特開2017-163940(P2017-163940A)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特開2017-163940トランスジェニック非ヒト哺乳動物及び該動物を用いたがん治療薬のスクリーニング方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】特開2017-163940(P2017-163940A)
(43)【公開日】2017年9月21日
(54)【発明の名称】トランスジェニック非ヒト哺乳動物及び該動物を用いたがん治療薬のスクリーニング方法
(51)【国際特許分類】
   A01K 67/027 20060101AFI20170825BHJP
   C12Q 1/02 20060101ALI20170825BHJP
   C12N 15/09 20060101ALN20170825BHJP
【FI】
   A01K67/027ZNA
   C12Q1/02
   C12N15/00 A
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
【全頁数】12
(21)【出願番号】特願2016-54719(P2016-54719)
(22)【出願日】2016年3月18日
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成27年度、国立研究開発法人日本医療研究開発機構、医療分野国際科学技術共同研究開発推進事業、戦略的国際科学技術協力推進事業(スイス)「細胞競合を利用した革新的がん予防法の確立‐超早期がんの診断と除去を目指して‐」委託研究開発、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】504173471
【氏名又は名称】国立大学法人北海道大学
(74)【代理人】
【識別番号】100113332
【弁理士】
【氏名又は名称】一入 章夫
(74)【代理人】
【識別番号】100160037
【弁理士】
【氏名又は名称】金子 真紀
(72)【発明者】
【氏名】藤田 恭之
【テーマコード(参考)】
4B063
【Fターム(参考)】
4B063QA05
4B063QA18
4B063QR66
4B063QR72
4B063QX02
(57)【要約】
【課題】
本発明は、がん治療薬のスクリーニングに利用可能なトランスジェニック非ヒト哺乳動物及び該動物を用いたがん治療薬のスクリーニング方法をすることを目的とする。
【解決手段】
本発明は、DNA組換え酵素を上皮細胞特異的に発現する発現カセット1と、前記DNA組換え酵素が作用したときにがん遺伝子及び蛍光タンパク質を発現する発現カセット2とをゲノム中に有する、トランスジェニック非ヒト哺乳動物に関する。本発明のトランスジェニック非ヒト哺乳動物は上皮組織にがん原性細胞又はがん細胞をモザイク状に有することから、これを利用することで、抗がん剤、特にがん予防的医薬をスクリーニングすることが可能となる。
【選択図】図3
【特許請求の範囲】
【請求項1】
DNA組換え酵素を上皮細胞特異的に発現する発現カセット1と、前記DNA組換え酵素が作用したときにがん遺伝子及び蛍光タンパク質を発現する発現カセット2とをゲノム中に有する、トランスジェニック非ヒト哺乳動物。
【請求項2】
発現カセット1がサイトケラチン−19遺伝子のプロモーター塩基配列及び該プロモーターに制御されるCre−ERタンパク質をコードする塩基配列を含む、請求項1に記載のトランスジェニック非ヒト哺乳動物。
【請求項3】
発現カセット2が、CAGプロモーター塩基配列、前記DNA組換え酵素によって切除される標的塩基配列、RasV12をコードする塩基配列、IRES配列及び蛍光タンパク質をコードする塩基配列を含む、請求項1又は2に記載のトランスジェニック非ヒト哺乳動物。
【請求項4】
膵臓上皮組織にがん原性細胞又はがん細胞をモザイク状に有する、請求項1〜3のいずれかに記載のトランスジェニック非ヒト哺乳動物。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれかに記載のトランスジェニック非ヒト哺乳動物又はその上皮組織を用いることを特徴とする、がん治療薬のスクリーニング方法。
【請求項6】
以下の(a)〜(c)の工程を含む、請求項5に記載のスクリーニング方法、
(a)請求項1〜4のいずれかに記載のトランスジェニック非ヒト哺乳動物に試験物質を投与する工程、
(b)上皮組織におけるがん原性細胞又はがん細胞の脱落又は消失を蛍光の検出で確認する工程、及び
(c)がん原性細胞又はがん細胞の脱落又は消失を促進した試験物質をがん治療薬の候補物質として選別する工程。
【請求項7】
以下の(i)〜(iii)の工程を含む、請求項5に記載のスクリーニング方法、
(i)請求項1〜4のいずれかに記載のトランスジェニック非ヒト哺乳動物から回収される上皮組織と試験物質とをインキュベーションする工程、
(ii)上皮組織におけるがん原性細胞又はがん細胞の脱落又は消失を蛍光の検出で確認する工程、及び
(iii)がん原性細胞又はがん細胞の脱落又は消失を促進した試験物質をがん治療薬の候補物質として選別する工程。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、上皮組織にがん原性細胞又はがん細胞をモザイク状に有するトランスジェニック非ヒト哺乳動物及び該動物を用いたがん治療薬のスクリーニング方法に関する。
【背景技術】
【0002】
がんは、正常な細胞が何らかの原因で初期的な変異を生じてがん関連シグナルの制御が破綻した細胞(がん原性細胞、がん原細胞とも呼ばれる)となり、さらに変異が重なることでがん細胞化し、その異常な増殖能によって細胞数が増加して周囲の正常細胞又は組織を蝕むことで発症に至る疾患であると理解されている。
【0003】
近年、がん細胞と正常細胞との相互作用に関する研究過程において、がん原性細胞又はがん細胞が周囲の正常細胞層からはじき出されるように管腔側へと脱落したり、またある種のがん原性細胞又はがん細胞が正常細胞に囲まれるとアポトーシスを起こして消失したりすること等が報告された(例えば非特許文献1〜3等)。これは細胞競合(cell competition)と呼ばれる現象の一種である。
【0004】
がん原性細胞又はがん細胞と正常細胞との間の細胞競合は、それらが共存する状態でのみ観察されることから、がん原性細胞又はがん細胞と正常細胞との間に何らかの相互作用が存在していると考えられている。この相互作用に着目し、細胞競合によるがん原性細胞又はがん細胞の脱落又は消失を促進することができる物質(細胞競合による脱落又は消失を免れるがん原性細胞又はがん細胞のメカニズムを不活性化することができる物質を含む)をがんの治療に利用することが提唱されている。そのような物質は、がん原性細胞又はがん細胞を組織から脱落又は消失させる、特にがんが進行して周囲の組織を蝕む前に脱落又は消失させることが可能となることから、がん予防的治療薬として利用することが期待される。
【0005】
がん細胞に直接作用して死滅させたり増殖を抑制したりする従来の抗がん剤は、その細胞毒性によってがん細胞を直接攻撃する点でより直接的な治療効果をもたらし得るが、多くの抗がん剤の細胞毒性は、がん細胞のみならず正常細胞にも少なからず作用し、結果として深刻な副作用が生じやすいという不都合を伴う。一方、がん予防的治療薬は、細胞競合によるがん原性細胞又はがん細胞の脱落又は消失を促進するものであることから、従来の抗がん剤と比較して副作用等の不都合は少ないであろうと期待される。
【0006】
がん予防的治療薬を効率的にスクリーニングすることを目的として、本発明者は、腸管クリプトにおいて特異的にがん原性細胞を発生させることができるトランスジェニックマウスを作製した。このトランスジェニックマウスでは、腸管上皮特異的にいわゆるCre−LoxPシステムを作動させることで、腸管クリプトの上皮細胞をがん原性細胞又はがん細胞へと変異させることができる。
【0007】
しかしながら、本発明者のその後の研究により、腸管クリプトに発生する変異細胞は、細胞競合の作用によって高頻度で管腔側へ逸脱することが確認された。がん予防的治療薬のスクリーニングにおいて候補物質を添加した際、変異細胞の逸脱はさらに亢進することが予想されるが、かかる腸管クリプト評価系を用いて候補物質の効果を検証することは困難であると言わざるを得ない。変異細胞の逸脱が、候補物質によって促進された細胞競合によるものであるか又は腸管クリプトが元来有する強力な細胞競合によるものであるかの判断が難しいからである。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】Hogan et al., Nature Cell Biology 11(4), 460−467(2009)
【非特許文献2】Kajita et al., Journal of Cell Science 123(2), 171−180(2010)
【非特許文献3】Tamori et al., PLoS Biology 8(7), e1000422(2010)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、がん治療薬のスクリーニングに利用可能なトランスジェニック非ヒト哺乳動物及び該動物を用いたがん治療薬のスクリーニング方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者は、上皮組織において特異的にがん遺伝子を発現させることができるトランスジェニック非ヒト哺乳動物を作製することで、当該動物の上皮組織にがん原性細胞又はがん細胞をモザイク状に発生させることができ、特に肺上皮及び膵管上皮におけるがん原性細胞又はがん細胞の消失の程度が、がん治療薬の評価に適していることを見いだし、下記の各発明を完成した。
【0011】
(1)DNA組換え酵素を上皮細胞特異的に発現する発現カセット1と、前記DNA組換え酵素が作用したときにがん遺伝子及び蛍光タンパク質を発現する発現カセット2とをゲノム中に有する、トランスジェニック非ヒト哺乳動物。
(2)発現カセット1がサイトケラチン−19遺伝子のプロモーター塩基配列及び該プロモーターに制御されるCre−ERタンパク質をコードする塩基配列を含む、(1)に記載のトランスジェニック非ヒト哺乳動物。
(3)発現カセット2が、CAGプロモーター塩基配列、前記DNA組換え酵素によって切除される標的塩基配列、RasV12をコードする塩基配列、IRES配列及び蛍光タンパク質をコードする塩基配列を含む、(1)又は(2)に記載のトランスジェニック非ヒト哺乳動物。
(4)膵臓上皮組織にがん原性細胞又はがん細胞をモザイク状に有する、(1)〜(3)のいずれかに記載のトランスジェニック非ヒト哺乳動物。
(5)(1)〜(4)のいずれかに記載のトランスジェニック非ヒト哺乳動物又はその上皮組織を用いることを特徴とする、がん治療薬のスクリーニング方法。
(6)以下の(a)〜(c)の工程を含む、(5)に記載のスクリーニング方法、
(a)(1)〜(4)のいずれかに記載のトランスジェニック非ヒト哺乳動物に試験物質を投与する工程、
(b)上皮組織におけるがん原性細胞又はがん細胞の脱落又は消失を蛍光の検出で確認する工程、及び
(c)がん原性細胞又はがん細胞の脱落又は消失を促進した試験物質をがん治療薬の候補物質として選別する工程。
(7)以下の(i)〜(iii)の工程を含む、(5)に記載のスクリーニング方法、
(i)(1)〜(4)のいずれかに記載のトランスジェニック非ヒト哺乳動物から回収される上皮組織と試験物質とをインキュベーションする工程、
(ii)上皮組織におけるがん原性細胞又はがん細胞の脱落又は消失を蛍光の検出で確認する工程、及び
(iii)がん原性細胞又はがん細胞の脱落又は消失を促進した試験物質をがん治療薬の候補物質として選別する工程。
【発明の効果】
【0012】
本発明のトランスジェニック非ヒト哺乳動物は、特に肺上皮組織及び/又は膵臓上皮組織において、がん原性細胞又はがん細胞をモザイク状に有し、かつこれらを安定に保持することができ、さらにそれらの存在を蛍光の測定によって簡便に確認することができるという特徴を有する。そのため、自然発生的に生じる上皮組織からのがん原性細胞又はがん細胞の脱落又は消失と、試験物質によって促進される上皮組織からのがん原性細胞又はがん細胞の脱落又は消失とを、より明確に識別することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】Cre−リコンビナーゼの作用によってH−rasV12が発現されるトランスジェニックマウス(RasV12−IRES−GFPマウス)を作製するためのターゲティングベクター及びRasV12−IRES−GFPマウスのゲノム構造の概略図である。
図2】本発明のトランスジェニックマウスの腸管上皮組織及び膵管上皮組織の免疫組織蛍光染色図である。白矢印は蛍光を発している細胞(がん原性細胞)を示す。
図3】本発明のトランスジェニックマウスの腸管上皮組織(左)及び膵管上皮組織(右)におけるがん原性細胞の排除効率を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明の第1の態様は、DNA組換え酵素を上皮細胞特異的に発現する発現カセット1と、前記DNA組換え酵素が作用したときにがん遺伝子及び蛍光タンパク質を発現する発現カセット2とをゲノム中に有する、トランスジェニック非ヒト哺乳動物に関する。
【0015】
トランスジェニック非ヒト哺乳動物とは、外来性DNAが人為的に組み込まれたゲノムを有する細胞で構成される、ヒト以外の哺乳動物又はその子孫をいう。哺乳動物の種(属)としては、マウス、ラット、モルモット、ハムスター、ウサギ、イヌ、ネコ、ヒツジ、ブタ、ウシ及びウマ等を挙げることができるが、ラット、マウス等の齧歯目動物が好ましく、マウスが最も好ましい。
【0016】
本発明のトランスジェニック非ヒト哺乳動物は、DNA組換え酵素を上皮細胞特異的に発現する外来性DNAである発現カセット1をゲノム中に有する。DNA組換え酵素の例としては、バクテリオファージP1に由来するCre−リコンビナーゼ、酵母(Saccharomyces cerevisiae)由来のFLP、腸内細菌ファージD6由来のDre、バクテリオファージMu由来のGin等を挙げることができる。
【0017】
本発明においては、DNA組換え酵素は、Cre−ER又はCre−ERT2と称される、Cre−リコンビナーゼとエストロゲン受容体リガンド結合領域の変異体との融合タンパク質であることが好ましい。Cre−ER又はCre−ERT2を発現することのできる組換えDNAや発現ベクター、特にCre−ER又はCre−ERT2を発現することのできるトランスジェニック非ヒト哺乳動物を作製するための発現ベクターは、既に市販され、当業者において広く利用されている(例えばAddgene等)。
【0018】
Cre−ER及びCre−ERT2は、前記発現ベクターあるいはこれらが組み込まれたゲノムから細胞質内タンパク質として転写翻訳され、エストロゲン誘導体の一種であるタモキシフェンと結合することにより細胞核内に移行し、Cre−リコンビナーゼが特定の標的塩基配列(loxP配列と呼ばれる)を認識することでDNAの組み換えが生じる。したがって、Cre−ER又はCre−ERT2を組織特異的又は部位特異的プロモーターの制御の下で発現させることで、かかる組織又は部位でのみ、かつタモキシフェンを投与したときのみ、Cre−リコンビナーゼの作用によって特定のDNAを組換える又は切除することが可能となる。
【0019】
本発明の第1の態様において、DNA組換え酵素は上皮細胞において特異的に発現する。かかる特異的な発現は、DNA組換え酵素をコードする塩基配列を上皮細胞特異的なプロモーターの制御下に置くことで達成することができる。すなわち、本発明における発現カセット1は、上皮細胞特異的なプロモーター塩基配列及び当該プロモーターに制御されるDNA組換え酵素をコードする塩基配列を含む。
【0020】
発現カセット1における上皮細胞特異的なプロモーターとしては、多種の上皮細胞で発現している遺伝子のプロモーター、例えばサイトケラチン−19遺伝子のプロモーター(以下、CK−19と表記する)、epithelial cell adhesion molecule(EPCAM)遺伝子のプロモーター等が好ましく、CK−19が特に好ましい。一方で、特定組織の上皮細胞において特異的に発現している遺伝子のプロモーターを用いることもまた可能であり、これらの例としては、糸球体上皮細胞に特異的なNephrin遺伝子のプロモーター、肺胞上皮細胞に特異的なsurfactant protein C遺伝子のプロモーター等が挙げられる。
【0021】
発現カセット1のDNA組換え酵素としてCre−ER又はCre−ERT2を選択し、さらに上皮細胞特異的なプロモーターとしてCK−19を選択することで、発現カセット1をゲノム中に有するトランスジェニック非ヒト哺乳動物において、上皮細胞特異的に、かつタモキシフェンが投与されたときに、Cre−ER又はCre−ERT2が発現及び核内に移行して、Cre−リコンビナーゼが作用することになる。
【0022】
本発明のトランスジェニック非ヒト哺乳動物は、上記の発現カセット1に加えて、前記DNA組換え酵素が作用したときにがん遺伝子及び蛍光タンパク質を発現する、外来性DNAである発現カセット2をゲノム中に有する。なお、本発明において、用語「がん遺伝子」は、細胞のがん化を誘導し得るタンパク質又は当該タンパク質のアミノ酸配列をコードするコーディング領域を、その前後の文脈に応じて意味する用語として用いられる。
【0023】
発現カセット2は、がん遺伝子及び蛍光タンパク質の発現が行われるように、非ヒト哺乳動物の細胞内で機能するプロモーター塩基配列、前記DNA組換え酵素によって切除される標的塩基配列、がん遺伝子の塩基配列及び蛍光タンパク質をコードする塩基配列を含む。
【0024】
発現カセット2において、DNA組換え酵素の標的塩基配列は、非ヒト哺乳動物の細胞内で機能するプロモーターによるがん遺伝子及び蛍光タンパク質の発現が妨げられるように配置される。例えば、プロモーター塩基配列の中に標的塩基配列が挿入されることでプロモーターの転写誘導機能が妨げられてもよく、プロモーター塩基配列とがん遺伝子の塩基配列との間に標的塩基配列が挿入されることでがん遺伝子の転写が妨げられてもよく、またはがん遺伝子の塩基配列の中に標的塩基配列が挿入されることでがん遺伝子の翻訳が妨げられてもよい。さらに、上記いずれの場合も、発現カセット2の塩基配列は、標的塩基配列がDNA組換え酵素の作用によって切除されることで初めて、プロモーターによるがん遺伝子及び蛍光タンパク質の転写及びタンパク質への翻訳が行われるように設計される。かかる設計は、当業者の通常の作業能力の範囲内で行うことができる。
【0025】
標的塩基配列は、発現カセット1から発現されるDNA組換え酵素に応じた塩基配列が選択される。DNA組換え酵素としてCre−ER又はCre−ERT2を選択したときは、その標的塩基配列はいわゆるloxP配列が選択される。また、DNA組換え酵素がFLPであるときはFRTが、DNA組換え酵素がGinであるときはgix配列が選択される。また、DNA組換え酵素によって標的塩基配列がゲノムから排除されるように、2つの標的塩基配列が同じ向きに挿入される。本発明において特に好ましいDNA組換え酵素及びその標的塩基配列の組み合わせは、Cre−ER又はCre−ERT2とloxP配列との組み合わせである。
【0026】
発現カセット2に含まれるプロモーターは、非ヒト哺乳動物の細胞内で機能するものであればよく、CAGプロモーター、CMV−IE、SV40ori、レトロウイルスLTP、SRα、EF1α、βアクチンプロモーター等を例示できるが、特にCAGプロモーターが好ましい。
【0027】
がん遺伝子は、正常細胞からがん原性細胞への変異をもたらすものであればよく、Ras、Src等を挙げることができるが、特に変異型H−ras(RasV12)遺伝子が好ましい。また、同じく正常細胞からがん原性細胞への変異をもたらすという観点で、がん遺伝子の塩基配列に代えて、Mahjong、Scribbleといったがん抑制遺伝子の発現を抑制するアンチセンス核酸やsiRNA等をコードする塩基配列を利用することも可能である。当業者は、その技術常識の範囲内で、本明細書における「がん遺伝子」に係る記載を適宜当てはめることで、かかる発現抑制性の塩基配列を含む発現カセット2を用いても本発明のトランスジェニック非ヒト哺乳動物を作製することができる。
【0028】
蛍光タンパク質は、がん遺伝子の発現によって正常細胞が変異してなるがん原性細胞又はがん細胞を簡便に確認又は検出することができるものであればよく、GFP、eGFP、YFP、mCherry、tdTomato、RFP等を例示することができるが、特にeGFPが好ましい。
【0029】
発現カセット2において、がん遺伝子の塩基配列と蛍光タンパク質をコードする塩基配列はどちらが上流側に配置されてもよいが、がん遺伝子の塩基配列が蛍光タンパク質をコードする塩基配列の上流側となるように配置されることが好ましい。さらに、がん遺伝子の塩基配列と蛍光タンパク質をコードする塩基配列の間には、IRES(internal ribosomal entry site)と称される、リボソーム結合配列が配置されることが好ましい。
【0030】
本発明における発現カセット2の好ましい例は、CAGプロモーター塩基配列、一組のloxP配列、RasV12遺伝子の塩基配列、IRES配列及びGFPをコードする塩基配列をこの順序で含む発現カセットである。
【0031】
本発明のトランスジェニック非ヒト哺乳動物は、前記発現カセット1がゲノム中に組み込まれたトランスジェニック非ヒト哺乳動物と、前記発現カセット2がゲノム中に組み込まれた同種のトランスジェニック非ヒト哺乳動物との交配によって得られる産子として作製することができる。
【0032】
上記の発現カセット1及び発現カセット2に含まれる各種の塩基配列は、いずれも文献又は各種データベースにおいて公知であり、また市販のベクター等から各塩基配列を有するDNAをサブクローニング等することによって調製することが可能である。このように、発現カセット1及び2又はこれらを含むトランスジェニック非ヒト哺乳動物作成用ターゲティングベクターは、当業者が公知の塩基配列情報又は市販のベクター等を基にして、一般的な遺伝子組換え手法を用いて作製することができる。
【0033】
また、発現カセット1又は発現カセット2をゲノムに組み込んだトランスジェニック非ヒト哺乳動物は、トランスジェニック非ヒト哺乳動物の一般的な作製方法(例えば、Indra AK et al., Nucleic Acids Research 27(22), 4324−4327 (1999)に記載された方法)に準じて作製することができ、それぞれの発現カセットをゲノムに組み込んだトランスジェニック非ヒト哺乳動物を交配させることで、本発明のトランスジェニック非ヒト哺乳動物を産子として得ることができる。
【0034】
前記発現カセット1がゲノム中に組み込まれたトランスジェニック非ヒト哺乳動物の例は、Meansら(Genesis 46(6):318−23(2008))に記載されたトランスジェニックマウス(CK19−CreERT2マウス)である。
【0035】
また、前記発現カセット2がゲノム中に組み込まれたトランスジェニック非ヒト哺乳動物の例は、佐々木義輝博士(京都大学医学研究科)が作製し、研究機関からの要請によって分与されるトランスジェニックマウス(RasV12−IRES−GFPマウス)である。RasV12−IRES−GFPマウスを作製するためのターゲティングベクター及びRasV12−IRES−GFPマウスのゲノムの構造を図1に示す。
【0036】
CK19−CreERT2マウス及びRasV12−IRES−GFPマウスの雌雄を交配させて得られる産子及びその子孫マウスは、本発明のトランスジェニック非ヒト哺乳動物の好ましい例である。
【0037】
本発明のトランスジェニック非ヒト哺乳動物は、上皮組織にがん原性細胞又はがん細胞をモザイク状に有する。特に、本発明におけるCre−ER又はCre−ERT2を利用した好ましい態様にかかる発現カセット1及び発現カセット2をゲノム中に有するトランスジェニック非ヒト哺乳動物は、タモキシフェンが投与されることで上皮組織においてがん原性細胞又はがん細胞をモザイク状に有するようになる。がん原性細胞又はがん細胞が上皮組織にモザイク状に存在する状態は、がん発生の極めて初期の段階に相当することから、本発明のトランスジェニック非ヒト哺乳動物はがんの超初期段階モデル動物として利用することができる。
【0038】
本発明において用語「がん原性細胞又はがん細胞をモザイク状に有する」とは、上皮組織の細胞の全て又は大部分ががん原性細胞又はがん細胞へと変異した状態ではなく、多数の正常細胞を含む上皮組織の中にがん原性細胞又はがん細胞(いずれも少数のそれらの集まりを含む)が点在している状態を意味する。
【0039】
本発明のトランスジェニック非ヒト哺乳動物の上皮組織におけるがん原性細胞又はがん細胞は、細胞内で発現する蛍光タンパク質の蛍光を検出することで、その存在及び挙動を光学的に観察することができる。蛍光の検出による細胞の観察は、共焦点蛍光顕微鏡その他の当業者に広く知られている装置、器具、方法を利用して行うことができる。
【0040】
本発明の第2の態様は、前記第1の態様であるトランスジェニック非ヒト哺乳動物又はその上皮組織を用いることを特徴とする、がん治療薬のスクリーニング方法に関する。
【0041】
本発明の第2の態様の好ましい例は、以下の工程(a)〜(c);
(a)第1の態様のトランスジェニック非ヒト哺乳動物に試験物質を投与する工程、
(b)上皮組織におけるがん原性細胞又はがん細胞の脱落又は消失を蛍光の検出で確認する工程、及び
(c)がん原性細胞又はがん細胞の脱落又は消失を促進した試験物質をがん治療薬の候補物質として選別する工程;
を含む、がん治療薬のスクリーニング方法である。
【0042】
本発明の第2の態様のより好ましい例は、以下の工程(i)〜(iii);
(i)第1の態様のトランスジェニック非ヒト哺乳動物から回収される上皮組織と試験物質とをインキュベーションする工程、
(ii)上皮組織におけるがん原性細胞又はがん細胞の脱落又は消失を蛍光の検出で確認する工程、及び
(iii)がん原性細胞又はがん細胞の脱落又は消失を促進した試験物質をがん治療薬の候補物質として選別する工程;
を含む、がん治療薬のスクリーニング方法である。
【0043】
本発明の第2の態様は、がん治療薬、特にがん予防的治療薬のスクリーニング方法に関する。本発明における用語「がん予防的治療薬」は、細胞競合によるがん原性細胞又はがん細胞の脱落又は消失を促進することができる物質(細胞競合による排除を免れるがん原性細胞又はがん細胞のメカニズムを不活性化することができる物質を含む)を有効成分とする医薬を意味する。
【0044】
がん予防的治療薬は、細胞競合によるがん原性細胞又はがん細胞の脱落又は消失を促進することができる物質を有効成分とする限りにおいて、がん化またはがんの発症を予防するための医薬に限られず、がんと診断された患者に投与されることでがんの進行を抑制したり、がん組織を縮退させたり、あるいはがん細胞を消失させたりするために使用される医薬も包含する。すなわち、がん予防的治療薬はがんの予防に用いられるもののみを意味するものではない。
【0045】
本発明の第2の態様において、試験物質は第1の態様のトランスジェニック非ヒト哺乳動物に投与される(工程(a))か、当該動物から回収される上皮組織、好ましくは肺上皮組織又は膵管上皮組織、特に好ましくは膵管上皮組織とインキュベーションされる(工程(i))。
【0046】
トランスジェニック非ヒト哺乳動物への試験物質の投与経路は、腹腔内、静注、経口、経皮その他の経路のいずれであってもよく、試験物質の物性に応じて適宜選択すればよい。また、インキュベーションは、適当な培地又は緩衝液中でトランスジェニック非ヒト哺乳動物から回収される上皮組織と試験物質とを接触させ、例えば37℃で一定時間保持することで行えばよい。
【0047】
本発明の第2の態様において、試験物質は、上皮組織におけるがん原性細胞又はがん細胞の脱落又は消失を蛍光の検出で確認することで評価される(工程(b)又は工程(ii))。蛍光の検出は、共焦点蛍光顕微鏡その他の、蛍光タンパク質による蛍光の発光を検出することができる当業者に知られた手段を利用することによって行うことができる。
【0048】
工程(a)のようにトランスジェニック非ヒト哺乳動物に試験物質が投与されるときは、動物におけるがん細胞又はがん組織の成長を様々ながんマーカーを測定することで評価してもよく、動物から回収される上皮組織、好ましくは肺上皮組織又は膵管上皮組織、特に好ましくは膵管上皮組織におけるがん原性細胞又はがん細胞の存在を蛍光の検出で確認することで評価してもよい。
【0049】
工程(i)のように上皮組織と試験物質とをインキュベーションするときは、インキュベーション中又はインキュベーション後の上皮組織、好ましくは肺上皮組織又は膵管上皮組織、特に好ましくは膵管上皮組織におけるがん原性細胞又はがん細胞の脱落又は消失を蛍光の検出で確認することで評価してもよい。
【0050】
本発明の第2の態様において、試験物質は、工程(b)又は工程(ii)においてがん原性細胞又はがん細胞の脱落又は消失を促進したときに、がん治療薬の候補物質として選別される。より具体的には、何も投与しないか又は緩衝液その他の適当な物質を試験物質の代わりに用いた、いわゆるコントロールにおけるがん原性細胞又はがん細胞の脱落又は消失の程度と比較して、試験物質によってがん原性細胞又はがん細胞の脱落又は消失の程度が高められたときに、その試験物質はがん治療薬の候補物質として選別される。
【0051】
本発明の第2の態様によって選出された候補物質は、がん治療薬、特にがん予防的治療薬となり得る。がん予防的治療薬は、正常細胞によるがん原性細胞又はがん細胞の排除を促進するものであることから、従来の抗がん剤と比較して副作用等の不都合は少ないであろうと期待される。
【0052】
以下、実施例を示して本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【実施例】
【0053】
<実施例1>
1)トランスジェニックマウスの作製
タモキシフェン投与によってCre−リコンビナーゼが上皮細胞特異的に発現誘導されるマウス(CK19−CreERT2マウス、Means AL et al.,Genesis 46(6),318−23(2008)、伊地知秀明博士(東京大学医学部附属病院消化器内科)から供与)とCre−リコンビナーゼ発現組織特異的にH−rasV12が発現誘導されるマウス(RasV12−IRES−GFPマウス、佐々木義輝博士(京都大学医学研究科)から供与)とを交配させて、産子を得た。
【0054】
産子の尾部より抽出したゲノムを鋳型にし、表1のプライマーセットをそれぞれ用いて、95℃−2min+(95℃−15sec、58℃−25sec、72℃−30sec)×35cycle+72℃−3minの条件でのPCR反応によってジェノタイピングを行い、産子の遺伝子型を判断した。
【0055】
【表1】
【0056】
この結果、産子の遺伝子型は、CK19−CreERT2陽性かつRasV12−IRES−GFP陽性であることが確認された。以下、この遺伝子型のマウスをがん超初期段階モデルマウスとして用いた。
【0057】
2)がんの超初期段階の誘導
1)で得た超初期段階モデルマウスに、タモキシフェンをCorn oilに溶解して調製した25mg/mLの注射液を200μL腹腔内に注射し、また対照としてYFP発現マウス(Srinivas S et al.,BMC Dev Biol. 1:4(2001)、伊地知秀明博士(東京大学医学部附属病院消化器内科)から供与)の腹腔内に上記注射液を200μL注射して、それぞれ3日間通常飼育を行った後、腸管上皮組織及び膵管上皮組織を回収した。
【0058】
3)免疫組織蛍光染色
得られた組織を4%パラホルムアルデヒド・りん酸緩衝液により固定し、10%スクロース/PBSに4℃−4h、20%スクロース/PBSに4℃−4h、30%スクロース/PBSに4℃−4hと浸漬して脱水した。OCTコンパウンドとりん酸緩衝液を1:1で混合した溶液に固定した組織を4℃−4h浸漬した。固定した組織をOCTコンパウンドに包埋し、液体窒素で急速に凍結して凍結包埋ブロックを作製後、15μmに切片化して、1次抗体としてAnti−GFP抗体(Abcam社、ab13970)、2次抗体としてAlexa Fluor(登録商標)488で標識されたAnti−Chicken IgY H&L(Abcam社、ab150169)を使用して免疫染色し、共焦点顕微鏡(Olympus Life Science、FV1000又はFV1200)を用いて蛍光を検出した。その結果、腸管上皮組織、膵管上皮組織のいずれにもモザイク状にAlexa Fluor(登録商標)488の蛍光が検出され、モザイク状に変異細胞(がん原性細胞又はがん細胞)が存在することが観察された(図2)。
【0059】
4)変異細胞の排除効率の測定
3)でAlexa Fluor(登録商標)488の蛍光を検出した変異細胞のうち、上皮組織の上皮層にとどまっている細胞及び管腔側に排除された細胞の数をそれぞれカウントし、全変異細胞数に対する上皮層にとどまった変異細胞の割合及び上皮組織の膵管腔に排除された変異細胞の割合を算出した。その結果を図3に示す。
【0060】
超初期段階モデルマウス由来の膵管上皮組織では、変異細胞の排除効率が腸管上皮組織のそれと比較して低いことが確認された。一方、対照のYFP発現マウスの場合、YFP発現細胞の逸脱は観察されず、排除効率は0%であった。
【0061】
変異細胞の排除効率が膵管上皮組織でより低かったことは、従来報告されていたRas変異が膵がんの早期で蓄積することを説明できる、興味深い結果と言える。同時に、膵管上皮組織では、排除効率は低いものの、排除された変異細胞も観察された。このことから、膵管上皮組織は、他組織の上皮細胞よりも何らかの理由により細胞競合が脆弱であるが、膵管上皮組織においても細胞競合自体は生じていることを示す。このことは、「難治がん」として知られる膵がんの特性に迫る結果である可能性があるとともに、本発明の超初期段階モデルマウスは、難治がんである膵がんの治療薬開発に有用であることを意味するものである。
図1
図2
図3
【配列表】
[この文献には参照ファイルがあります.J-PlatPatにて入手可能です(IP Forceでは現在のところ参照ファイルは掲載していません)]