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特開2016-178889歯周炎原因細胞の特定方法、歯周炎治療薬のスクリーニング方法、歯周炎の検査方法、検査キット
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】特開2016-178889(P2016-178889A)
(43)【公開日】2016年10月13日
(54)【発明の名称】歯周炎原因細胞の特定方法、歯周炎治療薬のスクリーニング方法、歯周炎の検査方法、検査キット
(51)【国際特許分類】
   C12Q 1/68 20060101AFI20160916BHJP
   G01N 33/53 20060101ALI20160916BHJP
   C12N 15/09 20060101ALN20160916BHJP
【FI】
   C12Q1/68ZNA
   G01N33/53 D
   G01N33/53 M
   C12N15/00 A
【審査請求】有
【請求項の数】13
【出願形態】OL
【全頁数】16
(21)【出願番号】特願2015-60644(P2015-60644)
(22)【出願日】2015年3月24日
(71)【出願人】
【識別番号】515080179
【氏名又は名称】株式会社アイシーエレクトロニクス
(71)【出願人】
【識別番号】899000057
【氏名又は名称】学校法人日本大学
(71)【出願人】
【識別番号】504137912
【氏名又は名称】国立大学法人 東京大学
(74)【代理人】
【識別番号】100179431
【弁理士】
【氏名又は名称】白形 由美子
(72)【発明者】
【氏名】大島 光宏
(72)【発明者】
【氏名】山口 洋子
(72)【発明者】
【氏名】堀江 真史
(72)【発明者】
【氏名】齋藤 朗
(72)【発明者】
【氏名】長瀬 隆英
(72)【発明者】
【氏名】岩本 久美
【テーマコード(参考)】
4B024
4B063
【Fターム(参考)】
4B024AA11
4B024CA01
4B024CA12
4B063QA01
4B063QA19
4B063QQ08
4B063QQ42
4B063QQ53
4B063QR62
4B063QS31
(57)【要約】      (修正有)
【課題】歯周炎の原因細胞であるアグレッシブ線維芽細胞のマーカーの解析を行い、新規の歯周炎治療薬のスクリーニング、検査方法、検査キットの提供。
【解決手段】アグレッシブ線維芽細胞の解析を行い、RUNX2のP1プロモーターからの発現、DLX5の発現が正常歯肉線維芽細胞と比較して減少していることを検出する方法。また、FLT1の発現の増加を検出する方法。これらアグレッシブ線維芽細胞に特徴的な発現をマーカーとして、アグレッシブ線維芽細胞の特定し、治療薬のスクリーニング方法、検査方法とする歯周炎治療薬のスクリーニング方法。
【選択図】図5
【特許請求の範囲】
【請求項1】
歯周炎の原因細胞であるアグレッシブ線維芽細胞の特定方法であって、
RUNX2のP1からの発現量及び/又はDLX5の発現量が所定の値より低いことを特徴とする特定方法。
【請求項2】
請求項1記載のアグレッシブ線維芽細胞の特定方法であって、
さらに、FLT1発現量が所定の値より高いことを特徴とする特定方法。
【請求項3】
請求項1又は2記載のアグレッシブ線維芽細胞の特定方法であって、
前記発現量は、遺伝子及び/又はタンパク質の発現量を測定することを特徴とする特定方法。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか1項記載のアグレッシブ線維芽細胞の特定方法であって、
前記発現量を配列番号2及び4のプライマーセット、配列番号7及び8のプライマーセット、配列番号9及び10のプライマーセットの少なくとも1つ以上により測定することを特徴とする特定方法。
【請求項5】
歯周炎治療薬のスクリーニング方法であって、
細胞に被験物質を接触させ、
RUNX2のP1からの発現量及び/又はDLX5の発現量の増加を指標とすることを特徴とするスクリーニング方法。
【請求項6】
請求項5記載のスクリーニング方法であって、
さらに、FLT1の発現量低下を指標とすることを特徴とするスクリーニング方法。
【請求項7】
請求項5又は6記載のスクリーニング方法であって、
前記細胞はアグレッシブ線維芽細胞であることを特徴とするスクリーニング方法。
【請求項8】
請求項5〜7のいずれか1項記載のスクリーニング方法であって、
前記発現量は、遺伝子及び/又はタンパク質の発現量を測定することを特徴とするスクリーニング方法。
【請求項9】
請求項5〜8のいずれか1項記載のスクリーニング方法であって、
前記発現量を配列番号2及び4のプライマーセット、配列番号7及び8のプライマーセット、配列番号9及び10のプライマーセットの少なくとも1つ以上により測定することを特徴とするスクリーニング方法。
【請求項10】
歯周炎の検査方法であって、
患者から採取された検体のRUNX2のP1からの発現量及び/又はDLX5の発現量を測定し、
所定の値より低い場合に歯周炎のリスクが高いと判定することを特徴とする検査方法。
【請求項11】
請求項10記載の検査方法であって、
さらに、FLT1発現量が所定の値より高い場合に歯周炎のリスクが高いと判定することを特徴とする検査方法。
【請求項12】
請求項10又は11記載の検査方法であって、
前記発現量は、遺伝子及び/又はタンパク質の発現量であることを特徴とする検査方法。
【請求項13】
請求項10〜12のいずれか1項記載の検査方法であって、
前記発現量を配列番号2及び4のプライマーセット、配列番号7及び8のプライマーセット、配列番号9及び10のプライマーセットの1つ以上により定量することを特徴とする検査方法。
【請求項14】
歯周炎の診断キットであって、
配列番号2及び4のプライマーセット、配列番号7及び8のプライマーセット、配列番号9及び10のプライマーセットの少なくとも1つ以上のプライマーセットと、
定量に必要な試薬を含むことを特徴とする検査キット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、新規の分子マーカーを用いた歯周炎原因細胞の判別方法、及び歯周炎治療薬のスクリーニング方法に関する。
【背景技術】
【0002】
歯周病はう蝕とともに、歯の二大疾患である。歯周病は歯肉炎と歯周炎とに分けられるが、最終的な歯の喪失に至るのは、いわゆる歯槽膿漏といわれる歯周炎である。歯周病は世界で最も多い疾患であるともいわれ、我が国でも成人の約8割が罹患しているとされる。歯喪失の42%は歯周炎によると報告されており、歯喪失の重要な原因でもある。
【0003】
保持歯数は全身の健康状態とも密接に関連することが指摘されており、歯周炎の治療と予防は歯科分野だけではなく、医療全般の問題ともなる。歯科保健の分野では、高齢者においても歯の喪失が10歯以下であれば、食生活に大きな支障を生じないとの研究に基づき、「80歳になっても自分の歯を20本以上保とう」という8020(ハチマル・ニイマル)運動が提唱、推進されている。8020運動は1989年より、厚生省(当時)と日本歯科医師会が推進している運動である。しかしながら、2011年の調査では達成率は38.3%であり、前回調査時(2005年)の24.1%に比べ大幅に達成率が上昇しているとはいえ、いまだに低い数値を推移している。
【0004】
歯周炎の原因は、これまで歯肉炎同様、細菌感染であると考えられていたことから、現在の治療法としては、抗菌、抗炎症などの対症療法が主流である。また、プラークコントロール、スケーリング等の歯周基本治療、外科的に歯周ポケットの深さを減少させる手術が行われている。
【0005】
歯肉炎は歯磨きの習慣と相関があり、歯肉炎の原因は歯に付いた細菌性プラークであるという研究結果から、細菌が原因であると考えられる(非特許文献1)。しかしながら、コッホの4原則を満たす歯周病菌が単離されておらず、動物モデルを作ることができないこと、細菌感染が原因であることが明らかになっている歯肉炎から歯周炎に移行する患者は15%程度しかいないこと、歯を磨く習慣のある集団と磨かない集団とで、重度歯周炎の罹患率が変わらない等、歯周炎の原因は細菌であると考えると説明のつかないことが多い。
【0006】
図1Aは歯周組織を模式的に示したものであり、左半分は健康な歯の状態を、右半分は歯周炎に罹患した歯の状態を示したものである。歯根と歯槽骨の間には、歯根膜というコラーゲン線維でできた靭帯が存在し、歯根と歯槽骨を強固につなげている。歯周炎によって歯槽骨のミネラル分は吸収されるが(図1A右、歯周炎の部分参照)、それだけでは歯根膜は失われない。また、歯を失うことにもならない。歯喪失につながるのは、いわゆる歯周ポケットの部分から、歯根膜が溶解することにより、歯と骨との間のコラーゲンによる付着がなくなり、歯根と歯槽骨の間に上皮細胞が入り込み、やがて根尖まで到達することが原因となる。
【0007】
本発明者らは、歯周炎の研究の過程で、重度歯周炎患者の歯肉由来の線維芽細胞をコラーゲンゲル三次元細胞培養法によって培養を行うと、培地であるゲルのコラーゲンが分解され小さくなるということを見出した。図1Bに重度歯周炎患者、軽度歯周炎患者、健常者の歯肉から単離した歯肉線維芽細胞を三次元ゲルで培養した結果を示している。重度歯周炎患者の歯肉由来の線維芽細胞を三次元細胞培養すると、矢印で示したように、培地のコラーゲンが分解され、小さくゲルが収縮する。本願発明者らは、このコラーゲン分解能の高い線維芽細胞をアグレッシブ線維芽細胞と名付けて、以下の理由から歯周炎の主因である可能性が高いと考えている。
(1)現在までに50症例以上の歯周炎患者より、アグレッシブ線維芽細胞の単離を試みているが、すべての歯周炎患者歯肉からアグレッシブ線維芽細胞は単離できている。
(2)アグレッシブ線維芽細胞はコラーゲン分解能が高いことから、歯と骨との間に存在するコラーゲンを主成分とする歯根膜を分解する原因となっていると考えられる。
(3)プラーク付着量が少なく、炎症の程度は軽いが、付着の急速な消失が起こる疾患である侵襲性歯周炎罹患歯肉からは、コラーゲン分解能の非常に高いアグレッシブ線維芽細胞が分離できる。
(4)歯周炎では、同じ歯でも病態がとくに進行した部分がある。これを歯周炎の部位特異性というが、アグレッシブ線維芽細胞が存在することで歯周炎の部位特異性を説明できる。
【0008】
上記の理由から、アグレッシブ線維芽細胞が歯周炎の一因であると考えられる。そして、本発明者らはすでに歯周組織破壊を抑制、改善する有効成分をスクリーニングする方法を開示するとともに、コラーゲン分解阻害剤を有効成分とする治療薬を開発している(特許文献1、2)。
【0009】
しかしながら、アグレッシブ線維芽細胞を特定するのには培養時間が長期にわたり必要であることから、短時間でアグレッシブ線維芽細胞を特定する方法が望まれていた。また、新しい治療薬、診断方法等を提供するためにアグレッシブ線維芽細胞で特異的な発現パターンを示す遺伝子の解析も望まれていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開2010−220561号公報
【特許文献2】特開2011−256136号公報
【非特許文献】
【0011】
【非特許文献1】Loee et al., 1965, J. Periodontol., Vol.36,pp.177-187
【非特許文献2】Ohshima et al., 1994, J. Periodontal.Res., Vol.29, pp.421-429
【非特許文献3】Ohshima et al., 2008, J. Periodontol., Vol.79, pp.912-918
【非特許文献4】Ohshima et al., 2010, J. Dent. Res., Vol.89(11), pp.1315-1321
【非特許文献5】Chang, H.Y.et al., 2002, PNAS,Vol.90(20), pp.12877-12882
【非特許文献6】Lipson,D., et al., Nat.Biotechnol. 2009 Vol.27, pp.652-658
【非特許文献7】Komori, T., et al., 1997, Cell, Vol.89(5), p.755-764
【非特許文献8】Camilleri S., et al., 2006, Eur. J. Oral. Sci., Vol.114, pp.361-373
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明は、歯周炎の原因細胞であるアグレッシブ線維芽細胞のマーカーを探索し、当該マーカーの発現を指標として、歯周炎原因細胞を特定するとともに、新たな治療薬を探索するためのスクリーニング方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明は、以下に示すアグレッシブ線維芽細胞の特定方法、歯周炎の治療薬のスクリーニング方法、検査方法、及び検査キットに関する。
(1)歯周炎の原因細胞であるアグレッシブ線維芽細胞の特定方法であって、
RUNX2のP1からの発現量及び/又はDLX5の発現量が所定の値より低いことを特徴とする特定方法。
(2)上記(1)記載のアグレッシブ線維芽細胞の特定方法であって、
さらに、FLT1発現量が所定の値より高いことを特徴とする特定方法。
(3)上記(1)又は(2)記載のアグレッシブ線維芽細胞の特定方法であって、
前記発現量は、遺伝子及び/又はタンパク質の発現量を測定することを特徴とする特定方法。
(4)上記(1)〜(3)のいずれか記載のアグレッシブ線維芽細胞の特定方法であって、
前記発現量を配列番号2及び4のプライマーセット、配列番号7及び8のプライマーセット、配列番号9及び10のプライマーセットの少なくとも1つ以上により測定することを特徴とする特定方法。
(5)歯周炎治療薬のスクリーニング方法であって、
細胞に被験物質を接触させ、
RUNX2のP1からの発現量及び/又はDLX5の発現量の増加を指標とすることを特徴とするスクリーニング方法。
(6)上記(5)記載のスクリーニング方法であって、
さらに、FLT1の発現量の低下を指標とすることを特徴とするスクリーニング方法。
(7)上記(5)又は(6)記載のスクリーニング方法であって、
前記細胞はアグレッシブ線維芽細胞であることを特徴とするスクリーニング方法。
(8)上記(5)〜(7)のいずれか記載のスクリーニング方法であって、
前記発現量は、遺伝子及び/又はタンパク質の発現量を測定することを特徴とするスクリーニング方法。
(9)上記(5)〜(8)のいずれか記載のスクリーニング方法であって、
前記発現量を配列番号2及び4のプライマーセット、配列番号7及び8のプライマーセット、配列番号9及び10のプライマーセットの少なくとも1つ以上により測定することを特徴とするスクリーニング方法。
(10)歯周炎の検査方法であって、
患者から採取された検体のRUNX2のP1からの発現量及び/又はDLX5の発現量を測定し、
所定の値より低い場合に歯周炎のリスクが高いと判定することを特徴とする検査方法。
(11)上記(10)記載の検査方法であって、
さらに、FLT1の発現量が所定の値より高い場合に歯周炎のリスクが高いと判定することを特徴とする検査方法。
(12)上記(10)又は(11)記載の検査方法であって、
前記発現量は、遺伝子及び/又はタンパク質の発現量であることを特徴とする検査方法。
(13)上記(10)〜(12)のいずれか記載の検査方法であって、
前記発現量を配列番号2及び4記載のプライマーセット、配列番号7及び8のプライマーセット、配列番号9及び10のプライマーセットの1つ以上により定量することを特徴とする検査方法。
(14)歯周炎の診断キットであって、
配列番号2及び4のプライマーセット、配列番号7及び8のプライマーセット、配列番号9及び10のプライマーセットの少なくとも1つ以上のプライマーセットと、
定量に必要な試薬を含むことを特徴とする検査キット。
【発明の効果】
【0014】
新規の歯周炎原因細胞であるアグレッシブ線維芽細胞の新しい遺伝子マーカーを見出したことにより、これらの発現を指標としてアグレッシブ線維芽細胞を迅速に選別することが可能となる。また、歯周炎の治療薬をスクリーニングすることが可能となる。さらに、新たな検査方法、検査キットを作製することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1図1Aは、健康な歯周組織及び歯周炎の歯周組織を模式的に示す。図1B及び図1Cは、歯周炎患者、又は健常者から単離された線維芽細胞を三次元細胞培養したコラーゲンゲルの収縮の程度を示す写真である。
図2図2Aは種々の線維芽細胞の相関プロット、図2Bは、アグレッシブ線維芽細胞と歯根膜線維芽細胞のMAプロットを示す図。
図3図3Aは、アグレッシブ線維芽細胞、正常歯肉線維芽細胞のMAプロットを示す図。図3Bは、歯周病患者のアグレッシブ線維芽細胞、正常歯肉線維芽細胞のRUNX2のP1プロモーター、P2プロモーターからの遺伝子発現プロファイルを示す図。
図4】種々の初代培養線維芽細胞でのRUNX2のP1プロモーター、P2プロモーターからの遺伝子発現プロファイルを示す図。
図5】同一の歯周病患者のアグレッシブ線維芽細胞、正常歯肉線維芽細胞のDLX5、RUNX2のP1プロモーター、P2プロモーターからの遺伝子発現プロファイルを示す図。
図6】アグレッシブ線維芽細胞、正常歯肉線維芽細胞、歯根膜線維芽細胞におけるRUNX2P1、P2プロモーターからの発現、FLT1、DLX5の発現を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明者らは、アグレッシブ線維芽細胞に特異的に発現しているマーカーを探索することによって、三次元細胞培養を行わずにアグレッシブ線維芽細胞を特定する方法を開発した。さらに、アグレッシブ線維芽細胞に特異的なマーカーを見出したことから、これらマーカーの発現を指標として、歯周炎治療薬のスクリーニングを行うことができる。
【0017】
具体的には、本発明のマーカーを用いて特定したアグレッシブ線維芽細胞に、候補化合物を接触させ、各マーカー遺伝子の変化を測定することにより、治療薬の候補となる化合物のスクリーニングを行う。
【0018】
三次元細胞培養法を経ずにアグレッシブ線維芽細胞を特定することによって、非常に短期間で歯周炎の原因細胞を特定することができるため、歯周炎治療薬のスクリーニングを行うことが容易となる。また、歯周炎のリスクが高い患者の判定を行うことができる。本発明において、歯周炎のリスクが高いとは、現在、及び将来の歯周炎のリスクを含む。
【0019】
本発明において、発現とは特に断らない限り、遺伝子及び/又はタンパク質の発現を指す。遺伝子であっても、タンパク質であっても、定量的に測定することができれば、どのような方法を用いてもよい。遺伝子発現は定量的PCR法によって、タンパク質発現は、抗体によって測定することができる。定量的PCR法は、SYBR Green法、TaqManプローブ法、RT-PCR法等、公知の方法を用いることができる。また、タンパク質は、ELISA法、RIA法、Western blot法等公知の方法によって定量することができる。mRNA、タンパク質を測定することにより、感度よくマーカーを測定することができる。
【0020】
患者から採取された細胞とは、患者から歯周外科手術の際に切除されて不要となった歯肉や、抜去歯より得られた組織だけではなく、これら組織を培養して得られたた培養細胞も含まれる。
【0021】
以下、実施例を交えながら本発明を詳細に説明する。
【実施例1】
【0022】
≪アグレッシブ線維芽細胞の特定≫
1.歯肉線維芽細胞の調製
歯肉線維芽細胞はOhshimaらの方法(非特許文献2)に基づいて単離した。具体的には、歯周外科手術の際に切除され不要となった歯肉片又は抜去歯より組織を得て細切後、組織片をプレートに静置し、組織片より外生した細胞を第1代として、第6代目までの継代細胞を以下の実験に用いた。培養は、α−minimum essential medium(α−MEM、Wako社製)に10%ウシ胎児血清(FBS、Hyclone社製)、及び1%Penicillin/Streptmycine/Neomycin溶液(Life Technolgies社製)を添加した培養液を用いて、37℃、5%COの湿潤条件下で行った。継代は細胞がコンフルエントに達した時点で、0.05%trypsin/EDTA溶液(Wako社製)を用いて細胞を剥離し、面積比が1:3になるようにプレート、又はフラスコに播種して行った。
【0023】
2.歯肉上皮細胞の調製
歯肉上皮細胞はOhshimaらの方法(非特許文献3)に基づいて単離した。具体的には、歯周外科手術の際に切除され不要となった歯肉片をDispase I(合同酒精(株)社製)処理した後、上皮組織部分を結合組織部分から剥離した。上皮組織を細切後、組織片をプレートに静置し、組織片から外生した細胞を第1代として、第4〜8代目までの継代細胞を以下の実験に用いた。
【0024】
培養はI型コラーゲンがコートされたプレート、又はフラスコ(住友ベークライト社製)を用い、Epi Life medium(Life Technolgies社製)に添加剤S7(Life Technolgies社製)及び1%Gentamicin/Amphotericin Solution(Life Technolgies社製)を加えた培地を用いた。細胞がコンフルエントに達した時点で、0.05%trypsin/EDTA溶液を用いて細胞を剥離し継代培養を行った。
【0025】
3.三次元細胞培養によるコラーゲン分解能の高い歯肉線維芽細胞の培養
歯肉線維芽細胞を歯肉上皮細胞とともに培養することによって、そのコラーゲン分解能が増強する。コラーゲンゲルの構築方法、三次元細胞培養方法については論文(非特許文献4)に詳しく記載しているが、以下に方法の概要を記載する。
【0026】
セルマトリックスtype I−A(新田ゼラチン社製)、5×DMEM(新田ゼラチン社製)、再構成用緩衝液(新田ゼラチン社製)を混合して、コラーゲン混合溶液を作製した。ここに、上記継代培養した歯肉線維芽細胞をトリプシンで分散させ、FBSに浮遊させて懸濁した後、細胞数2.0〜2.5×10個をコラーゲン混合溶液に混和後、6穴プレートに播種して37℃インキュベーターで30分間静置しゲル化させた。
【0027】
次に、上記で硬化させたゲル上に、上記継代培養した歯肉上皮細胞をトリプシンで分散させた後に細胞数2.0〜2.5×10個で播種し単層を形成させ、コラーゲンゲルを構築した。
【0028】
図1Cには、2症例の歯周炎患者と健常者から単離した細胞を三次元細胞培養した結果を示している。通常、コラーゲンゲルを構築した翌日ゲルをプレートから剥がしゲルを浮遊させ、3〜4日でゲルの収縮が起こり、アグレッシブ線維芽細胞と正常歯肉線維芽細胞との区別が可能となる。図1Cに示すように、歯周炎患者の歯肉片より得られた線維芽細胞では、コラーゲン分解能が高いアグレッシブ線維芽細胞が必ず含まれている。三次元細胞培養によって選択されたコラーゲン分解能の高い細胞をアグレッシブ線維芽細胞としてプレート、フラスコ等で培養したものを用いて以下の解析を行った。なお、これらは初代培養細胞であることから、アグレッシブ線維芽細胞を単離しているのではなく、アグレッシブ線維芽細胞の多い群を選択していることになる。また、コラーゲン分解能が低い細胞群にはアグレッシブ線維芽細胞は混在しておらず、ほとんどが正常歯肉線維芽細胞であると考えられる。
【実施例2】
【0029】
≪理研FANTOM5による解析≫
様々な組織から単離した線維芽細胞は同じような形状をしているものの、トランスクリプトーム解析を行うと、各組織で特徴的な遺伝子発現をしていることが知られている(非特許文献5)。歯肉線維芽細胞についても解析が行われているが、2つの遺伝子のみについて特徴づけられているにすぎず、歯肉線維芽細胞の遺伝子発現パターンの特徴は明らかとはいえない。そこで、FANTOM5において、歯肉線維芽細胞のCAGE法による解析を行った。
【0030】
FANTOM(Functional ANnoTation Of Mammalian cDNA)5プロジェクトは、理化学研究所による国際コンソーシアムによるものであり、様々な種類のヒト細胞を使って、転写開始部位の系統的マッピングに取り組む国際的なプロジェクトである。
【0031】
FANTOMプロジェクトは、ゲノムの転写制御ネットワークを理解するために、遺伝子の発現プロファイルをCAGE法(Cap Analysis of Gene Expression)によって得て解析を行っている。CAGE法は、mRNAの5´末端から約20塩基のタグ配列を切り出し、塩基配列を決定する手法である。CAGE法は、個々のプロモーターについての遺伝子発現を解析できる手法である。また、次世代シーケンサーと組み合せることにより、ゲノムワイドに遺伝子発現を定量解析できる唯一の技術であり、理論的には10細胞に1コピー以下しか発現していないRNAを99.9%の精度で捉えることができると言われている。
【0032】
1.RNAの採取
RNAはTRIzol(商標、invitrogen社製)を用いて抽出した。抽出したRNAは、Agilent 2100 Bioanalyzerを用いてクォリティを確認した。
【0033】
2.CAGEライブラリーの作製
最初にFirst−strand cDNAをRNAから作製した。5μgのRNAを500ngのランダムN15プライマー(Clontech社製)と混ぜ、65℃5分、熱変性を行いその後冷却した。RT master mix(Clontech社製)を加え、25℃30秒、42℃30分、50℃10分、56℃10分、60℃10分で反応を行い、4℃に冷却した。cDNA/RNAはAgencourt RNACleanXP(Beckman Coulter社製)により精製し溶解した。
【0034】
次に酸化反応とビオチン化を行った。cDNA/RNA混合物に2μLの1M酢酸ナトリウム(pH4.5)と2μLの250mM過ヨウ素酸ナトリウムを加え氷上、暗室にて45分静置した。2μLの40%グリセロールと14μLの1MTris−HCl(pH8.5)を混合し反応を止めた。cDNA/RNA混合物はAgencourt RNACleanXPにより精製した。4μLの1M酢酸ナトリウム(pH6.0)と1μLの150mMビオチン(ロングアーム)ヒドラジド(VECTOR Lab社製)を加え、37℃2時間、暗所に静置した。12μLのイソプロパノールを加え、ビオチン化した産物はAgencourt RNACleanXPにて精製した。相補的first−strand cDNA strandにより保護されない一本鎖RNA領域はRNase1(Promega社製)を加え分解した。
【0035】
次にCap−trappingとreleaseを行った。MPG streptavidin magnetic bead slurry(TakaraBio社製)をtRNA (Sigma社製)を用いて氷上30分間静置しpre−blockingを行った。その後buffer1(4.5M塩化ナトリウム、5mM EDTA、pH8.0)で洗浄を行い、50μgのtRNAを含むbuffer1に懸濁した。
【0036】
ビオチン化したcDNA/RNA混合物はブロッキングしたビーズにより精製した。50℃30分で結合させ、buffer1で1回、buffer2(0.3M塩化ナトリウム、1mM EDTA、pH8.0)で1回、buffer3(1mM EDTA、0.4%ドデシル硫酸ナトリウム、0.5M酢酸ナトリウム、20mM Tris−HCl、pH8.5)で2回、buffer4(1mM EDTA、0.5M酢酸ナトリウム、10mM Tris−HCl、pH8.5)で2回洗浄を行った。CaptureされたcDNAは熱ショックとRNaseI処理によりreleaseした。ビーズはRNaseI bufferに溶解し、5分間95°Cで処理後すぐに氷上に静置した。RNAは37℃15分のRNase処理により取り除いた。
【0037】
Cap−trappedされたfirst−strand cDNAはAgencourt AMPure XP(Beckman Coulter社製)により生成した。cDNAのクォリティはOliGreen ssDNA Quantitation kit (Invitrogen社製)により評価した。一般的には5μgのRNAから10-20ngのCAGE libraryが作製される。
【0038】
次にpoly(dA) tailing反応を行った。10ngのsingle−stranded CAGE libraryを95℃5分にて熱変性させた後、急速冷却を行った。変性させた混合物にTerminal Transferase、dATP、BSA(NEB社製)を加え37℃1時間で反応させ、70℃10分で酵素を不活化させ4℃に冷却した。poly(A)tailing反応後、反応液を95℃5分で熱変性させ、急速冷却を行った。次に0.5μLの200μM biotin−ddATPを含むblocking mixtureを作製し、変性させたpoly−adenylated mixtureに加え37℃1時間反応させた後、70℃20分で酵素を不活化し4℃に冷却した。2pMのCarrier Oligonucleotide(5′−TCACTATTGTTGAGAACGTTGGCCTATAGTGAGTCGTATTACGCGCGGT[ddC]−3′)(配列番号1)を不活化した反応液に加え、サンプルのモル濃度をHelicos OptiHyb assay(Helicos社製)により測定した。
【0039】
次にHeliScopeによるシーケンシングを行った。上述のように処理を行ったテンプレートをマニュアルに従ってシーケンシングを行った。次に得られたシーケンスのrawリードのフィルタリングとアライメントを行った。フィルタリングはLipsonらの手法を応用して行った(非特許文献6)。本法では20ntから70ntのリードのみを使用し、アライメントスコアが3.5以上のリードは除外した。Reference sequencesはUCSC Genome Browser databaseのヒトゲノムアセンブリのhg19とヒトリボソームDNAの反復配列を用いた(GenBank accession U13369)。各々のリードは helisphere−0.14.a015 package のindexDPgenomicを用いてアライメントを行った。 遺伝子発現はRefSeqの5′末端の500bp以内のアラインされたリードの数を測定した。各細胞のリードカウントはFANTOM5 Table Extraction Toolから取得した。
【0040】
図2Aは各種線維芽細胞と歯肉線維芽細胞の相関プロットを示す。図中の略号は以下の線維芽細胞を示し、かっこ内の数字は、解析に用いた線維芽細胞の数を示す。GF:gingival fibroblast(歯肉線維芽細胞(6))、AAF:aortic adventitial fibroblast(大動脈外膜線維芽細胞(3))、CF:cardiac fibroblast(心臓線維芽細胞(6))、CPF:choroid plexus fibroblast(脈絡膜線維芽細胞(3))、ConF:conjunctival fibroblast(結膜線維芽細胞(2))、DF:dermal fibroblast(皮膚線維芽細胞(6))、LF:lung fibroblast(肺線維芽細胞(3))、LymF:lymphatic fibroblast(リンパ管線維芽細胞(3))、MF:mammary fibroblast(乳腺線維芽細胞(3))、PLF:periodontal
ligament fibroblast(歯根膜線維芽細胞(6))、PAF:pulmonary artery fibroblast(肺動脈線維芽細胞(1))、VMF:villus mesenchymal fibroblast(絨毛間葉線維芽細胞(3))。
【0041】
各線維芽細胞のサンプル間のCAGE tagカウントの相関をBioconductorのpackageであるCAGEの中のplotCorrelation機能を用いて計算した。相関係数はPearsonの相関係数であり、相関係数が高いほど遺伝子発現が似ていることを示す。
【0042】
歯肉線維芽細胞(GF)は、線維芽細胞の中では、歯根膜線維芽細胞(PLF)と発現している遺伝子の発現パターンの相関が高い。そこで、歯肉線維芽細胞の遺伝子発現を特徴づけるために歯肉線維芽細胞と、歯根膜線維芽細胞を除く他の線維芽細胞すべての遺伝子発現プロファイルを比較した。比較にはBioconductorのパッケージであるedgeRを用いて行った。各々の遺伝子発現量をMAプロットにより、FDR(False Discovery Rate)<0.05に設定し、信頼領域の高い領域について比較を行った(図2B)。
【0043】
FDR<0.05の条件では、歯肉線維芽細胞での遺伝子発現が、他の線維芽細胞に対して、4148ピーク、1076遺伝子の発現が増加していることが認められた。また、歯肉線維芽細胞での発現が減少しているものは514ピーク、250遺伝子であった。このうち、発現の変化が顕著であったものを大きなドットで示している。
【実施例3】
【0044】
≪アグレッシブ線維芽細胞に特徴的な遺伝子発現≫
3名の同一の患者から得られたアグレッシブ線維芽細胞、及び健常者とコラーゲン分解能に差が見られない歯肉線維芽細胞(以下、正常歯肉線維芽細胞と記載することもある。)を用いて、遺伝子発現プロファイルをRのパッケージであるedgeRにより解析した。各々の遺伝子発現量をMAプロットにより、FDR<0.05に設定し、信頼領域の高い領域について比較を行った(図3A)。FDR<0.05を満たすものが103ピーク、42遺伝子認められた。アグレッシブ線維芽細胞で発現が上昇しているものが71ピーク、29遺伝子、低下しているものが32ピーク、13遺伝子認められた。実施例2で同定された歯肉線維芽細胞に特異的な発現を示す遺伝子のうちRUNX2のP1プロモーターからの発現とDLX5の発現がアグレッシブ線維芽細胞においてCAGEピークの低下を認めた。
【0045】
個々のアグレッシブ線維芽細胞、および正常歯肉線維芽細胞のCAGEピークのプロファイルをZENBUデータベースにて確認したところいずれのドナーから得られた細胞においても、RUNX2のP1プロモーターのCAGEピークの発現に差が見られた。アグレッシブ線維芽細胞では、P1プロモーターからの発現が抑制されているのに対し、正常歯肉線維芽細胞からの発現は抑制されていなかった。また、P2プロモーターからの発現は、アグレッシブ線維芽細胞、正常歯肉線維芽細胞で発現の差が見られるドナーはいなかった。図3Bに結果を示す。
【0046】
RUNX2は、runtホモロジードメインを備える転写因子であり、骨芽細胞の分化と骨形成のマスター遺伝子として作用することが知られている(非特許文献7)。RUNX2の突然変異は、鎖骨頭蓋骨異形成症(cleiocranial dysplasia、CCD)を引き起こす。CCDの症状として見られる歯の形成異常は、歯の形成に関与する細胞におけるRUNX2の異常が関与していると考えられている。
【0047】
したがって、得られた歯肉線維芽細胞のRUNX2のP1プロモーターからの遺伝子発現を解析することにより、アグレッシブ線維芽細胞、正常歯肉線維芽細胞を識別することができる。
【実施例4】
【0048】
《RUNX2 P1プロモーターからの発現、DLX5》
次に、種々の線維芽細胞を用いて、RUNX2のP1プロモーター、P2プロモーターからの発現を定量的PCRにより解析した。用いた細胞は下記のとおりである。本発明者らが歯周炎患者から得た以下の4つの初代培養細胞、GFH2:歯肉線維芽細胞、GFH3−1:歯肉線維芽細胞、PLH2:歯根膜線維芽細胞、PL29:歯根膜線維芽細胞、及び購入した以下の4つの細胞株、NB1RGB:正常皮膚線維芽細胞、NHLF:正常成人肺線維芽細胞、WI−38:胎児肺線維芽細胞株、HFL−1:胎児肺線維芽細胞株からRNAを精製して解析に用いた。
【0049】
RNAはRNAeasy Mini Kit(QIAGEN社製)にて回収し、SuperScript III Reverse Transcriptase (Invitrogen社製)を用いてfirst−strand cDNAを合成した。定量RT−PCRはMx−3000P qPCR System(Stratagene社製)とQuantiTect SYBR Green PCR (Qiagen社製)を用いた。遺伝子発現レベルはglyceraldehyde−3−phosphate dehydrogenase(GAPDH)により正規化を行った。
【0050】
用いたプライマーは下記のとおりである。なお、Fはforward、Rはreverseを示す。結果を図4に示す。
RUNX2 P1 F:TGGCATCAAACAGCCTCTTCAG(配列番号2)
RUNX2 P2 F:GTGATGCGTATTCCCGTAG(配列番号3)
RUNX2 共通 R:GGCTCACGTCGCTCATTTTG(配列番号4)
GAPDH F:GGTGAAGGTCGGAGTCAACGGA(配列番号5)
GAPDH R:GAGGGATCTCGCTCCTGGAAGA(配列番号6)
【0051】
CAGEデータから推測されていたように、RUNX2のP1プロモーター由来の転写産物は歯肉線維芽細胞、および歯根膜線維芽細胞において特異的に発現していた。一方でP2プロモーター由来の転写産物はすべての線維芽細胞において一様に発現していることが分かった。したがって、RUNX2 P1プロモーターからの発現を指標にアグレッシブ線維芽細胞を特定することが可能である。
【実施例5】
【0052】
≪アグレッシブ線維芽細胞に特徴的な遺伝子発現、DLX5、FLT1≫
RUNX2は、骨形成に関わるマスター調節因子であり、その上流の遺伝子であるDLX5(Distal−less homeobox 5)の転写調節を行うことが知られている(非特許文献8)。また、DLX5は、骨芽細胞の最終的な分化に関与することが知られている。そこで、2例の歯周炎患者由来の細胞を用いて、DLX5、RUNX2のP1プロモーター、P2プロモーターからの遺伝子発現に関して解析を行った。Sybr premix(Takara社製)により定量RT−PCRを行い、リアルタイム機器(TP−900、Takara社製)を用いた。DLX5のプライマーは下記の配列を用いた。
DLX5 F:CAACTTTGCCCGAGTCTTCA(配列番号7)
DLX5 R:GTTGAGAGCTTTGCCATAGGAA(配列番号8)
結果は、実施例4と同様にGAPDHにより正規化を行っている。結果を図5に示す。
【0053】
DLX5の発現は、アグレッシブ線維芽細胞では、正常歯肉線維芽細胞に比べて発現が抑制されていた。また、RUNX2P1プロモーターからの発現は、上記解析結果と同様に、アグレッシブ線維芽細胞では抑制されているのに対して、P2プロモーターからの発現は顕著な差が見られなかった。
【0054】
次に、アグレッシブ線維芽細胞(GF)、正常歯肉線維芽細胞(PGF)、歯根膜線維芽細胞(PL)を用いて、RUNX2のP1プロモーター、P2プロモーター、DLX5、及びFLT1の発現に差が見られるか定量的PCRにより解析を行った。FLT1(Fms−like Tyrosine Kinase 1、VEGFR-1)は、3次元ゲルを用いて細胞を培養した場合に、アグレッシブ線維芽細胞での発現が、正常歯肉線維芽細胞での発現と比較して有意に増強していた遺伝子である。各細胞でのGAPDHの発現を1とし、発現を正規化した。用いたFLT1のプロモーターは下記のとおり。
FLT1 F:CTGTCATGCTAATGGTGTCCC(配列番号9)
FLT1 R:TGCTGCTTCCTGGTCCTAAAATA(配列番号10)
結果を図6に示す。
【0055】
RUNX2のP1プロモーター、DLX5の発現は、アグレッシブ線維芽細胞(GF)では、正常歯肉線維芽細胞(PGF)、歯根膜線維芽細胞(PL)と比較して、有意に減少していた。一方、FLT1の発現は、アグレッシブ線維芽細胞(GF)では、正常歯肉線維芽細胞(PGF)、歯根膜線維芽細胞(PL)と比較して、有意に増加していた。したがって、正常歯肉線維芽細胞、歯根膜線維芽細胞でのこれら遺伝子の発現量を基準としてアグレッシブ線維芽細胞であるかを判断することができる。例えば、正常歯肉線維芽細胞、歯根膜線維芽細胞での遺伝子発現量の平均値を基準として、RUNX2のP1プロモーターからの発現量、DLX5の発現量が低い細胞、又はFLT1の発現量が高い細胞をアグレッシブ線維芽細胞であると判断することができる。また、正常歯肉線維芽細胞、歯根膜線維芽細胞でのこれら遺伝子発現量の平均値を所定の値とすることにより、アグレッシブ線維芽細胞を特定したり、検査の閾値として用いることができる。
【0056】
以上の結果から、アグレッシブ線維芽細胞では、正常歯肉線維芽細胞と比較して、RUNX2のP1プロモーターからの発現、DLX5の発現は減少し、FLT1の発現は増加していることが明らかである。したがって、これらの遺伝子発現をマーカーとしてアグレッシブ線維芽細胞を選別可能となる。また、診断薬としての応用も可能となる。さらに、これら遺伝子発現を指標として新たな歯周炎の医薬をスクリーニングすることができる。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
【配列表】
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【手続補正書】
【提出日】2016年7月11日
【手続補正1】
【補正対象書類名】特許請求の範囲
【補正対象項目名】全文
【補正方法】変更
【補正の内容】
【特許請求の範囲】
【請求項1】
歯周炎の原因細胞である歯周炎患者の歯肉に由来するコラーゲン分解能の高い線維芽細胞(以下、アグレッシブ線維芽細胞という。)の特定方法であって、
歯肉由来の線維芽細胞において、
RUNX2のP1プロモーターからの発現量及び/又はDLX5の発現量が所定の値より低いことを特徴とする特定方法。
【請求項2】
請求項1記載のアグレッシブ線維芽細胞の特定方法であって、
さらに、FLT1発現量が所定の値より高いことを特徴とする特定方法。
【請求項3】
請求項1又は2記載のアグレッシブ線維芽細胞の特定方法であって、
前記発現量は、遺伝子及び/又はタンパク質の発現量を測定することを特徴とする特定方法。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか1項記載のアグレッシブ線維芽細胞の特定方法であって、
前記発現量を配列番号2及び4のプライマーセット、配列番号7及び8のプライマーセット、配列番号9及び10のプライマーセットの少なくとも1つ以上により測定することを特徴とする特定方法。
【請求項5】
歯周炎治療薬のスクリーニング方法であって、
歯周炎患者の歯肉に由来するコラーゲン分解能の高い線維芽細胞(以下、アグレッシブ線維芽細胞という。)に被験物質を接触させ、
RUNX2のP1プロモーターからの発現量及び/又はDLX5の発現量の増加を指標とすることを特徴とするスクリーニング方法。
【請求項6】
請求項5記載のスクリーニング方法であって、
さらに、FLT1の発現量低下を指標とすることを特徴とするスクリーニング方法。
【請求項7】
請求項5又は6記載のスクリーニング方法であって、
前記発現量は、遺伝子及び/又はタンパク質の発現量を測定することを特徴とするスクリーニング方法。
【請求項8】
請求項5〜7のいずれか1項記載のスクリーニング方法であって、
前記発現量を配列番号2及び4のプライマーセット、配列番号7及び8のプライマーセット、配列番号9及び10のプライマーセットの少なくとも1つ以上により測定することを特徴とするスクリーニング方法。
【請求項9】
歯周炎の検査方法であって、
患者から採取された歯肉由来の線維芽細胞のRUNX2のP1プロモーターからの発現量及び/又はDLX5の発現量を測定し、
所定の値より低い場合に歯周炎のリスクが高いと判定することを特徴とする検査方法。
【請求項10】
請求項9記載の検査方法であって、
さらに、FLT1発現量が所定の値より高い場合に歯周炎のリスクが高いと判定することを特徴とする検査方法。
【請求項11】
請求項9又は10記載の検査方法であって、
前記発現量は、遺伝子及び/又はタンパク質の発現量であることを特徴とする検査方法。
【請求項12】
請求項9〜11のいずれか1項記載の検査方法であって、
前記発現量を配列番号2及び4のプライマーセット、配列番号7及び8のプライマーセット、配列番号9及び10のプライマーセットの1つ以上により定量することを特徴とする検査方法。
【請求項13】
歯周炎の診断キットであって、
少なくとも配列番号2及び4のプライマーセット、又は配列番号7及び8のプライマーセットと、
定量に必要な試薬を含むことを特徴とする検査キット。