラーゼHSLのリン酸化程度及び活性を高め、PPARα転写活性を増強し、脂肪酸β酸化プロセスに関与する酵素の活性を高める方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、バイオ医薬品分野に属し、具体的には、脂肪分解及び脂肪酸酸化代謝の調節方法及び用途に関する。
【背景技術】
【0002】
トリグリセリド(TG)は、哺乳類の細胞エネルギー貯蔵の主な形式である。エネルギー摂取がエネルギー消費を超えると、余分なエネルギーがトリグリセリドの形式で脂肪細胞及び脂肪細胞を含有する組織や肝臓等の器官に貯蔵され、長期にわたり、最終的には脂肪細胞エネルギーとして蓄積され、肥満をもたらす。動物の脂肪細胞の分解は、複雑なプロセスであり、各種ホルモン及び生理シグナルにより共同で調整されており、こうした調整の失調により、肥満や関連疾患がもたらされることがある。脂肪細胞のうち、トリグリセリドの分解は、精巧な調節プロセスであり、細胞又は個体のエネルギーを維持するホメオスタシス及び代謝の健康と密接に関係している。脂肪分解の活性低下は、脂肪組織でのトリグリセリドの蓄積を促進し、過度の脂肪分解は、リポジストロフィー症候群をもたらす可能性があり、脂肪組織でのトリグリセリドの低下又は再分配は、循環脂肪酸濃度を高め、トリグリセリドの異所性の蓄積がもたらされる。トリグリセリドの脂肪分解作用は、少なくとも3種類の酵素によって触媒される。脂肪細胞特異的トリグリセリドリパーゼ(ATGL)は、主にトリグリセリドの1つ目のエステル結合の加水分解を触媒し、生成されたジアシルグリセロールは、ホルモン感受性エステラーゼ(HSL)によって触媒され、モノアシルグリセロールを生成し、モノアシルグリセロールは、モノアシルグリセロールリパーゼ(MGL)によって触媒される(非特許文献1)。脂肪細胞において、ATGL及びHSLが、最も重要な脂肪分解酵素であり、マウスの白色脂肪組織におけるトリグリセリドの95%の加水分解活性を共同で制御する(非特許文献2)。脂肪分解によって生成された脂肪酸は、放出されて血中に入り、アルブミンと結合して脂肪酸アルブミンを形成し、他の組織まで運ばれて利用される。脂肪酸の分解は、酸化の形式で行なわれるが、酸化の方式には、α−酸化、β−酸化、及びω−酸化があり、そのうちβ−酸化が主な方式である。
【0003】
HSLは、古典的な脂肪分解律速酵素であり、作用基質は、ほとんどが、リン脂質以外の大多数のエステルを含み、トリグリセリド、ジアシルグリセロール、モノアシルグリセロール、コレステロールエステル、及びレチニルエステルを含み、脂肪分解作用調整酵素と考えられている。トリグリセリドを加水分解してモノアシルグリセロールを生成し、モノアシルグリセロールは、その加水分解酵素の作用の下で、徹底的に加水分解される。リン酸化されたHSLは、その活性形式であり、その活性化は、cAMP−PKA経路に依存する。HSL遺伝子ノックアウトマウスには、肥満が発現しておらず、且つその脂肪組織は、トリグリセリド加水分解活性を有する(非特許文献3;Fortier Mら、2004,Am J Physiol Endocrinol Metab 287:282−288;非特許文献4;Haemmerle Gら、2002,J Biol Chem 277:4806−4815)。加水分解生成物ジアシルグリセロールは、白色脂肪組織、褐色脂肪組織、筋肉、及び睾丸において蓄積される(非特許文献5;Haemmerle Gら、2002,J Biol Chem 277:4806−4815)。これらの結果、HSLは、脂肪組織及び筋肉におけるジアシルグリセロール加水分解の律速酵素であることが示される。脂肪分解反応発生時に、ATGLが触媒する反応は、TGの1つ目の脂肪酸の加水分解に対して特異性を有し、DGを生成する。DGの利用は、細胞の代謝状態に依存する(非特許文献6;Lass Aら、2006,Cell Metabolism 3(5):309−31)。エネルギーを必要とする状況において、カテコールアミンがβ−アドレナリン受容体と結合し、Gタンパク質が介するシグナルが、アデニル酸シクラーゼを活性化する。高濃度の環状アデノシン一リン酸(cAMP)は、PKAを活性化し、PKAは、更にHSL及びPerilipin Aをリン酸化する。リン酸化されたPerilipin Aは、構造を変えることにより、リン酸化されたHSLが細胞質から脂肪滴表面への移行を促進し、リン酸化されたHSLは、リン酸化されたPerilipin Aに近く、脂肪滴中のTG及びDGの基質と結合することができる。DGは、更にHSLによってモノアシルグリセロール(MG)及び脂肪酸(FA)に加水分解され、MGは、モノアシルグリセロールリパーゼの作用の下でグリセリン及びFAに加水分解され、脂肪酸及びグリセリンが脂肪細胞から離れ、循環に入る。大量の研究によって示されているように、栄養やホルモン等の要因が脂肪組織における脂肪の分解を調整している(非特許文献1及び5)。給餌状態で、インスリンは、HSLの脱リン酸化及びホスホジエステラーゼの活性化を引き起こし、cAMP濃度を低下させることにより、脂肪分解を抑制する(非特許文献6及び7)。
【0004】
ペルオキシソーム増殖因子活性化受容体(PPARs)は、核内受容体の一種として、多種の核内遺伝子の発現を調整することができ、コードするタンパク質及びその他の核内受容体は、相似した機能領域及び構造領域を有する。PPARsには3種類の異なるサブタイプが存在することが既に分かっており、それぞれPPARα、PPAPβ、及びPPARγと命名されている。この3種類のサブタイプは、構造が似ているが、組織分布が相違し、PPARαサブタイプは、脂肪酸酸化率が高い心臓、肝臓、腎臓、及び骨格筋細胞に主に分布している(非特許文献8)。PPARαは、脂肪酸代謝に対して重要な調整作用を有し、細胞による脂肪酸の摂取、輸送、活性化、及びβ酸化を促進することができる。PPARα及びそのアゴニストは、脂質代謝異常を治療し、インスリン抵抗を改善し、心肥大を逆転させる等の作用を有し、心血管を保護する作用を有する。活性化したPPARαをPPREと結合させると、アセチルCoA合成酵素及び脂肪酸輸送タンパク質の発現を活性化することができ、カルニチンパルミトイルトランスフェラーゼ−1(CPT−1)を活性化させ、脂肪酸の摂取、輸送、及び酸化などの面の効率を高めることにより、脂肪酸のβ酸化を促進し、脂質代謝を高め、個体により多くのエネルギーを提供することができる。PPARα遺伝子欠損マウスには、肥満及び脂肪細胞が大きくなる等の表現型が現れる(非特許文献9及び10)。
【0005】
細胞脂質代謝異常は、肥満、非アルコール性脂肪肝等のメタボリックシンドロームの主な病理的要因である。先進国であっても発展途上国であっても、肥満の流行は、世界中で急速に広がっている。そのため、脂質代謝プロセスにおける重要な転写因子又は触媒酵素は、トリグリセリドの脂肪分解プロセスを有効に促進し、脂肪酸の酸化速度を高め、肥満症及びその関連疾患を治療する重要な標的の1つであり、治療の鍵を握る難点となっている。
【0006】
FADD(Fas−associated death domain protein,Fas関連デスドメインタンパク質)は、アポトーシスシグナル経路における重要なアダプタータンパク質であり、Fas及びその他の細胞死受容体によるアポトーシスシグナル経路を媒介する。1995年に、DixitとWallachの2つの研究班が、酵母ツーハイブリッド法を用いて、ヒトとマウスのFADD/MORT1遺伝子をほぼ同時に発見した(非特許文献11及び12)。ヒトのFADD遺伝子は約3.6kbで、2つのエクソン(それぞれ286bp及び341bp)とその間を隔てる2kbのイントロンとを含む。この遺伝子は、11番染色体の長腕上(11q13.3)に位置し(非特許文献13)、FADDは、同じく11q13に位置する1型糖尿病感受性遺伝子座(IDDM4)と共局在する(非特許文献14及び15)ため、FADD遺伝子の変異は、インスリン依存型糖尿病の発生に影響を及ぼす可能性がある。ヒトとマウスのFADD遺伝子は、それぞれ208個及び205個のアミノ酸からなるFADDタンパク質をコードする。ヒトとマウスのFADDタンパク質は、68%のアミノ酸残基が完全に同じであり、タンパク質の一次構造における相同性は80%にも達する。ヒトとマウスのFADDタンパク質は、いずれも、それぞれデスドメイン(death domain,DD)、デスエフェクタードメイン(death effect domain,DED)、及びC末端ドメイン(C−terminal domain,CTD)の3つのドメインを含む。デスエフェクタードメインDEDは、約76個のアミノ酸残基からなり、N末端に近く、オリゴマー化が可能であり、疎水作用によりDEDを含むタンパク質を集め、共同で細胞死誘導シグナル伝達複合体(death inducing signal complex,DISC)を形成することにより、細胞死受容体が介するアポトーシスシグナルを下流に伝達する。デスドメインDDは、約70個のアミノ酸残基からなり、C末端に近く、CTDドメインと部分的に重なり、FasのDDドメインと相互作用が可能であり、アポトーシスシグナルを受ける。C末端ドメインCTDは、約20個のアミノ酸残基からなり、リン酸化しやすいSer及びThr残基を含有し、FADDが媒介する細胞の非アポトーシス機能に関連する可能性がある(非特許文献16)。
【0007】
タンパク質においてリン酸化しやすいSer及びThr残基がアスパラギン酸又はグルタミン酸に変異することは、国際的に既に広く認められており使用されているタンパク質リン酸化の研究方法である。Kim Yらは、その研究において、WAVE1タンパク質310位のセリンをアスパラギン酸に変異させることにより、そのリン酸化状態をシミュレートした(非特許文献17)。Paroo Zらは、その研究において、TRBPタンパク質142、152、283、286位のセリンをアスパラギン酸に変異させることにより、そのリン酸化状態をシミュレートした(非特許文献18)。Papinski Dらは、その研究において、Atg9タンパク質のセリン残基(S802、S831、S948、及びS969)をアスパラギン酸に変異させることにより、そのリン酸化状態をシミュレートした(非特許文献19)。Bajorek Mらは、その研究において、RSV基質タンパク質220位のセリンをアスパラギン酸に変異させることにより、そのリン酸化状態をシミュレートした(非特許文献20)。Pozo−Guisado Eらは、その研究において、STIM1タンパク質575、608、及び621位のセリンをグルタミン酸に入れ替え、そのリン酸化をシミュレートした(非特許文献21)。Bin Lらは、TnIタンパク質を研究した際に、144位のトレオニンをアスパラギン酸、グルタミン酸に変異させることにより、そのリン酸化をシミュレートした(非特許文献22)。アスパラギン酸又はグルタミン酸を用いてセリンのリン酸化をシミュレートし、電荷の上でも、炭素鎖長の上でも、機能の上でも、多くの実験によって、アスパラギン酸又はグルタミン酸が完全にセリンのリン酸化と一致可能なことがすでに証明されている。そのため、FADDタンパク質191位のセリンをアスパラギン酸に変異させることにより、そのリン酸化機能を研究することは、通常の実行可能な方法である。
【0008】
現時点で既に発見されているFADDのリン酸化状態を調整することが可能なキナーゼとしては、37kDの大きさのCKIαタンパク質(非特許文献23)及び130kDの大きさのFIST−HIPK3タンパク質(非特許文献24)等があり、ホスファターゼとしては、AK2タンパク質(非特許文献25)がある。これらのFADDのリン酸化状態を調整する標的は、既に知られており、広く研究されているものであり、通常の分子デザイン方法を用いてこれらの酵素の基質類似物の分子デザイン、化学合成、及び活性評価を行い、上記酵素の活性を調節することにより、FADDのリン酸化状態を調整する機能を有する物質を容易に得ることができる。これらの理念に基づき、2010年には、国際的に、FADDのリン酸化を調整する化合物をハイスループットスクリーニングする方法が既にあり、これらの方法は、反復スクリーニングを大規模に行うことができる、通常の実行可能なものであることがすでに証明されている(非特許文献26)。そのため、FADDのリン酸化状態を調整する物質をスクリーニングすることについて、対応する標的タンパク質においても、ハイスループットスクリーニング方法においても、これらの技術的方法は完全に実行可能なものであり、当業者が容易に熟練して把握できるものである。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】Jaworski Kら、2007,Am J Physiol Gastrointest Liver Physiol 293:1−4
【非特許文献2】Schweiger Mら、2006,J Biol Chem 281:40236−40241
【非特許文献3】Fortier Mら、2004,Am J Physiol Endocrinol Metab 287:282−288
【非特許文献4】Haemmerle Gら、2002,J Biol Chem 277:4806−4815
【非特許文献5】Lass Aら、2006,Cell Metabolism 3(5):309−31
【非特許文献6】Carmen GYら、2006,Cell Signal 18:401−408
【非特許文献7】Langin Dら、2006,Pharmacol Res 53(6):482−491
【非特許文献8】Issemann Iら、1990,Nature 347(6294):645−650
【非特許文献9】Costet Pら、1998,J Biol Chem 273(45):29577−29585
【非特許文献10】Knauf Cら、2006,Endocrinology 147:4067−4078
【非特許文献11】Chinnaiyan AMら、1995,Cell 81(4):505−512
【非特許文献12】Boldin MPら、1995,J Biol Chem 270(14):7795−7798
【非特許文献13】Kim PKら、1996,J Immunol 157(12):5461−5466
【非特許文献14】Eckenrode Sら、2000,Hum Genet 106(1):14−18
【非特許文献15】Nakagawa Yら、1998,Am J Hum Genet 63(2):547−556
【非特許文献16】Hua ZCら、2003,Immunity 18:513−521)。
【非特許文献17】Kim Yら、2006,Nature 442(7104):814−817
【非特許文献18】Paroo Zら、2009,Cell 139:112−122
【非特許文献19】Papinski Dら、2014,Mol Cell 53(3):471−483)。
【非特許文献20】Bajorek Mら、2014,J Virol 88(11):6380−6393
【非特許文献21】Pozo−Guisado Eら、2013,J Cell Sci 126(Pt 14):3170−3180
【非特許文献22】Liu Bら、2014,PLoS One 9(1):e86279
【非特許文献23】Alappat ECら、2005,Mol Cell 19:321−332
【非特許文献24】Rochat−Steiner Vら、2000,J Exp Med 192:1165−1174
【非特許文献25】Kim Hら、2014,Nat Commun 5:3351
【非特許文献26】Khan APら、2010,J Biomol Screen 15(9):1063−1070
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明の目的は、Fas関連デスドメインタンパク質のリン酸化をシミュレートする遺伝子を発現し、又はFas関連デスドメインタンパク質のリン酸化程度を指標としてFas関連デスドメインタンパク質のリン酸化を高める物質をスクリーニングすることを特徴とする、細胞脂肪分解及び脂肪酸酸化代謝の調節方法を提供することであり、上記方法の共通の目的は、Fas関連デスドメインタンパク質のリン酸化を高めることである。
【0011】
更に、細胞内cAMP濃度を調節して増加させ、ホルモン感受性エステラーゼHSLのリン酸化程度及び活性を高め、PPARα転写活性を調節し、ペルオキシソームアシルCoAオキシダーゼ1(Acox1)、3−ヒドロキシアシルCoAデヒドロゲナーゼ(Ehhadh)、極長鎖アシルCoAデヒドロゲナーゼ(Acadvl)、長鎖アシルCoAデヒドロゲナーゼ(Acadl)、及び中鎖アシルCoAデヒドロゲナーゼ(Acadm)を含む、脂肪酸β酸化プロセスに関与する酵素の活性を高めることを特徴とする、細胞脂肪分解及び脂肪酸酸化代謝の調節方法を提供する。
【0012】
更に、脂肪分解及び脂肪酸酸化代謝の調節方法の、脂質代謝異常疾患治療薬の製造における用途を提供する。
【0013】
更に、上記脂肪分解及び脂肪酸酸化代謝の調節方法の脂質代謝疾患治療薬の製造における用途と、従来の脂質代謝異常疾患治療薬及び技術との併用を提供する。
【0014】
更に、脂肪分解及び脂肪酸酸化代謝の調節方法を含み、薬学的に通常の担体又は賦形剤又は希釈剤を用いて配合を行うことを特徴とする医薬組成物を提供する。
【0015】
更に、脂肪分解及び脂肪酸酸化代謝の調節方法の、脂質代謝異常疾患治療薬の製造における用途を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明の第1の態様において、Fas関連デスドメインタンパク質のリン酸化を調節することにより、脂肪分解及び脂肪酸酸化代謝の調節を実現することを特徴とする、脂肪分解及び脂肪酸酸化代謝の調節方法を提供する。
【0017】
前記脂肪分解及び脂肪酸酸化代謝の調節方法は、ホルモン感受性リパーゼHSLのリン酸化程度及び活性を高め、PPARα転写活性を増強することができるだけでなく、脂肪酸β酸化プロセスに関与する酵素の活性を高めることができる。
【0018】
本発明の第2の態様において、Fas関連デスドメインタンパク質のリン酸化程度の変化を指標としてFas関連デスドメインタンパク質のリン酸化を高めることができる物質をスクリーニングすることにより、脂肪分解及び脂肪酸酸化代謝の調節を実現することを特徴とする、Fas関連デスドメインタンパク質のリン酸化を高めることができる物質のスクリーニング方法を提供する。
【0019】
前記Fas関連デスドメインタンパク質のリン酸化を高めることができる物質のスクリーニング方法は、Fas関連デスドメインタンパク質のリン酸化を調整する既知の調整タンパク質を標的として、デザイン、合成により、又は通常の方法により、Fas関連デスドメインタンパク質のリン酸化程度を調整することができる物質をスクリーニングし、スクリーニングプロセスにおいて、Fas関連デスドメインタンパク質のリン酸化程度の変化をスクリーニング指標とすることを特徴とする。
【0020】
前記Fas関連デスドメインタンパク質のリン酸化を高めることができる物質は、例えば、タンパク質、核酸、多糖、脂肪酸、ビタミン、及びそのナノ分子等のFas関連デスドメインタンパク質のリン酸化レベルを高めることができる高分子物質を含み、例えば、天然産物、化学合成又は化学修飾による生成物、有機小分子、無機分子等のFas関連デスドメインタンパク質のリン酸化レベルを高めることができる小分子物質も含む。
【0021】
本発明の第3の態様において、Fas関連デスドメインタンパク質のリン酸化をシミュレートする遺伝子を導入して発現を行うことによる脂肪分解及び脂肪酸酸化代謝の調節方法を提供する。
【0022】
前記Fas関連デスドメインタンパク質のリン酸化をシミュレートする遺伝子は、ヒトFas関連デスドメインタンパク質の194位セリンをアスパラギン酸又はグルタミン酸に変異させるヒトFas関連デスドメインタンパク質変異遺伝子であることを特徴とする。上記Fas関連デスドメインタンパク質のリン酸化をシミュレートする遺伝子は、遺伝子治療に用いることができる。
【0023】
本発明の第4の態様において、上記脂肪分解及び脂肪酸酸化代謝の調節方法の、脂質代謝異常疾患治療薬の製造における使用を提供する。前記使用は、スクリーニングにより得られたFas関連デスドメインタンパク質のリン酸化を高めることができる物質若しくはFas関連デスドメインタンパク質のリン酸化をシミュレートする遺伝子を脂質代謝治療薬の製造に単独で用いること、又は従来の脂質代謝治療薬との組成物の生成、あるいは従来の化学薬物療法、漢方薬療法、生物学的療法、理学療法等の方法との脂質代謝治療における併用を含む。
【0024】
本発明の第5の態様において、薬学的に許容される担体又は賦形剤又は希釈剤、並びに有効量の請求項1に記載の脂肪分解及び脂肪酸酸化代謝の調節方法を含む医薬組成物を提供する。
【0025】
本発明の第6の態様において、上記脂肪分解及び脂肪酸酸化代謝の調節方法の、脂質代謝異常疾患治療薬の製造における具体的な用途を提供する。
【0026】
本発明の内容をより容易に明確に理解できるようにするため、次に具体的な実施例に基づき図面と合わせて本発明について更に詳細に説明する。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【
図1】FADDをリン酸化したマウス胚線維芽細胞株における脂肪酸酸化代謝速度の上方制御。
【
図1A】FADDをリン酸化した細胞株における脂肪酸酸化速度増加。t検定による有意差検定、
*P<0.05。
【
図1B】FADDをリン酸化した細胞株におけるミトコンドリア数の増加。縮尺=500nm。
【
図2】肥満者と健常者、ob/ob肥満マウスと健常マウスの脂肪組織におけるFADDリン酸化レベルの比較。
【
図2A】外科手術における健常者及び肥満者の白色脂肪組織から試料を作成してウェスタンブロットを行い、FADDリン酸化レベルを測定。
【
図2B】標準飲食で飼育した20週齢の大きさのob/obマウス及び健常対照マウスの白色脂肪組織から試料を作成してウェスタンブロットを行い、FADDリン酸化レベルを測定。
【
図3】ob/ob肥満マウスの体重及び脂肪含有量に対するFADDリン酸化の影響。
【
図3A】上:標準飲食で飼育した20週齢の大きさのob/obマウス及びFADDをリン酸化したob/obマウスの写真。下:ob/obマウス及びFADDをリン酸化したob/obマウスの肝臓及び精巣上体の脂肪の写真。
【
図3B】左:標準飲食で飼育したob/obマウス及びFADDをリン酸化したob/obマウスの体重成長曲線。右:標準飲食で飼育したob/obマウス及びFADDをリン酸化したob/obマウスの1日あたりの摂食量。
【
図3C】標準飲食で飼育したob/obマウス及びFADDをリン酸化したob/obマウスの体内各組織の脂肪塊の重量:1.精巣上体;2.腎臓;3.鼠径部。t検定による有意差検定、
*P<0.05、
**P<0.01。
【
図4】健常マウスの体重及び脂肪含有量に対するFADDリン酸化の影響。
【
図4A】左:標準飲食で飼育した10週齢の大きさの健常対照マウス及びFADDをリン酸化したマウスの解剖写真。右:健常対照マウス及びFADDをリン酸化したマウスの白色脂肪組織及び肝臓組織の写真。
【
図4B】左:標準飲食又は高脂肪飲食で飼育した健常対照マウス及びFADDリン酸化したマウスの体重成長曲線。右:健常対照マウス及びFADDをリン酸化したマウスの単位体重の1日あたりの摂食量:1.健常対照マウス;2.FADDをリン酸化したマウス。
【
図4C】左:高脂肪飲食で飼育した健常対照マウス及びFADDをリン酸化したマウスの体内各組織の脂肪塊の重量が体重に占める割合:1.精巣上体;2.腎臓;3.鼠径部。中:高脂肪飲食で飼育した健常対照マウス及びFADDをリン酸化したマウス体内の褐色脂肪組織塊の重量が体重に占める割合:1.健常対照マウス;2.FADDリン酸化したマウス。右:高脂肪飲食で飼育した健常対照マウス及びFADDをリン酸化したマウスの体内肝臓重量が体重に占める割合:1.健常対照マウス;2.FADDをリン酸化したマウス。
【
図4D】核磁気共鳴でスキャンした健常対照マウス及びFADDをリン酸化したマウスの体内脂肪の分布。
【
図4E】マウスの白色脂肪組織、褐色脂肪組織切片後にHE染色を行い各組織細胞の大きさ及び形態を観察。肝臓組織切片後にオイルレッドO染色を行い肝臓中のトリグリセリドの含有量を観察。t検定による有意差検定、
**P<0.01、
***P<0.001。
【
図5】マウスの各組織及び血清トリグリセリド等の代謝指標に対するFADDリン酸化の影響。
【
図5A】高脂肪飲食で飼育した健常対照マウス及びFADDをリン酸化したマウスの肝臓及び筋肉におけるトリグリセリドの含有量:1.肝臓;2.筋肉。
【
図5B】高脂肪飲食で飼育した健常対照マウス及びFADDをリン酸化したマウスの血清中の遊離脂肪酸及びトリグリセリドの含有量:1.健常対照マウス;2.FADDをリン酸化したマウス。
【
図5C】標準飲食又は高脂肪飲食で飼育した健常対照マウス及びFADDをリン酸化したマウスの血清中のレプチンの含有量:1.標準飲食;2.高脂肪飲食。t検定による有意差検定、
*P<0.05、
**P<0.01。
【
図6】マウス体内トリグリセリドの脂肪分解速度に対するFADDリン酸化の影響。
【
図6A】一晩絶食したマウスから精巣上体白色脂肪組織塊を取り、基礎条件又はイソプロテレノールの刺激下で2時間毎にグリセリン又は遊離脂肪酸の放出量を測定し、脂肪分解速度曲線図を作成。
【
図6B】高脂肪飲食で飼育したマウスの精巣上体白色脂肪組織におけるcAMPの含有量:1.健常対照マウス;2.FADDをリン酸化したマウス。
【
図6C】高脂肪飲食で飼育したマウスの精巣上体白色脂肪組織から試料を作成し、ウェスタンブロットを行い、p−HSL、HSL及びα−tubulinのタンパク質発現量を測定。右図は、ウェスタンブロットの結果に対する定量分析:1.HSL;2.p−HSL。t検定による有意差検定、
*P<0.05、
**P<0.01、
***P<0.001。
【
図7】マウス体内脂肪酸の酸化速度に対するFADDリン酸化の影響。
【
図7A】高脂肪飲食で飼育したマウスの精巣上体白色脂肪組織から白色脂肪細胞を分離し、脂肪酸β酸化速度比色法測定キットを用いてその脂肪酸酸化速度を測定:1.健常対照マウス;2.FADDをリン酸化したマウス。
【
図7B】高脂肪飲食で飼育したマウスの精巣上体白色脂肪組織から試料を作成し、ウェスタンブロットを行い、PPARαのタンパク質発現量を測定。下図は、ウェスタンブロットの結果に対する定量分析:1.健常対照マウス;2.FADDをリン酸化したマウス。
【
図7C】高脂肪飲食で飼育したマウスの精巣上体白色脂肪組織を取り、パラフィン包埋切片を、PPARαの抗体を用いて免疫染色分析(各群マウス4匹)。縮尺=50μm。
【
図7D】高脂肪飲食で飼育したマウスの精巣上体白色脂肪組織を取り、脂質代謝関連遺伝子のmRNA発現レベルを測定。1.PPARα;2.Acox1;3.Ehhadh;4.Acadvl;5.Acadm。図中、白は健常対照マウス、濃い灰色はFADDをリン酸化したマウス。各群マウス4〜6匹とし、各試料で3個重複させ、GAPDHを内標準とした。
【
図7E】高脂肪飲食で飼育したマウスの精巣上体白色脂肪組織から試料を作成し、ウェスタンブロットを行い、VLCAD、LCAD、MCAD、及びPTLを含む脂質代謝関連タンパク質の発現レベルを測定し、α−tubulinを内標準とした。1.健常対照マウス;2.ob/obマウス;3.FADDをリン酸化したマウス;4.FADDをリン酸化したob/obマウス。
【
図7F】高脂肪飲食で飼育したマウスの精巣上体白色脂肪細胞を取り、ChIP(クロマチン免疫沈降)試験を行い、PPARα(左)とFADD(右)とPPRE(ペルオキシソーム増殖因子活性化受容体応答配列)の調整領域の結合能力を測定した。1.健常対照マウス;2.FADDをリン酸化したマウス。t検定による有意差検定、
*P<0.05、
**P<0.01。
【発明を実施するための形態】
【実施例】
【0029】
実施例1;FADDをリン酸化したマウス胚線維芽細胞株における脂肪酸酸化代謝速度の上方制御
【0030】
FADD永久リン酸化(FADD−D、191位のセリンをアスパラギン酸に変異させた)及びFADD永久非リン酸化(FADD−A、191位のセリンをアラニンに変異させた)したマウス胚線維芽細胞株を作成した。細胞を培養し、脂肪酸β酸化速度比色法測定キット(上海宝曼生物科技有限公司)を用いてFADDリン酸化細胞株、FADD非リン酸化細胞株、野生型細胞株における脂肪酸酸化代謝速度を測定して比較し、電子顕微鏡を用いて3つの細胞株におけるミトコンドリアの形状及び数量を観察した。
【0031】
脂肪酸酸化速度測定により、FADDリン酸化細胞株における脂肪酸の酸化代謝速度は、FADD非リン酸化細胞株及び野生型細胞株よりも著しく高く、FADD非リン酸化細胞株における脂肪酸酸化代謝速度は、野生型細胞株と有意差がないことがわかった(
図1A)。ミトコンドリアは、エネルギー代謝の主な場所であり、電子顕微鏡観察により、FADDをリン酸化した細胞株におけるミトコンドリアの数量も、FADD非リン酸化細胞株及び野生型細胞株より高いことがわかり(
図1B)、FADDリン酸化細胞株におけるエネルギー代謝がより活発であることを説明している。
【0032】
実施例2;肥満者と健常者、ob/ob肥満マウスと健常マウスの脂肪組織におけるFADDリン酸化レベルの比較
【0033】
ヒト組織試料の作成:病院の外科手術から体重健常者群及び肥満者群の白色脂肪組織試料を得て、試料を作成し、組織中のFADDリン酸化のレベルについてウェスタンブロット分析を行った。
【0034】
マウス組織試料の作成:全ての実験マウスは、通風無菌,恒温恒湿のSPFクラス環境で飼育し繁殖させた。マウスは、水及び飼料を自由に摂取することができた。ob/obマウス及び健常対照マウスをそれぞれ4匹選び、標準飲食でマウスを飼育し、20週齢の大きさに成長するまで待ち、マウスを安楽死させて解剖し、その白色脂肪組織を取り、試料を作成して、その組織中のFADDリン酸化のレベルについてウェスタンブロット分析を行った。
【0035】
ウェスタンブロット:組織を、細胞溶解液(50mMのTris−HCl、pH 7.4、250mMのNaCl、50mMのNaF、5mMのEDTA、5mMのリン酸グリセリン、1mMのNa3VO4、1%のNP40)中でホモジネートした後、12,000rpmで遠心し、上清を収集し、Bradford法を用いてタンパク質濃度を測定した。等量(約50μg)のタンパク質を、12%のSDS−PAGEゲル電気泳動で分離した後、PVDFメンブレン中に移した。次いで、FADDの抗体を用いて検査を行った。
【0036】
FADDは、細胞内で非リン酸化及びリン酸化の2種類の形式で存在し、FADD抗体を用いて2本のバンドを測定することができ、そのうち上側のバンドはリン酸化形式のFADDであり、下側のバンドは非リン酸化形式のFADDである[Hua ZCら、2003,Immunity 18:,513−−521]。ウェスタンブロットの結果、肥満者の白色脂肪組織におけるリン酸化形式のFADDバンドは、健常者よりも弱く(
図2A)、標準飲食で飼育した20週齢のob/obマウスの白色脂肪組織におけるリン酸化形式のFADDバンドは、健常対照マウスよりも著しく弱い(
図2B)ことが分かった。これらの結果は、リン酸化形式のFADDの発現レベルの低下は、マウス又はヒトの肥満をもたらす可能性があり、即ち、リン酸化形式のFADDは、マウス又はヒトを痩せさせる可能性があることを説明している。
【0037】
実施例3;ob/ob肥満マウスの体重及び体内脂肪含有量に対するFas関連デスドメインタンパク質(FADD)リン酸化の影響
【0038】
全ての実験マウスは、通風無菌、恒温恒湿のSPFクラス環境で飼育し繁殖させた。マウスは、水及び飼料を自由に摂取することができた。FADDをリン酸化したマウスを、文献で報告されている方式で、OB/obマウスと交配させて繁殖させ[Hua ZCら、2003,Immunity 18:,513−−521]、FADDをリン酸化したob/obマウスを得た。PCR法により遺伝子型の同定を行った。
【0039】
遺伝子型ごとにマウスを6匹選び、標準飲食でマウスを飼育し、6週目から35週目まで毎週マウスの体重を量り、マウスの体重成長曲線を作成し、代謝ケージを用いてマウスの1日あたりの摂食量を計算した。20週齢の大きさのob/obマウスとFADDをリン酸化したob/obマウスの体型、精巣上体白色脂肪組織、及び肝臓の大きさを比較した。マウスの精巣上体、腎臓、及び鼠径部の白色脂肪塊の重量を量り比較した。
【0040】
健常状態でFADDは非リン酸化を主とするため、リン酸化形式は特定の生理及び病理状態の下でのみ存在する。脂質代謝に対するFADDリン酸化の影響を観察するため、本特許では、FADDリン酸化をシミュレーションする遺伝子組み換えマウスを構築し(マウスのFADD遺伝子191位のセリンをアスパラギン酸に変異させ、これによりリン酸化したFADDをシミュレーションした。この種のモデルは既に国際的に認められている)[Hua ZCら、2003,Immunity 18:513−521]、このマウスをOB/obマウスと交配させ繁殖させ、FADDをリン酸化したob/obマウスを得た。標準飲食で飼育した20週齢のFADDをリン酸化したob/obマウスの体型は、ob/obマウスよりも著しく痩せており、その精巣上体白色脂肪含有量もob/obマウスよりも著しく少なく、肝臓の大きさはほとんど同じであったが、ob/obマウスの肝臓は、明らかな脂肪肝を呈し、FADDをリン酸化したob/obマウスの肝臓には脂肪肝現象がなかった(
図3A)。FADDをリン酸化したob/obマウスとob/obマウスの体重成長曲線を比較し、FADDをリン酸化したob/obマウスの体重成長は、ob/obマウスよりも著しく低く、かつ健常な野生型マウスに似ており、即ち、FADDリン酸化は、ob/obマウスの肥満表現型を逆転させることができることがわかった(
図3B、左)。代謝ケージ実験で、FADDをリン酸化したob/obマウスの体重は、ob/obマウスよりも遥かに低かったが、1日あたりの摂食量はob/obマウスよりも略高かったことがわかり、体重の低下は摂食量の減少によって引き起こされたのではないことを説明している(
図3B、右)。本特許は、精巣上体、腎臓、及び鼠径部を含むマウス体内の3つの組織の白色脂肪塊重量も測定し、その結果、FADDをリン酸化したob/obマウスの体内各組織の白色脂肪塊の重量もob/obマウスよりも著しく低いことがわかり(
図3C)、FADDリン酸化はマウスの体内脂肪含有量の低下を促進してマウスの体重低下を引き起こすことができ、ob/obマウスの肥満表現型を逆転したことを説明している。
【0041】
本実施例の結果に基づき、「FADDタンパク質の194位のセリンをアスパラギン酸に変異させる」タンパク質の発現を体内で実現することにより、肥満表現型を逆転させ、肥満症及び肥満に関連するメタボリックシンドロームを治療する目的を達成することができる。
【0042】
世界的には、遺伝子治療は、既に急速な発展を遂げている。ウイルスベクターであっても、非ウイルスベクターであっても、外来遺伝子を導入する方法は既に非常に成熟しているため、遺伝子治療手段を用いて「FADDタンパク質の194位のセリンをアスパラギン酸に変異させる」タンパク質の発現を体内で行うことは非常に簡単で、便利で、経済的である。
【0043】
また、FADD遺伝子及びタンパク質は、哺乳類において高度に保守的であり、ヒト及びマウスのFADDタンパク質は、68%のアミノ酸残基が完全に同じであり、タンパク質の一次構造における相同性は80%にも達し、その他の哺乳類(ヒトを含む)においてもFADDは類似の機能を有する(Chinnaiyan AMら、1995,Cell 81(4):505−512;Boldin MPら、1995,J Biol Chem 270(14):7795−7798)。かつ、実施例2の結果(
図2A及び2B)から、肥満者の白色脂肪組織におけるリン酸化形式のFADDバンドは、健常者よりも弱く(
図2A)、標準飲食で飼育した20週齢のob/obマウスの白色脂肪組織におけるリン酸化形式のFADDバンドは、健常対照マウスよりも著しく弱い(
図2B)ことがわかった。これらの結果は、リン酸化形式のFADDの発現レベルの低下は、マウス又はヒトの肥満をもたらす可能性があり、即ち、リン酸化形式のFADDは、マウス又はヒトを痩せさせる可能性があることを説明している。
【0044】
そのため、本実施例の結果を更に結合し、FADDリン酸化を上昇させることにより、肥満マウス体内脂肪含有量及び体重を低下させる方法は、その他の哺乳類、特にヒトに同様に適用することができる。
【0045】
実施例4;健常な遺伝子型マウスの体重及び体内脂肪含有量に対するFADDリン酸化の影響
【0046】
ob/obマウスの体重に対するFADDリン酸化の影響を研究する以外に、本発明は、更に、健常な野生型マウスの体重及び体内脂肪含有量に対するFADDリン酸化の影響を測定した。文献で報告されている方式[Hua ZCら、2003,Immunity 18:,513−−521]で、FADDをリン酸化したマウスを得た。実験マウスを2群に分け、1群は同腹健常対照マウスとし、1群はFADDをリン酸化したマウスとした。PCR法により遺伝子型の同定を行った。断乳したマウスを10週齢の大きさまで標準飲食で飼育し、マウスを解剖し、撮影し、健常対照マウスとFADDをリン酸化したマウスの体内精巣上体脂肪含有量及び肝臓の大きさを比較した。また、遺伝子型ごとにマウスを6匹選び、標準飲食又は高脂肪飲食でマウスを飼育し、5週目から20週目まで毎週マウスの体重を量り、マウスの体重成長曲線を作成し、代謝ケージを用いてマウスの1日あたりの摂食量を計算した。高脂肪で飼育した20週齢のマウスの精巣上体、腎臓、及び鼠径部の白色脂肪塊の重量及び褐色脂肪が体重に占める割合を測定し比較した。核磁気共鳴装置(Bruker Medical,Germany)を用いてマウス体内の脂肪分布をスキャンした。マウスの白色脂肪組織、褐色脂肪組織を取り、10%のリン酸緩衝ホルマリンの中でパラフィン包埋した後、厚さ5μmの薄片に切り、白色脂肪組織及び褐色脂肪組織切片に対してヘマトキシリン−エオシン染色法(HE)で染色し、各細胞の大きさ及び形態変化を顕微鏡で観察し比較した。マウスの肝臓組織を取り、切片を急速に凍結し、凍結切片に対してオイルレッドO染色を行い、肝臓組織中のトリグリセリドの含有量を比較した。
【0047】
実施例3と同様に、FADDリン酸化は健常マウスを痩せさせることができた。健常マウスに比べ、FADDをリン酸化したマウスの精巣上体脂肪含有量は著しく減少し(
図4A)、体重成長速度も健常対照マウスよりも著しく低かった(
図4B、左)。代謝ケージ実験で、FADDをリン酸化したマウスの体重は、健常対照マウスよりも遥かに低かったが、単位体重の1日あたりの摂食量は健常対照マウスよりも高く、体重の低下は摂食量の減少によって引き起こされたのではないことを説明している(
図4B、右)。本特許では、精巣上体、腎臓、及び鼠径部を含むマウス体内の3つの組織の白色脂肪塊重量を同様に測定し、その結果、FADDをリン酸化したマウスの体内各組織の白色脂肪塊の重量も健常対照マウスより著しく低く(
図4C、左)、褐色脂肪含有量も著しく低下した(
図4C、中)が、肝臓の大きさの変化は大きくない(
図4C、右)ことがわかった。核磁気共鳴スキャンにより、FADDをリン酸化したマウスは、皮下脂肪であっても内臓脂肪であっても、健常対照マウスより著しく低いことがわかった(
図4D)。組織切片HE染色の結果、FADDをリン酸化したマウスの白色脂肪細胞及び褐色脂肪細胞は、いずれも健常対照マウスよりも著しく小さいことがわかった。肝臓オイルレッドO染色の結果でも、FADDをリン酸化したマウスの肝臓中のトリグリセリドの含有量は、健常対照マウスよりも著しく低いことが示された(
図4E)。これらの結果は、FADDリン酸化によって、高脂肪飲食又は年齢の増加により引き起こされるマウスの肥満を抑制することができることを説明している。
【0048】
実施例3及び実施例4の結果、FADDリン酸化は、ob/ob肥満マウスを痩せさせることができるだけでなく、高脂肪飲食又は年齢の増加により引き起こされる健常な遺伝子型マウスの肥満を抑制することができることを説明しており、そのため、FADDリン酸化程度の変化を指標とし、FADDリン酸化を高めることができる物質をスクリーニングする方法により、肥満症及び関連するメタボリックシンドロームの治療を行うことができる。これらの物質は、主に、例えば、タンパク質、核酸、多糖、脂肪酸、ビタミン、及びそのナノ分子等のFADDタンパク質のリン酸化レベルを高めることができる高分子物質を含み、例えば、天然産物、化学合成又は化学修飾による生成物、有機小分子、無機分子等のFADDリン酸化レベルを高めることができる小分子物質も含む。実施例2の結果を更に結合し、以上の方法はヒトに同様に適用できる。
【0049】
実施例5;マウスの各組織及び血清内トリグリセリド等の代謝指標に対するFADDリン酸化の影響
【0050】
文献で報告されている方式[Hua ZCら、2003,Immunity 18:,513−−521]で、FADDをリン酸化したマウスを得た。実験マウスを2群に分け、1群は同腹健常対照マウスとし、1群はFADDをリン酸化したマウスとした。PCR法により遺伝子型の同定を行った。マウスを高脂肪で飼育した。筋肉及び肝臓組織中のトリグリセリド及びコレステロール含有量を、それぞれトリグリセリド測定キット(上海盈公生物技術有限公司)、コレステロール測定キット(上海必優生物科技有限公司)で測定した。血清中の遊離脂肪酸含有量、トリグリセリド含有量を、それぞれ遊離脂肪酸測定キット及びトリグリセリド測定キット(いずれもSigma社から購入)で測定した。血清中のレプチンレベルをサスペンションアレイによって測定した(Bio−Rad Laboratories,Hercules,CA,USA)。
【0051】
脂質代謝に対するFADDリン酸化の影響を更に研究するため、本特許では、肝臓及び筋肉組織中のトリグリセリド含有量を更に測定し、その結果、FADDをリン酸化したマウスの肝臓及び筋肉組織中のトリグリセリドの含有量は、健常対照マウスよりも著しく小さく(
図5A、左)、FADDをリン酸化したマウスの肝臓中のコレステロール含有量は、健常対照マウスよりも略小さく、筋肉中のコレステロールの両者の含有量は同じである(
図5A、右)ことがわかった。高脂肪で飼育した後、FADDをリン酸化したマウスの血清中の遊離脂肪酸及びトリグリセリドの含有量は、健常対照マウスよりも著しく低く(
図5B)、血清中のレプチンの含有量も健常対照マウスより著しく低かった(
図5C)。これらの結果、FADDリン酸化はトリグリセリドの分解を促進することが示された。FADDリン酸化マウスは、血清中の遊離脂肪酸濃度も低下し、FADDリン酸化は、脂肪酸の酸化代謝も促進する可能性があることを説明している。
【0052】
実施例6;マウス体内トリグリセリドの脂肪分解速度に対するFADDリン酸化の影響
【0053】
実験マウス:文献で報告されている方式[Hua ZCら、2003,Immunity 18:,513−−521]で、FADDをリン酸化したマウスを得た。実験マウスを2群に分け、1群は同腹健常対照マウスとし、1群はFADDをリン酸化したマウスとした。PCR法により遺伝子型の同定を行った。
【0054】
脂肪分解速度測定:マウスの白色脂肪塊を取り、組織ホモジネートを作成し、遊離脂肪酸測定キット(Sigma)及びグリセリン測定キット(北京鴻躍創新科技有限公司)を用いて異なる時点(0時間、2時間、4時間、6時間、8時間)で基礎状態下又は刺激条件(100nMのイソプロテレノールを加えた)下で遊離脂肪酸、グリセリン濃度をそれぞれ測定した後、脂肪分解速度図を作成した。
【0055】
cAMP含有量測定:cAMP含有量を競合免疫試験(R&D)で測定した。
【0056】
ウェスタンブロット:ウェスタンブロットの実験方法は、実施例2を参照し、それぞれHSL、phospho−HSLの抗体を用いて検査した。ウェスタンブロット図に対して、Image Jグレイスケールスキャンを行い、定量分析を行った。
【0057】
データ解析:全てのデータの結果は、平均値±SEMで示した。Prism software(GraphPad,San Diego,CA)におけるtwo−tailed Student’s t−testを用いて2種類の遺伝子型の間の差異分析を行った。P値が0.05未満の場合、データに統計学的な有意差があるとした。
【0058】
白色脂肪組織は、脂質代謝の主な場所である。トリグリセリドの代謝に対するFADDリン酸化の影響を研究するため、本発明では、マウスの白色脂肪組織の脂肪分解速度を観察した。基礎状態下であってもイソプロテレノール刺激下であっても、FADDをリン酸化したマウスの白色脂肪組織におけるトリグリセリド分解速度は、いずれも健常対照マウスより著しく高かった(
図6A)。cAMPは、脂肪分解シグナル経路における古典的な重要なシグナル分子であり、本発明では、白色脂肪組織中のcAMP含有量を継続して測定し、その結果、FADDをリン酸化したマウスの白色脂肪組織中のcAMP含有量は、健常対照マウスよりも著しく高いことが示された(
図6B)。cAMPは、下流のホルモン感受性リパーゼHSLのリン酸化を促進し、リン酸化されたHSLが活性化されることにより、トリグリセリドの分解を促進する。そのため、本特許では、HSLのリン酸化レベルがFADDリン酸化の影響を受けるかどうかを継続して観察した。その結果、FADDをリン酸化したマウスの白色脂肪組織におけるHSLのリン酸化レベルは、健常対照マウスよりも著しく高いことが示され(
図6C)、HSLが活性化され、トリグリセリドの分解を促進したことを説明しており、これは、先に我々が観察したFADDリン酸化によってトリグリセリドの分解が加速される現象と一致する。これらの結果、FADDリン酸化は、白色脂肪組織におけるcAMP含有量を増加させ、脂肪分解シグナル経路を活性化し、トリグリセリドの分解を促進し、体内脂肪の含有量を低下させ、マウスの体重を低くすることが示され、これは、先に我々が観察した結果と一致する。
【0059】
実施例7;マウス体内脂肪酸の酸化速度に対するFADDリン酸化の影響
【0060】
実験マウス:文献で報告されている方式[Hua ZCら、2003,Immunity 18:,513−−521]で、FADDをリン酸化したマウスを得た。実験マウスを2群に分け、1群は同腹健常対照マウスとし、1群はFADDをリン酸化したマウスとした。PCR法により遺伝子型の同定を行った。
【0061】
脂肪酸酸化速度測定:マウスを高脂肪飲食で飼育した。マウスの白色脂肪組織、コラゲナーゼ消化組織を取り、白色脂肪細胞を分離し、脂肪酸β酸化速度比色法測定キット(上海宝曼生物科技有限公司)を用いて、FADDリン酸化マウス及び健常対照マウスの脂肪酸酸化速度を測定し比較した。
【0062】
ウェスタンブロット:測定方法は実施例2と同じである。
【0063】
RNA抽出及び定量的リアルタイムPCR:TRIzol(Invitrogen,Carlsbad,CA,USA)を用いて組織を処理した後、添付された説明書に基づきRNAを抽出し、次いでPrimeScript RT reagent Kit(Takara,Otsu,Shiga,Japan)を用いて逆転写しcDNAを製造した。定量的リアルタイムPCR(qRT−PCR)は、ABI装置(Applied Biosystems,Foster City.CA,USA)において行った。プライマーは次の通りである。PPARα:フォワードプライマー:5’−TCGCGGGAAAGACCAGCAACAA−3’;リバースプライマー:5’−GCCAGGCCGATCTCCACAGC−3’;Acox1:フォワードプライマー:5’−CGCCGCCACCTTCAATCCAGAG−3’;リバースプライマー:5’−TCCAGGCCGGCATGAAGAAAC−3’;Ehhadh:フォワードプライマー:5’−TCCCCCACTACCATCGCCACAG−3’;リバースプライマー:5’−ACCAAATCGCCCAGCTTCACAGAG−3’;Acadvl:フォワードプライマー:5’−CCCATGGGCTCCCTGAAAAGAAGA−3’;リバースプライマー:5’−GGCCGCCTCCGAGCAAAAGAT−3’;Acadm:フォワードプライマー:5’−TCGCCCCGGAATATGACAAAA−3’;リバースプライマー:5’−AGAACGTGCCAACAAGAAATACCA−3’;GAPDH:フォワードプライマー:5’−ACTGAGGACCAGGTTGTC−3’;リバースプライマー:5’−TGCTGTAGCCGTATT CATTG−3’。全ての結果は、3回の実験の平均値であり、GAPDHを内部基準とした。
【0064】
ChIP(クロマチン免疫沈降)実験:マウスを高脂肪で飼育し、マウスの白色脂肪組織、コラゲナーゼ消化組織を取り、白色脂肪細胞を分離し、10センチメートル培養ディッシュを用いて培養した。
【0065】
1日目:
【0066】
1.培養液を捨てた後、壁に沿って3mLの冷たいPBSを加え、培養ディッシュをゆっくりと裏返し、PBSで細胞を充分に洗った後、PBSを捨て、ピペットできれいに吸い取った。
【0067】
2.各ディッシュに4%のポリオキシメチレン4mLを加え、均等に混ぜてディッシュ全体に敷いた後、シェーカーで揺らしながら10分間固定した。
【0068】
3.直接シェーカーで揺らしながら1.25MのGlycine溶液を滴下し、450μL/ディッシュとし、5分間揺らし続けた。
【0069】
4.全ての液体を捨て、冷たいPBSを用いて2回洗い、各回少なくとも3mLとし、更に1mLのPBSを用いて細胞を削ぎ取った。3000rpmで5分間遠心し細胞を収集した。PBSでもう一度洗い、上清を捨てた。
【0070】
5.1管あたり100μLのNuclei Lysis Buffer(PI 1:100)を加え、細胞を吹き散らした後、10分間氷冷した。
【0071】
6.1管あたり900μLのIP dilution Buffer(PI 1:100)を加え、氷水混合物を用意し、超音波を開始した。
【0072】
7.12000rpmで、4度で10分間遠心し、上清を取り、抗体(PPARα抗体又はFADD抗体)を加え、抗体の用量は少なくとも2μg必要であり、4度で、縦型ローテーター上で混合し、一晩置いた。
【0073】
2日目:
【0074】
8.fish sperm DNAを用いてprotein Gをブロッキングし、4度で2時間培養した。
【0075】
9.ブロッキングしたprotein Gを試料に加えた後、4度で、縦型ローテーター上で2時間培養を継続した。
【0076】
10.5000rpmで1分間遠心し、protein Gを収集した。各試料で400の上清を保存した後、対照とし、上清を−20度で一時的に保留した。
【0077】
11.残った上清を捨て、次のbufferを用いてprotein Gを順番に洗浄した。洗浄順序は次の通りである。
A.Low Salt Immune Complex Wash Bufferで1回洗浄
B.High Salt Immune Complex Wash Bufferで1回洗浄
C.LiCl Immune Complex Wash Bufferで1回洗浄
D.TE bufferで2回洗浄
【0078】
12.新鮮なElution Buffer(1%のSDS、0.1MのNaHCO
3)を配合した
【0079】
13.1管ごとにElution Buffer 200μLを加え、室温で、ボルテックスミキサー上で振動させながら15分間混合し、15分間溶出した後、5000 rpmで1分間遠心し、上清を吸い取った。その後、再び200μLのElution Bufferでもう1度溶出し、同様に15分間とし、再び上清を遠心し、2回の上清を1つに混合した後、合計400μLの溶出生成物を得た。
【0080】
14.このとき、各試料で400μLの溶出上清があり、更に以前に保留した400μLの対照上清があり、次いで2ロットの試料を同時に平行処理した。
【0081】
15.各試料に16μLの5MのNaClを加え、65度で水浴し、4時間培養した後、−20度で凍結させ、使用に備えた。
【0082】
3日目:
【0083】
16.試料を解凍した後、各試料に8μLの0.5MのEDTA、16μLの1MのTris−HCl、PH6.5、及び4μLの100倍のproteinase Kを加えてから、50度で水浴し1時間培養した。
【0084】
17.400μLの試料ごとに280μLの飽和NaClを加え、700μLのクロロホルムと均等に混合した。
【0085】
18.10000rpmで、4度で10分間遠心し、2mLの遠心管の中に上清を注意深く吸い取り、各試料に20mgの魚類精子DNAを加えてベクターDNAとし、均等に混ぜた後、ゲノムの抽出を開始した。
【0086】
19.1.3mLの無水エタノールを加え、10分間氷冷した後、白色の混濁が微かに認められた。
【0087】
20.12000rpmで、4度で10分間遠心し、上清を注意深く吸い取った後、沈降させ、75%のエタノールを用いて試料を洗浄し、自然乾燥させた。
【0088】
21.20μLのDDWを用いて溶解させ沈降させた後、PCRを行った。PCRプライマー:CPT1b,5’−CCTGTGCTGGTCCCCAACTCACAGC−3’及び5’−CTCCTGGTGACCTTTTCCCTACATT−3’(279bp)。
【0089】
血清中の遊離脂肪酸は、脂肪組織中に貯蔵されたトリグリセリドの分解に主に由来する。FADDをリン酸化したマウスの脂肪分解速度が増加しても、血清中の遊離脂肪酸濃度は健常対照マウスよりも低いため、我々は、FADDをリン酸化したマウスの脂肪酸酸化速度も同様に増加すると推測した。我々の推測と同じく、本特許では、FADDをリン酸化したマウスの白色脂肪組織における脂肪酸の酸化速度は、健常対照マウスよりも著しく高い(
図7A)ことがわかり、これは、FADDをリン酸化したマウスの血清中の遊離脂肪酸含有量が健常対照マウスよりも低いという上述した結果と一致する。PPARαは、脂肪酸代謝に対して重要な調整作用を有し、細胞による脂肪酸の摂取、輸送、活性化、及びβ酸化を促進することができる。本発明は、更に脂肪組織における転写因子PPARαの発現を測定し、ウェスタンブロット及び免疫染色実験によって、いずれもFADDをリン酸化したマウスの脂肪組織におけるPPARαの発現が健常対照マウスよりも遥かに高いことが示された(
図7B及び7C)。PPARαの発現増加によって、それが調整する脂肪酸酸化代謝に関与する標的遺伝子の発現を活性化させる。これと同じく、本特許では、FADDリン酸化マウスの白色脂肪組織におけるPPARα、並びにペルオキシソームアシルCoAオキシダーゼ1(Acox1)、3−ヒドロキシアシルCoAデヒドロゲナーゼ(Ehhadh)、極長鎖アシルCoAデヒドロゲナーゼ(Acadvl)、及び中鎖アシルCoAデヒドロゲナーゼ(Acadm)を含む脂肪酸酸化代謝に関与するいくつかの重要な酵素のmRNAレベルの発現が増加している(
図7D)ことがわかった。Acadvl、Acadm、長鎖アシルCoAデヒドロゲナーゼ(Acadl)、ペルオキシソーム3−ケトアシルCoAチオラーゼ(PTL)タンパク質の発現レベルも著しく上昇した(
図7E)。これらの酵素の高発現は、脂肪酸酸化速度の上方制御を促進した。PPARαの転写活性及び脂肪酸酸化速度に対する調整を更に考察するため、本特許では、更にChIP実験を用いて脂肪酸代謝経路における重要な酵素の1つであるカルニチンパルミトイルトランスフェラーゼ1b(CPT1b)に対するPPARαの転写調整作用を測定し、その結果、FADDリン酸化は、PPARαがCPT1b遺伝子調整領域のPPRE配列に結合することを促進することができ、CPT1b遺伝子の発現を増強し、脂肪酸の酸化代謝を促進した(
図7F)ことがわかった。
【0090】
FADDのリン酸化は、脂肪組織におけるcAMPの濃度を増加させることができ、古典的な脂肪分解経路を活性化させ、HSLのリン酸化レベルを増強し、トリグリセリドの遊離脂肪酸及びグリセリンへの分解を促進した。FADDリン酸化は、更にPPARαの転写レベルを増強することができ、これにより、PPARαが調整する脂肪酸代謝に関与する酵素の発現を増加させ、脂肪酸の酸化代謝を促進した。そのため、本発明のFADDリン酸化は、肥満を含む脂質代謝疾患の治療のために、新しい薬物標的を提供する。FADDリン酸化レベルをスクリーニングマーカーとすることにより、FADDリン酸化を調整することができる物質を得ることができ、これにより、脂質代謝を調節する薬物を見出すことができる。
【0091】
本発明は、FADDリン酸化をシミュレーションするFADD変異遺伝子を導入することにより、ホルモン感受性リパーゼ(HSL)、ペルオキシソーム増殖因子活性化受容体α(PPARα)、ペルオキシソームアシルCoAオキシダーゼ1(Acox1)、3−ヒドロキシアシルCoAデヒドロゲナーゼ(Ehhadh)、極長鎖アシルCoAデヒドロゲナーゼ(Acadvl)、長鎖アシルCoAデヒドロゲナーゼ(Acadl)、及び中鎖アシルCoAデヒドロゲナーゼ(Acadm)等の重要な転写因子又は酵素の発現の調整を直接実現し、これにより脂質代謝速度を有効に調節する。そのため、FADDリン酸化をシミュレーションするFADD変異遺伝子の遺伝子治療は、必然的に、脂質代謝疾患を調節する有効な手段となる。
【0092】
そのため、FADDリン酸化により脂肪分解及び脂肪酸酸化速度を調節する方法は、脂質代謝疾患治療薬物の発見、製造、及び治療に直接応用することができる。この方法は、従来の化学薬物療法、漢方薬療法、生物学的療法、理学療法等の脂質代謝治療方法と併用し、より優れた治療効果を生み出すことができる。
【国際調査報告】