【実施例】
【0066】
以下では、実施例及び比較例を参照しながら、本発明の一実施形態に係る遅延蛍光性を示す銅(I)錯体および有機EL素子について、具体的に説明する。なお、以下に示す実施例は、あくまでも一例であって、本発明が下記の例に限定されるものではない。
【0067】
[遅延蛍光性を示す銅(I)錯体の合成]
以下の合成方法を用いて、本発明の一実施形態に係る有機EL素子用発光材料が含む銅(I)錯体を合成した。また、合成した銅(I)錯体は、Rigaku製CCD型単結晶X線回折装置(Mercury CCD)および解析ソフトウェア(Crystal Structure)を用いて、単結晶X線構造解析を行った。単結晶X線構造解析の結果を
図2A〜2Iに示す。
【0068】
なお、以下に述べる合成法はあくまでも一例であって、本発明の一実施形態に係る銅(I)錯体の合成法が下記の例に限定されるものではない。
【0069】
(合成例1:[CuCl(PPh
3)
2(4−Mepy)])
[CuCl(PPh
3)
3](88.7mg、0.096mmol)に、γ−ピコリン(γ−picoline)(1mL)、CHCl
3(1mL)を加えた溶液を調整した。この溶液をエーテル(ether)による気液拡散法にて一晩再結晶させることにより、無色の結晶として[CuCl(PPh
3)
2(4−Mepy)](39mg)を収率56%で得た。得られた結晶の単結晶X線構造解析の結果を
図2Aに示す。なお、PPh
3は、トリフェニルホスフィンを表し、4−Mepyは、4−メチルピリジン(一般式(15))を表す。
【0070】
(合成例2:[CuBr(PPh
3)
2(4−Mepy)])
CuBr(42.5mg、0.30mmol)に、γ−ピコリン(1mL)、PPh
3(680mg、2.6mmol)を加え、さらにCHCl
3(1mL)を加えた。生じた沈殿物をろ過により取り除き、ろ液をエーテルによる気液拡散法にて一晩再結晶させることにより、無色の結晶として[CuBr(PPh
3)
2(4−Mepy)](110mg)を収率47%で得た。得られた結晶の単結晶X線構造解析の結果を
図2Bに示す。
【0071】
(合成例3:[CuI(PPh
3)
2(4−Mepy)])
CuI(48.9mg、0.26mmol)に、γ−ピコリン(1mL)、PPh
3(660mg、2.5mmol)を加え、さらにCHCl
3(1mL)を加えた。得られた溶液をエーテルによる気液拡散法にて2日間再結晶させることにより、無色の結晶が析出した。拡散した溶液を取出し、ふたをしてさらに1週間放置することにより無色の結晶として[CuI(PPh
3)
2(4−Mepy)](177.1mg)を収率85%で得た。得られた結晶の単結晶X線構造解析の結果を
図2Cに示す。
【0072】
(合成例4:[CuCl(PPh
3)
2(iq)])
[CuCl(PPh
3)
3]・CH
3CN(90.4mg、0.098mmol)に、イソキノリン(isoquinoline)(1mL)、CHCl
3(1mL)を加えた溶液を調整した。この溶液をエーテルによる気液拡散法にて一晩再結晶させることにより、黄色の結晶として[CuCl(PPh
3)
2(iq)](43.8mg)を収率60%で得た。得られた結晶の単結晶X線構造解析の結果を
図2Dに示す。なお、iqは、i−キノリン(一般式(3))を表す。
【0073】
(合成例5:[CuBr(PPh
3)
2(iq)])
CuBr(37.5mg、0.24mmol)に、PPh
3(153.8mg、0.59mmol)を加え、さらにイソキノリン(1mL)を加えて、CHCl
3(2mL)にて希釈した溶液を調整した。調整した溶液をエーテルによる気液拡散法にて一晩再結晶させることにより、黄色の結晶として[CuBr(PPh
3)
2(iq)](128.7mg)を収率69%で得た。得られた結晶の単結晶X線構造解析の結果を
図2Eに示す。
【0074】
(合成例6:[CuI(PPh
3)
2(iq)])
CuI(52.3mg、0.28mmol)に、PPh
3をCuIに対して約2当量(1.12mmol)程度を加え、さらに過剰量(2〜3mL)のイソキノリンに溶かした。溶かした後、わずかな時間経過によりイソキノリンが凍って固まったため、CHCl
3を加えて再度溶かした。溶液をエーテルによる気液拡散法にて一晩再結晶させることにより、黄色の結晶として[CuI(PPh
3)
2(iq)](210mg)を収率89%で得た。得られた結晶の単結晶X線構造解析の結果を
図2Fに示す。
【0075】
(合成例7:[CuCl(PPh
3)
2(1,6−nap)])
[CuCl(PPh
3)
3]・CH
3CN(49.6mg、0.054mmol)に、1,6−ナフチリジン(100mg、0.77mmol)のCHCl
3溶液(1mL)を加えた。この溶液をエーテルによる気液拡散法にて3日間再結晶させることにより、黄色の結晶として[CuCl(PPh
3)
2(1,6−nap)](20.5mg)を収率52%で得た。得られた結晶の単結晶X線構造解析の結果を
図2Gに示す。なお、1,6−napは、1,6−ナフチリジン(一般式(10))を表す。
【0076】
(合成例8:[CuBr(PPh
3)
2(1,6−nap)])
[CuBr(PPh
3)
3](56.8mg、0.061mmol)に、1,6−ナフチリジン(100mg、0.77mmol)のCHCl
3溶液(1mL)を加えた。この溶液をエーテルによる気液拡散法にて1晩再結晶させることにより、黄色の結晶として[CuBr(PPh
3)
2(1,6−nap)](43.1mg)を収率89%で得た。得られた結晶の単結晶X線構造解析の結果を
図2Hに示す。
【0077】
(合成例9:[CuI(PPh
3)
2(1,6−nap)])
[CuI(PPh
3)
3](63.3mg、0.065mmol)に、1,6−ナフチリジン(101.8mg、0.78mmol)のCHCl
3溶液(1mL)を加えた。この溶液をエーテルによる気液拡散法にて1晩再結晶させることにより、黄色の結晶として[CuI(PPh
3)
2(1,6−nap)](31.1mg)を収率57%で得た。得られた結晶の単結晶X線構造解析の結果を
図2Iに示す。
【0078】
[銅(I)錯体の特性評価]
以下では、上記で合成した銅(I)錯体の発光特性の解析結果を示し、これらの銅(I)錯体が遅延蛍光性を有することを説明する。
【0079】
まず、合成例1〜3で合成した銅(I)錯体[CuX(PPh
3)
2(4−Mepy)](X=Cl
−,Br
−,I
−)について、発光スペクトル測定を行った。なお、発光スペクトル測定は、JASCO製FR−6600を用いて、室温にて結晶性粉末に対して行い、励起光の波長には、350nmを用いた。その結果を
図3に示す。
図3は、銅(I)錯体[CuX(PPh
3)
2(4−Mepy)](X=Cl
−,Br
−,I
−)の発光スペクトルを示したグラフ図である。
【0080】
図3を参照すると、銅(I)錯体[CuX(PPh
3)
2(4−Mepy)](X=Cl
−,Br
−,I
−)は、いずれも類似した振動構造のないスペクトルを示した。[CuCl(PPh
3)
2(4−Mepy)]および[CuBr(PPh
3)
2(4−Mepy)]は、ほぼ同じ発光極大波長(λ
max=468nm)を示し、[CuI(PPh
3)
2(4−Mepy)]は、より短波長側にシフト(shift)した発光極大波長(λ
max=455nm)を示した。
【0081】
次に、合成例1〜3で合成した銅(I)錯体[CuX(PPh
3)
2(4−Mepy)](X=Cl
−,Br
−,I
−)について、室温および77Kのそれぞれにおいて、極大となる発光波長(λ
max)、発光量子収率(Φ
em)、発光寿命(τ)を測定し、さらに放射速度定数(k
r)を算出した。結果を以下の表1に示す。
【0082】
なお、極大となる発光波長(λ
max)は、上述したようにJASCO製FR−6600を用いて測定し、発光量子収率(Φ
em)は、浜松ホトニクス製C9920−02絶対PL量子収率測定装置を用いて測定した。また、発光寿命(τ)は、浜松ホトニクス製C4334ストリークカメラ(streak camera)を用いて測定を行った。さらに、放射速度定数(k
r)は、Φ
em/τにより算出した。
【0083】
【表1】
【0084】
表1に示すように、放射速度定数(k
r)はいずれの銅(I)錯体でも室温(298K)の方が、77Kに対して4〜20倍程度大きくなることがわかった。これは、銅(I)錯体[CuX(PPh
3)
2(4−Mepy)](X=Cl
−,Br
−,I
−)は、室温(298K)および77Kにて、発光過程が異なることを示唆するものである。
【0085】
そこで、銅(I)錯体[CuX(PPh
3)
2(4−Mepy)](X=Cl
−,Br
−,I
−)の発光過程についてさらに詳細に解析するために、温度ごとに発光寿命を測定し、発光寿命の温度依存性を解析した。なお、発光寿命の測定には、上述したように浜松ホトニクス製C4334ストリークカメラを用いた。結果を
図4に示す。
図4は、銅(I)錯体[CuX(PPh
3)
2(4−Mepy)](X=Cl
−,Br
−,I
−)における温度毎に発光寿命をプロットしたグラフ図である。
【0086】
図4に示すように、いずれの銅(I)錯体においても室温(298K)から低温側になるにしたがって発光寿命が長くなり、150K〜160K付近で一定値に達することがわかった。
【0087】
ここで、発光の減衰は単一指数関数的に生じると仮定できる。そこで、
図4で示される温度依存性は、熱平衡状態にある2つの状態からの発光により生じていると仮定して、以下の数式1に基づいたシミュレーション(simulation)解析を行った。なお、本シミュレーション解析では、エネルギーが高い方の状態を蛍光の発光過程とし、エネルギーが低い方の状態をリン光の発光過程とし、そのエネルギー差をΔEとした。
【0088】
【数1】
【0089】
なお、上記数式1において、k
obsは、測定結果より算出した放射速度定数であり、k
S1は、蛍光のみの放射速度定数であり、k
T1は、リン光のみの放射速度定数であり、Kは、以下の数式2で表される定数である。
【0090】
【数2】
【0091】
上記の数式2において、g
Hおよびg
Lはそれぞれの状態の多重度であり、本シミュレーション解析では、エネルギーが高い方の状態を蛍光の発光過程、エネルギーが低い方の状態をリン光の発光過程としているため、g
Hは1、g
Lは3である。また、Rは気体定数であり、Tは絶対温度である。
【0092】
上記の解析によるフィッティングカーブ(fitting curve)を
図4に重ね合わせると、測定結果と一致することわかった。上記の数式1およびシミュレーション解析から算出した本発明の一実施形態に係る銅(I)錯体のk
S1、k
T1、およびΔEの値を表2に示す。また、表2には、公知の遅延蛍光性錯体である[Cu(pop)(NN)]のk
S1、k
T1、およびΔEの値も併せて示した。なお、「pop」は、bis(2−(diphenylphosphanyl)phenyl)etherを表し、「NN」は、bis(pyrazol−1−yl)borohydrateを表す。
【0093】
【表2】
【0094】
上記の表2からわかるように、本発明の一実施形態に係る銅(I)錯体のk
S1の値は2.1×10
7〜7.1×10
7s
−1であり、k
T1の値は2.0×10
4〜2.9×10
4s
−1であった。よって、本発明の一実施形態に係る銅(I)錯体のk
S1(2.1×10
7〜7.1×10
7s
−1)は、公知の遅延蛍光性錯体である[Cu(pop)(NN)]のk
S1(3.3×10
7s
−1)に対して同様の値であることがわかった。また、k
T1についても、本発明の一実施形態に係る銅(I)錯体のk
T1(2.0×10
4〜2.9×10
4s
−1)は、[Cu(pop)(NN)]のk
T1(1.0×10
4〜1.0×10
5s
−1)と同様の値であり、ΔEについても、本発明の一実施形態に係る銅(I)錯体のΔE(940〜1070cm
−1)は、[Cu(pop)(NN)]のΔE(800〜1300cm
−1)と同様の値であることがわかった。したがって、本発明の一実施形態に係る銅(I)錯体は、各種パラメータ(parameter)が公知の遅延蛍光性物質と同様の値を示すことから、熱活性型の遅延蛍光性を有すると判断することができる。
【0095】
[有機EL素子の作製]
本発明の一実施形態に係る銅(I)錯体の効果を実証するため、以下の手順にて有機EL素子を作製した。
【0096】
(実施例1)
まず、あらかじめパターニング(patterning)して洗浄処理を施したITO−ガラス基板(三容真空工業製)にオゾン(ozone)による表面処理を行った。なお、該ガラス基板におけるITO膜の膜厚は、150nmであった。オゾン処理後、直ちに正孔注入材料としてポリ(3,4−エチレンジオキシチオフェン):ポリ(スチレン―4−スルホナート)(PEDOT:PSS,Heraeus製 Clevios PCH 8000)をスピンコート法にて上記ITO膜上に膜厚40nmで成膜し、110℃で1時間焼成した。
【0097】
次に、脱水トルエン(toluene)(和光純薬工業製)に、電子輸送材料として2−(4−ビフェニリル)−5−(4−tert−ブチルフェニル)−1,3,4−オキサジアゾール(OXD−7)、発光材料として合成例1で合成した銅(I)錯体、正孔輸送性ホスト材料としてポリ(9−ビニルカルバゾール)(PVCz)を溶解させた発光層インク(ink)をスピンコート法によって膜厚100nmで成膜し、80℃で1時間焼成した。なお、発光層インクにおける各物質の混合比率は、質量比にてOXD−7:銅(I)錯体:PVCz=2.0:0.5:1.0である。
【0098】
続いて、真空蒸着法により、電子注入材料としてフッ化リチウム(LiF)を膜厚1.0nmで成膜し、陰極としてアルミニウム(Al)を膜厚250nmで成膜し、有機EL素子200を作製した。作製した有機EL素子200は、UV硬化性樹脂を用いて乾燥剤と共にキャビティガラス(cavity glass)中に封止した。
【0099】
(実施例2〜9)
実施例1で用いた合成例1で合成した銅(I)錯体の代わりに、合成例2〜9で合成した銅(I)錯体を用いた以外は、実施例1と同様にして有機EL素子200を作製した。
【0100】
(比較例1)
実施例1で用いた合成例1で合成した銅(I)錯体の代わりに、[CuCl(PPh
3)
3]を用いた以外は、実施例1と同様にして有機EL素子200を作製した。[CuCl(PPh
3)
3]は、上記の一般式(1)において、配位子XがClであるものの、配位子LがPPh
3である点で、本発明の一実施形態に係る銅(I)錯体と異なる銅(I)錯体である。
【0101】
なお、作製した有機EL素子200の実施例1〜9、比較例1の概略図を
図5に示す。作製した有機EL素子200は、基板202、基板202上に配置された陽極204、陽極204上に配置された正孔注入層206、正孔注入層206上に配置された発光層208、発光層208上に配置された電子注入層210、電子注入層210上に配置された陰極212から構成されている。
【0102】
[評価結果]
作製した実施例1〜9および比較例1の有機EL素子200の評価結果を以下の表3に示す。なお、作製した有機EL素子200の電界発光特性の評価には、浜松ホトニクス製C9920−11輝度配向特性測定装置を用いた。また、下記の表3において、発光効率は電流密度20mA/cm
2にて測定した。
【0103】
なお、表3において、「4−Mepy」は、4−メチルピリジン(一般式(15))を表し、「iq」は、i−キノリン(一般式(3))を表し、「1,6−nap」は、1,6−ナフチリジン(一般式(10))を表す。
【0104】
【表3】
【0105】
上記表3からわかるように、本発明の一実施形態に係る実施例1〜9の有機EL素子は、比較例1の有機EL素子に対して、高い発光効率を示すことがわかる。
【0106】
なお、前述した実施例においては、本発明の一実施形態に係る銅(I)錯体を発光材料として有機EL素子に用いた例について説明したが、本発明は前述の実施例に限定されない。例えば、本発明の一実施形態に係る銅(I)錯体を含む発光材料は、その他の発光素子又は発光装置に利用することも可能である。また、
図1および
図5に示す有機EL素子は、パッシブ・マトリクス(passive−matrix)駆動方式の有機ELディスプレイ(display)に利用されるが、アクティブ・マトリクス(active−matrix)駆動方式の有機ELディスプレイに利用することもできる。
【0107】
以上、添付図面を参照しながら本発明の好適な実施形態について詳細に説明したが、本発明はかかる例に限定されない。本発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者であれば、特許請求の範囲に記載された技術的思想の範疇内において、各種の変更例または修正例に想到し得ることは明らかであり、これらについても、当然に本発明の技術的範囲に属するものと了解される。