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特開2015-109091水環境負荷評価方法及びそのプログラム
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】特開2015-109091(P2015-109091A)
(43)【公開日】2015年6月11日
(54)【発明の名称】水環境負荷評価方法及びそのプログラム
(51)【国際特許分類】
   G06Q 50/04 20120101AFI20150515BHJP
【FI】
   G06Q50/04ZAB
【審査請求】未請求
【請求項の数】10
【出願形態】OL
【公開請求】
【全頁数】22
(21)【出願番号】特願2014-251314(P2014-251314)
(22)【出願日】2014年12月11日
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り 平成26年7月25日 日本LCA学会発行の「Journal of Life Cycle Assessment,Japan,Vol.10,No.3,July 2014,pp.327−339」を通じて発表 平成26年11月25日 サントリーグローバルイノベーションセンター株式会社発行の「サントリー水科学フォーラム2014“天然水の森を科学する”プログラム・要旨集、第20頁」を通じて発表 平成26年11月25日 サントリーホール「ブルーローズ」にて「サントリー水科学フォーラム2014“天然水の森を科学する”」を通じて発表
(71)【出願人】
【識別番号】309007911
【氏名又は名称】サントリーホールディングス株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】504137912
【氏名又は名称】国立大学法人 東京大学
(74)【代理人】
【識別番号】100140109
【弁理士】
【氏名又は名称】小野 新次郎
(74)【代理人】
【識別番号】100075270
【弁理士】
【氏名又は名称】小林 泰
(74)【代理人】
【識別番号】100101373
【弁理士】
【氏名又は名称】竹内 茂雄
(74)【代理人】
【識別番号】100118902
【弁理士】
【氏名又は名称】山本 修
(72)【発明者】
【氏名】矢野 伸二郎
(72)【発明者】
【氏名】沖 大幹
(57)【要約】      (修正有)
【課題】水利用源によって異なる水の希少性や、水源涵養活動などの水環境負荷の低減活動を反映した、原料生産を含む製品の全製造プロセスにおいて水環境に与える影響を評価する方法及びそのためのプログラムを提供する。
【解決手段】製品の原料生産を含めた全製造プロセスにおける水利用源として降水、表流水及び地下水からなる群から一つ以上を選択し、各水利用源の特性化係数と、各水利用源からの水利用量とを掛け合わせて、各水利用源への影響量を算出する。各水利用源への影響量を合計して、水資源への総影響量を算定し、基準となる地点における水資源への総影響量と比較する。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
製品の原料生産を含めた全製造プロセスにおける水環境負荷を評価する方法であって、
製品の原料生産を含めた全製造プロセスにおける水利用源として降水、表流水、及び地下水からなる群から一つ以上を選択し、
各水利用源の特性化係数と、各水利用源からの水利用量とを掛け合わせて、各水利用源への影響量を算出し、
前記各水利用源への影響量を合計して、水資源への総影響量を算定し、
基準となる地点における当該水資源への総影響量と比較することを含む、前記方法。
【請求項2】
製品の原料生産を含めた全製造プロセスにおける水環境負荷の低い地域を選定する方法であって、
製品の原料生産を含めた全製造プロセスにおける水利用源として降水、表流水、及び地下水からなる群から一つ以上を選択し、
複数の地点における、各水利用源の特性化係数と各水利用源からの水利用量とを掛け合わせて、各水利用源への影響量を算出し、
前記各水利用源への影響量を合計して、水資源への総影響量を算定し、
前記複数の地点での当該水資源への総影響量を比較し、
製品の原料生産を含めた全製造プロセスにおける水環境負荷を評価することを含む、前記方法。
【請求項3】
水源涵養活動による製品の原料生産を含めた全製造プロセスにおける水環境負荷への影響の評価方法であって、
製品の原料生産を含めた全製造プロセスにおける水利用源として降水、表流水、及び地下水からなる群から一つ以上を選択し、
水源涵養活動前後での、各水利用源の特性化係数と各水利用源からの水利用量とを掛け合わせて、各水利用源への影響量を算出し、
前記各水利用源への影響量を合計して、水資源への総影響量を算定し、
前記水源涵養活動前後での当該水資源への総影響量を比較することを含む、前記方法。
【請求項4】
前記各水利用源の特性化係数は、地球全体の平均降水量を基準とし、当該基準量の水を得るために必要な各水利用源の面積又は時間に基づいて算出されるものである、請求項1〜3のいずれか一項に記載の方法。
【請求項5】
前記各水利用源の特性化係数は、下記式(I):
【数1】
(式中、fwax,lは、対象地点lにおける水利用源xの特性化係数であり;
は、水利用源xから地球全体の平均降水量に相当する水を得るのに必要な単位時間あたりの面積であり;
refは、地球全体の平均降水量に相当する水を得るのに必要な単位時間あたりの面積であり;
は、水利用源xから地球全体の平均降水量に相当する水を得るのに必要な単位面積あたりの時間であり、
refは、地球全体の平均降水量に相当する水を得るのに必要な単位面積あたりの時間である)
を用いて算出されるものである、請求項1〜4のいずれか一項に記載の方法。
【請求項6】
製品の原料生産を含めた全製造プロセスにおける水環境負荷を評価するためのプログラムであって、
コンピューターを、前記製品の原料生産を含めた全製造プロセスにおける水利用源として降水、表流水、及び地下水からなる群から一つ以上を選択し、
各水利用源の特性化係数と、各水利用源からの水利用量とを掛け合わせて、各水利用源への影響量を算出し、
前記各水利用源への影響量を合計して、水資源への総影響量を算定し、
複数の地点における当該水資源への総影響量を比較するように機能させることを含む、前記プログラム。
【請求項7】
製品の原料生産を含めた全製造プロセスにおける水環境負荷の低い地点を選定するためのプログラムであって、
コンピューターを、製品の原料生産を含めた全製造プロセスにおける水利用源として降水、表流水、及び地下水からなる群から一つ以上を選択し、
複数の地点における、各水利用源の特性化係数と各水利用源からの水利用量とを掛け合わせて、各水利用源への影響量を算出し、
前記各水利用源への影響量を合計して、水資源への総影響量を算定し、
前記複数の地点での当該水資源への総影響量を比較して、製品の原料生産を含めた全製造プロセスにおける水環境負荷が小さい地点を特定するように機能させることを含む、前記プログラム。
【請求項8】
水源涵養活動による製品の原料生産を含めた全製造プロセスにおける水環境負荷への影響の評価プログラムであって、
コンピューターを、製品の原料生産を含めた全製造プロセスにおける水利用源として降水、表流水、及び地下水からなる群から一つ以上を選択し、
水源涵養活動前後での、各水利用源の特性化係数と各水利用源からの水利用量とを掛け合わせて、各水利用源への影響量を算出し、
前記各水利用源への影響量を合計して、水資源への総影響量を算定し、
前記水源涵養活動前後での当該水資源への総影響量を比較するように機能させることを含む、前記プログラム。
【請求項9】
前記各水利用源の特性化係数は、地球全体の平均降水量を基準とし、当該基準量の水を得るために必要な各水利用源の面積又は時間に基づいて算出されるものである、請求項6〜8のいずれか一項に記載のプログラム。
【請求項10】
前記各水利用源の特性化係数は、下記式(I):
【数2】
(式中、fwax,lは、対象地点lにおける水利用源xの特性化係数であり;
は、水利用源xから地球全体の平均降水量に相当する水を得るのに必要な単位時間あたりの面積であり;
refは、地球全体の平均降水量に相当する水を得るのに必要な単位時間あたりの面積であり;
は、水利用源xから地球全体の平均降水量に相当する水を得るのに必要な単位面積あたりの時間であり、
refは、地球全体の平均降水量に相当する水を得るのに必要な単位面積あたりの時間である)
を用いて算出されるものである、請求項6〜9のいずれか一項に記載のプログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、原料生産工程を含む製品の全製造プロセスにおける水利用が水環境に与える影響を評価する水環境負荷評価方法及びそのプログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
世界的な人口増加や地球温暖化、新興国の都市化、工業化の進展等により、世界は急激な水不足に陥ることが懸念されている。その中で、水資源の稀少性を評価する概念として、ウォーターフットプリント(WF)が提唱され、世界の注目を集めている。WFとは製品やサービスの産出や消費に伴って直接的及び間接的に消費される水の総利用消費量の推計値のことで、水資源の持続可能な利用を考慮した製品開発を促すための有効な手段と考えられている(非特許文献1)。
【0003】
特定の製品の水利用量について把握するWFの考え方は、原料の生産工程や製品の製造工程などにまで拡大して把握することができる。例えば、食品や化粧品の製造において、製造工程での歩留の改善や洗浄回数を少なくすることで、製品全体として水の利用量の減少に繋がる。
【0004】
水利用量を定量的に捉える際には、その計算に適用する手法についての共通認識が必要になるため、WFの国際標準化の動きが進められている。実際、国際標準化機構では、2009年よりISO14046としてWFの国際規格化が進められている。このように、製品の全製造プロセスでの水環境負荷の「見える化」に対して関心が高まっている。
【0005】
製品の全製造プロセスにおける二酸化炭素の生産排出量を定量的に把握する取り組みとして、カーボンフットプリントが挙げられるが、二酸化炭素の場合には、地球上のどこで排出されても、地球環境への影響は同様と考えられる。しかしながら、水は利用される場所によって、水環境に与える影響が大きく異なる。そのため、水環境負荷の観点からは、清浄な水が潤沢に得られる地域や水ストレスの高い地域など、水が使用される場所の特性を考慮した、真のWFとなり得る指標を定義することが求められる。そのような指標を通じて初めて、統一の指標に基づく製品の水環境負荷の適正な評価が可能になる。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】1.Hoekstra A.Y. et al., The water footprint assessment manual, Setting the global standard, Earthscan, US, 203pp, 2011.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
WFは、製品の製造プロセスにおいて、直接的及び間接的な水の利用が存在することを認識するのに有効であるが、その定義には疑問の余地がある。WFネットワークでは、表流水や地下水などをブルーWFとして、水が作物や製品に取り込まれる場合のみならず、蒸発等により水源に水が戻ってこない場合も、水の利用量に含まれると定義している。また、作物の栽培過程において土壌や作物中に蓄えられる水の量をグリーンWFとして定義している。これらは水の利用量の総和であるが、時期的及び地域的な水の偏在性を考慮したものではない。再生可能な水資源量は時期及び場所によって異なることから、単位量の水の利用が水資源に及ぼす影響もまた、時期や場所によって異なる。すなわち、水の利用量のみを把握する従来のWFでは、水が豊富な地域での工場立地や水源涵養活動など、製品開発における企業等の取り組みが評価されないという問題がある。
【0008】
また、製品の全製造プロセスにおける水利用量のみを基準に評価する従来のWFでは、水環境への影響を表す数字として誤解を生む可能性があるため、時期的及び地域的な特性を反映した特性化係数を用いて水の利用量を水環境への影響量に変換することが望まれる。
【0009】
本発明は、上記課題に鑑みてなされたものであって、その主たる目的は、場所によって異なる水の希少性や、水源涵養活動などの水環境負荷の低減を反映した、原料生産を含む製品の全製造プロセスにおける水環境に与える影響を評価する方法及びプログラムを提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、場所によって異なる水の偏在性を反映した特性化係数を見出し、さらに水利用源に応じた当該特性化係数と水利用量とを掛け合わせることで、水の希少性や水環境負荷低減活動などを考慮した水資源への影響量を算出することができることを見出した。本発明は、当該水資源への影響量を比較することで、製品の全製造プロセスにおける水利用量が水環境に与える影響を、水の希少性や水源涵養活動などを考慮して評価できる方法を提供するものである。
【0011】
本発明は、以下のものに関するが、これらに限定されない。
1).製品の原料生産を含めた全製造プロセスにおける水環境負荷を評価する方法であって、
製品の原料生産を含めた全製造プロセスにおける水利用源として降水、表流水、及び地下水からなる群から一つ以上を選択し、
各水利用源の特性化係数と、各水利用源からの水利用量とを掛け合わせて、各水利用源への影響量を算出し、
前記各水利用源への影響量を合計して、水資源への総影響量を算定し、
基準となる地点における当該水資源への総影響量と比較することを含む、前記方法。
2).製品の原料生産を含めた全製造プロセスにおける水環境負荷の低い地域を選定する方法であって、
製品の原料生産を含めた全製造プロセスにおける水利用源として降水、表流水、及び地下水からなる群から一つ以上を選択し、
複数の地点における、各水利用源の特性化係数と各水利用源からの水利用量とを掛け合わせて、各水利用源への影響量を算出し、
前記各水利用源への影響量を合計して、水資源への総影響量を算定し、
前記複数の地点での当該水資源への総影響量を比較し、
製品の原料生産を含めた全製造プロセスにおける水環境負荷を評価することを含む、前記方法。
3).水源涵養活動による製品の原料生産を含めた全製造プロセスにおける水環境負荷への影響の評価方法であって、
製品の原料生産を含めた全製造プロセスにおける水利用源として降水、表流水、及び地下水からなる群から一つ以上を選択し、
水源涵養活動前後での、各水利用源の特性化係数と各水利用源からの水利用量とを掛け合わせて、各水利用源への影響量を算出し、
前記各水利用源への影響量を合計して、水資源への総影響量を算定し、
水源涵養活動前後での当該水資源への総影響量を比較することを含む、前記方法。
4).前記各水利用源の特性化係数は、地球全体の平均降水量を基準とし、当該基準量の水を得るために必要な各水利用源の面積又は時間に基づいて算出されるものである、1)〜3)のいずれかに記載の方法。
5).前記各水利用源の特性化係数は、下記式(I):
【0012】
【数1】
【0013】
(式中、fwax,lは、対象地点lにおける水利用源xの特性化係数であり;
は、水利用源xから地球全体の平均降水量に相当する水を得るのに必要な単位時間あたりの面積であり;
refは、地球全体の平均降水量に相当する水を得るのに必要な単位時間あたりの面積であり;
は、水利用源xから地球全体の平均降水量に相当する水を得るのに必要な単位面積あたりの時間であり、
refは、地球全体の平均降水量に相当する水を得るのに必要な単位面積あたりの時間である)
を用いて算出されるものである、1)〜4)のいずれかに記載の方法。
6).製品の原料生産を含めた全製造プロセスにおける水環境負荷を評価するためのプログラムであって、
コンピューターを、前記製品の原料生産を含めた全製造プロセスにおける水利用源として降水、表流水、及び地下水からなる群から一つ以上を選択し、
各水利用源の特性化係数と、各水利用源からの水利用量とを掛け合わせて、各水利用源への影響量を算出し、
前記各水利用源への影響量を合計して、水資源への総影響量を算定し、
複数の地点における当該水資源への総影響量を比較するように機能させることを含む、前記プログラム。
7).製品の原料生産を含めた全製造プロセスにおける水環境負荷の低い地点を選定するためのプログラムであって、
コンピューターを、製品の原料生産を含めた全製造プロセスにおける水利用源として降水、表流水、及び地下水からなる群から一つ以上を選択し、
複数の地点における、各水利用源の特性化係数と各水利用源からの水利用量とを掛け合わせて、各水利用源への影響量を算出し、
前記各水利用源への影響量を合計して、水資源への総影響量を算定し、
前記複数の地点での当該水資源への総影響量を比較して、製品の原料生産を含めた全製造プロセスにおける水環境負荷が小さい地点を特定するように機能させることを含む、前記プログラム。
8).水源涵養活動による製品の原料生産を含めた全製造プロセスにおける水環境負荷への影響の評価プログラムであって、
コンピューターを、製品の原料生産を含めた全製造プロセスにおける水利用源として降水、表流水、及び地下水からなる群から一つ以上を選択し、
水源涵養活動前後での、各水利用源の特性化係数と各水利用源からの水利用量とを掛け合わせて、各水利用源への影響量を算出し、
前記各水利用源への影響量を合計して、水資源への総影響量を算定し、
前記水源涵養活動前後での当該水資源への総影響量を比較するように機能させることを含む、前記プログラム。
9).前記各水利用源の特性化係数は、地球全体の平均降水量を基準とし、当該基準量の水を得るために必要な各水利用源の面積又は時間に基づいて算出されるものである、6)〜8)のいずれかに記載のプログラム。
10).前記各水利用源の特性化係数は、下記式(I):
【0014】
【数2】
【0015】
(式中、fwax,lは、対象地点lにおける水利用源xの特性化係数であり;
は、水利用源xから地球全体の平均降水量に相当する水を得るのに必要な単位時間あたりの面積であり;
refは、地球全体の平均降水量に相当する水を得るのに必要な単位時間あたりの面積であり;
は、水利用源xから地球全体の平均降水量に相当する水を得るのに必要な単位面積あたりの時間であり、
refは、地球全体の平均降水量に相当する水を得るのに必要な単位面積あたりの時間である)
を用いて算出されるものである、6)〜9)のいずれかに記載のプログラム。
【発明の効果】
【0016】
本発明の水環境負荷を評価する方法及びそのためのプログラムは、製品の全製造プロセスが水環境に与える影響を適正に評価することを可能にするものである。すなわち、製品の全製造プロセスにおける水利用量を、水利用源の特性を反映した特性化係数を用いて水利用源への影響量に変換し、当該影響量を比較することで、製品の全製造プロセスにおける水利用量が水環境に与える影響を評価するものである。これにより、場所、すなわち水利用源によって異なる水の希少性や、水源涵養活動などの水環境負荷の低減を考慮して、原料生産を含む製品の全製造プロセスが水環境に与える影響を適切に評価する方法及びプログラムを提供することができる。
【0017】
本発明の特性化係数は地球全体の平均降水量を基準量とし、当該基準量の水を得るために必要な面積又は時間に基づいて算出するものである。そのため、当該特性化係数は、従来の特性化手法に比べて単純な構造での特性化を可能にしており、パラメータの不確実性に左右されにくい頑健かつ実用的な係数である。本発明は直観的で分かりやすい係数を設定することで、概念及びデータの頑健性の観点から、評価者のニーズに応じた様々なパターンの特性化係数を算定することをも可能にする。さらに当該特性化係数を用いることで、水利用がもたらす水環境への影響の地域別又は国別の評価も可能になる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
図1図1には、fwaを面積で表現する場合の概念図を示す。
図2-1】図2−1には、各水利用源に関する降水のfwaの全球分布を示す。
図2-2】図2−2には、各水利用源に関する表流水のfwaの全球分布を示す。
図2-3】図2−3には、各水利用源に関する地下水のfwaの全球分布を示す。
図3図3には、各大陸における降水(a)、表流水(b)及び地下水(c)のfwaの積算面積の割合を示す。
図4図4には、国ごとの水利用量を水資源への影響量に変換した結果を示す。
【発明を実施するための形態】
【0019】
本発明の水環境負荷を評価する方法及びそのために用いるプログラムは、
1)原料生産を含めた製品の全製造プロセスにおける水利用源を降水、表流水、及び地下水からなる群から一つ以上を選択し、
2)各水利用源の特性化係数と、各水利用源からの水利用量とを掛け合わせて、各水利用源への影響量を算出し、
3)各水利用源への影響量を合計して、水資源への総影響量を算定し、
4)複数の地点又は水源涵養活動前後での総影響量を比較すること、を少なくとも含むものである。
【0020】
本明細書における「水利用源」には、降水、表流水、及び地下水が含まれる。これらの一つ以上を用いるが、好ましくはそれら3つを評価に用いる。
【0021】
本明細書において「降水」とは、大気中に浮遊している雨滴、霧滴、雪片、氷晶などが地上に落下した雨、雪、あられ、ひょうなどを指し、「表流水」とは、陸水のうち河川、湖沼の水のようにその存在が完全に表地面にあるものを指し、「地下水」とは、雨水などが地下に浸透し、砂礫層を中心とする帯水層に蓄えられるものを指す。
【0022】
本明細書において「製品の全製造プロセス」とは、原料の採取及び生産工程から製品の製造工程に至る全ての過程をいう。
【0023】
製品の全製造プロセスにおける水利用源に応じた水資源への影響量は、各水利用源に応じた特性化係数と、各水利用源からの水利用量とを掛け合わせて算出されるものをいう。
【0024】
本発明の特性化係数は、下記式(I)を用いて算出される。
【0025】
【数3】
【0026】
ここで、fwax,lは対象地点lにおける水利用源xの特性化係数であり、Aは水利用源xから基準量の水を得るのに必要な単位時間あたりの面積であり、Arefは基準状態において基準量の水を得るのに必要な単位時間あたりの面積であり、Tは水利用源xから基準量の水を得るのに必要な単位面積あたりの時間であり、Trefは基準状態において基準量の水を得るのに必要な単位面積あたりの時間である。
【0027】
水の利用が水資源に与える影響は、水の利用地域の再生可能な水資源量に反比例すると考えられる。水資源に乏しい地域で一定基準量の水を得るためには、土地面積を増加又は所要時間の増加を必要とすることから、水資源への影響は、一定量の水を得るために必要な土地面積又は時間によって説明することができる。
【0028】
本明細書において「特性化」とは、水資源への影響の評価を行うために、水利用源ごとに固有の係数値を設定することをいう。水環境に与える影響を評価するための特性化係数として、本発明ではWater Availability Factor (fwa)を利用する。
【0029】
本発明では、地球全体の平均降水量を基準量として、各水利用源の降水量、表層水量、及び地下水量を評価することで、場所の違いによる再生可能な水資源量の差を反映することができる。海洋を含む地球全体の平均降水量は約1000mm/年と見積もることができ、1.0mにおける1.0mの水資源を基準量とすることで単純化することが可能である。当該特性化係数fwaの単位はmOeqとする。
【0030】
図1は、fwaを面積で表現する場合の概念図である。表面流出量と地下流出量を併せた総流出量を表流水の起源とし、地下流出量が地下水涵養量と等しいものとする。基準状態において1.0mの水を得るのに必要な面積は1.0m、時間は1年であり、この状態のfwaを1.0と定義する。その結果、例えば、500mm/年の降水がある地域で1.0mの水を得るには2.0mまたは2年が必要となるため、降水のfwa(fwa)は2.0となる。同様に、100mm/年の総流出量がある地域の表流水のfwa(fwasw)は10.0、20mm/年の地下流出がある地域の地下水のfwa(fwagw)は50.0となる。水利用源又は水資源への影響量は、下記式(II)を用いて算出され、各水利用源からの水利用量に対応する特性化係数を乗ずることで求められる。
【0031】
【数4】
【0032】
ここで、WAFは影響量(Water Availability footprint)、WIx,lは対象地点lにおける水利用源xからの水利用量を表す。
【0033】
本発明の特性化方法では、降水、表流水及び地下水の3つの水源に対応するfwaに基づき、fwaの国別又は地域別の加重平均値を算定することができる。具体的には、fwaについては降水量、fwaswについては総流出量、fwagwについては地下流出量を用いて国別の加重平均値を算定することができる。例えば、fwaに関する国別の加重平均値の算定方法は式(III)に従う。
【0034】
【数5】
【0035】
ここで、R、P、Aはそれぞれ対象地点lにおける年降水量[m]、年降水量[m]、面積[m]である。式(III)より得られる加重平均値は、国平均値を用いて算定する値に一致するものである。
【0036】
fwaの国別又は地域別の加重平均値を用いることで、原料生産を含む製品の全製造プロセスにおける水資源への影響量を生産国又は生産地域ごとに算出することができる。これにより、水利用がもたらす水環境への影響の地域別又は国別の評価も可能になる。
【0037】
本発明は、各水利用源ごとに算出された特性化係数と、各水利用源からの水利用量とを掛け合わせて水利用源への影響量を算出し、各水利用源ごとの影響量の総和である総影響量を比較することで、原料生産を含む製品の全製造プロセスが水資源に及ぼす影響を複数の地点で評価することを可能にするものである。
【0038】
また本発明は、各水利用源ごとの影響量の総和である総影響量を比較し、原料生産を含む製品の全製造プロセスが水資源に及ぼす影響を複数の地点で評価することで、製品の製造において水環境負荷が小さい地点の選定を可能にするものでもある。
【0039】
さらに本発明は、水源涵養活動前後での水資源への総影響量を比較することで、水源涵養活動などの自然保護への取り組みが、製品の原料生産を含めた全製造プロセスにおける水環境負荷に及ぼす影響を評価することを可能にするものでもある。
【0040】
本発明は、コンピューターに、1)原料生産を含めた製品の全製造プロセスにおける水利用源を降水、表流水、及び地下水からなる群から一つ以上を選択し、
2)各水利用源の特性化係数と、各水利用源からの水利用量とを掛け合わせて、各水利用源への影響量を算出し、
3)各水利用源への影響量を合計して、水資源への総影響量を算定し、
4)複数の地点又は水源涵養活動前後での総影響量を比較するように機能させることを少なくとも含む、水環境負荷を評価するプログラムでもある。
【0041】
本発明のプログラムでは、コンピューターを複数の地点における水資源への総影響量を比較するように機能させることで、原料生産を含む製品の全製造プロセスにおける水環境負荷を評価することが可能になる。また、本発明のプログラムは、コンピューターを製品の製造において水環境負荷が小さい地点を選定することを可能にするものでもある。
【0042】
さらに本発明のプログラムは、コンピューターを水源涵養活動前後での水資源への総影響量を比較するように機能させることで、水源涵養活動などの自然保護への取り組みが、製品の原料生産を含めた全製造プロセスにおける水環境負荷に及ぼす影響の評価を可能にするものでもある。
【実施例】
【0043】
実施例1.特性化係数の算出
WFに基づく評価において、その精度はデータ品質に強く依存することが知られ、様々な空間スケールでの算出が行われている。本発明では、fwaの算出には、0.5×0.5度の空間解像度を採用した。高解像度かつ全地球規模で水利用源を考慮したfwaを計算するため、水循環過程の再現が可能な全球水資源モデルを用いた。
【0044】
降水に関するfwa(fwa)の算出にはWater and Climate Change (WATCH) forcing data(WFD)をデータセットとして用いた。当該データセットは、20世紀における気候データを再現したもので、降水についての時間分解能は6時間、空間分解能は0.5×0.5度である。各グリッドにおける1991年から2000年までの年平均降水量を用い、式(I)に従ってfwaを算出した。
【0045】
表流水及び地下水に関するfwa(fwasw及びfwagw)については、H08モデルを用いた。H08は全球水資源の評価を目的とした統合型モデルで、陸面、河川、作物生長、貯水池、環境用水、及び統合モジュールで構成されるものであり、自然の水循環にダム操作や灌漑活動などの人間活動の影響を加味した表流水と地下水の流出量を算出することを可能にする。農業用水の計算にあたっては、まず降水のみを用いて生産し、需要を満たさない場合は表流水を利用、それでも足りない場合に地下水等その他の水源を利用する順序を採用する。降水のみで自給自足ができず、かつ自然河川の恩恵を受けられない地域のfwaが大きくなることになる。降水のインプットは陸面の水および熱収支に従って蒸発と流出、その他のフラックスに分解される。計算条件は、気候インプットデータと計算期間を除いてHanasaki et al., J. Hydrol., 384, 232-244, 2010と同一である。気候インプットデータにWFDを用い、計算期間を1991年から2000年として1日単位で水の需給を勘案し、総流出量および地下流出量を計算した。
【0046】
各グリッドにおける流出量は、その流域内の上流から流入る水量を含んで計算された。これは、上流からの流入を含む水量がその地域で利用可能な水資源量と考えられるためである。流出量の計算結果に基づき、式(I)に従ってfwasw及びfwagwを算出した。
【0047】
降水、表流水及び地下水の3つの水源について算出されたfwaを、Center for International Earth Science Information Network (CEISIN) and Centro International de Agriculture Tropical (CIAT)による国境線データに基づき、fwaについては降水量、fwaswについては総流出量、fwagwについては地下流出量で国別の加重平均値に変換した。fwaに関する国別の加重平均値の算定方法は式(III)に従う。また、雨水及び灌漑農地における降水量、総流出量及び地下流出量を用いて重み付けを行うことで、農業用水に関する特性化係数を算出した。
実施例2.fwaの地球全体での分布
降水、表流水及び地下水に関するfwaの地球全体での分布を図2−1〜2−3に示す。fwaが1.0未満の値を有する地域は、地球全体の平均降水量である1000mm/年を超えて水循環していることを意味する。これらの地域における水資源への影響量は小さい値を持つことになる。fwaの全分布のうち99%は600未満であり、fwasw及びfwagwはfwaに比べて大きい値を持つことが多く、ともに全陸地面積の5.6%が1000を超え、その分布傾向は一致していた。これらの地域はサハラ砂漠、アラビア半島、南アフリカ、中国内陸部、アメリカ中西部、及びオーストラリアに見られた。
実施例3.fwaの大陸分布
各水利用源に関するfwaをアジア、ヨーロッパ、北アメリカ、南アメリカ、アフリカ、及びオセアニアの6グループに分割した結果を図3に示す。尚、グリーンランドは含まれていない。縦軸は各大陸における陸地面積に対する積算面積の割合を示す。全体的に南アメリカが低く、アフリカが高い値を持つ傾向が見られた。
実施例4.fwaの国平均値
主要国における各水利用源のfwaについて、国全体、天水農地、及び灌漑農地における加重平均値を表1に示す。 これらは2000年における世界の穀物生産量上位25ヶ国および一次産品輸出国20ヶ国から選定した。また、国連加盟国のうち1グリッド以上の陸地及び農地面積を持つ153ヶ国についてのfwaの加重平均値と標準偏差を表2〜4に示す。
【0048】
【表1】
【0049】
【表2】
【0050】
【表3】
【0051】
【表4】
【0052】
図1における国全体のfwaに関して、アジアではパキスタンがすべての水利用源について最も高い値を示した。また、インドネシア、バングラデシュ、ベトナム、ミャンマー、及びマレーシアはfwa及びfwaswが1.0より小さく、これは降水量が多いことに起因するものであると考えられる。ヨーロッパにおいてはすべての国のfwaが0.9から2.0の間であり、スペインとウクライナはfwagwが5.0を超えていた。また、北アメリカにおいては、メキシコがカナダに比べて高いfwagwを示した。南アメリカにおいては、ブラジルがその豊富な降水量から他国に比べて低い値を持つ一方、アルゼンチンのfwaswとfwagwの値は高く、これは乾燥が激しいパタゴニア地方の影響によるものと推察される。アフリカでは、大部分が砂漠で占められるエジプトが高い値を示し、このような地域での水利用はその利用可能性を著しく低下させると考えられる。オーストラリアは降水量に乏しい砂漠の影響を受け比較的高い値を示した。降水を起源とする水循環の原則に従えば、fwaは常にfwaswより小さくなり、またfwaswはfwagwと同じか小さくなり、エジプト以外についてはこの原則に従っていることが確認できた。一方、エジプトでは、比較的水資源が認められる地域は河川上流国からの水の流入よって形成されるため、表流水及び地下水流量は国内における降水量を上回り、fwaとfwaswの関係の逆転現象が認められた。
【0053】
国全体のfwaと灌漑農地のそれを比較すると、ベトナム、タイ、フランス、ドイツ、ブラジルといった水資源が豊富な国においては大きな差は見られなかった。これは、農地が国全体に万遍なく展開されていることを示唆している。一方、中国、パキスタン、エジプト、オーストラリアにおいては灌漑農地用水の値が国全体に比べて小さくなる傾向が見られた。これら水資源に乏しい国においては、相対的に水を利用しやすい地域において選択的に農地が展開されていることを示唆するものである。農業における水利用を対象とした影響評価を国単位で行う際に、国全体の特性化係数を用いると、その結果は過大に評価される可能性があると言える。
実施例5.水資源への潜在影響量
場所による水の偏在性を考慮した本発明の特性化係数で、国ごとの水利用量を水資源への影響量に変換した結果を図4に示す。国ごとの水利用量を水資源への影響量に変換した場合、ベトナム、タイ、フランス、ドイツ、ブラジルといった水資源が豊富な国においては、水利用量に対する水資源への影響量が小さい傾向にある。一方、これら水資源に乏しい中東、北アフリカの各国においては、水利用量に対する水資源への影響量が大きいことが示された。
実施例6.製品の全製造プロセスにおける水資源への潜在影響量の比較
製品の全製造プロセスにおける水利用量が水資源への影響量に及ぼす影響を比較するために、例として水資源豊富な日本と水資源に乏しいエジプトで同一製品を同一水利用量で製造した場合の水資源への影響量を評価した。製品Aを100Lの水(降水:50L、表流水:30L、地下水:20L)で製造したと仮定した場合、水の総利用量で水環境への影響を評価する従来のWFでは、日本及びエジプト共に100Lの水を利用することになり、両国での水環境への影響は同程度という結果になる。次に、表2〜4の国全体の降水、表流水、地下水の加重平均値に基づき、水の希少性を考慮して、水資源への影響量を評価した。その結果、日本における水資源への影響量は(降水:0.6×50)+(表流水:1.2×30)+(地下水:3.1×20)=128となり、エジプトにおける水資源への影響量は(降水:47.7×50)+(表流水:41.0×30)+(地下水:79.1×20)=5197となる。従って、水の希少性を考慮した本発明の評価方法を利用した場合、製品Aはエジプトよりも日本で製造した方が水資源への影響量が小さいことが示された。
実施例7.水源涵養活動が水資源への潜在影響量に及ぼす影響
一般に、製品の製造工場の上流で適切な森林管理を行うことで、地下水量が増加することが知られているが、従来のWPに基づく評価方法では、こうした資源の管理・保護の取り組みは考慮されない。一方で、本発明の水環境負荷を評価する方法では、水源涵養活動などの水環境負荷の低減を考慮して、製品の全製造プロセスが水環境に与える影響を評価することを可能にする。そこで、水源涵養活動が製品の製造によって水資源に及ぼす影響量に及ぼす影響を比較するために、適切な森林管理を行った場合について評価した。
【0054】
実施例6と同様、100Lの水(降水:50L、表流水:30L、地下水:20L)を使用する製品Aについて評価することとする。また、当該製品Aは降水:1500mm/年(fwa:0.7)、表流水:900mm/年(fwasw:1.1)及び地下水:700mm/年(fwagw:1.4)の立地条件の工場で製造されているものとする。この場合、本発明の評価方法により算出した水資源への影響量は、(降水:0.7×50)+(表流水:1.1×30)+(地下水:1.4×20)=96となる。
【0055】
ここで、当該工場の上流において適切な森林施業を行い、表流水が961mm/年(fwasw:1.0)に改善し、地下水が761mm/年(fwagw:1.3)に改善されたと仮定する。この場合の水資源への潜在影響量は、(降水:0.7×50)+(表流水:1.0×30)+(地下水:1.3×20)=91となり、森林施業実施前と比較して水資源への影響量が低減されることが示された。
【0056】
このように、水の総利用量で水環境への影響を評価する従来のWFでは、森林施業の有無にかかわらず、水環境への影響は同程度という結果になる一方で、水源涵養活動などによる水環境負荷の低減を考慮した評価を可能にする本発明の評価方法では、森林施業等の資源の管理・保護の取り組みも適切に評価されることが実証された。
【産業上の利用可能性】
【0057】
本発明は、水利用源に応じた特性化係数と水利用量とを掛け合わせて算出した水資源への影響量を比較することで、製品の全製造プロセスにおける水利用が水環境に与える影響を、水の希少性や水源涵養活動を考慮して評価する方法及びプログラムに関するものである。本発明は真のWFと呼べる指標を提供するものであり、統一の指標に基づく製品の水環境負荷の適正な評価を可能にするものである。従って、本発明は、製品開発における水利用と持続可能な水環境保全の調和に貢献するものであり、産業上の利用可能性が極めて高い。
図1
図2-1】
図2-2】
図2-3】
図3
図4