【実施例】
【0026】
次に実施例を挙げて本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれに何ら限定されるものではない。詳細は、Muhammad,B, et al., Immunology,2013, p1070−1081および、そのSupplement Informationを参照。
なお、以下に示す実施例で使用した実験動物、細胞、および評価方法等に関してあらかじめ概説する。
【0027】
(1)実験動物:C57BL/6マウスは、日本エスエルシー株式会社から購入した。Tim−4欠損(Timd4
-/-)マウス、OT−1マウス、P85α
-/-マウス、GFP−LC3マウス、AMPKα1−欠損(Prkaa1
-/-)マウス、AMPKα2−欠損(Prkaa2
-/-)マウス、LysM−Prkaa1
flox/floxおよびLysM−Atg5
flox/floxマウスなどは、既に報告されている下記の文献に従って作成した。
【0028】
(2)ヒト由来サンプルの取得:北海道大学病院の倫理委員会の承認を得たプロトコールに従って、インフォームド・コンセントを取得後、癌患者および健常人から細胞を採取した。
【0029】
(3)腫瘍細胞:各種腫瘍細胞(B16−F10メラノーマ、MC38大腸癌、3LL肺癌、EL4胸腺腫、およびEG7胸腺腫)は、ATCCから入手した。B16−OVA細胞は、下記の文献に従って作成した。また、マイコプラズマの汚染の有無を公益財団法人実験動物中央研究所(川崎市、日本)の検査を受け使用した。
【0030】
(4)Tim−4発現:マクロファージ上のTim−4発現の有無は、CD68陽性細胞上のTim−4の有無をフローサイトメトリー法で測定した。その際の検出プローブには、マウス由来Tim−4に対する抗Tim−4抗体(RMT4−53)およびヒト由来Tim−4に対する抗Tim−4抗体(Clone344823;R&D Systems,Inc.)を使用した。
【0031】
(5)マウスでの抗腫瘍効果の評価においては、抗Tim−4抗体の投与は、250μg/マウス/day;days8、10および12で腹腔内投与で実施された。
【0032】
(6)下記の実施例で使用された主要な薬剤の入手先および(カタログ番号又は製品番号)を以下に記載する。
1)Compound C:MerckMillipore(171260-1MG)
2)AMPKα siRNA:Ambion(4390827)
【0033】
実施例1:Tim−4陽性マクロファージおよび樹状細胞分布の腫瘍特異性
(1)Tim−4陽性細胞群は主に腹腔内マクロファージ、CD8α陽性樹状細胞など、一部のミエロイド細胞に限局するという特徴を有する。そこで、B16−F10メラノーマ腫瘍形成マウスを用いてマクロファージTim−4発現をフローサイトメトリー法により検証した。尚、腫瘍組織としては、C57BL/6マウスの皮下にB16−F10メラノーマを1×10
5細胞移植、腫瘍が十分形成されたものを使用した。マウス細胞でのTim−4陽性細胞の検出には、抗マウスTim−4抗体(RMT4-53)を使用し、フロー・サイトメトリーで分析した。その結果、腫瘍所属リンパ節、および脾臓に比較して、腫瘍内マクロファージで高いTim−4発現を認めた(
図1A)。
【0034】
(2)その一方、腫瘍内マクロファージの起源とされる骨髄前駆細胞や炎症性単球などはTim−4発現を認めないため、腫瘍内でTim−4発現を誘導する仕組みが作動しているものと想定される。そこで、抗がん剤など様々な刺激(CDDP、X線)を受けた腫瘍細胞株の培養上清を刺激したうえで、Tim−4陰性骨髄由来マクロファージ(BMDM)におけるTim−4誘導能を検証したところ、抗がん剤刺激により細胞死に陥った腫瘍細胞上清の刺激によるTim−4誘導は、無治療腫瘍細胞上清に比較して3〜4倍のTim−4誘導活性を有することが判明した。この誘導能の差に寄与する因子を検索したところ、抗がん剤処理(CDDP)により腫瘍細胞より放出されるHMGB−1、ATP、S100A8、Monosodium urateなど多様なDAMPsが、Tim−4発現誘導に重要な役割を果たしていることを明らかとした(
図1−B)。
(3)更にまた、健常人(HV)の末梢血(PBL)、ならびにステージIVの癌患者の末梢血、および当該癌組織由来のマクロファージおよび樹状細胞において、それらの中でのTim−4陽性細胞の存在割合を調べた。尚、癌組織及び癌患者の末梢血は、インフォームド・コンセントを得たステージIVの3人の癌患者(非小細胞肺癌、大腸癌、および胃癌)から採取した。その中からFicoll−Hypaqueによる密度勾配遠心処理等で、マクロファージ(Mφ)および樹状細胞(DC)を取得。Tim−4陽性細胞の検出には、抗ヒトTim−4抗体(Clone 344823)を使用し、フロー・サイトメトリーで分析した。その結果、ヒトの場合においても明らかに癌組織由来のマクロファージまたは樹状細胞においてTim−4陽性細胞の存在比率が非常に高い(約80%)ことが判明した(
図1C)。
【0035】
(4)以上より、腫瘍内自然免疫応答を司る重要な因子であるDAMPsは、免疫抑制因子であるTim−4発現誘導に寄与することによって、腫瘍内炎症応答のNegative feedbackに関与している可能性がある。
【0036】
実施例2:Tim−4陽性マクロファージにおけるオートファジー小胞体の存在
(1)この腫瘍内マクロファージに発現するTim−4の機能的意義を明らかにするため、我々は野生型マウスおよびTim−4遺伝子欠損マウスから腫瘍内マクロファージを各々分離し、抗がん剤処理後アポトーシス細胞死を誘導した腫瘍細胞(以後死がん細胞)の貪食活性を比較検証したところ、Tim−4欠損マクロファージは野生型マクロファージ同様に、死がん細胞の貪食に貢献することを見出した。その一方で、リソゾームによるがん細胞の消化分解能は、Tim−4欠損マクロファージで明らかに劣っていた。これらの結果から、Tim−4は、リソゾーム活性による死がん細胞の分化・消化を促進する機能を有することが明らかとなった。
【0037】
(2)リソゾームによる細胞内器官や死細胞分解機構として、オートファジーの役割が注目されている。その他、オートファジーは発がん抑制、免疫応答修飾など多様な生体制御に影響を及ぼす点で重要な生理学的特性であると考えられている。我々は、Tim−4陽性腫瘍マクロファージでは、死がん細胞貪食により特異的に、オートファジー活性が認められることを同定した。すなわち、Tim−4陽性マクロファージでは、抗がん剤(CDDP)処理により死滅したがん細胞貪食によりオートファジー活性の指標であるLC3顆粒状変化を呈する。それに対してアミノ酸飢餓によるオートファジー活性はTim−4に依存しない(
図2A)。Tim−4陽性マクロファージでは、死滅細胞を取り込む二重膜構造を有するオートファジー小胞体が多数出現する。一方、Tim−4欠損マクロファージは、死滅がん細胞貪食によるオートファジー小胞体形成に乏しい(
図2B)。
【0038】
実施例3:オートファジー活性の「Tim−4−AMPKα1相互作用」依存性
(1)このオートファジー活性は、Tim−4による死がん細胞の貪食反応に遅れること45〜60分で認められることから、細胞貪食に続くTim−4活性がオートファジー応答の引き金となることが想定された。この応答を仲介する分子メカニズムとして、オートファジー応答制御に関わるPI3K−mTOR経路に着目し、阻害剤によるスクリーニングを施行したところ、Tim−4がAMP−activated kinase−α1 (AMPKα1)との相互作用を介して、AMPKα1リン酸化およびULK1(Atg1)リン酸化を誘導し、オートファジー活性化に繋がることが明らかとなった。興味深いことに、このTim−4とAMPKα1相互作用は腫瘍内マクロファージに特異的で、腹腔内マクロファージなど他のTim−4陽性細胞には認められない分子機構であった。
より詳細には、CDDPで処理されたEG7がん細胞を用いて、EG7がん細胞貪食の4時間後におけるTIM−4とAMPKα1の局在を、共焦点顕微鏡にて可視化することで検証した。その結果、腫瘍内マクロファージのTim−4はAMPKα1との相互作用能を有し、死滅EG7がん細胞貪食により、その相互作用能は増強する(
図3A)。
また、CDDPで処理されたEG7がん細胞又はグルコース飢餓(glucose starvation:GS)のEG7がん細胞を用いて、Tim−4陽性マクロファージ、Tim−4欠損マクロファージ及び腹腔内マクロファージにおけるAMPKα1のリン酸化活性を検討した。その結果、腫瘍内TIM−4陽性マクロファージは、抗がん剤処理により死滅したEG7がん細胞貪食によりAMPKα1リン酸化活性を誘導する。その一方、Tim−4陰性マクロファージや腹腔内マクロファージでは、死滅がん細胞貪食時においてAMPKα1活性を認めない。陽性コントロールであるグルコース飢餓では、細胞種に関わらず、AMPKα1活性を示す(
図3B)。
また、腫瘍内マクロファージ及び腹腔内マクロファージのAMPKα1、Tim−4、及びそれらの結合体を測定した。その結果、腫瘍内マクロファージでは、死滅がん細胞貪食に伴いTim−4とAMPKα1の細胞内共局在を認めるのに対して、腹腔内マクロファージではTim−4は細胞表面に留まることで、AMPKα1との相互作用を認めない(
図3C)。
【0039】
(2)以上より、腫瘍内マクロファージによる免疫抑制メカニズムとして、Tim−4−AMPK相互作用を中心とした腫瘍微小環境に特異的な分子経路(以下、「TIM-4−AMPKα1−オートファジー経路」と称する。)の存在を明らかとした。
【0040】
実施例4:Tim−4陽性マクロファージにおける抗原提示能
(1)マクロファージをはじめとした抗原提示細胞は、ファゴゾームにて消化分解された死がん細胞から、免疫プロテアソームなど他の細胞分解経路を利用することで、がんに特異性の高い抗原・ペプチドを生成する仕組みを潜在的に備えていると想定できる。そこで、Tim−4−AMPKα1相互作用を介したオートファジー活性が、死がん細胞貪食・分解経路による抗原提示機構に及ぼすインパクトを検証するため、死滅EG7癌細胞を貪食したBMDMsで刺激されたOT−1細胞でのINFγ産性能を指標に、AMPKα特異的siRNAの効果、もしくは抗Tim−4抗体の効果を調べた。死滅EG7がん細胞を貪食したTIM-4陽性マクロファージのコントロール群では、抗TIM-4抗体の添加によりINF-γの顕著な産生向上が認められ、抗原提示能が上昇し腫瘍特異免疫活性の向上が生じたことがうかがえる。一方、同じくTIM-4陽性マクロファージでもAMPKαのsiRNAを添加した場合は、抗TIM-4抗体添加の有無に係らず高いINF-γの産生が認められており、TIM-4-AMPKαの系が抗原提示能に係っていること、すなわち、抗TIM-4抗体はオートファジー活性化に負の影響を与えていることが示唆される(
図4A)。また、AMPKの阻害剤であるCompound Cの添加がTim−4陽性BMDMsで刺激されたTCR-Vβ5陽性 OT−1細胞のINFγ産性能を増強することが示された(
図4B)。これらのことからも、腫瘍特異的マクロファージにおける「TIM-4−AMPKα1−オートファジー経路」を介した腫瘍抗原提示システムの存在が示される。
【0041】
実施例5:OVA発現B16メラノーマ移植マウスにおけるシスプラチンの抗腫瘍効果
抗がん剤による腫瘍細胞死の誘導は、炎症性DAMPsの産生亢進を介して、腫瘍内炎症応答の活性化をもたらすとともに、腫瘍内マクロファージによるTim−4発現誘導に寄与することが判明している。以上より、抗がん剤はDAMPsによるTim−4発現制御を介して、マクロファージの腫瘍抗原提示能と特異的CTL活性の抑制を引き起こし、宿主免疫応答を負に制御しているものと想定される。この仮説を検証するため、Tim−4欠損あるいは野生型マウスとマクロファージ特異的Atg5欠損マウス由来骨髄細胞を致死性放射線で処置した野生型マウスに1:1で混合移植したキメラモデルを作成することで、マクロファージ特異的オートファジーによる機能にTim−4が果たす役割を生体内で明らかにすることが可能となる。さらに、このキメラマウスに対して、OVA特異的なCD8+T細胞移入とOVA発現B16メラノーマ(B16−OVA)を移植することで、OVA特異的なT細胞免疫の関与を生体内で検証できる系を構築した(
図5A)。
【0042】
上記骨髄キメラモデルを対象にして、抗がん剤(シスプラチン)の抗腫瘍効果に及ぼす役割を検証した。野生型−マクロファージ特異的Atg5欠損マウス由来骨髄キメラマウス(LysM−Atg5
-/-/WT)では、シスプラチン単独による抗腫瘍効果は不十分であったが、Tim−4欠損−Atg5欠損マウス由来骨髄キメラマウス(LysM−Atg5
-/-/TIM4−KO)においては、シスプラチン単独で充分な抗腫瘍効果が発揮された。以上より、マクロファージTim−4はオートファジー活性を介して抗腫瘍免疫応答を抑制することによって、抗がん剤による抗がん効果を負に制御している(
図5B)。
【0043】
以上よりTim−4陽性マクロファージは、AMPKα1とオートファジー活性を介して腫瘍抗原の提示能や抗原特異的T細胞応答を負に制御することにより、抗がん剤の治療応答の抑制に大きな役割を果たしていることを明らかとした。
【0044】
実施例6:MC38大腸癌移植マウスにおける癌化学療法剤と抗Tim−4抗体の併用効果
更に、in vivoでの抗Tim−4抗体(RMT4-53)の効果を調べるためにMC38大腸癌を移植したAtg5
flox/floxキメラマウスにおける抗腫瘍効果を、シスプラチンとコントロール抗体投与およびシスプラチンと抗Tim−4抗体の併用投与の場合で比較した(
図6A)。腫瘍組織としては、マウスの皮下にMC38大腸癌を1×10
5細胞移植、移植後8日目、10日目、および12日目に抗Tim−4抗体とCDDPを共に腹腔内投与し、経時的に腫瘍のサイズを計測、抗腫瘍効果を評価した。Atg5
flox/floxマウスにおいてはCDDPとコントロール抗体の併用投与群での腫瘍増殖は、非投薬群(NT)と同様であり抗腫瘍効果が殆ど認められなかったが、抗Tim−4抗体とCDDPの併用投与群では、顕著な腫瘍縮小効果が認められた。一方、LysM-Atg5
-/-マウスでは、CDDPとコントロール抗体の併用投与群とCDDPと抗TIM-4抗体の併用投与群とでは、抗腫瘍効果に差異は認められなかった。すなわち、「TIM-4-AMPKα1−オートファジ経路」が機能しているTIM-4陽性マクロファージが腫瘍内に存在する担癌動物においては、抗Tim−4抗体は、CDDPの抗腫瘍作用を増強する効果があることを明らかにした。
【0045】
尚、近年の研究により,オキサプラチン(OXP)やドキソルビシン(DOX)等の一部の腫瘍細胞傷害性抗がん剤は、免疫原性の高い細胞死(imuunogenic cell death:ICD)を誘導することにより,自然免疫におけるシグナル伝達や抗腫瘍能を誘導することが報告されている。一方、CDDPやマイトマイシン(MMC)等は、ICDを誘導しない抗がん剤(non−ICD)群に属することが知られている。これら両者について、TIM-4−オートファジー経路に与える影響に差異があるか否か調べた。
図6Bに示すようにいずれの群の腫瘍細胞傷害性抗がん剤においても、死滅がん細胞にさらされたTIM-4陽性マクロファージで刺激されたOT-1細胞からのINF-γの産生は、抗TIM-4抗体の添加により、同様に大幅に向上することが確認された。すなわち、これらの結果は、
図6AのCDDPで示された抗TIM-4抗体との併用投与における担癌動物での併用効果は、ICD群のみならずnon−ICD群の腫瘍細胞傷害性抗がん剤においても同様であると考えられる。ちなみに、OXPでも同様の併用効果が確認された(Muhammad,B, et al., Immunology,2013, p1070−1081のSupplement Information中のFig.S5-Cを参照。)
【0046】
なお、本実施例で用いた抗Tim−4抗体の調製方法は、次のとおりである。
ICR−nu(Crlj:CD1−Foxn1
nu)マウスに500μLの2,6,10,14−テトラメチルペンタデカンを腹腔内投与する。3日後、300μLのリン酸緩衝生理食塩水(Phosphate Buffered Saline:PBS)に懸濁した1×10
7個RMT4−53ハイブリドーマ(NITE P−01803)を腹腔内投与する。1・2週間後、腹水を採取。採取した腹水の2倍量の0.06M Acetate buffer(pH4.0)を撹拌しながら少量ずつ加える。1N NaOHを適量加え、pHを4.8に調整する。Octanoic acidを330μL/腹水10mLの分量で撹拌しながら少量ずつ加える。室温で30分撹拌。8,000g、室温30分遠心。遠心上清を濾紙で濾過して、HEPES緩衝液(4−(2−HydroxyEthyl)−1−PiperazineEthaneSulfonic acid)を20mM(4.7662mg/mL)になるように加える。pH7.4に調整。硫酸アンモニウムを3.13g/10mLになるように撹拌しながら少量ずつ加える。室温で30分撹拌。8,000g、室温30分遠心。遠心上清を捨て5mLのPBSで溶解後、孔径(ポアサイズ)50 Angstroms(分画分子量(MWCO)14,000)の透析チューブに入れ、2L PBSで5時間以上、5回以上繰り返し透析を行う。透析後、抗体を含む溶液は0.2μmシリンジフィルターを通して、無菌状態にしてから使用する。
なお、本発明者らが作製した抗TIM-4抗体(RMT4−53)を産生するハイブリドーマは、独立行政法人製品評価技術基盤機構、特許微生物寄託センター(日本国千葉県木更津市かずさ鎌足2−5−8)に平成26年2月20日に寄託されており、その受託番号はNITE P−01803である。