【実施例】
【0039】
以下、実施例を挙げて本発明についてさらに具体的に説明する。ただし、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。
【0040】
1.希土類錯体の合成
(1)2,2−ビス(ジブロモエチル)−1,1−ビナフチルの合成
下記反応によって、2,2−ビス(ジブロモエチル)−1,1−ビナフチルを合成した。
【0041】
【化9】
【0042】
容積50mLのナス型フラスコ中で、2,2−ジメチル−1,1−ビナフチル(0.51g、1.8mmol)を四塩化炭素(10mL)に溶解した。そこにN−ブロモスクシンイミド(NBS)(3.6g、20mmol)及びベンゾイルパーオキサイド(BPO)(0.06g)を加え、77℃で40時間還流した。還流後、余剰のNBSをろ過によって除去した。ろ液に対して、ジクロロメタン及び飽和食塩水による抽出操作を3回行った。得られた有機層に硫酸マグネシウムを加え、ろ過した。ろ液から、エバポレーターを用いて溶媒を除去した。残渣の粗生成物をシリカゲルクロマトグラフィー(溶離液:ヘキサン/ジクロロメタン=8/2)で精製し、得られた精製物を乾燥させて、2,2−ビス(ジブロモエチル)−1,1−ビナフチル(0.81g、1.4mmol)を得た(収率75%)。
R
f = 0.40(SiO
2;トルエン/石油エーテル=0.5/9.5)、又はR
f = 0.80(SiO
2;CH
2Cl
2/ヘキサン=2/8)
1H-NMR(CDCl
3, 400MHz, TMS, ppm):6.21(s, 2H); 6.98(d, 2H, J=8Hz); 7.28-7.33(m, 2H); 7.51-7.56(m, 2H); 7.95(d, 2H, J=8Hz); 8.15(d, 2H, J=9Hz); 8.23(d, 2H, J=8Hz)
MS(EI, 2000V): m/z for C
22H
14Br
4 [M
+] = calcd: 597.78; found: 597.84.
【0043】
(2)7,8−ジブロモ−[5]−ヘリセンの合成
下記反応によって、2,2−ビス(ジブロモエチル)−1,1−ビナフチルから7,8−ジブロモ−[5]−ヘリセンを合成した。
【0044】
【化10】
【0045】
2,2−ビス(ジブロモエチル)−1,1−ビナフチル(0.81g、1.4mmol)をN,N−ジメチルホルムアミド10mLに溶かして、溶液を調製した。この溶液を、容積100mLのナス型フラスコ中で、氷水によって0℃まで冷却しながら、5分間撹拌した。その後、カリウム tert−ブトキシド(2.6g、23mmol)を少しずつ加えた。溶液が薄い黄色から茶色へと変化したのを確認した後、溶液をさらに15分撹拌した。撹拌後、溶液を0.12Mの塩酸100mLに注ぐと、白色の沈殿が析出した。6Mの塩酸を徐々に加えて溶液のpHを1に調整した後、吸引ろ過を行った。回収された沈殿物をメタノールで数回洗浄し、真空デシケーターを用いて乾燥させて、7,8−ジブロモ−[5]−ヘリセンの白色固体(0.54g、1.2mmol)を得た(収率75%)。
1H-NMR(CDCl
3, 400MHz, TMS, ppm): 7.21-7.27(m, 2H); 7.50-7.59(m, 2H); 7.93-8.01(m, 4H, J=8Hz); 8.24(d, 2H, J=9Hz); 8.46(d, 2H, J=9Hz)
MS(EI, 2000V): m/z for C
22H
12Br
2 [M
+] = calcd: 435.93; found: 435.96.
【0046】
(3)7−ブロモ−[5]−ヘリセンの合成
下記反応によって、7,8−ジブロモ−[5]−ヘリセンから7−ブロモ−[5]−ヘリセンを合成した。
【0047】
【化11】
【0048】
アルゴン置換した容積50mLのナス型フラスコに、7,8−ジブロモ−[5]−ヘリセン(0.53g、1.2mmol)及び亜鉛末(0.43g、6.6mmol)を加え、7,8−ジブロモ−[5]−ヘリセンを酢酸(40mL)に溶かした。130℃で5時間の還流の後、余剰の亜鉛末をろ過によって除去した。ろ液を除冷することにより、綿状の結晶が析出した。この結晶を、吸引ろ過によって回収し、メタノールで数回洗浄した。得られた結晶を真空デシケーターで乾燥させて、7−ブロモ−[5]−ヘリセンの結晶(0.37g、1.0mmol)を得た(収率75%)。
1H-NMR(CDCl
3, 400MHz, TMS, ppm): 7.22-7.29(m, 2H); 7.50-7.56(m, 2H); 7.78(d, 1H, J=8Hz); 7.92-8.02(m, 4H); 8.19(s, 1H); 8.34-8.38(m, 2H); 8.42-8.47(m, 1H)
MS(EI, 2000V): m/z for C
22H
13Br [M
+] = calcd: 356.02; found: 356.07.
【0049】
(4)[5]−ヘリセン−ジフェニルホスフィンオキシド(HPO)の合成
下記反応によって、7−ブロモ−[5]−ヘリセンから[5]−ヘリセン−ジフェニルホスフィンオキシドを合成した。
【0050】
【化12】
【0051】
容積50mLの2口フラスコをフレームドライした。そこに、7−ブロモ−[5]−ヘリセン(84.3mg、0.24mmol)を入れた。フラスコ内をアルゴン置換した後、無水水THF(10ml)を加えてから、フラスコを液体窒素により80℃まで冷却した。続いて、1.6Mのn−BuLi(0.25mL、0.4mmol)を、シリンジを用いてゆっくり滴下した。溶液が黄色に変化したことを確認した後、フラスコを室温に戻してから溶液をさらに3時間撹拌すると、溶液がオレンジ色に変化した。再度、液体窒素によりフラスコを80℃まで冷却し、クロロジフェニルホスフィン(80μL、 3.57mmol)をマイクロシリンジを用いてゆっくり滴下した。そのままの温度で2時間撹拌した後、溶液を、室温に戻して終夜撹拌した。その後、溶液に対して、ジクロロメタン及び飽和食塩水を用いた抽出操作を3回行った。得られた有機層に硫酸マグネシウムを加え、有機層をろ過した。ろ液からエバポレーターを用いて溶媒を除去した。それにジクロロメタン20mLと過酸化水素1mLを加え、5時間攪拌した。その後、溶液に対して、ジクロロメタン及び飽和食塩水を用いた抽出操作を3回行った。得られた有機層に硫酸マグネシウムを加え、有機層をろ過した。ろ液からエバポレーターを用いて溶媒を除去した。残渣をシリカゲルクロマトグラフィーによって精製して、黄色のオイル状生成物([5]−ヘリセン−ジフェニルホスフィンオキシド、HPO)を得た(収率75%)。
1H-NMR(CDCl
3, 400MHz, ppm): 7.22-7.30(m, 3H); 7.45-7.59(m, 8H); 7.63-7.83(m, 6H); 7.88-8.00(m, 3H); 8.37-8.40(m, 2H); 8.64(d, 2H, J=9Hz)
MS(ESI+): m/z for C
34H
23OP [M+Na]
+ = calcd: 501.14; found: 501.14
【0052】
(5)式(5−5)で表されるユーロピウム錯体(Eu(hfa)
2(HPO)
3)の合成
容積50ml容のナス型フラスコ中で、オイル状のHPOをメタノール10mLに溶かした。そこに、Eu(hfa)
3(H
2O)
2(42mg、0.52mmol)を加え、60℃で4時間還流した。還流後、エバポレーターを用いて溶媒を除去して、粗生成物を得た。余剰なEu(hfa)
3(H
2O)
2及びHPOを除去するため、粗生成物をクロロホルムに溶かし、得られた溶液を冷却してから、ろ過した。得られたろ液をエバポレーターで溶媒を除去することで、黄色いオイル状の生成物(Eu(hfa)
2(HPO)
3)を得た。
MS(ESI+): m/z for C
83H
49EuF
18O
8P
2 [M-hfa]
+ = calcd: 1523.19; found: 1523.10
【0053】
【化13】
【0054】
2.光物性評価
(1)発光スペクトル(励起光:375nm)及び励起スペクトル
Eu(hfa)
2(HPO)
3の発光スペクトル及び励起スペクトルを測定した。溶媒としてジクロロメタンを用いた。発光スペクトルは、励起波長を375nmに設定して測定した。励起スペクトルは、検出波長を613nmに設定して測定した。
【0055】
図3は、Eu(hfa)
2(HPO)
3の発光スペクトル及び励起スペクトルである。発光スペクトルにおいて、445nm付近のブロードな発光帯、及び578nm、613nm、651nm、699nmにシャープな発光帯が観測された。前者はヘリセン配位子(HPO)のπ−π
*遷移に由来した発光帯に、後者はEu
3+イオンの4f−4f遷移に由来した発光帯に帰属される。励起スペクトルにおいて、ヘリセンの電子吸収ピークに対応したピークが388nm、398nm、及び422nmに観測された。このスペクトルは、340nm付近のピークを有するEu(hfa)
3(TPPO)
2とは大きく異なっている。
【0056】
(2)発光スペクトル(励起光:可視光)
Eu(hfa)
2(HPO)
3に可視光(450nm、475nm、又485nm)を照射したときのEu
3+イオンの発光を確認した。
図4は、このときの発光スペクトルである。
図4に示されるように、ヘリセン基を含む配位子を導入することで、Eu発光に関して可視域に光増感領域を有する希土類錯体が得られることが確認された。
【0057】
(3)溶媒の影響
溶媒としてクロロホルム、ジクロロメタン、ヨードメタン、又はメタノールを用いて、Eu(hfa)
2(HPO)
3の発光スペクトル及び励起スペクトルを測定した。発光スペクトルは、励起波長を375 nmに設定して測定した。励起スペクトルは、検出波長を613nmに設定して行った。
【0058】
図5は発光スペクトルであり、
図6は励起スペクトルである。表1は、スペクトルから得られた光物性パラメータ、及び溶媒の比誘電率を示す。
【0059】
【表1】
【0060】
表中、a、bは発光スペクトルをフィッティングして算出した。aは、HPOの発光面積/Eu
3+イオンの
5D
0→
7F
1の発光面積の値である。bは、HPOのπ−π
*遷移の発光面積/Eu
3+イオンの
5D
0→
7F
1の発光面積の値である。cは、HPOのπ−π
*遷移の発光面積が微弱でSN比が低く、算出困難であったことを示す。dは、HPO由来の発光ピークである。e(λ
Ex)は、励起スペクトルの最長波長ピークである。
【0061】
メタノール中では、HPOの発光強度に対するEu
3+イオンの発光強度の比が非常に小さかった。
【0062】
ヨードエタン中ではヘリセンのπ−π
*遷移に由来した発光はほとんど観測されなかった(
図5)。これは、ヨウ素による外部重原子効果によりk
iscが増大(k
pも増大)した結果、HPOの発光が消失したためであると考察される。さらに、他の溶媒と比べてEu発光に対するHPOによる光増感能が非常に強かった(
図6)。これは、外部重原子効果の影響だけでなく、配位子の励起状態(T
1)の、Eu
3+イオンの励起エネルギーに対する相対的なエネルギーが、溶媒−溶質間の相互作用(双極子−双極子相互作用)の違いによって変化することの影響も受けたものと考えられる。この相互作用はS
1状態とT1状態とで類似するため、T
1状態においても、ヨードエタン中では、他の溶媒中よりもエネルギーが高くなると考えられる(表1、λ
Ex=S
1のエネルギーに相当)。
【0063】
5D
0→
7F
2/
5D
0→
7F
1の比は、溶媒により大きく異なっており、この比に関して、ヨードエタンが最も大きな値を示した。この結果は、例えば、ヨードエタン中では、他の溶媒中と比較して配位子のS
1状態のエネルギーが大きく異なるということを考慮すると、配位子が込み合っていること、ヨードエタンは他の溶媒よりも1つ多いアルキルを有すること、それによってHPOが周囲の溶媒分子(ヨードメタン)との双極子双極子相互作用が最も強くなるような配向をとりづらいことを原因としていると推察される。
【0064】
ππ
*/
5D
0→
7F
1の比は、クロロホルム中で、ジクロロメタン中よりも高い値を示した。これは、ジクロロメタンの方が重原子効果が弱いことから、励起状態エネルギーが低いにも関わらず、エネルギー移動効率が高いことを示唆している。これは、例えば、溶媒によるHPO配位子とEu
3+イオンの配向の違い、及び、電気双極子遷移の大きさの違いなどに起因するものと考えられる。