【実施例】
【0044】
以下では、生体音解析装置及び生体音解析方法、並びにコンピュータプログラム及び記録媒体の実施例について、図面を参照しながら詳細に説明する。なお、以下では、呼吸音の解析を行う生体音解析装置を例に挙げて説明する。
【0045】
<装置構成>
先ず、本実施例に係る生体音解析装置の構成について、
図1を参照して説明する。ここに
図1は、本実施例に係る生体音解析装置の構成を示すブロック図である。
【0046】
図1において、本実施例に係る生体音解析装置は、呼吸音取得部110と、医療機器音特性記憶部120と、処理部200と、結果表示部300とを備えて構成されている。
【0047】
呼吸音取得部110は、生体の呼吸音を呼吸音信号として取得可能に構成されたセンサである。呼吸音取得部110は、例えばECM(Electret Condenser Microphone)やピエゾを利用したマイク、振動センサ等で構成されている。また、呼吸音取得部110は、生体の呼吸音を呼吸音信号として取得可能に構成されたセンサだけでなく、センサからの呼吸音信号を取得するものを含んでいてもよい。呼吸音取得部110で取得された呼吸音信号は、処理部200における時間周波数解析部210に出力される構成となっている。なお、呼吸音取得部110は、「第1取得手段」の一具体例である。
【0048】
医療機器音特性記憶部120は、事前に採取された医療機器音(即ち、生体音を取得する際に含まれ得る医療機器が発する音)に基づいてデータベース化された医療機器音情の特性情報を記憶している。特性情報は、例えば医療機器音の周波数変動幅や鳴動時間等を含んでいる。医療機器音特性記憶部120は、必要に応じて医療機器音判定部に特性情報を出力可能に構成されている。なお、医療機器音特性記憶部120は、「第2取得手段」の一具体例である。
【0049】
処理部200は、複数の演算回路やメモリ等を含んで構成されている。処理部200は、時間周波数解析部210と、トーン性成分検出部220と、医療機器音判定部230と、連続性ラ音判定部240とを備えて構成されている。
【0050】
時間周波数解析部210は、呼吸音取得部100で取得された呼吸音情報に対して時間周波数解析処理を実行する。具体的には、時間周波数解析部210は、FFT処理等を実行可能に構成されている。時間周波数解析部210の解析結果は、トーン性成分検出部220に出力される構成となっている。
【0051】
トーン性成分検出部220は、時間周波数解析された呼吸音情報から、トーン性成分を検出する。なお、トーン性成分の具体的な検出方法については、後の動作説明で詳述する。トーン性成分検出部220における検出結果は、医療機器音判定部230に出力される構成となっている。
【0052】
医療機器音判定部230は、医療機器音の特性に基づいて、トーン性成分が医療機器音であるか否かを判定する。具体的には、医療機器音判定部230は、医療機器音特性記憶部120から取得した医療機器音の特性情報を用いて、トーン性成分が医療機器音であるか否かを判定する。医療機器音判定部230における、より具体的な判定方法については、後の動作説明において詳述する。医療機器音判定部230における判定結果は、連続性ラ音判定部240に出力される構成となっている。
【0053】
連続性ラ音判定部240は、医療機器音判定部230における判定結果を利用して、トーン性成分が連続性ラ音であるか否かを判定する。具体的には、連続性ラ音判定部240は、検出されたトーン性成分のうち、医療機器音でないと判定されたトーン性成分から、連続性ラ音であるものと、そうでないものとを判別する。連続性ラ音判定部240における、より具体的な判定方法については、後の動作説明において詳述する。連続性ラ音判定部240における判定結果は、結果表示部300に出力される構成となっている。
【0054】
以上のように、処理部200は、呼吸音取得部100で取得された呼吸音情報、及び医療機器音特性記憶部120から取得される医療機器音の特性情報に基づいて、生体音に連続性ラ音が含まれているか否かを判定できる。また、処理部200は、生体音に連続性ラ音が含まれているか否かだけでなく、連続性ラ音の強度等を出力可能に構成されてもよい。処理部200は、「出力手段」の一具体例である。
【0055】
結果表示部300は、例えば液晶モニタ等のディスプレイとして構成されており、処理部200から出力される各種情報を画像データとして表示する。
【0056】
<連続性ラ音を判別する際の問題点>
次に、連続性ラ音を判別する際の問題点について、
図2から
図9を参照して詳細に説明する。
図2及び
図3は夫々、連続性ラ音を含む生体音の一例を示すスペクトログラム図である。
図4及び
図5は夫々、
図2及び
図3に示すスペクトログラムのリフタリング結果を示すスペクトログラム図である。
図6及び
図7は夫々、
図4及び
図5に示すリフタリング結果から検出される連続的エリアを示すスペクトログラム図である。
図8は、医療機器音を含む生体音の一例を示すスペクトログラム図であり、
図9は、
図8に示すスペクトログラムのリフタリング結果から検出される連続的エリアを示すスペクトログラム図である。
【0057】
図2及び
図3に示すように、笛声音に代表される連続性ラ音は、呼吸音信号を時間周波数解析したスペクトログラムにおいて、連続した領域に現れる成分(図中の枠で囲んだ部分)として認識できる。しかしながら、図を見ても分かるように、スペクトログラムにおける連続性ラ音は、他の生体音に埋もれてしまい正確に判別することが難しい。
【0058】
図4及び
図5に示すように、連続性ラ音は、CMN(Cepstral Mean Normalization)処理と、リフタリング処理(具体的には、ケプストラムの高次ケフレンシー成分をカットする処理)を実行することで、その特徴が強調され、他の生体音との判別が容易になる。なお、CMN処理及びリフタリング処理については既存の技術であるため、ここでのより詳細な説明は省略する。
【0059】
図6及び
図7に示すように、CMN処理及びリフタリング処理されたスペクトログラムから連続的エリア(即ち、音が連続している領域)を検出することで、連続性ラ音を抽出することができる。しかしながら、例えば連続性ラ音の音が小さい場合等には、CMN処理及びリフタリング処理を行ったとしても、正確に連続性ラ音を抽出できないことがある。
【0060】
他方で、
図8及び
図9に示すように、取得される生体音には医療機器音等の外部騒音が含まれることがある。この医療機器音は、図を見ても分かるように、連続した領域に現れるという特性を有している。即ち、医療機器音は、連続性ラ音と同様の特性を有している。このため、生体音に外部騒音が含まれていると、CMN処理及びリフタリング処理を実行したとしても、連続性ラ音を抽出することは難しくなってしまう。
【0061】
これに対し、本実施形態に係る生体音解析装置は、以下に詳述する処理を実行することにより、取得した生体音に含まれる連続性ラ音の音が小さい場合、或いは医療機器音等の外部騒音が含まれているような場合であっても、正確な連続性ラ音の判別を実現する。
【0062】
<動作説明>
次に、本実施例に係る生体音解析装置の動作について、
図10を参照して説明する。ここに
図10は、本実施例に係る生体音解析装置の動作の流れを示すフローチャートである。
【0063】
図10において、本実施例に係る生体音解析装置の動作時には、先ず呼吸音取得部110において、生体の呼吸音を示す呼吸音信号が取得される(ステップS101)。呼吸音信号が取得されると、時間周波数解析部210において、呼吸音信号の時間周波数解析が行われる(ステップS102)。
【0064】
続いて、トーン性成分検出部220では、時間周波数解析で得られたスペクトログラムについて周波数ピークが検出される。これにより、生体音に含まれるトーン性成分(即ち、連続する成分)が抽出される(ステップS103)。
【0065】
以下では、
図11から
図24を参照して、トーン性成分の抽出方法について詳細に説明する。ここに
図11は、連続性ラ音を含む生体音の一例を示すスペクトログラム図であり、
図12は、
図11に示すスペクトログラムのリフタリング結果を示すスペクトログラム図である。また
図13は、
図12に示すスペクトログラムのパワーを表す濃淡のレンジを調整したスペクトログラム図であり、
図14は、
図12に示すスペクトログラムのKL情報量を用いた抽出結果を示すスペクトログラム図である。
【0066】
図11及び
図12に示すように、時間周波数解析で得られたスペクトログラムには、先ずCMN処理及びリフタリング処理が行われる。即ち、既に
図4及び
図5を用いて説明したように、スペクトログラム上の連続した成分を強調するための処理が実行される。
【0067】
図13に示すように、レンジを適切に調整すれば、スペクトログラム上の特徴的な成分がより強調される。しかしながら、これだけでは、検出すべき成分(即ち、トーン性成分)だけでなく、不要な成分が残ってしまう。このため、本実施例では特に、CMN処理及びリフタリング処理に加えて、KL情報量を用いた強調処理を実行する。
【0068】
図14に示すように、KL情報量を用いた処理を行えば、
図13では残されていた不要な成分は強調されなくなる。よって、トーン性成分だけを好適に抽出することができる。このような効果は、例えばCMN処理及びリフタリング処理に用いるパラメータを調整するだけでは実現することが難しい。従って、本実施例のKL情報量を用いた処理は、トーン性成分の抽出に極めて有効であると言える。
【0069】
以下では、KL情報を用いた抽出処理について、
図15から
図20を参照して具体的に説明する。
図15及び
図16は夫々、情報量の数値化概念を示す3次元グラフであり、
図17は、情報量の計算手法を示す概念図である。また、
図18、
図19及び
図20は夫々、生体音を示すスペクトログラム及び特徴部分の抽出結果を示すに示すスペクトログラム図である。
【0070】
KL情報量は、観測値Pと基準値Q(例えば、理論値、モデル値、予測値等)とを用いて算出されるパラメータであり、基準値Qに対して特徴のある観測値Pが現れると、KL情報量は大きな値として算出される。KL情報量D
KLは、下記数式(1)を用いて算出することができる。
【0071】
【数1】
本実施例では、スペクトログラム上のパワー分布を、確率分布とみなしてKL情報D
KLを算出している。KL情報量D
KLの算出には、CMN処理とリフタリング処理が行われたスペクトルパワーPower[n,ω]が用いられる(n:離散化された時刻インデックス、ω:離散化された周波数インデックス)。なお、時間周波数領域の情報を持った他の物理量(例えば、振幅スペクトル)を用いて計算することも可能である。
【0072】
図17に示すように、局所的な情報量を算出するため、時間周波数平面上には、所定の時間方向幅wと、所定の周波数方向幅hを事前に設定されている。そして、その枠を図の矢印に沿うように順次走査していくことで、各時間周波数領域上のあるポイント[n,ω]まわりの情報が数値化される。
【0073】
まずは、[n,ω]まわりの点[i,j](i=n−w/2,・・・,n+w/2、j=ω−h/2,・・・,ω+h/2)で下記数式(2)及び(3)を夫々計算し、基準値Q[i,j]及び観測値P[i,j]を求める。
【0074】
【数2】
【0075】
【数3】
そして、算出したQ[i,j]及びP[i,j]を用いて、下記数式(4)を計算し、KL情報量D
KLを算出する。これを、全てのn,ωについて計算すればよい。
【0076】
【数4】
算出されたKL情報量D
KLは、所定の閾値D
threと比較され、KL情報量D
KLが閾値D
threより大きくなった部分がトーン性成分として抽出される。
【0077】
以下では、KL情報量D
KLを用いた抽出処理の効果について、
図18から
図20を参照して具体的に説明する。ここに
図18から
図20は夫々、生体音を示すスペクトログラム及び特徴部分の抽出結果を示すスペクトログラム図である。
【0078】
図18から
図20に示すように、KL情報量D
KLを用いた抽出処理によれば、生体音に含まれているトーン性成分が強調され明確になる。よって、例えばCMN処理及びリフタリング処理だけを行う場合と比較して、トーン性成分の検出感度を向上させることができる。
【0079】
図10に戻り、トーン性成分が抽出されると、医療機器音判定部230において、トーン性成分の周波数変動幅が所定変動幅より小さいか否か、及びトーン性成分の鳴動時間と所定時間幅の差分の絶対値が所定時間差より小さいか否かが判定される(ステップS106)。なお、所定変動幅及び所定時間幅は、医療機器音特性記憶部120から取得される医療機器音の特性情報である。また、所定時間差は、トーン性成分の鳴動時間と所定時間幅が近い値であるか否かを判定するために設定される閾値である。なお、上記特性情報はあくまで一例であり、他のパラメータを特性情報として利用することも可能である。
【0080】
以下では、医療機器音の特性情報について、
図21及び
図22を参照して詳細に説明する。ここに
図21及び
図22は夫々、医療機器音を含むスペクトログラム及び医療機器音の抽出結果を示すスペクトログラム図である。
【0081】
図21及び
図22に示すように、医療機器音は、電子機器が発する音であるため、基本周波数、調波構造、鳴動時間、及び鳴動周期に明確な特徴がある。よって、事前に医療機器音を取得しておき、その基本周波数、調波構造、鳴動時間、及び鳴動周期等を特性情報として記憶しておけば、トーン性成分が医療機器音であるか否かを正確に判別することができる。
【0082】
なお、医療機器が複数存在する環境で生体音を取得する場合には、複数の医療機器の各々について、特性情報を設定すればよい。
【0083】
再び
図10に戻り、トーン性成分の周波数変動幅が所定変動幅より小さい、且つ、トーン性成分の鳴動時間と所定時間幅の差分の絶対値が所定時間差より小さいと判定された場合(ステップS106:YES)、トーン性成分は医療機器音であると判定される(ステップS107)。抽出されたトーン性成分の特性と、医療機器音の特性とが極めて類似していると判断できるからである。
【0084】
一方でトーン性成分の周波数変動幅が所定変動幅より小さくない、或いは、トーン性成分の鳴動時間と所定時間幅の差分の絶対値が所定時間差より小さくないと判定された場合(ステップS106:NO)、トーン性成分は医療機器音でないと判定される(ステップS108)。抽出されたトーン性成分の特性と、医療機器音の特性とが十分に類似しているとは言えないからである。
【0085】
上記判定が終了すると、全てのトーン性成分について判定が終了したか否かが判定される(ステップS109)。全てのトーン性成分について判定が終了していない場合には(ステップS109:NO)、他のトーン性成分についてステップS106以降の処理が繰り返し実行される。一方、全てのトーン性成分について判定が終了している場合には(ステップS109:YES)、医療機器音でないと判定されたトーン性成分の総和から連続性ラ音傾向Cが算出される(ステップS110)。
【0086】
以下では、連続性ラ音傾向Cの算出方法について、
図23を参照して具体的に説明する。ここに
図23は、医療機器音を除外することで残される連続的エリアを示すに示すスペクトログラム図である。
【0087】
図23に示すように、連続性ラ音傾向Cは、医療機器音と判定されなかったトーン性成分(即ち、連続性ラ音である可能性が高い成分)が現れている領域の面積、即ちトーン性成分の周波数変動幅と鳴動時間の積として算出される。このようにして算出される連続性ラ音傾向Cは、トーン性成分の連続性を好適に数値化したパラメータである。よって、連続性ラ音傾向Cを用いれば、トーン性成分が連続性ラ音であるか否かを容易かつ的確に判別することができる。
【0088】
なお、医療機器音に相当する成分については、上述した面積(即ち、連続性ラ音傾向C)は小さくなる。医療機器音は、一定の周波数成分であることが多いためである。よって、ステップS106の処理で医療機器音が十分に除外できていなかった場合であっても、トーン性成分の面積を利用することで、連続性ラ音か否かを好適に判定することが可能となる。
【0089】
再び
図10に戻り、算出された連続性ラ音傾向Cは、所定の閾値C
threより大きいか否かが判定される(ステップS111)。なお、閾値C
threは、連続性ラ音傾向Cが十分に高いか否かを判定するための閾値であり、実際の連続性ラ音のデータ、或いは医療機器音のデータ等に基づいて予め設定されている。閾値C
threは、「第3閾値」の一具体例である。
【0090】
連続性ラ音傾向Cが所定の閾値C
threより大きいと判定された場合(ステップS111:YES)、生体音には連続性ラ音が含まれると判定される(ステップS112)。一方で、連続性ラ音傾向Cが所定の閾値C
threより大きくないと判定された場合(ステップS111:NO)、生体音には連続性ラ音が含まれないと判定される(ステップS113)。
【0091】
以上説明した一連の処理による判定結果は、結果表示部300に出力される。これにより、結果表示部300では、生体音に連続性ラ音が含まれるか否かを示す情報が表示されることになる。
【0092】
<実施例の効果>
最後に、本実施例に係る生体音解析装置によって得られる技術的効果について詳細に説明する。
【0093】
本実施例に係る生体音解析装置によれば、スペクトログラムからトーン性成分を抽出する際にKL情報量(
図15から
図17を参照)が用いられる。これにより、トーン性成分の検出感度が向上し、より正確にトーン性成分を抽出することが可能となる。具体的には、音の小さい連続性ラ音等を検出し損なってしまうことを防止できる。また、不要な成分を抽出してしまうことを防止できる。
【0094】
本実施例に係る生体音解析装置では更に、外部騒音(医療機器音)の特性情報に基づいて、トーン性成分から外部騒音が除去される。これにより、取得した生体音に外部騒音が含まれている場合であっても、連続性ラ音を正確に判別することが可能となる。言い換えれば、外部騒音を連続性ラ音として検出してしまうことを防止できる。
【0095】
本発明は、上述した実施形態に限られるものではなく、特許請求の範囲及び明細書全体から読み取れる発明の要旨或いは思想に反しない範囲で適宜変更可能であり、そのような変更を伴う生体音解析装置及び生体音解析方法、並びにコンピュータプログラム及び記録媒体もまた本発明の技術的範囲に含まれるものである。