【実施例】
【0012】
本実施例では、自動車運転シミュレータを用いることなく、市販のパーソナルコンピュータ等を用いて、ディスプレイ上に三次元視空間認知課題を出題し、被験者が回答を終了するまで、被験者に装着した脳波計の出力を記録、分析する。
【0013】
具体的には、パーソナルコンピュータ上で、検査スタートボタンを押すと、解析装置から三次元視空間認知課題が出題され、被験者は解答入力装置を介して時間内に解答を行う。
ここで、三次元視空間認知課題は、例えば、
図1に示すように、ディスプレイに2個の立体画像を表示し、両者が同一の立体を示すものであるか否かを回答するものである。
被験者がこのような三次元視空間認知課題に回答するためには、一方の立体画像を三次元空間で仮想的に回転させ(Mental rotation)、両者が回転対称の関係にあるか否か判断する必要がある。
なお、三次元視空間認知課題としては、3つ以上の立体画像の中から、同一の立体を示す組み合わせを選択するものも好適であり、とくに、両者の間の回転角度が60°以上になるものを用いた課題に対する脳活動が、後述する運転能力との相関性が高い。
【0014】
このように、立体画像を仮想的に三次元空間で回転させる際、活発に活動する脳の領域は、後頭部視覚野、頭頂葉、前頭高次運動野といわれている。これらの部位は、それぞれ視覚的に提示された刺激の形の処理、三次元の物体を仮想的に(心の中で)操作する処理、自らの運動を計画・制御する処理等を司ることが認知脳科学的な研究で明らかにされている。脳内におけるこうした処理は、いずれも視覚的に認知される道路状況を理解し、悪化した視界の中での自らの位置や方向を予測して、次の運転操作を計画・制御するために必要とされる部位である。
【0015】
三次元視空間認知課題を出題してからの後頭部(後頭部視覚野)と頭頂部(頭頂葉、前頭高次運動野)における脳波の計測結果は、
図2のとおりである。
この図から分かるように、後頭部(
図2上)、頭頂部(
図2下)とも、30Hzを中心としたγ帯域で、脳の活動強度が明確に増加しているのが分かる。
【0016】
一方、自動車を安全に運転するためには、視覚により運転環境の変化を正確に認知する能力が求められている。こうした運転環境認知能力は、天候、昼夜、速度により影響を受け、視界が阻害されたときに、蛇行などのふらつきとなって現れ、事故の原因となる。
例えば、ワイパを最速モードで作動させても、十分な視界を確保できないような雨量の場合、ワイパが1往復する時間に対し、視界が確保される時間は、20%程度に相当するが、これを視界開放率と定義すると、この視界開放率20%前後では、多くの運転者でふらつき率が上昇し、場合によっては車線を逸脱しかねない限界値に達している。
【0017】
そこで、複数の実験対象者に対し、運転シミュレータが提示する画像表示を一定比率で遮ったとき、ふらつきがどの程度発生するかを調べた。
ここで、例えば、
図3に示すように、2秒を1周期、すなわち単位時間として、1600msは、自動車運転シミュレータによる映像を提示し、残りの400msは、自動車運転シミュレータによる運転環境の映像を遮断して、白、グレーあるいは黒一色の画面とした場合、視界開放率は80%となる。同様に、自動車運転シミュレータによる映像提示時間が1200ms、遮断時間が800msであるとすれば、視界開放率は60%となる。
なお、視界開放率は20%、集中豪雨時にワイパを最速モードで作動させた状態にほぼ匹敵するものである。
【0018】
なお、この実施例では、視界開放/遮断を行う単位時間を2秒とした。この単位時間は、短すぎると、視界開放率を小さくしても、残像により映像情報の変化が取得されるため、運転ディマンドを高めることができない。一方、単位時間を長くすぎると、視界開放率を小さくした場合、次の視界開放まで運転環境の変化が大きすぎて、遮断時間が1.2秒を超えると、いかに優れた運転者でも、次に運転環境が提示された瞬間、大きくふらついてしまい、運転能力が低い者との判別ができなくなってしまう。
この観点で、単位時間は1.2秒から4秒の範囲、好ましくは2秒程度とする。
【0019】
視界開放率を順次減少させていくと、被験者は、視界開放時の視覚情報に対する注意力、集中力を高め、視界遮断時の間、遮断直前の運転状態を記憶し、次の視界開放時に再現するという、運転時における視覚情報取得要求、いわゆる運転ディマンドが高くなっていく。
運転ディマンドに応じた運転タスクの作業成績を評価するため、実験対象者18名(平均年齢23.1歳、男性16名、女性2名)に対し、視界開放率毎に、車速、車両横位置(センターラインからの距離)の変動幅、ステアリング操作量、車間距離の推移を分析した。特定の視界開放率における走行安定性を評価するため、走行区間におけるそれぞれの標準偏差を各指標に基づいて算出した。
【0020】
図4は、そのうち、視界開放率(横軸)毎の車両横位置変動幅の標準偏差(縦軸 単位はm)を示す。特に、視界開放率60%と80%の間で、いわゆるふらつき率が上昇し始めていることが確認できる。そして、ワイパを最速モードで作動させても、十分な視界を確保できないような雨量に相当する視界開放率20%前後では、すべての実験対象者でふらつき率が上昇し、実験対象者によっては車線を逸脱しかねない限界値に達している。
【0021】
この結果から分かるように、あるグループでは、視界開放率が60%に到るまで、両横位置変動幅の標準偏差が0.4m弱を維持し、視界開放率が低下するにつれ、両横位置の標準偏差が増加している。
他のグループでは、視界開放率が70%を下回った付近で、両横位置変動幅の標準偏差が0.4m強から上昇し始め、最初のグループと比較して上昇率も高い。
【0022】
視界遮断により発生するふらつきは、視界遮断の間、直前の映像情報を正確に保持することができず、映像情報が得られないことの不安や、次に提示される映像情報に驚いて、ステアリング操作が不安定になったことによるものと考えることができる。
すなわち、ふらつき率が上昇し始める視界開放率が低いほど、視覚情報に対する注意力、集中力が高く、認知情報処理能力の配分を優先的に視覚情報に配分し、豪雨等で視界が遮られたときでも、直前の映像情報を正確に保持していることを意味する。そこで、視界開放率とふらつき率との関係をホッケースティック回帰法(一連のデータのうちのどこかに変曲点があって、それよりも大きい場合と小さい場合とで、線形回帰の傾きが異なる場合に、それぞれの傾きと変曲点を推定する方法)を用いることで、個人毎にふらつき率が上昇し始める視界開放率、すなわち、臨界視界開放率を特定すると、臨界視界開放率が低いほど、高い運転ディマンドに対応できる優れた運転能力を備えた者と評価することができる。
【0023】
一方、実験対象者の一人に対し、前述の三次元視空間認知課題を出題した際、脳波計のうち頭頂部に位置する電極(P3位置)における脳活動強度の計測結果を
図5に示す。
なお、
図5は、計測された脳波信号を、認知課題呈示の前後数百ミリ秒の時間窓で切り出し、短時間FFT(Fast Fourier Transform)あるいはウェーブレット変換を用いて時間周波数表現に変換し、時間周波数表現に変換された前頭部の脳波信号のうち、γ帯域(30Hz前後)の信号パワーを抽出したものである。横軸は、三次元視空間認知課題を提示してからの時間(ms)であり、縦軸は、脳活動強度計測値の周波数(Hz)であり、出題後700ms前後から1000ms(1秒)にかけて、前頭部γ帯域(30Hz前後)の脳波活動強度が最高レベルに達している。
【0024】
前述のように視界開放率とふらつき率を計測した実験対象者すべてに対し、三次元視空間認知課題を出題したときの前頭部γ帯域の最大脳波活動強度(dB)を計測し、視界開放率を、ほぼすべての実験対象者にとって臨界視界開放率以下となる60%としたときの車両横位置の標準偏差との関係を
図6に示す。
ここで、相関係数(corr coef)は、ピアソンの積率相関係数を指し、認知課題遂行中のγ帯域脳活動強度(最大値)と、臨界視界開放率の間にどの程度線形な関係があるのか、その強さを示す指標であり、一般に相関係数「−0.755」は強い負の相関にあることを示している。すなわち、認知課題遂行中のγ帯域脳活動パワーが大きな人は、自動車運転課題での横方向ふらつきが小さいことを裏付けている。
【0025】
また、pの値は、まったく相関のない2種類のデータに相関解析を行った場合、偶然、相関係数が得られる確率を表しており、通常、p<0.05あるいはp<0.01の場合に「その相関係数は統計的に有意(偶然でない)」と見なされる。今回の結果は、p=0.0002であり、0.01より十分小さく、二つのデータの間に有意な相関関係があることが裏付けられている。
【0026】
同様に、三次元視空間認知課題を出題したときの前頭部γ帯域の最大脳波活動強度と、臨界視界開放率との関係を
図7に示す。この場合、相関係数(corr coef)は、「−0.625」、p=0.04であり、やはり強い負の相関にあることが分かる。このことは、後頭部で計測したγ帯域脳活動強度についても同様のことがいえる。
【0027】
なお、三次元視空間認知課題を出題したときの前頭部γ帯域の脳波活動強度と、三次元視空間認知課題を出題したときの反応時間、正答率と、臨界視界開放率との関係についても同様に分析したが、相関係数(corr coef)は、前者で「−0.065」、後者で「−0.031」となり、有意な相関関係は認められなかった。
【0028】
以上の結果から、より多くの実験対象者に対し、例えば、視界開放率60%等、臨界視界開放率以下となる視界開放率でのふらつき率、あるいは、臨界視界開放率を計測し、三次元視空間認知課題を出題したときの前頭部γ帯域の脳波活動強度との関係を最小二乗法などを用いて、関係式(一次関数あるいはさらに高次の関数)を求めることで、被験者が、三次元視空間認知課題を出題したときの前頭部γ帯域の脳波活動強度を計測するだけで、強い相関関係をもって運転能力を推定できることが裏付けられる。