【実施例】
【0127】
偏りのない体系的なアプローチとして次世代シーケンシングを使用して、肝切除後の術後LDを罹患する21人の患者と27人のマッチ化対照の術前血漿において554種のmiRNAを検出した。続いて、肝切除後に術後LDを発症する患者と高度に相関した、miRNAのシグネチャ(miRNA 151a−5p、192−5p、122−5pを含む)を検出した。その後、術後LDの予測可能性を、24人の患者の独立検証コホートにおいてリアルタイムPCRを使用して確認した。最終的に、151a−5pと192−5pおよび122−5pと151a−5pの2つのmiRNA比の回帰モデルは、術後LD、重度の罹患、集中治療室での長期在室ならびに入院、さらには手術前の死亡を、格段の精度で、確実に予測し、その結果、術後LDに関する既成のマーカーより性能が優れていた。
【0128】
肝切除後の潜在的に致命的な術後臨床転帰を予測することの臨床的妥当性を考慮すると、このデータが実証するところは、部分肝切除を受ける患者の選別をサポートする新規miRNAベースのバイオマーカーの臨床的有用性である。これらのバイオマーカーは、個々の患者の特定のリスクプロファイルに処置および外科的戦略を適合させることを可能にする。
【0129】
材料および方法
研究集団
最初に、Medical University of Viennaにて肝切除を受ける患者の発見コホートを、2012年2月から募集した。肝細胞癌(HCC)、胆管細胞癌(CCC)または転移性結腸直腸癌(mCRC)のいずれかの患者が組み入れに適格とされた。その後、術後LDおよび臨床転帰に対するmiRNAの有意な予測可能性を観察したので、肝切除を受ける患者の前向きセットにおいて本発明者らの探査的結果を検証した。
【0130】
ベースライン特性、外科的切除の程度(<3セグメント=マイナー、≧3セグメント=メジャー、IHPBA Brisbane 2000の専門語(13)による)、術中の個別性、ならびに肝機能と損傷の術前変数を、すべての患者において前向きで記録した。
【0131】
本研究は、機関倫理委員会によっておよびヘルシンキ宣言にしたがって承認され、すべての患者によって書面によるインフォームドコンセントが与えられたものである。加えて、治験は臨床試験登録(ClinicalTrials.gov Identifier:NCT01700231およびNCT02113059)に登録されたものである。
【0132】
術後合併症の定義および分類
患者について、Medical University of Viennaにて90日の術後期間経過観察した。術後転帰について前向きに文書記録した。術後LDは、International Study Group of Liver Surgery(ISGLS)によって発行された基準にしたがって診断した(14)。要約すると、LDは、術後日(POD)5以降の血清ビリルビンとプロトロンビン時間の両方の異常値によって定義した。注目すべきことに、異常な術前血清ビリルビンまたはプロトロンビン時間の場合、POD 5のその後の2日での術後逸脱および悪化を術後LDと特定した。さらに、POD 5の前に正常な血清ビリルビンまたはプロトロンビン時間値に達する患者、または良好な臨床成績のために早期退院し、したがってさらなる採血がなかった患者を、「LDなし」とみなした。
【0133】
術後罹患のある患者の分類の場合、Dindoら(15)によって与えられた概要を適用した。したがって、術後合併症の程度について記録し、IからVに等級分けした。多発的合併症の場合、最も深刻な合併症を分類に使用した。加えて、術後の入院の長さと集中治療室(ICU)での在室の長さを記録した。最終的に、手術後90日以内の死は、術後死亡として分類した(16)。
【0134】
術前肝機能の評価
肝機能を、インドシアニングリーン(ICG)クリアランスを使用して肝切除の前にルーチン的に評価した(17)。ICG試薬25mgを等張液20mlに溶解し、用量0.25mg/kg体重を患者に静脈内投与した。循環中の着色試薬の濃度をパルス分光分析を使用して評価した。最終的に、最初の1分以内に除去されたICG試薬の量(=血漿消失率(PDR))、ならびに15分後に循環で検出された試薬の残量(R15)、を本患者コホートにおいて測定した。
【0135】
循環miRNAの測定
手術の前に、血漿の注意深い調製について先に記載の通りに実施した(18、19)。要約すると、予冷CTADチューブに採血を行い、血液を30分以内に処理した。1000gおよび4℃で10分間の遠心分離、これに続いて10000gおよび4℃での10分間のさらなる遠心分離段階により、血漿を固形血液成分から分離した。最終的に、血漿はさらなる分析まで−80℃で保存した。
【0136】
RNA抽出
miRNeasy Mini Kit(Qiagen、ドイツ)を適用して、血漿から、small RNAを含めて総RNAを分離した。凍結血漿試料を室温で解凍し、12000gで5分間遠心分離して、無細胞成分から潜在的なデブリを分離した。3つの合成スパイクインコントロール(Exiqon、デンマーク)の混合物を含有するQiazol 1mlとボルテックスすることにより、血漿200μlを混合した。室温で10分間インキュベートした後に、クロロホルム200μlを加え、ボルテックスにより激しく混合した。12000gで4℃で15分間、遠心分離した後、水相650μlを吸引した。グリコーゲン(Ambion、米国)を最終濃度50μg/mlまで添加した。次いで、試料をシリカカラムに移し、製造業者のプロトコルにしたがってQIAcube液体処理ロボットを使用してさらに処理した。RNAをエタノール750μlで沈殿させ、RPEバッファで3回洗浄し、これに続いて、ヌクレアーゼフリー水30μlでRNAを溶出し、−80℃で保存した。
【0137】
small RNAシーケンシング
製造業者の推奨にしたがって、CleanTag SmallRNAライブラリー調製キット(TriLink、米国)を使用してsmall RNAシーケンシングライブラリーを作製した。28℃で1時間、これに続いて65℃にて20分間、3’および5’アダプターの連続ライゲーションに総RNA2μlを使用した。アダプターを1:12で予備希釈して、RNAの存在量が少ないことを考慮した。逆転写を50℃で1時間実施した。PCR増幅を、small RNAシーケンシング用のバーコード付きIlluminaプライマーを使用して実施した:熱変性(98℃、10秒)、アニーリング(60℃、30秒)、および鎖伸長(72℃、15秒)、26サイクルを使用した。PCR産物をQiaQuickプロトコル(Qiagen、ドイツ)を使用して精製し、DNA 1000 Chip(Agilent Technologies, Inc.、米国)を使用してキャピラリー電気泳動でサイズチェックを行った。等モル量のDNAをプールするための基準として、およそ145bpのピーク濃度を使用した。プールをゲル精製して、18〜50bpの間をテンプレートインサート用に選択した。シーケンシングは、Illumina NextSeq 500、50サイクルのシングルエンドリード(Illumina, Inc.、米国)で実施した。fastq形式のシーケンシングリードを、アダプタートリミングし、品質チェックした(fastQCファイルの作成)。Bowtie2を使用したヒト成熟miRNA(miRBase v21)に対するアラインメントについては、クオリティーフィルタリングリード(phred>30)を使用した。マッピングされたリードを、ゲノムアラインメント(Bowtie2、GRCh37)によってクロスチェックした。成熟miRNAリードをカウントし(isomiRシーケンスを要約した)、マッピングされたリードの総数に対してカウント毎100万(CPM)として基準化した。CPM値を統計分析に使用した(下を参照されたい)。
【0138】
qPCR分析
qPCR分析を先に記載の通りに実施した(20)。要約すると、Universal cDNA Synthesis Kit II(Exiqon、デンマーク)を使用して、総RNA2μlをcDNAに逆転写した。Exilent SYBR(登録商標)Green Master MixとLNA修飾プライマーペア(Exiqon、デンマーク)を使用して、qPCR増幅用にcDNAを1:50で予備希釈した。LC480−II(Roche Diagnostics、ドイツ)上で96ウェルまたは384ウェルフォーマット中でqPCR増幅を行った。二次導関数法を使用してCq値を決定した。合成スパイクインコントロール(Exiqon、デンマーク)の組合せを使用して、RNA抽出、cDNA合成およびqPCR増幅の堅牢性を評価した。miR−23a−3pとmiR−451aの比を使用して溶血を評価した(21)。注目すべきことに、溶血または高い分析上の分散性に起因して失敗した試料はなかった。
【0139】
統計分析
カテゴリ変数について発見コホートと検証コホートの間の患者特性の差をカイ2乗検定によって、連続変数についてそれらの差をウィルコクソンの順位和検定によって、検定した。
【0140】
RパッケージedgeRを使用して、LDのある患者群対LDのない患者群の間で差次的に発現するマイクロRNA(log2倍率変化)の基準化および計算を実施した。尤度比検定によって有意差を判定した。Benjamini−Hochberg法にしたがって、誤検出率に基づいて多重検定用にP値を調整した。平均存在量log2カウント毎100万(logCPM)>5、倍率変化>1.3および生のp<0.2を持つマイクロRNAを、可能性のあるバイオマーカー候補とみなした。qPCR分析については、マイクロRNAを対で自己基準化した:マイクロRNAのペア(miR1、miR2)について、発現値のlog
2比、log
2(miR1/miR2)を、これらのCq値の差によって計算した(ΔCq=Cq
miR2−Cq
miR1)。NGS分析(log2倍率変化)からのマイクロRNAペアの結果をqPCR分析(ΔCq)からの結果と比較するために、線形回帰分析を実施した。それぞれの係数について両側ワルド検定によって線形連関を検定し、決定係数(R
2)を計算した。対照群とLD群の間のΔCq値の分布と差を、箱ひげ図によって示し、両側ウィルコクソン順位和検定を使用して検定した。
【0141】
ランダムフォレスト分析を実施して(標準設定および10,001ツリー生育によるRパッケージrandomForest)、LDのある患者対LDない患者の分類において最も重要な変数(マイクロRNAペア)を特定した。分類については、2組の最も有益なマイクロRNAペアのそれぞれを、単変量および多変量のロジスティック回帰モデルに含めた。一個抜き交差検証(LOOCV)戦略を適用し、これを、受信者操作特性(ROC)分析によって評価した(RパッケージROCR)。ROC曲線下面積(AUC)を決定し、無作為割当(AUC=0.5)からの有意な逸脱を検定した。これらのロジスティック回帰分類モデルの性能を、ROC分析を使用して独立検証コホートにおいて評価した。最適な(臨床的に適切な)分類カットオフを特定するために、異なるカットオフについて、分割表(TP、FP;FN、TN)および関連パラメータ(感度(SN)、特異度(SP)、陽性適中率(PPV)、陰性適中率(NPV)、精度(ACC)、F1スコア(F1)およびマシューズ相関係数(MCC)を含めて)を、発見コホートで学習した2組のマイクロRNAペアを含めて多変量ロジスティック回帰モデルに基づいて計算した。1)最大MCCおよび2)PPV=1(偽陽性FP=0)と最大MCCによって2つのカットオフを選択した。選択したモデルとこれらの基準を適用すると、発見セット、検証セット、および組合せセットについて同じカットオフがもたらされた。分類能を他の臨床パラメータと比較するために、組合せセットを使用した。ROC分析とAUCを使用して、この2組のマイクロRNAペアモデルの性能を他の肝機能パラメータと比較した。それぞれの2つのカットオフについて、予測対照と予測肝機能障害の間での、重度の罹患および死亡をともなう肝機能障害のある患者の部分の差を、両側フィッシャーの直接確率検定によって検定し、オッズ比(OR)を決定した。
【0142】
分析は、SPSS(バージョン23.0)およびR(バージョン3.4.1)を使用して実施した;p値<0.05を有意であるとした。
実施例1
発見コホートにおける術後肝機能障害の予測miRNAパネルの確立
2012年2月〜2016年4月の間に肝切除を受けたmCRC、HCC、またはCCCのいずれかの合計48人の患者を本発明者らの発見コホートに含めた。代表コホートを得るために、術後LDを罹患する21人の患者を、基本的特性、肝機能、および肝切除の程度に基づいて術後LDのない27人の患者にマッチ化させた。続いて、さらなる24人の患者を、前向きの、臨床的に適切な検証コホートとして利用した。患者特性を表2に示し、発見コホートと検証コホートの間で比較した。注目すべきことに、発見コホートの選別を考慮すると、発見コホートでは大量肝切除を受ける患者の数が有意に高かったが、この数は、ICGクリアランス値およびガンマ−グルタミルトランスペプチダーゼ値の有意な悪化と並行していた。
【0143】
【表2-1】
【0144】
【表2-2】
【0145】
術後肝機能障害にともなうmiRNAの初期の特定については、次世代シーケンシングを使用して偏りのない体系的なアプローチを目標とした。したがって、手術前の発見コホート内のすべての患者の血漿中のmiRNAプロファイルを分析して、LDを発症する患者と肝回復の遅延がない患者との間でmiRNAプロファイルが異なるかどうかを判定した。分析したすべての血漿試料にわたって合計554種のmiRNAが検出された。可能性のあるバイオマーカー候補を特定するために、血漿存在量(平均log2カウント毎100万(logCPM)>5)、効果量(倍率変化>1.3)および有意水準(p<0.2)に対してカットオフを意味付けた。
図1に示すように、一セットの19種のmiRNAが分析に残ったが、LD患者の術前血漿において、そのうち12種は上方制御であり(右側)、7種は下方制御であった(左側)。
【0146】
続いて、次世代シーケンシングとqPCRベースのmiRNA検出の間の分析の変動について分析し、自己基準化miRNAペアを形成する2つのmiRNA間の相対的な対数差を計算し、その結果、リファレンスmiRNAの必要性を回避した。この分析については、上位のmiRNAのうち6種、したがって15組のmiRNAペアを考慮した。データセット間の高い一致(次世代シーケンシング対qPCRベースのmiRNA)を観察した。ネガティブな術後転帰の優れた予測能を得るためのmiRNAペアの重要性について、ランダムフォレストモデリングを使用して分析した(
図2A)。LDを発症する個体と対照の間で術前に有意差がある、トップランクの2組のmiRNAペア(151a−5p/192−5p、122−5p/151a−5p)を特定した(
図2B、C)。性能は曲線下面積(AUC)によって説明され、分類が無作為割当(AUC=0.5)から有意に逸脱するかどうかはp値によって示される。ROC分析によって測定した多変量モデルの診断能によって、miRNAペア122−5p_151a−5p(
図2D)については0.66、miRNAペア151a−5p_192−5p(
図2E)については0.75、両方のmiRNAペアの組合せを使用したロジスティック回帰モデル(
図2F)については0.76のAUCが推定された。
【0147】
次に、術後LDを予測する臨床的に有用な2つのカットオフを定義した。したがって、極めて低いリスクをもって肝切除を受けることができる患者を特定するために低ストリンジェンシーのカットオフを定義し(カットオフP>0.59)、さらには手術前に最適化する必要がある患者または肝切除を受けるべきではない患者を特定するためにストリンジェントなカットオフ(カットオフP>0.68)を定義した。予測対照と予測LDでの真の術後LDの百分率について、モデルで定義したカットオフP>0.59とP>0.68の両方について分析した。両方とも、術後LDの有意な上昇に関連付けられることがわかった(p=0.00045、
図2Gおよびp=0.00054、
図2H)。具体的には、確率スコア0.68超の患者の100%が、肝部分切除後に肝機能障害を発症した。いっぽう、確率スコア0.59超の患者の80%のみが肝機能障害を発症し、確率スコア0.59未満の対象の約80%は肝機能障害を発症しなかった。これらの結果が示すところは、確率スコアP>0.68は肝機能障害を発症することに関して「高リスク」として患者を分類するのに良好なカットオフであり、確率スコアP>0.59は肝機能障害を発症することに関して「中リスク」として患者を分類するのに良好なカットオフである、ことである。
【0148】
実施例2
独立検証コホートにおいて発見されたmiRNA比の検証
特定されたmiRNA比の臨床的有用性を確認するために、2組のmiRNAペアの予測能について、術後LDのない19人と術後LDのある5人の24人の患者からなる独立した前向き検証コホートにおいて検証したが、手術後LD30%の自然発病率を示した。miRNAペア122−5p/151a−5pについて
図3AにおよびmiRNAペア151a−5p/192−5pについて
図3Bに示したように、対照と比較してLD患者では、すでにこの小さな試料サイズ内で、差次的に調節されたmiRNAへと向かう強い傾向が存在した。ROC分析によって測定した多変量モデルの診断能は、2組のmiRNAペアに対して優れたAUC0.80を示した(
図3C)。さらに、2つのカットオフが、それぞれ、p=0.018でカットオフP>0.59(
図3D)に対しておよびp=0.036でカットオフP>0.68(
図3E)に対して、術後LDを予測できることを検証した。
【0149】
実施例3
術後LDについて発見したmiRNA比との他の予測因子との比較
次に、miRNAに基づく予測モデルの性能を組合せデータセット(N=72)において評価した。したがって、2つのカットオフの診断能を、感度(SN)、特異度(SP)、陽性適中率(PPV)、陰性適中率(NPV)、およびオッズ比(OR)を使用して例示した。低ストリンジェンシーのカットオフ(>0.59)はバランスの取れたPPV値およびNPV値(それぞれ0.80および0.81)をもたらしたが、いっぽう、ストリンジェントなカットオフ(>0.68)は、許容されるNPV 0.74とともに、PPV 1.0という結果であり(
図4A)、このことは、検査で陽性であったすべての患者が術後LDを罹患したが、いっぽう、検査で陰性であった患者の74%は術後LDに罹患しなかったことを示す。逆に、検査で陰性であった患者の26%は実際に術後LDを罹患した。有害事象のORはそれぞれ15.92(p<0.0001)および無限大(p<0.0001)であった。マイクロRNAモデルについて受信者操作特性(ROC)曲線分析を実施して、その性能を標準的な肝機能パラメータの性能と比較した。miRNAモデルについてROC曲線分析を実施し、標準的な肝機能パラメータのROC曲線と比較した(
図4B)。miRNAモデルについてAUC0.76を観察したが、これは、ICGの血漿消失率および停滞率ならびにアラニントランスアミナーゼ(ALT)、アスパラギン酸トランスアミナーゼ(AST)、ガンマ−グルタミルトランスフェラーゼ(GGT)など標準血液パラメータを含めて、他のパラメータのAUCを上回った。最後に、他の有害な術後転帰のORについて、両方のカットオフモデルについて分析した。重度罹患のORは、両方のカットオフについて有意に達した(
図4C)。死亡のORは低ストリンジェンシーのカットオフについて有意であることが見いだされたが、いっぽう、高ストリンジェンシーのカットオフは、同じ傾向を示したが、有意ではなかった(
図4D)。さらに、本発明者らのカットオフを満たした患者は、ICUに有意により長く滞在し、長期間入院したままであることがわかった(
図4E、F)。
【0150】
偏りのない体系的なアプローチとして、次世代シーケンシングを使用して、肝切除前の患者の血漿中に554種のmiRNAを検出した。これらのうち、肝切除後に術後LDを発症した、手術前の患者を特異的に検出したシグネチャ(3種のmiRNA 151a−5p、192−5p、および122−5pからなる)を特定した。具体的には、151a−5pと192−5pおよび122−5pと151a−5pである2つのmiRNA比の回帰モデルは、格段の精度およびリファレンスmiRNAの必要性なしで手術前に、術後LD、重度の罹患、ICUの長期化ならびに入院およびさらには死亡を確実に予測することがわかった。肝切除後の潜在的に致命的な術後臨床転帰を予測することに関する臨床的妥当性を考慮すると、本明細書で提示のデータが実証するところは、第一回目に部分肝切除を受ける患者の選別をサポートするmiRNAベースのバイオマーカーの臨床的有用性である。
【0151】
具体的には、肝疾患の初期段階では、肝機能の臨床評価と定量化は依然として難しい課題である。しかし、拡大肝切除などのある特定のストレッサーが作用する場合は、わずかに低下した肝機能でさえも大きな関与となるおそれがある。いくつかの侵襲的および非侵襲的検査が開発されてきたが、ルーチンの臨床応用へたどりついたのはごくわずかであった。利用可能な予測因子の主たる欠点は、利用可能性、高コスト、および侵襲性である(22)。肝静脈圧勾配(HVPG)は、HCC患者の術後臨床転帰を予測するのに価値があることを示してきたが(23〜25)、その侵襲性に起因して高リスク患者にとっては依然として留保されたままである。肝機能を評価するその他のより低侵襲性かつ定着したマーカーは、肝臓の動的機能評価に依拠する。これに関連して、複数のグループが、ICGクリアランスが術後LDと罹患を予測するのに不可欠であること、を文書で記録した(26)。本明細書に提示のデータが示すところは、本明細書に記載のmiRNAシグネチャが診断精度の点ではるかにICGより性能が優れることである。重要なことに、ICGクリアランス検査および他のほとんどの肝機能評価は、miRNAシグネチャの評価と比較した場合、かなり費用および時間を要する。加えて、こういった患者における精密医療のツールとしての血漿の利点は、単純で最小限の侵襲で入手しやすい方法を可能にする。
【0152】
まとめると、miRNAシグネチャを特定したが、これらは肝切除後の臨床転帰を格段の精度で予測し、その結果、術後LDの既成のマーカーより性能が優れる。
これら新規のマーカーは、手術から利益を受けることがない、または潜在的に致命的な合併症を罹患さえするおそれがある、患者を特定するのに改善された戦略を提供する。その結果、新規のマーカーは、簡便で費用効果が高く、非侵襲的な様式で、個々の患者の特定のリスクプロファイルに外科的戦略を適合させることを可能にする。このことは、肝腫瘍の患者に肝臓切除を個別化し、それによって治療効果、患者の生活の質を向上させ、医療費を劇的に削減する、道を開く可能性がある。
【0153】
実施例4
手術の時点の選別をガイドするための、肝切除後の肝機能回復の動的監視
肝切除後の術後転帰に関するmiRNA比の予測可能性を検証した後、手術後のmiRNAペアの動的変化を決定して、肝機能との動的変化の関連を評価した。したがって、3つの患者群のマッチ化コホートを研究に含めた:1:術後肝機能障害がない通常の肝切除の患者(N=7);2:術後肝機能障害がある通常の肝切除の患者(N=8);3:増大術後肝再生とともにALPPS手技を受ける患者(N=8、
図5Aおよび以下の説明の手技に関する詳細を参照されたい)。患者群の詳細を下の表3に提供する。
【0154】
実施例1に記載の通りにmiRNAペアを評価し、miRNAシグネチャを術前ならびに術後1日目および5日目、それぞれPOD1およびPOD5、に決定した。すべての患者では、miRNAペアならびに組合せ肝機能障害確率(p)は肝切除後に同等のレベルまでに有意に変化したが(
図5B)、それらのほとんどが通常の肝機能の回復と並行して術後5日目までに回復した、ことを観察した。
【0155】
miRNAペアの動的変化に加えて、ALPPS手技の第2の段階の最適な時点を判定することは、手術後にそれらの絶対値を使用できるかどうかを判定することであった。ALPPS手技は、Schnitzbauer et al.(27)によって最初に記載されたが完全な先行切除を可能にするのに十分な残肝を持たない境界性の手術可能な患者において、迅速な肝再生を可能にするために開発されてきた。本手技の段階を
図5Aに例示する。要約すると、ALPPS手技の段階1過程で、担腫瘍肝臓に流れ込む門脈枝を選択的に結紮し、いっぽう、動脈ならびに胆汁系の構造が保持され、手術のこの最初の段階過程で肝実質がさらに切離される。次いで、この手技は、数日内に大量に増大した肝再生にいたる。肝再生のこの実質的な獲得後、結紮した残肝葉を切除するために、第2の外科的手技を実施しなければならない(
図5A、段階2に例示のように)。この手技の主たる欠点は、罹患と死亡率が高いことであり、再生が切除の第2段階を実施するほどに十分である場合を判定することは大きな議論の最中にある。したがって、miRNA比の動的変化についてALPPS手技を受ける8人の患者において分析し、この変化は段階1の過程および段階1の後で通常の肝切除におけるのと同様の挙動を示したが(上を参照されたい)、一方で、手術の第2の段階(結紮/萎縮葉の除去)の過程で、miRNAペアは、手術直後はほとんど未変化のままであった(段階2、PreとPOD1の間の差は有意ではない、
図5C)、ことを観察した。
【0156】
最終的に、
図5の(D)に、術後LDと萎縮葉の除去後の死亡にしたがって層別化した、ALLPSの第2の段階に先立つ組合せmiRNAペアの予測可能性を例示する。注目すべきことに、ALPPS手技の段階2の後に術後LDを発症したすべての患者は、残りの患者と比較して、miRNAシグネチャの明瞭な変化および、結果として得られる肝機能障害の組合せ確率を示した(P=0.054、
図5D)。さらに重要なことに、手技の段階2の後に死亡した2人の患者は、第2の手術の前に2人とも最高のmiRNA比を示した(
図5D)。
【0157】
要約すると、群(LD無し、LD、ALPPS)間のmiRNAペアの周術期の時間経過では小さな差のみが観察された。したがって、手術による外傷に対する急性反応として(術後1日目)、miRNAペアは、そのさらなる臨床展開に関係なく、すべての患者においてかなり均一に悪化するように思える。しかし、肝機能が手術後に回復するにつれて、miRNAペアは、肝機能障害に関して高リスクにある患者を除いて、術後5日目まで密接にフォローし正常化するようである。これに関連して、ALPPSモデルのデータは特に関心がある。肝臓組織の最も重大な破壊が生じる第1の手術過程と同じように、miRNAペアは深刻に悪化した。しかし、萎縮性肝葉が切除される場合(
図5A)、手技の段階2の過程で、ほとんど差はなかった。これが示唆するところは、ALPPSの段階1の過程での肝機能の最初の著しい低下は、miRNAペアに反映されるが、いっぽう、段階2の過程では、限定された機能のみを備える葉の萎縮が切除される場合、マイナーな変化しか起こらないこと、である。
【0158】
注目すべきことに、ALPPSモデルはまた、本明細書で使用されて、本研究のおそらく最も興味深く、臨床的に重要なデータも生み出した。具体的には、miRNAペアの術後レベルによって肝臓手術の最適な時点を定義できるかどうかが評価された。miRNAペアに関してALPPSの第1の段階の後で良好に回復しなかった患者は、miRNAペアがベースラインレベルに戻らなかったことを意味するが、実際、ALPPSの第2の段階の後で極めて不十分に回復した患者であることが、観察された。実際、第2の段階の後に肝機能障害を罹患した3人の患者は、最も高いmiRNAペア値を有し、さらに重要なことに、「過小グラフト症候群(too small for size syndrome)」に起因してその後死亡した2人の患者は、本発明者らのALPPSコホートのうちの最も高い2つの値を有した。
【0159】
これらのデータが示すところは、本明細書に記載の循環miRNAのシグネチャは肝切除の最適な時点を判定するのに役立つことができることである。このことはALPPSに限定されない。本明細書に記載のmiRNAシグネチャはまた、門脈塞栓術/結紮後に、または高リスク患者における広範な術前化学療法後の手術の最適な時点を判定するのにも、役に立つことができる。
【0160】
【表3】
【0161】
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