【実施例】
【0022】
以下、実施例を挙げて本発明を具体的に説明するが、本発明は以下の記載によって限定されるものではない。
【0023】
1.Cyclic Press法概要
図1は、Cyclic Press法概要を示す模式図である。
図1に示すように、Cyclic Press法では固定した試験片に対し、インデンターを軸方向に振動させることにより試験片表面に繰返し圧縮負荷を付与される。本実施例においてこのような試験手法をCyclic Press法と言う。このように金属表面に比較的小さな圧縮負荷を長期間繰返し付与することにより、表層組織の微細化を行った。
【0024】
2.試験片
試験片(金属材料)には、機械構造用炭素鋼S25Cを用いた。化学組成を表1に示す。熱処理として、焼なまし(1123K、3.6ks保持後炉冷)を施した。熱処理後の硬さはロックウェル硬さBスケール:62HRB(≒ビッカース硬さ:105Hv)であった。
図2は試験片の断面組織を示す走査型電子顕微鏡(SEM)写真である。図中の灰色の組織がフェライト相(α)、白色と灰色の層状組織がパーライト相(P)である。焼なましを施すことにより、金属組織が平衡状態に近い安定なものとなり、結晶粒が粗大になる。そのため、Cyclic Press法による結晶粒子径の変化をより明瞭に観察することが可能である。画像処理により測定したところ、結晶粒の平均粒子径は約15μmであった。
【0025】
【表1】
【0026】
図3は試験片の形状を示す外観模式図である。切削加工により試験片表面に形成された加工硬化層を除去するため、インデンターとの接触面(Contact Surface)を#120〜#2000のエメリー紙で研磨した。その後、表面状態を整えるためバフ研磨を施した。バフ研磨には、砥粒の平均粒子径が1μmのアルミナ懸濁液を用いた。
【0027】
3.Cyclic Press試験装置
3.1 インデンター
試験片に圧縮負荷を付与するため、インデンターを作製した。
図4はインデンター形状を示す外観模式図である。インデンター先端部(試験片との接触面:Contact Surface)の形状は曲率半径4mmの球面とした。インデンター先端部には、試験片よりも硬いSKD11(697Hv〜772Hv)を用いた。
【0028】
3.2 Cyclic Press試験装置
図5はCyclic Press試験装置の動作機構を示す模式図である。今回は窒素、アルゴン又は真空環境にて試験を行ったため、同図に示される機構を備える超高真空疲労試験機を用いた。
【0029】
4.試験条件
試験条件を表2に示すとおり変えて試験を行った。なお、試験は室温(20〜25℃)にて行った。
【0030】
【表2】
【0031】
5.評価結果
5.1 接触面の観察結果
試験番号1の試験片について、試験後のインデンターとの接触面をSEMを用いて観察を行った。
図6は、試験片におけるインデンターとの接触面を示すSEM写真である。インデンターとの接触面には直径約850μmの圧痕が形成されていた。
【0032】
圧痕領域の変形状態を詳しく調べるため、表面粗さ及び圧痕深さを測定した。これらの測定には、カラー3Dレーザー顕微鏡(VK−9700/9710 GenerationII、 KEYENCE)を用いた。まず、試験前後における表面状態の変化を調べるため、圧痕内部及びインデンターの接触を受けていない表面において表面粗さを測定した。その結果、圧痕中央部における算術平均粗さR
a(JIS B0601−2001)は1.890μm、非接触面では0.696μmであった。圧痕中央部の粗さは非接触面のそれに比べて大きいが、その差はわずかである。次に、圧痕深さを測定したところ約13μmであった。この値は、塑性加工の範疇では微小な変形と見なせる。以上より、低荷重の繰返し圧縮負荷を付与する本手法では表面状態の変化はほとんど無いと判断できる。
【0033】
なお、その他の試験番号の試験片についても同様に、試験後の表面状態の変化はほとんど生じていなかった。
【0034】
5.2 組織観察
表面観察後、各試験片から組織観察試料を作製した。
図7は、組織観察試料の準備工程の概略を示す模式図である。
図7(a)に示すように、試料はその縦断面が圧痕中央直下の断面となるように試験片から切り出した。また、加工の際に生じたバリを除去するため、端面をエメリー紙で研磨して仕上げた。そして、集束イオンビーム装置(FIB)を用いて組織観察面を加工した。
図7(b)にFIB加工面の概略図を示す。まず、表面を保護するためにFIB加工領域表面にカーボン保護膜を形成させた。そしてガリウムイオンによるスパッタリングを行い、試験片表面を掘り下げ、縦断面を観察した。本手法を用いることにより、試験片表層組織にほとんど影響を与えずに縦断面観察試料を作製することができた。縦断面の組織観察は走査型イオン顕微鏡(SIM)により行った。
【0035】
図8は試験番号1の試験片の縦断面組織を示すSIM写真である。
図8(a)は無負荷部すなわちインデンター非接触部の組織である。同図より、カーボン保護膜直下に粒径数十μmのフェライト相が確認できる。この領域は負荷を付与していないため、試験前の状態に等しい。これに対し、
図8(b)に示した圧痕中央部の縦断面組織は明らかに微細化している。金属材料表面近傍(深さ5μm程度まで)における結晶粒の粒子径は概ね1μm以下で、観察視野全体に渡って微細化が認められた。このように、金属材料表面に低荷重の圧縮負荷を長期間繰返し付与することによって、金属材料の表層に微細組織を形成できることが確認された。また、最表層部には遷移層が厚さ0.5〜2μm程度で形成されていることが確認された。なお、TEM−EDSによる分析の結果、当該遷移層はζ−Fe
2Nから形成されていることが確認された。
【0036】
図9は試験番号2の試験片の圧痕中央近傍の縦断面組織を示すSIM写真である。同図より、金属材料表面近傍(深さ2μm程度まで)における結晶粒の粒子径は1μm程度に、さらに内部の領域では粒子径が4μm程度であることが確認された。
【0037】
図10は試験番号3の試験片の圧痕中央近傍の縦断面組織を示すSIM写真である。同図より、真空雰囲気では窒素雰囲気に比べ微細組織が形成され難く、微細領域の深さも減少することが確認された。また、遷移層に該当するような層は形成されていないことが確認された。