【実施例】
【0111】
実施例1:実施例2〜7の材料及び方法
薬物及び試薬
化合物I及び重水素化化合物I(化合物I−d6)は、APTOSE Biosciences(San Diego,CA)から得た。洗浄剤適合タンパク質アッセイキットDC(商標)Protein Assayは、BioRad Laboratories,Inc.(Hercules,CA)から購入した。CellTiter96(登録商標)Aqueous One Solution Cell Proliferation Assay(MTS)は、Promega(Madison,WI)から購入した。PARP、MCL−1、BAD、BIK、Na
+/K
+ ATPase抗体は、Cell Signaling Technology,Inc.(Danvers,MA)から得た。pSer139 H2AX及びATM抗体は、Abcam(Cambridge,UK)から購入した。ABCG2抗体は、KAMIYA Biomedical(Tukwila,WA)から得た。Ko143及びpSer1981−ATM抗体は、Millipore Sigma(St.Louis,MO)から得た。オラパリブは、Selleckchem(Houston,TX)から購入した。カルボプラチン及びトポテカンは、UCSD Moores Cancer Center Pharmacyから入手した。
【0112】
細胞の種類及び培養
ヒトバーキットリンパ腫細胞株Rajiは、American Type Tissue Culture Collectionから入手し、10%ウシ胎児血清(ATCC)を添加したRPMI1640培地(ATCC)中で、37℃、5%CO
2で培養した。化合物I耐性Raji(Raji/化合物IR)細胞株は、6カ月の期間にわたって、漸増濃度の化合物Iに暴露させることによって作製した。CAOV3細胞は、ATCCから入手し、10%ウシ胎児血清を添加した完全DMEM中で培養した。MCF7ベクターコントロール及びBRCA1 shRNAサブクローンは、Dr.Simon Powell(Memorial Sloan−Kettering Cancer Center)から入手し、10%ウシ胎児血清を含むEMBM中で培養した。MCF10A及びhTERT−IMECクローンは、Dr.Ben Ho Park(Johns Hopkins University)から入手した。HCT116 BRCA2
+/+細胞及びBRCA2
−/−細胞は、Dr.Samuel Aparicio(British Columbia Cancer Research Centre)から入手した。PEO1及びPEO4細胞は、Dr.Sharon Cantor(University of Massachusetts)から入手し、これらの細胞株は、以前に公開されたのと同じ条件で培養した。Sakai et al.,Functional restoration of BRCA2 protein by secondary BRCA2 mutations in BRCA2−mutated ovarian carcinoma,Cancer Res.2009;69(16):6381−6、Konishi et al.,Mutation of a single allele of the cancer susceptibility gene BRCA1 leads to genomic instability in human breast epithelial cells,Proc.Natl.Acad.Sci.2011;108(43):17773−8、Xu et al.,CX−5461 is a DNA G−quadruplex stabilizer with selective lethality in BRCA1/2 deficient tumours,Nature Communications 2017;8:14432(いずれも、参照により、本明細書に援用される)。
【0113】
細胞毒性試験
細胞を播種し、示されている薬物によって、96ウェルプレート中で、5日間処理した。細胞の生存能は、Promegaから購入したCellTiter96 AQ
ueous One Solution(MTS)Cell Proliferation Assayを用いて測定し、IC
50値は、GraphPad Prism6というソフトウェアを用いて算出した。
【0114】
ビオチン化及びイムノブロッティングの手順
ABCG2の発現を定量するために、細胞の表面をEZ−LINKスルホ−NHS−SS−ビオチン(Thermo Scientific,Pittsburg,PA)でビオチン化し、以前に報告されたように、ウエスタンブロット解析を行い、ウエスタンブロット解析を行った。Tsai CY,Liebig JK,Tsigelny IF,Howell SB,The copper transporter 1(CTR1)is required to maintain the stability of copper transporter 2(CTR2).Metallomics 2015;7:1477−87(参照により、本明細書に援用される)。
【0115】
RNA−seq及びqRT−PCR
RNeasy Mini Kit(QIAGEN,Valencia,CA)を用いて、実験ごとに、3つの独立した試料から全細胞RNAを単離した。ライブラリーの作製、及びAgilent Bioanalyzerを用いた検証のために、RNA−seq試料をIGM Genomics Center,University of California,San Diego,La Jolla,CA(http://igm.ucsd.edu/genomics/)に提出した。シーケンシングをIllumina Sequencer HiSeq4000で行った。バイオインフォマティクス解析をOHSUによって行った。ABCG2の過剰発現の確認の際に用いたフォワードプライマーは、5’−TTA−GGA−TTG−AAG−CCA−AAG−G−3’、リバースプライマーは、5’−TAG−GCA−ATT−GTG−AGG−AAA−ATA−3’であった。
【0116】
化合物Iの細胞薬理
標準物質の重水素化化合物Iを5ng含むアセトニトリル中で、化合物IまたはFe(化合物I)
3に暴露した細胞をホモジナイズした。UCSD Molecular Mass Spectrometry Facilityで、イオン源として、正イオンモードのエレクトロスプレーイオン化法(ESI)を用いた質量分析計Thermo LCQdecaと連結した液体クロマトグラフ(LC)システムAgilent1260を用いて、試料を解析した。そのESIのイオン源電圧は5kVに設定し、シースガス流量は80単位、補助ガス流量は20単位、キャピラリー温度は250℃とした。LCによる分離では、Phenomenex Kinetex Biphenylカラム(内径2.1mm×長さ50mm、粒径2.6μm)を使用し、0.1%ギ酸を含む水を移動相Aとして、0.1%ギ酸を含むアセトニトリルを移動相Bとして用いた。LC流量は、0.30mL/分に設定した。LCグラジエントは、10分で移動相Bを5%から移動相Bを95%まで増加させ、Bを95%で2分間保ち、1分でBを5%まで戻してから、Bを5%で6分間保った。正イオンモードのESI−MS/MS解析では、化合物Iは、正規化衝突エネルギー45%で、m/z368における分子イオンピークから、主要フラグメントピークがm/z353で観察され([M+H]+)、化合物I−d6は、正規化衝突エネルギー45%で、m/z374での分子イオンピークから、主要フラグメントピークがm/z359で観察された([M+H]+)。選択反応モニタリング(SRM)モードを用いて、m/z353及びm/z359のフラグメントピークを得た。試料における化合物I及びFe(化合物I)
3の定量には、化合物I−d6の添加量に対するSRMピーク面積比(化合物I/化合物I−d6)を用いた。Fe(化合物I)
3の検出でも、同じカラム、グラジエント及び流速を使用し、Agilent1100 HPLC、及びThermo IonMax ESIのインターフェースを用いた質量分析計Orbitrap XL(Thermo)を用いて検出した。Fe(化合物I)
3は、これらの条件によって、11.5分前後で溶出された。0.3mL/分の溶出流速に対して、10:1の流量スプリット比を用いたので、スプリット後、約0.030mL/分をESIに導入した。イオン源MSパラメーターは、キャピラリー温度250℃、シースガス流量20単位、正の極性、イオン源電圧5.0kV、キャピラリー電圧22V及びチューブレンズ80Vであった。フーリエ変換MS(Orbitrap)パラメーターは、FTMS AGC 1e6、FTMS平均マイクロスキャン数2及びFTMSフルスキャン最大イオン時間500ミリ秒であった。15,000という分解能パラメーター(m/z400におけるピークm/zを、半値全幅として与えられたピーク幅で除した値)を使用した。MS−MS CIDのスペクトルでは、45%の正規化衝突エネルギーを使用した。
【0117】
Fe(化合物I)
3の合成及び特徴付け
濃縮水ストック中のFeSO
4として二価鉄イオンを5モル当量、エタノール中の化合物Iに加えたところ、深赤色の沈殿物が得られ、その後、その沈殿物をDMSOに溶解させ、HPLC及び質量分析によって特徴付けた。Fe(化合物I)
3は、純度が95%超であったとともに、完全RPMI−1640培地中で少なくとも5日間安定していた。
【0118】
コメットアッセイ
コメットアッセイキットをTrevigen(Gaithersburg,MD)から購入し、中性コメットアッセイを製造元の指示に従って行った。Keyence Fluorescent Microscope(Keyence America,Itasca,IL)によって画像を取得し、OpenCometというソフトウェアを用いて定量した。
【0119】
免疫蛍光染色
細胞を回収し、PBSで2回洗浄し、Z固定液(緩衝亜鉛ホルマリン固定剤、Anatech,Inc,Creek,MI)で固定し、5%ウシ血清アルブミンを含むPBS中の0.3%Triton X−100で浸透化処理及びブロックした。続いて、その細胞をγH2AX抗体(1%ウシ血清アルブミンを含むPBS中の0.3%Triton X−100での1:250希釈液)とともに一晩インキュベートしてから、3回洗浄した。細胞を1時間、蛍光コンジュゲート二次抗体(1:1000希釈液)とともにインキュベートしてから、3回洗浄した。4’,6−ジアミジノ−2−フェニルインドール(DAPI)とともに、非退色試薬ProLong Goldを用いてスライドに封入して、細胞核を染色した(分子プローブ)。100倍の対物倍率を用いて、Keyence Fluorescent Microscopeで蛍光を観察し、Image Jというソフトウェア(National Institutes of Health)で定量した。
【0120】
統計解析
いずれの2群比較においても、不等分散と仮定したスチューデントt検定を用いた。データは、少なくとも3回の独立した実験の平均±標準誤差として示されている。
【0121】
実施例2:化合物Iの細胞薬理
化合物Iが強力な細胞毒性を示すタイプの細胞の中でも、リンパ腫は注目されている。この疾患の治療で用いる標準的な化学療法剤の大半が、用量を制限する骨髄抑制を起こすからである。このため、化合物Iの細胞薬理試験用には、Rajiバーキットリンパ腫細胞を選択した。Raji細胞における化合物Iの細胞内蓄積を液体クロマトグラフィータンデム質量分析(LC−MS/MS)によって定量した。化合物I及びその内部標準である化合物I−d6は、鋭いピークプロファイルで、LCカラムから約6.9分で溶出された。Raji細胞には、化合物Iは比較的ゆっくり蓄積され、6時間までに、含有量は定常状態に近づいた(
図6A)。
【0122】
LC−MS/MS波形を慎重に検証することによって、化合物Iの検出のために選択した同じ反応モニタリングモードで、LCカラムから約8.7分で溶出されたマイナーピークが特定された。LC−HR−ESI−TOFMS(液体クロマトグラフィー高分解能エレクトロスプレーイオン化飛行時間型質量分析)を用いた場合にも、m/z578.65において、約8.7分で溶出されたピークが特定された。Obritrap−MSによる高分解能MS/MS解析では、その物質が、化合物Iと二価鉄との3:1の比率の錯体(
図1B)であることが示された。三元錯体であるFe(化合物I)
3の構造をLC−MS−ESIによって特徴付けた。プレカーサーイオンマススペクトルの2つの主要な特徴によって、構造の特定が絞られた。第1の特徴は、高分解能MSによって、2価の正電荷を持つそのイオンの質量電荷比(m/z)の質量測定が精密に行われる点であった。第2の特徴は、測定されたピークの同位体分布によって、その構造に少なくとも1つの鉄原子が含まれることが示された点であった。加えて、その錯体のMS−MSスペクトルによって、2つのフラグメントイオンが示され、その1つは、m/z368のイオンで、遊離化合物Iに一致したものであり、もう1つは、m/z789のイオンであり、鉄及び2つの残りの配位子である化合物Iと一致していた。その三元錯体の質量計算値578.6520(m/z)は、数回の異なる日のそれぞれにおいて観察された平均m/zの結果(578.6519(m/z))とほぼ一致していた。測定値と計算値における比率の差は、−0.2ppmであった。日間標準偏差は0.0003(m/z、n=3)、日間質量差率は一貫して、1.0ppm未満であった。この一致尺度は、3ppmという標準値内であり、この標準値は概して、合成有機物の構造実証に適用されるものである。鉄の存在は、その元素に特徴的である同位体パターンによって確認された。鉄には、天然存在比率が5.85%の
54Fe、天然存在比率が91.75%の
56Fe、天然存在比率が2.12%の
57Fe、及び天然存在比率が0.28%の
58Feという4つの安定同位体がある。
54Fe同位体により現れるMSピークは、特徴的である。配位子である化合物Iの炭素、水素及び窒素の天然同位体と一致しないからである。その錯体のスペクトルでは、その質量計算値は、577.6542(m/z)である(最も多く存在する同位体のピークよりも約1(m/z)小さい。そのイオンは、電荷が2大きいからである)。このピークで観察された平均質量は577.6545(m/z)であり、標準偏差は0.0003(m/z)であった。質量差率は、0.5ppmであった(日間、n=3)。
54Feのピーク強度の測定結果も一貫して、天然存在比率から予想されるように、主要な
56Feのピークのイオン存在度強度の約6%であった。上記のピーク位置の測定では、結果を内部標準(周囲バックグラウンドにより偏在するフタル酸ジイソオクチルのイオン)の391.2843(m/z)に対して再較正した。
【0123】
錯体Fe(化合物I)
3は、FeSO
4をエタノール中の化合物Iに加えるだけで合成できることが発見された。Fe(化合物I)
3の純度をHPLCによって求めたところ、その錯体は、保存時に安定していることがわかった。Fe(化合物I)
3のIC
50は、145.7±0.5nMであり、おそらくは、そのFeイオンが2価の正電荷を持つことにより、細胞に進入しにくいため、効能は、化合物Iの1.5分の1であった(
図1C)。Raji細胞を0.5μmの化合物I及びFe(化合物I)
3のそれぞれで6時間処理し、各分子のイオン化効率に基づき、細胞内濃度を補正することによって、各化合物の相対的な取り込み量を調べた(
図1D)。化合物Iで処理した細胞では、細胞内のFe(化合物I)
3の蓄積が、Fe(化合物I)
3で処理した細胞よりも多く、これらの2つの分子のIC
50の差と整合していた。化合物Iで処理した細胞では、化合物Iの大半が、細胞内でFe(化合物I)
3に変換されたが、Fe(化合物I)
3で処理した細胞では、Fe(化合物I)
3が細胞内で解離して、検出可能である遊離な化合物Iが生成されることはなかった。したがって、Fe(化合物I)
3は、化合物Iの主要な細胞内活性型であると考えられる。
【0124】
実施例3:化合物Iは、DNAを損傷させる。
化合物Iの構造は、DNAの四重鎖構造に結合して鎖を切断させる薬物と似ていることから、化合物IがDNAを損傷させるか調べた。親Raji細胞を0.5μMの化合物Iで長期間処理し、ウエスタンブロット解析によって測定される、ATMのリン酸化形態及びγH2AXの蓄積によって、DNA損傷の誘導を評価した。
図2Aには、Raji細胞において、化合物Iによって、6時間の時点から、リン酸化ATM及びγH2AXが明らかに増加したこと、ならびに、その量は、薬物暴露時間(最長で24時間)とともに増加したことが示されている。8時間の時点から、PARPの切断(アポトーシスの誘導を示す)が検出された。Raji細胞は、核が非常に小さいため、γH2AXのフォーカス形成を定量するのは難しいので、この目的では、ヒト卵巣癌細胞株CAOV3を使用した。
図2Bには、DMSOまたは1μMの化合物Iに24時間暴露させたCAOV3細胞におけるγH2AXのフォーカス形成の代表的な画像が示されている。
図2Cには、1時間の時点に、フォーカス数の増加が検出可能となり、8時間後に、フォーカス数の増加がさらに顕著になったことが示されている。主にDNA二本鎖切断を検出する中性コメットアッセイの結果によって、DNA損傷の証拠がさらに強化された(
図2D)。細胞を0.5μMの化合物Iで6時間処理したところ、DMSOで処理した場合と比べて、テールDNAの増加は見られなかったが、細胞を化合物Iで6時間処理してから、無薬剤培地で18時間インキュベートしたところ(パルスチェイス)、コメットテール内のDNAが著しく増加した。これらの結果から、化合物IがDNAを損傷させ、アポトーシスを誘導できるDNA鎖切断を蓄積させる強力な証拠が示されている。
【0125】
実施例4:BRCA1/2欠損細胞は、化合物Iに対する過敏性を有する。
化合物IがDNAを損傷させるという知見から、相同組み換えを欠損した細胞が、化合物Iに対する過敏性を有するかを調べることにした。化合物IとBRCA1の欠損には合成致死性があるのではないかという仮説について、BRCA1非欠損ヒト細胞株及びBRCA1欠損ヒト細胞株の同種同系対を用いて試験を行った。2つの独立したMCF10Aサブクローン(それぞれ、BRCA1の2bpが欠失されたヘテロ接合体ノックインを含み、その結果、中途終止コドンが生じる)(BRCA1−het#1及びBRCA1−#2)は、ゲノム内でターゲティングベクターのランダムインテグレーションを起こしたクローン(コントロール)よりも、オラパリブに対する感受性が高いことが明らかとなり、その2つのノックインクローンで、BRCA1機能が喪失していることが確認された(
図3A、左図)。これらの2つのノックインクローンは、化合物Iに対する方が、過敏性がさらに高かった(
図3A、右図)。hTERT−IMEC細胞株に由来する、同じ2bpのノックインを含むクローンで、BRCA1の機能不全の作用を確認した場合にも、オラパリブ及び化合物Iの両方に対する過敏性を有することが明らかになった(
図3B)。shRNAiの発現により、BRCA1の発現が安定的にノックダウンされるMCF7 E7細胞で得られた結果によって、BRCA1欠損細胞が、化合物Iに対する過敏性を有するという結論が、さらに裏付けられた。
図3Cに示されているように、E7クローンも、オラパリブ及び化合物Iに対する過敏性が同程度である。BRCA1機能正常細胞とBRCA1機能不全細胞との3つの独立した同種同系対におけるこれらの結果から、化合物Iによって生じるDNA損傷の修復は部分的に、BRCA1が機能する相同組み換え経路及び/またはその他のDNA修復経路に依存することが示されている。BRCA2非欠損卵巣癌細胞株PEO4及びBRCA2欠損卵巣癌細胞株PEO1を用いて、BRCA2欠損細胞の方が、化合物Iに対して高い感受性を有するかについて、試験を行った。PEO1は、BRCA2を欠損しており、シスプラチン及びポリ(ADPリボース)ポリメラーゼ阻害剤AG14361に対して感受性を有する。PEO4は、再発時の腹水から抽出したものであり、シスプラチン耐性を有し、BRCA2機能を回復させる二次変異を含む。BRCA2機能の回復により、オラパリブ(
図3D、左図)及び化合物I(
図3D、右図)の両方に対する耐性が向上した。BRCA2を欠損していないHCT116細胞、ならびに2つのBRCA2
−/−サブクローン(B18及びB46)を用いた場合も、同様の結果が得られた(
図3E)。したがって、悪性細胞は、BRCA1またはBRCA2の機能のいずれが喪失しても、化合物Iに対する過敏性を有するようになる。
【0126】
実施例5:薬物耐性の獲得についての選択
化合物Iの作用のうち、化合物Iに対する感受性と最も密接に関係する作用を明らかにするために、6カ月間にわたって、漸増濃度の化合物Iに繰り返し暴露させた結果、耐性を獲得したRajiバーキットリンパ腫細胞株のサブライン(Raji/化合物IR)を確立した。耐性は、選択プロセスのいずれの時点においても、急激に変化することなく、ゆっくりかつ段階的に獲得された。薬物に120時間暴露させた際に、成長速度を定量するアッセイを用いて試験したところ、親Raji細胞に対する化合物IのIC
50は、91.9±22.3nMであった。この値は、新鮮単離AML芽球細胞及びCLL細胞で報告された値と同じ範囲内である。Zhang et al.,“Inhibition of c−Myc by ATPO−COMPOUND I as an Innovative Therapeutic Approach to Induce Cell Cycle Arrest and Apoptosis in Acute Myeloid Leukemia [abstract],”Blood 2016;128:1716、Kurtz et al.,“Broad Activity of COMPOUND I in AML and other Hematologic Malignancies Correlates with KFL4 Expression Level [abstract],”Blood 2015;126:1358(いずれも、参照により、本明細書に援用される)。Raji/化合物IR細胞は、化合物Iに対する耐性が16.7±3.9倍であった(IC
50:1387.7±98.5nM)。耐性のレベルは、無薬剤培地での培養中、少なくとも3カ月安定した状態を保った(
図4A)。Raji/化合物IR細胞は、親細胞よりもわずかに成長が速かったが、統計的に有意な差は見られなかった。Raji/化合物IR細胞においては、感受性Raji細胞でアポトーシスが誘導された濃度では、化合物Iによってアポトーシスは誘導されなかった。その感受性細胞を0.5μMの化合物Iで24時間処理したところ、コントロールのDMSOと比べて、プロアポトーシスタンパク質のBIKが47.5±16.8%及びBADが2.1±0.25倍増加し(P<0.05、n=3)、抗アポトーシスタンパク質のMCL−1は、38.1±2.3%減少した(p<0.001、n=3)。同じ暴露を行ったRaji/化合物IR細胞では、これらの変化は検出されなかった(
図4B)。
【0127】
実施例6:薬物耐性の機序
Raji/化合物IR細胞における耐性は、薬物の流入もしくは排出の変化、細胞内解毒または一次標的の変化によるものと思われる。ネイティブ化合物Iまたは錯体Fe(化合物I)
3のいずれかとともにインキュベートしたRaji細胞及びRaji/化合物IR細胞におけるネイティブ化合物I及びFe(化合物I)
3の両方の細胞内蓄積をモニタリングした。化合物Iに暴露させたRaji/化合物IR細胞では、両方の形態の薬物の蓄積速度が大きく低下した(
図6A及び表1)。
【表1】
細胞を錯体Fe(化合物I)
3とともにインキュベートした場合も、程度は低いものの、同様の結果が得られた(
図6B)。対照的に、最初の2時間において、ATPO−化合物IまたはFe(化合物I)
3の排出は、細胞にいずれの形態の薬物を負荷した後でも、明らかな差は見られなかった。これらの結果から、Raji細胞における化合物Iに対する耐性が、両方の形態の薬物の蓄積低下と関連することが示されている。6時間時点における薬物蓄積をさらに詳細に測定したところ、Raji/化合物IR細胞を化合物Iとともにインキュベートした場合に、両方の形態の薬物の蓄積は著しく低下したが、錯体Fe(化合物I)
3のレベルは依然として、その原薬のレベルよりも高かったことが確認された(
図4C)。Raji/化合物IR細胞を少なくとも3倍多い化合物Iで処理した場合のみ、Fe(化合物I)
3の細胞内含有量が最終的に、感受性細胞におけるレベルと同程度のレベルに達した(
図4D)。Raji/化合物IR細胞を0.5μMの化合物Iで24時間処理したところ、リン酸化ATMまたはリン酸化γH2AXは増加せず、PARPの切断は検出不能であったこと(
図7)は、その耐性細胞において、細胞内の化合物I及びFe(化合物I)
3が実質的に少ないことと整合している。
【0128】
耐性機序についてさらなる知見を得るために、感受性Raji細胞及び耐性Raji/化合物IR細胞の両方の3つの独立した試料で、RNA−seq解析を行った。遺伝子レベルの差次的発現解析は、6個すべての試料にわたって、50リード未満の遺伝子をすべて除去することによって行った。発現が低レベルに過ぎない遺伝子は、差次的発現解析で問題の原因となり得るからである。遺伝子は、補正後のp値が、0.05未満のレベルであり、倍率変化が、いずれの方向でも2超である場合には、差次的に発現するものとみなした。13,791個の評価可能な遺伝子のうち、Raji/化合物IR細胞で有意にアップレギュレートした遺伝子は1,012個見られ、有意にダウンレギュレートした遺伝子は704個であった。最もアップレギュレートした遺伝子は、ATP結合カセットサブファミリーメンバーのABCG2であり、転写産物レベルの上昇は1000倍超であった(表2)。
【表2】
Raji/化合物IRにおいて、いくつかの他の多剤耐性ABCトランスポーターもアップレギュレートしたが、ABCG2転写産物の増加が最も顕著であった(表3)。Raji/化合物IR細胞におけるABCG2の顕著なアップレギュレーションは、qRT−PCR及びウエスタンブロット解析によって確認した(
図5A及びB)。
【表3】
【0129】
Ko143は、特異的ABCG2阻害剤であり、その選択性は、P−gpまたはMRP−1トランスポーターを阻害する能力と比べて、200倍高い。Ko143自体は、300nMまでの濃度では、Raji細胞またはRaji/化合物IR細胞に対する毒性は有していなかった(
図5C)。化合物IがABCG2の基質であるという仮説について試験するために、Ko143が、Raji/化合物IR細胞の耐性を解消する能力を評価した。表4及び
図5Dのデータから、Raji/化合物IR細胞において、Ko143との併用処理によって、化合物I耐性が有意に解消されることが示されている。
【表4】
【0130】
ABCG2機能の増強のさらなる証拠を得るために、その耐性細胞のトポテカン(充分に立証されたABCG2基質)に対する交差耐性について試験した。Raji/化合物IR細胞は、トポテカンに対する交差耐性が3倍であることが明らかになり、Ko143による処理によって、この耐性は完全に解消された(
図5E)。カルボプラチンは、ABCG2の基質ではないと考えられるが、興味深いことに、Raji/化合物IRは、カルボプラチンにも有意な交差耐性を有し、Ko143による処置によっても、Raji/化合物IR細胞におけるカルボプラチンのIC
50は低下しなかった(
図5F)。驚くべきことに、Raji/化合物IR細胞は、エトポシド(ABCG2基質であり、強力な二本鎖切断誘導剤である)に対する過敏性を有することが明らかになった。RNA−seqデータに由来するGO及び経路解析によって、Raji/化合物IRにおいて、DNA修復経路がダウンレギュレートしたことが明らかになり、これにより、エトポシドに対する過敏性が部分的に説明された。
【0131】
実施例7:化合物IとG−四重鎖DNAとの相互作用は、c−MYCの阻害と関連がある。
最新の機序研究によって、化合物Iは、そのプロモーターにおけるアセチル化H3K27を減少させること、さらには、c−MYC mRNA不安定化することによって、c−MYCを転写レベルで調節するをことが示された。加えて、RNA−seqの示唆的遺伝子発現解析及び逆相タンパク質アレイ(RPPA)データによって、化合物Iの機序におけるc−MYCの役割が明らかにされた(GOターム:c−MYCによってダウンレギュレート(p値6E−26)、c−MYCが結合する遺伝子プロモーター(p値4.2E−10)、c−MYCのChIP標的(p値3.3E−8))。さらに、RPPAデータから、p−CHK1、p−CHK2、γH2AX、ならびに全p53及びE2F1の増加が観察され、これらのいずれも、DNA損傷応答経路の活性化を示すものである。この増加には、細胞ストレス応答シグナル伝達を示すXBP1、GRP78及びp−p38のレベルの上昇(GOターム:細胞ストレスの調節、p値1.89E−8)が伴っていた。
【0132】
化合物Iは、複数の機構的事象に関与し得るが、化合物Iがc−MYCの発現、細胞周期停止及びDNA損傷、ならびに損傷DNAの修復機序との細胞内での合成致死性に及ぼす作用は、G−四重鎖DNAモチーフに対する錯体Fe(化合物I)3の作用によって説明できる。
【0133】
実施例8:実施例9〜16の材料及び方法
細胞及び化合物
EOL−1、GRANTA−519、Jeko−1、Jurakat、Molm−13、NOMO−1、SKM−1及びSU−DHL−6は、Leibniz−Institut DSMZから入手した。HL−60、KG−1、Mino、MV4−11、Raji及びTHP−1は、ATCCから入手した。HEL92.1.7は、European Collection of Authenticated Cell Culturesから入手し、Ramos細胞は、Dr.M.Andreeff(MD Anderson Cancer Center,Houston,TX)から寄付されたものである。すべての細胞は、製造元の指示に従って、完全培地中で培養した。製造元から受領してから1カ月以内に、初期継代細胞を回収し、凍結した。すべての実験は、初期継代細胞で、解凍から6週間以内に行った。6カ月ごとに、MycoScope Mycoplasma Detection Kit(Genlantisカタログ番号MY01050)を用いて、コンタミネーションの可能性についてスクリーニングした。Ficoll−Paque PLUS(GE Healthcare、カタログ番号17−1440−02)を用いて、新鮮な健常ドナー血液から末梢血単核球(PBMC)を単離した。化合物Iの遊離塩基の合成では、10−フェナントロリン−5,6−ジオン(1.2当量)、酢酸(22倍量)、2−メチル−5−フルオロインドール−3−カルボキシアルデヒド(1.0当量)及び酢酸アンモニウム(15当量)を培地攪拌下で、95±5℃で加熱しながら、3〜7時間反応させた。その反応物を20℃〜25℃まで冷却し、濾過し、酢酸及びエタノールでリンスし、N
2パージで乾燥してから、65℃の2:1のエタノール:水で4時間洗浄し、20℃〜25℃まで冷却し、濾過し、2:1のエタノール:水及びEtOAcでリンスしてから、N
2パージで乾燥した。HPLCによる純度は99.5%であり、構造的な同定をFT−IR、
1HNMR、
13C NMR及びLC/MSによって確認した。Fe(化合物I)
3の合成では、水中の5モル当量の二価鉄イオンFeSO
4を、エタノールに溶解させた化合物Iに加えた。得られた深赤色の沈殿物Fe(化合物I)
3を回収し、DMSOに溶解させ、HPLC及び質量分析によって、純度95%超として特徴付けられた。CX−5461(7)は、MedChem Expressから購入した(カタログ番号HY−13323)。
【0134】
細胞毒性試験
細胞を播種し、ビヒクルのDMSOまたは化合物I(10個の濃度)によって、96ウェルプレートにおいて5日間、37℃及び5%CO
2で処理した。CellTiter96 AQ
ueous One Solution(MTS)Cell Proliferation Assay(Promega、カタログ番号G3581)を用いて、細胞の生存能を測定し、GraphPad Prism7というソフトウェアを用いて、IC
50値を算出した。
【0135】
取り込み及び排出アッセイ
標準物質の重水素化化合物Iを5ng含むアセトニトリル中で、化合物Iに暴露させた細胞をホモジナイズした。UCSD Molecular Mass Spectrometry Facilityで、イオン源として、正イオンモードのエレクトロスプレーイオン化法を用いた質量分析計Thermo LCQdecaと連結した液体クロマトグラフ(LC)システムAgilent1260を用いて、試料を解析した。
【0136】
qRT−PCR
細胞をビヒクルまたは化合物Iによって、様々な濃度で24時間、または単一の濃度で1時間、3時間、6時間、12時間及び24時間処理してから、回収した。QiaShredderカラム(QIAGEN、カタログ番号79656)によって細胞を溶解させ、QIAGEN RNeasy Plus Mini Kit(カタログ番号74134)を用いて、全RNAを単離し、Transcriptor Universal cDNA master mix(Roche、カタログ番号05893151001)を用いて、cDNAを合成してから、FastStart essential DNA probes master mix(Roche、カタログ番号06402682001)及びRoche LightCycler96を用いたqRT−PCR解析で、そのcDNAを使用した。プライマープローブ対は、IDTから購入した(表5)。発現量は、GAPDHに対して正規化した後、ビヒクルで処理した試料に対する倍率変化として計算した(2
ΔΔCt)。
【表5】
【0137】
ウエスタンブロッティング
細胞を上記のようにして処理した。全細胞溶解液を調製し、SDS−PAGEによって分離し、ニトロセルロース膜に転写した。使用した検出抗体は、表6に列挙されている。ImageJまたはImage Studio Liteバージョン5.2というソフトウェアを用いて、デンシトメトリーを行い、GAPDHの密度に対して正規化した。
【表6】
【0138】
アポトーシス及び細胞周期の解析のためのフローサイトメトリー
細胞を上記のようにして処理した。アポトーシスを測定するために、細胞をFITC−アネキシンV及びプロピジウムアイオダイド(PI、BD Pharmingen、カタログ番号556570)で染色してから、フローサイトメーターBD Accuri C6で解析した。DNA合成及び細胞周期相を測定するために、処理した細胞を5−エチニル−2′−デオキシウリジン(Edu)Alexa Fluor488(Thermo Fisher Scientific、カタログ番号C10425)及びPI(PI/RNase A染色溶液、BD Biosciences、カタログ番号550825)で染色した。Live/Dead Fixable Far Red Dead Cell Stain Kit(Thermo Fisher Scientific、カタログ番号L34973)を用いることによって、死細胞を解析から除外した。染色は、製造元の指示に従って行った。
【0139】
RNAシーケンシング解析
処理したMV4−11細胞において、(qRT−PCR解析におけるように、)全RNA抽出を行い、UCSDのGenomics Core Facilityでシーケンシングした。Illumina TruSeqを用いて、RNAを処理し、Illumina HiSeq4000で、50bpのリードに対してシングルエンドシーケンシングを行った。Oregon Health and Science University(Portland,OR)のMcWeenyのラボで、データを解析した。FASTQC(http://www.bioinformatics.babraham.ac.uk/projects/FASTQc/)を用いて、FASTQファイルをリードの塩基分布及び配列の表現について評価した。SubRead v1.5.0−plを用いて、リードをHG37にアラインメントし、ユニークにマッピングされたリードを保持した。(4つのすべの試料にわたって、)50リード未満の差次的発現遺伝子を除外した。生のデータ及び処理したファイルは、GEO(https://www.ncbi.nlm.nih.gov/geo/query/acc.cgi?acc=GSE111949)アクセッション番号GSE111949で入手可能である。
【0140】
逆相タンパク質アレイ解析
RNAシーケンシング(RNA−seq)解析におけるように、MV4−11細胞を処理し、全細胞抽出物をウエスタンブロッティング用に調製した。試料をMD Anderson Cancer CenterのReverse−Phase Protein Array(RPPA)Core Facilityで処理した(詳細はhttps://www.mdanderson.org/research/research−resources/core−facilities/functional−proteomics−RPPA−core/RPPA−process.html)。タンパク質発現レベルを3回反復分について平均し、GraphPad Prism7を用いて、ヒートマップを作成した。
【0141】
qPCRと組み合わせたクロマチン免疫沈降法
MV4−11細胞をビヒクルのDMSOまたは500nmol/Lの化合物Iで2時間、6時間または24時間処理してから、1%ホルムアルデヒドを用いて架橋した。超音波処理によってクロマチンを抽出してから、H3K27ac抗体(Active Motif、#39133)とともに一晩インキュベートした。プロテインGビーズ(Invitrogen Dynabeadsカタログ番号10004D)を用いて、その抗体:DNA複合体を単離し、MYCプロモーターに特異的なプライマー(表7)を用いて、qPCRによって解析した。H3K27acの濃縮は、インプットDNAコントロールに対する倍率として計算した。
【表7】
【0142】
RNA崩壊アッセイ
細胞を3時間、ビヒクルのDMSOまたは500nmol/Lの化合物Iで処理してから、1μmol/LのアクチノマイシンDで処理した。qRT−PCR解析におけるように、RNAの抽出及びcDNAの合成を行うために、アクチノマイシンDの添加前及び添加後10分おきに、細胞のアリコートを取り出した。特異的プライマー(表8)を用いて、MYC及び28s rRNAのレベルを解析し、MYC RNAの発現を28s rRNAに対して正規化した[2^(28sのC
t値−MYCのC
t値)]。
【表8】
【0143】
FRETアッセイ
以前に説明されたようにして、FRETアッセイ及びデータ解析を行い、二重標識(5′FAM−3′BHQ1)一本鎖オリゴを用いることによって修飾した。Roche LightCycler96[37℃で300秒後、温度を3℃ずつ91℃まで上昇させ(25段階)、各温度における総インキュベーション時間を300秒とした]を用いて、ビヒクルのDMSO、または漸増濃度の化合物I、Fe(化合物I)
3、CX−5461もしくはTMPyP4の存在下で、各オリゴの融解温度を評価した。薬物及びオリゴ反応ミックスを直ちに解析するか、または6時間、室温でインキュベートしてから、解析をするかした。プライマー情報は、表9に示されている。インキュベーション時間が長いほど、Fe(化合物I)
3、TMPyP4またはCX−5461の活性は影響を受けなかったが、化合物IのG4結合能は向上した。化合物Iのデータは、6時間の時点について示されている。
【表9】
【0144】
実施例9:化合物Iは、AML細胞において、細胞傷害性を誘導し、p21をアップレギュレートし、G
0−G
1細胞周期の停止を誘導する。
化合物Iは、AML細胞株及び様々な型のリンパ腫細胞株において増殖を阻害し、IC
50値は、57nmol/L〜1.75μmol/Lの範囲であった(
図8、表10)。この薬物は、MV4−11細胞において、暴露期間の関数としての効能の変動が中程度に過ぎず、IC
50値は、48時間の暴露では0.47μmol/L、72時間では0.40μmol/L、120時間では0.24μmol/Lであった。以前の研究によって、腫瘍におけるAPT0−化合物I活性の考え得る機序として、KLF4及びCDKN1Aの発現のアップレギュレーションが報告された。化合物Iは、試験した6個のAML細胞株のうちの4個で、KLF4の発現をアップレギュレートするが(
図15A)、すべてのAML細胞株で、濃度依存的に、CDKN1A(p21)の発現が誘導された(
図15B及び15C)。CDKN1A mRNAのアップレギュレーションは、試験したすべてのAML細胞株において、暴露期間とともに増大した(
図15D及び15E)。その後、CDKN1Aの発現は減少し始めたが、その理由は、細胞死の増加である可能性が高い。CDKN1Aの発現の誘導は典型的には、その後にG
0−G
1細胞周期が停止することと関連し、その停止は、固形腫瘍株の化合物Iによる処理後に観察された。これと整合して、試験したすべてのAML細胞株において、G
0−G
1期の細胞の用量依存的な増加が観察され、S期及びG
2−M期の細胞画分が同時に減少した(
図9A〜C、上図)。MV4−11の場合には、すべての生細胞は、1μmol/LのAPT0−化合物Iに24時間暴露後、G
0−G
1が停止した。CCND3(サイクリンD3)及びCDK4は、G
1細胞周期の進行を促進することが知られているが、CDKNIAは、このプロセスを負に調節する働きをする。化合物Iで処理したAML細胞のウエスタンブロット解析によって、3つのAML株のそれぞれにおいて、程度は異なるものの、CDK4及びCCND3の両方が、用量依存的に阻害されたことが明らかになった(
図9A〜C、下図、
図16A)。
【表10】
【0145】
細胞周期停止を経路の様々な摂動と相関させ、機序的事象の順序を明らかにするために、細胞をビヒクルまたは化合物I(IC
50濃度)のいずれかで、最長で24時間までの様々な時間で処理した後、細胞周期解析を行った。ビヒクルのみで処理した細胞では、細胞周期相分布の摂動は見られなかった。2時間ほどで、G
0−G
1期の細胞画分の増加が検出され、この画分は、24時間の薬物暴露期間にわたり、時間依存的に増加し続けた(
図9D〜F)。ウエスタンブロット解析によって、CDK4及びCCND3のタンパク質レベルの時間依存的な減少(G
0−G
1の停止と整合する)が示された(
図16B及び16C)。これらのデータによって、AML細胞において、化合物Iによって、時間依存的及び濃度依存的にG
0−G
1が停止されることが見出され、この作用が、確立されているp21及びサイクリン依存性キナーゼ経路に媒介されることが示唆されている。
【0146】
実施例10:化合物Iは、AML細胞株においてアポトーシスを誘導する。
化合物Iが細胞死を引き起こす機序を調べるために、MV4−11、EOL−1及びKG−1というAML細胞を化合物Iで処理するか、または処理しないかし、フローサイトメトリー及びウエスタンブロッティングによって、アポトーシスマーカーの検出を行った。細胞をPI及びアネキシンVで染色して、生細胞(アネキシンV陰性かつPI陰性)、初期アポトーシス細胞(アネキシンV陽性かつPI陰性)、後期アポトーシス(アネキシンV陽性かつPI陽性)、及び死細胞(アネキシンV陰性かつPI陽性)を識別した。すべての細胞株において、24時間の時点に、アポトーシス細胞の濃度依存的な増加が観察された(
図10A、
図17A)。アネキシンV染色及びPI染色に基づくIC
50値は、抗増殖性のIC
50値と整合した。PARPの切断(c−PARP1)は、内因性経路及び外因性経路の両方の下流におけるアポトーシスの古典的シグナルである。化合物Iによって、濃度依存的かつ時間依存的にc−PARP1の蓄積が誘導され、この蓄積は、アネキシンV/PI染色によって測定した場合のアポトーシスの誘導と整合した(
図10B〜C、
図17B)。3つのすべてのAML細胞株において、化合物Iへの暴露から3〜6時間後に、アポトーシス細胞の増加が見られ(
図10D)、その後、2時間の暴露時に、G
0−G
1細胞周期の停止が観察された。
【0147】
実施例11:化合物Iの薬力
化合物Iが細胞周期停止及びアポトーシスを引き起こすのに利用する経路について、さらなる知見を得るために、mRNAレベル及びタンパク質レベルの両方で、差次的発現解析を行った。MV4−11細胞をビヒクルまたは500nmol/Lの化合物Iのいずれかで、6時間処理してから、RNA−seqによって遺伝子発現を解析した。合計1,643個の遺伝子が、化合物Iによる処理によって、差次的に調節されたことが明らかになり(2倍超の変化、P<0.05)、416個がアップレギュレートされ、1,227個がダウンレギュレートされた(表11)。RNA−seq解析によって、KLF4が2倍増加し、CDKN1Aの発現が4.5倍増加したことが検出され、これは、MV4−11細胞を用いたqRT−PCRデータによって検証されている。差次的に調節された遺伝子は、Broad Molecular Signaturesのデータベース(http://software.broadinstitute.org/gsea/msigdb/index.jsp)を用いて、経路の濃縮またはGO(遺伝子オントロジー)ターム(
図18A)について解析した。予想どおり、差次的に発現した遺伝子セットにおいて、アポトーシス経路及び細胞周期経路が濃縮されていた。予想外にも、化合物Iによる処理後の遺伝子発現プロファイルでは、DNA損傷応答(DDR)経路及び小胞体(ER)ストレス/折り畳み不全タンパク質応答経路も濃縮されていた。加えて、アップレギュレートした遺伝子では、MYCによってダウンレギュレートされるTP53経路及びが濃縮されていた。MV4−11細胞において検出された遺伝子発現変化により、化合物Iが、DNA損傷を誘導し、細胞ストレス経路を活性することによって、及び/またはMYCがん遺伝子の発現を阻害することによって、アポトーシスを引き起こし得る可能性が高まった。
【表11】
【0148】
化合物Iがタンパク質の発現に及ぼす作用を調べるために、MV4−11細胞を上記のようにして処理し、RPPAマイクロアレイによって解析して、300個超の全タンパク質及び翻訳後修飾されたタンパク質を定量した。全タンパク質及び翻訳後修飾されたタンパク質の両方のレベルに対する作用が観察され(1.25倍超、P<0.05)、アップレギュレートされたタンパク質の方が、ダウンレギュレートされたタンパク質よりも多かった(
図18B、表11)。留意すべきことに、アポトーシスを示す、カスパーゼ7の切断の増加が見られた。Broad Molecular Signaturesのデータベースを用いて、差次的に発現するタンパク質のGO解析を行った。有意なGOタームには、細胞死及びG
1−S細胞周期の停止経路(G
0−G
1の停止の形式的記述)が含まれ、フローサイトメトリー及びRNA−seq解析によって検出された細胞周期作用と整合していた(
図18C)。E2F1、TP53、γH2AX、CHEK1リン酸化S296及びCHEK2リン酸化T68の増加によって、化合物Iによる処理によって、DNA損傷経路が誘導されるという概念が裏付けられた。加えて、XBP1、HSPA5及びMAPK14(p38)リン酸化T180/182の増加が観察されたことから、ERストレスまたは細胞ストレスが示された(P=1.89E
−08、参照15)。DDR経路は、MAPK14及びMAPK8(JNK)を活性化するMAPK経路を通じてシグナル伝達でき、DDR経路とERストレスとのクロストークは、充分に確立された現象であるが、どの経路が、その開始事象であるかは不明である。差次的に発現するタンパク質及びmRNAのかなりの部分は、MYCがんタンパク質の標的遺伝子であり、そのタンパク質は、細胞周期及びアポトーシス経路の調節の両方の不可欠な部分であることが知られている。勘案すると、これらのデータによって、MYCがん遺伝子の調節が、化合物Iの機序において、初期の重要な役割を果たし得ることが示唆された。
【0149】
実施例12:化合物Iは、AML細胞において、MYC mRNA及びタンパク質のレベルを濃度依存的かつ時間依存的にダウンレギュレートする。
MYCの発現は、白血病及びリンパ腫を含む広範ながんの発症に関与する。最近の研究によって、MYCの転写を阻害すると、血液由来のがん細胞においてアポトーシスが起こることが示され、MYCは、魅力的な治療標的となっている。我々のRNA−seqデータセットの考察によって、MV4−11細胞において、6時間の時点に、MYCが化合物Iによってダウンレギュレートされたことが明らかになった。化合物Iで処理したMV4−11細胞において、MYCによって負に調節される遺伝子の転写が増加したことも観察された。試験したすべてのAML細胞株において、化合物Iによって、MYC mRNA及びタンパク質のレベルの両方が濃度依存的に低下し、MYC阻害のIC
50値は、抗増殖性のIC
50値と整合していた(
図11A及びB)。これらの変化は、MV4−11、EOL−1及びKG−1のAML細胞(
図11C、
図19A及び19B)において、最長24時間までの暴露時間の関数とした場合、増大した。MV4−11細胞におけるMYCタンパク質の抑制の経時的経過は、RNA−seqによって検出された、MYC遺伝子の発現レベルの阻害と整合していた。試験したすべてのAML細胞株は、健常ドナー由来のPBMCと比べて、MYCの基底発現が有意に高かった(
図11D、
図19C)。したがって、化合物Iは、調べたすべてのAML細胞株において、mRNAレベル及びタンパク質レベルで、MYCをダウンレギュレートする。
【0150】
MYCの発現の調節は、MYCの転写、mRNA安定性及びタンパク質のターンオーバーを伴う複雑なプロセスである。活性クロマチンの充分に確立されたマーカーであるH3K27acのChIP−qPCR解析を行って、化合物Iによって処理した後のMYC遺伝子プロモーターの転写能力を評価した(
図19D)。2時間ほどで、MV4−11細胞におけるMYCプロモーターでのH3K27acの減少が観察され、時間とともに進行したことから、MYCプロモーターが修飾され、その後、MYC遺伝子の転写が抑制されることは、化合物Iの作用機序の初期のメディエーターであることが示された(
図19E)。化合物Iが、MYC mRNAの安定性に影響を及ぼすのかを判断するために、RNA崩壊アッセイをEOL−1細胞で行った。化合物Iで事前に処理した細胞において、MYC mRNAレベルが、ビヒクルの場合と比べて明らかに低下した(
図19F)ことから、化合物Iが、MYC mRNAの安定性を低下できることが示された。これらのデータによって、化合物Iが、転写及びmRNA安定性の両方に影響を及ぼすことによって、MYCを調節することが示唆されている。
【0151】
実施例13:化合物Iは、DNA損傷及び細胞ストレス経路を誘導する。
MYCに加えて、RNA及びタンパク質の差次的発現解析によって、化合物Iの作用機序に、TP53、DNA損傷及びERストレスが関与することが示された。MV4−11細胞において、化合物Iによる処理後、TP53タンパク質レベルの上昇を示したRPPAデータの検証を試みた。MV4−11細胞を500nmol/Lの化合物Iに暴露させたところ、早い時点(1時間、3時間及び6時間)に、TP53レベルが有意に上昇し、その後、12時間の時点に、ベースラインまで戻り、24時間の時点には、おそらくは、この時点における大規模な細胞死が原因で、さらに低下した(
図12A)。リン酸化Ser15及びアセチル−K382の増加に付随して、全タンパク質の増加が見られた(
図12B)。TP53は、DNA損傷に応答して、Ser15及びSer20でリン酸化され、それにより、MDM2の結合及びp53のプロテアソームによる分解が低減する。さらに、p53は、細胞ストレスに応答してアセチル化され、この修飾によって、TP53タンパク質レベルをさらに安定化して、結合活性を調節し得る。TP53の活性化は、BBC3(PUMA)、PMAIP1(NOXA)及びBAXのようなプロアポトーシス因子のアップレギュレーションを通じて、アポトーシスを誘導し得る。RNA−seqデータセットによって、化合物Iで処理したMV4−11細胞において、BBC3が3.95倍増加し、PMAIP1が1.38倍増加したことが示された。DNA損傷及び細胞ストレス経路の関与について、MV4−11細胞において、500nmol/Lの化合物Iによる処理後、早い時点においてさらに調べた。化合物Iを添加した1時間後に、リン酸化CHEK1の増加が検出され、ピークは約4時間の時点だったことから、DNA損傷が早期事象であったことが示唆された(
図12C)。CHEK1のリン酸化後、6時間の時点までに、DDRマーカーγH2AXの著しい増加が見られた。試験したすべてのAML株において、γH2AXの濃度依存的な増加が検出されたことによって、化合物IがDDR経路を誘導するという概念がさらに裏付けられた(
図12D)。加えて、4〜6時間の処理で、MAPK14リン酸化T180及びMAPK8リン酸化Thr183/pTyr185の両方が増加したことから、DDRまたはERストレス経路を通じたシグナル伝達が示された(
図12C)。総合すると、それらのデータによって、化合物Iによって誘導されるDNA損傷が、化合物Iの機序における初期事象であることが示唆されている。
【0152】
実施例14:化合物Iの細胞内薬物動態
KG−1 AML細胞における化合物Iの取り込み及び排出の動態測定を質量分析によって行ったところ、定常状態に徐々に近づき、初期に急激に排出されるが、終末排出が非常に長く持続するがことが示された(
図20A及び20B)。KG−1細胞を化合物Iに1時間または6時間のいずれかで暴露させてから、無薬剤培地に入れたところ、排出パターンは、最初の30分間で急速な相が見られた後、持続的な終末相が続くものからなり、その結果、24時間以上、有意な量の化合物IがKG−1細胞内に維持された。これらのデータと整合して、細胞内薬物動態試験によって、化合物Iが細胞内で、1原子のFe及び3分子の化合物Iを含む錯体[Fe(化合物I)
3]に変換されることが明らかになった(
図20C及び20D)。実際、事前に錯体化したFe(化合物I)
3薬物は、細胞毒性アッセイにおいて、単量体の親化合物Iと同様の効能である(
図13A)。さらに、錯体Fe(化合物I)
3は、MV−4−11細胞において、c−PARPによって測定したところ、アポトーシス経路を誘導し、γH2AXによって測定したところ、DNA損傷経路を誘導した。Fe(化合物I)
3は、用量依存的に、KLF4及びCDKN1Aの発現も誘導し、MYCを阻害した(
図13B)。しかしながら、24時間アッセイ(細胞毒性アッセイにおける5日間の処理と比較)において、親化合物Iと同等の応答を惹起するには、親化合物よりも高い濃度のFe(化合物I)
3が必要であった。この理由は、事前に錯体化したFe(化合物I)
3で観察された流入速度の方が遅かったことである可能性が高い(
図20E)。
【0153】
実施例15:化合物Iは、G−四重鎖配列を安定化させる。
親化合物I及びその細胞内形態Fe(化合物I)
3は、その薬剤をG−四重鎖(G4)DNAリガンドとして機能させることができる金属配位フェナントロリン環及び平面構造のような特定の特徴を含む。G4は、グアニンリッチ領域に起因する動的なDNA二次構造であり、それらの領域は、折り畳まれて、平らなグアニン四分子を形成し、それらが上に積み重なっている。G4特異的な配列は、テロメア及び多くの重要ながん遺伝子のプロモーターに見られる。G4配列は、遺伝子発現の調節因子として機能し、G4四重鎖を安定化させる小分子リガンドは、KIT及びMYCのような重要ながん遺伝子をダウンレギュレートするのに活用されている。テロメアDNAにおけるG4モチーフの安定化は、テロメラーゼの阻害、テロメアの不安定性及び脱保護(これらはいずれも、DDR経路を誘導できる)を引き起こすことができる。さらに、DNA複製部位の開始点は、DNA G4配列と重複しており、このような部位でのG−四重鎖構造の安定化により、複製フォークの停止及び細胞周期停止が起きる。
【0154】
FRETアッセイを修正したものを用いて、化合物I(親単量体型の薬物)及びFe(化合物I)
3がG4配列と結合して、その配列を安定化させる能力を評価した(
図21及び22)。周知のG4リガンドであるTMPyP4、及びG4結合特性を有することが最近報告された臨床段階の分子であるCX−5461をコントロールとして使用して、G4安定化活性について、化合物I及びFe(化合物I)
3の特異性を評価した。予想どおり、CX−5461は、試験したすべてのG4配列の強力な安定剤であり、TMPyP4は、KIT遺伝子プロモーターのG4以外のすべてのG4モチーフを安定化させた(
図13C)。興味深いことに、漸増濃度のFe(化合物I)
3は、MYC及びKIT遺伝子プロモーター、rRNA及びテロメアに対応するG4構造を安定化させ、TMPyP4と同様の効能を有していた(
図13C、
図22)。親単量体の化合物Iでも、G4モチーフの時間依存的な安定化が見られたが、MYC G4配列を安定化させる傾向が最も強いことが示された(
図13C)。
【0155】
ds−DNAとの非特異的相互作用を上回る、G4構造に対する選択性を評価するために、溶液中でds−DNAヘアピンを形成する自己相補的オリゴを用いて、FRETアッセイを繰り返した。注目すべきことに、Fe(化合物I)
3では、ds−DNAを上回るG4構造に対する選択性の程度が、CX−5461及びTMPyP4におけるよりもかなり高いことが示され、化合物Iの方が、より際立ったG4リガンドであることが明らかになった(
図13C、
図21B)。遺伝子発現解析によって、AML細胞において、化合物Iによる処理に応答して、MYC及びKITの発現が減少したが(RNA−seqデータ、MV4−11細胞、6時間の処理)、45s rRNAのレベルは低下しなかったことが示された。45s rRNAに対する作用の欠乏は、核のrRNAリッチな核小体領域での化合物I及び/またはFe(化合物I)3の利用性の差の現れであり得る。しかしその一方で、化合物Iは明らかに、G4構造を安定化させることができ、それにより、MYC及びその他の遺伝子の発現が阻害される説明が得られる。いずれかの特定の理論に拘束されるわけではないが、化合物IによるG4モチーフの安定化によって、複製フォーク及びテロメアで一本鎖及び二本鎖が切断されるという仮説が立てられ、化合物IのこのG4結合能によって、その薬物がDDR経路、細胞周期停止及びアポトーシスを誘導する機序が特定される。
【0156】
実施例16:考察
化合物Iは、非臨床モデルにおけるその有効性、及び動物または固形腫瘍患者における初期の第I相試験で骨髄抑制を起こさなかったことから、現在、AMLの治療用として臨床開発段階にある。本明細書に報告されているデータによって、より精密な臨床応用及びバイオマーカーの開発への方向性を示すこの新規薬剤の作用機序に関する新たな知見が得られる。これらの試験によって、化合物Iが、AML細胞におけるG
0−G
1細胞周期の停止及びアポトーシスの強力な誘導剤であることが確認された。さらなる新たな所見には、化合物Iが、MYCのプロモーター及びmRNAの安定性の両方に対する作用を通じて、MYCを時間依存的かつ濃度依存的にダウンレギュレーションすること、化合物Iが、多くのAML細胞株において、マスター転写因子及び腫瘍抑制因子のKLF4を誘導すること、ならびに、化合物Iが、DNA損傷を誘導することが含まれる。加えて、事前に錯体化した鉄形態の化合物IであるFe(化合物I)
3によって、アポトーシス、DNA損傷及びMYCの発現のダウンレギュレーションを含め、同等の細胞傷害性細胞作用が生じる。
【0157】
化合物Iが、親単量体型またはFe(化合物I)
3の鉄錯体型を問わず、DNAのG4モチーフを安定化させるという発見によって、この薬物の薬力的作用の多くが説明される。G4の安定化は、テロメアの安定性を破壊し、複製フォークを停止させ、その結果、一本鎖DNAまたは二本鎖DNAが切断されることが知られている。MYCプロモーターにおけるG4のこのような安定化は、遺伝子サイレンサーとして機能すると考えられる。このことと、KIT及びテロメアのG4構造が化合物Iの標的となることを勘案すると、AML細胞において細胞周期停止を調整して、アポトーシスを促進するDDR経路を化合物Iが活性化する機序が示される。
【0158】
加えて、BRCA1/2の変異を有する細胞は、化合物Iに対して過敏性を有することから、化合物Iの作用機序におけるDNA損傷に対する役割がさらに裏付けられる。化合物Iによって、G
0−G
1期の停止を媒介するCDKN1Aが一貫してアップレギュレーションされる。加えて、DNA二本鎖切断の後にCDKN1Aを誘導して、細胞周期の進行をブロックし、DNAを修復するのに充分な時間を確保できる。化合物Iは、CDKN1Aの誘導と併せて、G
1細胞周期チェックポイントの一部として、CDKN1Aを調節することが知られているKLF4遺伝子の発現を多くのAML細胞株において増加させた。KLF4は、DNA損傷に応答してアップレギュレートすることも知られており、G
0−G
1の停止及びアポトーシスの両方において役割を果たす。化合物Iの作用機序におけるKLF4の役割は、今後の研究における関心事である。化合物Iの構造によって、活性酸素種を生成でき得ることが示唆されるが、MV4−11細胞、EOL1細胞またはKG−1細胞において、分子センサーまたはGSHの変化のいずれを用いても、活性酸素種は検出されなかった。
【0159】
CHEK1/2の活性化、TP53の安定化及びE2F1の誘導によって、化合物Iによる処理後の初期事象が、細胞周期停止及びDNA修復のためのシグナルを伝達する働きをすることも示されている。化合物Iによる処理後2時間までに、細胞周期停止が検出された一方で、6時間までに、いくつかのプロアポトーシス因子のアップレギュレーションが、RNAレベル及びタンパク質レベルの両方において観察された。DNA修復プロセスの活性化に加えて、pCHEK1/2及びTP53は、アポトーシスの誘導においても役割を果たし得る。DNAが修復されなかった場合には、p53が、BAX、BAD、BBC3またはPMAIP1のアップレギュレーションを介して、アポトーシスを活性化し得る。化合物Iで処理したMV4−11細胞のRNA−seq解析によって、これらのプロアポトーシス因子の発現の増加が検出された。PARP1のカスパーゼ依存性切断には、アポトーシスの進行が必要であることが知られている。化合物Iによって、顕著かつ早期にPARP1が切断されたことから、化合物Iは、DDR経路を誘導することによって機能するという仮説がさらに裏付けられた。これにより、細胞にとって致命的であるDNA損傷レベル、及び細胞をアポトーシスに導く、転写プログラムの改変が示唆されている。多くの悪性腫瘍において、MYCの調節障害は、一般的な発がん動因であることから、MYCは、魅力的な治療標的候補となっている。しかしながら、MYCの調節及びシグナル伝達の複雑性が原因で、MYCを標的とするのは困難である。最近、BETブロモドメイン阻害剤によるMYCの発現の抑制は、白血病細胞においてアポトーシスを誘導するのに有効であることが証明された。しかしながら、ブロモドメインタンパク質は、すべての活性遺伝子上に存在し、ブロモドメインタンパク質の阻害により、重度の毒性及び骨髄抑制が発生し得る。化合物Iにより、試験したすべてのAML細胞株において、RNAレベル及びタンパク質レベルの両方で、MYCの発現が減少したとともに、MYCのダウンレギュレーションは、異なるAML細胞におけるその細胞傷害性効能に匹敵していた。AML株において、健常ドナー由来のPBMCよりも高いMYCレベルが検出されたが、これは、化合物Iがこれらの種類の細胞に及ぼす差次的作用と関係し得る。最近の研究により、TP53のアップレギュレーション及びMYCのダウンレギュレーションの連動によって、CMLにおいて、白血病性幹細胞集団が効率的に除去されることが示された。MV4−11を化合物Iによって処理したところ、同様の作用が見られ、化合物Iのさらなる開発理由が示されている。上皮性卵巣癌及び神経芽腫において、MYCの発現が多いほど、臨床転帰が悪いことが報告されており、化合物Iが、これらの悪性腫瘍に対して有益な作用を有し得ることが示唆されている。勘案すると、このデータによって、主にG−四重鎖構造の関与を通じて、化合物Iの多面的な作用機序であって、造血器悪性腫瘍を標的とするのに独自の形で適する作用機序が示されている。さらに、化合物Iは、骨髄抑制を起こさないファーストインクラスのMYC阻害剤であり、骨髄機能の低下したAML患者の制御に特に適する薬剤となっている。
【0160】
上記の実施例及び特定の実施形態の説明は、請求項によって定義されているような本発明を限定するものではなく、例示するものとして解釈すべきである。容易に認識されるように、請求項に示されているような本発明から逸脱せずに、上に示されている特徴の多くの変形形態及び組み合わせを用いることができる。このような変形形態はいずれも、本発明の範囲内に含まれるように意図されている。引用されている参照文献はいずれも、参照により、その全体が本明細書に援用される。
【0161】
本明細書において、いずれかの先行技術文献に言及している場合には、その言及によって、その文献が、いずれの国においても、当該技術分野における技術常識の一部を形成すると認めるものではないことを理解されたい。
【0162】
引用部分を特定することによって、本明細書で言及されているいずれの刊行物、特許、特許出願及び特許出願公開の開示内容も、参照により、その全体が本明細書に援用される。