【解決手段】 絶縁性の基板1の表面において参照電極4、作用電極2及び対極3が露出して設けられ、基板1内には各電極2,3,4への配線51,52,53が埋設されている。参照電極4は、金製の主部41を覆ったポリアニリン膜42で形成され、作用電極2は金製の主部21を覆った自己組織化単分子膜であるフェロセニルヘキサンチオール膜22で形成されている。ポリアニリン膜42は、主部41に対して真空紫外線を照射した後、定電流電解法により形成されている。
絶縁性の基板の表面において露出するよう参照電極、作用電極及び対極が設けられ、基板内には各電極への配線が埋設された構造を有する平板型三電極式電気化学センサであって、
参照電極は、下地金属部材を覆ったポリアニリン膜で形成されていることを特徴とする平板型三電極式電気化学センサ。
前記作用電極は、金より成る下地金属部材を覆った膜であって、目的物質を選択的に吸着又は脱離、あるいは酸化又は還元させるための自己組織化単分子膜で形成されていることを特徴とする請求項1又は2記載の平板型三電極式電気化学センサ。
絶縁性の基板の表面において露出するよう参照電極、作用電極及び対極が設けられ、基板内には各電極への配線が埋設された構造を有する平板型三電極式電気化学センサの製造方法であって、
参照電極用の下地金属部材の表面に波長200nm以下の真空紫外線を照射した後、当該下地金属部材の表面にポリアニリン膜を堆積させて参照電極を形成することを特徴とする平板型三電極式電気化学センサの製造方法。
前記ポリアニリン膜の堆積を定電流電解法により行う方法であり、アニリンを含む過塩素酸溶液中に前記下地金属部材を浸漬し、前記下地金属部材を定電流電解法における作用電極として使用しながら前記ポリアニリン膜を堆積させることを特徴とする請求項5記載の平板型三電極式電気化学センサの製造方法。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上述した三電極式電気化学センサにおいて、参照電極の機能が安定していることは、再現性の高い測定を行う上で重要である。参照電極の作用が不安定で、参照電位がその時々でばらついていると、測定結果もばらつくことになり、測定結果の信頼性が低下することになる。
発明者らは、ある種の測定実験を行っている際、参照電極の機能が不安的になり、測定の再現性が低下することを確認した。測定結果の再現性低下は、生体試料のような不純物を含み得る液相試料の場合に特に確認された。
この出願の発明の第一の目的は、上記課題を解決することにある。即ち、不純物を含み得る液相試料の場合でも参照電極の機能を安定させることができ、再現性の高い測定が行える平板型三電極式電気化学センサを提供することを第一の目的としている。
【0008】
一方、上述したような電気化学センサにおいて、参照電極と作用電極との間の距離は、できるだけ短い方が好ましい。両者の距離が長いと、作用電極と対極間に電流が流れる際に液相試料が持つ抵抗(溶液抵抗)により生じる電圧降下(IRドロップ)の影響が大きくなり、電位がずれるおそれがあるからである。また、両者の距離が長いと、残余電流(バックグラウンド電流)が大きくなり目的物質の酸化還元反応に基づく微小な電流が残余電流内に埋没するため、目的とする電流応答が小さくなり、十分な検出感度を得ることができない。
【0009】
参照電極と作用電極との間の距離をできるだけ近接させるためには、三電極式電気化学センサを平板型とし、参照電極と作用電極とを平板の同一面に作製することが好ましいと考えられる。しかしながら、この構成においても、必ずしも参照電極と作用電極との間の距離を短くできるわけではない。
【0010】
作用電極の機能を最適化させるため、金や白金といった金属を他の材料で修飾することがある。修飾は、当該他の材料の膜で被覆することで行われる。この場合、電極間距離が短いと、被覆処理の際に他の電極を汚染してしまうことがあり得る。
汚染を防止しながらセンサを製作するには、電極間の距離をある程度十分に長くする必要がある。このため、溶液抵抗の影響が大きくなり、高感度、高応答性の測定が行えない問題がある。
この出願の発明の第二の目的は、上記課題を解決することにある。即ち、電極間の距離を短くした場合でも他の電極を汚染することがなく製作ができるようにし、より高感度、高応答性の電気化学センサを提供できるようにすることを第二の目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記課題を解決するため、本願の請求項1記載の発明は、絶縁性の基板の表面において露出するよう参照電極、作用電極及び対極が設けられ、基板内には各電極への配線が埋設された構造を有する平板型三電極式電気化学センサであって、
参照電極は、下地金属部材を覆ったポリアニリン膜で形成されているという構成を有する。
また、上記課題を解決するため、請求項2記載の発明は、前記請求項1の構成において、前記下地金属部材は、前記配線の材料よりも化学的に安定な金属で形成され、前記配線の端部を覆った主部であり、
前記ポリアニリン膜は、主部と前記配線の端部との境界部分も含めて主部を覆っているという構成を有する。
また、上記課題を解決するため、請求項3記載の発明は、前記請求項1又は2の構成において、前記作用電極は、金より成る下地金属部材を覆った膜であって、目的物質を選択的に吸着又は脱離、あるいは酸化又は還元させるための自己組織化単分子膜で形成されているという構成を有する。
また、上記課題を解決するため、請求項4記載の発明は、前記請求項3の構成において、前記自己組織化単分子膜は、フェロセンを末端に持つアルカンチオール膜であるという構成を有する。
また、上記課題を解決するため、請求項5記載の発明は、絶縁性の基板の表面において露出するよう参照電極、作用電極及び対極が設けられ、基板内には各電極への配線が埋設された構造を有する平板型三電極式電気化学センサの製造方法であって、
参照電極用の下地金属部材の表面に波長200nm以下の真空紫外線を照射した後、当該下地金属部材の表面にポリアニリン膜を堆積させて参照電極を形成するという構成を有する。
また、上記課題を解決するため、請求項6記載の発明は、前記請求項5の構成において、前記ポリアニリン膜の堆積を定電流電解法により行う方法であり、アニリンを含む過塩素酸溶液中に前記下地金属部材を浸漬し、前記下地金属部材を定電流電解法における作用電極として使用しながら前記ポリアニリン膜を堆積させるという構成を有する。
【発明の効果】
【0012】
以下に説明する通り、本願の請求項1記載の発明によれば、参照電極が下地金属部材を覆ったポリアニリン膜で形成されているので、参照電極の機能が安定化し、測定の再現性、信頼性が向上する。
また、請求項2記載の発明によれば、上記効果に加え、ポリアニリン膜は、配線の材料より安定性の高い金属で形成された主部と配線の端部との境界部分も含めて主部を覆っているので、配線の材料の拡散が抑制される。このため、参照電極の機能がさらに安定化し、測定の再現性、信頼性がさらに向上する。
また、請求項3記載の発明によれば、上記効果に加え、作用電極は、金より成る下地金属部材を覆った膜であって、目的物質を選択的に吸着又は脱離、あるいは酸化又は還元させるための自己組織化単分子膜で形成されているので、自己組織化単分子膜を適宜選定することで測定や分析に応じて作用電極を最適化できる。その上、自己組織化単分子膜は電解脱離によって他の電極用の部材から除去できるので、自己組織化単分子膜が他の電極の汚染源となることはなく、高品質のセンサの製造が容易である。この効果は、より電極間距離を短くして低インピーダンスの構造とした場合にも得られるので、高感度、高応答性の平板型三電極式電気化学センサが実現される。
また、請求項4記載の発明によれば、上記効果に加え、自己組織化単分子膜はフェロセンを末端に持つアルカンチオール膜であるので、尿酸に対して自己組織化単分子膜がメディエーターとして機能する。このため、目的物質が尿酸である場合により感度の高い測定や分析が可能となり、この用途の電気化学センサの構成として非常に好適なものとなる。
また、請求項5記載の発明によれば、下地金属部材を覆ったポリアニリン膜で参照電極を形成するので、参照電極の機能が安定化し、測定の再現性、信頼性が向上する。この際、参照電極用の下地金属部材の表面に波長200nm以下の真空紫外線を照射した後、当該下地金属部材の表面にポリアニリン膜を堆積させて参照電極を形成するので、参照電極の機能がさらに安定化し、測定の再現性、信頼性がさらに向上する。
また、請求項6記載の発明によれば、上記請求項5の発明の効果に加え、ポリアニリン膜の堆積を定電流電解法により行うので、ポリアニリン膜を所望の厚さで形成することが容易となる。下地金属部材の表面へのポリアニリン膜の堆積手法としては、定電流電解法以外にも定電圧電解法(定電位電解法)、電位ステップ法を用いることができる。しかしながら、これらの手法を採用した場合、下地金属部材に堆積されるポリアニリンはナノメートルサイズのワイヤー構造を形成する。このワイヤー構造は空気中に放置すると30分間程度で崩壊してしまうため、上記した定電位電解法、電位ステップ法を採用して堆積されたポリアニリン膜は不安定となる。定電流電解法を採用した場合、このような不安定性は存在しないので、安定で均一な厚さのポリアニリン膜を下地金属部材の表面へ体積することが可能となる。
【発明を実施するための形態】
【0014】
次に、この出願の発明を実施するための形態(以下、実施形態)について説明する。
図1は、実施形態に係る平板型三電極式電気化学センサの概略図であり、(a)は平面概略図、(b)は側面概略図である。
図1に示す電気化学センサは、絶縁性の基板1と、基板1の表面において露出するよう設けられた作用電極2、対極3及び参照電極4と、基板1内に埋設された各配線51,52,53とを備えている。
【0015】
図1(b)に示すように、この実施形態では基板1は二つの基板11,12を重ねて接合したものとなっている。
図1(a)(b)から解るように、各基板11,12は長方形状である。二枚の基板11,12は上下に重ねられて接合される。各電極2,3,4は一方の基板11の表面において露出しており、液相試料を上から滴下して測定する場合、
図1(b)に示すようにこの一方の基板11が上側になるように配置する。以下、説明の都合上、各電極2,3,4が露出している表面を有する一方の基板11を上側基板とし、他方の基板12を下側基板ということがある。
【0016】
各基板11,12は、この実施形態ではポリマー樹脂製であり、各種の熱硬化性樹脂、光硬化性樹脂等の中から適宜選定し得る。例えば、ガラスエポキシ樹脂を基板11,12の材料とすることができる。
一対の基板11,12は、間に配線51,52,53を挟み込みながら接合される。接合については、例えば特許文献2に開示されているようにクッション材を介在させながら嵌め合わせることにより行われ、内部に液相試料が入り込まない液密な構造とされる。この他、化学的に安定な接着材を使用して接合する場合もある。
【0017】
各配線51,52,53は、銅のような良好な導電性を有する材料で形成され、例えば銅箔を上側基板11に予め貼り付けしたり、または蒸着及びエッチングによって上側基板11に予め形成したりされる。
一方、
図1(a)に示すように、この実施形態では、三電極2,3,4は同心円タイプの構造を有している。即ち、中心に小さい円形の作用電極2が設けられ、これと同心の円周状を成すようにして参照電極4と対極3とが設けられている。対極3が最も外側に位置し、参照電極4は対極3と作用電極2との間に位置する。参照電極4の径は、対極3のほぼ半分である。
【0018】
図1(a)に示すように、配線は、各電極2,3,4についてそれぞれ設けられており、計3本の配線51,52、53が埋設されている。各配線51,52,53の入力側の端部には、端子部61,62,63が形成されている。各端子部61,62,63は、配線51,52,53よりも少し大きな幅で形成された導電体の箔である。
各端子部61,62,63は、上側基板11の下面に固定されている。
図1(b)に示すように、下側基板12は上側基板11よりも少し短く、上側基板11は下側基板12よりも少しはみ出している。各端子部61,62,63は、このはみ出した部分の下面に固定され、露出した状態となっている。
【0019】
3本の配線を、第一の配線51、第二の配線52、第三の配線53とすると、第一の配線51は作用電極2に接続され、第二の配線52は対極3に接続され、第三の配線53は参照電極4に接続されている。より具体的に説明すると、上側基板11は、各電極2,3,4を設けた位置に貫通穴を有している。各貫通穴は、上側基板11を厚さ方向に貫通した穴である。各穴には、導電性材料が充填されており、各配線51,52,53の一部となっている。導電材料は例えば銅であり、銅ペーストを充填して加熱、固化させることで形成される。
図1(a)から解るように、各貫通穴は、各配線51,52,53の終端部の位置から上方に延びるように形成され、各々導電材料が充填される。以下、上側基板11を上下に貫通して形成された各配線部分511,521,531を配線垂直部と呼ぶ。
【0020】
この実施形態は、作用電極2、参照電極4及び対極3は、金(Au)製の主部を有している。各々金製の主部は、スパッタリングより作成された薄膜となっている。即ち、作用電極2の主部は、小さな円形のパターンで形成された金薄膜であり、対極3及び作用電極2は、それぞれ円周状のパターンで形成された金薄膜である。各配線垂直部511,521,531と各主部とは良好な接触性で接合(導通)している。
【0021】
このような実施形態の平板型三電極式電気化学センサは、対極3については金製の主部のみで形成されているが、参照電極4については、金製の主部の表面にポリアニリン膜を設けた構成となっている。また、作用電極2については、金線の主部の表面に自己組織化単分子膜(Self-Assembled Monolayer、以下、SAM膜という)を設けた構成となっている。以下、これらの点について説明する。
【0022】
まず、参照電極4の構造について
図2を使用して説明する。
図2は、
図1に示す平板型三電極式電気化学センサの参照電極4の構造を示した正面断面概略図である。
図2に示すように、実施形態の電気化学センサでは、参照電極4は、配線垂直部531に接合している主部41と、主部41の表面を覆ったポリアニリン膜42とで構成されている。尚、「主部」とは便宜上の用語であり、参照電極4の作用として主要な作用を為すものという意味で必ずしも用いられている訳ではない。この点は、作用電極2についても同様である。
【0023】
参照電極4の構造として、金製の主部41の表面をポリアニリン膜42で覆った構造とすることは、発明者らが行った研究の成果によるものである。発明者らは、配線垂直部の端面を金薄膜で被覆した構造の参照電極を有する平板型三極式電気化学センサを使用して各種目的物質の電気化学的測定を行っていたが、再現性や測定の安定性という点でしばしば不十分な結果となっていた。この問題を解決するため、発明者らは、参照電極における金の表面をポリアニリン膜で覆った構造とし、このセンサにより同様に測定を行ったところ、再現性や測定の安定性という点で非常に優れた結果が得られることが判明した。以下、この点を確認した実験の結果について
図3を使用して説明する。
図3は、ポリアニリン被覆の参照電極の優位性について確認した実験結果を示す図である。
【0024】
図3に結果を示す実験では、まず、参照電極、作用電極及び対極とも金薄膜より成るセンサを使用した。次に、参照電極について金薄膜をポリアニリン膜で被覆したセンサを使用して実験を行った。いずれのセンサも、基本的な構造は
図1に示すのと同様である。
各実験では、0.1M(モル)濃度の過塩素酸(HClO4)溶液を目的物質とし、サイクリックボルタンメトリー測定を行った。
図3の(a)はポリアニリン膜を設けない場合の結果を示し、(b)はポリアニリン膜を設けた場合の結果を示す。各図において、横軸は電位、縦軸は電流である。電流は、参照電極の表面積で割った値(μA/cm
2)であり、電位の掃引速度は0.1V/秒である。
【0025】
図の煩雑化を避けるため、
図3(a)では、1回目の測定結果(サイクリックボルタンメトリー特性)、5回目の測定結果、10回目の測定結果が示されており、(b)では11回目の測定結果と5回目の測定結果とが示されている。
図3(a)に示すように、ポリアニリン膜を設けない場合には、それぞれの測定結果において電流ピークのずれが生じており、再現性が確保されていない。一方、
図3(b)に示すように、ポリアニリン膜で被覆した場合、1回目と5回目とを比較すると、電流ピークのずれが生じておらず、再現性が確保されている。
【0026】
図3(a)に示す測定の不安定性は、参照電極として用いた金薄膜の表面状態に起因するものと考えられる。即ち、金の表面状態は必ずしも清浄に維持されておらず、表面に吸着した不純物が電位を阻害し、参照電極の機能が不安定となったことによると考えられる。
一方、ポリアニリン膜で金薄膜を被覆すると、金の表面が露出していないため、表面へのイオン種の吸着が抑制され、その結果、参照電極の機能が安定化すると考えられる。また、ポリアニリンの酸化還元反応では、プロトン以外のイオンの移動を伴わないため、系に含まれる種々のイオンや不純物(目的物質以外の液相試料への混入物)からの影響を極めて受けにくい性質がある。上記の例では過塩素酸が目的物質であったが、測定結果の安定性にはこの点も影響しているものと考えられる。
【0027】
このような実験で確認された点を踏まえ、実施形態の電気化学センサでは、金製の主部の表面をポリアニリン膜で被覆した構造としている。尚、ポリアニリンは、導電性高分子材料の一種であるが、接触している溶液のpHにより電気的特性が変化することで知られている。このため、電気化学センサの分野では一般的には用いられない材料である。発明者らは、この点は緩衝液を使用することで解決できること、そして特に生体試料の測定(バイオセンサ)の場合にはリン酸緩衝液のようなpHの安定した緩衝液が使われるので問題にはならないことを考慮し、ポリアニリン膜で被覆した構造を想到するに至った。
【0028】
次に、実施形態の電気化学センサにおける作用電極2の構造について説明する。
図4は、
図1に示す電気化学センサの作用電極2の構造を示した正面断面概略図である。前述したように、この実施形態では、作用電極2は、金製の主部21と、主部21の表面を覆ったSAM膜22とで構成されている。この実施形態では、SAM膜22は、フェロセニルヘキサンチオール(FcC6SH)の自己組織化単分子膜となっている。
【0029】
作用電極2についてもこのようにSAM膜22で覆った構造とすることは、金製の主部21と下地配線(配線垂直部511)との界面からの下地配線の材料の拡散を抑制し、測定を安定化させる意義がある。特にSAM膜22については、還元脱離による除去が容易で、作用電極用の主部21の表面にのみSAM膜22が形成された状態とすることが容易である。このため、主部21の表面をSAM膜22で覆った構造の作用電極2としている。
【0030】
そして、この実施形態ではSAM膜22はフェロセニルヘキサンチオール膜となっているので、ある種の測定において検出感度をより高める意義もある。即ち、フェロセニルヘキサンチオールは、尿酸に対しては選択的にメディエーターとして機能し、電気化学的に酸化する。このため、酸化電流を測定することで感度の高い定量分析が可能となる。
尚、
図4に示すように、SAM膜22についても、金製の主部21と下地配線511の界面が露出しないように形成されていることが好ましい。
【0031】
次に、実施形態の電気化学センサの好適な製造方法について説明する。以下、説明は、製造方法の発明の実施形態の説明でもある。
図5は、実施形態の平板型三極式電気化学センサの製造方法を示した概略図である。センサの製造に際しては、基板1の表面において露出するように作用電極用の主部21、対極用の主部(対極3)、参照電極用の主部41がそれぞれ形成され、基板1内に各配線51,52,53が埋設されて各々主部21,3,41に接続されたものを用意する。このような基板1及びその付属物からなるもの10は、一応は電気化学センサとして機能するものの、実施形態の製品としては半製品と言えるので、以下、半製品センサと呼ぶ。
【0032】
まず、
図5(1)に示すように、波長200nm以下の真空紫外線を半製品センサ10に対して照射する。具体的には、エキシマランプのような真空紫外線ランプ71により半製品センサ10に真空紫外線を照射する。半製品センサ10は、各電極用の主部が露出している側を真空紫外線ランプ71に向けた状態で配置され、各主部の表面に真空紫外線が照射されるようにする。真空紫外線であるため、照射距離は短く設定される。照射距離の空間を窒素で置換したり、真空排気したりすることもある。この真空紫外線照射により、各電極用の主部の表面の汚れや不純物が除去される。
【0033】
次に、SAM膜作成工程が行われる。具体的には、
図5(2)に示すように、半製品センサ10をSAM膜形成用の溶液72に所定時間浸漬する。実施形態では、SAM膜22はフェロセニルヘキサンチオール膜であるので、フェロセニルヘキサンチオールが自己組織化単分子膜として析出する溶液が使用される。例えば、フェロセニルヘキサンチオールを含むエタノール溶液が使用され、各電極の主部(金)の表面にフェロセニルヘキサンチオールのSAM膜が形成される。
【0034】
次に、SAM膜を選択的に除去するSAM膜除去工程が行われる。即ち、
図5(3)に示すように、半製品センサ10の各々SAM膜が形成されている各電極の主部を含む部位を電解液73に浸漬し、電気分解によってSAM膜を選択的に還元脱離させる。電解液73としては酸化カリウム溶液が使用される。この際、
図5(2)に示すように、参照電極用の主部と対極用の主部にのみ−1.5V程度の電位を印加し、参照電極用の主部及び対極用の主部からSAM膜を脱離させて除去する。
【0035】
その後、半製品センサ10を純水で洗浄した後、ポリアニリン膜作成工程が行われる。この実施形態では、ポリアニリン膜は電解重合法により作成され、特に定電流電解法により作成される。
図5(3)に示すように、半製品センサ10とは別に電解重合用の対極81と参照電極82とを用意する。そして、電解重合用の溶液(重合用電解液)74を溜めた容器内に電解重合用の対極81、電解重合用の参照電極82及び半製品センサ10を浸漬する。
【0036】
ポリアニリンの電解重合では酸化により重合が進むので、重合用電解液74に浸漬させた半製品センサ10における参照電極用の主部を陽極(作用電極)とする。そして、対極を陰極とし、陽極との間で電圧を印加する。陽極を通して流れる電流を一定に保ち、陽極の表面での酸化重合によりポリアニリン膜を形成する。電流の値及び通電時間により、ポリアニリン膜の厚さが制御できる。重合用電解液74は、例えば過塩素酸の溶液中にアニリンを溶解させたものが使用される。電解重合における対極81は例えばプラチナ製であり、参照電極82は銀/塩化銀電極とされる。
尚、定電流電解法を採用する場合、必ずしも参照電極82を上記容器内の重合用電解液74に浸漬する必要はない。しかしながら、参照電極82を重合用電解液74に浸漬することにより、重合時に上記陽極、陰極間に印加される電位を厳密に制御することが可能となり、結果的にばらつきの無いポリアニリン膜を形成することが可能となる。また、参照電極82を重合用電解液74に浸漬することにより、重合用電解液74の不具合によるエラーをモニタリングすることも可能である。
このようなポリアニリン膜形成工程の後、純水による洗浄をもう一度行うと、実施形態の平板型三電極式電気化学センサが完成する。
【0037】
実施形態の電気化学センサによれば、参照電極4が下地金属部材を覆ったポリアニリン膜42で形成されているので、参照電極4の機能が安定化し、測定の再現性、信頼性が向上する。この実施形態では、下地配線の端部を被覆した金属部として金製の主部41が設けられているが、金がポリアニリンで修飾された構造となっているので、イオン種や不純物の吸着は金表面ほどは生じにくく、このため参照電位が安定して維持される。このため、測定や分析の再現性、信頼性が向上する。
【0038】
また、ポリアニリン膜42は、金製の主部41と配線531との境界部分を含めて主部41を覆っているので、主部41と境界部分において配線531が液相試料に晒されてしまうことはなく、配線531の材料が液相試料に溶け出してしまうことが抑制されている。このため、この点でも参照電極4の機能の不安定化が防止されており、より高再現性、高信頼性の測定が行える。
【0039】
また、実施形態の電気化学センサでは、作用電極2は、主部21の表面にSAM膜22が形成された構造となっているので、SAM膜22を適宜選定することで測定や分析に応じて作用電極2を最適化できる。その上、SAM膜22は電解脱離によって他の電極用の主部3,41から除去できるので、SAM膜22が他の電極の汚染源となることはなく、高品質のセンサの製造が容易である。この効果は、より電極間距離を短くして低インピーダンスの構造とした場合にも得られるので、平板型三電極式電気化学センサにとって極めて重要な効果であり、この効果により高感度、高応答性の平板型三電極式電気化学センサが実現される。
【0040】
そして、実施形態の電気化学センサでは、SAM膜22はフェロセニルヘキサンチオール膜であり、尿酸に対してメディエーターとして機能する。このため、目的物質が尿酸である場合により感度の高い測定や分析が可能となる。従って、この用途の電気化学センサの構成として非常に好適なものとなる。尚、SAM膜22の材料としては、フェロセニルヘキサンチオールの他、フェロセニルウンデカンチオールのようなフェロセンを末端に持つ他のアルカンチオールであっても良い。
【0041】
尚、前述した製造方法において、ポリアニリン膜42の形成の前に主部41の表面に真空紫外線を照射する点は、参照電極4の機能をさらに安定化させる意義を有している。参照電極4の表面をポリアニリン膜41とした構造は上記のような優位性があるが、発明者の研究によると、成膜前に真空紫外線を照射するとさらに再現性が向上することが判明した。この点の理由は必ずしも明らかではないが、金製の主部41の表面には汚れや不純物の微粒子が付着している場合があり、そのままポリアニリン膜42を作成してしまうと、ポリアニリン膜42による機能安定化の効果が十分に得られなくなる場合があると推測される。例えば、ポリアニリン膜42の表面が滑らかな面でなく凹凸が形成された面となり、イオン種や不純物が捉えられ易くなってしまったり、汚れや不純物が界面に存在する結果、ポリアニリン膜42と主部41との接触性が低下し、界面での導電性が低下してしまったりすることが原因として推測できる。
【0042】
主部41の表面に真空紫外線を照射すると、有機物である表面の汚れや不純物が分解され、また真空紫外線により生成される活性酸素やオゾンにより酸化され、CO2やH2Oのような揮発物となって除去される。このため、ポリアニリン膜42の表面に凹凸が形成されたり、主部41に対するポリアニリン膜42の接触性が低下したりすることが防止される。この結果、ポリアニリン膜42による参照電極4の機能安定化の効果がさらに高く得られるもの思われる。
【0043】
また、ポリアニリン膜42を電解重合により作成する場合、定電流電解法によっている点は、所望の膜厚のポリアニリン膜42とするのが容易であるという意義がある。定電位電解法や電位ステップ法によりポリアニリン膜42を作成することも可能であるが、両手法を採用した場合、ポリアニリン膜はナノメートルサイズのワイヤー構造となる。このワイヤー構造は空気中に放置すると30分間程度で崩壊してしまうため、ポリアニリン膜自体が不安定となる。そこで、定電流電解法を採用し、電流値及び通電時間を適宜選定することでポリアニリン膜42の厚さを容易に規定することができる。また、堆積されるポリアニリン膜は安定となる。
【0044】
尚、実施形態の電気化学センサにおいて、基板1のうち各端子部61,62,63が露出している箇所には、不図示のコネクタが装着される。コネクタは、センサに印加する電圧を供給する電源や、センサを通して流れる電流を計測する電流計が適宜接続され、これら電源や電流計を含むシステムの一部として実施形態のセンサが使用される。
実施形態の電気化学センサは、平板型であるので小型のものとすることが容易で、従って測定系全体としても小型のシステムとすることが可能である。それでありながらも、上記のように高再現性のセンサとなっているので、測定系全体としても高信頼性のシステムとなる。
【0045】
また、実施形態の電気化学センサは、各種生体試料を目的物質としたバイオセンサとして構成することが可能である。特に、リン酸緩衝液のような緩衝液を使用することが多いバイオセンサにとっては、pHを安定化させて測定や分析を行うことが容易であるので、ポリアニリン膜42を参照電極4に採用した実施形態の電気化学センサの優位性が最大限に発揮されることになる。
【0046】
例えば、痛風の予防や診断には尿酸値の検出が欠かせないが、実施形態の電気化学センサを使用すれば、小型のシステムで尿酸値の検出が可能になるので、小規模の医療施設でも行えるようになる。また、尿酸値の検出は、血液検査(血液中の尿酸値測定)の他、尿検査によって行える。したがって、場合によっては家庭用のシステムとして構成された測定系に実施形態のセンサが使用されることもあり得る。
【0047】
上記実施形態において、各電極の主部21,3,41は金製であったが、銀その他の安定な金属材料が使用されることもあり、主部の材料は、配線511,521,531よりも化学的に安定な金属材料であれば良い。銀の場合、銀の上に塩化銀を設けた銀/塩化銀構造が採用されることもある。
【0048】
また、参照電極4は、金製の主部41の表面にポリアニリン膜42が形成された構造であったが、主部41を設けずに配線541に対して直接ポリアニリン膜を設けて参照電極とした構造が採用されることもある。従って、下地金属部材は、配線であるか又は配線よりも化学的な安定な材料で形成された主部ということになる。尚、作用電極については、配線511が金製の場合、そのままSAM膜を設けて作用電極とする場合もあり得る。
【実施例】
【0049】
上記実施形態に属する実施例の電気化学センサについて説明する。
同様に、センサの電極構成としては、対極:金、参照電極:金+ポリアニリン膜、作用電極:金+フェロセニルヘキサンチオール自己組織化単分子膜とした。製造工程の各条件を示すと、紫外線照射工程では、中心波長172nmを放出するウシオ電気株式会社製のエキシマランプを使用し、照度20mW/cm
2、照射時間3分間として半製品センサに真空紫外線を照射した。
【0050】
次に、SAM膜形成工程では、濃度2mMのフェロセニルヘキサンチオールを含むエタノール溶液中に12時間浸漬することで、半製品センサの各電極用の主部の表面にフェロセニルヘキサンチオールのSAM膜を形成した。
次に、SAM膜除去工程として、濃度0.1M(モル)の水酸化カリウム溶液に半製品センサの各電極用の主部が形成された部位を浸漬し、参照電極用の主部と対極用の主部に−1.5Vの電位を印加して還元脱離を行った。これにより、参照電極用の主部の表面及び対極用の主部の表面からSAM膜を除去し、参照電極用の主部の表面にのみSAM膜を残留させた。
【0051】
次に、純水による洗浄後、ポリアニリン膜形成工程を行った。具体的には、濃度1Mのアニリンを含む濃度2Mの過塩素酸溶液中に半製品センサを浸漬するとともに、当該溶液中にプラチナ製対極と銀/塩化銀製の参照電極とを浸漬し、半製品センサの参照電極用の主部に100μA/cm
2の電流を150秒通電させて当該表面にポリアニリン膜を形成した。その後、純水で再び洗浄し、平板型三電極式電気化学センサを得た。
【0052】
このようにして得た電気化学センサを使用し、人工尿(尿酸濃度が既知である尿)について尿酸濃度を測定する実験を行った。この実験では、各々尿酸濃度が0μM,100μM,300μM,500μMである人工尿を使用し、それぞれについてサイクリックボルタメントリー特性(CV特性)を測定した。測定に際して、各人工尿は、リン酸緩衝溶液(PBS)と1:1の割合で混合され、pH値が7.4になるように調製したものを試料とした。
【0053】
図6は、このような実施例の電気化学センサを使用した尿酸のCV特性の測定実験の結果を示す図である。
図6において、横軸は電位、縦軸は電流であり、電位の掃引速度は、0.1V/秒である。
また、
図7は、
図6に示すCV特性に従った尿酸の検量線データを示す図である。
図7では、
図6におけるCV特性のうち、電位を+0.45Vとしたときのピーク電流をプロットして検量線を得ている。
図7から明らかなように、0〜500μMの濃度範囲で直線状の検量線を得ることができた。健康診断で求められる尿酸の指標は150から450μMの範囲であることから、実施例の電気化学センサは、バイオセンサとして実用で使用することができる検出感度があることがわかった。
【0054】
上記した実施形態においては、SAM膜22はフェロセニルヘキサンチオール膜であり、このSAM膜22は尿酸に対しては選択的にメディエーターとして機能し、電気化学的に酸化する。即ち、目的物質である尿酸を酸化又は還元させる機能を有する。
これは、ファラデー反応(目的物質と電極の間で電子の移動を伴う電荷移動に関する反応)を用いた電気化学測定の一例である。
【0055】
一方、電気化学測定には、非ファラデー反応(固液界面の溶液相側に形成される電気二重層と呼ばれる極薄い厚さの相へ電荷が蓄えられる反応)を用いる場合がある。このような非ファラデー反応を用いた電気化学測定に本発明の電気化学センサを対応させるには、SAM膜に目的物質を選択的に吸着また脱離させる機能を付与すればよい。
例えば、SAM膜に目的物質が固定されることにより、溶液相側の薄層(電気二重層)が変化する様子を捉えて、上記目的物質の検出を行うことが可能となる。この電気二重層はコンデンサと看做すことができるので、キャパシタンス(μF/cm
2)を観測することにより、目的物質の検出が可能となる。
【0056】
例えば、目的物質が生体試料である抗原である場合、上記SAM膜に抗体を固定化することにより、当該SAM膜に目的物質を選択的に吸着する機能を付与することが可能となる。即ち、SAM膜上に固定された抗体と、目的物質である抗原との抗原抗体反応により抗原を選択的にSAM膜に吸着する。