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特開2016-193815酸素過剰型金属酸化物及びその製造方法、並びに、酸素濃縮装置及び酸素吸脱着装置
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】特開2016-193815(P2016-193815A)
(43)【公開日】2016年11月17日
(54)【発明の名称】酸素過剰型金属酸化物及びその製造方法、並びに、酸素濃縮装置及び酸素吸脱着装置
(51)【国際特許分類】
   C01G 51/00 20060101AFI20161021BHJP
   C01B 13/02 20060101ALI20161021BHJP
   B01D 53/04 20060101ALI20161021BHJP
   B01J 20/06 20060101ALI20161021BHJP
   B01J 20/28 20060101ALI20161021BHJP
   B01J 20/34 20060101ALI20161021BHJP
   B01D 53/047 20060101ALI20161021BHJP
【FI】
   C01G51/00 A
   C01B13/02 A
   B01D53/04 220
   B01J20/06 C
   B01J20/28 Z
   B01J20/34 E
   B01J20/34 H
   B01D53/047
【審査請求】未請求
【請求項の数】17
【出願形態】OL
【全頁数】25
(21)【出願番号】特願2016-71035(P2016-71035)
(22)【出願日】2016年3月31日
(31)【優先権主張番号】特願2015-72523(P2015-72523)
(32)【優先日】2015年3月31日
(33)【優先権主張国】JP
(71)【出願人】
【識別番号】000005968
【氏名又は名称】三菱化学株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】504173471
【氏名又は名称】国立大学法人北海道大学
(74)【代理人】
【識別番号】100092978
【弁理士】
【氏名又は名称】真田 有
(72)【発明者】
【氏名】本橋 輝樹
(72)【発明者】
【氏名】吉川 信一
(72)【発明者】
【氏名】鱒渕 友治
(72)【発明者】
【氏名】瀬戸山 亨
(72)【発明者】
【氏名】原田 隆
(57)【要約】      (修正有)
【課題】酸素吸脱着速度に優れ、繰り返し使用による酸素吸着量の低減が抑制された、新規な酸素過剰型金属酸化物及びその製造方法等の提供。
【解決手段】式(1)で表され、粉末X線回折測定において、六方晶構造の103のピーク強度が110のピーク強度より小さく、且つ、103のピークの半値幅(FWHM)が0.3°以上である、酸素過剰型金属酸化物。Ajkmn7+δ・・・(1)(Aは3価の希土類元素又はCa、Dはアルカリ土類金属元素から選択される1種以上であり、E及びGは、夫々独立に、酸素4配位元素から選択される1種以上、少なくとも1種は遷移金属元素)(j>0、k>0、夫々独立に、m≧0、n≧0、但し、j+k+m+n=6であり、0<δ≦1.5である。)
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記一般式(1):
j k m n 7+δ ・・・(1)
(式中、
Aは、3価の希土類元素及びCaよりなる群から選択される1種又は2種以上であり、
Dは、アルカリ土類金属元素から選択される1種又は2種以上であり、
E及びGは、それぞれ独立して、酸素4配位元素から選択される1種又は2種以上であって、少なくとも1種は遷移金属元素であり、
j>0、k>0であり、それぞれ独立して、m≧0、n≧0であり、但し、j+k+m+n=6であり、0<δ≦1.5である。)
で表されるストイキオメトリを少なくとも有し、粉末X線回折測定において、六方晶構造の103のピーク強度が110のピーク強度より小さく、且つ、103のピークの半値幅(FWHM)が0.3°以上である、酸素過剰型金属酸化物。
【請求項2】
350℃1気圧の窒素中に静置し重量変化を生じなくなった時点の重量を基準重量とし、次いで350℃1気圧の酸素中に静置し重量変化が起こらなくなるまで酸素吸収させた後、雰囲気ガスを350℃1気圧の窒素に切り替えたとき、前記基準重量より1.5wt%重い状態から前記基準重量より0.5wt%重い状態まで減少するまでの酸素放出速度が0.5wt%/分以上である、
請求項1に記載の酸素過剰型金属酸化物。
【請求項3】
前記一般式(1)中のAがYを含む、
請求項1又は2に記載の酸素過剰型金属酸化物。
【請求項4】
前記一般式(1)中のDがBaを含む、
請求項1〜3のいずれか一項に記載の酸素過剰型金属酸化物。
【請求項5】
前記一般式(1)中のEがCoを含む、
請求項1〜4のいずれか一項に記載の酸素過剰型金属酸化物。
【請求項6】
粉末X線回折測定において、下記(a)〜(d)のすべてを有する回折パターンで特徴付けられるLuBa(Zn,Al)型の結晶構造を有し、
(a)110のピーク
(b)103のピーク
(c)112のピーク
(d)201のピーク
前記(b)ピーク強度が前記(a)のピーク強度より小さく、前記(a)の半値幅が前記(b)の半値幅の1/2以下であり、且つ、前記(b)の半値幅が0.3°以上である、
請求項1〜5のいずれか一項に記載の酸素過剰型金属酸化物。
【請求項7】
請求項1〜6のいずれか一項に記載の酸素過剰型金属酸化物を用いた、
酸素吸脱着装置。
【請求項8】
350℃未満で前記酸素過剰型金属酸化物に酸素を吸着させ、350℃以上で前記酸素過剰型金属酸化物から酸素を放出させる、
請求項7に記載の酸素吸脱着装置。
【請求項9】
200℃以上400℃以下において、酸素存在下で前記酸素過剰型金属酸化物に酸素を吸着させ、酸素吸着時より酸素分圧が低い圧力下で前記酸素過剰型金属酸化物から酸素を放出させる、
請求項7に記載の酸素吸脱着装置。
【請求項10】
請求項1〜6のいずれか一項に記載の酸素過剰型金属酸化物を用い、
350℃未満で前記酸素過剰型金属酸化物に酸素を吸着させ、350℃以上で前記酸素過剰型金属酸化物から酸素を放出させることにより、酸素を濃縮する、酸素濃縮装置。
【請求項11】
請求項1〜6のいずれか一項に記載の酸素過剰型金属酸化物を用い、
200℃以上400℃以下において、酸素存在下で前記酸素過剰型金属酸化物に酸素を吸着させ、酸素吸着時より酸素分圧が低い圧力下で前記酸素過剰型金属酸化物から酸素を放出させることにより、酸素を濃縮する、酸素濃縮装置。
【請求項12】
酸素含有量が大気中より低い低酸素雰囲気下、700℃以上、950℃未満で酸素過剰型金属酸化物の前駆体を焼成することを特徴とする、
下記一般式(1):
j k m n 7+δ ・・・(1)
(式中、
Aは、3価の希土類元素及びCaよりなる群から選択される1種又は2種以上であり、
Dは、アルカリ土類金属元素から選択される1種又は2種以上であり、
E及びGは、それぞれ独立して、酸素4配位元素から選択される1種又は2種以上であって、少なくとも1種は遷移金属元素であり、
j>0、k>0であり、それぞれ独立して、m≧0、n≧0であり、但し、j+k+m+n=6であり、0<δ≦1.5である。)
で表されるストイキオメトリを少なくとも有する酸素過剰型金属酸化物の製造方法。
【請求項13】
前記一般式(1)で表されるストイキオメトリを少なくとも有する酸素過剰型金属酸化物は、粉末X線回折測定において、六方晶構造の103のピーク強度が110のピーク強度より小さく、且つ、103のピークの半値幅が0.3°以上である、
請求項12に記載の酸素過剰型金属酸化物の製造方法。
【請求項14】
前記一般式(1)で表されるストイキオメトリを少なくとも有する酸素過剰型金属酸化物は、粉末X線回折測定において、下記(a)〜(d)のすべてを有する回折パターンで特徴付けられるLuBa(Zn,Al)型の結晶構造を有し、
(a)110のピーク
(b)103のピーク
(c)112のピーク
(d)201のピーク
前記(b)ピーク強度が前記(a)のピーク強度より小さく、前記(a)の半値幅が前記(b)の半値幅の1/2以下であり、且つ、前記(b)の半値幅が0.3°以上である、
請求項12又は13に記載の酸素過剰型金属酸化物の製造方法。
【請求項15】
酸素含有量が5体積%以下の雰囲気下で焼成する、
請求項12〜14のいずれか一項に記載の酸素過剰型金属酸化物の製造方法。
【請求項16】
前記一般式(1)で表されるストイキオメトリに対応する有効モル比で、前記A、D、E及びGの酸化物、炭酸塩、酢酸塩、クエン酸塩、硝酸塩及び/又はこれらの水和物を少なくとも含む前駆体から作製する、
請求項12〜15のいずれか一項に記載の酸素過剰型金属酸化物の製造方法。
【請求項17】
Y、Ba及びCoを少なくとも0.8〜1.2:0.8〜1.2:3.2〜4.8の化学量論比で含有し、
粉末X線回折測定において、下記(a)〜(d)のすべてを有する回折パターンで特徴付けられるLuBa(Zn,Al)型の結晶構造を有し、
(a)110のピーク
(b)103のピーク
(c)112のピーク
(d)201のピーク
前記(b)ピーク強度が前記(a)のピーク強度より小さく、前記(a)の半値幅が前記(b)の半値幅の1/2以下であり、且つ、前記(b)の半値幅が0.3°以上である、
酸素過剰型金属酸化物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、酸素過剰型金属酸化物及びその製造方法、並びに、酸素濃縮装置及び酸素吸脱着装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、燃料電池や排ガス浄化装置の三元触媒など幅広い技術分野において、温度変化により酸素の吸脱着を行うことができる材料の開発が求められている。このような材料としては、ZrO−CeO(CZ)、Bi11(BIMEVOX)、YBaCu6+δ(Y−123)等の金属酸化物(セラミックス材料)が知られている。
【0003】
このような金属酸化物として、本発明者らは、酸素不定比性(不定比量:δ)を持つ酸素過剰型金属酸化物を新たに開発し、既に報告している。すなわち、YBaCo4 7+δ等の一般式A7+δで表される酸素過剰型金属酸化物が、500℃以下の低温域、特に200〜400℃で多量の酸素を急速に吸収し、温度が上がると酸素を放出するという、顕著な熱重量変化特性を備えることを見出し、これが高性能酸素貯蔵用又は酸素選択膜用のセラミックスとして適した性能を有することを報告している(特許文献1参照。)。また、この酸素過剰型金属酸化物は、酸素の吸脱着時に相変化を生じさせていることが報告されている(非特許文献1参照。)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】国際公開第2007/004684号
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】O. Chmaissem et al., J. Solid State Chem. 181, 664 (2008)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明者らは、さらなる検討を進め、上記の酸素過剰型金属酸化物の酸素吸脱着能力のさらなる向上を模索した。そして、酸素吸脱着能力のうち酸素吸脱着速度に改善余地があること、また、吸着量が飽和に至らない短時間での酸素吸脱着を繰り返した場合に、その繰り返しサイクル内で酸素吸着量が低減する課題が有ることを見出した。
【0007】
本発明は、上記課題に鑑みてなされたものである。すなわち本発明は、酸素吸脱着速度に優れ、繰り返し使用による酸素吸着量の低減が抑制された、新規な酸素過剰型金属酸化物及びその製造方法を提供することを目的とする。また、本発明の他の目的は、上記の酸素過剰型金属酸化物を用いた、新規な酸素濃縮装置及び酸素吸脱着装置等を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記課題を解決するべく鋭意検討した。その結果、上述した一般式A7+δで表される従来の酸素過剰型金属酸化物と同様のストイキオメトリを有しながらも、従来よりも酸素脱吸着の裕度(Tolerance)に優れる結晶構造を有する酸素過剰型金属酸化物の合成に成功し、この酸素過剰型金属酸化物を用いることで上記課題が解決されることを見出し、本発明に到達した。
【0009】
すなわち、本発明は、以下(1)〜(21)に示す具体的態様を提供する。
(1)下記一般式(1):
j k m n 7+δ ・・・(1)
(式中、
Aは、3価の希土類元素及びCaよりなる群から選択される1種又は2種以上であり、
Dは、アルカリ土類金属元素から選択される1種又は2種以上であり、
E及びGは、それぞれ独立して、酸素4配位元素から選択される1種又は2種以上であって、少なくとも1種は遷移金属元素であり、
j>0、k>0であり、それぞれ独立して、m≧0、n≧0であり、但し、j+k+m+n=6であり、0<δ≦1.5である。)
で表されるストイキオメトリを少なくとも有し、粉末X線回折測定において、六方晶構造の103のピーク強度が110のピーク強度より小さく、且つ、103のピークの半値幅(FWHM)が0.3°以上である、
酸素過剰型金属酸化物。
【0010】
(2)350℃1気圧の窒素中に静置し重量変化を生じなくなった時点の重量を基準重量とし、次いで350℃1気圧の酸素中に静置し重量変化が起こらなくなるまで酸素吸収させた後、雰囲気ガスを350℃1気圧の窒素に切り替えたとき、前記基準重量より1.5wt%重い状態から前記基準重量より0.5wt%重い状態まで減少するまでの酸素放出速度が0.5wt%/分以上である、上記(1)に記載の酸素過剰型金属酸化物。
(3)前記一般式(1)中のAがYを含む、上記(1)又は(2)に記載の酸素過剰型金属酸化物。
(4)前記一般式(1)中のDがBaを含む、上記(1)〜(3)のいずれか一項に記載の酸素過剰型金属酸化物。
(5)前記一般式(1)中のEがCoを含む、上記(1)〜(4)のいずれか一項に記載の酸素過剰型金属酸化物。
【0011】
(6)粉末X線回折測定において、下記(a)〜(d)のすべてを有する回折パターンで特徴付けられるLuBa(Zn,Al)型の結晶構造を有し、
(a)110のピーク
(b)103のピーク
(c)112のピーク
(d)201のピーク
前記(b)ピーク強度が前記(a)のピーク強度より小さく、前記(a)の半値幅が前記(b)の半値幅の1/2以下であり、且つ、前記(b)の半値幅が0.3°以上である、
上記(1)〜(5)のいずれか一項に記載の酸素過剰型金属酸化物。
【0012】
(7)上記(1)〜(6)のいずれか一項に記載の酸素過剰型金属酸化物を用いた、酸素吸脱着装置。
(8)350℃未満で前記酸素過剰型金属酸化物に酸素を吸着させ、350℃以上で前記酸素過剰型金属酸化物から酸素を放出させる、上記(7)に記載の酸素吸脱着装置。
(9)200℃以上400℃以下において、酸素存在下で前記酸素過剰型金属酸化物に酸素を吸着させ、酸素吸着時より酸素分圧が低い圧力下で前記酸素過剰型金属酸化物から酸素を放出させる、
上記(7)に記載の酸素吸脱着装置。
(10)上記(1)〜(6)のいずれか一項に記載の酸素過剰型金属酸化物を用い、350℃未満で前記酸素過剰型金属酸化物に酸素を吸着させ、350℃以上で前記酸素過剰型金属酸化物から酸素を放出させることにより、酸素を濃縮する、酸素濃縮装置。
(11)上記(1)〜(6)のいずれか一項に記載の酸素過剰型金属酸化物を用い、200℃以上400℃以下において、酸素存在下で前記酸素過剰型金属酸化物に酸素を吸着させ、酸素吸着時より酸素分圧が低い圧力下で前記酸素過剰型金属酸化物から酸素を放出させることにより、酸素を濃縮する、酸素濃縮装置。
【0013】
(12)上記(1)〜(6)のいずれか一項に記載の酸素過剰型金属酸化物を備え、酸素を貯蔵、分離及び/又は濃縮することを特徴とする、酸素貯蔵・分離・濃縮装置。
(13)上記(1)〜(6)のいずれか一項に記載の酸素過剰型金属酸化物を備え、貯蔵した酸素を用いて酸化反応を行うことを特徴とする、酸化反応装置。
(14)上記(1)〜(6)のいずれか一項に記載の酸素過剰型金属酸化物を備え、酸素の貯蔵、分離及び/又は濃縮によって発生する温熱を用いて加熱を行うことを特徴とする、加熱装置。
(15)上記(1)〜(6)のいずれか一項に記載の酸素過剰型金属酸化物を備え、酸素の貯蔵、分離及び/又は濃縮によって発生する冷熱を用いて冷却を行うことを特徴とする、冷却装置。
(16)上記(1)〜(6)のいずれか一項に記載の酸素過剰型金属酸化物を備え、酸素の貯蔵、分離及び/又は濃縮によって発生する温熱及び/又は冷熱を用いて熱交換を行うことを特徴とする、熱交換装置。
【0014】
(17)酸素含有量が大気中より低い低酸素雰囲気下、700℃以上、950℃未満で酸素過剰型金属酸化物の前駆体を焼成することを特徴とする、
下記一般式(1):
j k m n 7+δ ・・・(1)
(式中、
Aは、3価の希土類元素及びCaよりなる群から選択される1種又は2種以上であり、
Dは、アルカリ土類金属元素から選択される1種又は2種以上であり、
E及びGは、それぞれ独立して、酸素4配位元素から選択される1種又は2種以上であって、少なくとも1種は遷移金属元素であり、
j>0、k>0であり、それぞれ独立して、m≧0、n≧0であり、但し、j+k+m+n=6であり、0<δ≦1.5である。)
で表されるストイキオメトリを少なくとも有する酸素過剰型金属酸化物の製造方法。
【0015】
(18)前記一般式(1)で表されるストイキオメトリを少なくとも有する酸素過剰型金属酸化物は、粉末X線回折測定において、六方晶構造の103のピーク強度が110のピーク強度より小さく、且つ、103のピークの半値幅が0.3°以上である、上記(17)に記載の酸素過剰型金属酸化物の製造方法。
(19)前記一般式(1)で表されるストイキオメトリを少なくとも有する酸素過剰型金属酸化物は、粉末X線回折測定において、下記(a)〜(d)のすべてを有する回折パターンで特徴付けられるLuBa(Zn,Al)型の結晶構造を有し、
(a)110のピーク
(b)103のピーク
(c)112のピーク
(d)201のピーク
前記(b)ピーク強度が前記(a)のピーク強度より小さく、前記(a)の半値幅が前記(b)の半値幅の1/2以下であり、且つ、前記(b)の半値幅が0.3°以上である、
上記(17)又は(18)に記載の酸素過剰型金属酸化物の製造方法。
【0016】
(20)酸素含有量が5体積%以下の雰囲気下で焼成する、上記(17)〜(19)のいずれか一項に記載の酸素過剰型金属酸化物の製造方法。
(21)前記一般式(1)で表されるストイキオメトリに対応する有効モル比で、前記A、D、E及びGの酸化物、炭酸塩、酢酸塩、クエン酸塩、硝酸塩及び/又はこれらの水和物を少なくとも含む前駆体から作製する、上記(17)〜(20)のいずれか一項に記載の酸素過剰型金属酸化物の製造方法。
【0017】
また、本発明は、以下(22)〜(24)に示す態様としても定義可能である。
(22)Y、Ba及びCoを少なくとも0.8〜1.2:0.8〜1.2:3.2〜4.8の化学量論比で含有し、
粉末X線回折測定において、下記(a)〜(d)のすべてを有する回折パターンで特徴付けられるLuBa(Zn,Al)型の結晶構造を有し、
(a)110のピーク
(b)103のピーク
(c)112のピーク
(d)201のピーク
前記(b)ピーク強度が前記(a)のピーク強度より小さく、前記(a)の半値幅が前記(b)の半値幅の1/2以下であり、且つ、前記(b)の半値幅が0.3°以上である、
酸素過剰型金属酸化物。
【0018】
(23)350℃1気圧の窒素中に静置し重量変化を生じなくなった時点の重量を基準重量とし、次いで350℃1気圧の酸素中に静置し重量変化が起こらなくなるまで酸素吸収させた後、雰囲気ガスを350℃1気圧の窒素に切り替えたとき、前記基準重量より1.5wt%重い状態から前記基準重量より0.5wt%重い状態まで減少するまでの酸素放出速度が0.5wt%/分以上である、上記(22)に記載の酸素過剰型金属酸化物。
(24)下記一般式(1):
j k m n 7+δ ・・・(1)
(式中、
Aは、3価の希土類元素及びCaよりなる群から選択される1種又は2種以上であり、
Dは、アルカリ土類金属元素から選択される1種又は2種以上であり、
E及びGは、それぞれ独立して、酸素4配位元素から選択される1種又は2種以上であって、少なくとも1種は遷移金属元素であり、
j>0、k>0であり、それぞれ独立して、m≧0、n≧0であり、但し、j+k+m+n=6であり、0<δ≦1.5である。)
で表されるストイキオメトリを少なくとも有する、上記(22)又は(23)に記載の酸素過剰型金属酸化物。
【0019】
本発明の上記各態様の酸素過剰型金属酸化物は、500℃以下の温度範囲で温度または酸素分圧を上下動させると、低温度領域で異常な熱重量変化を示す。本発明者らの知見によれば、その異常な熱重量変化は、上述した酸素不定比性(不定比量:δ)の変化によるものであることが解明された。すなわち、本発明の上記各態様の酸素過剰型金属酸化物は、典型的には、350℃未満で急速に多量の酸素を吸着し、350〜400℃程度の高温度領域で急速に多量の酸素を放出する。また、200℃以上400℃以下において、酸素存在下で多量の酸素を吸着し、酸素吸着時より酸素分圧が低い圧力下では急速に多量の酸素を放出する。
【0020】
しかも驚くべきことに、本発明の上記各態様の酸素過剰型金属酸化物は、従来知られている上記の酸素過剰型金属酸化物と比較して、酸素吸脱着速度が非常に高く、その上さらに、酸素吸脱着を繰り返し行っても繰り返しサイクル内での酸素吸着量の低下が抑制されているという優れた特性を有していることが見出された。
【0021】
すなわち、本発明の上記各態様の酸素過剰型金属酸化物は、従来知られている上記一般式A7+δで表される酸素過剰型金属酸化物と同様に上記一般式(1)で表されるストイキオメトリを少なくとも有することに加えて、六方晶LuBa(Zn,Al)型の結晶構造の特徴的なピークのうち、六方晶構造の103のピーク強度が110のピーク強度より小さく、且つ、103のピークの半値幅(FWHM)が0.3°以上であることに一つの特徴がある。なお、本明細書において、ピーク強度とは回折線の極大値を意味する。また、ピークの半値幅とはFWHM(Full Width at Half Maximum)、すなわち半値全幅を意味する。
従来知られた典型的な六方晶LuBa(Zn,Al)型の結晶構造は、103のピークがシャープで半値幅が狭いものであった。ブロードでピーク高さの低いピークを備える回折パターンは、一見すると、結晶中の欠陥が多く、結晶の一次粒子の成長が十分でないとの評価が与えられ得る。しかしながら、これらの酸素の吸脱着性能を測定したところ、ブロードでピーク高さの低いピークを有する回折パターンを備えるものは、そうでない従来のものと比べて、酸素の最大吸着能力こそ劣るものの、酸素吸脱着速度が速く、繰り返し吸脱着を短時間で繰り返すことによる単位時間内での最大酸素吸着能力の低下も見られず、実用上重要となる単位時間内での酸素の取出し能力に優れ、今まで知られていた酸素中、高温で焼成して得られる、XRDピークがシャープな結晶構造を有するものよりもむしろ酸素脱吸着に適したものであることが、本発明者らの知見により見出された。
その理由は定かではないが、本発明の上記各態様の酸素過剰型金属酸化物においては、結晶の規則性が適度に緩和されており、結晶内に酸化物イオンが高速で移動するための拡散パスが十分に確保され、酸素吸脱着の自由度が高められた結果、酸素吸脱着速度が非常に高くなっているものと推察される。また、本発明の上記各態様の酸素過剰型金属酸化物においては、前述の非特許文献に記載されているように酸素脱吸着時に相変化が生じるが、驚くべきことに今回の見出した新規な構造は、相変化後に酸素を脱着させても、従来よく知られた他の結晶構造に戻ることなく、相変化前の結晶構造が維持されることが確認されている。これらのことから、XRDの特定のピークがブロードになる構造は、従来知られていた構造とは異なる新しい構造であり、単に十分な結晶構造が発達していない、結晶欠陥が多く一次粒子の成長が悪いというだけのものではない。そして、かかる結晶構造の維持が、酸素吸脱着を繰り返し行った際の繰り返しサイクル内での酸素吸着量の低下の抑制につながっているものと推察される。但し、作用は、これらに限定されない。
【0022】
一方、本発明の各態様の酸素過剰型金属酸化物の製造方法は、上述した本発明の各態様の酸素過剰型金属酸化物を有効に得ることができる製造方法であって、酸素含有量が大気中より低い低酸素雰囲気下、700℃以上、950℃未満で焼成するプロセスを備える。従来においては、結晶欠陥等を少なくする観点から、大気中で1100℃程度の高温処理が行われていた。これに対し、本発明の製造方法は、従来に比して酸素分圧が低く且つ処理温度が低い条件下で焼成を行うことで、従来とは異なる上述した特徴を有する酸素過剰型金属酸化物を再現性よく得るものである。
【発明の効果】
【0023】
本発明によれば、改善された酸素吸脱着性能を有する新規な酸素過剰型金属酸化物を提供することができる。より具体的には、酸素吸脱着量に優れるのみならず、酸素吸脱着速度が高く、その上、繰り返し使用時の性能劣化が抑制された酸素過剰型金属酸化物を提供することができるので、酸素貯蔵用又は酸素選択用の実用的なセラミックス材料が実現される。また、本発明によれば、かかる新規な酸素過剰型金属酸化物を再現性よく簡便に得ることのできる実用的な製造方法を提供することができる。そして、本発明の酸素過剰型金属酸化物を用いることで、実用性能に優れる酸素濃縮装置及び酸素吸脱着装置等を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
図1】実施例1〜3及び比較例1の酸素過剰型金属酸化物の粉末X線回折測定の結果を示す図である。
図2】比較例1の酸素過剰型金属酸化物の酸素吸着及び酸素脱着の挙動を示す図である。
図3】実施例1の酸素過剰型金属酸化物の酸素吸着及び酸素脱着の挙動を示す図である。
図4】実施例2の酸素過剰型金属酸化物の酸素吸着及び酸素脱着の挙動を示す図である。
図5】実施例3の酸素過剰型金属酸化物の酸素吸着及び酸素脱着の挙動を示す図である。
図6】比較例1の酸素過剰型金属酸化物の酸素吸着量及び酸素吸脱着速度を示す図である。
図7】実施例1の酸素過剰型金属酸化物の酸素吸着量及び酸素吸脱着速度を示す図である。
図8】実施例2の酸素過剰型金属酸化物の酸素吸着量及び酸素吸脱着速度を示す図である。
図9】実施例3の酸素過剰型金属酸化物の酸素吸着量及び酸素吸脱着速度を示す図である。
図10】実施例2の酸素過剰型金属酸化物の酸素吸脱着によるX線回折パターンの変化を示す図である。
図11】比較例1の酸素過剰型金属酸化物の酸素吸脱着のサイクル特性を示す図である。
図12】実施例1の酸素過剰型金属酸化物の酸素吸脱着のサイクル特性を示す図である。
図13】実施例2の酸素過剰型金属酸化物の酸素吸脱着のサイクル特性を示す図である。
図14】実施例3の酸素過剰型金属酸化物の酸素吸脱着のサイクル特性を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0025】
以下、本発明の実施の形態について詳細に説明するが、以下の実施の形態は、本発明を説明するための例示であり、本発明はこれらに限定されるものではなく、その要旨を逸脱しない範囲内で任意に変更して実施することができる。
【0026】
本実施形態の酸素過剰型金属酸化物は、下記一般式(1)で表されるストイキオメトリを少なくとも有するものであって、粉末X線回折測定において、六方晶構造の103のピーク強度が110のピーク強度より小さく、且つ、103のピークの半値幅(FWHM)が0.3°以上であることを特徴とする。
j k m n 7+δ ・・・(1)
(式中、
Aは、3価の希土類元素及びCaよりなる群から選択される1種又は2種以上であり、
Dは、アルカリ土類金属元素から選択される1種又は2種以上であり、
E及びGは、それぞれ独立して、酸素4配位元素から選択される1種又は2種以上であって、少なくとも1種は遷移金属元素であり、
j>0、k>0であり、それぞれ独立して、m≧0、n≧0であり、但し、j+k+m+n=6であり、0<δ≦1.5である。)
【0027】
ここで本明細書において、上記一般式(1)で表される「ストイキオメトリを少なくとも有する」とは、化学量論的に上記一般式(1)中に示される各元素A、D、E、G及びOを上記一般式(1)に示す割合で少なくとも含み、これらA、D、E、G及びO以外の元素(以下、単に「他の元素」ともいう。)をさらに含有していてもよいことを意味する。すなわち、本実施形態の酸素過剰型金属酸化物は、上記一般式(1)中に示される元素以外に、不可避不純物として或いは任意の配合成分として、他の元素を含有していてもよい。
【0028】
上記一般式(1)中、Aは、3価の希土類元素及び2価のCaよりなる群から選択される1種又は2種以上である。3価の希土類元素としては、Sc、Y及び原子番号57〜71のランタノイドが挙げられ、これらの中でも、Yが好ましい。また、Aが占めるサイト(Aサイト)には複数の元素が固溶可能であるから、Aが、Y及びCaの2種であることも好ましく、さらにはAが3種以上の元素から構成されていてもよい。ここでAは、Yを50モル%以上含むことが好ましく、より好ましくは80モル%以上、さらに好ましくは90モル%以上である。なお、Yの含有割合の上限は特に限定されないが、Aは、Yを100モル%以下含むことが好ましく、より好ましくは99.9モル%以下、さらに好ましくは99.5モル%以下である。
【0029】
上記一般式(1)中、Dは、アルカリ土類金属元素から選択される1種又は2種以上である。アルカリ土類金属元素としては、Sr、Baが挙げられる。なお、本明細書において、Caは、上記一般式(1)中のAに該当するものとし、Dに該当しないものとする。ここでDは、Ba又はSrを含むことが好ましい。また、Dが占めるサイト(Dサイト)には、複数の元素が固溶可能であるから、Dが、Ba及びSrの2種であることも好ましく、さらにはDが3種以上の元素から構成されていてもよい。ここでDは、Baを50モル%以上含むことが好ましく、より好ましくは80モル%以上、さらに好ましくは90モル%以上である。なお、Baの含有割合の上限は特に限定されないが、Dは、Baを100モル%以下含むことが好ましく、より好ましくは99.9モル%以下、さらに好ましくは99.5モル%以下である。
【0030】
E及びGは、それぞれ独立して、酸素の4配位をとる元素、すなわち酸素4配位元素から選択される1種又は2種以上である。本明細書中で酸素4配位元素とは、「4個の酸素原子が配位又は結合した元素」の意味であり、以下も同様である。ここで、EとGは同一の元素とはならないものとして取り扱う。酸素4配位元素は、特に限定されないが、Co、Fe、Zn、Al等が好ましい。また、E及びGのうち、少なくとも1種は遷移金属元素である。ここでEは、Coを含むことが好ましい。また、EとGの合計を基準に、Coを50モル%以上含むことが好ましく、より好ましくは75モル%以上、さらに好ましくは87.5モル%以上である。なお、Coの含有割合の上限は特に限定されないが、EとGの合計を基準に、Coを100モル%以下含むことが好ましく、より好ましくは99.9モル%以下、さらに好ましくは99.5モル%以下である。
【0031】
上記一般式(1)中、j、k、m及びnは、これらの合計を6として規格化した値である。すなわち、j+k+m+n=6としたとき、それぞれ独立して、j>0、k>0、m≧0、n≧0である。ここで、1.2>j>0.8が好ましく、より好ましくは1.1>j>0.9である。また、1.2>k>0.8が好ましく、より好ましくは1.1>k>0.9である。さらに、4.8≧m+n≧3.2が好ましく、より好ましくは4.4≧m+n≧3.6である。また、nは0であってもよく、その場合は4.8≧m≧3.2が好ましく、より好ましくは4.4≧m≧3.6である。
【0032】
上記一般式(1)中、不定比量δは、0<δ≦1.5であることが好ましく、より好ましくは0<δ≦1.4、さらに好ましくは0<δ≦1.25である。
【0033】
本実施形態の酸素過剰型金属酸化物の具体例としては、特に限定されないが、YBaCo7.0+δ、ScBaCo7.0+δ、YSrCo7.0+δ、ScSrCo7.0+δ等が挙げられる。さらに、M. Valldor, Solid State Sciences 6,251 (2004) の第254頁の表2及び表3に記載されている化合物、例えばLuBaCo7.0+δ、YbBaCo7.0+δ、TmBaCo7.0+δ、ErBaCo7.0+δ、HoBaCo7.0+δ、DyBaCo7.0+δや、上記例示の化合物において、BaをSrに代えたものが挙げられる。また、具体的な元素の組み合わせとして、YBaCoZnO7.0+δ、YBaCoZn7.0+δ、YBaCoZn7.0+δ、YBaCoFeO7.0+δ、YBaZnFeO7.0+δ等が挙げられる。さらに、これらの化合物において、YをScに代えたもの、BaをSrに代えたもの、又は、YをScに代え、かつ、BaをSrに代えたものも挙げられる。具体的な元素の組み合わせの他の例としては、CaBaZnFe7.0+δ、CaBaZnFeAlO7.0+δ、CaBaCoZnAlO7.0+δ、CaBaCoZnAlO7.0+δ、CaBaCoAlO7.0+δ、CaBaCoFeO7.0+δ、CaBaCoZnFeO7.0+δ、CaBaCoZnFeO7.0+δ、CaBaCoFe7.0+δ、CaBaCoZnFe7.0+δ、CaBaCoZnO7.0+δ、及び、CaBaCoZn7.0+δ等が挙げられる。さらに、これらの化合物において、BaをSrに代えたものも挙げられる。
【0034】
本実施形態において、酸素過剰型金属酸化物のストイキオメトリは、例えば、ICP(Inductively coupled plasma)発光分析法や、ヨウ素滴定法等の酸化還元滴定等により測定することができる。なお、酸素については、製造条件、大気中での放置時間やその温度によって、多少の脱吸着が生じるため、不活性ガス中でアニール処理をした後に測定することが好ましいことは言うまでもない。
【0035】
本実施形態の酸素過剰型金属酸化物は、粉末X線回折測定において、従来知られた典型的な六方晶LuBa(Zn,Al)型の結晶構造と類似の回折ピークを有するが、六方晶構造の103のピーク強度が110のピーク強度より小さく、且つ、103のピークの半値幅が0.3°以上である点に一つの特徴がある。103のピークの半値幅は、0.4°以上が好ましく、より好ましくは0.5°以上、最も好ましくは0.7°以上である。
【0036】
ここで、粉末X線回折測定においては、各ピークの解析は、六方晶LuBa(Zn,Al)型構造であるとして指数付けして行う。なお、粉末X線回折測定において使用する線源は、特に限定されないが、一般的に用いられているCuKαで測定することができる。ここで、103のピークの半値幅は、線源としてCuKαを用いた場合の値を意味する。したがって、CuKα以外の線源を用いた場合には、当該半値幅は、使用した線源の波長に応じて読み替えた値、すなわちCuKα換算した値とする。なお、粉末X線回折測定の2θの測定間隔は、特に限定されないが、測定精度の観点から0.02°以下が好ましい。なお、他のピーク(110、112、201等)についても同様である。
尚、本実施形態の酸素過剰型金属酸化物において、Mn、FeやCo等を多く含む場合には、蛍光X線が発生し、バックグラウンド強度が高くなってしまうことが有る。このような場合には、モノクロメータを用いたり、あるいはエネルギーフィルタ機能を持つ検出器を使用することにより、低エネルギーのX線をカットすることができる。また、XRD測定装置に蛍光X線低減モードが搭載されている場合には、それを使用することが好ましい。
また、X線の検出器としては、半導体検出器を用いることが、高感度である点から好ましい。また半導体検出器を用いることは、検出精度の点で、CuKβ線のカットに比較的シンプルなNiフィルターを使用しても検出精度が確保できる点からも好ましい。
【0037】
本実施形態の酸素過剰型酸化物は、従来の酸素過剰型酸化物に対して、110ピークのピーク強度、特に最強線である112のピークに対する110のピークの相対強度はあまり差が無く、また、半値幅もそれほど大きくは変わらないが、103のピーク強度が非常に大きく変化したものとなっている点に一つの特徴がある。従来知られている酸素過剰型酸化物では、103のピーク強度は、最強線である112のピーク強度の8割以上であることが普通であるのに対し、110のピークは112のピーク強度の半分程度であることが多かった。また、110、103、112などの低角側の主要ピークの半値幅は、結晶性の粗悪なものでなければ0.2°以下であった。一方、本実施形態の酸素過剰型酸化物では、103ピークの半値幅は、0.3°以上に広がっている。この103のピーク形状の変化が、最も明確に検出できることが本実施形態の特徴の一つである。ここで、103のピーク強度は、112のピーク強度の80%以下であることが好ましく、より好ましくは70%以下、さらに好ましくは60%以下、最も好ましくは50%以下である。
【0038】
また、本実施形態の酸素過剰型酸化物のより好ましい態様では、上述した103のピークのブロード化という特徴に加えて、従来の酸素過剰型酸化物に対する110の半値幅の変化が小さいという特徴を有する。すなわち、本実施形態の酸素過剰型酸化物は、110のピークの半値幅が、103のピークの半値幅より小さくなり、好ましくは1/2以下になる。好ましい半値幅の比の下限値は特に限定されないが、実用上は、1/100以上が一般的である。本実施形態の酸素過剰型金属酸化物において、特定の面のピークの半値幅が特に大きく変動していることは、本実施形態の酸素過剰型金属酸化物が、単に結晶性が悪く、結晶子のサイズが小さいだけのものではないことを示している。
また絶対値でいえば、110ピークの半値幅が0.3°未満であることが好ましく、より好ましくは0.25°以下である。なお、110ピークの半値幅の下限値は、特に限定されない。従来の酸素過剰型酸化物と同様に、0.05°以上が好ましい。
【0039】
さらに、本実施形態の好ましい態様を別のピークで着目すると、本実施形態の酸素過剰型酸化物の201ピークの半値幅は0.25°以上が好ましく、より好ましくは0.3°以上である。201ピークも、従来知られていた酸素過剰型酸化物では、比較的ピーク強度の高いピークであり、最強線である112ピークの9割程度の強度を有していることが一般的であるが、本実施形態の好ましい態様では、ピーク強度は7割以下に低下し、110ピークと同じようなピーク高さに低下している。
【0040】
また、本実施形態の酸素過剰型酸化物は、他に213、205等のピークも現れるが、これらのピークは、最強線である112ピークに対する強度としてみた場合、従来知られているものでは強度比で0.3程度になっていたが、本実施形態の酸素過剰型酸化物としては、これらのピークが0.2以下、より好ましくは0.15以下になっていることが好ましい。
【0041】
上述した各種ピークの解析における具体的な測定手順としては、各ピーク(回折線)の極大値を抽出し、バックグラウンド強度を読み取り、各ピーク(回折線)の極大値から、バックグラウンド強度を引いた値を、各ピーク(回折線)のピーク強度(回折線強度)とする。この値が、本明細書において使用するピーク強度となる。各ピーク強度の比は、この比を取ることにより得ることができる。ここで、半値幅(FWHM)は、バックグラウンドを除去した後のピーク強度の半値における全幅として読み取る。なお、この各ピーク強度を、最強線である112のピーク強度と各ピーク強度の比を求めたものを、112ピーク強度に対する相対強度として示すこともある(“Relative I”)。
【0042】
なお、上記の粉末X線回折測定において、六方晶LuBa(Zn,Al)型の結晶構造と類似の回折ピークを有するとは、下記(a)〜(d)の明確なピークをすべて有することを意味する。
(a)110のピーク
(b)103のピーク
(c)112のピーク
(d)201のピーク
【0043】
本実施形態の酸素過剰型金属酸化物は、上記(d)の201のピーク強度が、上記(c)の112のピーク強度より小さいことが好ましく、前記(d)の201のピーク強度が前記(c)の112のピーク強度の80%以下であることがより好ましく、さらに好ましくは70%以下、特に好ましくは65%以下である。
【0044】
一方、上記(c)のピークは、大気焼成品と同様のシャープな形状であることが好ましい。より具体的には、上記(c)の半値幅は、0.05°以上0.3°以下であることが好ましく、より好ましくは0.1°以上0.27°以下である。
【0045】
本実施形態の酸素過剰型金属酸化物は、優れた酸素吸脱着能力を有し、500℃以下、好ましくは200℃〜450℃の温度範囲で、温度を上下動させると、低温側で酸素を吸着(吸収)し、高温側で酸素を脱着(放出)する。すなわちこれは、大気中では、吸着速度と放出速度が400°近傍で平衡することを利用しており、大気中から酸素を吸脱着して取り出す場合、典型的には、350℃未満で酸素を吸着し、350〜400℃程度の高温度領域で急速に酸素を放出することができる。通常の酸化物と異なり、本実施形態の酸素過剰型金属酸化物では、酸素放出反応が高酸素濃度下でも生じる。そのため、温度上昇と下降を繰り返すことで、酸素濃度を大気中より高めた気体を作ることもできるし、また逆に、酸素濃度を下げることに使用することもできる。すなわち、本実施形態の酸素過剰型金属酸化物は、繰り返しの使用サイクルが要求される酸素貯蔵用又は酸素選択膜用の実用化材料として、有利な特性を備えているものである。
【0046】
また、本実施形態の酸素過剰型金属酸化物は、酸素放出速度(酸素脱着速度)が0.5wt%/分以上であることが好ましく、より好ましくは0.7wt%/分以上である。本明細書において酸素放出速度とは、350℃1気圧の窒素中に静置し重量変化を生じなくなった時点の重量を基準重量とし、次いで350℃1気圧の酸素中に静置し重量変化が起こらなくなるまで酸素吸収させた後、雰囲気ガスを350℃1気圧の窒素に切り替えたとき、前記基準重量より1.5wt%重い状態から前記基準重量より0.5wt%重い状態まで減少するまでの、単位時間あたりの重量変化(w%/分)を意味する。
【0047】
さらに、本実施形態の酸素過剰型金属酸化物は、酸素吸着速度が0.5wt%/分以上であることが好ましく、より好ましくは0.7wt%/分以上である。本明細書において酸素吸着速度とは、後述する実施例におけるサイクル特性評価を行った際の単位時間あたりの重量変化(w%/分)で表されるものであって、1サイクル目又は6サイクル目の酸素吸着速度を意味する。
【0048】
酸素の吸着量及び脱着量の制御は、温度によるものと、酸素分圧によるものが使用できる。温度による場合は、圧力に関しては特に限定されないが、通常0〜100気圧の範囲で行なわれる。典型的には、大気圧下で行えばよいが、使用条件に応じて、加圧条件下で或いは減圧条件下で行うこともできる。そして、本実施形態の酸素過剰型金属酸化物を用いることで、例えば、350℃未満で酸素を吸着し350〜400℃程度の高温度領域で酸素を放出させる酸素吸脱着装置や、350℃未満で酸素を吸着し350〜400℃程度の高温度領域で酸素を放出させて酸素を濃縮する酸素濃縮装置を実現することができる。
次に酸素分圧を変化させることで制御する場合を説明する。200℃以上400℃以下において、酸素分圧を変化させると、酸素分圧の高い側で酸素を吸着(吸収)し、吸着時より低い側で酸素を脱着(放出)する。吸脱着の最適な酸素分圧は吸脱着時の酸素過剰型金属酸化物の温度に依存する。吸脱着時の温度が低いほど、低い酸素分圧で酸素を吸収する傾向を有し、高いほど、酸素分圧を増加させても、吸着する酸素量が減少する傾向を有する。典型的には、吸着時は大気圧(酸素分圧20kPa)下で行えばよいが、加圧条件下で行うこともでき、脱着時は吸着時より低い酸素分圧下で行えばよく、減圧条件下で行うこともできる。本実施形態の酸素過剰型金属酸化物では、酸素分圧が高いほど、吸着する酸素量が増加する傾向を有するため、酸素分圧の高低を繰り返すことで、酸素濃度を大気中より高めた気体を作ることもできるし、酸素濃度を下げることに使用することもできる。
また、温度と圧力の両方を変化させて制御してもよい。
【0049】
なお、本実施形態の酸素過剰型金属酸化物の使用態様は、特に限定されない。例えば、粉末、粉末を凝集させた凝集体或いは多孔質体、担体の表面に担持させた複合材、樹脂等のマトリックス中に分散させた膜として用いることができる。また、本実施形態の酸素過剰型金属酸化物は、酸素貯蔵用セラミックスや酸素選択膜用セラミックスとして用いることができる。
【0050】
また、本実施形態の酸素過剰型金属酸化物の上述した酸素吸脱着原理を用いることで、酸素を貯蔵、分離及び/又は濃縮する酸素貯蔵・分離・濃縮装置;貯蔵した酸素を用いて酸化反応を行う酸化反応装置;貯蔵した酸素を用いて酸素富化を行う酸素濃縮装置;酸素の貯蔵、分離及び/又は濃縮によって発生する温熱を用いて加熱を行う加熱装置;酸素の貯蔵、分離及び/又は濃縮によって発生する冷熱を用いて冷却を行う冷却装置;酸素の貯蔵、分離及び/又は濃縮によって発生する温熱及び/又は冷熱を用いて熱交換を行う熱交換装置などを実現することができる。
【0051】
本実施形態の酸素過剰型金属酸化物を用いて製造される高濃度酸素は種々の産業分野で利用可能である。特に限定はされないが、例えば、高濃度酸素を用いると、反応性の高い高濃度の酸素中で燃料を燃焼させることになり、燃焼温度が上昇しボイラー等の効率が向上できる、使用する燃料が低減できる、それに伴い排ガス量が削減されるために装置全体が小型化、軽量化され、効率向上やコスト削減につながる、同伴窒素ガス含量が抑えられる為に有害な窒素酸化物を削減できる、等の利点がある。
【0052】
本実施形態の酸素過剰型金属酸化物を用いて製造される高濃度酸素の具体的な用途としては、特に限定はされないが、金属加工バーナー用途、各種炉吹込み用途(製鋼、非鉄金属溶解など)、水処理用途(酸素曝気)、硫化水素発生抑制用途、バイオ関連・培養・発酵用途、ガラス加工バーナー用途、製紙工業用途(漂泊)、酸化反応用途、オゾン発生器用途(水処理、漂泊他)、燃焼装置用途、ガソリンやディーゼルエンジン等の内燃機関用途、燃料電池用途、航空機での酸素発生用途、輸送関連用途、酸素富化空気を室内に導入する等の空調機用途、健康用酸素ガス用途、医療分野用途、活魚飼育用途、食品加工用途、ガス充填包装用途などが挙げられる。
【0053】
本実施形態の酸素過剰型金属酸化物の製造方法は、上述したストイキオメトリ及び粉末X線回折パターンが得られる限り、特に限定されない。上述した粉末X線回折パターンを再現性よく簡易且つ低コストで得る観点からは、低温焼成プロセスを用いた製法が好ましい。以下、詳述する。
【0054】
好ましい低温焼成プロセスとしては、上記の酸素過剰型金属酸化物の前駆体を、酸素含有量が大気中より低い低酸素雰囲気下、従来よりも比較的に低温で焼成する製法が挙げられる。ここで、前駆体としては、前記A、D、E及びGの酸化物、炭酸塩、酢酸塩、クエン酸塩、硝酸塩及び/又はこれらの水和物を少なくとも含むものを用いることができる。このとき、前駆体は、A、D、E、Gの酸化物や酢酸塩等を、前記一般式(1)で表されるストイキオメトリに対応する有効モル比で含むことが好ましい。ここでいう有効モル比とは、焼成処理後、前記一般式(1)で表されるストイキオメトリを実現するために必要とされるモル比を意味する。(イ)例えばYBaCo7+δの酸素過剰型金属酸化物を得る場合、Yの酸化物、Baの炭酸塩、Coの酸化物をY:Ba:Coが1:1:4のモル比となるように混合した混合物を、(ロ)Yの酢酸塩、Baの酢酸塩、Coの酢酸塩をY:Ba:Coが1:1:4のモル比となるように混合した水溶液を仮焼成した混合物を、(ハ)さらには該水溶液をクエン酸で塩交換した水溶液を仮焼成した混合物等を、前駆体として用いることができる。また、前駆体の別の製造方法としては、所望の各元素を含む硝酸塩水溶液等にアンモニアやシュウ酸等の沈殿剤を添加し、均一に混合された沈殿を得て、該沈殿物を仮焼した、いわゆる共沈材料も好適に使用できる。
【0055】
上記の低温焼成プロセスにおける処理温度は、従来行われていた1050℃より低ければ特に限定されない。酸素吸脱着性能に優れ、繰り返し使用による酸素吸着量の低減が抑制された酸素過剰型金属酸化物を効率よく得る観点から、700℃以上、950℃未満であることが好ましく、より好ましくは720℃以上、930℃以下、さらに好ましくは750℃以上、900℃以下である。ここで、950℃未満の焼成温度とは、焼成時に保持される設定温度であり、焼成炉の設定温度である。このため焼成中の温度コントロールの際に、一時的に950℃を短時間超えてしまっても、それが極端に過度でない限り、例えば50K程度の温度上昇で、ごく短時間であれば、本実施形態において意図する「950℃未満の焼成温度」に包含されるものとする。なお、焼成時の昇温速度は、使用する焼成炉の特性や生産性等を考慮して適宜設定すればよく、特に限定されない。一般的には、0.5℃/分〜10℃/分程度が目安とされる。また、処理時間も特に限定されない。一般的には、5〜24時間程度が目安とされる。
【0056】
上記の低温焼成プロセスにおける処理雰囲気は、酸素含有量が大気中より低い低酸素雰囲気下であれば、特に限定されない。ここで、酸素含有量が大気中より低い低酸素雰囲気とは、酸素含有量が20体積%以下であることを意味し、実質的に酸素を含有しない無酸素雰囲気(酸素含有量が0体積%)を含む概念である。酸素吸脱着性能に優れ、繰り返し使用による酸素吸着量の低減が抑制された酸素過剰型金属酸化物を効率よく得る観点から、酸素含有量は5体積%以下が好ましく、より好ましくは3体積%以下、さらに好ましくは1体積%以下であり、特に好ましくは20ppm以下である。なお、酸素含有量の下限は、特に限定されず、0体積%以上であればよい。具体的には、酸素含有量が上記の好ましい範囲内にある不活性ガス雰囲気で行うことが好ましい。不活性ガスとしては、Nガス、Arガス等が例示される。また、処理圧力は、特に限定されない。一般的には常圧下で行えばよいが、加圧下や減圧下で行うこともできる。特に炉外からの酸素の流入を防ぐ点からは、加圧下で焼成することが好ましい。また、焼成温度、すなわち焼成工程の最高温度になる時点では、酸素濃度が5体積%以下であることがより好ましい。上記の低温焼成プロセスを行った後、大気中で冷却等することで本実施形態の酸素過剰型金属酸化物が得られる。本実施形態の酸素過剰型金属酸化物は、好ましくは酸素を脱着させたときにLuBa(Zn,Al)型の結晶構造を有する。
【0057】
なお、得られる酸素過剰型金属酸化物の化学組成は、常法にしたがって求めることができ、例えばヨウ素滴定法やICP発光分析法等によって求めることができる。具体的には、一般式A7+δで表される酸素過剰型金属酸化物(例えばYBaCo4 7+δ)の化学組成は、次の手順で求めることができる。
(1)ヨウ素滴定法でCoの平均価数を求める。
(2)ICP発光分析法により、Y、Ba及びCoのモル比を求める。
(3)前記モル比から、前記(1)式におけるj、k、m、nの値を、j+k+m+n=6を満たすように規格化する。
(4)Coの平均価数及び(3)で規格化したj、k、m、nの値から、電荷バランスを考慮して、酸素原子の数を求める。
(5)以上の計算結果から、化学組成を決定する。
【実施例】
【0058】
以下、実施例及び比較例を挙げて、本発明を詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例によりなんら限定されるものではない。本発明は、本発明の要旨を逸脱せず、本発明の目的を達成する限りにおいて、種々の条件を採用し得るものである。なお、以下において特に断りのない限り、「部」は「質量部」を表す。
【0059】
(実施例1)
出発原料として、Y(CHCOO)・4HO、Ba(CHCOO)、Co(CHCOO)・4HOを、Y:Ba:Co=1:1:4のモル比になるように秤量した。次に、これらを超純水に溶解し、酢酸塩水溶液を作製した。作製した水溶液に、金属と等モルのクエン酸を加え、さらにアンモニア水を滴下してpH=8になるように調節した。得られた溶液を約70℃で加熱し、水分除去することでゲル化物を得た。得られたゲル化物を空気中600℃で1時間仮焼成し、その後さらにメノウ乳鉢中で粉砕及び混合した後、この混合粉末をアルミナ坩堝に入れ、同条件で6時間仮焼成することにより、前駆体を作製した。得られた前駆体を粉砕、混合処理した後、アルミナボート上にのせ、気密性の高いチューブ電気炉中にセットし、窒素気流中900℃で12時間焼成した。その後、雰囲気を窒素に保ったまま室温まで冷却し焼成炉から処理物を取り出すことで、実施例1の酸素過剰型金属酸化物(YBaCo4 7+δ)を得た。
【0060】
(実施例2)
焼成時の処理温度を800℃に変更すること以外は、実施例1と同様に行って、実施例2の酸素過剰型金属酸化物(YBaCo4 7+δ)を得た。
【0061】
(実施例3)
焼成時の処理温度を750℃に変更すること以外は、実施例1と同様に行って、実施例3の酸素過剰型金属酸化物(YBaCo4 7+δ)を得た。
【0062】
(比較例1)
出発原料として、Y(CHCOO)・4HO、Ba(CHCOO)、Co(CHCOO)・4HOを、Y:Ba:Co=1:1:4のモル比になるように秤量した。次に、これらを超純水に溶解し、酢酸塩水溶液を作製した。作製した水溶液を約70℃で加熱し、水分除去することでゲル化物を得た。そして、このゲル化物を用い、焼成条件を大気中1050℃に変更すること以外は、実施例1と同様に行って、比較例1の酸素過剰型金属酸化物(YBaCo4 7+δ)を得た。
【0063】
<粉末X線回折測定>
得られた実施例1〜3及び比較例1の酸素過剰型金属酸化物の粉末X線回折測定を行った。図1に、各酸素過剰型金属酸化物の粉末X線回折パターンを示す。図1中、上から順に、比較例1(大気中1050℃焼成)、実施例1(窒素ガス雰囲気下900℃焼成)、実施例2(窒素ガス雰囲気下800℃)、実施例3(窒素ガス雰囲気下750℃)の粉末X線回折パターンをそれぞれ示す。
測定範囲は2θが10°から90°の範囲で行った。ただし、主要なピークは60°までに存在するため、図面には60°までを示している。測定の間隔は0.02°、使用した装置と条件は、以下のとおりである。
装置:リガク Ultima IV 高速一次元X線検出器 D/teX付属
加速電圧:40kV
電流:40mA
Kβカット法:Niフィルタ
【0064】
図1に示されるように、実施例1〜3及び比較例1のいずれにおいても、強度の強いすべての回折線を、六方晶LuBa(Zn,Al)と同じ単位格子の回折線に指数付けすることができた。そして、従来法の大気中高温焼成した比較例1では、既報のLuBa(Zn,Al)型のYBaCoと回折線の位置とピーク強度が一致した。格子定数は、a=6.2949Å、c=10.2407Åであった。一方、窒素気流中900℃、800℃、750℃で焼成した実施例1〜3においても、既報のYBaCoと回折線の位置は略一致するものの、ピークの形状が大きく異なっていた。具体的には、103、201、202、104、212、213、205回折線が特に顕著にブロード化し、特に目立つ特徴として既存YBaCoでは3番目に強い103回折線のピーク強度が大幅に低下して110回折線の半分程度になっている。また、103回折線の半値幅は0.3°以上であり、これは大気中高温焼成した比較例1の値0.15°の約2倍である。以上のことから、実施例1〜3の酸素過剰型金属酸化物は、既存のYBaCoと同様に六方晶LuBa(Zn,Al)型構造に属するものの、その結晶性は既存のYBaCoとは異なることが示された。
各XRD測定結果より、各ピークの強度(最大高さ:任意単位)、バックグラウンド強度、最大強度である112ピークに対するピーク強度比、ピークの半値全幅について、表1に示す。本発明の酸素過剰型金属酸化物である実施例1−3は、従来のよく知られている比較例1の酸素過剰型金属酸化物との各ピークの半値幅を比較すると、比較例1の110、103、112、201の各ピークの半値幅は、0.14°から0.16°と全てシャープなものであり、結晶性の良いものが得られている。一方本発明の酸素過剰型金属酸化物のピークの半値幅は、110、112のピークでは少し広がった程度であるが、103、201のピークは大きく広がり、特に変化の大きい103ピークの半値幅と、変化の少ない110ピークの半値幅と比べると、110ピークの半値幅が103のピークの半値幅の1/2以下となっていることが判る。
【0065】
【表1】
【0066】
<酸素脱吸着特性の測定>
得られた実施例1〜3及び比較例1の酸素過剰型金属酸化物の酸素脱吸着特性の測定を行った。図2〜5は、酸素気流中で室温〜500℃の範囲内で昇温及び降温を行った際の熱重量変化を示すグラフである。ここでは、熱天秤を用い、昇温速度は2℃/分、降温速度は2℃/分とした。実施例1〜3及び比較例1のいずれにおいても、酸素気流中で加熱すると、150〜200℃付近から酸素吸収に伴う急激な重量増加現象が確認され、さらに温度を上げると400℃付近で酸素放出による急激な重量減少現象が確認された。一方、酸素気流中500℃から温度を下げていくと、370℃付近で酸素再吸収による急激な重量増加現象が確認された。これらのことから、実施例1〜3及び比較例1の酸素過剰型金属酸化物は、200〜400℃の温度領域で、重量急増・急減現象を呈する物質であることが確認された。この挙動は、既存YBaCoの酸素脱吸着挙動に酷似している。しかしながら、実施例1〜3は、酸素吸着開始温度が150℃付近であり、昇温時の酸素吸着開始の立ち上がりが低い点で、比較例1と比べて、優れた酸素吸着特性を有することが確認された。また、本測定は、酸素吸脱着装置に使用するような実用条件下ではなく、昇温及び降温条件が2℃/分という実験条件下で行ったものである。このような実験条件下、すなわちその温度での平衡を保っているような条件であれば、従来知られている比較例の酸素過剰型金属酸化物(図2)の方が、酸素の最大吸着量が大きく、酸素放出能力も優れているように見える。
【0067】
<酸素吸着量・酸素放出速度の測定>
次に、得られた実施例1〜3及び比較例1の酸素過剰型金属酸化物の酸素吸着量及び酸素放出速度の測定を行った。ここでは、実施例1〜3及び比較例1の酸素過剰型金属酸化物を、窒素気流中(酸素分圧0.002kPa以下)、350℃で保持し、ガス雰囲気を酸素(酸素分圧101kPa)に切り換えた際の重量変化を計測した。図6〜9は、実施例1〜3及び比較例1の酸素過剰型金属酸化物の熱重量変化を示すグラフである。図6〜9に示すとおり、実施例1〜3及び比較例1のいずれにおいても、ガス切換直後から酸素吸収に伴う急激な重量増加を示した。ここで、実施例1〜3及び比較例1の酸素吸着速度に大きな差異は認められなかった。このとき、酸素吸着時の飽和重量は、比較例1では既存のYBaCoとほぼ同じ3wt%、実施例1〜3では2.0〜2.5wt%であった。続いて、酸素(酸素分圧101kPa)から窒素(酸素分圧0.002kPa以下)にガス切り替えをしたところ、酸素放出に伴う急激な重量減少が見られた。酸素放出速度は焼成条件に強く依存し、窒素気流中で900℃、800℃、750℃焼成した実施例1〜3においては、毎分0.71wt%、毎分0.92wt%、毎分1.07wt%であった。これは、大気中で高温焼成した比較例1の酸素放出速度,毎分0.38wt%の約2〜3倍にも向上していることが判り、実施例1〜3の酸素過剰型金属酸化物は、酸素放出速度が0.5wt%/分以上という優れた酸素放出能力を有していることが確認された。
【0068】
<酸素吸脱着前後の結晶構造の変化>
さらに、酸素吸脱着前後の結晶構造の確認を行った。ここでは、実施例2の酸素過剰型金属酸化物を用い、作製直後(酸素吸着前)、酸素気流中12時間350℃でアニール後(酸素吸着後)、及び、窒素気流中12時間350℃で再アニール後(酸素脱着後)の結晶構造を、粉末X線回折測定によりそれぞれ調べた。図10に、X線回折パターンをそれぞれ示す。図中、上から順に、作製直後(酸素吸着前)、酸素気流中12時間350℃でアニール後(酸素吸着後)、及び、窒素気流中12時間350℃で再アニール後(酸素脱着後)のX線回折パターンをそれぞれ示し、最下部は参照となる酸素過剰相YBaCo8.1のX線回折パターンの各ピーク強度を示す。
【0069】
図10に示すとおり、酸素吸着にともない2q=20〜40°の回折パターンに明瞭な変化が確認された。酸素吸収状態における回折線の位置は既報の酸素過剰相YBaCo8.1と類似し、2q=31°のピークが顕著にブロード化しているが、酸素吸着前の特徴は保持している。しかし、酸素吸収にともないピーク位置が低角側にシフトし、また幾つかのピークが分裂しているのが確認された。このことから、酸素吸収に伴い酸素過剰相(YBaCo7+δ)に相変化したことが示唆される。一方、酸素脱着にともない2q=20〜40°の回折パターンに明瞭な変化が確認された。酸素脱着後の2q=20〜40°の回折パターンは、酸素吸着前の回折パターンと略完全に一致しており、103のピークはブロードなままであった。このことから、酸素脱着にともない元の相(YBaCo)に相変化したことが示唆される。以上のことから、酸素吸脱着は、酸素過剰型金属酸化物の相変化により生じていること、及び、酸素吸脱着前後で結晶構造の特徴は維持され、酸素吸脱着が可逆的に行われることが示された。
【0070】
<サイクル特性の評価>
次いで、得られた実施例1〜3及び比較例1の酸素過剰型金属酸化物のサイクル特性をTG熱重量測定で評価した。その結果を、図11〜14に示す。ここでは、空気中(酸素濃度21%)、温度470℃に維持し、重量変化が実質生じない状態(酸素を放出しきった状態)にした後、470℃→230℃を7分で降温させ、230℃→470℃を5分で昇温させることを3回繰り返し(以下、「前半の3サイクル」ともいう。)、9分間470−480℃に保って酸素を放出させた後、再度470℃→230℃を7分で降温させ、230℃→470℃を5分で昇温させることを3回繰り返した(以下、「後半の3サイクル」ともいう。)。温度と重量の測定間隔は1秒おきに行った。その際の酸素吸着脱着に伴う重量変化を測定した。図11〜14中、温度変化は点線で示し、重量変化は実線で示す。
【0071】
図11に示すとおり、比較例1の酸素過剰型金属酸化物の重量変化は、前半の3サイクルでは約1.5wt%であったが、後半の3サイクルでは1.3wt%となっており、サイクル数の増加に伴い、最大酸素吸着量が低下していくことが判明した。また、酸素吸着時の温度スイングへの追随性(応答性)が悪く、酸素吸着速度が低いことも判明した。一方、図12〜14に示すとおり、実施例1〜3の酸素過剰型金属酸化物の重量変化は、全サイクルを通じて2.3wt%以上といずれも大きく、また、サイクル数の増加に伴う最大酸素吸着量の低下は観測されなかった。さらに、酸素吸着時の温度スイングへの追随性(応答性)が良く、酸素吸着速度が高いことも判明した。以上のことから、実施例1〜3の酸素過剰型金属酸化物は、最大酸素吸着量が大きく実用的であるのみならず、酸素吸着速度が高く、繰り返し使用の耐久性にも優れることが確認された。
【0072】
上記のサイクル特性評価における、実施例1〜3及び比較例1の酸素吸着から放出に転じる温度を表2に示す。
【表2】
【0073】
この結果から、本発明の酸素過剰型金属酸化物は、従来のもの(比較例の酸化物)よりも、低温、つまり早い時期から酸素を放出することができることが判る。
【0074】
また、各サイクルの酸素の最大吸着量と、その平均、そして1回目と6回目の酸素最大吸着量の差を表3に示す。
【表3】
【0075】
この結果から、本発明の酸素過剰型金属酸化物は、短時間での吸脱着を6回繰り返した時の最大吸着量の差が0.1wt%以下と非常に小さいことが判明した。特に実施例2及び3では最大吸着量の差が0.05wt%以下と顕著に優れることが判明した。従来品の比較例1では最大吸着量が0.2wt%以上も低下していることと比べると、本発明の酸素過剰型金属酸化物は、繰り返しサイクル内での酸素吸着量の低下が殊に抑制されたものであることが判る。また、最大吸着量の絶対値を比較すると、本試験条件で酸素の吸脱着を行った場合、本発明の酸素過剰型金属酸化物は、従来品の比較例1に対して、約1.5倍の酸素吸着量を有することが判る。このことは、本発明の酸素過剰型金属酸化物を用いて装置を構成する際、大きさや重量を2/3に削減可能であることを意味し、極めて大きな効果である。
【0076】
<酸素吸着速度の評価>
また、上記サイクル特性の結果から、実施例1〜3と比較例1とで各サイクルにおける酸素吸着速度に大きな差が有ることは図から明らかであるが、特にその差が顕著に表れているデータとして、酸素吸着量を1wt%から1.5wt%にする際の酸素吸着速度に着目して、対比説明する。なお、比較例1では5回目と6回目のサイクルで1.5wt%に達しないため、比較例1については1回目のサイクル時の酸素吸着速度のみで比較した。
【0077】
1サイクル目の酸素吸着速度は、実施例1は0.9wt%/分、実施例2は1.1wt%/分、実施例3が1.2wt%/分であるのに対し、比較例1は0.2wt%/分であった。一方、6サイクル目の酸素吸着速度は、実施例1は0.9wt%/分、実施例2は1.2wt%/分、実施例3は1.3wt%/分であり、1サイクル目と6サイクル目とで、ほとんど速度変化はなかった。このことから、本発明の酸素過剰型金属酸化物は、本試験条件で酸素吸着量を1wt%から1.5wt%にする際の酸素吸着速度が0.5wt%/分以上、より好ましくは0.7wt%/分以上であることが判る。それと同時に、本発明の酸素過剰型金属酸化物は、本試験条件で酸素の繰り返し吸脱着を繰り返しても、1.5wt%以上、より好ましくは1.7wt%以上、最も好ましくは2wt%以上の酸素吸着能力を発揮するものであることがわかる。
【0078】
同様に0.5wt%から1wt%までの酸素吸着速度は、実施例1〜3では1サイクル目から6サイクル目まで全て0.9wt%/分であるのに対し、比較例1ではすべて0.3wt%/分であった。よって、この0.5wt%から1wt%までの酸素吸着速度でも、本発明の酸素過剰型金属酸化物は、酸素吸着速度が0.5wt%/分以上、より好ましくは0.7wt%/分以上であることが判る。
【産業上の利用可能性】
【0079】
本発明の酸素過剰型金属酸化物は、酸素吸脱着能力に優れ、酸素吸脱着速度が非常に高く、その上さらに繰り返し使用時の耐久性が高いため、繰り返しの使用サイクルが要求される酸素貯蔵用、酸素濃縮用、酸素分離用又は酸素選択膜用の実用化材料として、広く且つ有効に利用可能である。また、従来と比べて酸素吸脱着能力が高められているので、これらの用途における小型化及び省エネルギー化にも資する。さらに、比較的に低温域で作動する材料であることから、燃料電池や自動車の排ガス浄化装置の三元触媒等、寒冷地用の実用化材料としても殊に有用である。
図1
図2
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図14