【課題】 本発明は、細胞表面に存在する受容体と好適に相互作用して、その活性を制御する化合物、該化合物を含む医薬組成物、該化合物を用いて疾患を処置する方法等を提供することを目的とする。
−で表される構造を含むスペーサー部分であって、ここでnは5以上の整数であり、Lは、細胞膜受容体のリガンド部分である、で表される化合物を提供することにより、上記目的が達成された。
Pが、ホスファチジン酸、ホスファチジルコリン、ホスファチジルエタノールアミン、ホスファチジルセリン、ホスファチジルイノシトール、スフィンゴミエリンからなる群から選択されるリン脂質部分である、請求項1〜6のいずれか一項に記載の化合物。
ムスカリン性アセチルコリン受容体の活動を制御することにより治療効果を奏する疾患が、過活動膀胱、縮瞳、胃腸の痙攣性疼痛、鼻炎、咽頭炎、皮膚疾患からなる群から選択される疾患である、請求項11に記載の医薬組成物。
細胞膜受容体に対する低分子リガンドの薬物動態を改変する方法であって、リン脂質部分を、PEG鎖を含むスペーサー部分を介して低分子リガンドに連結する工程を含む、前記方法。
【背景技術】
【0002】
細胞は、細胞外における変化を刺激としてとらえ、その情報を細胞内に伝達することにより、外界の変化に応答している。刺激情報の伝達(シグナル伝達)は、シグナル分子が受容体に結合することによって開始される。例えばGタンパク質共役型受容体においては、リガンドが受容体の細胞外領域に結合すると受容体が活性化し、受容体の細胞内領域に結合していたGタンパク質三量体のうちG
αサブユニットに結合していたGDPがGTPと置き換わり活性化される。G
αサブユニットが活性化すると、Gタンパク質三量体から活性化G
αサブユニット(G
α−GTP)が切り離され、G
βγ二量体となる。こうして活性化されたG
α−GTPやG
βγサブユニットがそれぞれ様々なセカンドメッセンジャーを活性化させたり、イオンチャネルを開閉したりすることにより、シグナルが伝達されていく。
【0003】
薬物の薬理学的効果は、薬物と標的分子との複合体が形成されることにより生じるが、その経時変化は当該薬物の薬物動態(PK)(すなわち吸収、分布、代謝および排泄(ADME))および薬力学(例えば薬物−標的相互作用の親和性および動態)により支配される。in vivoにおいて効能を発揮するためには、一般的に、治療期間中、薬物−標的複合体が薬力学的効果を生じるのに十分な濃度に保たれる必要がある。しかしながら薬剤開発の場において、候補薬物に求められる性質としてまず注目されるのは標的との親和性であり、したがって多くの候補薬物がin vivoにおいて十分な効能を得ることができずに開発が中止されてしまう。薬剤開発においては、これが一つの大きな問題である。
【0004】
かかる問題を解決するための一つの手段としてPK特性の最適化が挙げられるものの、そのためには個別的に甚大な努力が必要となり、さらには長い血漿中半減期が原則として目的外の毒性を発揮させることになる。別のアプローチとしては、共有結合性の化合物または標的滞留時間の長い化合物を用いることが挙げられる。これらの化合物の解離速度は遅いため、薬物−標的複合体は化合物そのものが全身の循環系から排除された後においても存在することができるが、そもそも共有結合性の阻害剤は、標的の反応性アミノ酸がわかっているという限定された状況でしか利用できず、また分離半減期の意図的な最適化も非常に困難である。さらには、標的生体分子のコンフォメーション変化を誘導する共有結合性の修飾または強い結合は、時として強い毒性の原因となる免疫反応を誘発する。したがってこの問題に対する汎用的な解決策は現状存在しない。
【0005】
膜タンパク質には、グリコシルホスファチジルイノシトール(GPI)アンカー型膜タンパク質と称される一群のタンパク質が存在する。これらはGPIと複合体を形成しており、GPIが細胞膜上の脂質ラフトに疎水的に結合することによって、細胞膜に繋ぎ止められる形で細胞表面に局在している。例えば、GPIアンカー型膜タンパク質の一種であるLy6/neurotoxin 1(LYNX1)は、ニコチンアセチルコリン受容体の内在性モジュレータとしても知られている。
【0006】
上記LYNX1などの、細胞表面受容体のリガンドとして機能するGPIアンカー型膜タンパク質をモデルとして、細胞表面受容体のリガンドを高級脂肪酸やリン脂質などでアンカーすることにより、受容体とリガンドとの結合を促進しようという試みがなされている(例えば非特許文献1)が、成功例は少ない。
【0007】
受容体のリガンドにリン脂質を結合させた化合物は知られている。例えば非特許文献2には、Toll様受容体7の活性作用を有するリガンド部分とリン脂質部分とが結合した化合物が記載されている。当該化合物の作用機序においては、リン脂質部分は、脂質二重膜に対するアンカーとして作用するものではなく、エンドソームに存在するToll様受容体7にリガンドを送達するためのエンドサイトーシスの促進を目的としたものである。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明について詳細に説明する。
(1)本発明の化合物
本発明は一側面において、一般式:
P−S−L
で表される化合物に関する。ここでPはリン脂質部分を表し、Sはスペーサー部分を表し、Lは細胞膜受容体のリガンド部分を表す。
本発明において、「細胞膜受容体」は、細胞の表面に存在する受容体を意味し、「細胞表面受容体」と同義であり、互換的に用いられる。
【0019】
本発明において、「部分」という場合、分子の一部分を構成する部分構造であって、所定の性質を発揮する構造を意味する。例えば「細胞膜受容体のリガンド部分」という場合、細胞膜受容体に対するリガンドとして機能する部分構造を意味する。また、「トルテロジン部分」など、特定の構造または分子名とともに用いる場合は、当該特定の構造または分子の主骨格を有し、かつ本発明において所望される、当該特定の構造または分子の有する性質を保持した部分を意味する。例えば本発明において「トルテロジン部分」は、トルテロジンから1原子または1官能基が脱離することにより、分子の一部分を構成する部分構造となったものであって、本発明において所望されるトルテロジンの性質である、ムスカリン性アセチルコリン受容体に結合する性質を有する構造を意味する。例えばトルテロジン部分としては、以下の部分構造
【化3】
(破線は他の部位と結合する結合手を意味する)などが挙げられる。また、「リガンド部分にトルテロジンを含む」といった場合、リガンド部分の少なくとも一部にトルテロジン部分を含んでいることを意味する。
【0020】
本発明の化合物は、リン脂質部分が細胞膜の脂質二重膜層に潜り込んで疎水結合することによってアンカーとなり、リガンド部分を細胞膜に固定化することができる。また、リン脂質部分とリガンド部分との間にスペーサー部分を配置することにより、リガンド部分がある程度の自由度で動くことができるため、どのような構造の細胞膜受容体であっても、リガンド部分が受容体のリガンド結合部位に結合することができるものである。
【0021】
スペーサー部分は親水性であることが好ましく、さらに対象の細胞膜受容体に適合するように長さを変化させられることが好ましい。したがってスペーサー部分は、好ましくはポリエチレングリコール(PEG)鎖、すなわち−(PEG)
n−で表される構造を有している。nは小さすぎると、本発明の化合物のリガンド部分の自由度が小さすぎることとなり、細胞膜受容体のリガンド結合部位に届かなくなるため、一定以上の繰り返し数を有していることが望ましい。本発明の一態様において、nは5以上の整数である。nは一定以上の数であれば特に制限されないが、あまり大きいと自由度が大きくなりすぎるため、本発明の化合物が有する効果が低減する。したがって、本発明の好ましい一態様において、nは5〜20の整数であり、より好ましい一態様において、nは5〜15の整数であり、これに限定するものではないが、例えばnは5、6、7、8、9、10、11、12、13、14、15、16、17、18、19または20である。
【0022】
リン脂質部分を構成するリン脂質と、スペーサー部分を構成するポリエチレングリコール鎖との結合は、リン脂質としての機能を損ねない限りいかなる結合であってもよいが、一般的にはリン脂質のリン酸部位とポリエチレングリコール鎖の末端部分とが結合される。リン脂質のリン酸部位とポリエチレングリコール鎖の末端部分との結合は、当該技術分野で用いられる通常の結合方法を利用して形成することができ、例えばリン酸基と水酸基によるエステル結合の形成や架橋剤による連結などが挙げられる。用いることができる架橋剤としては、当該技術分野において一般に用いられる架橋剤を利用することができる。
【0023】
本発明の化合物のリガンド部分は、細胞膜受容体のリガンドとなり得る部分を含んでいれば特に限定されず、したがって本発明の化合物が複合体を形成し得る細胞膜受容体も特に限定されない。細胞膜受容体は、Gタンパク質共役型受容体、チャネル型受容体および酵素共役型受容体の3種類に大別されるが、本発明の化合物はいずれのタイプの受容体にも用いることができ、適用する受容体に基づいて適宜リガンドを選択することができる。リガンド部分は、受容体に結合することができれば、作動性であっても阻害性であってもよい。したがって本発明の化合物は、アゴニストであってもアンタゴニストであってもよい。
【0024】
本発明の化合物の一態様において、リガンド部分は、受容体結合部位L
1およびリンカー部位Yからなり、受容体結合部位がリンカー部位を介してスペーサー部位と連結している。リンカー部位を構成するためのリンカーとしては、受容体結合部位のリガンド活性を損なわない限りいかなるものであってもよく、例えばエチレングリコール、プロピレングリコールなどの多価アルコール、シュウ酸、マロン酸、アジピン酸などのジカルボン酸、グリコール酸、ヒドロキシ酪酸などのヒドロキシカルボン酸、アラニン、シトルリンなどのアミノ酸、エチレンジアミン、ヘキサメチレンジアミンなどのジアミンなど、複数の官能基を有する化合物、好ましくは、炭素数2〜10のアルキルに二つの官能基が結合した二官能性化合物のほか、当該技術分野において一般に用いられる架橋剤なども適宜利用することができる。かかる架橋剤としては、これに限定するものではないが、例えばトルエンジイソシアネート、ヘキサメチレンジイソシアネートなどのイソシアネート系架橋剤、ジクロロヘキシルカルボジイミド、[3−ジメチルアミノプロピル]カルボジイミド塩酸塩などのカルボジイミド系架橋剤、ジスクシンイミジルグルタラート、ジスクシンイミジルスベラートなどのN−ヒドロキシスクシンイミド(NHS)エステル系架橋剤、ビスマレイミドエタン、1,4−ビスマレイミドブタン、1,6−ビスマレイミドヘキサンなどのマレイミド系架橋剤、3−(2−ピリジルジチオ)プロピオニルヒドラジドなどのヒドラジド系架橋剤、ならびにそれらの組み合わせなどが挙げられる。
【0025】
上述のとおり、本発明の化合物に用い得るリガンド部分Lおよび受容体結合部位L
1は、対象とする細胞膜受容体に従って決定され、当業者であれば好適なLまたはL
1を適宜選択することができる。
【0026】
本発明の化合物を用い得るGタンパク質共役型受容体としては、例えばムスカリン性アセチルコリン受容体(ムスカリン性受容体)、アドレナリン受容体、アデノシン受容体、オピオイド受容体、ドーパミン受容体、ヒスタミン受容体、セロトニン受容体、GABA受容体(B型)などが挙げられるが、これに限定されない。本発明の化合物を用い得るチャネル型受容体としては、ニコチン性アセチルコリン受容体、グリシン受容体、グルタミン酸受容体、GABA受容体(A型およびC型)、セロトニン受容体などが挙げられるが、これに限定されない。本発明の化合物を用い得る酵素共役型受容体としては、例えばチロシンキナーゼ受容体、グアニル酸シクラーゼ受容体などが挙げられるが、これに限定されない。
【0027】
好ましい一態様において、本発明の化合物は、リガンド部分がGタンパク質共役型受容体のリガンド結合部位に結合するものである。別の好ましい一態様において、本発明の化合物は、リガンド部分がチャネル型受容体のリガンド結合部位に結合するものである。さらに別の好ましい一態様において、本発明の化合物は、リガンド部分が酵素共役型受容体のリガンド結合部位に結合するものである。
【0028】
さらに好ましい一態様において、リガンド部分が、ムスカリン性アセチルコリン受容体に結合し得るものである。ムスカリン性アセチルコリン受容体のリガンド部分としては、これに限定するものではないが、例えばトルテロジン、ムスカリン、ピロカルピン、アトロピンなどを含み得る。
【0029】
別のさらに好ましい一態様において、リガンド部分が、アドレナリン受容体に結合し得るものである。アドレナリン受容体のリガンド部分としては、これに限定するものではないが、例えばアドレナリン、ノルアドレナリン、イソプロテレノール、カルベジロール、プラゾシン、プロプラノロール、サロメテロール、ミルベテロールなどを含み得る。
【0030】
本発明の化合物に用い得るリン脂質部分としては、リン脂質構造を含む限り特に限定されないが、好ましくは脂質二重膜の構成成分を含む。リン脂質としては、天然由来、合成由来のリン脂質を用いることができる。一般的にリン脂質は、グリセロリン脂質とスフィンゴリン脂質に大別されるが、いずれのリン脂質も本発明に用いることができる。本発明に用いることができるリン脂質としては、これに限定するものではないが、例えばホスファチジン酸、ホスファチジルコリン、ホスファチジルエタノールアミン、ホスファチジルセリン、ホスファチジルイノシトールなどのグリセロリン脂質、スフィンゴミエリンなどのスフィンゴリン脂質を挙げることができる。また、リン脂質を構成する脂肪酸としては、天然由来、合成由来の脂肪酸を用いることができるが、天然の脂肪酸であることが好ましい。本発明に用いられる脂肪酸としては、これに限定するものではないが、例えばラウリン酸、ミリスチン酸、パルミチン酸、ステアリン酸、オレイン酸、リノール酸、α−リノレン酸、γ−リノレン酸、アラキドン酸、エイコサペンタエン酸(EPA)、ドコサヘキサエン酸(DHA)などを挙げることができる。
【0031】
本発明の一態様において、本発明の化合物は、以下の一般式I
【化4】
式中、
R
1およびR
2は、互いに独立して、C11〜21の飽和または不飽和アルキル基であり、
XおよびYは、互いに独立して、単結合またはリンカー部位であり、
L
1は、受容体結合部位であり、
nは5〜20の整数である、
で表される化合物である。
本発明において、「アルキル」という語は、炭素原子および水素原子からなる直鎖または分枝鎖状の構造を意味するが、典型的には直鎖状である。また、アルキルは飽和であっても不飽和であってもよく、不飽和の場合、典型的には1〜6個の二重結合を有する。
【0032】
XおよびYのリンカー部位は、用いられるリンカーおよび架橋反応によって決定されるものであり、当業者であれば、適切なリンカーおよび架橋反応を、当該技術分野において用い得る任意のリンカーおよび架橋反応の中から適宜選択することができる。用い得るリンカーとしては、本願明細書に記載されたリンカーが挙げられる。好ましい一態様において、Xは−C−、−CH
2CH(NH
2)COO−などであり、より好ましくは、−C−である。また、好ましい一態様において、Yは、−O−、−NHCO(CH
2)
nCONHCH
2−(ここで、nは2〜10の整数である)などであり、より好ましくは−NHCO(CH
2)
5CONHCH
2−である。
【0033】
したがって、本発明の好ましい一態様において、本発明の化合物は以下の式II
【化5】
式中、
R
1およびR
2は、互いに独立して、C11〜21の飽和または不飽和アルキル基であり、
R
3は、C2〜10の直鎖アルキルであり、
nは5〜20の整数である
で表される。
【0034】
本発明の化合物の具体的な例としては、例えば以下の式III
【化6】
式中、nは5〜20の整数である、
で表される化合物が挙げられる。この化合物は、リン脂質部分としてホスファチジン酸を有し、リガンド部分としてトルテロジンを含んでいる。したがってこの化合物は、ムスカリン性アセチルコリン受容体のアンタゴニストとして機能するものである。
【0035】
本発明の化合物の合成には、任意の公知の合成方法を単独で、または組み合わせて用いることができる。当業者であれば、本発明の化合物に最適の合成方法を適宜選択し、必要な条件を適宜求めることが可能であると理解される。下記実施例において、本発明に包含される具体的化合物の一部の合成例を示しているが、代替可能な別の合成方法を用いてもよいことは、当業者には当然に理解されるものである。
【0036】
(2)本発明の化合物を含む医薬組成物
上述のとおり、本発明の化合物は、細胞膜受容体のアゴニストおよび/またはアンタゴニストとして機能し得るものである。したがって、本発明には、上記本発明の化合物を少なくとも1つ含む組成物、特に医薬組成物が包含される。
【0037】
本発明の化合物を有効成分とする医薬組成物は、有効成分として用いられる化合物のリガンド部分を適宜選択することにより、例えば細胞膜受容体の活動異常に起因する疾患など、細胞膜受容体の活動を制御する(亢進または低下させる)ことで治療効果が得られるあらゆる疾患を処置することができる。当業者であれば、処置対象の疾患に対して有効なリガンド部分を適宜選択することが可能である。本明細書において「活動異常」という場合、活動が正常でないことを意味し、これには「過度な活動低下」および「過度な活動亢進」が含まれる。
【0038】
例えば、ムスカリン性アセチルコリン受容体の活動により膀胱の収縮、眼圧の低下、心拍及び血圧の低下、胃酸、唾液等の分泌などが起こることが知られており、かかる受容体の過度な活動亢進により、例えば過活動膀胱、縮瞳、胃腸の痙攣性疼痛などが起こる。したがってムスカリン性アセチルコリン受容体のアンタゴニストであるトルテロジンをリガンド部分として選択した場合は、例えば過活動膀胱などを処置する医薬組成物が得られることになる。
【0039】
また、アドレナリン受容体のアンタゴニストは、降圧薬、狭心症や不整脈、心房細動の処置などに用い得ることが知られているところ、リガンド部分を例えばカルベジロールなどのアドレナリン受容体のアンタゴニストとすることにより、かかる疾患の処置薬が得られる。また逆に、アドレナリン受容体の作動薬は血管収縮薬や、気管支炎、喘息などの呼吸器疾患における気管支拡張、痙攣抑制薬などに用いられているが、例えばリガンド部分にイソプロテレノール、ドブタミン、サロメテロール、ミルベテロールなどのアドレナリン受容体作動薬を選択することにより、かかる疾患の処置薬が得られる。
【0040】
本発明の医薬組成物は、有効成分として少なくとも一種の本発明の化合物を含むものであるが、薬理効果に悪影響がなく、また使用による利益を超える悪影響が生じない限り、さらに他の本発明の化合物および/または公知の有効成分を含んでよい。また、例えば医薬として許容されるキャリアー、界面活性剤などの、本発明の化合物の細胞膜受容体への作用を効果的に達成するための成分や、賦形剤など、他の任意の成分を含んでもよい。これらの他の成分は当該技術分野において周知であり、当業者はその目的や使用方法に応じて、これらの成分を適宜選択することが可能である。
【0041】
また、本発明の化合物を有効成分とする医薬組成物の剤形としては、特に限定はないが、錠剤、液剤、油乳濁液(エマルション製剤)、高分子ナノ粒子、リポソーム製剤、直径数μmのビーズに結合させた粒子状の製剤、リピッドを結合させた製剤、マイクロスフェア製剤、マイクロカプセル製剤などが挙げられ、当業者であれば適宜好適な剤形を選択することができる。
本発明の医薬組成物の投与方法としては、皮内投与、皮下投与、筋肉内投与、静脈内投与、気管支や肺への吸入投与、鼻孔や口腔内投与、経皮投与、経粘膜投与、膀胱などの臓器への直接投与などの既知の任意の投与方法が挙げられる。
【0042】
(3)本発明の医薬組成物を用いた疾患の予防および/または治療方法
本発明はまた、対象における疾患を予防および/または治療する方法であって、1種または2種以上の本発明の化合物の有効量を、それを必要とする対象に投与する工程を含む方法にも関する。
本発明における「対象」は、細胞膜受容体を有する生物個体であればいかなる生物個体であってもよいが、好ましくはヒトおよび非ヒト哺乳動物(例えば、マウス、ラット、モルモット、ハムスターなどの齧歯類、チンパンジーなどの霊長類、ウシ、ヤギ、ヒツジなどの偶蹄目、ウマなどの奇蹄目、ウサギ、イヌ、ネコなど)の個体であり、より好ましくはヒトの個体である。本発明において、対象は健常であっても、何らかの疾患に罹患していてもよいものとするが、細胞膜受容体の活動を制御することで治療効果が得られる疾患の予防および/または治療が企図される場合には、典型的には細胞膜受容体の活動を制御することで治療効果が得られる疾患に罹患しているか、罹患するリスクを有する対象を意味する。本発明の一態様において、細胞膜受容体の活動を制御することで治療効果が得られる疾患は、これに限定するものではないが、例えば過活動膀胱、気管支炎、喘息、鼻炎、咽頭炎、皮膚疾患などである。
【0043】
本発明の予防/治療方法に用いる本発明の化合物としては、本明細書に記載の任意のものが挙げられる。有効成分の具体的な用量は、処置対象疾患、それを必要とする対象に関する種々の条件、例えば、症状の重篤度、対象の一般健康状態、年齢、体重、対象の性別、食事、投与の時期および頻度、併用している医薬、治療への反応性、剤形、および治療に対するコンプライアンスなどを考慮して決定され得る。
具体的な用量としては、例えば、式Iで表される化合物の場合、通常1mg〜1000mg、好ましくは10mg〜100mgを1日に1回投与するのが好ましい。また、投与方法としては、皮内投与、皮下投与、筋肉内投与、静脈内投与などの既知の任意の適切な投与方法を用いることができる。
【0044】
(4)本発明の薬物動態(PK)の改変方法
一つの側面において、本発明は、細胞膜受容体に結合する化合物(低分子リガンド)の薬物動態を改変することにより、該化合物の細胞膜受容体への作用を長時間作用型へと変換する方法に関する。該方法は、細胞膜にアンカーするためのリン脂質部分を、PEG鎖を含むスペーサー部分を介して低分子リガンドに連結する工程を含む。本発明の方法によれば、細胞膜受容体に結合する低分子リガンドを細胞膜にアンカリングすることで、結合対象である細胞膜受容体の近傍に拘束することができるようになるため、改変前の遊離リガンドと比較して、拡散せず長時間受容体との複合体を形成可能となり、したがって低用量でも高い効果を発揮させることができるようになる。また、リン脂質部分とリガンド部分とを、柔軟性のあるスペーサー部分で連結することにより、リガンド部分がある程度の自由度で動くことができるため、例えば受容体のリガンド結合部位がポケット状になっていたりする場合であっても、リガンド結合部位との結合を阻害することなくアンカリングすることができる。
【0045】
本発明の方法によりPKを改変された化合物は、上述のとおり細胞膜にアンカリングされるため、例えば液体に暴露された場合であっても低分子リガンドが投与部位から流出しにくくなるため、洗浄による薬理効果の減衰が起こりにくいという特徴もまた有する。したがって本発明の方法によりPKを改変された化合物は、液体に暴露されやすい組織へ直接投与した場合であっても、当該組織から流出することなく、長時間作用効果を発揮できるため、かかる組織に対して好適に用いることができる。液体に暴露されやすい組織としては、これに限定するものではないが、例えば気管支、肺、鼻孔、口腔、膀胱、皮膚などが挙げられる。
【0046】
リン脂質部分は、細胞膜を構成する脂質と疎水的に結合することができればなんでもよいが、好ましくはホスファチジン酸、ホスファチジルコリン、ホスファチジルコリン、ホスファチジルエタノールアミン、ホスファチジルセリン、ホスファチジルイノシトール、スフィンゴミエリンなどを用いることができる。リン脂質部分とリガンド部分を連結するスペーサー部分は、ある程度の長さの鎖状であり、親水性かつ柔軟性を有していれば特に限定されないが、好ましくは−(PEG)
n−(nは5以上の整数)を含む。好適なnは、低分子リガンドおよび該リガンドが結合する対象細胞膜受容体の種類により適宜変化し得、当業者であれば経験的にまたは実験的に、最も適切なnを決定することができる。
本発明の一態様において、リン脂質部分およびスペーサー部分は、上記本発明の化合物におけるリン脂質部分およびスペーサー部分と同一のものが用いられる。
【0047】
PKを改変することが可能な低分子リガンドとしては、細胞膜受容体に結合する性質を有することが知られたあらゆる既知のリガンドを用いることができる。低分子リガンドの例としては、これに限定するものではないが、例えばトルテロジン、アドレナリン、ムスカリン、ピロカルピン、アトロピン、ノルアドレナリン、イソプロテレノール、カルベジロール、プラゾシン、プロプラノロール、サロメテロール、ミルベテロールなどを含む。
低分子リガンドとスペーサー部分は、直接連結されていてもよいし、リンカー部位を介して連結されていてもよい。リンカー部位もまた、上記本発明の化合物におけるリンカー部位と同一のものを用いることができる。
【0048】
本明細書中で言及する全ての特許、出願および他の出版物は、その全体を参照により本明細書に援用する。
以下、実施例により本発明を具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されない。
【実施例】
【0049】
例1:リガンド−リン脂質複合体(LPC)の合成
(1)リン脂質−PEG(PL−PEG)ユニットの合成
PL−PEGユニット(化合物1〜6)は、以下のスキームに従って合成した。
【化7】
250mMの酢酸バッファ(1.4ml、200mMのCaCl
2含有、pH5.3)中に各PEGユニット(2.10mmol)を溶解した溶液に、0.7mmolのジステアロイルホスファチジルコリン(DSPC)、14mlのCHCl
3および7.0mgのホスホリパーゼD(PLDP)を加え、45℃で17時間撹拌した。反応を7mlの2N HClを加えてクエンチし、得られた混合物をCHCl
3/MeOH(2:1)で抽出した。有機層を2N HClで2回洗浄し、Na
2SO
4で乾燥させ、減圧下で溶媒を除去した。粗生成物をシリカゲルカラムクロマトグラフィ(CHCl
3/MeOH 20:1〜4:1)で精製し、所望の生成物を含有する画分を真空中で濃縮した。残渣をCHCl
3/MeOH(2:1)で溶解し、1N HClおよび水で洗浄し、有機層をNa
2SO
4で乾燥させ、減圧下で溶媒を除去した。得られた残渣を凍結乾燥させ、対応するPL−PEGユニットを白いアモルファスとして得た。
【0050】
各PL−PEGユニットのNMRデータは以下のとおりである。
n=1
【化8】
【0051】
n=3
【化9】
【0052】
n=5
【化10】
【0053】
n=7
【化11】
【0054】
n=9
【化12】
【0055】
n=11
【化13】
【0056】
(2)トルテロジンユニットの合成
トルテロジンユニット(化合物11)は以下のスキームに従って合成した。
【化14】
1.50g(3.15mmol)のL−酒石酸トルテロジンの20mlのジクロロメタン溶液に20mlの水、171mg(4.28mmol)のNaOHおよび229mg(2.16mmol)のNa
2CO
3を0℃で加えた。0℃で5分静置後、室温に暖め、30分撹拌した。反応混合物をジクロロメタン(DCM)で希釈し、水で洗浄し、Na
2SO
4で乾燥させ、減圧下で溶媒を除去して対応するアミンを無色の粘性油状物として得た。該油状物を4mlのDMFに溶解し、1.74g(12.6mmol)のK
2CO
3および450μl(3.79mmol)のBnBrを加え、室温で13時間反応させ、減圧下で溶媒を除去した。反応物をDCMで希釈し、水で洗浄し、Na
2SO
4で乾燥させ、減圧下で溶媒を除去し、粗生成物をシリカゲルクロマトグラフィ(n−ヘキサン/AcOEt 4:1)で精製して化合物7((R)−3−(2−(ベンジルオキシ)−5−メチルフェニル)−N,N−ジイソプロピル−3−フェニルプロパン−1−アミン)を淡黄色の油状物質として得た(1.35g、3.24mmol)。
【0057】
次に1.25g(3.00mmol)の化合物7を15mlのCH
3CNに溶解した溶液に、7.5mlの水を加えて0℃に冷却した。7.5mlの水に溶解した6.57g(12.0mmol)の硝酸セリウムアンモニウムを加え、0℃で5分静置した後、反応混合物を室温まで温め、4時間撹拌した。反応混合物を真空中で濃縮し、DCMで希釈し、飽和NaHCO
3で洗浄し、Na
2SO
4で乾燥させ、減圧下で溶媒を除去して対応するアルデヒドを黄色の粘性油状物として得た。該油状物を30mlのMeOHに溶解し、227mg(6.00mmol)のNaBH
4を0℃で加えて2時間静置後、反応混合物を室温まで温め、11時間撹拌した。反応を30mlのアセトンを加えてクエンチし、得られた混合物を真空中で濃縮した。得られた残渣をDCMに溶解し、飽和NaHCO
3で洗浄し、Na
2SO
4で乾燥させ、減圧下で溶媒を除去して対応するアルコールを淡黄色の粘性油状物として得た。該油状物を30mlのDCMに溶解し、4.36ml(60.0mmol)のSOCl
2を加えて2時間室温で静置し、反応混合物を真空中で濃縮して対応する塩素化物を淡黄色のアモルファスとして得た。該アモルファスを30mlのDMFに溶解し、1.47ml(30.0mmol)のNaCNを加えて15時間室温で静置し、反応混合物を真空中で濃縮し、得られた残渣をDCMに溶解し、飽和NaHCO
3で洗浄し、Na
2SO
4で乾燥させ、減圧下で溶媒を除去し、粗生成物をシリカゲルカラムクロマトグラフィ(AcOEt/MeOH 10:1)で精製して、化合物8((R)−2−(4−(ベンジルオキシ)−3−(3−(ジイソプロピルアミノ)−1−フェニルプロピル)フェニル)アセトニトリル)を茶色の油状物質として得た(1.23g、2.79mmol、収率93%)。
【0058】
885mg(2.01mmol)の化合物8を20mlのトルエンに溶解し、4.92mlの水素化ジイソブチルアルミニウム(DIBAL、1Mのトルエン溶液、5.02mmol)を−78℃で加え、12時間静置後、380mg(10.1mmol)のNaBH
4を加えた。−78℃で2時間静置後、反応混合物を−40℃まで温め、5.0mlのMeOHを加え、得られた混合物を0℃まで温めた。0℃で30分静置後、反応混合物を100mlの飽和ロッシェル塩と100mlのDCMとの混合物中に注ぎ、得られた混合物を2時間撹拌し、DCMに希釈し、ブラインで洗浄し、Na
2SO
4で乾燥させ、減圧下で溶媒を除去し、粗生成物をNHシリカゲルカラムクロマトグラフィ(n−ヘキサン/AcOEt/MeOH 2:1:0〜0:10:1)で精製し、対応するジアミンを黄色の油状物質として得た。12mlのDCMに604mg(2.41mmol)のカルボン酸化合物9(7−(ベンジルオキシ)−7−オキソヘプタン酸)を溶解した溶液に、335μl(2.41mmol)のトリエチルアミンおよび260μl(2.11mmol)のPivClを0℃で加え、1時間静置して対応する混合酸無水物として用いた。
【0059】
12mlのDCMに溶解した前記ジアミンに280μl(2.01mmol)のトリエチルアミンおよび前記混合酸無水物を加え、0℃で5分静置後、反応混合物を室温まで温めた。室温で15分静置後、DCMで希釈し、飽和NaHCO
3で洗浄し、Na
2SO
4で乾燥させ、減圧下で溶媒を除去し、粗生成物をNHシリカゲルカラムクロマトグラフィ(n−ヘキサン/AcOEt 5:1〜3:1〜2:1)で精製し、化合物10((R)−ベンジル 7−((4−(ベンジルオキシ)−3−(3−(ジイソプロピルアミノ)−1−フェニルプロピル)フェネチル)アミノ)−7−オキソヘプタノアート)を無色の油状物質として得た(900mg、1.33mmol、収率66%)。
【0060】
290mg(0.428mmol)の化合物10を5.0mlのEtOHに溶解した溶液に、154mgのPd(OH)
2/Cを加え、フラスコを水素でパージし、反応混合物を水素雰囲気下で16時間撹拌した。反応混合物をセライトパッドでろ過し、ろ過物を真空中で濃縮し、化合物11((R)−7−((3−(3−(ジイソプロピルアミノ)−1−フェニルプロピル)−4−ヒドロキシフェネチル)アミノ)−7−オキソヘプタン酸)を白いアモルファスとして得た(214mg、0.430mmol)。
【0061】
(3)LPCの合成
LPCは、以下のスキームに従って合成した。
【化15】
20.9mg(0.0420mmol)のトルテロジンユニットをCHCl
3およびt−BuOH(1.25ml、3:2)に溶解した混合物に、6.86mg(0.0504mmol)のHOAtおよび9.66mg(0.0504mmol)のEDC・HClを加えて5分静置し、750μlのCHCl
3、7.02μl(0.0504mmol)のトリエチルアミンおよび各PL−PEGユニット(0.0420mmol)を加えて、PL−PEGユニットの消費がTLC分析で確認されるまで撹拌した。反応混合物をCHCl
3およびMeOH(2:1)で希釈し得られた混合物を1N HClで2回洗浄した。有機層をNa
2SO
4で乾燥させ、減圧下で溶媒を除去し、粗生成物をシリカゲルカラムクロマトグラフィ(CHCl
3/MeOH 20:1〜9:1)で精製し、所望の生成物を含有する画分を真空中で濃縮した。得られた残渣をCHCl
3およびMeOH(2:1)の混合物で希釈し、1N HClおよび水で洗浄し、有機層をNa
2SO
4で乾燥させ、減圧下で溶媒を除去し、粗生成物をさらにn−ヘキサンで研和および水から凍結乾燥させて精製し、対応するLPCを白色アモルファスとして得た。
【0062】
各LPCのNMRデータを以下に示す。
n=1
【化16】
【0063】
n=3
【化17】
【0064】
n=5
【化18】
【0065】
n=7
【化19】
【0066】
n=9
【化20】
【0067】
n=11
【化21】
【0068】
例2:LPCとムスカリン性受容体との結合アッセイ
(1)ムスカリン性受容体の調製
メスのSD系ラット(9〜11週齢、日本SLC社)を、12時間の明暗サイクル下で、飼料および水を自由給餌として飼育した。ラットは麻酔下で、下行大動脈からの失血によりサクリファイスし、脳組織を大動脈からの冷生理食塩水で灌流した。その後組織を切除し、Kinematica Polytronホモジナイザーで、19倍量の30mM氷冷Na
+/HEPES緩衝液(pH7.5)中でホモジナイズし、ホモジネートを40,000×gで20分間遠心分離した。得られたペレットを緩衝液で懸濁した懸濁液をラット脳ホモジネートとして、結合アッセイに用いた。
(2)結合アッセイ
ムスカリン性受容体との結合アッセイは、ムスカリン性受容体の選択的放射性リガンドである[
3H]N−メチルスコポラミン([
3H]NMS)を用いて行った。(1)で調製したラット脳ホモジネートを500pMの[
3H]NMSならびに300pM〜1μMの各LPC、トルテロジンまたは化合物18とともに30mM Na
+/HEPES緩衝液中で、25℃で60分インキュベートした。Whatman GF/Bグラスファイバーを用いた急速濾過(Cell Harvester, Brandel社)により反応を終了し、3mLの氷冷緩衝液で2回リンスした。組織に結合した放射能を、シンチレーション液(2Lのトルエン、1LのトリトンX−100、15gの2,5−ジフェニルオキサゾール、0.3gの1,4−ビス[2−(5−フェニルオキサゾリル)]ベンゼン)への一晩の浸漬によりフィルターから抽出し、放射線量を液体シンチレーションカウンターにより決定した。[
3H]NMSの特異的結合は、1μMのアトロピンの存在下および非存在下でのカウントの違いから実験的に決定した。
【0069】
結果を下表に示す。
【表1】
【0070】
表1からわかるとおり、LPCの結合親和性は、PEG鎖の長さに顕著に影響を受けた。すなわち、PEG鎖の長さがn=1から9まで増加するにつれ、結合能は高くなった。このことから、LPCはまず、リン脂質部分と膜との間の強いが非特異的な疎水性相互作用により膜に取り込まれることでリガンド部分を膜にアンカリングし、その後アンカー部分が膜中を側方分散することで、リガンドがその標的タンパク質と相互作用するのを促進することがわかる。したがって、PEG鎖が十分な長さを有していないと、リガンドが標的タンパク質の結合ポケットに結合するために、リン脂質部分の疎水性領域が膜外に飛び出してしまうことになり、結果としてリガンドと標的タンパク質との結合性を損なうことになる。一方でn=11の場合は、n=9の場合とほぼ同じ結合能を示したことから、PEG鎖が最適な長さよりも長い場合には、PEG鎖の柔軟性により、さほど結合能に影響しないことがわかる。したがって、PEG鎖の長さを最適化しない場合は、PEG鎖長は長めに設計するのが効果的だろう。
【0071】
また、PEG鎖を有するがリン脂質部分を有しない化合物18を用いて同様に結合能を決定したところ、この化合物の結合能はトルテロジンそのものよりも若干低下していた。これはおそらく導入したPEG鎖の影響であると考えられる。重要なことは、化合物18と同じ長さのPEG鎖を有するLPC(n=9)は、化合物18よりも、そしてトルテロジンそのものよりも高い結合能を示したことであり、このことは、標的受容体に対するリガンドの膜へのアンカリングによる局在により、結合能が効果的に高められていることを示唆している。
【0072】
例3:ムスカリン受容体からの分離性試験
例2(1)で調製したラット脳ホモジネートを、100nMの各LPC、トルテロジンおよび化合物18とともに25℃で60分間インキュベートした。一部を無洗浄試料として保存し、残りは40,000×g、4℃で20分間遠心分離した。冷緩衝液でペレットを懸濁し、懸濁液の一部を1回洗浄試料として保存した。残りの懸濁液は上記と同様に再び遠心分離および再懸濁し、2回洗浄試料とした。各洗浄回数の懸濁液を、500pMの[
3H]NMSとともに25℃で60分間インキュベートした。各試料における[
3H]NMSの特異的結合を比較した。
【0073】
結果を
図1に示す。全てのLPCは、結合能の程度にかかわらず、洗浄後に結合の低下が見られなかったのに対し、トルテロジンおよび化合物18では顕著に結合が低下していた。このことは、結合の維持が膜へのアンカリングにのみ依拠していることを示し、受容体結合に対する膜アンカリングの劇的な効果を示すものである。興味深いことに、全てのLPCで洗浄後に結合能が上昇しており、このことはLPCと受容体との結合は膜へのアンカリング後の時間経過に依存することを示唆している。
【0074】
例4:経尿道的膀胱内注入後の膀胱ムスカリン性受容体結合の測定
最後にin vivoにおけるLPCの薬理効果について分析した。10mMのトルテロジンまたはLPCとして化合物16(n=9)を30分かけてラットの膀胱内に経尿道的に注入し、膀胱内注入後30分および24時間の時点で切除し、膀胱における[
3H]NMSのムスカリン性受容体への結合を計測し、見かけのK
d(K
dapp)値を計算した。K
dapp値は、Graph Pad Prismを用いた非線形回帰分析により評価した。データの統計分析は、一元配置分散分析(one-way ANOVA)の後、多重比較のためのダネット検定を行い、p<0.05を有意差ありとした。
【0075】
結果を
図2に示す。30分後の時点では、トルテロジンおよびLPCともに[
3H]NMSのK
dapp値は同程度に増大しており、両方ともin vivoで有効にムスカリン性受容体に結合することを示唆していた。重要なことに、24時間後の時点の[
3H]NMSのK
dapp値は、トルテロジンで処置したラットにおいては顕著に値が減少していたのに対し、LPCの場合は減少しておらず、このことはLPCがトルテロジンと比較して、in vivoにおいてもムスカリン性受容体と長時間結合していることを示している。