【課題】導体とエナメル層の密着力を向上させることにより耐摩耗性及び耐熱老化特性のいずれにも優れ、さらに導体破断強度の低下の抑制にも優れ、かつ部分放電開始電圧の高い絶縁ワイヤ及びその製造方法を提供する。
【解決手段】アルミニウム導体を使用した絶縁ワイヤであって、該アルミニウム導体上にカルボキシ基を含むワニスを、直接焼き付けてなる密着層を有し、該密着層の外層に絶縁層を有し、さらに該絶縁層の外層に補強絶縁層を有する絶縁ワイヤ及びその製造方法。
アルミニウム導体を使用した絶縁ワイヤであって、該アルミニウム導体上にカルボキシ基を含むワニスを焼き付けてなる密着層を有し、該密着層の外層に絶縁層を有し、さらに該絶縁層の外層に補強絶縁層を有することを特徴とする絶縁ワイヤ。
前記絶縁層を構成する樹脂が、融点180℃以上の結晶性樹脂またはガラス転移温度180℃以上の非晶性樹脂であることを特徴とする請求項1または2に記載の絶縁ワイヤ。
前記絶縁層を構成する樹脂が、ガラス転移温度180℃以上の熱硬化性樹脂からなり、該絶縁層を構成する樹脂の50質量%を超える樹脂が、ポリアミドイミドまたは/およびポリイミドであることを特徴とする請求項1〜6のいずれか1項に記載の絶縁ワイヤ。
前記絶縁層を構成する樹脂が、ガラス転移温度180℃以上の熱硬化性樹脂からなり、該絶縁層を構成する樹脂の50質量%を超える樹脂が、ポリアミドイミドおよびポリイミドの混合樹脂であることを特徴とする請求項1〜7のいずれか1項に記載の絶縁ワイヤ。
前記補強絶縁層が、ポリエーテルエーテルケトン、熱可塑性ポリイミドおよびポリフェニレンスルフィドから選択される少なくとも1種を含有する熱可塑性樹脂で構成され、かつ該熱可塑性樹脂を押出成形してなることを特徴とする請求項1〜8のいずれか1項に記載の絶縁ワイヤ。
アルミニウム導体を使用した絶縁ワイヤの製造方法であって、該アルミニウム導体上にカルボキシ基を含むワニスを焼き付けて密着層を形成し、該密着層の外層に絶縁層を設けた後、該絶縁層の外層に熱可塑性樹脂を押出成形して補強絶縁層を形成し、製造することを特徴とする絶縁ワイヤの製造方法。
【発明を実施するための形態】
【0020】
本発明は、例えば、
図1および
図2に示すように、アルミニウム導体1(以下、単に「アルミ導体」とも称す。)の外周に、少なくとも1層の密着層2および絶縁層3と、その外側に少なくとも1層の補強絶縁層4を有する。
本発明においては、密着層2、絶縁層3および補強絶縁層4の合計厚さは、50μm以上が好ましく、密着層2および絶縁層3の合計厚さは、85μm以下が好ましく、補強絶縁層4の厚さは200μm以下が好ましい。また、絶縁層3を構成する樹脂の融点またはガラス転移温度は180℃以上が好ましい。
なお、
図1および
図2においては、補強絶縁層4の外側にさらに最外層5を設けているが、最外層5を設けることは必須ではなく、補強絶縁層4が最外層5となっていてもよい。
【0021】
本発明の絶縁ワイヤは、アルミ導体と密着層との密着力および部分放電開始電圧が高く、さらに導体破断強度の低下の抑制にも優れ、かつ長期間にわたって優れた耐熱老化特性を維持できる。
従って、本発明の絶縁ワイヤは、耐熱巻線用として好適であり、例えば、インバータ関連機器、高速スイッチング素子、インバータモーター、変圧器等の電気機器コイルや宇宙用電気機器、航空機用電気機器、原子力用電気機器、エネルギー用電気機器、自動車用電気機器用のマグネットワイヤ等に用いることができる。特に耐インバータサージ絶縁ワイヤとして好ましく適用できる。
【0022】
本発明の一つの好適な実施態様は、例えば、
図1に示すように、導体1が矩形状の断面を有し、該断面において対向する一方の2辺および他方の2辺のそれぞれの辺が、いずれも密着層2、絶縁層3および補強絶縁層4を有し、これらの辺のうちの少なくとも対向する一方の2辺の各々の辺において、密着層2、絶縁層3および補強絶縁層4の合計厚さが、ともに、特定の厚さを有するものである。
すなわち、本発明の一つの好適な実施態様は、矩形状の断面を有する導体1の外周に、少なくとも1層の密着層2および絶縁層3と、その外側に少なくとも1層の補強絶縁層4を有し、該断面において、該断面において対向する一方の2辺の各々の辺において、いずれも密着層2、絶縁層3および補強絶縁層4の合計厚さが、50μm以上、密着層2および絶縁層3の合計厚さが85μm以下、補強絶縁層4の厚さが200μm以下の絶縁ワイヤである。
【0023】
密着層、絶縁層および補強絶縁層の合計厚さは、50μm〜250μmがより好ましく、80μm〜230μmがさらに好ましく、100μm〜200μmが特に好ましい。
密着層および絶縁層の合計厚さは、20μm〜85μmが好ましく、30μm〜60μmがさらに好ましく、35μm〜50μmが特に好ましい。
補強絶縁層の厚さは、30μm〜200μmが好ましく、50μm〜180μmがさらに好ましく、70μm〜150μmが特に好ましい。
【0024】
この合計厚さは、それぞれの辺で、同一であっても異なっていてもよく、ステータースロットに対する占積率の観点から以下のように異なっているのが好ましい。
すなわち、モーター等のステータースロット内で起きる部分放電には、スロットと電線の間で起きる場合、および電線と電線の間で起きる場合の2種類ある。そこで、絶縁ワイヤの断面形状において、絶縁層のフラット面8に設けられた補強絶縁層の厚さと、絶縁層のエッジ面9に設けられた補強絶縁層の厚さとが異なる絶縁ワイヤを用いることによって、部分放電開始電圧の値を維持しつつ、モーターのステータースロット内の全断面積に対する導体のトータル断面積の割合(占積率)を向上させることができる。
なお、
図3に示すように、フラット面8とは平角線の矩形状の導体1において、対向する2辺のうち長辺の対を表し、エッジ面9とは平角線の矩形状の導体1において、対向する2辺のうち短辺の対を表す。また、密着層、絶縁層、補強絶縁層、最外層等の層をまとめて被膜層7として示した。
【0025】
スロット10内に1列にエッジ面9とフラット面8での厚さが異なる電線(絶縁ワイヤ6)を並べるとき、スロット10と電線(絶縁ワイヤ6)の間で放電が起きる場合は、
図4に示すように、スロット10に対して厚膜面が接するように並べ、隣あう電線(絶縁ワイヤ6)間の膜厚は薄い方で並べる。膜厚が薄い分より多くの本数を挿入することができ、占積率は向上し、かつ、部分放電開始電圧の値を維持できる。同様に電線(絶縁ワイヤ6)と電線(絶縁ワイヤ)の間で放電が起きやすい場合は、膜厚の厚い面を電線(絶縁ワイヤ6)と接する面にして、スロット10に面する方は薄くすると必要以上にスロット10の大きさを大きくしないため、占積率は向上し、かつ、部分放電開始電圧の値を維持できる。
【0026】
この好適な実施態様において、放電が起きる方の2辺に形成された各々の辺において、ともに密着層、絶縁層および補強絶縁層の合計厚さが所定の厚さであれば、他方の2辺に形成された合計厚さがそれより薄くても部分放電開始電圧を維持することができ、モーターのステータースロット内の全断面積に対する導体のトータル断面積の割合(占積率)を上げることもできる。従って、一方の2辺および他方の2辺に設けられた各々の辺において、密着層、絶縁層および補強絶縁層の合計厚さは、放電が起きる方の2辺、すなわち、対向する少なくとも一方の2辺の各々の辺の密着層、絶縁層および補強絶縁層の合計厚さが、ともに50μm以上であればよく、好ましくは一方の2辺および他方の2辺共に、すなわち、4つの辺において、いずれも50μm以上である。
【0027】
補強絶縁層の厚さが、該断面の一対の対向する2辺と他の一対の対向する2辺とで異なる場合は、一対の対向する2辺の厚さを1とした時、もう1対の対向する2辺の厚さは1.01〜5の範囲にすることが好ましく、1.01〜3の範囲にすることがより好ましい。
【0028】
(導体)
本発明の絶縁ワイヤにおける導体としては、絶縁ワイヤで用いられているアルミニウム(以下、単に「アルミ」とも称す。)を広く使用することができるが、好ましくは、アルミの純度(含有量)が95%以上、より好ましくは98%以上、さらに好ましくは99%以上の高純度のアルミニウム導体である。アルミニウム含有量が95%以上であれば、加熱老化による劣化を抑制できる。また酸素成分が少ないと、溶接した場合に外観不良を起こす確率を大幅に低減可能である。
【0029】
導体はその横断面が所望の形状のものを使用でき、円形(丸)、矩形(平角)あるいは六角形等いずれの形状でも構わないが、ステータースロットに対する占積率の点で、円形以外の形状を有するものが好ましく、特に矩形のものが好ましい。
導体の大きさは特に限定されないが、断面が円形の場合は直径で0.3〜3.0mmが好ましく、0.4〜2.7mmがより好ましい。
平角形状の導体は、角部からの部分放電を抑制するという点において、
図1および3に示すように4隅に面取り(曲率半径r)を設けた形状であることが望ましい。曲率半径rは、0.6mm以下が好ましく、0.2〜0.4mmがより好ましい。
断面が矩形である場合も、導体の大きさは特に限定されないが、幅(長辺)は1〜5mmが好ましく、1.4〜4.0mmがより好ましく、厚さ(短辺)は0.4〜3.0mmが好ましく、0.5〜2.5mmがより好ましい。幅(長辺)と厚さ(短辺)の長さの割合は、1:1〜1:4が好ましい。
【0030】
(密着層)
本発明において、密着層とは導体と接している熱硬化性樹脂層であり、さらに接している成分が変わらない限り1層として扱うものである。すなわち、熱硬化性樹脂で少なくとも1層に形成され、導体上に直接塗られている限りにおいて1層であっても複数層であってもよい。なお、熱硬化性樹脂を含むワニスを導体上に直接塗布、焼付けを行い、厚さを増すために複数回、同じワニスを使用して、塗布、焼付けを繰り返す場合は1層である。
本発明において密着層の厚さは、皮膜全体の強度を考慮すると20μm未満が好ましく、一方、ステータースロットに対する占積率の観点から、上限値は15μm以下がより好ましく、10μm以下がさらに好ましく、5μm以下が特に好ましい。
密着層の厚さの下限は、1μm以上が好ましく、3μm以上がより好ましい。
【0031】
本発明では、密着層は、カルボキシ基を含むワニスを導体上に直接塗布し、焼き付けて形成する。少なくとも該ワニスは、ワニス状態では含有する樹脂にカルボキシ基が存在する。
本発明では、このようなワニスを使用することで、焼付け後の条件によらずアルミニウム導体との密着力を十分に高くすることが可能である。これは、適量存在するカルボキシ基がアルミニウムとイオン結合や錯結合によって強固に結合することによるものである。
【0032】
ここで、カルボキシ基を有する樹脂は、ポリマー主鎖もしくは側鎖に直接もしくは連結基を介してカルボキシ基を有する、または、ポリマーの主鎖もしくは側鎖の末端にカルボキシ基を有するものであり、このカルボキシ基は無機もしくは有機の塩であってもよく、金属・アルコール等の封止材で保護されていてもよい。
【0033】
カルボキシ基を有する樹脂1gの酸価(遊離の酸を中和するのに必要なKOHのmg/g)は、10〜250mg/gが好ましく、50〜230mg/gがより好ましく、80〜220mg/gがさらに好ましい。
【0034】
カルボキシ基を有する樹脂としては、例えば、ポリイミド(PI)、ポリアミドイミド、ポリエステル、ポリエステルイミド、ポリエーテルイミド、ポリアミック酸の塗料があり、焼付けによって反応するものであってよい。
【0035】
密着層を形成する熱硬化性樹脂としては、従来用いられているものを使用することができ、例えば、ポリイミド(PI)、ポリアミドイミド(PAI)、ポリエステルイミド(PEsI)、ポリエーテルイミド(PEI)、ポリイミドヒダントイン変性ポリエステル、ポリアミド(PA)、ホルマール、ポリウレタン、ポリエステル(PEst)、ポリビニルホルマール、エポキシ、ポリヒダントインが挙げられる。耐熱性に優れる点から、ポリイミド(PI)、ポリアミドイミド(PAI)、ポリエステルイミド(PEsI)、ポリエーテルイミド(PEI)、ポリイミドヒダントイン変性ポリエステルなどのポリイミド系樹脂が好ましい。エナメル樹脂は、これらを1種、単独で使用してもよく、また2種以上を混合して使用してもよい。
【0036】
ポリアミドイミド(PAI)としては、特に制限はないが、通常の方法により、例えば極性溶媒中でトリカルボン酸無水物とジイソシアネート類を直接反応させて得たもの、極性溶媒中でトリカルボン酸無水物にジアミン類を混合しジイソシアネート類でアミド化して得たもの等を用いることができる。市販のポリアミドイミドとしては、HI−406(日立化成(株)社製、商品名)等を用いることもできる。
【0037】
ポリイミド(PI)としては、特に制限はないが、例えば、熱硬化性芳香族ポリイミド等の通常のポリイミド樹脂、芳香族テトラカルボン酸二無水物と芳香族ジアミン類を極性溶媒中で反応させて得られるポリアミド酸(ポリアミック酸)溶液を用い、絶縁皮膜を形成する際の焼付け時の加熱処理によりイミド化させることで熱硬化させるもの等を用いることができる。市販のポリイミドとしては、Uイミド(登録商標)(ユニチカ社製)、U−ワニス(宇部興産社製、商品名)、HCIシリーズ(日立化成社製、商品名)、オーラム(登録商標)(三井化学社製)等を用いることもできる。
【0038】
ポリエステル(PEst)としては、特に制限はないが、芳香族ポリエステルにフェノール樹脂等を添加することによって変性したもの等を用いることができる。具体的には、耐熱クラスがH種のポリエステル樹脂が挙げられ、市販のH種ポリエステル樹脂としては、Isonel200(スケネクタディインターナショナル社製、商品名)等を用いることができる。
【0039】
ポリエステルイミド(PEsI)としては、特に制限はないが、通常の方法により、例えば極性溶媒中でトリカルボン酸無水物とジイソシアネート類を直接反応させイミド骨格を形成した後、触媒存在下においてジオール類を反応させて得たもの、極性溶媒中でトリカルボン酸無水物にジアミン類を混合しイミド骨格を形成し、その後ジオール類と反応させることによって合成されたもの等を用いることができる。市販のポリエステルイミドとしては、Neoheat 8200K2、Neoheat 8600、LITON 3300(いずれも東特塗料社製、商品名)等を用いることができる。
【0040】
ポリエーテルイミド(PEI)としては、特に制限はないが、通常の方法により、例えば、芳香族テトラカルボン酸二無水物と芳香族ジアミノエーテルを反応、加熱させて得たもの等を用いることができる。市販のポリエーテルイミドとしては、ウルテム(登録商標)(SABICイノベーティブプラスチックス社製)等を挙げることができる。
【0041】
ここで、ポリアミック酸とはp−フェニレンジアミン等の芳香族ジアミン類と、ピロメリット酸二無水物等のテトラカルボン酸二無水物等を原料とし、N−メチル−2−ピロリドン(NMP)等の溶媒中で付加重合させることにより得られたものである。ポリアミック酸を含むワニスを導体上に塗布し、高温で焼きつけることにより溶媒が除去されるとともに、イミド化反応が進行し、耐熱性や耐薬品性、電気絶縁性に優れた重合体を得ることが可能である。
【0042】
テトラカルボン酸二無水物としては、特に限定されないが、耐熱性や機械強度が向上することから芳香族テトラカルボン酸が好ましい。例えば、ピロメリット酸二無水物、3,3’,4,4’−ビフェニルテトラカルボン酸二無水物、3,3’,4,4’−ベンゾフェノンテトラカルボン酸二無水物、4,4’−オキシジフタル酸無水物、および3,3’,4,4’−ジフェニルスルホンテトラカルボン酸二無水物等が挙げられる。これらの中でも、反応性の観点から、3,3’,4,4’−ビフェニルテトラカルボン酸二無水物、3,3’,4,4’−ベンゾフェノンテトラカルボン酸二無水物が好ましい。
【0043】
芳香族ジアミン類としては、特に限定されないが、例えば、o−フェニレンジアミン、m−フェニレンジアミン、p−フェニレンジアミン、2,4−ジアミノトルエン、2,5−ジアミノトルエン、2,4−ジアミノキシレン、2,3,5,6−テトラメチル−1,4−フェニレンジアミン、1,5−ジアミノナフタレン、2,6−ジアミノナフタレン、4,4’−ジアミノターフェニル、4,4’−ジアミノビフェニルメタン、1,2−ビス(アニリノ)エタン、ジアミノビフェニルスルホン、2,2−ビス(p−アミノフェニル)プロパン、3,3’−ジメチル−4,4’−ジアミノビフェニル、3,3’−ジメチル−4,4’−ジアミノジフェニルエーテル、1,4−ビス(p−アミノフェノキシ)ベンゼン、4,4’−ビス−(p−アミノフェノキシ)ビフェニルが挙げられる。
【0044】
熱硬化性樹脂中に存在するカルボキシ基は、樹脂性能を阻害しない量の範囲でアルミ導体と相互作用することで、導体と密着層との密着性に優れた効果を示すため、熱硬化性樹脂の酸価(遊離の酸を中和するのに必要なKOHのmg/g)としては、10〜250mg/gが好ましく、50〜230mg/gがより好ましく、80〜220mg/gがさらに好ましい。
【0045】
樹脂のワニス化に使用する溶剤としては、熱硬化性樹脂の反応を阻害しない限りは特に制限はなく、例えば、N−メチル−2−ピロリドン(NMP)、N,N−ジメチルアセトアミド(DMAc)、N,N−ジメチルホルムアミド(DMF)等のアミド系溶媒、N,N−ジメチルエチレンウレア、N,N−ジメチルプロピレンウレア、テトラメチル尿素等の尿素系溶媒、γ−ブチロラクトン、γ−カプロラクトン等のラクトン系溶媒、プロピレンカーボネート等のカーボネート系溶媒、メチルエチルケトン、メチルイソブチルケトン、シクロヘキサノン等のケトン系溶媒、酢酸エチル、酢酸n−ブチル、ブチルセロソルブアセテート、ブチルカルビトールアセテート、エチルセロソルブアセテート、エチルカルビトールアセテート等のエステル系溶媒、ジグライム、トリグライム、テトラグライム等のグライム系溶媒、トルエン、キシレン、シクロヘキサン等の炭化水素系溶媒、スルホラン等のスルホン系溶媒が挙げられる。
【0046】
これらの中でも、高溶解性、高反応促進性等の点でアミド系溶媒、尿素系溶媒が好ましく、加熱による架橋反応を阻害しやすい水素原子をもたない等の点で、N−メチル−2−ピロリドン(NMP)、N,N−ジメチルアセトアミド(DMAc)、N,N−ジメチルエチレンウレア、N,N−ジメチルプロピレンウレア、テトラメチル尿素がより好ましく、N−メチル−2−ピロリドンが特に好ましい。
【0047】
また、ワニスにおける樹脂濃度は、焼付け回数を低減する観点から高濃度であることが好ましく、15〜55質量%であることが好ましく、30〜45質量%であることがより好ましい。
【0048】
(絶縁層)
絶縁層に使用できる熱可塑性樹脂としては、ポリアミド(PA)(ナイロン)、ポリアセタール(POM)、ポリカーボネート(PC)、ポリフェニレンエーテル(変性ポリフェニレンエーテルを含む)、ポリブチレンテレフタレート(PBT)、ポリエチレンテレフタレート(PET)、シンジオタクチックポリスチレン樹脂(SPS)、ポリエチレンナフタレート(PEN)、超高分子量ポリエチレン等の汎用エンジニアリングプラスチックの他、ポリスルホン(PSF)、ポリエーテルスルホン(PES)、ポリフェニレンスルフィド(PPS)、ポリアリレート(PAR)、ポリエーテルケトン(PEK)、ポリアリールエーテルケトン(PAEK)、ポリエーテルエーテルケトン(PEEK)、非晶性熱可塑性ポリイミド樹脂、熱可塑性ポリイミド樹脂(TPI)、ポリアミドイミド(PAI)、ポリエステルイミド(PEsI)、液晶ポリエステル等のスーパーエンジニアリングプラスチック、さらに、ポリエチレンテレフタレート(PET)、ポリエチレンナフタレート(PEN)をベース樹脂とするポリマーアロイ、ABS/ポリカーボネート、ポリフェニレンエーテル/ナイロン6,6、ポリフェニレンエーテル/ポリスチレン、ポリブチレンテレフタレート/ポリカーボネート等の前記エンジニアリングプラスチックを含むポリマーアロイが挙げられる。
本発明においては、耐熱性と耐ストレスクラック性の点において、シンジオタクチックポリスチレン樹脂(SPS)、ポリフェニレンスルフィド(PPS)、ポリアリールエーテルケトン(PAEK)、ポリエーテルエーテルケトン(PEEK)、熱可塑性ポリイミド樹脂(TPI)を特に好ましく用いることができる。
また、上記に示した樹脂名によって使用樹脂が限定されるものではなく、先に列挙した樹脂以外にも、それらの樹脂より性能的に優れる樹脂であれば使用可能であるのは勿論である。
【0049】
これらのうち結晶性熱可塑性樹脂としては、例えば、ポリアミド(PA)、ポリアセタール(POM)、ポリブチレンテレフタレート(PBT)、ポリエチレンテレフタレート(PET)、ポリフェニレンスルフィド(PPS)、超高分子量ポリエチレン等の汎用エンジニアリングプラスチック、ポリエーテルエーテルケトン(PEEK)ポリエーテルケトン(PEK)、ポリアリールエーテルケトン(PAEK)(変性PEEKを含む)、熱可塑性ポリイミド樹脂(TPI)が挙げられる。また、上記結晶性樹脂を用いたポリマーアロイが挙げられる。一方、非晶性熱可塑性樹脂としては、例えば、ポリカーボネート(PC)、ポリフェニレンエーテル、ポリアリレート、シンジオタクチックポリスチレン樹脂(SPS)、ポリアミドイミド(PAI)、ポリベンゾイミダゾール(PBI)、ポリスルホン(PSF)、ポリエーテルスルホン(PES)、ポリエーテルイミド(PEI)、ポリフェニルサルホン(PPSU)、非晶性熱可塑性ポリイミド樹脂などが挙げられる。
【0050】
絶縁層に使用できる熱硬化性樹脂としては、例えば、ポリイミド(PI)、ポリエステルイミド、ポリアミドイミド、フェノール樹脂、エポキシ樹脂、ポリウレタン、不飽和ポリエステル樹脂、メラミン樹脂、ユリア樹脂、ジアリルフタレート樹脂、ポリベンゾイミダゾール等が挙げられる。なお、これらの熱硬化性樹脂は変性されていてもよく、例えば、シリカハイブリッドポリイミド等が挙げられる。
本発明においては、可とう性と耐熱性が共に優れるという点において、ポリイミド、ポリアミドイミド、ポリエステルイミドが好ましく、ポリイミド、ポリアミドイミドがより好ましい。
また、上記に列挙した樹脂以外にも、それらの樹脂より性能的に優れる樹脂であれば使用可能であるのは勿論である。
【0051】
本発明においては、特性に影響を及ぼさない範囲で、絶縁層を形成する熱硬化性樹脂に対して、気泡化核剤、酸化防止剤、帯電防止剤、紫外線防止剤、光安定剤、蛍光増白剤、顔料、染料、相溶化剤、滑剤、強化剤、難燃剤、架橋剤、架橋助剤、可塑剤、増粘剤、減粘剤、およびエラストマー等の各種添加剤を配合してもよい。また、得られる絶縁ワイヤに、絶縁層とは別に、これらの添加剤を含有する樹脂からなる層を積層してもよいし、これらの添加剤を含有する塗料をコーティングしてもよい。
【0052】
本発明においては、これら熱可塑性樹脂および熱硬化性樹脂の中でも、結晶性の熱可塑性樹脂については、融点は、180℃以上が好ましく、240℃以上がより好ましく、250℃以上がさらに好ましい。また、非晶性の熱可塑性樹脂または熱硬化性樹脂については、ガラス転移温度は、180℃以上が好ましく、240℃以上がより好ましく、250℃以上がさらに好ましい。これらの樹脂の中でも、熱硬化性樹脂が最も好ましい。
なお、本発明では、融点やガラス転移温度の上限は、特に限定されるものではないが、現実的には、融点は450℃以下であり、非晶性樹脂のガラス転移温度は350℃以下である。
【0053】
ここで、絶縁層を構成する樹脂が複数の樹脂を混合した混合樹脂の場合は、混合樹脂で得られた融点、ガラス転移温度であり、その中で最も高い温度で観測されたものを能力値とする。
【0054】
例えば、融点が180℃以上である結晶性の熱可塑性樹脂としては、熱可塑性ポリイミド樹脂(TPI)(Tm.388℃)、ポリフェニレンスルフィド(PPS)(Tm.275℃)、ポリエーテルエーテルケトン(PEEK)(Tm.340℃)、ポリアリールエーテルケトン(PAEK)(Tm.340℃)、ポリエステルイミド(PEsI)(Tm.180℃)が挙げられ、ポリフェニレンスルフィドまたはポリエステルイミドが好ましい。
ガラス転移温度が180℃以上である非晶性の熱可塑性樹脂または熱硬化性樹脂としては、熱可塑性ポリイミド樹脂(Tg.250℃)、ポリイミド(PI)(Tg.400℃以上)、ポリアミドイミド(PAI)(Tg.280〜290℃)、シンジオタクチックポリスチレン樹脂(SPS)(Tg.280℃)、ポリエステルイミド(PEsI)(Tg.180℃)等が挙げられ、中でもポリイミドまたはポリアミドイミドが好ましい。
【0055】
融点は、示差走査熱量分析装置「DSC−60」(島津製作所製)を用いてサンプル10mg、昇温速度5℃/minの条件での融解点を観察することにより測定できる。ガラス転移温度は、融点と同様にDSC−60を用いてサンプル10mg、昇温速度5℃/minの条件でのガラス転移温度を観察することにより測定できる。
【0056】
本発明においては、絶縁層はガラス転移温度が180℃以上である熱硬化性樹脂の主成分が、ポリアミドイミドまたは/およびポリイミドであることが好ましい。
ここで、主成分とは、絶縁層を構成する樹脂の50質量%を超えることを意味し、55質量%以上が好ましく、65質量%以上がより好ましく、75質量%以上がさらに好ましい。
【0057】
また、ガラス転移温度が180℃以上である熱硬化性樹脂層がポリアミドイミドおよびポリイミドの混合物であることも好ましく、質量比で、ポリアミドイミド:ポリイミドが5:95〜95:5であることが好ましく、20:80〜80:20であることがより好ましい。
【0058】
補強絶縁層を構成し、高い耐熱性や耐摩耗性を維持しつつ、部分放電を高くするようにした場合には、密着層および絶縁層である熱硬化性樹脂を厚く焼き付ける場合と比較して、高い部分放電開始電圧を実現できるほどに厚膜化しても、密着層および絶縁層を形成するときの焼付炉を通す回数を減らし、導体と密着層との密着力を維持することが可能である。密着力の低下を防止できる点で、絶縁層の厚さは2μm以上85μm以下が好ましく、15μm以上50μm以下がより好ましく、20μm以上30μm以下がさらに好ましい。
また、絶縁ワイヤに必要な特性である、耐電圧性、耐熱性を損なわないためには、密着層がある程度の厚さを有しているのが好ましい。熱硬化性樹脂の1回の焼き付けあたりの厚さは、ピンホールが生じない程度の厚さであれば特に制限されるものではなく、好ましくは2μm以上、更に好ましくは6μm以上である。
この好適な実施態様においては、一方の2辺および他方の2辺に設けられた密着層および絶縁層の合計厚さの少なくとも一方の2辺の各々の辺での合計厚さがいずれも85μm以下になっている。
【0059】
矩形のアルミ導体に熱硬化性樹脂を焼付ける方法は、常法でよく、例えば、導体形状の相似形としたワニス塗布用ダイスを用いる方法、導体断面形状が矩形であるならば井桁状に形成された「ユニバーサルダイス」と呼ばれるダイスを用いる方法が挙げられる。これらの樹脂ワニスを塗布した導体は常法にて焼付炉で焼付けされる。上述の絶縁層を含む樹脂ワニスを導体上に1回好ましくは複数回塗布、焼付けすることで、熱硬化性樹脂の皮膜層を形成することができる。具体的な焼付け条件はその使用される炉の形状や風速により左右されるが、およそ5mの自然対流式の竪型炉であれば、400〜500℃にて通過時間を10〜90秒に設定することにより達成することができる。
熱可塑性樹脂をエナメル線上に被覆する方法は、常法でよく、例えば、得られたエナメル線を心線とし、押出機のスクリューを用いて熱可塑性樹脂をエナメル線上に押出被覆する方法が挙げられる。この際、押出被覆樹脂層の断面の外形の形状が導体の形状と相似形で、所定の辺部およびコーナー部の厚さが得られる形状になるように、熱可塑性樹脂の融点以上の温度(非晶性樹脂の場合にはガラス転移温度以上)で押出ダイを用いて熱可塑性樹脂の押出被覆を行う。
なお、有機溶媒等と熱可塑性樹脂を用いて熱可塑性樹脂層を形成することもできる。
エナメル線上に押出被覆もしくは焼付により前記中間層を形成し、前記中間層上にさらに押出被覆により熱可塑性樹脂層を形成することもできる。
【0060】
(補強絶縁層)
本発明の絶縁ワイヤにおける補強絶縁層は、部分放電開始電圧の高い絶縁ワイヤを得るために、密着層および絶縁層の外側に少なくとも1層設けられ、1層であっても複数層であってもよい。
補強絶縁層は熱可塑性樹脂または熱硬化性樹脂から選ばれていればよく、また、補強絶縁層を形成する方法は押出成形でも絶縁テープ巻きつけでもよい。
補強絶縁層が熱可塑性樹脂の場合には、その皮膜厚さを安定化するために押出成形が好ましい。耐熱性、耐化学薬品性に優れた熱可塑性樹脂として、本発明においては、例えば、エンジニアリングプラスチックまたはスーパーエンジニアリングプラスチックの熱可塑性樹脂が好適である。
【0061】
テープ巻きできる補強絶縁層としては、ポリアミド絶縁紙、ポリイミド絶縁紙、難燃性ポリエステル系フィルム等を用いることができる。可とう性と耐熱性を具備することから、ポリアミド絶縁紙としては、本実施例ではノーメックス(登録商標)紙(アラミド(全芳香族ポリアミド)ポリマー紙、デュポン(株)社製)を用いた。特に高い耐熱性を持たせる場合には、カプトン(登録商標)フィルム(ポリイミドフィルム、東レ・デュポン(株)社製)等を用いることもできる。その他、特性に応じてダイアラミー(登録商標)(難燃性ポリエステル系フィルム、三菱樹脂(株)社製)、バルカナイズドファイバー紙(東洋ファイバー(株)社製、商品名)等を用いることができる。
補強絶縁層の成形をワニス焼付け以外の成形方法で行うと、焼付け工程を増やす必要がなく、すなわち導体に加える熱量を大幅に低減することができるので、耐熱老化特性や加工性が向上し、好ましい。
【0062】
補強絶縁層は接着強度および耐溶剤性にも優れる点で、ガラス転移温度もしくは融点が250℃以上の熱可塑性樹脂が好ましく、270℃以上の熱可塑性樹脂がより好ましい。補強絶縁層に使用される樹脂のガラス転移温度もしくは融点は、例えば、200℃以上であるのが好ましく、300℃以上であるのがより好ましい。熱可塑性樹脂のガラス転移温度もしくは融点は、示差走査熱量分析(DSC)により、前述する方法によって、測定できる。なお、融点については、後述の値以上であれば構わない。
【0063】
補強絶縁層を形成する熱可塑性樹脂としては、例えば、ポリエーテルエーテルケトン(PEEK)(Tm.340℃)、変性ポリエーテルエーテルケトン(modified−PEEK)(Tm.340℃)、熱可塑性ポリイミド樹脂(TPI)(Tm.388℃)、芳香環を有するポリアミド(以下、芳香族ポリアミドと称す。)(Tm.306℃)、芳香環を有するポリエステル(以下、芳香族ポリエステルと称す。)(Tm.220℃)、ポリエーテルケトン(PEK)(Tm.373℃)、ポリフェニレンスルフィド(PPS)(Tm.275℃)、ポリブチレンテレフタレート(PBT)(Tm.228℃)等が挙げられる。これらの中でも、ポリエーテルエーテルケトン、変性ポリエーテルエーテルケトン、熱可塑性ポリイミド樹脂(TPI)、芳香族ポリアミド、ポリフェニレンスルフィドおよびポリブチレンテレフタレートからなる群より選択される少なくとも1種の熱可塑性樹脂が好ましく、ポリエーテルエーテルケトン、変性ポリエーテルエーテルケトン、熱可塑性ポリイミド樹脂(TPI)またはポリフェニレンスルフィドがより好ましく、ポリエーテルエーテルケトン、熱可塑性ポリイミド樹脂(TPI)またはポリフェニレンスルフィドがさらに好ましい。
【0064】
これらの熱可塑性樹脂の中から、融点が180℃以上で、好ましくは比誘電率が4.5以下である熱可塑性樹脂を用いる。熱可塑性樹脂は1種単独でもよく、2種以上を用いてもよい。なお、熱可塑性樹脂は、少なくとも融点が180℃以上であれば、他の樹脂やエラストマー等をブレンドしたものでもよい。
【0065】
補強絶縁層の厚さは、200μm以下が好ましく、180μm以下が発明の効果を実現する上でより好ましく、130μm以下がさらに好ましい。補強絶縁層の厚さが厚すぎると、後述する補強層の皮膜結晶化度の割合によらず、絶縁ワイヤを鉄芯に巻付け、加熱した際に絶縁ワイヤ表面に白色化した箇所が生じることがある。このように、補強絶縁層が厚すぎると、樹脂層自体に剛性があるため、絶縁ワイヤとしての可とう性に乏しくなって、加工前後での電気絶縁性維持特性、特に耐熱老化特性に影響することがある。
一方、補強絶縁層の厚さは、絶縁不良を防止できる点で、20μm以上が好ましく、50μm以上がより好ましく、60μm以上がさらに好ましい。
この好適な実施態様においては、一方の2辺および他方の2辺に設けられた補強絶縁層の厚さが、それぞれ200μm以下が好ましく、180μm以下がより好ましく、130μm以下がさらに好ましい。
【0066】
本発明において、結晶性の熱可塑性樹脂の結晶化度は、特に限定されず、例えば、30〜100%が好ましく、50〜100%がより好ましい。
結晶化度は、示差走査熱量分析(DSC)を用いて測定できる値で、結晶性の熱可塑性樹脂が規則正しく配列している程度を示す。結晶化度は、例えば熱可塑性樹脂にポリフェニレンスルフィド(PPS)を用いた場合には、無発泡領域を適量採取し、例えば5℃/minの速度で昇温させ、300℃を超える領域で見られる融解に起因する吸熱量(融解熱量)と150℃周辺で見られる結晶化に起因する発熱量(結晶化熱量)とを算出し、融解熱量に対する、融解熱量から結晶化熱量を差し引いた熱量の差分を、結晶化度とする。計算式を以下に示す。
【0067】
計算式: 結晶化度(%)=[(融解熱量−結晶化熱量)/(融解熱量)]×100
【0068】
なお、PPS以外の結晶性の熱可塑性樹脂を用いた場合にも、融解ピークおよび結晶化ピーク温度は異なるが上記計算式と同様に結晶化度を算出できる。
【0069】
結晶化度は、例えば、熱可塑性樹脂層の成形直前の導体側の予熱によって、調整できる。一般的に、導体側の予熱温度が熱可塑性樹脂層の成形温度より極端に低い場合には結晶化度は低く、予熱温度が高い場合には熱可塑性樹脂の結晶化度が高くなる。
【0070】
(最外層)
ここでの最外層は、絶縁性能とは異なる機能を付与することができる。例えば融着層、耐コロナ放電層、耐部分放電層、半導電層、耐光層、着色層が挙げられる。その結果、絶縁ワイヤ被膜としての絶縁性能が変化していても問題にならない。また、最外層を設けることは必須ではなく、前記補強絶縁層が最外層となっていてもよい。
最外層が前記補強絶縁層でない場合には、最外層の厚さは5〜50μmが好ましく、10〜30μmがより好ましい。
【0071】
本発明においては、密着層、絶縁層および補強絶縁層の合計厚さは50μm以上が好ましい。合計厚さが50μm以上であると、絶縁ワイヤの部分放電開始電圧が1000Vp以上になり、インバータサージ劣化を防止できる。この合計厚さは、より一層高い部分放電開始電圧を発現し、インバータサージ劣化を高度に防止できる点で、75μm以上がより好ましく、100μm以上であるのがさらに好ましい。
この好適な実施態様においては、一方の2辺および他方の2辺に設けられた密着層、絶縁層および補強絶縁層の合計厚さそれぞれが50μm以上になっている。このように、密着層および絶縁層の合計厚さを85μm以下、補強絶縁層の厚さを200μm以下、かつ密着層、絶縁層および補強絶縁層の合計厚さを50μm以上にすると、少なくとも、絶縁ワイヤの部分放電開始電圧の向上、すなわちインバータサージ劣化の防止、導体および密着層の接着強度、および、皮膜の接着強度を満足できる。なお、導体上の全皮膜の合計厚さは、280μm以下が好ましく、加工前後での電気絶縁性維持特性を考慮し、問題なく加工できるためには250μm以下がより好ましい。
【0072】
従って、この好適な実施態様における絶縁ワイヤは、導体と密着層とが高い接着強度で密着している。導体と皮膜との加工性は、例えば、JIS C 3216−3巻線試験方法の、5.可とう性及び密着性、5.1巻付け試験と同じ要領で行い、密着層の浮きが生じるまでの回転数で評価することができる。
この好適な実施態様における絶縁ワイヤは、後述するように、アルミ導体と密着層との接着強度に優れ、さらに耐熱老化特性等にも優れている。
【0073】
また、この好適な実施態様における絶縁ワイヤは、耐熱老化特性に優れている。この耐熱老化特性は、高温の環境で使用されても長時間、絶縁性能が低下しないという信頼性を保つための指標になるものであり、例えば、JIS C 3216−3巻線試験方法の、5.可とう性及び密着性、5.1巻付け試験に従って巻き付けたものを、190℃高温槽へ1000時間静置した後の、皮膜に発生する亀裂の有無を目視にて評価できる。この好適な実施態様における絶縁ワイヤは、高温の環境で使用されても、より一層長期間にわたって、例えば1500時間静置した後であっても、耐熱老化特性を維持できる。
この好適な実施態様における絶縁ワイヤは、1000時間はもちろん、1500時間であっても、皮膜のいずれの層にも亀裂が確認できず、耐熱老化特性に優れ、高温の環境で使用されてもより一層長期間にわたって信頼性を保つことができる。
【0074】
本発明の絶縁ワイヤは、上述のように、アルミ導体の上に適切な密着層としてカルボキシ基を含むワニスを焼き付けてなる熱硬化性樹脂層を構成し、密着層の外層に耐熱性を有する絶縁層および補強絶縁層を有することで、昨今絶縁ワイヤに要求されている、耐摩耗性および耐熱老化特性にも優れるアルミ導体絶縁ワイヤを提供でき、さらには密着層の焼付け回数の減少によりアルミ導体の受熱量も減少し、導体破断強度の低下を抑制することができる。また、一方向摩耗試験は絶縁ワイヤをモーター等へ加工した場合に受ける傷の度合いの指標になる。
【0075】
絶縁ワイヤの加工後の導体破断強度は、例えば、JIS C 3216−3巻線試験方法の、JA5.2密着性の、JA.5.2.2エナメル平角線を参考に、加工後の絶縁ワイヤの密着層、絶縁層、補強絶縁層、最外層を剥離して導体を露出させ、この導体について、長さ約35cmの試験片3本をとり,それぞれについて標線距離を250mmとして1分間当たり300mmの引張速さで破断するまで伸ばした時の強度で評価できる。なお、充分な強度を持つ巻線としては、測定値が20N/mm
2以上であることが好ましく、良好な強度を持つ巻線としては、40N/mm
2以上であることがより好ましい。
【0076】
耐摩耗性は、例えば、25℃で、JIS C 3216−3巻線試験方法の、6.耐磨耗(エナメル丸線に適用)と同じ要領で評価することができる。矩形断面の平角線の場合は四隅のコーナーについて行う。具体的には、JIS C 3216−3で決められた摩耗試験機を用いて、ある荷重下で皮膜が剥離するまで一方向に滑らせる。皮膜が剥離した目盛を読み取り、この目盛値と使用した荷重との積から評価できる。
この好適な実施態様における絶縁ワイヤは、上述の目盛値と使用した荷重の積が2000gf以上になる。
【0077】
本発明の別の好適な実施態様は、アルミ導体の外周に少なくとも1層の密着層と、密着層の外側に絶縁層と、さらに絶縁層の外層に補強絶縁層を備え、接着力、加工性、耐熱老化特性を強化させた絶縁ワイヤである。
なお、密着層、絶縁層および補強絶縁層は上述の密着層、絶縁層および補強絶縁層と基本的に同様である。
【0078】
絶縁層および補強絶縁層となりうる樹脂は、通常、耐部分放電性物質を実質的に含有していない。
ここで、耐部分放電性物質とは、部分放電劣化を受けにくい絶縁材料で、電線の絶縁皮膜に分散させることで、課電寿命特性を向上させる作用を有する物質を言う。耐部分放電性物質としては、例えば、酸化物(金属もしくは非金属元素の酸化物)、窒化物、ガラス、マイカ等があり、具体例としては、シリカ、二酸化チタン、アルミナ、チタン酸バリウム、酸化亜鉛、窒化ガリウム等の微粒子等が挙げられる。
また、耐部分放電性物質を「実質的に含有していない」とは、耐部分放電性物質を絶縁層および補強絶縁層に積極的に含有させないことを意味し、完全に含有していない場合に加えて、本発明の目的を損なわない程度の含有量が含有されている場合も包含する。例えば、本発明の目的を損なわない程度の含有量として、絶縁層および補強絶縁層を形成する樹脂成分100質量部に対して30質量部以下の含有量が挙げられる。特に粉体を添加する場合には、分散剤を添加してもよい。
【0079】
絶縁層および補強絶縁層を形成する熱硬化性または熱可塑性樹脂に対して、特性に影響を及ぼさない範囲で、酸化防止剤、帯電防止剤、紫外線防止剤、光安定剤、蛍光増白剤、顔料、染料、相溶化剤、滑剤、強化剤、難燃剤、架橋剤、架橋助剤、可塑剤、増粘剤、減粘剤およびエラストマー等の各種添加剤を配合してもよい。
【0080】
絶縁層と補強絶縁層の間の接着力が十分でない場合、過酷な加工条件、例えば小さな半径に曲げ加工される場合には、曲げの円弧内側部分にあたる補強絶縁層にシワが発生する場合がある。このようなシワが発生すると、絶縁層と補強絶縁層との間に空間が生じることから、部分放電開始電圧が低下するという現象につながる場合がある。
この部分放電開始電圧の低下を防止するためには、曲げの円弧内側にシワが生じないようにする必要があり、絶縁層と補強絶縁層との間に接着機能を有する層を導入して接着強度をさらに高めることで、上記のようなシワの発生を高度に防ぐことができる。
すなわち、本発明の絶縁ワイヤは、密着層とアルミ導体との接着強度が高いことにより高い耐摩耗性を発揮するものであり、絶縁層と補強絶縁層との間に接着層を設けることで、より一層高い耐摩耗性を発揮し、強い加工によって皮膜が破壊されることを効果的に防止できる。
【0081】
本発明の絶縁ワイヤにおいては、絶縁多層内に接着層が入っていてもよい。接着層とは、補強絶縁層と絶縁層の接着力を向上させることが可能である層のことを言う。また、絶縁多層とは、本発明における絶縁層および絶縁補強層の2層からなる層のように、接している層の樹脂成分は異なるものの、いずれの層も絶縁性を示す一群の絶縁層を言う。
具体的には、例えば、絶縁多層中で熱硬化性樹脂の層(例えば、本発明の絶縁層)と熱可塑性樹脂の層(例えば、本発明の補強絶縁層)が隣り合っていると2層間の接着力が低くなる場合が存在する。この場合、2層の間にワニス化された熱可塑性樹脂を焼き付けて接着層とし、絶縁層と補強絶縁層とを熱融着させることで、高い加工性を有する絶縁ワイヤを製造することができる。
【0082】
この製造方法で絶縁層の後に補強絶縁層を構成する場合、十分に熱融着させるためには、押出被覆工程において、補強絶縁層を形成する熱可塑性樹脂の加熱温度は、接着層を形成する熱可塑性樹脂のガラス転移温度(Tg)以上が好ましく、Tgよりも30℃以上高い温度がより好ましく、Tgよりも50℃以上高い温度がさらに好ましい。ここで、押出被覆樹脂層を形成する熱可塑性樹脂の加熱温度とは、ダイス部の温度である。
接着層を形成する熱可塑性樹脂をワニス化する溶剤は、選択した熱可塑性樹脂を溶解させ得る溶剤であればいずれでもよい。
【0083】
この目的で使用可能な熱可塑性樹脂としては、熱によって結晶化し収縮するなど、状態変化による応力を発生させにくい点で、非晶性の樹脂であることが好ましい。例えば、ポリエーテルイミド(PEI)、ポリエーテルスルホン、ポリフェニレンエーテル、ポリフェニルスルホン(PPSU)および非晶性熱可塑性ポリイミド樹脂から選ばれた少なくとも1種であるのが好ましい。ポリエーテルイミドとしては、例えば、ウルテム(登録商標)(SABICイノベーティブプラスチックス社製)を使用することができる。ポリエーテルスルホンとしては、例えば、スミカエクセル(登録商標)PES(住友化学社製、商品名)、PES(三井化学ファイン社製、商品名)、ウルトラゾーン(登録商標)E(BASFジャパン社製、商品名)、レーデル(登録商標)A(ソルベイスペシャリティポリマーズ社製、商品名)を使用することができる。ポリフェニレンエーテルとしては、例えば、ザイロン(登録商標)(旭化成ケミカルズ社製)、ユピエース(登録商標)(三菱エンジニアリングプラスチックス社製)を使用することができる。ポリフェニルスルホンとしては、例えば、レーデル(登録商標)R(ソルベイスペシャリティポリマーズ社製、商品名)を使用することができる。非晶性熱可塑性ポリイミド樹脂としては、例えば、U−ワニス(宇部興産社製、商品名)、HCIシリーズ(日立化成社製、商品名)、Uイミド(ユニチカ社製、商品名)、オーラム(登録商標)(三井化学社製)を使用することができる。溶剤に溶けやすい点においてポリフェニルスルホン、ポリエーテルイミドがより好ましい。
【0084】
本発明において、「非晶性」とはほとんど結晶構造を持たない無定形状態を保つことを言い、硬化時に高分子の鎖がランダムな状態になる特性を言う。
【0085】
<絶縁ワイヤの製造方法>
絶縁ワイヤは、
図1および
図2に示すように、アルミニウム導体1上に、前述の、カルボキシ基を含むワニスを塗布し、焼付け、密着層2を形成し、該密着層2の外層に絶縁層3を設けた後、該絶縁層3の外層に熱可塑性樹脂を押出成形して補強絶縁層4を形成し、製造することが好ましい。また、必要により、該補強絶縁層4の外層に最外層5を形成することも好ましい。
【実施例】
【0086】
以下に、本発明を実施例に基づいてさらに詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
なお、被覆層の厚さは、特に断りのない限り、4辺のいずれの辺においても同じ厚さである。
【0087】
(実施例1)
各ワニスはディップコーティングにより塗布し、ダイスによって塗布量を調節した。具体的には、断面矩形(長辺3.0mm×短辺1.6mmで、四隅の面取りの曲率半径r=0.5mm)の平角導体(純度99%のアルミニウム製)に、ポリイミド(PI−1)(ユニチカ社製、商品名:Uイミド)をN−メチル−2−ピロリドン(NMP)で樹脂成分20質量%に調整したポリイミドワニスを塗布し、5mの自然対流式の堅型炉で、炉温500℃、通過時間30秒の条件で焼付けて厚さ5μmの密着層を形成した。
次いで、密着層上に、上記のポリイミド(PI−1)(ユニチカ社製、商品名:Uイミド)ワニスとポリアミドイミド(PAI−2)ワニス〔日立化成社製、商品名:HPC−5000、固形分濃度30%、溶剤組成比(質量):NMP/キシレン=70/30)〕を等質量で混合して得られた、固形分質量比でポリイミド:ポリアミドイミドが39:61の混合ワニスを塗布し、5mの自然対流式の堅型炉で、炉温500℃、通過時間30秒の条件で焼付けて厚さ30μmの絶縁層を形成した。
さらにこの上層に押出ダイを用いてポリフェニレンスルフィド(PPS)(東レ社製、商品名:トレリナ)の押出被覆を行った後、10秒の時間を空けて水冷して厚さ100μmの補強絶縁層を形成し、絶縁ワイヤを作製した。
【0088】
(実施例2)
実施例1と同様にして、下記表1の構成の絶縁ワイヤを作製した。
ただし、絶縁層は、ポリイミド/ポリアミドイミドの混合ワニスの替わりに、密着層とは異なるタイプのポリイミド(PI−2)ワニス〔荒川化学社製、商品名:コンポセランH850D(硬化残分15%、硬化残分中シリカ2質量%のN,N−ジメチルアセトアミド(DMAc)溶液)〕を用い、補強絶縁層は、PPSの替わりにポリエーテルエーテルケトン(PEEK)(ソルベイスペシャリティポリマーズ社製、商品名:キータスパイア)を用いた。
【0089】
(実施例3)
実施例1と同様にして、実施例1で用いたアルミニウム導体上に、下記表1の構成の密着層、絶縁層および補強絶縁層を設けた。
ただし、絶縁層は、ポリイミド/ポリアミドイミド混合ワニスの替わりにポリアミドイミド(PAI−2)ワニス〔日立化成社製、商品名:HPC−5000、固形分濃度30%、溶剤組成比(質量):NMP/キシレン=70/30)〕を用い、補強絶縁層は、PPSの替わりに、実施例2で使用したポリエーテルエーテルケトン(PEEK)を用いた。
上記補強絶縁層上に、ポリウレタン(東特塗料社製、商品名:TPU F2−NCA)をクレゾールで樹脂成分30質量%に調整したワニスを塗布し、続いて焼付けすることで、厚さ5μmの最外層を形成することで、絶縁ワイヤを作製した。
【0090】
(実施例4)
実施例1と同様にして、下記表1の構成の絶縁ワイヤを作製した。
ただし、アルミニウム導体は、下記表1の純度のものを使用し、密着層は、ポリイミドの替わりにポリエステルイミド(PEsI)(東特塗料社製、商品名:Neoheat 8600A)を用いた。
【0091】
(実施例5)
実施例3と同様にして、下記表1の構成の絶縁ワイヤを作製した。
ただし、アルミニウム導体は、下記表1の純度のものを使用し、密着層は、ポリイミドの替わりに、ポリエステル(PEst)(東特塗料社製、商品名:LITON 2100S)を用い、絶縁層は、ポリアミドイミドの替わりに、実施例1で使用したポリイミド(PI−1)/ポリアミドイミド(PAI−2)混合ワニスを用い、最外層は、ポリウレタンの替わりに、ポリアミドイミド(PAI−2)ワニス〔日立化成社製、商品名:HPC−5000、固形分濃度30%、溶剤組成比(質量):NMP/キシレン=70/30)〕を用いた。
【0092】
(実施例6)
実施例1と同様にして、実施例1で用いたアルミニウム導体上に、下記表1の構成の密着層および絶縁層を設けた。
ただし、アルミニウム導体の純度は、下記表1の純度のものを使用し、密着層は、ポリイミドの替わりに、ポリアミドイミド(PAI−1)ワニス〔日立化成株式会社製、商品名:HI−406(樹脂成分32質量%のNMP溶液)〕を用い、絶縁層は、ポリイミド/ポリアミドイミド混合ワニスの替わりに、上記密着層とは異なるタイプのポリアミドイミド(PAI−2)ワニス〔日立化成社製、商品名:HPC−5000、固形分濃度30%、溶剤組成比(質量):NMP/キシレン=70/30)〕を用いた。
さらに絶縁層上にポリアミド紙(米国デュポン社製、商品名:ノーメックス紙)をテープ巻きすることで補強絶縁層を形成し、補強絶縁層上に押出ダイを用いて熱可塑性ポリイミド(TPI)(三井化学社製、商品名:オーラム)を押出被覆を行った後、10秒の時間を空けて水冷することで、厚さ10μmの最外層を形成し、絶縁ワイヤを作製した。
【0093】
(実施例7)
実施例6と同様にして、下記表1の構成の密着層、絶縁層および補強絶縁層を設けた。
ただし、密着層は、ポリアミドイミドの替わりにポリエーテルイミド(PEI)(SABICイノベーティブプラスチックス社製、商品名:ウルテム)を用い、絶縁層は、ポリアミドイミドの替わりに、実施例1で使用したポリイミド(PI−1)/ポリアミドイミド(PAI−2)混合ワニスを用い、ポリアミド紙の替わりにポリイミドテープ(東レ・デュポン社製、商品名:カプトン)を用いた。なお、実施例6とは異なり、最外層は設けなかった。
【0094】
(実施例8)
実施例6と同様にして、下記表2の構成の密着層、絶縁層、補強絶縁層および最外層を設けた。
ただし、密着層は、ポリアミドイミドの替わりに、実施例1の絶縁層で使用したポリイミド(PI−1)/ポリアミドイミド(PAI−2)混合ワニスを用い、絶縁層は、ポリアミドイミドの替わりに、実施例4の密着層で使用したポリエステルイミド(PEsI)を用いた。
【0095】
(実施例9)
実施例1と同様にして、下記表2の構成の密着層、絶縁層および補強絶縁層を設けた。
ただし、アルミニウム導体の純度は、下記表2の純度のものを使用し、補強絶縁層は、PPSの替わりに、実施例2で使用したPEEKを用いた。
さらに補強絶縁層上に押出ダイを用いてポリアミド(東レ社製、商品名:アミラン 66ナイロン)を押出被覆を行った後、10秒の時間を空けて水冷することで、厚さ20μmの最外層を形成した。
【0096】
(実施例10)
実施例9と同様にして、下記表2の構成の密着層、絶縁層、補強絶縁層および最外層を設けた。
ただし、アルミニウム導体の純度は、下記表2の純度のものを使用し、補強絶縁層は、PEEKの替わりにポリブチレンテレフタレート(PBT)(三菱エンジニアリングプラスチックス社製、商品名:ノバデュラン;Tg225℃)を用いた。
【0097】
(実施例11)
実施例1と同様にして、下記表2の構成の密着層、絶縁層および補強絶縁層を設けた。
【0098】
(実施例12)
実施例9と同様にして、下記表2の構成の密着層、絶縁層、補強絶縁層および最外層を設けた。
ただし、絶縁層は、ポリイミド/ポリアミドイミド混合ワニスの替わりに、実施例1の補強絶縁層で使用したポリフェニレンスルフィド(PPS)を用いた。
【0099】
(実施例13)
実施例1と同様にして、下記表2の構成の密着層、絶縁層および補強絶縁層を設けた。
ただし、絶縁層は、ポリイミド/ポリアミドイミド混合ワニスの替わりに、密着層とは異なる対応のポリイミド(PI−2)ワニス〔荒川化学社製、商品名:コンポセランH850D(硬化残分15%、硬化残分中シリカ2質量%のDMAc溶液)〕を用い、補強絶縁層は、PPSの替わりに、実施例6の最外層で使用した熱可塑性ポリイミド(TPI)を用いた。
【0100】
なお、実施例3、5、6、8〜10、12は、厚み以外は
図1のような4層の被覆層を有し、実施例1、2、4、7、11、13は
図1において最外層5のないものである。
【0101】
(比較例1)
実施例1と同様にして、下記表3の構成の密着層、絶縁層および補強絶縁層を設けた。
ただし、導体は、純度99%のアルミニウム導体を純度99%の銅導体に変更した。
【0102】
(比較例2)
比較例1と同様にして、下記表3の構成の密着層、絶縁層および補強絶縁層を設けた。
ただし、密着層は、ポリイミドに替えて、実施例6で使用したポリアミドイミド(PAI−1)を用い、補強絶縁層は、実施例2で使用したポリエーテルエーテルケトン(PEEK)を用いた。
【0103】
(比較例3)
実施例1と同様にして、下記表3の構成の密着層、絶縁層および補強絶縁層を設けた。
ただし、密着層は、ポリイミドの替わりに、実施例1の補強絶縁層で使用したポリフェニレンスルフィド(PPS)を導体上に押出ダイを用いて押出被覆を行った。
【0104】
(比較例4)
実施例2で使用したアルミニウム導体上に、押出ダイを用いて、実施例2で使用したPEEKを用いて、押出被覆を行った後、10秒の時間を空けて水冷し、下記表3に記載の厚みの補強絶縁層を形成し、絶縁ワイヤを作製した。
【0105】
(比較例5)
実施例1と同様にして、下記表3の構成の密着層および絶縁層を設けた。
なお、実施例1とは異なり、補強絶縁層は設けなかった。
【0106】
以下に、使用した樹脂を各層ごとに記載した。
ここで、ポリイミドとポリアミドイミドには、それぞれ異なる対応の樹脂があるため、PI−1、PI−2、PAI−1、PAI−2と区別して表記した。
また、以下の表1〜3においては、以下の略称を用いて表記した。
【0107】
(密着層)
PI−1(ユニチカ社製、商品名:Uイミド;酸価 KOH180mg/g)
PEsI(東特塗料社製、商品名:Neoheat 8600A;酸価 KOH150mg/g)
PEst(東特塗料社製、商品名:LITON 2100S;酸価 KOH20mg/g)
PAI−1(日立化成社製、商品名:HI−406;酸価 KOH10mg/g)
PAI−2(日立化成社製、商品名:HPC−5000;酸価 KOH20〜40mg/g)
PEI(SABICイノベーティブプラスチックス社製、商品名:ウルテム;KOH10mg/g)
PPS(東レ社製、商品名:トレリナ;カルボキシ基を有さず、酸価 KOH0mg/g)
【0108】
(絶縁層)
PI−1(ユニチカ社製、商品名:Uイミド;Tg400℃以上)
PI−2(荒川化学社製、商品名:コンポセランH850D;Tg400℃以上)
PAI−2(日立化成社製、商品名:HPC−5000;Tg280℃)
PEsI(東特塗料社製、商品名:Neoheat 8600A;Tg180℃)
PPS(東レ社製、商品名:トレリナ;Tg278℃)
【0109】
(補強絶縁層)
PPS(東レ社製、商品名:トレリナ;Tm278℃)
PEEK(ソルベイスペシャリティポリマーズ社製、商品名:キータスパイアKT−820;Tm340℃)
ポリアミド紙(米国デュポン社製、商品名:ノーメックス紙;Tg260℃)
ポリイミドテープ(東レ・デュポン社製、商品名:カプトン;Tg400℃以上)
PBT(三菱エンジニアリングプラスチックス社製、商品名:ノバデュラン;Tg225℃)
TPI(三井化学社製、商品名:オーラム;Tg250℃)
【0110】
(最外層)
ポリウレタン(東特塗料社製、商品名:TPU F2−NCA)
PAI−2(日立化成社製、商品名:HPC−5000)
TPI(三井化学社製、商品名:オーラム)
ポリアミド(東レ社製、商品名:アミラン 66ナイロン)
【0111】
このようにして製造した、実施例1〜13および比較例1〜5の絶縁ワイヤについて下記の評価を行った。
【0112】
[融点およびガラス転移温度]
絶縁層10mgを、示差走査熱量分析装置「DSC−60」(島津製作所製)を用いて、昇温速度5℃/minの条件で測定し、180℃を超える温度領域で観察される、結晶性樹脂の場合には融解ピークもしくは非晶性樹脂の場合にはガラス転移温度に起因する熱量のピーク温度を読み取って、それぞれ融点(Tm)もしくはガラス転移温度(Tg)とした。なお、ピーク温度が複数存在する場合には、より高温のピーク温度を融点とする。
【0113】
[部分放電開始電圧]
絶縁ワイヤの部分放電開始電圧の測定には、部分放電試験機「KPD2050」(菊水電子工業製)を用いた。断面形状が方形の絶縁ワイヤの場合には2本の絶縁ワイヤの長辺となる面同士を長さ150mmにわたって隙間が無いように密着させた試料を作製した。丸導体の場合には2個撚り法によるツイストペアを作製した。この2本の導体間に電極をつなぎ正弦波50Hzの交流電圧を印加して、連続的に昇圧させながら放電電荷量が10pCのときの電圧(実効値)を、測定した。測定温度は25℃、50%RHとした。部分放電開始電圧は、下記のDakinの実験式により、絶縁皮膜の厚さを50μmとしたときの部分放電開始電圧に換算し、評価した。
【0114】
【数1】
【0115】
上述の実験式において、Vは部分放電開始電圧、tは絶縁層全体の厚さ(μm)、εは絶縁層全体の比誘電率を表す。
読み取った電圧のピーク電圧(Vp)が1000以上のものを使用条件において部分放電が発生しにくいと判断して「A+」、800以上1000未満のものを部分放電がやや発生しにくいと判断して「A」、600以上800未満のものを部分放電の発生の可能性はあるがその確率が低いと判断して「B」、600未満のものを放電が発生しやすいものと判断して「C」と示した。
【0116】
[加工性(密着性)]
導体と皮膜との加工性は、JIS C 3216−3巻線試験方法の、5.可とう性及び密着性、5.1巻付け試験と同じ要領で行い、密着層の浮きが生じるまでの回転数で評価することができる。矩形断面の平角線においても同様に行うことができる。
密着層の浮きが生じるまでの回転数が15回転以上であるものを密着性良しとし「A+」、10回転以上15回転未満のものをアルミ導体において加工に耐えうるとし「A」、5回転以上10回転未満のものを加工時に皮膜の剥がれ等発生する可能性が高いとし「B」、5回未満もしくはねじり法のサンプル作製時の皮膜に切り込みを入れる際に既に剥離が発生するものを「C」とした。
【0117】
[耐摩耗性]
耐摩耗性は、JIS C 3216−3巻線試験方法の、6.耐磨耗(エナメル丸線に適用)と同じ要領で、矩形断面の平角線の場合は四隅のコーナーについて評価した。具体的には、JIS C 3216−3で決められた摩耗試験機を用いて、25℃の条件下で、ある荷重下で皮膜が剥離するまで一方向に滑らせ、皮膜が剥離した目盛を読み取り、この目盛値と使用した荷重との積で評価した。
一方向摩耗試験の結果が2800gf以上であった場合を摩耗性が非常に優れたものとし「A+」、2000gf以上2800gf未満であった場合を好適なものとし「A」、800gf以上2000gf未満で摩耗性がやや弱い場合を「B」、800gf未満を巻線線としての要求を満たさないとして「C」で示した。
【0118】
[耐熱老化特性]
絶縁ワイヤの耐熱老化特性を、JIS C 3216−3巻線試験方法の、5.可とう性及び密着性、5.1巻付け試験に従って巻き付けたものを、190℃に設定した高温槽へ投入した。1000時間および1500時間静置した後の、皮膜に亀裂の有無がないかを目視にて調べた。1000時間静置した後にも皮膜に亀裂等の異常が確認できなかった場合を「A」、1500時間静置した後にも全ての皮膜に亀裂等の異常が確認できなかった場合を「A+」で示した。なお、1000時間静置した後に絶縁層層および補強絶縁層の少なくとも一方に亀裂等の異常が確認できた場合は絶縁体として作用するため合格として「B」、絶縁層および補強絶縁層の両方に亀裂等の異常が確認できた場合には不合格として「C」で示した。
従来の絶縁体として考えた場合には耐熱老化特性は評価「A」または「B」でもよいが、より一層長期間にわたって優れた耐熱老化特性が要求される場合には評価「A+」であることが好ましい。
【0119】
[導体破断強度]
絶縁ワイヤの加工後の導体破断強度の測定は絶縁ワイヤの密着層、絶縁層、補強絶縁層、最外層を剥離して導体を露出させ、この導体についてJIS C 3216−3巻線試験方法の5.2密着性のJA.5.2.2エナメル平角線を参考に、長さ約35cmの試験片3本をとり,それぞれについて標線距離を250mmとして1分間当たり300mmの引張速さで破断するまで伸ばした時の強度を測定した。80N/mm
2以上を巻線として特に良好な強度を持つものとして「A+」、40N/mm
2以上80N/mm
2未満を巻線として良好な強度を持つものとして「A」、20N/mm
2以上40N/mm
2未満を充分な強度を持つものとして「B」、20N/mm
2未満を巻線としての強度が不足している不合格として「C」で示した。
【0120】
また、各層の厚さは、断面研磨後の断面を顕微鏡「デジタルマイクロスコープ」(キーエンス社製)で観察することによって測定した。
導体断面形状が円形の場合には、全周のうち4点の平均の各層厚さを測定値とした。また、断面矩形の場合には4辺のうち、2つの短辺の中心部分の平均厚さを、それぞれ密着層厚さ、絶縁層厚さ、密着層+絶縁層の厚さ、補強絶縁層厚さ、密着層+絶縁層+補強絶縁層の厚さ、最外層厚さとした。
【0121】
得られた結果をまとめて、下記表1〜3に示す。
なお、表1〜3では、アルミニウム導体を「アルミ」と略した。
【0122】
【表1】
【0123】
【表2】
【0124】
【表3】
【0125】
上記表1〜3から明らかなように、アルミニウム導体上に、カルボキシ基を含むワニスを塗布、焼付けてなる密着層を有し、密着層の外層に絶縁層を有し、さらに該絶縁層の外層に補強絶縁層を有する実施例1〜10の絶縁ワイヤは、導体と皮膜層との密着性、耐摩耗性および耐熱老化特性に総じて優れ、さらに導体破断強度の低下の抑制にも優れ、かつ高い部分放電開始電圧を有していることがわかった。
これに対して、銅製の導体を使用した比較例1および2では、耐熱老化特性が不十分である。また、押出被覆により密着層を形成した比較例3では、導体と皮膜層との密着性が悪く、耐熱老化特性も不十分である。押出被覆により補強絶縁層のみが導体上に形成された比較例4では、密着性、耐摩耗性および耐熱老化特性がいずれも不十分であり、補強絶縁層を有さない比較例5では、部分放電開始電圧、密着性、耐熱老化特性および導体破断強度がいずれも不十分であった。