【課題を解決するための手段】
【0009】
上記目的を達成するために、本発明に係る膜状結合組織体形成用基材は、生体組織材料の存在する環境に設置して基材表面に膜状の結合組織体を形成可能なものであり、膜状の結合組織体の両面を基材表面に合わせて形成するよう、結合組織を形成する二面の組織形成面を、組織形成空間を挟んで互いに対向して設け、少なくとも一方の組織形成面に、組織形成空間と基材外部とを連通させる複数種類のスリットを形成し、各種のスリットの長手方向を互いに異なる方向に設定したものである。
【0010】
上記構成によれば、組織形成空間を挟んで二面の組織形成面を互いに対向させるので、その間隔を適宜設定して、所望の厚さの膜状結合組織体を形成することができる。また、膜状結合組織体の両面を基材表面に合わせて形成するので、組織形成面を平滑面に形成して膜状結合組織体の両面を平滑面に形成するなど、膜状結合組織体の両面を所望の表面状態に形成することができる。さらに、対向する二面の組織形成面の間に膜状結合組織体を形成するので、一面の組織形成面の外側に膜状結合組織体を形成する場合よりも、膜状結合組織体のうちの組織形成面から最も離れた部位までの距離を短くすることができ、厚くかつ密度の均一な膜状結合組織体を形成することができる。
【0011】
さらに、少なくとも一方の組織形成面に、組織形成空間と基材外部とを連通させるスリットを形成するので、組織形成空間に、その端部から結合組織を侵入させるのに加えてスリットから、あるいはスリットのみから結合組織を侵入させることができる。これにより、組織形成空間に膜状結合組織体を形成するのに要する時間を短くすることができ、しかも、スリット内に形成された結合組織が、膜状結合組織体から突出する突条を構成して、膜状結合組織体を補強する補強部として機能する。
【0012】
さらに、組織形成面のスリットを複数種類に形成し、各種のスリットの長手方向を互いに異なる方向に設定するので、膜状結合組織体の表面の突条がある一定方向に向けられることがない。これにより、単に組織形成面に一定方向のスリットを形成した場合とは違って、ある特定方向とそれと交差する方向とで、膜状結合組織体の強度や剛性などの特性が大きく異なることがなく、縦横などの方向に関わらず膜状結合組織体の特性をほぼ均一にすることができる。
【0013】
ここで、「結合組織」とは、通常は、コラーゲンを主成分とする組織であって、生体内に形成される組織のことをいうが、本明細書及び特許請求の範囲の記載においては、生体内に形成される結合組織に相当する組織が生体外の環境下で形成される場合のその組織をも含む概念である。
【0014】
また、「生体組織材料」とは、所望の生体由来組織を形成するうえで必要な物質のことであり、例えば、線維芽細胞、平滑筋細胞、内皮細胞、幹細胞、ES細胞、iPS細胞等の動物細胞、各種たんぱく質類(コラーゲン、エラスチン)、ヒアルロン酸等の糖類、その他、細胞成長因子、サイトカイン等の生体内に存在する各種の生理活性物質が挙げられる。この「生体組織材料」には、ヒト、イヌ、ウシ、ブタ、ヤギ、ヒツジ等の哺乳類動物、鳥類、魚類、その他の動物に由来するもの、又はこれと同等の人工材料が含まれる。
【0015】
また、「生体組織材料の存在する環境」とは、動物(ヒト、イヌ、ウシ、ブタ、ヤギ、ヒツジ等の哺乳類動物、鳥類、魚類、その他の動物)の生体内(例えば、四肢部、肩部、背部又は腹部などの皮下、もしくは腹腔内への埋入)、又は、動物の生体外において、生体組織材料を含有する人工環境のことをいう。
【0016】
本明細書及び特許請求の範囲の記載において、スリットとは、スリット長さがスリット幅の2倍よりも大きいものをいい、スリット長さがスリット幅の3倍〜5倍程度のものがより好ましい。このスリットは、結合組織を容易に侵入させることのできる例えば1mm〜2mm程度のスリット幅に設定して、その2倍以上、好ましくは3倍〜5倍程度で、かつ5mm程度以下のスリット長さに設定するのがよく、このようにスリット長さを制限することにより、膜状結合組織体の縦横などの方向によって各種特性に大きな違いが生じるのを抑えるのがよい。
【0017】
スリットは、そのスリット長さがスリット幅と比較して十分に長いので、スリット幅を狭く設定して、組織形成面の残りの面積を十分に確保しつつ、周縁部に形成された結合組織によってスリットが早期に閉塞されるのを防止することができ、組織形成空間に結合組織を容易に侵入させることができる。
【0018】
つまり、スリットに代えて、組織形成面に例えば円形の小孔を形成することも考えられるが、この場合、円孔の周縁部に結合組織が形成されることにより、円孔がその周縁部の全周に形成された結合組織自体によって全方向から閉塞され、組織形成空間への結合組織の侵入を阻害するおそれがある。これに対して、組織形成面にスリットを形成した場合にも、その周縁部に結合組織が形成されるが、スリット端部に形成された結合組織がそのスリット端部から離れた部位まで侵出することはないので、スリット全体が早期に閉塞されるのを防止することができ、結合組織を組織形成空間に容易に侵入させることができる。
【0019】
より具体的に説明すると、例えば、スリット長さがスリット幅の2倍程度のスリットについて、スリットを長さ方向に2分割して考えた場合、各分割部分から組織形成空間に侵入しようとする結合組織は、一方のスリット端部によって侵入を阻害されるものの、他方のスリット端部によって阻害されることはない。さらに、スリット長さがスリット幅の3倍程度のスリットについて、スリットを長さ方向に3分割して考えた場合、その中央の分割部分から組織形成空間に侵入しようとする結合組織は、いずれのスリット端部によっても結合組織の侵入を阻害されることはない。
【0020】
このように、組織形成面にスリットを形成して結合組織を組織形成空間に侵入させるので、組織形成空間に結合組織を容易に侵入させつつ、結合組織の侵入口として円孔を形成する場合などよりも、その侵入口の面積を小さくすることができる。例えば、組織形成面に対するスリットの面積比を1/2以下で、好ましくは1/10程度に設定することができる。
【0021】
これにより、組織形成面のうち、結合組織を組織形成空間に侵入させるためのスリットの面積よりも、組織形成面としての本来の機能を有する残りの部分の面積を大きくすることができ、膜状結合組織体の両面を所望の表面状態に形成すると共に、厚くかつ密度の均一な膜状結合組織体を形成することができる。
【0022】
また、スリットとして、それぞれ複数の第1スリット及び第2スリットを形成し、この第1スリット及び第2スリットをその長手方向を互いに交差する方向に向けて配置するようにしてもよい。
【0023】
この構成によると、組織形成面に形成するスリットを第1スリット及び第2スリットの2種類にするので、多種類のスリットを形成する場合よりも、その形成を容易にすることができる。しかも、スリットが2種類であっても、その長手方向を互いに交差する方向に設定するので、スリットをある一定方向に向けた場合と比較して、スリット内に形成される突条の影響が膜状結合組織体の方向によって大きく異なることがなく、膜状結合組織体の各種特性が方向によって大きく変化するのを十分に抑えることができる。なお、第1スリット及び第2スリットの長手方向の交差角度を80°〜100°に設定すれば、膜状結合組織体の縦横両方向における各種特性をほぼ均一にすることができる。
【0024】
また、第1スリット及び第2スリットを各スリットの長手方向に沿って交互に配列するようにしてもよい。
【0025】
この構成によると、第1スリット及び第2スリットを交互に配列するので、第1スリットや第2スリットだけを直線状に配列する場合と比較して、膜状結合組織体に作用する力を直線状の突条に沿って集中して伝えることなく、その力を分散させることができ、膜状結合組織体の各種特性をほぼ均一にすることができる。
【0026】
しかも、第1スリット及び第2スリットをそれぞれ直線状に配列すると、スリット間の領域が4つのスリットの全体で囲まれることになるが、第1スリット及び第2スリットを交互に配列することにより、スリット間の領域を4つのスリットの各一部ずつで囲むことができる。これにより、スリット間の領域を狭くすることができ、膜状結合組織体の全範囲について、結合組織を侵入させるスリットまでの距離を短くして、膜状結合組織体の各種特性をほぼ均一にすることができる。
【0027】
本発明の膜状結合組織体形成用基材は、二面の組織形成面を互いに対向させて設けると共に、その少なくとも一方に複数種類のスリットを形成したものであれば、その組織形成面の形状や基材全体の構造などは特に限定されるものではなく、形成しようとする膜状結合組織体の形状に応じて種々のものを採用することができる。
【0028】
例えば、筒状の膜状結合組織体を形成するための膜状結合組織体形成用基材としては、組織形成面を外周面に設定した中心基材と、この中心基材の周囲を取り囲むと共に組織形成面を内周面に設定した筒状基材とを設け、その筒状基材にスリットを形成したものを例示できる。
【0029】
この構成によると、筒状基材が中心基材の周囲を取り囲むので、外側の筒状基材に形成したスリットから結合組織を容易に侵入させて、中心基材と筒状基材との隙間に筒形の膜状結合組織体を形成することができる。なお、筒状基材に第1スリット及び第2スリットを形成する場合、両スリットの長手方向を互いに交差する方向に向けると共に、基材中心軸方向に対する両スリットの傾斜角度を40°〜50°に設定することにより、膜状結合組織体の中心軸方向及び周方向における各種特性をほぼ均一にすることができる。
【0030】
また、本発明は、上記の膜状結合組織体形成用基材を用いて膜状結合組織体を生産する方法を提供する。
【0031】
すなわち、本発明に係る膜状結合組織体の生産方法は、膜状結合組織体形成用基材を生体組織材料の存在する環境に設置する設置工程と、膜状結合組織体形成用基材の周囲に結合組織を形成しつつ組織形成空間に結合組織を形成する形成工程と、膜状結合組織体形成用基材の外面に沿って周囲の結合組織を切断して上記の環境から膜状結合組織体形成用基材を取り出す取出工程と、組織形成空間の結合組織を組織形成面から剥離して膜状結合組織体として取り出す分離工程と、を備えたものである。
【0032】
この構成によれば、上記の結合組織体形成基材の構成を採用することによる効果と同じ効果を得ることができる。さらに、形成工程において、基材内側の組織形成空間の膜状結合組織体がスリットを介して基材外側の結合組織と一体に形成されるが、取出工程において、基材の周囲の結合組織を切断するので、基材及び膜状結合組織体を基材外側の結合組織と切り離すことができ、前記環境から基材を取り出すことができる。しかも、膜状結合組織体形成用基材の外面に沿って周囲の結合組織を切断するので、スリット内に残った結合組織によって、膜状結合組織体の表面に突条を構成することができる。
【0033】
なお、本発明の方法で生産する膜状結合組織体は、人工弁膜などの膜状で機能するシート状の膜状組織、あるいは表層を覆う膜状組織や筒状の膜状組織として用いるものであり、弁膜の他、心膜や硬膜、皮膚、角膜、血管、消化管、気管など、どのようなものであってもよい。また、本発明の方法で生産する膜状結合組織体は、移植対象者に対して、自家移植、同種移植、異種移植のいずれでもよいが、拒絶反応を避ける観点からなるべく自家移植か同種移植が好ましい。さらに、異種移植の場合には、拒絶反応を避けるため公知の脱細胞化処理などの免疫源除去処理を施すのが好ましい。
【0034】
また、本発明は、筒状の膜状結合組織体を形成する上記の膜状結合組織体形成用基材を用いてシート状の膜状結合組織体を生産する方法を提供する。
【0035】
すなわち、本発明に係る膜状結合組織体の生産方法は、膜状結合組織体形成用基材を生体組織材料の存在する環境に設置する設置工程と、膜状結合組織体形成用基材の周囲に結合組織を形成しつつ組織形成空間に結合組織を形成する形成工程と、膜状結合組織体形成用基材の外面に沿って周囲の結合組織を切断して上記の環境から膜状結合組織体形成用基材を取り出す取出工程と、組織形成空間の結合組織を組織形成面から剥離して筒形の膜状結合組織体として取り出す分離工程と、を備えたものであり、さらに、分離工程の後に、筒形の膜状結合組織体をシート状に切断する切断工程を設けたものである。
【0036】
この構成によれば、筒形の膜状結合組織体を形成した後にシート状に切断するので、端部及び中央部のある板状の基材を用いて直接にシート状の膜状結合組織体を形成する方法と比較して、一旦、中心軸と直交する断面において方向性のない筒形の膜状結合組織体を形成する分、より均一な組織を形成することができる。